[ { "vol": 1, "page": 5, "text": "いつれの御時にか女御更衣あまたさふらひ給けるなかにいとやむことなきゝは にはあらぬかすくれて時めき給ありけりはしめより我はと思あかり給へる御方 〱めさましきものにおとしめそねみ給おなしほとそれより下らうの更衣たち はましてやすからすあさゆふの宮つかへにつけても人の心をのみうこかしうら みをおふつもりにやありけむいとあつしくなりゆきもの心ほそけにさとかちな るをいよ〱あかすあはれなる物におもほして人のそしりをもえはゝからせ給 はす世のためしにもなりぬへき御もてなし也かんたちめうへ人なともあいなく めをそはめつゝいとまはゆき人の御おほえなりもろこしにもかゝることのおこ りにこそ世もみたれあしかりけれとやう〱あめのしたにもあちきなう人のも てなやみくさになりて楊貴妃のためしもひきいてつへくなりゆくにいとはした なきことおほかれとかたしけなき御心はへのたくひなきをたのみにてましらひ 給ちゝの大納言はなくなりてはゝ北の方なんいにしへの人のよしあるにておや うちくしさしあたりて世のおほえはなやかなる御方〱にもいたうおとらすな にことのきしきをももてなしたまひけれととりたてゝはか〱しきうしろみし" }, { "vol": 1, "page": 6, "text": "なけれは事ある時はなをより所なく心ほそけ也さきの世にも御ちきりやふかか りけむ世になくきよらなるたまのをのこみこさへうまれ給ひぬいつしかと心も となからせ給ていそきまいらせて御覧するにめつらかなるちこの御かたちなり 一のみこは右大臣の女御の御はらにてよせをもくうたかひなきまうけの君と世 にもてかしつきゝこゆれとこの御にほひにはならひ給へくもあらさりけれはお ほかたのやむことなき御おもひにてこの君をはわたくし物におもほしかしつき 給事かきりなしはしめよりをしなへてのうへ宮つかへし給へきゝはにはあらさ りきおほえいとやむことなく上すめかしけれとわりなくまつはさせ給あまりに さるへき御あそひのおり〱なにことにもゆへあることのふし〱にはまつま うのほらせ給ある時にはおほとのこもりすくしてやかてさふらはせ給ひなとあ なかちにおまへさらすもてなさせ給しほとにをのつからかろき方にもみえしを このみこうまれ給てのちはいと心ことにおもほしをきてたれは坊にもようせす はこのみこのゐ給へきなめりと一のみこの女御はおほしうたかへり人よりさき にまいり給てやむことなき御おもひなへてならすみこたちなともおはしませは" }, { "vol": 1, "page": 7, "text": "この御方の御いさめをのみそ猶わつらはしう心くるしう思ひきこえさせ給ける かしこき御かけをはたのみきこえなからおとしめきすをもとめ給人はおほくわ か身はかよはく物はかなきありさまにて中〱なる物思ひをそし給御つほねは きりつほ也あまたの御方〱をすきさせ給てひまなき御まへわたりに人の御心 をつくし給もけにことはりとみえたりまうのほりたまふにもあまりうちしきる おり〱はうちはしわたとのゝこゝかしこのみちにあやしきわさをしつゝ御を くりむかへの人のきぬのすそたえかたくまさなきこともあり又ある時にはえさ らぬめたうのとをさしこめこなたかなた心をあはせてはしたなめわつらはせ給 時もおほかり事にふれてかすしらすくるしきことのみまされはいといたう思ひ わひたるをいとゝあはれと御覧して後涼殿に本よりさふらひ給更衣のさうしを ほかにうつさせ給てうへつほねにたまはすその怨ましてやらむ方なしこのみこ みつになり給年御はかまきのこと一の宮のたてまつりしにおとらすくらつかさ おさめ殿のものをつくしていみしうせさせ給それにつけても世のそしりのみお ほかれとこのみこのおよすけもておはする御かたち心はへありかたくめつらし" }, { "vol": 1, "page": 8, "text": "きまてみえたまふをえそねみあへたまはす物のこゝろしり給人はかゝる人も世 にいておはするものなりけりとあさましきまてめをおとろかし給その年の夏み やす所はかなき心地にわつらひてまかてなむとし給をいとまさらにゆるさせ給 はす年ころつねのあつしさになりたまへれは御めなれて猶しはし心みよとのみ のたまはするに日〻にをもり給てたゝ五六日のほとにいとよはうなれははゝ君 なく〱そうしてまかてさせたてまつりたまふかゝるおりにもあるましきはち もこそと心つかひしてみこをはとゝめたてまつりてしのひてそいて給かきりあ れはさのみもえとゝめさせ給はす御覧したにをくらぬおほつかなさをいふ方な くおもほさるいとにほひやかにうつくしけなる人のいたうおもやせていとあは れと物を思ひしみなから事にいてゝもきこえやらすあるかなきかにきえいりつ ゝものし給を御覧するにきし方ゆくすゑおほしめされすよろつのことをなく 〱ちきりのたまはすれと御いらへもえきこえ給はすまみなともいとたゆけに ていとゝなよ〱とわれかのけしきにてふしたれはいかさまにとおほしめしま とはるてくるまの宣旨なとのたまはせても又いらせ給てさらにえゆるさせ給は" }, { "vol": 1, "page": 9, "text": "すかきりあらむみちにもをくれさきたゝしとちきらせ給けるをさりともうちす てゝはえゆきやらしとのたまはするを女もいといみしとみたてまつりて かきりとてわかるゝ道のかなしきにいかまほしきはいのちなりけりいとか く思たまへましかはといきもたえつゝきこえまほしけなる事はありけなれとい とくるしけにたゆけなれはかくなからともかくもならむを御覧しはてむとおほ しめすにけふはしむへきいのりともさるへき人〱うけたまはれるこよひより ときこえいそかせはわりなくおもほしなからまかてさせ給御むねつとふたかり てつゆまとろまれすあかしかねさせ給御つかひのゆきかふみほともなきに猶いふ せさをかきりなくのたまはせつるを夜中うちすくるほとになむたえはて給ぬる とてなきさはけは御つかひもいとあえなくてかへりまいりぬきこしめす御心ま とひなにこともおほしめしわかれすこもりおはしますみこはかくてもいと御覧 せまほしけれとかゝるほとにさふらひ給れいなき事なれはまかて給なんとすな にことかあらむともおほしたらすさふらふ人〱のなきまとひうへも御なみた のひまなくなかれおはしますをあやしとみたてまつり給へるをよろしきことに" }, { "vol": 1, "page": 10, "text": "たにかゝるわかれのかなしからぬはなきわさなるをましてあはれにいふかひな しかきりあれはれいのさほうにおさめたてまつるをはゝ北の方おなしけふりに のほりなんとなきこかれ給て御をくりの女房のくるまにしたひのり給ておたき といふ所にいといかめしうそのさほうしたるにおはしつきたる心地いかはかり かはありけんむなしき御からをみる〱猶おはする物とおもふかいとかひなけ れははひになりたまはんをみたてまつりていまはなき人とひたふるに思なりな んとさかしうのたまひつれとくるまよりもおちぬへうまろひ給へはさは思つか しと人〱もてわつらひきこゆ内より御つかひあり三位のくらひをくり給よし 勅使きてその宣命よむなんかなしきことなりける女御とたにいはせすなりぬる かあかすくちおしうおほさるれはいまひときさみの位をたにとをくらせ給なり けりこれにつけてもにくみたまふ人〱おほかり物思ひしり給はさまかたちな とのめてたかりし事心はせのなたらかにめやすくにくみかたかりしことなとい まそおほしいつるさまあしき御もてなしゆへこそすけなうそねみ給しか人から のあはれになさけありし御心をうへの女房なともこひしのひあへりなくてそと" }, { "vol": 1, "page": 11, "text": "はかゝるおりにやとみえたりはかなくひころすきてのちのわさなとにもこまか にとふらはせ給ほとふるまゝにせむ方なうかなしうおほさるゝに御方〱の御 とのゐなともたえてし給はすたゝなみたにひちてあかしくらさせたまへはみた てまつる人さへつゆけき秋也なきあとまて人のむねあくましかりける人の御お ほえかなとそ弘徽殿なとには猶ゆるしなうのたまひける一の宮をみたてまつら せ給にもわか宮の御こひしさのみおもほしいてつゝしたしき女房御めのとなと をつかはしつゝありさまをきこしめす野わきたちてにはかにはたさむきゆふく れのほとつねよりもおほしいつることおほくてゆけひの命婦といふをつかはす ゆふつくよのおかしきほとにいたしたてさせ給てやかてなかめおはしますかう やうのおりは御あそひなとせさせ給しに心ことなる物のねをかきならしはかな くきこえいつる事の葉も人よりはことなりしけはひかたちのおもかけにつとそ ひておほさるゝにもやみのうつゝには猶おとりけり命婦かしこにまうてつきて かとひきいるゝよりけはひあはれなりやもめすみなれと人ひとりの御かしつき にとかくつくろひたてゝめやすきほとにてすくし給へるやみにくれてふしゝ" }, { "vol": 1, "page": 12, "text": "つみ給へるほとに草もたかくなり野わきにいとゝあれたる心地して月影はかり そやへむくらにもさはらすさしいりたるみなみおもてにおろしてはゝ君もとみ にえ物ものたまはすいまゝてとまり侍かいとうきをかゝる御つかひのよもきふ の露わけいり給につけてもいとはつかしうなむとてけにえたふましくない給ま いりてはいとゝ心くるしう心きもゝつくるやうになんと内侍のすけのそうし給 しを物おもふたまへしらぬ心地にもけにこそいとしのひかたう侍けれとてやゝ ためらひておほせことつたへきこゆしはしはゆめかとのみたとられしをやう 〱思ひしつまるにしもさむへき方なくたえかたきはいかにすへきわさにかと もとひあはすへき人たになきをしのひてはまいり給ひなんやわか宮のいとおほ つかなくつゆけきなかにすくし給も心くるしうおほさるゝをとくまいり給へな とはか〱しうものたまはせやらすむせかへらせ給つゝかつは人も心よはくみ たてまつるらむとおほしつゝまぬにしもあらぬ御けしきの心くるしさにうけた まはりはてぬやうにてなむまかて侍ぬるとて御ふみたてまつるめもみえ侍ら ぬにかくかしこきおほせ事をひかりにてなんとてみ給ほとへはすこしうちまき" }, { "vol": 1, "page": 13, "text": "るゝこともやとまちすくす月日にそへていとしのひかたきはわりなきわさにな むいはけなき人をいかにと思ひやりつゝもろともにはくくまぬおほつかなさを いまは猶むかしのかたみになすらへてものしたまへなとこまやかにかゝせ給へ り 宮木のゝつゆふきむすふ風のをとにこはきかもとを思ひこそやれとあれと えみたまひはてすいのちなかさのいとつらう思給へしらるゝに松のおもはんこ とたにはつかしう思給へ侍れはもゝしきにゆきかひ侍らんことはましていとは ゝかりおほくなんかしこきおほせことをたひ〱うけ給はりなからみつからは えなん思たまへたつましきわか宮はいかにおもほししるにかまいりたまはん事 をのみなむおほしいそくめれはことはりにかなしうみたてまつり侍なとうち 〱に思たまふるさまをそうし給へゆゝしき身に侍れはかくておはしますもい まいましうかたしけなくなむとのたまふ宮はおほとのこもりにけりみたてまつ りてくはしう御ありさまもそうし侍らまほしきをまちおはしますらんに夜ふけ 侍ぬへしとていそくくれまとふ心のやみもたえかたきかたはしをたにはるく許" }, { "vol": 1, "page": 14, "text": "にきこえまほしう侍をわたくしにも心のとかにまかてたまへ年比うれしくおも たゝしきついてにてたちより給し物をかゝる御せうそこにてみたてまつる返〻 つれなきいのちにも侍かなむまれし時より思ふ心ありし人にて故大納言いまは となるまてたゝこの人の宮つかへのほいかならすとけさせたてまつれ我なくな りぬとてくちおしう思くつをるなと返〻いさめをかれ侍しかははか〱しうう しろみ思人もなきましらひはなか〱なるへき事と思給へなからたゝかのゆい こんをたかへしと許にいたしたて侍しを身にあまるまての御心さしのよろつに かたしけなきに人けなきはちをかくしつゝましらひ給ふめりつるを人のそねみ ふかくつもりやすからぬ事おほくなりそひ侍つるによこさまなるやうにてつゐ にかくなり侍ぬれはかへりてはつらくなんかしこき御心さしを思給へられ侍こ れもわりなき心のやみになんといひもやらすむせかへり給ほとに夜もふけぬう へもしかなんわか御心なからあなかちに人めおとろく許おほされしもなかゝる ましきなりけりと今はつらかりける人のちきりになむ世にいさゝかも人の心を まけたる事はあらしと思ふをたゝこの人のゆへにてあまたさるましき人のうら" }, { "vol": 1, "page": 15, "text": "みをおひしはて〱はかううちすてられて心おさめん方なきにいとゝ人わろう かたくなになりはへるもさきの世ゆかしうなんとうち返しつゝ御しほたれかち にのみおはしますとかたりてつきせすなく〱夜いたうふけぬれはこよひすく さす御返そうせんといそきまいる月はいりかたのそらきようすみわたれるに風 いとすゝしくなりてくさむらのむしのこゑ〱もよほしかほなるもいとたちは なれにくき草のもと也 すゝむしのこゑのかきりをつくしてもなかき夜あかすふるなみた哉えもの りやらす いと〱しく虫のねしけきあさちふに露をきそふる雲のうへ人かこともきこ えつへくなんといはせ給ふおかしき御をくり物なとあるへきおりにもあらねは たゝかの御かたみにとてかゝるようもやとのこしたまへりける御さうそくひと くたり御くしあけのてうとめく物そへ給ふわかき人〱かなしきことはさらに もいはす内わたりをあさゆふにならひていとさう〱しくうへの御ありさまな と思ひいてきこゆれはとくまいりたまはむ事をそゝのかしきこゆれとかくいま" }, { "vol": 1, "page": 16, "text": "〱しき身のそひたてまつらんもいと人きゝうかるへし又みたてまつらてしは しもあらんはいとうしろめたう思ひきこえ給てすかすかともえまいらせたてま つり給はぬなりけり命婦はまたおほとのこもらせたまはさりけるとあはれにみ たてまつるおまへのつほせんさいのいとおもしろきさかりなるを御覧するやう にてしのひやかに心にくきかきりの女房四五人さふらはせ給て御ものかたりせ させ給なりけりこのころあけくれ御覧する長恨歌の御ゑ亭子院のかゝせ給て伊 勢つらゆきによませ給へるやまとことの葉をももろこしのうたをもたゝそのす ちをそまくらことにせさせ給いとこまやかにありさまとはせたまふあはれなり つる事しのひやかにそうす御返御覧すれはいともかしこきはをき所も侍らすか ゝるおほせことにつけてもかきくらすみたり心地になん あらき風ふせきしかけのかれしよりこはきかうへそしつ心なきなとやうに みたりかはしきを心おさめさりけるほとゝ御覧しゆるすへしいとかうしもみえ しとおほししつむれとさらにえしのひあえさせ給はす御覧しはしめし年月の事 さへかきあつめよろつにおほしつゝけられて時のまもおほつかなかりしをかく" }, { "vol": 1, "page": 17, "text": "ても月日はへにけりあさましうおほしめさる故大納言のゆいこんあやまたす宮 つかへのほいふかくものしたりしよろこひはかひあるさまにとこそ思わたりつ れいふかひなしやとうちのたまはせていとあはれにおほしやるかくてもをのつ からわか宮なとおひいて給はゝさるへきついてもありなんいのちなかくとこそ 思ねむせめなとのたまはすかのをくり物御覧せさすなき人のすみかたつねいて たりけむしるしのかんさしならましかはとおもほすもいとかひなし たつねゆくまほろしも哉つてにてもたまのありかをそことしるへくゑにか ける楊貴妃のかたちはいみしきゑしといへともふてかきりありけれはいとにほ ひすくなし大液芙蓉未央柳もけにかよひたりしかたちをからめいたるよそひは うるわしうこそありけめなつかしうらうたけなりしをおほしいつるに花とりの いろにもねにもよそふへき方そなきあさゆふのことくさにはねをならへ枝をか はさむとちきらせ給しにかなはさりけるいのちの程つきせすうらめしき風のを とむしのねにつけてものゝみかなしうおほさるゝに弘徽殿にはひさしくうへの 御つほねにもまうのほり給はす月のおもしろきに夜ふくるまてあそひをそし給" }, { "vol": 1, "page": 18, "text": "なるいとすさましうものしときこしめすこのころの御けしきをみたてまつるう へ人女房なとはかたはらいたしときゝけりいとをしたちかと〱しき所ものし たまふ御方にて事にもあらすおほしけちてもてなし給なるへし月もいりぬ 雲のうへもなみたにくるゝ秋の月いかてすむらんあさちふのやとおほしめ しやりつゝともし火をかゝけつくしておきおはします右近のつかさのとのゐ申 のこゑきこゆるはうしになりぬるなるへし人めをおほしてよるのおとゝにいら せ給てもまとろませ給ことかたしあしたにおきさせ給とてもあくるもしらてと おほしいつるにもなをあさまつりことはをこたらせ給ひぬへかめりものなとも きこしめさすあさかれひのけしき許ふれさせ給て大正しのおものなとはいとは るかにおほしめしたれははいせんにさふらふかきりは心くるしき御けしきをみ たてまつりなけくすへてちかうさふらふかきりは心おとこ女いとわりなきわさか なといひあはせつゝなけくさるへきちきりこそおはしましけめそこらの人のそ しりうらみをもはゝからせ給はすこの御事にふれたる事をはたうりをもうしな はせ給ひいまはたかく世中のことをもおもほしすてたるやうになりゆくはいと" }, { "vol": 1, "page": 19, "text": "たい〱しきわさなりと人のみかとのためしまてひきいてさゝめきなけきけり 月日へてわか宮まいり給ひぬいとゝこのよの物ならすきよらにおよすけ給へれ はいとゆゝしうおほしたりあくる年の春坊さたまり給にもいとひきこさまほし うおほせと御うしろみすへき人もなく又世のうけひくましき事なりけれはなか 〱あやうくおほしはゝかりていろにもいたさせ給はすなりぬるをさはかりお ほしたれとかきりこそありけれと世人もきこえ女御も御心おちゐたまひぬかの 御をは北の方なくさむ方なくおほししつみておはすらん所にたにたつねゆかん とねかひ給ひししるしにやつゐにうせ給ひぬれは又これをかなしひおほすこと かきりなしみこむつになり給年なれはこのたひはおほししりてこひなき給年こ ろなれむつひきこえ給へるをみたてまつりをくかなしひをなむ返〻のたまひけ るいまは内にのみさふらひ給なゝつになり給へはふみはしめなとせさせ給て世 にしらすさとうかしこくおはすれはあまりおそろしきまて御覧すいまはたれも 〱えにくみ給はしはゝきみなくてたにらうたうし給へとて弘徽殿なとにもわ たらせ給御ともにはやかてみすのうちにいれたてまつり給いみしき物のふあた" }, { "vol": 1, "page": 20, "text": "かたきなりともみてはうちゑまれぬへきさまのし給へれはえさしはなち給はす 女みこたちふた所この御はらにましませとなすらひ給へきたにそなかりける御 方〱もかくれ給はすいまよりなまめかしうはつかしけにおはすれはいとおか しううちとけぬあそひくさにたれも〱思きこえ給へりわさとの御かくもんは さる物にてことふえのねにもくもゐをひゝかしすへていひつゝけはこと〱し うゝたてそなりぬへき人の御さまなりけるそのころこまうとのまいれるなかに かしこきさうにむありけるをきこしめして宮のうちにめさんことは宇多のみか との御いましめあれはいみしうしのひてこのみこをこうろくわんにつかはした り御うしろみたちてつかうまつる右大弁の子のやうにおもはせてゐてたてまつ るに相人おとろきてあまたゝひかたふきあやしふくにのおやとなりて帝王のか みなきくらゐにのほるへきさうおはします人のそなたにてみれはみたれうれふ る事やあらむおほやけのかためとなりて天下をたすくる方にてみれは又そのさ うたかふへしといふ弁もいとさえかしこきはかせにていひかはしたる事ともな んいとけうありけるふみなとつくりかはしてけふあすかへりさりなんとするに" }, { "vol": 1, "page": 21, "text": "かくありかたき人にたいめむしたるよろこひかへりてはかなしかるへき心はへ をおもしろくつくりたるにみこもいとあはれなる句をつくりたまへるをかきり なうめてたてまつりていみしきをくり物ともをさゝけたてまつるおほやけより もおほくの物たまはすをのつから事ひろこりてもらさせ給はねと春宮のおほち おとゝなといかなる事にかとおほしうたかひてなむありけるみかとかしこき御 心にやまとさうをおほせておほしよりにけるすちなれはいまゝてこの君をみこ にもなさせたまはさりけるを相人はまことにかしこかりけりとおほして無品親 王の外尺のよせなきにてはたゝよはさしわか御世もいとさためなきをたゝ人に ておほやけの御うしろみをするなんゆくさきもたのもしけなめることゝおほし さためていよ〱みち〱のさえをならはさせ給きはことにかしこくてたゝ人 にはいとあたらしけれとみことなり給なは世のうたかひおひ給ぬへくものし給 へはすくえうのかしこきみちの人にかんかへさせ給にもおなしさまに申せは源 氏になしたてまつるへくおほしをきてたり年月にそへてみやす所の御事をおほ しわするゝおりなしなくさむやとさるへき人〱まいらせ給へとなすならひに" }, { "vol": 1, "page": 22, "text": "おほさるゝたにいとかたき世かなとうとましうのみよろつにおほしなりぬるに 先帝の四の宮の御かたちすくれ給へるきこえたかくおはしますはゝ后世になく かしつききこえたまふをうへにさふらふ内侍のすけは先帝の御時の人にてかの 宮にもしたしうまいりなれたりけれはいわけなくおはしましゝ時よりみたてま つりいまもほのみたてまつりてうせ給にしみやす所の御かたちにゝたまへる人 を三代のみやつかへにつたはりぬるにえみたてまつりつけぬをきさいの宮のひ め宮こそいとようおほえておひいてさせ給へりけれありかたき御かたち人にな んとそうしけるにまことにやと御心とまりてねむころにきこえさせ給けりはゝ きさきあなおそろしや春宮の女御のいとさかなくてきりつほのかういのあらは にはかなくもてなされにしためしもゆゝしうとおほしつゝみてすか〱しうも おほしたゝさりけるほとに后もうせ給ぬ心ほそきさまにておはしますにたゝわ か女みこたちのおなしつらに思きこえんといとねんころにきこえさせ給さふら ふ人〱御うしろみたち御せうとの兵部卿のみこなとかく心ほそくておはしま さんよりはうちすみせさせ給て御心もなくさむへくなとおほしなりてまいらせ" }, { "vol": 1, "page": 23, "text": "たてまつり給へりふちつほときこゆけに御かたちありさまあやしきまてそおほ え給へるこれは人の御きはまさりて思なしめてたく人もえおとしめきこえ給は ねはうけはりてあかぬことなしかれは人のゆるしきこえさりしに御心さしあや にくなりしそかしおほしまきるとはなけれとをのつから御心うつろひてこよな うおほしなくさむやうなるもあはれなるわさなりけり源氏のきみは御あたりさ り給はぬをましてしけくわたらせ給御方はえはちあへたまはすいつれの御方も 我人におとらんとおほいたるやはあるとり〱にいとめてたけれとうちおとな ひ給へるにいとわかううつくしけにてせちにかくれ給へとをのつからもりみた てまつるはゝみやす所もかけたにおほえたまはぬをいとように給へりと内侍の すけのきこえけるをわかき御心ちにいとあはれと思きこえ給てつねにまいらま ほしくなつさひみたてまつらはやとおほえ給うへもかきりなき御おもひとちに てなうとみ給そあやしくよそへきこえつへき心地なんするなめしとおほさてら うたくし給へつらつきまみなとはいとようにたりしゆへかよひてみえ給もにけ なからすなんなときこえつけ給へれはおさな心地にもはかなき花もみちにつけ" }, { "vol": 1, "page": 24, "text": "ても心さしをみえたてまつるこよなう心よせきこえ給へれは弘徽殿女御又この 宮とも御なかそは〱しきゆへうちそへて本よりのにくさもたちいてゝものし とおほしたり世にたくひなしとみたてまつり給ひなたかうおはする宮の御かた ちにも猶にほはしさはたとへん方なくうつくしけなるを世の人ひかるきみとき こゆふちつほならひ給て御おほえもとり〱なれはかゝやく日の宮ときこゆこ のきみの御わらはすかたいとかへまうくおほせと十二にて御元服したまふゐた ちおほしいとなみてかきりある事に事をそへさせ給ひとゝせの春宮の御元服南 殿にてありしきしきよそほしかりし御ひゝきにおとさせ給はすところ〱のき やうなとくらつかさこくさうゐんなとおほやけことにつかうまつれるおろそか なることもそとゝりわきおほせ事ありてきよらをつくしてつかうまつれりおは します殿のひむかしのひさしひんかしむきにいしたてゝ火んさの御座ひきいれ の大臣の御さ御前にありさるの時にて源氏まいり給みつらゆひたまへるつらつ きかほのにほひさまかへたまはん事おしけ也大蔵卿くらひとつかうまつるいと きよらなる御くしをそくほと心くるしけなるをうへはみやす所のみましかはと" }, { "vol": 1, "page": 25, "text": "おほしいつるにたへかたきを心つよくねんしかへさせ給かうふりし給て御やす み所にまかてたまひて御そたてまつりかへておりてはいしたてまつり給さまに みな人なみたおとし給みかとはたましてえしのひあへ給はすおほしまきるゝお りもありつるむかしのことゝり返しかなしくおほさるいとかうきひわなるほと はあけをとりやとうたかはしくおほされつるをあさましううつくしけさそひ給 へりひきいれの大臣のみこはらにたゝひとりかしつき給おほん女春宮よりも御 けしきあるをおほしわつらふ事ありけるこのきみにたてまつらむの御心なりけ り内にも御けしきたまはらせ給へりけれはさらはこのおりのうしろみなかめる をそひふしにもともよほさせ給けれはさおほしたりさふらひにまかて給て人 〱おほみきなとまいるほとみこたちの御さのすゑに源氏つき給へりおとゝけ しきはみきこえ給事あれと物のつゝましきほとにてともかくもあへしらひきこ え給はすおまへより内侍せむしうけたまはりつたへておとゝまいりたまふへき めしあれはまいり給御ろくの物うへの命婦とりてたまふしろきおほうちきに御 そひとくたりれいの事也御さかつきのついてに" }, { "vol": 1, "page": 26, "text": "いときなきはつもとゆひになかき世をちきる心はむすひこめつや御心はえ ありておとろかせ給 むすひつる心もふかきもとゆひにこきむらさきの色しあせすはとそうして なかはしよりおりてふたうし給ひたりのつかさの御むまくら人所のたかすへて たまはり給みはしのもとにみこたちかむたちめつらねてろくともしな〱にた まはり給そのひのおまへのおりひつものこ物なと右大弁なんうけたまはりてつ かうまつらせけるとむしきろくのからひつともなと所せきまて春宮の御元服の おりにもかすまされりなか〱かきりもなくいかめしうなんその夜おとゝの御 さとに源氏のきみまかてさせたまふさほう世にめつらしきまてもてかしつきき こえ給へりいときひはにておはしたるをゆゝしううつくしと思きこえ給へり女 きみはすこしすくし給へるほとにいとわかうおはすれはにけなくはつかしとお ほいたりこのおとゝの御おほえいとやむことなきにはゝ宮内のひとつきさいは らになんおはしけれはいつかたにつけてもいとはなやかなるにこの君さへかく おはしそひぬれは春宮の御おほちにてつゐに世中をしり給へき右のおとゝの御" }, { "vol": 1, "page": 27, "text": "いきをひは物にもあらすをされ給へり御こともあまたはら〱にものし給宮の 御はらは蔵人少将にていとわかうおかしきを右のおとゝの御なかはいとよから ねとえみすくし給はてかしつき給四の君にあはせ給へりおとらすもてかしつき たるはあらまほしき御あはひともになん源氏の君はうへのつねにめしまつはせ は心やすくさとすみもえし給はす心のうちにはたゝふちつほの御ありさまをた くひなしと思きこえてさやうならむ人をこそみめにる人なくもおはしけるかな おほいとのゝきみいとおかしけにかしつかれたる人とはみゆれと心にもつかす おほえ給ておさなきほとのこゝろひとつにかゝりていとくるしきまてそおはし けるおとなになり給てのちはありしやうにみすの内にもいれたまはす御あそひ のおり〱ことふえのねにきこえかよひほのかなる御こゑをなくさめにて内す みのみこのましうおほえ給五六日さふらひ給ておほいとのに二三日なとたえ 〱にまかて給へとたゝいまはおさなき御ほとにつみなくおほしなしていとな みかしつききこえ給御方〱の人〱世中にをしなへたらぬをえりとゝのへす くりてさふらはせ給御心につくへき御あそひをしおほな〱おほしいたつく内" }, { "vol": 1, "page": 28, "text": "にはもとのしけいさを御さうしにてはゝみやす所の御方の人〱まかてちらす さふらはせ給さとの殿はすりしきたくみつかさに宣旨くたりてになうあらため つくらせたまふもとのこたち山のたゝすまひおもしろき所なりけるを池のこゝ ろひろくしなしてめてたくつくりのゝしるかゝる所におもふやうならむ人をす へてすまはやとのみなけかしうおほしわたるひかるきみといふ名はこまうとの めてきこえてつけたてまつりけるとそいひつたへたるとなむ" }, { "vol": 2, "page": 35, "text": "ひかる源氏名のみこと〱しういひけたれたまふとかおほかなるにいとゝかゝ るすきことゝもをすゑの世にもきゝつたへてかろひたる名をやなかさむとしの ひ給けるかくろへことをさへかたりつたへけむ人のものいひさかなさよさるは いといたく世をはゝかりまめたち給けるほとなよひかにをかしきことはなくて かたのゝ少将にはわらはれ給けむかしまた中将なとにものし給しときは内にの みさふらひようし給て大殿にはたえ〱まかて給ふしのふのみたれやとうたか ひきこゆる事もありしかとさしもあためきめなれたるうちつけのすき〱しさ なとはこのましからぬ御本上にてまれにはあなかちにひきたかへ心つくしなる ことを御心におほしとゝむるくせなむあやにくにてさるましき御ふるまひもう ちましりけるなかあめはれまなきころ内の御ものいみさしつゝきていとゝなか ゐさふらひ給を大殿にはおほつかなくうらめしくおほしたれとよろつの御よそ ひなにくれとめつらしきさまにてうしいて給つ御むすこの君たちたゝこの御 とのゐところに宮つかへをつとめ給ふ宮はらの中将はなかにしたしくなれきこ え給てあそひたはふれをも人よりは心やすくなれ〱しくふるまひたり右のお" }, { "vol": 2, "page": 36, "text": "とゝのいたはりかしつき給ふすみかはこの君もいとものうくしてすきかましき あた人なりさとにてもわかかたのしつらひまはゆくして君のいていりし給にう ちつれきこえ給つゝよるひるかくもむをあそひをももろともにしておさ〱 たちをくれすいつくにてもまつはれきこえ給ふほとにをのつからかしこまりも えをかす心のうちにおもふこともかくしあへすなんむつれきこえ給けるつれ 〱とふりくらしてしめやかなるよひの雨に殿上にもおさ〱人すくなに御と のゐ所もれいよりはのとやかなる心ちするにおほとなふらちかくてふみともな とみ給ちかきみつしなるいろ〱のかみなるふみともをひきいてゝ中将わりな くゆかしかれはさりぬへきすこしはみせむかたわなるへきもこそとゆるし給は ねはそのうちとけてかたはらいたしとおほされんこそゆかしけれをしなへたる おほかたのはかすならねとほと〱につけてかきかはしつゝもみ侍なんをのか しゝうらめしきおり〱まちかほならむゆふくれなとのこそみ所はあらめとゑ んすれはやむことなくせちにかくし給へきなとはかやうにおほそうなるみつし なとにうちをきちらし給ふへくもあらすふかくとりをき給へかめれは二のまち" }, { "vol": 2, "page": 37, "text": "の心やすきなるへしかたはしつゝみるによくさま〱なるものともこそ侍けれ とて心あてにそれかかれかなととふなかにいひあつるもありもてはなれたるこ とをも思ひよせてうたかふもをかしとおほせとことすくなにてとかくまきらは しつゝとりかくし給つそこにこそおほくつとへ給らめすこしみはやさてなんこ のつしも心よくひらくへきとのたまへは御らむし所あらむこそかたく待らめな ときこえ給ふついてに女のこれはしもとなんつくましきはかたくもあるかなと やう〱なむみ給へしるたゝうはへはかりのなさけにてはしりかきおりふしの いらへ心えてうちしなとはかりはすいふんによろしきもおほかりとみ給れとそ もまことにそのかたをとりいてんえらひにかならすもるましきはいとかたしや わか心えたる事はかりををのかしゝ心をやりて人をはおとしめなとかたはらい たき事おほかりおやなとたちそひもてあかめておひさきこもれるまとのうちな るほとはたゝかたかとをきゝつたへて心をうこかすこともあめりかたちをかし くうちおほときわかやかにてまきるゝことなきほとはかなきすさひをも人まね に心をいるゝ事もあるにをのつからひとつゆへつけてしいつる事もありみる人" }, { "vol": 2, "page": 38, "text": "をくれたるかたをはいひかくしさてありぬへきかたをはつくろひてまねひいた すにそれしかあらしとそらにいかゝはをしはかりおもひくたさむまことかとみ もてゆくにみをとりせぬやうはなくなんあるへきとうめきたるけしきもはつか しけなれはいとなへてはあらねと我おほしあはすることやあらむうちほをえみ てそのかたかともなき人はあらむやとの給へはいとさはかりならむあたりには たれかはすかされより侍らむとる方なくくちおしきゝはというなりとおほゆは かりすくれたるとはかすひとしくこそ侍らめ人のしなたかくむまれぬれは人に もてかしつかれてかくるゝ事おほくしねんにそのけはひこよなかるへし中のし なになん人の心〱をのかしゝのたてたるおもむきもみえてわかるへきことか た〱おほかるへきしものきさみといふきはになれはことにみゝたゝすかしと ていとくまなけなるけしきなるもゆかしくてそのしな〱やいかにいつれをみ つのしなにをきてかわくへきもとのしなたかくむまれなから身はしつみくらゐ みしかくて人けなき又なを人のかむたちめなとまてなりのほりわれはかほにて 家のうちをかさり人におとらしとおもへるそのけちめをはいかゝわくへきとと" }, { "vol": 2, "page": 39, "text": "ひ給ほとに左のむまのかみ藤式部のそう御物いみにこもらむとてまいれり世の すきものにてものよくいひとをれるを中将まちとりてこのしな〱をわきまへ さためあらそふいときゝにくき事おほかりなりのほれとももとよりさるへきす ちならぬは世人のおるへることもさはいへとなをことなり又もとはやむことな きすちなれと世にふるたつきすくなく時世にうつろひておほえおとろえぬれは 心は心として事たらすわろひたる事ともいてくるわさなめれはとり〱にこと はりてなかのしなにそをくへきすりやうといひて人の国のことにかゝつらひい となみてしなさたまりたる中にも又きさみ〱ありて中のしなのけしうはあら ぬえりいてつへきころほひ也なま〱の上達部よりも非参議の四位ともの世の おほえくちおしからすもとのねさしいやしからぬやすらかに身をもてなしふる まひたるいとかはらかなりや家のうちにたらぬことなとはたなかめるまゝには ふかすまはゆきまてもてかしつけるむすめなとのおとしめかたくおひいつるも あまたあるへし宮つかへにいてたちておもひかけぬさいはひとりいつるためし ともおほかりかしなといへはすへてにきはゝしきによるへきなむなりとてわら" }, { "vol": 2, "page": 40, "text": "ひ給ふをこと人のいはむやうに心えすおほせらると中将にくむもとのしな時世 のおほえうちあひやむことなきあたりのうち〱のもてなしけはひをくれたら むはさらにもいはすなにをしてかくおひいてけむといふかひなくおほゆへしう ちあひてすくれたらむもことはりこれこそはさるへきことゝおほえてめつらか なる事と心もおとろくましなにかしかをよふへきほとならねはかみかかみはう ちをき侍ぬさてよにありと人にしられすさひしくあはれたらむむくらのかとに おもひのほかにらうたけならん人のとちられたらんこそかきりなくめつらしく はおほえめいかてはたかゝりけむとおもふよりたかへることなんあやしく心と まるわさなるちゝのとしおひものむつかしけにふとりすきせうとのかほにくけ におもひやりことなる事なきねやのうちにいといたくおもひあかりはかなくし いてたることわさもゆへなからすみえたらむかたかとにてもいかゝ思ひのほか にをかしからさらむすくれてきすなきかたのえらひにこそをよはさらめさるか たにてすてかたきものをはとて式部をみやれはわかいもうととものよろしきゝ こえあるをおもひての給にやとや心うらむものもいはすいてやかみのしなとお" }, { "vol": 2, "page": 41, "text": "もふにたにかたけなるよをと君はおほすへししろき御そとものなよゝかなるに なをしはかりをしとけなくきなし給てひもなともうちすてゝそひふし給へる御 ほかけいとめてたく女にてみたてまつらまほしこの御ためにはかみかかみをえ りいてゝも猶あくましくみえ給ふさま〱の人のうへともをかたりあはせつゝ おほかたの世につけてみるにはとかなきもわかものとうちたのむへきをえらん におほかる中にもえなんおもひさたむましかりけるおのこの大やけにつかうま つりはか〱しき世のかためとなるへきもまことのうつはものとなるへきをと りいたさむにはかたかるへしかしされとかしこしとてもひとりふたり世中をま つりこちしるへきならねはかみはしもにたすけられしもはかみになひきて事ひ ろきにゆつろふらんせはき家のうちのあるしとすべき人ひとりをおもひめくら すにたらはてあしかるへき大事ともなむかたかたおほかるとあれはかゝりあふ さきるさにてなのめにさてありぬへき人のすくなきをすき〱しき心のすさ ひにて人のありさまをあまたみあはせむのこのみならねとひとへにおもひさた むへきよるへとすはかりにおなしくはわかちからいりをしなをしひきつくろふ" }, { "vol": 2, "page": 42, "text": "へき所なく心にかなふやうにもやとえりそめつる人のさたまりかたきなるへし かならすしもわかおもふにかなはねとみそめつる契はかりをすてかたく思ひと まる人はものまめやかなりとみえさてたもたるゝ女のためも心にくゝをしはか らるゝなりされとなにか世のありさまをみたまへあつむるまゝに心にをよはす いとゆかしき事もなしや君達のかみなき御えらひにはましていかはかりの人か はたくひ給はんかたちきたなけなくわかやかなるほとのをのかしゝはちりもつ かしと身をもてなしふみをかけとおほとかにことえりをしすみつきほのかに心 もとなくおもはせつゝ又さやかにもみてしかなとすへなくまたせわつかなるこ ゑきくはかりいひよれといきのしたにひきいれことすくなゝるかいとよくもて かくすなりけりなよひかに女しとみれはあまりなさけにひきこめられてとりな せはあためくこれをはしめのなむとすへしことかなかになのめなるましき人の うしろみのかたはものゝあはれしりすくしはかなきついてのなさけありをかし きにすゝめるかたなくてもよかるへしとみえたるに又まめ〱しきすちをたて ゝみゝはさみかちにひさうなき家とうしのひとへにうちとけたるうしろみはか" }, { "vol": 2, "page": 43, "text": "りをしてあさゆふのいていりにつけてもおほやけわたくしの人のたゝすまひよ きあしき事のめにもみゝにもとまるありさまをうとき人にわさとうちまねはん やはちかくてみん人のきゝわきおもひしるへからむにかたりもあはせはやとう ちもゑまれなみたもさしくみもしはあやなきおほやけはらたゝしく心ひとつに おもひあまる事なとおほかるをなにゝかはきかせむとおもへはうちそむかれて 人しれぬ思いてわらひもせられあはれともうちひとりこたるゝになに事そなと あはつかにさしあふきゐたらむはいかゝはくちおしからぬたゝひたふるにこめ きてやはらかならむ人をとかくひきつくろひてはなとかみさらん心となくと もなをしところある心地すへしけにさしむかひてみむほとはさてもらうたきか たにつみゆるしみるへきをたちはなれてさるへきことをいひやりおりふしに しいてむわさのあた事にもまめことにもわか心とおもひうる事なくふかきいた りなからむはいとくちおしくたのもしけなきとかやなをくるしからむつねはす こしそは〱しく心つきなき人のおりふしにつけていてはへするやうもありか しなとくまなきものいひもさためかねていたくうちなけくいまはたゝしなにも" }, { "vol": 2, "page": 44, "text": "よらしかたちをはさらにもいはしいとくちおしくねちけかましきおほえたにな くはたゝひとへにものまめやかにしつかなる心のおもむきならむよるへをそつ ゐのたのみ所には思ひをくへかりけるあまりゆへよし心はせうちそへたらむを はよろこひにおもひすこしをくれたるかたあらむをもあなかちにもとめくはへ しうしろやすくのとけき所たにつよくはうはへのなさけはをのつからもてつけ つへきわさをやえんにものはちしてうらみいふへきことをもみしらぬさまにし のひてうへはつれなくみさをつくりこゝろひとつに思あまる時はいはんかたな くすこきことのはあはれなるうたをよみをきしのはるへきかたみをとゝめてふ かき山さと世はなれたるうみつらなとにはひかくれぬるおりかしわらはに侍し とき女房なとの物かたりよみしをきゝていとあはれにかなしく心ふかきことか なと涙をさへなんおとし侍しいま思にはいとかる〱しくことさらひたる事也 心さしふかゝらんおとこをゝきてみるめのまへにつらきことありとも人の心を みしらぬやうにゝけかくれて人をまとはし心をみんとするほとになかき世の物 おもひになるいとあちきなき事也心ふかしやなとほめたてられてあはれすゝみ" }, { "vol": 2, "page": 45, "text": "ぬれはやかてあまになりぬかし思ひたつほとはいと心すめるやうにて世にかへ りみすへくもおもへらすいてあなかなしかくはたおほしなりにけるよなとやう にあひしれる人きとふらひひたすらにうしともおもひはなれぬ男きゝつけて涙 おとせはつかふ人ふるこたちなと君の御心はあはれなりけるものをあたら御身 をなといふみつからひたひかみをかきさくりてあへなく心ほそけれはうちひそ みぬかししのふれと涙こほれそめぬれはおり〱ことにえねむしえすくやしき ことおほかめるに仏も中〱心きたなしとみ給つへしにこりにしめるほとより もなまうかひにてはかへりてあしきみちにもたゝよひぬへくそおほゆるたえぬ すくせあさからてあまにるなさてたつねとりたらんもやかてそのおもひいてう らめしきふしあらさらんやあしくもよくもあひそひてとあらむおりもかゝらん きさみをもみすくしたらん中こそ契ふかくあはれならめわれも人もうしろめた く心をかれしやは又なのめにうつろふかたあらむ人をうらみてけしきはみそむ かんはたおこかましかりなん心はうつろふかたありともみそめし心さしいとお しくおもはゝさるかたのよすかにおもひてもありぬへきにさやうならむたちろ" }, { "vol": 2, "page": 46, "text": "きにたへぬへきわさなりすへてよろつの事なたらかにゑんすへきことをはみし れるさまにほのめかしうらむへからむふしをもにくからすかすめなさはそれに つけてあはれもまさりぬへしおほくはわか心もみる人からおさまりもすへしあ まりむけにうちゆるへみはなちたるも心やすくらうたきやうなれとをのつから かろきかたにそおほえ侍かしつなかぬ舟のうきたるためしもけにあやなしさは 侍らぬかといへは中将うなつくさしあたりてをかしともあはれとも心にいらむ 人のたのもしけなきうたかひあらむこそ大事なるへけれわか心あやまちなくて みすくさはさしなをしてもなとかみさらむとおほえたれとそれさしもあらしと もかくもたかふへきふしあらむをのとやかにみしのはむよりほかにます事ある ましかりけりといひてわかいもうとの姫君はこのさためにかなひ給へりとおも へは君のうちねふりてことはませ給はぬをさう〱しく心やましとおもうむま のかみ物さためのはかせになりてひゝらきゐたり中将はこのことはりきゝはて むと心いれてあへしらひゐ給へりよろつの事によそへておほせきのみちのたく みのよろつの物を心にまかせてつくりいたすもむしのもてあそひものゝその" }, { "vol": 2, "page": 47, "text": "物とあともさたまらぬはそはつきされはみたるもけにかうもしつへかりけりと 時につけつゝさまをかへていまめかしきにめうつりてをかしきもあり大事とし てまことにうるはしき人のてうとのかさりとするさたまれるやうある物をなん なくしいつる事なんなをまことのものゝ上手はさまことにみえわかれ侍又ゑと ころに上手おほかれとすみかきにえらはれてつきつきにさらにおとりまさるけ ちめふとしもみえわかれすかゝれと人のみをよはぬほうらいの山あらうみのい かれるいほのすかたから国のはけしきけたものゝかたちめにみえぬおにのかほ なとのおとろ〱しくつくりたる物は心にまかせてひときはめおとろかしてし ちにはにさらめとさてありぬへし世のつねの山のたゝすまひ水のなかれめにち かき人の家ゐありさまけにとみえなつかしくやはらいたるかたなとをしつかに かきませてすくよかならぬ山のけしきこふかくよはなれてたゝみなしけちかき まかきのうちをはその心しらひをきてなとをなん上手はいといきほひことにわ ろ物はおよはぬ所おほかめるてをかきたるにもふかき事はなくてこゝかしこの てんなかにはしりかきそこはかとなくけしきはめるはうちみるにかと〱しく" }, { "vol": 2, "page": 48, "text": "けしきたちたれとなをまことのすちをこまやかにかきえたるはうはへのふてき えてみゆれといまひとたひとりならへてみれは猶しちになんよりけるはかなき 事たにかくこそ侍れまして人の心の時にあたりてけしきはめらむみるめのなさ けをはえたのむましくおもふ給へて侍るそのはしめの事すき〱しくとも申侍 らむとてちかくゐよれは君もめさまし給ふ中将いみしくしんしてつらつえをつ きてむかひゐ給へりのりの師の世のことはりときゝかせむ所の心ちするもかつ はをかしけれとかゝるついてはをの〱むつこともえしのひとゝめすなんあり けるはやうまたいと下らうに侍し時あはれとおもふ人侍ききこえさせつるやう にかたちなといとまほにも侍らさりしかはわかきほとのすき心にはこの人をと まりにともおもひとゝめ侍らすよるへとは思ひなからさう〱しくてとかくま きれ侍しをものゑんしをいたくし侍しかは心つきなくいとかゝらておいらかな らましかはとおもひつゝあまりいとゆるしなくうたかひ侍しもうるさくてかく かすならぬ身をみもはなたてなとかくしもおもふらむと心くるしきおり〱も 侍てしねんに心おさめらるゝやうになん侍しこの女のあるやうもとよりおもひ" }, { "vol": 2, "page": 49, "text": "いたらさりける事にもいかてこの人のためにはとなきてをいたしをくれたるす ちの心をもなをくちおしくはみえしとおもひはけみつゝとにかくにつけてもの まめやかにうしろみつゆにても心にたかふことはなくもかなと思へりしほとに すゝめるかたと思ひしかととかくになひきてなよひゆきみにくきかたちをもこ の人にみやうとまれんとわりなくおもひつくろひうとき人にみえはおもてふせ にや思はんとはゝかりはちてみさをにもてつけてみなるゝまゝに心もけしうは あらす侍しかとたゝこのにくきかたひとつなん心おさめす侍しそのかみおもひ 侍しやうかうあなかちにしたかひをちたる人なめりいかてこるはかりのわさし ておとしてこのかたもすこしよろしくもなりさかなさもやめむとおもひてまこ とにうしなともおもひてたえぬへきけしきならはかはかりわれにしたかふ心な らはおもひこりなむと思給へえてことさらになさけなくつれなきさまをみせて れいのはらたちゑんするにかくおそましくはいみしき契りふかくともたえて又 みしかきりとおもはゝかくわりなきものうたかひはせよゆくさきなかくみえむ とおもはゝつらきことありともねんしてなのめにおもひなりてかゝる心たにう" }, { "vol": 2, "page": 50, "text": "せなはいとあはれとなん思ふへき人なみ〱にもなりすこしおとなひんにそへ てもまたならふ人なくあるへきやうなとかしこくおしへたつるかなと思給へて 我たけくいひそし侍にすこしうちわらひてよろつにみたてなく物けなきほとを みすくして人かすなる世もやとまつかたはいとのとかにおもひなされて心やま しくもあらすつらき心をしのひておもひなをらんおりをみつけんととし月をか さねんあいなたのみはいとくるしくなんあるへけれはかたみにそむきぬへきき さみになむあるとねたけにいふにはらたゝしくなりてにくけなる事ともをいひ はけまし侍に女もえおさめぬすちにておよひひとつをひきよせてくひて侍りし をおとろ〱しくかこちてかゝるきすさへつきぬれはいよ〱ましらひをすへ きにもあらすはつかしめ給めるつかさくらゐいとゝしくなにゝつけてかは人め かん世をそむきぬへき身なめりなといひおとしてさらはけふこそはかきりなめ れとこのおよひをかゝめてまかてぬ てをおりてあひみし事をかそふれはこれひとつやは君かうきふしえうらみ しなといひ侍れはさすかにうちなきて" }, { "vol": 2, "page": 51, "text": "うきふしを心ひとつにかそへきてこや君かてをわかるへきおりなといひし ろひ侍しかとまことにはかはるへきことゝも思給へすなからひころふるまてせ うそこもつかはさすあくかれまかりありくにりむしのまつりのてうかくに夜ふ けていみしうみそれふる夜これかれまかりあかるゝ所にておもひめくらせは猶 家ちと思はむかたは又なかりけり内わたりのたひねすさましかるへくけしきは めるあたりはそゝろさむくやとおもふ給へられしかはいかゝおもへるとけしき もみかてら雪をうちはらひつゝなま人わるくつめくはるれとさりともこよひひ ころのうらみはとけなむと思給へしに火ほのかにかへにそむけなへたるきぬと ものあつこへたるおほいなるこにうちかけてひきあくへきものゝかたひらなと うちあけてこよひはかりやとまちけるさまなりされはよと心おこりするにさう しみはなしさるへき女房ともはかりとまりておやの家にこのよさりなんわたり ぬるとこたへ侍りえんなる歌もよますけしきはめるせうそこもせていとひたや こもりになさけなかりしかはあへなき心ちしてさかなくゆるしなかりしも我を うとみねとおもふかたの心やありけむとさしもみ給へさりしことなれと心やま" }, { "vol": 2, "page": 52, "text": "しきまゝにおもひ侍しにきるへき物つねよりも心とゝめたる色あひしさまいと あらまほしくてさすかにわかみすてん後をさへなんおもひやりうしろみたりし さりともたえておもひはなつやうはあらしと思ふ給へてとかくいひ侍しをそむ きもせすとたつねまとはさむともかくれしのひすかゝやかしからすいらへつゝ たゝありしなからはえなんみすくすましきあらためてのとかにおもひならはな んあひみるへきなといひしをさりともえおもひはなれしと思給へしかはしはし こらさむの心にてしかあらためむともいはすいたくつなひきてみせしあひたに いといたくおもひなけきてはかなくなり侍にしかはたはふれにくゝなむおほえ 侍しひとへにうちたのみたらむかたはさはかりにてありぬへくなんおもひ給へ いてらるゝはかなきあた事をもまことの大事をもいひあはせたるにかひなから すたつた姫といはむにもつきなからすたなはたのてにもおとるましくそのかた もくしてうるさくなん侍しとていとあはれとおもひいてたり中将そのたなはた のたちぬふかたをのとめてなかき契にそあえましけにそのたつた姫のにしきに はまたしくものあらしはかなき花紅葉といふもおりふしの色あひつきなくはか" }, { "vol": 2, "page": 53, "text": "〱しからぬは露のはえなくきえぬるわさなりさあるによりかたき世とはさた めかねたるそやといひはやし給ふさて又おなしころまかりかよひしところは人 もたちまさり心はせまことにゆへありとみえぬへくうちよみはしりかきかいひ くつまをとてつきくちつきみなたと〱しからすみきゝわたり侍きみるめもこ ともなく侍しかはこのさかなものをうちとけたるかたにて時〱かくろへみ侍 しほとはこよなく心とまり侍きこの人うせて後いかゝはせむあはれなからもす きぬるはかひなくてしは〱まかりなるゝにはすこしまはゆくえんにこのまし き事はめにつかぬ所あるにうちたのむへくはみえすかれ〱にのみみせ侍程に しのひて心かはせる人そありけらし神無月のころをひ月おもしろかりし夜うち よりまかて侍にあるうへ人きあひてこの車にあひのりて侍れは大納言の家にま かりとまらむとするにこの人いふやうこよひ人まつらむやとなんあやしく心く るしきとてこの女の家はたよきぬみちなりけれはあれたるくつれより池の水か けみえて月たにやとるすみかをすきむもさすかにており侍ぬかしもとよりさる 心をかはせるにやありけんこの男いたくすゝろきてかとちかきらうのすのこた" }, { "vol": 2, "page": 54, "text": "つものにしりかけてとはかり月をみるきくいとおもしろくうつろひわたり風に きほへるもみちのみたれなとあはれとけにみえたりふところなりけるふえとり いてゝふきならしかけもよしなとつゝしりうたふほとによくなるわこむをしら へとゝのへたりけるうるはしくかきあはせたりしほとけしうはあらすかしりち のしらへは女の物やはらかにかきならしてすのうちよりきこえたるもいまめき たるものゝこゑなれはきよくすめる月におりつきなからす男いたくめてゝすの もとにあゆみきてにはのもみちこそふみわけたるあともなけれなとねたますき くをおりて ことのねも月もえならぬやとなからつれなき人をひきやとめけるわろかめ りなといひていまひとこゑきゝはやすへき人のある時てなのこひ給そなといた くあされかゝれは女こゑいたうつくろひて 木からしに吹あはすめるふえのねをひきとゝむへきことのはそなきとなま めきかはすににくゝなるをもしらて又さうのことをはむしきてうにしらへてい まめかしくかいひきたるつまをとかとなきにはあらねとまはゆき心地なんし侍" }, { "vol": 2, "page": 55, "text": "したゝ時〱うちかたらふみやつかへ人なとのあくまてされはみすきたるはさ てもみるかきりはをかしくもありぬへし時〱にてもさる所にてわすれぬよす かとおもふ給へんにはたのもしけなくさしすくいたりと心をかれてその夜の事 にことつけてこそまかりたえにしかこのふたつのことをおもふ給へあはするに わかき時の心にたに猶さやうにもていてたる事はいとあやしくたのもしけなく おほえ侍きいまよりのちはましてさのみなんおもふ給へらるへき御心のまゝに おらはおちぬへきはきの露ひろはゝきえなんとみる玉さゝのうへのあられなと のえんにあへかなるすき〱しさのみこそをかしくおほさるらめいまさりとも なゝとせあまりかほとにおほしゝりはへなんなにかしかいやしきいさめにてす きたはめらむ女に心をかせ給へあやまちしてみむ人のかたくなゝる名をもたて つへき物なりといましむ中将れいのうなつく君すこしかたゑみてさる事とはお ほすへかめりいつかたにつけても人わるくはしたなかりけるみ物かたりかなと てうちわらひおはさうす中将なにかしはしれものゝ物かたりをせむとていとし のひてみそめたりし人のさてもみつへかりしけはひなりしかはなからふへきも" }, { "vol": 2, "page": 56, "text": "のとしもおもふ給へさりしかとなれゆくまゝにあはれとおほえしかはたえ〱 わすれぬ物に思給へしをさはかりになれはうちたのめるけしきもみえきたのむ につけてはうらめしとおもふ事もあらむと心なからおほゆるおり〱も侍しを みしらぬやうにてひさしきとたえをもかうたまさかなる人ともおもひたらすた ゝあさゆふにもてつけたらむありさまにみえて心くるしかりしかはたのめわた る事なともありきかしおやもなくいと心ほそけにてさらはこの人こそはとこと にふれておもへるさまもらうたけなりきかうのとけきにおたしくてひさしくま からさりしころこのみ給ふるわたりよりなさけなくうたてある事をなんさるた よりありてかすめいはせたりける後にこそきゝ侍しかさるうき事やあらむとも しらす心にわすれすなからせうそこなともせてひさしく侍しにむけにおもひし ほれてこゝろほそかりけれはおさなきものなともありしにおもひわつらひてな てしこの花をおりておこせたりしとてなみたくみたりさてそのふみのことはゝ とゝひ給へはいさやことなる事もなかりきや 山かつのかきほあるともおり〱にあはれはかけよなてしこの露おもひい" }, { "vol": 2, "page": 57, "text": "てしまゝにまかりたりしかはれいのうらもなきものからいとものおもひかほに てあれたる家の露しけきをなかめてむしのねにきほへるけしきむかし物かたり めきておほえ侍し さきましる色はいつれとわかねとも猶常夏にしくものそなきやまとなてし こをはさしをきてまつちりをたになとおやの心をとる うちはらふ袖も露けきとこなつにあらし吹そふ秋もきにけりとはかなけに いひなしてまめ〱しくうらみたるさまもみえす涙をもらしおとしてもいとは つかしくつゝましけにまきらはしかくしてつらきをもおもひしりけりとみえむ はわりなくくるしきものと思ひたりしかは心やすくて又とたえをき侍しほとに あともなくこそかきけちてうせにしかまた世にあらははかなきよにそさすらふ らんあはれとおもひしほとにわつらはしけにおもひまつはすけしきみえましか はかくもあくからさゝらましこよなきとたえをかすさるものにしなしてなかく みるやうも侍なましかのなてしこのらうたく侍しかはいかてたつねむとおもひ 給るをいまもえこそきゝつけ侍らねこれこそのたまへるはかなきためしなめれ" }, { "vol": 2, "page": 58, "text": "つれなくてつらしとおもひけるもしらてあはれたえさりしもやくなきかたおも ひなりけりいまやう〱わすれゆくきはにかれはたえしもおもひはなれすおり 〱人やりならぬむねこかるゝゆふへもあらむとおほえ侍これなんえたもつま しくたのもしけなきかたなりけるされはかのさかな物おもひいてあるかたに わすれかたけれとさしあたりてみんにはわつらはしくよくせすはあきたき事も ありなんやことのねすゝめけんかと〱しさもすきたるつみおもかるへしこの 心もとなきもうたかひそふへけれはいつれとつゐにおもひさためすなりぬるこ そ世中やたゝかくこそとり〱にくらへくるしかるへきこのさま〱のよきか きりをとりくしなんすへきくさはひませぬ人はいつこにかはあらむきち上天女 をおもひかけむとすれはほうけつきくすしからむこそ又わひしかりぬへけれと てみなわらひぬ式部か所にそけしきある事はあらむすこしつゝかたり申せとせ めらるしもかしものなかにはなてう事かきこしめし所侍らむといへと頭の君ま めやかにおそしとせめ給へはなに事をとり申さんとおもひめくらすにまた文章 の生に侍し時かしこき女のためしをなんみ給へしかのむまのかみの申給へるや" }, { "vol": 2, "page": 59, "text": "うにおほやけことをもいひあはせわたくしさまの世にすまふへき心をきてをお もひめくらさむかたもいたりふかくさえのきはなま〱のはかせはつかしくす へてくちあかすへくなん侍らさりしそれはあるはかせのもとにかくもんなとし 侍とてまかりかよひしほとにあるしのむすめともおほかりときゝ給てはかなき ついてにいひよりて侍しをおやきゝつけてさかつきていてゝわかふたつのみ ちうたふをきけとなんきこえこち侍しかとおさ〱うちとけてもまからすかの おやの心をはゝかりてさすかにかゝつらひ侍しほとにいとあはれにおもひうし ろみねさめのかたらひにも身のさへつきおほやけにつかうまつるへきみち〱 しきことをおしへていときよけにせうそこふみにもかんなといふものかきませ すむへ〱しくいひまはし侍にをのつからえまかりたえてそのものを師として なんわつかなるこしおれふみつくる事なとならひ侍しかはいまにそのおんはわ すれ侍らねとなつかしきさいしとうちたのまむにはむさいの人なまわろならむ ふるまひなとみえむにはつかしくなんみえ侍しまいて君達の御ためはか〱し くしたたかなる御うしろみはなにゝかせさせ給はんはかなしくちおしとかつみ" }, { "vol": 2, "page": 60, "text": "つゝもたゝ我心につきすくせのひくかた侍めれはおのこしもなんしさひなきも のは侍めると申せはのこりをいはせむとてさて〱をかしかりける女かなとす かい給を心はえなからはなのわたりおこつきてかたりなすさていとひさしくま からさりしにものゝたよりにたちよりて侍れはつねのうちとけゐたるかたには 侍らて心やましきものこしにてなんあひて侍るふすふるにやとおこかましくも 又よきふしなりともおもひ給るにこのさかし人はたかる〱しきものゑんしす へきにもあらす世のたうりをおひとりてうらみさりけりこゑもはやりかにて いふやう月ころふひやうおもきにたえかねてこくねちのさうやくをふくしてい とくさきによりなんえたいめむたまはらぬまのあたりならすともさるへからん さうしらはうけ給はらむといとあはれにむへ〱しくいひ侍いらへになにとか はたゝうけ給はりぬとてたちいて侍にさうさうしくやおほえけんこのかうせな ん時にたちより給へとたかやかにいふをきゝすくさむもいとおししはしやすら ふへきにはた侍らねはけにそのにほひさへはなやかにたちそへるもすへなくて にけめをつかひて" }, { "vol": 2, "page": 61, "text": "さゝかにのふるまひしるきゆふくれにひるますくせといふかあやなさいか なる事つけそやといひもはてすはしりいて侍ぬるにおひて あふことの夜をしへたてぬ中ならはひるまもなにかまはゆからましさすか にくちとくなとは侍きとしつ〱と申せは君達あさましとおもひてそら事とて わらひ給ふいつこのさる女かあるへきおひらかにおにとこそむかひゐたらめむ くつけき事とつまはしきをしていはむかたなしと式部をあはめにくみてすこし よろしからむ事を申せとせめ給へとこれよりめつらしき事はさふらひなんやと てをりすへて男も女もわろものはわつかにしれるかたの事をのこりなくみせつ くさむとおもへるこそいとおしけれ三史五経みち〱しきかたをあきらかにさ とりあかさんこそあいきやうなからめなとかは女といはんからに世にある事の おほやけわたくしにつけてむけにしらすいたらすしもあらむわさとならひまね はねとすこしもかとあらむ人のみゝにもめにもとまる事しねんにおほかるへし さるまゝにはまむなをはしりかきてさるましきとちの女ふみになかはすきてか きすくめたるあなうたてこの人のたをやかならましかはとみえたり心ちにはさ" }, { "vol": 2, "page": 62, "text": "しも思はさらめとをのつからこは〱しきこゑによみなされなとしつゝことさ らひたり上らうのなかにもおほかる事そかしうたよむとおもへる人のやかてう たにまつはれをかしきふる事をもはしめよりとりこみつゝすさましきおり〱 よみかけたるこそものしき事なれ返しせねはなさけなしえせさらむ人ははした なからんさるへきせちゑなと五月のせちにいそきまいるあしたなにのあやめも おもひしつめられぬにえならぬねをひきかけ九日のえんにまつかたき詩の心を 思めくらしいとまなきおりにきくの露をかこちよせなとやうのつきなきいとな みにあはせさならてもをのつからけにのちにおもへはをかしくもあはれにもあ へかりける事のそのおりにつきなくめにとまらぬなとをおしはからすよみいて たる中〱心をくれてみゆよろつの事になとかはさてもとおほゆるおりから時 〱おもひわかぬはかりの心にてはよしはみなさけたゝさらむなんめやすかる へきすへて心にしれらむ事をもしらすかほにもてなしいはまほしからむ事をも ひとつふたつのふしはすくすへくなんあへかりけるといふにも君は人ひとりの 御ありさまを心のうちにおもひつゝけ給これにたらす又さしすきたる事なくも" }, { "vol": 2, "page": 63, "text": "のし給けるかなとありかたきにもいとゝむねふたかるいつかたによりはつとも なくはて〱はあやしき事ともになりてあかし給つからうしてけふは日のけし きもなをれりかくのみこもりさふらひ給も大殿の御心いとおしけれはまかて給 へりおほかたのけしき人のけはひもけさやかにけたかくみたれたるましらす 猶これこそはかの人〻のすてかたくとりいてしまめ人にはたのまれぬへけれと おほすものからあまりうるはしき御ありさまのとけかたくはつかしけにおもひ しつまり給へるをさう〱しくて中納言の君中つかさなとやうのをしなへたら ぬわか人ともにたはふれ事なとの給つゝあつさにみたれ給へる御ありさまをみ るかひありとおもひきこえたりおとゝもわたり給てかくうちとけ給へれはみ木 丁へたてゝおはしまして御ものかたりきこえ給をあつきにとにかみ給へは人〻 わらふあなかまとてけうそくによりおはすいとやすらかなる御ふるまひなりや くらくなるほとにこよひなかゝみうちよりはふたかりて侍けりときこゆさかし れいはいみ給ふかたなりけり二条院にもおなしすちにていつくにかたかへんい となやましきにとておほとのこもれりいとあしき事なりとこれかれきこゆきの" }, { "vol": 2, "page": 64, "text": "かみにてしたしくつかうまつる人の中河のわたりなる家なんこのころ水せきい れてすゝしきかけに侍ときこゆいとよかなりなやましきにうしなからひきいれ つへからむ所をとの給しのひ〱の御方たかへ所はあまたありぬへけれとひさ しくほとへてわたり給へるにかたふたけてひきたかへほかさまへとおほさんは いとおしきなるへしきのかみにおほせ事給へはうけ給なからしりそきていよの かみのあそむの家につゝしむ事侍て女房なんまかりうつれるころにてせはき所 に侍れはなめけなることや侍らむとしたになけくをきゝ給てその人ちかゝらむ なんうれしかるへき女とをきたひねはものおそろしき心ちすへきをたゝその木 丁のうしろにとの給へはけによろしきおまし所にもとて人はしらせやるいとし のひてことさらにこと〱しからぬ所をといそきいて給へはおとゝにもきこえ 給はす御ともにもむつましきかきりしておはしましぬにはかにとわふれと人も きゝいれす心殿の東おもてはらひあけさせてかりそめの御しつらひしたり水の 心はへなとさるかたにをかしくしなしたりゐなかいゑたつしはかきしてせむさ いなと心とめてうへたりかせすゝしくてそこはかとなきむしのこゑ〱きこえ" }, { "vol": 2, "page": 65, "text": "ほたるしけくとひまかひてをかしきほとなり人〻わたとのよりいてたるいつみ にのそきゐてさけのむあるしもさかなもとむとこゆるきのいそきありくほと君 はのとやかになかめ給てかの中のしなにとりいてゝいひしこのなみならむかし とおほしいつおもひあかれるけしきにきゝをき給へるむすめなれはゆかしくて みゝとゝめ給へるにこのにしおもてにそ人のけはひするきぬのをとなひはら 〱としてわかきこゑともにくからすさすかにしのひてわらひなとするけはひ ことさらひたりかうしをあけたりけれとかみ心なしとむつかりておろしつれは 火ともしたるすきかけさうしのかみよりもりたるにやをらより給てみゆやとお ほせとひまもなけれはしはしきゝ給にこのちかきもやにつとひゐたるなるへし うちさゝめきいふことゝもをきゝ給へはわか御うへなるへしいといたうまめた ちてまたきにやむことなきよすかさたまり給へるこそさう〱しかむめれされ とさるへきくまにはよくこそかくれありき給ふなれなといふにもおほす事のみ 心にかゝり給へはまつむねつふれてかやうのつゐてにも人のいひもらさむをき ゝつけたらむときなとおほえ給ことなる事なけれはきゝさし給つ式部卿の宮の" }, { "vol": 2, "page": 66, "text": "姫君にあさかほたてまつり給し歌なとをすこしほをゆかめてかたるもきこゆく つろきかましくうたすしかちにもあるかななをみおとりはしなんかしとおほす かみいてきてとうろかけそへ火あかくかゝけなとして御くた物はかりまいれり とはり帳もいかにそはさるかたの心もなくてはめさましきあるしならむとの給 へはなによけむともえうけ給はらすとかしこまりてさふらふはしつかたのおま しにかりなるやうにておほとのこもれは人〻もしつまりぬあるしのこともをか しけにてありわらはなる殿上のほとに御らむしなれたるもありいよのすけのこ もありあまたあるなかにいとけはひあてはかにて十二三はかりなるもありいつ れかいつれなとゝひ給にこれは故衛門督のすゑのこにていとかなしくし侍ける をおさなきほとにをくれ侍てあねなる人のよすかにかくて侍也さえなともつき ぬへくけしうは侍らぬを殿上なとも思ふ給へかけなからすか〱しうはえまし らひ侍らさめると申あはれのことや此あね君やまうとの後のおやさなん侍と申 ににけなきおやをもまうけたりけるかなうへにもきこしめしをきて宮つかへに いたしたてむともらしそうせしいかになりにけむといつそやものたまはせし世" }, { "vol": 2, "page": 67, "text": "こそさためなきものなれといとおよすけの給ふふいにかくてものし侍なり世中 といふものさのみこそいまもむかしもさたまりたる事侍らね中につゐても女の すくせはいとうかひたるなんあはれに侍るなんときこえさすいよのすけかしつ くや君とおもふらむないかゝはわたくしのしうとこそは思ひて侍めるをすき 〱しきことゝなにかしよりはしめてうけひき侍らすなむと申すさりともまう とたちのつき〱しくいまめきたらむにおろしたてんやはかのすけはいとよし ありてけしきはめるをやなとものかたりし給ていつかたにそみなしもやにおろ し侍ぬるをえやまかりおりあへさらむときこゆゑいすゝみてみな人〻すのこに ふしつゝしつまりぬ君はとけてもねられ給はすいたつらふしとおほさるゝに御 めさめてこのきたのさうしのあなたに人のけはひするをこなたやかくいふ人の かくれたるかたならむあはれやと御心とゝめてやをらおきてたちきゝ給へはあ りつる子のこゑにてものけ給はるいつくにおはしますそとかれたるこゑのをか しきにていへはこゝにそふしたるまらうとはねたまひぬるかいかにちかゝらむ とおもひつるをされとけとをかりけりといふねたりけるこゑのしとけなきいと" }, { "vol": 2, "page": 68, "text": "よくにかよひたれはいもうとゝきき給つひさしにそおほとのこもりぬるをとに きゝつる御ありさまをみたてまつりつるけにこそめてたかりけれとみそかにい ふひるならましかはのそきてみたてまつりてましとねふたけにいひてかほひき いれつるこゑすねたう心とゝめてもとひきけかしとあちきなくおほすまろはは しにね侍らんあなくらとて火かゝけなとすへし女君はたゝこのさうしくちすち かひたるほとにそふしたるへき中将の君はいつくにそ人けとをき心地してもの おそろしといふなれはなけしのしもに人〻ふしていらへす也しもにゆにおりて たゝいままいらむと侍といふみなしつまりたるけはひなれはかけかねを心みに ひきあけ給へれはあなたよりはさゝさりけり木丁をさうしくちにはたてゝ火は ほのくらきにみ給へはからひつたつものともをゝきたれはみたりかはしきなか をわけいり給れはけはひしつる所にいり給へれはたゝひとりいとさゝやかにて ふしたりなまわつらはしけれとうへなるきぬをしやるまてもとめつる人とおも へり中将めしつれはなんひとしれぬおもひのしるしある心地してとの給をとも かくも思わかれすものにおそはるゝ心ちしてやとおひゆれとかほにきぬのさは" }, { "vol": 2, "page": 69, "text": "りてをとにもたてすうちつけにふかゝらぬ心のほとゝみ給らんことはりなれと としころおもひわたる心のうちもきこえしらせむとてなんかゝるおりをまちい てたるもさらにあさくはあらしとおもひなし給へといとやはらかにの給ひてお に神もあらたつましきけはひなれははしたなくこゝに人ともえのゝしらす心ち はたわひしくあるましきことゝおもへはあさましく人たかへにこそ侍めれとい ふもいきのしたなりきえまとへるけしきいと心くるしくらうたけなれはをかし とみ給てたかうへくもあらぬ心のしるへを思はすにもおほめい給かなすきかま しきさまにはよにみえたてまつらしおもふ事すこしきこゆへきそとていとちい さやかなれはかきいたきてさうしのもといて給にそもとめつる中将たつ人きあ ひたるやゝとの給にあやしくてさくりよりたるにそいみしくにほひみちてかほ にもくゆりかゝる心ちするに思よりぬあさましうこはいかなる事そとおもひま とはるれときこえんかたなしなみ〱の人ならはこそあららかにもひきかなく らめそれたに人のあまたしらむはいかゝあらん心もさはきてしたひきたれとと うもなくておくなるおましにいり給ぬさうしをひきたてゝあかつきに御むかへ" }, { "vol": 2, "page": 70, "text": "にものせよとの給へは女はこの人のおもふらむことさへしぬはかりわりなきに なかるゝまてあせになりていとなやましけなりいとおしけれとれいのいつこよ りとうて給ことのはにかあらむあはれしるはかりなさけ〱しくの給つくすへ かめれとなをいとあさましきにうつゝともおほえすこそかすならぬ身なからも おほしくたしける御心はへのほともいかゝあさくはおもふ給へさらむいとかや うなるきははきはとこそはへなれとてかくをしたち給へるをふかくなさけなく うしと思ひいりたるさまもけにいとをしく心はつかしきけはひなれはそのきは 〱をまたしらぬうゐ事そや中〱をしなへたるつらにおもひなし給へるなん うたてありけるをのつからきゝ給ふやうもあらむあなかちなるすき心はさらに ならはぬをさるへきにやけにかくあはめられたてまつるもことはりなる心まと ひをみつからもあやしきまてなんなとまめたちてよろつにの給へといとたくひ なき御ありさまのいよ〱うちとけきこえん事わひしけれはすくよかに心つき なしとはみえたてまつるともさるかたのいふかひなきにてすくしてむとおもひ てつれなくのみもてなしたり人からのたをやきたるにつよき心をしゐてくはへ" }, { "vol": 2, "page": 71, "text": "たれはなよ竹の心ちしてさすかにおるへくもあらすまことに心やましくてあな かちなる御心はへをいふかたなしとおもひてなくさまなといとあはれなり心く るしくはあれとみさらましかはくちおしからましとおほすなくさめかたくうし と思へれはなとかくうとましきものにしもおほすへきおほえなきさまなるしも こそ契あるとはおもひ給はめむけに世をおもひしらぬやうにおほゝれ給なんい とつらきとうらみられていとかくうき身のほとのさたまらぬありしなからの身 にてかゝる御こゝろはへをみましかはあるましきわかたのみにてみなをし給ふ のちせをもおもひ給へなくさめましをいとかうかりなるうきねのほとを思ひ侍 にたくひなくおもふ給へまとはるゝ也よしいまはみきとなかけそとておもへる さまけにいとことはりなりおろかならす契なくさめ給ふ事おほかるへしとりも なきぬ人〱おきいてゝいといきたなかりける夜かな御車ひきいてよなといふ なりかみもいてきて女なとの御かたゝかへこそ夜ふかくいそかせ給へきかはな といふもありきみは又かやうのつゐてあらむ事もいとかたくさしはへてはいか てか御ふみなともかよはんことのいとわりなきをおほすにいとむねいたしおく" }, { "vol": 2, "page": 72, "text": "の中将もいてゝいとくるしかれはゆるし給ても叉ひきとゝめ給つゝいかてかき こゆへき世にしらぬ御心のつらさもあはれもあさからぬよのおもひいてはさま 〱めつらかなるへきためしかなとてうちなき給ふけしきいとなまめきたり鳥 もしは〱なくに心あはたゝしくて つれなきをうらみもはてぬしのゝめにとりあへぬまておとろかすらむ女身 のありさまをおもふにいとつきなくまはゆき心地してめてたき御もてなしもな にともおほえすつねはいとすく〱しく心つきなしとおもひあなつるいよのか たのおもひやられて夢にやみゆらむとそらおそろしくつゝまし 身のうさをなけくにあかてあくる夜はとりかさねてそねもなかれけること ゝあかくなれはさうしくちまてをくり給ふうちもとも人さはかしけれはひきた てゝわかれ給ほと心ほそくへたつるせきとみえたり御なをしなとき給てみなみ のかうらむにしはしうちなかめ給ふにしおもてのかうしそゝきあけて人〱の そくへかめりすのこの中のほとにたてたるこさうしのかみよりほのかにみえ給 へる御ありさまを身にしむはかりおもへるすき心とあめり月はあり明にてひ" }, { "vol": 2, "page": 73, "text": "かりおさまれるものからかけさやかにみえて中中おかしきあけほのなりなに心 なきそらのけしきもたゝみる人からえんにもすこくもみゆるなりけり人しれぬ 御心にはいとむねいたくことつてやらんよすかたになきをとかへりみかちにて いて給ぬ殿にかへり給てもとみにもまとろまれ給はすまたあひみるへきかたな きをましてかの人のおもふらん心のうちいかならむと心くるしくおもひやり給 ふすくれたることはなけれとめやすくもてつけてもありつる中のしなかなくま なくみあつめたる人のいひし事はけにとおほしあはせられけりこのほとは大殿 にのみおはしますなをいとかきたえておもふらむ事のいとおしく御心にかゝり てくるしくおほしわひてきのかみをめしたりかのありし中納言のこはえさせて んやらうたけにみえしを身ちかくつかふ人にせむうへにも我たてまつらむとの 給へはいとかしこきおほせ事に侍なりあねなる人にのたまひみんと申もむねつ ふれておほせとそのあね君はあそむのおとうとやたるさも侍らすこの二年は かりそかくてものし侍れとおやのおきてにたかへりとおもひなけきて心ゆかぬ やうになんきゝ給ふるあはれのことやよろしくきこえし人そかしまことによし" }, { "vol": 2, "page": 74, "text": "やとの給へはけしうは侍らさるへしもてはなれてうと〱しく侍れは世のたと ひにてむつひ侍らすと申すさて五六日ありてこの子ゐてまいれりこまやかにを かしとはなけれとなまめきたるさましてあて人とみえたりめしいれていとなつ かしくかたらひ給ふわらは心ちにいとめてたくうれしとおもふいもうとの君の 事もくはしくとひ給ふさるへきことはいらへきこえなとしてはつかしけにしつ まりたれはうちいてにくしされといとよくいひしらせ給かゝる事こそはとほの 心うるもおもひのほかなれとおさな心ちにふかくしもたとらす御ふみをもてき たれは女あさましきに涙もいてきぬこのこのおもふらん事もはしたなくてさす かに御ふみをおもかくしにひろけたりいとおほくて みし夢をあふ夜ありやとなけくまにめさへあはてそころもへにけるぬる夜 なけれはなとめもをよはぬ御かきさまもきりふたかりて心えぬすくせうちそへ りける身をおもひつゝけてふし給へり又の日小君めしたれはまいるとて御かへ りこふかゝる御ふみみるへき人もなしときこえよとのたまへはうちゑみてたか ふへくもの給はさりしものをいかゝさは申さむといふに心やましくのこりなく" }, { "vol": 2, "page": 75, "text": "のたまはせしらせてけるとおもふにつらきことかきりなしいておよすけたる事 はいはぬそよきさはなまいり給そとむつかられてめすにはいかてかとてまいり ぬきのかみすき心にこのまゝはゝのありさまをあたらしきものにおもひてつい そうしありけはこの子をもてかしつきてゐてありく君めしよせてきのふまちく らししを猶あひおもふましきなめりとゑんし給へはかほうちあかめてゐたりい つらとの給ふにしか〱と申すにいふかひなのことやあさましとて又も給へり あこはしらしなそのいよのおきなよりはさきにみし人そされとたのしけなく 〱ひほそしとてふつゝかなるうしろみまうけてかくあなつり給ふなめりさりと もあこはわか子にてをあれよこのたのもし人はゆくさきみしかゝりなんとの給 へはさもやありけんいみしかりけることかなとおもへるをかしとおほすこの子 をまつはし給てうちにもゐてまいりなとし給ふわかみくしけとのにの給ひてさ うそくなともせさせまことにおやめきてあつかひ給ふ御ふみはつねにありされ とこの子もいとおさなし心よりほかにちりもせはかろ〱しき名さへとりそへ ん身のおほえをいとつきなかるへくおもへはめてたき事もわか身からこそとお" }, { "vol": 2, "page": 76, "text": "もひてうちとけたる御いらへもきこえすほのかなりし御けはひありさまはけに なへてにやはとおもひいてきこえぬにはあらねとをかしきさまをみえたてまつ りてもなにゝかはなるへきなとおもひかへすなりけり君はおほしおこたる時の まもなく心くるしくもこひしくもおほしいつおもへりしけしきなとのいとおし さもはるけんかたなくおほしわたるかろ〱しくはひまきれたちより給はんも 人めしけからむ所にひんなきふるまひやあらはれんと人のためもいとをしくと おほしわつらふれいのうちに日かすへ給ふころさるへきかたのいみまちいて給 ふにはかにまかて給まねしてみちのほとよりおはしましたりきのかみおとろき てやり水のめいほくとかしこまりよろこふこきみにはひるよりかくなんおもひ よれるとの給ひ契れりあけくれまつはしならはし給けれはこよひもまつめしい てたり女もさる御せうそこありけるにおほしたはかりつらむほとはあさくしも おもひなされねとさりとてうちとけ人けなきありさまをみえたてまつりてもあ ちきなくゆめのやうにてすきにしなけきをまたやくはへんと思みたれてなをさ てまちつけきこえさせん事のまはゆけれはこきみかいてゝいぬるほとにいとけ" }, { "vol": 2, "page": 77, "text": "ちかけれはかたはらいたしなやましけれはしのひてうちたゝかせなとせむにほ とはなれてをとてわた殿に中将といひしかつほねしたるかくれにうつろひぬさ る心して人とくしつめて御せうそこあれと小君はたつねあはすよろつの所もと めありきてわたとのにわけいりてからうしてたとりきたりいとあさましくつら しとおもひていかにかひなしとおほさむとなきぬはかりいへはかくけしからぬ 心はえはつかふものかおさなき人のかゝる事いひつたふるはいみしくいむなる ものをといひおとして心地なやましけれは人〻さけすおさへさせてなむときこ えさせよあやしとたれも〱みるらむといひはなちて心のうちにはいとかくし なさたまりぬる身のおほえならてすきにしおやの御けはひとまれるふるさとな からたまさかにもまちつけたてまつらはおかしうもやあらまししゐておもひし らぬかほにみけつもいかにほとしらぬやうにおほすらむと心なからもむねいた くさすかにおもひみたるとてもかくてもいまはいふかひなきすくせなりけれは むしんに心つきなくてやみなむとおもひはてたり君はいかにたはかりなさむと またおさなきをうしろめたくまちふし給へるにふようなるよしをきこゆれはあ" }, { "vol": 2, "page": 78, "text": "さましくめつらかなりける心のほとを身もいとはつかしくこそなりぬれといと 〱おしき御けしき也とはかりものものたまはすいたくうめきてうしとおほし たり はゝき木の心をしらてその原のみちにあやなくまとひぬるかなきこえんか たこそなけれとの給へり女もさすかにまとろまさりけれは かすならぬふせ屋におふる名のうさにあるにもあらすきゆるはゝ木〻とき こえたりこきみいと〱おしさにねふたくもあらてまとひありくを人あやしと みるらんとわひ給ふれいの人〱はいきたなきにひと所すゝろにすさましくお ほしつゝけらるれと人にゝぬ心さまのなをきえすたちのほれりけるとねたくか ゝるにつけてこそ心もとまれとかつはおほしなからめさましくつらけれはさは れとおほせともさもおほしはつましくかくれたらむ所になをゐていけとの給へ といとむつかしけにさしこめられて人あまた侍めれはかしこけにときこゆいと おしとおもへりよしあこたになすてそとの給ひて御かたはらにふせたまへりわ かくなつかしき御ありさまをうれしくめてたしと思ひたれはつれなき人よりは" }, { "vol": 2, "page": 79, "text": "中〱あはれにおほさるとそ" }, { "vol": 3, "page": 85, "text": "ねられたまはぬまゝには我はかく人ににくまれてもならはぬをこよひなむはし めてうしとよをおもひしりぬれははつかしくてなからふましうこそおもひなり ぬれなとのたまへはなみたをさへこほしてふしたりいとらうたしとおほすてさ くりのほそくちいさきほとかみのいとなかゝらさりしけはひのさまかよひたる もおもひなしにやあはれなりあなかちにかゝつらひたとりよらむも人わろかる へくまめやかにめさましとおほしあかしつゝれいのやうにものたまひまつはさ す夜ふかういてたまへはこのこはいといとをしくさう〱しと思ふ女もなみ 〱ならすかたはらいたしと思ふに御せうそこもたえてなしおほしこりにける と思にもやかてつれなくてやみ給なましかはうからまししゐていとをしき御ふ るまひのたえさらむもうたてあるへしよきほとにかくてとちめてんとおもふも のからたゝならすなかめかちなりきみは心つきなしとおほしなからかくてはえ やむましう御こゝろにかゝり人わろくおもほしわひてこきみにいとつらうもう れたうもおほゆるにしゐておもひかへせと心にしもしたかはすくるしきをさり ぬへきおりみてたいめむすへくたはかれとのたまひわたれはわつらはしけれと" }, { "vol": 3, "page": 86, "text": "かゝるかたにてものたまひまつはすはうれしうおほえけりおさなき心地にいか ならんおりとまちわたるにきのかみくにゝくたりなとして女とちのとやかなる ゆふやみのみちたと〱しけなるまきれにわかくるまにてゐてたてまつるこの こもおさなきをいかならむとおほせとさのみもえおほしのとむましけれはさり けなきすかたにてかとなとさゝぬさきにといそきおはす人みぬかたよりひきい れておろしたてまつるわらはなれはとのゐ人なともことにみいれついせうせす 心やすしひむかしのつまとにたてたてまつりてわれはみなみのすみのまよりか うしたゝきのゝしりていりぬこたちあらはなりといふなりなそかうあつきにこ のかうしはおろされたるととへはひるよりにしの御かたのわたらせ給てこうた せたまふといふさてむかひゐたらむをみはやとおもひてやをらあゆみいてゝす たれのはさまにいり給ぬこのいりつるかうしはまたさゝねはひまみゆるにより てにしさまにみとをし給へはこのきはにたてたるひやう風はしのかたをしたゝ まれたるにまきるへき几帳なともあつけれはにやうちかけていとよくみいれら る火ちかふともしたりもやのなかはしらにそはめる人やわか心かくるとまつめ" }, { "vol": 3, "page": 87, "text": "とゝめたまへはこきあやのひとへかさねなめりなにゝかあらむうへにきてかし らつきほそやかにちいさき人のものけなきすかたそしたるかほなとはさしむか ひたらむ人なとにもわさとみゆましうもてなしたりてつきやせ〱にていたう ひきかくしためりいまひとりはひむかしむきにてのこる所なくみゆしろきうす 物のひとへかさね二あひのこうちきたつものないかしろにきなしてくれなゐの こしひきゆへるきはまてむねあらはにはうそくなるもてなしなりいとしろうお かしけにつふ〱とこゑてそゝろかなる人の頭つきひたいつきものあさやかに まみくちつきいとあひきやうつきはなやかなるかたちなりかみはいとふさやか にてなかくはあらねとさかりはかたのほときよけにすへていとねちけたる所な くおかしけなる人とみえたりむへこそおやのよになくは思らめとおかしくみ給 心ちそなをしつかなるけをそへはやとふとみゆるかとなきにはあるましこうち はてゝけちさすわたりこゝろとけにみえてきは〱とさうとけはおくの人はい としつかにのとめてまち給へやそこは持にこそあらめこのわたりのこうをこそ なといへといてこのたひはまけにけりすみの所いて〱とおよひをかゝめてと" }, { "vol": 3, "page": 88, "text": "をはたみそよそなとかさふるさまいよのゆけたもたと〱しかるましうみゆす こししなをくれたりたとしへなく〱ちおほひてさやかにもみせねとめをしつけ たまへれはをのつからそはめもみゆめすこしはれたる心ちしてはななともあさ やかなるところなふねひれてにほはしきところもみえすいひたつれはわろきに よれるかたちをいといたうもてつけてこのまされる人よりは心あらむとめとゝ めつへきさましたりにきわゝしうあひきやうつきおかしけなるをいよ〱ほこ りかにうちとけてわらひなとそほるれはにほひおほくみえてさるかたにいとお かしき人さまなりあはつけしとはおほしなからまめならぬ御こゝろはこれもえ おほしはなつましかりけりみたまふかきりの人はうちとけたる世なくひきつく ろひそはめたるうはへをのみこそみ給へかくうちとけたる人のありさまかいま みなとはまたし給はさりつることなれはなに心もなうさやかなるはいとおしな からひさしうみたまはまほしきにこきみいてくる心ちすれはやをらいて給ぬわ たとのゝとくちによりゐたまへりいとかたしけなしとおもひてれいならぬ人侍 てえちかふもより侍らすさてこよひもやかへしてんとするいとあさましうから" }, { "vol": 3, "page": 89, "text": "うこそあへけれとのたまへはなとてかあなたにかへり侍りなはたはかり侍なん ときこゆさもなひかしつへきけしきにこそはあらめわらはなれとものゝこゝろ はへ人のけしきみつへくしつまれるをとおほすなりけり五うちはてつるにやあ らむうちそよめく心ちしてひと〱あかるゝけはひなとす也わか君はいつくに おはしますならむこのみかうしはさしてんとてならすなりしつまりぬなりいり てさらはたはかれとの給このこもいもうとの御こゝろはたはむところなくまめ たちたれはいひあはせむかたなくて人すくなゝらんおりにいれたてまつらんと 思なりけりきのかみのいもうともこなたにあるか我にかいまみせさせよとのた まへといかてかさは侍らんかうしには几帳そへて侍ときこゆさかしされともお かしくおほせとみつとはしらせしいとおしとおほして夜ふくることの心もとな さをの給こたみはつまとをたゝきているみな人〱しつまりねにけりこのさう しくちにまろはねたらむかせふきとをせとてたゝみひろけてふすこたちひむか しのひさしにいとあまたねたるへしとはなちつるはらはへもそなたに入てふし ぬれはとはかりそらねして火あかきかたにひやう風をひろけてかけほのかなる" }, { "vol": 3, "page": 90, "text": "にやをら入たてまつるいかにそおこかましき事もこそとおほすにいとつゝまし けれとみちひくまゝにもやの木丁のかたひらひきあけていとやをらいり給とす れとみなしつまれるよの御そのけはひやはらかなるしもいとしるかりけり女は さこそわすれ給をうれしきにおもひなせとあやしくゆめのやうなることをこゝ ろにはなるゝおりなきころにて心とけたるいたにねられすなむひるはなかめ夜 はねさめかちなれは春ならぬこのめもいとなくなけかしきに五うちつる君こよ ひはこなたにといまめかしくうちかたらひてねにけりわかき人はなにこゝろな くいとようまとろみたるへしかゝるけはひのいとかうはしくうちにほふにかほ をもたけたるにひとへうちかけたる几帳のすきまにくらけれとうちみしろきよ るけはひいとしるしあさましくおほえてともかくも思わかれすやをらおきいて ゝすゝしなるひとへをひとつきてすへりいてにけり君はいり給てたゝひとりふ したるをこゝろやすくおほすゆかのしもに二人はかりそふしたるきぬをゝしや りてより給へるにありしけはひよりはもの〱しくおほゆれとおもほしうもよ らすかしいきたなきさまなとそあやしくかはりてやう〱みあらはし給てあさ" }, { "vol": 3, "page": 91, "text": "ましくこ〱ろやましけれと人たかへとたとりてみえんもおこかましくあやしと おもふへしほいの人をたつねよらむもかはかりのかるゝこゝろあめれはかひな ふおこにこそおもはめとおほすかのおかしかりつるほかけならはいかゝはせむ におほしなるもわろき御こゝろあさゝなめりかしやう〱めさめていとおほえ すあさましきにあきれたるけしきにてなにのこゝろふかくいとおしきようゐも なし世中をまたおもひしらぬほとよりはされはみたるかたにてあえかにもおも ひまとはすわれともしらせしとおほせといかにしてかゝることそとのちに思め くらさむもわかためにはことにもあらねとあのつらき人のあなかちになをつゝ むもさすかにいとをしけれはたひ〱の御かたゝかへにことつけ給しさまをい とかういひなし給ふたとらむ人は心えつへけれとまたいとわかき心地にさこそ さしすきたるやうなれとえしも思わかすにくしとはなけれと御心とまるへきゆ へもなき心ちしてなをかのうれたき人の心をいみしくおほすいつくにはいまき れてかたくなしとおもひゐたらむかくしうねき人はありかたきものをとおほす しもあやにくにまきれかたふおもひいてられ給この人のなま心なくわかやかな" }, { "vol": 3, "page": 92, "text": "るけはひもあはれなれはさすかになさけ〱しくちきりをかせ給人しりたるこ とよりもかやうなるはあはれもそふ事となむ昔人もいひけるあひおもひたまへ よつゝむことなきにしもあらねはみなから心にもえまかすましくなんありける またさるへき人〱もゆるされしかしとかねてむねいたくなん忘てまちたまへ よなとなを〱しくかたらひ給人の思侍らんことのはつかしきになんえきこえ さすましきとうらもなくいふなへて人にしらせはこそあらめこのちいさきうへ 人につたへてきこえんけしきなくもてなし給へなといひをきてかのぬきすへし たるとみゆるうす衣をとりていて給ぬこ君ちかふふしたるをおこし給へはうし ろめたうおもひつゝねけれはふとおとろきぬとをやをらをしあくるにおいたる こたちのこゑにてあれはたそとおとろ〱しくとふわつらはしくてまろそとい らふ夜中にこはなそとありかせ給とさかしかりてとさまへくいとにくゝてあら すこゝもとへいつるそとて君ををしいてたてまつるにあかつきちかき月くまな くさしいてゝふと人のかけみえけれはまたおはするはたそとゝふ民部のおもと なめりけしうはあらぬおもとのたけたちかなといふたけたかき人のつねにわら" }, { "vol": 3, "page": 93, "text": "はるゝをいふ也けりおい人これをつらねてありきけるとおもひていまたゝ今た ちならひ給ひなむといふ〱われもこのとよりいててくわひしけれはえはたを しかへさてわたとのゝくちにかひそひてかくれたち給へれはこのおもとさしよ りておもとはこよひはうへにやさふらひ給つるおとゝひよりはらをやみていと わりなけれはしもに侍つるを人すくななりとてめしゝかはよへまうのほりしか となをえたふましくなむとうれふいらへもきかてあなはら〱いまきこえんと てすきぬるにからふしていてたまふなをかゝるありきはかろ〱しくあやしか りけりといよ〱おほしこりぬへしこ君御くるまのしりにて二条院におはしま しぬありさまの給ひておさなかりけりとあはめ給てかの人のこ〱ろをつまはし きをしつゝうらみ給いとをしうてものもえきこえすいとふかうにくみ給へかめ れは身もうくおもひはてぬなとかよそにてもなつかしきいらへはかりはし給ま しき伊与の介におとりけるみこそなと心つきなしとおもひてのたまふありつる こうちきをさすかに御そのしたにひきいれておほとのこもれりこ君をおまへに ふせてよろつにうらみかつはかたらひ給あこはらうたけれとつらきゆかりにこ" }, { "vol": 3, "page": 94, "text": "そえおもひはつましけれとまめやかにのたまふをいとわひしと思たりしはしう ちやすみ給へとねられ給はす御すゝりいそきめしてさしはへたる御ふみにはあ らてたゝうかみにてならひのやうにかきすさひたまふ   うつせみのみをかへてける木のもとになを人からのなつかしきかなとかき たまへるをふところにひき入てもたりかの人もいかにおもふらんといとをしけ れとかた〱おもほしかへして御ことつけもなしかのうす衣はこうちきのいと なつかしき人かにしめるをみちかくならしてみゐたまへりこ君かしこにいきた れはあねきみまちつけていみしくの給ふあさましかりしにとかうまきらはして も人のおもひけむことさり所なきにいとなむわりなきいとかう心おさなきをか つはいかにおもほすらんとてはつかしめ給ひたりみきにくるしう思へとかの御 てならひとりいてたりさすかにとりてみ給かのもぬけをいかに伊勢をのあまの しほなれてやなと思もたゝならすいとよろつにみたれてにしの君も物はつかし き心ちしてわたり給にけりまたしる人もなきことなれは人しれすうちなかめて ゐたりこきみのわたりありくにつけてもむねのみふたかれと御せうそこもなし" }, { "vol": 3, "page": 95, "text": "あさましと思ひうるかたもなくてされたる心にものあはれなるへしつれなき人 もさこそしつむれいとあさはかにもあらぬ御けしきをありしなからのわか身な らはととり返すものならねとしのひかたけれはこの御たゝうかみのかたつかた に   うつせみのはにをく露の木かくれてしのひ〱にぬるゝそてかな" }, { "vol": 4, "page": 101, "text": "六条わたりの御しのひありきのころ内よりまかて給なかやとりに大弐のめのと のいたくわつらひてあまになりにけるとふらはむとて五条なるいゑたつねてお はしたり御くるまいるへきかとはさしたりけれは人してこれ光めさせてまたせ 給ける程むつかしけなるおほちのさまをみはたし給へるにこのいゑのかたはら にひかきといふものあたらしうしてかみははしとみ四五けむはかりあけわたし てすたれなともいとしろうすゝしけなるにおかしきひたいつきのすきかけあま たみえてのそくたちさまよふらむしもつかたおもひやるにあなかちにたけたか き心地そするいかなるものゝつとへるならむとやうかはりておほさる御くるま もいたくやつしたまへりさきもおはせ給はすたれとかしらむとうちとけ給てす こしさしのそきたまへれはかとはしとみのやうなるをしあけたるみいれのほと なくものはかなきすまひをあはれにいつこかさしてとおもほしなせはたまのう てなもおなしこと也きりかけたつものにいとあをやかなるかつらの心ちよけに はひかゝれるにしろき花そおのれひとりゑみのまゆひらけたるをちかた人に物 申とひとりこち給をみすいしんついゐてかのしろくさけるをなむゆふかほと申" }, { "vol": 4, "page": 102, "text": "侍はなのなは人めきてかうあやしきかきねになんさき侍けると申すけにいとこ いゑかちにむつかしけなるわたりのこのもかのもあやしくうちよろほいてむね 〱しからぬのきのつまなとにはひまつはれたるをくちをしの花の契やひとふ さおりてまいれとのたまへはこのをしあけたるかとにいりておるさすかにされ たるやりとくちにきなるすゝしのひとへはかまなかくきなしたるわらはのおか しけなるいてきてうちまねくしろきあふきのいたうこかしたるをこれにをきて まいらせよ枝もなさけなけなめる花をとてとらせたれはかとあけてこれ光のあ そんいてきたるしてたてまつらすかきををきまとはし侍ていとふひんなるわさ なりやものゝあやめみ給へわくへき人も侍らぬわたりなれとらうかはしきおほ ちにたちおはしましてとかしこまり申すひきいれており給ふこれみつかあにの あさりむこのみかはのかみむすめなとわたりつとひたるほとにかくおはしまし たるよろこひをまたなきことにかしこまるあま君もおきあかりておしけなき身 なれとすてかたくおもふたまへつる事はたゝかく御まへにさふらひ御らむせら るゝことのかはり侍なん事をくちおしくおもひたまへたゆたいしかといむこと" }, { "vol": 4, "page": 103, "text": "のしるしによみかへりてなんかくわたりおはしますをみたまへ侍ぬれはいまな むあみた仏の御ひかりも心きよくまたれ侍へきなときこえてよはけになく日こ ろおこたりかたくものせらるゝをやすからすなけきわたりつるにかくよをはな るゝさまにものしたまへはいとあはれにくちをしうなんいのちなかくてなをく らゐたかくなとみなし給へさてこそこゝのしなのかみにもさはりなくむまれ給 はめこの世にすこしうらみのこるはわろきわさとなむきくなとなみたくみての 給かたほなるをたにめのとやうのおもふへき人はあさましうまをにみなすもの をましていとおもたゝしうなつさひつかうまつりけん身もいたはしうかたしけ なくおもほゆへかめれはすゝろになみたかちなりこともはいとみくるしとおも ひてそむきぬるよのさりかたきやうに身つからひそみ御らむせられ給とつきし ろひめくはす君はいとあはれとおもほしていはけなかりけるほとに思へき人 〱のうちすてゝものし給にけるなこりはくゝむ人あまたあるやうなりしかと したしくおもひむつふるすちは又なくなんおもほえし人となりてのちはかきり あれはあさゆふにしもえみたてまつらす心のまゝにとふらひまうつる事はなけ" }, { "vol": 4, "page": 104, "text": "れと猶ひさしうたいめむせぬ時は心ほそくおほゆるをさらぬわかれはなくもか なとなんこまやかにかたらひ給てをしのこひ給へるそてのにほひもいと所せき まてかほりみちたるにけによにおもへはをしなへたらぬ人のみすくせそかしと あま君をもとかしとみつることもみなうちしほたれけりすほうなと又またはし むへき事なとをきてのたまはせていて給とてこれみつにしそくめしてありつる あふき御らむすれはもてならしたるうつりかいとしみふかうなつかしくておか しうすさみかきたり   心あてにそれかとそみるしら露のひかりそへたるゆふかほの花そこはかと なくかきまきらはしたるもあてはかにゆへつきたれはいとおもひのほかにおか しうおほえ給これみつにこのにしなるいゑはなに人のすむそとひきゝたりやと のたまへはれゐのうるさき御心とはおもへともえさは申さてこの五六日こゝに 侍れとはうさの事をおもふ給へあつかひはへるほとにとなりの事はえきゝ侍ら すなとはしたなやかにきこゆれはにくしとこそ思たれなされとこのあふきのた つぬへきゆへありてみゆるをなをこのはたりの心しれらんものをめしてとへと" }, { "vol": 4, "page": 105, "text": "のたまへはいりてこのやともりなるおのこをよひてとひきくやうめいのすけな る人のいゑになんはへりけるおとこはゐ中にまかりてめなんわかく事このみて はらからなと宮つかへ人にてきかよふと申くはしき事はしも人のえしり侍らぬ にやあらむときこゆさらはその宮つかへ人ななりしたりかほにものなれていへ るかなとめさましかるへききはにやあらんとおほせとさしてきこゑかゝれる心 のにくからすゝくしかたきそれゐのこのかたにはをもからぬ御心なめるかし御 たたうかみにいたうあらぬさまにかきかへ給て   よりてこそそれかともみめたそかれにほの〱みつる花のゆふかほありつ るみすいしんしてつかはすまたみぬ御さま也けれといとしるくおもひあてられ 給へる御そはめをみすくさてさしおとろかしけるをいらへたまはてほとへけれ はなまはしたなきにかくわさとめかしけれはあまへていかにきこえむなといひ しろふへかめれとめさましとおもひてすいしんはまいりぬ御さきのまつほのか にていとしのひていて給ふはしとみはおろしてけりひま〱よりみゆるひのひ かりほたるよりけにほのかにあはれなり御心さしの所には木たちせんさいなと" }, { "vol": 4, "page": 106, "text": "なへての所ににすいとのとかにこゝろにくくすみなし給へりうちとけぬ御あり さまなとのけしきことなるにありつるかきねおもほしいてらるへくもあらすか しつとめてすこしねすくし給てひさしいつるほとにいてたまふあさけのすかた はけに人のめてきこえんもことはりなる御さまなりけりけふもこのしとみのま へわたりし給ふきしかたもすき給けんわたりなれとたゝはかなきひとふしに御 心とまりていかなる人のすみかならんとはゆきゝに御めとまり給けりこれ光日 ころありてまいれりわつらひ侍人猶よはけに侍れはとかくみたまひあつかひて なむなときこえてちかくまいりよりてきこゆおほせられしのちなんとなりの事 しりて侍ものよひてとはせ侍しかとはか〱しくも申侍らすいとしのひてさ月 のころほひよりものし給人なんあるへけれとその人とはさらに家のうちの人に たにしらせすとなん申すとき〱なかゝきのかひまみし侍にけにわかき女とも のすきかけみえ侍しひらたつものかことはかりひきかけてかしつく人侍なめり 昨日ゆふ日のなこりなくさしいりて侍しにふみかくとてゐて侍し人のかほこそ いとよく侍しかものおもへるけはひしてある人ひともしのひてうちなくさま" }, { "vol": 4, "page": 107, "text": "なとなむしるくみえ侍ときこゆ君うちゑみ給てしらはやとおもほしたりおほえ こそおもかるへき御身のほとなれと御よはひのほと人のなひきめてきこえたる さまなと思にはすき給はさらんもなさけなくさう〱しかるへしかし人のうけ ひかぬほとにてたに猶さりぬへきあたりの事はこのましうおほゆるものをとお もひをりもしみたまへうる事もや侍とはかなきつゐてつくりいてゝせうそこな とつかはしたりきかきなれたるてしてくちとくかへり事なとし侍きいとくちを しうはあらぬわか人ともなん侍めるときこゆれはなをいひよれたつねよらては さう〱しかりなんとの給ふかのしもかしもと人の思すてしすまひなれとその なかにも思のほかにくちおしからぬをみつけたらはとめつらしくおもほすなり けりさてかのうつせみのあさましくつれなきをこのよの人にはたかひておほす においらかならましかは心くるしきあやまちにてもやみぬへきをいとねたくま けてやみなんを心にかゝらぬおりなしかやうのなみ〱まてはおもほしかゝら さりつるをありしあま夜のしなさためのゝちいふかしくおもほしなるしな〱 あるにいとゝくまなくなりぬる御心なめりかしうらもなくまちきこえかほなる" }, { "vol": 4, "page": 108, "text": "かたつかた人をあはれとおほさぬにしもあらねとつれなくてきゝゐたらむ事の はつかしけれはまつこなたの心みはててとおほすほとにいよの介のほりぬまつ いそきまいれりふなみちのしわさとてすこしくろみやつれたるたひすかたいと ふつゝかに心つきなしされと人もいやしからぬすちにかたちなとねひたれとき よけにてたたならすけしきよしつきてなとそありけるくにの物語なと申すにゆ けたはいくつととはまほしくおほせとあひなくまはゆくて御心のうちにおほし いつる事もさま〱なりものまめやかなるおとなをかくおもふもけにおこかま しくうしろめたきわさなりやけにこれそなのめならぬかたわなへかりけるとむ まのかみのいさめおほしいてていとおしきにつれなき心はねたけれと人のため はあはれとおほしなさるむすめをはさるへき人にあつけてきたの方をはゐてく たりぬへしときゝ給にひとかたならす心あはたゝしくていまひとたひはえある ましきことにやとこきみをかたらひ給へと人の心をあわせたらんことにてたに かろらかにえしもまきれ給ましきをましてにけなきことにおもひていまさらに みくるしかるへしと思はなれたりさすかにたえておもほしわすれなん事もいと" }, { "vol": 4, "page": 109, "text": "いふかひなくうかるへきことに思てさるへきおり〱の御いらへなとなつかし くきこえつゝなけのふてつかひにつけたる事のはあやしくらうたけにめとまる へきふしくはへなとしてあはれとおほしぬへき人のけはひなれはつれなくねた きものゝわすれかたきにおほすいまひとかたはぬしつよくなるともかはらすう ちとけぬへくみえしさまなるをたのみてとかくきゝ給へと御心もうこかすそあ りける秋にもなりぬ人やりならすこゝろつくしにおほしみたるゝ事ともありて おほとのにはたえまをきつゝうらめしくのみおもひきこえ給へり六条わたりに もとけかたかりし御けしきをおもむけきこえ給てのちひき返しなのめならんは いとをしかしされとよそなりし御心まとひのやうにあなかちなる事はなきもい かなる事にかとみえたりをんなはいとものをあまりなるまておほししめたる御 心さまにてよはひのほともにけなく人のもりきかむにいとゝかくつらき御よか れのねさめ〱おほししほるることいとさま〱なり霧のいとふかきあしたい たくそゝのかされ給てねふたけなるけしきにうちなけきつゝいて給ふを中将の おもとみかうしひとまあけてみたてまつりをくり給へとおほしくみき丁ひきや" }, { "vol": 4, "page": 110, "text": "りたれは御くしもたけてみいたし給へりせむさいの色〱みたれたるをすきか てにやすらひ給へるさまけにたくひなしらうのかたへおはするに中将の君御と もにまいるしをんいろのおりにあひたるうすもののもあさやかにひきゆひたる こしつきたおやかになまめきたりみかへり給てすみのまのかうらんにしはしひ きすへたまへりうちとけたらぬもてなしかみのさかりはめさましくもとみたま ふ   咲花にうつるてふなはつゝめともおらてすきうきけさのあさかほいかゝす へきとてゝをとらへたまへれはいとなれてとく   あさきりのはれまもまたぬけしきにて花に心をとめぬとそみるとおほやけ ことにそきこえなすおかしけなるさふらひわらはのすかたこのましうことさら めきたるさしぬきのすそ露けゝにはなのなかにましりてあさかほおりてまいる ほとなとゑにかゝまほしけなりおほかたにうちみたてまつる人たに心とめたて まつらぬはなしものゝなさけしらぬやまかつもはなのかけにはなをやすらはま ほしきにやこの御ひかりをみたてまつるあたりはほと〱につけてわかかなし" }, { "vol": 4, "page": 111, "text": "とおもふむすめをつかうまつらせはやとねかひもしはくちおしからすと思いも うとなともたる人はいやしきにても猶この御あたりにさふらはせんと思よらぬ はなかりけりましてさりぬへきついての御ことの葉もなつかしき御けしきをみ たてまつる人のすこしものゝこゝろおもひしるはいかゝはおろかに思きこえん あけくれうちとけてしもおはせぬを心もとなきことにおもふへかめりまことや かのこれみつかあつかりのかいまみはいとよくあないみとりて申すその人とは さらにえおもひえ侍らす人にいみしくかくれしのふるけしきになむみえ侍をつ れ〱なるまゝにみなみのはしとみあるなかやにわたりきつつくるまのをとす れはわかきものとものゝそきなとすへかめるにこのしうとおほしきもはひわた る時はへかめるかたちなむほのかなれといとらうたけに侍へる一日さきをひて わたるくるまの侍しをのそきてわらはへのいそきて右近の君こそまつものみ給 へ中将とのこそこれよりわたり給ぬれといへはまたよろしきおとないてきてあ なかまとてかくものからいかてさはしるそいてみむとてはひわたるうちはした つ物をみちにてなむかよひ侍いそきくるものはきぬのすそをものにひきかけて" }, { "vol": 4, "page": 112, "text": "よろほひたふれてはしよりもおちぬへけれはいてこのかつらきのかみこそさか しうしをきたれとむつかりてものゝそきのこゝろもさめぬめりき君は御なをし すかたにてみすいしんとももありしなにかしくれかしとかすえしは頭中将のす いしんそのことねりわらはをなんしるしにいひはへりしなときこゆれはたしか にそのくるまをそみましとのたまひてもしかのあはれにわすれさりし人にやと おもほしよるもいとしらまほしけなる御けしきをみてわたくしのけさうもいと よくしをきてあないものこる所なくみ給へをきなからたゝわれとちとしらせて ものなといふわかきおもとの侍をそらおほれしてなむかくれまかりありくいと よくかくしたりとおもひてちいさきこともなとの侍かことあやまりしつへきも いひまきらはしてまた人なきさまをしゐてつくり侍なとかたりてわらふあま君 のとふらひにものせんつゐてにかいまみせさせよとのたまひけりかりにてもや とれるすまひのほとを思にこれこそかの人のさためあなつりししものしなゝら めそのなかにおもひのほかにおかしき事もあらはなとおほすなりけりこれみつ いさゝかの事も御心にたかはしと思にをのれもくまなきすき心にていみしくた" }, { "vol": 4, "page": 113, "text": "はかりまとひありきつゝしひておはしまさせそめてけりこのほとの事くた〱 しけれはれいのもらしつ女さしてその人とたつねいて給はねはわれもなのりを し給はていとわりなくやつれ給つゝれいならすおりたちありき給はをろかにお ほされぬなるへしとみれはわかむまをはたてまつりて御ともにはしりありくけ さうひとのいとものけなきあしもとをみつけられて侍らんときからくもあるへ かなとわふれと人にしらせ給はぬままにかのゆふかほのしるへせしすいしんは かりさてはかほむけにしるましきわらはひとりはかりそゐておはしけるもし思 よるけしきもやとてとなりになかやとりをたにし給はす女もいとあやしく心え ぬ心ちのみして御つかひに人をそへあか月の道をうかゝはせ御ありかみせむと たつぬれとそこはかとなくまとはしつゝさすかにあはれにみてはえあるましく この人の御心にかゝりたれはひむなくかろ〱しき事とおもほしかへしわひつ ゝいとしは〱おはしますかゝるすちはまめ人のみたるゝおりもあるをいとめ やすくしつめ給て人のとかめきこゆへきふるまひはし給はさりつるをあやしき まてけさのほとひるまのへたてもおほつかなくなとおもひわつらはれ給へはか" }, { "vol": 4, "page": 114, "text": "つはいとものくるおしくさまてこころとゝむへき事のさまにもあらすといみし く思さまし給に人のけはひいとあさましくやはらかにおほときてものふかくを もきかたはをくれてひたふるにわかひたるものからよをまたしらぬにもあらす いとやむことなきにはあるましいつくにいとかうしもとまる心そとかへす〱 おほすいとことさらめきて御さうそくをもやつれたるかりの御そをたてまつる さまをかへかほをもほのみせたまはす夜ふかきほとに人をしつめていていりな とし給へはむかしありけんものゝへむけめきてうたておもひなけかるれと人の 御けはひはたてさくりもしるきわさなりけれはたれはかりにかはあらむ猶この すきものゝしいてつるわさなめりとたいふをうたかひなからせめてつれなくし らすかほにてかけておもひよらぬさまにたゆますあされありけはいかなること にかと心えかたく女かたもあやしうやうたかひたる物おもひをなむしける君も かくうらなくたゆめてはひかくれなはいつこをはかりとか我もたつねんかりそ めのかくれかとはたみゆめれはいつかたにも〱うつろひゆかむ日をいつとも しらしとおほすにをひまとはしてなのめにおもひなしつへくはたゝかはかりの" }, { "vol": 4, "page": 115, "text": "すさひにてもすきぬへきことをさらにさてすくしてんとおほされす人めをおほ してへたてをき給よな〱なとはいとしのひかたくくるしきまておほえ給へは なをたれとなくて二条院にむかへてんもしきこえありてひんなかるへき事なり ともさるへきにこそは我心なからいとかく人にしむ事はなきをいかなる契にか はありけんなとおもほしよるいさいと心やすき所にてのとかにきこえんなとか たらひ給へはなをあやしうかくのたまへとよつかぬ御もてなしなれはものおそ ろしくこそあれといとわかひていへはけにとほをゑまれ給てけにいつれかきつ ねなるらんなたゝはかられ給へかしとなつかしけにのたまへは女もいみしくな ひきてさもありぬへく思たりよになくかたはなる事也ともひたふるにしたかふ 心はいとあはれけなる人とみたまふになをかの頭中将のとこなつうたかはしく かたりし心さままつおもひいてられ給へとしのふるやうこそはとあなかちにも とひいてたまはすけしきはみてふとそむきかくるへきこころさまなとはなけれ はかれ〱にとたえをかむおりこそはさやうにおもひかはることもあらめ心な からもすこしうつろふ事あらむこそあはれなるへけれとさへおほしけり八月十" }, { "vol": 4, "page": 116, "text": "五夜くまなき月かけひまおほかるいた屋のこりなくもりきてみならひたまはぬ すまゐのさまもめつらしきにあか月ちかくなりにけるなるへしとなりのいゑ 〱あやしきしつのおのこゑ〱めさましてあはれいとさむしやことしこそな りはひにもたのむところすくなくゐ中のかよひも思かけねはいと心ほそけれき たとのこそきゝ給ふやなといひかはすもきこゆいとあはれなるをのかしゝのい となみにおきいてゝそゝめきさはくもほとなきを女いとはつかしくおもひたり えんたちけしきはまむ人はきえもいりぬへきすまひのさまなめりかしされとの とかにつらきもうきもかたはらいたきことも思いれたるさまならてわかもてな しありさまはいとあてはかにこめかしくてまたなくらうかはしきとなりのよう いなさをいかなる事ともきゝしりたるさまならねはなか〱はちかゝやかんよ りはつみゆるされてそみえけるこほ〱となる神よりもおとろ〱しくふみと ゝろかすからうすのをともまくらかみとおほゆるあなみゝかしかましとこれに そおほさるゝなにのひひきともきゝいれ給はすいとあやしうめさましきおとな ひとのみきゝたまふくた〱しきことのみおほかりしろたへの衣うつきぬたの" }, { "vol": 4, "page": 117, "text": "をともかすかにこなたかなたきゝわたされそらとふかりのこゑとりあつめてし のひかたきことおほかりはしちかきおまし所なりけれはやりとをひきあけても ろともにみいたしたまふほとなきにはにされたるくれ竹せむさいのつゆはなを かゝる所もおなしこときらめきたりむしの声〱みたりかはしくかへのなかの きり〱すたにまとをにきゝならひたまへる御みゝにさしあてたるやうになき みたるゝをなか〱さまかへておほさるゝも御心さしひとつのあさからぬによ ろつのつみゆるさるゝなめりかししろきあはせうす色のなよゝかなるをかさね てはなやかならぬすかたいとらうたけにあえかなる心ちしてそこととりたてゝ すくれたる事もなけれとほそやかにたを〱として物うちいひたるけはひあな 心くるしとたたいとらうたくみゆ心はみたるかたをすこしそへたらはとみたま なから猶うちとけてみまほしくおほさるれはいさたゝこのわたりちかき所に 心やすくてあかさむかくてのみはいとくるしかりけりとのたまへはいかてかに わかならんといとおいらかにいひてゐたりこの世のみならぬ契なとまてたのめ たまふにうちとくる心はへなとあやしくやうかはりてよなれたる人ともおほえ" }, { "vol": 4, "page": 118, "text": "ねは人のおもはむ所もえはゝかり給はて右近をめしいてゝすいしんをめさせた まひて御くるまひきいれさせ給このある人〱もかゝる御心さしのおろかなら ぬをみしれはおほめかしなからたのみかけきこえたりあけかたもちかうなりに けりとりのこゑなとはきこえてみたけさうしにやあらんたゝおきなひたるこゑ にぬかつくそきこゆるたちゐのけはひたへかたけにおこなふいとあはれにあし たの露にことならぬよをなにをむさほる身のいのりにかときゝ給ふ南無富来導 師とそおかむなるかれきゝたまへこの世とのみはおもはさりけりとあはれかり たまひて   うはそくかおこなふみちをしるへにてこむ世もふかき契たかふな長生殿の ふるきためしはゆゝしくてはねをかはさむとはひきかへてみろくのよをかねた まふゆくさきの御たのめいとこちたし   さきの世の契しらるゝ身のうさにゆくすゑかねてたのみかたさよかやうの すちなともさるは心もとなかめりいさよふ月にゆくりなくあくかれんことを女 は思やすらひとかくの給ふほとにはかにくもかくれてあけゆく空いとおかしは" }, { "vol": 4, "page": 119, "text": "したなきほとにならぬさきにとれゐのいそきいて給てかろらかにうちのせたま へれは右近そのりぬるそのわたりちかきなにかしの院におはしましつきてあつ かりめしいつる程あれたるかとのしのふくさしけりてみあけられたるたとしへ なくこくらしきりもふかく露けきに簾をさへあけ給へれは御そてもいたくぬれ にけりまたかやうなることをならはさりつるを心つくしなることにもありける かな   いにしへもかくやは人のまとひけん我またしらぬ篠の目のみちならひたま へりやとのたまふ女はちらひて   山のはの心もしらてゆく月はうはの空にて影やたえなむ心ほそくとてもの おそろしうすこけにおもひたれはかのさしつとひたるすまひのならひならんと おかしくおほす御車いれさせてにしのたいにおましなとよそふほとかうらんに 御くるまひきかけてたちたまへり右近ゑんある心ちしてきしかたの事なとも人 しれす思ひいてけりあつかりいみしくけいめいしありくけしきにこの御ありさ ましりはてぬほの〱とものみゆるほとにおりたまひぬめりかりそめなれとき" }, { "vol": 4, "page": 120, "text": "よけにしつらひたり御ともに人もさふらはさりけりふひんなるわさかなとてむ つましきしもけいしにて殿にもつかうまつるものなりけれはまいりよりてさる へき人めすへきにやなと申さすれとことさらに人くましきかくれかもとめたる なりさらに心よりほかにもらすなとくちかためさせ給御かゆなといそきまいら せたれととりつく御まかなひうちあはすまたしらぬことなる御たひねにおきな かゝはとちきり給ことよりほかのことなしひたくるほとにおき給てかうしてつ からあけたまふいといたくあれて人めもなくはる〱とみわたされてこたちい とうとましくものふりたりけちかきくさきなとはことにみところなくみな秋の ゝらにていけもみくさにうつもれたれはいとけうとけになりにける所かなへち なうのかたにそさうしなとして人すむへかめれとこなたははなれたりけうとく もなりにける所かなさりともおになともわれをはみゆるしてんとの給ふかほは なをかくし給へれと女のいとつらしとおもへれはけにかはかりにてへたてあら むもことのさまにたかひたりとおほして   夕露にひもとく花は玉ほこのたよりにみえしえにこそありけれつゆのひか" }, { "vol": 4, "page": 121, "text": "りやいかにとの給へはしりめにみおこせて   光ありとみしゆふかほのうは露はたそかれ時のそらめなりけりとほのかに いふおかしとおほしなすけにうちとけたまへるさまよになくところからまいて ゆゝしきまてみえ給つきせすへたてたまへるつらさにあらはさしとおもひつる ものをいまたになのりし給へいとむくつけしとの給へとあまの子なれはとてさ すかにうちとけぬさまいとあひたれたりよしこれも我からなめりとうらみかつ はかたらひくらし給これみつたつねきこえて御くた物なとまいらす右近かいは むことさすかにいとをしけれはちかくもえさふらひよらすかくまてたとりあり き給ふおかしうさもありぬへきありさまにこそはとをしはかるにも我いとよく 思ひよりぬへかりしことをゆつりきこえて心ひろさよなとめさましうおもひを るたとしへなくしつかなるゆふへの空をなかめ給ておくのかたはくらう物むつ かしと女はおもひたれははしの簾をあけてそひふし給り夕はへをみかはして女 もかゝるありさまを思ひのほかにあやしき心地はしなからよろつのなけきわす れてすこしうちとけ行けしきいとらうたしつと御かたはらにそひくらしてもの" }, { "vol": 4, "page": 122, "text": "をいとおそろしと思ひたるさまわかう心くるしかうしとくおろし給ておほとな ふらまいらせてなこりなくなりにたる御ありさまにてなを心のうちのへたての こしたまへるなむつらきとうらみ給うちにいかにもとめさせ給らんをいつこに たつぬらんとおほしやりてかつはあやしの心や六条はたりにもいかに思みたれ たまふらんうらみられんにくるしうことはりなりといとをしきすちはまつおも ひきこえ給なに心もなきさしむかひをあはれとおほすまゝにあまり心ふかくみ る人もくるしき御ありさまをすこしとりすてはやと思くらへられ給けるよひす くるほとすこしねいり給へるに御まくらかみにいとおかしけなる女いてをのか いとめてたしとみたてまつるをはたつねおもほさてかくことなることなき人を いておはしてときめかし給こそいとめさましくつらけれとてこの御かたはらの 人をかきをこさむとすとみ給物におそはるゝ心ちしておとろき給へれは火もき えにけりうたておほさるれはたちをひきぬきてうちをき給て右近をおこし給こ れもおそろしと思たるさまにてまいりよれりわた殿なるとのゐ人おこしてしそ くさしてまいれといへとのたまへはいかてかまからんくらうてといへはあなわ" }, { "vol": 4, "page": 123, "text": "か〱しとうちわらひ給ひて手をたゝき給へはやまひこのこたふるこゑいとう とまし人えきゝつけてまいらぬにこの女君いみしくわなゝきまとひていかさま にせむとおもへりあせもしとゝになりてわれかのけしきなり物をちをなんわり なくせさせたまふ本上にていかにおほさるゝにかと右近もきこゆいとかよはく てひるもそらをのみみつるものをいとおしとおほしてわれ人をおこさむ手たゝ けは山ひこのこたふるいとうるさしこゝにしはしちかくとて右近をひきよせ給 てにしのつまとにいてゝとををしあけ給へれはわたとのゝ火もきえにけり風す こしうち吹たるに人はすくなくてさふらふかきりみなねたりこの院のあつかり のこむつましくつかひたまふわかきおのこ又うへはらはひとりれゐのすい身は かりそありけるめせは御こたへしておきたれはしそくさしてまいれすいしんも つるうちしてたえすこわつくれとおほせよ人はなれたる所に心とけていぬるも のかこれ光の朝臣のきたりつらんはとゝはせ給へはさふらひつれとおほせこと もなしあか月に御むかへにまいるへきよし申てなんまかて侍りぬるときこゆこ のかう申す物はたきくちなりけれはゆつるいとつき〱しくうちならしてひあ" }, { "vol": 4, "page": 124, "text": "やうしといふ〱あつかりかさうしのかたにいぬなりうちをおほしやりてなた いめんはすきぬらんたきくちのとのゐ申いまこそとをしはかり給はまたいたう ふけぬにこそは返いりてさくり給へは女君はさなからふして右近はかたはらに うつふし〱たりこはなそあなものくるおしのものをちやあれたる所はきつね なとやうのものゝ人をおひやかさんとてけおそろしうおもはするならんまろあ れはさやうの物にはおとされしとてひきおこし給いとうたてみたり心ちのあし う侍れはうつふし〱て侍や御まへにこそわりなくおほさるらめといへはそよ なとかうはとてかひさくり給ふにいきもせすひきうこかしたまへとなよ〱と してわれにもあらぬさまなれはいといたくわかひたる人にて物にけとられぬる なめりとせむかたなき心ちし給しそくもてまいれり右近もうこくへきさまにも あらねはちかきみ几帳をひきよせてなをもてまいれとの給れいならぬ事にて御 まへちかくもえまいらぬつゝましさになけしにもえのほらすなをもてこや所に したかひてこそとてめしよせてみ給へはたゝこのまくらかみにゆめにみえつる かたちしたる女おもかけにみえてふときえうせぬむかしの物かたりなとにこそ" }, { "vol": 4, "page": 125, "text": "かゝる事はきけといとめつらかにむくつけゝれとまつこの人いかになりぬるそ とおもほす心さはきに身のうへもしられ給はすそひふしてやゝとおとろかし給 へとたゝひえにひえ入ていきはとくたえはてにけりいはむかたなしたのもしく いかにといひふれ給へき人もなしほうしなとをこそはかゝるかたのたのもしき ものにはおほすへけれとさこそつよかり給へとわかき御心にていふかひなくな りぬるをみたまふにやるかたなくてつといたきてああ君いきいて給へいといみ しきめなみせ給そとのたまへとひえ入にたれはけはひものうとくなりゆく右近 はたゝあなむつかしと思ける心ちみなさめてなきまとふさまいといみし南殿の おにのなにかしのおとゝおひやかしけるたとひをおほしいてゝ心つよくさりと もいたつらになりはて給はしよるのこゑはおとろ〱しあなかまといさめ給て いとあはたゝしきにあきれたる心ちし給このおとこをめしてこゝにいとあやし う物におそはれたる人のなやましけなるをたたいまこれみつのあそむのやとる 所にまかりていそきまいるへきよしいへとおほせよなにかしあさりそこにもの するほとならはこゝにくへきよししのひていへかのあま君なとのきかむにおと" }, { "vol": 4, "page": 126, "text": "ろ〱しくいふなかゝるありきゆるさぬ人なりなとものゝたまふやうなれとむ ねふたかりてこの人をむなしくしなしてんことのいみしくおほさるゝにそへて 大かたのむく〱しさたとへんかたなし夜中もすきにけんかし風のやゝあら 〱しう吹たるはまして松のひゝきこふかくきこえてけしきあるとりのからこ ゑになきたるもふくろうはこれにやとおほゆうち思めくらすにこなたかなたけ とおくうとましきに人こゑはせすなとてかくはかなきやとりはとりつるそとく やしさもやらんかたなし右近は物もおほえす君につとそひたてまつりてわなゝ きしぬへしまたこれもいかならんと心そらにてとらへ給へりわれひとりさかし き人にておほしやるかたそなきや火はほのかにまたゝきてもやのきはにたてた るひやう風のかみこゝかしこのくま〱しくおほえ給にものゝあしおとひし 〱とふみならしつゝうしろより〱くる心ちすこれ光とくまいらなんとおほ すありかさためぬものにてこゝかしこ尋けるほとに夜のあくるほとのひさしさ は千世をすくさむ心ちし給からうして鳥のこゑはるかにきこゆるにいのちをか けてなにのちきりにかゝるめをみるらむ我心なからかゝるすちにおほけなくあ" }, { "vol": 4, "page": 127, "text": "るましき心のむくひにかくきしかたゆくさきのためしとなりぬへきことはある なめりしのふともよにあることかくれなくてうちにきこしめさむをはしめて人 の思いはん事よからぬわらはへのくちすさひになるへきなめりあり〱ておこ かましきなをとるへきかなとおほしめくらすからうしてこれみつのあそんまい れり夜中あか月といはす御心にしたかへるものゝこよひしもさふらはてめしに さへおこたりつるをにくしとおほすものからめしいれてのたまひいてんことの あえなきにふともゝのもいはれ給はす右近たいふのけはひきくにはしめよりの 事うち思いてられてなくを君もえたへ給はて我ひとりさかしかりいたきも給へ りけるにこの人にいきをのへたまひてそかなしきこともおほされけるとはかり いといたくえもとゝめすなきたまふやゝためらひてこゝにいとあやしきことの あるをあさましといふにもあまりてなんありかゝるとみの事にはす経なとをこ そはすなれとてそのことゝもゝせさせんくわんなともたてさせむとてあさりも のせよといひつるはとの給に昨日山へまかりのほりにけりまついとめつらかな ることにも侍かなかねてれいならす御心地ものせさせ給ことや侍つらんさるこ" }, { "vol": 4, "page": 128, "text": "ともなかりつとてなきたまふさまいとおかしけにらうたくみたてまつる人もい とかなしくてをのれもよゝとなきぬさいへととしうちねひ世中のとある事とし ほしみぬる人こそものゝおりふしはたのもしかりけれいつれも〱わかきとち にていはむかたもなけれとこの院もりなとにきかせむことはいとひむなかるへ しこの人ひとりこそむつましくもあらめをのつからものいひもらしつへきくゑ そくもたちましりたらむまつこの院をいておはしましねといふさてこれより人 すくなゝる所はいかてかあらんとのたまふけにさそ侍らんかのふるさとは女房 なとのかなしひにたへすなきまとひ侍らんにとなりしけくとかむるさと人おほ く侍らんにをのつからきこえ侍らんを山寺こそなをかやうの事をのつからゆき ましり物まきるゝこと侍らめと思まはしてむかしみたまへし女房のあまにて侍 ひむかし山の辺にうつしたてまつらんこれみつかちちの朝臣のめのとに侍しも のゝみつわくみてすみ侍なりあたりは人しけきやうに侍れといとかこかに侍り ときこえてあけはなるゝほとのまきれに御車よすこの人をえいたき給ふましけ れはうはむしろにをしくゝみてこれみつのせたてまつるいとさゝやかにてうと" }, { "vol": 4, "page": 129, "text": "ましけもなくらうたけなりしたゝかにしもえせねはかみはこほれいてたるもめ くれまとひてあさましうかなしとおほせはなりはてんさまをみむとおほせとは や御むまにて二条院へおはしまさん人さはかしくなり侍らぬほとにとて右近を そへてのすれはかちより君にむまはたてまつりてくゝりひきあけなとしてかつ はいとあやしくおほえぬをくりなれと御けしきのいみしきをみたてまつれは身 をすててゆくに君は物もおほえ給はすわれかのさまにておはしつきたり人〻い つこよりおはしますにかなやましけにみえさせ給なといへとみ丁のうちに入給 てむねをゝさへておもふにいといみしけれはなとてのりそひていかさりつらん いきかへりたらんときいかなる心地せんみすてゝゆきあかれにけりとつらくや おもはむと心まとひの中にもおもほすに御むねせきあくる心ちし給御くしもい たく身もあつき心ちしていとくるしくまとはれたまへはかくはかなくて我もい たつらになりぬるなめりとおほすひたかくなれとおきあかりたまはねは人〻あ やしかりて御かゆなとそゝのかしきこゆれとくるしくていと心ほそくおほさる ゝにうちより御つかひあり昨日えたつねいてたてまつらさりしよりおほつかな" }, { "vol": 4, "page": 130, "text": "からせ給大殿のきんたちまいり給へと頭中将はかりをたちなからこなたにいり たまへとのたまひてみすのうちなからの給ふめのとにて侍ものゝこの五月のこ ろをいよりおもくわつらひ侍しかかしらそりいむことうけなとしてそのしるし にやよみかへりたりしをこのころまたおこりてよはくなんなりにたるいま一た ひとふらひみよと申たりしかはいときなきよりなつさひしものゝいまはのきさ みにつらしとやおもはんとおもふ給へてまかれりしにそのいゑなりけるしも人 のやまひしけるかにはかにいてあえてなくなりにけるをおちはゝかりて日をく らしてなんとりいて侍けるをきゝつけ侍しかは神事なるころいとふひんなるこ とゝ思たまへかしこまりてえまいらぬなりこのあか月よりしはふきやみにや侍 らんかしらいといたくてくるしく侍れはいとむらいにてきこゆることなとのた まふ中将さらはさるよしをこそそうし侍らめよへも御あそひにかしこくもとめ たてまつらせ給て御気色あしく侍りきときこえ給てたちかへりいかなるいきふ れにかゝらせ給そやのへやらせ給ことこそまことゝ思給へられねといふにむね つふれ給てかくこまかにはあらてたゝおほえぬけからひにふれたるよしをそう" }, { "vol": 4, "page": 131, "text": "し給へいとこそたい〱しく侍れとつれなくの給へと心の中にはいふかひなく かなしきことをおほすに御心ちもなやましけれは人にめもみあはせたまはすく ら人の弁をめしよせてまめやかにかゝるよしをそうせさせ給大殿なとにもかゝ ることありてえまいらぬ御せうそこなときこえ給日くれてこれみつまいれりか ゝるけからひありとのたまひてまいる人〱もみなたちなからまかつれは人し けからすめしよせていかにそいまはとみはてつやとのたまふまゝに袖を御かほ にをしあてゝなき給これ光もなく〱いまはかきりにこそは物し給めれなか 〱とこもり侍らんもひんなきをあすなん日よろしく侍らはとかくの事いとた うときらうそうのあひしりて侍にいひかたらひつけ侍ぬるときこゆそひたりつ る女はいかにとの給へはそれなん又えいくましく侍めるわれもをくれしとまと ひ侍てけさはたににおち入あとなんみ給へつるかのふるさと人につけやらんと 申せとしはし思ひしつめよとことのさま思めくらしてとなんこしらへをき侍つ るとかたりきこゆるままにいといみしとおほして我もいと心ちなやましくいか なるへきにかとなんおほゆるとの給ふなにかさらにおもほしものせさせ給さる" }, { "vol": 4, "page": 132, "text": "へきにこそよろつのこと侍らめ人にももらさしとおもふ給ふれはこれ光おりた ちてよろつはものし侍なと申すさかしさみな思なせとうかひたる心のすさひに 人をいたつらになしつるかことおひぬへきかいとからき也少将の命婦なとにも きかすなあま君ましてかやうのことなといさめらるゝを心はつかしくなんおほ ゆへきとくちかため給ふさらぬほうしはらなとにもみないひなすさまことに侍 ときこゆるにそかゝりたまへるほのきく女房なとあやしくなにことならんけか らひのよしのたまひてうちにもまいり給はすまたかくさゝめきなけき給ふとほ の〱あやしかるさらにことなくしなせとそのほとのさほうのたまへとなにか こと〱しくすへきにも侍らすとてたつかいとかなしくおほさるれはひんなし とおもふへけれといまひとたひかのなきからをみさらむかいといふせかるへき をむまにてものせんとの給ふをいとたい〱しきことゝはおもへとさおほされ んはいかゝせむはやおはしまして夜ふけぬさきにかへらせおはしませと申せは このころの御やつれにまうけたまへるかりの御さうそくきかへなとしていて給 ふ御心ちかきくらしいみしくたへかたけれはかくあやしきみちにいてたちても" }, { "vol": 4, "page": 133, "text": "あやうかりしものこりにいかにせんとおほしわつらへとなをかなしさのやるか たなくたゝいまのからをみては又いつの世にかありしかたちをもみむとおほし ねむしてれゐのたいふすいしむをくしていて給ふみちとをくおほゆ十七日の月 さしいてゝかはらのほと御さきの火もほのかなるにとりへのゝかたなとみやり たるほとなと物むつかしきもなにともおほえ給はすかきみたる心ちし給ておは しつきぬあたりさへすこきにいたやのかたはらにたうたてゝおこなへるあまの すまゐいとあはれなりみあかしのかけほのかにすきてみゆその屋には女ひとり なくこゑのみしてとのかたにほうしはら二三人物語しつゝわさとのこゑたてぬ ねん仏そするてら〱のそやもみなおこなひはてゝいとしめやか也きよみつの かたそひかりおほくみえ人のけはひもしけかりけるこのあまきみのこなるたい とこのこゑたうとくてきやうゝちよみたるに涙ののこりなくおほさるいりたま へれはひとりそむけて右近はひやう風へたてゝふしたりいかにわひしからんと み給ふおそろしきけもおほえすいとらうたけなるさましてまたいさゝかかはり たるところなしてをとらへてわれにいま一たひこゑをたにきかせ給へいかなる" }, { "vol": 4, "page": 134, "text": "むかしのちきりにかありけんしはしのほとに心をつくしてあはれにおもほえし をうちすてゝまとはし給かいみしきことゝこゑもおしますなき給ふことかきり なしたいとこたちもたれとはしらぬにあやしとおもひてみな涙をとしけり右近 をいさ二条院へとのたまへととしころおさなく侍しよりかた時たちはなれたて まつらすなれきこえつる人ににはかにわかれたてまつりていつこにかかへり侍 らんいかになり給にきとか人にもいひ侍らんかなしきことをはさる物にて人に いひさはかれ侍らんかいみしきことゝいひてなきまとひてけふりにたくひてし たひまいりなんといふことはりなれとさなむ世の中はあるわかれといふものか なしからぬはなしとあるもかゝるもおなしいのちのかきりある物になんあるお もひなくさめてわれをたのめとの給こしらへてかくいふ我身こそはいきとまる ましき心地すれとの給ふもたのもしけなしやこれ光夜はあけかたになり侍ぬら んはやかへらせ給なんときこゆれはかへりみのみせられてむねもつとふたかり ていてたまふみちいと露けきにいとゝしき朝きりにいつこともなくまとふ心ち し給ふありしなからうちふしたりつるさまうちかはし給へりしかわか御くれな" }, { "vol": 4, "page": 135, "text": "ゐの御そのきられたりつるなといかなりけん契にかとみちすからおほさる御む まにもはか〱しくのりたまふましき御さまなれはまたこれ光そひたすけてお はしまさするにつゝみのほとにて御むまよりすへりおりていみしく御心ちまと ひけれはかゝるみちの空にてはふれぬへきにやあらんさらにえいきつくましき 心ちなんするとのたまふにこれみつ心地まとひてわかはか〱しくはさのたま ふともかゝるみちにいて〱たてまつるへきかはとおもふにいと心あはたゝし けれはかわのみつにてをあらひてきよみつのくわんをんをねむしたてまつりて もすへなくおもひまとふ君もしゐて御心をおこして心のうちに仏をねんし給て またとかくたすけられ給てなん二条院へかへり給けるあやしう夜ふかき御あり きを人〻みくるしきわさかなこのころれいよりもしつ心なき御しのひありきの しきる中にも昨日の御けしきのいとなやましうおほしたりしにいかてかくたと りありき給ふらんとなけきあへりまことにふし給ぬるまゝにいといたくくるし かり給て二三日になりぬるにむけによはるやうにし給うちにもきこしめしなけ くことかきりなし御いのりかた〱にひまなくのゝしるまつりはらへすほうな" }, { "vol": 4, "page": 136, "text": "といひつくすへくもあらすよにたくひなくゆゝしき御ありさまなれはよになか くおはしますましきにやとあめのしたの人のさはきなりくるしき御心ちにもか の右近をめしよせてつほねなとちかくたまひてさふらはせ給ふこれ光心ちもさ はきまとへと思のとめてこの人のたつきなしとおもひたるをもてなしたすけつ ゝさふらはす君はいさゝかひまありておほさるゝ時はめしいてゝつかひなとす れはほとなくましらひつきたりふくいとくろくしてかたちなとよからねとかた わにみくるしからぬわかうとなりあやしうみしかゝりける御契にひかされてわ れもよにえあるましきなめりとしころのたのみうしなひて心ほそくおもふらん なくさめにもゝしなからへはよろつにはくゝまむとこそ思しかほとなく又たち そひぬへきかくちをしくもあるへきかなとしのひやかにの給てよはけになき給 へはいふかひなきことをはをきていみしくおしとおもひきこゆ殿のうちの人あ しをそらにておもひまとふうちより御つかひあめのあしよりもけにしけしおほ しなけきおはしますをきゝ給にいとかたしけなくてせめてつよくおほしなる大 殿もけいめいし給ておとゝ日〻にわたり給つつさま〱のことをせさせ給ふし" }, { "vol": 4, "page": 137, "text": "るしにや廿よ日いとおもくわつらひ給つれとことなるなこりのこらすおこたる さまにみえ給けからひいみ給しもひとへにみちぬるよなれはおほつかなからせ 給御心わりなくてうちの御とのゐ所にまいりたまひなとす大殿わか御くるまに てむかへたてまつり給て御物いみなにやとむつかしうつゝしませたてまつり給 われにもあらすあらぬ世によみかへりたるやうにしはしはおほえ給ふ九月廿日 の程にそおこたりはて給ていといたくおもやせ給へれとなか〱いみしくなま めかしくてなかめかちにねをのみなきたまふみたてまつりとかむる人もありて 御ものゝけなめりなといふもあり右近をめしいてゝのとやかなる夕くれに物語 なとし給てなをいとなむあやしきなとてその人としられしとはかくい給へりし そまことにあまのこなりともさはかりにおもふをしらてへたて給しかはなんつ らかりしとのたまへはなとてかふかくかくしきこえ給ことは侍らんいつのほと にてかはなにならぬ御なのりをきこえ給はんはしめよりあやしうおほえぬさま なりし御ことなれはうつゝともおほえすなんあるとのたまひて御なかくしもさ はかりにこそはときこえ給なからなをさりにこそまきらはし給らめとなんうき" }, { "vol": 4, "page": 138, "text": "ことにおほしたりしときこゆれはあいなかりける心くらへともかなわれはしか へたつる心もなかりきたゝかやうに人にゆるされぬふるまひをなんまたならは ぬことなるうちにいさめの給はするをはしめつゝむことおほかる事にてはかな く人にたはふれことをいふもところせうとりなしうるさき身のありさまになん あるをはかなかりしゆふへよりあやしう心にかゝりてあなかちにみたてまつり しもかゝるへき契こそはものし給けめとおもふもあはれになんまたうちかへし つらうおほゆるかうなかゝるましきにてはなとさしも心にしみてあはれとおほ え給けん猶くはしくかたれいまはなに事をかくすへきそ七日〱に仏かゝせて もたかためとか心のうちにもおもはんとの給へはなにかへたてきこえさせ侍ら んみつからしのひすくし給しことをなき御うしろにくちさかなくやはと思ふた まふはかりになんおやたちははやうせ給にき三位の中将となんきこえしいとら うたき物におもひきこえ給へりしかと我身のほとの心もとなさをおほすめりし にいのちさへたへ給はすなりにしのちはかなきものゝたよりにて頭中将なんま た少将にものし給し時みそめたてまつらせ給て三年はかりは心さしあるさまに" }, { "vol": 4, "page": 139, "text": "かよひ給しをこそのあきころかの右の大殿よりいとおそろしきことのきこえま てこしに物をちをわりなくし給し御心にせんかたなくおほしをちてにしの京に 御めのとすみ侍所になんはひかくれ給へりしそれもいとみくるしきにすみわひ 給て山さとにうつろひなんとおほしたりしをことしよりはふたかりけるかたに 侍けれはたかふとてあやしき所に物し給しをみあらはされたてまつりぬること ゝおほしなけくめりしよの人ににすものつゝみをし給て人に物おもふけしきを みえんをはつかしきものにしたまひてつれなくのみもてなして御らむせられた てまつり給めりしかとかたりいつるにされはよとおほしあはせていよ〱あは れまさりぬおさなき人まとはしたりと中将のうれへしはさる人やととひたまふ しかおとゝしの春そ物し給へりし女にていとらうたけになんとかたるさていつ こにそ人にさとはしらせてわれにえさせよあとはかなくいみしとおもふ御かた みにいとうれしかるへくなんとの給ふかの中将にもつたふへけれといふかひな きかことをいなんとさまかうさまにつけてはくゝまむにとかあるましきをその あらんめのとなとにもことさまにいひなしてものせよかしなとかたらひ給ふさ" }, { "vol": 4, "page": 140, "text": "らはいとうれしくなん侍へきかのにしの京にておひいて給はんは心くるしくな んはか〱しくあつかふ人なしとてかしこになときこゆ夕暮のしつかなるに空 のけしきいとあはれに御まへのせむさいかれ〱にむしのねもなきかれてもみ ちのやう〱いろつくほとゑにかきたるやうにおもしろきをみわたして心より ほかにおかしきましらいかなとかのゆふかほのやとりを思いつるもはつかした けのなかにいゑはとゝいふとりのふつつかになくをきゝ給てかのありし院にこ のとりのなきしをいとおそろしとおもひたりしさまのおもかけにらうたくおほ しいてらるれはとしはいくつにかものし給しあやしくよの人にゝすあへかにみ え給しもかくなかゝるましくてなりけりとのたまふ十九にやなり給けん右近は なくなりにける御めのとのすてをきて侍けれは三位の君のらうたかり給てかの 御あたりさらすおほしたて給しをおもひたまへいつれはいかてかよに侍らんす らんいとしも人にとくやしくなんものはかなけにものしたまいし人の御心をた のもしき人にてとしころならひ侍けることゝきこゆはかなひたるこそはらうた けれかしこく人になひかぬいと心つきなきはさなり身つからはか〱しくすく" }, { "vol": 4, "page": 141, "text": "よかならぬ心ならひに女はたゝやはらかにとりはつして人にあさむかれぬへき かさすかにものつゝみしみん人の心にはしたかはんなむあはれにて我心のまゝ にとりなをしてみんになつかしくおほゆへきなとのたまへはこのかたの御この みにはもてはなれたまはさりけりと思給ふるにもくちをしく侍わさかなとてな くそらのうちくもりて風ひやゝかなるにいといたくなかめ給て   みし人の煙を雲となかむれはゆふへの空もむつましきかなとひとりこち給 へとえさしいらへもきこえすかやうにておはせましかはとおもふにもむねふた かりておほゆみゝかしかましかりしきぬたのをとをおほしいつるさへ恋しくて まさになかき夜とうちすむしてふしたまへりかのいよのいゑのこ君まいるおり あれとことにありしやうなることつてもし給はねはうしとおほしはてにけるを いとをしと思にかくわつらひ給ふをきゝてさすかにうちなけきけりとをくゝた りなとするをさすかに心ほそけれはおほしわすれぬるかと心みにうけ給なやむ をことにいてゝはえこそ   とはぬをもなとかととはてほとふるにいかはかりかはおもひみたるゝます" }, { "vol": 4, "page": 142, "text": "たはまことになむときこえたりめつらしきにこれもあはれわすれ給はすいける かひなきやたかいはましことにか   うつせみの世はうき物としりにしをまたことの葉にかゝるいのちよはかな しやと御てもうちわなゝかるゝにみたれかき給へるいとゝうつくしけなりなを かのもぬけをわすれ給はぬをいとをしうもおかしうも思けりかやうににくから すはきこえかはせとけちかくとは思ひよらすさすかにいふかひなからすはみえ たてまつりてやみなんとおもふなりけりかのかたつかたはくら人の少将をなん かよはすときゝ給あやしやいかにおもふらんと少将の心のうちもいとをしくま たかの人のけしきもゆかしけれはこ君してしに返りおもふ心はしり給へりやと いひつかはす   ほのかにも軒はの荻をむすはすは露のかことをなにゝかけましたかやかな るおきにつけてしのひてとの給へれととりあやまちて少将もみつけてわれなり けりとおもひあはせはさりともつみゆるしてんとおもふ御心おこりそあひなか りける少将のなきおりにみすれは心うしとおもへとかくおほしいてたるもさす" }, { "vol": 4, "page": 143, "text": "かにて御返くちときはかりをかことにてとらす   ほのめかす風につけてもした荻のなかはゝ霜にむすほゝれつつてはあしけ なるをまきらはしされはみてかいたるさましななしほかけにみしかほおほしい てらるうちとけてむかひゐたる人はえうとみはつましきさまもしたりしかなな にの心はせありけもなくさうときほこりたりしよとおほしいつるにゝくからす なをこりすまに又もあたなたちぬへき御心のすさひなめりかの人の四十九日し のひてひえの法花堂にてことそかすさうそくよりはしめてさるへき物ともこま かにすきやうなとせさせ給ぬきやう仏のかさりまておろかならすこれみつかあ にのあさりいとたうとき人にてになうしけり御ふみのしにてむつましくおほす もんさうはかせめして願文つくらせ給ふその人となくてあはれとおもひし人の はかなきさまになりにたるをあみた仏にゆつりきこゆるよしあはれけにかきい て給へれはたゝかくなからくはふへきこと侍らさめりと申すしのひ給へと御涙 もこほれていみしくおほしたれはなに人ならむその人ときこえもなくてかうお ほしなけかすはかりなりけんすくせのたかさといひけりしのひててうせさせ給" }, { "vol": 4, "page": 144, "text": "へりけるさうそくのはかまをとりよせさせ給て   なく〱もけふはわかゆふしたひもをいつれの世にかとけてみるへきこの ほとまてはたゝようなるをいつれのみちにさたまりてをもむくらんとおもほし やりつゝねんすをいとあはれにし給頭中将をみ給ふにもあいなくむねさはきて かのなてしこのおひたつありさまきかせまほしけれとかことにおちてうちいて 給はすかの夕かほのやとりにはいつかたにと思まとへとそのまゝにえたつねき こえす右近たにをとつれねはあやしと思なけきあへりたしかならねとけはひを さはかりにやとさゝめきしかはこれみつをかこちけれといとかけはなれけしき なくいひなしてなをおなしことすきありきけれはいとゝゆめの心ちしてもしす りやうのことものすき〱しきか頭の君にをちきこえてやかていてくたりにけ るにやとそ思よりけるこのいゑあるしそにしのきやうのめのとのむすめなりけ る三人そのこはありて右近はこと人なりけれは思ひへたてゝ御ありさまをきか せぬなりけりとなきこひけり右近はたかしかましくいひさはかんをおもひてき みもいまさらにもらさしとしのひ給へはわかきみのうへをたにえきかすあさま" }, { "vol": 4, "page": 145, "text": "しくゆくゑなくてすきゆく君はゆめをたにみはやとおほしわたるにこの法事し 給てまたのよほのかにかのありし院なからそひたりし女のさまもおなしやうに てみえけれはあれたりし所にすみけんものゝわれにみいれけんたよりにかくな りぬることゝおほしいつるにもゆゝしくなんいよのすけ神無月のついたちころ にくたる女はうのくたらんにとてたむけ心ことにせさせ給またうち〱にもわ さとし給てこまやかにおかしきさまなるくしあふきおほくしてぬさなとわさと かましくてかのこうちきもつかはす   あふまてのかたみはかりとみしほとにひたすら袖のくちにけるかなこまか なることゝもあれとうるさけれはかゝす御つかひかへりにけれとこ君してこう ちきの御返はかりはきこえさせたり   せみのはもたちかへてける夏衣かへすをみてもねはなかれけりおもへとあ やしう人ににぬ心つよさにてもふりはなれぬるかなと思つゝけたまふけふそ冬 たつ日なりけるもしるくうちしくれて空のけしきいとあはれなりなかめ暮し給 て" }, { "vol": 4, "page": 146, "text": "  すきにしもけふわかるゝも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかななをかく 人しれぬことはくるしかりけりとおほししりぬらんかしかやうのくた〱しき 事はあなかちにかくろへしのひ給しもいとをしくてみなもらしとゝめたるをな とみかとの御こならんからにみん人さへかたほならす物ほめかちなるとつくり ことめきてとりなす人ものし給けれはなんあまりものいひさかなきつみさりと ころなく" }, { "vol": 5, "page": 151, "text": "わらはやみにわつらひ給てよろつにましなひかちなとまいらせ給へとしるしな くてあまたたひおこり給けれはある人きた山になむなにかし寺といふ所にかし こきをこなひ人侍るこその夏も世におこりて人〱ましなひわつらひしをやか てとゝむるたくひあまた侍りきしゝこらかしつる時はうたて侍をとくこそ心み させたまはめなときこゆれはめしにつかはしたるにおいかゝまりてむろのとに もまかてすと申たれはいかゝはせむいとしのひてものせんとの給て御ともにむ つましき四五人はかりしてまたあか月におはすやゝふかういる所なりけり三月 のつこもりなれは京の花さかりはみなすきにけりやまのさくらはまたさかりに ていりもておはするまゝにかすみのたゝすまひもおかしうみゆれはかゝるあり さまもならひ給はすところせき御身にてめつらしうおほされけり寺のさまもい とあはれなりみねたかくふかきいはの中にそひしりいりゐたりけるのほり給 ひてたれともしらせ給はすいといたうやつれ給へれとしるき御さまなれはあな かしこや一日めし侍しにやおはしますらむいまはこの世の事を思ひ給へねはけ んかたのをこなひもすてわすれて侍るをいかてかうおはしましつらむとおとろ" }, { "vol": 5, "page": 152, "text": "きさはうちゑみつゝみたてまつるいとたうときたいとこなりけりさるへきも のつくりてすかせたてまつりかちなとまいるほとひたかくさしあかりぬすこし たちいてつゝみわたし給へはたかき所にてこゝかしこ僧房ともあらはにみおろ さるるたゝこのつつらおりのしもにおなしこしはなれとうるはしくしわたして きよけなるやらうなとつゝけてこたちいとよしあるはなに人のすむにかとゝひ 給へは御ともなる人これなんなにかしそうつの二とせこもり侍るかたに侍るな る心はつかしき人すむなる所にこそあなれあやしうもあまりやつしけるかなき ゝもこそすれなとのたまふきよけなるわらはなとあまたいてきてあかたてまつ りはなおりなとするもあらはにみゆかしこに女こそありけれそうつはよもさや うにはすへ給はしをいかなる人ならむとくち〱いふおりてのそくもありおか しけなる女こともわかき人わらはへなんみゆるといふ君はをこなひしたまひつ ゝひたくるままにいかならんとおほしたるをとかうまきらはさせ給ておほしい れぬなんよく侍るときこゆれはしりへの山にたちいてて京のかたをみ給はるか にかすみわたりてよものこすへそこはかとなうけふりわたれるほとゑにいとよ" }, { "vol": 5, "page": 153, "text": "くもにたるかなかゝる所にすむ人心におもひのこすことはあらしかしとの給へ はこれはいとあさく侍り人のくになとに侍るうみ山のありさまなとを御らんせ させて侍らはいかに御ゑいみしうまさらせ給はむふしの山なにかしのたけなと かたりきこゆるもあり又にしくにのおもしろき浦うらいそのうへをいひつゝく るもありてよろつにまきらはしきこゆちかき所にははりまのあかしのうらこそ なをことに侍れなにのいたりふかきくまはなけれとたゝうみのおもてをみわた したるほとなんあやしくこと所ににすゆほひかなる所に侍るかのくにのさきの かみしほちのむすめかしつきたるいゑいといたしかし大臣のゝちにていてたち もすへかりける人のよのひかものにてましらひもせす近衛の中将をすてゝ申給 はれりけるつかさなれとかのくにの人にもすこしあなつられてなにのめいもく にてか又みやこにもかへらんといひてかしらもおろし侍りにけるをすこしおく まりたる山すみもせてさるうみつらにいてゐたるひか〱しきやうなれとけに かのくにのうちにさも人のこもりゐぬへき所〱はありなからふかきさとは人 はなれ心すこくわかきさいしのおもひわひぬへきによりかつは心をやれるすま" }, { "vol": 5, "page": 154, "text": "ひになん侍るさいつころまかりくたりて侍りしついてにありさまみたまへによ りて侍りしかは京にてこそところえぬやうなりけれそこらはるかにいかめしう しめてつくれるさまさはいへとくにのつかさにてしをきける事なれはのこりの よはひゆたかにふへき心かまへもになくしたりけりのちの世のつとめもいとよ くして中〱ほうしまさりしたる人になん侍りけると申せはさてそのむすめは とゝひ給ふけしうはあらすかたち心はせなと侍るなりたい〱のくにのつかさ なとよういことにしてさる心はへみすなれとさらにうけひかすわか身のかくい たつらにしつめるたにあるをこの人ひとりにこそあれおもふさまことなりもし われにをくれてその心さしとけすこのおもひをきつるすくせたかはゝうみにい りねとつねにゆいこしをきて侍るなるときこゆれは君もおかしときゝ給ふ人 〱かいりうはうのきさきになるへきいつきむすめなゝり心たかさくるしやと てわらふかくいふははりまのかみのこのくら人よりことしかうふりえたるなり けりいとすきたるものなれはかの入道のゆいこむやふりつへき心はあらんかし さてたゝすみよるならむといひあへりいてさいふともゐ中ひたらむおさなく" }, { "vol": 5, "page": 155, "text": "よりさる所におひいてゝふるめいたるおやにのみしたかひたらむははゝこそゆ へあるへけれよきわかうとわらはなとみやこのやむことなきところ〱よりる いにふれてたつねとりてまはゆくこそもてなすなれなさけなき人なりてゆか はさて心やすくてしもえをきたらしをやなといふもあり君なに心ありてうみの そこまてふかうおもひいるらむそこのみるめもものむつかしうなとのたまひて たゝならすおほしたりかやうにてもなへてならすもてひかみたる事このみ給御 心なれは御みゝとゝまらむをやとみたてまつるくれかゝりぬれとおこらせ給は すなりぬるにこそはあめれはやかへらせ給なんとあるをたいとこ御もののけな とくははれるさまにおはしましけるをこよひはなをしつかにかちなとまいりて いてさせ給へと申すさもある事とみな人申す君もかゝるたひねもならひたまは ねはさすかにおかしくてさらはあか月にとの給ふ人なくてつれ〱なれは夕 くれのいたうかすみたるにまきれてかのこしはかきのほとにたちいて給人〱 はかへし給てこれみつのあそむとのそき給へはたゝこのにしおもてにしも仏 すへたてまつりてをこなふあまなりけりすたれすこしあけて花たてまつるめ" }, { "vol": 5, "page": 156, "text": "り中のはしらによりゐてけうそくのうへにきやうををきていとなやましけによ みゐたるあまきみたゝ人とみえす四十よはかりにていとしろうあてにやせたれ とつらつきふくらかにまみのほとかみのうつくしけにそかれたるすゑも中〱 なかきよりもこよなういまめかしきものかなとあはれにみ給きよけなるおと なふたりはかりさてはわらはへそいていりあそふ中に十はかりやあらむとみえ てしろききぬ山ふきなとのなへたるきてはしりきたる女こあまたみえつること もににるへうもあらすいみしくおいさきみえてうつくしけなるかたちなりかみ はあふきをひろけたるやうにゆら〱としてかほはいとあかくすりなしてたて りなに事そやわらはへとはらたち給へるかとてあまきみのみあけたるにすこし おほえたるところあれはこなめりとみ給すゝめのこをいぬきかにかしつるふせ このうちにこめたりつるものをとていとくちおしとおもへりこのゐたるおとな れいの心なしのかゝるわさをしてさいなまるゝこそいと心つきなけれいつかた へかまかりぬるいとおかしうやう〱なりつるものをからすなともこそみつく れとてたちてゆくかみゆるゝかにいとなかくめやすき人なめり少納言のめのと" }, { "vol": 5, "page": 157, "text": "ゝこそ人いふめるはこのこのうしろみなるへしあま君いてあなおさなやいふか ひなうものし給かなをのかかくけふあすにおほゆるいのちをはなにともおほし たらてすゝめしたひ給ほとよつみうることそとつねにきこゆるを心うくとてこ ちやといへはつゐゝたりつらつきいとらうたけにてまゆのわたりうちけふりい はけなくかいやりたるひたいつきかむさしいみしううつくしねひゆかむさまゆ かしき人かなとめとまり給さるはかきりなう心をつくしきこゆる人にいとよう にたてまつれるかまもらるなりけりとおもふにもなみたそおつるあまきみかみ をかきなてつゝけつる事をうるさかり給へとおかしの御くしやいとはかなうも のし給こそあはれにうしろめたけれかはかりになれはいとかゝらぬ人もあるも のをこ姫君は十はかりにて殿にをくれ給ひしほといみしうものはおもひしり給 へりしそかしたゝいまをのれみすてたてまつらはいかて世におはせむとすらむ とていみしくなくをみ給もすゝろにかなしおさな心ちにもさすかにうちまもり てふしめになりてうつふしたるにこほれかゝりたるかみつや〱とめてたうみ ゆ" }, { "vol": 5, "page": 158, "text": "  をひたゝむありかもしらぬわか草ををくらす露そきえんそらなき又ゐたる おとなけにとうちなきて   はつ草のおひ行すゑもしらぬまにいかてか露のきえんとすらむときこゆる ほとに僧都あなたよりきてこなたはあらはにや侍らむけふしもはしにおはしま しけるかなこのかみのひしりのかたに源氏の中将のわらはやみましなひにもの し給けるをたゝいまなむきゝつけ侍るいみしうしのひ給ひけれはしり侍らてこ ゝに侍りなから御とふらひにもまてさりけるとの給へはあないみしやいとあや しきさまを人やみつらむとてすたれおろしつこの世にのゝしり給ふひかる源氏 かゝるつゐてにみたてまつり給はんやよをすてたるほうしの心ちにもいみしう 世のうれへわすれよはひのふる人の御ありさまなりいて御せうそこきこえんと てたつをとすれはかへり給ひぬあはれなる人をみつるかなかゝれはこのすきも のともはかゝるありきをのみしてよくさるましき人をもみつくるなりけりたま さかにたちいつるたにかく思ひのほかなることをみるよとおかしうおほすさて もいとうつくしかりつるちこかななに人ならむかの人の御かはりにあけくれの" }, { "vol": 5, "page": 159, "text": "なくさめにもみはやとおもふ心ふかうつきぬうちふし給へるに僧都の御てしこ れみつをよひいてさすほとなき所なれは君もやかてきき給ふよきりをはしまし けるよしたゝいまなむ人申すにおとろきなからさふらへきをなにかしこのてら にこもり侍りとはしろしめしなからしのひさせ給へるをうれはしくおもひ給へ てなんくさの御むしろもこのはうにこそまうけ侍へけれいとほいなき事と申給 へりいぬる十よ日のほとよりわらはやみにわつらひ侍るをたひかさなりてたえ かたく侍れは人のをしへのままにはかにたつねいり侍りつれとかやうなる人の しるしあらはさぬときはしたなかるへきもたゝなるよりはいとおしうおもひ給 へつゝみてなむいたうしのひ侍りつるいまそなたにもとの給へりすなはち僧都 まいり給へりほうしなれといと心はつかしく人からもやむことなく世におもは れ給へる人なれはかる〱しき御ありさまをはしたなうおほすかくこもれるほ との御物かたりなときこえ給ておなししはのいほりなれとすこしすゝしき水の なかれも御らんせさせんとせちにきこえ給へはかのまたみぬ人〱にこと〱 しういひきかせつるをつゝましうおほせとあはれなりつるありさまもいふかし" }, { "vol": 5, "page": 160, "text": "くておはしぬけにいと心ことによしありておなし木草をもうへなし給へり月も なきころなれはやり水にかゝり火ともしとうろなともまいりたりみなみおもて いときよけにしつらひ給へりそらたきものいと心にくゝかほりいて名香のかな とにほひみちたるにきみの御をひかせいとことなれはうちの人〱も心つかひ すへかめり僧都世のつねなき御ものかたりのち世の事なときこえしらせ給ふわ かつみのほとおそろしうあちきなきことに心をしめていけるかきりこれを思ひ なやむへきなめりましてのちの世のいみしかるへきおほしつゝけてかうやうな るすまひもせまほしうおほえ給ふものからひるのおもかけ心にかゝりて恋しけ れはこゝにものしたまふはたれにかたつねきこえまほしき夢をみ給へしかなけ ふなむ思ひあはせつるときこえ給へはうちわらひてうちつけなる御夢かたりに そ侍るなるたつねさせ給ひても御心をとりせさせ給ぬへし故按察大納言は世に なくてひさしくなり侍ぬれはえしろしめさしかしそのきたのかたなむなにかし かいもうとに侍るかの按察かくれてのち世をそむきて侍るかこのころわつらふ 事侍によりかく京にもまかてねはたのもし所にこもりてものし侍るなりときこ" }, { "vol": 5, "page": 161, "text": "え給かの大納言のみむすめものし給ふときゝ給へしはすき〱しきかたにはあ らてまめやかにきこゆるなりとをしあてにの給へはむすめたゝひとり侍しうせ てこの十よ年にやなり侍りぬらん故大納言内にたてまつらむなとかしこういつ き侍しをそのほいのことくもものし侍らてすき侍にしかはたゝこのあま君ひと りもてあつかひ侍しほとにいかなる人のしわさにか兵部卿の宮なむしのひてか たらひつき給へりけるをもとのきたのかたやむことなくなとしてやすからぬ事 おほくてあけくれものをおもひてなんなくなり侍りにしものおもひにやまひつ くものとめにちかくみ給へしなと申給ふさらはそのこなりけりとおほしあはせ つみこの御すちにてかの人にもかよひきこえたるにやといとゝあはれにみまほ し人のほともあてにおかしう中〱のさかしら心なくうちかたらひて心のまゝ にをしへおほしたてゝみはやとおほすいとあはれにものしたまふ事かなそれは とゝめ給ふかたみもなきかとおさなかりつるゆくゑのなをたしかにしらまほし くてとひ給へはなくなり侍しほとにこそ侍しかそれも女にてそゝれにつけても のおもひのもよほしになむよはひのすゑに思ひ給へなけき侍るめるときこえ給" }, { "vol": 5, "page": 162, "text": "されはよとおほさるあやしきことなれとおさなき御うしろみにおほすへくきこ え給てんやおもふ心ありてゆきかゝつらふかたも侍りなから世に心のしまぬに やあらんひとりすみにてのみなむまたにけなきほとゝつねの人におほしなすら へてはしたなくやなとのたまへはいとうれしかるへきおほせことなるをまたむ けにいはきなきほとに侍めれはたはふれにても御らんしかたくやそも〱女人 は人にもてなされておとなにもなり給ふものなれはくはしくはえとり申さすか のをはにかたらひ侍りてきこえさせむとすくよかにいひてものこわきさまし給 へれはわかき御心にはつかしくてえよくもきこえ給はすあみた仏ものし給たう にする事侍るころになむそやいまたつとめ侍らすすくしてさふらはむとてのほ り給ぬ君は心ちもいとなやましきに雨すこしうちそゝきやまかせひやゝかにふ きたるにたきのよとみもまさりておとたかうきこゆすこしねふたけなると経の たえ〱すこくきこゆるなとすすろなる人も所からものあはれなりましておほ しめくらすことおほくてまとろませ給はすそやといひしかとも夜もいたうふけ にけりうちにも人のねぬけはひしるくていとしのひたれとすゝのけうそくにひ" }, { "vol": 5, "page": 163, "text": "きならさるゝをとほのきこえなつかしううちそよめくをとなひあてはかなりと きゝたまひてほともなくちかけれはとにたてわたしたる屏風の中をすこしひき あけてあふきをならし給へはおほえなき心ちすへかめれとききしらぬやうにや とてゐさりいつる人あなりすこししそきてあやしひかみゝにやとたとるをきゝ 給ひてほとけの御しるへはくらきにいりてもさらにたかうましかなるものをと の給ふ御こゑのいとはかうあてなるにうちいてむこはつかひもはつかしけれと いかなるかたの御しるへにかおほつかなくときこゆけにうちつけなりとおほめ き給はむもことはりなれと   はつ草のわかはのうへをみつるよりたひねの袖も露そかはかぬときこえ給 ひてむやとの給ふさらにかやうの御せうそこうけ給はりわくへき人もものした まはぬさまはしろしめしたりけなるをたれにかはときこゆをのつからさるやう ありてきこゆるならんと思ひなし給へかしとの給へはいりてきこゆあないまめ かしこの君やよついたるほとにおはするとそおほすらんさるにてはかのわかく さをいかてきい給へることそとさま〱あやしきにこゝろみたれてひさしうな" }, { "vol": 5, "page": 164, "text": "れはなさけなしとて   枕ゆふこよひはかりの露けさをみ山のこけにくらへさらなむひかたう侍る ものをときこえ給ふかうやうのつゐてなる御せうそこはまたさらにきこえしら すならはぬ事になむかたしけなくともかゝるついてにまめ〱しうきこえさす へきことなむときこえたまへれはあまきみひか事きゝ給へるならむいとむつか しき御けはひになにことをかはいらへきこえむとの給へははしたなうもこそお ほせと人〱きこゆけにわかやかなる人こそうたてもあらめまめやかにのたま ふかたしけなしとてゐさりより給へりうちつけにあさはかなりと御らんせられ ぬへきつゐてなれと心にはさもおほえ侍らねはほとけはをのつからとておとな 〱しうはつかしけなるにつゝまれてとみにもえうちいて給はすけにおもひ給 へよりかたきつゐてにかくまてのたまはせきこえさするもいかゝとの給ふあは れにうけたまはる御ありさまをかのすき給にけむ御かはりにおほしないてむや いふかひなきほとのよはひにてむつましかるへき人にもたちをくれ侍りにけれ はあやしううきたるやうにてとし月をこそかさね侍れおなしさまにものし給ふ" }, { "vol": 5, "page": 165, "text": "なるをたくひになさせ給へといときこえまほしきをかゝるおり侍りかたくてな むおほされん所をもはゝからすうちいて侍りぬるときこえたまへはいとうれし う思たまへぬへき御事なからもきこしめしひかめたる事なとや侍らんとつゝま しうなむあやしき身ひとつをたのもし人にする人なむ侍れといとまたいふかひ なきほとにて御らんしゆるさるゝかたも侍りかたけなれはえなむうけ給はりと ゝめられさりけるとの給みなおほつかなからすうけ給はへるものをところせう おほしはゝからて思ひ給へよるさまことなる心のほとを御らんせよときこえ給 へといとにけなきことをさもしらての給とおほして心とけたる御いらへもなし そうつおはしぬれはよしかうきこえそめ侍りぬれはいとたのもしうなむとてを したて給つあかつきかたになりにけれは法花三昧をこなふたうのせむ法のこゑ 山おろしにつきてきこえくるいとたうとくたきのをとにひゝきあひたり   吹まよふみやまおろしに夢さめて涙もよほすたきのをとかな   さしくみに袖ぬらしける山水にすめる心はさはきやはするみゝなれはへり にけりやときこえ給あけ行空はいといたうかすみて山のとりともそこはかとな" }, { "vol": 5, "page": 166, "text": "うさへつりあひたり名もしらぬ木草のはなとも色〱にちりましりにしきをし けるとみゆるにしかのたゝすみありくもめつらしくみ給になやましさもまきれ はてぬひしりうこきもえせねととかうしてこしむまいらせ給ふかれたるこゑの いといたうすきひかめるもあはれにくうつきてたらによみたり御むかへの人 〱まいりてをこたり給へるよろこひきこえうちよりも御とふらひあり僧都世 にみえぬさまの御くたものなにくれとたにのそこまてほりいていとなみきこえ 給ことしはかりのちかひふかう侍りて御をくりにもえまいり侍るましきこと中 〱にも思ひ給へらるへきかななときこえ給ておほみきまいり給山水に心とま り侍りぬれとうちよりもおほつかなからせ給へるもかしこけれはなむいまこの 花のおりすくさすまいりこむ   宮人に行てかたらむ山さくら風よりさきにきてもみるへくとの給御もてな しこわつかひさへめもあやなるに   うとむけの花まちえたる心ちしてみ山さくらにめこそうつらねときこえた まへはほゝゑみて時ありてひとたひひらくなるはかたかなるものをとの給ふひ" }, { "vol": 5, "page": 167, "text": "しり御かはらけ給て   おく山の松の戸ほそをまれに明てまたみぬ花のかほをみるかなとうちなき てみたてまつるひしり御まもりにとこたてまつるみ給て僧都さうとくたいしの くたらよりえたまへりけるこむかうしのすゝのたまのさうそくしたるやかてそ のくによりいれたるはこのからめいたるをすきたるふくろにいれてこえうのえ たにつけてこむるりのつほともに御くすりともいれてふちさくらなとにつけて ところにつけたる御をくりものともさゝけたてまつり給ふきみひしりよりはし めと経しつるほうしのふせともまうけのものともさま〱にとりにつかはした りけれはそのわたりの山かつまてさるへきものとも給ひ御す経なとしていて給 うちにそうついり給てかのきこえ給しことまねひきこえ給へとともかくもたゝ いまはきこえむかたなしもし御心さしあらはいま四五年をすくしてこそはとも かくもとの給へはさなむとおなしさまにのみあるをほいなしとおほす御せうそ こ僧都のもとなるちいさきわらはして   ゆふまくれほのかに花のいろをみてけさはかすみのたちそわつらふ御返し" }, { "vol": 5, "page": 168, "text": "  まことにや花のあたりはたちうきとかすむる空のけしきをもみむとよしあ るてのいとあてなるをうちすてかい給へり御車にたてまつるほと大殿よりいつ ちともなくておはしましにけることゝて御むかへの人〱きみたちなとあまた まいり給へり頭中将左中弁さらぬきみたちもしたひきこえてかうやうの御とも にはつかうまつり侍らむと思ひ給ふるをあさましくをくらさせ給へることゝう らみきこえていといみしき花のかけにしはしもやすらはすたちかへり侍らむは あかぬわさかなとの給ふいはかくれのこけのうへになみゐてかはらけまいるお ちくる水のさまなとゆへあるたきのもとなり頭中将ふところなりけるふえとり いてゝふきすましたり弁のきみあふきはかなううちならしてとよらの寺のにし なるやとうたふ人よりはことなるきみたちを源氏の君いといたううちなやみて いはによりゐたまへるはたくひなくゆゝしき御ありさまにそなに事にもめうつ るましかりけるれいのひちりきふくすいしむさうのふえもたせたるすきものな とありそうつきむをみつからもてまいりてこれたゝ御てひとつあそはしておな しうは山の鳥もおとろかし侍らむとせちにきこえ給へはみたり心ちいとたへか" }, { "vol": 5, "page": 169, "text": "たきものをときこえ給へとけにゝくからすかきならしてみなたち給ぬあかすく ちおしといふかひなきほうしわらはへも涙をおとしあへりましてうちにはとし おいたるあまきみたちなとまたさらにかゝる人の御ありさまをみさりつれはこ の世のものともおほえたまはすときこえあへり僧都もあはれなにの契にてかゝ る御さまなからいとむつかしきひのもとのすゑの世にうまれ給へらむとみるに いとなむかなしきとてめをしのこひ給このわかきみおさな心ちにめてたき人か なとみたまひて宮の御ありさまよりもまさり給へるかななとの給さらはかの人 の御こになりておはしませよときこゆれはうちうなつきていとようありなむと おほしたりひいなあそひにもゑかい給ふにも源氏のきみとつくりいてゝきよら なるきぬきせかしつき給ふ君はまつうちにまひり給て日ころの御ものかたりな ときこえ給いといたうおとろへにけりとてゆゝしとおほしめしたりひしりのた うとかりける事なとゝはせ給くはしくそうし給へはあさりなとにもなるへきも のにこそあなれをこなひのらうはつもりておほやけにしろしめされさりける事 とらうたかりのたまはせけり大殿まいりあひ給て御むかへにもとおもひ給へつ" }, { "vol": 5, "page": 170, "text": "れとしのひたる御ありきにいかゝと思ひはゝかりてなむのとやかに一二日うち やすみ給へとてやかて御をくりつかうまつらむと申たまへはさしもおほさねと ひかされてまかてたまふわか御車にのせたてまつり給ふてみつからはひきいり てたてまつれりもてかしつきゝこえ給へる御心はへのあはれなるをそさすかに 心くるしくおほしける殿にもおはしますらむと心つかひし給てひさしくみたま はぬほといとゝたまのうてなにみかきしつらひよろつをとゝのへ給へり女君れ いのはひかくれてとみにもいて給はぬをおとゝせちにきこえ給てからうしてわ たり給へりたゝゑにかきたるものゝひめきみのやうにしすへられてうちみしろ き給事もかたくうるはしうてものし給へはおもふこともうちかすめ山みちのも のかたりをもきこえむいふかひありておかしういらへたまはゝこそあはれなら め世には心もとけすうとくはつかしきものにおほしてとしのかさなるにそへて 御心のへたてもまさるをいとくるしくおもはすにとき〱は世のつねなる御け しきをみはやたへかたうわつらひ侍しをもいかゝとたにとひ給はぬこそめつら しからぬ事なれと猶うらめしうときこえ給からうしてとはぬはつらきものにや" }, { "vol": 5, "page": 171, "text": "あらんとしりめにみをこせ給へるまみいとはつかしけにけたかううつくしけな る御かたちなりまれまれはあさましの御事やとはぬなといふきはゝことにこそ 侍なれ心うくもの給ひなすかなよとともにはしたなき御もてなしをもしおほし なおるおりもやととさまかうさまに心みきこゆるほといとゝおもほしうとむな めりかしよしやいのちたにとてよるのおましにいり給ひぬ女きみふともいり給 はすきこえわつらひ給ひてうちなけきてふし給へるもなま心つきなきにやあら むねふたけにもてなしてとかう世をおほしみたるることおほかりこのわかくさ のおひいてむほとのなをゆかしきをにけないほとゝおもへりしもことはりそか しいひよりかたき事にもあるかないかにかまへてたゝ心やすくむかへとりてあ けくれのなくさめにみん兵部卿の宮はいとあてになまめい給へれとにほひやか になともあらぬをいかてかのひとそうにおほえ給らむひとつきさきはらなれは にやなとおほすゆかりいとむつましきにいかてかとふかうおほゆ又の日御ふみ たてまつれ給へりそうつにもほのめかし給ふへしあまうへにはもてはなれたり し御けしきのつゝましさにおもひ給ふるさまをもえあらはしはて侍らすなりに" }, { "vol": 5, "page": 172, "text": "しをなむかはかりきこゆるにてもをしなへたらぬ心さしのほとを御らんししら はいかにうれしうなとあり中にちひさくひきむすひて   面影は身をもはなれす山桜心のかきりとめてこしかとよのまの風もうしろ めたくなむとあり御てなとはさるものにてたたはかなうをしつゝみ給へるさま もまたすきたる御めともにはめもあやにこのましうみゆあなかたはらいたやい かゝきこえんとおほしわつらふゆくての御事はなをさりにも思給へなされしを ふりはへさせ給へるにきこえさせむかたなくなむまたなにはつをたにはか〱 しうつゝけ侍らさめれはかひなくなむさても   嵐吹おのへのさくらちらぬまを心とめけるほとのはかなさいとゝうしろめ たうとあり僧都の御返もおなしさまなれはくちおしくて二三日ありてこれみつ をそたてまつれ給少納言のめのとといふ人あへしたつねてくはしふかたらへな との給しらすさもかゝらぬくまなき御心かなさはかりいはけなけなりしけはひ をとまほならねともみしほとを思ひやるもおかしわさとかう御ふみあるをそう つもかしこまりきこえ給ふ少納言にせうそこしてあひたりくはしくおほしの給" }, { "vol": 5, "page": 173, "text": "ふさまおほかたの御ありさまなとかたることはおほかる人にてつき〱しうい ひつゝくれといとわりなき御ほとをいかにおほすにかとゆゝしうなむたれも 〱おほしける御ふみにもいとねむころにかいたまひてれいの中にかの御はな ちかきなむなをみたまへまほしきとて   あさか山あさくも人をおもはぬになとやまの井のかけはなるらむ御かへし   くみそめてくやしときゝし山の井のあさきなからやかけをみるへきこれみ つもおなしことをきこゆこのわつらひ給事よろしくはこのころすくして京の殿 にわたり給てなむきこえさすへきとあるを心もとなうおほすふしつほの宮なや み給ふことありてまかて給へりうへのおほつかなかりなけきゝこえ給ふ御けし きもいと〱おしうみたてまつりなからかゝるおりたにと心もあくかれまとひ ていつくにも〱まうて給はすうちにてもさとにてもひるはつれ〱となかめ くらしてくるれはわう命婦をせめありき給いかゝたはかりけむいとわりなくて みたてまつるほとさへうつゝとはおほえぬそわひしきや宮もあさましかりしを おほしいつるたによとともの御ものおもひなるをさてたにやみなむとふかうお" }, { "vol": 5, "page": 174, "text": "ほしたるにいとうくていみしき御けしきなるものからなつかしうらうたけにさ りとてうちとけすこゝろふかうはつかしけなる御もてなしなとのなを人にゝさ せ給はぬをなとかなのめなることたにうちましり給はさりけむとつらうさへそ おほさるゝなに事をかはきこえつくし給はむくらふの山にやとりもとらまほし けなれとあやにくなるみしか夜にてあさましう中〱なり   みても又あふ夜まれなる夢のうちにやかてまきるゝわか身ともかなとむせ かへり給ふさまもさすかにいみしけれは   よかたりに人やつたへんたくひなくうき身をさめぬ夢になしてもおほしみ たれたるさまもいとことはりにかたしけなし命婦のきみそ御なをしなとはかき あつめもてきたる殿におはしてなきねにふしくらし給ひつ御ふみなともれいの 御らんしいれぬよしのみあれはつねのことなからもつらういみしうおほしほれ てうちへもまひらて二三日こもりおはすれは又いかなるにかと御心うこかせ給 へかめるもおそろしうのみおほえ給ふ宮もなをいと心うきみなりけりとおほし なけくになやましさもまさり給ひてとくまひり給へき御つかひしきれとおほし" }, { "vol": 5, "page": 175, "text": "もたゝすまことに御心ちれいのやうにもおはしまさぬはいかなるにかと人しれ すおほす事もありけれは心うくいかならむとのみおほしみたるあつきほとはい とゝおきもあかり給はす三月になり給へはいとしるきほとにて人〱みたてま つりとかむるにあさましき御すくせのほと心うし人は思ひよらぬことなれはこ の月まてそうせさせ給はさりける事とおとろききこゆわか御心ひとつにはしる うおほしわく事もありけり御ゆ殿なとにもしたしうつかふまつりてなに事の御 けしきをもしるくみたてまつりしれる御めのとこの弁命婦なとそあやしとおも へとかたみにいひあはすへきにあらねはなをのかれかたかりける御すくせをそ 命婦はあさましとおもふうちには御ものゝけのまきれにてとみにけしきなうお はしましけるやうにそそうしけむかしみる人もさのみおもひけりいとゝあはれ にかきりなうおほされて御つかひなとのひまなきも空おそろしうものをおほす 事ひまなし中将のきみもおとろ〱しうさまことなる夢をみ給てあはするもの をめしてとはせ給へはをよひなうおほしもかけぬすちのことをあはせけりその 中にたかいめありてつゝしませ給ふへきことなむ侍るといふにわつらはしくお" }, { "vol": 5, "page": 176, "text": "ほえてみつからの夢にはあらす人の御事をかたるなりこの夢あふまて又人にま ねふなとの給て心のうちにはいかなる事ならむとおほしわたるにこの女宮の御 事きゝ給ひてもしさるやうもやとおほしあはせたまふにいとゝしくいみしき事 のはつくしきこえ給へと命婦もおもふにいとむくつけうわつらはしさまさりて さらにたはかるへきかたなしはかなきひとくたりの御返のたまさかなりしもた えはてにたり七月になりてそまひり給ひけるめつらしうあはれにていとゝしき 御おもひのほとかきりなしすこしふくらかになり給ひてうちなやみおもやせた まへるはたけににるものなくめてたしれいのあけくれこなたにのみおはしまし て御あそひもやう〱おかしき空なれは源氏の君もいとまなくめしまつはしつ ゝ御ことふえなとさま〱につかうまつらせ給ふいみしうつゝみ給へとしのひ かたきけしきのもりいつるおり〱宮もさすかなる事ともをおほくおほしつゝ けゝりかの山てらの人はよろしくなりていて給にけり京の御すみかたつねて時 〻の御せうそこなとありおなしさまにのみあるもことはりなるうちにこの月こ ろはありしにまさる物おもひにこと〱なくてすきゆく秋のすゑつかたいとも" }, { "vol": 5, "page": 177, "text": "の心ほそくてなけき給ふ月のおかしき夜しのひたる所にからうして思ひたち給 へるをしくれめいてうちそゝくおはする所は六条京極わたりにて内よりなれは すこしほととをき心ちするにあれたるいゑのこたちいとものふりてこくらくみ えたるありれいの御ともにはなれぬこれみつなむこ按察の大納言のいゑに侍り てものゝたよりにとふらひて侍しかはかのあまうへいたうよわり給にたれはな に事もおほえすとなむ申して侍しときこゆれはあはれの事やとふらふへかりけ るをなとかさなむとものせさりしいりてせうそこせよとのたまへは人いれてあ ないせさすわさとかうたちより給へる事といはせたれはいりてかく御とふらひ になむおはしましたるといふにおとろきていとかたはらいたき事かなこの日こ ろむけにいとたのもしけなくならせ給ひにたれは御たいめんなともあるましと いへともかへしたてまつらむはかしこしとてみなみのひさしひきつくろひてい れたてまつるいとむつかしけに侍れとかしこまりをたにとてゆくりなうものふ かきおまし所になむときこゆけにかゝる所はれいにたかひておほさるつねに思 ひ給へたちなからかひなきさまにのみもてなさせ給ふにつゝまれ侍りてなむな" }, { "vol": 5, "page": 178, "text": "やませ給ふことをもくともうけたまはらさりけるおほつかなさなときこえ給ふ みたり心ちはいつともなくのみ侍るかかきりのさまになり侍りていとかたしけ なくたちよらせ給へるにみつからきこえさせぬことのたまはすることのすちた まさかにもおほしめしかはらぬやう侍らはかくわりなきよはひすき侍りてかな らすかすまへさせ給へいみしう心ほそけにみたまへをくなんねかひ侍るみちの ほたしに思たまへられぬへきなときこえ給へりいとちかけれは心ほそけなる御 こゑたえ〱きこえていとかたしけなきわさにも侍るかなこの君たにかしこま りもきこえたまつへきほとならましかはとの給ふあはれにきゝ給てなにかあさ う思ひ給へむ事ゆへかうすき〱しきさまをみえたてまつらむいかなるちきり にかみたてまつりそめしよりあはれにおもひきこゆるもあやしきまてこの世の 事にはおほえ侍らぬなとの給てかひなき心地のみし侍るをかのいはけなうもの し給御ひとこゑいかてとの給へはいてやよろつおほししらぬさまにおほとのこ もりいりてなときこゆるおりしもあなたよりくるをとしてうへこそこのてらに ありし源氏のきみこそおはしたなれなとみたまはぬとの給ふを人〱いとかた" }, { "vol": 5, "page": 179, "text": "はらいたしと思ひてあなかまときこゆいさみしかは心地のあしさなくさみきと の給ひしかはそかしとかしこきこときこえたりとおほしての給ふいとおかしと きい給へと人〱のくるしと思ひたれはきかぬやうにてまめやかなる御とふら ひをきこえをき給てかへり給ひぬけにいふかひなのけはひやさりともいとよう をしへてむとおほす又の日もいとまめやかにとふらひきこえ給ふれいのちひさ くて   いはけなきたつの一こゑききしよりあしまになつむ舟そえならぬおなし人 にやとことさらおさなくかきなし給へるもいみしうおかしけなれはやかて御て ほむにと人〱きこゆ少納言そきこえたるとはせ給へるはけふをもすくしかた けなるさまにて山寺にまかりわたるほとにてかうとはせ給へるかしこまりはこ の世ならてもきこえさせむとありいとあはれとおほす秋の夕はまして心のいと まなくおほしみたるゝ人の御あたりに心をかけてあなかちなるゆかりもたつね まほしき心もまさり給ふなるへしきえむ空なきとありし夕おほしいてられてこ ひしくも又みはおとりやせむとさすかにあやふし" }, { "vol": 5, "page": 180, "text": "  手につみていつしかもみむむらさきのねにかよひけるのへのわか草十月に すさく院の行かうあるへしまひ人なとやむ事なきいゑのこともかむたちめ殿上 人ともなともそのかたにつき〱しきはみなえらせ給へれはみこたち大臣より はしめてとり〱のさえともならひ給いとまなし山さと人にもひさしくをとつ れ給はさりけるをおほしいてゝふりはへつかはしたりけれはそうつのかへり事 のみありたちぬる月の廿日のほとになむつゐにむなしくみ給へなしてせけむの たうりなれとかなしひ思ひ給ふるなとあるをみ給に世のなかのはかなさもあは れにうしろめたけに思へりし人もいかならむおさなきほとに恋やすらむこみや す所にをくれたてまつりしなとはか〱しからねと思ひいてゝあさからすとふ らひ給へり少納言ゆへなからす御かへりなときこえたりいみなとすきて京のと のになときゝ給へはほとへて身つからのとかなる夜おはしたりいとすこけにあ れたる所のひとすくなゝるにいかにおさなき人おそろしからむとみゆれいの所 にいれたてまつりて少納言御ありさまなとうちなきつつきこえつゝくるにあい なう御そてもたゝならす宮にわたしたてまつらむと侍めるをこひめきみのいと" }, { "vol": 5, "page": 181, "text": "なさけなくうきものに思ひきこえ給へりしにいとむけにちこならぬよはひの又 はか〱しう人のおもむけをもみしり給はすなかそらなる御ほとにてあまたも のし給ふなる中のあなつらはしき人にてやましり給はんなとすき給ぬるもよと ゝもにおほしなけきつることしるきことおほく侍るにかくかたしけなきなけの 御ことのはゝのちの御心もたとりきこえさせすいとうれしうおもひ給へられぬ へきおりふしに侍りなからすこしもなそらひなるさまにもものし給はす御とし よりもわかひてならひ給へれはいとかたはらいたく侍るときこゆなにかかうく りかへしきこえしらする心のほとをつゝみ給らむそのいふかひなき御心のあり さまのあはれにゆかしうおほえたまふもちきりことになむ心なからおもひしら れけるなを人つてならてきこえしらせはや   あしわかのうらにみるめはかたくともこはたちなからかへるなみかはめさ ましからむとの給へはけにこそいとかしこけれとて   よるなみの心もしらてわかのうらにたまもなひかぬほとそうきたるわりな き事ときこゆるさまのなれたるにすこしつみゆるされ給ふなそこえさらんとう" }, { "vol": 5, "page": 182, "text": "ちすしたまへるを身にしみてわかき人〱おもへり君はうへをこいきこえ給ひ てなきふしたまへるに御あそひかたきとものなをしきたる人のおはする宮のお はしますなめりときこゆれはおきいて給ひて少納言よなをしきたりつらむはい つら宮のおはするかとてよりおはしたる御こゑいとらうたし宮にはあらねと又 おほしはなつへうもあらすこちとの給ふをはつかしかりし人とさすかにきゝな してあしういひてけりとおほしてめのとにさしよりていさかしねふたきにとの 給へはいまさらになとしのひ給らむこのひさのうへにおほとのこもれよいます こしより給へとの給へはめのとのされはこそかう世つかぬ御ほとにてなむとて をしよせたてまつりたれはなに心もなくゐたまへるにてをさしいれてさくり給 へれはなよゝかなる御そにかみはつや〱とかゝりてすゑのふさやかにさくり つけられたるいとうつくしうおもひやらるるてをとらへたまへれはうたてれい ならぬ人のかくちかつき給へるはおそろしうてねなむといふものをとてしひて ひきいり給につきてすへりいりていまはまろそ思へき人なうとみ給そとのたま ふめのといてあなうたてやゆゝしうも侍るかなきこえさせしらせ給ともさらに" }, { "vol": 5, "page": 183, "text": "なにのしるしも侍らしものをとてくるしけに思ひたれはさりともかゝる御ほと をいかゝはあらんなをたゝ世にしらぬ心さしのほとをみはて給へとの給あられ ふりあれてすこき夜のさまなりいかてかう人すくなに心ほそうてすくし給ふら むとうちなひ給ていとみすてかたきほとなれはみかうしまいりねものおそろし き夜のさまなめるをとのゐ人にて侍らむ人〱ちかふさふらはれよかしとてい となれかほにみ帳のうちにいり給へはあやしうおもひのほかにもとあきれてた れも〱ゐたりめのとはうしろめたなうわりなしとおもへと荒ましうきこえさ はくへきならねはうちなけきつゝゐたりわかきみはいとおそろしういかならん とわななかれていとうつくしき御はたつきもそゝろさむけにおほしたるをらう たくおほえてひとへはかりをゝしくゝみてわか御心ちもかつはうたておほえ給 へとあはれにうちかたらひ給ひていさたまへよおかしきゑなとおほくひゝなあ そひなとするところにと心につくへき事をの給ふけはひのいとなつかしきをお さなき心ちにもいといたうをちすさすかにむつかしうねもいらすおほえてみし ろきふしたまへり夜ひとよ風ふきあるるにけにかうおはせさらましかはいかに" }, { "vol": 5, "page": 184, "text": "心ほそからましおなしくはよろしきほとにおはしまさましかはとさゝめきあへ りめのとはうしろめたさにいとちかふさふらふかせすこしふきやみたるに夜ふ かういて給ふもことありかほなりやいとあはれにみたてまつる御ありさまをい まはましてかたときのまもおほつかなかるへしあけくれなかめ侍るところにわ たしたてまつらむかくてのみはいかゝものをちし給はさりけりとの給へは宮も 御むかへになときこえの給ふめれとこの御四十九日すくしてやなと思ふ給ふる ときこゆれはたのもしきすちなからもよそ〱にてならひ給へるはおなしうこ そうとうおほえたまはめいまよりみたてまつれとあさからぬ心さしはまさりぬ へくなむとてかいなてつゝかへりみかちにていて給ひぬいみしうきりわたれる 空もたゝならぬにしもはいとしろうをきてまことのけさうもおかしかりぬへき にさう〱しうおもひおはすいとしのひてかよひ給ふところのみちなりけるを おほしいてゝかとうちたゝかせ給へときゝつくるひとなしかひなくて御ともに こゑある人してうたはせ給ふ   あさほらけきりたつ空のまよひにも行すきかたきいもかかとかなとふたか" }, { "vol": 5, "page": 185, "text": "へりはかりうたひたるによしあるしもつかひをいたして   たちとまりきりのまかきのすきうくは草の戸さしにさはりしもせしといひ かけて入ぬ又人もいてこねはかへるもなさけなけれとあけゆく空もはしたなく て殿へおはしぬおかしかりつる人のなこり恋しくひとりゑみしつゝふし給へり ひたかうおほとのこもりおきてふみやり給ふにかくへきこと葉もれいならねは ふてうちをきつゝすさひゐたまへりおかしきゑなとをやり給ふかしこにはけふ しも宮わたり給へりとしころよりもこよなうあれまさりひろうものふりたる所 のいとゝ人すくなにひさしけれはみわたし給てかゝる所にはいかてかしはしも おさなき人のすくし給はむ猶かしこにわたしたてまつりてむなにのところせき ほとにもあらすめのとはさうしなとしてさふらひなむ君はわかき人〱あれは もろともにあそひていとようものし給ひなむなとの給ふちかうよひよせたてま つりたまへるにかの御うつりかのいみしうえむにしみかへらせ給へれはおかし の御にほひや御そはいとなへてと心くるしけにおほいたりとしころもあつしく さたすき給へる人にそひ給へるよかしこにわたりてみならし給へなとものせし" }, { "vol": 5, "page": 186, "text": "をあやしううとみ給て人も心をくめりしをかゝるおりにしもものし給はむも心 くるしうなとの給へはなにかは心ほそくともしはしはかくておはしましなむす こしものゝこゝろおほししりなむにわたらせ給はむこそよくは侍へけれときこ ゆよるひるこひきこえたまふにはかなきものもきこしめさすとてけにいといた うおもやせ給へれといとあてにうつくしくなか〱みえたまふなにかさしもお ほすいまは世になき人の御事はかひなしをのれあれはなとかたらひきこえ給ひ てくるれはかへらせ給ふをいと心ほそしとおほゐてない給へは宮うちなき給ひ ていとかうおもひないり給そけふあすわたしたてまつらむなとかへす〱こし らへをきていて給ひぬなこりもなくさめかたうなきゐ給へりゆくさきの身のあ らむ事なとまてもおほししらすたゝ年ころたちはなるゝおりなうまつはしなら ひていまはなき人となり給ひにけるとおほすかいみしきにおさなき御心ちなれ とむねつとふたかりてれいのやうにもあそひ給はすひるはさてもまきらはし給 ふをゆふくれとなれはいみしくくし給へはかくてはいかてかすこし給はむとな くさめわひてめのともなきあへりきみの御もとよりはこれみつをたてまつれ給" }, { "vol": 5, "page": 187, "text": "へりまいりくへきをうちよりめしあれはなむ心くるしうみたてまつりしもしつ 心なくとてとのゐ人たてまつれ給へりあちきなうもあるかなたはふれにてもも のゝはしめにこの御事よ宮きこしめしつけはさふらふ人〱のをろかなるにそ さいなまむあなかしこものゝついてにいはけなくうちいてきこえさせ給ふなな といふもそれをはなにともおほしたらぬそあさましきや少納言はこれみつにあ はれなるものかたりともしてありへてのちやさるへき御すくせのかれきこえ給 はぬやうもあらむたゝいまはかけてもいとにけなき御事とみたてまつるをあや しうおほしの給はするもいかなる御こゝろにかおもひよるかたなうみたれ侍る けふもみやわたらせ給てうしろやすくつかうまつれ心おさなくもてなしきこゆ なとの給はせつるもいとはつらはしうたゝなるよりはかゝる御すき事も思ひい てられ侍りつるなといひてこの人も事ありかほにや思はむなとあいなけれはい たうなけかしけにもいひなさすたいふもいかなることにかあらむと心えかたふ おもふまいりてありさまなときこえけれはあはれにおほしやらるれとさてかよ ひ給はむもさすかにすゝろなる心ちしてかる〱しうもてひかめたると人もや" }, { "vol": 5, "page": 188, "text": "もりきかむなとつゝましけれはたゝむかへてむとおほす御ふみはたひ〱たて まつれ給くるれはれいのたいふをそたてまつれ給ふさはる事とものありてえま いりこぬををろかにやなとあり宮よりあすにはかに御むかへにとのたまはせた りつれは心あはたゝしくてなむとしころのよもきふをかれなむもさすかに心ほ そくさふらふ人〱もおもひみたれてとことすくなにいひておさ〱あへしら はすものぬひいとなむけはひなとしるけれはまいりぬきみは大殿におはしける にれいの女君とみにもたいめむしたまはすものむつかしくおほえ給てあつまを すかかきてひたちにはたをこそつくれといふうたをこゑはいとなまめきてすさ ひゐたまへりまいりたれはめしよせてありさまとひたまふしか〱なときこゆ れはくちおしうおほしてかの宮にわたりなはわさとむかへいてむもすき〱し かるへしおさなき人をぬすみいてたりともときおひなむそのさきにしはし人に もくちかためてわたしてむとおほしてあか月かしこにものせむ車のそうそくさ なからすいしんひとりふたりおほせをきたれとの給ふうけたまはりてたちぬき みいかにせましきこえありてすきかましきやうなるへきこと人のほとたにもの" }, { "vol": 5, "page": 189, "text": "をおもひしり女の心かはしける事とをしはかられぬへくは世のつねなりちゝ宮 のたつねいて給へらむもはしたなうすゝろなるへきをとおほしみたるれとさて はつしてむはいとくちおしかへけれはまた夜ふかういて給女きみれいのしふ 〱に心もとけすものし給かしこにいとせちにみるへき事の侍るをおもひ給へ いてゝたちかへりまいりきなむとていて給へはさふらふ人〻もしらさりけりわ か御かたにて御なをしなとはたてまつるこれみつはかりを馬にのせておはしぬ かとうちたゝかせ給へは心しらぬ物のあけたるに御くるまをやをらひき入させ てたいふつまとをならしてしはふけは少納言きゝしりていてきたりこゝにおは しますといへはおさなき人は御とのこもりてなむなとかいと夜ふかうはいてさ せ給へるとものゝたよりとおもひていふ宮へわたらせ給へかなるをそのさきに きこえをかむとてなむとの給へはなに事にか侍らむいかにはか〱しき御いら へきこえさせ給はむとてうちわらひてゐたりきみいり給へはいとかたはらいた くうちとけてあやしきふる人ともの侍るにときこえさすまたおとろい給はしな いて御めさましきこえむかゝるあさきりをしらてはぬるものかとて入給へはや" }, { "vol": 5, "page": 190, "text": "ともえきこえすきみはなに心もなくねたまへるをいたきおとろかし給におとろ きて宮の御むかへにおはしたるとねをひれておほしたり御くしかきつくろひな とし給ていさ給へ宮の御つかひにてまゐりきつるそとの給にあらさりけりとあ きれておそろしとおもひたれはあな心うまろもおなし人そとてかきいたきてい て給へはたいふ少納言なとこはいかにときこゆこゝにはつねにもえまいらぬか おほつかなけれは心やすき所にときこえしを心うくわたり給へるなれはまして きこえかたかへけれは人ひとりまいられよかしとの給へは心あはたゝしくてけ ふはいとひむなくなむ侍へき宮のわたらせ給はんにはいかさまにかきこえやら んをのつからほとへてさるへきにおはしまさはともかうも侍りなむをいと思ひ やりなきほとのことに侍れはさふらふ人〱くるしう侍るへしときこゆれはよ しのちにも人はまいりなむとて御車よせさせ給へはあさましういかさまにと思 ひあへりわか君もあやしとおほしてない給ふ少納言とゝめきこえむかたなけれ はよへぬひし御そともひきさけてみつからもよろしきゝぬきかへてのりぬ二条 院はちかけれはまたあかうもならぬほとにおはしてにしのたいに御車よせてお" }, { "vol": 5, "page": 191, "text": "り給ふわかきみをはいとかろらかにかきいたきておろし給ふ少納言なをいと夢 の心ちし侍るをいかにし侍へき事にかとやすらへはそは心ななり御身つからわ たしたてまつりつれはかへりなむとあらはをくりせむかしとの給にわらひてお りぬにはかにあさましうむねもしつかならす宮のおほしの給はむこといかにな りはて給ふへき御ありさまにかとてもかくてもたのもしき人〱にをくれ給へ るかいみしさとおもふに涙のとまらぬをさすかにゆゝしけれはねむしゐたりこ なたはすみ給はぬたいなれは御帳なともなかりけりこれみつめしてみ帳御屏風 なとあたり〱したてさせ給御き丁のかたひらひきおろしおましなとたゝひき つくろふはかりにてあれはひむかしのたいに御とのゐものめしにつかはしてお ほとのこもりぬわか君はゐとむくつけくいかにする事ならむとふるはれ給へと さすかにこゑたてゝもえなき給はす少納言かもとにねむとの給こゑいとわかし いまはさはおほとのこもるましきそよとをしへきこえ給へはいとわひしくてな きふし給へりめのとはうちもふされすものもおほえすおきゐたりあけゆくまゝ にみわたせはおとゝのつくりさましつらひさまさらにもいはすにはのすなこも" }, { "vol": 5, "page": 192, "text": "たまをかさねたらむやうにみえてかゝやく心地するにはしたなくおもひゐたれ とこなたには女なともさふらはさりけりけうときまらうとなとのまいるおりふ しのかたなりけれはおとこともそみすのとにありけるかく人むかへ給へりとき く人たれならむおほろけにはあらしとさゝめく御てうつ御かゆなとこなたにま いるひたかうねをき給てひとなくてあしかめるをさるへき人〱ゆふつけてこ そはむかへさせ給はめとの給てたいにはらはへめしにつかはすちゐさきかきり ことさらにまいれとありけれはいとおかしけにて四人まいりたり君は御そにま とはれてふし給へるをせめておこしてかう心うくなをはせそすゝろなる人はか うはありなむや女は心やはらかなるなむよきなといまよりをしへきこえ給御か たちはさしはなれてみしよりもきよらにてなつかしううちかたらひつゝおかし きゑあそひ物ともとりにつかはしてみせたてまつり御心につく事ともをし給や う〱おきゐてみ給ににひいろのこまやかなるかうちなえたるともをきてなに 心なくうちゑみなとしてゐ給へるかいとうつくしきにわれもうちゑまれてみ給 ひむかしのたいにわたり給へるにたちいてゝにはのこたちいけのかたなとのそ" }, { "vol": 5, "page": 193, "text": "き給へはしもかれのせむさいゑにかけるやうにおもしろくてみもしらぬしゐ五 ゐこきませにひまなういていりつゝけにおかしき所かなとおほす御屏風ともな といとおかしきゑをみつゝなくさめておはするもはかなしや君は二三日うちへ もまいり給はてこの人をなつけかたらひきこえ給やかてほむにとおほすにやて ならひゑなとさま〱にかきつゝみせたてまつり給いみしうおかしけにかきあ つめ給へりむさしのといへはかこたれぬとむらさきのかみにかい給へるすみつ きのいとことなるをとりてみゐたまへりすこしちいさくて   ねはみねとあはれとそおもふむさしのゝ露わけわふる草のゆかりをとあり いて君もかい給へとあれはまたようはかゝすとてみあけ給へるかなに心なくう つくしけなれはうちほゝゑみてよからねとむけにかゝぬこそわろけれをしへき こえむかしとの給へはうちそはみてかい給てつきふてとり給へるさまのおさな けなるもらうたうのみおほゆれは心なからあやしとおほすかきそこなひつとは ちてかくし給をせめてみたまへは   かこつへきゆへをしらねはおほつかないかなる草のゆかりなるらんといと" }, { "vol": 5, "page": 194, "text": "わかけれとおいさきみえてふくよかにかい給へりこあまきみのにそにたりける いまめかしきてほむならはゝいとようかいたまひてむとみ給ひゐなゝとわさと やともつくりつゝけてもろともにあそひつゝこよなきもの思のまきらはしなり かのとまりにし人〱宮わたり給てたつねきこえ給けるにきこえやるかたなく てそわひあへりけるしはし人にしらせしと君もの給少納言も思ふ事なれはせち にくちかためやりたりたゝ行ゑもしらす少納言かいてかくしきこえたるとのみ きこえさするに宮もいふかひなうおほしてこあま君もかしこにわたり給はむ事 をいとものしとおほしたりし事なれはめのとのいとさしすくしたる心はせのあまり おいらかにわたさむをひむなしなとはいはてこゝろにまかせゐてはふらか しつるなめりとなく〱かへり給ぬもしきゝいてたてまつらはつけよとの給も わつらはしくそうつの御もとにもたつねきこえ給へとあとはかなくてあたらし かりし御かたちなと恋しくかなしとおほすきたのかたもはゝきみをにくしと思 きこえ給ける心もうせてわか心にまかせつへうおほしけるにたかひぬるはくち をしうおほしけりやう〱人まいりあつまりぬ御あそひかたきのわらはへちこ" }, { "vol": 5, "page": 195, "text": "ともいとめつらかにいまめかしき御ありさまともなれはおもふ事なくてあそひ あへりきみはおとこきみのおはせすなとしてさう〱しきゆふくれなとはかり そあま君をこひきこえ給てうちなきなとし給へと宮おはことにおもひいてきこ え給はすもとよりみならひきこえ給はてならひ給へれはいまはたゝこのゝちの おやをいみしうむつひまつはしきこえ給ものよりおはすれはまついてむかひて あはれにうちかたらひ御ふところにいりゐていさゝかうとくはつかしともおも ひたらすさるかたにいみしうらうたきわさなりけりさかしら心ありなにくれと むつかしきすちになりぬれはわか心地もすこしたかふふしもいてくやと心をか れ人もうらみかちに思ひのほかの事をのつからいてくるをいとをかしきもてあ そひなりむすめなとはたかはかりになれは心やすくうちふるまひへたてなきさ まにふしおきなとはえしもすさましきをこれはいとさまかはりたるかしつきく さなりとおもほいためり" }, { "vol": 6, "page": 201, "text": "思へともなをあかさりしゆふかほの露にをくれし心地をとし月ふれとおほしわ すれすこゝもかしこもうちとけぬかきりのけしきはみ心ふかきかたの御いとま しさにけちかくうちとけたりしあはれににる物なう恋しくおもほえ給ふいかて こと〱しきおほえはなくいとらうたけならむ人のつゝましき事なからむみつ けてしかなとこりすまにおほしわたれはすこしゆへつきてきこゆるわたりは御 みゝとゝめ給はぬくまなきにさてもやとおほしよるはかりのけはひあるあたり にこそひとくたりをもほのめかし給ふめるになひきゝこえすもてはなれたるは おさ〱あるましきそいとめなれたるやつれなう心つよきはたとしへなうなさ けをくるゝまめやかさなとあまり物のほとしらぬやうにさてしもすくしはてす なこりなくくつをれてなを〱しきかたにさたまりなとするもあれはの給ひさ しつるもおほかりけるかのうつせみをものゝおり〱にはねたうおほしいつお きの葉もさりぬへきかせのたよりある時はおとろかし給ふおりもあるへしほか けのみたれたりしさまはまたさやうにてもみまほしくおほすおほかたなこりな きものわすれをそえしたまはさりける左衛門のめのとゝて大弐のさしつきにお" }, { "vol": 6, "page": 202, "text": "ほいたるかむすめたいふの命婦とてうちにさふらふわかむとほりの兵部のたい ふなるむすめなりけりいといたういろこのめるわか人にてありけるを君もめし つかひなとし給はゝはちくせむのかみのめにてくたりにけれはちゝ君のもとを さとにてゆきかよふ故ひたちのみこのすゑにまうけていみしうかなしうかしつ き給ひし御むすめ心ほそくてのこりゐたるをものゝついてにかたりきこえけれ はあはれのことやとて御心とゝめてとひきゝ給ふ心はへかたちなとふかきかた はえしり侍らすかいひそめ人うとうもてなし給へはさへきよひなとものこしに てそかたらひ侍るきむをそなつかしきかたらひ人とおもへるときこゆれはみつ のともにていまひとくさやうたてあらむとてわれにきかせよちゝみこのさやう のかたにいとよしつきてものし給ふけれはをしなへてのてにはあらしとなむお もふとの給へはさやうにきこしめすはかりにはあらすや侍らむといへと御心と まるはかりきこえなすをいたうけしきはましやこのころのおほろ月夜にしのひ てものせむまかてよとの給へはわつらはしとおもへとうちわたりものとやかな るはるのつれ〱にまかてぬちゝの大輔の君はほかにそすみけるこゝには時" }, { "vol": 6, "page": 203, "text": "〱そかよひける命婦はまゝはゝのあたりはすみもつかすひめ君の御あたりを むつひてこゝにはくるなりけりのたまひしもしるくいさよひの月おかしきほと におはしたりいとかたはらいたきわさかなものゝねすむへき夜のさまにも侍ら さめるにときこゆれとなをあなたにわたりてたゝひとこゑももよをしきこえよ むなしくてかへらむかねたかるへきをとの給へはうちとけたるすみかにすへた てまつりてうしろめたうかたしけなしとおもへとしむてむにまいりたれはまた かうしもさなからむめのかおかしきをみいたしてものし給よきおりかなと思ひ て御ことのねいかにまさり侍らむと思給へらるゝよのけしきにさそはれ侍りて なむ心あはたゝしきいていりにえうけたまはらぬこそくちをしけれといへはき ゝしる人こそあなれもゝしきにゆきかう人のきくはかりやはとてめしよするも あいなういかゝきゝ給はむとむねつふるほのかにかきならし給ふおかしうきこ ゆなにはかりふかきてならねとものゝねからのすちことなるものなれはきゝに くゝもおほされすいといたうあれわたりてさひしき所にさはかりの人のふるめ かしうところせくかしつきすへたりけむなこりなくいかにおもほしのこす事な" }, { "vol": 6, "page": 204, "text": "からむかやうの所にこそはむかしものかたりにもあはれなる事ともゝありけれ なと思ひつつけても物やいひよらましとおほせとうちつけにやおほさむと心は つかしくてやすらひ給命婦かとあるものにていたうみゝならさせたてまつらし と思ひけれはくもりかちに侍るめりまらうとのこむと侍りつるいとひかほにも こそいま心のとかにをみかうしまいりなむとていたうもそゝのかさてかへりた れはなか〱なるほとにてもやみぬるかなものきゝわくほとにもあらてねたう との給ふけしきおかしとおほしたりおなしくはけちかきほとのたちきゝせさせ よとの給へと心にくゝてとおもへはいてやいとかすかなるありさまに思ひきえ て心くるしけにものし給ふめるをうしろめたきさまにやといへはけにさもある 事にはかに我も人もうちとけてかたらふへき人のきはゝきはとこそあれなとあ はれにおほさるゝ人の御ほとなれはなをさやうのけしきをほのめかせとかたら ひ給ふまたちきり給へるかたやあらむいとしのひてかへりたまふうへのまめに おはしますともてなやみきこえさせ給ふこそおかしうおもふ給へらるゝおり 〱侍れかやうの御やつれすかたをいかてかは御らむしつけむときこゆれはた" }, { "vol": 6, "page": 205, "text": "ちかへりうちわらひてこと人のいはむやうにとかなあらはされそこれをあた 〱しきふるまひといはゝ女のありさまくるしからむとのたまへはあまりいろ めいたりとおほしており〱かうの給ふをはつかしと思ひてものもいはすしむ 殿のかたに人のけはひきくやうもやとおほしてやをらたちのき給ふすいかいの たゝすこしおれのこりたるかくれのかたにたちより給ふにもとよりたてるおと こありけりたれならむ心かけたるすきものありけりとおほしてかけにつきてた ちかくれ給へはとうの中将なりけりこのゆふつかたうちよりもろともにまかて 給ひけるやかて大殿にもよらす二条の院にもあらてひきわかれ給けるをいつち ならむとたゝならてわれもゆくかたあれとあとにつきてうかゝひけりあやしき むまにかりきぬすかたのないかしろにてきけれはえしりたまはぬにさすかにか うことかたにいりたまひぬれは心もえす思ひけるほとにものゝねにきゝついて たてるにかへりやいて給ふとしたまつなりけりきみはたれともえみわき給はて われとしられしとぬきあしにあゆみ給ふにふとよりてふりすてさせ給へるつら さに御をくりつかうまつりつるは" }, { "vol": 6, "page": 206, "text": "  もろともにおほうち山はいてつれといるかたみせぬいさよひのつきとうら むるもねたけれとこの君とみ給ふすこしおかしうなりぬ人のおもひよらぬ事よ とにくむ〱   さとわかぬかけをはみれとゆく月のいるさの山をたれかたつぬるかうした ひありかはいかにせさせ給はむときこえ給まことはかやうの御ありきにはすい しむからこそはかはかしきこともあるへけれをくらさせ給はてこそあらめやつ れたる御ありきはかる〱しき事もいてきなとをしかへしいさめたてまつるか うのみみつけらるゝをねたしとおほせとかのなてしこはえたつねしらぬををも きこうに御心のうちにおほしいつをの〱ちきれるかたにもあまえてえゆきわ かれ給はすひとつくるまにのりて月のおかしきほとにくもかくれたるみちのほ とふえふきあはせて大殿におはしぬさきなともをはせ給はすしのひいりて人み ぬらうに御なをしともめしてきかへ給つれなういまくるやうにて御ふえともふ きすさひておはすれはおとゝれいのきゝすくし給はてこまふえとりいて給へり いと上すにおはすれはいとおもしろうふき給御ことめしてうちにもこのかたに" }, { "vol": 6, "page": 207, "text": "心えたる人〱にひかせ給ふ中つかさのきみわさとひはゝひけと頭の君心かけ たるをもてはなれてたゝこのたまさかなる御けしきのなつかしきをはえそむき きこえぬにをのつからかくれなくて大宮なともよろしからすおほしなりたれは ものおもはしくはしたなきこゝちしてすさましけによりふしたりたえてみたて まつらぬ所にかけはなれなむもさすかに心ほそくおもひみたれたり君たちはあ りつるきむのねをおほしいてゝあはれけなりつるすまゐのさまなともやうかへ ておかしう思ひつゝけあらまし事にいとおかしうらうたき人のさてとし月をか さねゐたらむときみそめていみしう心くるしくは人にもゝてさはかるはかりや わか心もさまあしからむなとさへ中将は思ひけりこの君のかうけしきはみあり き給をまさにまてはすくし給ひてむやとなまねたうあやうかりけりそのゝちこ なたかなたよりふみなとやり給へしいつれもかへり事みえすおほつかなく心や ましきにあまりうたてもあるかなさやうなるすまひする人はもの思ひしりたる けしきはかなき木くさそらのけしきにつけてもとりなしなとして心はせをしは からるゝおり〱あらむこそあはれなるへけれをもしとてもいとかうあまりう" }, { "vol": 6, "page": 208, "text": "もれたらむは心つきなくわるひたりと中将はまいて心いられしけりれいのへた てきこえ給はぬこゝろにてしか〱のかへり事はみ給や心みにかすめたりしこ そはしたなくてやみにしかとうれふれはされはよいひよりにけるをやとほ〱ゑ まれていさみむとしも思はねはにやみるとしもなしといらへ給を人わきしける と思ふにいとねたし君はふかうしもおもはぬ事のかうなさけなきをすさましく おもひなり給にしかとかうこの中将のいひありきけるをことおほくいひなれた らむ方にそなひかむかししたりかほにてもとの事をおもひはなちたらむけしき こそうれはしかるへけれとおほして命婦をまめやかにかたらひ給おほつかなく もてはなれたる御けしきなむいと心うきすき〱しきかたにうたかひよせ給に こそあらめさりとみしかき心はへつかはぬものを人の心ののとやかなる事なく ておもはすにのみあるになむをのつからわかあやまちにもなりぬへき心のとか にておやはらからのもてあつかひうらむるもなう心やすからむ人はなか〱な むらうたかるへきをとの給へはいてやさやうにおかしきかたの御かさやとりに はえしもやとつきなけにこそみえ侍れひとへにものつゝみしひきいりたるかた" }, { "vol": 6, "page": 209, "text": "はしもありかたうものし給ふ人になむとみるありさまかたりきこゆらう〱し うかとめきたる心はなきなめりいとこめかしうおほとかならむこそらうたくは あるへけれとおほしわすれすの給ふわらはやみにわつらひ給人しれぬものをも ひのまきれも御心のいとまなきやうにてはるなつすきぬ秋のころほひしつかに おほしつゝけてかのきぬたのをともみゝにつきてきゝにくかりしさへ恋しうを ほしいてらるゝまゝにひたちの宮にはしは〱きこえ給へとなをおほつかなう のみあれはよつかす心やましうまけてはやましの御心さへそひて命婦をせめ給 いかなるやうそいとかゝる事こそまたしらねといとものしとおもひてのたまへ はいとおしと思ひてもてはなれてにけなき御事ともおもむけ侍らすたゝおほか たの御ものつゝみのわりなきにてをえさしいて給はぬとなむみ給ふるときこゆ れはそれこそはよつかぬ事なれものおもひしるましきほとひとり身をえ心にま かせぬほとこそ事はりなれなに事も思しつまり給へらむと思ふこそそこはかと なくつれ〱に心ほそうのみおほゆるをおなし心にいらへ給はむはねかひかな ふ心ちなむすへきなにやかやとよつけるすちならてそのあれたるすのこにたゝ" }, { "vol": 6, "page": 210, "text": "すまゝほしきなりいとうたて心えぬ心ちするをかの御ゆるしなくともたはかれ かし心いられしうたてあるもてなしにはよもあらしなとかたらひ給ふなを世に ある人のありさまをおほかたなるやうにてきゝあつめみゝととめ給くせのつき 給へるをさう〱しきよひゐなとはかなきついてにさる人こそとはかりきこえ いてたりしにかくわさとかましうのたまひわたれはなまわつらはしくをむな君 の御ありさまもよつかはしくよしめきなともあらぬを中〱なるみちひきにい とおしき事やみえむなむと思ひけれと君のかうまめやかにの給ふにきゝいれさ らむもひか〱しかるへしちゝみこおはしけるおりにたにふりにたるあたりと てをとなひきこゆる人もなかりけるをましていまはぬさちはくる人もあとたえ たるにかくよにめつらしき御けはひのもりにほひくるをはなま女はらなともゑ みまけてなをきこえ給へとそゝのかしたてまつれとあさましうものつゝみした まふ心にてひたふるにみもいれ給はぬなりけり命婦はさらはさりぬへからんお りにものこしにきこえ給はむほと御心につかすはさてもやみねかし又さるへき にてかりにもおはしかよはむをとかめ給へき人なしなとあためきたるはやり心" }, { "vol": 6, "page": 211, "text": "はうち思ひてちゝきみにもかゝる事なともいはさりけり八月廿よ日よひすくる まてまたるゝ月の心もとなきにほしのひかりはかりさやけくまつのこすゑふく 風のをと心ほそくていにしへの事かたりいてゝうちなきなとし給いとよきおり かなと思ひて御せうそこやきこえつらむれいのいとしのひておはしたり月やう 〱いてゝあれたるまかきのほとうとましくうちなかめ給ふにきむそゝのかさ れてほのかにかきならし給ほとけしうはあらすすこしけちかういまめきたるけ をつけはやとそみたれたる心には心もとなくおもひいたる人めしなき所なれは 心やすくいりたまふ命婦をよはせ給いましもおとろきかほにいとかたはらいた きわさかなしか〱こそおはしましたなれつねにかううらみきこえ給ふを心に かなはぬよしをのみいなひきこえ侍れはみつからことはりもきこえしらせむと の給ひわたるなりいかゝきこえかへさむなみ〱のたはやすき御ふるまひなら ねは心くるしきをものこしにてきこえ給はむ事きこしめせといへはいとはつか しと思て人にものきこえむやうもしらぬをとておくさまへゐさりいり給さまい とうゐ〱しけなりうちわらひていとわか〱しうおはしますこそ心くるしけ" }, { "vol": 6, "page": 212, "text": "れかきりなき人もおやなとおはしてあつかひうしろみきこえ給ふほとこそわか ひたまふもことはりなれかはかり心ほそき御ありさまになをよをつきせすおほ しはゝかるはつきなうこそとをしへきこゆさすかに人のいふ事はつようもいな ひぬ御心にていらへきこえてたゝきけとあらはかうしなとさしてはありなむと の給すのこなとはひむなう侍りなむをしたちてあは〱しき御心なとはよもな といとよくいひなしてふたまのきはなるさうしてつからいとつよくさして御し とねうちをきひきつくろふいとつゝましけにおほしたれとかやうの人にものい ふらむ心はへなとも夢にしり給はさりけれは命婦のかういふをあるようこそは と思ひてものし給めのとたつおい人なとはさうしにいりふしてゆふまとひした るほとなりわかき人二三人あるはよにめてられ給ふ御ありさまをゆかしきもの に思ひきこえて心けさうしあへりよろしき御そたてまつりかへつくろひきこゆ れはさうしみはなにの心けさうもなくておはすおとこはいとつきせぬ御さまを うちしのひよういし給へる御けはひいみしうなまめきてみしらむ人にこそみせ めはへあるましきわたりをあないとおしと命婦はおもへとたゝおほとかにもの" }, { "vol": 6, "page": 213, "text": "し給ふをそうしろやすうさしすきたる事はみえたてまつり給はしとおもひける わかつねにせめられたてまつるつみさりことに心くるしき人の御もの思ひやい てこむなとやすからす思ひゐたり君は人の御ほとをおほせはされくつかへるい まやうのよしはみよりはこよなうおくゆかしうとおほさるゝにいたうそゝのか されてゐさりより給へるけはひしのひやかにえひのかいとなつかしうかほりい てゝおほとかなるをされはよとおほすとしころ思ひわたるさまなといとよくの 給つゝくれとましてちかき御いらへはたえてなしわりなのわさやとうちなけき 給ふ   いくそたひ君かしゝまにまけぬらんものないひそといはぬたのみにのたま ひもすてゝよかしたまたすきくるしとの給ふ女君の御めのとこししうとてはや りかなるわか人いと心もとなうかたはらいたしと思ひてさしよりてきこゆ   かねつきてとちめむことはさすかにてこたえまうきそかつはあやなきいと わかひたるこゑのことにおもりかならぬを人つてにはあらぬやうにきこえなせ はほとよりはあまえてときゝ給へとめつらしきかなか〱くちふたかるわさか" }, { "vol": 6, "page": 214, "text": "な   いはぬをもいふにまさるとしりなからをしこめたるはくるしかりけりなに やかやとはかなき事なれとおかしきさまにもまめやかにもの給へとなにのかひ なしいとかゝるもさまかはりおもふかたことにものし給ふ人にやとねたくてや をらをしあけていりたまひにけり命婦あなうたてたゆめ給へるといとおしけれ はしらすかほにてわかかたへいにけりこのわか人ともはたよにたくひなき御あ りさまのをときゝにつみゆるしきこえておとろおとろしうもなけかれすたゝお もひもよらすにはかにてさる御心もなきをそ思ひけるさうしみはたゝわれにも あらすはつかしくつゝましきよりほかの事またなけれはいまはかゝるそあはれ なるかしまたよなれぬ人うちかしつかれたるとみゆるし給ふものから心えすな まいとおしとおほゆる御さまなりなに事につけてかは御心のとまらむうちうめ かれてよふかういて給ひぬ命婦はいかならむとめさめてきゝふせりけれとしり かほならしとて御をくりにともこはつくらす君もやをらしのひていて給にけり 二条の院におはしてうちふし給ひてもなを思ふにかなひかたきよにこそとおほ" }, { "vol": 6, "page": 215, "text": "しつゝけてかるらかならぬ人の御ほとを心くるしとそおほしける思ひみたれて おはするに頭中将おはしてこよなき御あさいかなゆへあらむかしとこそ思ひ給 へらるれといへはおきあかり給て心やすきひとりねのとこにてゆるひにけりや うちよりかとの給へはしかまかて侍るまゝなりすさく院の行幸けふなむかく人 まひ人さためらるへきよしよへうけたまはりしをおとゝにもつたへ申さむとて なむまかて侍るやかてかへりまいりぬへう侍りといそかしけなれはさらはもろ ともにとて御かゆこはいひめしてまらうとにもまいり給てひきつゝけたれとひ とつにたてまつりてなをいとねふたけなりととかめいてつゝかくい給事おほか りとそうらみきこえ給ふことともおほくさためらるる日にてうちにさふらひく らし給つかしこにはふみをたにといとをしくおほしいてゝゆふつかたそありけ る雨ふりいてゝ所せくもあるにかさやとりせむとはたおほされすやありけむか しこにはまつほとすきて命婦もいといとをしき御さまかなと心うくおもひけり さうしみは御心のうちにはつかしう思ひ給てけさの御ふみのくれぬれとなか 〱とかとも思ひわき給はさりけり" }, { "vol": 6, "page": 216, "text": "  ゆふきりのはるゝけしきもまたみぬにいふせさそふるよひのあめかなくも ままちいてむほといかに心もとなうとありおはしますましき御けしきを人〱 むねつふれておもへとなをきこえさせ給へとそゝのかしあへれといとゝおもひ みたれ給へるほとにてえかたのやうにもつゝけたまはねはよふけぬとてししう それいのをしへきこゆる   はれぬよの月まつさとをおもひやれおなし心になかめせすともくち〱に せめられてむらさきのかみのとしへにけれははひをくれふるめいたるにてはさ すかにもしつよう中さたのすちにてかみしもひとしくかい給へりみるかひなう うちをき給ふいかにをもふらんと思ひやるもやすからすかゝることをくやしな とはいふにやあらむさりとていかゝはせむわれはさりとも心なかくみはてゝむ とおほしなす御心をしらねはかしこにはいみしうそなけい給けるおとゝ夜にい りてまかて給にひかれたてまつりて大殿にをはしましぬ行幸のことをけふあり とおもほして君たちあつまりての給ひをの〱まひともならひ給ふをそのころ の事にてすきゆくものゝねともつねよりもみゝかしかましくてかた〱いとみ" }, { "vol": 6, "page": 217, "text": "つゝれゐの御あそひならす大ひちりきさくはちのふえなとのおほこゑをふきあ けつゝたいこをさへかうらむのもとにまろはしよせててつからうちならしあそ ひおはさふす御いとまなきやうにてせちにおほす所はかりにこそぬすまはれ給 へれかのわたりにはいとをほつかなくてあきくれはてぬなをたのみこしかひな くてすきゆく行幸ちかくなりてしかくなとのゝしるころそ命婦はまいれるいか にそなととひたまいていとをしとはおほしたりありさまきこえていとかうもて はなれたる御心はえはみたまふる人さへ心くるしくなとなきぬはかりおもへり 心にくゝもてなしてやみなむとおもへりし事をくたいてける心もなくこの人の おもふらむをさへおほすさうしみのものはいはておほしうつもれ給らむさまお もひやり給ふもいとおしけれはいとまなきほとそやわりなしとうちなけい給て ものおもひしらぬやうなる心さまをこらさむと思ふそかしとほゝゑみ給へるわ かううつくしけなれはわれもうちゑまるゝ心ちしてわりなの人にうらみられ給 ふ御よはひやおもひやりすくなう御心のまゝならむもことはりとおもふこの御 いそきのほとすくしてそ時〱おはしけるかのむらさきのゆかりたつねとり給" }, { "vol": 6, "page": 218, "text": "ひてそのうつくしみに心いり給ひて六条わたりにたにかれまさりたまふめれは ましてあれたるやとはあはれにおほしをこたらすなからものうきそわりなかり けると所せき御ものはちをみあらはさむの御心もことになうてすきゆくをまた うちかへしみまさりするやうもありかしてさくりのたとたとしきにあやしう心 えぬ事もあるにやみてしかなとおもほせとけさやかにとりなさむもまはゆしう ちとけたるよひゐのほとやをらいり給ひてかうしのはさまよりみ給ひけりされ とみつからはみえ給へくもあらすき丁なといたくそこなはれたるものからとし へにけるたちとかはらすおしやりなとみたれねは心もとなくてこたち四五人ゐ たり御たいひそくやうのもろこしのものなれとひとわろきになにのくさはひも なくあはれけなるまかてゝ人〱くふすみのまはかりにそいとさむけなる女は らしろききぬのいひしらすすゝけたるにきたなけなるしひらひきゆひつけたる こしつきかたくなしけなりさすかにくしをしたれてさしたるひたいつきないけ うはう内侍所のほとにかゝるものともあるはやとおかしかけても人のあたりに ちかうふるまふものともしりたまはさりけりあはれさもさむきとしかないのち" }, { "vol": 6, "page": 219, "text": "なかけれはかゝる世にもあふものなりけりとてうちなくもありこ宮をはしまし し世をなとてからしと思ひけむかくたのみなくてもすくるものなりけりとてと ひたちぬへくふるふもありさま〱に人わろき事ともをうれへあへるをきゝ給 もかたはらいたけれはたちのきてたゝいまおはするやうにてうちたゝき給ふそ ゝやなといひて火とりなをしかうしはなちていれたてまつるしゝうはさい院に まいりかよふわか人にてこのころはなかりけりいよ〱あやしうひなひたるか きりにてみならはぬ心ちそするいとゝうれふなりつるゆきかきたれいみしうふ りけり空のけしきはけしうかせふきあれておほとなふらきえにけるをともしつ くる人もなしかのものにをそはれしおりおほしいてられてあれたるさまはおと らさめるをほとのせはう人けのすこしあるなとになくさめたれとすこううたて いさとき心ちする夜のさまなりおかしうもあはれにもやうかへて心とまりぬへ きありさまをいとむもれすくよかにてなにのはへなきをそくちをしうおほすか らうしてあけぬるけしきなれはかうしてつからあけ給てまへのせむさいのゆき をみたまふふみあけたるあともなくはる〱とあれわたりていみしうさひしけ" }, { "vol": 6, "page": 220, "text": "なるにふりいてゝゆかむ事もあはれにておかしきほとの空もみ給へつきせぬ御 心のへたてこそわりなけれとうらみきこえ給ふまたほのくらけれとゆきのひか りにいとゝきよらにわかうみえ給ふをおい人ともゑみさかへてみたてまつるは やいてさせ給へあちきなし心うつくしきこそなとをしへきこゆれはさすかに人 のきこゆる事をえいなひ給はぬ御心にてとかうひきつくろいてゐさりいて給へ りみぬやうにてとのかたをなかめ給へれとしりめはたゝならすいかにそうちと けまさりのいさゝかもあらはうれしからむとおほすもあなかちなる御心なりや まつゐたけのたかくをせなかにみえ給ふにされはよとむねつふれぬうちつきて あなかたわとみゆるものははななりけりふとめそとまるふけむほさつのゝりも のとおほゆあさましうたかうのひらかにさきのかたすこしたりていろつきたる 事ことのほかにうたてありいろはゆきはつかしくしろうてさおにひたひつきこ よなうはれたるになをしもかちなるおもやうはおほかたおとろおとろしうなか きなるへしやせたまへる事いとをしけにさらほひてかたのほとなとはいたけな るまてきぬのうへまてみゆなににのこりなうみあらはしつらむと思ものからめ" }, { "vol": 6, "page": 221, "text": "つらしきさまのしたれはさすかにうちみやられ給ふかしらつきかみのかゝりは しもうつくしけにめてたしとおもひきこゆる人〱にもおさ〱おとるましう うちきのすそにたまりてひかれたるほと一尺はかりあまりたらむとみゆきたま へるものともをさへいひたつるもものいひさかなきやうなれとむかしものかた りにも人の御さうそくをこそまついひためれゆるしいろのわりなううはしらみ たるひとかさねなこりなうくろきうちきかさねてうはきにはふるきのかはきぬ いときよらにかうはしきをき給へりこたいのゆへつきたる御さうそくなれとな をわかやかなる女の御よそひにはにけなうおとろおとろしき事いともてはやさ れたりされとけにこのかはなうてはたさむからましとみゆる御かほさまなるを 心くるしとみ給ふなに事もいはれ給はすわれさへくちとちたる心ちしたまへと れいのしゝまも心みむととかうきこえ給ふにいたうはちらひてくちおほひした まへるさへひなひふるめかしうことことしくきしき官のねりいてたるひちもち おほえてさすかにうちゑみ給へるけしきはしたなうすゝろひたりいとをしくあ はれにていとゝいそきいて給ふたのもしき人なき御ありさまをみそめたる人に" }, { "vol": 6, "page": 222, "text": "はうとからす思ひむつひ給はむこそほいある心ちすへけれゆるしなき御けしき なれはつらうなとことつけて   あさひさすのきのたるひはとけなからなとかつららのむすほゝるらむとの 給へとたたむくとうちわらひていとくちをもけなるもいとおしけれはいて給ひ ぬ御車よせたる中もむのいといたうゆかみよろほひてよめにこそしるきなから もよろつかくろへたる事おほかりけれいとあはれにさひしくあれまとへるにま つのゆきのみあたゝかけにふりつめる山さとの心ちしてものあはれなるをかの 人〱のいひしむくらのかとはかうやうなる所なりけむかしけに心くるしくら うたけならん人をこゝにすゑてうしろめたう恋しとおもはゝやあるましきもの おもひはそれにまきれなむかしとおもふやうなるすみかにあはぬ御ありさまは とるへきかたなしと思ひなからわれならぬ人はましてみしのひてむやわかかう てみなれけるはこみこのうしろめたしとたくへをきたまひけむたましひのしる へなめりとそおほさるゝたち花の木のうつもれたるみすいしむめしてはらはせ たまふうらやみかほにまつのきのをのれおきかへりてさとこほるゝゆきもなに" }, { "vol": 6, "page": 223, "text": "たつすゑのとみゆるなとをいとふかゝらすともなたらかなるほとにあひしらは む人もかなとみ給御車いつへきかとはまたあけさりけれはかきのあつかりたつ ねいてたれはおきなのいといみしきそいてきたるむすめにやむまこにやはした なるおほきさの女のきぬはゆきにあひてすゝけまとひさむしと思へるけしきふ かうてあやしきものに火をたゝほのかにいれてそてくゝみにもたりおきなかと をえあけやらねはよりてひきたすくるいとかたくなゝり御ともの人よりてそあ けつる   ふりにけるかしらの雪をみるひともおとらすぬらすあさのそてかなわかき ものはかたちかくれすとうちすし給ひても花の色にいてゝいとさむしとみえつ る御をもかけふとおもひいてられてほゝゑまれたまふ頭中将にこれをみせたら むときいかなる事をよそへいはむつねにうかゝひくれはいまみつけられなむと すへなうおほす世のつねなるほとのことなる事なさならはおもひすてゝもやみ ぬへきをさたかにみたまひてのちは中〱あはれにいみしくてまめやかなるさ まにつねにをとつれ給ふるきのかはならぬきぬあやわたなとおい人とものきる" }, { "vol": 6, "page": 224, "text": "へきものゝたくひかのおきなのためまてかみしもおほしやりてたてまつり給ふ かやうのまめやか事もはつかしけならぬを心やすくさるかたのうしろみにては くゝまむとおもほしとりてさまことにさならぬうちとけわさもし給けりかのう つせみのうちとけたりしよひのそはめにはいとわろかりしかたちさまなれとも てなしにかくされてくちおしうはあらさりきかしおとるへきほとの人なりやは けにしなにもよらぬわさなりけり心はせのなたらかにねたけなりしをまけてや みにしかなとものゝおりことにはおほしいつとしもくれぬ内のとのゐ所におは しますにたいふの命婦まいれり御けつりくしなとにはけさうたつすちなく心や すきものゝさすかにの給たはふれなとしてつかひならし給へれはめしなき時も きこゆへき事あるおりはまうのほりけりあやしき事の侍をきこえさせさらむも ひか〱しうおもひ給へわつらひてとほゝゑみてきこえやらぬをなにさまの事 そわれにはつゝむ事あらしとなむおもふとの給へはいかかはみつからのうれへ はかしこくともまつこそはこれはいときこえさせにくゝなむといたうことこめ たれはれいのえむなるとにくみ給かの宮より侍る御ふみとてとりいてたりまし" }, { "vol": 6, "page": 225, "text": "てこれはとりかくすへき事かはとてとり給ふもむねつふるみちのくにかみのあ つこえたるににほひはかりはふかうしめ給へりいとようかきおほせたりうたも   からころも君かこゝろのつらけれはたもとはかくそそほちつゝのみ心えす うちかたふき給へるにつゝみにころもはこのおもりかにこたいなるうちをきて をしいてたりこれをいかてかはかたはらいたく思ひ給へさらむされとついたち の御よそひとてわさと侍めるをはしたなうはえかへし侍らすひとりひきこめ侍 らむも人の御心たかひ侍へけれは御らむせさせてこそはときこゆれはひきこめ られなむはからかりなましそてまきほさむ人もなき身にいとうれしき心さしに こそはとの給ひてことにものいはれ給はすさてもあさましのくちつきやこれこ そはてつからの御事のかきりなめれ侍従こそとりなをすへかめれまたふてのし りとるはかせそなかへきといふかひなくおほす心をつくしてよみいて給つらむ ほとをおほすにいともかしこきかたとはこれをもいふへかりけりとほゝゑみて み給ふを命婦おもてあかみてみたてまつるいまやういろのえゆるすましくつや なうふるめきたるなおしのうらうへひとしうこまやかなるいとなを〱しうつ" }, { "vol": 6, "page": 226, "text": "ま〱そみえたるあさましとおほすにこのふみをひろけなからはしにてならひ すさひ給ふをそはめにみれは   なつかしき色ともなしになにゝこのすゑつむ花をそてにふれけむ色こきは なとみしかともなとかきけかし給ふ花のとかめをなをあるやうあらむとおもひ あはするおり〱の月かけなとをいとおしきものからをかしうおもひなりぬ   くれなゐのひと花ころもうすくともひたすらくたすなをしたてすは心くる しのよやといといたうなれてひとりこつをよきにはあらねとかうやうのかいな てにたにあらましかはとかへす〱くちをし人のほとの心くるしきになのくち なむはさすかなりひとひとまいれはとりかくさむやかゝるわさは人のするもの にやあらむとうちうめき給ふなにゝこらむせさせつらむわれさへ心なきやうに といとはつかしくてやをらおりぬ又の日うへにさふらへはたいはむ所にさしの そき給てくはやきのふのかへり事あやしく心はみすくさるゝとてなけ給へり女 はうたちなに事ならむとゆかしかるたゝ梅の花の色のことみかさの山のをとめ をはすてゝとうたひすさひていて給ひぬるを命婦はいとおかしとおもふ心しら" }, { "vol": 6, "page": 227, "text": "ぬ人〱はなそ御ひとりゑみはととかめあへりあらすさむきしもあさにかいね りこのめる花のいろあひやみえつらむ御つゝしりうたのいとおしきといへはあ なかちなる御事かなこのなかにはにほへる花もなかめりさこむの命婦ひこのう ねへやましらひつらむなと心もえすいひしろふ御かへりたてまつりたれは宮に は女はうつとひてみめてけり   あはぬよをへたつるなかのころもてにかさねていとゝみもしみよとやしろ きかみにすてかひ給へるしもそなか〱おかしけなるつこもりの日ゆふつかた かの御ころもはこに御れうとて人のたてまつれる御そひとくたりえひそめのを りものゝ御そ又やまふきかなにそいろ〱みえて命婦そたてまつりたるありし いろあひをわろしとやみたまひけんと思ひしらるれとかれはたくれなゐのおも 〱しかりしをやさりともきえしとねひ人ともはさたむる御うたもこれよりの はことはりきこえてしたゝかにこそあれ御かへりはたゝおかしきかたにこそな とくち〱にいふひめ君もおほろけならてしいて給つるわさなれはものにかき つけてをき給へりけりついたちのほとすきてことしおとこたうかあるへけれは" }, { "vol": 6, "page": 228, "text": "れいの所〱あそひのゝしり給ふにものさはかしけれとさひしき所のあはれに をほしやらるれはなぬかの日のせちゑはてゝ夜にいりて御せむよりまかて給ひ けるを御とのゐ所にやかてとまり給ぬるやうにてよふかしておはしたりれいの ありさまよりはけはひうちそよめきよついたり君もすこしたをやき給へるけし きもてつけたまへりいかにそあらためてひきかへたらむときとそおほしつゝけ らるゝ日さしいつるほとにやすらひなしていて給ふひむかしのつまとをしあけ たれはむかひたるらうのうへもなくあはれたれはひのあしほとなくさしいりて ゆきすこしふりたるひかりにいとけさやかにみいれらる御なをしなとたてまつ るをみいたしてすこしさしいてゝかたはらふし給つるかしらつきこほれいてた るほといとめてたしおひなをりをみいてたらむ時とおほされてかうしひきあけ 給へりいとおしかりしものこりにあけもはて給はてけうそくををしよせてうち かけて御ひくきのしとけなきをつくろひ給ふわりなうふるめきたるきやうたい のからくしけかゝけのはこなととりいてたりさすかにおとこの御くさへほの 〱あるをされておかしとみ給ふ女の御さうそくけふはよつきたりとみゆるは" }, { "vol": 6, "page": 229, "text": "ありしはこの心はをさなからなりけりさもおほしよらすけふあるもむつきてし るきうはきはかりそあやしとおほしけることしたにこゑすこしきかせたまへか しまたるゝものはさしをかれて御けしきのあらたまらむなむゆかしきとの給へ はさへつるはるはとからうしてわなゝかしいてたりさりやとしへぬるしるしよ とうちわらひ給て夢かとそみるとうちすしていて給ふをみをくりてそひふし給 へりくちおほひのそはめよりなをかのすゑつむ花いとにほひやかにさしいてた りみくるしのわさやとおほさる二条の院におはしたれはむらさきの君いともう つくしきかたおひにてくれなゐはかうなつかしきもありけりとみゆるにむもん のさくらのほそなかなよらかにきなしてなに心もなくてものし給ふさまいみし うらうたしこたいのをは君の御なこりにてはくろめもまたしかりけるをひきつ くろはせ給へれはまゆのけさやかになりたるもうつくしうきよらなり心からな とかかううき世をみあつかふらむかく心くるしきものをもみてゐたらてとおほ しつゝれいのもろともにひいなあそひし給ゑなとかきて色とり給よろつにおか しうすさひちらし給けりわれもかきそへ給ふかみいとなかき女をかき給ひては" }, { "vol": 6, "page": 230, "text": "なにへにをつけてみ給ふにかたにかきてもみまうきさましたりわか御かけのき やうたいにうつれるかいときよらなるをみ給ひててつからこのあかはなをかき つけにほはしてみ給ふにかくよきかほたにさてましれらむはみくるしかるへか りけりひめ君みていみしくわらひ給まろかかくかたはになりなむときいかなら むとのたまへはうたてこそあらめとてさもやしみつかむとあやうく思ひ給へり そらのこひをしてさらにこそしろまねようなきすさひわさなりやうちにいかに の給はむとすらむといとまめやかにの給をいと〱おしとおほしてよりてのこ ひ給へはへいちうかやうに色とりそへ給なあかゝらむはあえなむとたはふれ給 さまいとおかしきいもせとみえ給へりひのいとうらゝかなるにいつしかとかす みはたれるこすゑともの心もとなき中にもむめはけしきはみほゝゑみわたれる とりわきてみゆはしかくしのもとのこうはいゝとゝくさく花にて色つきにけり   くれなゐのはなそあやなくうとまるゝ梅のたちえはなつかしけれといてや とあいなくうちうめかれ給ふかゝる人〱のすゑすゑいかなりけむ" }, { "vol": 7, "page": 237, "text": "朱雀院の行幸は神な月の十日あまりなりよのつねならすおもしろかるへきたひ の事なりけれは御かた〱ものみたまはぬ事をくちおしかり給うへも藤つほの み給はさらむをあかすおほさるれはしかくを御前にてせさせ給ふ源氏中将はせ いかいはをそまひたまひけるかたてには大とのゝとふの中将かたちようい人に はことなるをたちならひてはなを花のかたはらのみやま木なり入かたのひかけ さやかにさしたるにかくのこゑまさりものゝおもしろきほとにおなしまひのあ しふみおもゝちよにみえぬさまなりゑいなとし給へるはこれやほとけの御かれ うひんかのこゑならむときこゆおもしろくあはれなるにみかとなみたをのこひ 給ひかむたちめみこたちもみななきたまひぬゑいはてゝそてうちなをしたまへ るにまちとりたるかくのにきはゝしきにかほのいろあひまさりてつねよりもひ かるとみえ給春宮の女御かくめてたきにつけてもたたならすおほして神なとそ らにめてつへきかたちかなうたてゆゝしとの給をわかき女房なとは心うしとみ ゝとゝめけり藤つほはおほけなき心のなからましかはましてめてたくみえまし とおほすに夢の心ちなむし給ひける宮はやかて御とのゐなりけるけふのしかく" }, { "vol": 7, "page": 238, "text": "はせいかいはに事みなつきぬないかゝみ給ひつるときこえ給へはあいなう御い らへきこえにくゝてことに侍つとはかりきこえたまふかたてもけしうはあらす こそみえつれまひのさまてつかひなむいゑのこはことなるこの世に名をえたる まひのをのこともゝけにいとかしこけれとこゝしうなまめいたるすちをえなむ みせぬこゝろみの日かくつくしつれはもみちのかけやさう〱しくと思へとみ せたてまつらんの心にてよふいせさせつるなときこえたまふつとめて中将の君 いかに御らむしけむよにしらぬみたりこゝちなからこそ   ものおもふにたちまふへくもあらぬみのそてうちふりし心しりきやあなか しことある御返めもあやなりし御さまかたちにみ給ひしのはれすやありけむ   から人のそてふることはとをけれとたちゐにつけてあはれとはみき大かた にはとあるをかきりなふめつらしうかやうのかたさへたと〱しからす人のみ かとまておもほしやれる御きさきことはのかねてもとほゝゑまれてち経のやう にひきひろけてみいたまへり行幸にはみこたちなとよにのこる人なくつかうま つり給へり春宮もおはしますれいのかくのふねともこきめくりてもろこしこま" }, { "vol": 7, "page": 239, "text": "とつくしたるまひともくさおほかりかくのこゑつゝみのをとよをひゝかすひと ひの源氏の御ゆふかけゆゝしうおほされてみす経なと所〱にせさせ給ふをき く人もことはりとあはれかりきこゆるにとうくうの女御はあなかちなりとにく みきこえ給ふかいしろなと殿上人地下も心ことなりとよ人におもはれたるいう そくのかきりとゝのへさせ給へりさい将ふたり左衛門督右衛門督ひたりみきの かくのことをこなふまひの師ともなと世になへてならぬをとりつゝをの〱こ もりゐてなむならひけるこたかきもみちのかけに四十人のかいしろいひしらす ふきたてたるものゝねともにあひたるまつ風まことのみ山をろしときこえて吹 まよひ色〻にちりかふこのはの中よりせいかひはのかゝやきいてたるさまいと おそろしきまてみゆかさしのもみちいたうちりすきてかほのにほひにけおされ たる心ちすれはおまへなる菊を折て左大将さしかへ給日暮かゝるほとにけしき はかりうちしくれて空のけしきさへみしりかほなるにさるいみしきすかたに菊 の色〻うつろひえならぬをかさしてけふはまたなきてをつくしたるいりあやの ほとそゝろさむくこのよの事ともおほえすものみしるましきしも人なとのこの" }, { "vol": 7, "page": 240, "text": "もといはかくれ山のこのはにうつもれたるさへすこしものゝ心しるはなみたお としけり承香殿の御はらの四のみこまたわらはにて秋風楽まひ給へるなむさし つきのみものなりけるこれらにおもしろさのつきにけれはこと事にめもうつら すかへりてはことさましにやありけむ其夜源氏の中将正三位し給頭中将正下の かゝいし給かむたちめはみなさるへきかきりよろこひし給もこの君にひかれ給 へるなれは人の目をもおとろかし心をもよろこはせ給むかしの世ゆかしけなり 宮はそのころまかて給ぬれはれいのひまもやとうかゝひありき給をことにてお ほいとのにはさはかれ給ふいとゝかのわか草たつねとり給ひてしを二条院には 人むかへ給ふなりと人のきこえけれはいとこゝろつきなしとおほいたりうち 〱のありさまはしり給はすさもおほさむはことはりなれと心うつくしくれい の人のやうにうらみの給はゝわれもうらなくうちかたりてなくさめきこえてん ものをおもはすにのみとりない給心つきなさにさもあるましきすさひこともい てくるそかし人の御ありさまのかたほにその事のあかぬとおほゆるきすもなし 人よりさきにみたてまつりそめてしかはあはれにやむことなくおもひきこゆる" }, { "vol": 7, "page": 241, "text": "こゝろをも知給はぬほとこそあらめつゐにはおほしなをされなむとおたしくか る〱しからぬ御心のほともをのつからとたのまるゝかたはことなりけりおさ なき人はみついたまふまゝにいとよき心さまかたちにてなに心もなくむつれま とはしきこえ給しはしとのゝうちの人にもたれとしらせしとおほしてなをはな れたるたいに御しつらひになくしてわれもあけ暮いりおはしてよろつの御事と もをゝしへきこえ給いてほんかきてならはせなとしつゝたゝほかなりける御む すめをむかへ給へらむやうにそおほしたるまむ所けいしなとをはしめことにわ かちてこゝろもとなからすつかうまつらせ給ふこれみつよりほかの人はおほつ かなくのみおもひきこえたりかのちゝみやもえしりきこえ給はさりけりひめ君 はなをとき〱思ひいてきこえ給ときあま君をこひきこえ給おりおほかりきみ のおはするほとはまきらはし給をよるなとは時〱こそとまりたまへこゝかし この御いとまなくてくるれはいて給をしたひきこえ給おりなとあるをいとらう たくおもひきこえ給へり二三日うちにさふらひおほとのにもおはするおりはい といたくくしなとしたまへは心くるしうてはゝなきこもたらむ心ちしてありき" }, { "vol": 7, "page": 242, "text": "もしつ心なくおほえ給そうつはかくなむときゝ給てあやしきものからうれしと なむおもほしけるかの御法事なとし給ふにもいかめしうとふらひきこえ給へり 藤つほのまかてたまへる三条の宮に御あり様もゆかしうてまいり給へれは命婦 中納言君中務なとやうの人〻たいめしたりけさやかにももてなし給かなとやす からすおもへとしつめておほかたの御物かたりきこえ給ふほとに兵部卿宮まい り給へりこの君おはすときゝ給てたいめし給へりいとよしあるさまして色めか しうなよひたまへるを女にてみむはおかしかりぬへく人しれすみたてまつり給 にもかた〱むつましくおほえ給てこまやかに御物かたりなときこえ給宮も此 御さまのつねよりもことになつかしううちとけ給へるをいとめてたしとみたて まつりたまひてむこになとはおほしよらて女にてみはやといろめきたる御心に はおもほすくれぬれはみすの内に入給をうらやましくむかしはうへの御もてな しにいとけちかく人つてならてものをもきこえたまひしをこよなううとみ給へ るもつらうおほゆるそわりなきやしは〱もさふらふへけれとことそと侍らぬ ほとはをのつからおこたり侍をさるへき事なとはおほせ事も侍らむこそうれし" }, { "vol": 7, "page": 243, "text": "くなとすく〱しうていて給ひぬ命婦もたはかりきこえむかたなく宮の御けし きもありしよりはいとゝうきふしにおほしをきて心とけぬ御けしきもはつかし くいとをしけれはなにのしるしもなくて過行はかなのちきりやとおほしみたる ゝ事かたみにつきせす少納言はおほえすおかしきよをみるかなこれもこあまう へのこの御事をおほして御をこないにもいのりきこえ給しほとけの御しるしに やとおほゆおほいとのいとやむ事なくておはしますこゝかしこあまたかゝつら ひたまふをそまことにおとなひ給はむほとはむつかしき事もやとおほえけるさ れとかくとりわき給へる御おほえの程はいとたのもしけなりかし御ふくはゝか たは三月こそはとてつこもりにはぬかせたてまつり給ふをまたおやもなくてお ひいて給しかはまはゆき色にはあらてくれなゐむらさき山ふきのちのかきりを れる御こうちきなとをきたまへるさまいみしういまめかしくおかしけなりおと こ君はてうはいにまいり給とてさしのそき給へりけふよりはおとなしくなり給 へりやとてうちゑみ給へるいとめてたうあひ行つき給へりいつしかひゐなをし すゑてそゝきゐたまへる三尺のみつしひとよろひにしな〱しつらひすへて又" }, { "vol": 7, "page": 244, "text": "ちひさきやともつくりあつめてたてまつり給へるを所せきまてあそひひろけた まへりなやらふとていぬきかこれをこほち侍にけれはつくろひ侍そとていと大 事とおほいたりけにいと心なき人のしわさにも侍なるかないまつくろはせ侍ら むけふはこといみしてなゝひたまひそとていて給けしき所せきを人〻はしにい てゝみたてまつれはひめ君もたちいてゝみたてまつり給てひゝなの中の源しの 君つくろひたてゝうちにまいらせなとし給ことしたにすこしおとなひさせ給へ とおにあまりぬる人はひゝなあそひはいみ侍ものをかく御おとこなとまうけた てまつり給てはあるへかしうしめやかにてこそみえたてまつらせ給はめ御くし まいるほとをたにものうくせさせ給なと少納言きこゆ御あそひにのみ心いれ給 へれははつかしとおもはせたてまつらむとていへは心のうちに我はさはおとこ まうけてけりこの人〻のおとことてあるはみにくゝこそあれわれはかくおかし けにわかき人をもゝたりけるかなと今そおもほししりけるさはいへと御としの 数そふしるしなめりかしかくおさなき御けはひのことにふれてしるけるはとの ゝうちの人〻もあやしと思ひけれといとかうよつかぬ御そひふしならむとはお" }, { "vol": 7, "page": 245, "text": "もはさりけりうちより大殿にまかてたまへれはれひのうるはしうよそほしき御 さまにて心うつくしき御けしきもなくくるしけれはことしよりたにすこしよつ きてあらため給御心みえはいかにうれしからむなときこえたまへとわさと人す ゑてかしつき給ときき給しよりはやむ事なくおほしさためたる事にこそはとこ ゝろのみをかれていとゝうとくはつかしくおほさるへししひてみしらぬやうに もてなしてみたれたる御けはひにはえしも心つよからす御いらへなとうちきこ え給へるはなを人よりはいとことなりよとせはかりかこのかみにおはすれはう ちすくしはつかしけにさかりにとゝのほりてみえ給なに事かはこの人のあかぬ 所はものし給わか心のあまりけしからぬすさひにかくうらみられたてまつるそ かしとおほししらるおなし大臣ときこゆるなかにもおほえやむ事なくおはする か宮はらにひとりいつきかしつき給御心をこりいとこよなくてすこしもをろか なるをはめさましとおもひきこえ給へるをおとこ君はなとかいとさしもとなら はい給御心のへたてともなるへしおとゝもかくたのもしけなき御心をつらしと おもひきこえ給なからみたてまつり給時はうらみもわすれてかしつきいとなみ" }, { "vol": 7, "page": 246, "text": "きこえ給ふつとめていて給ふ所にさしのそき給て御さうそくし給ふになたかき 御をひ御てつからもたせてわたり給て御そのうしろひきつくろひなと御くつを とらぬはかりにし給いとあはれなりこれはないえむなといふ事も侍なるをさや うのおりにこそなときこえ給へはそれはまされるも侍りこれはたゝめなれぬさ まなれはなむとてしひてさゝせたてまつり給けによろつにかしつきたてゝみた てまつり給ふにいけるかひありたまさかにてもかゝらん人をいたしいれてみん にますことあらしとみえ給さむさしにとてもあまた所もありき給はす内春宮一 院はかりさては藤つほの三条の宮にそまいり給へるけふはまたことにもみえた まふかなねひ給まゝにゆゝしきまてなりまさり給ふ御有さまかなと人〻めてき こゆるを宮き丁のひまよりほのみ給ふにつけてもおもほす事しけかりけりこの 御事のしはすもすきにしか心もとなきにこの月はさりともと宮人もまちきこえ 内にもさる御心まうけともありつれなくてたちぬ御ものゝけにやとよ人もきこ えさはくを宮いとわひしうこの事によりみのいたつらになりぬへき事とおほし なけくに御心ちもいとくるしくてなやみ給中将の君はいとゝおもひあはせてみ" }, { "vol": 7, "page": 247, "text": "すほうなとさとはなくて所〱にせさせたまふ世の中のさためなきにつけても かくはかなくてややみなむととりあつめてなけき給ふに二月十よ日のほとにお とこみこむまれ給ひぬれはなこりなくうちにも宮人もよろこひきこえ給いのち なかくもとおもほすは心うけれとこうきてんなとのうけはしけにのたまふとき ゝしをむなしくきゝなし給はましは人はらはれにやとおほしつよりてなむやう 〱すこしつゝさはやい給けるうへのいつしかとゆかしけにおほしめしたる事 かきりなしかの人しれぬ御心にもいみしう心もとなくて人まにまいり給てうへ のおほつかなかりきこえさせ給をまつみたてまつりてくはしくそうし侍らむと きこえ給へとむつかしけなるほとなれはとてみせたてまつり給はぬもことはり なりさるはいとあさましうめつらかなるまてうつしとり給へるさまたかふへく もあらす宮の御心のおにゝいとくるしく人のみたてまつるもあやしかりつるほ とのあやまりをまさに人のおもひとかめしやさらぬはかなき事をたにきすをも とむる世にいかなる名のつゐにもりいつへきにかとおほしつつくるに身のみそ いと心うき命婦の君にたまさかにあひ給ていみしき事ともをつくし給へとなに" }, { "vol": 7, "page": 248, "text": "のかひあるへきにもあらすわか宮の御事をわりなくおほつかなかりきこえ給へ はなとかうしもあなかちにのたまはすらむ今をのつからみたてまつらせ給ひて むときこえなからおもへるけしきかたみにたゝならすかたはらいたき事なれは まほにもえのたまはていかならむよに人つてならてきこえさせむとてない給さ まそ心くるしき   いかさまにむかしむすへるちきりにてこのよにかかる中のへたてそかゝる 事こそこゝろへかたけれとの給命婦も宮のおもほしたるさまなとをみたてまつ るにえはしたなふもさしはなちきこえす   みてもおもふみぬはたいかになけくらむこやよの人のまとふてふやみあは れに心ゆるひなき御事ともかなとしのひてきこえけりかくのみいひやるかたな くてかへり給ものから人のものいひもはつらはしきをわりなき事にのたまはせ おほして命婦をもむかしおほひたりしやうにもうちとけむつひ給はす人めたつ ましくなたらかにもてなし給ものから心つきなしとおほすときも有へきをいと はひしく思ひのほかになる心ちすへし四月にうちへまいり給ふほとよりはおほ" }, { "vol": 7, "page": 249, "text": "きにおよすけ給てやう〱おきかへりなとし給あさましきまてまきれところな き御かほつきをおほしよらぬ事にしあれはまたならひなきとちはけにかよひ給 へるにこそはとおもほしけりいみしうおもほしかしつく事かきりなし源しの君 をかきりなきものにおほしめしなからよの人のゆるしきこゆましかりしにより てはうにもすゑたてまつらすなりにしをあかすくちおしうたゝ人にてかたしけ なき御ありさまかたちにねひもておはするを御らむするまゝに心くるしくおほ しめすをかうやむ事なき御はらにおなしひかりにてさしいて給へれはきすなき たまとおほしかしつくに宮はいかなるにつけてもむねのひまなくやすからすも のをおもほすれいの中将の君こなたにて御あそひなとし給にいたきいてたてま つらせ給てみこたちあまたあれとそこをのみなむかゝる程よりあけ暮みしされ はおもひわたさるゝにやあらむいとよくこそおほえたれいとちいさきほとはみ なかくのみあるわさにやあらむとていみしくうつくしと思ひきこえさせ給へり 中将の君おもての色かはる心ちしておそろしうもかたしけなくもうれしくもあ はれにもかた〱うつろふ心ちしてなみたおちぬへし物かたりなとしてうちゑ" }, { "vol": 7, "page": 250, "text": "み給へるかいとゆゝしううつくしきに我身なからこれににたらむはいみしうい たはしうおほえ給そあなかちなるや宮はわりなくかたはらいたきにあせもなか れてそおはしける中将は中〱なる心ちのみたるやうなれはまかて給ぬわか御 かたにふし給てむねのやる方なきほとすくして大いとのへとおほすおまへのせ むさいのなにとなくあをみわたれる中にとこ夏の花やかにさきいてたるをおら せ給て命婦の君のもとにかき給事おほかるへし   よそへつゝみるに心はなくさまて露けさまさるなてしこの花はなにさかな んとおもひたまへしもかひなきよに侍りけれはとありさりぬへきひまにやあり けむ御らむせさせてたゝちりはかりこの花ひらにときこゆるをわか御心にもも のいとあはれにおほししらるゝほとにて   袖ぬるゝ露のゆかりとおもふにも猶うとまれぬやまとなてしことはかりほ のかにかきさしたるやうなるをよろこひなからたてまつれるれいの事なれはし るしあらしかしとくつをれてなかめふし給へるにむねうちさはきていみしくう れしきにもなみたおちぬつく〱とふしたるにもやるかたなき心ちすれはれい" }, { "vol": 7, "page": 251, "text": "のなくさめにはにしのたいにそわたり給ふしとけなくうちふくたみ給へるひむ くきあされたるうちきすかたにてふえをなつかしうふきすさひつゝのそきたま へれは女君ありつる花の露にぬれたる心ちしてそひふし給へるさまうつくしう らうたけなりあい行こほるゝやうにておはしなからとくもわたり給はぬなまう らめしかりけれはれいならすそむき給へるなるへしはしのかたについゐてこち やとの給へとおとろかすいりぬるいそのとくちすさみて口をゝいしたまへるさ まいみしうされてうつくしあなにくかゝる事くちなれ給にけりなみるめにあく はまさなき事そよとて人めして御こととりよせてひかせたてまつり給さうのこ とはなかのほそをのたへかたきこそ所せけれとてひやうてふにをしくたしてし らへ給かきあはせはかりひきてさしやり給へれはえゑしはてすいとうつくしう ひき給ふちひさき御ほとにさしやりてゆし給御てつきいとうつくしけれはらう たしとおほしてふえふきならしつゝおしへ給いとさとくてかたきてうしともを たゝひとわたりにならひとり給大かたらう〱しうおかしき御心はへを思し事 かなふとおほすほそろくせりといふものはなはにくけれとおもしろふふきすさ" }, { "vol": 7, "page": 252, "text": "ひ給へるにかきあはせまたわかけれとはうしたかはす上手めきたりおほとなふ らまいりてゑともなと御らむするにいて給へしとありつれは人〻こはつくりき こえてあめふり侍ぬへしなといふにひめ君れいの心ほそくてくし給へりゑもみ さしてうつふしておはすれはいとらうたくて御くしのいとめてたくこほれかゝ りたるをかきなてゝほかなるほとは恋しくやあるとのたまへはうなつき給われ もひとひもみたてまつらぬはいとくるしうこそあれとおさなくおはするほとは 心やすくおもひきこえてまつくね〱しくうらむる人の心やふらしと思てむつ はしけれはしはしかくもありくそおとなしくみなしてはほかへもさらにいくま し人のうらみおはしなとおもふもよになかふありておもふさまにみえたてまつ らんと思ふそなとこま〱とかたらひきこえ給へはさすかにはつかしうてとも かくもいらへきこえ給はすやかて御ひさによりかゝりてねいり給ぬれはいと心 くるしうてこよひはいてすなりぬとの給へはみなたちておものなとこなたにま いらせたりひめ君おこしたてまつり給ひていてすなりぬときこえ給へはなくさ みておき給へりもろともにものなとまいるいとはかなけにすさひてさらはね給" }, { "vol": 7, "page": 253, "text": "ねかしとあやうけに思給つれはかゝるをみすてゝはいみしきみちなりともおも むきかたくおほえ給かやうにとゝめられ給おり〱なともおほかるをゝのつか らもりきく人おほいとのにきこえけれはたれならむいとめさましき事にもある かな今まてその人ともきこえすさやうにまつはしたはふれなとすらんはあてや かに心にくき人にはあらし内わたりなとにてはかなくみ給けむひとをものめか し給て人やとかめむとかくし給なゝり心なけにいはけてきこゆるはなとさふら ふ人〻もきこえあへりうちにもかゝる人ありときこしめしていとおしくおとゝ の思ひなけかるなるなとのたまはすれとかしこまりたるさまにて御いらへもき こえ給はねは心ゆかぬなめりといとおしくおほしめすさるはすき〱しううち みたれてこのみゆる女ほうにまれ又こなたかなたのひと〱なとなへてならす なともみえきこえさめるをいかなるものゝくまにかくれありきてかく人にもう らみらるらむとのたまはすみかとの御としねひさせ給ぬれとかうやうのかたえ すくさせ給はすうねへ女くら人なとをもかたち心あるをはことにもてはやしお ほしめしたれはよしあるみやつかへ人おほかる比なりはかなき事をもいゝふれ" }, { "vol": 7, "page": 254, "text": "給ふにはもてはなるゝ事も有かたきにめなるゝにやあらむけにそあやしうすい 給はさめると心みにたはふれ事をきこえかゝりなとするおりあれとなさけなか らぬほとにうちいらへてまことにはみたれ給はぬをまめやかにさう〱しと思 きこゆる人もありとしいたう老たる内侍のすけ人もやむことなく心はせありあ てにおほえたかくはありなからいみしうあためいたる心さまにてそなたにはを もからぬあるをかうさたすくるまてなとさしもみたるらむといふかしくおほえ 給けれはたはふれ事いひふれて心みたまふににけなくも思はさりけるあさまし とおほしなからさすかにかゝるもおかしふて物なとの給てけれと人のもりきか むもふるめかしきほとなれはつれなくもてなし給へるを女はいとつらしとおも へりうへの御けつりくしにさふらひけるをはてにけれはうへはみうちきのひと めしていてさせ給ぬるほとに又人もなくてこの内侍つねよりもきよけにやうた いかしらつきなまめきてそうそくありさまいと花やかにこのましけにみゆるを さもふりかたうもと心つきなくみたまふ物からいかゝおもふらんとさすかにす くしかたくてものすそをひきおとろかし給へれはかはほりのえならすゑかきた" }, { "vol": 7, "page": 255, "text": "るをさしかくしてみかへりたるまみいたうみのへたれとまかはらいたくくろみ おちいりていみしうはつれそゝけたりにつかはしからぬあふきのさまかなとみ 給てわかもたまへるにさしかへてみ給へはあかきかみのうつるはかり色ふかき にこたかきもりのかたをぬりかくしたりかたつかたにてはいとさたすきたれと よしなからすもりの下草おひぬれはなとかきすさひたるをことしもあれうたて の心はへやとゑまれなからもりこそなつのとみゆめるとてなにくれとの給ふも にけなく人やみつけんとくるしきを女はさもおもひたらす   きみしこはたなれのこまにかりかはむさかりすきたる下葉なりともといふ さまこよなく色めきたり   さゝわけは人やとかめむいつとなくこまなつくめるもりのこかくれわつら はしさにとてたち給ふをひかへてまたかゝるものをこそ思侍らね今さらなるみ のはちになむとてなくさまいといみし今きこえむ思ひなからそやとてひきはな ちていて給をせめてをよひてはしはしらとうらみかくるをうへはみうちきはて ゝみさうしよりのそかせ給けりにつかはしからぬあはひかなといとおかしうお" }, { "vol": 7, "page": 256, "text": "ほされてすき心なしとつねにもてなやむめるをさはいへとすくさゝりけるはと てわらはせ給へはないしはなまゝはゆけれとにくからぬ人ゆへはぬれきぬをた にきまほしかるたくひもあなれはにやいたうもあらかひきこえさせす人〻もお もひのほかなる事かなとあつかふめるを頭中将きゝつけていたらぬくまなき心 にてまたおもひよらさりけるよと思ふにつきせぬこのみ心もみまほしうなりに けれはかたらひつきにけりこの君も人よりはいとことなるをかのつれなき人の 御なくさめにとおもひつれとみまほしきはかきりありけるをとやうたてのこの みやいたうしのふれは源しの君はえしり給はすみつけきこえてはまつうらみき こゆるをよはひのほといとおしけれはなくさめむとおほせとかなはぬ物うさに いとひさしくなりにけるをゆふたちしてなこりすゝしきよひのまきれに温明殿 のわたりをたゝすみありき給へはこのないしひはをいとおかしうひきゐたり御 前なとにてもおとこかたの御あそひにましりなとしてことにまさる人なき上手 なれはものうらめしうおほえけるおりからいとあはれにきこゆうりつくりにな りやしなましとこゑはいとおかしうてうたふそすこし心つきなきかくしうにあ" }, { "vol": 7, "page": 257, "text": "りけむむかしの人もかくやおかしかりけむとみゝとまりてきゝ給ふひきやみて いといたう思ひみたれたるけはひなりきみあつまやをしのひやかにうたひてよ り給へるにをしひらいてきませとうちそへたるもれいにたかひたる心ちそする   たちぬるゝ人しもあらしあつまやにうたてもかゝるあまそゝきかなとうち なけくをわれひとりしもきゝおふましけれとうとましやなに事をかくまてはと おほゆ   人つまはあなわつらはしあつまやのまやのあまりもなれしとそおもふとて うちすきなまほしけれとあまりはしたなくやと思ひかへして人にしたかへはす こしはやりかなるたはふれことなといひかはして是もめつらしき心ちそし給頭 中将は此君のいたうまめたちすくしてつねにもとき給かねたきをつれなくてう ち〱しのひ給かた〱おほかめるをいかてみあらはさむとのみ思ひわたるに これをみつけたる心ちいとうれしかゝるおりにすこしをとしきこえて御心まと はしてこりぬやといはむとおもひてたゆめきこゆ風ひやゝかにうちふきてやゝ ふけ行ほとにすこしまとろむにやとみゆるけしきなれはやをらいりくるに君は" }, { "vol": 7, "page": 258, "text": "とけてしもね給はぬ心なれはふときゝつけて此中将とは思よらすなをわすれか たくすなるすりのかみにこそあらめとおほすにおとな〱しき人にかくにけな きふるまひをしてみつけられん事ははつかしけれはあなわつらはしいてなむよ くものふるまいはしるかりつらむものを心うくすかし給けるよとてなをしはか りをとりて屏風のうしろにいり給ひぬ中将おかしきをねむしてひきたてまつる 屏風のもとによりてこほ〱とたゝみよせておとろ〱しくさはかすに内侍は ねひたれといたくよしはみなよひたる人のさき〱もかやうにて心うこかすお り〱ありけれはならひていみしく心あはたゝしきにも此君をいかにしきこえ ぬるかとわひしさにふるふ〱つとひかへたりたれとしられていてなはやとお ほせとしとけなきすかたにてかうふりなとうちゆかめてはしらむうしろておも ふにいとおこなるへしとおほしやすらふ中将いかて我としられきこえしとおも ひて物もいはすたゝいみしういかれるけしきにもてなしてたちをひきぬけは女 あかきみ〱とむかひて手をするにほと〱わらひぬへしこのましうわかやき てもてなしたるうはへこそさりもありけれ五十七八の人のうちとけてものいひ" }, { "vol": 7, "page": 259, "text": "さはけるけはひえならぬ二十のわか人たちの御中にてものをちしたるいと月な しかふあらぬさまにもてひかめておそろしけなるけしきをみすれと中〱しる くみつけ給て我としりてことさらにするなりけりとおこになりぬその人なめり とみ給にいとおかしけれはたちぬきたるかひなをとらへていといたうつみ給へ れはねたきものからえたへてわらひぬまことはうつし心かとよたはふれにくし やいてこのなおしきむとの給へとつととらへてさらにゆるしきこえすさらはも ろともにこそとて中将のおひをひきときてぬかせ給へはぬかしとすまふをとか くひきしろふほとにほころひはほろ〱とたえぬ中将   つゝむめるなやもりいてんひきかはしかくほころふるなかのころもにうへ にとりきはしるからんといふ君   かくれなき物としる〱なつころもきたるをうすき心とそみるといひかは してうらやみなきしとけなすかたにひきなされてみないて給ひぬ君はいとくち おしくみつけられぬる事と思ひふし給へり内侍はあさましくおほえけれはおち とまれる御さしぬきおひなとつとめてたてまつれり" }, { "vol": 7, "page": 260, "text": "  うらみてもいふかひそなき立かさねひきてかへりしなみのなこりにそこも あらはにとありおもなのさまやとみたまふもにくけれとわりなしとおもへりし もさすかにて   あらたちし浪に心はさはかねとよせけむいそをいかゝうらみぬとのみなむ ありけるおひは中将のなりけりわか御なをしよりは色ふかしとみ給にはた袖も なかりけりあやしの事ともやおりたちてみたるゝ人はむへおこかましき事はお ほからむといとと御心おさめられ給ふ中将とのゐ所よりこれまつとちつけさせ 給へとてをしつゝみてをこせたるをいかてとりつらむと心やましこのおひをえ さらましかはとおほすその色のかみにつゝみて   なかたえはかことやおふとあやふさにはなたのおひをとりてたにみすとて やり給たちかへり   君にかくひきとられぬるおひなれはかくてたえぬるなかとかこたむえのか れさせ給はしとありひたけてをの〱殿上にまいり給へりいとしつかにものと をきさましておはするに頭のきみもいとおかしけれとおほやけ事おほくそうし" }, { "vol": 7, "page": 261, "text": "くたすひにていとうるはしくすくよかなるをみるもかたみにほゝえまる人まに さしよりてものかくしはこりぬらむかしとていとねたけなるしりめなりなとて かさしもあらむたちなからかへりけむ人こそいとおしけれまことはうしや世中 よといひあはせてとこのやまなるとかたみにくちかたむさてそのゝちともすれ はことのついてことにいひむかふるくさはひなるをいとゝものむつかしき人ゆ へとおほししるへし女はなをいとえむにうらみかくるをわひしと思ありき給中 将はいもうとの君にもきこえいてすたゝさるへきおりのをとしくさにせむとそ 思ひけるやむことなき御はら〱のみこたちたにうへの御もてなしのこよなき にわつらはしかりていとことにさりきこえ給へるをこの中将はさらにをしけた れきこえしとはかなき事につけてもおもひいとみきこえ給ふこの君ひとりそひ め君の御ひとつはらなりけるみかとの御こといふはかりこそあれ我もおなし大 臣ときこゆれと御おほえことなるかみこはらにてまたなくかしつかれたるはな にはかりおとるへききはとおほえたまはぬなるへし人からもあるへきかきりと とのひてなに事もあらまほしくたらいてそものし給けるこの御中とものいとみ" }, { "vol": 7, "page": 262, "text": "こそあやしかりしかされとうるさくてなむ七月にそきさきゐ給めりし源しの君 宰相になり給ぬみかとおりゐさせ給はむの御心つかひちかふなりてこのわか宮 を坊にと思ひきこえさせ給に御うしろみし給へき人おはせす御はゝかたのみな みこたちにて源しのおほやけ事しり給すちならねははゝ宮をたにうこきなきさ まにしをきたてまつりてつよりにとおほすになむありけるこうきてむいとゝ御 心うこき給ことはり也されと東宮の御よいとちかふなりぬれはうたかひなき御 くらゐなりおもほしのとめよとそきこえさせ給けるけに東宮の御母にて廿よ年 になり給へる女御をゝきたてまつりてはひきこしたてまつり給かたき事なりか しとれいのやすからす世人もきこえけりまいり給夜の御ともに宰相の君もつか ふまつりたまふおなし宮ときこゆる中にもきさいはらのみこたまひかりかゝや きてたくひなき御おほえにさへものし給へは人もいとことに思かしつききこえ たりましてわりなき御心には御こしのうちもおもひやられていとゝをよひなき 心ちしたまふにすゝろはしきまてなむ   つきもせぬ心のやみにくるゝかな雲井に人をみるにつけてもとのみひとり" }, { "vol": 7, "page": 263, "text": "こたれつゝものいとあはれなりみこはおよすけ給月日にしたかひていとみたて まつりわきかたけなるを宮いとくるしとおほせと思ひよる人なきなめりかしけ にいかさまにつくりかへてかはおとらぬ御ありさまはよにいてものし給はまし 月日のひかりの空にかよひたるやうにそ世人もおもへる" }, { "vol": 8, "page": 269, "text": "きさらきのはつかあまり南殿のさくらの宴せさせ給后春宮の御つほね左右にし てまうのほりたまふ弘徽殿の女御中宮のかくておはするを折ふしことにやすか らすおほせとものみにはえすくし給はてまいり給日いとよくはれて空のけしき 鳥のこゑも心ちよけなるにみこたちかむたちめよりはしめてその道のはみなた むゐむ給はりてふみつくり給ふ宰相中将春といふもし給はれりとの給ふこゑさ へれいの人にことなりつきに頭中将人のめうつしもたゝならすおほゆへかめれ といとめやすくもてしつめてこはつかひなともの〱しくすくれたりさての人 〱はみなをくしかちにはなしろめるおほかり地下の人はましてみかと春宮の 御さえかしこくすくれておはしますかゝるかたにやむことなき人おほくものし 給ふころなるにはつかしくはる〱とくもりなきにはにたちいつるほとはした なくてやすき事なれとくるしけなりとしおいたるはかせとものなりあやしくや つれてれいなれたるもあはれにさま〱御らんするなむおかしかりけるかくと もなとはさらにもいはすととのへさせ給へりやう〱入日になるほと春の鴬さ へつるといふまひいとおもしろくみゆるに源氏の御もみちの賀のおりおほしい" }, { "vol": 8, "page": 270, "text": "てられて春宮かさしたまはせてせちにせめのたまはするにのかれかたくてたち てのとかにそてかへすところをひとをれけしきはかりまひ給へるににるへきも のなくみゆ左のおとゝうらめしさもわすれて涙をとし給ふ頭中将いつらおそし とあれは柳花園といふまひをこれはいますこしすくしてかゝる事もやと心つか ひやしけむいとおもしろけれは御そ給はりていとめつらしき事に人をもへりか むたちめみなみたれてまひ給へと夜に入てはことにけちめもみえすふみなとか うするにも源氏の君の御をはかうしもえよみやらすくことにすしのゝしるはか せともの心にもいみしうおもへりかうやうのおりにもまつこの君をひかりにし たまへれはみかともいかてかをろかにおほされん中宮御めのとまるにつけて春 宮の女御のあなかちににくみ給らむもあやしうわかかうおもふも心うしとそみ つからおほしかへされける   おほかたに花のすかたをみましかは露も心のおかれましやは御心のうちな りけんこといかてもりにけむ夜いたうふけてなむことはてける上達部をのをの あかれ后春宮かへらせ給ひぬれはのとやかになりぬるに月いとあかうさしいて" }, { "vol": 8, "page": 271, "text": "ゝおかしきを源氏の君ゑい心ちにみすくしかたくおほえ給ひけれはうへの人 〱もうちやすみてかやうに思ひかけぬほとにもしさりぬへきひまもやあると ふちつほわたりをわりなふしのひてうかゝひありけとかたらふへきとくちもさ してけれはうちなけきてなをあらしに弘徽殿のほそとのにたちより給へれは三 のくちあきたり女御はうへの御つほねにやかてまうのほり給にけれは人すくな ゝるけはひなりおくのくるゝともあきて人をともせすかやうにて世中のあやま ちはするそかしと思ひてやをらのほりてのそき給人はみなねたるへしいとわか うおかしけなるこゑのなへての人とはきこえぬおほろ月夜ににるものそなきと うちすしてこなたさまにはくるものかいとうれしくてふと袖をとらへたまふ女 おそろしと思へるけしきにてあなむくつけこはたそとの給へとなにかうとまし きとて   ふかき夜のあはれをしるも入月のおほろけならぬ契とそおもふとてやをら いたきおろしてとはをしたてつあさましきにあきれたるさまいとなつかしうお かしけなりわなゝく〱こゝに人とのたまへとまろはみな人にゆるされたれは" }, { "vol": 8, "page": 272, "text": "めしよせたりともなむてう事かあらんたゝしのひてこそとの給ふこゑにこのき みなりけりときゝさためていささかなくさめけりわひしとおもへるものからな さけなくこわ〱しうはみえしとおもへりゑい心ちやれいならさりけむゆるさ ん事はくちおしきに女もわかうたをやきてつよき心もしらぬなるへしらうたし とみ給ふにほとなくあけゆけは心あはたゝし女はましてさま〱におもひみた れたるけしきなり猶なのりしたまへいかてきこゆへきかうてやみなむとはさり ともおほされしとの給へは   うき身世にやかてきえなはたつねても草のはらをはとはしとやおもふとい ふさまえむになまめきたりことはりやきこえたかへたるもしかなとて   いつれそと露のやとりをわかむまにこさゝかはらにかせもこそふけわつら はしくおほす事ならすはなにかつゝまむもしすかい給ふかともいひあへす人 〱おきさはきうへの御つほねにまひりちかふけしきともしけくまよへはいと はりなくてあふきはかりをしるしにとりかへていて給ひぬきりつほには人〱 おほくさふらひておとろきたるもあれはかゝるをさもたゆみなき御しのひあり" }, { "vol": 8, "page": 273, "text": "きかなとつきしろひつゝそらねをそしあへるいり給ひてふし給へれとねいられ すおかしかりつる人のさまかな女御の御おとうとたちにこそはあらめまた世に なれぬは五六の君ならんかしそちの宮の北の方頭中将のすさめぬ四の君なとこ そよしときゝしかなか〱それならましかはいますこしおかしからまし六は春 宮にたてまつらんと心さし給へるをいとおしうもあるへいかなわつらはしうた つねむ程もまきらはしさてたえなむとはおもはぬけしきなりつるをいかなれは ことかよはすへきさまをゝしへすなりぬらんなとよろつにおもふも心のとまる なるへしかうやうなるにつけてもまつかのわたりのありさまのこよなうおくま りたるはやとありかたふおもひくらへられ給ふその日は後宴の事ありてまきれ くらしたまひつさうのことつかうまつり給きのふの事よりもなまめかしうおも しろしふちつほはあかつきにまうのほり給にけりかのありあけいてやしぬらん と心も空にておもひいたらぬくまなきよしきよこれみつをつけてうかゝはせ給 けれはおまへよりまかて給ひけるほとにたゝいま北のちんよりかねてよりかく れたちて侍つる車ともまかりいつる御かた〱のさと人侍へる中に四位の少将" }, { "vol": 8, "page": 274, "text": "右中弁なといそきいててをくりし侍へるや弘徽殿の御あかれならんとみ給へつ るけしうはあらぬけはひともしるくてくるまみつはかり侍つときこゆるにもむ ねうちつふれ給ふいかにしていつれとしらむちゝ おとゝ なときゝ てこと〱し うもてなさんもいかにそやまた人のありさまよくみさためぬほとはわつらはし かるへしさりとてしらてあらんはたいとくちおしかるへけれはいかにせましと おほしわつらひてつく〱となかめふし給へりひめ君いかにつれ〱ならんひ ころになれはくしてやあらむとらうたくおほしやるかのしるしのあふきはさく らかさねにてこきかたにかすめる月をかきて水にうつしたる心はへめなれたる 事なれとゆへなつかしうもてならしたりくさのはらをはといひしさまのみ心に かゝり給へは   世にしらぬ心ちこそすれ有明の月のゆくゑをそらにまかへてとかきつけ給 ひてをき給へりおほいとのにもひさしうなりにけるとおほせとわか君も心くる しけれはこしらへむとおほして二条院へおはしぬみるまゝにいとうつくしけに おひなりてあいきやうつきらう〱しき心はえいとことなりあかぬ所なうわか" }, { "vol": 8, "page": 275, "text": "御心のまゝにをしへなさんとおほすにかなひぬへしおとこの御をしへなれはす こし人なれたる事やましらむとおもふこそうしろめたけれ日ころの御ものかた り御ことなとをしへくらしていて給ふをれいのとくちおしうおほせといまはい とようならはされてわりなくはしたひまつはさすおほいとのにはれいのふとも たいめんしたまはすつれ〱とよろつおほしめくらされてさうの御ことまさく りてやはらかにぬる夜はなくてとうたひ給おとゝわたり給ひて一日のけふあり し事きこえ給ふこゝらのよはひにてめいわうの御代四代をなんみ侍ぬれとこの たひのやうにふみともきやうさくにまひかくものゝねともととのほりてよはひ のふる事なむ侍らさりつる道〱のものの上手ともおほかるころをひくはしう しろしめしとゝのへさせ給へるけなりおきなもほとほとまひいてぬへき心ちな んし侍しときこえ給へはことにとゝのへおこなふ事も侍らすたゝおほやけ事に そしうなるものゝしともをこゝかしこにたつね侍しなりよろつのことよりは柳 花園まことにこうたいのれいともなりぬへくみたまへしにましてさかゆくはる にたちいてさせ給へましかは世のめんほくにや侍らましときこえ給ふ弁中将な" }, { "vol": 8, "page": 276, "text": "とまいりあひてかうらむにせなかをしつゝとり〱にもののねともしらへあは せてあそひ給ふいとおもしろしかのありあけの君ははかなかりし夢をおほしい てゝいとものなけかしうなかめ給ふ春宮には卯月はかりとおほしさためたれは いとわりなうおほしみたれたるをおとこもたつね給はむにあとはかなくはあら ねといつれともしらてことにゆるし給はぬあたりにかかつらはむも人わるくお もひわつらひ給ふにやよひの廿余日右大殿のゆみのけちにかむたちめみこたち おほくつとへ給てやかてふちの宴し給ふ花さかりはすきにたるをほかのちりな むとやをしへられたりけむをくれてさくさくらふた木そいとおもしろきあたら しうつくり給へる殿を宮たちの御もきの日みかきしつらはれたりはなはなとも のし給殿のやうにてなに事もいまめかしうもてなし給へり源氏の君にも一日う ちにて御たいめんのついてにきこえ給しかとおはせねはくちおしうものゝはえ なしとおほして御この四位の少将をたてまつりたまふ   わかやとの花しなへての色ならはなにかはさらに君をまたまし内におはす るほとにてうへにそうし給ふしたりかほなりやとわらはせ給てわさとあめるを" }, { "vol": 8, "page": 277, "text": "はやうものせよかし女みこたちなともおいいつる所なれはなへてのさまには思 ましきをなとの給はす御よそひなとひきつくろひ給ていたうくるゝほとにまた れてそわたり給さくらのからのきの御なをしえひそめのしたかさねしりいとな かくひきてみな人はうへのきぬなるにあされたるおほきみすかたのなまめきた るにていつかれいりたまへる御さまけにいとことなり花のにほひもけおされて なか〱ことさましになむあそひなといとおもしろうし給て夜すこしふけゆく 程に源氏のきみいたくゑいなやめるさまにもてなし給てまきれたち給ひぬしむ 殿に女一宮女三宮のおはしますひむかしのとくちにおはしてよりゐたまへりふ ちはこなたのつまにあたりてあれはみかうしともあけわたして人〱いてゐた りそてくちなとたうかのおりおほえてことさらめきもていてたるをふさはしか らすとまつふちつほわたりおほしいてらるなやましきにいといたうしひられて わひにて侍りかしこけれとこのおまへにこそはかけにもかくさせ給はめとてつ まとのみすをひきゝたまへはあなわつらはしよからぬ人こそやむことなきゆか りはかこち侍なれといふけしきをみ給ふにおも〱しうはあらねとをしなへて" }, { "vol": 8, "page": 278, "text": "のわかうとともにはあらすあてにおかしきけはひしるしそらたきものいとけふ たうくゆりてきぬのをとなひいとはなやかにふるまひなして心にくゝをくまり たるけはひはたちをくれいまめかしき事をこのみたるわたりにてやむことなき 御方〱ものみ給とてこのとくちはしめたまへるなるへしさしもあるましき事 なれとさすかにおかしうおもほされていつれならむとむねうちつふれてあふき をとられてからきめをみるとうちおほとけたるこゑにいひなしてよりゐたまへ りあやしくもさまかへけるこまうとかなといらふるは心しらぬにやあらんいら へはせてたゝとき〱うちなけくけはひするかたによりかゝりてき丁こしに手 をとらへて   あつさゆみいるさのやまにまとふ哉ほのみし月のかけやみゆるとなにゆへ かとをしあてにのたまふをえしのはぬなるへし   心いるかたならませはゆみはりの月なき空にまよはましやはといふこゑた ゝ それなりいとうれしきものから" }, { "vol": 9, "page": 283, "text": "世の中かはりて後よろつものうくおほされ御身のやむことなさもそふにやかる 〱しき御しのひありきもつゝましうてこゝもかしこもおほつかなさのなけき をかさね給ふむくひにやなをわれにつれなき人の御心をつきせすのみおほしな けく今はましてひまなうたゝ人のやうにてそひおはしますをいまきさきは心や ましうおほすにやうちにのみさふらひ給へはたちならふ人なう心やすけなりお りふしにしたかひては御あそひなとをこのましう世のひゝくはかりせさせ給つ ゝ今の御ありさましもめてたしたゝ春宮をそいとこひしう思ひきこえ給御うし ろみのなきをうしろめたうおもひきこえて大将の君によろつきこえつけ給ふも かたはらいたきものからうれしとおほすまことやかの六条のみやす所の御はら のせむ坊のひめ君さい宮にゐ給にしかは大将の御心はへもいとたのもしけなき をゝさなき御有さまのうしろめたさにことつけてくたりやしなましとかねてよ りおほしけり院にもかゝることなむときこしめしてこ宮のいとやむことなくお ほしときめかしたまひしものをかる〱しうをしなへたるさまにもてなすなる かいとおしきこと斎宮をもこのみこたちのつらになむおもへはいつかたにつけ" }, { "vol": 9, "page": 284, "text": "てもおろかならさらむこそよからめ心のすさひにまかせてかくすきわさするは いとよのもときおひぬへきこと也なと御けしきあしけれはわか御こゝちにもけ にとおもひしらるれはかしこまりてさふらひ給人のためはしかましき事なくい つれをもなたらかにもてなして女のうらみなおひそとの給はするにもけしから ぬ心のおほけなさをきこしめしつけたらむときとおそろしけれはかしこまりて まかて給ぬ又かく院にもきこしめしのたまはするに人の御名も我ためもすきか ましういとおしきにいとゝやむことなく心くるしきすちには思きこえ給へとま たあらはれてはわさともてなしきこえ給はす女もにけなき御としのほとをはつ かしうおほして心とけ給はぬけしきなれはそれにつゝみたるさまにもてなして 院にきこしめしいれ世中の人もしらぬなくなりにたるをふかうしもあらぬ御心 の程をいみしうおほしなけきけりかゝる事をきゝ給にもあさかほのひめ君はい かて人ににしとふかうおほせはゝかなきさまなりし御返なともおさ〱なしさ りとて人にくゝはしたなくはもてなし給はぬ御けしきを君も猶こと也とおほし わたるおほ殿にはかくのみさためなき御心を心つきなしとおほせとあまりつゝ" }, { "vol": 9, "page": 285, "text": "まぬ御けしきのいふかひなけれはにやあらむふかうもえしきこえ給はす心くる しきさまの御心ちになやみ給て物心ほそけにおほいたりめつらしくあはれとお もひきこえ給たれも〱うれしきものからゆゝしうおほしてさま〱の御つゝ しみせさせたてまつり給かやうなる程にいとゝ御心のいとまなくておほしおこ たるとはなけれととたえおほかるへしそのころ斎院もおりゐ給てきさきはらの 女三の宮ゐ給ぬみかときさきとことにおもひきこえ給へる宮なれはすちことに なり給をいとくるしうおほしたれとこと宮たちのさるへきおはせすきしきなと つねのかむわさなれといかめしうのゝしるまつりのほとかきりあるおほやけこ とにそふことおほくみところこよなし人からとみえたりこけいの日上達部なと かすさたまりてつかうまつり給わさなれとおほえことにかたちあるかきりした かさねの色うへのはかまのもむむまくらまてみなとゝのへたりとりわきたるせ むしにて大将の君もつかうまつり給かねてより物見車心つかひしけり一条のお ほち所なくむくつけきまてさはきたり所〱の御さしき心〱にしつくしたる しつらひ人の袖くちさへいみしきみものなり大殿にはかやうの御ありきもおさ" }, { "vol": 9, "page": 286, "text": "〱し給はぬに御心ちさへなやましけれはおほしかけさりけるをわかき人〻い てやをのかとちひきしのひてみ侍らむこそはへなかるへけれおほよそ人たにけ ふのものみには大将殿をこそはあやしき山かつさへみたてまつらんとすなれと をきくにくによりめこをひきくしつゝもまうてくなるを御らむせぬはいとあま りも侍かなといふを大宮きこしめして御こゝちもよろしきひま也さふらふ人〻 もさう〱しけなめりとてにはかにめくらしおほせ給てみ給日たけ行てきしき もわさとならぬさまにていてたまへりひまもなうたちわたりたるによそをしう ひきつゝきてたちわつらふよき女房車おほくてさふさふの人なきひまをおもひ さためてみなさしのけさする中にあんしろのすこしなれたるかしたすたれのさ まなとよしはめるにいたうひきいりてほのかなる袖くちものすそかさみなとも のゝ色いときよらにてことさらにやつれたるけはひしるくみゆる車ふたつあり これはさらにさやうにさしのけなとすへき御車にもあらすとくちこはくて手ふ れさせすいつかたにもわかき物ともゑひすきたちさはきたるほとの事はえした ゝめあへすおとな〱しきこせむの人〻はかくななといへとえとゝめあへすさ" }, { "vol": 9, "page": 287, "text": "い宮の御はゝみやす所ものおほしみたるゝなくさめにもやとしのひていてたま へる也けりつれなしつくれとをのつからみしりぬさはかりにてはさないはせそ 大将殿をそかうけにはおもひきこゆらむなといふをその御かたの人もましれは いとおしとみなからよういせむもわつらはしけれはしらすかほをつくるつゐに 御車ともたてつゝけつれは人たまひのおくにをしやられて物もみえす心やまし きをはさる物にてかゝるやつれをそれとしられぬるかいみしうねたき事かきり なししちなともみなをしおられてすゝろなる車のとうにうちかけたれは又なう 人わろくくやしうなにゝきつらんとおもふにかひなしものもみてかへらんとし たまへととおりいてんひまもなきにことなりぬといへはさすかにつらき人の御 まへわたりのまたるゝも心よはしやさゝのくまにたにあらねはにやつれなくす き給につけても中〱御心つくしなりけにつねよりもこのみとゝのへたる車と もの我も〱とのりこほれたるしたすたれのすきまともゝさらぬかほなれとほ をゑみつゝしりめにとゝめ給もありおほ殿のはしるけれはまめたちてわたり給 御ともの人々うちかしこまり心はへありつゝわたるををしけたれたるありさま" }, { "vol": 9, "page": 288, "text": "こよなうおほさる   かけをのみみたらし河のつれなきに身のうきほとそいととしらるゝと涙の こほるゝを人のみるもはしたなけれとめもあやなる御さまかたちのいとゝしう いてはへをみさらましかはとおほさるほと〱につけてさうそく人のありさま いみしくとゝのへたりとみゆるなかにも上達部はいとことなるをひと所の御ひ かりにはをしけたれためり大将の御かりのすいしんに殿上のそうなとのするこ とはつねのことにもあらすめつらしき行幸なとのおりのわさなるをけふは右近 のくら人のそうつかうまつれりさらぬみすいしんとももかたちすかたまはゆく とゝのへて世にもてかしつかれ給へるさま木草もなひかぬはあるましけなりつ ほさうそくなといふすかたにて女はうのいやしからぬや又あまなとの世をそむ きけるなともたうれまとひつゝ物見にいてたるもれいはあなかちなりやあなに くとみゆるにけふはことはりにくちうちすけみてかみきこめたるあやしのもの ともの手をつくりてひたいにあてつゝみたてまつりあけたるもおこかましけな るしつのおまてをのかかほのならむさまをはしらてゑみさかへたりなにともみ" }, { "vol": 9, "page": 289, "text": "いれ給ましきゑせす両のむすめなとさへ心のかきりつくしたる車ともにのりさ まことさらひ心けさうしたるなむおかしきやう〱のみものなりけるましてこ ゝかしこにうちしのひてかよひ給所〱は人しれすのみかすならぬなけきまさ るもおほかり式部卿の宮さしきにてそみたまひけるいとまはゆきまてねひゆく 人のかたちかな神なとはめもこそとめ給へとゆゝしくおほしたりひめ君はとし ころきこえわたり給御心はへのよの人にゝぬをなのめならむにてたにありまし てかうしもいかてと御心とまりけりいとゝちかくてみえむまてはおほしよらす わかき人〻はきゝにくきまてめてきこえあへりまつりの日はおほ殿にはものみ 給はす大将の君かの御車の所あらそひをまねひきこゆる人ありけれはいと〱 おしううしとおほしてなをあたらをもりかにおはする人のものになさけをくれ すく〱しき所つき給へるあまりに身つからはさしもおほさゝりけめともかゝ るなからひはなさけかはすへき物ともおほいたらぬ御をきてにしたかひてつき 〱よからぬ人のせさせたるならむかしみやす所は心はせのいとはつかしくよ しありておはする物をいかにおほしうむしにけんといとおしくてまうて給へり" }, { "vol": 9, "page": 290, "text": "けれとさい宮のまた本の宮におはしませはさかきのはゝかりにことつけて心や すくもたいめむしたまはすことはりとはおほしなからなそやかくかたみにそは 〱しからておはせかしとうちつふやかれ給けふは二条院にはなれおはしてま つりみにいて給にしのたいにわたり給てこれみつに車の事おほせたり女房いて たつやとの給てひめ君のいとうつくしけにつくろいたてゝおはするをうちゑみ てみたてまつり給君はいさたまへもろともにみむよとて御くしのつねよりもき よらにみゆるをかきなて給てひさしうそき給はさめるをけふはよき日ならむか しとてこよみのはかせめしてときとはせなとし給ほとにまつ女房いてねとてわ らはのすかたとものおかしけなるを御らむすいとらうたけなるかみとものすそ はなやかにそきわたしてうきもむのうへのはかまにかゝれるほとけさやかにみ ゆ君の御くしはわれそかむとてうたて所せうもあるかないかにおひやらむとす らむとそきわつらひ給いとなかき人もひたいかみはすこしみしかうそあめるを むけにをくれたるすちのなきやあまりなさけなからむとてそきはてゝちひろと いはひきこえ給を少納言あはれにかたしけなしとみたてまつる" }, { "vol": 9, "page": 291, "text": "  はかりなきちひろのそこのみるふさのおひゆくすゑはわれのみそみむとき こえたまへは   ちひろともいかてかしらむさためなくみちひるしほのゝとけからぬにとも のにかきつけておはするさまらう〱しき物からわかうおかしきをめてたしと おほすけふも所もなくたちにけりむまはのおとゝのほとにたてわつらひてかむ たちめの車ともおほくてものさはかしけなるわたりかなとやすらひ給によろし き女車のいたうのりこほれたるよりあふきをさしいてゝ人をまねきよせてこゝ にやはたゝせ給はぬ所さりきこえむときこえたりいかなるすき物ならむとおほ されて所もけによきわたりなれはひきよせさせ給ていかてえ給へる所そとねた さになんとのたまへはよしあるあふきのつまをおりて   はかなしや人のかさせるあふひゆへ神のゆるしのけふをまちけるしめのう ちにはとあるてをおほしいつれはかの内侍のすけなりけりあさましうふりかた くもいまめくかなとにくさにはしたなう   かさしけるこゝろそあたにおもほゆるやそうち人になへてあふひを女はつ" }, { "vol": 9, "page": 292, "text": "らしと思きこえけり   くやしくもかさしけるかななのみして人たのめなる草葉はかりをときこゆ 人とあひのりてすたれをたにあけ給はぬを心やましうおもふ人おほかり一日の 御ありさまのうるはしかりしにけふうちみたれてありき給かしたれならむのり ならふ人けしうはあらしはやとをしはかりきこゆいとましからぬかさしあらそ ひかなとさう〱しくおほせとかやうにいとおもなからぬ人はた人あひのり給 へるにつゝまれてはかなき御いらへも心やすくきこえんもまはゆしかしみやす 所は物をおほしみたるゝ事としころよりもおほくそひにけりつらきかたにおも ひはて給へといまはとてふりはなれくたりたまひなむはいと心ほそかりぬへく よの人きゝも人わらへにならんことゝおほすさりとてたちとまるへくおほしな るにはかくこよなきさまにみな思ひくたすへかめるもやすからすつりするあま のうけなれやとおきふしおほしわつらふけにや御心ちもうきたるやうにおほさ れてなやましうし給大将殿にはくたり給はむ事をもてはなれてあるましきこと なともさまたけきこえ給はすかすならぬ身をみまうくおほしすてむもことはり" }, { "vol": 9, "page": 293, "text": "なれといまは猶いふかひなきにても御らんしはてむやあさからぬにはあらんと きこえかゝつらひ給へはさためかねたまへる御心もやなくさむとたちいて給へ りしみそき河のあらかりしせにいとゝよろついとうくおほしいれたり大殿には 御ものゝけめきていたうわつらひ給へはたれも〱おほしなけくに御ありきな とひむなき比なれは二条院にもとき〱そわたり給さはいへとやむことなきか たはことに思きこえたまへる人のめつらしき事さへそひ給へる御なやみなれは 心くるしうおほしなけきてみすほうやなにやなとわか御かたにておほくおこな わせ給ふものゝけいきすたまなといふものおほくいてきてさま〱のなのりす る中に人にさらにうつらすたゝ身つからの御身につとそひたるさまにてことに おとろ〱しうわつらはしきこゆることもなけれと又かたときはなるるおりも なき物ひとつありいみしきけんさともにもしたかはすしうねきけしきおほろけ のものにあらすとみえたり大将の君の御かよひ所こゝかしことおほしあつるに このみやす所二条の君なとはかりこそはをしなへてのさまにはおほしたらさめ れはうらみの心もふかゝらめとささめきてものなととはせ給へとさしてきこえ" }, { "vol": 9, "page": 294, "text": "あつることもなしものゝけとてもわさとふかき御かたきときこゆるもなしすき にける御めのとたつ人もしはおやの御かたにつけつゝつたはりたるものゝよは めにいてきたるなとむね〱しからすそみたれあらはるゝたゝつく〱とねを のみなき給ており〱はむねをせきあけつゝいみしうたへかたけにまとふわさ をし給へはいかにおはすへきにかとゆゝしうかなしくおほしあはてたり院より も御とふらひひまなく御いのりのことまておほしよらせ給さまのかたしけなき につけてもいとゝおしけなる人の御身也世の中あまねくおしみきこゆるをきゝ 給にもみやす所はたゝならすおほさるとしころはいとかくしもあらさりし御い とみ心をはかなかりし所の車あらそひに人の御心のうこきにけるをかのとのに はさまてもおほしよらさりけりかゝる御物おもひのみたれに御心ち猶れいなら すのみおほさるれはほかにわたり給てみすほうなとせさせ給大将殿きゝ給てい かなる御心ちにかといとおしうおほしをこしてわたり給へりれいならぬたひ所 なれはいたうしのひ給心よりほかなるおこたりなとつみゆるされぬへくきこえ つゝけ給てなやみ給人の御ありさまもうれへきこえ給身つからはさしも思いれ" }, { "vol": 9, "page": 295, "text": "侍らねとおやたちのいとこと〱しうおもひまとはるるか心くるしさにかゝる ほとをみすくさむとてなむよろつをおほしのとめたる御心ならはいとうれしう なむなとかたらひきこえ給つねよりも心くるしけなる御けしきをことはりにあ はれにみたてまつり給うちとけぬあさほらけにいて給御さまのおかしきにも猶 ふりはなれなむ事はおほしかへさるやむことなきかたにいとゝ心さしそひ給へ きこともいてきにたれはひとつかたにおほししつまり給なむをかやうに待きこ えつゝあらむも心のみつきぬへき事中〱もの思のおとろかさるゝ心ちし給に 御ふみはかりそくれつかたある日ころすこしおこたるさまなりつる心ちのには かにいといたうくるしけに侍るをえひきよかてなむとあるをれいのことつけと みたまふ物から   袖ぬるゝ恋ちとかつはしりなからおりたつたこの身つからそうき山の井の 水もことはりにとそある御てはなをここらの人の中にすくれたりかしとみ給ひ つゝいかにそやもある世かな心もかたちもとり〱にすつへくもなく又おもひ さたむへきもなきをくるしうおほさる御かへりいとくらうなりにたれと袖のみ" }, { "vol": 9, "page": 296, "text": "ぬるゝやいかにふかゝらぬ御事になむ   あさみにや人はおりたつわかかたは身もそほつまてふかき恋ちをおほろけ にてやこの御かへりをみつからきこえさせぬなとありおほ殿には御ものゝけい たうおこりていみしうわつらひ給この御いきすたまこちゝおとゝの御らうなと いふものありときゝ給につけておほしつゝくれは身ひとつのうきなけきよりほ かに人をあしかれなとおもふ心もなけれと物おもひにあくかるなるたましゐは さもやあらむとおほししらるゝこともありとしころよろつに思ひのこすことな くすくしつれとかうしもくたけぬをはかなき事のおりに人のおもひけちなきも のにもてなすさまなりしみそきの後一ふしにおほしうかれにし心しつまりかた うおほさるゝけにやすこしうちまとろみ給夢にはかのひめ君とおほしき人のい ときよらにてある所にいきてとかくひきまさくりうつゝにもにすたけくいかき ひたふる心いてきてうちかなくるなとみえ給事たひかさなりにけりあな心うや けに身をすてゝやいにけむとうつし心ならすおほえ給おり〱もあれはさなら ぬ事たに人の御ためにはよさまのことをしもいひいてぬ世なれはましてこれは" }, { "vol": 9, "page": 297, "text": "いとよういひなしつへきたよりなりとおほすにいとなたたしうひたすら世にな くなりて後にうらみのこすはよのつねのこと也それたに人のうへにてはつみふ かうゆゝしきをうつゝの我身なからさるうとましきことをいひつけらるゝすく せのうきことすへてつれなき人にいかて心もかけきこえしとおほしかへせとお もふも物をなりさい宮はこそうちにいり給へかりしをさま〱さはる事ありて この秋入給九月にはやかてのゝ宮にうつろひ給へけれはふたゝひの御はらへの いそきとりかさねてあるへきにたゝあやしうほけ〱しうてつく〱とふしな やみ給を宮人いみしきたいしにて御いのりなとさま〱つかうまつるおとろ 〱しきさまにはあらすそこはかとなくて月日をすくし給大将殿もつねにとふ らひきこえ給へとまさるかたのいたうわつらひ給へは御心のいとまなけなりま たさるへきほとにもあらすとみな人もたゆみ給へるににはかに御けしきありて なやみ給へはいとゝしき御いのりかすをつくしてせさせ給へれとれいのしうね き御ものゝけひとつさらにうこかすやむことなきけむさともめつらか也ともて なやむさすかにいみしうてうせられて心くるしけになきわひてすこしゆるへ給" }, { "vol": 9, "page": 298, "text": "へや大将にきこゆへき事ありとのたまふされはよあるやうあらんとてちかき御 き丁のもとにいれたてまつりたりむけにかきりのさまにものし給をきこえをか まほしきこともおはするにやとておとゝも宮もすこししりそき給へりかちのそ うともこゑしつめて法華経をよみたるいみしうたうとしみき丁のかたひらひき あけてみたてまつり給へはいとおかしけにて御はらはいみしうたかうてふし給 へるさまよそ人たにみたてまつらむに心みたれぬへしましておしうかなしうお ほすことはり也しろき御そに色あひいとはなやかにて御くしのいとなかうこち たきをひきゆひてうちそへたるもかうてこそらうたけになまめきたるかたそひ ておかしかりけれとみゆ御てをとらへてあないみし心うきめをみせ給かなとて 物もきこえ給はすなき給へはれいはいとわつらはしうはつかしけなる御まみを いとたゆけにみあけてうちまもりきこえ給に涙のこほるるさまをみ給はいかゝ あはれのあさからむあまりいたうなきたまへは心くるしきおやたちの御事をお ほし又かくみ給につけてくちおしうおほえ給にやとおほしてなに事もいとかう なおほしいれそさりともけしうはおはせしいかなりともかならすあふせあなれ" }, { "vol": 9, "page": 299, "text": "はたいめむはありなむおとゝ宮なともふかき契ある中はめくりてもたえさなれ はあひみるほとありなむとおほせとなくさめ給にいてあらすや身のうへのいと くるしきをしはしやすめ給へときこえむとてなむかくまいりこむともさらに思 はぬを物おもふ人のたましひはけにあくかるゝ物になむありけるとなつかしけ にいひて   なけきわひ空にみたるゝわかたまをむすひとゝめよしたかへのつまとの給 こゑけはひその人にもあらすかはりたまへりいとあやしとおほしめくらすにた ゝかのみやす所也けりあさましう人のとかくゆふをよからぬものとものいひい つることもきゝにくゝおほしての給けつをめにみす〱世にはかゝる事こそは ありけれとうとましうなりぬあな心うとおほされてかくの給へとたれとこそし らねたしかにの給へとの給へはたゝそれなる御ありさまにあさましとはよのつ ね也人〻ちかうまいるもかたはらいたうおほさるすこし御こゑもしつまり給へ れはひまおはするにやとて宮の御ゆもてよせ給へるにかきおこされ給てほとな くうまれ給ぬうれしとおほす事かきりなきに人にかりうつし給へる御ものゝけ" }, { "vol": 9, "page": 300, "text": "ともねたかりまとふけはひいと物さはかしうてのちのこと又いと心もとなしい ふかきりなきくわんともたてさせ給けにやたいらかに事なりはてぬれは山のさ すなにくれやむことなきそうともしたりかほにあせをしのこひつゝいそきまか てぬおほくの人の心をつくしつる日ころのなこりすこしうちやすみて今はさり ともとおほすみすほうなとは又〱はしめそへさせ給へとまつはけうありめつ らしき御かしつきにみな人ゆるへり院をはしめたてまつりてみこたちかむたち めのこるなきうふやしなひとものめつらかにいかめしきを夜ことにみの〻しる おとこにてさへおはすれはそのほとのさほうにきはゝしくめてたしかの宮す所 はかゝる御ありさまをきゝ給てもたゝならすかねてはいとあやうくきこえしを たいらかにもはたとうちおほしけりあやしうわれにもあらぬ御心ちをおほしつ ゝくるに御そなともたゝけしのかにしみかへりたるあやしさに御ゆするまいり 御そきかへなとし給て心みたまへと猶おなしやうにのみあれはわか身なからた にうとましうおほさるゝにまして人のいひおもはむことなと人にの給へき事な らねは心ひとつにおほしなけくにいとゝ御心かはりもまさりゆく大将殿は心ち" }, { "vol": 9, "page": 301, "text": "すこしのとめ給てあさましかりしほとのとはすかたりも心うくおほしいてられ つゝいとほとへにけるも心くるしう又けちかうみたてまつらむにはいかにそや うたておほゆへきを人の御ためいとおしうよろつにおほして御ふみはかりそあ りけるいたうわつらひ給し人の御なこりゆゝしう心ゆるひなけにたれもおほし たれはことはりにて御ありきもなし猶いとなやましけにのみしたまへはれいの さまにてもまたたいめんし給はすわか君のいとゆゝしきまてみえ給御ありさま をいまからいとさまことにもてかしつききこえ給さまおろかならすことあひた る心ちしておとゝもうれしういみしとおもひきこえ給へるにたゝこの御心ちお こたりはて給はぬを心もとなくおほせとさはかりいみしかりしなこりにこそは とおほしていかてかはさのみは心をもまとはし給はんわか君の御まみのうつく しさなとの春宮にいみしうにたてまつり給へるをみたてまつり給てもまつこひ しうおもひ出られさせ給にしのひかたくてまいり給はむとてうちなとにもあま りひさしうまいり侍らねはいふせさにけふなむうひたちし侍をすこしけちかき ほとにてきこえさせはやあまりおほつかなき御心のへたてかなとうらみきこえ" }, { "vol": 9, "page": 302, "text": "給へれはけにたゝひとへにえむにのみあるへき御中にもあらぬをいたうおとろ へ給へりといひなからものこしにてなとあへきかはとてふし給へる所におまし ちかうまいりたれはいりて物なときこえ給御いらへ時〻きこえ給も猶いとよは け也されとむけになき人とおもひきこえし御ありさまをおほしいつれは夢の心 ちしてゆゝしかりしほとの事ともなときこえ給ついてにもかのむけにいきもた えたるやうにおはせしかひきかへしつふ〱とのたまひし事ともおほしいつる に心うけれはいさやきこえまほしきこといとおほかれとまたいとたゆけにおほ しためれはこそとて御ゆまいれなとさへあつかひきこえ給をいつならひ給けん と人〻あはれかりきこゆいとおかしけなる人のいたうよはりそこなはれてある かなきかのけしきにてふし給へるさまいとらうたけに心くるしけなり御くしの みたれたるすちもなくはら〱とかゝれる枕のほとありかたきまてみゆれはと しころなにことをあかぬことありておもひつらむとあやしきまてうちまもられ 給院なとにまいりていととうまかてなむかやうにておほつかなからすみたてま つらはうれしかるへきを宮のつとおはするに心ちなくやとつつみてすくしつる" }, { "vol": 9, "page": 303, "text": "もくるしきを猶やう〱心つよくおほしなしてれいのおまし所にこそあまりわ かくもてなし給へはかたへはかくもものし給そなときこえをき給ていときよけ にうちさうそきていて給をつねよりはめとゝめてみいたしてふし給へり秋のつ かさめしあるへきさためにて大殿もまいり給へは君たちもいたはりのそみ給事 ともありてとのゝ御あたりはなれ給はねはみなひきつゝきいて給ぬとのゝうち 人すくなにしめやかなるほとににはかにれいの御むねをせきあけていといたう まとひ給うちに御せうそこきこえ給ほともなくたえいり給ぬあしをそらにてた れも〱まかて給ぬれはちもくの夜なりけれとかくわりなき御さはりなれはみ な事やふれたるやう也のゝしりさはくほと夜中はかりなれは山のさすなにくれ のそうつたちもえさうしあへ給はすいまはさりともとおもひたゆみたりつるに あさましけれはとのゝうちの人ものにそあたる所〱の御とふらひのつかひな とたちこみたれとえきこえつかすゆすりみちていみしき御心まとひともいとお そろしきまてみえ給御ものゝけのたひ〱とりいれたてまつりしをおほして御 まくらなともさなから二三日みたてまつり給へとやう〱かはり給ことゝもの" }, { "vol": 9, "page": 304, "text": "あれはかきりとおほしはつるほとたれも〱いといみし大将殿はかなしきこと にことをそへて世の中をいとうき物におほししみぬれはたゝならぬ御あたりの とふらひともも心うしとのみそなへておほさるゝ院におほしなけきとふらひき こえさせ給さまかへりておもたゝしけなるをうれしきせもましりておとゝは御 涙のいとまなし人の申すにしたかひていかめしきことゝもをいきやかへり給と さま〱にのこる事なくかつそこなはれ給事とものあるをみる〱もつきせす おほしまとへとかひなくて日ころになれはいかゝはせむとて鳥へ野にゐてたて まつるほといみしけなる事おほかりこなたかなたの御をくりの人ともてら〱 の念仏そうなとそこらひろき野に所もなし院をはさらにも申さすきさいの宮春 宮なとの御つかひさらぬ所〱のもまいりちかひてあかすいみしき御とふらひ をきこえ給おとゝはえたちあかり給はすかゝるよはひのすゑにわかくさかりの こにをくれたてまつりてもこよふことゝはちなき給をここらの人かなしうみた てまつる夜もすからいみしうのゝしりつるきしきなれといともはかなき御かは ねはかりを御なこりにてあか月ふかくかへり給つねの事なれと人ひとりかあま" }, { "vol": 9, "page": 305, "text": "たしもみ給はぬことなれはにやたくひなくおほしこかれたり八月廿よ日の有明 なれは空もけしきもあはれすくなからぬにおとゝのやみにくれまとひ給へるさ まをみたまふもことはりにいみしけれは空のみなかめられ給て   のほりぬるけふりはそれとわかねともなへて雲ゐのあはれなる哉とのにお はしつきて露まとろまれ給はすとしころの御ありさまをおほしいてつゝなとて つゐにはをのつからみなをし給てむとのとかにおもひてなをさりのすさひにつ けてもつらしとおほえられたてまつりけむよをへてうとくはつかしき物におも ひてすきはて給ぬるなとくやしき事おほくおほしつつけらるれとかひなしには める御そたてまつれるも夢の心ちしてわれさきたゝましかはふかくそそめ給は ましとおほすさへ   かきりあれはうすゝみ衣あさけれと涙そ袖をふちとなしけるとてねむすし 給へるさまいとゝなまめかしさまさりて経しのひやかによみ給つゝ法かい三ま いふけん大しとうちの給へるおこなひなれたるほうしよりはけなりわか君をみ たてまつり給にもなにゝしのふのといとゝ露けゝれとかかるかたみさへなから" }, { "vol": 9, "page": 306, "text": "ましかはとおほしなくさむ宮はしつみいりてそのまゝにおきあかり給はすあや うけにみえ給を又おほしさはきて御いのりなとせさせ給はかなうすきゆけは御 わさのいそきなとせさせ給もおほしかけさりしことなれはつきせすいみしうな むなのめにかたほなるをたに人のおやはいかゝおもふめるましてことはり也又 たくひおはせぬをたにさう〱しくおほしつるに袖のうへの玉のくたけたりけ むよりもあさましけなり大将の君は二条院にたにあからさまにもわたり給はす あはれに心ふかうおもひなけきておこなひをまめにし給ひつゝあかしくらし給 所〱には御ふみはかりそたてまつり給かの宮す所はさい宮は左衛門のつかさ にいり給にけれはいとゝいつくしき御きよまはりにことつけてきこえもかよひ 給はすうしとおもひしみにし世もなへていとはしうなり給てかゝるほたしたに そはさらましかはねかはしきさまにもなりなましとおほすにはまつたいのひめ 君のさう〱しくてものし給らむありさまそふとおほしやらるゝよるはみ丁の うちにひとりふし給にとのゐの人〻はちかうめくりてさふらへとかたはらさひ しくて時しもあれとねさめかちなるにこゑすくれたるかきりえりさふらはせ給" }, { "vol": 9, "page": 307, "text": "念仏の暁かたなとしのひかたしふかき秋のあはれまさり行風のをと身にしみけ るかなとならはぬ御ひとりねにあかしかね給へるあさほらけのきりわたれるに 菊のけしきはめる枝にこきあをにひのかみなるふみつけてさしをきていにけり いまめかしうもとてみ給へは宮す所の御てなりきこえぬほとはおほししるらむ や   人の世をあはれときくも露けきにをくるゝ袖をおもひこそやれたゝいまの 空におもひ給へあまりてなむとありつねよりもいうにもかい給へるかなとさす かにをきかたうみ給物からつれなの御とふらひやと心うしさりとてかきたえを となうきこえさらむもいとおしく人の御なのくちぬへき事をおほしみたるすき にし人はとてもかくてもさるへきにこそは物し給けめなにゝさることをさた 〱とけさやかにみきゝけむとくやしきは我御心なから猶えおほしなをすまし きなめりかし斎宮の御きよまはりもわつらはしくやなとひさしうおもひわつら ひ給へとわさとある御返なくはなさけなくやとてむらさきのにはめるかみにこ よなうほとへ侍にけるを思給へおこたらすなからつゝましきほとはさらはおほ" }, { "vol": 9, "page": 308, "text": "ししるらむやとてなむ   とまる身もきえしもおなし露の世に心をくらむほとそはかなきかつはおほ しけちてよかし御らんせすもやとてたれにもときこえ給へりさとにおはするほ となりけれはしのひてみ給てほのめかし給へるけしきを心のおにゝしるくみ給 てされはよとおほすもいといみし猶いとかきりなき身のうさ也けりかやうなる きこえありて院にもいかにおほさむ故前坊のおなしき御はらからといふ中にも いみしうおもひかはしきこえさせ給てこの斎宮の御ことをもねんころにきこえ つけさせ給しかはその御かはりにもやかてみたてまつりあつかはむなとつねに の給せてやかてうちすみし給へとたひ〱きこえさせ給しをたにいとあるまし きことゝおもひはなれにしをかく心よりほかにわか〱しき物思をしてつゐに うき名をさへなかしはてつへきことゝおほしみたるゝになをれいのさまにもお はせすさるは大かたの世につけて心にくゝよしあるきこえありてむかしより名 たかく物し給へは野の宮の御うつろひのほとにもおかしういまめきたる事おほ くしなして殿上人とものこのましきなとは朝夕の露わけありくをその比のやく" }, { "vol": 9, "page": 309, "text": "になむするなときゝ給ても大将の君はことはりそかしゆへはあくまてつき給へ る物をもし世中にあきはてゝくたり給なはさう〱しくもあるへきかなとさす かにおほされけり御法事なとすきぬれと正日まては猶こもりおはすならはぬ御 つれ〱を心くるしかり給て三位中将はつねにまいり給つ〱世中の御物かたり なとまめやかなるも又れいのみたりかはしき事をもきこえいてつゝなくさめき こえ給にかの内侍そうちわらひ給くさはひにはなるめる大将の君はあないとお しやをはおとゝのうへないたうかろめ給ひそといさめ給物からつねにおかしと おほしたりかのいさよひのさやかならさりし秋の事なとさらぬもさま〱のす きことゝもをかたみにくまなくいひあらはし給はて〱はあはれなる世をいひ 〱てうちなきなともし給けり時雨うちして物あはれなる暮つかた中将の君に ひ色のなをしさしぬきうすらかに衣かへしていとおゝしうあさやかに心はつか しきさましてまいり給へり君はにしのつまのかうらんにをしかゝりて霜かれの せむさいみ給ほと也けり風あららかにふきしくれさとしたるほと涙もあらそふ 心ちして雨となり雲とや成にけんいまはしらすとうちひとりこちてつらつゑつ" }, { "vol": 9, "page": 310, "text": "き給へる御さま女にてはみすてゝなくならむ玉しひかならすとまりなむかしと 色めかしき心ちにうちまもられつゝちかうついゐ給へれはしとけなくうちみた れ給へるさまなからひもはかりをさしなをし給これはいますこしこまやかなる 夏の御なをしに紅のつやゝかなるひきかさねてやつれ給へるしもみてもあかぬ 心ちそする中将もいとあはれなるまみになかめたまへり   雨となりしくるゝ空のうき雲をいつれのかたとわきてなかめむゆくゑなし やとひとりことのやうなるを   みし人の雨となりにし雲井さへいとゝ時雨にかきくらす比との給御けしき もあさからぬほとしるくみゆれはあやしうとし比はいとしもあらぬ御心さしを 院なとゐたちての給はせおとゝの御もてなしも心くるしう大宮の御かたさまに もてはなるましきなとかた〱にさしあひたれはえしもふりすて給はてものう けなる御けしきなからありへ給なめりかしといとおしうみゆるおり〱ありつ るをまことにやむことなくをもきかたはことに思きこえ給けるなめりとみしる にいよ〱くちおしうおほゆよろつにつけてひかりうせぬる心ちしてくんしゐ" }, { "vol": 9, "page": 311, "text": "たかりけりかれたる下草の中にりんたうなてしこなとのさきいてたるをおらせ 給て中将のたち給ぬるのちにわか君の御めのとの宰相の君して   草かれのまかきにのこるなてしこをわかれし秋のかたみとそみるにほひお とりてや御らんせらるらむときこえ給へりけになに心なき御ゑみかほそいみし ううつくしき宮は吹風につけてたに木の葉よりけにもろき御涙はましてとりあ へ給はす   いまもみてなか〱袖をくたすかなかきほあれにしやまとなてしこ猶いみ しうつれ〱なれはあさかほの宮にけふのあはれはさりとも見しり給らむとお しはからるゝ御心はへなれはくらきほとなれときこえ給たえまとをけれとさの ものとなりにたる御ふみなれはとかなくて御らむせさす空の色したるからのか みに   わきてこのくれこそ袖は露けゝれ物おもふ秋はあまたへぬれといつも時雨 はとあり御手なとの心とゝめてかき給へるつねよりもみ所ありてすくしかたき ほとなりと人もきこえみつからもおほされけれは大うち山をおもひやりきこえ" }, { "vol": 9, "page": 312, "text": "なからえやはとて   秋きりにたちをくれぬときゝしより時雨ゝ空もいかゝとそおもふとのみほ のかなるすみつきにておもひなし心にくしなに事につけてもみまさりはかたき 世なめるをつらき人しもこそとあはれにおほえ給人の御心さまなるつれななか らさるへきおり〱のあはれをすくし給はぬこれこそかたみになさけもみはつ へきわさなれ猶ゆへつきよしつきて人めにみゆはかりなるはあまりのなむもい てきけりたいのひめ君をさはおほしたてしとおほすつれ〱にて恋しと思らむ かしとわするゝおりなけれとたゝめおやなき子をゝきたらむ心ちしてみぬほと うしろめたくいかゝおもふらむとおほえぬそ心やすきわさなりけるくれはてぬ れは御となふらちかくまいらせ給てさるへきかきりの人〱御まへにて物語な とせさせ給中納言の君といふはとしころしのひおほししかとこの御思ひのほと は中〱さやうなるすちにもかけ給はすあはれなる御心かなとみたてまつる大 かたにはなつかしううちかたらひ給てかうこの日ころありしよりけにたれも 〱まきるゝかたなくみなれ〱てえしもつねにかゝらすは恋しからしやいみ" }, { "vol": 9, "page": 313, "text": "しき事をはさる物にてたゝうちおもひめくらすこそたへかたきことおほかりけ れとの給へはいとゝみななきていふかひなき御事はたゝかきくらす心ちし侍は さる物にてなこりなきさまにあくかれはてさせ給はむほと思給ふるこそときこ えもやらすあはれとみわたし給てなこりなくはいかゝは心あさくもとりなし給 哉心なかき人たにあらはみはて給ひなむ物を命こそはかなけれとて火をうちな かめたまへるまみのうちぬれ給へるほとそめてたきとりわきてらうたくし給し ちいさきわらはのおやともゝなくいと心ほそけにおもへることはりにみ給てあ てきはいまはわれをこそはおもふへき人なめれとのたまへはいみしうなくほと なきあこめ人よりはくろうそめてくろきかさみくわむさうのはかまなときたる もおかしきすかた也むかしをわすれさらむ人はつれ〱をしのひてもをさなき 人をみすてすものし給へみし世のなこりなく人〱さへかれなはたつきなさも まさりぬへくなむなとみな心なかゝるへきことゝもをの給へといてやいとゝま ちとをにそなり給はむとおもふにいとゝ心ほそし大とのは人々にきは〱ほと をきつゝはかなきもてあそひ物とも又まことにかの御かたみなるへき物なとわ" }, { "vol": 9, "page": 314, "text": "さとならぬさまにとりなしつゝみなくはらせ給けり君はかくてのみもいかてか はつく〱とすくし給はむとて院へまいり給御車さしいてゝこせむなとまいり あつまるほとおりしりかほなる時雨うちそゝきて木の葉さそふ風あはたゝしう 吹はらひたるにおまへにさふらふ人〻ものいと心ほそくてすこしひまありつる 袖ともうるひわたりぬよさりはやかて二条院にとまり給へしとてさふらひの人 〱もかしこにてまちきこえんとなるへしをの〱たちいつるにけふにしもと ちむましき事なれと又なくものかなしおとゝも宮もけふのけしきにまたかなし さあらためておほさる宮の御まへに御せうそこきこえ給へり院におほつかなか りの給するによりけふなむまいり侍あからさまにたちいて侍につけてもけふま てなからへ侍にけるよとみたり心ちのみうこきてなむきこえさせむも中〱に 侍へけれはそなたにもまいり侍らぬとあれはいとゝしく宮はめもみえ給はすし つみいりて御返もきこえ給はすおとゝそやかてわたり給へるいとたへかたけに おほして御袖もひきはなち給はすみたてまつる人〱もいとかなし大将の君は よをおほしつゝくることいとさま〱にてなき給さまあはれに心ふかき物から" }, { "vol": 9, "page": 315, "text": "いとさまよくなまめき給へりおととひさしうためらひ給てよはひのつもるには さしもあるましきことにつけてたに涙もろなるわさに侍をましてひるよなうお もひ給へまとはれ侍心をえのとめ侍らねは人めもいとみたりかはしう心よはき さまに侍へけれは院なとにもまいり侍らぬ也ことのついてにはさやうにおもむ けそうせさせ給へいくはくも侍るましきおいのすゑにうちすてられたるかつら うも侍かなとせめて思ひしつめての給けしきいとわりなし君もたひ〱はなう ちかみてをくれさきたつほとのさためなさは世のさかとみ給へしりなからさし あたりておほえ侍心まとひはたくひあるましきわさとなむ院にもありさまそう し侍らむにおしはからせ給てむときこえ給さらは時雨もひまなく侍めるを暮ぬ ほとにとそゝのかしきこえ給うちみまはし給にみき丁のうしろさうしのあなた なとのあきとおりたるなとに女はう卅人はかりおしこりてこきうすきにひ色と もをきつゝみないみしう心ほそけにてうちしほたれつゝゐあつまりたるをいと あはれとみ給おほしすつましき人もとまりたまへれはさりともものゝついてに はたちよらせ給はしやなとなくさめ侍をひとへにおもひやりなき女はうなとは" }, { "vol": 9, "page": 316, "text": "けふをかきりにおほしすてつる古郷と思くむしてなかくわかれぬるかなしひよ りもたゝ時〱なれつかうまつるとし月のなこりなかるへきをなけき侍めるな むことはりなるうちとけおはします事は侍さりつれとさりともつゐにはとあい なたのめし侍つるをけにこそ心ほそきゆふへに侍れとてもなき給ぬいとあさは かなる人〻のなけきにも侍なるかなまことにいかなりともとのとかに思給へつ るほとはをのつから御めかるゝおりも侍つらむを中〱いまはなにをたのみに てかはおこたり侍らんいま御らんしてむとていて給をおととみをくりきこえ給 ていり給へるに御しつらひよりはしめありしにかはる事もなけれとうつせみの むなしき心ちそし給御丁のまへに御すゝりなとうちゝらして手ならひすて給へ るをとりてめをおしゝほりつゝみ給をわかき人々はかなしき中にもほをゑむあ るへしあはれなるふる事ともからのもやまとのもかきけかしつゝさうにもまな にもさま〱めつらしきさまにかきませ給へりかしこの御てやと空をあふきて なかめ給よそ人にみたてまつりなさむかおしきなるへしふるき枕ふるき衾たれ とともにかとある所に" }, { "vol": 9, "page": 317, "text": "  なき玉そいとゝかなしきねしとこのあくかれかたき心ならひに又霜の花し ろしとある所に   君なくてちりつもりぬるとこなつの露うちはらひいく夜ねぬらむ一日の花 なるへし枯てましれり宮に御らんせさせ給ていふかひなき事をはさる物にてか ゝるかなしきたくひ世になくやはと思なしつゝ契なかゝらてかく心をまとはす へくてこそはありけめとかへりてはつらくさきの世を思やりつゝなむさまし侍 をたゝ日ころにそへて恋しさのたへかたきとこの大将の君のいまはとよそにな り給はむなんあかすいみしく思たまへらるゝ一日ふつかもみえ給はすかれ〱 におはせしをたにあかすむねいたく思侍しをあさゆふのひかりうしなひてはい かてかなからふへからんと御こゑもえしのひあへ給はすない給におまへなるお とな〱しき人なといとかなしくてさとうちなきたるそゝろさむきゆふへのけ しき也わかき人〻は所〱にむれゐつゝをのかとちあはれなる事ともうちかた らひてとのゝおほしのたまはするやうにわか君をみたてまつりてこそはなくさ むへかめれと思ふもいとはかなきほとの御かたみにこそとてをの〱あからさ" }, { "vol": 9, "page": 318, "text": "まにまかてゝまいらむといふもあれはかたみにわかれおしむほとをのかしゝあ はれなる事ともおほかり院へまいり給へれはいといたうおもやせにけりさうし にて日をふるけにやと心くるしけにおほしめしておまへにて物なとまいらせ給 てとやかくやとおほしあつかひきこえさせ給へるさまあはれにかたしけなし中 宮の御かたにまいり給へれは人〱めつらしかりみたてまつる命婦の君して思 つきせぬ事ともをほとふるにつけてもいかにと御せうそこきこえ給へりつねな き世は大かたにもおもふ給へしりにしをめにちかくみ侍つるにいとはしきこと おほく思給へみたれしもたひ〱の御せうそこになくさめ侍てなむけふまても とてさらぬおりたにある御けしきとりそへていと心くるしけなりむもんのうへ の御そににひ色の御したかさねえいまき給へるやつれすかたはなやかなる御よ そひよりもなまめかしさまさり給へり春宮にもひさしうまいらぬおほつかなさ なときこえ給て夜ふけてそまかて給二条院にはかた〱はらひみかきておとこ 女まちきこえたり上らうともみなまうのほりてわれも〱とさうそきけさうし たるをみるにつけてもかのゐなみくむしたりつるけしきともそあはれにおもひ" }, { "vol": 9, "page": 319, "text": "いてられ給御さうそくたてまつりかへてにしのたいにわたりたまへり衣かへの 御しつらひくもりなくあさやかにみえてよきわか人わらはへのなりすかためや すくとゝのへて少納言かもてなし心もとなき所なう心にくしとみ給ひめ君いと うつくしうひきつくろひておはすひさしかりつるほとにいとこよなうこそおと なひ給にけれとてちいさきみき丁ひきあけてみたてまつり給へはうちそはみて わらひ給へる御さまあかぬ所なしほかけの御かたはらめかしらつきなとたたか の心つくしきこゆる人にたかふ所なくなり行かなとみ給にいとうれしちかくよ り給ておほつかなかりつるほとの事ともなときこえ給て日ころの物かたりのと かにきこえまほしけれといま〱しうおほえ侍れはしはしことかたにやすらひ てまいりこむ今はとたえなくみたてまつるへけれはいとはしうさへやおほされ むとかたらひきこえ給を少納言はうれしときく物から猶あやうく思きこゆやむ ことなきしのひ所おほうかゝつらひ給へれは又わつらはしきやたちかはり給は むと思ふそにくき心なるや御方にわたり給て中将の君といふ御あしなとまいり すさひておほとのこもりぬあしたにはわか君の御もとに御ふみたてまつり給あ" }, { "vol": 9, "page": 320, "text": "はれなる御返をみ給にもつきせぬ事とものみなむいとつれ〱になかめかちな れとなにとなき御ありきもものうくおほしなられておほしもたゝれすひめ君の なに事もあらまほしうとゝのひはてゝいとめてたうのみみえ給をにけなからぬ ほとにはたみなし給へれはけしきはみたる事なとおり〱きこえこゝろみ給へ とみもしり給はぬけしき也つれ〱なるまゝにたゝこなたにてこうちへんつき なとしつゝ日をくらし給に心はへのらう〱しくあいきやうつきはかなきたは ふれことのなかにもうつくしきすちをしいて給へはおほしはなちたる年月こそ たゝさるかたのらうたさのみはありつれしのひかたくなりて心くるしけれとい かゝ有けむ人のけちめみたてまつりわくへき御中にもあらぬにおとこ君はとく おき給て女君はさらにおき給はぬあしたあり人〻いかなれはかくおはしますな らむ御心ちのれいならすおほさるゝにやとみたてまつりなけくに君はわたり給 とて御すゝりのはこを御帳のうちにさしいれておはしにけり人まにからうして かしらもたけ給へるにひきむすひたるふみ御枕のもとにありなに心もなくひき あけてみ給へは" }, { "vol": 9, "page": 321, "text": "  あやなくもへたてけるかなよをかさねさすかになれしよるの衣をとかきす さひ給へるやう也かゝる御心おはすらむとはかけてもおほしよらさりしかはな とてかう心うかりける御心をうらなくたのもしき物におもひきこえけむとあさ ましうおほさるひるつかたわたり給てなやましけにし給らむはいかなる御心ち そけふはこもうたてさう〱しやとてのそき給へはいよ〱御そひきかつきて ふし給へり人々はしりそきつゝさふらへはより給てなとかくいふせき御もてな しそおもひのほかに心うくこそおはしけれな人もいかにあやしとおもふらむと て御ふすまをひきやり給へれはあせにをしひたしてひたいかみもいたうぬれ給 へりあなうたてこれはいとゆゝしきわさそよとてよろつにこしらへきこえ給へ とまことにいとつらしと思給て露の御いらへもし給はすよし〱さらにみえた てまつらしいとはつかしなとえし給て御すゝりあけてみ給へと物もなけれはわ かの御ありさまやとらうたくみたてまつり給て日ひとひいりゐてなくさめきこ え給へととけかたき御けしきいとゝらうたけなりそのよさりゐのこもちゐまい らせたりかゝる御思のほとなれはこと〱しきさまにはあらてこなたはかりに" }, { "vol": 9, "page": 322, "text": "おかしけなるひわりこなとはかりを色〱にてまいれるをみ給て君みなみのか たにいて給てこれみつをめしてこのもちゐかうかす〱に所せきさまにはあら てあすのくれにまいらせよけふはいま〱しき日也けりとうちほゝゑみての給 御けしきを心とき物にてふと思よりぬこれみつたしかにもうけたまはらてけに あいきやうのはしめは日えりしてきこしめすへき事にこそさてもねのこはいく つかつかうまつらすへう侍らむとまめたちて申せはみつかひとつかにてもあら むかしとの給に心えはてゝたちぬ物なれのさまやときみはおほす人にもいはて 手つからといふはかりさとにてそつくりゐたりける君はこしらへわひ給ていま はしめぬすみもてきたらむ人の心ちするもいとおかしくてとし比あはれとおも ひきこえつるはかたはしにもあらさりけり人の心こそうたてある物はあれいま は一夜もへたてむ事のわりなかるへき事とおほさるの給しもちゐしのひていた う夜ふかしてもてまいれり少納言はおとなしくてはつかしくやおほさむと思や りふかく心しらひてむすめの弁といふをよひいてゝこれしのひてまいらせ給へ とてかうこのはこをひとつさしいれたりたしかに御枕かみにまいらすへきいは" }, { "vol": 9, "page": 323, "text": "ひの物に侍あなかしこあたになといへはあやしとおもへとあたなる事はまたな らはぬ物をとてとれはまことにいまはさるもしいませ給へよゝもましり侍らし といふわかき人にてけしきもえふかく思よらねはもてまいりて御枕かみの御き 丁よりさしいれたるを君それいのきこえしらせ給らむかし人はえしらぬにつと めてこのはこをまかてさせ給へるにそしたしきかきりの人〱おもひあはする 事ともありける御さらともなといつのまにかしいてけむけそくいときよらにし てもちゐのさまもことさらひいとおかしうとゝのへたり少納言はいとかうしも やとこそ思きこえさせつれあはれにかたしけなくおほしいたらぬ事なき御心は へをまつうちなかれぬさてもうち〱にのたまはせよなかの人もいかにおもひ つらむとささめきあへりかくて後はうちにも院にもあからさまにまいり給へる 程たにしつ心なくおもかけに恋しけれはあやしの心やとわれなからおほさるか よひ給し所〱よりはうらめしけにおとろかしきこえ給なとすれはいとおしと おほすもあれと新手枕の心くるしくてよをやへたてむとおほしわつらはるれは いと物うくてなやましけにのみもてなし給て世中のいとうくおほゆるほとすく" }, { "vol": 9, "page": 324, "text": "してなむ人にもみえたてまつるへきとのみいらへ給つゝすくし給いまきさきは みくしけ殿猶この大将にのみ心つけたまへるをけにはたかくやむことなかりつ る方もうせ給ぬめるをさてもあらむになとかくちおしからむなとおととの給に いとにくしと思ひきこえ給て宮つかへもおさ〱しくたにしなし給へらはなと かあしからむとまいらせたてまつらむことをおほしはけむ君もをしなへてのさ まにはおほえさりしをくちをしとはおほせとたゝいまはことさまにわくる御心 もなくてなにかはかはかりみしかからめ世にかくておもひさたまりなむ人のう らみもおふましかりけりといとゝあやうくおほしこりにたりかのみやす所はい と〱おしけれとまことのよるへとたのみきこえむにはかならす心をかれぬへ し年ころのやうにてみすくし給はゝさるへきおりふしにものきこえあはする人 にてはあらむなとさすかにことのほかにはおほしはなたすこのひめ君をいまゝ てよ人もその人ともしりきこえぬも物けなきやう也ちゝ宮にしらせきこえてむ とおもほしなりて御もきの事人にあまねくはの給はねとなへてならぬさまにお ほしまうくる御よういなといとありかたけれと女君はこよなううとみきこえ給" }, { "vol": 9, "page": 325, "text": "て年ころよろつにたのみきこえてまつはしきこえけるこそあさましき心なりけ れとくやしうのみおほしてさやかにもみあはせたてまつり給はすきこえたはふ れ給もくるしうわりなき物におほしむすほゝれてありしにもあらすなり給へる 御ありさまをおかしうもいとおしうもおほされて年ころおもひきこえしほいな くなれはまさらぬ御けしきの心うきことゝうらみきこえ給ほとにとしもかへり ぬついたちの日はれいの院にまいり給てそ内春宮なとにもまいり給それより大 とのにまかて給へりおとゝあたらしき年ともいはすむかしの御事ともきこえい て給てさう〱しくかなしとおほすにいとゝかくさへわたり給へるにつけてね むしかへし給へとたへかたうおほしたり御年のくはゝるけにやもの〱しきけ さへそひ給てありしよりけにきよらにみえ給たちいてゝ御かたにいり給へれは 人〻もめつらしうみたてまつりてしのひあへすわかきみみたてまつり給へはこ よなうおよすけてわらひかちにおはするもあはれ也まみくちつきたゝ春宮の御 おなしさまなれは人もこそみたてまつりとかむれとみ給御しつらひなともかは らすみそかけの御さうそくなとれいのやうにしかけられたるに女のかならはぬ" }, { "vol": 9, "page": 326, "text": "こそはへなくさう〱しくはへなけれ宮の御せうそこにてけふはいみしく思給 へしのふるをかくわたらせ給へるになむ中〱なときこえ給てむかしにならひ 侍にける御よそひも月ころはいとゝ涙にきりふたかりて色あひなく御らむせら れ侍らむと思給れとけふはかりは猶やつれさせたまへとていみしくしつくし給 へる物とも又かさねてたてまつれ給へりかならすけふたてまつるへきとおほし ける御したかさねは色もをりさまもよのつねならす心ことなるをかひなくやは とてきかへ給こさらましかはくちをしうおほさましと心くるし御返に春やきぬ るともまつ御らむせられになんまいり侍つれと思給へいてらるる事おほくてえ きこえさせ侍らす   あまた年けふあらためし色ころもきては涙そふるこゝちするえこそおもひ たまへしつめねときこえ給へり御返   あたらしきとしともいはすふる物はふりぬる人の涙なりけりをろかなるへ きことにそあらぬや" }, { "vol": 10, "page": 333, "text": "斎宮の御くたりちかう成ゆくまゝに御息所ものこゝろほそくおもほすやむこと なくわつらはしきものにおほえたまへりし大殿の君もうせ給てのちさりともと 世人もきこえあつかひ宮のうちにも心ときめきせしをそのゝちしもかきたえあ さましき御もてなしをみ給にまことにうしとおほす事こそありけめとしりはて 給ぬれはよろつのあはれをおほしすてゝひたみちにいてたち給おやそひくたり 給れいもことになけれといとみはなちかたき御ありさまなるにことつけてうき 世を行はなれむとおほすに大将の君さすかにいまはとかけはなれ給なむもくち おしくおほされて御せうそこはかりはあはれなるさまにてたひ〱かよふたい めし給はんことをはいまさらにあるましきことゝ女君もおほす人は心つきなし と思をき給事もあらむにわれはいますこしおもひみたるゝ事のまさるへきをあ いなしと心つよくおほすなるへしもとの殿にはあからさまにわたり給おり〱 あれといたうしのひたまへは大将殿えしり給はすたはやすく御心にまかせてま うてたまふへき御すみかにはたあらねはおほつかなくて月日もへたゝりぬるに 院のうへおとろ〱しき御なやみにはあらてれいならす時〱なやませ給へは" }, { "vol": 10, "page": 334, "text": "いとゝ御心のいとまなけれとつらき物に思はて給なむもいとおしく人きゝなさ けなくやとおほしをこして野の宮にまうて給九月七日はかりなれはむけにけふ あすとおほすに女かたも心あはたゝしけれとたちなからとたひ〱御せうそこ ありけれはいてやとはおほしわつらひなからいとあまりうもれいたきを物こし はかりのたいめはと人しれすまちきこえ給けりはるけきのへをわけいり給より いとものあはれなり秋の花みなおとろへつゝあさちか原もかれ〱なるむしの ねに松風すこく吹あはせてそのことゝもきゝわかれぬほとにものゝねともたえ 〱きこえたるいとえんなりむつましきこせむ十よ人はかりみすいしむこと 〱しきすかたならていたうしのひ給へれとことにひきつくろひ給へる御よう いゝとめてたくみえ給へは御ともなるすきものとも所からさへ身にしみて思へ り御心にもなとていままてたちならさゝりつらむとすきぬるかたくやしうおほ さるものはかなけなるこしはかきをおほかきにていたやともあたりあたりいと かりそめなりくろ木のとりゐともさすかにかう〱しうみわたされてわつらは しきけしきなるにかむつかさの物ともこゝかしこにうちしはふきてをのかとち" }, { "vol": 10, "page": 335, "text": "ものうちいひたるけはひなともほかにはさまかはりてみゆひたきやかすかにひ かりて人けすくなくしめ〱としてこゝにもの思はしき人の月日をへたて給へ らむほとをおほしやるにいといみしうあはれに心くるしきたのたいのさるへき 所にたちかくれ給ひて御せうそこきこえ給にあそひはみなやめて心にくきけは ひあまたきこゆなにくれの人つての御せうそこはかりにて身つからはたいめし 給へきさまにもあらねはいとものしとおほしてかうやうのありきもいまはつき なきほとになりにて侍をおもほししらはかうしめのほかにはもてなし給はてい ふせう侍事をもあきらめ侍にしかなとまめやかにきこえ給へは人〻けにいとか たはらいたうたちわつらはせ給にいとおしうなとあつかひきこゆれはいさやこ ゝの人めもみくるしうかのおほさむこともわか〱しういてゐんかいまさらに つゝましきことゝおほすにいとものうけれとなさけなうもてなさむにもたけか らねはとかくうちなけきやすらひてゐさりいて給へる御けはひいと心にくしこ なたはすのこはかりのゆるされは侍りやとてのほりい給へりはなやかにさしい てたるゆふつくよにうちふるまひ給へるさまにほひににるものなくめてたし月" }, { "vol": 10, "page": 336, "text": "ころのつもりをつき〱しうきこえ給はむもまはゆき程になりにけれはさか木 をいさゝかおりても給へりけるをさしいれてかはらぬ色をしるへにてこそいか きもこえ侍にけれさも心うくときこえ給へは   神かきはしるしのすきもなきものをいかにまかへておれるさか木そときこ え給へは   をとめこかあたりとおもへはさか木はの香をなつかしみとめてこそおれお ほかたのけはひわつらはしけれとみすはかりはひききてなけしにおしかゝりて ゐ給へり心にまかせてみたてまつりつへく人もしたひさまにおほしたりつると し月はのとかなりつる御心おこりにさしもおほされさりきまた心のうちにいか にそやきすありて思きこえ給にしのちはたあはれもさめつゝかく御中もへたゝ りぬるをめつらしき御たいめのむかしおほえたるにあはれとおほしみたるゝ事 かきりなしきしかたゆくさきおほしつゝけられて心よはくなき給ぬ女はさしも みえしとおほしつゝむめれとえしのひ給はぬ御けしきをいよ〱心くるしうな をおほしとまるへきさまにそきこえ給める月もいりぬるにやあはれなる空をな" }, { "vol": 10, "page": 337, "text": "かめつゝうらみきこえ給にこゝら思ひあつめ給へるつらさもきえぬへしやう 〱いまはとおもひはなれ給へるにされはよと中〱心うこきておほしみたる 殿上のわかきむたちなとうちつれてとかくたちわつらふなるにはのたたすまひ もけにえんなるかたにうけはりたるありさまなりおもほしのこすことなき御な からひにきこえかはし給事ともまねひやらむかたなしやう〱あけ行空のけし きことさらにつくりいてたらむやう也   あかつきのわかれはいつも露けきをこは世にしらぬ秋の空かないてかてに 御てをとらへてやすらひ給へるいみしうなつかしかせいとひやゝかに吹て松む しのなきからしたるこゑもおりしりかほなるをさして思事なきたにきゝすくし かたけなるにましてわりなき御こゝろまとひともに中〱こともゆかぬにや   おほかたの秋のわかれもかなしきになくねなそへそのへのまつむしくやし き事おほかれとかひなけれはあけ行空もはしたなふていて給みちのほといと露 けし女もえ心つよからすなこりあはれにてなかめ給ほのみたてまつり給へる月 影の御かたち猶とまれるにほひなとわかき人〻は身にしめてあやまちもしつへ" }, { "vol": 10, "page": 338, "text": "くめてきこゆいかはかりのみちにてかかゝる御ありさまをみすてゝはわかれき こえんとあいなく涙くみあへり御ふみつねよりもこまやかなるはおほしなひく はかりなれと又うちかへしさためかね給へき事ならねはいとかひなしおとこは さしもおほさぬ事をたになさけのためにはよくいひつゝけ給ふへかめれはまし てをしなへてのつらには思ひきこえ給はさりし御なかのかくてそむき給なんと するをくちおしうもいとをしうもおほしなやむへしたひの御さうそくよりはし め人〻のまてなにくれの御てうとなといかめしうめつらしきさまにてとふらひ きこえ給へとなにともおほされすあは〱しう心うきなをのみなかしてあさま しき身のありさまをいまはしめたらむやうにほとちかくなるまゝにおきふしな けき給斎宮はわかき御心ちにふちやうなりつる御いてたちのかくさたまりゆく をうれしとのみおほしたり世人はれゐなき事ともときもあはれかりもさま〱 にきこゆへしなにことも人にもときあつかはれぬきはゝやすけなりなか〱世 にぬけいてぬる人の御あたりはところせきことおほくなむ十六日かつら河にて 御はらへしし給つねのきしきにまさりて長ふそうしなとさらぬかむたちめもや" }, { "vol": 10, "page": 339, "text": "むことなくおほえあるをえらせ給へり院の御心よせもあれはなるへしいて給ふ 程に大将殿よりれいのつきせぬ事ともきこえ給へりかけまくもかしこきおまへ にてとゆふにつけてなる神たにこそ   やしまもるくにつみ神もこゝろあらはあかぬわかれの中をことはれおもふ たまふるにあかぬ心ちし侍かなとありいとさはかしきほとなれと御かへりあり 宮の御をは女へたうしてかゝせ給へり   くにつかみ空にことはる中ならはなをさりことをまつやたゝさむ大将は御 ありさまゆかしうてうちにもまいらまほしくおほせとうちすてられてみをくら むも人わろき心ちし給へはおほしとまりてつれ〱になかめゐ給へり宮の御か へりのおとな〱しきをほをゑみてみゐ給へり御としのほとよりはおかしうも おはすへきかなとたゝならすかうやうにれいにたかへるわつらはしさにかなら す心かゝる御くせにていとようみたてまつりつへかりしいはけなき御ほとをみ すなりぬるこそねたけれ世中さためなけれはたいめするやうもありなむかしな とおほす心にくゝよしある御けはひなれはものみくるまおほかるひなりさるの" }, { "vol": 10, "page": 340, "text": "時にうちにまいり給宮すん所御こしにのり給へるにつけてもちゝおとゝのかき りなきすちにおほし心さしていつきたてまつり給しありさまかはりてすゑの世 にうちをみ給にもものゝみつきせすあはれにおほさる十六にてこ宮にまいり給 て廿にてをくれたてまつり給卅にてそけふまたこゝのへをみ給ける   そのかみをけふはかけしとしのふれと心のうちにものそかなしき斎宮は十 四にそなり給けるいとうつくしうおはするさまをうるはしうしたて〱まつり 給へるそいとゆゝしきまてみえ給をみかと御心うこきてわかれのくしたてまつ り給ほといとあはれにてしほたれさせ給ぬいて給をまちたてまつるとて八省に たてつゝけたるいたし車とものそてくち色あひもめなれぬさまに心にくきけし きなれは殿上人ともゝわたくしのわかれおしむおほかりくらういて給て二条よ りとうゐむのおほちをおれ給ふほと二条の院のまへなれは大将の君いとあはれ におほされてさかきにさして   ふりすてゝけふはゆくともすゝか河やそせの浪に袖はぬれしやときこえ給 へれといとくらうものさはかしき程なれは又の日せきのあなたよりそ御返しあ" }, { "vol": 10, "page": 341, "text": "る   すゝか河やそせのなみにぬれ〱すいせまてたれかおもひをこせむことそ きてかき給へるしも御ていとよし〱しくなまめきたるにあはれなるけをすこ しそへ給へらましかはとおほすきりいたうふりてたたならぬあさほらけにうち なかめてひとりこちおはす   ゆくかたをなかめもやらむこの秋はあふさか山を霧なへたてそにしのたい にもわたり給はてひとやりならすものさひしけになかめくらし給まして旅の空 はいかに御心つくしなる事おほかりけん院の御なやみ神な月になりてはいとお もくおはします世中におしみきこえぬ人なしうちにもおほしなけきて行幸あり よはき御心ちにも春宮御事をかへす〱きこえさせ給てつきには大将の御事侍 つる世にかはらす大小のことをへたてすなにことも御うしろみとおほせよはひ のほとよりはよをまつりこたむにもおさ〱はゝかりあるましうなむみ給ふる かならす世中たもつへきさうある人なりさるによりてわつらはしさにみこにも なさすたゝ人にておほやけの御うしろみをせさせむと思給へしなりその心たか" }, { "vol": 10, "page": 342, "text": "へさせ給なとあはれなる御ゆいこむともおほかりけれと女のまねふへきことに しあらねはこのかたはしたにかたはらいたしみかともいとかなしとおほしてさ らにたかへきこえさすましきよしをかへす〱きこえさせ給御かたちもいとき よらにねひまさらせ給へるをうれしくたのもしくみたてまつらせ給かきりあれ はいそきかへらせ給にもなか〱なる事おほくなん春宮もひとたひにとおほし めしけれとものさはかしきによりひをかへてわたらせ給へり御としのほとより はおとなひうつくしき御さまにて恋しとおもひきこえさせ給けるつもりになに 心もなくうれしとおほしみたてまつり給ふ御けしきいとあはれなり中宮は涙に しつみ給へるをみたてまつらせ給もさま〱御心みたれておほしめさるよろつ のことをきこえしらせ給へといと物はかなき御ほとなれはうしろめたくかなし とみたてまつらせ給大将にもおほやけにつかうまつり給へき御心つかひこの宮 の御うしろみし給へきことをかへす〱の給はす夜ふけてそかへらせ給のこる 人なくつかうまつりてのゝしるさま行幸におとるけちめなしあかぬほとにてか へらせ給をいみしうおほしめすおほきさきもまいり給はむとするを中宮のかく" }, { "vol": 10, "page": 343, "text": "そひおはするに御心をかれておほしやすらふほとにおとろ〱しきさまにもお はしまさてかくれさせ給ぬあしを空に思まとふ人おほかり御くらゐをさらせ給 といふはかりにこそあれよのまつりことをしつめさせ給へる事も我御世のおな し事にておはしまいつるをみかとはいとわかうおはしますおほちおとゝいとき うにさかなくおはしてその御まゝになりなん世をいかならむとかむたちめ殿上 人みなおもひなけく中宮大将殿なとはましてすくれてものもおほしわかれすの ち〱の御わさなとけうしつかうまつり給さまもそこらのみこたちの御中にす くれたまへるをことはりなからいとあはれに世人もみたてまつる藤の御そにや つれ給へるにつけてもかきりなくきよらに心くるしけなりこそことしとうちつ ゝきかゝる事をみ給によもいとあちきなうおほさるれとかかるついてにもまつ おほしたたるゝ事はあれと又さま〱の御ほたしおほかり御四十九日まては女 御みやす所たちみな院につとひ給へりつるをすきぬれはちり〱にまかて給し はすの廿日なれはおほかたのよの中とちむる空のけしきにつけてもましてはる ゝよなき中宮の御心のうちなりおほきさきの御心もしり給へれは心にまかせ給" }, { "vol": 10, "page": 344, "text": "へらむ世のはしたなくすみうからむをおほすよりもなれきこえ給へるとしころ の御ありさまを思ひいてきこえ給はぬときのまなきにかくてもおはしますまし うみなほか〱へといて給ほとにかなしき事かきりなし宮は三条の宮にわたり 給御むかへに兵部卿の宮まいり給へりゆきうちちり風はけしうて院のうちやう 〱人めかれ行てしめやかなるに大将殿こなたにまいり給てふるき御物かたり きこえ給おまへの五えうのゆきにしほれてした葉かれたるをみたまひてみこ   かけひろみたのみしまつやかれにけんした葉ちり行としの暮哉なにはかり のことにもあらぬにおりからものあはれにて大将の御そていたうぬれぬいけの ひまなうこほれるに   さえわたる池のかゝみのさやけきにみなれしかけをみぬそかなしきとおほ すまゝにあまりわか〱しうそあるや王命婦   としくれていはゐの水もこほりとちみし人かけのあせも行かなそのついて にいとおほかれとさのみかきつゝくへき事かはわたらせ給きしきかはらねと思 なしにあはれにてふるき宮は返てたひ心ちし給にも御さとすみたえたるとし月" }, { "vol": 10, "page": 345, "text": "のほとおほしめくらさるへしとしかへりぬれと世中いまめかしき事なくしつか なりまして大将殿はものうくてこもりゐ給へりちもくのころなと院の御時をは さらにもいはすとしころおとるけちめなくてみかとのわたり所なくたちこみた りしむま車うすらきてとのゐ物のふくろおさ〱みえすしたしきけいしともは かりことにいそく事なけにてあるをみ給にもいまよりはかくこそはと思やられ てものすさましくなむみくしけとのは二月にないしのかみになり給ぬ院の御思 にやかてあまになり給へるかはりなりけりやむことなくもてなし人からもいと よくおはすれはあまたまいりあつまり給中にもすくれて時めき給后はさとかち におはしまいてまいり給ふときの御つほねにはむめつほをしたれはこきてんに はかむの君すみ給ふとう花殿のむもれたりつるにはれはれしうなりて女坊なと もかすしらすつとひまいりていまめかしうはなやき給へと御心の中は思ひのほ かなりしことゝもをわすれかたくなけき給いとしのひてかよはし給ふ事はなを おなしさまなるへしものゝきこえもあらはいかならむとおほしなかられいの御 くせなれはいましも御心さしまさるへかめり院のおはしましつる世こそはゝか" }, { "vol": 10, "page": 346, "text": "り給つれ后の御心いちはやくてかた〱おほしつめたる事とものむくひせむと おほすへかめりことにふれてはしたなきことのみいてくれはかゝるへきことと はおほししかとみしり給はぬ世のうさにたちまふへくもおほされす左のおほい とのもすさましき心ちし給てことにうちにもまいり給はすこひめ君をひきよき てこの大将の君にきこえつけ給ひし御心をきさきはおほしをきてよろしうも思 きこえ給はすおとゝの御中ももとよりそは〱しうおはするにこ院の御世には 我まゝにおはせしを時うつりてしたりかほにおはするをあちきなしとおほした ることはりなり大将はありしにかはらすわたりかよひ給ひてさふらひし人人を も中〱にこまかにおほしをきてわか君をかしつき思きこえ給へる事かきりな けれはあはれにありかたき御心といとゝいたつききこえ給事ともおなしさまな りかきりなき御おほえのあまりものさはかしきまていとまなけにみえ給しをか よひ給しところ〱もかた〱にたえ給事ともありかる〱しき御忍ひありき もあいなうおほしなりてことにし給はねはいとのとやかにいましもあらまほし き御ありさまなりにしのたいのひめ君の御さいはいを世人もめてきこゆ少納言" }, { "vol": 10, "page": 347, "text": "なとも人しれすこあまうへの御いのりのしるしとみたてまつるちゝみこも思さ まにきこえかはし給むかひはらのかきりなくとおほすははか〱しうもえあら ぬにねたけなる事おほくてまゝはゝのきたのかたはやすからすおほすへしもの かたりにことさらにつくりいてたるやうなる御ありさまなり斎院は御ふくにて おりゐ給にしかはあさかほのひめ君はかはりにゐ給にきかものいつきにはそむ わうのゐたまふれいおほくもあらさりけれとさるへき女みこやおはせさりけむ 大将の君とし月ふれと猶御こゝろはなれ給はさりつるをかうすちことになり給 ぬれはくちおしくとおほす中将にをとつれ給事もおなしことにて御ふみなとは たえさるへしむかしにかはる御ありさまなとをはことになにともおほしたらす かやうのはかなし事ともをまきるゝことなきまゝにこなたかなたとおほしなや めりみかとは院の御ゆいこむたかへすあはれにおほしたれとわかうおはします うちにも御心なよひたるかたにすきてつよき所おはしまさぬなるへしはゝきさ きおほちおとゝとり〱し給事はえそむかせ給はすよのまつりこと御心にかな はぬやうなりわつらはしさのみまされとかむの君は人しれぬ御心しかよへはわ" }, { "vol": 10, "page": 348, "text": "りなくてとおほつかなくはあらす五たんのみすほうのはしめにてつゝしみおは しますひまをうかゝひてれいの夢のやうにきこえ給かのむかしおほえたるほそ とのゝつほねに中納言の君まきらはしていれたてまつる人めもしけきころなれ はつねよりもはしちかなる空おそろしうおほゆあさゆふにみたてまつる人たに あかぬ御さまなれはましてめつらしきほとにのみある御たいめのいかてかはを ろかならむ女の御さまもけにそめてたき御さかりなるおもりかなるかたはいか ゝあらむおかしうなまめきわかひたる心ちしてみまほしき御けはひなりほとな くあけゆくにやとおほゆるにたゝこゝにしもとのゐ申さふらふとこはつくるな りまたこのわたりにかくろへたるこのゑつかさそあるへきはらきたなきかたへ のをしへをこするそかしと大将はきゝ給をかしきものからわつらはしこゝかし こたつねありきてとらひとつと申なり女君   心から方〱そてをぬらすかなあくとをしふるこゑにつけてもとのたまふ さまはかなたちていとをかし   なけきつゝわかよはかくてすくせとやむねのあくへき時そともなくしつ心" }, { "vol": 10, "page": 349, "text": "なくていてたまひぬ夜ふかきあかつき月夜のえもいはすきりわたれるにいとい たうやつれてふるまひなし給へるしもにるものなき御ありさまにて承香殿の御 せうとのとう少将ふちつほよりいてゝ月のすこしくまあるたてしとみのもとに たてりけるをしらてすき給けんこそいとをしけれもときゝこゆるやうもありな んかしかやうのことにつけてももてはなれつれなき人の御心をかつはめてたし と思ひきこえ給物からわか心のひく方にては猶つらう心うしとおほえ給をりお ほかり内にまいり給はん事はうゐ〱しく所せくおほしなりて春宮をみたてま つり給はぬをおほつかなくおもほえ給又たのもしき人もゝのし給はねはたゝこ の大将の君をそよろつにたのみきこえ給へるに猶このにくき御心のやまぬにと もすれは御むねをつふし給つゝいさゝかもけしきを御らんししらすなりにしを おもふたにいとおそろしきにいまさらにまたさる事のきこえありて我身はさる ものにて春宮の御ためにかならすよからぬこといてきなんとおほすにいとおそ ろしけれは御いのりをさへせさせてこのこと思やませたてまつらむとおほしい たらぬ事なくのかれ給をいかなるおりにかありけんあさましうてちかつきまい" }, { "vol": 10, "page": 350, "text": "り給へり心ふかくたはかり給けん事をしる人なかりけれは夢のやうにそありけ るまねふへきやうなくきこえつゝけ給へと宮いとこよなくもてはなれきこえ給 てはて〱は御むねをいたうなやみ給へはちかうさふらひつる命婦弁なとそあ さましうみたてまつりあつかふおとこはうしつらしと思きこえ給事かきりなき にきしかた行さきかきくらす心ちしてうつし心うせにけれはあけはてにけれと いて給はすなりぬ御なやみにおとろきて人〻ちかうまいりてしけうまかへはわ れにもあらてぬりこめにをしいれられておはす御そともかくしもたる人の心ち ともいとむつかし宮はものをいとわひしとおほしけるに御けあかりて猶なやま しうせさせ給兵部卿宮大夫なとまいりてそうめせなとさはくを大将いとわひし うきゝおはすからうしてくれ行程にそおこたり給へるかくこもりゐ給へらむと はおほしもかけす人々も又御心まとはさしとてかくなんともまうさぬなるへし ひるのおましにいさりいてておはしますよろしうおほさるゝなめりとて宮もま かて給ひなとしておまへ人すくなになりぬれいもけちかくならさせ給人すくな けれはこゝかしこのものゝうしろなとにそさふらふ命婦の君なとはいかにたは" }, { "vol": 10, "page": 351, "text": "かりていたしたてまつらむこよひさへ御けあからせ給はんいとおしうなとうち さゝめきあつかふ君はぬりこめのとのほそめにあきたるをやおらをしあけて御 屏風のはさまにつたひ入給ぬめつらしくうれしきにも涙おちてみたてまつり給 ふなをいとくるしうこそあれ世やつきぬらむとてとのかたをみいたし給へるか たはらめいひしらすなまめかしうみゆ御くたものをたにとてまいりすへたりは このふたなとにもなつかしきさまにてあれとみいれたまはす世中をいたうおほ しなやめるけしきにてのとかになかめいり給へるいみしうらうたけなりかむさ しかしらつき御くしのかゝりたるさまかきりなきにほはしさなとたゝかのたい のひめ君にたかふ所なしとしころすこし思ひわすれ給へりつるをあさましきま ておほえ給へるかなとみ給まゝにすこしもの思のはるけところある心ちし給け たかうはつかしけなるさまなともさらにこと人ともおもひわきかたきを猶かき りなくむかしよりおもひしめきこえてし心の思ひなしにやさまことにいみしう ねひまさり給にけるかなとたくひなくおほえ給に心まとひしてやをらみちやう のうちにかゝつらひ入て御そのつまをひきならし給けはひしるくさとにほひた" }, { "vol": 10, "page": 352, "text": "るにあさましうむくつけうおほされてやかてひれふし給へりみたにむき給へか しと心やましうつらうてひきよせ給へるに御そをすへしをきてゐさりのき給に 心にもあらす御くしのとりそへられたりけれはいと心うくすくせのほとおほし しられていみしとおほしたりおとこもこゝらよをもてしつめ給ふ御心みなみた れてうつしさまにもあらすよろつのことをなくなくうらみきこえ給へとまこと に心つきなしとおほしていらへもきこえ給はすたゝ心ちのいとなやましきをか ゝらぬおりもあらはきこえてむとのたまへとつきせぬ御こゝろの程をいひつゝ け給さすかにいみしときゝ給ふしもましるらんあらさりしことにはあらねとあ らためていとくちおしうおほさるれはなつかしきものからいとようのたまひの かれてこよひもあけゆくせめてしたかひきこえさらむもかたしけなく心はつか しき御けはひなれはたゝかはかりにてもとき〱いみしきうれへをたにはるけ 侍ぬへくはなにのおほけなき心も侍らしなとたゆめきこえ給へしなのめなる事 たにかやうなるなからひはあはれなる事もそふなるをましてたくひなけなりあ けはつれはふたりしていみしき事ともをきこえ宮はなかはゝなきやうなる御け" }, { "vol": 10, "page": 353, "text": "しきの心くるしけれは世中にありときこしめされむもいとはつかしけれはやか てうせ侍なんも又この世ならぬつみとなり侍ぬへき事なときこえ給もむくつけ きまておほしいれり   あふことのかたきをけふにかきらすはいまいく世をかなけきつゝへん御ほ たしにもこそときこえ給へはさすかにうちなけき給て   なかきよのうらみを人にのこしてもかつは心をあたとしらなむはかなくい ひなさせ給へるさまのいふよしなき心ちすれと人のおほさむところもわか御た めもくるしけれはわれにもあらていて給ぬいつこをおもてにてかはまたもみえ たてまつらんいとおしとおほししるはかりとおほして御ふみもきこえたまはす うちたえて内春宮にもまいり給はすこもりおはしておきふしいみしかりける人 の御心かなと人わろく恋しうかなしきに心たましゐもうせにけるにやなやまし うさへおほさるもの心ほそくなそや世にふれはうさこそまされとおほしたつに はこの女君のいとらうたけにてあはれにうちたのみきこえ給へるをふりすてむ 事いとかたし宮もそのなこりれいにもおはしまさすかうことさらめきてこもり" }, { "vol": 10, "page": 354, "text": "ゐをとつれ給はぬを命婦なとはいとおしかりきこゆ宮も春宮の御ためをおほす には御心をき給はむ事いとおしく世をあちきなきものに思ひなり給はゝひたみ ちにおほしたつ事もやとさすかにくるしうおほさるへしかゝる事たえすはいと ゝしき世にうき名さへもりいてなむおほきさきのあるましきことにの給なるく らゐをもさりなんとやう〱おほしなる院のおほしの給はせしさまのなのめな らさりしをおほしいつるにもよろつのことありしにもあらすかはりゆく世にこ そあめれ戚夫人のみけむめのやうにはあらすともかならす人わらへなる事はあ りぬへき身にこそあめれなと世のうとましくすくしかたうおほさるれはそむき なむことをおほしとるに春宮みたてまつらておもかはりせむことあはれにおほ さるれはしのひやかにてまいり給へり大将の君はさらぬことたにおほしよらぬ 事なくつかうまつり給を御心地なやましきにことつけて御をくりにもまいり給 はすおほかたの御とふらひはおなしやうなれとむけにおほしくしにけると心し るとちはいとおしかりきこゆ宮はいみしううつくしうおとなひ給てめつらしう うれしとおほしてむつれきこえ給をかなしとみたてまつり給にもおほしたつす" }, { "vol": 10, "page": 355, "text": "ちはいとかたけれとうちわたりをみ給につけても世のありさまあはれにはかな くうつりかはる事のみおほかりおほきさきの御心もいとわつらはしくてかくい て入給にもはしたなくことにふれてくるしけれは宮の御ためにもあやうくゆゝ しうよろつにつけておもほしみたれて御らむせてひさしからむほとにかたちの ことさまにてうたてけにかはりて侍らはいかゝおほさるへきときこえ給へは御 かほうちまもり給てしきふかやうにやいかてかさはなり給はんとゑみての給ふ いふかひなくあはれにてそれはおいて侍れはみにくきそさはあらてかみはそれ よりもみしかくてくろききぬなとをきてよゐのそうのやうになり侍らむとすれ はみたてまつらむ事もいとゝひさしかるへきそとてなき給へはまめたちてひさ しうおはせぬは恋しきものをとて涙のおつれははつかしとおほしてさすかにそ むき給へる御くしはゆら〱ときよらにてまみのなつかしけににほひ給へるさ まおとなひ給まゝにたゝかの御かほをぬきすへ給へり御はのすこしくちてくち のうちくろみてゑみ給へるかほりうつくしきは女にてみたてまつらまほしうき よら也いとかうしもおほえ給へるこそ心うけれとたまのきすにおほさるゝも世" }, { "vol": 10, "page": 356, "text": "のわつらはしさの空おそろしうおほえ給也けり大将の君は宮をいと恋しう思ひ きこえ給へとあさましき御心のほとをとき〱は思しるさまにもみせたてまつ らむとねんしつゝすくし給に人わるくつれ〱におほさるれは秋ののもみたま ひかてら雲林院にまうて給へり故はゝ宮すん所の御せうとのりしのこもり給へ るはうにて法文なとよみをこなひせむとおほして二三日おはするにあはれなる 事おほかりもみちやう〱いろつきわたりて秋の野のいとなまめきたるなとみ 給てふるさともわすれぬへくおほさるほうしはらのさえあるかきりめしいてゝ ろむきせさせてきこしめさせ給所からにいとゝ世中のつねなさをおほしあかし てもなをうき人しもそとおほしいてらるゝおしあけかたの月影にほうしはらの あかたてまつるとてから〱とならしつゝきくの花こきうすきもみちなとおり ちらしたるもはかなけなれとこのかたのいとなみはこの世もつれ〱ならすの ちの世はたたのもしけなりさもあちきなき身をもてなやむかななとおほしつゝ け給りしのいとたうときこゑにて念仏衆生摂取不捨とうちのへてをこなひ給へ るはいとうらやましけれはなそやとおほしなるにまつひめ君の心にかゝりてお" }, { "vol": 10, "page": 357, "text": "もひいてられ給そいとわろき心なるやれいならぬ日かすもおほつかなくのみお ほさるれは御文はかりそしけうきこえ給めるゆきはなれぬへしやと心み侍道な れとつれ〱もなくさめかたう心ほそさまさりてなむきゝさしたる事ありてや すらひ侍ほといかになとみちのくにかみにうちとけかき給へるさへそめてたき   あさちふの露のやとりに君ををきてよもの嵐そしつ心なきなとこまやかな るに女君もうちなき給ぬ御返ししろきしきしに   風ふけはまつそみたるゝ色かはるあさちか露にかゝるさゝかにとのみあり て御手はいとおかしうのみなりまさるものかなとひとりこちてうつくしとほゝ ゑみ給つねにかきかはし給へはわか御てにいとよくにていますこしなまめかし う女しき所かきそへ給へりなに事につけてもけしうはあらすおほしたてたりか しとおもほすふきかふ風もちかきほとにて斎院にもきこえ給けり中将の君にか くたひの空になむもの思にあくかれにけるをおほししるにもあらしかしなとう らみ給ておまへには   かけまくはかしこけれともその神のあきおもほゆるゆふたすきかなむかし" }, { "vol": 10, "page": 358, "text": "をいまにと思たまふるもかひなくとりかへされむものゝやうにとなれ〱しけ にからの浅みとりのかみにさかきにゆふつけなとかう〱しうしなしてまいら せ給御かへり中将まきるゝ事なくてきしかたのことを思たまへいつるつれ〱 のまゝにはおもひやりきこえさする事おほく侍れとかひなくのみなむとすこし 心とゝめておほかりおまへのはゆふのかたはしに   その神やいかゝはありしゆふたすき心にかけてしのふらんゆへちかき世に とそある御てこまやかにはあらねとらう〱しうさうなとおかしうなりにけり まして朝かほもねひまさり給へらむかしとおもほゆるもたたならすおそろしや あはれこのころそかしのゝ宮のあはれなりしことゝおほしいてゝあやしうやう の物と神うらめしうおほさるゝ御くせのみくるしきそかしわりなうおほさはさ もありぬへかりしとしころはのとかにすくい給ていまはくやしうおほさるへか めるもあやしき御心なりや院もかくなへてならぬ御心はへをみしりきこえ給へ れはたまさかなる御返なとはえしもゝてはなれきこえ給ましかめりすこしあひ なき事なりかし六十巻といふふみよみ給ひおほつかなき所〱とかせなとして" }, { "vol": 10, "page": 359, "text": "おはしますを山寺にはいみしき光おこなひいたしたてまつれりとほとけの御め んほくありとあやしのほうしはらまてよろこひあへりしめやかにて世中をおも ほしつゝくるにかへらむ事もゝのうかりぬへけれと人ひとりの御事おほしやる かほたしなれはひさしうもえおはしまさて寺にもみす経いかめしうせさせ給あ るへきかきりかみしものそうともそのわたりの山かつまてものたひたうとき事 のかきりをつくしていて給みたてまつりをくるとてこのもかのもにあやしきし はふるひともゝあつまりてゐて涙をおとしつゝみたてまつるくろき御車のうち にてふちの御たもとにやつれ給へれはことにみえ給はねとほのかなる御ありさ まを世になく思きこゆへかめり女君はひころのほとにねひまさり給へる心ちし ていといたうしつまり給て世の中いかゝあらむとおもへるけしきの心くるしう あはれにおほえ給へはあいなき心のさま〱みたるゝやしるからむ色かはると ありしもらうたうおほえてつねよりことにかたらひきこえ給山つとにもたせ給 へりしもみちおまへのに御らんしくらふれはことにそめましける露の心もみす くしかたうおほつかなさも人わるきまておほえ給へはたゝおほかたにて宮にま" }, { "vol": 10, "page": 360, "text": "いらせ給命婦のもとにいらせ給にけるをめつらしき事とうけ給はるに宮のあひ たの事おほつかなくなり侍にけれはしつ心なく思給へなからをこなひもつとめ むなと思たち侍し日かすを心ならすやとてなん日ころになり侍にけるもみちは ひとりみ侍ににしきくらう思たまふれはなむおりよくて御らんせさせ給へなと ありけにいみしきえたともなれは御めとまるにれいのいさゝかなるものありけ り人〻みたてまつるに御かほの色もうつろひて猶かゝる心のたえ給はぬこそい とうとましけれあたら思ひやりふかうものし給人のゆくりなくかうやうなる事 おり〱ませ給を人もあやしとみるらむかしと心つきなくおほされてかめにさ ゝせてひさしのはしらのもとにおしやらせ給つおほかたのことゝも宮の御事に ふれたる事なとをはうちたのめるさまにすくよかなる御かへりはかりきこえ給 へるをさも心かしこくつきせすもとうらめしうはみ給へとなに事もうしろみき こえならひ給にたれは人あやしとみとかめもこそすれとおほしてまかて給へき ひまいり給へりまつ内の御方にまいり給へれはのとやかにおはしますほとにて むかしいまの御物かたりきこえ給御かたちも院にいとようにたてまつり給てい" }, { "vol": 10, "page": 361, "text": "ますこしなまめかしきけそひてなつかしうなこやかにそおはしますかたみにあ はれとみたてまつり給かむの君の御事もなをたえぬさまにきこしめしけしき御 らんするおりもあれとなにかはいまはしめたる事ならはこそあらめさも心かは さむににけなかるましき人のあはひなりかしとそおほしなしてとかめさせ給は さりけるよろつの御物かたり文の道のおほつかなくおほさるゝ事ともなととは せ給て又すき〱しきうたかたりなともかたみにきこえかはさせ給ついてにか の斎宮のくたり給ひしひの事かたちのおかしくおはせしなとかたらせ給にわれ もうちとけて野の宮のあはれなりしあけほのもみなきこえいて給てけり廿日の 月やう〱さしいてゝおかしきほとなるにあそひなともせまほしきほとかなと のたまはす中宮のこよひまかて給なるとふらひにものし侍らむ院ののたまはせ をく事はへりしかは又うしろみつかうまつる人も侍らさめるに春宮の御ゆかり いとおしう思給へられ侍てとそうし給春宮をはいまのみこになしてなとのたま はせをきしかはとりわきて心さしものすれとことにさしわきたるさまにもなに 事をかはとてこそとしのほとよりも御てなとのわさとかしこうこそものし給へ" }, { "vol": 10, "page": 362, "text": "けれなにことにもはか〱しからぬ身つからのおもておこしになむとのたまは すれはおほかたし給わさなといとさとくおとなひたるさまにものし給へとまた いとかたなりになとその御ありさまもそうし給てまかて給に大宮の御せうとの 藤大納言のこの頭弁といふかよにあひはなやかなるわか人にておもふ事なきな るへしいもうとのれいけいてんの御かたにゆくに大将の御さきをしのひやかに をへはしはしたちとまりて白虹日をつらぬけり太子をちたりといとゆるらかに うちすしたるを大将いとまはゆしときゝ給へととかむへき事かはきさきの御け しきはいとおそろしうわつらはしけにのみきこゆるをかうしたしき人々もけし きたちいふへかめる事とももあるにわつらはしうおほされけれとつれなうのみ もてなし給へりおまへにさふらひていまゝてふかし侍にけるときこえ給月のは なやかなるにむかしかうやうなるおりは御あそひせさせ給ていまめかしうもて なさせ給しなとおほしいつるにおなしみかきのうちなからかはれる事おほくか なし   九重に霧やへたつる雲のうへの月をはるかに思やるかなと命婦してきこえ" }, { "vol": 10, "page": 363, "text": "つたへ給ふほとなけれは御けはひもほのかなれとなつかしうきこゆるにつらさ もわすられてまつ涙そおつる   月影はみし夜の秋にかはらぬをへたつる霧のつらくもあるかなかすみも人 のとかむかしも侍ける事にやなときこえ給宮は春宮をあかす思きこえ給てよろ つの事をきこえさせ給へとふかうもおほしいれたらぬをいとうしろめたく思ひ きこえ給れいはいとゝくおほとのこもるをゐて給まてはおきたらむとおほすな るへしうらめしけにおほしたれとさすかにえしたひきこえ給はぬをいとあはれ とみたてまつり給大将頭弁のすしつることを思ふに御心のおにゝ世中わつらは しうおほえ給てかむの君にもをとつれきこえ給はてひさしうなりにけりはつし くれいつしかとけしきたつにいかゝおほしけんかれより   木からしのふくにつけつつまちしまにおほつかなさのころもへにけりとき こえ給へりおりもあはれにあなかちにしのひかき給へらむ御心はへもにくから ねは御つかひとゝめさせてからのかみともいれさせ給へるみすしあけさせ給い てなへてならぬをえりいてつつふてなとも心ことにひきつくろひ給へるけしき" }, { "vol": 10, "page": 364, "text": "えんなるをおまへなる人々たれはかりならむとつきしろふきこえさせてもかひ なきものこりにこそむけにくつをれにけれ身のみものうきほとに   あひみすてしのふるころのなみたをもなへてのそらのしくれとやみる心の かよふならはいかになかめの空もものわすれし侍らむなとこまやかになりにけ りかうやうにおとろかしきこゆるたくひおほかめれとなさけなからすうちかへ りこち給て御心にはふかうしまさるへし中宮は院の御はてのことにうちつゝき 御八講のいそきをさま〱に心つかひせさせ給けりしも月のついたち比御こき なるに雪いたうふりたり大将殿より宮にきこえ給   別にしけふはくれともみし人にゆきあふほとをいつとたのまんいつこにも けふはものかなしうおほさるゝほとにて御返あり   なからふるほとはうけれとゆきめくりけふはその世にあふ心ちしてことに つくろひてもあらぬ御かきさまなれとあてにけたかきはおもひなしなるへしす ちかはりいまめかしうはあらねと人にはことにかゝせ給へりけふはこの御事も 思ひけちてあはれなる雪のしつくにぬれ〱をこなひ給十二月十よ日はかり中" }, { "vol": 10, "page": 365, "text": "宮の御はかうなりいみしうたうとし日々にくやうせさせ給御経よりはしめたま のちくらのへうしちすのかさりもよになきさまにとゝのへさせ給へりさらぬ事 のきよらたに世のつねならすおはしませはましてことはり也仏の御かさり花つ くゑのおほひなとまてまことのこくらく思やらるはしめの日は先帝の御れうつ きの日ははゝきさきの御ためまたの日は院の御れう五巻の日なれはかんたちめ なともよのつゝましさをえしもはゝかり給はていとあまたまいり給へりけふの かうしは心ことにえらせ給へれはたきゝこるほとよりうちはしめおなしういふ 事のはもいみしうたうとしみこたちもさま〱のほうもちささけてめくり給に 大将殿の御よういなとなをにるものなしつねにおなし事のやうなれとみたてま つるたひことにめつらしからむをはいかゝはせむはての日わか御事を結願にて 世をそむき給よし仏に申させ給にみな人〻おとろき給ぬ兵部卿宮大将の御心も うこきてあさましとおほすみこはなかはのほとにたちていり給ぬ心つようおほ したつさまの給てはつるほとに山の座主めしていむ事うけたまふへきよしの給 はす御をちのよかわのそうつちかうまいり給て御くしおろし給程に宮のうちゆ" }, { "vol": 10, "page": 366, "text": "すりてゆゝしうなきみちたりなにとなきおいおとろへたる人たにいまはとよを そむく程はあやしうあはれなるわさをましてかねての御けしきにもいたし給は さりつる事なれはみこもいみしうなき給まいり給へる人〻もおほかたの事のさ まもあはれたうとけれはみな袖ぬらしてそかへり給けるこ院のみこたちはむか しの御ありさまをおほしいつるにいとゝあはれにかなしうおほされてみなとふ らひきこえ給大将はたちとまり給てきこえいて給へきかたもなくくれまとひて おほさるれとなとかさしもと人みたてまつるへけれはみこなといて給ぬるのち にそおまへにまいり給へるやう〱人しつまりて女ほうともはなうちかみつゝ 所〻にむれゐたり月はくまなきに雪のひかりあひたるにはのありさまもむかし の事おもひやらるゝにいとたへかたうおほさるれといとようおほししつめてい かやうにおほしたゝせ給てかうにはかにはときこえ給いまはしめておもひ給ふ ることにもあらぬをものさはかしきやうなりつれは心みたれぬへくなとれいの 命婦してきこえ給みすのうちのけはひそこらつとひさふらふ人のきぬのをとな ひしめやかにふるまひなしてうちみしろきつゝかなしけさのなくさめかたけに" }, { "vol": 10, "page": 367, "text": "もりきこゆるけしきことはりにいみしときゝ給風はけしう吹ふゝきてみすのう ちのにほひいとものふかきくろほうにしみてみやうかうのけふりもほのかなり 大将の御にほひさへかほりあひめてたくこくらく思ひやらるる世のさまなり春 宮の御つかひもまいれりの給ひしさま思ひいてきこえさせ給にそ御心つよさも たへかたくて御返もきこえさせやらせ給はねは大将そ事くはへきこえ給けるた れも〱あるかきり心おさまらぬほとなれはおほす事ともゝえうちいて給はす   月のすむ雲井をかけてしたふともこの世のやみに猶やまとはむと思給へら るゝこそかひなくおほしたゝせ給へるうらめしさはかきりなうとはかりきこえ 給て人〱ちかうさふらへはさま〱みたるゝ心のうちをたにえきこえあらは し給はすいふせし   おほふかたのうきにつけてはいとへともいつかこの世をそむきはつへきか つにこりつゝなとかたへは御つかひの心しらひなるへしあはれのみつきせねは むねくるしうてまかて給ぬとのにてもわか御かたにひとりうちふし給て御めも あはす世中いとはしうおほさるゝにも春宮の御事のみそ心くるしきはゝ宮をた" }, { "vol": 10, "page": 368, "text": "におほやけかたさまにとおほしをきしを世のうさにたへすかくなり給にたれは もとの御くらゐにてもえおはせし我さへみたてまつりすてゝはなとおほしあか すことかきりなしいまはかゝるかたさまの御てうとともをこそはとおほせは年 のうちにといそかせ給命婦の君も御ともになりにけれはそれも心ふかうとふら ひ給くはしういひつゝけんにこと〱しきさまなれはもらしてけるなめりさる はかうやうのおりこそおかしきうたなといてくるやうもあれさう〱しやまい り給もいまはつゝましさうすらきて御身つからきこえ給おりもありけり思ひし めてし事はさらに御心にはなれねとましてあるましき事なりかしとしもかはり ぬれはうちわたりはなやかに内えむたうかなときゝ給ももののみあはれにて御 をこなひしめやかにし給つゝのちの世の事をのみおほすにたのもしくむつかし かりし事はなれておもほさるつねの御ねむすたうをはさるものにてことにたて られたるみたうのにしのたいのみなみにあたりてすこしはなれたるにわたらせ 給てとりわきたる御をこなひせさせ給大将まいり給へりあらたまるしるしもな く宮のうちのとかに人めまれにて宮つかさとものしたしきはかりうちうなたれ" }, { "vol": 10, "page": 369, "text": "てみなしにやあらむくしいたけにおもへりあをむまはかりそなをひきかへぬも のにて女ほうなとのみけるところせうまいりつとひ給しかむたちめなと道をよ きつゝひきすきてむかいのおほいとのにつとひ給ふをかゝるへき事なれとあは れにおほさるゝに千人にもかへつへき御さまにてふかうたつねまいり給へるを みるにあひなくなみたくまるまらうともいと物あはれなるけしきにうちみまは し給てとみにものもの給はすさまかはれる御すまゐにみすのはし御き丁もあを にひにてひま〱よりほのみえたるうすにひくちなしのそてくちなと中〱な まめかしうおくゆかしう思ひやられ給とけわたるいけのうすこほりきしの柳の けしきはかりはときをわすれぬなとさま〱なかめられ給てむへも心あるとし のひやかにうちすし給へるまたなうなまめかし   なかめかるあまのすみかとみるからにまつしほたるゝまつかうら島ときこ え給へはおくふかうもあらすみなほとけにゆつりきこえ給へるおましところな れはすこしけちかき心地して   ありし世のなこりたになきうらしまにたちよる浪のめつらしきかなとの給" }, { "vol": 10, "page": 370, "text": "ふもほのきこゆれはしのふれと涙ほろ〱とこほれ給ぬ世をおもひすましたる あま君たちのみるらむもはしたなけれはことすくなにていて給ぬさもたくひな くねひまさり給かな心もとなき所なく世にさかへ時にあひ給し時はさるひとつ ものにてなにゝつけてか世をおほししらむとをしはかられ給しをいまはいとい たうおほししつめてはかなきことにつけてもものあはれなるけしきさへそはせ 給へるはあいなう心くるしうもあるかななとおいしらへる人〻うちなきつゝめ てきこゆ宮もおほしいつる事おほかりつかさめしのころこの宮の人は給はるへ きつかさもえすおほかたのたうりにても宮の御給はりにてもかならすあるへき かゝいなとをたにせすなとしてなけくたくひいとおほかりかくてもいつしかと 御くらゐをさりみふなとのとまるへきにもあらぬをことつけてかはる事おほか りみなかねておほしすてゝしよなれと宮人ともゝより所なけにかなしとおもへ るけしきともにつけてそ御心うこくおり〱あれとわか身をなきになしても春 宮の御世をたひらかにおはしまさはとのみおほしつゝ御をこなひたゆみなくつ とめさせ給ふ人しれすあやうくゆゝしう思ひきこえさせ給事しあれは我にその" }, { "vol": 10, "page": 371, "text": "つみをかろめてゆるし給へと仏をねむしきこえ給によろつをなくさめ給大将も しかみたてまつり給てことはりにおほすこのとのゝ人ともゝ又おなしきさまに からき事のみあれは世中はしたなくおほされてこもりおはす左のおとゝもおほ やけわたくしひきかへたる世のありさまにものうくおほして致仕のへうたてま つり給をみかとは故院のやむ事なくおもき御うしろみとおほしてなかきよのか ためときこえをき給し御ゆいこんをおほしめすにすてかたきものに思ひきこえ 給へるにかひなきことゝたひ〱もちゐさせ給はねとせめてかへさひ申給てこ もりゐたまひぬいまはいとゝひとそうのみかへす〱さかえ給事かきりなしよ のおもしとものし給へるおとゝのかく世をのかれ給へはおほやけも心ほそうお ほされ世の人も心あるかきりはなけきけり御こともはいつれともなく人からめ やすく世にもちいられて心地よけにものし給しをこよなうしつまりて三位中将 なともよを思しつめるさまこよなしかの四の君をもなをかれ〱にうちかよひ つゝめさましうもてなされたれは心とけたる御むこのうちにもいれ給はす思ひ しれとにやこのたひのつかさめしにももれぬれといとしもおもひいれす大将殿" }, { "vol": 10, "page": 372, "text": "かうしつかにておはするに世はゝかなきものとみえぬるをましてことはりとお ほしなしてつねにまいりかよひ給つゝかくもむをもあそひをももろともにし給 いにしへもゝのくるおしきまていとみきこえ給しをおほしいてゝかたみにいま もはかなきことにつけつゝさすかにいとみ給へり春秋のみと経をはさるものに てりんしにもさま〱たうとき事ともをせさせ給なとして又いたつらにいとま ありけなるはかせともめしあつめてふみつくりゐむふたきなとやうのすさひわ さともをもしなと心をやりてみやつかへをもおさ〱し給はす御心にまかせて うちあそひておはするを世中にはわつらはしき事ともやう〱いひいつる人〻 あるへしなつのあめのとかにふりてつれ〱なるころ中将さるへきしふともあ またもたせてまいり給へりとのにもふとのあけさせ給てまたひらかぬみすしと ものめつらしき古集のゆへなからぬすこしえりいてさせ給てその道の人〻わさ とはあらねとあまためしたり殿上人も大かくのもいとおほうつとひて左右にこ まとりにかたわかせ給へりかけものともなといとになくていとみあへりふたき もてゆくまゝにかたきゐんのもしともいとおほくておほえあるはかせともなと" }, { "vol": 10, "page": 373, "text": "のまとふ所〱を時〱うちの給さまいとこよなき御さえのほとなりいかてか うしもたらひ給ひけんなをさるへきにてよろつの事人にすくれ給へるなりけり とめてきこゆつゐに右まけにけり二日はかりありて中将まけわさし給へりこと 〱しうはあらてなまめきたるひわりこともかけものなとさま〱にてけふも れいの人〻おほくめしてふみなとつくらせ給はしのもとのさうひけしきはかり さきて春秋の花さかりよりもしめやかにおかしきほとなるにうちとけあそひ給 中将の御このことしはしめて殿上するやつこゝのつはかりにてこゑいとおもろ しくさうのふゑふきなとするをうつくしひもてあそひ給四の君はらの二らうな りけり世の人の思へるよせおもくておほえことにかしつけり心はへもかと〱 しうかたちもおかしくて御あそひのすこしみたれゆく程にたかさこをいたして うたふいとうつくし大将の君御そぬきてかつけ給れいよりはうちみたれ給へる 御かほのにほひにるものなくみゆうすものゝなをしひとへをきたまへるにすき 給へるはたつきましていみしうみゆるをとしおいたるはかせともなとゝをくみ たてまつりて涙おとしつゝゐたりあはまし物をさゆりはのとうたふとちめに中" }, { "vol": 10, "page": 374, "text": "将御かはらけまいり給   それもかとけさひらけたる初花におとらぬ君かにほひをそみるほをゑみて とり給   ときならてけさ咲はなは夏の雨にしほれにけらしにほふほとなくおとろへ にたるものをとうちそうときてらうかはしくきこしめしなすをとかめいてつゝ しゐきこえ給ふおほかめりし事ともゝかうやうなるおもりのまほならぬ事かす 〱にかきつくる心地なきわさとかつらゆきかいさめたうるるかたにてむつか しけれはとゝめつみなこの御事をほめたるすちにのみやまとのもからのもつく りつけたりわか御心地にもいたうおほしおこりて文王の子武王のおとうとゝう ちすし給へる御なのりさへそけにめてたき成王のなにとかの給はむとすらむそ れはかりやまた心もとなからむ兵部卿宮もつねにわたり給つゝ御あそひなとも おかしうおはする宮なれはいまめかしき御あそひともなりそのころかむの君ま かて給へりわらはやみにひさしうなやみ給てましなひなとも心やすくせんとて なりけりすほうなとはしめてをこたり給ぬれはたれも〱うれしうおほすにれ" }, { "vol": 10, "page": 375, "text": "いのめつらしきひまなるをときこえかはし給てわりなきさまにてよな〱たい めし給いとさかりにゝきわゝしきけはひし給へる人のすこしうちなやみてやせ 〱になり給へるほといとおかしけなりきさいの宮もひとところにおはするこ ろなれはけはひいとおそろしけれとかゝることしもまさる御くせなれはいとし のひてたひかさなりゆけはけしきみる人〻もあるへかめれとわつらはしうて宮 にはさなむとけいせすおとゝはた思かけ給はぬに雨にはかにおとろ〱しうふ りて神いたうなりさはくあかつきにとのゝきむたち宮つかさなとたちさはきて こなたかなたの人めしけく女房ともゝをちまとひてちかうつとひまいるにいと わりなくいて給はんかたなくてあけはてぬみ帳のめくりにも人々しけくなみゐ たれはいとむねつふらはしくおほさる心しりの人ふたりはかり心をまとはす神 なりやみ雨すこしをやみぬるほとにおとゝわたり給てまつ宮の御かたにおはし けるをむら雨のまきれにてえしり給はぬにかろらかにふとはひいり給てみすひ きあけ給まゝにいかにそいとうたてありつる夜のさまに思ひやりきこえなから まいりこてなむ中将宮のすけなとさふらひつやなとのたまふけはひのしたとに" }, { "vol": 10, "page": 376, "text": "あはつけきを大将はものゝまきれにも左のおとゝの御ありさまふとおほしくら へられてたとしへなうそほゝゑまれ給けにいりはてゝものたまへかしなかむの 君いとわひしうおほされてやをらいさりいて給におもてのいたうあかみたるを 猶なやましうおほさるゝにやとみたまてなと御けしきのれいならぬものゝけな とのむつかしきをすほうのへさすへかりけりとの給ふにうすふたあひなるおひ の御そにまつはれてひきいてられたるをみつけ給てあやしとおほすに又たゝむ かみのてならひなとしたるみきてうのもとにおちたりこれはいかなるものとも そと御心おとろかれてかれはたれかそけしきことなるものゝさまかなたまへそ れとりてたかそとみ侍らむとの給ふにそうちみかへりてわれもみつけ給へるま きらはすへきかたもなけれはいかゝはいらへきこえ給はむわれにもあらておは するをこなからもはつかしとおほすらむかしとさはかりの人はおほしはゝかる へきそかしされといときうにのとめたるところおはせぬおととのおほしもまは さすなりてたゝうかみをとり給まゝにきてうよりみいれ給へるにいといたうな よひてつゝましからすそひふしたるをとこもありいまそやおらかほひきかくし" }, { "vol": 10, "page": 377, "text": "てとかうまきらはすあさましうめさましう心やましけれとひたをもてにはいか てかあらはしたまはむめもくるゝ心地すれはこのたゝむかみをとりてしむてん にわたり給ぬかむの君はわれかの心地してしぬへくおほさる大将殿もいとおし うつゐにようなきふるまひのつもりて人のもときをおはむとする事とおほせと 女君の心くるしき御けしきをとかくなくさめきこえ給おとゝはおもひのまゝに こめたる所おはせぬ本上にいとゝおいの御ひかみさへそひ給にこれはなに事に かはとゝこほり給はんゆく〱と宮にもうれへきこえ給かう〱の事なむ侍こ のたゝむかみは右大将のみてなりむかしも心ゆるされてありそめにける事なれ と人からによろつのつみをゆるしてさてもみむといひ侍しおりは心もとゝめす めさましけにもてなされにしかはやすからす思給へしかとさるへきにこそはと てよにけかれたりともおほしすつましきをたのみにてかくほいのことくたてま つりなからなをそのはゝかりありてうけはりたる女御なともいはせ給ぬをたに あかすくちおしうおもひ給ふるに又かゝる事さへ侍けれはさらにいと心うくな む思なり侍ぬるおとこのれいとはいひなから大将もいとけしからぬみ心なりけ" }, { "vol": 10, "page": 378, "text": "り斎院をも猶きこえをかしつゝしのひに御ふみかよはしなとしてけしきある事 なと人のかたり侍しをも世のためのみにもあらすわかためもよかるましき事な れはよもさるおもひやりなきわさしいてられしとなむときのいうそくとあめの したをなひかし給へるさまことなめれは大将のみ心をうたかひ侍らさりつるな との給ふに宮はいとゝしき御心なれはいとものしき御けしきにてみかとゝきこ ゆれとむかしよりみな人おもひおとしきこえて致仕のおとゝも又なくかしつく ひとつむすめをこのかみの坊にておはするにはたてまつらておとうとの源氏に ていときなきか元服のそひふしにとりわき又この君をもみやつかへにと心さし て侍しにおこかましかりしありさまなりしをたれも〱あやしとやはおほした りしみなかのみかたにこそ御心よせ侍めりしをそのほいたかふさまにてこそは かくてもさふらひ給ふめれといとおしさにいかてさるかたにても人におとらぬ さまにもてなしきこえんさはかりねたけなりし人のみる所もありなとこそは思 ひ侍つれとしのひてわか心のいるかたになひき給にこそは侍らめ斎院の御事は ましてさもあらんなに事につけてもおほやけの御かたにうしろやすからすみゆ" }, { "vol": 10, "page": 379, "text": "るは春宮の御よ心よせことなる人なれはことはりになむあめるとすく〱しう の給ひつゝくるにさすかにいとおしうなときこえつる事そとおほさるれはさは れしはしこのこともらし侍らし内にもそうせさせ給なかくのことつみ侍ともお ほしすつましきをたのみにてあまえて侍なるへしうち〱にせいしの給はむに きゝ侍らすはそのつみにたゝ身つからあたり侍らむなときこえなをし給へとこ とに御けしきもなをらすかくひと所におはしてひまもなきにつゝむところなく さていりものせらるらむはことさらにかろめろうせらるゝにこそはとおほしな すにいとゝいみしうめさましくこのついてにさるへき事ともかまへいてむによ きたよりなりとおほしめくらすへし" }, { "vol": 11, "page": 387, "text": "ひとしれぬ御心つからの物おもはしさはいつとなきことなめれとかくおほかた のよにつけてさへわつらはしうおほしみたるることのみまされはもの心ほそく 世中なへていとはしうおほしならるゝにさすかなることおほかりれいけいてん ときこえしは宮たちもおはせす院かくれさせたまひてのちいよ〱あはれなる 御ありさまをたゝこの大将殿の御心にもてかくされてすくしたまふなるへし御 をとうとの三のきみうちわたりにてはかなうほのめきたまひしなこりのれいの 御心なれはさすかにわすれもはてたまはすわさともゝてなしたまはぬに人の御 心をのみつくしはてたまふへかめるをもこのころのこることなくおほしみたる ゝよのあはれのくさはひには思いてたまふにはしのひかたくてさみたれのそら めつらしくはれたるくもまにわたり給なにはかりの御よそひなくうちやつして 御せんなともなくしのひてなかゝはのほとおはしすくるにさゝやかなるいへの こたちなとよしはめるによくなることをあつまにしらへてかきあはせにきはゝ しくひきなすなり御みゝとまりてかとちかなる所なれはすこしさしいてゝみい れたまへはおほきなるかつらのきのおひかせにまつりのころおほしいてられて" }, { "vol": 11, "page": 388, "text": "そこはかとなくけはひおかしきをたゝひとめみ給しやとりなりとみたまふたゝ ならすほとへにけるおほめかしくやとつゝましけれとすきかてにやすらひたま ふおりしもほとときすなきてわたるもよをしきこえかほなれは御くるまをしか へさせてれいのこれみついれ給   おちかへりえそしのはれぬほとゝきすほのかたらひしやとのかきねにしん 殿とおほしきやのにしのつまに人〱ゐたりさき〱もきゝしこゑなれはこわ つくりけしきとりて御せうそこきこゆわかやかなるけしきともしておほめくな るへし   ほとゝきすことゝふこゑはそれなれとあなおほつかなさみたれのそらこと さらたとるとみれはよし〱うへしかきねもとていつるを人しれぬ心にはねた うもあはれにも思けりさもつゝむへきことそかしことわりにもあれはさすかな りかやうのきはにつくしのこせちからうたけなりしはやとまつおほしいついか なるにつけても御心のいとまなくゝるしけなりとし月をへても猶かやうにみし あたりなさけすくしたまはぬにしもなか〱あまたの人のものおもひくさなり" }, { "vol": 11, "page": 389, "text": "かのほいのところはおほしやりつるもしるく人めなくしつかにておはするあり さまをみたまふもいとあはれなりまつ女御の御かたにてむかしの御ものかたり なときこえ給に夜ふけにけり廿日の月さしいつるほとにいとゝこたかきかけと もこくらくみえわたりてちかきたちはなのかほりなつかしくにほひて女御の御 けはひねひにたれとあくまてよういありあてにらうたけなりすくれてはなやか なる御をほえこそなかりしかとむつましうなつかしきかたにはおほしたりし物 をなと思いてきこえ給につけてもむかしのことかきつらねおほされてうちなき たまふほとゝきすありつるかきねのにやおなしこゑにうちなくしたひきにける よとおほさるるほともえんなりかしいかにしりてかなとしのひやかにうちすん し給   たち花のかをなつかしみほとゝきすはなちるさとをたつねてそとふいにし へのわすれかたきなくさめにはなをまいり侍ぬへかりけりこよなうこそまきる ゝこともかすそふこともはへりけれおほかたのよにしたかふものなれはむかし かたりもかきくつすへき人すくなうなりゆくをましてつれ〱もまきれなくお" }, { "vol": 11, "page": 390, "text": "はさるらんときこえたまふにいとさらなるよなれとものをいとあはれにおほし つゝけたる御けしきのあさからぬも人の御さまからにやおほくあはれそゝひに ける   ひとめなくあれたるやとはたちはなのはなこそのきのつまとなりけれとは かりのたまへるさはいへと人にはいとことなりけりとおほしくらへらるにしお もてにはわさとなくしのひやかにうちふるまひたまひてのそき給へるもめつら しきにそへてよにめなれぬ御さまなれはつらさもわすれぬへしなにやかやとれ いのなつかしくかたらひたまふもおほさぬことにあらさるへしかりにもみたま ふかきりはをしなへてのきはにはあらすさま〱につけていふかひなしとおほ さるゝはなけれはにやにくけなくわれも人もなさけをかはしつゝすくしたまふ なりけりそれをあいなしと思人はとにかくにかはるもことはりのよのさかとお もひなしたまふありつるかきねもさやうにてありさまかはりにたるあたりなり けり" }, { "vol": 12, "page": 395, "text": "世中いとわつらはしくはしたなきことのみまされはせめてしらすかほにありへ てもこれよりまさることもやとおほしなりぬかのすまはむかしこそ人のすみか なともありけれいまはいとさとはなれ心すこくてあまのいゑたにまれになとき ゝ給へと人しけくひたゝけたらむすまゐはいとほいなかるへしさりとてみやこ をとをさからんもふるさとおほつかなかるへきを人わるくそおほしみたるゝよ ろつのこときしかたゆくすゑおもひつゝけ給にかなしきこといとさま〱なり うきものと思ひすてつる世もいまはとすみはなれなん事をおほすにはいとすて かたきことおほかるなかにもひめ君のあけくれにそへてはおもひなけき給へる さまの心くるしうあはれなるをゆきめくりても又あひみむ事をかならすとおほ さむにてたになを一二日のほとよそ〱にあかしくらすおり〱たにおほつか なきものにおほえ女君も心ほそうのみおもひ給へるをいくとせそのほとゝかき りあるみちにもあらすあふをかきりにへたゝりゆかんもさためなき世にやかて わかるへきかとてにもやといみしうおほへ給へはしのひてもろともにもやとお ほしよるおりあれとさる心ほそからんうみつらのなみ風よりほかにたちましる" }, { "vol": 12, "page": 396, "text": "人もなからんにかくらうたき御さまにてひきくし給へらむもいとつきなくわか 心にも中〱物おもひのつまなるへきをなとおほしかへすを女君はいみしから むみちにもをくれきこえすたにあらはとおもむけてうらめしけにおほいたりか の花ちるさとにもおはしかよふことこそまれなれ心ほそくあはれなる御ありさ まをこの御かけにかくれてものし給へはおほしなけきたるさまもいとことはり なりなをさりにてもほのかにみたてまつりかよひ給し所〱人しれぬ心をくた き給人そおほかりける入道の宮よりもゝのゝきこえや又いかゝとりなさむとわ か御ためつゝましけれとしのひつゝ御とふらひつねにありむかしかやうにあひ おほしあはれをもみせたまはましかはとうちおもひいて給にもさもさま〱に 心をのみつくすへかりける人の御ちきりかなとつらく思きこえ給三月はつかあ まりのほとになむみやこをはなれ給ひける人にいつとしもしらせ給はすたゝい とちかうつかうまつりなれたるかきり七八人はかり御ともにていとかすかにい てたちたまふさるへき所〱に御ふみはかりうちしのひ給ひしにもあはれとし のはるはかりつくい給へるは見所もありぬへかりしかとそのおりの心ちのまき" }, { "vol": 12, "page": 397, "text": "れにはか〱しうもきゝをかすなりにけり二三日かねてよにかくれておほいと のにわたり給へりあんしろくるまのうちやつれたるにて女くるまのやうにてか くろへいり給もいとあはれにゆめとのみゝゆ御方いとさひしけにうちあれたる 心ちしてわか君の御めのとゝもむかしさふらひし人のなかにまかてちらぬかき りかくわたり給へるをめつらしかりきこえてまうのほりつとひてみたてまつる につけてもことにものふかゝらぬわかき人〱さへよのつねなさおもひしられ て涙にくれたりわか君はいとうつくしうてされはしりおはしたりひさしきほと にわすれぬこそあはれなれとてひさにすゑたまへる御けしきしのひかたけなり おとゝこなたにわたり給ひてたいめし給へりつれ〱にこもらせ給へらむほと なにと侍らぬむかしものかたりもまいりてきこえさせむとおもふ給へれと身の やまひをもきによりおほやけにもつかうまつらすくらゐをもかへしたてまつり て侍にわたくしさまにはこしのへてなむとものゝきこえひか〱しかるへきを いまは世中はかるへき身にも侍らねといちはやきよのいとおそろしう侍なりか ゝる御事をみたまふにつけていのちなかきは心うくおもふ給えらるゝよのすゑ" }, { "vol": 12, "page": 398, "text": "にも侍かなあめのしたをさかさまになしてもおもふたまへよらさりし御ありさ まをみたまふれはよろついとあちきなくなんときこえ給ひていたうしほたれ給 とあることもかゝる事もさきのよのむくひにこそ侍なれはいひもてゆけはたゝ 身つからのをこたりになむ侍さしてかく官尺をとられすあさはかなることにか ゝつらひてたにおほやけのかしこまりなる人のうつしさまにて世中にありふる はとかおもきわさに人のくにゝもし侍なるをとをくはなちつかはすへきさため なとも侍るなるはさまことなるつみにあたるへきにこそ侍るなれにこりなき心 にまかせてつれなくすくし侍らむもいとはゝかりおほくこれよりおほきなるは ちにのそまぬさきに世をのかれなむとおもふ給へたちぬるなとこまやかにきこ え給むかしの御ものかたり院の御事おほしのたまはせし御心はへなときこえい て給て御なをしのそてもえひきはなちたまはぬに君もえ心つよくもてなし給は すわかきみのなに心なくまきれありきてこれかれになれきこえ給をいみしとお ほいたりすき侍にし人を世におもふ給へわするゝよなくのみいまにかなしひ侍 をこの御事になむもし侍世ならましかはいかやうにおもひなけき侍らましよく" }, { "vol": 12, "page": 399, "text": "そみしかくてかゝるゆめをみすなりにけると思給なくさめ侍おさなくものし給 うかかくよはひすきぬる中にとまり給てなつさひきこえぬ月日やへたゝり給は むと思たまふるをなむよろつのことよりもかなしう侍いにしへの人もまことに おかしあるにてしもかゝる事にあたらさりけり猶さるへきにて人のみかとにも かゝるたくひおほう侍りけりされといひいつるふしありてこそさることも侍け れとさまかうさまに思給へよらむかたなくなむなとおほくの御ものかたりきこ え給三位中将もまいりあひ給ておほみきなとまいり給ふに夜ふけぬれはとまり 給て人〱御まへにさふらはせ給てものかたりなとせさせ給人よりはこよなう しのひおほす中納言の君いへはえにかなしうおもへるさまを人しれすあはれと おほす人みなしつまりぬるにとりわきてかたらひ給これによりとまり給へるな るへしあけぬれは夜ふかういて給ふにありあけの月いとおかし花の木ともやう 〱さかりすきてわつかなるこかけのいとしろきにはにうすくきりわたりたる そこはかとなくかすみあひて秋の夜のあはれにおほくたちまされりすみのかう らむにをしかゝりてとはかりなかめ給中納言の君みたてまつりをくらむとにや" }, { "vol": 12, "page": 400, "text": "つまとをしあけてゐたり又たいめむあらむことこそおもへはいとかたけれかゝ りけるよをしらて心やすくもありぬへかりし月ころさしもいそかてへたてしよ なとのたまへはものもきこえすなくわか君の御めのとの宰相の君して宮のおま へより御せうそこきこえ給へり身つからきこえまほしきをかきくらすみたり心 ちためらひ侍ほとにいとよふかういてさせ給なるもさまかはりたる心ちのみし 侍かな心くるしき人のいきたなきほとはしはしもやすらはせ給はてときこえ給 へれはうちなきたまひて とりへ山もえしけふりもまかふやとあまのしほやくうらみにそゆく御返と もなくうちすし給てあか月のわかれはかうのみや心つくしなる思しり給へる人 もあらむかしとの給へはいつとなくわかれといふもしこそうたて侍るなるなか にもけさは猶たくひあるましうおもふ給へらるゝほとかなとはなこゑにてけに あさからすおもへりきこえさせまほしきことも返〻おもふたまへなからたゝに むすほゝれ侍ほとをしはからせ給へいきたなき人はみたまへむにつけても中 〱うきよのかれかたうおもふ給へられぬへけれは心つよう思給へなしていそ" }, { "vol": 12, "page": 401, "text": "きまかて侍ときこえ給いて給ふほとを人〱のそきてみたてまつるいりかたの 月いとあかきにいとゝなまめかしうきよらにてものをおほいたるさまとらおほ かみたになきぬへしましていはけなくおはせしほとよりみたてまつりそめてし 人〱なれはたとしへなき御ありさまをいみしとおもふまことや御返 なき人のわかれやいとゝへたゝらむけふりとなりし雲井ならてはとりそへ てあはれのみつきせすいて給ひぬるなこりゆゝしきまてなきあへりとのにおは したれはわか御方の人〱もまとろまさりけるけしきにて所〱にむれゐてあ さましとのみ世をおもへるけしきなりさふらひにはしたしうつかまつるかきり は御ともにまいるへき心まうけしてわたくしのわかれおしむほとにや人もなし さらぬ人はとふらひまいるもをもきとかめありわつらはしきことまされは所せ くつとひしむまくるまのかたもなくさひしきに世はうきものなりけりとおほし しらる大はむなともかたへはちりはみてたゝみ所〱ひきかへしたりみるほと たにかゝりましていかにあれゆかんとおほすにしのたいにわたり給へれは御か うしもまいらてなかめあかしたまひけれはすのこなとにわかきはらはへところ" }, { "vol": 12, "page": 402, "text": "〱にふしていまそおきさはくとのゐすかたともおかしうているをみたまふに も心ほそうとし月へはかゝる人人もえしもありはてゝやゆきちらむなとさしも あるましきことさへ御めのみとまりけりよへはしか〱して夜ふけにしかはな んれいのおもはすなるさまにやおほしなしつるかくて侍ほとたに御めかれすと おもふをかくよをはなるゝきはには心くるしきことのをのつからおほかりける ひたやこもりにてやはつねなき世に人にもなさけなきものと心をかれはてんと いとおしうてなむときこえ給へはかゝるよをみるよりほかにおもはすなること はなに事にかとはかりのたまひていみしとおほしいれたるさま人よりことなる をことはりそかしちゝみこいとおろかにもとよりおほしつきにけるにましてよ のきこえをわつらはしかりてをとつれきこえ給はす御とふらひにたにわたり給 はぬを人のみるらむこともはつかしく中〱しられたてまつらてやみなましを まゝはゝのきたの方なとのにわかなりしさいはひのあわたゝしさあなゆゝしや おもふ人方〱につけてわかれ給ふ人かなとのたまひけるをさるたよりありて もりきゝ給ふにもいみしう心うけれはこれよりもたえてをとつれきこえ給はす" }, { "vol": 12, "page": 403, "text": "又たのもしき人もなくけにそあはれなる御ありさまなる猶よにゆるされかたう てとし月をへはいはほのなかにもむかへたてまつらむたゝいまは人きゝのいと つきなかるへきなりおほやけにかしこまりきこゆる人はあきらかなる月日のか けをたにみすやすらかにみをふるまふこともいとつみをもかなりあやまちなけ れとさるへきにこそかゝることもあらめと思にましておもふ人くするはれいな きことなるをひたおもむきにものくるをしき世にてたちまさることもありなん なときこえしらせ給日たくるまておほとのこもれり帥宮三位中将なとおはした りたいめし給はむとて御なをしなとたてまつるくらゐなき人はとてむもんのな をし中〱いとなつかしきをき給てうちやつれ給へるいとめてたし御ひんかき 給とてきやうたいにより給へるにおもやせ給へるかけの我なからいとあてにき よらなれはこよなうこそおとろへにけれこのかけのやうにやゝせて侍あはれな るわさかなとの給へは女君なみたひとめうけてみをこせ給へるいとしのひかた し 身はかくてさすらへぬとも君かあたりさらぬかゝみのかけはゝなれしとき" }, { "vol": 12, "page": 404, "text": "こえ給へは わかれてもかけたにとまるものならはかゝみをみてもなくさめてましはし らかくれにゐかくれて涙をまきらはし給へるさま猶こゝらみるなかにたくひな かりけりとおほしゝらるゝ人の御ありさまなりみこはあはれなる御ものかたり きこえ給てくるゝほとにかへり給ひぬはなちるさとの心ほそけにおほしてつね にきこえ給もことはりにてかの人もいまひとたひみすはつらしとやおもはんと おほせはその夜は又いて給ふものからいとものうくていたうふかしておはした れは女御かくかすまへ給てたちよらせ給へることゝよろこひきこえ給さまかき つゝけむもうるさしいといみしう心ほそき御ありさまたゝ御かけにかくれてす くいたまへるとし月いとゝあれまさらむほとおほしやられてとのゝうちいとか すかなり月おほろにさしいてゝ池ひろく山こふかきわたり心ほそけにみゆるに もすみはなれたらむいはほのなかおほしやらるにしおもてはかうしもわたり給 はすやとうちくしておほしけるにあはれそへたる月かけのなまめかしうしめや かなるにうちふるまひ給へるにほひにるものなくていとしのひやかにいり給へ" }, { "vol": 12, "page": 405, "text": "はすこしゐさりいてゝやかて月をみておはすまたこゝに御物かたりのほとにあ けかたちかうなりにけりみしかよのほとやかはかりのたいめむも又はえしもや とおもふこそことなしにてすくしつるとしころもくやしうきしかたゆくさきの ためしになるへき身にてなにとなく心のとまる世なくこそありけれとすきにし かたのことゝもの給ひてとりもしは〱なけは世につゝみていそきいて給れい の月のいりはつるほとよそへられてあはれなり女君のこき御そにうつりてけに ぬるゝかほなれは 月かけのやとれるそてはせはくともとめてもみはやあかぬひかりをいみし とおほいたるか心くるしけれはかつはなくさめきこえたまふ ゆきめくりつゐにすむへき月かけのしはしくもらむそらなゝかめそおもへ ははかなしやたゝしらぬ涙のみこそ心をくらすものなれなとのたまひてあけく れのほとにいて給ひぬよろつの事ともしたゝめさせ給したしうつかまつり世に なひかぬかきりの人〱とのゝ事とりをこなふへきかみしもさためをかせ給ふ 御ともにしたひきこゆるかきりは又えりいて給へりかの山さとの御すみかのく" }, { "vol": 12, "page": 406, "text": "はえさらすとりつかひたまふへきものともことさらよそひもなくことそきてさ るへきふみとも文集なといりたるはこさては琴ひとつそもたせ給ところせき御 てうとはなやかなる御よそひなとさらにくし給はすあやしの山かつめきてもて なし給さふらふ人〱よりはしめよろつのことみなにしのたいにきこえわたし 給りやうし給みさうみまきよりはしめてさるへき所〱券なとみなたてまつり をき給ふそれよりほかのみくらまちおさめとのなといふ事まて少納言をはか 〱しきものにみをき給へれはしたしきけいしともくしてしろしめすへきさま ともの給ひあつくわか御方の中つかさ中将なとやうの人〱つれなき御もてな しなからみたてまつるほとこそなくさめつれなに事につけてかとおもへとも命 ありてこの世に又かへるやうもあらむをまちつけむとおもはむ人はこなたにさ ふらへとのたまひてかみしもみなまうのほらせ給わか君の御めのとたち花ちる さとなともおかしきさまのはさるものにてまめ〱しきすちにおほしよらぬこ となし内侍のかみの御もとにわりなくしてきこえ給とはせたまはぬもことはり に思ひ給へなからいまはと世をおもひはつるほとのうさもつらさもたくひなき" }, { "vol": 12, "page": 407, "text": "ことにこそ侍けれ あふせなきなみたの河にしつみしやなかるゝみおのはしめなりけむと思給 いつるのみなむつみのかれかたう侍ける道のほともあやうけれはこまかにはき こえ給はす女いといみしうおほえ給てしのひ給へと御そてよりあまるもところ せうなん なみたかはうかふみなはもきえぬへしなかれてのちのせをもまたすてなく 〱みたれかき給へる御ていとおかしけなりいまひとたひたいめなくてやとお ほすは猶くちおしけれとおほしかへしてうしとおほしなすゆかりおほうておほ ろけならすしのひ給へはいとあなかちにもきこえ給はすなりぬあすとてくれに は院の御はかおかみたてまつり給とてきた山へまうて給あか月かけて月いつる 比なれはまつ入道宮にまうて給ちかきみすのまへにおましまいりて御身つから きこえさせ給東宮の御事をいみしううしろめたきものに思きこえ給かたみに心 ふかきとちの御ものかたりはよろつあはれまさりけんかしなつかしうめてたき 御けはひのむかしにかはらぬにつらかりし御心はへもかすめきこえさせまほし" }, { "vol": 12, "page": 408, "text": "けれといまさらにうたてとおほさるへし我御心にもなか〱いまひときはみた れまさりぬへけれはねむしかへしてたゝかく思ひかけぬつみにあたり侍もおも ふ給へあはすることのひとふしになむそらもおそろしう侍おしけなき身はなき になしても宮の御世にたにことなくおはしまさはとのみきこえ給そことはりな るや宮もみなおほししらるゝことにしあれは御心のみうこきてきこえやり給は す大将よろつの事かきあつめおほしつゝけてなき給へるけしきいとつきせすな まめきたり御山にまいり侍を御ことつてやときこえ給にとみにものもきこえ給 はすはりなくためらひたまふ御けしきなり みしはなくあるはかなしきよのはてをそむきしかひもなく〱そふるいみ しき御心まとひともにおほしあつむる事ともゝえそつゝけさせ給はぬ わかれしにかなしき事はつきにしをまたそこの世のうさはまされる月まち いてゝいて給ふ御ともにたゝ五六人はかりしも人もむつましきかきりして御む まにてそおはするさらなる事なれとありし世の御ありきにことなりみないとか なしう思なりなかにかのみそきのひかりのみすいしんにてつかうまつりし右近" }, { "vol": 12, "page": 409, "text": "のそうのくら人うへきかうふりもほとすきつるをつゐにみふたけつられつかさ もとられてはしたなけれは御ともにまいるうちなりかものしものみやしろをか れとみはたすほとふとおもひいてられておりて御むまのくちをとる ひきつれてあふひかさしゝそのかみをおもへはつらしかものみつかきとい ふをけにいかにおもふらむ人よりけにはなやかなりしものをとおほすも心くる し君も御むまよりおり給てみやしろのかたおかみ給神にまかり申し給ふ うき世をはいまそわかるゝとゝまらむ名をはたゝすの神にまかせてとのた まふさまものめてするわかき人にて身にしみてあはれにめてたしとみたてまつ る御やまにまうて給ておはしましゝ御ありさまたゝめのまへのやうにおほしい てらるかきりなきにても世になくなりぬる人そいはむかたなくゝちおしきわさ なりけるよろつのことをなく〱申給ひてもそのことはりをあらはにうけ給は りたまはねはさはかりおほしのたまはせしさま〱の御ゆいこんはいつちかき えうせにけんといふかひなし御はかはみちの草しけくなりてわけいり給ほとい とゝつゆけきに月もかくれてもりのこたちこふかく心すこしかへりいてんかた" }, { "vol": 12, "page": 410, "text": "もなき心しておかみ給にありし御をもかけさやかにみえ給へるそゝろさむきほ となり なきかけやいかゝみるらむよそへつゝなかむる月も雲かくれぬるあけはつ るほとにかへり給ひて春宮にも御せうそこきこえ給わう命婦を御かはりにてさ ふらはせ給へはその御つほねにとてけふなんみやこはなれ侍又まいりはへらす なりぬるなんあまたのうれへにまさりておもふ給へられ侍よろつをしはかりて けいしたまへ いつかまたはるのみやこのはなをみんときうしなへる山かつにしてさくら のちりすきたるえたにつけ給へりかくなむと御らんせさすれはおさなき御心ち にもまめたちておはします御返いかゝものし給らむとけいすれはしはしみぬた に恋しきものをとをくはましていかにといへかしとのたまはすものはかなの御 返やとあはれにみたてまつるあしきなきことに御心をくたき給ひしむかしのこ とおり〱の御ありさま思つゝけらるゝにもものおもひなくて我も人もすくい たまひつへかりけるよを心とおほしなけきけるをくやしうわか心ひとつにかゝ" }, { "vol": 12, "page": 411, "text": "らむことのやうにそおほゆる御返はさらにきこえさせやり侍らすおまへにはけ いし侍ぬ心ほそけにおほしめしたる御けしきもいみしくなむとそこはかとなく 心のみたれけるなるへし さきてとくちるはうけれとゆく春は花のみやこをたちかへりみよときしあ らはときこえてなこりもあはれなるものかたりをしつゝひと宮のうちしのひて なきあへりひとめもみたてまつれる人はかくおほしくつをれぬる御ありさまを なけきおしみきこえぬ人なしましてつねにまいりなれたりしはしりをよひ給ま しきおさめみかはやうとまてありかたき御かへりみのしたなりつるをしはしに てもみたてまつらぬほとやへむとおもひなけきけりおほかたの世の人もたれか はよろしく思ひきこえんなゝつになり給しこのかみゝかとのおまへによるひる さふらひ給てそうし給事のならぬはなかりしかはこの御いたはりにかゝらぬ人 なく御とくをよろこはぬやはありしやむことなきかむたちめ弁官なとの中にも おほかりそれよりしもはかすしらぬを思ひしらぬにはあらねとさしあたりてい ちはやきよを思はゝかりてまいりよるもなしよゆすりておしみきこえしたにお" }, { "vol": 12, "page": 412, "text": "ほやけをそしりうらみたてまつれと身をすてゝとふらひまいらむにもなにのか ひかはとおもふにやかゝるおりは人わろくうらめしき人おほく世中はあちきな きものかなとのみよろつにつけておほすその日は女君に御ものかたりのとかに きこえくらし給てれいのよふかくいて給かりの御そなとたひの御よそひいたく やつし給て月いてにけりなゝをすこしいてゝみたにをくりたまへかしいかにき こゆへき事おほくつもりにけりとおほえむとすらんひとひふつかたまさかにへ たゝるおりたにあやしういふせき心ちするものをとてみすまきあけてはしにい さなひきこえ給へは女君なきしつみたまへるをためらひてゐさりいて給へる月 影にいみしうおかしけにてゐたまへりわか身かくてはかなきよをわかれなはい かなるさまにさすらへたまはむとうしろめたくかなしけれとおほしいりたるに いとゝしかるへけれは いけるよのわかれをしらてちきりつゝ命を人にかきりけるかなはかなしな とあさはかにきこえなし給へは おしからぬいのちにかへてめのまへのわかれをしはしとゝめてしかなけに" }, { "vol": 12, "page": 413, "text": "さそおほさるらむといとみすてかたけれとあけはてなはゝしたなかるへきによ りいそきいて給ぬ道すからおもかけにつとそひてむねもふたかりなから御ふね にのり給ひぬ日なかきころなれはおひかせさへそひてまたさるの時はかりにか のうらにつき給ぬかりそめのみちにてもかゝるたひをならひ給はぬ心ちに心ほ そさもおかしさもめつらかなりおほえとのといひける所はいたうあれて松はか りそしるしなる からくにゝ名をのこしける人よりもゆくゑしられぬいへゐをやせむなきさ によるなみのかつかへるをみ給てうらやましくもとうちすしたまへるさまさる よのふる事なれとめつらしうきゝなされかなしとのみ御ともの人〱おもへり うちかへりみたまへるにこしかたの山はかすみはるかにてまことに三千里のほ かの心ちするにかいのしつくもたへかたし ふるさとをみねのかすみはへたつれとなかむるそらはおなし雲井かつらか らぬものなくなむおはすへき所はゆきひらの中納言のもしほたれつゝわひける いへゐちかきわたりなりけりうみつらはやゝいりてあはれにすこけなる山中な" }, { "vol": 12, "page": 414, "text": "りかきのさまよりはしめてめつらかにみ給かやゝともあしふけるらうめくやな とおかしうしつらひなしたり所につけたる御すまひやうかはりてかゝらぬおり ならはおかしうもありなましとむかしの御心のすさひおほしいつちかき所〱 のみさうのつかさめしてさるへきことゝもなとよしきよのあそんしたしきけい しにておほせをこなふもあはれなり時のまにいと見所ありてしなさせ給水ふか うやりなしうへきともなとしていまはとしつまり給ふ心ちうつゝならすくにの かみもしたしきとの人なれはしのひて心よせつかうまつるかゝるたひ所ともな う人さはかしけれともはか〱しうものをものたまひあはすへき人しなけれは しらぬくにの心ちしていとむもれいたくいかてとし月をすくさましとおほしや らるやう〱ことしつまりゆくになかあめのころになりて京の事もおほしやら るゝにこいしき人おほく女君のおほしたりしさま春宮の御事わか君のなに心も なくまきれたまひしなとをはしめこゝかしこ思ひやりきこえたまふ京へ人いた したて給ふ二条院へたてまつり給と入道の宮のとはかきもやり給はすくらされ 給へり宮には" }, { "vol": 12, "page": 415, "text": "松しまのあまのとまやもいかならむすまのうら人しほたるゝころいつと侍 らぬなかにもきしかたゆくさきかきくらしみきはまさりてなん内侍のかみの御 もとにれいの中納言の君のわたくしことのやうにて中なるにつれ〱とすきに しかたの思給へいてらるゝにつけても こりすまのうらのみるめのゆかしきをしほやくあまやいかゝおもはんさま 〱かきつくし給ことのは思ひやるへし大殿にも宰相のめのとにもつかうまつ るへき事なとかきつかはす京にはこの御ふみ所〱にみ給ひつゝ御心みたれた まふ人〱のみおほかり二条院の君はそのまゝにおきもあかり給はすつきせぬ さまにおほしこかるれはさふらふ人〱もこしらへわひつゝ心ほそうおもひあ へりもてならし給し御てうとゝもひきならし給ひし御ことぬきすて給つる御そ のにほひなとにつけてもいまはと世になからむ人のやうにのみおほしたれはか つはゆゝしうて少納言はそうつに御いのりの事なときこゆふたかたにみすほう なとせさせ給かつはおほしなけく御心しつめ給ひて思ひなきよにあらせたてま つり給へと心くるしきまゝにいのり申給たひの御とのゐものなとてうしてたて" }, { "vol": 12, "page": 416, "text": "まつり給かとりの御なをしさしぬきさまかはりたる心ちするもいみしきにさら ぬかゝみとのたまひしおもかけのけに身にそひたまへるもかひなしいていり給 ひしかたよりゐたまひしまきはしらなとをみたまふにもむねのみふたかりても のをとかう思ひめくらしよにしほしみぬるよはひの人たにありましてなれむつ ひきこえちゝはゝにもなりておほしたてならはし給へれはこひしう思ひきこえ 給へることはりなりひたすら世になくなりなむはいはむかたなくてやう〱わ すれくさもおひやすらんきくほとはちかけれといつまてとかきりある御わかれ にもあらておほすにつきせすなむ入道宮にも春宮の御事によりおほしなけくさ まいとさらなり御すくせのほとをおほすにはいかゝあさくおほされんとしころ はたゝものゝきこえなとのつゝましさにすこしなさけあるけしきみせはそれに つけて人のとかめいつる事もこそとのみひとへにおほしゝのひつゝあはれをも おほう御らむしすくしすくすくしうもてなし給ひしをかはかりうきよの人こと なれとかけてもこのかたにはいひいつることなくてやみぬるはかりの人の御を もむけもあなかちなりし心のひくかたにまかせすかつはめやすくもてかくしつ" }, { "vol": 12, "page": 417, "text": "るそかしあはれにこひしうもいかゝおほしいてさらむ御返もすこしこまやかに てこのころはいとゝ しほたるゝことをやくにてまつしまにとしふるあまもなけきをそつむかむ の君の御返には 浦にたくあまたにつゝむこひなれはくゆるけふりよゆくかたそなきさらな る事ともはえなむとはかりいさゝかかきて中納言の君のなかにありおほしなけ くさまなといみしういひたりあはれと思ひきこえ給ふし〱もあれはうちなか れ給ひぬひめ君の御ふみはこゝろことにこまかなりし御返なれはあはれなるこ とおほくて 浦人のしほくむそてにくらへみよなみ路へたつるよるのころもをものゝい ろしたまへるさまなといときよらなりなにこともらう〱しうものし給ふをお もふさまにていまはこと〱に心あはたゝしうゆきかゝつらふかたもなくしめ やかにてあるへきものをとおほすにいみしうくちおしうよるひるおもかけにお ほえてたへかたう思ひいてられ給へはなをしのひてやむかへましとおほす又う" }, { "vol": 12, "page": 418, "text": "ちかへしなそやかくうき世につみをたにうしなはむとおほせはやかて御さうし んにてあけくれをこなひておはす大とのゝわか君の御事なとあるにもいとかな しけれとをのつからあひみてんたのもしき人〱ものし給へはうしろめたうは あらすとおほしなさるゝは中〱この道のまとはれぬにやあらむまことやさは かしかりしほとのまきれにもらしてけりかの伊勢の宮へも御つかひありけりか れよりもふりはへたつねまいれりあさからぬことゝもかき給へりことのはふて つかひなとは人よりことになまめかしくいたりふかうみえたり猶うつゝとはお もひたまへられぬ御すまゐをうけ給はるもあけぬ夜の心まとひかとなんさりと もとし月へたてたまはしとおもひやりきこえさするにもつみふかき身のみこそ 又きこえさせむこともはるかなるへけれ うきめかるいせをのあまを思ひやれもしほたるてふすまのうらにてよろつ におもひたまへみたるゝよのありさまもなをいかになりはつへきにかとおほか り いせしまやしほひのかたにあさりてもいふかひなきは我身なりけりものを" }, { "vol": 12, "page": 419, "text": "あはれとおほしけるまゝにうちをき〱かき給へるしろきからのかみ四五まい はかりをまきつゝけてすみつきなとみ所ありあはれに思ひきこえし人をひとふ しうしとおもひきこえし心あやまりにかのみやす所も思うしてわかれ給ひにし とおほせはいまにいとおしうかたしけなきものに思ひきこえ給おりからの御ふ みいとあはれなれは御つかひさへむつましうて二三日すゑさせ給てかしこのも のかたりなとせさせてきこしめすわかやかにけしきあるさふらひの人なりけり かくあはれなる御すまひなれはかやうの人もをのつからものとをからてほのみ たてまつる御さまかたちをいみしうめてたしとなみたおとしをりけり御返かき 給ことのはおもひやるへしかく世をはなるへき身と思ひたまへましかはおなし くはしたひきこえましものをなとなむつれ〱と心ほそきまゝに 伊勢人の浪のうへこくをふねにもうきめはからてのらましものを あまかつむなけきのなかにしほたれていつまてすまのうらになかめむきこ えさせむ事のいつとも侍らぬこそつきせぬ心地し侍れなとそありけるかやうに いつこにもおほつかなからすきこえかはし給花ちるさともかなしとおほしける" }, { "vol": 12, "page": 420, "text": "まゝにかきあつめ給へる御心〱み給ふおかしきもめなれぬ心地していつれも うちみつゝなくさめ給へとものおもひのもよほしくさなめり あれまさるのきのしのふをなかめつゝしけくも露のかゝる袖かなとあるを けにむくらよりほかのうしろみもなきさまにておはすらんとおほしやりてなか あめについち所〱くつれてなむときゝ給へは京のけいしのもとにおほせつか はしてちかきくに〱のみさうのものなともよをさせてつかうまつるへきよし のたまはすかむの君は人わらへにいみしうおほしくつをるゝをおとゝいとかな しうし給きみにてせちに宮にも内にもそうし給けれはかきりある女御みやす所 にもおはせすおほやけさまの宮つかへとおほしなおり又かのにくかりしゆへこ そいかめしきこともいてこしかゆるされ給ひてまいり給ふへきにつけても猶心 にしみにしかたそあわれにおほえたまける七月になりてまいり給いみしかりし 御おもひのなこりなれは人のそしりもしろしめされすれいのうへにつとさふら はせ給てよろつにうらみかつはあはれにちきらせ給御さまかたちもいとなまめ かしうきよらなれと思ひいつることのみおほかる心のうちそかたしけなき御あ" }, { "vol": 12, "page": 421, "text": "そひのついてにその人のなきこそいとさうさうしけれいかにましてさおもふ人 おほからむなに事もひかりなき心ちするかなとのたまはせて院のおほしのたま はせし御心をたかへつるかなつみうらむかしとて涙くませ給にえねむしたまは す世中こそあるにつけてもあちきなきものなりけれとおもひしるまゝにひさし くよにあらむものとなむさらにおもはぬさもなりなむにいかゝおほさるへきち かきほとのわかれにおもひおとされんこそねたけれいける世にとはけによから ぬ人のいひをきけむといとなつかしき御さまにてものをまことにあはれとおほ しいりてのたまはするにつけてほろ〱とこほれいつれはさりやいつれにおつ るにかとのたまはすいまゝてみこたちのなきこそさう〱しけれ東宮を院のゝ たまはせしさまにおもへとよからぬ事ともいてくめれは心くるしうなとよを御 心のほかにまつりこちなし給人〱のあるにわかき御心のつよき所なきほとに ていとおしとおほしたることもおほかりすまにはいとゝ心つくしの秋風にうみ はすこしとをけれとゆきひらの中納言のせきふきこゆるといひけんうらなみよ る〱はけにいとちかくきこえてまたなくあわれなるものはかゝる所の秋なり" }, { "vol": 12, "page": 422, "text": "けり御前にいと人すくなにてうちやすみわたれるにひとりめをさましてまくら をそはたてゝよものあらしをきゝ給になみたゝこゝもとにたちくる心ちして涙 おつともおほえぬに枕うくはかりになりにけり琴をすこしかきならし給へるか 我なからいとすこうきこゆれはひきさし給て 恋わひてなくねにまかふうらなみはおもふかたより風やふくらんとうたひ 給へるに人〱おとろきてめてたうおほゆるにしのはれてあいなうおきゐつゝ はなをしのひやかにかみわたすけにいかにおもふらむわか身ひとつによりおや はらからかた時たちはなれかたくほとにつけつゝおもふらむ家をわかれてかく まとひあへるとおほすにいみしくていとかく思ひしつむさまを心ほそしとおも ふらむとおほせはひるはなにくれとうちの給まきらはしつれ〱なるまゝにい ろ〱のかみをつきつゝてならひをしたまひめつらしきさまなるからのあやな とにさま〱のゑともをかきすさひ給へる屏風のおもてともなといとめてたく 見所あり人〱のかたりきこえしうみやまのありさまをはるかにおほしやりし を御めにちかくてはけにをよはぬいそのたゝすまひになくかきあつめ給へりこ" }, { "vol": 12, "page": 423, "text": "のころの上手にすめる千枝つねのりなとをめしてつくりゑつかうまつらせはや と心もとなかりあへりなつかしうめてたき御さまに世のもの思ひわすれてちか うなれつかうまつるをうれしきことにて四五人はかりそつとさふらひけるせむ さいの花色〱さきみたれおもしろきゆふくれにうみゝやらるゝらうにいて給 てたゝすみ給ふさまのゆゝしうきよらなる事所からはましてこの世のものとみ え給はすしろきあやのなよゝかなるしをんいろなとたてまつりてこまやかなる 御なをしおひしとけなくうちみたれ給へる御さまにて釈迦牟尼仏弟子となのり てゆるゝかによみ給へるまた世にしらすきこゆおきよりふねとものうたひのゝ しりてこきゆくなともきこゆほのかにたゝちひさきとりのうかへるとみやらる ゝも心ほそけなるにかりのつらねてなく声かちのをとにまかへるをうちなかめ 給ひて涙こほるゝをかきはらひたまへる御てつきくろき御すゝにはえ給へるふ るさとの女こひしき人〱心みなゝくさみにけり はつかりはこひしき人のつらなれやたひのそらとふこゑのかなしきとの給 へはよしきよ" }, { "vol": 12, "page": 424, "text": "かきつらねむかしのことそおもほゆるかりはそのよの友ならねとも民部大 輔 こゝろからとこよをすてゝなくかりをくものよそにもおもひけるかなさき の右近のそう とこよいてゝたひのそらなるかりかねもつらにをくれぬほとそなくさむと もまとはしてはいかに侍らましといふおやのひたちになりてくたりしにもさそ はれてまいれるなりけりしたにはおもひくたくへかめれとほこりかにもてなし てつれなきさまにしありく月のいとはなやかにさしいてたるにこよひは十五夜 なりけりとおほしいてゝ殿上の御あそひこひしく所〱なかめ給らむかしと思 ひやり給ふにつけても月のかほのみまもられ給ふ二千里外故人心とすし給へる れいの涙もとゝめられす入道の宮のきりやへたつるとのたまはせしほといはむ かたなく恋しくおり〱の事おもひいて給ふによゝとなかれ給ふよふけ侍ぬと きこゆれとなをいり給はす みるほとそしはしなくさむめくりあはん月のみやこはゝるかなれともその" }, { "vol": 12, "page": 425, "text": "ようへのいとなつかしうむかしものかたりなとしたまひし御さまの院にゝたて まつり給へりしも恋しく思いてきこえ給ひて恩賜の御衣はいまこゝにありとす しつゝいり給ひぬ御そはまことに身をはなたすかたはらにをき給へり うしとのみひとへにものはおもほえてひたりみきにもぬるゝ袖かなそのこ ろ大弐はのほりけるいかめしくるいひろくむすめかちにて所せかりけれはきた のかたはふねにてのほるうらつたひにせうようしつゝくるにほかよりもおもし ろきわたりなれは心とまるに大将かくておはすときけはあいなうすいたるわか きむすめたちは舟のうちさへはつかしう心けさうせらるまして五節の君はつな てひきすくるもくちおしきに琴のこゑかせにつきてはるかにきこゆるに所のさ ま人の御ほとものゝねの心ほそさとりあつめ心あるかきりみなゝきにけりそち 御せうそこきこえたりいとはるかなるほとよりまかりのほりてはまついつしか さふらひてみやこの御ものかたりもとこそおもひ給へ侍りつれ思のほかにかく ておはしましける御やとをまかりすき侍かたしけなうかなしうも侍かなあひし りて侍人〱さるへきこれかれまてきむかひてあまた侍れは所せさを思ひ給へ" }, { "vol": 12, "page": 426, "text": "はゝかり侍ことゝも侍りてえさふらはぬことことさらにまいり侍らむなときこ えたりこのちくせむのかみそまいれるこの殿のくら人になしかへりみたまひし 人なれはいともかなしいみしとおもへともまたみる人〱のあれはきこえをお もひてしはしもえたちとまらすみやこはなれてのち昔したしかりし人〱あひ みる事かたうのみなりにたるにかくわさとたちよりものしたることゝの給ふ御 返もさやうになむかみなく〱かへりておはする御ありさまかたるそちよりは しめむかへの人〱まか〱しうなきみちたり五節はとかくしてきこえたり ことのねにひきとめらるゝつなてなはたゆたふ心君しるらめやすき〱し さも人なとかめそときこえたりほをゑみてみ給いとはつかしけなり こゝろありてひきてのつなのたゆたはゝうちすきましやすまのうら浪いさ りせむとはおもはさりしはやとありむまやのおさにくしとらする人もありける をましておちとまりぬへくなむおほえけるみやこには月日すくるまゝにみかと をはしめたてまつりてこひきこゆるおりふしおほかり春宮はましてつねにおほ しいてつゝしのひてなき給ふみたてまつる御めのとまして命婦の君はいみしう" }, { "vol": 12, "page": 427, "text": "あはれにみたてまつる入道の宮は春宮の御事をゆゝしうのみおほしゝに大将も かくさすらへたまひぬるをいみしうおほしなけかる御はらからの御こたちむつ ましうきこえ給ひしかむたちめなとはしめつかたはとふらひきこえ給なとあり きあはれなるふみをつくりかはしそれにつけても世中にのみめてられ給へはき さいの宮きこしめしていみしうの給ひけりおほやけのかうしなる人は心にまか せてこの世のあちはひをたにしる事かたうこそあなれおもしろきいへゐして世 中をそしりもときてかのしかをむまといひけむ人のひかめるやうについせうす るなとあしきことゝもきこえけれはわつらはしとてせうそこきこえ給ふ人なし 二条院のひめ君はほとふるまゝにおほしなくさむおりなしひんかしのたいにさ ふらひし人〱もみなわたりまいりしはしめはなとかさしもあらむとおもひし かとみたてまつりなるゝまゝになつかしうおかしき御ありさまゝめやかなる御 心はへも思ひやりふかうあはれなれはまかてちるもなしなへてならぬきはの人 〱にはほのみえなとし給ふそこらの中にすくれたる御心さしもことはりなり けりとみたてまつるかの御すまゐにはひさしくなるまゝにえねむしすくすまし" }, { "vol": 12, "page": 428, "text": "うおほえ給へとわか身たにあさましきすくせとおほゆるすまゐにいかてかはう ちくしてはつきなからむさまをおもひかへし給ふ所につけてよろつの事さまか はりみ給へしらぬしも人のうへをもみ給ひならはぬ御心地にめさましうかたし けなうみつからおほさる煙のいとちかく時〱たちくるをこれやあまのしほや くならむとおほしわたるはおはしますうしろの山にしはといふものふすふるな りけりめつらかにて 山かつのいほりにたけるしは〱もことゝひこなんこふるさと人冬になり て雪ふりあれたるころそらのけしきもことにすこくなかめ給て琴をひきすさひ 給ひてよしきよにうたうたはせ大輔よこふえふきてあそひ給心とゝめてあはれ なるてなとひきたまへるにことものゝこゑともはやめてなみたをのこひあへり むかし胡のくにゝつかはしけむ女をおほしやりてましていかなりけんこの世に わか思きこゆる人なとをさやうにはなちやりたらむことなとおもふもあらむこ とのやうにゆゆしうて霜のゝちの夢とすし給ふ月いとあかうさしいりてはかな きたひのおまし所おくまてくまなしゆかのうへに夜ふかきそらもみゆいりかた" }, { "vol": 12, "page": 429, "text": "の月かけすこくみゆるにたゝこれにしにゆくなりとひとりこちたまて いつかたの雲路に我もまよひなむ月のみるらむこともはつかしとひとりこ ち給てれいのまとろまれぬあか月のそらに千とりいとあはれになく ともちとりもろこゑになくあか月はひとりねさめのとこもたのもし又おき たる人もなけれは返〻ひとりこちてふし給へりよふかく御てうつまいり御ねん すなとし給ふもめつらしき事のやうにめてたうのみおほえ給へはえみたてまつ りすてす家にあからさまにもえいてさりけりあかしのうらはたゝはひわたるほ となれはよしきよの朝臣かの入道のむすめを思ひいてゝふみなとやりけれと返 事もせすちゝ入道そきこゆへき事なむあからさまにたいめんもかなといひけれ とうけひかさらむものゆへゆきかゝりてむなしくかへらむうしろてもおこなる へしとくむしいたうていかす世にしらす心たかくおもへるにくにの内はかみの ゆかりのみこそはかしこき事にすめれとひかめる心はさらにさもおもはてとし 月をへけるにこの君かくておはすときゝてはゝきみにかたらふやうきりつほの 更衣の御はらの源氏のひかる君こそおほやけの御かしこまりにてすまのうらに" }, { "vol": 12, "page": 430, "text": "ものし給なれあこの御すくせにておほえぬことのあるなりいかてかゝるついて にこの君にをたてまつらむといふはゝあなかたはや京の人のかたるをきけはや むことなき御めともいとおほくもち給ひてそのあまりしのひ〱みかとの御め さへあやまち給ひてかくもさはかれ給ふなる人はまさにかくあやしき山かつを 心とゝめ給てむやといふはらたちてえしりたまはしおもふ心ことなりさる心を し給へついてしてこゝにもおはしまさせむと心をやりていふもかたくなしくみ ゆまはゆきまてしつらひかしつきけりはゝ君なとかめてたくともゝのゝはしめ につみにあたりてなかされておはしたらむ人をしも思ひかけむさてもこゝろを とゝめ給ふへくはこそあらめたはふれにてもあるましきことなりといふをいと いたくつふやくつみにあたる事はもろこしにもわかみかとにもかく世にすくれ なに事も人にことになりぬる人のかならすある事なりいかにものし給君そこは ゝみやす所はをのかをちにものし給ひし按察大納言のむすめなりいとかうさく なるなをとりてみやつかへにいたしたまへりしにこくわうすくれてときめかし 給事ならひなかりけるほとに人のそねみをもくてうせ給にしかと此君のとまり" }, { "vol": 12, "page": 431, "text": "給へるいとめてたしかし女は心たかくつかふへきものなりをのれかゝるゐ中人 なりとておほしすてしなといひゐたりこのむすめすくれたるかたちならねとな つかしうあてはかに心はせあるさまなとそけにやむことなき人におとるましか りける身のありさまをくちおしきものにおもひしりてたかき人は我をなにのか すにもおほさしほとにつけたる世をはさらにみしいのちなかくておもふ人〱 にをくれなはあまにもなりなむうみのそこにも入なむなとそ思ひけるちゝきみ ところせくおもひかしつきてとしにふたゝひすみよしにまうてさせけり神の御 しるしをそひとしれすたのみおもひけるすまにはとしかへりて日なかくつれ 〱なるにうへしわか木のさくらほのかにさきそめて空のけしきうらゝかなる によろつの事おほしいてられてうちなき給ふおりおほかり二月廿日あまりいに しとし京をわかれし時心くるしかりし人〱の御ありさまなといと恋しく南殿 のさくらさかりになりぬらんひとゝせの花の宴に院の御けしきうちのうへのい ときよらになまめいてわかつくれるくをすし給ひしもおもひいてきこえ給 いつとなく大宮人のこひしきにさくらかさしゝけふもきにけりいとつれ" }, { "vol": 12, "page": 432, "text": "〱なるに大殿の三位中将はいまは宰相になりて人からのいとよけれは時世の おほえをもくてものし給へと世中あはれにあちきなくものゝおりことに恋しく おほえ給へはことのきこえありてつみにあたるともいかゝはせむとおほしなし てにはかにまうて給ふうちみるよりめつらしうゝれしきにもひとつなみたそこ ほれけるすまひ給へるさまいはむかたなくからめいたり所のさまゑにかきたら むやうなるに竹あめるかきしわたしていしのはし松のはしらおろそかなるもの からめつらかにおかし山かつめきてゆるしいろのきかちなるにあをにひのかり きぬさしぬきうちやつれてことさらにゐなかひもてなし給へるしもいみしうみ るにゑまれてきよらなりとりつかひたまへるてうともかりそめにしなしておま し所もあらはにみいれらるこすくろくはむてうとたきのくなとゐ中わさにしな してねんすのくをこなひつとめ給けりとみえたりものまいれるなとことさら所 につけゝうありてしなしたりあまともあさりしてかいつものもてまいれるをめ しいてゝ御らむすうらにとしふるさまなとゝはせ給にさま〱やすけなきみの うれへを申すそこはかとなくさえつるも心のゆくゑはおなしことなにかことな" }, { "vol": 12, "page": 433, "text": "るとあはれにみ給ふ御そともなとかつけさせ給ふをいけるかひありとおもへり 御むまともちかうたてゝみやりなるくらかなにそなるいねとりいてゝかふなと めつらしうみ給ふあすかひすこしうたひてつきころの御ものかたりなきみわら ひみわか君のなにともよをおほさてものし給かなしさをおとゝのあけくれにつ けておほしなけくなとかたり給にたへかたくおほしたりつきすへくもあらねは なか〱かたはしもえまねはすよもすからまとろますふみつくりあかし給さい ひなからももののきこえをつゝみていそきかへり給いと中〱なり御かはらけ まいりてゑいのかなしひ涙そゝく春のさかつきのうちともろこゑにすし給御と もの人も涙をなかすをのかしゝはつかなるわかれおしむへかめりあさほらけの そらに雁つれてわたるあるしのきみ ふるさとをいつれのはるかゆきてみんうらやましきはかへるかりかね宰相 さらに立いてん心ちせて あかなくにかりのとこよをたちわかれ花のみやこにみちやまとはむさるへ きみやこのつとなとよしあるさまにてありあるしの君かくかたしけなき御をく" }, { "vol": 12, "page": 434, "text": "りにとてくろこまたてまつり給ゆゝしうおほされぬへけれと風にあたりてはい はへぬへけれはなむと申給ふ世にありかたけなる御むまのさまなりかたみにし のひ給へとていみしきふえの名ありけるなとはかり人とかめつへき事はかたみ にえしたまはす日やう〱さしあかりてこゝろあはたゝしけれはかへりみのみ しつゝいて給をみをくり給ふけしきいとなか〱なりいつ又たいめむはと申給 にあるし 雲ちかくとひかふたつもそらにみよ我はゝる日のくもりなき身そかつはた のまれなからかくなりぬる人むかしのかしこき人たにはか〱しう世に又まし らふ事かたく侍けれはなにかみやこのさかひを又みんとなむ思侍らぬなとの給 ふ宰相 たつかなき雲井にひとりねをそなくつはさならへしともを恋つゝかたしけ なくなれきこえ侍ていとしもとくやしう思給へらるゝおりおほくなとしめやか にもあらてかへり給ひぬるなこりいとゝかなしうなかめくらし給やよひのつい たちにいてきたるみの日けふなむかくおほすことある人はみそきしたまふへき" }, { "vol": 12, "page": 435, "text": "となまさかしき人のきこゆれはうみつらもゆかしうていて給いとおろそかにせ しやう許をひきめくらしてこのくにゝかよひける陰陽師めしてはらへせさせ給 ふふねにこと〱しき人形のせてなかすをみ給ふによそへられて しらさりしおほうみのはらになかれきてひとかたにやはものはかなしきと てゐ給へる御さまさるはれにいてゝいふよしなくみえ給ふうみのおもてうら 〱となきわたりてゆくゑもしらぬにこしかたゆくさきおほしつゝけられて やをよろつ神もあはれとおもふらむをかせるつみのそれとなけれはとの給 ににはかに風ふきいてゝそらもかきくれぬ御はらへもしはてすたちさはきたり ひちかさあめとかふりきていとあはたゝしけれはみなかへり給はむとするにか さもとりあへすさる心もなきによろつふきちらし又なき風なりなみいといかめ しうたちて人〱のあしをそらなりうみのおもてはふすまをはりたらむやうに ひかりみちて神なりひらめくおちかゝる心ちしてからうしてたとりきてかゝる めはみすもあるかな風なとはふくもけしきつきてこそあれあさましうめつらか なりとまとふに猶やますなりみちてあめのあしあたる所とおりぬへくはらめき" }, { "vol": 12, "page": 436, "text": "おつかくてよはつきぬるにやと心ほそく思まとふに君はのとやかに経うちすし ておはすくれぬれは神すこしなりやみて風そよるもふくおほくたてつる願のち からなるへしいましはしかくあらはなみにひかれていりぬへかりけりたかしほ といふものになむとりあへす人そこなはるゝとはきけといとかゝる事はまたし らすといひあへりあか月かたみなうちやすみたりきみもいさゝかねいり給へれ はそのさまともみえぬ人きてなと宮よりめしあるにはまいり給はぬとてたとり ありくとみるにおとろきてさはうみのなかの竜王のいといたうものめてするも のにてみいれたるなりけりとおほすにいとものむつかしうこのすまゐたへかた くおほしなりぬ" }, { "vol": 13, "page": 441, "text": "なを雨風やます神なりしつまらて日ころになりぬいとゝ物わひしき事かすしら すきしかた行さきかなしき御ありさまに心つようしもえおほしなさすいかにせ ましかゝりとて都に帰らんこともまたよにゆるされもなくては人わらはれなる ことこそまさらめ猶これよりふかき山をもとめてやあとたえなましとおほすに も浪かせにさはかれてなと人のいひつたへん事後の世まていとかろ〱しき名 やなかしはてんとおほしみたる夢にもたゝおなしさまなる物のみきつゝまつは しきこゆとみ給雲まなくてあけくるゝ日数にそへて京の方もいとゝおほつかな くかくなから身をはふらかしつるにやと心ほそうおほせとかしらさしいつへく もあらぬそらのみたれにいてたちまいる人もなし二条院よりそあなかちにあや しきすかたにてそをちまいれるみちかひにてたに人かなにそとたに御覧しわく へくもあらすまつをひはらひつへきしつのおのむつましう哀におほさるゝもわ れなからかたしけなくゝしにける心のほと思ひしらる御文にあさましくをやみ なきころのけしきにいとゝ空さへとつる心ちしてなかめやるかたなくなむ 浦風やいかに吹らむおもひやる袖うちぬらし波まなきころ哀にかなしき事" }, { "vol": 13, "page": 442, "text": "ともかきあつめ給へりいとゝみきはまさりぬへくかきくらす心ちし給京にもこ の雨風あやしき物のさとしなりとて仁王会とおこなはるへしとなむきこえ侍 し内にまいり給かんたちめなともすへてみちとちてまつりこともたえてなむ侍 なとはか〱しうもあらすかたくなしうかたりなせと京の方のことゝおほせは いふかしうて御まへにめしいてゝとはせ給たゝれいの雨のをやみなくふりて風 は時〱吹いてて日ころになり侍をれいならぬことにおとろき侍なりいとかく 地のそことほるはかりのひふりいかつちのしつまらぬことは侍らさりきなとい みしきさまにおとろきおちてをるかほのいとからきにも心ほそさまさりけるか くしつゝ世はつきぬへきにやとおほさるゝにその又の日のあかつきより風いみ しうふきしほたかうみちて浪のをとあらき事いはほも山ものこるましきけしき なり神のなりひらめくさまさらにいはむかたなくておちかゝりぬとおほゆるに あるかきりさかしき人なしわれはいかなるつみをゝかしてかくかなしき目をみ るらむちゝはゝにもあひみすかなしきめこのかほをもみてしぬへきことゝなけ く君は御心をしつめてなにはかりのあやまちにてかこのなきさに命をはきはめ" }, { "vol": 13, "page": 443, "text": "んとつようおほしなせといと物さはかしけれは色〱のみてくらさゝけさせ給 て住吉の神ちかきさかひをしつめまもり給まことにあとをたれ給神ならはたす け給へとおほくの大願をたて給をのをの身つからの命をはさる物にてかゝる御 身のまたなきれいにしつみ給ぬへきことのいみしうかなしき心をゝこしてすこ し物おほゆるかきりは身にかえてこの御身ひとつをすくいたてまつらむととよ みてもろこゑに仏神を念したてまつる帝王のふかき宮にやしなはれ給て色色の たのしみにおこり給しかとふかき御うつくしみおほやしまにあまねくしつめる ともからをこそおほくうかへ給しかいまなにのむくひにかこゝらよこさまなる 浪風にはおほゝれ給はむ天地ことはり給へつみなくてつみにあたりつかさ位を とられ家をはなれさかひをさりて明くれやすきそらなくなけき給にかくかなし きめをさへみ命つきなんとするはさきの世のむくひか此世のをかしか神仏あき らかにましまさはこのうれへやすめ給へとみ社のかたにむきてさま〱の願を たて給又海のなかのりうわうよろつの神たちに願をたてさせ給にいよ〱なり とゝろきておはしますにつゝきたるらうにおちかゝりぬほのをもえあかりてら" }, { "vol": 13, "page": 444, "text": "うはやけぬ心たましゐなくてあるかきりまとふうしろのかたなるおほゐとのと おほしき屋にうつしたてまつりてかみ下となくたちこみていとらうかはしくな きとよむ声いかつちにもをとらす空はすみをすりたるやうにて日も暮にけりや うやう風なをり雨のあしゝめり星の光もみゆるにこのおまし所のいとめつらか なるもいとかたしけなくてしん殿にかへしうつしたてまつらむとするにやけの こりたるかたもうとましけにそこらの人のふみとゝろかしまとへるにみすなと もみなふきちらしてけり夜をあかしてこそはとたとりあへるに君は御ねんすし 給ておほしめくらすにいと心あはたゝし月さしいてゝしほのちかくみちきける あともあらはになこり猶よせ帰波あらきを柴の戸をしあけてなかめをはします ちかき世界に物の心をしりきしかた行さきのことうちおほえとやかくやとはか はかしうさとる人もなしあやしきあまともなとのたかき人おはする所とてあつ まりまいりてきゝもしり給はぬことゝもをさえつりあへるもいとめつらかなれ とえをひもはらはすこの風いましはしやまさらましかはしほのほりてのこる所 なからまし神のたすけをろかならさりけりといふをきゝ給もいと心ほそしとい" }, { "vol": 13, "page": 445, "text": "へはをろか也 海にます神のたすけにかゝらすはしほのやをあひにさすらへなましひねも すにいりもみつる神のさはきにさこそいへいたうこうし給にけれは心にもあら すうちまとろみ給かたしけなきおまし所なれはたゝより居給へるに故院たゝお はしましゝさまなからたち給てなとかくあやしき所に物するそとて御てをとり てひきたて給住吉の神のみちひき給まゝにははやふなてしてこの浦をさりねと の給はすいとうれしくてかしこき御影にわかれたてまつりにしこなたさま〱 かなしき事のみおほく侍れはいまはこのなきさに身をやすて侍なましときこえ 給へはいとあるましきことこれはたゝいさゝかなる物のむくひなり我は位にあ りし時あやまつことなかりしかとをのつからをかしありけれはそのつみをおふ る程いとまなくてこの世をかへりみさりつれといみしきうれへにしつむをみる にたへかたくてうみにいりなきさにのほりいたくこうしにたれとかゝるついて に内裏にそうすへきことのあるによりなむいそきのほりぬるとてたちさり給ぬ あかすかなしくて御ともにまいりなんとなきいり給てみあけ給へれは人もなく" }, { "vol": 13, "page": 446, "text": "月のかほのみきら〱として夢の心ちもせす御けはひとまれるこゝちして空の 雲哀にたなひけり年比夢の内にもみたてまつらてこひしうおほつかなき御さま をほのかなれとさたかにみたてまつりつるのみ面かけにおほえ給て我かくかな しひをきはめ命つきなんとしつるをたすけにかけり給へると哀におほすによく そかゝるさはきもありけるとなこりたのもしうゝれしうおほえ給ことかきりな しむねつとふたかりて中〱なる御心まとひにうつゝのかなしきこともうち忘 夢にも御いらへをいますこしきこえすなりぬることゝいふせさに又やみえ給ふ とことさらにね入給へとさらに御めもあはてあか月かたに成にけりなきさにち いさやかなる舟よせて人二三人はかりこの旅の御やとりをさしてまいるなに人 ならむとゝへは明石の浦よりさきのかみしほちの御ふねよそひてまいれる也源 少納言さふらひ給はゝたいめして事の心とり申さんといふよしきよおとろきて 入道はかの国のとくゐにて年ころあひかたらひ侍れとわたくしにいさゝかあひ うらむること侍てことなるせうそこをたにかよはさてひさしうなり侍ぬるを浪 のまきれにいかなることかあらむとおほめく君の御夢なともおほしあはするこ" }, { "vol": 13, "page": 447, "text": "ともありてはやあへとの給へは舟にいきてあひたりさはかりはけしかりつる波 かせにいつのまにかふなてしつらむと心えかたくおもへりいぬるついたちのひ 夢にさまことなる物のつけしらすること侍しかはしむしかたき事とおもふ給へ しかと十三日にあらたなるしるしみせむ舟よそひまうけてかならす雨風やまは この浦にをよせよとかねてしめすことの侍しかは心みに舟のよそひをまうけて まち侍しにいかめしき雨風いかつちのおとろかし侍つれは人の御かとにも夢を しむして国をたすくるたくひおほう侍けるをもちゐさせ給はぬまてもこのいま しめの日をすくさすこのよしをつけ申侍らんとて舟いたし侍つるにあやしき風 ほそう吹てこの浦につき侍ることまことに神のしるへたかはすなんこゝにもも ししろしめすことや侍つらんとてなむいとはゝかりおほく侍れとこのよし申給 へといふよしきよ忍やかにつたへ申君おほしまはすにゆめうつゝさま〱しつ かならすさとしのやうなる事共をきしかた行末おほしあはせてよの人のきゝつ たへん後のそしりもやすからさるへきをはゝかりてまことの神のたすけにもあ らむをそむく物ならは又これよりまさりて人わらはれなるめをやみむうつゝさ" }, { "vol": 13, "page": 448, "text": "まの人の心たに猶くるしはかなきことをもつゝみて我よりよはひまさりもしは 位たかく時よのよせいま一きはまさる人にはなひきしたかひてその心むけをた とるへき物なりけりしりそきてとかなしとこそ昔さかしき人もいひをきけれけ にかく命をきはめよに又なきめのかきりをみつくしつさらにのちのあとの名を はふくとてもたけき事もあらし夢の中にもちゝ御門の御をしへありつれは又な にことかうたかはむとおほして御返の給しらぬせかいにめつらしきうれへのか きりみつれと宮この方よりとてことゝひをこする人もなしたゝ行ゑなき空の月 日の光はかりを故郷の友となかめ侍にうれしきつり舟をなむかの浦にしつやか にかくろふへきくま侍りなんやとの給かきりなくよろこひかしこまり申ともあ れかくもあれ夜の明はてぬさきに御舟にたてまつれとてれいのしたしきかきり 四五人はかりしてたてまつりぬれいの風いてきてとふやうにあかしにつき給ぬ たゝはひわたる程にかた時のまといへと猶あやしきまてみゆる風の心なりはま のさまけにいと心ことなり人しけうみゆるのみなむ御ねかひにそむきける入道 のらうしめたる所〱うみのつらにも山かくれにもとき〱につけてけふをさ" }, { "vol": 13, "page": 449, "text": "かすへきなきさのとまやおこなひをして後世のことを思ひすましつへき山みつ のつらにいかめしきたうをたてゝ三昧をおこなひ此世のまうけに秋のたのみを かりをさめのこりのよはひつむへきいねのくらまちともなとおり〱所につけ たるみ所ありてしあつめたりたかしほにおちてこの比むすめなとはをかへのや とにうつしてすませけれはこのはまのたちに心やすくおはします舟より御車に たてまつりうつるほと日やう〱さしあかりてほのかにみたてまつるより老わ すれよはひのふる心ちしてゑみさかへてまつ住吉の神をかつ〱おかみたてま つる月日の光をてにえたてまつりたる心ちしていとなみつかうまつる事ことは りなり所のさまをはさらにもいはすつくりなしたる心はへ木たちたていしせむ さいなとのありさまえもいはぬ入江の水なとゑにかゝは心のいたりすくなから んゑしはかきをよふましとみゆ月ころの御すまゐよりはこよなくあきらかにな つかしき御しつらひなとえならすしてすまゐけるさまなとけに都のやむことな き所〱にことならすえむにまはゆきさまはまさりさまにそみゆるすこし御心 しつまりては京の御文ともきこえ給まいれりし使はいまはいみしきみちにい" }, { "vol": 13, "page": 450, "text": "てたちてかなしきめをみるとなきしつみてあのすまにとまりたるをめして身に あまれる物ともおほくたまひてつかはすむつましき御いのりのしともさるへき 所〱にはこの程の御ありさまくはしくいひつかはすへし入道の宮はかりには めつらかにてよみ帰さまなときこえ給二条院のあはれなりしほとの御かへりは かきもやり給はすうちをき〱をしのこひつゝきこえ給御けしき猶ことなり返 〻いみしきめのかきりをつくしはてつるありさまなれはいまはと世を思ひは なるゝ心のみまさり侍れとかゝみをみてもとの給し面かけのはなるゝよなきを かくおほつかななからやとこゝらかなしきさま〱のうれはしさはさしをかれ て はるかにもおもひやるかなしらさりし浦よりをちにうらつたひして夢の内 なる心ちのみしてさめはてぬほといかにひかことおほからむとけにそこはかと なくかきみたり給へるしもそいとみまほしきそはめなるをいとこよなき御心さ しのほとゝ人〱みたてまつるをの〱故郷に心ほそけなることつてすへかめ りをやみなかりし空のけしきなこりなくすみわたりてあさりするあまともほこ" }, { "vol": 13, "page": 451, "text": "らしけなりすまはいと心ほそくあまのいはやもまれなりしを人しけきいとひは し給しかとこゝは又さまことにあはれなることおほくてよろつにおほしなくさ まるあかしの入道おこなひつとめたるさまいみしう思ひすましたるをたゝこの むすめひとりをもてわつらひたるけしきいとかたはらいたきまて時〱もらし うれへきこゆ御心ちにもおかしときゝをき給し人なれはかくおほえなくてめく りおはしたるもさるへき契あるにやとおほしなから猶かう身をしつめたる程は おこなひよりほかの事は思はし宮この人もたゝなるよりはいひしにたかふとお ほさむも心はつかしうおほさるれはけしきたち給ことなしことにふれて心はせ ありさまなへてならすもありけるかなとゆかしうおほされぬにしもあらすこゝ にはかしこまりてみつからもをさ〱まいらすものへたゝりたるしものやにさ ふらふさるはあけくれみたてまつらまほしうあかすおもひきこえておもふ心を かなへむと仏神をいよ〱ねんしたてまつるとしは六十はかりになりたれとい ときよけにあらまほしうおこなひさらほひて人のほとのあてはかなれはにやあ らむうちひかみほれ〱しきことはあれといにしへのことをもしりて物きたな" }, { "vol": 13, "page": 452, "text": "からすよしつきたることもましれゝは昔物かたりなとせさせてきゝ給にすこし つれ〱のまきれなりとし比おほやけわたくし御いとまなくてさしもきゝをき 給はぬよのふることゝもくつしいてゝかゝる所をも人をもみさらましかはさう 〱しくやとまてけふありとおほす事もましるかうはなれきこゆれといとけた かう心はつかしき御ありさまにさこそいひしかつゝましうなりて我おもふこと は心のまゝにもえうちいてきこえぬを心もとなうくちおしとはゝ君といひあは せてなけくさうしみはをしなへての人たにめやすきはみえぬせかいに世にはか ゝる人もおはしけりとみたてまつりしにつけて身の程しられていとはるかにそ 思ひきこえけるおやたちのかくおもひあつかふをきくにもにけなきことかなと 思にたゝなるよりは物あはれなり四月になりぬ衣かへの御さうそく御丁のかた ひらなとよしあるさまにしいてつゝよろつにつかうまつりいとなむをいとおし うすゝろなりとおほせと人さまのあくまて思あかりたるさまのあてなるにおほ しゆるしてみ給京よりもうちしきりたる御とふらひともたゆみなくおほかりの とやかなる夕月夜にうみのうへくもりなくみえわたれるもすみなれ給し故郷の" }, { "vol": 13, "page": 453, "text": "池水思ひまかへられ給にいはむかたなくこひしきこといつかたとなく行ゑなき 心ちし給てたゝめのまへにみやらるゝはあはちしま成けりあはとはるかになと の給て あはとみるあはちのしまのあはれさへのこるくまなくすめるよの月ひさし うてふれ給はぬきむをふくろよりとりいて給てはかなくかきならし給へる御さ まをみたてまつる人もやすからす哀にかなしうおもひあへりかうれうといふて をあるかきりひきすまし給へるにかのをかへの家も松のひゝき波の音にあひて 心はせあるわか人は身にしみておもふへかめりなにともきゝわくましきこのも かのものしはふる人ともゝすゝろはしくてはま風をひきありく入道もえたへて くやう法たゆみていそきまいれりさらにそむきにし世の中もとりかへし思ひい てぬへく侍りのちの世にねかひ侍ところのありさまもおもふ給へやらるゝ夜の さまかなとなく〱めてきこゆ我御心にもおり〱の御あそひその人かの人の ことふえもしはこゑのいてしさまに時〱につけてよにめてられ給しありさま みかとよりはしめたてまつりてもてかしつきあかめたてまつり給しを人のうへ" }, { "vol": 13, "page": 454, "text": "も我御身のありさまもおほしいてられて夢の心ちし給まゝにかきならし給へる こゑも心すこくきこゆる人は涙もとゝめあへすをかへにひわ笙のことゝりにや りて入道ひわの法師になりていとおかしうめつらしきてひとつふたつひきたり さうの御ことまいりたれはすこしひき給もさま〱いみしうのみ思ひきこえた りいとさしもきこえぬ物のねたにおりからこそはまさるものなるをはる〱と 物のとゝこほりなき海つらなるに中〱春秋のはなもみちのさかりなるよりは たゝそこはかとなうしけれるかけともなまめかしきにくひなのうちたゝきたる はたか門さしてと哀におほゆねもいとになういつることゝもをいとなつかしう ひきならしたるも御心とまりてこれは女のなつかしきさまにてしとけなうひき たるこそおかしけれと大方にの給を入道はあひなくうちゑみてあそはすよりな つかしきさまなるはいつこのか侍らんなにかし延喜の御てよりひきつたへたる ことしたいになんなり侍ぬるをかうつたなき身にてこの世のことはすてわすれ 侍ぬるを物のせちにいふせきおり〱はかきならし侍しをあやしうまねふもの ゝ侍こそしねむにかのせむ大王の御てにかよひて侍れ山ふしのひかみゝにまつ" }, { "vol": 13, "page": 455, "text": "かせをきゝわたし侍にやあらんいかてこれもしのひてきこしめさせてしかなと きこゆるまゝにうちわなゝきて涙おとすへかめり君ことをことゝも聞給ましか りけるあたりにねたきわさかなとてをしやり給にあやしう昔より笙は女なんひ きとる物なりけるさかの御つたへにて女五の宮さる世のなかの上すに物し給け るをその御すちにてとりたてゝつたふる人なしすへてたゝいま世に名をとれる 人〱かきなての心やりはかりにのみあるをこゝにかうひきこめ給へりけるい とけうありける事かないかてかはきくへきとの給きこしめさむにはなにのはゝ かりか侍らんおまへにめしてもあき人のなかにてたにこそふることきゝはやす 人は侍けれひわなむまことのねをひきしつむる人いにしへもかたう侍しをおさ 〱とゝこほることなうなつかしきてなとすちことになんいかてたとるにか侍 らんあらき浪のこゑにましるはかなしくもおもふ給へられなからかきつむる物 なけかしさまきるゝおり〱も侍りなとすきゐたれはおかしとおほしてさうの こととりかへてたまはせたりけにいとすくしてかいひきたりいまの世にきこえ ぬすちひきつけてゝつかひいといたうからめきゆのねふかうすましたり伊勢の" }, { "vol": 13, "page": 456, "text": "海ならねときよきなきさにかひやひろはむなとこゑよき人にうたはせてわれも 時〱拍しとりてこゑうちそへ給をことひきさしつゝめてきこゆ御くた物なと めつらしきさまにてまいらせ人〱にさけしひそしなとしてをのつから物わす れしぬへき夜のさまなりいたく深行まゝにはま風すゝしうて月もいりかたにな るまゝにすみまさりしつかなるほとに御物語のこりなくきこえてこの浦にすみ はしめしほとの心つかひ後の世をつとむるさまかきくつしきこえてこのむすめ のありさまとはすかたりにきこゆおかしきものゝさすかにあはれときゝ給ふし もありいとゝり申かたき事なれとわかきみかうおほえなきせかいにかりにても うつろひおはしましたるはもしとしころおいほうしのいのり申侍神仏のあはれ ひおはしましてしはしのほと御心をもなやましたてまつるにやとなんおもふた まふるそのゆゑはすみよしのかみをたのみはしめたてまつりてこの十八ねんに なり侍ぬめのわらはいときなう侍しよりおもふ心侍てとしことの春秋ことにか ならすかの御やしろにまいることなむ侍ひるよるの六時のつとめにみつからの はちすのうへのねかひをはさるものにてたゝこの人をたかきほいかなへたまへ" }, { "vol": 13, "page": 457, "text": "となんねんし侍さきのよのちきりつたなくてこそかくゝちおしき山かつとなり 侍けめをや大臣のくらゐをたもちたまへりきみつからかくゐなかのたみとなり にて侍りつき〱さのみおとりまからはなにの身にかなり侍らんとかなしく思 侍をこれはむまれしときよりたのむところなん侍いかにして宮このたかき人に たてまつらんと思ふ心ふかきによりほと〱につけてあまたのひとのそねみを おひみのためからきめをみるをり〱もおほく侍れとさらにくるしみとおもひ 侍らす命のかきりはせはき衣にもはくゝみ侍なむかくなからみすて侍なは浪の なかにもましりうせねとなんをきて侍なとすへてまねふへくもあらぬことゝも をうちなきうちなきゝこゆ君も物をさま〱おほしつゝくるおりからはうち涙 くみつゝきこしめすよこさまのつみにあたりて思ひかけぬせかいにたゝよふも なにのつみにかとおほつかなく思ひつるこよひの御物かたりにきゝあはすれは けにあさからぬさきの世のちきりにこそはと哀になむなとかはかくさたかに思 ひしり給けることをいまゝてはつけ給はさりつらむ都はなれし時より世のつね なきもあちきなうおこなひよりほかの事なくて月日をふるに心もみなくつをれ" }, { "vol": 13, "page": 458, "text": "にけりかゝる人物し給とはほのきゝなからいたつら人をはゆゝしき物にこそお もひすて給らめと思ひくしつるをさらはみちひき給へきにこそあなれ心ほそき ひとりねのなくさめにもなとの給をかきりなくうれしと思へり ひとりねは君もしりぬやつれ〱と思ひあかしのうらさひしさをまして年 月おもひ給へわたるいふせさをゝしはからせ給へときこゆるけはひうちわなゝ きたれとさすかにゆへなからすされとうらなれ給へらむ人はとて たひころもうらかなしさにあかしかね草の枕は夢もむすはすとうちみたれ 給へる御さまはいとそあいきやうつきいふよしなき御けはひなる数しらぬ事と もきこえつくしたれとうるさしやひかことゝもにかきなしたれはいとゝをこに かたくなしき入道の心はへもあらはれぬへかめりおもふことかつ〱かなひぬ る心ちしてすゝしう思ひゐたるに又の日のひるつかたをかへに御文つかはす心 はつかしきさまなめるも中〱かゝる物のくまにそ思ひのほかなることもこも るへかめると心つかひし給てこまのくるみ色のかみにえならすひきつくろひて をちこちもしらぬ雲ゐになかめわひかすめしやとの木すゑをそとふおもふ" }, { "vol": 13, "page": 459, "text": "にはとはかりやありけん入道も人しれすまちきこゆとてかの家にきゐたりける もしるけれは御つかひいとまはゆきまてゑはす御返いとひさしうちにいりてそ ゝのかせとむすめはさらにきかすはつかしけなる御文のさまにさしいてむてつ きもはつかしうつゝまし人の御程我身のほと思にこよなくて心ちあしとてより ふしぬいひわひて入道そかくいとかしこきはゐなかひて侍るたもとにつゝみあ まりぬるにやさらにみたまへもをよひ侍らぬかしこさになんさるは なかむらんおなし雲ゐをなかむるは思ひもおなし思ひなるらむとなんみ給 るいとすき〱しやときこえたりみちのくにかみにいたうふるめきたれとかき さまよしはみたりけにもすきたるかなとめさましうみ給御つかひになへてなら ぬたまもなとかつけたり又の日せんしかきはみしらすなんとて いふせくもこゝろにものをなやむかなやよやいかにとゝふ人もなみいひか たみとこのたひはいといたうなよひたるうすやうにいとうつくしけにかきたま へりわかき人のめてさらむもいとあまりむもれいたからむめてたしとはみれと なすらひならぬ身の程のいみしうかひなけれは中〱世にあるものとたつねしり" }, { "vol": 13, "page": 460, "text": "り給につけて涙くまれてさらにれいのとうなきをせめていはれてあさからすし めたるむらさきのかみにすみつきこくうすくまきらはして おもふらんこゝろのほとやゝよいかにまたみぬ人のきゝかなやまむてのさ まかきたるさまなとやむことなき人にいたうをとるましう上すめきたり京のこ とおほえておかしとみ給へとうちしきりてつかはさむも人めつゝましけれは二 三日へたてつゝつれ〱なる夕くれもしは物あはれなる明ほのなとやうにまき らはしており〱おなし心にみしりぬへき程をしはかりてかきかはし給ににけ なからす心ふかう思ひあかりたるけしきもみてはやましとおほす物からよしき よからうしていひしけしきもめさましう年比心つけてあらむをめのまへに思ひ たかへんもいとおしうおほしめくらされて人すゝみまいらはさるかたにてもま きらはしてんとおほせと女はた中〱やむことなきゝはの人よりもいたう思ひ あかりてねたけにもてなしきこえたれは心くらへにてそすきける京のことをか く関へたゝりてはいよ〱おほつかなく思ひきこえ給ていかにせましたはふれ にくゝもあるかなしのひてやむかへたてまつりてましとおほしよはるをり〱" }, { "vol": 13, "page": 461, "text": "あれとさりともかくてやはとしをかさねんといまさらに人わろき事をはとおほ ししつめたりそのとしおほやけにものゝさとししきりて物さはかしき事おほか り三月十三日かみなりひらめき雨風さはかしき夜みかとの御夢に院の御門御ま へのみはしのもとにたゝせ給て御けしきいとあしうてにらみきこえさせ給をか しこまりておはしますきこえさせ給こともおほかり源氏の御事なりけんかしい とおそろしういとおしとおほしてきさきにきこえさせ給けれは雨なとふり空み たれたる夜は思なしなることはさそ侍るかろ〱しきやうにおほしおとろくま しきことゝきこえ給にらみ給しにめみあはせ給とみしけにや御めわつらひ給て たへかたうなやみ給御つゝしみ内にも宮にもかきりなくせさせ給おほきおとゝ うせ給ぬことはりの御よはひなれとつき〱にをのつからさはかしきことある に大宮もそこはかとなうわつらひ給て程ふれはよはり給やうなる内におほしな けくことさま〱なりなを此源氏の君まことにおかしなきにてかくしつむなら はかならすこのむくひありなんとなむおほえ侍いまは猶もとのくらゐをもたま ひてむとたひ〱おほしの給を世のもときかろ〱しきやうなるへしつみにお" }, { "vol": 13, "page": 462, "text": "ちて都をさりし人を三ねんをたにすくさすゆるされむことはよの人もいかゝい ひつたへ侍らんなときさきかたくいさめ給におほしはゝかるほとに月日かさな りて御なやみともさま〱にをもりまさらせ給あかしにはれいの秋浜風のこと なるにひとりねもまめやかに物わひしうて入道にもおり〱かたらはせ給とか くまきらはしてこちまいらせよとのたまいてわたり給はむことをはあるましう おほしたるをさうしみはたさらに思たつへくもあらすいとくちおしきゝはのゐ 中人こそかりにくたりたる人のうちとけことにつきてさやうにかろらかにかた らふわさをもすなれ人数にもおほされさらん物ゆへわれはいみしき物思ひをや そへんかくをよひなき心をおもへるおやたちもよこもりてすくす年月こそあい なたのみに行すゑ心にくゝ思らめ中〱なる心をやつくさむと思ひてたゝこの 浦にをはせん程かゝる御文はかりをきこえかはさむこそをろかならね年比をと にのみ聞ていつかはさる人の御ありさまをほのかにもみたてまつらんなと思ひ かけさりし御すまゐにてまほならねとほのかにもみたてまつりよになき物とき ゝつたへし御ことのねをも風につけてきゝ明くれの御ありさまおほつかなから" }, { "vol": 13, "page": 463, "text": "てかくまてよにある物とおほしたつぬるなとこそかゝるあまのなかにくちぬる 身にあまることなれなとおもふにいよ〱はつかしうて露もけちかきことは思 ひよらすおやたちはこゝらの年比のいのりのかなふへきを思ひなからゆくりか にみせたてまつりておほし数まへさらん時いかなるなけきをかせんと思やるに ゆゝしくてめてたき人ときこゆともつらういみしうもあるへき哉めにもみえぬ 仏神をたのみたてまつりて人の御心をもすくせをもしらてなとうちかへし思ひ みたれたり君はこの比の波のをとにかの物のねをきかはやさらすはかひなくこ そなとつねはの給しのひてよろしき日みてはゝ君のとかく思ひわつらふをきゝ いれすてしともなとにたにしらせす心ひとつにたちゐかゝやくはかりしつらひ て十三日の月の花やかにさしいてたるにたゝあたら夜のときこえたり君はすき のさまやとおほせと御なをしたてまつりひきつくろひて夜ふかしていて給御く るまはになくつくりたれと所せしとて御むまにて出給これみつなとはかりをさ ふらはせ給やゝとをくいる所なりけりみちの程もよもの浦〱みわたし給てお もふとちみまほしき入江の月影にもまつこひしき人の御事を思ひ出きこえ給に" }, { "vol": 13, "page": 464, "text": "やかてむまひきすきておもむきぬへくおほす 秋のよの月けのこまよわかこふる雲ゐをかけれときのまもみんとうちひと りこたれ給つくれるさまこふかくいたき所まさりて見所あるすまゐなりうみの つらはいかめしうおもしろくこれは心ほそくすみたるさまこゝにゐて思ひのこ すことはあらしとおほしやらるゝに物哀なり三昧たうちかくてかねの声松かせ にひゝきあひて物かなしういはにおひたる松の根さしも心はへあるさまなり前 栽ともに虫のこゑをつくしたりこゝかしこのありさまなと御覧すむすめすませ たる方は心ことにみかきて月いれたるま木の戸くちけしきはかりをしあけたり うちやすらひなにかとの給にもかうまてはみえたてまつらしとふかう思に物な けかしうてうちとけぬ心さまをことなうも人めきたるかなさしもあるましきき はの人たにかはかりいひよりぬれは心つようしもあらすならひたりしをいとか くやつれたるにあなつらはしきにやとねたうさま〱におほしなやめりなさけ なうをしたゝむもことのさまにたかへり心くらへにまけんこそ人わろけれなと みたれうらみ給さまけに物思ひしらむ人にこそみせまほしけれちかき木丁のひ" }, { "vol": 13, "page": 465, "text": "もにさうのことのひきならされたるもけはひしとけなくうちとけなからかきま さくりける程みえておかしけれはこのきゝならしたることをさへやなとよろつ にのたまふ むつことをかたりあはせむ人もかなうき世の夢もなかはさむやと あけぬ夜にやかてまとへる心にはいつれを夢とわきてかたらむほのかなる けはひ伊勢のみやす所にいとようおほえたりなに心もなくうちとけてゐたりけ るをかう物おほえぬにいとわりなくてちかゝりけるさうしのうちに入ていかて かためけるにかいとつよきをしゐてもをしたち給はぬさまなりされとさのみも いかてかあらむ人さまいとあてにそひへて心はつかしきけはひそしたるかうあ なかちなりける契をおほすにもあさからすあはれなり御心さしのちかまさりす るなるへしつねはいとはしき夜のなかさもとく明ぬる心ちすれは人にしられし とおほすも心あはたゝしうてこまかにかたらひをきていて給ぬ御文いとしのひ てそけふはあるあひなき御心のおになりやこゝにもかゝることいかてもらさし とつゝみて御つかひことことしうもゝてなさぬをむねいたくおもへりかくて後" }, { "vol": 13, "page": 466, "text": "はしのひつゝ時〱おはす程もすこしはなれたるにをのつから物いひさかなき あまのこもやたちましらんとおほしはゝかる程をされはよと思ひなけきたるを けにいかならむと入道も極楽のねかひをは忘てたゝこの御けしきをまつことに はすいまさらに心をみたるもいと〱おしけなり二条の君の風のつてにももり きゝ給はむ事はたはふれにても心のへたてありけると思うとまれたてまつらん こゝろくるしうはつかしうおほさるゝもあなかちなる御心さしのほとなりかし かゝる方のことをはさすかに心とゝめてうらみ給へりしおり〱なとてあやな きすさひことにつけてもさ思はれたてまつりけむなとゝりかへさまほしう人の ありさまをみ給につけてもこひしさのなくさむかたなけれはれいよりも御文こ まやかにかき給てまことやわれなから心よりほかなる猶さりことにてうとまれ たてまつりしふし〱を思出さへむねいたきに又あやしうものはかなき夢をこ そみ侍しかゝうきこゆるとはすかたりにへたてなき心の程はおほしあはせよち かひしこともなとかきてなにことにつけても しほ〱とまつそなかるゝかりそめのみるめはあまのすさひなれともとあ" }, { "vol": 13, "page": 467, "text": "る御返なに心なくらうたけにかきて忍ひかねたる御夢かたりにつけても思ひあ はせらるゝことおほかるを うらなくも思ひけるかなちきりしを松より波はこえし物そとおひらかなる 物からたゝならすかすめ給へるをいと哀にうちをきかたくみ給てなこりひさし うしのひの旅ねもし給はす女思しもしるきにいまそまことに身もなけつへき心 ちする行すゑみしかけなるおやはかりをたのもしき物にていつの世に人なみ 〱になるへき身と思はさりしかとたゝそこはかとなくてすくしつるとし月は なにことをか心をもなやましけむかういみしう物思はしき世にこそありけれと かねてをしはかり思ひしよりもよろつにかなしけれとなたらかにもてなしてに くからぬさまにみえたてまつるあはれとは月日にそへておほしませとやむこと なきかたのおほつかなくて年月をすくし給ひたゝならすうち思ひをこせ給らむ かいと心くるしけれはひとりふしかちにてすくし給ゑをさまさまかきあつめて 思ことゝもをかきつけ返こときくへきさまにしなし給へりみむ人の心にしみぬ へき物のさまなりいかてか空にかよふ御心ならむ二条の君も物あはれになくさ" }, { "vol": 13, "page": 468, "text": "む方なくおほえ給おり〱おなしやうにゑをかきあつめ給つゝやかて我御あり さまにきのやうにかき給へりいかなるへき御さまともにかあらむ年かはりぬ内 に御くすりのことありて世中さま〱にのゝしるたうたいの御こは右大臣のむ すめ承香殿の女御の御はらにおとこみこむまれ給へる二になり給へはいといは けなし春宮にこそはゆつりきこえ給はめおほやけの御うしろみをし世をまつり こつへき人をおほしめくらすにこの源氏のかくしつみ給こといとあたらしうあ るましきことなれはつゐに后の御いさめをそむきてゆるされ給へきさためいて きぬこそより后も御物のけなやみ給いさま〱の物のさとしゝきりさはかしき をいみしき御つゝしみともをし給しるしにやよろしうおはしましける御めのな やみさへこの比をもくならせ給て物心ほそくおほされけれは七月廿よ日の程に 又かさねて京へかへり給へき宣旨くたるつゐのことゝおもひしかとよのつねな きにつけてもいかになりはつへきにかとなけき給をかうにはかなれはうれしき にそへても又この浦を今はと思はなれむことをおほしなけくに入道さるへき事 と思ひなからうちきくよりむねふたかりておほゆれと思ひのことさかへ給はゝ" }, { "vol": 13, "page": 469, "text": "こそは我おもひのかなふにはあらめなと思ひなをすそのころはよかれなくかた らひ給六月はかりより心くるしきけしきありてなやみけりかくわかれ給へきほ となれはあやにくなるにやありけむありしよりも哀におほしてあやしう物思へ き身にも有けるかなとおほしみたる女はさらにもいはすおもひしつみたりいと ことはりなりや思ひのほかにかなしきみちにいてたち給しかとつゐには行めく りきなむとかつはおほしなくさめきこのたひはうれしき方の御いてたちの又や は帰みるへきとおほすにあはれなりさふらふ人〱ほと〱につけてはよろこ ひおもふ京よりも御むかへに人〱まいり心地よけなるをあるしの入道涙にく れて月もたちぬ程さへ哀なる空のけしきになそや心つから今も昔もすゝろなる 事にて身をはふらかすらむとさま〱におほしみたれたるを心しれる人〱は あなにくれいの御くせそとみたてまつりむつかるめり月ころは露人にけしきみ せす時〱はひまきれなとし給へるつれなさをこの比あやにくに中〱の人の 心つくしにかとつきしろふ少納言しるへしてきこえいてしはしめの事なとさゝ めきあへるをたゝならすおもへりあさてはかりに成てれいのやうにいたくもふ" }, { "vol": 13, "page": 470, "text": "かさてわたり給へりさやかにもまたみたまはぬかたちなといとよし〱しうけ たかきさましてめさましうもありけるかなとみすてかたくゝちをしうおほさる さるへきさまにしてむかへむとおほしなりぬさやうにそかたらひなくさめ給お とこの御かたちありさまはたさらにもいはすとしころの御おこなひにいたくお もやせ給へるしもいふかたなくめてたき御ありさまにて心くるしけなるけしき にうち涙くみつゝあはれふかく契給へるはたゝかはかりをさいはひにてもなと かやまさらむとまてそみゆめれとめてたきにしも我身の程をおもふもつきせす 波の声秋の風には猶ひゝきことなり塩やく煙かすかにたなひきてとりあつめた る所のさまなり このたひはたちわかるともゝしほやくけふりはおなしかたになひかむとの たまへは かきつめてあまのたくものおもひにもいまはかひなきうらみたにせし哀に うちなきてことすくなゝる物からさるへきふしの御いらへなとあさからすきこ ゆこのつねにゆかしかり給物のねなとさらにきかせたてまつらさりつるをいみ" }, { "vol": 13, "page": 471, "text": "しううらみ給さらはかたみにもしのふはかりの一ことをたにとの給て京よりも てをはしたりしきんの御ことゝりにつかはして心ことなるしらへをほのかにか きならし給へるふかき夜のすめるはたとへんかたなし入道えたへてさうのこと とりてさしいれたり身つからもいとゝ涙さへそゝのかされてとゝむへきかたな きにさそはるゝなるへしゝのひやかにしらへたる程いと上すめきたり入道の宮 の御ことのねをたゝいまの又なき物に思ひきこえたるはいまめかしうあなめて たときく人の心ゆきてかたちさへ思やらるゝことはけにいとかきりなき御こと のねなりこれはあくまてひきすまし心にくゝねたきねそまされるこの御心にた にはしめてあはれになつかしうまたみゝなれ給はぬてなと心やましきほとにひ きさしつゝあかすおほさるゝにも月ころなとしゐても聞ならさゝりつらむとく やしうおほさる心のかきり行さきの契をのみし給きんは又かきあはするまての かたみにとのたまふおんな 猶さりにたのめをくめるひとことをつきせぬねにやかけてしのはんいふと もなきくちすさひをうらみ給て" }, { "vol": 13, "page": 472, "text": "あふまてのかたみにちきる中のをのしらへはことにかはらさらなむこのね たかはぬさきにかならすあひみむとたのめ給めりされとたゝわかれむ程のわり なさをおもひむせたるもいとことはりなりたち給あか月は夜ふかくいて給て御 むかへの人〱もさはかしけれは心も空なれと人まをはからひて うちすてゝたつもかなしきうら波のなこりいかにと思ひやるかな御返 年へつるとまやもあれてうき波のかへるかたにや身をたくへましとうち思 ひけるまゝなるをみ給にしのひ給へとほろ〱とこほれぬ心しらぬ人〱は猶 かゝる御すまひなれとゝしころといふはかりなれ給へるをいまはとおほすはさ もあることそかしなとみたてまつるよしきよなとはをろかならすおほすなむめ りかしとにくゝそ思うれしきにもけにけふをかきりにこのなきさをわかるゝこ となと哀かりてくち〱しほたれいひあへる事ともあめりされとなにかはとて なむ入道けふの御まうけいといかめしうつかうまつれり人ゝしものしなまて旅 のさうそくめつらしきさまなりいつのまにかしあへけむとみえたり御よそひは いふへくもあらすみそひつあまたかけたまはすまことの都のつとにしつへき御" }, { "vol": 13, "page": 473, "text": "をくり物ともゆへつきて思ひよらぬくまなしけふたてまつるへきかりの御さう そくに よる波にたちかさねたるたひ衣しほとけしとや人のいとはむとあるを御覧 しつけてさはかしけれと かたみにそかふへかりけるあふことの日かすへたてん中のころもをとて心 さしあるをとてたてまつりかふ御身になれたるともをつかはすけにいまひとへ しのはれ給へきことをそふる形見なめりえならぬ御そにゝほひのうつりたるを いかゝ人の心にもしめさらむ入道いまはと世をはなれ侍にし身なれともけふの 御をくりにつかうまつらぬことなと申てかひをつくるもいとをしなからわかき 人はわらひぬへし よをうみにこゝらしほしむ身と成て猶このきしをえこそはなれね心のやみ はいとゝまとひぬへく侍れはさかひまてたにときこえてすき〱しきさまなれ とおほしいてさせ給おり侍らはなと御けしき給はるいみしう物を哀とおほして 所〱うちあかみ給へる御まみのわたりなといはむかたなくみえ給思ひすてか" }, { "vol": 13, "page": 474, "text": "たきすちもあめれはいまいとゝくみなをし給てむたゝこのすみかこそみすてか たけれいかゝすへきとて 宮こいてし春のなけきにおとらめやとしふる浦をわかれぬる秋とてをしの こひ給へるにいとゝ物おほえすしほたれまさるたちゐもあさましうよろほふさ うしみの心ちたとふへきかたなくてかうしも人にみえしと思ひしつむれと身の うきをもとにてわりなきことなれとうちすて給へるうらみのやるかたなきにた けきことゝはたゝ涙にしつめりはゝ君もなくさめわひてはなにゝかく心つくし なることを思ひそめけむすへてひか〱しき人にしたかひける心のをこたりそ といふあなかまやおほしすつましきことも物し給めれはさりともおほすところ あらむ思なくさめて御ゆなとをたにまいれあなゆゝしやとてかたすみにより居 たりめのと母君なとひかめる心をいひあはせつゝいつしかいかておもふさまに てみたてまつらむと年月をたのみすくしいまや思かなふとこそたのみきこえつ れ心くるしき事をも物はしめにみるかなとなけくをみるにもいとおしけれはい とゝほけられてひるは日〻とひいをのみねくらしよるはすくよかにおきゐてす" }, { "vol": 13, "page": 475, "text": "ゝの行ゑもしらすなりにけりとててをゝしすりてあふきゐたりてしともにあは められて月夜にいてゝ行道するものはやり水にたふれ入にけりよしあるいはの かたそはにこしもつきそこなひてやみふしたる程になんすこし物まきれける君 はなにはのかたにわたりて御はらへし給て住吉にもたいらかにて色〱の願は たし申へきよし御つかひして申させ給にはかに所せうてみつからはこのたひえ まうて給はすことなる御せうえうなとなくていそきいり給ぬ二条院におはしま しつきて宮この人も御との人も夢の心ちしてゆきあひよろこひなきともゆゝし きまてたちさはきたり女君もかひなき物におほしすてつる命うれしうおほさる らむかしいとうつくしけにねひとゝのほりて御物思ひのほとに所せかりし御く しのすこしへかれたるしもいみしうめてたきをいまはかくてみるへきそかしと 御心おちゐるにつけては又かのあかすわかれし人のおもへりしさま心くるしう おほしやらる猶よとゝもにかゝるかたにて御心のいとまそなきやその人のこと ゝもなときこえいて給へりおほしいてたる御けしきあさからすみゆるをたゝな らすやみたてまつり給らんわさとならす身をは思はすなとほのめかし給そをか" }, { "vol": 13, "page": 476, "text": "しうらうたくおもひきこえ給かつみるにたにあかぬ御さまをいかてへたてつる 年月そとあさましきまておもほすにとりかへし世中もいとうらめしうなんほと もなくもとの御位あらたまりて数よりほかの権大納言になり給つき〱の人も さるへきかきりはもとのつかさ返し給はり世にゆるさるゝほとかれたりし木の 春にあへる心ちしていとめてたけなりめしありて内にまいり給御前にさふらひ 給にねひまさりていかてさる物むつかしきすまゐにとしへ給つらむとみたてま つる女房なとの院の御時さふらひて老しらへるともはかなしくていまさらにな きさはきめてきこゆうへもはつかしうさへおほしめされて御よそひなとことに ひきつくろひていておはします御心ちれいならて日ころへさせ給けれはいたう おとろへさせ給へるを昨日けふそすこしよろしうおほされける御物かたりしめ やかにありて夜に入ぬ十五夜の月おもしろうしつかなるにむかしのことかきつ くしおほしいてられてしほたれさせ給物心ほそくをほさるゝなるへしあそひな ともせす昔きゝし物のねなともきかて久うなりにけるかなとのたまはするに わたつ海にしなへうらふれひるのこのあしたゝさりし年はへにけりときこ" }, { "vol": 13, "page": 477, "text": "え給へりいとあはれに心はつかしうおほされて 宮はしらめくりあひけるときしあれはわかれし春のうらみのこすないとな まめかしき御ありさまなり院の御ために八講おこなはるへきことまついそかせ 給春宮をみたてまつり給にこよなくおよすけさせ給てめつらしうおほしよろこ ひたるをかきりなく哀とみたてまつり給御さへもこよなくまさらせ給て世をた もたせ給はむにはゝかりあるましくかしこくみえさせたまふ入道の宮にも御心 すこしゝつめて御たいめんの程にも哀なる事ともあらむかしまことやかのあか しにはかへる浪に御文つかはすひきかくしてこまやかにかき給めり波のよる 〱いかに なけきつゝあかしの浦にあさ霧のたつやと人を思ひやるかなかのそちのむ すめ五節あいなく人しれぬ物おもひさめぬる心ちしてまくなきつくらせてさし をかせけり すまの浦に心をよせしふな人のやかてくたせる袖をみせはやてなとこよな くまさりにけりとみおほせ給てつかはす" }, { "vol": 13, "page": 478, "text": "帰てはかことやせましよせたりしなこりに袖のひかたかりしをあかすをか しとおほししなこりなれはおとろかされ給ていとゝおほしいつれとこの比はさ やうの御ふるまひさらにつゝみ給めり花ちるさとなとにもたゝ御せうそこなと はかりにておほつかなく中〱うらめしけなり" }, { "vol": 14, "page": 483, "text": "さやかにみえ給ひし夢の後は院のみかとの御事をこゝろにかけきこえ給ひていか てかのしつみたまえむつみすくひ奉る事をせむとおほしなけきけるをかくかへ りたまひてはその御いそきし給神無月に御八講し給世の人なひきつかうまつる ことむかしのやうなりおほきさき御なやみをもくおはしますうちにもつゐにこ の人をえけたすなりなむ事と心やみおほしけれとみかとは院の御ゆいこんをお もひきこえ給ものゝむくひありぬへくおほしけるをなをしたて給て御心ちすゝ しくなむおほしける時ときおこりなやませ給し御めもさはやき給ぬれとおほか た世にえなかくあるましうこゝろほそき事とのみひさしからぬ事をおほしつゝ つねにめしありてけんしの君はまいり給世中のことなともへたてなくの給はせ つゝ御ほいのやうなれは大かたの世の人もあいなくうれしきことによろこひき こえけるおりゐなむの御こゝろつかひちかくなりぬるにも内侍のかみ心ほそけ によをおもひなけき給つるいとあはれにおほされけりおとゝうせ給大宮もたの もしけなくのみあつひ給へるにわか世残すくなき心ちするになむいといとおし うなこりなきさまにてとまり給はむとすらむゝかしより人にはおもひおとし給" }, { "vol": 14, "page": 484, "text": "へれとみつからのこゝろさしの又なきならひにたゝ御事のみなむあはれにおほ えけるたちまさる人又御ほいありてみたまふともをろかならぬ心さしはしもな すらはさらむとおもふさへこそ心くるしけれとてうちなき給ふ女君かほはいと あかくにほひてこほるはかりの御あい行にて涙もこほれぬるをよろつのつみわ すれてあはれにらうたしと御覧せらるなとかみこをたにもたまへるましきくち おしうもあるかなちきりふかき人のためにはいまみいて給てむとおもふもくち をしやかきりあれはたゝ人にてそみたまはむかしなと行すゑのことをさへのた まはするにいとはつかしうもかなしうもおほえ給御かたちなとなまめかしうき よらにてかきりなき御心さしのとし月にそうやうにもてなさせ給にめてたき人 なれとさしもおもひ給へらさりしけしき心はえなとものおもひしられたまふま ゝになとてわか心のわかくいはけなきにまかせてさるさわきをさへひきいてゝ わか名をはさらにもいはす人の御ためさへなとおほしいつるにいとうき御身な りあくるとしのきさらきに春宮の御元服の事あり十一になり給へとほとよりお ほきにおとなしうきよらにてたゝけむしの大納言の御かほをふたつにうつした" }, { "vol": 14, "page": 485, "text": "らむやうにみえ給ふいとまはゆきまてひかりあひ給へるを世人めてたきものに きこゆれとはゝ宮いみしうかたはらいたきことにあひなく御こゝろをつくし給 うちにもめてたしとみたてまつり給て世中ゆつりきこえ給へき事なとなつかし うきこえしらせ給おなし月の廿よ日御くにゆつりのことにはかなれはおほきさ きおほしあはてたりかいなきさまなからもこゝろのとかに御らんせらるへき事 をおもふなりとそきこえなくさめ給けるはうにはそ行殿のみこゐ給ひぬ世中あ らたまりてひきかへ今めかしき事ともおほかり源氏大納言内大臣になり給ひぬ かすさたまりてくつろく所もなかりけれはくはゝり給也けりやかて世のまつり ことをしたまふへきなれとさやうのことしけきそくにはたえすなむとてちしの おとゝせふ正したまふへきよしゆつりきこえ給ふやまひによりてくらゐをかへ したてまつりてしをいよ〱老のつもりそひてさかしき事侍らしとうけひき申 給はす人のくにゝもことうつり世中さたまらぬおりはふかき山にあとをたえた る人たにもおさまれる世にはしろかみもはちすいてつかへけるをこそまことの ひしりにはしけれやまひにしつみてかへし申給けるくらゐを世中かはりてまた" }, { "vol": 14, "page": 486, "text": "あらため給はむにさらにとかあるましうおほやけわたくしさためらるさるため しもありけれはすまひはて給はて大政大臣になり給ふ御としも六十三にそなり 給世中すさましきによりかつはこもりゐ給ひしをとりかへしはなやき給へは御 子ともなとしつむやうにものし給へるをみなうかひ給とりわきて宰相中将権中 納言になり給かの四の君の御はらのひめ君十二になり給ふをうちにまいらせむ とかしつき給かのたかさこうたひし君もかうふりせさせていとおもふさまなり はら〱に御こともいとあまたつき〱におひいてつゝにきわゝしけなるを源 氏のおとゝはうらやみ給大殿はらのわかきみ人よりことにうつくしうて内春宮 の殿上したまふこひめ君のうせ給にしなけきを宮おとゝ又さらにあらためてお ほしなけくされとおはせぬなこりもたゝこのおとゝの御ひかりによろつもてな され給てとしころおほししつみつるなこりなきまてさかへ給ふなをむかしに御 心はへかはらす折ふしことにわたり給なとしつゝわか君の御めのとたちさらぬ 人人も年ころのほとまかてちらさりけるはみなさるへきことにふれつゝよすか つけむことをおほしをきつるにさいはひ人おほくなりぬへし二条院にもおなし" }, { "vol": 14, "page": 487, "text": "ことまちきこえける人をあはれなるものにおほしてとしころのむねあくはかり とおほせは中将なかつかさやうの人〱にはほとほとにつけつゝなさけをみえ 給に御いとまなくてほかありきもしたまはす二条院のひむかしなる宮院の御せ うふむなりしをになくあらためつくらせ給ふ花ちるさとなとやうの心くるしき 人〱すませむなとおほしあてゝつくろはせ給まことやかのあかしに心くるし けなりし事はいかにとおほしわするゝ時なけれはおほやけわたくしいそかしき まきれにえおほすまゝにもとふらひたまはさりけるを三月ついたちのほとこの ころやとおほしやるに人しれすあはれにて御つかひありけりとくかへりまいり て十六日になむ女にてたいらかにものし給ふとつけきこゆめつらしき様にてさ へあなるをおほすにをろかならすなとて京にむかへてかゝることをもせさせさ りけむとくちおしうおほさるすくえうに御子三人みかときさきかならすならひ てうまれたまふへしなかのおとりは大政大臣にてくらゐをきはむへしとかむか へ申たりし事さしてかなふなめりおほかたかみなきくらゐにのほりよをまつり こち給ふへき事さはかりかしこかりしあまたのさふ人とものきこえあつめたる" }, { "vol": 14, "page": 488, "text": "をとしころは世のわつらはしさにみなおほしけちつるをたうたいのかく位にか なひ給ぬることを思のことうれしとおほすみつからもゝてはなれ給へるすちは 更にあるましき事とおほすあまたのみこたちの中にすくれてらうたきものにお ほしたりしかとたゝ人におほしをきてける御心を思にすくせとをかりけりうち のかくておはしますをあらはに人のしる事ならねとさうにむのことむなしから すと御こゝろのうちにおほしけり今ゆくすゑのあらましことをおほすに住吉の 神のしるへまことにかの人も世になへてならぬすくせにてひか〱しきおやも およひなき心をつかふにやありけむさるにてはかしこきすちにもなるへき人の あやしきせかいにてむまれたらむはいとをしうかたしけなくもあるへきかなこ のほとすくしてむかへてんとおほしてひむかしの院いそきつくらすへきよしも よをしおほせ給ふさる所にはか〱しき人しもありかたからむをおほしてこ院 にさふらひしせむしのむすめ宮内卿の宰相にてなくなりにし人の子なりしをは ゝなともうせてかすかなる世にへけるかはかなきさまにてこうみたりときこし めしつけたるをしるたよりありてことのついてにまねひきこえける人めしてさ" }, { "vol": 14, "page": 489, "text": "るへきさまにのたまひちきるまたわかくなに心もなき人にてあけ暮人しれぬあ はら屋になかむる心ほそさなれはふかうもおもひたとらすこの御あたりのこと をひとへにめてたうおもひきこえてまいるへきよし申させたりいとあはれにか つはおほしていたしたて給ふものゝついてにいみしうしのひまきれておはしま ひたりさはきこえなからいかにせましとおもひみたれけるをいとかたしけなき によろつおもひなくさめてたゝのたまはせむまゝにときこゆよろしきひなりけ れはいそかしたて給ひてあやしうおもひやりなきやうなれと思ふさまことなる 事にてなむみつからもおほえぬすまひにむすほゝれたりしためしをおもひよそ へてしはしねむし給へなとことのありやうくはしうかたらひ給ふうへの宮つか へ時〱せしかはみたまふおりもありしをいたうおとろへにけりいへのさまも いひしらすあれまとひてさすかにおほきなる所のこたちなとうとましけにいか てすくしつらむとみゆ人のさまわかやかにおかしけれは御覧しはなたれすとか くたはふれ給ひてとりかへしつへき心ちこそすれいかにとの給ふにつけてもけ におなしうは御みちかふもつかうまつりなれはうきみもなくさみなましとみた" }, { "vol": 14, "page": 490, "text": "てまつる かねてよりへたてぬ中とならはねとわかれはおしき物にそありけるしたひ やしなましとのたまへはうちはらひて うちつけのわかれをおしむかことにておもはむかたにしたひやはせぬなれ てきこゆるをいたしとおほすくるまにてそ京のほとはゆきはなれけるいとした しき人さしそへ給て夢もらすましく口かため給てつかはす御はかしさるへきも のなと所せきまておほしやらぬくまなしめのとにもありかたうこまやかなる御 いたはりのほとあさからす入道のおもひかしつきおもふらむ有さまおもひやる もほゝゑまれたまふことおほく又あはれに心くるしうもたゝこの事の御心にか ゝるもあさからぬにこそは御文にもをろかにもてなし思ふましとかへす〱い ましめたまへり いつしかも袖うちかけむおとめこか世をへてなつるいはのおひさきつのく にまては船にてそれよりあなたはむまにていそきいきつきぬ入道まちとりよろ こひかしこまりきこゆることかきりなしそなたにむきておかみきこえてありか" }, { "vol": 14, "page": 491, "text": "たき御心はへをおもふにいよ〱いたはしうおそろしきまて思ふちこのいとゆ ゝしきまてうつくしうおはすることたくひなしけにかしこき御心にかしつきき こえむとおほしたるはむへなりけりとみたてまつるにあやしきみちにいてたち て夢の心ちしつるなけきもさめにけりいとうつくしうらふたうおほえてあつか ひきこゆこもちの君も月ころ物をのみ思ひしつみていとゝよはれる心ちにいき たらむともおほえさりつるをこの御をきてのすこしものおもひなくさめらるゝ にそかしらもたけて御つかひにもになきさまの心さしをつくすとくまいりなむ といそきくるしかれはおもふ事ともすこしきこえつゝけて ひとりしてなつるは袖のほとなきにおほふはかりのかけをしそまつときこ えたりあやしきまて御心にかゝりゆかしうおほさる女君にはことにあらはして おさおさきこえ給はぬをきゝあはせ給ふこともこそとおほしてさこそあなれあ やしうねちけたるわさなりやさもおはせなむと思ふあたりには心もとなくてお もひのほかにくちおしくなん女にてあなれはいとこそものしけれたつねしらて もありぬへき事なれとさはえおもひすつましきわさなりけりよひにやりてみせ" }, { "vol": 14, "page": 492, "text": "たてまつらむにくみ給ふなよときこえたまへはおもてうちあかみてあやしうつ ねにかやうなるすちのたまひつくる心のほとこそわれなからうとましけれもの にくみはいつならふへきにかとゑしたまへはいとよくうちゑみてそよたかなら はしにかあらむおもはすにそみえ給ふや人の心よりほかなる思ひやりことして ものゑしなとしたまふよおもへはかなしとてはて〱はなみたくみ給ふとしこ ろあかすこひしと思きこえ給し御心のうちともおり〱の御ふみのかよひなと おほしいつるにはよろつのことすさひにこそあれと思ひけたれ給ふこの人をか うまておもひやりことゝふは猶思ふやうの侍そまたきにきこえは又ひか心えた まふへけれはとのたまひさして人からのおかしかりしも所からにやめつらしう おほえきかしなとかたりきこえ給あはれなりしゆふへのけふりいひしことなと まほならねとそのよのかたちほのみしことのねのなまめきたりしもすへて御心 とまれるさまにのたまひいつるにも我は又なくこそかなしと思ひなけきしかす さひにても心をわけ給けむよとたゝならす思ひつゝけ給て我はわれとうちそむ きなかめてあはれなりしよの有さまなとひとりことのやうにうちなけきて" }, { "vol": 14, "page": 493, "text": "おもふとちなひくかたにはあらすともわれそけふりにさきたちなましなに とか心うや たれにより世をうみ山に行めくりたえぬなみたにうきしつむみそいてやい かてかみえたてまつらむいのちこそかなひかたかへいものなめれはかなき事に て人に心をかれしとおもふもたゝひとつゆへそやとてさうの御ことひきよせて かきあはせすさひ給てそゝのかしきこえたまへとかのすくれたりけむもねたき にやてもふれ給はすいとおほとかにうつくしうたをやきたまへるものからさす かにしふねき所つきてものゑししたまへるか中〱あひ行つきてはらたちなし 給をおかしう見所ありとおほす五月五日にそいかにはあたるらむと人しれすか すへ給てゆかしうあはれにおほしやるなに事もいかにかひあるさまにもてなし うれしからましくちをしのわさやさる所にしも心くるしきさまにていてきたる よとおほすおとこ君ならましかはかうしも御心にかけ給ましきをかたしけなう いとをしうわか御すくせもこの御事につけてそかたほなりけりとおほさるゝ御 つかひいたしたて給ふかならすそのひたかへすまかりつけとのたまへは五日に" }, { "vol": 14, "page": 494, "text": "いきつきぬおほしやる事もありかたうめてたきさまにてまめ〱しき御とふら ひもあり うみ松やときそともなきかけにゐてなにのあやめもいかにわくらむ心のあ くかるゝまてなむ猶かくてはえすくすましきをおもひたち給ひねさりともうし ろめたき事はよもとかい給へり入道れいのよろこひなきしてゐたりかゝるおり はいけるかひもつくりいてたることはりなりとみゆこゝにもよろつところせき まておもひまうけたりけれとこの御つかひなくはやみの夜にてこそくれぬへか りけれめのともこの女君のあはれに思やうなるをかたらひ人にて世のなくさめ にしけりおさ〱おとらぬ人もるひにふれてむかへとりてあらすれとこよなく おとろへたるみやつかへ人なとのいはほの中たつぬるかおちとまれるなとこそ あれこれはこよなうこめき思あかれりきゝ所ある世の物かたりなとしておとゝ の君の御有さま世にかしつかれ給へる御おほえのほとも女心ちにまかせてかき りなくかたりつくせはけにかくおほしいつはかりのなこりとゝめたるみもいと たけくやう〱おもひなりけり御ふみもゝろともにみて心のうちにあはれかう" }, { "vol": 14, "page": 495, "text": "こそおもひの外にめてたきすくせはありけれうきものはわかみこそありけれと おもひつゝけらるれとめのとのことはいかになとこまかにとふらはせ給へるも かたしけなくなに事もなくさめけり御返には かすならぬみしまかくれになくたつをけふもいかにとゝふ人そなきよろつ に思ふ給へむすほゝるゝ有さまをかくたまさかの御なくさめにかけ侍いのちの ほともはかなくなむけにうしろやすくおもふ給へをくわさもかなとまめやかに きこえたりうちかへしみ給つゝあはれとなかやかにひとりこち給を女君しりめ にみをこせてうらよりをちにこく船のとしのひやかにひとりこちなかめ給ふを まことはかくまてとりなし給ふよこはたゝかはかりのあはれそやところのさま なとうち思ひやる時〱きしかたの事わすれかたきひとりことをようこそきゝ すくい給はねなとうらみきこえ給てうはつゝみはかりをみせたてまつらせ給ふ ふてなとのいとゆへつきてやむことなき人くるしけなるをかゝれはなめりとお ほすかくこの御心とり給ふほとに花ちる里なとをかれはて給ひぬるこそいとを しけれおほやけこともしけく所せき御みにおほしはゝかるにそへてもめつらしく" }, { "vol": 14, "page": 496, "text": "く御めおとろくことのなきほと思ひしつめ給なめりさみたれつれ〱なるころ おほやけわたくし物しつかなるにおほしおこしてわたり給へりよそなからもあ け暮につけてよろつにおほしやりとふらひきこえ給をたのみにてすくい給所な れはいまめかしう心にくきさまにそはみうらみ給ふへきならねは心やすけなり 年比にいよ〱あれまさりすこけにておはす女御の君に御物かたりきこえ給て 西のつまとに夜ふかして立より給へり月おほろにさし入ていとゝえむなる御ふ るまひつきもせすみえ給ふいとゝつゝましけれとはしちかふうちなかめ給ける さまなからのとやかにてものし給ふけはひいとめやすしくひなのいとちかふな きたるを くひなたにおとろかさすはいかにしてあれたるやとに月をいれましといと なつかしういひけち給へるそとり〱にすてかたきよかなかゝるこそ中〱み もくるしけれとおほす をしなへてたゝくくひなにおとろかはうはの空なる月もこそいれうしろめ たうとはなをことにきこえ給へとあた〱しきすちなとうたかはしき御こゝろ" }, { "vol": 14, "page": 497, "text": "はへにはあらすとし比まちすくしきこえ給へるもさらにをろかにはおほされさ りけり空ななかめそとたのめきこえ給ひしおりの事ものたまひいてゝなとてた くひあらしといみしうものを思しつみけむうきみからはおなしなけかしさにこ そとのたまへるもおいらかにらうたけなりれいのいつこの御ことのはにかあら むつきせすそかたらひなくさめきこえ給かやうのついてにもかの五せちをおほ しわすれす又みてしかなと心にかけ給へれといとかたき事にてえまきれ給はす 女ものおもひたえぬをおやは万におもひいふ事もあれとよにへんことを思ひた えたり心やすきとのつくりしてはかやうの人つとへてもおもふさまにかしつき 給ふへき人もいてものし給はゝさる人のうしろみにもとおほすかの院のつくり さま中〱みところおほくいまめひたりよしあるすらうなとをえりてあて〱 にもよをし給ふないしのかむの君なをえおもひはなちきこえ給はすこりすまに たちかへり御心はへもあれと女はうきにこり給てむかしのやうにもあひしらへ きこえ給はす中〱ところせうさう〱しう世中おほさる院はのとやかにおほ しなりて時〱につけておかしき御あそひなとこのましけにておはします女御" }, { "vol": 14, "page": 498, "text": "かういみなれいのことさふらひ給へと春宮の御はゝ女御のみそとりたてゝ時め き給ふ事もなくかむの君の御おほえにをしけたれたまへりしをかくひきかへめ てたき御さいはひにてはなれいてゝ宮にそひたてまつり給へるこのおとゝの御 とのゐところはむかしのしけいさなりなしつほに春宮はおはしませはちかとな りの御心よせになに事もきこえかよひて宮をもうしろみたてまつり給にうたう 后の宮御くらゐをまたあらため給へきならねは太上天皇になすらへてみふ給ま はらせ給院司ともなりてさまことにいつくし御をこなひくとくの事をつねの御 いとなみにておはしますとしころ世にはゝかりていていりもかたくみたてまつ り給はぬなけきをいふせくおほしけるにおほすさまにてまいりまかて給もいと めてたけれはおほきさきはうきものはよなりけりとおほしなけくおとゝはこと にふれていとはつかしけにつかまつり心よせきこえ給も中〱いとをしけなる を人もやすからすきこえけり兵部卿のみことしころの御こゝろはへのつらくお もはすにてたゝ世のきこえをのみおほしはゝかりたまひし事をおとゝはうきも のにおほしをきてむかしのやうにもむつひきこえ給はすなへての世にはあまね" }, { "vol": 14, "page": 499, "text": "くめてたき御心なれとこの御あたりは中〱なさけなきふしもうちませ給を入 道の宮はいとをしうほいなきことにみたてまつり給へり世中の事たゝなかはを わけておほきおとゝこのおとゝの御まゝなり権中納言の御むすめその年の八月 にまいらせ給おほち殿ゐたちてきしきなといとあらまほし兵部卿宮のなかの君 もさやうに心さしてかしつき給名たかきをおとゝは人よりまさり給へとしもお ほさすなむありけるいかゝし給はむとすらむその秋すみよしにまうて給願とも はたし給へけれはいかめしき御ありきにて世中ゆすりてかむたちめ殿上人我も 〱とつかふまつり給おりしもかのあかしの人としことのれいのことにてまう つるをこそことしはさはる事ありてをこたりけるかしこまりとりかさねておも ひたちけり船にてまうてたりきしにさしつくるほとみれはのゝしりてまうて給 ふ人のけはひなきさにみちていつくしきかむたからをもてつゝけたりかく人と をつらなとさうそくをとゝのへかたちをえらひたりたかもうて給へるそととふ めれは内大臣殿の御願はたしにまうて給ふをしらぬ人もありけりとてはかなき 程のけすたに心ちよけにうちはらふけにあさましう月日もこそあれ中〱この" }, { "vol": 14, "page": 500, "text": "御有さまをはるかにみるも身のほとくちをしうおほゆさすかにかけはなれたて まつらぬすくせなからかくゝちおしきゝわの物たにもの思なけにてつかうまつ るをいろふしに思ひたるになにのつみふかき身にて心にかけておほつかなうお もひきこえつゝかゝりける御ひゝきをもしらてたちいてつらむなとおもひつゝ くるにいとかなしうて人しれすしほたれけり松はらのふかみとりなるに花もみ ちをこきちらしたるとみゆるうへのきぬのこきうすきかすしらす六位の中にも 蔵人はあをいろしるくみえてかのかものみつかきうらみし右近のせうもゆけゐ になりてこと〱しけなるすいしんくしたる蔵人なりよしきよもおなしすけに て人よりことにもの思ひなきけしきにておとろおとろしきあかきぬすかたいと きよけなりすへてみし人〱ひきかへはなやかになに事おもふらむとみえてう ちちりたるにわかやかなるかむたちめ殿上人の我も〱とおもひいとみむまく らなとまてかさりをとゝのへみかき給へるはいみしきものにゐなか人もおもへ り御車をはるかにみやれはなか〱心やましくて恋しき御かけをもえみたてま つらすかはらのおとゝの御れいをまねひてわらはすいしんを給はり給けるいと" }, { "vol": 14, "page": 501, "text": "をかしけにさうそきみつらゆひてむらさきすそこのもとゆひなまめかしうたけ すかたとゝのひうつくしけにて十人さまことにいまめかしうみゆおほとのはら のわか君かきりなくかしつきたてゝむまそひわらはのほとみなつくりあはせて やうかへてさうそきわけたり雲井はるかにめてたくみゆるにつけてもわか君の かすならぬさまにてものし給をいみしと思いよ〱みやしろのかたをおかみき こゆくにのかみまいりて御まうけれいの大臣なとのまいり給よりはことによに なくつかうまつりけむかしいとはしたなけれはたちましりかすならぬ身のいさ ゝかの事せむに神もみいれかすまへ給ふへきにもあらすかへらむにも中そらな りけふはなにはに船さしとめてはらへをたにせむとてこきわたりぬ君はゆめに もしり給はす夜ひとよ色〱のことをせさせ給ふまことに神のよろこひ給へき 事をしつくしてきしかたの御願にもうちそへありかたきまてあそひのゝしりあ かし給これみつやうの人は心のうちに神の御とくをあはれにめてたしとおもふ あからさまにたちいて給へるにさふらひてきこえいてたり すみよしのまつこそものはかなしけれ神世のことをかけておもへはけにと" }, { "vol": 14, "page": 502, "text": "おほしいてゝ あらかりしなみのまよひに住よしの神をはかけてわすれやはするしるしあ りなとのたまふもいとめてたしかのあかしの舟このひゝきにをされてすきぬる 事もきこゆれはしらさりけるよとあはれにおほす神の御しるへをおほしいつる もをろかならねはいさゝかなるせうそこをたにして心なくさめはや中〱にお もふらむかしとおほすみやしろたちたまて所〱にせうえうをつくし給ふなに はの御はらへなゝせによそをしうつかまつるほりえのわたりを御らむしていま はたおなしなにはなると御こゝろにもあらてうちすし給へるを御車のもとちか きこれみつうけ給はりやしつらむさるめしもやとれいにならひてふところにま うけたるつかみしかきふてなと御車とゝむる所にてたてまつれりをかしとおほ してたゝうかみに みをつくしこふるしるしにこゝまてもめくりあひけるえにはふかしなとて 給へれはかしこのこゝろしれるしも人してやりけりこまなめてうちすき給ふに も心のみうこくに露はかりなれといとあはれにかたしけなくおほえてうちなき" }, { "vol": 14, "page": 503, "text": "ぬ かすならてなにはのこともかひなきになとみをつくしおもひそめけむたみ のゝしまにみそきつかうまつる御はらへのものにつけてたてまつる日暮かたに なり行ゆふしほみちきて入えのたつもこゑおしまぬほとのあはれなるおりから なれはにや人めもつゝますあひみまほしくさへおほさる 露けさのむかしににたるたひころもたみのゝしまのなにはかくれすみちの まゝにかひあるせうえうあそひのゝしり給へと御心にはなをかゝりておほしや るあそひとものつとひまいれるかむたちめときこゆれとわかやかにことこのま しけなるはみなめとゝめ給へかめりされといてやおかしきことも物のあはれも 人からこそあへけれなのめなることをたにすこしあはきかたによりぬるは心と ゝむるたよりもなきものをとおほすにをのか心をやりてよしめきあへるもうと ましうおほしけりかの人はすくしきこえて又の日そよろしかりけれは御てくら たてまつるほとにつけたる願ともなとかつ〱はたしける又中〱物おもひそ はりてあけ暮くちおしき身をおもひなけくいまや京におはしつくらむとおもふ" }, { "vol": 14, "page": 504, "text": "日かすもへす御つかひありこのころのほとにむかへむことをそのたまへるいと たのもしけにかすまへのたまふめれといさやまたしまこきはなれなか空に心ほ そきことやあらむとおもひわつらふ入道もさていたしはなたむはいとうしろめ たうさりとてかくうつもれすくさむをおもはむも中〱きしかたの年ころより も心つくしなりよろつにつゝましうおもひたちかたき事をきこゆまことやかの さい宮もかはり給にしかはみやすむ所のほり給てのちかはらぬさまになに事も とふらひきこえ給事はありかたきまてなさけをつくし給へとむかしたにつれな かりし御心はへの中〱ならむ名残はみしとおもひはなち給へれはわたり給な とすることはことになしあなかちにうこかしきこえ給てもわか心なからしりか たくとかくかゝつらはむ御ありきなとも所せうおほしなりにたれはしゐたるさ まにもおはせすさい宮をそいかにねひなり給ぬらむとゆかしうおもひきこえ給 なをかの六条のふる宮をいとよくすりしつくろひたりけれはみやひかにてすみ 給けりよしつき給へることふりかたくてよき女坊なとおほくすいたる人のつと ひところにてものさひしきやうなれと心やれるさまにてへたまふほとににはか" }, { "vol": 14, "page": 505, "text": "にをもくわつらひ給ひてものゝいと心ほそくおほされけれはつみふかきところ ほとりにとしへつるもいみしうおほしてあまになり給ひぬおとゝきゝ給てかけ 〱しきすちにはあらねとなをさるかたのものをもきこえあはせ人におもひき こえつるをかくおほしなりにけるかくちをしうおほえ給へはおとろきなからわ たり給へりあかすあはれなる御とふらひきこえ給ふちかき御まくらかみにおま しよそひてけうそくにをしかゝりて御返なときこえ給ふもいたうよはり給へる けはひなれはたえぬこゝろさしのほとはえみえたてまつらてやとくちおしうて いみしうない給かくまてもおほしとゝめたりけるを女もよろつにあはれにおほ して斎宮の御事をそきこえ給心ほそくてとまり給はむをかならすことにふれて かすまへきこえ給へ又みゆつる人もなくたくひなき御ありさまになむかひなき みなからもいましはし世中をおもひのとむるほとはとさまかうさまにものをお ほししるまてみたてまつらむとこそ思たまへつれとてもきえいりつゝない給か ゝる御事なくてたにおもひはなちきこえさすへきにもあらぬをまして心のをよ はむにしたかひてはなに事もうしろみきこえむとなんおもふ給ふるさらにうし" }, { "vol": 14, "page": 506, "text": "ろめたくなおもひきこえ給そなときこえたまへはいとかたき事まことにうちた のむへきおやなとにてみゆつる人たに女おやにはなれぬるはいとあはれなるこ とにこそ侍めれましておもほし人めかさむにつけてもあちきなきかたやうちま しり人に心もをかれ給はむうたてあるおもひやり事なれとかけてさやうのよつ いたるすちにおほしよるなうき身をつみ侍にも女はおもひの外にてもの思をそ ふるものになむ侍けれはいかてさるかたをもてはなれてみたてまつらむとおも ふ給ふるなときこえ給へはあひなくもの給かなとおほせとゝしころによろつお もふ給へしりにたるものをむかしのすき心の名残ありかほにの給ひなすもほい なくなむよしをのつからとてとはくらうなりうちはおほとのあふらのほのかに ものよりとほりてみゆるをもしもやとおほしてやをらみき丁のほころひよりみ たまへは心もとなきほとのほかけに御くしいとおかしけにはなやかにそきてよ りゐたまへるゑにかきたらむさましていみしうあはれなり丁のひむかしおもて にそひふし給へるそみやならむかしみき丁のしとけなくひきやられたるより御 めとゝめてみとをし給へれはつらつえつきていとものかなしとおほいたるさま" }, { "vol": 14, "page": 507, "text": "なりはつかなれといとうつくしけならむとみゆ御くしのかゝりたるほとかしら つきけはひあてにけたかきものからひちゝかにあひ行つき給へるけはひしるく みえ給へは心もとなくゆかしきにもさはかりのたまふものをとおほしかへすい とくるしさまさり侍かたしけなきをはやわたらせ給ねとて人にかきふせられ給 ふちかくまいりきたるしるしによろしうおほされはうれしかるへきを心くるし きわさかないかにおほさるゝそとてのそき給ふけしきなれはいとをそろしけに 侍やみたり心ちのいとかくかきりなるおりしもわたらせ給へるはまことにあさ からすなむおもひ侍ことをすこしもきこえさせつれはさりともとたのもしくな むときこえさせ給かゝる御ゆいこむのつらにおほしけるもいとゝあはれになむ こ院のみこたちあまたものし給へとしたしくむつひおもほすもおさ〱なきを うへのおなしみこたちのうちにかすまへきこえ給しかはさこそはたのみきこえ 侍らめすこしおとなしきほとになりぬるよはひなからあつかふ人もなけれはさ う〱しきをなときこえてかへり給ぬ御とふらひいますこしたちまさりてしは 〱きこえ給ふ七八日ありてうせ給にけりあえなうおほさるゝによもいとはか" }, { "vol": 14, "page": 508, "text": "なくてもの心ほそくおほされてうちへもまいり給はすとかくの御事なとをきて させ給ふ又たのもしき人もことにおはせさりけりふるき斎宮の宮つかさなとつ かうまつりなれたるそわつかに事ともさためける御みつからもわたり給へり宮 に御せうそこきこえ給なに事もおほえ侍らてなむと女別当してきこえ給へりき こえさせの給をきし事もはへしをいまはへたてなきさまにおほされはうれしく なむときこえ給て人〱めしいてゝあるへき事ともおほせ給ふいとたのもしけ にとしころの御心はへとりかへしつへうみゆいといかめしうとのゝ人〱かす もなうつかうまつらせ給へりあはれにうちなかめつゝ御さうしにてみすおろし こめてをこなはせ給ふ宮にはつねにとふらひきこえ給やう〱御心しつまり給 てはみつから御かへりなときこえ給ふつゝましうおほしたれと御めのとなとか たしけなしとそゝのかしきこゆるなりけり雪みそれかきみたれあるゝ日いかに 宮のありさまかすかになかめ給ふらむとおもひやりきこえ給て御つかひたてま つれ給へりたゝいまの空をいかにご覧すらむ ふりみたれひまなき空になき人のあまかけるらむやとそかなしき空いろの" }, { "vol": 14, "page": 509, "text": "かみのくもらはしきにかい給へりわかき人の御めにとゝまるはかりと心してつ くろひ給へるいとめもあやなり宮はいときこえにくゝしたまへとこれかれ人つ てにはいとひむなきことゝせめきこゆれはにひいろのかみのいとかうはしうえ むなるにすみつきなとまきらはして きえかてにふるそかなしきかきくらしわか身それともおもほえぬよにつゝ ましけなるかきさまいとおほとかに御てすくれてはあらねとらうたけにあては かなるすちにみゆくたり給しほとより猶あらすおほしたりしをいまは心にかけ てともかくもきこえよりぬへきそかしとおほすにはれいのひきかへしいとをし くこそこ宮すむところのいとうしろめたけに心をき給しをことはりなれと世中 の人もさやうにおもひよりぬへきことなるをひきたかへこゝろきよくてあつか ひきこえむうへのいますこしものおほしゝるよはひにならせ給なは内すみせさ せたてまつりてさう〱しきにかしつきくさにこそとおほしなるいとまめやか にねんころにきこえ給てさるへきおり〱はわたりなとし給ふかたしけなくと もむかしの御名残におほしなすらへてけとをからすもてなさせ給はゝなむほい" }, { "vol": 14, "page": 510, "text": "なる心ちすへきなときこえたまへとわりなくものはちをしたまふおくまりたる 人さまにてほのかにも御こゑなときかせたてまつらむはいとよになくめつらか なる事とおほしたれは人〱もきこえわつらひてかゝる御心さまをうれへきこ えあへり女へたう内侍なといふ人〱あるははなれたてまつらぬわかむとをり なとにて心はせある人〱おほかるへしこの人しれすおもふかたのましらひを せさせたてまつらむに人におとりたまふましかめりいかてさやかに御かたちを みてしかなとおほすもうちとくへき御おや心にはあらすやありけむわか御心も さためかたけれはかくおもふといふ事も人にもゝらし給はす御わさなとの御事 をもとりわきてせさせたまへはありかたき御心を宮人もよろこひあへりはかな くすくる月日にそへていとゝさひしく心ほそき事のみまさるにさふらふ人〱 もやう〱あかれゆきなとしてしもつかたの京極わたりなれは人けとをく山て らの入あひのこゑ〱にそへてもねなきかちにてそすくし給ふおなしき御おや ときこえしなかにもかた時のまもたちはなれたてまつり給はてならはしたてま つり給ひて斎宮にもおやそひてくたり給事はれいなきことなるをあなかちにい" }, { "vol": 14, "page": 511, "text": "さなひきこえ給し御心にかきりあるみちにてはたくひきこえ給はすなりにしを ひるよなうおほしなけきたりさふらふ人〱たかきもいやしきもあまたありさ れとおとゝの御めのとたちたにこゝろにまかせたる事ひきいたしつかうまつる なゝとおやかり申給へはいとはつかしき御ありさまにひんなき事きこしめしつ けられしといひおもひつゝはかなき事のなさけも更につくらす院にもかのくた り給し大極殿のいつかしかりしきしきにゆゝしきまてみえ給し御かたちをわす れかたうおほしをきけれはまいり給て斎院なと御はらからの宮〱おはします たくひにてさふらひ給へとみやす所にもきこえ給きされとやむことなき人〱 さふらひ給ふにかす〱なる御うしろみもなくてやとおほしつゝみうへはいと あつしうおはしますもおそろしう又ものおもひやくはへ給はんとはゝかりすく し給しをいまはましてたれかはつかうまつらむと人〱おもひたるをねむころ に院にはおほしのたまはせけりおとゝきゝ給て院より御けしきあらむをひきた かへよことり給はむをかたしけなき事とおほすに人の御ありさまのいとらうた けにみはなたむは又くちをしうて入道の宮にそきこえたまひけるかう〱のこ" }, { "vol": 14, "page": 512, "text": "とをなむおもふ給へわつらふにはゝみやすむ所いとおも〱しく心ふかきさま にものし侍しをあちきなきすき心にまかせてさるましきなをもなかしうきもの におもひをかれ侍にしをなんよにいとおしくおもひたまふるこの世にてそのう らみの心とけすすき侍にしをいまはとなりてのきはにこの斎宮の御事をなむも のせられしかはさもきゝをき心にものこすましうこそはさすかにみをき給けめ とおもひ給ふるにもしのひかたうおほかたのよにつけてたに心くるしき事はみ きゝすくされぬわさに侍をいかてなきかけにてもかのうらみわするはかりとお もひ給ふるをうちにもさこそおとなひさせ給へといときなき御よはひにおはし ますをすこし物の心しる人はさふらはれてもよくやとおもひ給ふるを御さため になときこえたまへはいとようおほしよりけるを院にもおほさむ事はけにかた しけなういとをしかるへけれとかの御ゆひこむをかこちてしらすかほにまいら せたてまつりたまへかしいまはたさやうの事わさともおほしとゝめす御をこな ひかちになり給てかうきこえ給をふかうしもおほしとかめしとおもひたまふる さらは御けしきありてかすまへさせ給はゝもよをしはかりのことをそふるにな" }, { "vol": 14, "page": 513, "text": "し侍らむとさまかうさまにおもひたまへのこす事なきにかくまてさはかりの心 かまへもまねひ侍るによ人やいかにとこそはゝかり侍れなときこえたまてのち にはけにしらぬやうにてこゝにわたしたてまつりてむとおほす女君にもしかな ん思ひかたらひきこえてすくひ給はむにいとよきほとなるあはひならむときこ えしらせたまへはうれしきことにおほして御わたりのことをいそき給ふ入道の 宮兵部卿の宮の姫君をいつしかとかしつきさはき給ふめるをおとゝのひまある 中にていかゝもてなしたまはむと心くるしくおほす権中納言の御むすめはこき 殿の女御ときこゆおほとのゝ御こにていとよそほしうもてかしつきたまふうへ もよき御あそひかたきにおほいたり宮の中の君もおなしほとにおはすれはうた てひゐなあそひの心ちすへきをおとなしき御うしろみはいとうれしかへいこと ゝおほしの給てさる御けしききこえ給つゝおとゝのよろつにおほしいたらぬこ となくおほやけかたの御うしろみはさらにもいはすあけ暮につけてこまかなる 御心はへのいとあはれにみえ給ふをたのもしきものにおもひきこえ給ていとあ つしくのみおはしませはまいりなとし給ても心やすくさふらひたまふこともか" }, { "vol": 14, "page": 514, "text": "たきをすこしおとなひてそひさふらはむ御うしろみはかならすあるへきことな りけり" }, { "vol": 15, "page": 519, "text": "もしほたれつゝわひ給ひしころをひみやこにもさま〱におほしなけく人おほ かりしをさてもわか御身のより所あるはひとかたの思ひこそくるしけなりしか 二条のうへなとものとやかにてたひの御すみかをもおほつかなからすきこえか よひ給つゝくらゐをさりたまへるかりの御よそひをもたけのこのよのうきふし をとき〱につけてあつかひきこえ給ふになくさめ給けむなか〱そのかすと 人にもしられすたちわかれ給ひしほとの御ありさまをもよその事に思ひやり給 ふ人〱のしたの心くたき給たくひおほかりひたちの宮の君はちゝみこのうせ 給ひにしなこりに又思ひあつかふ人もなき御身にていみしう心ほそけなりしを 思かけぬ御事のいてきてとふらひきこえ給ことたえさりしをいかめしき御いき をいにこそことにもあらすはかなきほとの御なさけはかりとおほしたりしかと まちうけ給ふたもとのせはきにおほ空のほしのひかりをたらいの水にうつした る心ちしてすくし給しほとにかゝるよのさはきいてきてなへてのようくをほし みたれしまきれにわさとふかゝらぬかたの心さしはうちわすれたるやうにてと をくおはしましにしのちふりはへてしもえたつねきこえ給はすそのなこりにし" }, { "vol": 15, "page": 520, "text": "は〱なく〱もすくし給しをとし月ふるまゝにあはれにさひしき御ありさま なりふるき女はらなとはいてやいとくちをしき御すくせなりけりおほえす神ほ とけのあらはれたまへらむやうなりし御心はへにかゝるよすかも人はいておは するものなりけりとありかたうみたてまつりしをおほかたの世の事といひなか らまたたのむかたなき御ありさまこそかなしけれとつふやきなけくさるかたに ありつきたりしあなたのとしころはいふかひなきさひしさにめなれてすくし給 をなか〱すこしよつきてならひにける年月にいとたへかたく思なけくへしす こしもさてありぬへき人〱はをのつからまいりつきてありしをみなつき〱 にしたかひていきちりぬ女はらのいのちたえぬもありて月日にしたかひてはか みしも人かすすくなくなりゆくもとよりあれたりし宮のうちいとゝきつねのす みかになりてうとましうけとをき木たちにふくろうのこゑをあさゆふにみゝな らしつゝ人けにこそさやうのものもせかれてかけかくしけれこたまなとけしか らぬ物ともところえてやう〱かたちをあらはしものわひしき事のみかすしら ぬにまれ〱のこりてさふらふ人は猶いとわりなしこのす両とものおもしろき" }, { "vol": 15, "page": 521, "text": "いゑつくりこのむかこの宮のこたちを心につけてはなち給はせてむやとほとり につきてあむなひし申さするをさやうにせさせ給ひていとかうものをそろしか らぬ御すまひにおほしうつろはなむたちとまりさふらふ人もいとたへかたしな ときこゆれとあないみしや人のきゝおもはむこともありいけるよにしかなこり なきわさいかゝせむかくおそろしけにあれはてぬれとおやの御かけとまりたる 心ちするふるきすみかと思ふになくさみてこそあれとうちなきつゝおほしもか けす御てうとゝもをいとこたいになれたるかむかしやうにてうるはしきをなま ものゝゆへしらむと思へる人さるものえうしてわさとそのひとかの人にせさせ 給へるとたつねきゝてあんないするもをのつからかゝるまつしきあたりとおも ひあなつりていひくるをれいの女はらいかゝはせんそこそはよのつねの事とて とりまきらはしつゝめにちかきけふあすのみくるしさをつくろはんとするとき もあるをいみしういさめ給ひてみよとおもひ給ひてこそしおかせ給ひけめなと てかかろ〱しき人のいゑのかさりとはなさむなき人の御ほいたかはむかあは れなることゝのたまひてさるわさはせさせ給はすはかなきことにてもみとふら" }, { "vol": 15, "page": 522, "text": "ひきこゆる人はなき御身なりたゝ御せうとのせむしの君はかりそまれにも京に いてたまふ時はさしのそき給へとそれもよになきふるめき人にておなしきほう しといふなかにもたつきなくこのよをはなれたるひしりにものし給てしけき草 よもきをたにかきはらはむものとも思ひより給はすかゝるまゝにあさちはには のおもゝみえすしけきよもきはのきをあらそひておひのほるむくらはにしひむ かしのみかとをとちこめたるそたのもしけれとくつれかちなるめくりのかきを むまうしなとのふみならしたるみちにてはる夏になれはゝなちかうあけまきの 心さへそめさましき八月野わきあらかりしとしらうともゝたうれふししものや とものはかなきいたふきなりしなとはほねのみわつかにのこりてたちとまるけ すたになしけふりたえてあはれにいみしきことおほかりぬす人なといふひたふ る心あるものも思やりのさひしけれはにやこの宮をはふようのものにふみすき てよりこさりけれはかくいみしきのらやふなれともさすかにしんてむのうちは かりはありし御しつらひかはらすつやゝかにかいはきなとする人もなしちりは つもれとまきるゝことなきうるはしき御すまひにてあかしくらし給ふはかなき" }, { "vol": 15, "page": 523, "text": "ふるうたものかたりなとやうのすさひ事にてこそつれ〱をもまきらはしかゝ るすまひをもおもひなくさむるわさなめれさやうのことにも心をそくものした まふわさとこのましからねとをのつからまたいそくことなき程はおなし心なる ふみかよはしなとうちしてこそわかき人はきくさにつけても心をなくさめたま ふへけれとおやのもてかしつき給ひし御心をきてのまゝに世中をつゝましきも のにおほしてまれにもことかよひ給ふへき御あたりをもさらになれたまはすふ りにたるみつしあけてからもりはこやのとしかくやひめのものかたりのゑにか きたるをそとき〱のまさくりものにしたまふゝるうたとてもおかしきやうに えりいてたいをもよみ人をもあらはし心えたるこそみところもありけれうるは しきかむやかみゝちのくにかみなとのふくためるにふることゝものめなれたる なとはいとすさましけなるをせめてなかめ給ふおり〱はひきひろけ給ふいま の世の人のすめるきやうゝちよみをこなひなといふことはいとはつかしくし給 てみたてまつる人もなけれとすゝなとゝりよせ給はすかやうにうるはしくそも のし給ける侍従なといひし御めのとこのみこそとしころあくかれはてぬものに" }, { "vol": 15, "page": 524, "text": "てさふらひつれとかよひまいりし斎院うせ給ひなとしていとたえかたく心ほそ きにこのひめきみのはゝきたのかたのはらからよにおちふれてす両のきたのか たになり給へるありけりむすめともかしつきてよろしきわか人ともゝむけにし らぬところよりはおやともゝまうてかよひしをと思てとき〱いきかよふこの ひめ君はかく人うとき御くせなれはむつましくもいひかよひ給はすをのれをは おとしめ給ておもてふせにおほしたりしかはひめ君の御ありさまの心くるしけ なるもえとふらひきこえすなとなまにくけなることはともいひきかせつゝとき 〱きこえけりもとよりありつきたるさやうのなみ〱の人はなか〱よき人 のまねに心をつくろひ思ひあかるもおほかるをやむことなきすちなからもかう まておつへきすくせありけれはにや心すこしなを〱しき御をはにそありける わかかくおとりのさまにてあなつらはしくおもはれたりしをいかてかゝるよの すゑに此きみをわかむすめとものつかひ人になしてしかな心はせなとのふるひ たるかたこそあれいとうしろやすきうしろみならむと思てとき〱こゝにわた らせ給て御ことのねもうけたまはらまほしかる人なむはへるときこえけり此侍" }, { "vol": 15, "page": 525, "text": "従もつねにいひもよをせと人にいとむ心にはあらてたゝこちたき御ものつゝみ なれはさもむつひ給はぬをねたしとなむおもひけるかゝるほとにかのいへある し大にゝなりぬむすめともあるへきさまにみをきてくたりなむとすこの君を猶 もいさなはむの心ふかくてはるかにかくまりなむとするに心ほそき御ありさま のつねにしもとふらひきこえねとちかきたのみはへりつるほとこそあれいとあ はれにうしろめたなくなむなとことよかるをさらにうけひきたまはねはあなに くこと〱しや心ひとつにおほしあかるともさるやふはらにとしへ給ふ人を大 将とのもやむことなくしも思ひきこえたまはしなとゑんしうけひけりさるほと にけに世中にゆるされ給ひてみやこにかへり給と雨のしたのよろこひにてたち さはく我もいかて人よりさきにふかき心さしを御らむせられんとのみ思ひきを ふおとこ女につけてたかきをもくたれるをも人の心はへをみたまふにあはれに おほししることさま〱なりかやうにあはたゝしきほとにさらにおもひいて給 ふけしきみえてつき日へぬいまはかきりなりけりとしころあらぬさまなる御さ まをかなしういみしきことを思ひなからもゝえいつるはるにあひ給はなむとね" }, { "vol": 15, "page": 526, "text": "しわたりつれとたひしかはらなとまてよろこひおもふなる御くらゐあらたまり なとするをよそにのみきくへきなりけりかなしかりしおりのうれはしさはたゝ わか身ひとつのためになれるとおほえしかひなきよかなと心くたけてつらくか なしけれは人しれすねをのみなき給ふ大二のきたのかたされはよまさにかくた つきなく人わろき御ありさまをかすまへ給ふ人はありなむや仏ひしりもつみか ろきをこそみちひきよくしたまふなれかゝる御ありさまにてたけくよをおほし 宮うへなとのおはせしときのまゝにならひ給へる御心をこりのいとをしきこと ゝいとゝおこかましけに思て猶おもほしたちねよのうきときはみえぬ山ちをこ そはたつぬなれゐ中なとはむつかしきものとおほしやるらめとひたふるに人わ ろけにはよもゝてなしきこえしなといとことよくいへはむけにくむしにたる女 はらさもなひき給はなむたけきこともあるましき御身をいかにおほしてかくた てたる御心ならむともときつふやく侍従もかの大二のおひたつ人かたらひつき てとゝむへくもあらさりけれは心よりほかにいてたちてみたてまつりをかんか いと心くるしきをとてそゝのかしきこゆれと猶かくかけはなれてひさしうなり" }, { "vol": 15, "page": 527, "text": "給ひぬる人にたのみをかけ給御心のうちにさりともありへてもおほしいつるつ いてあらしやはあはれに心ふかき契をしたまひしにわか身はうくてかくわすら れたるにこそあれかせのつてにてもわれかくいみしきありさまをきゝつけたま はゝかならすとふらひいてたまひてんと年ころおほしけれはおほかたの御いへ ゐもありしよりけにあさましけれとわか心もてはかなき御てうとゝもなともと りうしなはせ給はす心つよくおなしさまにてねんしすこし給ふなりけりねなき かちにいとゝおほししつみたるはたゝやま人のあかきこのみひとつをかほには なたぬとみえ給ふ御そはめなとはおほろけの人のみたてまつりゆるすへきにも あらすかしくはしくはきこえしいとをしうものいひさかなきやうなり冬になり ゆくまゝにいとゝかきつかむかたなくかなしけになかめすこし給ふかの殿には こ院の御れうの御八講世中ゆすりてしたまふことにそうなとはなへてのはめさ すさえすくれをこなひにしみたうときかきりをえらせ給けれはこのせむしの君 まいりたまへりけりかへりさまにたちより給てしかゝ権大納言殿の御八講に まいりて侍へるなりいとかしこういける上とのかさりにおとらすいかめしうお" }, { "vol": 15, "page": 528, "text": "もしろきことゝものかきりをなむし給つる仏ほさつのへんけの身にこそものし 給めれいつゝのにこりふかきよになとてむまれ給けむといひてやかていて給ひ ぬことすくなに世の人にゝぬ御あはひにてかひなき世のものかたりをたにえき こえあはせ給はすさてもかはかりつたなき身のありさまをあはれにおほつかな くてすくし給は心うの仏菩薩やとつらうおほゆるをけにかきりなめりとやう 〱思なり給に大弐のきたのかたにはかにきたりれいはさしもむつひぬをさそ ひたてむの心にてたてまつるへき御そうそくなとてうしてよき車にのりておも もちけしきほこりかにもの思ひなけなるさましてゆくりもなくはしりきてかと あけさするより人わろくさひしきことかきりもなしひたりみきのともみなよろ ほひたうれにけれはをのこともたすけてとかくあけさはくいつれかこのさひし きやとにもかならすわけたるあとあなるみつのみちとたとるわつかにみなみを もてのかうしあけたるまによせたれはいとゝはしたなしとおほしたれとあさま しうすゝけたるき丁さしいてゝ侍従いてきたりかたちなとをとろへにけりとし ころゐたうつゐえたれと猶ものきよけによしあるさましてかたしけなくともと" }, { "vol": 15, "page": 529, "text": "りかへつへくみゆいてたちなむことを思ひなから心くるしきありさまのみすて たてまつりかたきをしゝうのむかへになむまゐりきたる心うくおほしへたてゝ 御身つからこそあからさまにもわたらせ給はねこの人をたにゆるさせ給へとて なむなとかうあはれけなるさまにはとてうちもなくへきそかしされとゆくみち に心をやりていと心ちよけなりこ宮おはせしときをのれをはおもてふせなりと おほしすてたりしかはうと〱しきやうになりそめにしかとゝしころもなにか はやむことなきさまにおほしあかり大将殿なとおはしましかよふ御すくせのほ とをかたしけなく思ひ給へられしかはなむゝつひきこえさせんもはゝかること おほくてすくしはむへるを世中のかくさためもなかりけれはかすならぬ身はな か〱心やすく侍ものなりけりをよひなくみたてまつりし御ありさまのいとか なしく心くるしきをちかきほとはをこたるおりものとかにたのもしくなむはへ りけるをかくはるかにまかりなむとすれはうしろめたくあはれになむおほえ給 ふなとかたらへと心とけてもいらへ給はすいとうれしきことなれとよににぬさ まにてなにかはかうなからこそくちもうせめとなむ思はへるとのみのたまへは" }, { "vol": 15, "page": 530, "text": "けにしかなむおほさるへけれといける身をすてかくむくつけきすまひするたく ひははへらすやあらむ大将殿のつくりみかき給はむにこそはひきかへたまのう てなにもなりかへらめとはたのもしうははへれとたゝいまは式部卿の宮の御む すめよりほかに心わけ給ふかたもなかなりむかしよりすき〱しき御心にてな をさりにかよひ給ひけるところ〱みなおほしはなれにたなりましてかうもの はかなきさまにてやふはらにすくし給へる人をは心きよくわれをたのみ給へる ありさまとたつねきこえたまふ事いとかたくなむあるへきなといひしらするを けにとおほすもいとかなしくてつく〱となき給されとうこくへうもあらねは よろつにいひわつらひくらしてさらは侍従をたにと日のくるゝまゝにいそけは 心あはたゝしくてなく〱さらはまつけふはかうせめ給ふをくりはかりにまう てはへらむかのきこえ給ふもことはりなりまたおほしわつらふもさることには へれは中にみたまふるも心くるしくなむとしのひてきこゆこの人さへうちすて ゝむとするをうらめしうもあはれにもおほせといひとゝむへきかたもなくてい とゝねをのみたけきことにてものし給ふかたみにそへ給ふへきみなれ衣もしほ" }, { "vol": 15, "page": 531, "text": "なれたれはとしへぬるしるしみせ給ふへきものなくてわか御くしのおちたりけ るをとりあつめてかつらにしたまへるか九尺よはかりにていときよらなるをお かしけなるはこにいれてむかしのくのえかうのいとかうはしきひとつほくして 給ふ たゆましきすちをたのみし玉かつら思ひのほかにかけはなれぬるこまゝの ゝ給ひをきしこともありしかはかひなき身なりともみはてゝむとこそ思ひつれ うちすてらるゝもことはりなれとたれにみゆつりてかとうらめしうなむとてい みしうない給ふこの人もゝのもきこえやらすまゝのゆいこむはさらにもきこえ させすとしころのしのひかたきよのうさをすくしはへりつるにかくおほえぬみ ちにいさなはれてはるかにまかりあくかるゝことゝて 玉かつらたえてもやましゆくみちのたむけの神もかけてちかはむいのちこ そしりはへらねなといふにいつらくらうなりぬとつふやかれて心も空にてひき いつれはかへりみのみせられけるとしころわひつゝもゆきはなれさりつる人の かくわかれぬることをいと心ほそうおほすによにもちゐらるましきおい人さへ" }, { "vol": 15, "page": 532, "text": "ゐてやことはりそいかてかたちとまり給はむわれらもえこそねむしはつましけ れとをのかみゝにつけたるたよりとも思いてゝとまるましう思へるを人わろく きゝおはすしもつきはかりになれはゆきあられかちにてほかにはきゆるまもあ るをあさひゆふひをふせくよもきむくらのかけにふかうつもりてこしのしら山 思ひやらるゝ雪のうちにいているしも人たになくてつれ〱となかめ給ふはか なきことをきこえなくさめなきみわらひみまきらはしつる人さへなくてよるも ちりかましき御丁のうちもかたはらさひしくものかなしくおほさるかのとのに はめつらしひとにいとゝものさはかしき御ありさまにていとやむことなくおほ されぬところ〱にはわさともえをとつれ給はすましてその人はまたよにやお はすらむとはかりおほしいつるおりもあれとたつね給ふへき御心さしもいそか てありふるにとしかはりぬう月はかりに花ちるさとを思いてきこえ給ひてしの ひてたいのうへに御いとまきこえていて給ふひころふりつるなこりの雨います こしそゝきておかしきほとに月さしいてたりむかしの御ありきおほしいてられ てえんなる程のゆふつくよにみちのほとよろつの事おほしいてゝおはするにか" }, { "vol": 15, "page": 533, "text": "たもなくあれたるいへのこたちしけくもりのやうなるをすき給ふおほきなる松 にふちのさきかゝりてつきかけになよひたるかせにつきてさとにほふかなつか しくそこはかとなきかほりなりたちはなにかはりておかしけれはさしいて給へ るにやなきもいたうしたりてついひちもさはらねはみたれふしたりみし心ちす るこたちかなとおほすはゝやうこの宮なりけりいとあはれにてをしとゝめさせ 給れいのこれみつはかゝる御しのひありきにをくれねはさふらひけりめしよせ てこゝはひたちの宮そかしなしか侍ときこゆこゝにありし人はまたやなかむら んとふらふへきをわさとものせむもところせしかゝるついてにいりてせうそこ せよよくたつね入てをうちいてよ人たかへしてはおこならむとの給こゝにはい とゝなかめまさるころにてつく〱とおはしけるにひるねのゆめにこ宮のみえ 給ひけれはさめていとなこりかなしくおほしてもりぬれたるひさしのはしつか たをしのこはせてこゝかしこのおましひきつくろはせなとしつゝれいならすよ つき給ひて なき人をこふるたもとのひまなきにあれたるのきのしつくさへそふも心く" }, { "vol": 15, "page": 534, "text": "るしきほとになむありけるこれみつ入てめくる〱人のをとするかたやとみる にいさゝかの人けもせすされはこそゆきゝのみちにみいるれと人すみけもなき ものをと思てかへりまいる程に月あかくさしいてたるにみれはかうしふたまは かりあけてすたれうこくけしきなりわつかにみつけたる心ちおそろしくさへお ほゆれとよりてこわつくれはいとものふりたるこゑにてまつしはふきをさきに たてゝかれはたれそなに人そとゝふなのりして侍従の君ときこえし人にたいめ ん給はらむといふそれはほかになんものし給ふされとおほしわくましき女なむ 侍といふこゑいたうねひすきたれときゝしおゐ人ときゝしりたりうちには思ひ もよらすかりきぬすかたなるおとこしのひやかにもてなしなこやかなれはみな らはすなりにけるめにてもしきつねなとのへんけにやとおほゆれとちかうより てたしかになむうけ給はらまほしきかはらぬ御ありさまならはたつねきこえさ せ給へき御心さしもたえすなむおはしますめるかしこよひもゆきすきかてにと まらせ給へるをいかゝきこえさせむうしろやすくをといへは女ともうちわらひ てかはらせ給御ありさまならはかゝるあさちかはらをうつろひ給はてはゝへり" }, { "vol": 15, "page": 535, "text": "なんやたゝをしはかりてきこえさせ給へかしとしへたる人の心にもたくひあら しとのみめつらかなるよをこそはみたてまつりすこしはへるとやゝくつしいて ゝとはすかたりもしつへきかむつかしけれはよし〱まつかくなむきこえさせ んとてまいりぬなとかいとひさしかりつるいかにそむかしのあともみえぬよも きのしけさかなとの給へはしか〱なむたとりよりてはへりつる侍従かをはの 少将とゐひはへりしおい人なんかはらぬこゑにてはへりつるとありさまきこゆ いみしうあはれにかゝるしけきなかになに心ちしてすくし給ふらむいまゝてと はさりけるよとわか御心のなさけなさもおほししらるいかゝすへきかゝるしの ひあるきもかたかるへきをかゝるついてならてはえたちよらしかはらぬありさ まならはけにさこそはあらめとをしはからるゝ人さまになむとはのたまひなか らふといり給はむ事猶つゝましうおほさるゆへある御せうそこもいときこえま ほしけれとみたまひしほとのくちをそさもまたかはらすは御つかひのたちわつ らはむもいとをしうおほしとゝめつこれみつもさらにえわけさせ給ふましきよ もきの露けさになむはへる露すこしはらはせてなむいらせ給ふへきときこゆれ" }, { "vol": 15, "page": 536, "text": "は たつねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもきのもとの心をとひとり こちて猶をり給へは御さきの露をむまのむちしてはらひつゝいれたてまつるあ まそゝきも猶秋のしくれめきてうちそそけは御かささふらふけにこのした露は あめにまさりてときこゆ御さしぬきのすそはいたうそをちぬめりむかしたにあ るかなきかなりし中門なとましてかたもなくなりていり給ふにつけてもいとむ とくなるをたちましりみる人なきそ心やすかりけるひめ君はさりともとまちす くし給へる心もしるくうれしけれといとはつかしき御ありさまにてたいめむせ んもいとつゝましくおほしたり大二のきたのかたのたてまつりをきし御そとも をも心ゆかすおほされしゆかりにみいれたまはさりけるをこの人〱のかうの 御からひつにいれたりけるかいとなつかしきかしたるをたてまつりけれはいか ゝはせむにきかへ給ひてかのすゝけたる御き丁ひきよせておはすいり給てとし ころのへたてにも心はかりはかはらすなん思ひやりきこえつるをさしもおとろ かい給はぬうらめしさにいまゝて心みきこえつるをすきならぬこたちのしるさ" }, { "vol": 15, "page": 537, "text": "にえすきてなむまけきこえにけるとてかたひらをすこしかきやり給へれはれい のいとつゝましけにとみにもいらへきこえ給はすかくはかりわけいり給へるか あさからぬに思おこしてそほのかにきこえいて給けるかゝる草かくれにすくし 給ひけるとし月のあはれもをろかならすまたかはらぬ心ならひに人の御心のう ちもたとりしらすなからわけいりはへりつる露けさなとをいかゝおほすとしこ ろのをこたりはたなへてのよにおほしゆるすらむいまよりのちの御心にかなは さらむなんいひしにたかうつみもおうへきなとさしもおほされぬこともなさけ なさけしうきこえなし給ふことともあへめりたちとゝまり給はむもところのさ まよりはしめまはゆき御ありさまなれはつき〱しうのたまひすくしていて給 ひなむとすひきうえしならねとまつのこたかくなりにけるとし月のほともあは れに夢のやうなる御身のありさまもおほしつゝけらる ふちなみのうちすきかたくみえつるはまつこそやとのしるしなりけれかそ ふれはこよなうつもりぬらむかしみやこにかはりにけることのおほかりけるも さま〱あはれになむいまのとかにそひなのわかれにおとろへしよのものかた" }, { "vol": 15, "page": 538, "text": "りもきこえつくすへきとしへたまへらむ春秋のくらしかたさなともたれにかは うれへ給はむとうらもなくおほゆるもかつはあやしうなむなときこえ給へは としをへてまつしるしなきわかやとを花のたよりにすきぬはかりかとしの ひやかにうちみしろき給へるけはひも袖のかもむかしよりはねひまさり給へる にやとおほさる月入かたになりてにしのつまとのあきたるよりさはるへきわた とのたつやもなくのきのつまものこりなけれはいと花やかにさしいりたれはあ たりあたりみゆるにむかしにかはらぬ御しつらひのさまなと忍草にやつれたる うへのみるめよりはみやひかにみゆるをむかしものかたりに塔こほちたる人も ありけるをおほしあはするにおなしさまにてとしふりにけるもあはれなりひた ふるにものつゝみしたるけはひのさすかにあてやかなるも心にくゝおほされて さるかたにてわすれしと心くるしく思ひしをとしころさま〱のものおもひに ほれ〱しくてへたてつるほとつらしとおもはれつらむといとをしくおほすか の花ちるさともあさやかにいまめかしうなとはゝなやき給はぬところにて御め うつしこよなからぬにとかおほうかくれにけりまつりこけいなとのほと御いそ" }, { "vol": 15, "page": 539, "text": "きともにことつけて人のたてまつりたるもの色〱におほかるをさるへきかき り御心くはへ給ふ中にもこの宮にはこまやかにおほしよりてむつましき人〱 におほせ事給ひしもへともなとつかはしてよもきはらはせめくりのみくるしき にいたかきといふものうちかためつくろはせ給ふかうたつねいて給へりときゝ つたへんにつけてもわか御ためゝむほくなけれはわたり給事はなし御ふみいと こまやかにかき給ひて二条院ちかきところをつくらせ給ふをそこになむわたし たてまつるへきよろしきわらはへなともとめさふらはせたまへなと人〱のう へまておほしやりつゝとふらひきこえ給へはかくあやしきよもきのもとにはを きところなきまて女はらも空をあふきてなむそなたにむきてよろこひきこえけ るなけの御すさひにてもをしなへたるよのつねの人をはめとゝめみみたて給は す世にすこしこれはとおもほへこゝちにとまるふしあるあたりをたつねより給 ふものと人のしりたるにかくひきたかへなに事もなのめにたにあらぬ御ありさ まをものめかしいて給ふはいかなりける御心にかありけむこれもむかしのちき りなめりかしいまはかきりとあなつりはてゝさま〱にまよひちりあかれしう" }, { "vol": 15, "page": 540, "text": "へしもの人〱われも〱まいらむとあらそひいつる人もあり心はへなとはた むもれいたきまてよくおはする御ありさまに心やすくならひてことなることな きなます両なとやうのいへにある人はならはすはしたなき心ちするもありてう ちつけの心みえにまいりかへり君はいにしへにもまさりたる御いきをいのほと にてものゝおもひやりもましてそひ給ひにけれはこまやかにおほしをきてたる ににほひいてゝ宮のうちやう〱人めみえきくさのはもたゝすこくあはれにみ えなされしをやり水かきはらひせむさいのもとたちもすゝしうしなしなとして ことなるおほえなきしもけいしのことにつかへまほしきはかく御心とゝめてお ほさるゝ事なめりとみとりて御けしき給はりつゝついせうしつかうまつるふた とせはかりこのふる宮になかめ給てひんかしの院といふところになむ後はわた したてまつり給けるたいめんし給ふ事なとはいとかたけれとちかきしめのほと にておほかたにもわたり給にさしのそきなとし給ひつゝいとあなつらはしけに もてなしきこえたまはすかの大二のきたのかたのほりておとろきおもへるさま 侍従かうれしきものゝいましはしまちきこえさりける心あさゝをはつかしう思" }, { "vol": 15, "page": 541, "text": "へるほとなとをいますこしとはすかたりもせましけれといとかしらいたううる さくものうけれはなむいまゝたもついてあらむおりに思いてゝきこゆへきとそ" }, { "vol": 16, "page": 547, "text": "いよのすけといひしは故院かくれさせ給て又のとしひたちになりてくたりしか はかのはゝき木もいさなはれにけりすまの御たひゐもはるかにきゝて人しれす おもひやりきこえぬにしもあらさりしかとつたへきこゆへきよすかたになくて つくはねの山をふきこす風もうきたる心ちしていさゝかかのつたへたになくて とし月かさなりにけりかきれる事もなかりし御たひゐなれと京にかへりすみ給 て又のとしの秋そひたちはのほりけるせき入日しもこの殿いし山に御くわむは たしにまうて給ひけり京よりかのきのかみなといひしこともむかへにきたる人 〱この殿かくまうて給ふへしとつけゝれはみちのほとさはかしかりなむもの そとてまたあか月よりいそきけるを女車おほくところせうゆるきくるにひたけ ぬうちいてのはまくるほとにとのはあわた山こえ給ひぬとて御せむの人〱み ちもさりあへすきこみぬれはせき山にみなおりゐてこゝかしこのすきのしたに 車ともかきおろしこかくれにゐかしこまりてすくしたてまつる車なとかたへは をくらかしさきにたてなとしたれとなをるいひろくみゆくるまとをはかりそ袖 くちものゝいろあひなとももりいてゝみえたるゐ中ひすよしありてさい宮の御" }, { "vol": 16, "page": 548, "text": "くたりなにそやうのおりのものみ車おほしいてらる殿もかく世にさかへいて給 ふめつらしさにかすもなきこせむともみなめとゝめたり九月つこもりなれはも みちの色〱こきませしもかれの草むらむらおかしうみえわたるにせきやより さとくつれいてたるたひすかたともの色〱のあをのつき〱しきぬいものく ゝりそめのさまもさるかたにおかしうみゆ御車はすたれおろし給ひてかのむか しのこきみいま右衛門のすけなるをめしよせてけふの御せきむかへはえおもひ すて給はしなとの給ふ御心のうちいとあはれにおほしいつることおほかれとお ほそうにてかひなし女も人しれすむかしのことわすれねはとりかへしてものあ はれなり ゆくとくとせきとめかたき涙をやたえぬし水と人はみるらむえしり給はし かしと思ふにいとかひなしいし山よりいて給ふ御むかへに右衛門のすけまいり てそまかりすきしかしこまりなと申すむかしわらはにていとむつましうらうた きものにし給ひしかはかうふりなとえしまてこの御とくにかくれたりしをおほ えぬよのさはきありしころものゝきこえにはゝかりてひたちにくたりしをそす" }, { "vol": 16, "page": 549, "text": "こし心をきてとしころはおほしけれと色にもいたし給はすむかしのやうにこそ あらねとなをしたしきいへ人のうちにはかそへたまひけりきのかみといひしも いまはかうちのかみにそなりにけるそのをとうとの右近のそうとけて御ともに くたりしをそとりわきてなしいて給ひけれはそれにそたれもおもひしりてなと てすこしもよにしたかふ心をつかひけんなとおもひいてけるすけめしよせて御 せうそこありいまはおほしわすれぬへきことを心なかくもおはするかなと思ひ ゐたりつるはちきりしられしをさはおほしゝりけむや わくらはにゆきあふ道をたのみしも猶かひなしやしほならぬうみせきもり のさもうらやましくめさましかりしかなとありとしころのとたえもうひ〱し くなりにけれと心にはいつとなくたゝいまのこゝちするならひになむすき〱し ういとゝにくまれむやとて給へれはかたしけなくてもていきて猶きこえ給へ むかしにはすこしおほしのくことあらむと思給ふるにおなしやうなる御心のな つかしさなむいとゝありかたきすさひことそようなきことゝ思へとえこそすく よかにきこえかへさね女にてはまけきこえ給へらむにつみゆるされぬへしなと" }, { "vol": 16, "page": 550, "text": "いふいまはましていとはつかしうよろつのことうひ〱しき心ちすれとめつら しきにやえしのはれさりけむ あふさかの関やいかなるせきなれはしけきなけきの中をわくらん夢のやう になむときこえたりあはれもつらさもわすれぬふしとおほしをかれたる人なれ はおり〱は猶のたまひうこかしけりかゝるほとにこのひたちのかみおいのつ もりにやなやましくのみしてもの心ほそかりけれはこともにたゝこの君の御こ とをのみいひをきてよろつの事たゝこの御心にのみまかせてありつる世にかは らてつかうまつれとのみあけくれいひけり女君心うきすくせありてこの人にさ へをくれていかなるさまにはふれまとふへきにかあらんと思ひなけき給ふをみ るにいのちのかきりあるものなれはおしみとゝむへきかたもなしいかてかこの 人の御ためにのこしをくたましひもかなわかことものこゝろもしらぬをとうし ろめたうかなしきことにいひ思へと心にえとゝめぬものにてうせぬしはしこそ さのたまひしものをなとなさけつくれとうはへこそあれつらきことおほかりと あるもかゝるもよのことはりなれはみひとつのうきことにてなけきあかしくら" }, { "vol": 16, "page": 551, "text": "すたゝこのかはちのかみのみそむかしよりすき心ありてすこしなさけかりける あはれにのたまひをきしかすならすともおほしうとまてのたまはせよなとつい そうしよりていとあさましき心のみえけれはうきすくせある身にてかくいきと まりてはて〱はめつらしきことともをきゝそふるかなと人しれす思ひしりて 人にさなむともしらせてあまになりにけりある人〱いふかひなしとおもひな けくかみもいとつらうをのれをいとひ給ふほとにのこりの御よはひはおほくも のし給らむいかてかすくし給ふへきなとそあいなのさかしらやなとそはへるめ る" }, { "vol": 17, "page": 557, "text": "前斎宮の御まいりの事中宮の御心にいれてもよをしきこえ給ふこまかなる御と ふらひまてとりたてたる御うしろみもなしとおほしやれと大とのは院にきこし めさむ事をはゝかり給て二条の院にわたしたてまつらむことをもこのたひはお ほしとまりてたゝしらすかほにもてなし給へれとおほかたの事ともはとりもち ておやめきゝこえ給ふ院はいとくちおしくおほしめせと人わろけれは御せうそ こなとたえにたるをその日になりてえならぬ御よそひとも御くしのはこうちみ たれのはこかうこのはこともよのつねならすくさ〱の御たきものともくぬえ かう又なきさまに百ふのほかをおほくすきにほふまて心ことにとゝのへさせ給 へりおとゝみ給もせんにとかねてよりやおほしまうけゝむいとわさとかましか むめりとのもわたり給へるほとにてかくなむと女へたう御覧せさすたゝ御くし のはこのかたつかたをみ給につきせすこまかになまめきてめつらしきさまなり さしくしのはこの心はに わかれ路にそへしをくしをかことにてはるけき中と神やいさめしおとゝこ れを御らんしつけておほしめくらすにいとかたしけなくいとをしくてわか御心" }, { "vol": 17, "page": 558, "text": "のならひあやにくなる身をつみてかのくたり給しほと御心におもほしけんこと かうとしへてかへりたまひてその御心さしをもとけ給へき程にかゝるたかひめ のあるをいかにおほすらむ御くらゐをさりものしつかにて世をうらめしとやお ほすらむなと我になりて心うこくへきふしかなとおほしつゝけ給にいとおしく なにゝかくあなかちなる事を思はしめて心くるしくおもほしなやますらむつら しとも思ひきこえしかと又なつかしうあはれなる御心はへをなと思みたれ給て とはかりうちなかめ給へりこの御返はいかやうにかきこえさせ給らむ又御せう そこもいかゝなときこえ給へといとかたわらいたけれは御文はえひきいてす宮 はなやましけにおもほして御返いとものうくしたまへときこえ給はさらむもい となさけなくかたしけなかるへしと人〱そゝのかしわつらひきこゆるけはひ をきゝ給ていとあるましき御事なりしるしはかりきこえさせ給へときこえ給も いとはつかしけれといにしへおほしいつるにいとなまめきゝよらにていみしう なき給し御さまをそこはかとなくあはれとみたてまつり給ひし御おさな心もた ゝいまの事とおほゆるにこみやすむ所の御ことなとかきつらねあはれにおほさ" }, { "vol": 17, "page": 559, "text": "れてたゝかく わかるとてはるかにいひしひとこともかへりてものはいまそかなしきとは かりやありけむ御つかひのろくしな〱に給はすおとゝは御返をいとゆかしう おほせとえきこえ給はす院の御ありさまは女にてみたてまつらまほしきをこの 御けはひもにけなからすいとよき御あはひなめるをうちはまたいといはけなく おはしますめるにかくひきたかへきこゆるを人しれすものしとやおほすらむな とにくき事をさへおほしやりてむねつふれ給へとけふになりておほしとゝむへ き事にしあらねはことゝもあるへきさまにのたまひをきてむつましうおほすす りのさい将をくはしくつかうまつるへくの給て内にまいり給ぬうけはりたるお やさまにはきこしめされしと院をつゝみきこえ給て御とふらひはかりとみせ給 へりよき女房なとはもとよりおほかる宮なれはさとかちなりしもまいりつとひ ていとになくけはひあらまほしあはれおはせましかはいかにかひありておほし いたつかましとむかしの御心さまおほしいつるにおほかたのよにつけてはおし うあたらしかりし人の御ありさまそやさこそえあらぬものなりけれよしありし" }, { "vol": 17, "page": 560, "text": "かたはなをすくれてものゝおりことに思ひいてきこえ給ふ中宮もうちにそおは しましけるうへはめつらしき人まいり給ときこしめしけれはいとうつくしう御 心つかひしておはしますほとよりはいみしうされおとなひ給へり宮もかくはつ かしき人まいり給を御心つかひしてみえたてまつらせ給へときこえ給けり人し れすおとなははつかしうやあらむとおほしけるをいたうよふけてまうのほり給 へりいとつゝましけにおほとかにてさゝやかにあえかなるけはひのしたまへれ はいとおかしとおほしけりこき殿には御らむしつきたれはむつましうあはれに 心やすくおもほしこれは人さまもいたうしめりはつかしけにおとゝの御もてな しもやむ事なくよそほしけれはあなつりにくゝおほされて御とのゐなとはひと しくしまへとうちとけたる御わらはあそひにひるなとわたらせ給ことはあなた かちにおはします権中納言は思心ありてきこえ給けるにかくまいり給ひて御む すめにきしろふさまにてさふらひ給をかたかたにやすからすおほすへし院には かのくしのはこの御返御らんせしにつけても御心はなれかたかりけりそのころ おとゝのまいり給へるに御物かたりこまやかなりことのついてに斎宮のくたり" }, { "vol": 17, "page": 561, "text": "給し事さき〱もの給いつれはきこえいてたまひてさ思ふ心なむありしなとは えあらはし給はすおとゝもかゝる御けしききゝかほにはあらてたゝいかかおほ したるとゆかしさにとかうかの御事をの給ひいつるにあはれなる御けしきあさ はかならすみゆれはいと〱おしくおほすめてたしとおもほしゝみにける御か たちいかやうなるおかしさにかとゆかしう思ひきこえ給へとさらにえみたてま つり給はぬをねたうおもほすいとをもりかにて夢にもいはけたる御ふるまひな とのあらはこそをのつからほのみえ給ふついてもあらめ心にくき御けはひのみ ふかさまされはみたてまつり給ふまゝにいとあらまほしとおもひきこえ給へり かくすきまなくてふたところさふらひ給へは兵部卿宮すか〱ともえおもほし たゝすみかとをとなひ給ひなはさりともえおもほしすてしとそまちすくし給ふ た所の御おほえともとり〱にいとみ給へりうへはよろつの事にすくれてゑを けうある物におほしたりたてゝこのませ給へはにやになくかゝせ給斎宮の女御 いとおかしうかゝせ給へけれはこれに御心うつりてわたらせ給つゝかきかよは させ給殿上のわかき人〱もこの事まねふをは御心とゝめておかしきものにお" }, { "vol": 17, "page": 562, "text": "もほしたれはましておかしけなる人の心はへあるさまにまほならすかきすさひ なまめかしうそひふしてとかくふてうちやすらひ給へる御さまらうたけさに御 心しみていとしけうわたらせ給てありしよりけに御おもひまされるを権中納言 きゝ給てあくまてかと〱しくいまめきたまへる御心にて我人におとりなむや とおほしはけみてすくれたる上すともをめしとりていみしくいましめて又なき さまなるゑともをになきかみともにかきあつめさせ給ものかたりゑこそ心はえ みえて見所あるものなれとておもしろく心はへあるかきりをえりつゝかゝせ給 れいの月なみのゑもみなれぬさまにことの葉をかきつゝけて御らんせさせ給わ さとおかしうしたれは又こなたにてもこれをこらむするに心やすくもとりいて 給はすいといたくひめてこの御かたへもてわたらせ給をおしみらうしたまへは おとゝきゝたまひて猶権中納言のみ心はへのわか〱しさこそあらたまりかた かめれなとわらひ給あなかちにかくして心やすくも御らんせさせすなやましき こゆるいとめさましやこたいの御ゑともの侍るまいらせむとそうし給てとのに ふるきもあたらしきもゑともいりたる御すしともひらかせ給て女君ともろとも" }, { "vol": 17, "page": 563, "text": "にいまめかしきはそれ〱とえりとゝのへさせ給長恨歌王昭君なとやうなるゑ はおもしろくあはれなれとことのいみあるはこたみはたてまつらしとえりとゝ め給ふかのたひの御日記の箱をもとりいてさせ給てこのついてにそ女君にもみ せたてまつり給ひける御心ふかくしらていまみむ人たにすこしもの思ひしらむ 人は涙おしむましくあはれなりまいてわすれかたくそのよの夢をおほしさます おりなき御心とともにはとりかへしかなしうおほしいてらるいまゝてみせ給は さりけるうらみをそきこえ給ける ひとりゐてなけきしよりはあまのすむかたをかくてそみるへかりけるおほ つかなさはなくさみなましものをとの給いとあはれとおほして うきめみしそのおりよりもけふはまたすきにしかたにかへる涙か中宮はか りにはみせたてまつるへきものなりかたはなるましき一てうつゝさすかにうら 〱のありさまさやかにみえたるをえり給ふついてにもかのあかしのいゑゐそ まついかにとおほしやらぬ時のまなきかう絵ともあつめらるときゝ給て権中納 言いと心をつくしてちくへうしひものかさりいよ〱とゝのへ給ふやよいの十" }, { "vol": 17, "page": 564, "text": "日のほとなれは空もうらゝかにて人の心ものひものおもしろきおりなるにうち わたりもせちゑとものひまなれはたゝかやうの事ともにて御方〱くらし給ふ をおなしくは御らむし所もまさりぬへくてたてまつらむの御心つきていとわさ とあつめまいらせ給へりこなたかなたとさま〱におほかりものかたりゑはこ まやかになつかしさまさるめるをむめつほの御かたはいにしへのものかたりな たかくゆえあるかきりこき殿はそのころよにめつらしくおかしきかきりをゑり かゝせ給へれはうちみるめのいまめかしきはなやかさはいとこよなくまされり うへの女坊なともよしあるかきりこれはかれはなとさためあへるをこのころの 事にすめり中宮もまいらせ給へるころにてかた〱こらむしすてかたくおもほ す事なれは御をこなひもをこたりつゝ御らむすこの人〱のとり〱にろむす るをきこしめしてひたりみきとかたはかたせ給ふむめつほの御かたにはへいな いしのすけ侍従の内侍少将の命婦右には大弐の内侍のすけ中将の命婦兵衛の命 婦をたゝいまは心にくきいうそくともにて心〱にあらそふくちつきともをお かしときこしめしてまつものかたりのいてきはしめのおやなるたけとりのおき" }, { "vol": 17, "page": 565, "text": "なにうつほのとしかけをあはせてあらそふなよたけのよゝにふりにけることお かしきふしもなけれとかくやひめのこの世のにこりにもけかれすはるかに思ひ のほれる契たかく神世の事なめれはあさはかなる女めをよはぬならむかしとい ふみきはかくやひめののほりけむ雲井はけにおよはぬことなれはたれもしりか たしこのよの契はたけの中にむすひけれはくたれる人のことゝこそはみゆめれ ひとついゑのうちはてらしけめともゝしきのかしこき御ひかりにはならはすな りにけりあへのおほしかちゝのこかねをすてゝひねすみの思かた時にきえたる もいとあへなしくらもちのみこのまことのほうらいのふかき心もしりなからい つはりてたまのえたにきすをつけたるをあやまちとなすゑはこせのあふみては きのつらゆきかけりかむやかみにからのきをはいしてあかむらさきのへうしし たむのちくよのつねのよそひなりとしかけはゝけしき浪かせにおほゝれしらぬ くにゝはなたれしかと猶さしてゆきける方の心さしもかなひてつゐに人のみか とにもわか国にもありかたきさえのほとをひろめなをのこしけるふるき心をい ふにゑのさまもゝろこしとひのもとゝをとりならへておもしろき事とも猶なら" }, { "vol": 17, "page": 566, "text": "ひなしといふしろきしきしあをきへうしきなる玉のちくなり絵はつねのりては みち風なれはいまめかしうおかしけにめもかゝやくまてみゆみきはそのことは りなしつきに伊勢物かたりに上三位をあはせてまたさためやらすこれもみきは おもしろくにきわゝしくうちわたりよりうちはしめちかき世のありさまをかき たるはおかしう見所まさるへいないし いせのうみのふかき心をたとらすてふりにしあとゝなみやけつへきよのつ ねのあた事のひきつくろひかされるにをされてなりひらか名をやくたすへきと あらそひかねたり右のすけ 雲のうへに思ひのほれるこゝろにはちいろのそこもはるかにそみる兵衛の 大君の心たかさはけにすてかたけれとさい五中将のなをはえくたさしとの給は せて宮 みるめこそうらふりぬらめとしへにしいせをのあまのなをやしつめむかや うの女ことにてみたりかはしくあらそふに一まきにことのはをつくしてえもい ひやらすたゝあさはかなるわか人ともはしにかへりゆかしかれとうへのも宮の" }, { "vol": 17, "page": 567, "text": "もかたはしをたにえみすいといたうひめさせ給おとゝまいりたまひてかくとり 〱にあらそひさはく心はへともおかしくおほしておなしくは御前にてこのか ちまけさためむとのたまひなりぬかゝる事もやとかねておほしけれは中にもこ となるはゑりとゝめ給へるにかのすまあかしのふたまきはおほす所ありてとり ませさせ給へり中納言もその御心おとらすこのころのよにはたゝかくおもしろ きかみゑをとゝのふることをあめのしたいとなみたりいまあらためかゝむ事は ほいなき事なりたゝありけむかきりをこそとのたまへと中納言は人にもみせて わりなきまとをあけてかゝせ給けるを院にもかゝる事きかせ給てむめつほに御 ゑともたてまつらせ給へりとしのうちのせちゑとものおもしろくけふあるをむ かしの上すとものとり〱にかけるにえむきの御てつから事のこゝろかゝせ給 へるに又わか御よの事もかゝせ給へるまきにかの斎宮のくたり給しひの大こく てんのきしき御心にしみておほしけれはかくへきやうくはしくおほせられてき むもちかつかうまつれるかいといみしきをたてまつらせ給へりえんにすきたる ちむのはこにおなしき心はのさまなといといまめかし御せうそこはたゝことは" }, { "vol": 17, "page": 568, "text": "にて院のてんしやうにさふらふさこむの中将を御つかひにてありかの大こくて んの御こしよせたる所のかう〱しきに みこそかくしめのほかなれそのかみの心のうちをわすれしもせすとのみあ りきこえ給はさらむもいとかたしけなけれはくるしうおほしなからむかしの御 かむさしのはしをいさゝかおりて しめのうちはむかしにあらぬこゝちして神よの事もいまそ恋しきとてはな たのからのかみにつゝみてまいらせ給御つかひのろくなといとなまめかし院の みかと御らんするにかきりなくあはれとおほすにそありし世をとりかへさまほ しくおもほしけるおとゝをもつらしとおもひきこえさせ給けんかしすきにしか たの御むくひにやありけむ院の御ゑはきさいの宮よりつたはりてあの女御の御 方にもおほくまいるへしないしのかむの君もかやうの御このましさは人にすく れておかしきさまにとりなしつゝあつめ給その日とさためてにはかなるやうな れとおかしきさまにはかなうしなして左右の御ゑともまいらせ給ふ女ほうのさ ふらひにおましよそはせてきたみなみかた〱わかれてさふらふ殿上人は後涼" }, { "vol": 17, "page": 569, "text": "殿のすのこにをの〱心よせつゝさふらふ左はしたむのはこにすわうの花そく しきものにはむらさきちのからのにしきうちしきはえひそめのからのきなりわ らは六人あか色にさくらかさねのかさみあこめはくれなゐにふちかさねのをり ものなりすかたよういなとなへてならすみゆ右はちむのはこにせむかうのした つくゑうちしきはあをちのこまのにしきあしゆひのくみ花そくの心はえなとい まめかしわらはあを色にやなきのかさみ山ふきかさねのあこめきたりみなおま へにかきたつうへの女坊まへしりへとそうそきわけたりめしありてうちのおと ゝ権中納言まいり給ふそのひそちの宮もまいり給へりいとよしありておはする うちにゑをこのみ給へはおとゝのしたにすゝめ給へるやうやあらむこと〱し きめしにはあらて殿上におはするをおほせことありて御こせむにまいり給ふこ のはんつかうまつり給いみしうけにかきつくしたるゑともありさらにえさため やり給はすれいのしきのゑもいにしへの上すとものおもしろき事ともをえらひ つゝふてとゝこほらすかきなかしたるさまたとへんかたなしとみるにかみゑは かきりありてやまみつのゆたかなる心はへをえみせつくさぬものなれはたゝふ" }, { "vol": 17, "page": 570, "text": "てのかさり人の心につくりたてられていまのあさはかなるもむかしのあとはち なくにきわゝしくあなおもしろとみゆるすちはまさりておほくのあらそひとも けふは方〱にけふあることもおほかりあさかれいのみさうしをあけて中宮も おはしませはふかうしろしめしたらむと思ふにおとゝもいというにおほえ給て 所〱のはむとも心もとなきおり〱に時〱さしいらへ給けるほとあらまほ しさためかねてよにいりぬ左は猶かすひとつあるはてにすまのまきいてきたる に中納言の御心さはきにけりあなたにも心してはてのまきは心ことにすくれた るをえりをきたまへるにかゝるいみしきものゝ上すの心のかきり思ひすまして しつかにかきたまへるはたとふへきかたなしみこよりはしめたてまつりて涙と ゝめ給はすそのよに心くるしかなしとおもほしゝほとよりもおはしけむありさ ま御心におほしゝことゝもたゝいまのやうにみえところのさまおほつかなきう ら〱いそのかくれなくかきあらはしたまへりさうのてにかなの所〱にかき ませてまほのくはしき日記にはあらすあはれなるうたなともましれるたくひゆ かしたれもこと〱おもほさすさま〱の御ゑのけうこれにみなうつりはてゝ" }, { "vol": 17, "page": 571, "text": "あはれにおもしろしよろつみなをしゆつりてひたりかつになりぬ夜あけかたち かくなるほとにものいとあはれにおほされて御かはらけなとまいるついてにむ かしの御ものかたりともいてきていはけなきほとよりかくもむに心をいれて侍 しにすこしもさえなとつきぬへくや御らんしけむ院のゝたまはせしやうさいか くといふもの世にいとをもくする物なれはにやあらむいたうすゝみぬる人のい のちさいはひとならひぬるはいとかたき物になんしなたかくむまれさらてもひ とにおとるましきほとにてあなかちにこのみちなふかくならひそといさめさせ 給てほんさいのかた〱のものをしへさせたまいしにつたなき事もなく又とり たてゝこのことゝ心うる事も侍らさりきゑかくことのみなむあやしくはかなき ものからいかにしてかは心ゆくはかりかきてみるへきとおもふおり〱侍しを おほえぬやまかつになりてよものうみのふかき心をみしにさらに思よらぬくま なくいたられにしかとふてのゆくかきりありて心よりはことゆかすなむ思ふた まへられしをついてなくて御らむせさすへきならねはかうすき〱しきやう なるのちのきこえやあらむとみこに申給へはなにのさえも心よりはなちてなら" }, { "vol": 17, "page": 572, "text": "ふへきわさならねとみち〱にものゝしありまねひ所あらむはことのふかさあ さゝはしらねとをのつからうつさむにあとありぬへしふてとるみちと五うつこ とゝそあやしうたましゐのほとみゆるをふかきらうなくみゆるをれものもさる へきにてかきうつたくひもいてくれといへのこのなかには猶人にぬけぬる人な に事をもこのみえけるとそみえたる院の御せむにてみこたちないしんわういつ れかはさまとり〱のさえならはさせ給はさりけむその中にもとりたてたる御 心にいれてうたへうけとらせ給へるかひありて文さいをはさるものにていはす さらぬ事の中には琴ひかせ給事なん一のさえにてつきにはよこふえひはさうの ことをなむつき〱にならひ給へるとうへもおほしの給はせきよの人しかおも ひきこえさせたるをゑは猶ふてのついてにすさひさせ給あたことゝこそおもひ 給へしかいとかうまさなきまていにしへのすみかきの上すともあとをくらうな しつへかめるはかへりてけしからぬわさなりとうちみたれてきこえ給てゑひな きにや院の御こときこえいてゝみなうちしほれ給ぬ廿日あまりの月さしいてゝ こなたはまたさやかならねとおほかたのそらおかしきほとなるにふんのつかさ" }, { "vol": 17, "page": 573, "text": "の御ことめしいてゝわこむ権中納言給はり給ふさはいへと人にまさりてかきた てたまへりみこ箏の御ことおとゝきんひはは少将の命婦つかうまつるうへ人の 中にすくれたるをめして拍子給はすいみしうおもしろしあけはつるまゝに花の 色も人の御かたちともほのかにみえてとりのさえつるほと心ちゆきめてたきあ さほらけなりろくともは中宮の御かたより給はすみこは御そ又かさねて給はり 給ふそのころのことにはこのゑのさためをしたまふかのうら〱のまきは中宮 にさふらはせ給へときこえさせ給けれはこれかはしめのこりのまきまきゆかし からせ給へといまつき〱にときこえさせ給ふうへにも御心ゆかせ給ておほし めしたるをうれしくみたてまつり給ふはかなきことにつけてもかうもてなしき こえ給へは権中納言は猶おほえをさるへきにやと心やましうおほさるへかめり うへの御心さしはもとよりおほしゝみにけれは猶こまやかにおほしめしたるさ まを人しれすみたてまつりしり給てそたのもしくさりともとおほされけるさる へきせちゑともにもこの御ときよりとすゑの人のいひつたふへきれいをそへむ とおほしわたくしさまのかゝるはかなき御あそひもめつらしきすちにせさせ給" }, { "vol": 17, "page": 574, "text": "ていみしきさかりの御世なりおとゝそ猶つねなきものに世をおほしていますこ しおとなひおはしますとみたてまつりて猶世をそむきなんとふかくおもほすへ かめるむかしのためしをみきくにもよはひたらてつかさくらゐたかくのほりよ にぬけぬる人のなかくえたもたぬわさなりけりこの御世にはみのほとおほえす きにたりなかころなきになりてしつみたりしうれへにかはりていまゝてもなか らふるなりいまより後のさかへは猶いのちうしろめたししつかにこもりゐて後 の世のことをつとめかつはよはひをものへんとおもほしてやまさとののとかな るをしめてみ堂をつくらせ給ひ仏経のいとなみそへてせさせ給ふめるにすゑの 君たちおもふさまにかしつきいたしてみむとおほしめすにそとくすて給はむこ とはかたけなるいかにおほしをきつるにかといとしりかたし" }, { "vol": 18, "page": 579, "text": "ひむかしの院つくりたてゝ花ちる里ときこえしうつろはし給ふにしのたゐわた 殿なとかけてまところけいしなとあるへきさまにしをかせ給ふひむかしのたい はあかしの御かたとおほしをきてたりきたのたいはことにひろくつくらせ給て かりにてもあはれとおほしてゆくすゑかけて契たのめ給し人ゝつとひすむへき さまにへたて〱しつらはせ給へるしもなつかしうみところありてこまかなる しむてんはふたけたまはす時〱わたり給ふ御すみ所にしてさるかたなる御し つらひともしをかせ給へりあかしには御せうそこたえすいまは猶のほり給ぬへ きことをはのたまへと女は猶わか身のほとを思ひしるにこよなくやむことなき きはの人〱たに中〱さてかけはなれぬ御ありさまのつれなきをみつゝもの おもひまさりぬへくきくをましてなにはかりのおほえなりとてかさしいてまし らはむこのわか君の御おもてふせにかすならぬ身のほとこそあらはれめたまさ かにはひわたり給ふついてをまつ事にて人わらへにはしたなきこといかにあら むと思ひみたれてもまたさりとてかゝる所におひいてかすまへられ給はさらむ もいとあはれなれはひたすらにもえうらみそむかすおやたちもけにことはりと" }, { "vol": 18, "page": 580, "text": "思ひなけくに中〱心もつきはてぬむかしはゝきみの御をほちなかつかさの宮 ときこえけるからうし給けるところおほゐかはのわたりにありけるをその御の ちはか〱しうあひつく人もなくてとしころあれまとふを思いてゝかのときよ りつたはりてやともりのやうにてある人をよひとりてかたらふ世中をいまはと 思はてゝかゝるすまひにしつみそめしかともすゑのよに思かけぬこといてきて なんさらにみやこのすみかもとむるをにはかにまはゆき人中いとはしたなくゐ 中ひにける心ちもしつかなるましきをふるきところたつねてとなむ思よるさる へきものはあけはたさむすりなとしてかたのこと人すみぬへくはつくろひなさ れなむやといふあつかりこのとしころらうする人もものし給はすあやしきやう になりてはへれはしもやにそつくろひてやとりはへるをこの春のころより内の 大殿のつくらせ給ふ御たうちかくてかのわたりなむいとけさはかしうなりにて はへるいかめしき御たうともたてゝおほくの人なむつくりいとなみはへるめる しつかなる御ほいならはそれやたかひはへらむなにかそれもかのとのゝ御かけ にかたかけてと思ふことありてをのつからをい〱にうちのことゝもはしてむ" }, { "vol": 18, "page": 581, "text": "まついそきておほかたの事ともをものせよといふ身つからゝうするところには へらねとまたしりつたへたまふ人もなけれはかこかなるならひにてとしころか くろへ侍りつるなりみさうの田畠なといふことのいたつらにあれはへりしかは 故民部大輔の君に申給はりてさるへきものなとたてまつりてなんらうしつくり 侍なとそのあたりのたくはへの事ともをあやふけに思ひてひけかちにつなしに くきかほをはななとうちあかめつゝはちふきいへはさらにそのたなとやうの事 はこゝにしるましたゝ年ころのやうに思ひてものせよ券なとはこゝになむあれ とすへて世中をすてたる身にてとしころともかくもたつねしらぬをその事もい まくはしくしたゝめむなといふにも大とのゝけはひをかくれはわつらはしくて そのゝちものなとおほくうけとりてなんいそきつくりけるかやうに思ひよるら んともしり給はてのほらむことをものうかるも心えすおほしわか君のさてつく 〱とものしたまふを後のよに人のいひつたへんいまひときは人わろきゝすに やとおもほすにつくりいてゝそしか〱のところをなむおもひいてたるときこ えさせける人にましらはむ事をくるしけにのみものするはかく思ふなりけりと" }, { "vol": 18, "page": 582, "text": "心え給ふくちをしからぬ心のよういかなとおほしなりぬこれみつのあそむれい のしのふるみちはいつとなくいろひつかうまつる人なれはつかはしてさるへき さまにこゝかしこのようゐなとせさせ給ひけりあたりおかしうてうみつらにか よひたるところのさまになむはへりけるときこゆれはさやうのすまゐによしな からすはありぬへしとおほすつくらせ給ふ御たうは大かく寺のみなみにあたり てたきとのゝ心はへなとおとらすおもしろき寺也これはかはつらにえもいはぬ まつかけになにのいたはりもなくたてたるしんてむのことそきたるさまもをの つから山さとのあはれをみせたりうちのしつらひなとまておほしよるしたしき 人〱いみしうしのひてくたしつかはすのかれかたくていまはと思ふにとしへ つるうらをはなれなむことあはれに入道の心ほそくてひとりとまらんことを思 ひみたれてよろすにかなしすへてなとかく心つくしになりはしめけむ身にかと 露のかゝらぬたくひうらやましくおほゆおやたちもかゝる御むかへにてのほる さいわいはとしころねてもさめてもねかひわたりし心さしのかなふといとうれ しけれとあひみてすくさむいふせさのたへかたうかなしけれはよるひる思ほれ" }, { "vol": 18, "page": 583, "text": "ておなしことをのみさらはわか君をはみたてまつらては侍へきかといふよりほ かの事なしはゝ君もいみしうあはれなりとしころたにおなしいほりにもすます かけはなれつれはましてたれによりてかはかけとゝまらむたゝあたにうちみる 人のあさはかなるかたらひたにみなれそなれてわかるゝほとはたゝならさめる をましてもてひかめたるかしらつき心おきてこそたのもしけなけれとまたさる かたにこれこそはよをかきるへきすみかなれとありはてぬいのちをかきりに思 て契すくしきつるをにはかにゆきはなれなむも心ほそしわかき人〱のいふせ う思ひしつみつるはうれしきものからみすてかたきはまのさまをまたはえしも かへらしかしとよするなみにそへてそてぬれかちなり秋のころほひなれはもの のあはれとりかさねたる心ちしてそのひとあるあか月に秋風すゝしくてむしの ねもとりあへぬにうみのかたをみいたしてゐたるに入道れいのこやよりふかう おきてはなすゝりうちしてをこなひいましたりいみしう事いみすれとたれも 〱いとしのひかたしわか君はいとも〱うつくしけによるひかりけむたまの 心ちして袖よりほかにはなちきこえさりつるをみなれてまつはし給へる心さま" }, { "vol": 18, "page": 584, "text": "なとゆゝしきまてかく人にたかへる身をいま〱しく思なからかたときみたて まつらてはいかてかすくさむとすらむとつゝみあへす ゆくさきをはるかにいのるわかれちにたえぬはおいの涙なりけりいともゆ ゝしやとてをしのこひかくすあま君 もろともにみやこはいてきこのたひやひとり野中のみちにまとはんとてな きたまふさまいとことはりなりこゝら契かはしてつもりぬるとし月のほとを思 へはかうゝきたることをたのみてすてしよにかへるも思へはゝかなしや御かた いきてまたあひみむことをいつとてかゝきりもしらぬよをはたのまむをく りにたにとせちにの給へとかた〱につけてえさるましきよしをいひつゝさす かにみちのほともいとうしろめたなきけしきなり世中をすてはしめしにかゝる 人のくににおもひくたりはへりしことゝもたゝ君の御ためと思ふやうにあけく れの御かしつきも心にかなふやうもやと思ひたまへたちしかと身のつたなかり けるきはの思しらるゝことおほかりしかはさらにみやこにかへりてふるすらう のしつめるたくひにてまつしきいへのよもきむくらもとのありさまあらたむる" }, { "vol": 18, "page": 585, "text": "こともなきものからおほやけわたくしにおこかましきなをひろめておやの御な きかけをはつかしめむ事のいみしさになむやかてよをすてつるかとてなりけり と人にもしられにしをそのかたにつけてはよう思ひはなちてけりとおもひ侍る に君のやう〱おとなひ給ひものおもほししるへきにそへてはなとかうくちを しきせかいにてにしきをかくしきこゆらんと心のやみはれまなくなけきわたり はへりしまゝに仏神をたのみきこえてさりともかうつたなき身にひかれて山か つのいほりにはましりたまはしと思ふ心ひとつをたのみ侍しにおもひよりかた くてうれしき事ともをみたてまつりそめてもなかなか身のほとをとさまかうさ まにかなしうなけきはへりつれとわか君のかういておはしましたる御すくせの たのもしさにかゝるなきさに月日をすくし給はむもいとかたしけなう契ことに おほせ給へはみたてまつらさらむ心まとひはしつめかたけれとこの身はなかく よをすてし心はへり君たちはよをてらし給ふへきひかりしるけれはしはしかゝ る山かつの心をみたり給ふはかりの御契こそはありけめ天にむまるゝ人のあや しきみつのみちにかへるらむ一時に思なすらへてけふなかくわかれたてまつり" }, { "vol": 18, "page": 586, "text": "ぬいのちつきぬときこしめすとも後のことおほしいとなむなさらぬわかれに御 心うこかし給ふなといひはなつものからけふりともならむゆふへまてわか君の 御ことをなむ六時のつとめにも猶心きたなくうちませはへりぬへきとてこれに そうちひそみぬる御車はあまたつつけむもところせくかたへつゝわけむもわつ らはしとて御ともの人〱もあなかちにかくろへしのふれはふねにてしのひや かにとさためたりたつのときにふなてし給ふむかしの人もあはれといひけるう らのあさきりへたゝりゆくまゝにいとものかなしくて入道は心すみはつましく あくかれなかめゐたりこゝらとしをへていまさらにかへるもなをおもひつきせ すあま君はなき給 かのきしに心よりにしあま舟のそむきしかたにこきかへる哉御かた いくかへりゆきかふ秋をすくしつゝうき木にのりてわれかへるらんおもふ かたの風にてかきりけるひたかへすいり給ぬ人にみとかめられしの心もあれは みちの程もかろらかにしなしたりいへのさまもおもしろうてとしころへつるう みつらにおほえたれはところかへたる心ちもせすむかしのこと思ひいてられて" }, { "vol": 18, "page": 587, "text": "あはれなることおほかりつくりそへたるらうなとゆへあるさまにみつのなかれ もおかしうしなしたりまたこまやかなるにはあらねともすみつかはさてもあり ぬへししたしきけいしにおほせ給て御まうけのことせさせ給けりわたり給はむ ことはとかうおほしたはかるほとにひころへぬなか〱もの思ひつゝけられて すてしいへゐも恋しうつれ〱なれはかの御かたみのきむをかきならすおりの いみしうしのひかたけれは人はなれたるかたにうちとけてすこしひくに松風は したなくひゝきあひたりあま君ものかなしけにてよりふし給へるにおきあかり て 身をかへてひとりかへれる山さとにきゝしににたる松風そふく御かた ふるさとにみしよのともをこひわひてさえつることをたれかわくらんかや うにものはかなくてあかしくらすにおとゝ中〱しつ心なくおほさるれは人め をもえはゝかりあへ給はてわたり給を女君はかくなむとたしかにしらせたてま つり給はさりけるをれゐのきゝもやあはせ給ふとてせうそこきこえ給ふかつら にみるへきことはへるをいさや心にもあらてほとへにけりとふらはむといひし" }, { "vol": 18, "page": 588, "text": "人さへかのわたりちかくきゐてまつなれは心くるしくてなむさかのゝみたうに もかさりなき仏の御とふらひすへけれは二三日は侍なんときこえ給かつらの院 といふところにはかにつくらせ給ふときくはそこにすへ給へるにやとおほすに 心つきなけれはおのゝえさへあらため給はむほとやまちとをにと心ゆかぬ御け しきなりれいのくらへくるしき御心いにしへのありさまなこりなしと世人もい ふなるものをなにやかやと御心とり給程にひたけぬしのひやかにこせむうとき はませて御心つかひしてわたり給ひぬたそかれときにおはしつきたりかりの御 そにやつれ給へりしたに世にしらぬ心ちせしをましてさる御心してひきつくろ ひ給へる御なをしすかたよになくなまめかしうまはゆき心ちすれは思ひむせへ る心のやみもはるゝやうなりめつらしうあはれにてわか君をみたまふもいかゝ あさくおほされんいまゝてへたてけるとし月たにあさましくゝやしきまておも ほす大とのはらの君をうつくしけなりとよ人もてさはくは猶ときよによれは人 のみなすなりけりかくこそはすくれたる人の山くちはしるかりけれとうちゑみ たるかほのなに心なきかあいきやうつきにほひたるをいみしうらうたしとおほ" }, { "vol": 18, "page": 589, "text": "すめのとのくたりし程はをとろへたりしかたちねひまさりてつきころの御もの かたりなとなれきこゆるをあはれにさるしほやのかたはらにすくしつらむこと をおほしのたまふこゝにもいとさとはなれてわたらむこともかたきを猶かのほ いあるところにうつろひ給へとのたまへといとうゐ〱しきほとすくしてとき こゆるもことはりなりよひと夜よろつに契かたらひあかし給ふつくろふへきと ころ〱のあつかりいまくはへたるけいしなとにおほせらるかつらの院にわた り給ふへしとありけれはちかきみさうの人〱まいりあつまりたりけるもみな たつねまいりたりせむさいとものおれふしたるなとつくろはせ給ふこゝかしこ のたていしともゝみなまろひうせたるをなさけありてしなさはおかしかりぬへ きところかなかゝるところをわさとつくろふもあいなきわさなりさてもすくし はてねはたつときものうく心とまるくるしかりきなときしかたのことものたま ひいてゝなきみわらひみうちとけのたまへるいとめてたしあま君のそきてみた てまつるにおいもわすれもの思ひもはるゝ心ちしてうちゑみぬひんかしのわた とのゝしたよりいつるみつの心はへつくろはせ給とていとなまめかしきうちき" }, { "vol": 18, "page": 590, "text": "すかたうちとけ給へるをいとめてたうゝれしとみたてまつるにあかのくなとの あるをみたまふにおほしいてゝあま君はこなたにかいとしとけなきすかたなり けりやとて御なをしめしいてゝたてまつるき丁のもとにより給てつみかろくお ほしたてたまへる人のゆへは御おこなひのほとあはれにこそおもひなしきこゆ れいといたく思すまし給へりし御すみかをすてゝうきよにかへり給へる心さし あさからすまたかしこにはいかにとまりて思をこせ給ふらむとさま〱になむ といとなつかしうの給すてはへりし世をいまさらにたちかへり思ひたまへみた るゝををしはからせ給ひけれはいのちなかさのしるしも思ひ給へしられぬると うちなきてあらいそかけに心くるしうおもひきこえさせはへりしふたはのまつ もいまはたのもしき御をひさきといはゐきこえさするをあさきねさしゆへやい かゝとかた〱心つくされはへるなときこゆるけはひよしなからねはむかしも のかたりにみこのすみ給けるありさまなとかたらせ給ふにつくろはれたるみつ のをとなひかことかましうきこゆ すみなれし人はかへりてたとれともしみつはやとのあるしかほなるわさと" }, { "vol": 18, "page": 591, "text": "はなくていひけつさまみやひかによしときゝ給ふ いさらゐはゝやくのこともわすれしをもとのあるしやおもかはりせるあは れとうちなかめてたち給ふすかたにほひ世にしらすとのみおもひきこゆみてら にわたり給ふて月ことの十四五日つこもりの日おこなはるへきふけむかうあみ たさかの念仏の三昧をはさるものにて又〱くはへをこなはせ給ふへき事なと さためをかせ給ふたうのかさり仏の御具なとめくらしおほせらる月のあかきに かへり給ふありしよのことおほしいてらるゝおりすくさすかのきむの御ことさ しいてたりそこはかとなくものあはれなるにえしのひ給はてかきならし給ふま たしらへもかはらすひきかへしそのおりいまの心ちし給ふ ちきりしにかはらぬことのしらへにてたえぬ心のほとはしりきや女 かはらしと契しことをたのみにてまつのひゝきにねをそへしかなときこえ かはしたるもにけなからぬこそは身にあまりたるありさまなめれこよなうねひ まさりにけるかたちけはひえおもほしすつましうわか君はたつきもせすまほら れ給ふいかにせましかくろへたるさまにておいゝてむか心くるしうくちをしき" }, { "vol": 18, "page": 592, "text": "を二条の院にわたして心のゆくかきりもてなさは後のおほえもつみまぬかれな むかしとおもほせとまた思はむ事いとをしくてえうちいて給はてなみたくみて みたまふおさなき心ちにすこしはちらひたりしかやうやうゝちとけてものいひ わらひなとしてむつれたまふをみるまゝににほひまさりてうつくしいたきてお はするさまみるかひありてすくせこよなしとみえたりまたの日は京へかへらせ 給ふへけれはすこしおほとのこもりすくしてやかてこれよりいて給ふへきをか つらの院に人〱おほくまいりつとひてこゝにも殿上人あまたまいりたり御さ うすくなとしたまいていとはしたなきわさかなかくみあらはさるへきくまにも あらぬをとてさはかしきにひかれていて給ふ心くるしけれはさりけなくまきら はしてたちとまり給へるとくちにめのとわか君いたきてさしいてたりあはれな る御けしきにかきなてたまひてみてはいとくるしかりぬへきこそいとうちつけ なれいかゝすへきいとさとゝをしやとのたまへはゝるかに思たまへたえたりつ るとしころよりもいまからの御もてなしのおほつかなう侍らむは心つくしにな ときこゆわか君てをさしいてゝたち給へるをしたひ給へはついゐたまひてあや" }, { "vol": 18, "page": 593, "text": "しうものおもひたえぬ身にこそありけれしはしにてもくるしやいつらなともろ ともにいてゝはおしみたまはぬさらはこそ人心ちもせめとのたまへはうちわら ひて女君にかくなむときこゆ中〱もの思ひみたれてふしたれはとみにしもう こかれすあまり上すめかしとおほしたり人〱もかたはらいたかれはしふ〱 にゐさりいてゝき丁にはたかくれたるかたはらめいみしうなまめいてよしあり たをやきたるけはひみこたちといはむにもたりぬへしかたひらひきやりてこま やかにかたらひ給ふとてとはかりかへりみ給へるにさこそしつめつれみをくり きこゆいはむかたなきさかりの御かたちなりいたうそひやき給へりしかすこし なりあふほとになり給ひにける御すかたなとかくてこそもの〱しかりけれと 御さしぬきのすそまてなまめかしうあいきやうのこほれいつるそあなかちなる みなしなるへきかのとけたりしくら人もかへりなりにけりゆけひのせうにてこ としかうふりえてけりむかしにあらため心ちよけにて御はかしとりによりきた り人かけをみつけてきしかたのものわすれしはへらねとかしこけれはえこそう ら風おほえ侍つるあか月のねさめにもおとろかしきこえさすへきよすかたにな" }, { "vol": 18, "page": 594, "text": "くてとけしきはむをやへたつ山はさらにしまかくれにもおとらさりけるをまつ もむかしのとたとられつるにわすれぬ人もゝのし給ひけるにたのもしなといふ こよなしやわれも思ひなきにしもあらさりしをなとあさましうおほゆれといま ことさらにとうちけさやきてまいりぬいとよそほしくさしあゆみ給ふほとかし かましうをひはらひて御車のしりに頭中将兵衛督のせたまふいとかる〱しき かくれかみあらはされぬるこそねたうといたうからかり給よへの月にくちをし う御ともにをくれ侍にけるとおもひ給へられしかはけさきりをわけてまいり侍 つる山のにしきはまたしう侍りけりのへの色こそさかりにはへりけれなにかし のあそむのこたかにかゝつらひてたちをくれ侍ぬるいかゝなりぬらむなといふ けふは猶かつらとのにとてそなたさまにおはしましぬにはかなる御あるしとさ はきてうかひともめしたるにあまのさへつりおほしいてらるのにとまりぬるき むたちことりしるしはかりひきつけさせたるおきのえたなとつとにしてまいれ りおほみきあまたゝひすむなかれてかはのわたりあやうけなれはゑひにまきれ ておはしましくらしつをの〱絶句なとつくりわたして月はなやかにさしいつ" }, { "vol": 18, "page": 595, "text": "るほとにおほみあそひはしまりていといまめかしひきものひはわこむはかりふ えとも上すのかきりしておりにあひたるてうしふきたつるほとかは風吹あはせ ておもしろきに月たかくさしあかりよろつの事すめるよのやゝふくるほとに殿 上人四五人はかりつれてまいれりうへにさふらひけるを御あそひありけるつい てにけふは六日の御ものいみあくひにてかならすまいり給へきをいかなれはと おほせられけれはこゝにかうとまらせ給にけるよしきこしめして御せうそこあ るなりけり御つかひはくら人の弁なりけり 月のすむかはのをちなる里なれはかつらのかけはのとけかるらむうらやま しうとありかしこまりきこえさせ給ふうへの御あそひよりもなをところからの すこさそへたるものゝねをめてゝまたゑひくはゝりぬこゝにはまうけのものも さふらはさりけれはおほゐにわさとならぬまうけのものやといひつかはしたり とりあへたるにしたかひてまいらせたりきぬひつふたかけにてあるを御つかひ の弁はとくかへりまいれは女のさうすくかつけたまふ ひさかたのひかりにちかき名のみしてあさゆふきりもはれぬ山里行幸まち" }, { "vol": 18, "page": 596, "text": "きこえ給ふ心はへなるへし中におひたるとうちすんし給ふついてにかのあわち しまをおほしいてゝみつねかところからかとおほめきけむことなとの給ひいて たるにものあはれなるゑいなきともあるへし めくりきてゝにとるはかりさやけきやあはちのしまのあはとみし月頭中将 うき雲にしはしまかひし月かけのすみはつるよそのとけかるへき左大弁す こしおとなひてこ院の御ときにもむつましうつかうまつりなれし人なりけり 雲のうへのすみかをすてゝよはの月いつれのたにゝかけかくしけむ心〱 にあまたあめれとうるさくてなむけちかうゝちしつまりたる御物かたりすこし うちみたれてちとせもみきかまほしき御ありさまなれはをのゝえもくちぬへけ れとけふさへはとていそきかへり給ふものともしなしなにかつけてきりのたえ まにたちましりたるもせむさいのはなにみえまかひたるいろあひなとことにめ てたし近衛つかさのなたかきとねりものゝふしともなとさふらふにさう〱し けれはそのこまなとみたれあそひてぬきかけ給ふ色色秋のにしきを風のふきお ほふかとみゆのゝしりてかへらせたまふひゝきおほゐにはものへたてゝきゝて" }, { "vol": 18, "page": 597, "text": "なこりさひしうなかめ給ふ御せうそこをたにせてとおとゝも御心にかゝれりと のにおはしてとはかりうちやすみ給ふ山さとの御物かたりなときこえ給ふいと まきこえしほとすきつれはいとくるしうこそこのすきものとものたつねきてい といたうしひとゝめしにひかされてけさはいとなやましとておほとのこもれり れいの心とけすみえ給へとみしらぬやうにてなすらひならぬ程をおほしくらふ るもわるきわさなめりわれはわれと思なし給へとをしへきこえ給ふくれかゝる ほとに内へまいり給ふにひきそはめていそきかき給ふはかしこへなめりそはめ こまやかにみゆうちさゝめきてつかはすをこたちなとにくみきこゆそのよはう ちにもさふらひ給ふへけれとゝけさりつる御けしきとりに夜ふけぬれとまかて 給ひぬありつる御かへりもてまいれりえひきかくし給はて御らんすことににく かるへきふしもみえねはこれやりかくし給へむつかしやかゝるものゝちらむも いまはつきなきほとになりにけりとて御けうそくによりゐ給ひて御心のうちに はいとあはれに恋しうおほしやらるれはひをうちなかめてことにものものたま はすふみはひろこりなからあれと女君みたまはぬやうなるをせめてみかくし給" }, { "vol": 18, "page": 598, "text": "ふ御ましりこそわつらはしけれとてうちゑみ給へる御あいきやうところせきま てこほれぬへしさしより給ひてまことはらうたけなるものをみしかはちきりあ さくもみえぬをさりとてものめかさむほともはゝかりおほかるに思ひなむわつ らひぬるおなし心におもひめくらして御心に思さため給へいかゝすへきこゝに てはくゝみたまひてんやひるのこかよはひにもなりにけるをつみなきさまなる も思ひすてかたうこそいはけなけなるしもつかたもまきらはさむなとおもふを めさましとおほさすはひきゆひたまへかしときこえ給ふおもはすにのみとりな し給ふ御心のへたてをせめてみしらすうらなくやはとてこそいはけなからん御 心にはいとようかなひぬへくなんいかにうつくしきほとにとてすこしうちゑみ 給ひぬちこをわりなうらうたきものにしたまふ御心なれはえていたきかしつか はやとおほすいかにせましむかへやせましとおほしみたるわたり給こといとか たしさかのゝみたうの念仏なとまちいてゝ月にふたたひはかりの御ちきりなめ りとしのわたりにはたちまさりぬへかめるをゝよひなきことゝおもへとも猶い かゝものおもはしからぬ" }, { "vol": 19, "page": 603, "text": "冬になりゆくまゝにかはつらのすまゐいとゝ心ほそさまさりてうはの空なる心 ちのみしつゝあかしくらすを君も猶かくてはえすくさしかのちかき所に思たち ねとすゝめ給へとつらき所おほく心みはてむものこりなき心ちすへきをいかに いひてかなといふやうに思ひみたれたりさらはこのわか君をかくてのみはひな き事なり思心あれはかたしけなしたいにきゝをきてつねにゆかしかるをしはし みならはさせてはかまきの事なとも人しれぬさまならすしなさんとなむ思ふと まめやかにかたらひ給ふさおほすらんとおもひわたる事なれはいとゝむねつふ れぬあらためてやんことなきかたにもてなされ給とも人のもりきかん事は中な かにやつくろひかたくおほされんとてはなちかたく思たることはりにはあれと うしろやすからぬかたにやなとはなうたかひ給そかしこには年へぬれとかゝる 人もなきかさうさうしくおほゆるまゝに前斎宮のおとなひものし給をたにこそ あなかちにあつかひきこゆめれはましてかくにくみかたけなめるほとををろか にはみはなつましき心はへになと女君の御ありさまのおもふやうなることもか たり給ふけにいにしへはいかはかりのことにさたまり給へきにかとつてにもほ" }, { "vol": 19, "page": 604, "text": "のきこえし御心のなこりなくしつまり給へるはおほろけの御すくせにもあらす 人の御ありさまもこゝらの御中にすくれ給へるにこそはと思やられてかすなら ぬ人のならひきこゆへきおほえにもあらぬをさすかにたちいてゝ人もめさまし とおほす事やあらむわか身はとてもかくてもおなし事おいさきとをき人の御う へもついにはかの御心にかゝるへきにこそあめれさりとならはけにかうなに心 なきほとにやゆつりきこえましと思ふ又てをはなちてうしろめたからむことつ れ〱もなくさむかたなくてはいかゝあかしくらすへからむなにゝつけてかた まさかの御たちよりもあらむなとさま〱に思みたるゝに身のうき事かきりな しあま君おもひやりふかき人にてあちきなしみたてまつらさらむ事はいとむね いたかりぬへけれとつゐにこの御ためによかるへからん事をこそ思はめあさく おほしてのたまふ事にはあらしたゝうちたのみきこえてわたしたてまつり給て よはゝかたからこそみかとの御こもきわ〱におはすめれこのおとゝの君の世 にふたつなき御ありさまなから世につかへ給はこ大納言のいまひときさみなり おとり給てかういはらといはれ給しけちめにこそはおはすめれましてたゝ人は" }, { "vol": 19, "page": 605, "text": "なすらふへき事にもあらす又みこたち大臣の御はらといへと猶さしむかひたる おとりの所には人もおもひおとしおやの御もてなしもえひとしからぬものなり ましてこれはやむことなき御かた〱にかゝる人いてものし給はゝこよなくけ たれ給なむほとほとにつけておやにもひとふしもてかしつかれぬる人こそやか ておとしめられぬはしめとはなれ御はかまきのほともいみしき心をつくすとも かゝるみ山かくれにてはなにのはへかあらむたゝまかせきこえ給てもてなしき こえ給はむありさまをもさゝ給へとをしふさかしき人の心のうらともにももの とはせなとするにも猶わたり給てはまさるへしとのみいへはおもひよはりにた り殿もしかおほしなからおもはむ所のいとをしさにしひてもえのたまはて御は かまきの事はいかやうにかとの給へる御返によろつの事かひなき身にたくへき こえてはけにおひさきもいとをしかるへくおほえ侍をたちましりてもいかに人 わらへにやときこえたるをいとゝあはれにおほす日なとゝらせ給てしのひやか にさるへき事なとの給ひをきてさせ給ふはなちきこえむ事は猶いとあはれにお ほゆれと君の御ためによかるへき事をこそはとねんすめのとをもひきわかれな" }, { "vol": 19, "page": 606, "text": "ん事あけくれのものおもはしさつれ〱をもうちかたらひてなくさめならひつ るにいとゝたつきなき事さへとりそへいみしくおほゆへき事と君もなくめのと もさるへきにやおほえぬさまにてみたてまつりそめてとしころの御心はへのわ すれかたう恋しうおほえ給へきをうちたえきこゆる事はよも侍らしつゐにはと たのみなからしはしにてもよそ〱に思のほかのましらひし侍らむかやすから すも侍へきかななとうちなきつゝすくすほとにしはすにもなりぬゆきあられか ちに心ほそさまさりてあやしくさま〱にもの思ふへかりける身かなとうちな けきてつねよりもこの君をなてつくろひつゝみゐたり雪かきくらしふりつもる あしたきしかた行すゑの事のこらす思つゝけてれいはことにはしちかなるいて ゐなともせぬをみきはのこほりなとみやりてしろききぬとものなよゝかなるあ またきてなかめゐたるやうたいかしらつきうしろてなとかきりなき人ときこゆ ともかうこそはおはすらめと人〱もみるおつる涙をかきはらひてかやうなら む日ましていかにおほつかなからむとらうたけにうちなけきて 雪ふかみみ山のみちははれすとも猶ふみかよへあとたえすしてとのたまへ" }, { "vol": 19, "page": 607, "text": "はめのとうちなきて ゆきまなきよしのゝ山をたつねても心のかよふあとたえめやはといゝなく さむこの雪すこしとけてわたり給へりれいはまちきこゆるにさならむとおほゆ ることによりむねうちつふれてひとやりならすおほゆわか心にこそあらめいな ひきこえむをしひてやはあちきなとおほゆれとかる〱しきやうなりとせめて 思かへすいとうつくしけにてまへにゐたまへるをみ給にをろかにはおもひかた かりける人のすくせかなとおもほすこの春よりおふす御くしあまそきのほとに てゆら〱とめてたくつらつきまみのかほれるほとなといへはさらなりよその ものに思やらむほとの心のやみをしはかり給にいと心くるしけれはうちかへし の給あかすなにかゝくゝちおしき身のほとならすたにもてなし給はゝときこゆ るものからねんしあへすうちなくけはひあはれなりひめ君はなに心もなく御車 にのらむ事をいそき給よせたる所にはゝ君みつからいたきていて給へりかたこと のこゑはいとうつくしうて袖をとらへてのり給へとひくもいみしうおほへて すゑとをきふたはの松にひきわかれいつかこたかきかけをみるへきえもい" }, { "vol": 19, "page": 608, "text": "ひやらすいみしうなけはさりやあなくるしとおほして おひそめしねもふかけれはたけくまの松にこまつのちよをならへんのとか にをとなくさめ給さることゝはおもひしつむれとえなむたへさりけるめのとの 少将とてあてやかなる人はかり御はかしあまかつやうのものとりてのる人たま ひによろしきわか人わらはなとのせて御をくりにまいらすみちすからとまりつ る人の心くるしさをいかにつみやうらむとおほすくらうおはしつきて御車よす るよりはなやかにけはひことなるをゐなかひたる心ちともはゝしたなくてやま しらはむと思ひつれとにしおもてをことにしつらはせ給ひてちひさき御てうと ともうつくしけにとゝのへさせ給へりめのとのつほねにはにしのわたとのゝき たにあたれるをせさせ給へりわか君はみちにてねたまひにけりいたきおろされ てなきなとはしたまはすこなたにて御くたものまいりなとし給へとやう〱み めくらしてはゝ君のみえぬをもとめてらうたけにうちひそみたまへはめのとめ しいてゝなくさめまきらはしきこえ給ふ山里のつれ〱ましていかにとおほし やるはいとおしけれとあけくれおほすさまにかしつきつゝみ給ふはものあひた" }, { "vol": 19, "page": 609, "text": "る心ちし給らむいかにそや人のおもふへきゝすなきことはこのわたりにいてお はせてとくちおしくおほさるしはしは人〱もとめてなきなとし給しかとおほ かた心やすくおかしき心さまなれはうへにいとよくつきむつひきこえ給へれは いみしううつくしきものえたりとおほしけりこと事なくいたきあつかひもてあ そひきこえ給ひてめのともをのつからちかうつかうまつりなれにけり又やむこ となき人のちあるそへてまいり給御はかまきはなにはかりわさとおほしいそく 事はなけれとけしきことなり御しつらひゝゐなあそひの心ちしておかしうみゆ まいり給へるまらうとともたゝあけくれのけちめしなけれはあなかちにめもた ゝさりきたゝひめ君のたすきひきゆい給へるむねつきそうつくしけさそひてみ え給つる大井にはつきせす恋しきにも身のをこたりをなけきそへたりさこそい ひしかあま君もいとゝなみたもろなれとかくもてかしつかれ給ふをきくはうれ しかりけりなに事をか中〱とふらひきこえ給はむたゝ御かたの人〱にめの とよりはしめてよになき色あひを思ひいそきてそをくりきこえ給けるまちとを ならむもいとゝされはよと思はむにいとおしけれはとしのうちにしのひてわた" }, { "vol": 19, "page": 610, "text": "り給へりいとゝさひしきすまゐにあけくれのかしつきくさをさへはなれきこえ て思らむことの心くるしけれは御文なともたえまなくつかはす女君もいまはこ とにゑしきこえ給はすうつくしき人につみゆるしきこえ給へりとしもかへりぬ うらゝかなる空に思ふ事なき御ありさまはいとゝめてたくみかきあらためたる 御よそひにまいりつとひ給める人のおとなしきほとのは七日御よろこひなとし 給ふひきつれ給へりわかやかなるはなにともなく心ちよけにみえ給つきつきの 人も心のうちには思ふこともやあらむうはへはほこりかにみゆるころほひなり かしひむかしの院のたいの御かたもありさまはこのましうあらまほしきさまに さふらふ人〱わらはへのすかたなとうちとけす心つかひしつゝすくし給にち かきしるしはこよなくてのとかなる御いとまのひまなとにはふとはいわたりな とし給へとよるたちとまりなとやうにわさとはみえ給はすたゝ御心さまのおい らかにこめきてかはかりのすくせなりける身にこそあらめと思ひなしつゝあり かたきまてうしろやすくのとかにものし給へはおりふしの御心をきてなともこ なたの御ありさまにおとるけちめこよなからすもてなし給てあなつりきこゆへ" }, { "vol": 19, "page": 611, "text": "うはあらねはおなしこと人まいりつかうまつりてへたうともゝ事をこたらす中 〱みたれたる所なくめやすき御ありさまなり山さとのつれ〱をもたえすお ほしやれはおほやけわたくしものさはかしきほとすくしてわたり給とてつねよ りことにうちけさうし給てさくらの御なをしにえならぬ御そひきかさねてたき しめさうそき給ひてまかり申し給さまくまなきゆふひにいとゝしくきよらにみ え給ふ女君たゝならすみたてまつりをくり給ふひめ君はいはけなく御さしぬき のすそにかゝりてしたひきこえ給ほとにとにもいて給ひぬへけれはたちとまり ていとあはれとおほしたりこしらへをきてあすかへりこむとくちすさひていて 給にわたとのゝとくちにまちかけて中将の君してきこえ給へり 舟とむるをちかた人のなくはこそあすかへりこむせなとまちみめいたうな れてきこゆれはいとにほひやかにほゝゑみて 行てみてあすもさねこむ中〱にをちかた人は心をくともなに事ともきゝ わかてされありき給人をうへはうつくしとみ給へはをちかた人のめさましきも こよなくおほしゆるされにたりいかに思をこすらむ我にていみしう恋しかりぬ" }, { "vol": 19, "page": 612, "text": "へきさまをとうちまもりつゝふところにいれてうつくしけなる御ちをくゝめ給 つゝたはふれゐたまへる御さまみところおほかりおまへなる人〱はなとかお なしくはいてやなとかたらひあへりかしこにはいとのとやかに心はせあるけは ひにすみなしていへのありさまもやうはなれめつらしきにみつからのけはひな とはみるたひことにやむことなき人〱なとにおとるけちめこよなからすかた ちよういあらまほしうねひまさりゆくたゝよのつねのおほえにかきまきれたら はさるたくひなくやはと思ふへきを世にゝぬひかものなるおやのきこえなとこ そくるしけれ人のほとなとはさてもあるへきをなとおほすはつかにあかぬほと にのみあれはにや心のとかならすたちかへり給ふもくるしくて夢のわたりのう きはしかとのみうちなけかれてさうのことのあるをひきよせてかのあかしにて さ夜ふけたりしねもれいのおほしいてらるれはひはをわりなくせめたまへはす こしかきあはせたるいかてかうのみひきくしけむとおほさるわか君の御ことな とこまやかにかたり給つゝおはすこゝはかゝるところなれとかやうにたちとま り給ふおり〱あれははかなきくたものこはいゐはかりはきこしめすときもあ" }, { "vol": 19, "page": 613, "text": "りちかきみてらかつらとのなとにおはしましまきらはしつゝいとまおにはみた れ給はねと又いとけさやかにはしたなくをしなへてのさまにはもてなし給はぬ なとこそはいとおほえことにはみゆめれ女もかゝる御心のほとをみしりきこえ てすきたりとおほすはかりのことはしいてす又いたくひけせすなとして御心を きてにもてたかふ事なくいとめやすくそありけるおほろけにやむことなき所に てたにかはかりもうちとけ給事なくけたかき御もてなしをきゝをきたれはちか きほとにましらひては中〱いとめなれて人あなつられなる事ともゝそあらま したまさかにてかやうにふりはへ給へるこそたけき心ちすれと思へしあかしに もさこそいひしかこの御心をきてありさまをゆかしかりておほつかなからす人 はかよはしつゝむねつふるゝ事もあり又おもたゝしくうれしと思事もおほくな むありけるそのころおほきおとゝうせ給ぬ世のおもしとおはしつる人なれはお ほやけにもおほしなけくしはしこもり給しほとをたにあめのしたのさはきなり しかはましてかなしとおもふ人おほかり源氏のおとゝもいとくちおしくよろつ ことをしゆつりきこえてこそいとまもありつるを心ほそく事しけくもおほされ" }, { "vol": 19, "page": 614, "text": "てなけきおはす御かとは御としよりはこよなうおとな〱しうねひさせ給て世 のまつりこともうしろめたく思きこえ給へきにはあらねとも又とりたてゝ御う しろみし給へき人もなきをたれにゆつりてかはしつかなる御ほいもかなはむと おほすにいとあかすくちおしのちの御わさなとにも御こともむまこにすきてな んこまやかにとふらひあつかひ給ひけるそのとしおほかたよのなかさはかしく ておほやけさまにものゝさとししけくのとかならてあまつ空にもれいにたかへ る月日ほしのひかりみえくものたゝすまひありとのみ世の人おとろく事おほく てみち〱のかむかへふみともたてまつれるにもあやしく世になへてならぬ事 ともましりたり内のおとゝのみなむ御心のうちにわつらはしくおほししらるゝ 事ありける入道きさいの宮春のはしめよりなやみわたらせ給て三月にはいとを もくならせ給ぬれは行幸なとあり院にわかれたてまつらせ給ひしほとはいとい はけなくてものふかくもおほされさりしをいみしうおほしなけきたる御けしき なれは宮もいとかなしくおほしめさることしはかならすのかるましきとしと思 給へつれとおとろ〱しき心ちにも侍らさりつれはいのちのかきりしりかほに" }, { "vol": 19, "page": 615, "text": "侍らむも人やうたてこと〱しうおもはむとはゝかりてなむくとくの事なとも わさとれいよりもとりわきてしも侍らすなりにけるまいりて心のとかにむかし の御物かたりもなと思ひ給へなからうつしさまなるおりすくなく侍てくちおし くいふせくてすき侍ぬることゝいとよはけにきこえ給三十七にそおはしましけ るされといとわかくさかりにおはしますさまをおしくかなしとみたてまつらせ 給つゝしませ給へき御としなるにはれ〱しからて月ころすきさせ給事をたに なけきわたり侍つるに御つゝしみなとをもつねよりことにせさせ給はさりける 事といみしうおほしめしたりたゝこのころそおとろきてよろつの事せさせ給ふ 月ころはつねの御なやみとのみうちたゆみたりつるを源氏のおとゝもふかくお ほしいりたりかきりあれはほとなくかへらせ給もかなしき事おほかり宮いとく るしうてはか〱しうものもきこえさせ給はす御心のうちにおほしつゝくるに たかきすくせ世のさかへもならふ人なく心のうちにあかす思ふことも人にまさ りける身とおほししらるうへの夢の中にもかゝる事の心をしらせ給はぬをさす かに心くるしうみたてまつり給てこれのみそうしろめたくむすほゝれたる事に" }, { "vol": 19, "page": 616, "text": "おほしをかるへき心ちし給けるおとゝはおほやけかたさまにてもかくやむこと なき人のかきりうちつゝきうせ給なむ事をおほしなけく人しれぬあはれはたか きりなくて御いのりなとおほしよらぬ事なしとしころおほしたえたりつるすち さへいまひとたひきこえすなりぬるかいみしくおほさるれはちかき御き丁のも とによりて御ありさまなともさるへき人〱にとひきゝ給へはしたしきかきり さふらひてこまかにきこゆ月ころなやませ給へる御心ちに御をこなひを時のま もたゆませ給はすせさせ給ふつもりのいとゝいたうくつをれさせ給にこのころ となりてはかうしなとをたにふれさせ給はすなりにたれはたのみ所なくならせ 給にたることゝなきなけく人〱おほかり院の御ゆいこむにかなひてうちの御 うしろみつかうまつり給ことゝしころおもひしり侍ことおほかれとなにゝつけ てかはその心よせことなるさまをもゝらしきこえむとのみのとかに思ひ侍ける をいまなむあはれにくちおしくとほのかにのたまはするもほの〱きこゆるに 御いらへもきこえやり給はすなき給さまいといみしなとかうしも心よはきさま にと人めをおほしかへせといにしへよりの御ありさまをおほかたの世につけて" }, { "vol": 19, "page": 617, "text": "もあたらしくおしき人の御さまを心にかなふわさならねはかけとゝめきこえむ かたなくいふかひなくおほさるゝ事かきりなしはかはかしからぬ身なからもむ かしより御うしろみつかうまつるへき事を心のいたるかきりをろかならすおも ひ給ふるにおほきおとゝのかくれ給ぬるをたに世中心あはたゝしく思給へらる ゝに又かくおはしませはよろつに心みたれ侍て世に侍らむ事ものこりなき心ち なむし侍なときこえ給ほとにともしひなとのきえいるやうにてはて給ぬれはい ふかひなくかなしき事をおほしなけくかしこき御身のほとゝきこゆる中にも御 心はへなとの世のためしにもあまねくあはれにおはしましてかうけに事よせて 人のうれへとある事なともをのつからうちましるをいさゝかもさやうなる事の みたれなく人のつかふまつる事をも世のくるしみとあるへきことをはとゝめ給 ふくとくのかたとてもすゝむるにより給ていかめしうめつらしうし給人なとも むかしのさかしき世にみなありけるをこれはさやうなる事なくたゝもとよりの たからものえ給ふへきつかさかうふりみふのものゝさるへきかきりしてまこと に心ふかきことゝものかきりをしをかせ給へれはなにとわくましき山ふしなと" }, { "vol": 19, "page": 618, "text": "まておしみきこゆおさめたてまつるにも世中ひゝきてかなしとおもはぬ人なし 殿上人なとなへてひとつ色にくろみわたりてものゝはへなき春のくれなり二条 院の御まへのさくらを御らむしても花のえむのおりなとおほしいつことしはか りはとひとりこち給て人のみとかめつへけれは御ねむすたうにこもりゐ給て日 ひとひなきくらし給ゆふ日はなやかにさして山きはのこすゑあらはなるに雲の うすくわたれるかにひ色なるをなにことも御めとゝまらぬころなれといともの あはれにおほさる 入日さすみねにたなひくうす雲はもの思ふ袖に色やまかへる人きかぬ所な れはかひなし御わさなともすきてことゝもしつまりてみかともの心ほそくおほ したりこの入道の宮の御はゝきさきの御世よりつたはりてつき〱の御いのり のしにてさふらひける僧都古宮にもいとやむことなくしたしきものにおほした りしをおほやけにもをもき御をほえにていかめしき御願ともおほくたてゝ世に かしこきひしりなりける年七十はかりにていまはをはりのをこなひをせむとて こもりたるか宮の御ことによりていてたるをうちよりめしありてつねにさふら" }, { "vol": 19, "page": 619, "text": "はせ給このころは猶もとのことくまいりさふらはるへきよしおとゝもすゝめの たまへはいまはよゐなといとたへかたうおほえ侍れとおほせことのかしこきに よりふるきこゝろさしをそへてとてさふらふにしつかなるあか月に人もちかく さふらはすあるはまかてなとしぬるほとにこたいにうちしはふきつゝ世中の事 ともそうし給ふついてにいとそうしかたくかへりてはつみにもやまかりあたら むと思給へはゝかるかたおほかれとしろしめさぬにつみをもくて天けんおそろ しく思給えらるゝ事を心にむせひ侍つゝいのちをはり侍りなはなにのやくかは 侍らむ仏も心きたなしとやおほしめさむとはかりそうしさしてえうちいてぬ事 ありうへなに事ならむこの世にうらみのこるへく思ふ事やあらむ法しはひしり といへともあるましきよこさまのそねみふかくうたてあるものをとおほしてい はけなかりし時よりへたて思ふ事なきをそこにはかくしのひのこされたる事あ りけるをなむつらくおもひぬるとのたまはすれはあなかしこさらにほとけのい さめまもり給しむこんのふかきみちをたにかくしとゝむる事なくひろめつかう まつり侍りまして心にくまある事なに事にか侍らむこれはきしかたゆくさきの" }, { "vol": 19, "page": 620, "text": "大事と侍事をすきおはしましにし院きさいの宮たゝいま世をまつりこち給おと ゝの御ためすへてかへりてよからぬ事にやもりいて侍らむかゝるおい法しの身 にはたとひうれへ侍りともなにのくひか侍らむ仏天のつけあるによりてそうし 侍なりわか君はらまれおはしましたりし時より故宮のふかくおほしなけく事 ありて御いのりつかうまつらせ給ゆへなむ侍しくはしくは法しの心にえさとり 侍らすことのたかひめありておとゝよこさまのつみにあたり給し時いよ〱を ちおほしめしてかさねて御いのりともうけ給はり侍しをおとゝもきこしめして なむ又さらにことくはへおほせられて御くらゐにつきおはしましゝまてつかう まつる事とも侍しそのうけ給はりしさまとてくはしくそうするをきこしめすに あさましうめつらかにておそろしうもかなしうもさま〱に御心みたれたりと はかり御いらへもなけれはそうつすゝみそうしつるをひんなくおほしめすにや とわつらはしく思ひてやをらかしこまりてまかつるをめしとゝめて心にしらて すきなましかは後の世まてのとかめあるへかりけることをいまゝてしのひこめ られたりけるをなむかへりてはうしろめたき心なりとおもひぬる又このことを" }, { "vol": 19, "page": 621, "text": "しりてもらしつたふるたくひやあらむとの給はすさらになにかしと王命婦とよ りほかの人この事のけしきみたる侍らすさるによりなむいとおそろしう侍天へ むしきりにさとし世中しつかならぬはこのけなりいときなくものゝ心しろしめ すましかりつるほとこそ侍つれやう〱御よはひたりおはしましてなに事もわ きまへさせ給へき時にいたりてとかをもしめすなりよろつの事おやの御世より はしまるにこそ侍なれなにのつみともしろしめさぬかおそろしきにより思給へ けちてしことをさらに心よりいたし侍へりぬることゝなく〱きこゆるほとに あけはてぬれはまかてぬうへは夢のやうにいみしき事をきかせ給て色〱にお ほしみたれさせ給故院の御ためもうしろめたくおとゝのかくたゝ人にて世につ かへ給もあはれにかたしけなかりける事かた〱おほしなやみて日たくるまて いてさせ給はねはかくなむときゝ給ておとゝもおとろきてまいり給へるを御ら むするにつけてもいとゝしのひかたくおほしめされて御涙のこほれさせ給ぬる をおほかた故宮の御事をひるよなくおほしめしたるころなれはなめりとみたて まつり給その日式部卿のみこうせ給ぬるよしそうするにいよいよ世中のさはか" }, { "vol": 19, "page": 622, "text": "しき事をなけきおほしたりかゝるころなれはおとゝはさとにもえまかて給はて つとさふらひ給ふしめやかなる御物かたりのついてに世はつきぬるにやあらむ もの心ほそくれいならぬ心ちなむするをあめのしたもかくのとかならぬによろ つあわたゝしくなむ故宮のおほさむ所によりてこそ世間の事も思ひはゝかりつ れいまは心やすきさまにてもすくさまほしくなむとかたらひきこえ給いとある ましき御事なり世のしつかならぬことはかならすまつりことのなをくゆかめる にもより侍らすさかしき世にしもなむよからぬ事ともゝ侍けるひしりのみかと の世にもよこさまのみたれいてくる事もろこしにも侍けるわかくにゝもさなむ 侍ましてことはりのよはひともの時いたりぬるをおほしなけくへき事にも侍ら すなとすへておほくのことゝもをきこえ給かたはしまねふもいとかたはらいた しやつねよりもくろき御よそひにやつし給へる御かたちたかふ所なしうへもと しころ御かゝみにもおほしよる事なれときこしめしゝ事のゝちは又こまかにみ たてまつり給ふつゝことにいとあはれにおほしめさるれはいかてこのことをか すめきこえはやとおほせとさすかにはしたなくもおほしぬへき事なれはわかき" }, { "vol": 19, "page": 623, "text": "御心ちにつゝましくてふともえうちいてきこえ給はぬほとはたゝおほかたの事 ともをつねよりことになつかしうきこえさせ給ふうちかしこまり給へるさまに ていと御けしきことなるをかしこき人の御めにはあやしとみたてまつり給へと いとかくさた〱ときこしめしたらむとはおほさゝりけりうへは王命婦にくは しきことはとはまほしうおほしめせといまさらにしかしのひ給ひけむことしり にけりとかの人にもおもはれしたゝおとゝにいかてほのめかしとひきこえてさ き〱のかゝる事のれいはありけりやとゝひきかむとそおほせとさらについて もなけれはいよ〱御かくもむをせさせ給つゝさま〱のふみともを御らんす るにもろこしにはあらはれてもしのひてもみたりかはしき事いとおほかりけり 日本にはさらに御らんしうる所なしたとひあらむにてもかやうにしのひたらむ 事をはいかてかつたへしるやうのあらむとする一世の源氏又納言大臣になりて 後にさらにみこにもなりくらゐにもつき給つるもあまたのれいありけり人から のかしこきに事よせてさもやゆつりきこえましなとよろつにそおほしける秋の つかさめしに太政大臣になり給へき事うち〱にさため申給つゐてになむみか" }, { "vol": 19, "page": 624, "text": "とおほしよするすちのこともらしきこえ給けるをおとゝいとまはゆくおそろし うおほしてさらにあるましきよしを申返し給故院の御心さしあまたのみこたち の御中にとりわきておほしめしなからくらゐをゆつらせ給はむ事をおほしめし よらすなりにけりなにかその御心あらためてをよはぬきはにはのほり侍らむた ゝもとの御をきてのまゝにおほやけにつかうまつりていますこしのよはひかさ なり侍りなはのとかなるをこなひにこもり侍りなむと思ひ給ふるとつねの御こ とのはにかはらすそうし給へはいとくちおしうなむおほしける太政大臣になり 給へきさためあれとしはしとおほす所ありてたゝ御くらゐそひてうしくるまゆ るされてまいりまかてしたまふをみかとあかすかたしけなきもの思ひきこえ給 て猶みこになり給へきよしをおほしのたまはすれと世中の御うしろみし給へき 人なし権中納言大納言になりて右大将かけ給へるをいまひときわあかりなむに なに事もゆつりてむさてのちにともかくもしつかなるさまにとそおほしける猶 おほしめくらすに故宮の御ためにもいとをしう又うへのかくおほしめしなやめ るをみたてまつり給もかたしけなきにたれかゝる事をもらしそうしけむとあや" }, { "vol": 19, "page": 625, "text": "しうおほさる命婦はみくしけ殿のかはりたる所にうつりてさうし給はりてまい りたりおとゝたいめむし給てこの事をもしものゝついてにつゆはかりにてもも らしそうし給事やありしとあないし給へとさらにかけてもきこしめさむことを いみしき事におほしめしてかつはつみうる事にやとうへの御ためを猶おほしめ しなけきたりしときこゆるにもひとかたならす心ふかくおはせし御ありさまな とつきせすこひきこえ給斎宮の女御はおほしゝもしるき御うしろみにてやむこ となき御おほえなり御よういありさまなとも思さまにあらまほしうみえ給へれ はかたしけなきものにもてかしつきゝこえ給へり秋のころ二条院にまかて給へ りしむてんの御しつらひいとゝかゝやくはかりし給ていまはむけのおやさまに もてなしてあつかひきこえ給ふ秋のあめいとしつかにふりておまへのせむさい の色〱みたれたる露のしけさにいにしへの事ともかきつゝけおほしいてられ て御袖もぬれつゝ女御の御かたにわたり給へりこまやかなるにひいろの御なを しすかたにて世中のさはかしきなとことつけ給てやかて御さうしむなれはすゝ ひきかくしてさまよくもてなし給へるつきせすなまめかしき御ありさまにてみ" }, { "vol": 19, "page": 626, "text": "すのうちにいり給ぬみき帳はかりをへたてゝみつからきこえ給ふせむさいとも こそのこりなくひもとき侍りにけれいとものすさましきとしなるを心やりて時 しりかほなるもあはれにこそとてはしらによりゐたまへるゆふはえいとめてた しむかしの御事ともかの野宮にたちわつらひしあけほのなとをきこえいて給い とものあはれとおほしたり宮もかくれはとにやすこしなき給けはひいとらうた けにてうちみしろき給ほともあさましくやはらかになまめきておはすへかめる みたてまつらぬこそくちをしけれとむねのうちつふるゝそうたてあるやすきに しかたことに思ひなやむへきこともなくて侍りぬへかりし世中にも猶心からす き〱しき事につけてもの思のたえすも侍けるかなさるましき事ともの心くる しきかあまた侍りし中につゐに心もとけすむすほゝれてやみぬることふたつな む侍るひとつはこのすき給にし御ことよあさましうのみ思ひつめてやみ給ひに しかなかき世のうれわしきふしと思ひ給へられしをかうまてもつかうまつり御 らんせらるゝをなむなくさめにおもふ給へなせともえしけふりのむすほゝれた まひけむは猶いふせうこそ思給へらるれとていまひとつはのたまひさしつなか" }, { "vol": 19, "page": 627, "text": "ころ身のなきにしつみ侍しほとかた〱に思ひ給へし事はかたはしつゝかなひ にたりひんかしの院にものする人のそこはかとなくて心くるしうおほえわたり 侍りしもおたしう思ひなりにて侍り心はへのにくからぬなと我も人もみたまへ あきらめていとこそさはやかなれかくたちかへりおほやけの御うしろみつかう まつるよろこひなとはさしも心にふかくしますかやうなるすきかましきかたは しつめかたうのみ侍をおほろけに思しのひたる御うしろみとはおほししらせ給 らむやあはれとたにのたまはせすはいかにかひなく侍らむとの給へはむつかし うて御いらへもなけれはさりやあな心うとてこと事にいひまきらはし給ついま はいかてのとやかにいける世のかきり思ふ事のこさす後のよのつとめも心にま かせてこもりゐなむと思ひ侍をこの世の思いてにしつへきふしの侍らぬこそさ すかにくちおしう侍りぬへけれかならすおさなき人の侍おいさきいとまちとを なりやかたしけなくとも猶このかとひろけさせ給て侍らすなりなむのちにもか すまへさせ給へなときこえ給ふ御いらへはいとおほとかなるさまにからうして ひとことはかりかすめ給へるけはひいとなつかしけなるにきゝつきてしめ〱" }, { "vol": 19, "page": 628, "text": "とくるゝまておはすはか〱しきかたののそみはさるものにてとしのうちゆき かはる時〱の花もみち空のけしきにつけても心のゆくこともし侍りにしかな 春の花のはやし秋の野のさかりをとり〱に人あらそひ侍けるそのころのけに と心よるはかりあらはなるさためこそ侍らさなれもろこしには春の花のにしき にしくものなしといひはへめりやまとことのはには秋のあはれをとりたてゝお もへるいつれもとき時につけてみたまふにめうつりてえこそ花鳥の色をもねを もわきまへ侍らねせはきかきねのうちなりともそのおりの心みしるはかり春の 花の木をもうへわたし秋の草をもほりうつしていたつらなるのへのむしをもす ませて人に御らむせさせむと思給るをいつかたにか御心よせ侍へからむときこ え給にいときこえにくき事とおほせとむけにたえて御いらへきこえ給はさらん もうたてあれはましていかゝ思わき侍らむけにいつとなきなかにあやしときゝ しゆふへこそはかなうきえ給ひにし露のよすかにも思給へられぬへけれとしと けなけにのたまひけつもいとらうたけなるにえしのひ給はて 君もさはあはれをかはせ人しれすわか身にしむる秋のゆふ風しのひかたき" }, { "vol": 19, "page": 629, "text": "おり〱も侍かしときこえ給にいつこの御いらへかはあらむ心えすとおほした る御けしきなりこのついてにえこめ給はてうらみきこえ給ことゝもあるへしい ますこしひかこともし給つへけれともいとうたてとおほいたるもことはりにわ か御心もわか〱しうけしからすとおほしかへしてうちなけき給へるさまの物 ふかうなまめかしきも心つきなうそおほしなりぬるやをらつゝひきいり給ぬる けしきなれはあさましうもうとませ給ぬるかなまことに心ふかき人はかくこそ あらさなれよしいまよりはにくませ給なよつらからむとてわたり給ひぬうちし めりたる御にほひのとまりたるさへうとましくおほさる人〱みかうしなとま いりてこの御しとねのうつりかいひしらぬものかないかてかくとりあつめやな きのえたにさかせたる御ありさまならんゆゝしうときこえあへりたいにわたり 給てとみにもいり給はすいたうなかめてはしちかうふし給へりとうろとをくか けてちかく人〱さふらはせ給てものかたりなとせさせ給かうあなかちなる事 にむねふたかるくせの猶ありけるよとわか身なからおほしゝらるこれはいとに けなき事なりおそろしうつみふかきかたはおほうまさりけめといにしへのすき" }, { "vol": 19, "page": 630, "text": "は思ひやりすくなきほとのあやまちに仏神もゆるし給ひけんとおほしさますも なをこのみちはうしろやすくふかきかたのまさりけるかなとおほしゝられ給女 御は秋のあはれをしりかほにいらへきこえてけるもくやしうはつかしと御心ひ とつにものむつかしうてなやましけにさへし給をいとすくよかにつれなくてつ ねよりもおやかりありき給ふ女君に女御の秋に心をよせ給へりしもあはれに君 の春のあけほのに心しめ給へるもことはりにこそあれ時〱につけたる木草の 花によせても御心とまるはかりのあそひなとしてしかなとおほやけわたくしの いとなみしけき身こそふさはしからねいかて思ふ事してしかなとたゝ御ためさ う〱しくやと思こそ心くるしけれなとかたらひきこえ給山里の人もいかにな とたえすおほしやれとゝころせさのみまさる御身にてわたり給事いとかたし世 中をあちきなくうしと思ひしるけしきなとかさしもおもふへき心やすくたちい てゝおほそうのすまゐはせしと思へるをおほけなしとはおほすものからいとを しくてれいのふたんの御念仏にことつけてわたりたまへりすみなるゝまゝにい と心すこけなる所のさまにいとふかゝらさらむ事にてたにあはれそひぬへしま" }, { "vol": 19, "page": 631, "text": "してみたてまつるにつけてもつらかりける御ちきりのさすかにあさからぬを思 ふに中〱にてなくさめかたきけしきなれはこしらへかね給いとこしけき中よ りかゝり火とものかけのやり水のほたるにみえまかふもおかしかゝるすまゐに しほしまさらましかはめつらかにおほえましとの給に いさりせしかけわすられぬかゝり火は身のうき舟やしたひきにけん思ひこ そまかへられ侍れときこゆれは あさからぬしたの思ひをしらねはや猶かゝり火のかけはさはけるたれうき ものとをしかへしうらみ給へるおほかたものしつかにおほさるゝころなれはた うとき事ともに御心とまりてれいよりはひころへたまふにやすこしおもひまき れけむとそ" }, { "vol": 20, "page": 639, "text": "斎院は御ふくにておりゐ給にきかしおとゝれいのおほしそめつる事たえぬ御く せにて御とふらひなといとしけうきこえたまふ宮わつらはしかりしことをおほ せは御かへりもうちとけてきこえ給はすいとくちをしとおほしわたるなか月に なりてもゝそのゝ宮にわたり給ぬるをきゝて女五の宮のそこにおはすれはそな たの御とふらひに事つけてまうてたまふこ院のこのみこたちをは心ことにやむ ことなくおもひきこえ給へりしかはいまもしたしくつきつきにきこえかはし給 ふめりおなしゝんてむのにしひむかしにそすみ給けるほともなくあれにける心 ちしてあはれにけはひしめやかなり宮たいめむしたまひて御ものかたりきこえ 給ふいとふるめきたる御けはひしはふきかちにおはすこのかみにおはすれとこ おほとのゝ宮はあらまほしくふりかたき御ありさまなるをもてはなれこゑふつ ゝかにこち〱しくおほえ給へるもさるかたなり院のうへかくれ給て後よろつ 心ほそくおほえはへりつるにとしのつもるまゝにいとなみたかちにてすくしは へるをこのみやさへかくうちすて給へれはいよいよあるかなきかにとまりはへ るをかくたちよりとはせ給になむものわすれしぬへくはへるときこえたまふか" }, { "vol": 20, "page": 640, "text": "しこくもふり給へるかなとおもへとうちかしこまりて院かくれ給て後はさま 〱につけておなし世のやうにもはへらすおほえぬつみにあたりはへりてしら ぬよにまとひはへりしをたま〱おほやけにかすまへられたてまつりてはまた とりみたりいとまなくなとしてとしころもまいりていにしへの御物語をたにき こえうけ給はらぬをいふせくおもひたまえわたりつゝなむなときこえたまふを いとも〱あさましくいつかたにつけてもさためなきよをおなしさまにてみた まへすくすいのちなかさのうらめしきことおほくはへれとかくてよにたちかへ り給へる御よろこひになむありしとしころをみたてまつりさしてましかはくち をしからましとおほえはへりとうちわなゝき給ていときよらにねひまさり給に けるかなわらはにものし給へりしをみたてまつりそめしときよにかゝるひかり のいておはしたる事とおとろかれはへりしをときときみたてまつることにゆゝ しくおほえはへりてなむ内のうへなむいとよくにたてまつらせ給へりと人〱 きこゆるをさりともおとり給へらむとこそをしはかりはへれとなか〱ときこ え給へはことにかくさしむかひて人のほめぬわさかなとおかしくおほすやまか" }, { "vol": 20, "page": 641, "text": "つになりていたう思ひくつをれはへりしとしころのゝちこよなくおとろへにて はへるものをうちの御かたちはいにしへのよにもならふ人なくやとこそありか たくみたてまつりはへれあやしき御をしはかりになむときこえ給とき〱みた てまつらはいとゝしきいのちやのひはへらむけふはおいもわすれうき世のなけ きみなさりぬる心ちなむとてもまたないたまふ三宮うらやましくさるへき御ゆ かりそひてしたしくみたてまつり給ふをうらやみはへるこのうせ給ひぬるもさ やうにこそくひ給ふおり〱ありしかとの給ふにそすこしみゝとまり給ふさも さふらひなれなましかはいまに思ふさまにはへらましみなさしはなたせ給てと うらめしけにけしきはみきこえ給ふあなたの御まゑをみやり給へはかれ〱な るせむさいの心はへもことにみわたされてのとやかになかめ給ふらむ御ありさ まかたちもいとゆかしくあはれにてえねんし給はてかくさふらひたるついてを すくしはへらむは心さしなきやうなるをあなたの御とふらひきこゆへかりけり とてやかてすのこよりわたり給ふくらふなりたるほとなれとにひいろのみすに くろきみき帳のすきかけあはれにおひかせなまめかしくふきとおしけはひあら" }, { "vol": 20, "page": 642, "text": "まほしすのこはかたわらいたけれはみなみのひさしにいれたてまつるせんした いめんして御せうそこはきこゆいまさらにわか〱しき心ちするみすのまへか な神さひにけるとし月のらうかそへられ侍にいまは内外もゆるさせ給ひてむと そたのみはへりけるとてあかすおほしたりありし世はみな夢にみなしていまな むさめてはかなきにやと思たまへさためかたくはへるにらうなとはしつかにや とさためきこえさすへうはへらむときこえいたし給へりけにこそさためかたき 世なれとはかなきことにつけてもおほしつゝけらる 人しれす神のゆるしをまちしまにこゝらつれなき世をすくすかないまはな にのいさめにかゝこたせ給はむとすらむなへて世にわつらはしきことさへはへ りしのちさま〱に思給へあつめしかないかてかたはしをたにとあなかちにき こえたまふ御よういなともむかしよりもいますこしなまめかしきけさへそひた まひにけりさるはいといたうすくし給へと御くらゐのほとにはあはさめり なへてよのあはれはかりをとふからにちかひしことゝ神やいさめむとあれ はあな心うそのよのつみはみなしなとの風にたくへてきとの給ふあひきやうも" }, { "vol": 20, "page": 643, "text": "こよなしみそきをかみはいかゝはへりけんなとはかなき事をきこゆるもまめや かにはいとかたはらいたしよつかぬ御ありさまはとし月にそへてもものふかく のみひきいり給ひてえきこえ給はぬをみたてまつりなやめりすき〱しきやう になりぬるをなとあさはかならすうちなけきてたち給ふよはひのつもりにはお もなくこそなるわさなりけれよにしらぬやつれをいまそとたにきこえさすへく やはもてなし給ひけるとていて給ふなこりところせきまてれいのきこえあへり おほかたのそらもおかしきほとにこのはのおとなひにつけてもすきにしものゝ あはれとりかへしつゝそのおり〱おかしくもあはれにもふかくみえ給し御心 はへなとも思ひいてきこえさす心やましくてたちいて給ひぬるはましてねさめ かちにおほしつゝけらるとくみかうしまいらせ給て朝きりをなかめ給ふかれた る花ともの中にあさかほのこれかれにはひまつはれてあるかなきかにさきてに ほひもことにかはれるをゝらせ給てたてまつれ給ふけさやかなりし御もてなし に人わろき心ちしはへりてうしろてもいとゝいかゝ御らむしけむとねたくされ と" }, { "vol": 20, "page": 644, "text": "みしおりの露わすられぬあさかほのはなのさかりはすきやしぬらんとしこ ろのつもりもあはれとはかりはさりともおほしゝるらむやとなむかつはなとき こえ給へりおとなひたる御ふみの心はへにおほつかなからむもみしらぬやうに やとおほし人〱も御すゝりとりまかなひてきこゆれは あきはてゝきりのまかきにむすほゝれあるかなきかにうつるあさかほにつ かはしき御よそへにつけてもつゆけくとのみあるはなにのおかしきふしもなき をいかなるにかをきかたく御らむすめりあをにひのかみのなよひかなるすみつ きはしもおかしくみゆめり人の御ほとかきさまなとにつくろはれつゝそのおり はつみなきこともつき〱しくまねひなすにはほゝゆかむ事もあめれはこそさ かしらにかきまきらはしつゝおほつかなきこともおほかりけりたちかへりいま さらにわか〱しき御ふみかきなともにけなきことゝおほせともなをかくむか しよりもてはなれぬ御けしきなからくちをしくてすきぬるをおもひつゝえやむ ましくておほさるれはさらかへりてまめやかにきこえ給ひんかしのたいにはな れおはしてせしをむかへつゝかたらひ給ふさふらふ人〱のさしもあらぬきは" }, { "vol": 20, "page": 645, "text": "のことをたになひきやすなるなとはあやまちもしつへくめてきこゆれと宮はそ のかみたにこよなくおほしはなれたりしをいまはましてたれもおもひなかるへ き御よはひおほえにてはかなき木草につけたる御かへりなとのおりすくさぬも かる〱しくやとりなさるらむなと人のものいひをはゝかり給ひつゝうちとけ 給へき御けしきもなけれはふりかたくおなしさまなる御心はへをよの人にかは りめつらしくもねたくも思ひきこえ給ふよのなかにもりきこえてせむ斎院をね んころにきこえたまへはなむ女五の宮なともよろしくおほしたなりにけなから ぬ御あはひならむなといひけるをたいのうへはつたへきゝ給ひてしはしはさり ともさやうならむこともあらはへたてゝはおほしたらしとおほしけれとうちつ けにめとゝめきこえ給に御けしきなともれいならすあくかれたるも心うくまめ 〱しくおほしなるらむことをつれなくたはふれにいゝなしたまひけんよとお なしすちにはものし給へとおほえことにむかしよりやむことなくきこえ給ふお 御心なとうつりなはゝしたなくもあへいかなとしころの御もてなしなとはたち ならふかたなくさすかにならひて人にをしけたれむ事なと人しれすおほしなけ" }, { "vol": 20, "page": 646, "text": "かるかきたえなこりなきさまにはもてなし給はすともいとものはかなきさまに てみなれ給へるとしころのむつひあなつらはしきかたにこそはあらめなとさま 〱に思ひみたれ給ふによろしきことこそうちゑしなとにくからすきこえ給へ まめやかにつらしとおほせはいろにもいたし給はすはしちかうなかめかちにう ちすみしけくなりやくとは御文をかき給へはけに人のことはむなしかるましき なめりけしきをたにかすめ給へかしとうとましくのみおもひきこえ給ふゆふつ かた神わさなともとまりてさう〱しきにつれ〱とおほしあまりて五の宮に れいのちかつきまいり給ふゆきうちゝりてえむなるたそかれときになつかしき ほとになれたる御そともをいよ〱たきしめ給てこゝろことにけさうしくらし 給へれはいとゝ心よはからむ人はいかゝとみえたりさすかにまかり申はたきこ え給ふ女五の宮のなやましくしたまふなるをとふらひきこえになむとてついゐ 給へれとみもやり給はすわか君をもてあそひまきらはしおはするそはめのたゝ ならぬをあやしく御けしきのかはれるへきころかなつみもなしやしほやきころ ものあまりめなれみたてなくおほさるゝにやとてとたえをくをまたいかゝなと" }, { "vol": 20, "page": 647, "text": "きこえ給へはなれゆくこそけにうきことおほかりけれとはかりにてうちそむき てふし給へるはみすてゝいて給ふみちものうけれとみやに御せうそこきこえた まひてけれはいて給ひぬかゝりける事もありけるよをうらなくてすくしけるよ とおもひつゝけてふし給へりにひたる御そともなれといろあひかさなりこのま しくなか〱みえてゆきのひかりにいみしくえむなる御すかたをみいたしてま ことにかれまさり給はゝとしのひあへすおほさる御せんなとしのひやかなるか きりしてうちよりほかのありきはものうきほとになりにけりやもゝそのゝ宮の 心ほそきさまにてものし給ふも式部卿宮にとしころはゆつりきこえつるをいま はたのむなとおほしの給もことはりにいとおしけれはなと人〱にもの給ひな せといてや御すき心のふりかたきそあたら御きすなめるかる〱しき事もいて きなむなとつふやきあへり宮にはきたをもての人しけきかたなるみかとはいり 給はむもかろ〱しけれはにしなるかこと〱しきを人いれさせ給て宮の御方 に御せうそこあれはけふしもわたり給はしとおほしけるをおとろきてあけさせ 給みかともりさむけなるけはひうすゝきいてきてとみにもえあけやらすこれよ" }, { "vol": 20, "page": 648, "text": "りほかのをのこはたなきなるへしこほこほとひきて上のいといたくさひにけれ はあかすとうれふるをあはれときこしめすきのふけふとおほすほとにみとせの あなたにもなりにけるよかなかゝるをみつゝかりそめのやとりをえ思ひすてす きくさの色にも心をうつすよとおほししらるゝくちすさひに いつのまによもきかもとゝむすほゝれゆきふるさとゝあれしかきねそやゝ ひさしうひこしらひあけていり給ふ宮の御かたにれいの御物かたりきこえ給ふ にふることゝものそこはかとなきうちはしめきこえつくし給へと御みゝもおと ろかすねふたきにみやもあくひうちし給てよひまとひをしはへれはものもえき こえやらすとの給ほともなくいひきとかきゝしらぬをとすれはよろこひなから たちいて給はむとするにまたいとふるめかしきしはふきうちしてまいりたる人 ありかしこけれときこしめしたらむとたのみきこえさするをよにあるものとも かすまへさせたまはぬになむ院のうへはをはおとゝとわらはせ給しなとなのり いつるにそおほしいつる源内侍のすけといひし人はあまになりてこのみやの御 てしにてなむをこなふときゝしかといまゝてあらむともたつねしり給はさりつ" }, { "vol": 20, "page": 649, "text": "るをあさましうなりぬそのよのことはみなむかしかたりになりゆくをはるかに おもひいつるも心ほそきにうれしき御こゑかなおやなしにふせるたひ人とはく ゝみ給へかしとてよりゐたまへる御けはひにいとゝむかしおもひいてつゝふり かたくなまめかしきさまにもてなしていたうすけみにたるくちつきおもひやら るゝこはつかひのさすかにしたつきにてうちされむとは猶おもへりいひこしほ とになときこえかゝるまはゆさよいましもきたるおひのやうになとほゝゑまれ 給ふものからひきかへこれもあはれなりこのさかりにいとみ給し女御かういあ るはひたすらなくなり給あるはかひなくてはかなきよにさすらへ給ふもあへか めり入道の宮なとの御よはひよあさましとのみおほさるゝよにとしのほとみの ゝこりすくなけさにこゝろはへなともゝのはかなくみえし人のいきとまりての とやかにおこなひをもうちしてすくしけるは猶すへてさためなき世なりとおほ すにものあはれなる御けしきを心ときめきに思ひてわかやく としふれとこの契こそわすられねおやのおやとかいひしひとことゝきこゆ れはうとましくて" }, { "vol": 20, "page": 650, "text": "身をかへて後もまちみよこのよにておやをわするゝためしありやとたのも しきちきりそやいまのとかにそきこえさすへきとてたち給ひぬにしおもてには みかうしまいりたれといとひきこえかほならむもいかゝとてひとまふたまはお ろさす月さしいてゝうすらかにつもれるゆきのひかりあひてなか〱いとおも しろきよのさまなりありつるおいらくの心けさうもよからぬものゝよのたとひ とかきゝしとおほしいてられておかしくなむこよひはいとまめやかにきこえ給 ひてひとことにくしなとも人つてならてのたまはせんをおもひたゆるふしにも せんとおりたちてせめきこえたまへとむかしわれも人もわかやかにつみゆるさ れたりしよにたにこ宮なとの心よせおほしたりしをなをあるましくはつかしと おもひきこえてやみにしをよのすゑにさたすきつきなきほとにてひとこゑもい とまはゆからむとおほしてさらにうこきなき御心なれはあさましうつらしと思 ひきこえ給さすかにはしたなくさしはなちてなとはあらぬ人つての御かへりな とそ心やましきや夜もいたうふけゆくに風のけはひはけしくてまことにいとも の心ほそくおほゆれはさまよきほとをしのこひ給ひて" }, { "vol": 20, "page": 651, "text": "つれなさをむかしにこりぬ心こそ人のつらきにそへてつらけれ心つからの とのたまひすさふるをけにかたはらいたしと人〱れいのきこゆ あらためてなにかはみえむ人のうへにかゝりときゝし心かはりをむかしに かはることはならはすなときこえたまへりいふかひなくていとまめやかにゑし きこえていて給もいとわか〱しき心ちし給へはいとかくよのためしになりぬ へきありさまもらし給なよゆめ〱いさらかはなともなれ〱しやとてせちに うちさゝめきかたらひ給へとなに事にかあらむ人〱もあなかたしけなあなか ちになさけをくれてもゝてなしきこえたまふらんかるらかにをしたちてなとは みえ給はぬ御けしきを心くるしうといふけに人のほとのおかしきにもあはれに もおほししらぬにはあらねとものおもひしるさまにみえたてまつるとてをしな へてのよの人のめてきこゆらむつらにやおもひなされむかつはかる〱しき心 のほともみしり給ひぬへくはつかしけなめる御ありさまをとおほせはなつかし からむなさけもいとあひなしよその御かへりなとはうちたえておほつかなかる ましきほとにきこえ給ひ人つての御いらへはしたなからてすくしてむとふかく" }, { "vol": 20, "page": 652, "text": "おほすとしころしつみつるつみうしなうはかり御おこなひをとはおほしたてと にはかにかゝる御事をしももてはなれかほにあらむも中〱いまめかしきやう にみえきこえて人のとりなさしやはとよの人のくちさかなさをおほししりにし かはかつさふらふ人にもうちとけ給はすいたう御心つかひし給ひつゝやう〱 御をこなひをのみしたまふ御はらからのきむたちあまたものし給へとひとつ御 はらならねはいとうと〱しく宮のうちいとかすかになりゆくまゝにさはかり めてたき人のねむころに御心をつくしきこえ給へはみな人心をよせきこゆるも ひとつ心とみゆおとゝはあなかちにおほしいらるゝにしもあらねとつれなき御 けしきのうれたきにまけてやみなむもくちをしくけにはた人の御ありさまよの おほえことにあらまほしくものをふかくおほししりよの人のとあるかゝるけち めもききつめ給ひてむかしよりもあまたへまさりておほさるれはいまさらの御 あたけもかつはよのもときをもおほしなからむなしからむはいよ〱人わらへ なるへしいかにせむと御心うこきて二条院に夜かれかさね給ふを女きみはたは ふれにくゝのみおほすしのひたまへといかゝうちこほるゝおりもなからむあや" }, { "vol": 20, "page": 653, "text": "しくれいならぬ御けしきこそ心えかたけれとて御くしをかきやりつゝいとおし とおほしたるさまもゑにかゝまほしき御あはひなり宮うせ給ひて後うへのいと さうさうしけにのみよをおほしたるも心くるしうみたてまつりおほきおとゝも ものし給はてみゆつる人なきことしけさになむこのほとのたえまなとをみなら はぬことにおほすらむも事はりにあはれなれといまはさりとも心のとかにおほ せおとなひ給ためれとまたいとおもひやりもなく人の心もみしらぬさまにもの し給ふこそらうたけれなとまろかれたる御ひたいかみひきつくろひ給へといよ 〱そむきてものもきこえ給はすいといたくわかひ給へるはたかならはしきこ えたるそとてつねなきよにかくまて心をかるゝもあちきなのわさやとかつはう ちなかめ給ふさい院にはかなしこときこゆるやもしおほしひかむるかたあるそ れはいともてはなれたる事そよをのつからみたまひてむ昔よりこよなうけとを き御心はへなるをさうさうしきおり〱たゝならてきこえなやますにかしこも つれつれにものし給ふところなれはたまさかのいらへなとし給へとまめ〱し きさまにもあらぬをかくなむあるとしもうれへきこゆへきことにやはうしろめ" }, { "vol": 20, "page": 654, "text": "たうはあらしとを思ひなをしたまへなとひひとひなくさめきこえ給ふ雪のいた うふりつもりたるうへにいまもちりつゝまつとたけとのけちめおかしうみゆる 夕くれに人の御かたちもひかりまさりてみゆとき〱につけても人の心をうつ すめる花もみちのさかりよりも冬の夜のすめる月にゆきのひかりあひたる空こ そあやしういろなきものゝ身にしみてこのよのほかの事まておもひなかされお もしろさもあはれさものこらぬおりなれすさましきためしにいひをきけむ人の 心あささよとてみすまきあけさせ給ふ月はくまなくさしいてゝひとつ色にみえ わたされたるにしほれたるせむさいのかけ心くるしうやり水もいといたうむせ ひて池のこほりもえもいはすゝこきにわらはへおろして雪まろはしせさせ給ふ おかしけなるすかたかしらつきともつきにはへておほきやかになれたるかさま 〱のあこめみたれきおひしとけなきとのいすかたなまめいたるにこよなうあ まれるかみのすゑしろきにはましてもてはやしたるいとけさやかなりちゐさき はわらはけてよろこひはしるにあふきなともおとしてうちとけかをおかしけな りいとおほうまろはさらむとふくつけかれとえもをしうこかさてわふめりかた" }, { "vol": 20, "page": 655, "text": "へはひんかしのつまなとにいてゐて心もとなけにわらふひとゝせ中宮のおまへ にゆきのやまつくられたりしよにふりたる事なれと猶めつらしくもはかなきこ とをしなし給へりしかなゝにのおり〱につけてもくちをしうあかすもあるか ないとけとをくもてなし給ひてくわしき御ありさまをみならしたてまつりしこ とはなかりしかと御ましらひのほとにうしろやすきものにはおほしたりきかし うちたのみきこえてとある事かゝるおりにつけてなに事もきこえかよひしにも ていてゝらう〱しきこともみえ給はさりしかといふかひあり思ふさまにはか なきことわさをもしなし給ひしはやよにまたさはかりのたくひありなむやはら かにをひれたるものからふかうよしつきたるところのならひなくものし給しを 君こそはさいへとむらさきのゆへこよなからすものし給ふめれとすこしわつら はしきけそひてかと〱しさのすゝみ給へるやくるしからむせんさい院の御心 はへはまたさまことにそみゆるさう〱しきになにとはなくともきこえあはせ われも心つかひせらるへきあたりたゝこのひとゝころやよにのこり給へらむと のたまふ内侍のかみこそはらう〱しくゆへ〱しきかたは人にまさり給へれ" }, { "vol": 20, "page": 656, "text": "あさはかなるすちなともてはなれ給へりける人の御心をあやしくもありけるこ とゝもかなとの給へはさかしなまめかしうかたちよき女のためしにはなをひき いてつへき人そかしさも思ふにいとをしくゝやしきことのおほかるかなまいて うちあたけすきたる人のとしつもりゆくまゝにいかにくやしきことおほからむ 人よりはことなきしつけさと思ひしたになとの給ひいてゝかむの君の御ことに にもなみたすこしはおとし給ひつこのかすにもあらすおとしめたまふ山さとの 人こそは身のほとにはやゝうちすきものゝ心なとえつへけれと人よりことなへ きものなれは思ひあかれるさまをもみけちてはへるかないふかひなきゝはの人 はまたみす人はすくれたるはかたきよなりやひんかしの院になかむる人の心は へこそふりかたくらうたけれさはたさらにえあらぬものをさるかたにつけての 心はせ人にとりつゝみそめしよりおなしやうによをつゝましけにおもひてすき ぬるよいまはたかたみにそむくへくもあらすふかうあはれと思ひはへるなとむ かしいまの御物語に夜ふけ行月いよ〱すみてしつかにおもしろし女君 こほりとちいしまの水はゆきなやみ空すむ月のかけそなかるゝとをみいた" }, { "vol": 20, "page": 657, "text": "してすこしかたふき給へるほとにるものなくうつくしけなりかむさしおもやう のこひきこゆる人のおもかけにふとおほえてめてたけれはいさゝかわくる御心 もとりかさねつへしをしのうちなきたるに かきつめてむかし恋しきゆきもよにあはれをそふるをしのうきねかいり給 ひてもみやの御事をおもひつゝおほとのこもれるに夢ともなくほのかにみたて まつるいみしくうらみ給へる御けしきにてもらさしとのたまひしかとうきなの かくれなかりけれははつかしうくるしきめをみるにつけてもつらくなむとのた まふ御いらへきこゆとおほすにをそはるゝ心ちして女君のこはなとかくはとの 給ふにおとろきていみしくくちをしくむねのおきところなくさはけはをさへて 涙もなかれいてにけりいまもいみしくぬらしそへ給ふ女君いかなる事にかとお ほすにうちもみしろかてふし給へり とけてねぬねさめさひしき冬の夜にむすほゝれつる夢のみしかさなか〱 あかすかなしとおほすにとくおきたまひてさとはなくてところ〱にみすきや うなとせさせ給ふくるしきめみせ給ふとうらみ給へるもさそおほさるらんかし" }, { "vol": 20, "page": 658, "text": "をこなひをし給ひよろつにつみかろけなりし御ありさまなからこのひとつ事に てそこのよのにこりをすすい給はさらむとものゝ心をふかくおほしたとるにい みしくかなしけれはなにわさをしてしる人なきせかいにおはすらむをとふらひ きこえにまうてゝつみにもかはりきこえはやなとつく〱とおほすかの御ため にとりたてゝなにわさをもしたまはむは人とかめきこえつへしうちにも御心の おにゝおほすところやあらむとおほしつゝむほとにあみたほとけを心にかけて ねんしたてまつり給おなしはちすにとこそは なき人をしたふ心にまかせてもかけみぬみつのせにやまとはむとおほすそ うかりけるとや" }, { "vol": 21, "page": 665, "text": "としかはりて宮の御はてもすきぬれは世中いろあらたまりてころもかへのほと なともいまめかしきをましてまつりのころはおほかたの空のけしき心ちよけな るに前さい院はつれ〱となかめ給をまへなるかつらのしたかせなつかしきに つけてもわかき人〱はおもひいつることゝもあるに大殿よりみそきの日はい かにのとやかにおほさるらむとゝふらひきこえさせ給へりけふは かけきやはかはせのなみもたちかへり君かみそきのふちのやつれをむらさ きのかみたてふみすくよかにてふちの花につけ給へりおりのあはれなれは御返 あり ふちころもきしはきのふと思ふまにけふはみそきのせにかはる世をはかな くとはかりあるをれいの御めとめ給てみをはす御ふくなをしのほとなとにもせ んしのもとに所せきまておほしやれることゝもあるを院はみくるしきことにお ほしの給へとをかしやかにけしきはめる御ふみなとのあらはこそとかくもきこ えかへさめとしころもおほやけさまのおり〱の御とふらひなとはきこえなら はし給ていとまめやかなれはいかゝはきこえもまきらかすへからむともてわつ" }, { "vol": 21, "page": 666, "text": "らふへし女五宮の御かたにもかやうにおりすくさすきこえ給へはいとあはれに この君のきのふけふのちこと思ひしをかくおとなひてとふらひ給ふことかたち のいともきよらなるにそへて心さへこそ人にはことにおひいて給へれとほめき こえ給をわかき人〱はわらひきこゆこなたにもたいめんし給おりはこのおと ゝのかくいとねんころにきこえ給めるをなにかいまはしめたる御心さしにもあ らすこ宮もすちことになり給てえみたてまつり給はぬなけきをし給てはおもひ たちしことをあなかちにもてはなれ給しことなとの給ひいてつゝくやしけにこ そおほしたりしおり〱ありしかされとこ大殿のひめ君ものせられしかきりは 三宮の思ひ給はむことのいとをしさにとかく事そへきこゆることもなかりしな りいまはそのやむことなくえさらぬすちにてものせられし人さへなくなられに しかはけになとてかはさやうにておはせましもあしかるましとうちおほえ侍に もさらかへりてかくねんころにきこえ給もさるへきにもあらんとなむ思ひ侍な といとこたいにきこえ給を心つきなしとおほしてこ宮にもしか心こはきものに おもはれたてまつりてすき侍にしをいまさらにまた世になひきはへらんもいと" }, { "vol": 21, "page": 667, "text": "つきなきことになむときこえ給てはつかしけなる御けしきなれはしゐてもえき こえおもむけ給はす宮人もかみしもみな心かけきこえたれは世中いとうしろめ たくのみおほさるれとかの御身つからは我心をつくしあはれをみえきこえて人 の御けしきのうちもゆるはむほとをこそまちわたり給へさやうにあなかちなる さまに御心やふりきこえんなとはおほさゝるへし大殿はらのわか君の御けんふ くのことおほしいそくを二条の院にてとおほせと大宮のいとゆかしけにおほし たるもことはりに心くるしけれはなをやかてかの殿にてせさせたてまつり給右 大将をはしめきこえて御をちの殿はらみなかむたちめのやむことなき御おほえ ことにてのみものし給へはあるしかたにも我も〱とさるへきことゝもはとり 〱につかうまつり給おほかた世ゆすりて所せき御いそきのいきおひなり四ゐ になしてんとおほし世人もさそあらんとおもへるをまたいときひはなるほとを わか心にまかせたる世にてしかゆくりなからんも中〱めなれたることなりと おほしとゝめつあさきにて殿上にかへり給を大宮はあかすあさましきことゝお ほしたるそことはりにいとをしかりける御たいめんありてこの事きこえ給にた" }, { "vol": 21, "page": 668, "text": "ゝいまかうあなかちにしもまたきにをいつかすましう侍れと思ふやう侍て大か くのみちにしはしならはさむのほい侍によりいま二三年をいたつらのとしに思 ひなしてをのつからおほやけにもつかうまつりぬへきほとにならはいま人とな り侍なむ身つからはこゝのへのうちにおいゝて侍て世中のありさまもしり侍ら すよるひる御前にさふらひてわつかになむはかなきふみなともならひ侍したゝ かしこき御てよりつたへ侍したになにこともひろき心をしらぬほとはふみのさ へをまねふにもことふゑのしらへにもねたえすをよはぬ所のおほくなむ侍ける はかなきおやにかしこき子のまさるためしはいとかたきことになむ侍れはまし てつき〱つたはりつゝへたゝりゆかむほとの行さきいとうしろめたなきによ りなむ思ひ給へをきて侍たかきいへの子としてつかさかうふり心にかなひ世の なかさかりにをこりならひぬれはかくもむなとに身をくるしめむことはいとゝ をくなむおほゆへかめるたはふれあそひをこのみて心のまゝなる官爵にのほり ぬれはときにしたかふ世人のしたにはゝなましろきをしつゝついせうしけしき とりつゝしたかふほとはをのつから人とおほえてやむことなきやうなれととき" }, { "vol": 21, "page": 669, "text": "うつりさるへき人にたちをくれて世おとろふるすゑには人にかるめあなつらる ゝにとるところなきことになむ侍なをさえをもとゝしてこそやまとたましひの 世にもちゐらるゝかたもつよう侍らめさしあたりては心もとなきやうに侍れと もつゐの世のおもしとなるへき心をきてをならひなは侍らすなりなむのちもう しろやすかるへきによりなむたゝいまははか〱しからすなからもかくてはく ゝみ侍らはせまりたる大かくのしうとてわらひあなつる人もよも侍らしと思ふ 給ふるなときこえしらせ給へはうちなけき給てけにかくもおほしよるへかりけ ることをこの大将なともあまりひきたかへたる御ことなりとかたふけはへるめ るをこのおさな心ちにもいとくちおしく大将左衛門督の子ともなとをわれより は下らうとおもひおとしたりしたにみなをの〱かゝいしのほりつゝおよすけ あへるにあさきをいとからしとおもはれたるに心くるしく侍なりときこえ給へ はうちわらひ給ていとおよすけてもうらみ侍なゝりないとはかなしやこの人の ほとよとていとうつくしとおほしたりかくもんなとしてすこしものゝ心え侍ら はそのうらみはをのつからとけ侍なんときこえ給あさなつくることはひむかし" }, { "vol": 21, "page": 670, "text": "の院にてしたまふひんかしのたいをしつらはれたりかむたちめ殿上人めつらし くいふかしきことにして我も〱とつとひまいり給へりはかせともゝ中〱お くしぬへしはゝかる所なくれいあらむにまかせてなたむる事なくきひしうをこ なへとおほせ給へはしいてつれなく思ひなしていへよりほかにもとめたるそう そくとものうちあはすかたくなしきすかたなとをもはちなくおもゝちこはつか ひむへ〱しくもてなしつゝ座につきならひたるさほうよりはしめみもしらぬ さまともなりわかきゝんたちはえたへすほうゑまれぬさるはものわらひなとす ましくすくしつゝしつまれるかきりをとえりいたしてへいしなともとらせ給へ るにすちことなりけるましらひにて右大将民部卿なとのおほな〱かはらけと り給へるをあさましくとかめいてつゝをろすおほしかいもとあるしはなはたひ さうに侍りたうふかくはかりのしるしとあるなにかしをしらすしてやおほやけ にはつかうまつりたうふはなはたおこなりなといふに人〻みなほころひてわら ひぬれはまたなりたかしなりやまむはなはたひさう也さをひきてたちたうひな んなとをとしいふもいとおかしみならひ給はぬ人〻はめつらしくけうありと" }, { "vol": 21, "page": 671, "text": "おもひこのみちよりいてたち給へるかむたちめなとはしたりかほにうちほゝゑ みなとしつゝかゝるかたさまをおほしこのみて心さし給かめてたきことゝいと ゝかきりなくおもひきこえ給へりいさゝかものいふをもせいすなめけなりとて もとかむかしかましうのゝしりをるかほともゝ夜にいりては中〱いますこし けちえんなるほかけにさるかうかましくわひしけに人わるけなるなとさま〱 にけにいとなへてならすさまことなるわさなりけりおとゝはいとあされかたく なゝる身にてけうさうしまとはかされなんとの給てみすのうちにかくれてそ御 らむしけるかすさたまれる座につきあまりてかへりまかつる大かくのしうとも あるをきこしめしてつり殿のかたにめしとゝめてことにものなとたまはせけり ことはてゝまかつるはかせさい人ともめしてまた〱ふみつくらせ給かむたち め殿上人もさるへきかきりをはみなとゝめさふらはせ給はかせの人〱は四ゐ んたゝの人はおとゝをはしめたてまつりて絶句つくり給興ある題のもしえりて 文章博士たてまつるみしかきころの夜なれはあけはてゝそかうする左中弁かう しつかうまつるかたちいときよけなる人のこはつかひもの〱しく神さひてよ" }, { "vol": 21, "page": 672, "text": "みあけたるほとおもしろしおほえ心ことなるはかせなりけりかゝるたかきいゑ にむまれ給てせかいのゑい花にのみたはふれ給へき御身をもちてまとのほたる をむつひえたの雪をならし給心さしのすくれたるよしをよろつのことによそへ なすらへて心〱につくりあつめたるくことにおもしろくもろこしにももてわ たりつたへまほしけなる夜のふみともなりとなむそのころ世にめてゆすりける おとゝの御はさらなりおやめきあはれなることさへすくれたるを涙おとしてす しさわきしかと女のえしらぬことまねふはにくきことをとうたてあれはもらし つうちつゝきにうかくといふことせさせ給てやかてこの院の内に御さうしつく りてまめやかにさえふかき師にあつけきこえ給てそかくもんせさせたてまつり 給ける大宮の御もとにもおさ〱まうて給はすよるひるうつくしみてなをちこ のやうにのみもてなしきこえ給へれはかしこにてはえものならひ給はしとてし つかなる所にこめたてまつり給へるなりけり一月に三たひはかりをまいり給へ とそゆるしきこえ給けるつとこもりゐ給ていふせきまゝに殿をつらくもおはし ますかなかくくるしからてもたかきくらゐにのほり世にもちゐらるゝ人はなく" }, { "vol": 21, "page": 673, "text": "やはあると思きこえ給へとおほかたの人からまめやかにあためきたる所なくお はすれはいとよくねんしていかてさるへきふみともとくよみはてゝましらひも し世にもいてたらんと思てたゝ四五月のうちに史記なといふふみよみはて給て けりいまは寮試うけさせむとてまつ我御まへにて心みさせ給れいの大将左大弁 式部大輔左中弁なとはかりして御師の大内記をめして史記のかたきまき〱れ うしうけんにはかせのかへさふへきふし〱をひきいてゝひとわたりよませた てまつり給にいたらぬくもなくかた〱にかよはしよみ給へるさまつましるし のこらすあさましきまてありかたけれはさるへきにこそおはしけれとたれも 〱涙おとし給大将はましてこおとゝおはせましかはときこえいてゝなき給殿 もえ心つようもてなし給はす人のうへにてかたくなゝりとみきゝ侍しを子のお となふるにおやのたちかはりしれゆくことはいくはくならぬよはひなからかゝ る世にこそ侍けれなとの給ひてをしのこひ給をみる御師の心ちうれしくめいほ くありとおもへり大将さかつきさし給へはいたうゑいしれておるかほつきいと やせ〱なり世のひかものにてさえのほとよりはもちゐられすゝけなくて身ま" }, { "vol": 21, "page": 674, "text": "つしくなむありけるを御らんしうる所ありてかくとりわきめしよせたるなりけ り身にあまるまて御かへりみを給りてこの君の御とくにたちまちに身をかへた ると思へはましてゆくさきはならふ人なきおほえにそあらんかし大かくにまい り給日はれうもんにかむたちめの御くるまともかすしらすつとひたりおほかた 世にのこりたるあらしとみえたるに又なくもてかしつかれてつくろはれいり給 へるくわさの君の御さまけにかゝるましらひにはたへすあてにうつくしけなり れいのあやしきものとものたちましりつゝきいたる座のすゑをからしとおほす そいとことはりなるやこゝにてもまたおろしのゝしるものともありてめさまし けれとすこしもおくせすよみはて給つむかしおほえて大かくのさかゆるころな れはかみなかしもの人我も〱とこのみちに心さしあつまれはいよ〱世のな かにさえありはか〱しき人おほくなんありける文人擬生なといふなる事とも よりうちはしめすか〱しうはて給へれはひとへに心にいれて師もてしもいと ゝはけみまし給殿にもふみつくりしけくはかせさい人ともところえたりすへて なに事につけてもみち〱の人のさえのほとあらはるゝ世になむありけるかく" }, { "vol": 21, "page": 675, "text": "てきさきゐ給へきを斎宮女御をこそはゝは宮もうしろみとゆつりきこえ給しか はとおとゝもことつけ給源氏のうちしきりきさきにゐ給はんこと世の人ゆるし きこえすこうきてんのまつ人よりさきにまいり給にしもいかゝなとうち〱に こなたかなたに心よせきこゆる人〱おほつかなかりきこゆ兵部卿宮ときこえ しはいまは式部卿にてこの御時にはましてやんことなき御おほえにておはする 御むすめほいありてまいり給へりおなしこと王女御にてさふらひ給をおなしく は御はゝかたにてしたしくおはすへきにこそははゝきさきのをはしまさぬ御か はりのうしろみにとことよせてにつかはしかるへくとり〱におほしあらそひ たれとなをむめつほゐ給ぬ御さいはひのかくひきかへすくれ給へりけるを世の 人おとろききこゆおとゝ太政大臣にあかり給て大将内大臣になり給ぬよのなか のことゝもまつりこち給へくゆつりきこえ給人からいとすくよかにきら〱し くて心もちゐなともかしこくものしたまふかくもんをたてゝし給けれはゐんふ たきにはまけ給しかとおほやけことにかしこくなむはら〱に御ことも十よ人 おとなひつゝものし給ふもつき〱になりいてつゝおとらすさかへたる御いゑ" }, { "vol": 21, "page": 676, "text": "のうちなり女は女御といまひと所なむおはしけるわかんとをりはらにてあてな るすちはおとるましけれとそのはゝ君あせちの大納言の北方になりてさしむか へる子とものかすおほくなりてそれにませてのちのおやにゆつらむいとあいな しとてとりはなちきこえ給ひて大宮にそあつけきこえ給へりける女御にはこよ なく思おとしきこえ給つれと人からかたちなといとうつくしくそおはしける冠 者の君ひとつにておひいて給しかとをの〱とおにあまり給てのちは御かたこ とにてむつましき人なれとおのこゝにはうちとくましき物なりとちゝおとゝき こえ給てけとをくなりにたるをおさな心ちに思ふことなきにしもあらねははか なき花もみちにつけてもひゝなあそひのついせうをもねんころにまつはれあり きて心さしをみえきこえ給へはいみしうおもひかはしてけさやかにはいまもは ちきこえたまはす御うしろみともゝなにかはわかき御心とちなれはとしころみ ならひ給へる御あはひをにわかにもいかゝはもてはなれはしたなめはきこえん とみるに女君こそなに心なくおはすれとおとこはさこそものけなきほとゝみき こゆれおほけなくいかなる御なからひにかありけんよそ〱になりてはこれを" }, { "vol": 21, "page": 677, "text": "そしつ心なくおもふへきまたかたおいなるてのおいさきうつくしきにてかきか はしたまへるふみともの心おさなくてをのつからおちゝるおりあるを御かたの 人〱はほの〱しれるもありけれとなにかはかくこそとたれにもきこえんみ かくしつゝあるなるへしところ〱の大きやうともゝはてゝ世中の御いそきも なくのとやかになりぬるころしくれうちしておきのうは風もたゝならぬ夕くれ に大宮の御かたにうちのおとゝまいり給てひめ君わたしきこえ給て御ことなと ひかせたてまつり給宮はよろつのものゝ上すにおはすれはいつれもつたへたて まつり給ひはこそ女のしたるににくきやうなれとらう〱しきものに侍れいま の世にまことしうつたへたる人おさ〱侍らすなりにたりなにのみこくれの源 氏なとかそへ給て女のなかにはおほきおとゝの山さとにこめをき給へる人こそ いと上手ときゝ侍れものゝ上すのゝちに侍れとすゑになりて山かつにてとしへ たる人のいかてさしもひきすくれけんかのおとゝいと心ことにこそ思ひてのた まふおり〱侍れこと事よりはあそひのかたのさえはなをひろうあはせかれこ れにかよはし侍こそかしこけれひとりことにて上すとなりけんこそめつらしき" }, { "vol": 21, "page": 678, "text": "ことなれなとのたまひて宮にそゝのかしきこえ給へはちうさすことうゐ〱し くなりにけりやとの給へとおもしろうひきたまふさいはひにうちそへて猶あや しうめてたかりける人なりやおいのよにもたまつらぬ女こをまうけさせたてま つりてみにそへてもやつしゐたらすやむことなきにゆつれる心おきてこともな かるへき人なりとそきゝ侍なとかつ御ものかたりきこえ給女はたゝ心はせより こそ世にもちゐらるゝ物に侍けれなと人のうへのたまひゐてゝ女御をけしうは あらすなに事も人におとりてはおひいてすかしと思給しかと思はぬひとにをさ れぬるすくせになん世はおもひのほかなるものとおもひ侍ぬるこの君をたにい かて思ふさまにみなし侍らんとう宮の御けんふくたゝいまのことになりぬるを と人しれす思ふ給へ心さしたるをかういふさいわい人のはらのきさきかねこそ 又をひすきぬれたちいて給へらんにましてきしろふ人ありかたくやとうちなけ き給へはなとかさしもあらむこのいゑにさるすちの人いてものし給はてやむや うあらしとこおとゝのおもひ給て女御の御ことをもゐたちいそき給しものをお はせましかはかくもてひかむることもなからましなとこの御ことにてそおほき" }, { "vol": 21, "page": 679, "text": "おとゝもうらめしけにおもひきこえたまへるひめ君の御さまのいときひはにう つくしうてさうの御ことひき給を御くしのさかりかむさしなとのあてになまめ かしきをうちまもり給へはゝちらひてすこしそはみ給へるかたはらめつらつき うつくしけにてとりゆのてつきいみしうつくりたるものゝ心ちするを宮もかき りなくかなしとおほしたりかきあはせなとひきすさひ給ておしやり給つおとゝ わこむひきよせ給てりちのしらへのなかなかいまめきたるをさる上すのみたれ てかいひき給へるいとおもしろしおまへの木すゑほろ〱とのこらぬにおいこ たちなとこゝかしこの御木丁のうしろにかしらをつとへたり風のちからけたし すくなしとうちすし給て琴のかむならねとあやしくものあはれなる夕かな猶あ そはさんやとて秋風楽にかきあはせてさうかし給へるこゑいとおもしろけれは みなさま〱おとゝをもいとうつくしとおもひきこえ給にいとゝそへむとにや あらむ冠者の君まいり給へりこなたにとて御木丁へたてゝいれたてまつり給へ りおさ〱たいめむもえたまはらぬかなゝとかくこの御かくもんのあなかちな らんさえのほとよりあまりすきぬるもあちきなきわさとおとゝもおほししれる" }, { "vol": 21, "page": 680, "text": "ことなるをかくをきてきこえ給やうあらんとは思たまへなからかうこもりおは することなむ心くるしう侍ときこえ給てとき〱はことわさし給へふゑのねに もふることはつたはるものなりとて御ふゑたてまつり給いとわかうおかしけな るねにふきたてゝいみしうおもしろけれは御ことゝもをはしはしとゝめておと ゝはうしおとろ〱しからすうちならし給てはきか花すりなとうたひ給大殿も かやうの御あそひに心とゝめ給ていそかしき御まつりことゝもをはのかれ給な りけりけにあちきなきよに心のゆくわさをしてこそすくし侍なまほしけれなと の給て御かはらけまいり給にくらうなれは御となふらまいり御ゆつけくたもの なとたれも〱きこしめす姫君はあなたにわたしたてまつり給つしいてけとを くもてなし給ひ御ことのねはかりをもきかせたてまつらしといまはこよなくへ たてきこえ給をいとをしきことありぬへき世なるこそとちかうつかうまつる大 宮の御かたのねひ人ともさゝめきけりおとゝいて給ぬるやうにてしのひて人に ものゝたまふとてたち給へりけるをやおらかいほそりていて給みちにかゝるさ ゝめきことをするにあやしうなり給て御みゝとゝめ給へはわか御うへをそいふ" }, { "vol": 21, "page": 681, "text": "かしこかり給へと人のおやよをのつからおれたることこそいてくへかめれ子を しるといふはそら事なめりなとそつきしろふあさましくもあるかなされはよお もひよらぬことにはあらねといはけなきほとにうちたゆみて世はうき物にもあ りけるかなとけしきをつふ〱と心え給へとをともせていて給ぬ御さきをふこ ゑのいかめしきにそ殿はいまこそいてさせ給けれいつれのくまにおはしましつ らんいまさへかゝるあたけこそといひあへりさゝめきことの人〱はいとかう はしきかのうちそよめきいてつるは火さの君のおはしつるとこそ思ひつれあな むくつけやしりうことやほのきこしめしつらんわつらはしき御心をとわひあへ り殿はみちすからおほすにいとくちおしくあしきことにはあらねとめつらしけ なきあはひに世人も思いふへきことおとゝのしゐて女御をゝししつめ賜もつら きにわくらはに人にまさる事もやとこそ思ひつれねたくもあるかなとおほす殿 の御なかのおほかたにはむかしもいまもいとよくおはしなからかやうのかたに てはいとみきこえ給ひしなこりもおほしいてゝ心うけれはねさめかちにてあか し給大宮をもさやうのけしきには御らんすらんものをよになくかなしくし賜御" }, { "vol": 21, "page": 682, "text": "むまこにてまかせてみたまふならんと人〱のいひしけしきをねたしとおほす に御心うこきてすこしをゝしくあさやきたる御心にはしつめかたし二日はかり ありてまいり給へりしきりにまいり給ときは大宮もいと御心ゆきうれしきもの におほゐたり御あまひたいひきつくろひうるはしき御こうちきなとたてまつり そへてこなからはつかしけにおはする御人さまなれはまおならすそみえたてま つり給おとゝ御けしきあしくてこゝにさふらふもはしたなく人〻いかにみ侍ら んと心をかれにたりはか〱しきみにはへらねと世に侍らんかきり御めかれす 御らんせられおほつかなきへたてなくとこそ思ひ給ふれよからぬものゝうへに てうらめしと思ひきこえさせつへきことのいてまうてきたるをかうも思ふ給へ しとかつはおもひ給れとなをしつめかたくおほえ侍てなんと涙をしのこひ給に 宮けさうし給える御かほの色たかひて御めもおほきになりぬいかやうなること にてかいまさらのよはひのすゑに心をきてはおほさるらんときこえ給もさすか にいとおしけれとたのもしき御かけにおさなきものをたてまつりをきて身つか らをは中〱おさなくよりみたまへもつかすまつめにちかきかましらひなとは" }, { "vol": 21, "page": 683, "text": "か〱しからぬをみたまえなけきいとなみつゝさりとも人となさせ給てんとた のみわたり侍つるにおもはすなることの侍けれはいとくちをしうなんまことに あめのしたならふ人なきいうそくにはものせらるめれとしたしきほとにかゝる は人のきゝおもふところもあはつけきやうになむなにはかりのほとにもあらぬ なからひにたにし侍るをかの人の御ためにもいとかたはなることなりさしはな れきら〱しうめつらしけあるあたりにいまめかしうもてなさるゝこそおかし けれゆかりむつひねちけかましきさまにておとゝもきゝおほすところ侍なんさ るにてもかゝることなんとしらせ給てことさらにもてなしすこしゆかしけある ことをませてこそ侍らめおさなき人〻の心にまかせて御らんしはなちけるを心 うく思ふ給ふなときこえ給にゆめにもしり給はぬことなれはあさましうおほし てけにかうの給もことはりなれとかけてもこの人〱のしたの心なんしり侍ら さりけるけにいとくちをしきことはこゝにこそましてなけくへく侍れもろとも につみをおほせ給はうらめしきことになんみたてまつりしより心ことに思ひ侍 てそこにおほしいたらぬことをもすくれたるさまにもてなさむとこそ人しれす" }, { "vol": 21, "page": 684, "text": "思ひ侍れものけなき程を心のやみにまとひていそきものせんとはおもひよらぬ ことになんさてもたれかはかゝることはきこえけんよからぬよの人のことにつ きてきはたけくおほしの給もあちきなくむなしきことにて人の御なやけかれん とのたまへはなにのうきたる事にか侍らんさふらふめる人〱もかつはみなも ときわらふへかめるものをいとくちをしくやすからす思ふたまへらるゝやとて たち給ぬ心しれるとちはいみしういとおしくおもふ一夜のしりうことの人 〱はまして心ちもたかひてなにゝかゝるむつものかたりをしけんと思なけき あへり姫君はなに心もなくておはするにさしのそき給へれはいとらうたけなる 御さまをあはれにみたてまつり給わかき人といひなから心おさなくものし給け るをしらていとかく人なみ〱に思ける我こそまさりてはかなかりけれとて御 めのとゝもをさいなみたまふにきこえんかたなしかやうの事はかきりなきみか との御いつきむすめもをのつからあやまつためしむかし物かたりにもあめれと けしきをしりつたふる人さるへきひまにてこそあらめこれはあけくれたちまし り給てとしころをはしましつるをなにかはいはけなき御ほとを宮の御もてなし" }, { "vol": 21, "page": 685, "text": "よりさしすくしてもへたてきこえさせんとうちとけてすくしきこえつるをおと としはかりよりはけさやかなる御もてなしになりにて侍めるにわかき人とても うちまきれはみいかにそやよつきたる人もおはすへかめるを夢にみたれたる所 おはしまさゝめれはさらに思よらさりけることゝをのかとちなけくよししはし かゝることもらさしかくれあるましきことなれと心をやりてあらぬことゝたに いひなされよいまかしこにわたしたてまつりてん宮の御心のいとつらきなりそ こたちはさりともいとかゝれとしもおもはれさりけんとの給へはいとおしきな かにもうれしくの給と思ひてあないみしや大納言殿にきゝ給はんことをさへ思 ひ侍れはめてたきにてもたゝ人のすちはなにのめつらしさにか思ひたまへかけ んときこゆ姫君はいとおさなけなる御さまにてよろつに申給へともかひあるへ きにもあらねはうちなき給ていかにしてかいたつらになり給ましきわさはすへ からんとしのひてさるへきとちの給て大宮をのみそうらみきこえ給宮はいと 〱おしとおほすなかにもおとこ君の御かなしさはすくれ給にやあらんかゝる 心のありけるもうつくしうおほさるゝになさけなくこよなきことのやうにおほ" }, { "vol": 21, "page": 686, "text": "しのたまへるをなとかさしもあるへきもとよりいたう思つき給ことなくてかく まてかしつかんともおほしたゝさりしをわかゝくもてなしそめたれはこそ春宮 の御ことをもおほしかけためれとりはつしてたゝ人のすくせあらはこの君より ほかにまさるへき人やはあるかたちありさまよりはしめてひとしき人のあるへ きかはこれよりおよひなからんきはにもとこそおもへと我心さしのまされはに やおとゝをうらめしう思きこえ給御心のうちをみせたてまつりたらはましてい かにうらみきこえ給はんかくさはかるらんともしらてくわさの君まいり給へり 一夜も人めしけうて思ふことをもえきこえすなりにしかはつねよりもあはれに おほえ給けれは夕つかたおはしたるなるへし宮れいはせひしらすうちゑみてま ちよろこひきこえ給をまめたちて物かたりなときこえ給ついてに御ことにより 内のおとゝのえんしてものし給にしかはいとなんいとおしきゆかしけなきこと をしも思そめ給て人にものおもはせ給つへきか心くるしきことかうもきこえし と思へとさる心もしり給はてやとおもへはなんときこえ給へは心にかゝれるこ とのすちなれはふと思ひよりぬおもてあかみてなに事にか侍らんしつかなる所" }, { "vol": 21, "page": 687, "text": "にこもり侍にしのちともかくも人にましるおりなけれはうらみ給へきこと侍ら しとなん思たまふるとていとはつかしと思へるけしきをあはれに心くるしうて よしいまよりたによういし給へとはかりにてこと〱にいひなし給ふついとゝ ふみなともかよはんことのかたきなめりと思ふにいとなけかしうものまいりな とし給へとさらにまいらてねたまひぬるやうなれと心も空にて人しつまる程に なかさうしをひけとれいはことにさしかためなともせぬをつとさして人のをと もせすいと心ほそくおほえてさうしによりかゝりてゐたまへるに女君もめをさ まして風のをとのたけにまちとられてうちそよめくにかりのなきわたるこゑの ほのかにきこゆるにおさなき心ちにもとかくおほしみたるゝにや雲井のかりも 我ことやとひとりこち給ふけはひわかうらうたけなりいみしう心もとなけれは これあけさせ給へ小侍従やさふらふとの給へとをともせす御めのとこなりけり ひとりことをきゝ給けるもはつかしうてあいなく御かほもひきいれ給へとあは れはしらぬにしもあらぬそにくきやめのとたちなとちかくふしてうちみしろく もくるしけれはかたみにをともせす" }, { "vol": 21, "page": 688, "text": "さ夜中にともよひわたるかりかねにうたてふきそふ荻のうはかせ身にしみ けるかなとおもひつゝけて宮のおまへにかへりてなけきかちなるも御めさめて やきかせ給らんとつゝましくみしろきふし給へりあいなく物はつかしうてわか 御かたにとくいてゝ御ふみかき給へれとこしゝうもえあい給はすかの御かたさ まにもえいかすむねつふれておほえ給女はたさはかれ給しことのみはつかしう て我身やいかゝあらむ人やいかゝおもはんともふかくおほしいれすおかしうら うたけにてうちかたらふさまなとをうとましとも思はなれ給はさりけり又かう さはかるへきことともおほさゝりけるを御うしろみともゝいみしうあはめきこ ゆれはえこともかよはし給はすおとなひたる人やさるへきひまをもつくりいつ らむおとこ君もいますこし物はかなきとしのほとにてたゝいとくちおしとのみ 思ふおとゝはそのまゝにまいりたまはす宮をいとつらしとおもひきこえ給北の 方にはかゝる事なんとけしきもみせたてまつり給はすたゝおほかたいとむつか しき御けしきにて中宮のよそおひことにてまいり給へるに女御の世中おもひし めりてものし給を心くるしうむねいたきにまかてさせたてまつりて心やすくう" }, { "vol": 21, "page": 689, "text": "ちやすませたてまつらんさすかにうへにつとさふらはせ給てよるひるおはしま すめれはある人〻も心ゆるゐせすくるしうのみわふめるにとの給てにはかにま かてさせたてまつり給御いとまもゆるされかたきをうちむつかりたまてうへは しふ〱におほしめしたるをしゐて御むかへし給つれ〱におほされんをひめ 君わたしてもろともにあそひなとし給へ宮にあつけたてまつりたるうしろやす けれといとさくしりおよすけたる人たちましりてをのつからけちかきもあいな きほとになりにたれはなんときこえ給てにはかにわたしきこえ給宮いとあへな しとおほしてひとりものせられし女なくなり給てのちいとさうさうしく心ほそ かりしにうれしうこの君をえていけるかきりのかしつきものと思ひてあけくれ につけておいのむつかしさもなくさめんとこそおもひつれおもひのほかにへた てありておほしなすもつらくなときこえたまへはうちかしこまりて心にあかす おもふたまへらるゝ事はしかなんおもふたまへらるゝとはかりきこえさせしに なむふかくへたて思たまふることはいかてか侍らむうちにさふらふか世の中う らめしけにてこの頃まかてゝ侍るにいとつれ〱におもひてくし侍れは心くる" }, { "vol": 21, "page": 690, "text": "しうみ給ふるをもろともにあそひわさをもしてなくさめよとおもふたまへてな むあからさまにものし侍とてはくくみ人となさせたまへるをゝろかにはよも思 ひきこえさせしと申給へはかうおほしたちにたれはとゝめきこえさせ給ふとも おほしかへすへき御心ならぬにいとあかすくちおしうおほされて人の心こそう きものはあれとかくをさなき心ともにも我にへたてゝうとましかりけることよ 又さもこそあらめおとゝのものゝ心をふかうしり給なからわれをえんしてかく ゐてわたしたまふことかしこにてこれよりうしろやすきこともあらしとうちな きつゝの給おりしもくわさの君まいり給へりもしいさゝかのひまもやとこのこ ろはしけうほのめき給なりけり内のおとゝの御くるまのあれは心のおにゝはし たなくてやをらかくれて我御かたにいりゐ給へり内の大とのゝきんたち左少将 少納言兵衛佐侍従たいふなといふもみなこゝにはまいりつとひたれとみすのう ちはゆるしたまはす左兵衛督権中納言なともこと御はらなれと故殿の御もてな しのまゝにいまもまいりつかうまつり給ことねんころなれはその御こともゝさ ま〱まいり給へとこの君にゝるにほひなくみゆ大宮の御心さしもなすらひな" }, { "vol": 21, "page": 691, "text": "くおほしたるをたゝこのひめ君をそけちかうらうたきものとおほしかしつきて 御かたはらさけすうつくしきものにおほしたりつるをかくてわたり給なんかい とさう〱しきことをおほすとのはいまのほとにうちにまいり侍りて夕つかた むかへにまいり侍らんとていて給ぬいふかひなきことをなたらかにいひなして さてもやあらましとおほせと猶いと心やましけれは人の御程のすこしもの〱 しくなりなんにかたはならすみなしてその程心さしのふかさあさゝのおもむき をもみさためてゆるすともことさらなるやうにもてなしてこそあらめせいしい さむともひと所にてはおさなき心のまゝにみくるしうこそあらめ宮もよもあな かちにせいし給ことあらしとおほせは女御の御つれ〱にことつけてこゝにも かしこにもおいらかにいひなしてわたし給なりけり宮の御ふみにておとゝこそ うらみもしたまはめ君はさりとも心さしのほともしり給らんわたりてみえ給へ ときこえたまへれはいとをかしけにひきつくろひてわたり給へり十四になんお はしけるかたなりにみえ給へといとこめかしうしめやかにうつくしきさまし給 へりかたはらさけたてまつらすあけくれのもてあそひものに思ひきこえつるを" }, { "vol": 21, "page": 692, "text": "いとさうさうしくもあるへきかなのこりすくなきよはひのほとにて御ありさま をみはつましきことゝいのちをこそ思ひつれいま更にみすてゝうつろひ給やい つちならむとおもへはいとこそあはれなれとてなきたまふひめ君はゝつかしき ことをおほせはかほもゝたけ給はてたゝなきにのみなき給おとこ君の御めのと さい将の君いてきておなしきみとこそたのみきこえさせつれくちおしくかくわ たらせ給こと殿はことさまにおほしなることおはしますともさやうにおほしな ひかせ給ななとさゝめききこゆれはいよ〱はつかしとおほしてものもの給は すいてむつかしきことなきこえられそ人の御すくせすくせいとさためかたくと の給ふいてやものけなしとあなつりきこえさせ給に侍めりかしさりともけにわ か君人におとりきこえさせ給ときこしめしあはせよとなま心やましきまゝにい ふくわさの君ものゝうしろにいりゐてみ給に人のとかめむもよろしき時こそく るしかりけれいと心ほそくてなみたおしのこひつゝおはするけしきを御めのと いと心くるしうみて宮にとかくきこえたはかりて夕まくれの人のまよひにたい めむせさせ給へりかたみにものはつかしくむねつふれてものもいはてなき給お" }, { "vol": 21, "page": 693, "text": "とゝの御心のいとつらけれはさはれ思ひやみなんとおもへとこひしうおはせむ こそわりなかるへけれなとてすこしひまありぬへかりつるひころよそにへたて つらむとの給さまもいとわかうあはれけなれはまろもさこそはあらめとの給恋 しとはおほしなんやとの給へはすこしうなつき給さまもおさなけなり御となふ らまいり殿まかて給けはひこちたくをひのゝしる御さきのこゑに人〻そゝやな とをちさはけはいとおそろしとおほしてわなゝき給さもさはかれはとひたふる 心にゆるしきこえ給はす御めのとまいりてもとめたてまつるにけしきをみてあ な心つきなやけに宮しらせ給はぬ事にはあらさりけりとおもふにいとつらくい てやうかりけるよかなとのゝおほしの給事はさらにもきこえす大納言殿にもい かにきかせ給はんめてたくともものゝはしめの六位すくせよとつふやくもほの きこゆたゝこのひやうふのうしろにたつねきてなけくなりけりおとこ君我をは くらゐなしとてはしたなむるなりけりとおほすに世の中うらめしけれはあはれ もすこしさむる心地してめさましかれきゝたまへ くれなゐのなみたにふかき袖の色をあさみとりにやいひしほるへきはつか" }, { "vol": 21, "page": 694, "text": "しとのたまへは いろ〱に身のうきほとのしらるゝはいかにそめける中のころもそともの の給はてぬに殿いり給へはわりなくてわたり給ぬおとこ君はたちとまりたる心 ちもいと人わるくむねふたかりて我御かたにふし給ぬ御車三はかりにてしのひ やかにいそきいてたまふけはひをきくもしつ心なけれは宮のおまへよりまいり 給へとあれとねたるやうにてうこきもし給はす涙のみとまらねはなけきあかし てしものいとしろきにいそきいて給ふうちはれたるまみも人にみえんかはつか しきに宮はためしまつはすへかめれは心やすき所にとていそきいて給なりけり みちのほと人やりならす心ほそく思ひつゝくるに空のけしきもいたうくもりて またくらかりけり しもこほりうたてむすへるあけくれのそらかきくらしふるなみたかな大殿 にはことし五節たてまつり給なにはかりの御いそきならねとわらはへのさうそ くなとちかうなりぬとていそきせさせ給ふひんかしの院にはまいりの夜の人〻 のさうそくせさせ給ふ殿には大かたのことゝも中宮よりもわらはしもつかへの" }, { "vol": 21, "page": 695, "text": "れうなとえならてたてまつれ給へりすきにしとし五節なととまれりしかさう 〱しかりしつもりとりそへうへ人の心ちもつねよりもはなやかにおもふへか めるとしなれは所〻いとみていといみしくよろつをつくし給きこえあり按察大 納言左衛門督うへの五節にはよしきよいまはあふみのかみにて左中弁なるなん たてまつりけるみなとゝめさせ給て宮つかへすへくおほせことことなるとしな れはむすめををの〱たてまつり給殿のまひひめはこれみつのあそんのつのか みにて左京大夫かけたるか女かたちなといとをかしけなるきこえあるをめすか らい事に思ひたれと大納言のほかはらのむすめをたてまつらるなるにあそんの いつきむすめいたしたてたらむなにのはちかあるへきとさいなめはわひておな しくは宮つかへやかてせさすへく思をきてたりまひならはしなとはさとにてい とようしたてゝかしつきなとしたしふ身にそふへきはいみしうえりとゝのへて その日の夕つけてまいらせたり殿にも御かた〱のわらはしもつかへのすくれ たるをと御らんしくらへえりいてらるゝ心ちともはほと〱につけていとおも たゝしけなり御前にめして御らんせむうちならしに御まへをわたらせてとさた" }, { "vol": 21, "page": 696, "text": "め給すつへうもあらすとり〱なるわらはへのやうたいかたちをおほしわつら ひていま一ところのれうをこれよりたてまつらはやなとわらひ給たゝもてなし よういによりてそえらひにいりける大かくの君むねのみふたかりてものなとも みいれられすくむしいたくてふみもよまてなかめふし給へるを心もやなくさむ とたちいてゝまきれありき給さまかたちはめてたくをかしけにてしつやかにな まめい給へれはわかき女房なとはいとをかしとみたてまつるうへの御かたには みすのまへにたにものちかうもゝてなし給はすわか御心ならひいかにおほすに かありけむうと〱しけれはこたちなともけとをきをけふはものゝまきれにい りたち給へるなめりまい姫かしつきおろしてつまとのまにひやうふなとたてゝ かりそめのしつらひなるにやをらよりてのそき給へはなやましけにてそひふし たりたゝかの人の御ほとゝみえていますこしそひやかにやうたいなとのことさ らひをかしき所はまさりてさへみゆくらけれはこまかにはみえねとほとのいと よくおもひいてらるゝさまに心うつるとはなけれとたゝにもあらてきぬのすそ をひきならい給になに心もなくあやしとおもふに" }, { "vol": 21, "page": 697, "text": "あめにますとよをかひめのみや人もわか心さすしめをわするなおとめこか 袖ふる山のみつかきのとのたまふそうちつけなりけるわかうをかしきこゑなれ とたれともえ思ひたとられすなまむつかしきにけさうしそふとてさはきつるう しろみともちかうよりて人さはかしうなれはいとくちをしうてたちさり給ぬあ さきの心やましけれはうちへまいる事もせすものうかり給を五節にことつけて なをしなとさまかはれる色ゆるされてまいり給きひはにきよらなるものからま たきにおよすけてされありき給みかとよりはしめたてまつりておほしたるさま なへてならす世にめつらしき御おほえなり五節のまいるきしきはいつれともな く心〻にになくし給へるをまひゝめのかたち大殿と大納言殿とはすくれたりと めてのゝしるけにいとをかしけなれとこゝしううつくしけなることはなを大殿 のにはえおよふましかりけりものきよけにいまめきてそのものともみゆましう したてたるやうたいなとのありかたうをかしけなるをかうほめらるゝなめりれ いのまゐひめともよりはみなすこしおとなひつゝけに心ことなるとしなり殿ま いり給て御らんするにむかし御めとまり給しおとめのすかたをほしいつたつの" }, { "vol": 21, "page": 698, "text": "日のくれつかたつかはす御ふみのうち思ひやるへし おとめ子も神さひぬらしあまつ袖ふるき世のともよはひへぬれはとし月の つもりをかそへてうちおほしけるまゝのあはれをえしのひたまはぬはかりのを かしうおほゆるもはかなしや かけていへはけふのことゝそおもほゆる日影のしもの袖にとけしもあをす りのかみよくとりあへてまきらはしかいたるこすみうすすみさうかちにうちま せみたれたるも人のほとにつけてはをかしと御らんす冠者の君も人のめとまる につけても人しれすおもひありき給へとあたりちかくたによせすいとけゝしう もてなしたれはものつゝましきほとの心にはなけかしうてやみぬかたちはしも いと心につきてつらき人のなくさめにもみるわさしてんやとおもふやかてみな とめさせ給て宮つかへすへき御けしきありけれとこのたひはまかてさせてあふ みのはからさきのはらへつのかみはなにはといとみてまかてぬ大納言もことさ らにまいらすへきよしそうせさせ給左衛門督その人ならぬをたてまつりてとか めありけれとそれもとゝめさせ給つのかみは内侍のすけあきたるにとまうさせ" }, { "vol": 21, "page": 699, "text": "たれはさもやいたはらましと大殿もおほいたるをかの人はきゝ給ていとくちお しとおもふわかとしのほとくらゐなとかくものけなからすはこひみてまし物を おもふ心ありとたにしられてやみなん事とわさとのことにはあらねとうちそへ てなみたくまるゝおり〱ありせうとのわらは殿上するつねにこの君にまいり つかうまつるをれいよりもなつかしうかたらひ給て五節はいつかうちへまいる ととひ給ことしとこそはきゝ侍れときこゆかほのいとよかりしかはすゝろにこ そ恋しけれましかつねにみるらむもうらやましきをまたみせてんやとの給へは いかてかさは侍らん心にまかせてもえみ侍らすをのこはらからとてちかくもよ せ侍らねはましていかてかきんたちには御らんせさせんときこゆさらはふみを たにとてたまへりさき〱かやうの事はいふものをとくるしけれとせめてたま へはいとおしうてもていぬとしのほとよりはされてやありけんをかしとみけり みとりのうすやうのこのましきかさねなるにてはまたいとわかけれとおいさき みえていとをかしけに 日影にもしるかりけめやをとめこかあまのは袖にかけし心はふたりみる程" }, { "vol": 21, "page": 700, "text": "にちゝぬしふとよりきたりおそろしうあきれてえひきかくさすなそのふみそと てとるにおもてあかみてゐたりよからぬわさしけりとにくめはせうとにけてい くをよひよせてたかそとゝへはとのゝくわさの君のしか〱のたまうて給へる といへはなこりなくうちえみていかにうつくしき君の御され心なりきんちらは おなしとしなれといふかひなくはかなかめりかしなとほめてはゝ君にもみすこ の君たちのすこし人かすにおほしぬへからましかは宮つかへよりはたてまつり てまし殿の御心をきてみるにみそめ給てん人を御心とはわすれ給ふましきとこ そいとたのもしけれあかしの入道のためしにやならましなといへとみないそき たちにたりかの人はふみをたにえやり給はすたちまさるかたのことし心にかゝ りてほとふるまゝにわりなくこひしきおもかけにまたあひみてやと思ふよりほ かのことなし宮の御もとへあいなく心うくてまいり給はすおはせしかたとしこ ろあそひなれし所のみ思ひいてらるゝ事まされはさとさへうくおほえ給つゝま たこもりゐ給へり殿はこのにしのたいにそきこえあつけたてまつり給ける大宮 の御世ののこりすくなけなるをおはせすなりなんのちもかくおさなきほとより" }, { "vol": 21, "page": 701, "text": "みならしてうしろみおほせときこへ給へはたゝの給まゝの御心にてなつかしう あはれに思ひあつかひたてまつり給ほのかになとみたてまつるにもかたちのま ほならすもおはしけるかなかゝる人をも人はおもひすて給はさりけりなと我あ なかちにつらき人の御かたちを心にかけて恋しとおもふもあちきなしや心はへ のかやうにやはらかならむ人をこそあひおもはめと思ふまたむかひてみるかひ なからんもいとをしけなりかくてとしへ給にけれと殿のさやうなる御かたち御 心とみ給うてはまゆふはかりのへたてさしかくしつゝなにくれともてなしまき らはし給めるもむへなりけりと思心のうちそはつかしかりける大宮のかたちこ とにおはしませとまたいときよらにおはしこゝにもかしこにも人はかたちよき ものとのみめなれ給へるをもとよりすくれさりける御かたちのやゝさたすきた る心地してやせやせに御くしすくなゝるなとかかくそしらはしきなりけりとし のくれにはむ月の御さうそくなと宮はたゝこの君ひと所の御ことをましること なういそいたまふあまたくたりいときよらにしたてたまへるをみるもものうく のみおほゆれはついたちなとにはかならすしも内へまいるましう思ひ給ふるに" }, { "vol": 21, "page": 702, "text": "なにゝかくいそかせ給らんときこえ給へはなとてかさもあらんおひくつをれた らむ人のやうにもの給かなとの給へはおいねとくつをれたる心ちそするやとひ とりこちてうちなみたくみてゐ給へりかのことを思ならんといと心くるしうて 宮もうちひそみ給ぬおとこはくちおしきゝはのひとたに心をたかうこそつかう なれあまりしめやかにかくなものし給そなにとかゝうなかめかちに思ひいれ給 へきゆゝしうとの給もなにかは六位なと人のあなつり侍めれはしはしのことゝ はおもふたまふれと内へまいるも物うくてなんこおとゝおはしまさましかはた はふれにても人にはあなつられ侍らさらましものへたてぬおやにおはすれとい とけゝしうさしはなちておほいたれはおはしますあたりにたやすくもまいりな れ侍らすひんかしの院にてのみなんおまへちかく侍るたいの御かたこそあはれ にものし給へおやいまひと所おはしまさましかはなに事を思ひ侍らましとてな みたのおつるをまきらはい給へるけしきいみしうあはれなるに宮はいとゝほろ 〱となき給てはゝにもをくるゝ人はほと〱につけてさのみこそあはれなれ とをのつからすくせ〱に人となりたちぬれはをろかにおもふもなきわさなる" }, { "vol": 21, "page": 703, "text": "を思ひいれぬさまにてものし給へこおとゝのいましはしたにものし給へかしか きりなきかけにはおなしことゝたのみきこゆれと思ふにかなはぬことのおほか るかな内のおとゝの心はへもなへての人にはあらすと世人もめていふなれとむ かしにかはることのみまさりゆくにいのちなかさもうらめしきにおいさきとを き人さへかくいさゝかにても世を思ひしめり給へれはいとなむよろつうらめし きよなるとてなきをはしますついたちにも大殿は御ありきしなけれはのとやか にておはしますよしふさのおとゝときこえけるいにしへのれいになすらへてあ をむまひきせちゑの日内のきしきをうつしてむかしのためしよりもことそへて いつかしき御ありさまなりきさらきの廿日あまりすさく院にきやうかうあり花 さかりはまたしき程なれとやよひは故宮の御忌月なりとくひらけたるさくらの いろもいとおもしろけれは院にも御よういことにつくろひみかゝせ給ひ行幸に つかうまつり給上達部みこたちよりはしめ心つかひし給へり人〻みなあを色に さくらかさねをき給みかとはあかいろの御そたてまつれりめしありておほきお とゝまいり給おなしあかいろをき給へれはいよ〱ひとつものとかゝやきてみ" }, { "vol": 21, "page": 704, "text": "えまかはせ給人〻のさうそくよういつねにことなり院もいときよらにねひまさ らせ給て御さまのよういなまめきたるかたにすゝませ給へりけふはわさとの文 人もめさすたゝそのさえかしこしときこえたるかく生十人をめす式部のつかさ の心みの題をなすらへて御たい給ふ大殿のたらう君の心み給へきなめりおくた かきものともはものもおほえすつなかぬふねにのりて池にはなれいてゝいとす へなけなり日やう〱くたりてかくの船ともこきまひて調子ともそうする程の 山かせのひゝきおもしろくふきあはせたるに火さの君はかうくるしき道ならて もましらひあそひぬへきものをと世中うらめしうおほえ給けり春鴬囀まふほと にむかしの花宴のほとおほしいてゝ院のみかとも又さはかりの事みてんやとの 給はするにつけてそのよの事あはれにおほしつゝけらるまひはつるほとにおと ゝ院に御かはらけまいり給 うくひすのさえつるこゑはむかしにてむつれし花のかけそかはれる院のう へ こゝのへをかすみへたつるすみかにも春とつけくる鴬のこゑ帥の宮ときこ" }, { "vol": 21, "page": 705, "text": "えしいまは兵部卿にていまのうへに御かはらけまいり給 いにしへをふきつたへたるふえ竹にさえつる鳥のねさへかはらぬあさやか にそうしなし給へるよういことにめてたしとらせ給て 鴬のむかしをこひてさえつるはこつたふ花の色やあせたるとの給はする御 ありさまこよなくゆへ〱しくおはしますこれは御わたくしさまにうち〱の ことなれはあまたにもなかれすやなりにけんまたかきおとしてけるにやあらん 楽所とをくておほつかなけれは御前に御ことゝもめす兵部卿の宮ひは内のおと ゝ和琴さうの御こと院の御まへにまいりて琴はれいのおほきおとゝに給はりた まふせめきこえ給さるいみしき上手のすくれたる御てつかひとものつくし給へ るねはたとへんかたなしさうかの殿上人あまたさふらふあなたうとあそひてつ きにさくら人月おほろにさしいてゝをかしきほとになかしまのはたりにこゝか しこかゝり火ともともしておほみあそひはやみぬ夜ふけぬれとかゝるつゐてに おほきさいの宮おはしますかたをよきてとふらひきこえさせ給はさらんもなさ けなけれはかへさにわたらせ給おとともろともにさふらひ給きさきまちよろこ" }, { "vol": 21, "page": 706, "text": "ひ給て御たいめんありいといたうさたすき給にける御けはひにもこ宮を思ひい てきこえ給てかくなかくおはしますたくひもおはしけるものをとくちおしうお もほすいまはかくふりぬるよはひによろつの事わすられ侍にけるをいとかたし けなくわたりおはしまいたるになんさらにむかしの御代のこと思ひいてられ侍 とうちなき給さるへき御かけともにをくれ侍てのちはるのけちめも思ひたまへ わかれぬをけふなむなくさめ侍ぬる又〱もときこえ給おとゝもさるへきさま にきこえてことさらにさふらひてなんときこえ給のとやかならてかへらせ給ひ ゝきにもきさきは猶むねうちさはきていかにおほしいつらむ世をたもち給へき 御すくせはけたれぬものにこそといにしへをくひおほす内侍のかんの君ものと やかにおほしいつるにあはれなる事おほかりいまもさるへきおり風のつてにも ほのめききこえ給ことたえさるへしきさきはおほやけにそうせさせ給ことある 時〻そ御たうはりのつかさかうふりなにくれの事にふれつゝ御心にかなはぬと きそいのちなかくてかゝる世のすゑをみることゝとりかへさまほしうよろつお ほしむつかりけるおひもておはするまゝにさかなさもまさりて院もくらへくる" }, { "vol": 21, "page": 707, "text": "しうたとへかたくそおもひきこえ給けるかくて大かくの君その日のふみうつく しうつくり給て進士になり給ぬ年つもれるかしこきものともをえらはせ給しか ときうたいの人わつかに三人なんありける秋のつかさめしにかうふりえて侍従 になり給ぬかの人の御ことわするゝ世なけれとおとゝのせちにまもりきこえ給 もつらけれはわりなくてなともたいめんし給はす御せうそこはかりさりぬへき たよりにきこえ給てかたみに心くるしき御なかなり大殿しつかなる御すまひを おなしくはひろく見所ありてこゝかしこにておほつかなき山さと人なとをもつ とへすませんの御心にて六条京極のわたりに中宮の御ふるき宮のほとりをよま ちをこめてつくらせ給式部卿宮あけんとしそ五十になり給ける御賀の事たいの うへおほしまうくるにおとゝもけにすくしかたきことゝもなりとおほしてさや うの御いそきもおなしくめつらしからん御いへゐにてといそかせ給年かへりて ましてこの御いそきのこと御としみのことかく人まひ人のさためなとを御心に いれていとなみ給経仏法事の日のさうそくろくなとをなんうへはいそかせ給け るひんかしの院にわけてし給ことゝもあり御なからひましていとみやひかにき" }, { "vol": 21, "page": 708, "text": "こえかはしてなんすくし給ける世中ひゝきゆすれる御いそきなるを式部卿宮に もきこしめしてとしころ世中にはあまねき御心なれとこのわたりをはあやにく になさけなくことにふれてはしたなめ宮人をも御よういなくうれはしきことの みおほかるにつらしと思をき給事こそはありけめといとをしくもからくもおほ しけるをかくあまたかゝつらひ給へる人〻おほかるなかにとりわきたる御思ひ すくれて世に心にくゝめてたきことに思ひかしつかれ給へる御すくせをそ我い へまてはにほひこねとめいほくにおほすに又かくこの世にあまるまてひゝかし いとなみ給はおほえぬよはひのすゑのさかへにもあるへきかなとよろこひ給を 北のかたは心ゆかすものしとのみおほしたり女御ゝましらひのほとなとにもお とゝの御よういなきやうなるをいよ〱うらめしとおもひしみ給へるなるへし 八月にそ六条院つくりはてゝわたり給ひつしさるのまちは中宮の御ふる宮なれ はやかておはしますへしたつみは殿のおはすへきまちなりうしとらはひんかし の院にすみ給たいの御かたいぬゐのまちはあかしの御かたとおほしおきてさせ 給へりもとありける池山をもひんなき所なるをはくつしかへて水のおもむき山" }, { "vol": 21, "page": 709, "text": "のをきてをあらためてさま〱に御かた〱の御ねかいの心はへをつくらせ給 へりみなみのひんかしは山たかく春の花の木かすをつくしてうへ池のさまおも しろくすくれておまへちかきせんさい五えうこうはいさくらふちやまふきいは つゝしなとやうの春のもてあそひをわさとはうへて秋のせんさいをはむら〱 ほのかにませたり中宮の御まちをはもとの山にもみちのいろこかるへきうへ木 ともをそへていつみの水とをくすましやり水のをとまさるへきいはほたてくは へたきおとして秋の野をはるかにつくりたるそのころにあひてさかりにさきみ たれたりさかの大ゐのわたりの野山むとくにけおされたる秋なりきたのひんか しはすゝしけなるいつみありてなつのかけによれりまへちかきせんさいくれた けした風すゝしかるへくこたかきもりのやうなる木ともこふかくおもしろくや まさとめきてうの花のかきねことさらにしわたしてむかしおほゆる花たちはな なてしこさうひくたになとやうの花くさ〱をうへて春秋の木草そのなかにう ちませたりひんかしおもてはわけてむまはのおとゝつくりらちゆいてさ月の御 あそひところにて水のほとりにさうふうへしけらせてむかひにみまやして世に" }, { "vol": 21, "page": 710, "text": "なき上めともをとゝのへたてさせ給へりにしのまちはきたおもてつきわけてみ くらまちなりへたてのかきに松の木しけくゆきをもてあそはんたよりによせた り冬のはしめのあさしもむすふへき菊のまかきわれはかほなるはゝそはらおさ 〱なもしらぬみ山木とものこふかきなとをうつしうへたりひかんのころほひ わたり給ひとたひにとさためさせ給しかとさはかしきやうなりとて中宮はすこ しのへさせ給れいのおいらかにけしきはまぬ花ちるさとそゝの夜そひてうつろ ひ給はるの御しつらひはこのころにあはねといと心ことなり御くるま十五御前 四ゐ五ゐかちにて六位殿上人なとはさるへきかきりをえらせ給へりこちたきほ とにはあらす世のそしりもやとはふき給へれはなにこともおとろ〱しういか めしきことはなしいまひとかたの御けしきもおさ〱おとし給はてしゝうの君 そひてそなたはもてかしつき給へはけにかうもあるへきことなりけりとみえた り女房のさうしまちともあて〱のこまけそおほかたのことよりもめてたかり ける五六日すきて中宮まかてさせ給この御けしきはたさはいへといとゝころせ し御さいはいのすくれたまへりけるをはさるものにて御ありさまの心にくゝお" }, { "vol": 21, "page": 711, "text": "もりかにおはしませはよにおもく思はれ給へることすくれてなんおはしましけ るこのまち〱のなかのへたてにはへいともらうなとをとかくゆきかよはして けちかくをかしきあはひにしなし給へりなか月になれはもみちむら〱色つき て宮のおまへえもいはすおもしろし風うち吹たる夕くれに御はこのふたにいろ いろの花もみちをこきませてこなたにたてまつらせ給へりおほきやかなるはら はのこきあこめしおんのおりものかさねてあかくちはのうすものゝかさみいと いたうなれてらうわたとのゝそりはしをわたりてまいるうるはしきゝしきなれ とわらはのをかしきをなんえおほしすてさりけるさる所にさふらひなれたれは もてなしありさまほかのにはにすこのましうをかし御せうそこには 心から春まつそのはわかやとの紅葉を風のつてにたにみよわかき人〻御つ かひもてはやすさまともをかし御返はこの御はこのふたにこけしきいはほなと の心はへして五えうのえたに 風にちる紅葉はかろし春の色をいはねの松にかけてこそみめこのいはねの まつもこまかにみれはえならぬつくりことゝもなりけりとりあへすおもひより" }, { "vol": 21, "page": 712, "text": "給つるゆへ〱しさなとをおかしく御らんす御まへなる人〱もめてあへりお とゝこの紅葉の御せうそこいとねたけなめり春の花さかりにこの御いらへはき こえ給へこのころ紅葉をいひくたさむはたつたひめのおもはんこともあるをさ ししそきて花のかけにたちかくれてこそつよきことはいてこめときこえ給もい とわかやかにつきせぬ御ありさまのみところおほかるにいとゝ思やうなる御す まひにてきこえかよはし給大ゐの御かたはかうかた〱の御うつろひさたまり てかすならぬ人はいつとなくまきらはさむとおほして神無月になんわたり給け る御しつらひことのありさまをとらすしてわたしたてまつり給ひめ君の御ため をおほせは大かたのさほうもけちめこよなからすいともの〱しくもてなさせ 給へり" }, { "vol": 22, "page": 719, "text": "年月へたゝりぬれとあかさりしゆふかほを露わすれ給はす心〱なる人のあり さまともをみ給ひかさぬるにつけてもあらましかはとあはれにくちおしくのみ おほしいつ右近はなにの人かすならねとなをそのかたみとみ給てらうたきもの におほしたれはふる人のかすにつかふまつりなれたりすまの御うつろひのほと にたいのうへの御方にみな人〱きこえわたし給しほとよりそなたにさふらふ こゝろよくかいひそめたる物にをむな君もおほしたれと心のうちにはこきみも のし給はましかはあかしの御方はかりのおほえにはおとりたまはさらましさし もふかき御心さしなかりけるをたにおとしあふさすとりしたゝめ給ふ御心なか さなりけれはまいてや事なきつらにこそあらさらめこの御とのうつりのかすの うちにはましらひ給なましと思ふにあかすかなしくなむ思ひけるかのにしの京 にとまりしわか君をたにゆくゑもしらすひとへにものを思つゝみまたいまさら にかひなき事によりて我名もらすなとくちかため給しをはゝかりきこえてたつ ねてもをとつれきこえさりしほとにその御めのとのおとこ少弐になりていきけ れはくたりにけりかのわかきみのよつになるとしそつくしへはいきけるはゝ君" }, { "vol": 22, "page": 720, "text": "の御ゆくゑをしらむとよろつの神ほとけに申てよるひるなきこひてさるへき所 〻をたつねきこえけれとつゐにえきゝいてすさらはいかゝはせむ若君をたにこ そは御かたみにみたてまつらめあやしきみちにそへたてまつりてはるかなるほ とにおはせむ事のかなしきことなをちゝ君にほのめかさむと思けれとさるへき たよりもなきうちにはゝ君のおはしけむかたもしらすたつねとひ給はゝいかゝ きこえむまたよくもみなれ給はぬにおさなき人をとゝめたてまつり給はむもう しろめたかるへししりなからはたいてくたりねとゆるし給へきにもあらすなと をのかしゝかたらひあはせていとうつくしうたゝいまからけたかくきよらなる 御さまをことなるしつらひなき舟にのせてこきいつるほとはいとあはれになむ おほえけるおさなき心ちにはゝ君をわすれすおり〱にはゝの御もとへゆくか ととひ給につけて涙たゆるときなくむすめともゝ思こかるゝをふなみちゆゝし とかつはいさめけりおもしろきところ〱をみつゝ心わかうおはせし物をかゝ るみちをもみせたてまつる物にもかなおはせましかはわれらはくたらさらまし と京のかたを思やらるゝにかへるなみもうらやましく心ほそきにふなこともの" }, { "vol": 22, "page": 721, "text": "あら〱しきこゑにてうらかなしくもとをくきにけるかなとうたふをきくまま にふたりさしむかひてなきけり ふな人もたれをこふとかおほしまのうらかなしけにこゑのきこゆる こしかたもゆくゑもしらぬおきにいてゝあはれいつくに君をこふらんひな のわかれにをのかしゝ心をやりていひけるかねのみさきすきてわれはわすれす なとよとゝものことくさになりてかしこにいたりつきてはまいてはるかなるほ とを思ひやりてこひなきてこの君をかしつきものにてあかしくらすゆめなとに いとたまさかにみえ給ときなともありおなしさまなる女なとそひ給ふてみえ給 へはなこり心ちあしくなやみなとしけれは猶よになくなり給にけるなめりと思 ひなるもいみしくのみなむせうににむはてゝのほりなとするにはるけきほとに ことなるいきをいなき人はたゆたいつゝすか〱しくもいてたゝぬほとにをも きやまひしてしなむとする心ちにもこの君の十はかりにもなり給へるさまのゆ ゝしきまておかしけなるをみたてまつりて我さへうちすてたてまつりていかな るさまにはふれ給はむとすらんあやしき所におひいて給もかたしけなく思きこ" }, { "vol": 22, "page": 722, "text": "ゆれといつしかも京にいてたてまつりてさるへき人にもしらせたてまつりて御 すくせにまかせてみたてまつらむにもみやこはひろき所なれはいと心やすかる へしと思いそきつるをこゝなから命たへすなりぬる事とうしろめたかるおのこ ゝ三人あるにたゝこの姫君京にいてたてまつるへき事を思へ我みのけふをはな 思ひそとなむいひをきけるその人の御ことはたちの人にもしらせすたゝむまこ のかしつくへきゆへあるとそいひなしけれは人にみせすかきりなくかしつきき こゆるほとに俄にうせぬれはあはれに心ほそくてたゝ京のいてたちをすれとこ の少弐の中あしかりける国の人おほくなとしてとさまかうさまにおちはゝかり て我にもあらてとしをすくすにこの君ねひとゝのひ給まゝにはゝ君よりもまさ りてきよらにちゝおとゝのすちさへくはゝれはにやしなたかくうつくしけなり 心はせおほとかにあらまほしうものし給きゝついつゝすいたるゐ中人とも心か けせうそくかるいとおほかりゆゝしくめさましくおほゆれはたれも〱きゝい れすかたちなとはさてもありぬへけれといみしきかたわのあれは人にもみせて あまになして我よのかきりはもたらむといひちらしたれはこ少弐のむまこはか" }, { "vol": 22, "page": 723, "text": "たわなむあんなるあたらものをといふなるをきくもゆゝしくいかさまにして宮 こにいてたてまつりてちゝおとゝにしらせたてまつらむいときなきほとをいと らうたしと思きこえ給へりしかはさりともおろかには思すてきこえ給はしなと いひなけくほと仏神に願をたてゝなむ念しけるむすめともゝおのこともゝとこ ろにつけたるよすかともいてきてすみつきにたり心のうちにこそいそき思へと 京の事はいやとをさかるやうにへたゝりゆくものおほしゝるまゝによをいとう きものにおほして年三なとし給廿はかりになり給まゝにおひとゝのほりていと あたらしくめてたしこのすむ所はひせむの国とそいひけるそのわたりにもいさ ゝかよしある人はまつこのせうにのむまこのありさまをきゝつたへて猶たえす をとつれくるもいといみしうみゝかしかましきまてなむ大夫監とてひこのくに ゝそうひろくてかしこにつけてはおほえありいきをひいかめしきつはものあり けりむくつけき心の中にいさゝかすきたる心ましりてかたちある女をあつめて みむと思けるこのひめ君を聞つけていみしきかたわありとも我はみかくしても たらむといとねむころにいひかゝるをいとむくつけくおもひていかてかゝる事" }, { "vol": 22, "page": 724, "text": "をきかてあまになりなむとすといはせたりけれはいよ〱あやうかりてをして このくにゝこえきぬこのをのこともをよひとりてかたらふ事は思ふさまになり なはおなし心にいきをひをかはすへき事なとかたらふにふたりはおもむきにけ りしはしこそにけなくあはれと思ひきこえけれをの〱我みのよるへとたのま むにいとたのもしき人なりこれにあしくせられてはこのちかきせかいにはめく らひなむやよき人の御すちといふともおやにかすまへられたてまつらすよにし らてはなにのかひかはあらむこの人のかくねむころに思きこえ給へるこそいま は御さいはゐなれさるへきにてこそはかゝるせかいにもおはしけめにけかくれ 給ともなにのたけき事かはあらむまけしたましゐにいかりなはせぬ事ともして んといひをとせはいといみしときゝてなかのこのかみなるふこのすけなむ猶い とたい〱しくあたらしき事なりこせうにのの給し事もありとかくかまへて京 にあけたてまつりてんといふむすめともゝなきまとひてはゝ君のかひなくてさ すらへ給ひてゆくゑをたにしらぬかはりに人なみ〱にてみたてまつらむとこ そ思にさる物の中にましり給なむ事とおもひなけくをもしらて我はいとおほえ" }, { "vol": 22, "page": 725, "text": "たかきみと思てふみなとかきておこすてなときたなけなうかきてからのしきし かうはしきかうにいれしめつゝおかしくかきたりと思たることはそいとたみた りけるみつからもこのいゑのしらうをかたらひとりてうちつれてきたり三十は かりなるをのこのたけたかくもの〱しくふとりてきたなけなけれと思なしう とましくあらゝかなるふるまひなとみるもゆゝしくおほゆいろあひ心ちよけに こゑいたうかれてさへつりゐたりけさう人はよにかくれたるをこそよはひとは いひけれさまかへたる春の夕暮なり秋ならねともあやしかりけりとみゆ心をや ふらしとてをはおとゝいてあふこせうにのいとなさけひきらきらしくものし給 しをいかてかあひかたらひ申さむと思給しかともさる心さしをもみせきこえす 侍りしほとにいとかなしくてかくれ給にしをそのかはりにいかうにつかふまつ るへくなむ心さしをはけましてけふはいとひたふるにしゐてさふらひつるこの おはしますらむ女君すちことにうけ給れはいとかたしけなしたゝなにかしらか わたくしの君と思申ていたゝきになむさゝけたてまつるへきおとゝもしふ〱 におはしけなる事はよからぬをむなともあまたあひしりてはへるをきこしめし" }, { "vol": 22, "page": 726, "text": "うとむなゝりさりともすやつはらをひとなみにはし侍なむや我君をはきさきの くらゐにおとしたてまつらしものをやなといとよけにいひつゝくいかゝはかく の給をいとさいわひありと思給ふるをすくせつたなき人にや侍らむ思はゝかる 事侍ていかてか人に御らむせられむと人しれすなけき侍めれは心くるしうみ給 へわつらひぬるといふさらになおほしはゝかりそ天下にめつふれあしおれ給へ りともなにかしはつかふまつりやめてむくにのうちの仏神はをのれになむなひ き給へるなとほこりゐたりそのひはかりといふにこの月はきのはてなりなとゐ 中ひたる事をいひのかるおりていくきはにうたよまゝほしかりけれはやゝひさ しう思めくらして 君にもし心たかはゝまつらなるかゝみの神をかけてちかはむこの和歌はつ かうまつりたりとなむ思ひ給るとうちゑみたるもよつかすうゐ〱しやあれに もあらねは返しすへくも思はねとむすめともによますれとまろはましてものも おほえすとてゐたれはいとひさしきに思わひてうち思けるまゝに としをへていのる心のたかひなはかゝみの神をつらしとやみむとわなゝか" }, { "vol": 22, "page": 727, "text": "しいてたるをまてやこはいかにおほせらるゝとゆくりかによりきたるけはひに おひへておとゝいろもなくなりぬむすめたちさはいへと心つよくわらひてこの 人のさまことにものし給をひきたかへいつらは思はれむを猶ほけ〱しき人の かみかけてきこえひかめ給なめりやととききかすをいさり〱とうなつきてお かしき御くちつきかなゝにかしらゐ中ひたりといふなこそ侍れくちおしきたみ には侍らす宮この人とてもなにはかりかあらむみなしりて侍りなおほしあなつ りそとてまたよまむと思へれともたへすやありけむいぬめりしらうかかたらひ とられたるもいとおそろしく心うくてこのふむこのすけをせむれはいかゝはつ かまつるへからむかたらひあはすへき人もなしまれまれのはらからはこのけむ におなし心ならすとて中たかひにたりこのけむにあたまれてはいさゝかのみし ろきせむも所せくなむあるへき中〱なるめをやみむとおもひわつらひにたれ とひめ君の人しれすおほいたるさまのいと心くるしくていきたらしと思しつみ 給へることはりとおほゆれはいみしき事を思かまへていてたついもうとたちも としころへぬるよるへをすてゝこの御ともにいてたつあてきといひしはいまは" }, { "vol": 22, "page": 728, "text": "兵部の君といふそそひてよるにけいてゝ舟にのりける大夫のけむはひこにかへ りいきて四月廿日のほとにひとりてこむとするほとにかくてにくるなりけりあ ねのおもとはるいひろくなりてえいてたゝすかたみにわかれおしみてあひみむ 事のかたきを思にとしへつるふるさとゝてことにみすてかたき事もなしたゝま つらの宮のまへのなきさとかのあねおもとのわかるゝをなむかへりみせられて かなしかりける うき島をこきはなれてもゆくかたやいつくとまりとしらすもあるかな ゆくさきもみえぬ浪路にふなてして風にまかするみこそうきたれいとあと はかなき心ちしてうつふし〱給へりかくにけぬるよしをのつからいひいてつ たへはまけしたましゐにてをひきなむと思に心もまとひてはや舟といひてさま ことになむかまへたりけれは思かたの風さへすゝみてあやうきまてはしりのほ りぬひひきのなたもなたらかにすきぬかいそくの舟にやあらんちいさき舟のと ふやうにてくるなといふものありかいそくのひたふるならむよりもかのおそろ しき人のをひくるにやと思ふにせむかたなし" }, { "vol": 22, "page": 729, "text": "うきことにむねのみさはくひゝきにはひゝきのなたもさはらさりけりかは しりといふところちかつきぬといふにそすこしいき出る心ちする例のふなこと もからとまりよりかはしりをすほとはとうたふこゑのなさけなきもあはれにき こゆふむこのすけあはれになつかしううたひすさみていとかなしきめこもわす れぬとて思はけにそみなうちすてゝけるいかゝなりぬらんはか〱しく身のた すけと思らうとうともはみないてきにけり我をあしとおもひてをひまとはして いかゝしなすらんと思にこゝろをさなくもかへりみせていてにけるかなとすこ し心のとまりてそあさましき事を思つゝくるに心よはくうちなかれぬ胡の地の せいしをはむなしくすて〱つとすするを兵部の君きゝてけにあやしのわさや としころしたかひきつる人の心にも俄にたかひてにけいてにしをいかに思らん とさま〱思つゝけらるゝかへるかたとてもそこところといきつくへきふるさ ともなししれる人といひよるへきたのもしき人もおほえすたゝひと所の御ため によりこゝらのとし月すみなれつるせかいをはなれてうかへる浪風にたゝよひ て思めくらすかたなしこの人をもいかにしたてまつらむとするそとあきれてお" }, { "vol": 22, "page": 730, "text": "ほゆれといかゝはせむとていそき入ぬ九条にむかししれりける人のゝこりたり けるをとふらひいてゝそのやとりをしめをきて宮このうちといへとはかはかし き人のすみたるわたりにもあらすあやしき市女あき人の中にていふせく世の中 をおもひつゝ秋にもなりゆくまゝにきしかたゆくさきかなしき事おほかり豊後 のすけといふたのもし人もたゝ水鳥のくかにまとへる心ちしてつれ〱になら はぬありさまのたつきなきを思にかへらむにもはしたなく心をさなくいてたち にけるを思ふにしたかひきたりし物ともゝるいにふれてにけさりもとのくにゝ かへりちりぬすみつくへきやうもなきをはゝおとゝあけくれなけきいとをしか れはなにかこの身はいとやすく侍り人ひとりの御身にかへたてまつりていつち も〱まかりうせなむにとかあるましわれらいみしきいきをひになりてもわか 君をさる物の中にはふらしたてまつりてはなに心ちかせましとかたらひなくさ めて神仏こそはさるへきかたにもみちひきしらせたてまつり給はめちかきほと にやはたの宮と申はかしこにてもまいりいのり申給しまつらはこさきおなしや しろなりかのくにをはなれ給とてもおほくの願たて申給きいま都にかへりてか" }, { "vol": 22, "page": 731, "text": "くなむ御しるしをえてまかりのほりたるとはやく申給へとてやはたにまうてさ せたてまつるそれのわたりしれる人にいひたつねてこしとてはやくおやのかた らひし大とくのこれるをよひとりてまうてさせたてまつるうちつきては仏の御 中にははつせなむひのもとのうちにはあらたなるしるしあらはし給ともろこし にたにきこえあむなりましてわかくにのうちにこそとをきくにのさかひとても としへ給えれはわかきみをはましてめくみ給てんとていたしたてたてまつる殊 更にかちよりとさためたりならはぬ心ちにいとわひしくゝるしけれと人のいふ まゝにものもおほえてあゆみ給いかなるつみふかき身にてかゝるよにさすらふ らむわかおやよになくなり給へりとも我をあはれとおほさはおはすらむ所にさ そひ給へもし世におはせは御かほみせ給へと仏をねんしつゝありけむさまをた におほえねはたゝおやおはせましかはとはかりのかなしさをなけきわたり給へ るにかくさしあたりて身のわりなきままにとりかへしいみしく覚つゝからうし てつはいちといふ所に四日といふみのときはかりにいける心ちもせていきつき 給へりあゆむともなくとかくつくろひたれとあしのうらうこかれすわひしけれ" }, { "vol": 22, "page": 732, "text": "はせんかたなくてやすみ給このたのもし人なるすけゆみやもちたる人ふたりさ てはしもなる物わらはなと三四人をんなはらあるかきり三人つほさうそくして ひすましめくものふるきけす女ふたりはかりとそあるいとかすかにしのひたり おほみあかしのことなとこゝにてしくはへなとするほとにひくれぬいゑあるし のほうし人やとしたてまつらむとする所になに人のものし給そあやしき女とも の心にまかせてとむつかるをめさましくきくほとにけに人〻きぬこれもかちよ りなめりよろしき女ふたりしも人ともそおとこ女かすおほかむめるむま四五ひ かせていみしくしのひやつしたれときよけなるおとこともなとありほうしはせ めてこゝにやとさまほしくしてかしらかきありくいとおしけれとまたやとりか へむもさまあしくわつらはしけれは人〻はおくに入りほかにかくしなとしてか たへはかたつかたによりぬせ上なとひきへたてゝおはしますこのくる人もはつ かしけもなしいたうかいひそめてかたみに心つかひしたりさるはかのよとゝも にこひなく右近なりけりとし月にそへてはしたなきましらひのつきなくなり行 身を思ひなやみてこのみ寺になむたひ〱まうてける例ならひにけれはかやす" }, { "vol": 22, "page": 733, "text": "くかまへたりけれとかちよりあゆみたへかたくてよりふしたるにこのふんこの すけとなりのせ上のもとによりきてまいり物なるへしおしきてつからとりてこ れは御まへにまいらせ給へ御たいなとうちあはていとかたはらいたしやといふ を聞に我なみの人にはあらしと思て物ゝはさまよりのそけはこのおとこのかほ みし心ちすたれとはえおほえすいとわかゝりしほとをみしにふとりくろみてや つれたれはおほくのとしへたてたるめにはふとしもみわかぬなりけり三条ここ にめすとよひよする女をみれは又みし人なりこ御方にしも人なれとひさしくつ かふまつりなれてかのかくれ給へりし御すみかまてありし物なりけりとみなし ていみしく夢のやうなりしうとおほしき人はいとゆかしけれとみゆへくもかま へす思わひてこの女にとはむ兵藤たといひし人もこれにこそあらめ姫君のおは するにやと思よるにいと心もとなくてこのなかへたてなる三条をよはすれとく ひ物に心いれてとみにもこぬいとにくしとおほゆるもうちつけなりやからうし ておほえすこそ侍れつくしのくにゝはたとせはかりへにけるけすの身をしらせ 給へき京人よひとたかへにや侍らむとてよりきたりゐ中ひたるかいねりにきぬ" }, { "vol": 22, "page": 734, "text": "なときていといたうふとりにけり我かよはひもいとゝおほえてはつかしけれと なをさしのそけわれをはみしりたりやとてかほさしいてたりこの女のてをうち てあかおもとにこそおはしましけれあなうれしともうれしいつくよりまいり給 たるそうへはおはしますやといとおとろ〱しくなくわかき物にてみなれしよ を思ひ出るにへたてきにけるとし月かそへられていとあはれなりまつおとゝは おはすや若君はいかゝなり給にしあてきときこえしはとて君の御事はいひいて すみなおはしますひめ君もおとなになりておはしますまつおとゝにかくなむと きこえむとて入ぬみなおとろきて夢の心ちもする哉いとつらくいはむかたなく 思きこゆるひとにたいめしぬへき事よとてこのへたてによりきたりけとをくへ たてつるひやうふたつものなこりなくをしあけてまついひやるへきかたなくな きかはすおひ人はたゝわか君はいかゝなり給にしこゝらのとしころ夢にてもお はしまさむ所をみむと大願をたつれとはるかなるせかいにて風のをとにてもえ きゝつたへたてまつらぬをいみしくかなしと思におひの身ののこりとゝまりた るもいと心うけれとうちすてたてまつり給へる若君のらうたくあはれにておは" }, { "vol": 22, "page": 735, "text": "しますをよみちのほたしにもてわつらひきこえてなむまたゝき侍といひつゝく れは昔そのおりいふかひなかりし事よりもいらへむかたなくわつらはしと思へ ともいてやきこえてもかひなし御かたはゝやうせ給にきといふまゝに二三人な からむせかへりいとむつかしくせきかねたりひくれぬといそきたちて御あかし の事ともしたゝめはてゝいそかせは中〱いと心あはたゝしくてたちわかるも ろともにやといへとかたみにともの人のあやしと思へけれはこのすけにもこと のさまたにいひしらせあへす我も人もことにはつかしくはあらてみなをりたち ぬ右近は人しれすめとゝめてみるになかにうつくしけなるうしろてのいといた うやつれてう月のひとへめくものにきこめ給へるかみのすきかけいとあたらし くめてたくみゆ心くるしうかなしとみたてまつるすこしあしなれたる人はとく みたうにつきにけりこの君をもてわつらひきこえつゝ初夜をこなふほとにその ほり給へるいとさはかしく人まうてこみてのゝしる右近かつほねは仏のみきの かたにちかきまにしたりこの御しはまたふかゝらねはにやにしのまにとをかり けるをなをこゝにおはしませとたつねかはしいひたれはおとこともをはとゝめ" }, { "vol": 22, "page": 736, "text": "てすけにかう〱といひあはせてこなたにうつしたてまつるかくあやしき身な れとたゝいまのおほとのになむさふらひ侍れはかくかすかなるみちにてもらう かはしき事は侍らしとたのみ侍ゐ中ひたる人をはかやうの所にはよからぬなま ものとものあなつらはしうするもかたしけなき事なりとて物かたりいとせまほ しけれとおとろ〱しきをこなひのまきれさはかしきにもよほされて仏をかみ たてまつる右近は心のうちにこの人をいかてたつねきこえむと申はたりつるに かつ〱かくてみたてまつれはいまは思のことおとゝの君のたつねたてまつら むの御心さしふかゝめるにしらせたてまつりてさいわひあらせたてまつり給へ なと申けりくに〱よりゐ中人おほくまうてたりけりこのくにのかみのきたの かたもまうてたりけりいかめしくいきをひたるをうらやみてこの三条かいふや う大ひさにはこと〱も申さしあか姫君たいにのきたのかたならすはたうこく の受領のきたのかたになしたてまつらむ三条らもすいふんにさかへてかへり申 はつかうまつらむとひたいにてをあてゝねむしいりてをり右近いとゆゝしくも いふかなと聞ていといたくこそゐ中ひにけれな中将殿は昔の御おほえたにいか" }, { "vol": 22, "page": 737, "text": "ゝおはしましゝましていまはあめのしたを御心にかけ給へる大臣にていかはか りいつかしき御中に御方しも受領のめにてしなさたまりておはしまさむよとい へはあなかまたまへ大臣たちもしはしまて大弐のみたちのうへのしみつの御寺 観世音寺にまいり給しいきおひはみかとのみゆきにやはおとれるあなむくつけ とてなをさらに手をひきはなたすおかみ入てをりつくし人は三日こもらむと心 さし給へり右近はさしも思はさりけれとかゝるついてのとかにきこえむとてこ もるへきよし大とこよひていふ御あかし文なとかきたる心はへなとさやうの人 はくた〱しうわきまへけれはつねのことにて例のふちはらのるりきみといふ か御ためにたてまつるよくいのり申給へその人このころなむみたてまつりいて たるそのくわんもはたしたてまつるへしといふをきくもあはれなり法師いとか しこき事かなたゆみなくいのり申侍るしるしにこそ侍れといふいとさはかしう よ一夜をこなふなりあけぬれはしれる大とこのはうにおりぬものかたり心やす くとなるへし姫君のいたくやつれ給へるはつかしけにおほしたるさまいとめて たくみゆおほえぬたかきましらひをしておほくの人をなむみあつむれと殿のう" }, { "vol": 22, "page": 738, "text": "への御かたちににる人おはせしとなむとしころみたてまつるをまたおひいて給 姫君の御さまいとことはりにめてたくおはしますかしつきたてまつり給さまも ならひなかめるにかうやつれ給へる御さまのおとり給ましくみえ給はありかた うなむおとゝの君ちゝみかとの御時よりそこらの女御きさきそれよりしもはの こるなくみたてまつりあつめ給へる御めにもたうたいの御はゝきさきときこえ しとこの姫君の御かたちとをなむよき人とはこれをいふにやあらむとおほゆる ときこえ給みたてまつりならふるにかのきさきの宮をはしりきこえす姫君はき よらにおはしませとまたかたなりにておひさきそをしはかられ給うへの御かた ちはなをたれかならひ給はむとなむみ給殿もすくれたりとおほしためるをこと にいてゝはなにかはかすへのうちにはきこえ給はむ我にならひ給へるこそ君は おほけなけれとなむたはふれきこえ給みたてまつるにいのちのふる御ありさま ともをまたさるたくひおはしましなむやとなむ思侍にいつくかおとり給はむ物 はかきりある物なれはすくれ給へりとていたゝきをはなれたるひかりやはおは するたゝこれをすくれたりとはきこゆへきなめりかしとうちゑみてみたてまつ" }, { "vol": 22, "page": 739, "text": "れはおひ人もうれしと思ふかゝる御さまをほと〱あやしき所にしつめたてま つりぬへかりしにあたらしくかなしうていゑかまとをもすておとこをんなのた のむへきこともにもひきわかれてなむかへりてしらぬよの心ちする京にまうて こしあかおもとはやくよきさまにみちひきゝこえ給へたかき宮つかへし給人は をのつからゆきましりたるたよりものし給らむちゝおとゝにきこしめされかす まへられ給へきたはかりおほしかまへよといふはつかしうおほいてうしろむき 給へりいてや身こそかすならねと殿も御まへちかくめしつかひ給へはものゝお りことにいかにならせ給にけんときこえいつるをきこしめしをきてわれいかて たつねきこえむと思をきゝいてたてまつりたらはとなむの給はするといへはお とゝの君はめてたくおはしますともさるやむ事なきめともおはしますなりまつ まことのおやとおはするおとゝにをしらせたてまつり給へなといふにありしさ まなとかたりいてゝよにわすれかたくかなしき事になむおほしてかの御かはり にみたてまつらむこもすくなきかさう〱しきに我子をたつねいてたると人に はしらせてとそのかみよりの給なり心のおさなかりける事はよろつにものつゝ" }, { "vol": 22, "page": 740, "text": "ましかりしほとにてえたつねてもきこえてすこしゝほとにせうにゝなり給へる よしは御なにてしりにきまかり申しにとのにまいり給えりしひほのみたてまつ りしかともえきこえてやみにきさりとも姫君をはかのありしゆふかほの五条に そとゝめたてまつり給へらむとそ思ひしあないみしやゐ中人にておはしまさま しよなとうちかたらひつゝひひといむかしものかたりねむすなとしつゝまいり つとふ人のありさまともみくたさるゝかたなりまへより行水をはゝつせ川とい ふなりけり右近 二もとの杉のたちとをたつねすはふる河のへに君をみましやうれしきせに もときこゆ はつせ河はやくの事はしらねともけふのあふ瀬に身さへなかれぬとうちな きておはするさまいとめやすしかたちはいとかくめてたくきよけなからゐ中ひ こち〱しうおはせましかはいかにたまのきすならましいてあはれいかてかく おひいて給けむとおとゝをうれしく思はゝ君はたゝいとわかやかにおほとかに てやは〱とそたをやき給へりしこれはけたかくもてなしなとはつかしけによ" }, { "vol": 22, "page": 741, "text": "しめき給へりつくしを心にくゝ思なすにみなみし人はさとひにたるに心えかた くなむくるれは御たうにのほりてまたの日もをこなひくらし給秋風たによりは るかに吹のほりていとはたさむきにものいとあはれなる心ともにはよろつ思つ ゝけられて人なみ〱ならむ事もありかたきことゝおもひしつみつるをこの人 のものかたりのつゐてにちゝおとゝの御ありさまはら〱のなにともあるまし き御こともみな物めかしなしたて給をきけはかゝるしたくさたのもしくそおほ しなりぬるいつとてもかたみにやとる所もとひかはしてもしまたをひまとはし たらむときとあやうく思けり右近か家は六条の院ちかきわたりなりけれはほと 遠からていひかはすもたつきいてきぬる心ちしけり右近はおほとのにまいりぬ この事をかすめきこゆるついてもやとていそくなりけり御かとひきいるゝより けはひことにひろ〱としてまかてまいりする車おほくまよふかすならてたち いつるもまはゆき心ちするたまのうてなゝりその夜は御前にもまいらて思ひふ したりまたのひよへさとよりまいれる上臘わか人とものなかにとりわきて右近 をめしいつれはおもたゝしくおほゆおとゝも御覧してなとかさとゐはひさしく" }, { "vol": 22, "page": 742, "text": "しつるそ例ならすやまめ人のひきたかへこまかへるやうもありかしおかしき事 なとありつらむかしなと例のむつかしうたはふれ事なとの給まかてゝ七日にす き侍ぬれとおかしき事は侍かたくなむ山ふみし侍てあはれなる人をなむみ給へ つけたりしなに人そとゝひ給ふふときこえいてんも又うへにきかせたてまつら てとりわき申たらんをのちに聞給うてはへたてきこえけりとやおほさむなと思 みたれていまきこえさせ侍らむとて人〱まいれはきこえさしつおほとなふら なとまいりてうちとけならひおはします御ありさまともいとみるかひおほかり をむな君は廿七八にはなり給ぬらんかしさかりにきよらにねひまさり給へりす こしほとへてみたてまつるはまたこのほとにこそにほひくはゝり給にけれとみ え給かの人をいとめてたしおとらしとみたてまつりしかと思なしにや猶こよな きにさいわひのなきとあるとはへたてあるへきわさかなとみあはせらるおほと のこもるとて右近を御あしまいりにめすわかき人はくるしとてむつかるめり猶 としへぬるとちこそ心かはしてむつひよかりけれとの給へは人〱しのひてわ らふさりやたれかそのつかひならひ給はむをはむつからんうるさきたはふれ事" }, { "vol": 22, "page": 743, "text": "いひかゝり給をわつらはしきになといひあへりうへもとしへぬるとちうちとけ すきはたむつかり給はんとやさるましき心とみねはあやふしなと右近にかたら ひてわらひ給いとあひきやうつきおかしきけさへそひ給へりいまはおほやけに つかへいそかしき御ありさまにもあらぬ御身にて世中のとやかにおほさるゝま ゝにたゝはかなき御たはふれ事をの給おかしく人の心をみ給あまりにかゝるふ る人をさへそたはふれ給かのたつねいてたりけむやなにさまの人そたうときす きやうさかたらひていてきたるかとゝひ給へはあなみくるしやはかなくきえ給 にしゆふかほの露の御ゆかりをなむみ給へつけたりしときこゆけにあはれなり ける事かなとしころはいつくにかとの給へはありのまゝにはきこえにくゝてあ やしき山さとになむ昔人もかたへはかはらて侍けれはそのよの物かたりしゐて 侍てたへかたく思給へりしなときこえゐたりよし心しり給はぬ御あたりにとか くしきこえ給へはうへあなわつらはしねふたきに聞いるへくもあらぬ物をとて 御そてして御みゝふたき給つかたちなとはかのむかしの夕顔とおとらしやなと の給へはかならすさしもいかてかものし給はんと思給へりしをこよなうこそお" }, { "vol": 22, "page": 744, "text": "ひまさりてみえ給しかときこゆれはおかしの事やたれはかりとおほゆこの君と ゝのた給へはいかてかさまてはときこゆれはしたりかほにこそ思へけれ我にに たらはしもうしろやすしかしとおやめきての給かくきゝそめてのちはめしはな ちつゝさらはかの人このわたりにわたいたてまつらんとしころものゝついてこ とにくちおしうまとはしつる事を思いてつるにいとうれしく聞いてなからいま ゝておほつかなきもかひなきことになむちゝおとゝにはなにかしられんいとあ またもてさはかるめるかかすならていまはしめたちましりたらんか中〱なる 事こそあらめわれはかうさう〱しきにおほえぬ所よりたつねいたしたるとも いはんかしすきものともの心つくさするくさはひにていといたうもてなさむな とかたらひ給へはかつ〱いとうれしく思つゝたゝ御心になむおとゝにしらせ たてまつらむともたれかはつたへほのめかし給はむいたつらにすきものし給し かはりにはともかくもひきたすけさせ給はむ事こそは罪かろませ給はめときこ ゆいたうもかこちなすかなとほゝゑみなから涙くみ給へりあはれにはかなかり ける契となむとしころ思わたるかくてつとへるかた〱のなかにかのおりの心" }, { "vol": 22, "page": 745, "text": "さしはかり思とゝむる人なかりしをいのちなかくてわか心なかさをもみ侍るた くひおほかめる中にいふかひなくて右近はかりをかたみにみるはくちおしくな む思ひわするゝときなきにさてものし給はゝいとこそほいかなう心ちすへけれ とて御せうそこたてまつれ給かの末摘花のいふかひなかりしをおほしいつれは さやうにしつみておひいてたらむ人のありさまうしろめたくてまつふみのけし きゆかしくおほさるゝなりけりものまめやかにあるへかしくかき給てはしにか くきこゆるを しらすともたつねてしらむみしまえにおふるみくりのすちはたえしをとな むありける御文みつからまかてゝの給さまなときこゆ御さうそく人〱のれう なとさま〱ありうへにもかたらひきこえ給へるなるへしみくしけとのなとに もまうけのものめしあつめて色あひしさまなとことなるをとえらせ給へれはゐ 中ひたるめともにはましてめつらしきまてなむ思けるさうしみはたゝかことは かりにてもまことのおやの御けはひならはこそうれしからめいかてかしらぬ人 の御あたりにはましらはむとおもむけてくるしけにおほしたれとあるへきさま" }, { "vol": 22, "page": 746, "text": "を右近きこえしらせ人〱もをのつからさて人たち給ひなはおとゝの君もたつ ねしりきこえ給なむおやこの御ちきりはたえてやまぬものなり右近かかすにも 侍らすいかてか御らむしつけられむと思給えしたに仏かみの御みちひき侍らさ りけりやましてたれも〱たいらかにたにおはしまさはとみなきこえなくさむ まつ御返をとせめてかゝせたてまつるいとこよなくゐ中ひたらむものをとはつ かしくおほいたりからのかみのいとかうはしきをとりいてゝかゝせたてまつる かすならぬみくりやなにのすちなれはうきにしもかくねをとゝめけむとの みほのかなりてはゝかなたちよろほはしけれとあてはかにてくちおしからねは 御心おちゐにけりすみ給へき御かた御らむするにみなみのまちにはいたつらな るたいともなとなしいきをひことにすみゝち給へれはけせうに人しけくもある へし中宮おはしますまちはかやうの人もすみぬへくのとやかなれとさてさふら ふ人のつらにや聞なさむとおほしてすこしむもれたれとうしとらのまちのにし のたいふとのにてあるをことかたへうつしてとおほすあひすみにもしのひやか に心よくものし給御方なれはうちかたらひてもありなむとおほしをきつうへに" }, { "vol": 22, "page": 747, "text": "もいまそかのありし昔のよの物かたりきこえいて給けるかく御心にこめ給事あ りけるをうらみきこえ給ふわりなしや世にある人のうへとてやとはすかたりは きこえいてむかゝるついてにへたてぬこそは人にはことには思きこゆれとてい とあはれけにおほしいてたり人のうへにてもあまたみしにいと思はぬ中も女と いふ物の心ふかきをあまたみ聞しかはさらにすき〱しき心はつかはしとなむ 思しををのつからさるましきをもあまたみし中にあはれとひたふるにらふたき かたはまたたくひなくなむ思いてらるゝよにあらましかはきたのまちにものす る人のなみにはなとかみさらまし人のありさまとり〱になむありけるかとか としうおかしきすちなとはをくれたりしかともあてはかにらうたくもありしか ななとの給さりともあかしのなみにはたちならへ給はさらましとの給なをきた のおとゝをはめさましと心をき給へりひめ君のいとうつくしけにてなに心もな く聞給からうたけれはまたことはりそかしとおほしかへさるかくいふは九月の 事なりけりわたり給はむ事すか〱しくもいかてかはあらむよろしきわらはわ か人なともとめさすつくしにてはくちおしからぬ人〱も京よりちりほひきた" }, { "vol": 22, "page": 748, "text": "るなとをたよりにつけてよひあつめなとしてさふらはせしも俄にまとひいて給 しさはきにみなをくらしてけれはまた人もなし京はをのつからひろき所なれは いちめなとやうのものいとよくもとめつゝいてくその人の御子なとはしらせさ りけり右近かさとの五条にまつしのひてわたしたてまつりて人〻えりとゝのへ さうそくとゝのへなとして十月にそわたり給おとゝひむかしの御かたにきこえ つけたてまつり給あはれと思し人のものうしゝてはかなき山さとにかくれゐに けるををさなき人のありしかはとしころも人しれすたつね侍しかともえきゝい てゝなむをうなになるまてすきにけるをおほえぬかたよりなむきゝつけたると きにたにとてうつろはし侍なりとてはゝもなくなりにけり中将をきこえつけた るにあしくやはあるおなしことうしろみ給へ山かつめきておひいてたれはひな ひたることおほからむさるへくことにふれてをしへ給へといとこまやかにきこ え給けにかゝる人のおはしけるをしりきこえさりけるよ姫君のひとゝころもの し給かさう〱しきによき事かなとおひらかにの給かのおやなりし人は心なむ ありかたきまてよかりし御心もうしろやすく思きこゆれはなとの給つき〱し" }, { "vol": 22, "page": 749, "text": "くうしろむ人なともことおほからてつれ〱に侍るをうれしかるへき事になむ の給殿のうちの人は御むすめともしらてなに人またゝつねいて給へるならむむ つかしきふる物あつかひかなといひけり御車三はかりして人のすかたともなと 右近あれはゐ中ひすしたてたりとのよりそあやなにくれとたてまつれ給へるそ のよやかておとゝのきみわたり給へり昔ひかる源氏なといふ御なは聞わたりた てまつりしかととしころのうゐ〱しさにさしも思きこえさりけるをほのかな るおほとなふらにみきちやうのほころひよりはつかにみたてまつるいとゝおそ ろしくさへそおほゆるやわたり給かたのとを右近かいはなてはこのとくちにい るへき人は心ことにこそとわらひ給いてひさしなるをましについゐ給てひこそ いとけさうひたる心ちすれおやのかほはゆかしきものとこそきけさもおほさぬ かとてき丁すこしをしやり給わりなくはつかしけれはそはみておはするやうた いなといとめやすくみゆれはうれしくていますこしひかりみせむやあまり心に くしとの給へは右近かゝけてすこしよすおもなの人やとすこしわらひ給けにと おほゆる御まみのはつかしけさなりいさゝかもこと人とへたてあるさまにもの" }, { "vol": 22, "page": 750, "text": "給なさすいみしくおやめきてとしころ御ゆくゑをしらて心にかけぬひまなくな けき侍をかうてみたてまつるにつけても夢の心ちしてすきにしかたの事ともと りそへしのひかたきにえなむきこえられさりけるとて御めをしのこひ給まこと にかなしうおほしいてらる御としのほとかそへ給ておやこのなかのかく年へた るたくひあらし物を契つらくもありけるかないまはものうゐ〱しくわかひ給 へき御ほとにもあらしをとしころの御物かたりなときこえまほしきになとかお ほつかなくはとうらみ給にきこえむ事もなくはつかしけれはあしたゝすしつみ そめ侍にけるのち何事もあるかなきかになむとほのかにきこえ給こゑそ昔人に いとよくおほえてわかひたりけるほゝゑみてしつみ給けるをあはれともいまは またたれかはとて心はへいふかひなくはあらぬ御いらへとおほす右近にあるへ き事の給はせてわたり給ぬめやすく物し給をうれしくおほしてうへにもかたり きこえ給さる山かつの中にとしへたれはいかにいとをしけならんとあなつりし をかへりてこゝろはつかしきまてなむみゆるかゝるものありといかて人にしら せて兵部卿宮なとのこのまかきのうちこのましうし給心みたりにしかなすきも" }, { "vol": 22, "page": 751, "text": "のとものいとうるはしたちてのみこのわたりにみゆるもかゝるもののくさわひ のなきほとなりいたうもてなしてしかな猶うちあはぬ人の気色みあつめむとの 給へはあやしの人のおやゝまつ人の心はけまさむ事をさきにおほすよけしから すとの給まことに君をこそいまの心ならましかはさやうにもてなしてみつへか りけれいとむしんにしなしてしわさそかしとてわらひ給におもてあかみておは するいとわかくおかしけなりすゝりひきよせ給うててならひに こひわたる身はそれなれと玉かつらいかなるすちをたつねきつらむあはれ とやかてひとりこち給へはけにふかくおほしける人のなこりなめりとみ給中将 の君にもかゝる人をたつねいてたるをようゐしてむつひとふらへとの給けれは こなたにまうて給て人かすならすともかゝるものさふらふとまつめしよすへく なむ侍ける御わたりのほとにもまいりつかふまつらさりけることゝいとまめ 〱しうきこえ給へはかたはらいたきまて心しれる人は思ふ心のかきりつくし たりし御すまゐなりしかとあさましうゐ中ひたりしもたとしへなくそ思くらへ らるるや御しつらひよりはしめいまめかしうけたかくておやはらからとむつひ" }, { "vol": 22, "page": 752, "text": "きこえ給御さまかたちよりはしめ目もあやにおほゆるにいまそ三条も大弐をあ なつらはしく思ひけるましてけむかいきさしけはひおもひいつるもゆゝしき事 かきりなしふんこのすけの心はへをありかたきものに君もおほしゝり右近も思 いふおほそうなるは事もをこたりぬへしとてこなたのけいしともさためあるへ きことゝもをきてさせ給ふんこのすけもなりぬ年比ゐ中ひしつみたりし心ちに 俄になこりもなくいかてかかりにてもたちいてみるへきよすかなくおほえしお ほ殿のうちをあさゆふにいて入ならし人をしたかへ事をこなふ身となれはいみ しきめいほくと思けりおとゝの君の御心をきてのこまかにありかたうおはしま す事いとかたしけなしとしのくれに御しつらひのこと人〻の御しやうそくなと やむ事なき御つらにおほしをきてたるかゝりともゐ中ひたることやと山かつの かたにあなつりをしはかりきこえ給てゝうしたるもたてまつり給ふついてにを り物とものわれも〱と手をつくしてをりつゝもてまいれるほそなかこうちき の色〱さま〱なるを御覧するにいとおほかりける物ともかなかた〱にう らやみなくこそ物すへかりけれとうへに聞え給へはみくしけ殿につかうまつれ" }, { "vol": 22, "page": 753, "text": "るも此方にせさせ給へるもみなとうてさせ給へりかゝるすちはたいとすくれて 世になき色あひにほひを染つけ給へはありかたしと思ひ聞え給ふこゝかしこの うち殿よりまいらせたるうち物とも御覧しくらへてこきあかきなとさま〱を えらせ給つゝ御そひつころもはこともに入させ給ふておとなひたるしやうらう ともさふらひてこれはかれはととりくしつゝ入うへもみ給ていつれもおとりま さるけちめもみえぬ物ともなめるをき給はん人の御かたちに思よそへつゝたて まつれ給へかしきたる物のさまにゝぬはひか〱しくもありかしとの給へはお とゝうちわらひてつれなくて人の御かたちをしはからむの御心なめりなさては いつれをとかおほすときこえ給へはそれもかゝみにてはいかてかとさすかはち らひておはすこうはいのいともむうきたるゑひ染の御こうちきいまやう色のい とすくれたるとはかの御れうさくらのほそなかにつやゝかなるかいねりとりそ へてはひめ君の御れうなりあさはなたのかいふのをり物をりさまなまめきたれ とにほひやかならぬにいとこきかいねりくして夏の御かたにくもりなくあかき にやまふきの花のほそなかはかのにしのたいにたてまつれ給をうへはみぬやう" }, { "vol": 22, "page": 754, "text": "にておほしあはすうちのおとゝのはなやかにあなきよけとはみえなからなまめ かしうみえたるかたのましらぬににたるなめりとけにをしはからるゝをいろに はいたし給はねと殿みやり給へるにたゝならすいてこのかたちのよそへは人は らたちぬへき事なりよきとても物ゝ色はかきりあり人のかたちはをくれたるも 又なをそこひある物をとてかのすゑつむはなの御れうにやなきのをり物のよし あるからくさをみたれをれるもいとなまめきたれは人しれすほゝゑまれ給むめ のおりえたてうとりとひちかひからめいたるしろきこうちきにこきかつやゝか なるかさねてあかしの御かたに思やりけたかきをうへはめさましとみ給うつせ みのあま君にあをにひのをりものいと心はせあるをみつけ給て御れうにあるく ちなしの御そゆるし色なるそへ給ておなし日き給へき御せうそこきこえめくら し給けにについたるみむの御心なりけりみな御返ともたゝならす御つかひのろ く心〱なるにすゑつむひむかしの院におはすれはいますこしさしはなれえん なるへきをうるはしくものし給人にてあるへき事はたかへ給はす山ふきのうち きの袖くちいたくすゝけたるをうつほにてうちかけ給へり御ふみにはいとかう" }, { "vol": 22, "page": 755, "text": "はしきみちのくにかみのすこしとしへあつきかきはみたるにいてや給へるは中 〱にこそ きてみれはうらみられけりからころもかへしやりてん袖をぬらして御ての すちことにあふよりにたりいといたくほゝゑみ給てとみにもうちをき給はねは うへ何事ならむとみおこせ給へり御つかひにかつけたる物をいとわひしくかた はらいたしとおほして御気色あしけれはすへりまかてぬいみしくをのをのはさ ゝめきわらひけりかやうにわりなうふるめかしうかたはらいたき所のつき給へ るさかしらにもてわつらひぬへうおほすはつかしきまみなりこたいのうたよみ はからころもたもとぬるゝかことこそはなれねなまろもそのつらそかしさらに ひとすちにまつはれていまめきたることの葉にゆるき給はぬこそねたきことは はたあれ人のなかなる事をおりふしおまへなとのわさとあるうたよみの中にて はまとひはなれぬみもしそかしむかしのけさうのおかしきいとみにはあた人と いふいつもしをやすめところにうちをきてことの葉のつゝきたよりある心ちす へかめりなとわらひ給よろつのさうしうた枕よくあなひしりみつくしてそのう" }, { "vol": 22, "page": 756, "text": "ちのこと葉をとりいつるによみつきたるすちこそつようはかはらさるへけれひ たちのみこのかきをき給へりけるかうやかみのさうしをこそみよとておこせた りしかわかのすいなういとところせうやまひさるへき所おほかりしかはもとよ りをくれたるかたのいとゝなか〱うこきすへくもみえさりしかはむつかしく てかへしてきよくあなひしり給へる人のくちつきにてはめなれてこそあれとて おかしくおほいたるさまそいとをしきやうへいとまめやかにてなとてかへし給 けむかきとゝめてひめ君にもみせたてまつり給へかりける物をこゝにもものゝ なかなりしもむしみなそこなひてけれはみぬ人はた心ことにこそはとをかりけ れとの給ひめ君の御かくもんにいとようなからんすへて女はたてゝこのめる事 まうけてしみぬるはさまよからぬことなり何事もいとつきなからむはくちおし からむたゝこゝろのすちをたゝよはしからすもてしつめをきてなたらかならむ のみなむめやすかるへかりけるなとの給て返しはおほしもかけねはかへしやり てむとあめるにこれよりをし返し給はさらむもひか〱しからむとそゝのかし きこえ給なさけすてぬ御心にてかき給いと心やすけなり" }, { "vol": 22, "page": 757, "text": "かへさむといふにつけてもかたしきのよるの衣をおもひこそやれことはり なりやとそあめる" }, { "vol": 23, "page": 763, "text": "としたちかへるあしたのそらのけしきなこりなくゝもらぬうらゝけさにはかす ならぬかきねのうちたにゆきまの草わかやかにいろつきはしめいつしかとけし きたつかすみのこのめもうちけふりおのつから人のこゝろものひらかにそみゆ るかしましていとゝたまをしける御まへは庭よりはしめみところおほくみかき ましたまへる御方〱の有さまゝねひたてんもことのはたるましくなん春のお とゝの御まへとりわきて梅のかもみすのうちのにほひにふきまかひていける仏 のみくにとおほゆさすかにうちとけてやすらかにすみなし給へりさふらふ人 〱もわかやかにすくれたるをひめ君の御かたにとえらせ給てすこしをとなひ たるかきりなか〱よし〱ゝしくさうそくありさまよりはしめてめやすくもて つけてこゝかしこにむれゐつゝはかためのいはゐしてもちゐかゝみをさへとり よせてちとせのかけにしるきとしのうちのいはひ事ともしてそほれあへるにお とゝのきみさしのそきたまへれはふところてひきなをしつゝいとはしたなきわ さかなとわひあへりいとしたゝかなる身つからのいはひ事ともかなみなおの 〱思事のみち〱あらんかしすこしきかせよや我ことふきせんとうちわらひ" }, { "vol": 23, "page": 764, "text": "給へる御有さまをとしのはしめのさかへにみたてまつるわれはと思あかれる中 将の君そかねてそみゆるなとこそかゝみのかけにもかたらひ侍りつれわたくし のいのりはなにはかりのことをかなときこゆあしたの程は人〱まいりこみて ものさはかしかりけるをゆふつかた御方〱のさむさし給はんとて心ことにひ きつくろひけさうしたまふ御かけこそけにみるかひあめれけさの人〱のたは ふれかはしつるいとうらやましくみえつるをうゑには我みせたてまつらんとて みたれたることすこしうちませつゝいはひきこえたまふ うすこほりとけぬるいけのかゝみにはよにたくひなきかけそならへるけに めてたき御あはひともなり くもりなきいけのかゝみによろつ世をすむへきかけそしるくみえけるなに ことにつけてもすゑとをき御契をあらまほしくきこへかはし給今日はねのひな りけりけにちとせの春をかけていはゝんにことはりなる日なりひめきみの御か たにわたり給へれはわらはしもつかへなとおまへの山のこまつひきあそふわか き人〱の心ちともおきところなくみゆきたのおとゝよりわさとかましくしあ" }, { "vol": 23, "page": 765, "text": "つめたるひけこともわりこなとたてまつれ給へりえならぬ五えうのえたにうつ るうくひすもおもふ心あらんかし とし月をまつにひかれてふる人にけふうくひすのはつねきかせよをとせぬ さとのときこへたまへるをけにあはれとおほしゝることいみもえし給はぬけし きなりこの御かへりはみつからきこえたまへはつねをしみ給へきかたにもあら すかしとて御すゝりとりまかなひかゝせたてまつらせたまふいとうつくしけに てあけくれみたてまつる人たにあかす思きこゆる御有さまをいまゝておほつか なきとし月のへたゝりけるもつみへかましくこゝろくるしとおほす ひきわかれとしはふれともうくひすのすたちしまつのねをわすれめやおさ なき御こゝろにまかせてくた〱しくそある夏の御すまひをみたまへはときな らぬけにやいとしつかにみえてわさとこのましきこともなくあてやかにすみな し給へるけはひみえわたるとし月にそへて御心のへたてもなくあはれなる御中 らひなりいまはあなかちにちかやかなる御有さまももてなしきこへたまはさり けりいとむつましくありかたからむいもせのちきりはかりきこえかはし給みき" }, { "vol": 23, "page": 766, "text": "帳へたてたれとすこしおしやり給へは又さてをはすはなたはけにゝほひおほか らぬあはひにて御くしなともいたくさかりすきにけりやさしきかたにあらねと えひかつらしてそつくろひ給へき我ならさらんひとはみさめしぬへき御有さま をかくてみるこそうれしくほいあれこゝろかろき人のつらにて我にそむきたま ひなましかはなと御たいめんのをりをりにはまつわか御こゝろのなかさをも人 の御こゝろのおもきをもうれしく思やうなりとおほしけりこまやかにふるとし の御ものかたりなとなつかしうきこえたまひてにしのたいへわたり給またいた くもすみなれたまはぬ程よりはけはひをかしくしなしてをかしけなるわらはへ のすかたなまめかしくひとかけあまたして御しつらひあるへきかきりなれとも こまやかなる御てうとはいとしもとゝのへ給はぬをさるかたにものきよけにす みなしたまへりさうしみもあなをかしけとふとみえてやまふきにもてはやし給 へる御かたちなといとはなやかにこゝそくもれるとみゆるところなくゝまなく にほひきらきらしくみまほしきさまそし給へる物おもひにしつみ給へるほとの しわさにやかみのすそすこしほそりてさはらかにかゝれるしもいとものきよけ" }, { "vol": 23, "page": 767, "text": "にこゝかしこいとけさやかなるさまし給へるをかくてみさらましかはとおもほ すにつけてはえしもみすくし給ましくやかていとへたてなくみたてまつり給へ となを思にへたゝりおほくあやしきかうつゝのこゝちもし給はねはまほならす もてなし給へるもいとをかしとしころになりぬる心ちしてみたてまつるも心や すくほいかなひぬるをつゝみなくもてなし給てあなたなとにもわたり給へかし いはけなきうひことならふ人もあめるをもろともにきゝならし給へうしろめた くあはつけきこゝろもたる人なきところなりときこえたまへはのたまはせんま ゝにこそはときこえたまふさもあることそかしくれかたになるほとにあかしの 御かたにわたり給ちかきわたとのゝとおしあくるよりみすのうちのおひかせな まめかしくふきにほはかしてものよりことにけたかくおほさるさうしみはみえ すいつらとみまはし給にすゝりのあたりにきはゝしくさうしともとりちらした るをとりつゝみたまふからのきのこと〱しきはしさしたるしとねにをかしけ なるきむうちをきわさとめきよしある火をけにしゝうをくゆらかしてものこと にしめたるにえひかうのかのまかへるいとえんなりてならひとものみたれうち" }, { "vol": 23, "page": 768, "text": "とけたるもすちかはりゆへあるかきさまなりこと〱しうさうかちなとにもさ へかかすめやすくかきすましたりこまつの御返をめつらしとみけるまゝにあは れなるふる事ともかきませて めつらしやはなのねくらにこつたひてたにのふるすをとつるうくひすこゑ まちいてたるなともありさけるおかへにいゑしあれはなとひきかへしなくさめ たるすちなとかきませつゝあるをとりてみ給つゝほゝゑみ給へるはつかしけな りふてさしぬらしてかきすさみたまふほとにゐさりいてゝさすかに身つからの もてなしはかしこまりをきてめやすきよういなるを猶人よりはことなりとおほ すしろきにけさやかなるかみのかゝりのすこしさはらかなるほとにうすらきに けるもいとゝなまめかしさそひてなつかしけれはあたらしきとしの御さはかれ もやとつゝましけれとこなたにとまり給ぬなをおほえことなりかしとかた〱 にこゝろをきておほすみなみのおとゝにはましてめさましかる人〱ありまた あけほのゝほとにわたり給ぬかくしもあるましき夜ふかさそかしと思になこり もたゝならすあはれに思まちとり給へるはたなまけやけしとおほすへかめる心" }, { "vol": 23, "page": 769, "text": "のうちはゝかられ給てあやしきうたゝねをしてわか〱しかりけるいきたなさ をさしもおとろかしたまはてと御けしきとり給もをかしくみゆことなる御いら へもなけれはわつらはしくてそらねをしつゝひたかくおほとのこもりおきたり 今日は臨時客の事にまきらはしてそおもかくし給かむたちめみこたちなとれい のゝこるなくまいり給へり御あそひありてひきいてものろくなとになしそこら つとひ給へるか我もおとらしともてなし給へる中にもすこしなすらひなるたに みえ給はぬ物かなとりはなちてはいうそくおほくものし給ころなれとおまへに てはけをされたまふわろしかしなにのかすならぬしもへともなとたにこの院に まいるには心つかひことなりけりましてわかやかなるかむたちめなとはおもふ こゝろなと物し給てすゝろにこゝろけさうし給つゝつねのとしよりもことなり 花のかさそふゆふかせのとかにうちふきたるにおまへのむめやう〱ひもとき てあはれなるたそかれときなるに物のしらへともおもしろくこのとのうたひた るひやうしいとはなやかなりおとゝもときときこゑうちそへたまへるさきくさ のすゑつかたいとなつかしうめてたくきこゆなに事もさしいてし給御ひかりに" }, { "vol": 23, "page": 770, "text": "はやされていろをもねをもますけちめことになんわかれけるかくのゝしるむま くるまのをとも物へたてゝきゝたまふ御方〱はゝちすの中のせかいにまたひ らけさらむ心ちもかくやと心やましけなりましてひんかしの院にはなれたまへ る御方〱はとし月にそへてつれ〱のかすのみまされとよのうきめみえぬ山 ちに思なすらへてつれなき人の御こゝろをはなにとかはみたてまつりとかめん そのほかの心もとなくさひしき事はたなけれはおこなひのかたの人はそのまき れなくつとめかなのよろつのさうしのかくもん心にいれたまはん人は又そのね かひにしたかひものまめやかにはか〱しきをきてにもたゝ心のねかひにした かひたるすまゐなりさはかしきひころすくしてわたり給へりひたちの宮の御方 には人の程あれは心くるしくおほして人めのかさりはかりはいとよくもてなし きこへたまふいにしへさかりとみえし御わかゝみもとしころにおとろへゆきま してたきのよとみはつかしけなる御かたわらめなとをいとをしとおほせはまほ にもむかひたまはすやなきはけにこそすさましかりけれとみゆるもきなし給へ る人からなるへしひかりもなくゝろきかいねりのさひ〱しくはりたるひとか" }, { "vol": 23, "page": 771, "text": "さねさるをりもののうちきおき給へるさむけに心くるしかゝさねのうちきなと はいかにしなしたるにかあらん御はなのいろはかりかすみにもまきるましくは なやかなるに御心にもあらすうちなけかれ給てことさらにみき丁ひきつくろひ へたて給中〱女はさしもおほしたらすいまはかくあはれになかき御こゝろの 程ををたしきものにうちとけたのみきこえ給へる御さまあはれなりかゝるかた にもをしなへての人ならすいとをしくかなしき人の御さまとおほせはあはれに 我たにこそはと御こゝろとゝめ給へるもありかたきそかし御こゑもいとさむけ にうちわなゝきつゝかたらひきこえ給みわつらひ給て御そものなとうしろみき こゆる人は侍りやかく心やすき御すまゐはたゝいとうちとけたるさまにふくみ なへたるこそよけれうわへはかりつくろひたる御よそひはあいなくなときこへ 給へはこち〱しくさすかにわらひ給てたいこのあさりのきみの御あつかひし 侍るとてきぬともゝえぬひ侍らてなんかはきぬをさへとられにしのちさむく侍 ときこえ給はいとはなあかき御せうとなりけり心うつくしといひなからあまり うちとけすきたりとおほせとこゝにてはいとまめにきすくの人にてをはすかは" }, { "vol": 23, "page": 772, "text": "きぬはいとよし山ふしのみのしろ衣にゆつり給てあへなんさてこのいたはりな きしろたへのころもはなゝへにもなとかゝさねたまはぬさるへきをり〱はう ちわすれたらん事もおとろかし給へかしもとよりをれ〱しくたゆき心のおこ たりにましてかた〱のまきらはしきゝほいにもおのつからなんとのたまひて むかひの院のみくらあけさせてきぬあやなとたてまつらせ給あれたるところも なけれとすみ給はぬ所のけはひはしつかにておまへのこたちはかりそいとをも しろくこうはいのさきいてたるにほひなとみはやす人もなきをみわたし給て ふるさとの春のこすゑにたつねきてよのつねならぬはなをみるかなひとり こち給へときゝしり給はさりけんかしうつせみのあま君にもにもさしのそき給 へりうけはりたるさまにもあらすかこやかにつほねすみにしなして仏はかりに ところえさせたてまつりておこなひつとめけるさまあはれにみえて経仏のかさ りはかなくしたるあかのくなともをかしけになまめかしく猶こゝろはせありと みゆるひとのけはひなりあをにひの木丁心はへをかしきにいたくゐかくれて袖 くちはかりそいろことなるしもなつかしけれはなみたくみたまひて松かうらし" }, { "vol": 23, "page": 773, "text": "まをはるかに思てそやみぬへかりけるむかしよりこゝろうかりける御契かなさ すかにかはかりのむつひはたゆましかりけるよなとのたまふあまきみも物あは れなるけはひにてかゝるかたにたのみきこえさするしもなんあさくはあらす思 給へしられ侍りけるときこゆつらきおり〱かさねて心まとはしたまひしよの むくひなとを仏にかしこまりきこゆるこそくるしけれおほしゝるやかくいとす なをにしもあらぬものをと思あはせたまふこともあらしやはとなんおもふとの たまふかのあさましかりしよのふる事をきゝおき給へるなんめりとはつかしく かゝる有さまを御覧しはてらるゝよりほかのむくひはいつこにか侍らんとてま ことにうちなきぬいにしへよりもゝのふかくはつかしけさまさりてかくもては なれたる事とおほすしもみはなちかたくおほさるれとはかなきことをのたまひ かくへくもあらすおほかたのむかしいまの物かたりをし給てかはかりのいふか ひたにあれかしとあなたをみやり給かやうにても御かけにかくれたる人〱お ほかりみなさしのそきわたし給ておほつかなき日かすつもるをり〱あれと心 のうちはおこたらすなんたゝかきりある道のわかれのみこそうしろめたけれい" }, { "vol": 23, "page": 774, "text": "のちそしらぬなとなつかしくの給いつれをもほと〱につけてあはれとおほし たり我はとおほしあかりぬへき御身の程なれとさしもこと〱しくもてなし給 はす所につけ人のほとにつけつゝあまねくなつかしくおはしませはたゝかはか りの御こゝろにかゝりてなんおほくの人〱としをへけることしはおとこたう か有内より朱雀院にまいりてつきにこの院へまいる道のほとゝをくて夜あけか たになりにけり月もくもりなくすみまさりてうす雪すこしふれるにはのえなら ぬに殿上人なと物ゝ上手おほかるころほひにてふゑのねもいとをもしろくふき たてゝこの御前へはことにこゝろつかひしたり御方〱も物みにわたりたまふ へくかねて御せうそくとも有けれは左右のたいわたとのなとに御つほねしつゝ をはすにしのたいのひめ君はしむてんのみなみの御方にわたり給てこなたのひ め君御たいめんありけりうゑもひとゝころにおはしませはみ木丁はかりへたて ゝきこえ給朱雀院のきさいの宮の御かたなとめくりける程に夜もやう〱あけ ゆけはみつむまやにてことそかせ給へきをれいあることよりもさまことに事く はへていみしくもてはやさせ給かけすさましきあか月つき夜にゆきはやう〱" }, { "vol": 23, "page": 775, "text": "ふりつむまつかせこたかくふきおろしものすさましくも有ぬへきほとにあを色 のなへはめるにしらかさねのいろあひなにのかさりかはみゆるかさしのわたは にほひもなきものなれとゝころからにやおもしろく心ゆきいのちのふるほとな り殿の中将のきみ内の大いとのゝきみたちそこらにすくれてめやすくはなやか なりほの〱とあけ行にゆきやゝちりてそゝろさむきにたけかはうたひてかよ れるすかたなつかしきこゑ〱のゑにもかきとゝめかたからんこそくちをしけ れ御方〱いつれも〱おとらぬ袖くちともこほれいてたるこちたさものゝい ろあひなともあけほのゝそらに春のにしきたちいてたるかすみのうちかとみわ たさるあやしく心ゆくみものにそありけるさるはかうこんしのよはなれたるさ まことふきのみたりかはしきをこめきたる事もこと〱しくとりなしたる中 〱なにはかりのおもしろかるへきひやうしもきこへぬものをれいのわたかつ きわたりてまかてぬ夜あけはてぬれは御かた〱かへりわたり給ぬおとゝのき みすこしおほとのこもりて日たかくおき給へり中将のこゑは弁少将のにをさ 〱おとらさむめるはあやしくいうそくともおひいつるころほひにこそあれい" }, { "vol": 23, "page": 776, "text": "にしへの人はまことにかしこきかたやすくれたることもおほかりけんなさけた ちたるすちはこのころの人にえしもまさらさりけんかし中将なとをはすく〱 しきおほやけひとにしなしてんとなむ思おきてしみつからのあされはみたるか たくなしさをもてはなれよと思しかと猶したにはほのすきたるすちの心をこそ とゝむへかめれもてしつめすくよかなるうわへはかりはうるさかんめりなとい とうつくしとおほしたり万春楽御くちすさみにのたまひて人〱のこなたにつ とひ給へるついてにいかてものゝねこゝろみてしかなわたくしのこえんすへし とのたまひて御ことゝものうるはしきふくろともしてひめをかせ給へるみなひ きいてゝおしのこひてゆるへるをとゝのへさせ給なとす御方〱心つかひいた くしつゝ心けさうをつくし給らんかし" }, { "vol": 24, "page": 781, "text": "やよひのはつかあまりのころほひ春の御前のありさまつねよりことにつくして にほふ花の色とりのこゑほかのさとにはまたふりぬにやとめつらしうみえきこ ゆ山のこたちなかしまのわたりいろまさるこけのけしきなとわかき人〱のは つかに心もとなくおもふへかめるにからめいたるふねつくらせ給けるいそきさ うそかせ給ひておろしはしめさせ給ひはうたつかさの人めして舟のかくせらる みこたちかむたちめなとあまたまいり給へり中宮この比さとにおはしますかの 春まつそのはとはけましきこえ給へりし御かへりもこの比やとおほしおとゝの 君もいかてこの花のおり御らむせさせむとおほしのたまへとついてなくてか るらかにはひわたりはなをもゝてあそひ給ふへきならねはわかき女はうたちの ものめてしぬへきをふねにのせ給うてみなみのいけのこなたにとほしかよはし なさせ給へるをちゐさき山をへたてのせきにみせたれとそのやまのさきよりこ きまひてひむかしのつり殿にこなたのわかき人〱あつめさせたまふ竜頭鷁首 をからのよそひにこと〱しうしつらひてかちとりのさをさすわらはへみなみ つらゆひてもろこしたゝせてさるおほきなるいけのなかにさしいてたれはまこ" }, { "vol": 24, "page": 782, "text": "とのしらぬくにゝきたらむ心ちしてあはれにおもしろくみならはぬ女はうなと はおもふなかしまのいりえのいはかけにさしよせてみれははかなきいしのたゝ すまひもたゝゑにかいたらむやうなりこなたかなたかすみあひたるこすゑとも にしきをひきわたせるにおまへのかたははる〱とみやられていろをましたる やなきえたをたれたる花もえもいはぬにほひをちらしたりほかにはさかりすき たるさくらもいまさかりにほおえみらうをめくれるふちの色もこまやかにひら けゆきにけりましていけのみつにかけをうつしたるやまふききしよりこほれて いみしきさかりなりみつとりとものつかひをはなれすあそひつゝほそきえたと もをくひてとひちかふをしのなみのあやにもんをましへたるなとものゝゑやう にもかきとらまほしきまことにをののえもくたいつへうおもひつゝひをくら す かせふけはなみの花さへ色みえてこやなにたてるやまふきのさき はるのいけやゐてのかはせにかよふらんきしの山ふきそこもにほへり かめのうへの山もたつねしふねのうちにおいせぬなをはこゝにのこさむ" }, { "vol": 24, "page": 783, "text": "春の日のうらゝにさしてゆくふねはさほのしつくも花そちりけるなとやう のはかなことゝもを心〱にいひかはしつゝゆくかたもかへらむさともわすれ ぬへうわかき人〱の心をうつすにことはりなる水のおもになむくれかゝるほ とにわうしやうといふかくいとおもしろくきこゆるに心にもあらすつり殿にさ しよせられておりぬこゝのしつらひいとことそきたるさまになまめかしきに御 方かたのわかき人とものわれおとらしとつくしたるさうすくかたちはなをこき ませたるにしきにおとらすみえわたる世にめなれすめつらかなるかくともつか うまつるまひ人なと心ことにえらはせ給て夜にいりぬれはいとあかぬ心ちして 御前のにはにかゝり火ともしてみはしのもとのこけのうへにかく人めしてかん たちめみこたちもみなをの〱ひきものふきものとりとりにしたまふものゝし ともことにすくれたるかきりそうてうふきてうへにまちとる御ことゝものしら へいとはなやかにかきたてゝあなたうとあそひ給ふほといけるかひありとなに のあやめもしらぬしつのをもみかとのわたりひまなきむまくるまのたちとにま しりてゑみさかへきゝけりそらのいろものゝねもはるのしらへひゝきはいとこ" }, { "vol": 24, "page": 784, "text": "とにまさりけるけちめを人〱おほしわくらむかし夜もすからあそひあかし給 かへりこゑに喜春楽たちそひて兵部卿みやあをやきおりかへしおもしろくうた ひ給あるしのおとゝもことくはへ給ふ夜もあけぬあさほらけのとりのさえつり を中宮はものへたてゝねたうきこしめしけりいつも春の光をこめ給へるおほ殿 なれと心をつくるよすかのまたなきをあかぬ事におほす人〱もありけるにに しのたいのひめ君こともなき御ありさまおとゝのきみもわさとおほしあかめき こえたまふ御けしきなとみなよにきこえいてゝおほししもしるく心なひかし給 人おほかるへしわか身さはかりとおもひあかり給ふきはの人こそたよりにつけ つゝけしきはみこといてきこえ給ふもありけれえしもうちいてぬ中の思ひにも えぬへきわかきむたちなともあるへしそのうちにことの心をしらてうちのおほ いとのの中将なとはすきぬへかめり兵部卿の宮はたとしころおはしけるきたの 方もうせ給てこのみとせはかりひとりすみにてわひたまへはうけはりていまは けしきはみたまふけさもいといたうそらみたれしてふちのはなをかさしてなよ ひさうとき給へる御さまいとおかしおとゝもおほしゝさまかなふとしたにはお" }, { "vol": 24, "page": 785, "text": "ほせとせめてしらすかほゝつくり給御かはらけのついてにいみしうもてなやみ たまうておもふ心侍らすはまかりにけ侍なましいとたえかたしやとすまひ給ふ むらさきのゆへにこゝろをしめたれはふちに身なけんなやはおしけきとて おとゝの君におなしかさしをまいり給いといたうほをゑみ給ひて ふちにみをなけつへしやとこの春は花のあたりをたちさらてみよとせちに とゝめたまへはえたちあかれ給はてけさの御あそひましていとおもしろしけふ は中宮のみと経のはしめなりけりやかてまかて給はてやすみ所とりつゝひの御 よそひにかへ給ふ人〱もおほかりさはりあるはまかてなともしたまふむまの 時はかりにみなあなたにまいり給ふおとゝの君をはしめたてまつりてみなつき わたり給ふ殿上人なとものこるなくまいるおほくはおとゝの御いきほひにもて なされ給ひてやむことなくいつくしき御ありさまなりはるのうへの御心さしに ほとけにはなたてまつらせ給ふとりてふにさうそきわけたるわらはへ八人かた ちなとことにとゝのへさせ給ひてとりにはしろかねのはなかめにさくらをさし てふはこかねのかめにやまふきをおなしきはなのふさいかめしう世になきにほ" }, { "vol": 24, "page": 786, "text": "ひをつくさせ給へりみなみの御まへのやまきはよりこきいてゝをまへにいつる ほと風ふきてかめのさくらすこしうちゝりまかふいとうらゝかにはれてかすみ のまよりたちいてたるはいとあはれになまめきてみゆわさとひらはりなともう つされすおまへにわたれるらうをかくやのさまにしてかりにあくらともをめし たりわらはへともみはしのもとによりてはなともたてまつる行香の人〱とり つきてあかにくはへさせ給御せうそこ殿の中将の君してきこえ給へり はなそのゝこてふをさへやしたくさに秋まつむしはうとくみるらむ宮かの 紅葉の御かへりなりけりとほおゑみて御らむすきのふの女はうたちもけに春の いろはえおとさせ給ましかりけりとはなにおれつゝきこえあへりうくひすのう らゝかなるねにとりのかくはなやかにきゝわたされていけのみつとりもそこは かとなくさへつりわたるにきうになりはつるほとあかすおもしろしてうはまし てはかなきさまにとひたちてやまふきのませのもとにさきこほれたる花のかけ にまひいつる宮のすけをはしめてさるへきうへ人ともろくとりつゝきてわらは へにたふとりにはさくらのほそなかてふにはやまふきかさね給はるかねてしも" }, { "vol": 24, "page": 787, "text": "とりあへたるやうなりものゝしともはしろきひとかさねこしさしなとつき〱 にたまふ中将の君にはふちのほそなかそへて女のさうそくかつけ給ふ御かへり きのふはねになきぬへくこそは こてふにもさそはれなましこゝろありてやへ山ふきをへたてさりせはとそ ありけるすくれたる御らうともにかやうの事はたへぬにやありけむおもふやう にこそみえぬ御くちつきともなめれまことやかのみものゝ女はうたち宮のには みなけしきあるをくりものともせさせ給ふけりさやうのことくはしけれはむつ かしあけくれにつけてもかやうのはかなき御あそひしけく心をやりてすくし給 へはさふらふ人もをのつからものおもひなきこゝちしてなむこなたかなたにも きこえかはし給ふにしのたいの御方はかのたうかのおりの御たいめんのゝちは こなたにもきこえかはし給ふかき御心もちゐやあさくもいかにもあらむけしき いとらうありなつかしき心はへとみえて人の心へたつへくもゝのしたまはぬひ とさまなれはいつかたにもみな心よせきこえ給へりきこえ給人いとあまたもの し給されとおとゝおほろけにおほしさたむへくもあらすわか御心にもすくよか" }, { "vol": 24, "page": 788, "text": "におやかりはつましき御心やそふらむちゝおとゝにもしらせやしてましなとお ほしよるおり〱もありとのゝ中将はすこしけちかくみすのもとなとにもより て御いらへ身つからなとするも女はつゝましうおほせとさるへきほとゝ人〱 もしりきこえたれは中将はすく〱しくておもひもよらす内のおほいとのゝ君 たちはこの君にひかれてよろつにけしきはみわひありくをその方のあはれには あらてしたに心くるしうまことのおやにさもしられたてまつりにしかなと人し れぬ心にかけたまへれとさやうにもゝらしきこえ給はすひとへにうちとけたの みきこえ給心むけなとらうたけにわかやかなりにるとはなけれとなをはゝ君の けはひにいとよくおほえてこれはかとめいたるところそゝひたるころもかへの いまめかしうあらたまれるころほひそらのけしきなとさへあやしうそこはかと なくおかしきをのとやかにおはしませはよろつの御あそひにてすくし給ふにた いの御方に人〱の御ふみしけくなりゆくをおもひしことゝおかしうおほいて ともすれはわたり給ひつゝこらむしさるへきには御かへりそゝのかしきこえ給 ひなとするをうちとけすくるしいことにおほいたり兵部卿の宮のほとなくいら" }, { "vol": 24, "page": 789, "text": "れかましきわひことゝもをかきあつめたまへるおほむふみをこらむしつけてこ まやかにわらひ給ふはやうよりへたつることなうあまたのみこたちの御なかに このきみをなんかたみにとりわきておもひしにたゝかやうのすちのことなむゐ みしうへたておもふ給ひてやみにしをよのすゑにかくすき給へる心はえをみる かおかしうもあはれにもおほゆるかなゝを御かへりなときこえ給へすこしもゆ へあらむ女のかのみこよりほかにまたことのはをかはすへき人こそ世におほえ ねいとけしきある人の御さまそやとわかき人はめて給ひぬへくきこえしらせ給 へとつつましくのみおほいたり右大将のいとまめやかにこと〱しきさました る人のこひのやまにはくしのたうれまねひつへきけしきにうれへたるもさるか たにおかしとみなみくらへ給なかにからのはなたのかみのいとなつかしうしみ ふかうにほへるをいとほそくちひさくむすひたるありこれはいかなれはかくむ すほゝれたるにかとてひきあけたまへりていとおかしうて おもふとも君はしらしなわきかへりいはもるみつにいろしみえねはかきさ まゐまめかしうそほれたりこれはいかなるそとゝひきこえ給へとはか〱しう" }, { "vol": 24, "page": 790, "text": "もきこえ給はす右近をめしいてゝかやうにをとつれきこえん人をはひとえりし ていらへなとはせさせよすき〱しうあされかましきいまやうの人のひんない ことしいてなとするをのこのとかにしもあらぬ事なりわれにて思ひしにもあな ゝさけなうらめしうもとそのおりにこそむしむなるにやもしはめさましかるへ ききはゝけやけうなともおほえけれわさとふかゝらてはなてふにつけたるたよ りことは心ねたうもてないたるなか〱心たつやうにもありまたさてわすれぬ るはなにのとかゝはあらむものゝたよりはかりのなをさりことにくちとう心え たるもさらてありぬへかりけるのちのなむとありぬへきわさなりすへて女のも のつゝみせす心のまゝにものゝあはれもしりかほつくりおかしき事をもみしら んなんそのつもりあちきなかるへきを宮大将はおほな〱なをさりことをうち いて給へきにもあらすまたあまりものゝほとしらぬやうならんも御ありさまに たかへりそのきはよりしもは心さしのおもむきにしたかひてあはれをもわき給 へらうをもかそへ給へなときこえ給へはきみはうちそむきておはするそはめい とおかしけなりなてしこのほそなかにこのころのはなのいろなる御こうちきあ" }, { "vol": 24, "page": 791, "text": "はひけちかういまめきてもてなしなともさはいへとゐなかひ給へりしなこりこ そたゝありにおほとかなるかたにのみはみえ給ひけれ人のありさまをもみしり 給ふまゝにいとさまようなよひかにけさうなとも心してもてつけたまへれはい とゝあかぬ所なくはなやかにうつくしけなりこと人とみなさむはいとくちおし かへうおほさるうこむもうちゑみつゝみたてまつりておやときこえんにはにけ なうわかくおはしますめりさしならひたまへらんはしもあはひめてたしかしと おもひゐたりさらに人の御せうそこなとはきこえつたふる事侍らすさきさきも しろしめし御らむしたるみつよつはひきかへしはしたなめきこえむもいかゝと て御ふみはかりとりいれなとし侍めれと御かへりはさらにきこえさせ給ふおり はかりなむそれをたにくるしいことにおほいたるときこゆさてこのわかやかに むすほゝれたるはたかそいといたうかいたるけしきかなとほゝゑみて御らんす れはかれはしふねうとゝめてまかりにけるにこそ内のおほいとのゝ中将のこの さふらふみるこをそもとよりみしり給へりけるつたへにて侍けるまたみいるゝ 人も侍らさりしにこそときこゆれはいとらうたき事かなけらうなりともかのぬ" }, { "vol": 24, "page": 792, "text": "したちをはいかゝいとさはゝしたなめむ公卿といへとこの人のおほえにかなら すしもならふましきこそおほかれさるなかにもいとしつまりたる人なりをのつ から思ひあはする世もこそあれけちえむにはあらてこそいひまきらはさめみと ころあるふみかきかなゝととみにもうちをきたまはすかうなにやかやときこゆ るをもおほす所やあらむとやゝましきをかのおとゝにしられたてまつり給はむ 事もまたわか〱しうなにとなきほとにこゝらとしへ給へる御なかにさしいて 給はむ事はいかゝとおもひめくらし侍るなを世のひとのあめるかたにさたまり てこそはひとひとしうさるへきついてもゝのしたまはめとおもふを宮はひとり ものし給やうなれとひとからいといたうあためいてかよひたまふところあまた きこえめしうとゝかにくけなるなのりする人ともなむかすあまたきこゆるさや うならむ事はにくけなうてみなほいたまはむ人はいとようなたらかにもてけち てむすこし心にくせありては人にあかれぬへきことなむをのつからいてきぬへ きをその御心つかひなむあへき大将はとしへたる人のいたうねひすきたるをい とひかてにともとむなれとそれも人〱わつらはしかるなりさもあへい事なれ" }, { "vol": 24, "page": 793, "text": "はさまさまになむ人しれす思ひさためかね侍るかうさまのことはおやなとにも さはやかにわかおもふさまとてかたりいてかたきことなれとさはかりの御よは ひにもあらすいまはなとかなにことをも御心にわいたまはさらむまろをむかし さまになすらへてはゝ君と思ひないたまへ御心にあかさらむことは心くるしく なといとまめやかにてきこえ給へはくるしうて御いらへきこえむともおほえ給 はすいとわか〱しきもうたておほえてなにこともおもひしり侍らさりけるほ とよりおやなとはみぬものにならひ侍てともかくも思ふたまへられすなむとき こえ給さまのいとおいらかなれはけにとおほいてさらは世のたとひのゝちのお やをそれとおほいてをろかならぬ心さしのほともみあらはしはて給てむやなと うちかたらひ給おほすさまのことはまはゆけれはえうちいて給はすけしきある ことはゝとき〱ませ給へとみしらぬさまなれはすゝろにうちなけかれてわた り給おまへちかきくれたけのいとわかやかにおいたちてうちなひくさまのなつ かしきにたちとまり給うて ませのうちにねふかくうへし竹のこのをのかよゝにやおひわかるへきおも" }, { "vol": 24, "page": 794, "text": "へはうらめしかへい事そかしとみすをひきあけてきこえ給へはゐさりいてゝ いまさらにいかならむよかわかたけのおいはしめけむねをはたつねんなか 〱にこそ侍らめときこえ給ふをいとあはれとおほしけりさるは心のうちには さもおもはすかしいかならむおりきこえいてむとすらむと心もとなくあはれな れとこのおとゝの御心はへのいとありかたきをおやときこゆとももとよりみな れたまはぬはえかうしもこまやかならすやとむかしものかたりをみ給にもやう 〱人のありさま世中のあるやうをみしり給へはいとつゝましう心としられた てまつらむことはかたかるへうおほすとのはいとゝらうたしとおもひきこえ給 ふうへにもかたり申たまふあやしうなつかしき人のありさまにもあるかなかの いにしへのはあまりはるけ所なくそありしこの君はものゝありさまもみしりぬ へくけちかきこゝろさまそひてうしろめたからすこそみゆれなとほめたまふた ゝにしもおほすましき御心さまをみしり給へれはおほしよりてものゝ心えつへ くはものし給ふめるをうらなくしもうちとけたのみきこえ給らんこそ心くるし けれとのたまへはなとたのもしけなくやはあるへきときこえ給へはいてやわれ" }, { "vol": 24, "page": 795, "text": "にてもまたしのひかたうものおもはしきおりおりありし御心さまの思いてらる ゝふしふしなくやはとほゝゑみてきこえ給へはあな心とゝおほいてうたてもお ほしよるかないとみしらすしもあらしとてわつらはしけれはの給ひさして心の うちに人のかうをしはかり給ふにもいかゝはあへからむとおほしみたれかつは ひか〱しうけしからぬわかこゝろのほともおもひしられ給ふけり心にかゝれ るまゝにしは〱わたり給ひつゝみたてまつり給あめのうちふりたるなこりの いとものしめやかなるゆふつかた御まへのわかゝえてかしわきなとのあをやか にしけりあひたるかなにとなく心ちよけなるそらをみいたし給ひてわしてまた きよしとうちすし給うてまつこのひめ君の御さまのにほひやかけさをおほしい てられてれいのしのひやかにわたり給へりてならひなとしてうちとけ給へりけ るをおきあかり給てはちらひ給へるかほのいろあひいとおかしなこやかなるけ はひのふとむかしおほしいてらるゝにもしのひかたくてみそめたてまつりしは いとかうしもおほえ給はすと思ひしをあやしうたゝそれかとおもひまかへらる ゝおり〱こそあれあはれなるわさなりけり中将のさらにむかしさまのにほひ" }, { "vol": 24, "page": 796, "text": "にもみえぬならひにさしもにぬものと思ふにかゝる人もゝのしたまうけるよと てなみたくみ給へりはこのふたなる御くたものゝなかにたちはなのあるをまさ くりて たちはなのかほりしそてによそふれはかはれるみともおもほえぬかなよと ゝもの心にかけてわすれかたきになくさむことなくてすきつるとしころをかく てみたてまつるはゆめにやとのみおもひなすをなをえこそしのふましけれおほ しうとむなよとて御てをとらへたまへれは女かやうにもならひ給はさりつるを いとうたておほゆれとおほとかなるさまにてものし給ふ そてのかをよそふるからにたちはなのみさへはかなくなりもこそすれむつ かしとおもひてうつふし給へるさまいみしうなつかしうてつきのつふ〱とこ ゑ給へるみなりはたつきのこまやかにうつくしけなるに中〱なるものおもひ そふこゝちしたまてけふはすこしおもふこときこえしらせ給ひける女は心うく いかにせむとおほえてわなゝかるけしきもしるけれとなにかゝくうとましとは おほいたるいとよくもてかくして人にとかめらるへくもあらぬ心のほとそよさ" }, { "vol": 24, "page": 797, "text": "りけなくてをもてかくし給へあさくも思きこえさせぬ心さしにまたそふへけれ は世にたくひあるましきこゝちなんするをこのをとつれきこゆる人〱にはお ほしおとすへくやはあるいとかうふかき心ある人は世にありかたかるへきわさ なれはうしろめたくのみこそとのたまふいとさかしらなる御おや心なりかしあ めはやみてかせのたけになるほとはなやかにさしいてたる月かけおかしきよの さまもしめやかなるに人〱はこまやかなる御ものかたりにかしこまりをきて けちかくもさふらはすつねにみたてまつり給ふ御なかなれとかくよきおりしも ありかたけれはことにいてたまへるついての御ひたふる心にやなつかしい程な る御そとものけはひはいとようまきらはしすへしたまひてちかやかにふし給へ はいと心うく人のおもはむ事もめつらかにいみしうおほゆまことのおやの御あ たりならましかはおろかにはみはなち給ふともかくさまのうき事はあらましや とかなしきにつゝむとすれとこほれいてつゝいとこゝろくるしき御けしきなれ はかうおほすこそつらけれもてはなれしらぬ人たによのことはりにてみなゆる すわさなめるをかくとしへぬるむつましさにかはかりみえたてまつるやなにの" }, { "vol": 24, "page": 798, "text": "うとましかるへきそこれよりあなかちなる心はよもみせたてまつらしおほろけ にしのふるにあまるほとをなくさむるそやとてあはれけになつかしうきこえ給 事おほかりましてかやうなるけはひはたゝむかしの心ちしていみしうあはれな りわか御心なからもゆくりかにあはつけきこととおほししらるれはいとよくお ほしかへしつゝ人もあやしとおもふへけれはいたう夜もふかさていて給ぬおも ひうとみたまはゝいと心うくこそあるへけれよその人はかうほれ〱しうはあ らぬものそよかきりなくそこひしらぬこゝろさしなれはひとのとかむへきさま にはよもあらしたゝむかしこひしきなくさめにはかなきことをもきこえんおな し心にいらへなとし給へといとこまかにきこへ給へとわれにもあらぬさまして いと〱うしとおほいたれはいとさはかりにはみたてまつらぬ御心はへをいと こよなくもにくみたまふへかめるかなとなけきたまいてゆめけしきなくてをと ていて給ひぬ女君も御としこそすくし給ひにたるほとなれ世中をしりたまはぬ なかにもすこしうちよなれたる人のありさまをたにみしりたまはねはこれより けちかきさまにもおほしよらすおもひのほかにもありけるよかなとなけかしき" }, { "vol": 24, "page": 799, "text": "にいとけしきもあしけれはひと〱御心ちなやましけにみえ給ふともてなやみ きこゆとのゝ御けしきのこまやかにかたしけなくもおはしますかなまことの御 おやときこゆともさらにかはかりおほしよらぬことなくはもてなしきこえ給は しなと兵部なともしのひてきこゆるにつけていとゝおもはすに心つきなき御心 のありさまをうとましう思はてたまふにも身そ心うかりけるまたのあした御文 とくありなやましかりてふし給へれと人〱御すゝりなとまいりて御かへりと くときこゆれはしふ〱にみたまふしろきかみのうはへはおひらかにすく〱 しきにいとめてたうかいたまへりたくひなかりし御けしきこそつらきしもわす れかたういかに人みたてまつりけむ うちとけてねもみぬものをわかくさのことありかほにむすほゝるらむおさ なくこそものし給ひけれとさすかにおやかりたる御ことはもいとにくしとみた まひて御かへり事きこえさらむも人めあやしけれはふくよかなるみちのくにか みにたゝうけたまはりぬみたり心ちのあしう侍れはきこえさせぬとのみあるに かやうのけしきはさすかにすくよかなりとほゝゑみてうらみ所ある心ちしたま" }, { "vol": 24, "page": 800, "text": "ふうたてある心かないろにゐてたまひてのちはおほたのまつのとおもはせたる ことなくむつかしうきこえ給ことおほかれはいとゝところせきこゝちしてをき 所なきものおもひつきていとなやましうさへし給ふかくてことの心しる人はす くなうてうときもしたしきもむけのおやさまに思きこえたるをかうやうのけし きのもりいてはいみしう人わらはれにうきなにもあるへきかなちゝおとゝなと のたつねしり給にてもまめまめしき御心はへにもあらさらむものからましてい とあはつけうまちきゝおほさんことゝよろつにやすけなうおほしみたる宮大将 なとはとのゝ御けしきもてはなれぬさまにつたへきゝ給うていとねんころにき こえたまふこのいはもる中将もおとゝの御ゆるしをみてこそかたよりにほのき ゝてまことのすちをはしらすたゝひとへにうれしくてをりたちうらみきこえま とひありくめり" }, { "vol": 25, "page": 805, "text": "いまはかくおも〱しきほとによろつのとやかにおほししつめたる御ありさま なれはたのみきこえさせ給へる人〱さま〱につけてみな思ふさまにさたま りたゝよはしからてあらまほしくてすくし給ふたいのひめ君こそいとおしく思 ひのほかなる思ひそひていかにせむとおほしみたるめれかのけむかうかりしさ まにはなすらふへきけはひならねとかゝるすちにかけても人の思ひよりきこゆ へき事ならねは心ひとつにおほしつゝさまことにうとましとおもひきこえ給ふ なに事をもおほししりにたる御よはひなれはとさまかうさまにおほしあつめつ ゝはゝ君のおはせすなりにけるくちをしさもまたとりかへしおしくかなしくお ほゆおとゝもうちいてそめ給ひてはなか〱くるしくおほせと人めをはゝかり 給ひつゝはかなき事をもえきこえ給はすくるしくもおほさるゝまゝにしけくわ たり給ひつゝおまへの人とをくのとやかなるおりはたゝならすけしきはみきこ え給ふことにむねつふれつゝけさやかにはしたなくきこゆへきにはあらねはた ゝみしらぬさまにもてなしきこえ給ふ人さまのわらゝかにけちかくものしたま へはいたくまめたち心し給へと猶をかしくあいきやうつきたるけはひのみみえ" }, { "vol": 25, "page": 806, "text": "給へり兵部卿宮なとはまめやかにせめきこえ給ふ御らうの程はいくはくならぬ にさみたれになりぬるうれへをし給ひてすこしけちかきほとをたにゆるし給は ゝ思ふ事をもかたはしはるけてしかなときこえ給へるをとのこらむしてなにか はこの君たちのすき給はむはみところありなむかしもてはなれてなきこえ給ひ そ御かへりとき〱きこえ給へとてをしへてかゝせたてまつりたまへといとゝ うたておほえ給へはみたり心ちあしとてきこえ給はす人〱もことにやむこと なくよせおもきなともおさ〱なしたゝはゝ君の御をちなりけるさい将はかり の人のむすめにて心はせなとくちおしからぬかよにおとろへのこりたるをたつ ねとり給へるさい将の君とててなともよろしくかきおほかたもおとなひたる人 なれはさるへきおり〱の御かへりなとかゝせたまへはめしいてゝことはなと の給ひてかゝせ給ふものなとのた給ふさまをゆかしとおほすなるへしさうしみ はかくうたてあるものなけかしさの後はこの宮なとはあはれけにきこえ給ふと きはすこしみいれ給ふ時もありけりなにかとおもふにはあらすかく心うき御け しきみぬわさもかなとさすかにされたるところつきておほしけりとのはあいな" }, { "vol": 25, "page": 807, "text": "くをのれ心けさうして宮をまちきこえ給ふもしり給はてよろしき御かへりのあ るをめつらしかりていとしのひやかにおはしましたりつまとのまに御しとねま いらせてみき丁はかりをへたてにてちかきほとなりいといたう心してそらたき もの心にくきほとにゝほはしてつくろひおはするさまおやにはあらてむつかし きさかしら人のさすかにあはれにみえたまふさい将の君なとも人の御いらへき こえむ事もおほえすはつかしくてゐたるをむもれたりとひきつみ給へはいとわ りなし夕やみすきておほつかなき空のけしきのくもらはしきにうちしめりたる 宮の御けはひもいとえむなりうちよりほのめくおひかせもいとゝしき御にほひ のたちそひたれはいとふかくかほりみちてかねておほしゝよりもおかしき御け はひを心とゝめたまひけりうちいてゝ思ふ心のほとをの給ひつゝけたることの はおとな〱しくひたふるにすき〱しくはあらていとけはひことなりおとゝ いとおかしとほのきゝおはすひめ君はひんかしおもてにひきいりておほとのこ もりりにけるをさい将の君の御せうそこつたへにゐさりいりたるにつけていと あまりあつかはしき御もてなしなりよろつのことさまにしたかひてこそめやす" }, { "vol": 25, "page": 808, "text": "けれひたふるにわかひ給ふへきさまにもあらすこの宮たちをさへさしはなちた る人つてにきこえ給ましきことなりかし御こゑこそおしみ給ふともすこしけち かくたにこそなといさめきこえ給へとゐとわりなくてことつけてもはいゝり給 ぬへき御心はへなれはとさまかうさまにわひしけれはすへりいてゝもやのきは なるみき丁のもとにかたはらふし給へるなにくれとことなかき御いらへきこえ 給ふこともなくおほしやすらふによりたまひてみき丁のかたひらをひとへうち かけ給ふにあはせてさとひかるものしそくをさしいてたるかとあきれたりほた るをうすきかたにこのゆふつかたいとおほくつゝみをきてひかりをつゝみかく し給へりけるをさりけなくとかくひきつくろふやうにてにわかにかくけちえむ にひかれるにあさましくてあふきをさしかくし給へるかたはらめいとおかしけ なりおとろかしきひかりみえは宮ものそき給なむわかむすめとおほすはかりの おほえにかくまてのたまふなめり人さまかたちなといとかくしもくしたらむと はえをしはかり給はしいとよくすき給ひぬへき心まとはさむとかまへありき給 ふなりけりまことのわかひめ君をはかくしもゝてさはき給はしうたてある御心" }, { "vol": 25, "page": 809, "text": "なりけりこと方よりやをらすへりいてゝわたり給ひぬ宮は人のおはするほとさ はかりとをしはかり給ふかすこしけちかきけはひするに御心ときめきせられ給 ひてえならぬうすものゝかたひらのひまよりみいれ給へるにひとまはかりへた てたるみわたしにかくおほえなきひかりのうちほのめくをおかしとみたまふ程 もなくまきらはしてかくしつされとほのかなるひかりえむなることのつまにも しつへくみゆほのかなれとそひやかにふし給へりつるやうたいのおかしかりつ るをあかすおほしてけにこのこと御心にしみにけり なくこゑもきこえぬむしの思ひたに人のけつにはきゆるものかはおもひし り給ひぬやときこえ給ふかやうの御かへしを思まはさむもねちきたれはときは かりをそ 声はせて身をのみこかすほたるこそいふよりまさるおもひなるらめなとは かなくきこえなして御みつからはひきいり給ひにけれはいとはるかにもてなし 給ふうれはしさをいみしくうらみきこえ給ふすきすきしきやうなれはゐたまひ もあかさてのきのしつくもくるしさにぬれ〱よふかくいて給ひぬほとゝきす" }, { "vol": 25, "page": 810, "text": "なとかならすうちなきけむかしうるさけれはこそきゝもとめね御けはひなとの なまめかしさはいとよくおとゝの君ににたてまつり給へりと人〱もめてきこ えけりよへいとめおやたちてつくろひ給ひし御けはひをうち〱はしらてあは れにかたしけなしとみないふひめ君はかくさすかなる御けしきをわか身つから のうさそかしおやなとにしられたてまつりよのひとめきたるさまにてかやうな る御心はへならましかはなとかはいとにけなくもあらまし人にゝぬありさまこ そつゐによかたりにやならむとおきふしおほしなやむさるはまことにゆかしけ なきさまにはもてなしはてしとおとゝはおほしけりなをさる御心くせなれは中 宮なともいとうるはしくや思ひきこえ給へることにふれつゝたゝならすきこえ うこかしなとし給へとやむことなき方のをよひなくわつらはしさにおりたちあ らはしきこえより給はぬをこの君は人の御さまもけちかくいまめきたるにをの つからおもひしのひかたきにおり〱人みたてまつりつけはうたかひおひぬへ き御もてなしなとはうちましるわさなれとありかたくおほしかへしつゝさすか なる御なかなりけり五日にはむまはのおとゝにいて給けるついてにわたり給へ" }, { "vol": 25, "page": 811, "text": "りいかにそや宮は夜やふかし給ひしいたくもならしきこえしわつらはしきけそ ひ給へる人そやひとの心やふりものゝあやまちすましき人はかたくこそありけ れなといけみころしみいましめおはする御さまつきせすわかくきよけにみえ給 つやも色もこほるはかりなる御そになをしはかなくかさなれるあはひもいつこ にくはゝれるきよらにかあらむこのよの人のそめいたしたるとみえすつねの色 もかへぬあやめもけふはめつらかにおかしくおほゆるかほりなとも思ふ事なく はおかしかりぬへき御ありさまかなとひめ君おほす宮より御ふみありしろきう すやうにて御てはいとよしありてかきなし給へりみるほとこそおかしけれまね ひいつれはことなることなしや けふさへやひく人もなきみかくれにおふるあやめのねのみなかれんためし にもひきいてつへきねにむすひつけ給へれはけふの御かへりなとそゝのかしを きていて給ひぬこれかれもなをときこゆれは御心にもいかゝおほしけむ あらはれていとゝあさくもみゆるかなあやめもわかすなかれけるねのわか 〱しくとはかりほのかにそあめるてをいますこしゆへつけたらはと宮はこの" }, { "vol": 25, "page": 812, "text": "ましき御心にいさゝかあかぬことゝみたまひけむかしくすたまなとえならぬさ まにて所〱よりおほかりおほししつみつるとしころのなこりなき御ありさま にてこゝろゆるひ給ふ事もおほかるにおなしくは人のきすつくはかりのことな くてもやみにしかなといかゝおほさゝらむとのはひむかしの御方にもさしのそ き給ひて中将のけふのつかさのてつかひのついてにをのこともひきつれてもの すへきさまにいひしをさる心し給へまたあかきほとにきなむものそあやしくこ ゝにはわさとならすしのふることをもこのみこたちのきゝつけてとふらひもの し給へはをのつからこと〱しくなむあるをようゐしたまへなときこえ給ふむ まはのおとゝはこなたのらうよりみとおすほととをからすわかき人〻わたとの ゝとあけてものみよや左のつかさにいとよしある官人おほかるころなりせう 〱の殿上人におとるましとのたまへはものみむことをいとおかしとおもへり たいの御方よりもわらはへなとものみにわたりきてらうのとくちにみすあをや かにかけわたしていまめきたるすそこのみき丁ともたてわたしわらはしもつか へなとさまよふさうふかさねのあこめふたあひのうすものゝかさみきたるわら" }, { "vol": 25, "page": 813, "text": "はへそにしのたいのなめるこのましくなれたるかきり四人しもつかへはあふち のすそこの裳なてしこのわかはのいろしたるからきぬけふのよそひともなりこ なたのはこきひとかさねになてしこかさねのかさみなとおほとかにてをの〱 いとみかほなるもてなしみところありわかやかなる殿上人なとはめをたてゝけ しきはむひつしの時にむまはのおとゝにいて給ひてけにみこたちおはしつとひ たりてつかひのおほやけことにはさまかはりてすけたちかきつれまいりてさま ことにいまめかしくあそひくらし給ふ女はなにのあやめもしらぬことなれとと ねりともさへえむなるさうそくをつくして身をなけたるてまとはしなとをみる そおかしかりけるみなみのまちもとをしてはる〱とあれはあなたにもかやう のわかき人ともはみけり打毬楽らくそむなとあそひてかちまけのらさうともの ゝしるもよにいりはてゝなに事もみえすなりはてぬとねりとものろくしな〱 給はるいたくふけてひとひとみなあかれ給ひぬおとゝはこなたにおほとのこも りぬ物かたりなときこえ給て兵部卿宮の人よりはこよなくものし給かなかたち なとはすくれねとようゐけしきなとよしありあいきやうつきたる君なりしのひ" }, { "vol": 25, "page": 814, "text": "てみたまひつやよしといへとなをこそあれとのたまふ御おとうとにこそものし 給へとねひまさりてそみえ給ひけるとしころかくおりすくさすわたりむつひき こえ給ふときゝ侍れとむかしの内わたりにてほのみたてまつりし後おほつかな しかしいとよくこそかたちなとねひまさり給ひにけれそちのみこよくものした まふめれとけはひおとりておほ君けしきにそものし給ひけるとのたまへはふと みしりたまひにけりとおほせとほゝゑみてなをあるをよしともあしともかけ給 はす人のうへをなむつけおとしめさまの事いふ人をはいとおしきものにしたま へは右大将なとをたに心にくき人にすめるをなにはかりかはあるちかきよすか にてみむはあかぬ事にやあらむとみたまへとことにあらはしてものたまはすい まはたたおほかたの御むつひにておましなともこと〱にておほとのこもるな とてかくはなれそめしそと殿はくるしかり給ふおほかたなにやかやともそはみ きこえ給はてとしころかくおりふしにつけたる御あそひともを人つてにみきゝ 給ひけるにけふめつらしかりつることはかりをそこのまちのおほえきら〱し とおほしたる" }, { "vol": 25, "page": 815, "text": "そのこまもすさめぬ草となにたてるみきはのあやめけふやひきつるとおほ とかにきこえ給なにはかりの事にもあらねとあはれとおほしたり にほとりにかけをならふるわかこまはいつかあやめにひきわかるへきあい たちなき御事ともなりやあさゆふのへたてあるやうなれとかくてみたてまつる は心やすくこそあれたはふれ事なれとのとやかにおはする人さまなれはしつま りてきこえなし給ふゆかをはゆつりきこえ給ひてみき丁ひきへたてゝおほとの こもるけちかくなとあらむすちをはいとにけなかるへきすちに思ひはなれはて きこえ給へれはあなかちにもきこえ給はすなかあめれいのとしよりもいたくし てはるゝかたなくつれ〱なれは御方〱ゑものかたりなとのすさひにてあか しくらし給ふあかしの御かたはさやうのことをもよしありてしなし給てひめ君 の御方にたてまつり給ふにしのたいにはましてめつらしくおほえ給ことのすち なれはあけくれかきよみいとなみおはすつきなからぬわか人あまたありさま 〱にめつらかなる人のうへなとをまことにやいつはりにやいひあつめたる中 にもわかありさまのやうなるはなかりけりとみたまふすみよしのひめ君のさし" }, { "vol": 25, "page": 816, "text": "あたりけむおりはさるものにていまのよのおほえもなを心ことなめるにかそへ のかみかほと〱しかりけむなとそかのけむかゆゝしさをおほしなすらへ給ふ とのもこなたかなたにかゝるものとものちりつゝ御めにはなれねはあなむつか し女こそものうるさからす人にあさむかれむとむまれたるものなれこゝらのな かにまことはいとすくなからむをかつしる〱かゝるすゝろ事に心をうつしは かられ給ひてあつかはしきさみたれのかみのみたるゝもしらてかき給ふよとて わらひ給ものからまたかゝるよのふる事ならてはけになにをかまきるゝことな きつれつれをなくさめましさてもこのいつはりとものなかにけにさもあらむと あはれをみせつき〱しくつゝけたるはたはかなしことゝしりなからいたつら に心うこきらうたけなるひめ君のものおもへるみるにかた心つくかしまたいと あるましき事かなとみる〱おとろ〱しくとりなしけるかめおとろきてしつ かにまたきくたひそにくけれとふとおかしきふしあらはなるなともあるへしこ のころおさなき人の女はうなとに時〱よまするをたちきけはものよくいふも のゝよにあるへきかなそらことをよくしなれたるくちつきよりそいひいたすら" }, { "vol": 25, "page": 817, "text": "むとおほゆれとさしもあらしやとのたまへはけにいつはりなれたる人やさま 〱にさもくみ侍らむたゝいとまことのことゝこそ思ふ給へられけれとてすゝ りをゝしやり給へはこちなくもきこえおとしてけるかな神よゝり世にあること をしるしをきけるなゝり日本記なとはたゝかたそはそかしこれらにこそみち 〱しくくはしき事はあらめとてわらひ給ふその人のうへとてありのまゝにい ひいつる事こそなけれよきもあしきも世にふる人のありさまのみるにもあかす きくにもあまることを後の世にもいひつたへさせまほしきふし〱を心にこめ かたくていひをきはしめたるなりよきさまにいふとてはよき事のかきりえりい てゝ人にしたかはむとては又あしきさまのめつらしき事をとりあつめたるみな かたかたにつけたるこのよのほかのことならすかし人のみかとのさえつくりや うかはるおなしやまとのくにのことなれはむかしいまのにかはるへしふかきこ とあさき事のけちめこそあらめひたふるにそら事といひはてむもことの心たか ひてなむありけるほとけのいとうるはしき心にてときをき給へる御法もはうへ むといふ事ありてさとりなきものはこゝかしこたかふうたかひをゝきつへくな" }, { "vol": 25, "page": 818, "text": "んはうとう経の中におほかれといひもてゆけはひとつむねにありてほたいとほ むなうとのへたゝりなむこの人のよきあしきはかりの事はかはりけるよくいへ はすへてなに事もむなしからすなりぬやとものかたりをいとわさとのことにの たまひなしつさてかゝるふる事の中にまろかやうにしほうなるしれものゝ物語 はありやいみしくけとをきものゝひめ君も御心のやうにつれなくそらおほめき したるはよにあらしないさたくひなきものかたりにして世につたへさせんとさ しよりてきこえ給へはかほゝひきいれてさらすともかくめつらかなる事はよか たりにこそはなり侍ぬへかめれとのたまへはめつらかにやおほえ給けにこそま たなき心ちすれとてよりゐたまへるさまいとあされたり 思ひあまりむかしのあとをたつぬれとおやにそむけるこそたくひなきふけ うなるはほとけのみちにもいみしくこそいひたれとのたまへとかほもゝたけ給 はねは御くしをかきやりつゝいみしくうらみ給へはからうして ふるきあとをたつぬれとけになかりけりこのよにかゝるおやの心はときこ え給も心はつかしけれはいといたくもみたれ給はすかくしていかなるへき御あ" }, { "vol": 25, "page": 819, "text": "りさまならむゝらさきのうへもひめ君の御あつらへにことつけて物かたりはす てかたくおほしたりくまのゝものかたりのゑにてあるをいとよくかきたるゑか なとてこらむすちゐさき女君のなに心もなくてひるねしたまへる所をむかしの ありさまおほしいてゝ女君はみたまふかゝるわらはとちたにいかにされたりけ りまろこそなをためしにしつへく心のとけさは人にゝさりけれときこえいて給 へりけにたくひおほからぬ事ともはこのみあつめ給へりけりかしひめ君の御ま へにてこのよなれたるものかたりなとなよみきかせ給ひそみそか心つきたるも のゝむすめなとはおかしとにはあらねとかゝる事よにはありけりとみなれ給は むそゆゝしきやとのたまふもこよなしとたいの御方きゝ給はゝ心をき給ひつへ くなむうへ心あさけなる人まねともはみるにもかたはらいたくこそうつほのふ ちはら君のむすめこそいとおもりかにはか〱しき人にてあやまちなかめれと すくよかにいひいてたる事もしわさも女しき所なかめるそひとやうなめるとの たまへはうつゝの人もさそあるへかめるひと〱しくたてたるおもむきことに てよきほとにかまへぬやよしなからぬおやの心とゝめておほしたてたる人のこ" }, { "vol": 25, "page": 820, "text": "めかしきをいけるしるしにてをくれたる事おほかるはなにわさしてかしつきし そとおやのしわさゝへおもひやらるゝこそいとをしけれけにさいへとその人の けはひよとみえたるはかひありおもたゝしかしことはのかきりまはゆくほめを きたるにしいてたるわさいひいてたることのなかにけにとみえきこゆる事なき いとみをとりするわさなりすへてよからぬ人にいかてひとほめさせしなとたゝ このひめ君のてむつかれ給ふましくとよろつにおほしのたまふまゝはゝのはら きたなきむかしものかたりもおほかるを此比心みえに心つきなしとおほせはい みしくえりつゝなむかきとゝのへさせゑなとにもかゝせ給ひける中将の君をこ なたにはけとをくもてなしきこえ給へれとひめ君の御方にはさしもさしはなち きこえ給はすならはし給ふわかよの程はとてもかくてもおなしことなれとなか らむよを思ひやるになをみつきおもひしみぬる事ともこそとりわきてはおほゆ へけれとてみなみおもてのみすのうちはゆるし給へりたいはむ所女はうのなか はゆるし給はすあまたおはせぬ御なからひにていとやむことなくかしつききこ え給へりおほかたの心もちゐなともいともの〱しくまめやかにものし給ふき" }, { "vol": 25, "page": 821, "text": "みなれはうしろやすくおほしゆつれりまたいはけたる御ひゝなあそひなとのけ はひのみゆれはかの人のもろともにあそひてすくしゝとし月のまつ思ひいてら るれはひゐなのとのゝみやつかへいとよくし給ひており〱にうちしほたれ給 けりさもありぬへきあたりにははかなしことものたまひふるゝはあまたあれと たのみかくへくもしなさすさるかたになとかはみさらむと心とまりぬへきをも しゐてなをさり事にしなしてなをかのみとりのそてをみえなをしてしかなと思 ふ心のみそやむことなきふしにはとまりけるあなかちになとかゝつらひまとは ゝたふるゝ方にゆるし給ひもしつへかめれとつらしとおもひしおり〱いかて 人にもことはらせたてまつらむとおもひをきしわすれかたくてさうしみはかり にはをろかならぬあはれをつくしみせておほかたにはいられおもへらすせうと の君たちなともなまねたしなとのみおもふことおほかりたいのひめ君の御あり さまを右中将はいとふかく思ひしみていひよるたよりもいとはかなけれはこの 君をそかこちよりけれとひとのうへにてはもとかしきわさなりけりとつれなく いらへてそものし給ひけるむかしのちゝおとゝたちの御なからひにゝたり内の" }, { "vol": 25, "page": 822, "text": "おとゝは御こともはら〱いとおほかるにそのおひいてたるおほえ人からにし たかひつゝ心にまかせたるやうなるおほえ御いきほひにてみなゝしたて給ふ女 はあまたもおはせぬを女御もかくおほしゝことのとゝこほり給ひひめ君もかく ことたかふさまにてものしたまへはいとくちおしとおほすかのなてしこをわす れ給はすものゝおりにもかたりいて給ひしことなれはいかになりにけむものは かなかりけるおやの心にひかれてらうたけなりしひとを行ゑしらすなりにたる ことすへて女こといはむものなんいかにもいかにもめはなつましかりけるさか しらにわかこといひてあやしきさまにてはふれやすらむとてもかくてもきこえ いてこはとあはれにおほしわたる君たちにもゝしさやうなるなのりする人あら はみゝとゝめよ心のすさひにまかせてさるましき事もおほかりし中にこれはい としかをしなへてのきはにもおもはさりし人のはかなきものうむしをしてかく すくなかりけるものゝくさはひひとつをうしなひたることのくちおしき事とつ ねにのたまひいつなかころなとはさしもあらすうちわすれ給ひけるを人のさま 〱につけておんなこかしつきたまへるたくひともにわかおもほすにしもかな" }, { "vol": 25, "page": 823, "text": "はぬかいと心うくほいなくおほすなりけり夢みたまひていとよくあはするもの めしてあはせ給ひけるにもしとしころ御心にしられ給はぬ御こを人のものにな してきこしめしいつることやときこえたりけれは女この人のこになる事はおさ おさなしかしいかなる事にかあらむなとこのころそおほしのたまふへかめる" }, { "vol": 26, "page": 829, "text": "いとあつき日ひむかしのつり殿にいて給ひてすゝみ給ふ中将の君もさふらひ給 ふしたしき殿上人あまたさふらひてにしかはよりたてまつれるあゆちかきかは のいしふしやうのものおまゑにてゝうしてまいらすれいの大殿のきむたち中将 の御あたりたつねてまいり給へりさう〱しくねふたかりつるおりよくものし 給へるかなとておほみきまいりひみつめしてすひはむなととり〱にさうとき つゝくふかせはいとよくふけとも日のとかにくもりなき空のにしひになるほと せみのこゑなともいとくるしけにきこゆれはみつのうへむとくなるけふのあつ かはしさかなむらいのつみはゆるされなむやとてよりふし給へりいとかゝるこ ろはあそひなともすさましくさすかにくらしかたきこそくるしけれ宮つかへす るわかき人〱たへかたからむなをひもとかぬほとよこゝにてたにうちみたれ このころよにあらむことのすこしめつらしくねふたさゝめぬへからむかたりて きかせ給へなにとなくおきなひたる心ちしてせけむのこともおほつかなしやな との給へとめつらしきことゝてうちいてきこえむものかたりもおほえねはかし こまりたるやうにてみないとすゝしきかうらむにせなかをしつゝさふらひ給ふ" }, { "vol": 26, "page": 830, "text": "いかてきゝしことそやおとゝのほかはらのむすめたつねいてゝかしつき給ふな るとまねふ人ありしかはまことにやと弁少将にとい給へはこと〱しくさまて いひなすへきことにも侍らさりけるをこの春のころをひゆめかたりしたまひけ るをほのきゝつたへ侍ける女のわれなむかこつへきことあるとなのりいて侍け るを中将のあそむなむきゝつけてまことにさやうにふれはいぬへきしるしやあ るとたつねとふらひ侍けるくはしきさまはえしり侍らすけにこのころめつらし きよかたりになむ人〱もし侍なるかやうのことにそ人のためをのつからけそ むなるわさに侍けれときこゆまことなりけりとおほしていとおほかめるつらに はなれたらむをくるゝかりをしゐてたつね給ふかふくつけきそいとゝもしきに さやうならむものゝくさはひみてまほしけれとなのりもゝのうきゝはとや思ふ らんさらにこそきこえねさてもゝてはなれたることにはあらしらうかはしくと かくまきれ給ふめりしほとにそこきよくすまぬ水にやとる月はくもりなきやう のいかてかあらむとほゝゑみての給ふ中将のきみもくはしくきゝ給ふことなれ はえしもまめたゝす少将と藤侍従とはいとからしとおもひたりあそむやさやう" }, { "vol": 26, "page": 831, "text": "のおちはをたにひろへ人わろきなのゝちのよにのこらむよりはおなしかさしに てなくさめむになてうことかあらむとろうし給ふやうなりかやうのことにてそ うはへはいとよき御なかのむかしよりさすかにひまありけるまいて中将をいた くはしたなめてわひさせ給ふつらさをおほしあまりてなまねたしとももりきゝ 給へかしとおほすなりけりかくきゝ給につけてもたいのひめ君をみせたらむと きまたあなつらはしからぬかたにもてなされなむはやいとものきら〱しくか ひある所つき給へる人にてよしあしきけちめもけさやかにもてはやしまたもて けちかろむることも人にことなるおとゝなれはいかにものしと思らむおほえぬ さまにてこの君をさしいてたらむにえかろくはおほさしいときひしくもてなし てむなとおほすゆふつけゆく風いとすゝしくてかへりうくわかき人〱はおも いたり心やすくうちやすみすゝまむややう〱かやうのなかにいとはれぬへき よはひにもなりにけりやとてにしのたいにわたり給へはきむたちみな御をくり にまいり給ふたそかれときのおほ〱しきにおなしなをしともなれはなにとも わきまへられぬにおとゝひめ君をすこしといて給へとてしのひて少将侍従なと" }, { "vol": 26, "page": 832, "text": "ゐてまうてきたりいとかけりこまほしけにおもへるを中将のいとしほうの人に てゐてこぬむしんなめりかしこの人〱はみな思ふ心なきならしなほ〱しき きはをたにまとのうちなるほとはほとにしたかひてゆかしくおもふへかめるわ さなれはこのいへのおほえうち〱のくた〱しきほとよりはいとよにすきて こと〱しくなむいひ思なすへかめるかた〱ものすめれとさすかに人のすき こといひよらむにつきなしかしかくてものし給ふはいかてさやうならむ人のけ しきのふかさあさゝをもみむなとさう〱しきまゝにねかひおもひしをほいな むかなふ心ちしけるなとさゝめきつゝきこへ給ふおまへにみたれかはしきせむ さいなともうへさせ給はすなてしこのいろをとゝのへたるからのやまとのませ いとなつかしくゆひなしてさきみたれたるゆふはえいみしくみゆみなたちより て心のまゝにもおりとらぬをあかすおもひつゝやすらふいふそくともなりな心 もちゐなともとり〱につけてこそめやすけれ右の中将はましてすこししつま りて心はつかしきけまさりたりいかにそやをとつれきこゆやはしたなくもなさ しはなちたまひそなとの給ふ中将の君はかくよきなかにすくれておかしけにな" }, { "vol": 26, "page": 833, "text": "まめき給へり中将をいとひ給ふこそおとゝはほいなけれましりものなくきら 〱しかめる中におほきみたつすちにてかたくなゝりとにやとのたまへはきま さはといふ人も侍けるをときこえ給ふいてそのみさかなもてはやされんさまは ねかはしからすたゝおさなきとちのむすひをきけん心もとけすとし月へたて給 ふ心むけのつらきなりまたけらうなりよのきゝみゝかろしとおもはれはしらす かほにてこゝにまかせたまへらむにうしろめたくはありなましやなとうめき給 ふさはかゝる御心のへたてある御なかなりけりときゝ給にもおやにしられたて まつらむことのいつとなきはあはれにいふせくおほす月もなきころなれはとう ろにおほとなふらまいれりなをけちかくてあつかはしやかゝり火こそよけれと て人めしてかゝり火のたいひとつこなたにとめすおかしけなるわこむのあるひ きよせ給てかきならし給へはりちにいとよくしらへられたりねもいとよくなれ はすこしひき給ひてかやうの事は御心にいらぬすちにやと月ころ思ひおとしき こえけるかな秋のよの月かけすゝしきほといとおくふかくはあらてむしのこゑ にかきならしあはせたるほとけちかくいまめかしきものゝねなりこと〱しき" }, { "vol": 26, "page": 834, "text": "しらへもてなししとけなしやこのものよさなからおほくのあそひもののねはう しをとゝのへとりたるなむいとかしこきやまとことゝはかなくみせてきはもな くしをきたることなりひろくことくにのことをしらぬ女のためとなむおほゆる おなしくは心とゝめてものなとにかきあはせてならひ給へふかき心とてなには かりもあらすなからまたまことにひきうることはかたきにやあらんたゝいまは このうちのおとゝになすらふ人なしかしたゝはかなきおなしすかゝきのねによ ろつのものゝねこもりかよひていふかたもなくこそひゝきのほれとかたりたま へはほの〱心えていかてとおほすことなれはいとゝいふかしくてこのわたり にてさりぬへき御あそひのおりなときゝ侍なんやあやしき山かつなとの中にも まねふものあまた侍なることなれはをしなへて心やすくやとこそ思ひたまへつ れさはすくれたるはさまことにや侍らむとゆかしけにせちに心にいれて思ひ給 へれはさかしあつまとそなもたちくたりたるやうなれと御せむの御あそひにも まつふむのつかさをめすは人のくにはしらすこゝにはこれをものゝおやとした るにこそあめれそのなかにもおやとしつへき御てよりひきとり給へらむは心こ" }, { "vol": 26, "page": 835, "text": "となりなむかしこゝになともさるへからむおりにはものし給ひなむをこのこと にておしますなとあきらかにかきならし給はむことやかたからむものゝ上すは いつれのみちも心やすからすのみそあめるさりともつゐにはきゝ給てむかしと てしらへすこしひきたまふことつひいとになくいまめかしくおかしこれにもま されるねやいつらむとおやの御ゆかしさたちそひてこの事にてさへいかならむ 世にさてうちとけひき給はむをきかむなと思ひゐたまへりぬきかはのせゝのや はらたといとなつかしくうたひたまふおやさくるつまはすこしうちわらひつゝ わさともなくかきなし給ひたるすかゝきのほといひしらすおもしろくきこゆい てひき給へさえは人になむはちぬさうふれむはかりこそ心のうちにおもひてま きらはす人もありけめおもなくてかれこれにあはせつるなむよきとせちにきこ え給へとさるゐなかのくまにてほのかに京ひとゝなのりけるふるおほきみ女を しへきこえけれはひかことにもやとつゝましくてゝふれ給はすしはしもひき給 はなむきゝとる事もやと心もとなきにこの御事によりそちかくゐさりよりてい かなる風のふきそひてかくはひゝき侍そとよとてうちかたふき給へるさまほか" }, { "vol": 26, "page": 836, "text": "けにいとうつくしけなりわらひ給ひてみゝかたからぬ人のためには身にしむ風 もふきそふかしとてをしやり給ふいと心やまし人〱ちかくさふらへはれひの たはふれこともえきこえ給はてなてしこをあかてもこの人〱のたちさりぬる かないかておとゝにもこの花そのみせたてまつらむよもいとつねなきをとおも ふにいにしへもゝのゝつゐてにかたりいて給へりしもたゝいまのことゝそおほ ゆるとてすこしのたまひいてたるにもいとあはれなり なてしこのとこなつかしき色をみはもとのかきねを人やたつねむこの事の わつらはしさにこそまゆこもりも心くるしう思ひきこゆれとの給ふ君うちなき て 山かつのかきほにおひしなてしこのもとのねさしをたれかたつねんはかな けにきこえない給へるさまけにいとなつかしくわかやかなりこさらましかはと うちすし給ひていとゝしき御心はくるしきまてなをえしのひはつましくおほさ るわたり給ふ事もあまりうちしきり人のみたてまつりとかむへき程は心のおに ゝおほしとゝめてさるへきことをしいてゝ御ふみのかよはぬおりなしたゝこの" }, { "vol": 26, "page": 837, "text": "御ことのみあけくれ御心にはかゝりたりなそかくあいなきわさをしてやすから ぬものおもひをすらむさ思はしとて心のまゝにもあらはよの人のそしりいはむ 事のかる〱しさわかためをはさるものにてこの人の御ためいとおしかるへし かきりなき心さしといふともはるのうへの御おほえにならふはかりは我心なか らえあるましくおほしゝりたりさてそのおとりのつらにてはなにはかりかはあ らむわか身ひとつこそ人よりはことなれみむ人のあまたか中にかゝつらはむす ゑにてはなにのおほえかはたけからむことなることなき納言のきはのふた心な くて思はむにはおとりぬへきことそとみつからおほしゝるにいと〱おしくて 宮大将なとにやゆるしてましさてもてはなれいさなひとりては思ひもたえなん やいふかひなきにてさもしてむとおほすおりもありされとわたり給ひて御かた ちをみ給ひいまは御ことをしへたてまつりたまふにさへことつけてちかやかに なれより給ふひめ君もはしめこそむくつけくうたてとも思ひ給しかかくてもな たらかにうしろめたき御心はあらさりけりとやう〱めなれていとしもうとみ きこえ給はすさるへき御いらへもなれ〱しからぬほとにきこえかはしなとし" }, { "vol": 26, "page": 838, "text": "てみるまゝにいとあいきやうつきかほりまさり給へれはなをさてもえすくしや るましくおほしかへすさはまたさてこゝなからかしつきすへてさるへきおり 〱にはかなくうちしのひものをもきこえてなくさみなむやかくまたよなれぬ ほとのわつらはしさこそ心くるしくはありけれをのつからせきもりつよくとも ものゝ心しりそめいとおしきおもひなくてわか心も思ひいりなはしけくともさ はらしかしとおほしよるいとけしからぬことなりやいよ〱心やすからす思ひ わたらむくるしからむなのめにおもひすくさむことのとさまかくさまにもかた きそよつかすむつかしき御かたらいなりけるうちの大殿はこのいまの御むすめ のことをとのゝ人もゆるさすかろみいひよにもほきたることゝそしりきこゆと きゝ給ふに少将のことのついてにおほきおとゝのさることやとふらひ給し事か たりきこゆれはさかしそこにこそはとしころをとにもきこえぬやまかつのこむ かへとりてものめかしたつれおさ〱人のうへもときたまはぬおとゝのこのわ たりのことはみゝとゝめてそおとしめたまふやこれそおほえある心ちしけると の給ふ少将のかのにしのたいにすへ給へる人はいとこともなきけはひみゆるわ" }, { "vol": 26, "page": 839, "text": "たりになむ侍なる兵部卿宮なといたう心とゝめての給ひわつらふとかおほろけ にはあらしとなむ人〱をしはかりはへめると申給へはいてそれはかのおとゝ の御むすめとおもふはかりのおほえのいといみしきそ人のこゝろみなさこそあ るよなめれかならすさしもすくれし人〱しきほとならはとしころきこえなま しあたらおとゝのちりもつかすこのよにはすき給へる御身のおほえありさまに おもたゝしきはらにむすめかしつきてけにきすなからむとおもひやりめてたき かものしたまはぬはおほかたのこのすくなくて心もとなきなめりかしおとりは らなれとあかしのおもとのうみいてたるはしもさるよになきすくせにてあるや うあらむとおほゆかしそのいまひめ君はようせすはしちの御こにもあらしかし さすかにいとけしきある所つき給へる人にてもてない給ふならむといひをとし 給さていかゝさためらるなるみこゝそまつはしえたまはむもとよりとりわきて 御なかよし人からもきやうさくなる御あはひともならむかしなとの給ひてはな をひめ君の御ことあかすくちおしかやうに心にくゝもてなしていかにしなさむ なとやすからすいふかしからせましものをとねたけれはくらゐさはかりとみさ" }, { "vol": 26, "page": 840, "text": "らむかきりはゆるしかたくおほすなりけりおとゝなともねんころにくちいれか へさひ給はむにこそはまくるやうにてもなひかめとおほすにおとこかたはさら にいられきこえ給はす心やましくなむとかくおほしめくらすまゝにゆくりもな くかるらかにはひわたり給へり少将も御ともにまいり給ふひめ君はひるねし給 へるほとなりうすものゝひとへをきたまひてふし給へるさまあつかはしくはみ えすいとらうたけにさゝやかなりすき給へるはたつきなといとうつくしけなる てつきしてあふきをも給へりけるなからかひなをまくらにてうちやられたる御 くしのほといとなかくこちたくはあらねといとをかしきすゑつきなり人〱も のゝうしろによりふしつゝうちやすみたれはふともおとろい給はすあふきをな らし給へるになに心もなくみあけ給へるまみらうたけにてつらつきあかめるも おやの御めにはうつくしくのみみゆうたゝねはいさめきこゆるものをなとかい とものはかなきさまにてはおほとのこもりける人〱もちかくさふらはてあや しや女は身をつねに心つかいしてまもりたらむなんよかるへき心やすくうちす てさまにもてなしたるしなゝき事なりさりとていとさかしく身かためてふとう" }, { "vol": 26, "page": 841, "text": "のたらによみていむつくりてゐたらむもにくしうつゝの人にもあまりけとをく ものへたてかましきなとけたかきやうとても人にくゝ心うつくしくはあらぬわ さなりおほきおとゝのきさきかねのひめ君ならはしたまふなるをしへはよろつ のことにかよはしなたらめてかと〱しきゆへもつけしたと〱しくおほめく こともあらしとぬるらかにこそをきて給ふなれけにさもあることなれと人とし て心にもするわさにもたてゝなひくかたはかたとあるものなれはおひいて給ふ さまあらむかしこの君のひとゝなり宮つかへにいたしたて給はむよのけしきこ そいとゆかしけれなとのたまひて思やうにみたてまつらむとおもひしすちはか たうなりにたる御身なれといかて人わらはれならすしなしたてまつらむとなむ 人のうへのさま〱なるをきくことにおもひみたれ侍心みことにねんころから む人のねき事になしはしなひき給ひそ思さま侍なといとらうたしとおもひつゝ きこえ給ふむかしはなに事もふかくもおもひしらてなか〱さしあたりていと をしかりしことのさはきにもおもなくてみえたてまつりけるよといまそおもひ いつるにむねふたかりていみしくはつかしき大宮よりもつねにおほつかなき事" }, { "vol": 26, "page": 842, "text": "をうらみきこえ給へとかくの給ふるかつゝましくてえわたりみたてまつり給は すおとゝこのきたのたいのいま姫君をいかにせむさかしらにむかへゐてきて人 かくそしるとてかへしをくらむもいとかるかるしくものくるをしきやうなりか くてこめをきたれはまことにかしつくへき心あるかと人のいひなすなるもねた し女御の御方なとにましらはせてさるおこのものにしないてむ人のいとかたは なるものにいひおとすなるかたちはたいとさいふはかりにやはあるなとおほし て女御の君にかの人まいらせむみくるしからむことなとはおいしらへるねうは うなとしてつゝますいひをしへさせ給ひて御らむせよわかき人〱のことくさ にはなわらはせさせ給ふそうたてあはつけきやうなりとわらひつゝきこえ給ふ なとかいとさことのほかには侍らむ中将なとのいとになく思ひ侍けんかねこと にたらすといふはかりにこそはゝへらめかくの給ひさはくをはしたなう思はる ゝにもかたへはかゝやかしきにやといとはつかしけにてきこえさせ給ふこの御 ありさまはこまかにおかしけさはなくていとあてにすみたるものゝなつかしき さまそひておもしろきむめの花のひらけさしたるあさほらけおほえてのこりお" }, { "vol": 26, "page": 843, "text": "ほかりけにほゝゑみ給へるそ人にことなりけるとみたてまつり給ふ中将のいと さいへと心わかきたとりすくなさになと申給ふもいとをしけなる人のみおほえ かなやかてこの御方のたよりにたゝすみおはしてのそき給へはすたれたかくを しはりてこせちの君とてされたるわか人のあるとすくろくをそうち給ふてをい とせちにをしもみてせうさい〱とこふこゑそいとしたときやあなうたてとお ほして御ともの人のさきほふをもてかきせいし給ふてなをつまとのほそめなる よりさうしのあきあひたるをみいれ給ふこのいとこもはたけしきはやれる御か へしや〱とゝうをひねりてとみにうちいてすなかにおもひはありやすらむい とあさえたるさまともしたりかたちはひちゝかにあい行つきたるさましてかみ うるはしくつみかろけなるをひたいのいとちかやかなるとこゑのあはつけさと にそこなはれたるなめりとりたてゝよしとはなけれとこと人とあらかふへくも あらすかゝみにおもひあはせられたまふにいとすくせ心つきなしかくてものし 給ふはつきなくうゐうゐしくなとやあることしけくのみありてとふらひまうて すやとの給へはれいのいとしたとにてかくてさふらふはなにのもの思ひか侍ら" }, { "vol": 26, "page": 844, "text": "むとしころおほつかなくゆかしく思ひきこえさせし御かほつねにえみたてまつ らぬはかりこそてうたぬ心ちしはへれときこえ給ふけにみにちかくつかふ人も おさ〱なきにさやうにてもみならしたてまつらんとかねてはおもひしかとえ さしもあるましきわさなりけりなへてのつかうまつり人こそとあるもかゝるも をのつからたちましらひて人のみゝをもめをもかならすしもとゝめぬものなれ は心やすかへかめれそれたにその人のむすめかの人のことしらるゝきはになれ はおやはらからのおもてふせなるたくひおほかめりましてとの給ひさしつる御 けしきのはつかしきもしらすなにかそはこと〱しくおもひ給ひてましらひは へらはこそところせからめおほみおほつほとりにもつかうまつりなむときこえ 給へはえねんし給はてうちわらひ給ひてにつかはしからぬやくなゝりかくたま さかにあへるおやのけうせむの心あらはこのものゝたまふこゑをすこしのとめ てきかせたまへさらはいのちものひなむかしとおこめいたまへるおとゝにてほ ゝゑみてのまふしたの本上にこそは侍らめおさなく侍し時たにこはゝのつねに くるしかりをしへ侍しめうほうしのへたうたいとこのうふやに侍けるあへもの" }, { "vol": 26, "page": 845, "text": "となんなけき侍たうひしいかてこのしたとさやめはへらむと思ひさはきたるも いとけうやうの心ふかくあはれなりとみ給ふそのけちかくいりたちたりけむた いとこゝそはあちきなかりけれたゝそのつみのむくひなゝりをしことともりと そたいそうそしりたるつみにもかすへたるかしとの給ひてこなからはつかしく おはする御さまにみえたてまつらむこそはつかしけれいかにさためてかくあや しきけはひもたつねすむかへよせけむとおほし人〱もあまたみつきいひちら さんことゝおもひかへし給ふものから女御さとにものし給ふとき〱わたりま いりて人のありさまなともみならひ給へかしことなることなき人もをのつから 人にましらひさるかたになれはさてもありぬかしさる心してみえたてまつりた まひなんやとの給へはいとうれしき事にこそ侍なれたゝいかても〱御方〱 にかすまへしろしめされんことをなんねてもさめてもとしころなにことを思た まへつるにもあらす御ゆるしたに侍らはみつをくみいたゝきてもつかうまつり なんといとよけにいますこしさえつれはいふかひなしとおほしていとしかおり たちてたきゝひろい給はすともまいり給ひなんたゝかのあへものにしけんのり" }, { "vol": 26, "page": 846, "text": "のしたにとをくはとおこことにの給ひなすをもしらすおなしき大臣ときこゆる 中にもいときよけにもの〱しくはなやかなるさましておほろけの人みえにく き御けしきをもみしらすさていつか女御とのにはまいり侍らんするときこゆれ はよろしきひなとやいふへからむよしこと〱しくはなにかはさ思はれはけふ にてもとの給ひすてゝわたり給ひぬよき四位五位たちのいつきゝこえてうちみ しろき給にもいといかめしき御いきをいなるをみをくりきこえていてあなめて たの我おやゝかゝりけるたねなからあやしきこいへにおひいてけることゝの給 ふこせちあまりこと〱しくはつかしけにそおはするよろしきおやの思ひかし つかむにそたつねいてられ給はましといふもわりなしれいの君の人のいふこと やふり給ひてめさましいまはひとつくちにことはなませられそあるやうあるへ き身にこそあめれとはらたち給かほやうけちかくあひきやうつきてうちそほれ たるはさるかたにおかしくつみゆるされたりたゝいとひなひあやしきしも人の なかにおひいて給へれはものいふさまもしらすことなるゆへなきことはをもこ ゑのとやかにをしゝつめていひいたしたるはうちきゝみゝことにおほえおかし" }, { "vol": 26, "page": 847, "text": "からぬうたかたりをするもこゑつかひつきつきしくてのこりおもはせもとすゑ おしみたるさまにてうちすむしたるはふかきすち思ひえぬほとのうちきゝには おかしかなりとみゝもとまるかしいと心ふかくよしあることをいひゐたりとも よろしき心ちあらむときこゆへくもあらすあはつけきこはさまにのたまひいつ ることはこは〱しくことはたみてわかまゝにほこりならひたるめのとのふと ころにならひたるさまにもてなしいとあやしきにやつるゝなりけりいといふか ひなくはあらすみそもしあまりもとすゑあはぬうたくちとくうちつゝけなとし 給ふさて女御とのにまいれとの給つるをしふしふなるさまならはものしくもこ そおほせよさりまうてむおとゝの君天下におほすともこの御方〱のすけなく し給はむにはとのゝうちにはたてりなんはやとの給ふ御おほえの程いとかろら かなりやまつ御ふみたてまつり給あしかきのまちかきほとにはさふらいなから いまゝてかけふむはかりのしるしも侍らぬはなこそのせきをやすえさせ給へら むとなんしらねともむさしのといへはかしこけれともあなかしこや〱とてむ かちにてうらにはまことやくれにもまいりこむと思ふ給へたつはいとふにはゆ" }, { "vol": 26, "page": 848, "text": "るにやいてや〱あやしきはみなせかはにをとてまたはしにかくそ くさわかみひたちのうらのいかゝさきいかてあひみんたこのうらなみおほ かはみつのとあをきしきしひとかさねにいとさうかちにいかれるてのそのすち ともみえすたゝよひたるかきさまもしもなかにわりなくゆへはめりくたりのほ とはしさまにすちかひてたうれぬへくみゆるをうちゑみつゝみてさすかにいと ほそくちひさくまきむすひてなてしこの花につけたりひすましわらはしもいと なれてきよけなるいまゝいりなりけり女御の御方の大はむ所によりてこれまい らせ給へといふしもつかへみしりてきたのたいにさふらふわらはなりけりとて 御ふみとりいるたいふの君といふもてまゝいりてひきときてこらむせさす女御 ほゝゑみてうちをかせ給へるを中納言の君といふちかくいてそは〱みけりい といまめかしき御ふみのけしきにもはへめるかなとゆかしけに思ひたれはさう のもしはえみしらねはにやあらむもとすゑなくもみゆるかなとて給へりかへり ことかくゆへゆへしくかゝすはわろしとやおもひおとされんやかてかき給へと ゆつり給ふもていてゝこそあらねわかき人はものおかしくてみなうちわらひぬ" }, { "vol": 26, "page": 849, "text": "御かへりこへはおかしきことのすちにのみまつはれてはへめれはきこえさせに くゝこそせむしかきめきてはいとおしからむとてたゝ御ふみめきてかくちかき しるしなきおほつかなさはうらめしく ひたちなるするかのうみのすまの浦になみたちいてよはこさきの松とかき てよみきこゆれはあなうたてまことに身つからのにもこそいひなせとかたはら いたけにおほしたれとそれはきかむ人わきまへ侍なむとてをしつゝみていたし つ御かたみておかしの御くちつきやまつとのたまへるをとていとあまえたるた きものゝかをかへすかへすたきしめゐ給へりへにといふものいとあからかにか いつけてかみけつりつくろひ給へるさるかたににきはゝしくあひきやうつきた り御たいめんのほとさしすくしたることもあらむかし" }, { "vol": 27, "page": 855, "text": "このころ世の人のことくさに内のおほいとのゝいまひめ君とことにふれつゝい ひちらすを源氏のおとゝきこしめしてともあれかくもあれ人みるましくてこも りゐたらむ女こをなをさりのかことにてもさはかりにものめかしいてゝかく人 にみせいひつたへらるゝこそ心えぬことなれいときは〱しうものし給ふあま りにふかき心をもたつねすもていてゝ心にもかなはねはかくはしたなきなるへ しよろつの事もてなしからにこそなたらかなるものなめれといとおしかり給ふ かゝるにつけてもけによくこそとおやときこえなからもとしころの御心をしり きこえすなれたてまつらましにはちかましきことやあらましとたいのひめ君お ほししるを右近もいとよくきこえしらせけりにくき御心こそゝひたれとさりと て御心のまゝにをしたちてなともてなし給はすいとゝふかき御心のみまさり給 へはやう〱なつかしうゝちとけきこえ給ふ秋になりぬはつかせすゝしくふき いてゝせこか衣もうらさひしき心ちしたまふにしのひかねつゝいとしは〱わ たり給ておはしましくらし御ことなともならはしきこえ給ふ五六日の夕つく夜 はとくいりてすこしくもかくるゝけしきおきのをともやう〱あはれなる程に" }, { "vol": 27, "page": 856, "text": "なりにけり御ことをまくらにてもろともにそひふし給へりかゝるたくひあらむ やとうちなけきかちにて夜ふかし給ふも人のとかめたてまつらむ事をおほせは わたり給ひなむとて御まへのかゝり火のすこしきえかたなるを御ともなる右近 のたいふをめしてともしつけさせ給ふいとすゝしけなるやり水のほとりにけし きことにひろこりふしたるまゆみの木のしたにうちまつおとろ〱しからぬほ とにをきてさしゝりそきてともしたれは御前のかたはいとすゝしくおかしきほ となるひかりに女の御さまみるにかひあり御くしのてあたりなといとひやゝか にあてはかなる心ちしてうちとけぬさまにものをつゝましとおほしたるけしき いとらうたけなりかへりうくおほしやすらふたえす人さふらひてともしつけよ なつの月なきほとはにはのひかりなきいとものむつかしくおほつかなしやとの たまふ かゝり火にたちそふこひのけふりこそよにはたえせぬほのをなりけれいつ まてとかやふすふるならてもくるしきしたもえなりけりときこえ給ふ女君あや しのありさまやとおほすに" }, { "vol": 27, "page": 857, "text": "行ゑなき空にけちてよかゝり火のたよりにたくふけふりとならはひとのあ やしとおもひ侍らむことゝわひたまへはくはやとていて給ふにひんかしのたい のかたにおもしろきふえのねさうにふきあはせたり中将のれいのあたりはなれ ぬとちあそふにそあなる頭中将にこそあなれいとわさともふきなるねかなとて たちとまり給ふ御せうそこゝなたになむいとかけすゝしきかゝり火にとゝめら れてものするとのたまへれはうちつれて三人まいり給へりかせのをと秋になり けりときこえつるふえのねにしのはれてなむとて御ことひきいてゝなつかしき ほとにひき給ふ源中将はゝむしきてうにいとおもしろくふきたり頭中将心つか ひしていたしたてかたうすをそしとあれは弁少将ひやうしうちいてゝしのひや かにうたふこゑすゝ虫にまかひたりふたかへりはかりうたはせ給て御ことは中 将にゆつらせ給つけにかのちゝおとゝの御つまをとにおさ〱おとらすはなや かにおもしろしみすのうちにものゝねきゝわく人ものし給らんかしこよひはさ かつきなと心してをさかりすきたる人はゑひなきのついてにしのはぬこともこ そとのたまへはひめ君もけにあはれときゝたまふたえせぬなかの御契をろかな" }, { "vol": 27, "page": 858, "text": "るましきものなれはにやこの君たちを人しれすめにもみゝにもとゝめ給へとか けてさたに思ひよらす此中将は心のかきりつくして思ふすちにそかゝるついて にもえしのひはつましき心ちすれとさまよくもてなしておさ〱こゝろとけて もかきわたさす" }, { "vol": 28, "page": 863, "text": "中宮の御まへに秋の花をうへさせ給へることつねの年よりもみところおほくい ろくさをつくしてよしあるくろきあかきのませおゆひませつゝおなしき花のえ たさしすかたあさゆふ露のひかりもよのつねならす玉かとかゝやきてつくりわ たせるのへの色をみるにはた春の山もわすられてすゝしうおもしろく心もあく かるゝやうなり春秋のあらそひにむかしより秋に心よする人はかすまさりける をなたゝる春のおまへのはなそのに心よせし人〻又ひきかへしうつろふけしき 世のありさまにゝたりこれを御らむしつきてさとゐしたまふほと御あそひなと もあらまほしけれと八月はこせむはうの御き月なれは心もとなくおほしつゝあ けくるゝに此花のいろまさるけしきともを御らむするにのわきれいのとしより もおとろ〱しく空の色かはりてふきいつはなとものしほるゝをいとさしも思 しまぬ人たにあなわりなとおもひさはかるゝをまして草むらの露の玉のをみた るゝまゝに御心まとひもしぬへくおほしたりおほふはかりのそては秋の空にし もこそほしけなりけれくれゆくまゝにものもみえすふきまよはしていとむくつ けゝれはみかうしなとまいりぬるにうしろめたくいみしとはなのうへをおほし" }, { "vol": 28, "page": 864, "text": "なけくみなみのおとゝにもせむさいつくろはせ給ひけるおりにしもかくふきい てゝもとあらのこはきはしたなくまちえたる風のけしきなりおれかへり露もと まるましくふきちらすをすこしはしちかくてみたまふおとゝはひめ君の御かた におはします程に中将の君まいり給ひてひむかしのわたとのゝこさうしのかみ よりつまとのあきたるひまをなに心もなくみいれ給へるに女房のあまたみゆれ はたちとまりてをともせてみる御屏風もかせのいたくふきけれはをしたゝみよ せたるにみとをしあらはなるひさしのおましにゐ給へる人ものにまきるへくも あらすけたかくきよらにさとにほふ心ちして春のあけほのゝかすみのまよりお もしろきかはさくらのさきみたれたるをみる心ちすあちきなくみたてまつるわ かかほにもうつりくるやうにあい行はにほひちりてまたなくめつらしき人の御 さまなりみすのふきあけらるゝをひと〱をさへていかにしたるにかあらむう ちわらひたまへるいといみしくみゆはなともを心くるしかりてえみすてゝいり 給はす御まへなる人〻もさま〱にものきよけなるすかたともはみわたさるれ とめうつるへくもあらすおとゝのいとけとをくはるかにもてなし給へるはかく" }, { "vol": 28, "page": 865, "text": "みる人たゝにはえ思ふましき御ありさまをいたりふかき御心にてもしかゝるこ ともやとおほすなりけりと思ふにけはひおそろしうてたちさるにそにしの御方 よりうちのみさうしひきあけてわたり給ふいとうたてあはたゝしきかせなめり みかうしおろしてよをのこともあるらむをあらはにもこそあれときこえ給ふを またよりてみれはものきこえておとゝもほゝゑみてみたてまつり給ふおやとも おほえすわかくきよけになまめきていみしき御かたちのさかりなりをんなもね ひとゝのひあかぬことなき御さまともなるをみにしむはかりおほゆれとこのわ た殿のかうしもふきはなちてたてるところのあらはになれはおそろしうてたち のきぬいまゝいれるやうにうちこはつくりてすのこの方にあゆみいて給へれは されはよあらはなりつらむとてかのつまとのあきたりけるよといまそみとかめ たまふとしころかゝることのつゆなかりつるをかせこそけにいはほもふきあけ つへきものなりけれさはかりの御心ともをさはかしてめつらしくうれしきめを みつるかなとおほゆ人〱まいりていといかめしうふきぬへきかせにはへりう しとらのかたよりふき侍れはこの御まへはのとけきなりむまはのおとゝみなみ" }, { "vol": 28, "page": 866, "text": "のつりとのなとはあやうけになむとてとかくことをこなひのゝしる中将はいつ こよりものしつるそ三条の宮に侍つるをかせいたくふきぬへしと人〻の申つれ はおほつかなさにまいり侍つるかしこにはまして心ほそくかせのをとをもいま はかへりてわかきこのやうにをち給めれは心くるしさにまかて侍なむと申給へ はけにはやまうて給ひねおいもていきて又わかうなることよにあるましき事な れとけにさのみこそあれなとあはれかりきこえ給てかくさはかしけにはへめる をこのあそむさふらへはと思たまへゆつりてなむと御せうそこきこえ給ふみち すからいりもみする風なれとうるはしくものし給ふ君にて三条の宮と六条院と にまいりて御らむせられ給はぬ日なしうちの御ものいみなとにえさらすこもり 給へき日よりほかはいそかしきおほやけことせちゑなとのいとまいるへくこと しけきにあはせてもまつこの院にまいり宮よりそいて給ひけれはましてけふか ゝる空のけしきによりかせのさきにあくかれありき給ふもあはれにみゆ宮いと うれしうたのもしとまちうけ給てこゝらのよはひにまたかくさはかしき野わき にこそあはさりつれとたゝわなゝきにわなゝき給おほきなる木のえたなとのを" }, { "vol": 28, "page": 867, "text": "るゝをともいとうたてありおとゝのかはらさへのこるましくふきちらすにかく てものし給へる事とかつはのたまふそこらところせかりし御いきをひのしつま りてこの君をたのもし人におほしたるつねなきよなりいまもおほかたのおほえ のうすらきたまふことはなけれとうちのおほとのゝ御けはひはなか〱すこし うとくそありける中将よもすからあらき風のをとにもすゝろにものあはれなり 心にかけて恋しと思人の御事はさしをかれてありつる御おもかけのわすられぬ をこはいかにおほゆる心そあるましき思ひもこそゝへいとおそろしきことゝみ つからおもひまきらはしこと〱に思ひうつれとなをふとおほえつゝきしかた ゆくすゑありかたくもものし給ひけるかなかゝる御なからひにいかてひんかし の御方さるものゝかすにてたちならひ給つらむたとしへなかりけりやあないと をしとおほゆおとゝの御心はへをありかたしと思ひしり給人からのいとまめや かなれはにけなさをおもひよらねとさやうならむ人をこそおなしくはみてあか しくらさめかきりあらむいのちのほともいますこしはかならすのひなむかしと おもひつゝけらるあか月かたにかせすこしゝめりてむらさめのやうにふりいつ" }, { "vol": 28, "page": 868, "text": "六条院にははなれたるやともたふれたりなと人〻申かせのふきまふほとひろく そこらたかき心ちする院に人〻おはしますおとゝのあたりにこそしけゝれひん かしのまちなとは人すくなにおほされつらむとおとろき給ひてまたほの〱と するにまいり給みちのほとよこさまあめいとひやゝにふきいる空のけしきもす こきにあやしくあくかれたる心ちしてなに事そやまたわか心に思ひくはゝれる よと思ひいつれはいとにけなき事なりけりあなものくるおしととさまかうさま に思つゝひんかしの御方にまつまうてたまへれはをちこうしておはしけるにと かくきこえなくさめて人めしてところ〱つくろはすへきよしなといひをきて みなみのおとゝにまいり給へれはまたみかうしもまいらすおはしますにあたれ るかうらんにをしかゝりてみわたせは山の木ともゝふきなひかしてえたともお ほくおれふしたり草むらはさらにもいはすひはたかはら所〱のたてしとみす いかいなとやうのものみたりかはし日のわつかにさしいてたるにうれへかほな るにはの露きら〱として空はいとすこくきりわたれるにそこはかとなく涙の おつるををしのこひかくしてうちしはふき給へれは中将のこはつくるにそあな" }, { "vol": 28, "page": 869, "text": "るよはまたふかゝらむはとておき給なりなに事にかあらんきこえ給ふこゑはせ ておとゝうちわらひ給ていにしへたにしらせたてまつらすなりにしあか月のわ かれよいまならひたまはむに心くるしからむとてとはかりかたらひきこえたま ふけはひともいとをかし女の御いらへはきこえねとほの〱かやうにきこえた はふれ給事のはのおもむきにゆるひなき御なからひかなときゝゐたまへりみか うしを御てつからひきあけ給へはけちかきかたはらいたさにたちのきてさふら ひ給ふいかにそよへ宮はまちよろこひ給きやしかはかなきことにつけても涙も ろにものし給へはいとふひんにこそ侍れと申給へはわらひ給ていまいくはくも おはせしまめやかにつかうまつりみえたてまつれ内のおとゝはこまかにしもあ るましうこそうれへ給しか人からあやしうはなやかにをゝしきかたによりてお やなとの御けうをもいかめしきさまをはたてゝ人にもみおとろかさんの心あり まことにしみてふかき所はなき人になむものせられけるさるは心のくまおほく いとかしこき人のすゑのよにあまるまてさえたくひなくうるさなから人として かくなむなき事はかたかりけるなとの給ふいとおとろ〱しかりつるかせに中" }, { "vol": 28, "page": 870, "text": "宮にはかはかしき宮つかさなとさふらひつらむやとてこの君して御せうそこき こえたまふよるのかせのをとはいかゝきこしめしつらむふきみたり侍しにおこ りあひ侍ていとたえかたきためらひはへるほとになむときこえたまふ中将おり てなかのらうのとよりとをりてまいり給ふあさほらけのかたちいとめてたくお かしけなりひんかしのたいのみなみのそはにたちて御前のかたをみやり給へは みかうしまたふたまはかりあけてほのかなるあさほらけのほとにみすまきあけ て人〻ゐたりかうらんにをしかゝりつゝわかやかなるかきりあまたみゆうちと けたるはいかゝあらむさやかならぬあけほのゝほといろ〱なるすかたはいつ れともなくおかしはらはへおろさせ給てむしのこともに露かはせ給なりけりし をんなてしこゝきうすきあこめともにをむなへしのかさみなとやうの時にあひ たるさまにて四五人つれてこゝかしこのくさむらによりていろ〱のこともを もてさまよひなてしこなとのいとあはれけなるえたともとりもてまいるきりの まよひはいとえむにそみえける吹くるおひ風はしをにこと〱にゝほふ空もか うのかほりもふれはひ給へる御けはひにやといと思ひやりめてたく心けさうせ" }, { "vol": 28, "page": 871, "text": "られてたちいてにくけれとしのひやかにうちをとなひてあゆみいて給へるに人 〻けさやかにおとろきかほにはあらねとみなすへりいりぬ御まいりのほとなと わらはなりしにいりたちなれ給へる女房なともいとけうとくはあらす御せうそ こけいせさせ給てさい将の君ないしなとけはひすれはわたくし事もしのひやか にかたらひ給これはたさいへとけたかくすみたるけはひありさまをみるにもさ ま〱にもの思ひいてらるみなみのおとゝにはみかうしまいりわたしてよへみ すてかたかりしはなとものゆくゑもしらぬやうにてしほれふしたるをみたまひ けり中将みはしにゐ給て御返きこえ給ふあらきかせをもふせかせ給ふへくやと わか〱しく心ほそくおほえ侍をいまなむなくさみ侍ぬるときこえ給へれはあ やしくあえかにおはする宮なりをむなとちはものおそろしくおほしぬへかりつ るよのさまなれはけにおろかなりともおほひつらむとてやかてまいり給ふ御な をしなとたてまつるとてみすひきあけていりたまふにみしかき御木丁ひきよせ てはつかにみゆる御そてくちはさにこそはあらめと思ふにむねつふ〱となる 心ちするもうたてあれはほかさまにみやりつとの御かゝみなとみたまひてしの" }, { "vol": 28, "page": 872, "text": "ひて中将のあさけのすかたはきよけなりなたゝいまはきひはなるへきほとをか たくなしからすみゆるも心のやみにやとてわか御かほはふりかたくよしとみ給 へかめりいといたう心けさうし給て宮にみえたてまつるはゝつかしうこそあれ なにはかりあらはなるゆへ〱しさもみえ給はぬ人のおくゆかしく心つかひせ られ給そかしいとおほとかにをんなしきものからけしきつきてそおはするやと ていて給ふに中将なかめいりてとみにもおとろくましきけしきにてゐたまへる を心とき人の御めにはいかゝみ給けむたちかへり女君にきのふ風のまきれに中 将はみたてまつりやしてけんかのとのあきたりしによとのたまへはおもてうち あかみていかてかはさはあらむわたとのゝかたには人のをともせさりしものを ときこえ給ふなをあやしとひとりこちてわたり給ひぬみすのうちにいり給ひぬ れは中将わたとのゝとくちに人〻のけはひするによりてものなといひたはふる れとおもふことのすち〱なけかしくてれいよりもしめりてゐたまへりこなた よりやかてきたにとをりてあかしの御方をみやりたまへははか〱しきけいし たつ人なともみえすなれたるしもつかひともそくさの中にましりてありくはら" }, { "vol": 28, "page": 873, "text": "はへなとおかしきあこめすかたうちとけて心とゝめとりわきうへ給ふりんたう あさかほのはいましれるませもみなちりみたれたるをとかくひきいてたつぬる なるへしものゝあはれにおほえけるまゝにしやうのことをかきまさくりつゝは しちかうゐたまへるに御さきをふこゑのしけれはうちとけなへはめるすかたに こうちきひきおとしてけちめみせたるいといたしはしのかたについゐたまひて かせのさはきはかりをとふらひ給ひてつれなくたちかへり給心やましけなり おほかたにおきのはすくる風のをともうき身ひとつにしむ心ちしてとひと りこちけりにしのたいにはおそろしと思ひあかし給ひけるなこりにねすくして いまそかゝみなともみたまひけること〱しくさきなをひそとの給へはことに をとせていり給ふひやうふなともみなたゝみよせものしとけなくしなしたるに 日のはなやかにさしいてたるほとけさ〱とものきよけなるさましてゐたまへ りちかくゐ給ひてれいの風につけてもおなしすちにむつかしうきこえたはふれ 給へはたえすうたてと思ひてかう心うけれはこそこよひの風にもあくかれなま ほしく侍つれとむつかり給へはいとよくうちわらひ給ひて風につきてあくかれ" }, { "vol": 28, "page": 874, "text": "たまはむやかる〱しからむさりともとまるかたありなむかしやう〱かゝる 御心むけこそそひにけれことはりやとのたまへはけにうち思ひのまゝにきこえ てけるかなとおほしてみつからもうちゑみ給へるいとおかしきいろあひつらつ きなりほをつきなといふめるやうにふくらかにてかみのかゝれるひま〱うつ くしうおほゆまみのあまりわらゝかなるそいとしもしなたかくみえさりけるそ のほかはつゆなむつくへうもあらす中将いとこまやかにきこえ給をいかてこの 御かたちみてしかなと思ひわたる心にてすみのまのみすのき丁はそひなからし とけなきをやをらひきあけてみるにまきるゝものともゝとりやりたれはいとよ くみゆかくたはふれ給けしきのしるきをあやしのわさやおやこときこえなから かくふところはなれすものちかゝへきほとかはとめとまりぬみやつけたまはむ とおそろしけれとあやしきに心もおとろきて猶みれはゝしらかくれにすこしそ はみ給へりつるをひきよせ給へるに御くしのなみよりてはら〱とこほれかゝ りたるほと女もいとむつかしくくるしと思ふたまへるけしきなからさすかにい となこやかなるさましてよりかゝり給へるはことゝなれ〱しきにこそあめれ" }, { "vol": 28, "page": 875, "text": "いてあなうたていかなることにかあらむおもひよらぬくまなくおはしける御心 にてもとよりみなれおほしたて給はぬはかゝる御おもひそい給へるなめりむへ なりけりやあなうとましと思ふ心もはつかし女の御さまけにはらからといふと もすこしたちのきてことはらそかしなと思はむはなとか心あやまりもせさらむ とおほゆきのふみし御けはひにはけおとりたれとみるにゑまるゝさまはたちも ならひぬへくみゆるやえやまふきのさきみたれたるさかりに露のかゝれるゆふ はへそふと思ひいてらるゝおりにあはぬよそへともなれとなをうちおほゆるや うよはなはかきりこそあれそゝけたるしへなともましるかし人の御かたちのよ きはたとへんかたなきものなりけりおまへに人もいてこすいとこまやかにうち さゝめきかたらひきこえ給ふにいかゝあらむまめたちてそたち給ふ女君 ふきみたる風のけしきにをみなへしゝほれしぬへき心ちこそすれくはしく もきこえぬにうちすむし給ふをほのきくににくきものゝおかしけれはなをみは てまほしけれとちかゝりけりとみえたてまつらしとおもひてたちさりぬ御かへ り" }, { "vol": 28, "page": 876, "text": "した露になひかましかはをみなへしあらきかせにはしほれさらましなよた けをみ給へかしなとひかみゝにやありけむきゝよくもあらすそひんかしの御か たへこれよりそわたり給ふけさのあさゝむなるうちとけわさにやものたちなと するねひこたちおまへにあまたしてほそひつめくものにわたひきかけてまさく るわか人ともありいときよらなるくちはのうすものいまやういろのになくうち たるなとひきちらしたまへり中将のしたかさねか御前のつほせむさいのえんも とまりぬらむかしかくふきちらしてむにはなに事かせられむすさましかるへき 秋なめりなとのたまひてなにゝかあらむさま〱なるものゝ色とものいときよ らなれはかやうなるかたはみなみのうへにもおとらすかしとおほす御なをし花 文れうをこのころつみいたしたるはなしてはかなくそめいて給へるいとあらま ほしきいろしたり中将にこそかやうにてはきせ給はめわかき人のにてめやすか めりなとやうのことをきこえ給ひてわたり給ぬむつかしき方〱めくり給ふ御 ともにありきて中将はなま心やましうかゝまほしきふみなとひたけぬるを思ひ つゝひめ君の御かたにまいり給へりまたあなたになむおはします風にをちさせ" }, { "vol": 28, "page": 877, "text": "給ひてけさはえおきあかり給はさりつると御めのとそきこゆるものさはかしけ なりしかはとのゐもつかうまつらむとおもひ給へしを宮のいとも心くるしうお ほいたりしかはなむひゐなのとのはいかゝおはすらむとゝひ給へは人〻わらひ てあふきの風たにまいれはいみしきことにおほいたるをほと〱しくこそふき みたり侍しかこの御とのあつかひにわひにて侍なとかたること〱しからぬか みやはへる御つほねのすゝりとこひ給へはみつしによりてかみひとまき御すゝ りのふたにとりをろしてたてまつれはいなこれはかたはらいたしとの給へとき たのおとゝのおほえをおもふにすこしなのめなる心ちしてふみかき給ふむらさ きのうすやうなりけりすみ心とめてをしすりふてのさきうちみつゝこまやかに かきやすらひ給へるいとよしされとあやしくさたまりてにくきくちつきこそも のしたまへ 風さはきむら雲まかふ夕にもわするゝまなくわすられぬ君ふきみたれたる かるかやにつけたまへれはひと〱かたのゝ少将はかみのいろにこそとゝのへ 侍りけれときこゆさはかりの色も思ひわかさりけりやいつこのゝへのほとりの" }, { "vol": 28, "page": 878, "text": "花なとかやうの人〻にもことすくなにみえて心とくへくもゝてなさすいとすく 〱しうけたかしまたもかいたまうてむまのすけに給へれはおかしきわらはま たいとなれたる御すいしんなとにうちさゝめきてとらするをわかき人〻たゝな らすゆかしかるわたらせ給ふとて人〻うちそよめきき丁ひきなをしなとすみつ るはなのかほともゝおもひくらへまほしうてれいはものゆかしからぬ心ちにあ なかちにつまとのみすをひきゝてき丁のほころひよりみれはものゝそはよりた ゝはひわたり給ふほとそふとうちみえたる人のしけくまかへはなにのあやめも みえぬほとにいと心もとなしうすいろの御そにかみのまたゝけにはゝつれたる すゑのひきひろけたるやうにていとほそくちいさきやうたいらうたけに心くる しをとゝしはかりはたまさかにもほのみたてまつりしにまたこよなくおひまさ り給ふなめりかしましてさかりいかならむとおもふかのみつるさき〱のさく らやまふきといはゝこれはふちのはなとやいふへからむこたかき木よりさきか ゝりて風になひきたるにほひはかくそあるかしと思ひよそへらるかゝる人〻を 心にまかせてあけくれみたてまつらはやさもありぬへきほとなからへたて〱" }, { "vol": 28, "page": 879, "text": "のけさやかなるこそつらけれなと思ふにまめ心もなまあくかるゝ心ちすをは宮 の御もとにもまいり給へれはのとやかにて御をこなひし給ふよろしきわか人な とこゝにもさふらへともてなしけはひさうそくともゝさかりなるあたりにはに るへくもあらすかたちよきあま君たちのすみそめにやつれたるそなか〱かゝ る所につけてはさるかたにてあはれなりける内のおとゝもまいり給へるに御と なあふらなとまいりてのとやかに御物かたりなときこえ給ふひめ君をひさしく みたてまつらぬかあさましきことゝてたゝなきになき給ふいまこのころのほと にまいらせむ心つからものおもはしけにてくちをしうをとろへにてなむはへめ る女こそよくいはゝもち侍ましきものなりけれとあるにつけても心のみなむつ くされ侍けるなとなを心とけす思をきたるけしきしてのたまへは心うくてせち にもきこえ給はすそのついてにもいとふてうなるむすめまうけ侍てもてわつら ひ侍ぬとうれへきこえ給てわらひ給宮いてあやしむすめといふなはしてさかな かるやうやあるとのたまへはそれなんみくるしきことになむはへるいかて御ら むせさせむときこえ給とや" }, { "vol": 29, "page": 885, "text": "かくおほしいたらぬことなくいかてよからむことはとおほしあつかひ給へとこ のをとなしのたきこそうたていとおしくみなみのうへの御をしはかりことにか なひてかる〱しかるへき御なゝれかのおとゝなにことにつけてもきはきはし うすこしもかたはなるさまのことをおほしゝのはすなとものしたまふ御心さま をさて思ひくまなくけさやかなる御もてなしなとのあらむにつけてはおこかま しうもやなとおほしかへさふそのしはすに大原野の行幸とてよにのこる人なく みさはくを六条院よりも御かた〱ひきいてつゝみたまふうの時にいてたまう て朱雀より五条のおほちをにしさまにおれたまふかつらかはのもとまて物見く るまひまなし行幸といへとかならすかうしもあらぬをけふはみこたちかむたち めもみな心ことに御むまくらをとゝのへすいしんむまそひのかたちたけたちさ うそくをかさりたまふつゝめつらかにおかし左右大臣内大臣納言よりしもはた ましてのこらすつかうまつり給へりあを色のうへのきぬゑひそめのしたかさね を殿上人五位六位まてきたり雪たゝいさゝかつゝうちゝりてみちのそらさへえ むなりみこたちかむたちめなともたかにかかつらひたまへるはめつらしきかり" }, { "vol": 29, "page": 886, "text": "の御よそひともをまうけ給このゑのたかゝいともはましてよにめなれぬすり衣 をみたれきつゝけしきことなりめつらしうおかしきことにきをひいてつゝその 人ともなくかすかなるあしよはきくるまなとわをおしひしかれあはれけなるも ありうきはしのもとなとにもこのましうたちさまよふよきくるまおほかりにし のたひのひめきみもたちいてたまへりそこはくいとみつくし給へる人の御かた ちありさまをみ給にみかとのあか色の御そたてまつりてうるはしうゝこきなき 御かたはらめになすらひきこゆへき人なしわかちゝおとゝを人しれすめをつけ たてまつり給へときら〱しう物きよけにさかりにはものしたまへとかきりあ りかしいと人にすくれたるたゝ人とみえて御こしのうちよりほかにめうつるへ くもあらすましてかたちありやおかしやなとわかきこたちのきえかへり心うつ す中少将なにくれの殿上人やうの人はなにゝもあらすきえわたれるはさらにた くひなうおはしますなりけり源氏のおとゝの御かほさまはこと物ともみえ給は ぬをおもひなしのいますこしいつかしうかたしけなくめてたきなりさはかゝる たくひはおはしかたかりけりあてなる人はみな物きよけにけはひことなへい物" }, { "vol": 29, "page": 887, "text": "とのみおとゝ中将なとの御にほひにめなれ給へるをいてきえとものかたはなる にやあらむおなしめはなともみえすくちおしうそをされたるや兵部卿宮もおは す右大将のさはかりをもりかによしめくもけふのよそひいとなまめきてやなく ひなとおひてつかうまつり給へりいろくろくひけかちにみえていと心月なしい かてかは女のつくろひたてたるかほの色あひにはにたらむいとわりなきことを わかき御心地にはみをとしたまうてけりおとゝの君のおほしよりての給ことを いかゝはあらむ宮つかへは心にもあらてみくるしきありさまにやとおもひつゝ み給うをなれ〱しきすちなとをはもてはなれておほかたにつかうまつり御ら むせられんはおかしうもありなむかしとそ思よりたまうけるかうてのにおはし ましつきて御こしとゝめかむたちめのひらはりに物まいり御さうそくともなを しかりのよそひなとにあらため給ほとに六条院より御みき御くた物なとたてま つらせ給へりけふつかうまつり給へくかねて御けしきありけれと御物いみのよ しをそうせさせ給へりけるなりけりくら人の左衛門のせうを御つかひにてきし ひとえたたてまつらせたまふおほせことにはなにとかやさやうのおりのことま" }, { "vol": 29, "page": 888, "text": "ねふにわつらはしくなむ 雪深きをしほの山にたつきしのふるき跡をもけふは尋よ太政大臣のかゝる 野の行幸につかうまつり給へるためしなとやありけむおとゝ御つかひをかしこ まりもてなさせ給 小塩山みゆきつもれる松原にけふはかりなるあとやなからむとそのころを ひきゝしことのそは〱思いてらるゝはひかことにやあらむ又の日おとゝにし のたいにきのふうへはみたてまつりたまひきやかのことはおほしなひきぬらん やときこえ給へりしろきしきしにいとうちとけたるふみこまかにけしきはみて もあらぬかおかしきをみたまうてあいなのことやとわらひたまふ物からよくも おしはからせ給物かなとおほす御返にきのふは うちきえしあさくもりせしみ雪にはさやかに空の光やはみしおほつかなき 御ことともになむとあるをうへもみたまふさゝのことをそゝのかしかと中宮か くておはすこゝなからのおほえにはひなかるへしかのおとゝにしられても女御 かくて又さふらひ給へはなと思みたるめりしすちなりわか人のさもなれつかう" }, { "vol": 29, "page": 889, "text": "まつらむにはゝかるおもひなからむはうへをほのみたてまつりてえかけはなれ て思ふはあらしとの給へはあなうたてめてたしとみたてまつるとも心もて宮つ かひ思たらむこそいとさしすきたる心ならめとてわらひたまふいてそこにしも そめてきこえたまはむなとのたまふて又御返 あかねさす光は空にくもらぬをなとてみ雪にめをきらしけむなをおほした てなとたえすすゝめ給とてもかうてもまつ御もきのことをこそはとおほしてそ の御まうけの御てうとのこまかなるきよらともくはへさせたまひなにくれのき しきを御心にはいともおもほさぬことをたにをのつからよたけくいかめしくな るをましてうちのおとゝにもやかてこのついてにやしらせたてまつりてましと おほしよれはいとめてたくなむとしかへりて二月にとおほすをむなはきこえた かくなかくしたまふへきほとならぬも人の御むすめとてこもりおはするほとは かならすしもうちかみの御つとめなとあらはならぬほとなれはこそとし月はま きれすくし給へこのもしおほしよることもあらむにはかすかのかみの御心たか ひぬへきもつゐにはかくれてやむましき物からあちきなくわさとかましきのち" }, { "vol": 29, "page": 890, "text": "の名まてうたゝあるへしなを〱しき人のきはこそいまやうとてはうちあらた むることのたはやすきもあれなとおほしめくらすにおやこの御ちきりたゆへき やうなしおなしくは我心ゆるしてをしらせたてまつらむなとおほしさためてこ の御こしゆひにはかのおとゝをなむ御せうそこきこえ給ふけれは大宮こそのふ ゆつかたよりなやみたまふことさらにをこたりたまはねはかゝるにあはせてひ なかるへきよしきこえ給へり中将の君もよるひる三条にそさふらひ給て心のひ まなくものしたまうておりあしきをいかにせましとおほすよもいとさためなし 宮もうせさせ給はゝ御ふくあるへきをしらすかほにてものし給はむつみふかき ことおほからむおはする世にこのことあらはしてむとおほしとりて三条の宮に 御とふらひかてらわたりたまふいまはましてしのひやかにふるまいたまへとみ ゆきにおとらすよそほしくいよ〱ひかりをのみそへ給ふ御かたちなとのこの 世にみえぬ心ちしてめつらしうみたてまつり給にはいとゝ御こゝちのなやまし さもとりすてらるゝ心ちしておきい給へり御けうそくにかゝりてよはけなれと 物なといとよくきこえ給けしうはおはしまささりけるをなにかしのあそむの心" }, { "vol": 29, "page": 891, "text": "まとはしておとろ〱しうなけきゝこえさすめれはいかやうに物せさせたまふ にかとなむおほつかなかりきこえさせつるうちなとにもことなるついてなきか きりはまいらすおほやけにつかふる人ともなくてこもりはへれはよろつうゐ 〱しうよたけくなりにてはへりよはひなとこれよりまさる人こしたへぬまて かゝまりありくためしむかしもいまもはへめれとあやしくおれ〱しき本上に そふものうさになむはへるへきなときこえ給としのつもりのなやみとおもふ給 へつゝ月ころになりぬるをことしとなりてはたのみすくなきやうにおほえはへ れはいまひとたひかくみたてまつりきこえさすることもなくてやと心ほそく思 たまへつるをけふこそ又すこしのひぬる心ちしはへれいまはおしみとむへきほ とにもはへらすさへき人〱にもたちをくれよのすゑにのこりとまれるたくひ を人のうへにていと心つきなしとみはへりしかはいてたちいそきをなむおもひ もよをされはへるにこの中将のいとあはれにあやしきまておもひあつかひ心を さはかいたまふみはへるになむさま〱にかけとめられていまゝてなかひきは へるとたゝなきになきて御こゑのわなゝくもおこかましけれとさることゝもな" }, { "vol": 29, "page": 892, "text": "れはいとあはれなり御物かたりともむかしいまのとりあつめきこえたまふつい てにうちのおとゝは日へたてすまいりたまふことしけからむをかゝるついてに たいめむのあらはいかにうれしからむいかてきこえしらせんと思ふことの侍を さるへきついてなくてはたいめんもありかたけれはおほつかなくてなむときこ えたまふおほやけことのしけきにやわたくしの心さしのふかゝらぬにやさしも とふらひものしはへらすのたまはすへからむことはなにさまのことにかは中将 のうらめしけにおもはれたることもはへるをはしめのことはしらねといまはけ にきゝにくゝもてなすにつけてたちそめにし名のとりかへさるゝ物にもあらす おこかましきやうにかへりてはよ人もいひもらすなるをなとものしはへれはた てたる所むかしよりいとゝけかたき人の本上にて心えすなんみ給ふるとこの中 将の御ことゝおほしてのたまへはうちわらひ給ていふかひなきにゆるしすてた まふこともやときゝはへりてこゝにさへなむかすめ申やうありしかといときひ しういさめ給よしをみ侍しのちなにゝさまてことをもませはへりけむと人わる うくいおもふたまへてなむよろつのことにつけてきよめといふことはへれはい" }, { "vol": 29, "page": 893, "text": "かゝはさもとりかへしすゝいたまはさらむとは思たまへなからかうくちおしき にこりのすゑにまちとりふかうすむへき水こそいてきかたかへいよなれなにこ とにつけてもすゑになれはおちゆくけちめこそやすくはへめれいとほしうきゝ たまふるなと申たまうてさるはかのしり給へき人をなむおもひまかふることは へりてふいにたつねとりて侍をそのおりはさるひかわさともあかし侍らすあり しかはあなかちにことの心をたつねかえさふ事もはへらてたゝさるものゝくさ のすくなきをかことにてもなにかはとおもふたまへゆるしておさ〱むつひも みはへらすしてとし月はへりつるをいかてかきこしめしけむうちにおほせらる ゝやうなむあるないしのかみみやつかへする人なくてはかの所のまつりことし とけなく女官なともおほやけことをつかうまつるにたつきなくことみたるゝや うになむありけるをたゝいまうへにさふらふこらうのすけ二人又さるへき人 〱さま〱に申さするをはか〱しうえらはせたまはむたつねにたくふへき 人なむなき猶いへたかふ人のおほえかろからていへのいとなみたてたらぬひと なむいにしへよりなりきにけるしたゝかにかしこきかたのえらひにてはその人" }, { "vol": 29, "page": 894, "text": "ならてもとし月のらうになりのほるたくひあれとしかたくふへきもなしとなら はおほかたのおほえをたにえらせたまはんとなむうち〱におほせられたりし をにけなきことゝしもなにかはおもひたまはむ宮つかへはさるへきすちにて上 も下も思ひをよひいてたつこそ心たかきことなれおほやけさまにてさる所のこ とをつかさとりまつりことのおもふきをしたゝめしらむことははか〱しから すあはつけきやうにおほえたれとなとか又さしもあらむたゝわか身のありさま からこそよろつのことはへめれと思よわり侍しついてになむよはひのほとなと ゝひきゝはへれはかのおほむたつねあへいことになむありけるをいかなへいこ とそとも申あきらめまほしうはへるついてなくてはたいめ侍へきにも侍らすや かてかゝることなんとあらはし申へきやうを思めくらしてせうそこまうしゝを 御なやみにことつけてものうけにすまひたまへりしけにおりしもひんなうおも ひとまり侍によろしうものせさせ給けれは猶かうおもひおこせるついてにとな むおもふ給ふるさやうにつたへものせさせたまへときこえ給ふ宮いかに〱侍 けることにかかしこにはさま〱にかゝるなのりする人をいとふことなくひろ" }, { "vol": 29, "page": 895, "text": "いあつめらるめるにいかなる心にてかくひきたかへかこちきこえらるらむこの としころうけたまはりてなりぬるにやときこえたまへはさるやうはへることな りくはしきさまはかのおとゝもをのつからたつねきゝたまうてむくた〱しき なを人のなからひにゝたることにはへれはあかさんにつけてもらうかはしう人 いひつたへはへらむを中将のあそんにたにまたわきまへしらせはへらす人にも もらさせ給ましと御くちかためきこえたまふうちのおほゐとのかく三条の宮に 大きおとゝわたりおはしまいたるよしきゝたまひていかにさひしけにていつか しき御さまをまちうけきこえ給らむこせんともゝてはやしおましひきつくろふ 人もはか〱しうあらしかし中将は御ともにこそものせられつらめなとおとろ き給ふて御こともの君たちむつましうさるへきまうち君たちたてまつれ給御く た物御みきなとさりぬへくまいらせよ身つからもまいるへきをかへりて物さは かしきやうならむなとのたまふほとに大宮の御ふみあり六条のおとゝのとふら ひにわたりたまへるを物さひしけに侍れは人めのいとおしうもかたしけなうも あるをことゝしうかうきこえたるやうにはあらてわたり給なんやたいめむに" }, { "vol": 29, "page": 896, "text": "きこえまほしけなることもあなりときこえ給へりなにことにかはあらむこのひ め君の御こと中将のうれへにやとおほしまはすに宮もかう御世のこりなけにて このことゝせちにのたまいおとゝもにくからぬさまにひとことうちいてうらみ たまはむにとかく申かへさふことえあらしかしつれなくておもひいれぬをみる にはやすからすさるへきついてあらは人の御ことになひきかほにてゆるしてむ とおほす御心をさしあはせてのたまはむことゝおもひよりたまふにいとゝいな ひ所なからむか又なとかさしもあらむとやすらはるゝいとけしからぬ御あやに く心なりかしされと宮かくのたまひおとゝもたいめむすへくまちおはするにや かた〱にかたしけなしまいりてこそは御けしきにしたかはめなとおもほしな りて御さうそく心ことにひきつくろひてこせんなともこと〱しきさまにはあ らてわたりたまふ君たちいとあまたひきつれていりたまふさまもの〱しうた のもしけなりたけたちそゝろかにものしたまふにふとさもあひていとしうとく におもゝちあゆまひ大臣といはむにたらひたまへりゑひそめの御さしぬきさく らの下かさねいとなかうはしりひきてゆる〱とことさらひたる御もてなしあ" }, { "vol": 29, "page": 897, "text": "なきら〱しとみえたまへるに六条とのはさくらのからのきの御なをしいまや ういろの御そひきかさねてしとけなきおほ君すかたいよ〱たとへん物なしひ かりこそまさり給へかうしたゝかにひきつくろひ給へる御ありさまになすらへ てもみえたまはさりけりきみたちつき〱にいと物きよけなる御なからひにて つとひ給へり藤大納言春宮大夫なといまはきこゆることもゝみななりいてつゝ ものしたまふをのつからわさともなきにおほえたかくやむことなき殿上人くら ひとのとう五位のくら人近衛の中少将弁官なと人からはなやかにあるへかしき 十よ人つとひたまへれはいかめしうつき〱のたゝ人もおほくてかはらけあま たゝひなかれみなゑひになりてをの〱かうさいはひ人にすくれ給へる御あり さまを物かたりにしけりおとゝもめつらしき御たいめんにむかしのことおほし いてられてよそ〱にてこそはかなきことにつけていとましき御心もそふへか めれさしむかひきこえ給てはかたみにいとあはれなることのかす〱おほしい てつゝれいのへたてなくむかしいまのことゝもとしころの御物かたりに日くれ ゆく御かはらけなとすゝめまいりたまふさふらはてはあしかりぬへかりけるを" }, { "vol": 29, "page": 898, "text": "めしなきにはゝかりてうけたまはりすくしてましかは御かうしやそはましと申 たまふにかむたうはこなたさまになむかうしとおもふことおほくはへるなとけ しきはみたまふにこのことにやとおほせはわつらはしうてかしこまりたるさま にてものしたまふむかしよりおほやけわたくしのことにつけて心のへたてなく 大小のこときこえうけたまはりはねをならふるやうにておほやけの御うしろみ をもつかうまつるとなむおもふたまへしをすゑのよとなりてそのかみ思たまへ しほいなきやうなることうちましりはへれとうちうちのわたくしことにこそは おほかたの心さしはさらにうつろふことなくなむなにともなくてつもりはへる としよはひにそへていにしへのことなんこひしかりけるをたいめん給はること もいとまれにのみはへれはことかきりありてよたけき御ふるまひとは思たまへ なからしたしきほとにはその御いきをひをもひきしゝめたまひてこそはとふら ひものしたまはめとなむうらめしきおり〱はへるときこえたまへはいにしへ はけにおもなれてあやしくたいたいしきまてなれさふらひ心にへたつることな く御らむせられしをおほやけにつかうまつりしきはゝはねをならへたるかすに" }, { "vol": 29, "page": 899, "text": "も思ひはへらてうれしき御かへりみをこそはか〱しからぬ身にてかゝるくら ゐにをよひ侍て大やけにつかうまつりはへることにそへてもおもふたまへしら ぬにははへらぬをよはひのつもりにはけにをのつからうちゆるふことのみなむ おほく侍けるなとかしこまりまうしたまふそのついてにほのめかしいて給てけ りおとゝいとあはれにめつらかなることにも侍かなとまつうちなき給てそのか みよりいかになりにけむとたつねおもふたまへしさまはなにのついてにか侍け むうれへにたへすもらしきこしめさせし心ちなむし侍るいまかくすこし人かす にもなりはへるにつけてはか〱しからぬものとものかた〱につけてさまよ ひ侍をかたくなしくみくるしとみ侍につけても又さるさまにてかす〱につら ねてはあはれにおもふたまへらるゝおりにそへてもまつなむ思たまへいてらる ゝとのたまふついてにかのいにしへのあまよの物かたりにいろ〱なりし御む つことのさためをおほしいてゝなきみわらひみみなうちみたれたまひぬ夜いた うふけてをの〱あかれたまふかくまいりきあひてはさらにひさしくなりぬる よのふることおもふたまへいてられこひしきことのしのひかたきにたちいてむ" }, { "vol": 29, "page": 900, "text": "心ちもしはへらすとておさ〱心よはくおはしまさぬ六条とのもゑいなきにや うちしほれたまふ宮はたまいてひめ君の御ことをおほしいつるにありしにまさ る御ありさまいきをひをみたてまつりたまふにあかすかなしくてとゝめかたく しほしほとなきたまふあまころもはけに心ことなりけりかゝるついてなれと中 将の御ことをはうちいてたまはすなりぬひとふしよういなしとおほしをきてけ れはくちいれむことも人わるくおほしとゝめかのおとゝはた人の御けしきなき にさしすくしかたくてさすかにむすほゝれたる心ちしたまうけりこよひも御と もにさふらふへきをうちつけにさはかしくもやとてなむけふのかしこまりはこ とさらになむまいるへくはへるとまうしたまへはさらはこの御なやみもよろし うみえたまふをかならすきこえし日たかへさせ給はすわたり給へきよしきこえ ちきりたまふ御けしきともようてをの〱いてたまふひゝきいといかめしきみ たちの御ともの人〱なにことありつるならむめつらしき御たいめにいと御け しきよけなりつるは又いかなる御ゆつりあるへきにかなとひか心をえつゝかゝ るすちとはおもひよらさりけりおとゝうちつけにいといふかしう心もとなうお" }, { "vol": 29, "page": 901, "text": "ほえたまへとふとしかうけとりおやからむもひなからむたつねえたまへらむは しめをおもふにさためて心きようみはなち給はしやむことなきかた〱をはゝ かりてうけはりてそのきはにはもてなさすさすかにわつらはしう物のきこえを 思てかくあかしたまふなめりとおほすはくちおしけれとそれをきすとすへきこ とかはことさらにもかの御あたりにふれははせむになとかおほえのおとらむ宮 つかへさまにおもむきたまへらは女御なとのおほさむこともあちきなしとおほ せとゝもかくもおもひよりの給はむをきてをたかふへきことかはとよろつにお ほしけりかくのたまふは二月ついたちころなりけり十六日ひかむのはしめにて いとよき日なりけりちかう又よきひなしとかうかへ申けるうちに宮よろしうお はしませはいそきたちたまうてれいのわたりたまうてもおとゝに申あらはしゝ さまなといとこまかにあへきことゝもをしへきこえたまへはあはれなる御心は おやときこえなからもありかたからむをとおほす物からいとなむうれしかりけ るかくてのちは中将の君にもしのひてかゝることの心のたまひしらせけりあや しのことゝもやむへなりけりとおもひあはすることゝもあるにかのつれなき人" }, { "vol": 29, "page": 902, "text": "の御ありさまよりも猶もあらす思ひいてられておもひよらさりけることよとし れ〱しき心ちすされとあるましうねちけたるへきほとなりけりとおもひかへ すことこそはありかたきまめ〱しさなめれかくてその日になりて三条の宮よ りしのひやかに御つかひあり御くしのはこなとにはかなれとことゝもいときよ らにしたまうて御ふみにはきこえむにもいま〱しきありさまをけふはしのひ こめ侍れとさるかたにてもなかきためしはかりをおほしゆるすへうやとてなむ あはれにうけたまはりあきらめたるすちをかけきこえむもいかゝ御けしきにし たかひてなむ ふた方にいひもてゆけは玉くしけわか身はなれぬかけこなりけりといとふ るめかしうわなゝきたまへるをとのもこなたにおはしましてことゝも御らむし さたむる程なれはみたまうてこたいなる御ふみかきなれといたしやこの御てよ むかしは上すにものしたまけるをとしにそへてあやしくおいゆく物にこそあり けれいとからく御てふるひにけりなとうちかへしみたまうてよくもたまくしけ にまつはれたるかな三十一字のなかにこともしはすくなくそへたることのかた" }, { "vol": 29, "page": 903, "text": "きなりとしのひてわらひたまふ中宮よりしろき御もからきぬ御さうそく御くし あけのくなといとになくてれいのつほともにからのたき物心ことにかほりふか くてたてまつり給へり御かたかたみな心〱に御さうそく人〱のれうにくし あふきまてとり〱にしいて給へるありさまおとりまさらすさま〱につけて かはかりの御心はせともにいとみつくしたまへれはおかしうみゆるをひむかし の院の人〱もかゝる御いそきはきゝたまうけれともとふらひきこえ給へきか すならねはたゝきゝすくしたるにひたちの宮の御方あやしうものうるはしうさ るへきことのおりすくさぬこたいの御心にていかてかこの御いそきをよそのこ とゝはきゝすくさむとおほしてかたのことなむしいてたまうけるあはれなる御 心さしなりかしあをにひのほそなかひとかさねおちくりとかやなにとかやむか しの人のめてたうしけるあはせのはかま一くむらさきのしらきりみゆるあられ ちの御こうちきとよきころもはこにいれてつゝみいとうるはしうてたてまつれ たまへり御ふみにはしらせたまふへきかすにも侍らねはつゝましけれとかゝる おりはおもたまへしのひかたくなむこれいとあやしけれと人にもたまはせよと" }, { "vol": 29, "page": 904, "text": "おひらかなりとの御らむしつけていとあさましうれいのとおほすに御かほあか みぬあやしきふる人にこそあれかく物つゝみしたる人はひきいりしつみ入たる こそよけれさすかにはちかましやとて返ことはつかはせはしたなくおもひなむ ちゝみこのいとかなしうしたまひけるおもひいつれは人におとさむはいと心く るしき人也ときこえたまふ御こうちきのたもとにれいのおなしすちのうたあり けり 我身こそ恨られけれから衣君かたもとになれすとおもへはおほむてはむか したにありしをいとわりなうしゝかみゑりふかうつようかたうかきたまへりお とゝにくき物のおかしさをはえねんし給はてこのうたよみつらむほとこそまし ていまはちからなくてところせかりけむといとおしかりたまふいてこの返こと さはかしうともわれせんとの給てあやしう人のおもひよるましき御心はへこそ あらてもありぬへけれとにくさにかきたまうて 唐衣又から衣からころもかへす〱もから衣なるとていとまめやかにかの 人のたてゝこのむすちなれはものしてはへるなりとてみせたてまつりたまへは" }, { "vol": 29, "page": 905, "text": "きみいとにほひやかにわらひたまひてあないとおしろうしたるやうにもはへる かなとくるしかり給ようなしこといとおほかりやうちのおとゝはさしもいそか れたまふましき御心なれとめつらかにきゝたまふしのちはいつしかと御心にか ゝりたれはとくまいり給へりきしきなとあへいかきりに又すきてめつらしきさ まにしなさせたまへりけにわさと御こゝろとゝめたまふけることゝみたまふも かたしけなき物からやうかはりておほさるゐのときにていれたてまつりたまふ れいの御まうけをはさる物にてうちのおましいとになくしつらはせたまうて御 さかなまいらせたまふ御となふられいのかゝる所よりはすこしひかりみせてお かしきほとにもてなしきこえたまへりいみしうゆかしう思きこえ給へとこよひ はいとゆくりかなへけれはひきむすひたまふほとえしのひたまはぬけしきなり あるしのおとゝこよひはいにしへさまのことはかけはへらねはなにのあやめも わかせたまふましくなむ心しらぬ人めをかさりて猶よのつねのさほうにときこ え給けにさらにきこえさせやるへき方はへらすなむ御かはらけまいるほとにか きりなきかしこまりをはよにためしなきことゝきこえさせなからいまゝてかく" }, { "vol": 29, "page": 906, "text": "しのひこめさせ給けるうらみもいかゝそへはへらさらむときこえたまふ うらめしや興津玉もをかつくまて磯かくれけるあまの心よとて猶つゝみも あへすしほたれたまふひめ君はいとはつかしき御さまとものさしつとひつゝま しさにえきこえたまはねは殿 よるへなみかゝるなきさにうちよせてあまもたつねぬもくつとそみしいと わりなき御うちつけことになんときこえたまへはいとことはりになんときこえ やる方なくていてたまひぬみこたちつき〱人〱のこるなくつとひたまへり 御けさう人もあまたましりたまへれはこのおとゝかくいりおはしてほとふるを いかなることにかとうたかひたまへりかのとのゝきむたち中将弁のきみはかり そほのしり給へりける人しれすおもひしことをからうもうれしうもおもひなり たまふ弁はよくそうちいてさりけるとさゝめきてさまことなるおとゝの御この みともなめり中宮の御たくひにしたてたまはむとやおほすらむなとをのをのい ふよしをきゝたまへと猶しはしは御心つかひしたまうてよにそしりなきさまに もてなさせたまへなにことも心やすきほとの人こそみたりかはしうともかくも" }, { "vol": 29, "page": 907, "text": "はへへかめれこなたをもそなたをもさま〱人のきこえなやまさむたゝならむ よりはあちきなきをなたらかにやう〱人めをもならすなむよきことにははへ るへきと申たまへはたゝ御もてなしになんしたかひ侍へきかうまてこらむせら れありかたき御はくゝみにかくろへ侍けるもさきの世のちきりをろかならしと 申たまふ御をくり物なとさらにもいはすゝへてひきいて物ろくともしな〱に つけてれいあることかきりあれと又ことくはへになくせさせたまへりおほ宮の 御なやみにことつけたまうしなこりもあれはこと〱しき御あそひなとはなし 兵部卿の宮いまはことつけやり給へきとゝこほりもなきをとをりたちきこえ給 へとうちより御けしきあることかへさひそうし又またおほせことにしたかひて なむことさまのことはともかくも思さたむへきとそきこえさせ給けるちゝおと ゝはほのかなりしさまをいかてさやかに又みむなまかたほなることみえたまは ゝかうまてこと〱しうもてなしおほさしなと中〱心もとなうこひしう思き こえたまふいまそかの御ゆめもまことにおほしあはせける女御はかりにはさた かなることのさまをきこえ給ふけり世の人きゝにしはしこのこといたさしとせ" }, { "vol": 29, "page": 908, "text": "ちにこめたまへとくちさかなきものはよの人なりけりしねんにいひもらしつゝ やう〱きこえいてくるをかのさかな物のきみきゝて女御のおまへに中将少将 さふらひたまふにいてきて殿は御むすめまうけたまふへかなりあなめてたやい かなる人二かたにもてなさるらむきけはかれもをとりはらなりとあふなけにの たまへは女御かたはらいたしとおほしてものものたまはす中将しかゝしつかる へきゆへこそ物したまふらめさてもたかいひしことをかくゆくりなくうちいて 給ふそ物いひたゝならぬ女房なとこそみゝとゝむれとのたまへはあなかまみな きゝてはへりないしのかみになるへかなり宮つかへにといそきいてたち侍しこ とはさやうの御返みもやとてこそなへての女房たちたにつかふまつらぬことま ておりたちつかうまつれおまへのつらくおはします也と恨みかくれはみなほほ ゑみてないしのかみあかはなにかしこそのそまんとおもふをひたうにもおほし かけけるかななとのたまふにはらたちてめてたき御中にかすならぬ人はましる ましかりけり中将の君そつらくおはするさかしらにむかへたまひてかろめあさ けり給ふせうせうの人はえたてるましきとのゝうちかなあなかしこ〱としり" }, { "vol": 29, "page": 909, "text": "ゑさまにゐさりしそきてみおこせたまふにくけもなけれといとはらあしけにま しりひきあけたり中将はかくいふにつけてもけにしあやまちたることゝおもへ はまめやかにてものしたまふ少将はかゝるかたにてもたくひなき御ありさまを をろかにはよもおほさし御心しつめたまふてこそかたきいはほもあはゆきにな したまふつへきおほむけしきなれはいとようおもひかなひたまふときもありな むとほほゑみていひゐ給へり中将もあまのいはとさしこもりたまひなんやめや すくとてたちぬれはほろ〱となきてこのきみたちさへみなすけなくしたまふ にたゝ御前の御心のあはれにおはしませはさふらふなりとていとかやすくいそ しく下らうわらはへなとのつかうまつりたらぬさうやくをもたちはしりやすく まとひありきつゝ心さしをつくしてみやつかへしありきてないしのかみにをれ を申なしたまへとせめきこゆれはあさましういかにおもひていふことならむと おほすに物もいはれ給はすおとゝこのゝそみをきゝたまひていとはなやかにう ちわらひたまひて女御の御かたにまいりたまへるつゐてにいつらこのあふみの 君こなたにとめせはをといとけさやかにきこえていてきたりいとつかへたる御" }, { "vol": 29, "page": 910, "text": "けわひおほやけ人にてけにいかにあひたらむないしのかみのことはなとかをの れにとくはものせさりしといとまめやかにてのたまへはいとうれしとおもひて さも御けしきたまはらまほしう侍しかとこの女御とのなとをのつからつたへき こえさせ給てむとたのみふくれてなむさふらひつるをなるへき人ものしたまふ やうにききたまふれはゆめにとみしたる心ちしはへりてなむむねにてををきた るやうに侍と申たまふしたふりいと物さはやかなりえみ給ぬへきをねむしてい とあやしうおほつかなき御くせなりやさもおほしのたまはましかはまつ人のさ きにそうしてましおほきおとゝの御むすめやむことなくともこゝにせちに申さ むことはきこしめさぬやうあらさらましいまにても申ふみをとりつくりてひゝ しうかきいたされよなかうたなとの心はへあらむをこらんせむにはすてさせ給 はしうへはそのうちになさけすてすおはしませはなといとようすかしたまふ人 のおやけなくかたはなりや山とうたはあし〱もつゝけ侍なむむね〱しき方 のことはたとのより申させたまはゝつまこえのやうにて御とくをもかうふりは へらむとててをゝしすりてきこえゐたりみき丁のうしろなとにてきく女房しぬ" }, { "vol": 29, "page": 911, "text": "へくおほゆ物わらひにたへぬはすへりいてゝなむなくさめける女御も御おもて あかみてわりなうみくるしとおほしたりとのもゝのむつかしきおりはあふみの 君みるこそよろつまきるれとてたゝわらひくさにつくり給へとよ人はゝちかて らはしたなめたまふなとさま〱いひけり" }, { "vol": 30, "page": 917, "text": "内侍のかみの御宮つかへのことをたれも〱そゝのかし給もいかならむおやと 思ひきこゆる人の御心たにうちとくましき世なりけれはましてさやうのましら ひにつけて心より外にひんなき事もあらは中宮も女御もかた〱につけて心を き給はゝはしたなからむに我身はかくはかなきさまにていつ方にもふかく思と ゝめられたてまつれるほともなくあさきおほえにてたゝならすおもひいひいか て人わらへなるさまにみきゝなさむとうけひ給人〻もおほくとかくにつけてや すからぬことのみありぬへきをものおほししるましきほとにしあらねはさま 〱におもほしみたれ人しれす物なけかしさりとてかゝる有さまもあしき事は なけれとこのおとゝの御心はへのむつかしく心つきなきもいかなるつゐてにか はもてはなれて人のをしはかるへかめるすちを心きよくもありはつへきまこと のちゝおとゝも此殿のおほさむ所はゝかり給てうけはりてとりはなちけさやき 給へきことにもあらねは猶とてもかくてもみくるしうかけ〱しきありさまに て心をなやまし人にもてさはかるへきみなめりと中〱このおや尋きこえ給て 後はことにはゝかり給けしきもなきおとゝの君の御もてなしをとりくはへつゝ" }, { "vol": 30, "page": 918, "text": "人しれすなんなけかしかりけるおもふことをまほならすともかたはしにてもう ちかすめつへきをなんおやもおはせすいつ方も〱いとはつかしけにいとうる はしき御さまともにはなに事をかはさなむかくなんともきこえわき給はむよの 人ににぬ身の有さまをうちなかめつゝ夕くれの空のあはれけなるけしきをはし ちかうてみいたし給へるさまいとおかしうすきにひ色の御そなつかしきほとに やつれて例にかはりたるいろあひにしもかたちはいとはなやかにもてはやされ ておはするを御まへなる人〻はうちゑみてみたてまつるに宰相の中将おなし色 のいますこしこまやかなるなをしすかたにてえいまき給へるすかたしもまたい となまめかしくきよらにておはしたりはしめよりものまめやかに心よせきこえ 給へはもてはなれてうと〱しきさまにはもてなし給はさりしならひに今あら さりけりとてこよなくかはらむもうたてあれはなをみすにき丁そへたる御たい めむはひとつてならてありけりとのゝ御せうそこにてうちよりおほせことある さまやかてこの君のうけたまはり給へるなりけり御返おほとかなる物からいと めやすくきこえなし給けはひのらう〱しくなつかしきにつけてもかの野わき" }, { "vol": 30, "page": 919, "text": "のあしたの御あさかほは心にかゝりてこひしきをうたてあるすちにおもひしき ゝあきらめてのちはなをもあらぬ心ちそひてこの宮つかひをおほかたにしもお ほしはなたしかしさはかりみところある御あはひともにておかしきさまなるこ とのわつらはしきはたかならすいてきなんかしと思にたゝならすむねふたかる 心ちすれとつれなくすくよかにて人にきかすましと侍つることをきこえさせん にいかゝ侍へきとけしきたてはちかくさふらふ人もすこししりそきつゝ御き丁 のうしろなとにそはみあへりそらせうそこをつき〱しくとりつゝけてこまや かにきこえ給うへの御けしきのたゝならぬすちをさる御心し給へなとやうのす ちなりいらへ給はんこともなくてたゝうちなけき給へるほとしのひやかにうつ くしくいとなつかしきになをえしのふましく御ふくもこの月にはぬかせ給へき を日ついてなんよろしからさりける十三日にかはらへいてさせ給へきよしの給 はせつなにかしも御ともにさふらふへくなん思給ふるときこえ給へはたくひ給 はんもこと〱しきやうにや侍らんしのひやかにてこそよく侍らめとの給この 御ふくなんとのくはしきさまを人にあまねくしらせしとおもむけ給へるけしき" }, { "vol": 30, "page": 920, "text": "いとらうあり中将ももらさしとつゝませ給らむこそ心うけれ忍ひかたく思たま へらるゝかたみなれはぬきすて侍らむこともいと物うく侍ものをさてもあやし うもてはなれぬことのまた心えかたきにこそ侍れこの御あらはしころもの色な くはえこそ思給へわくましかりけれとの給へは何事もおもひわかぬ心にはまし てともかくも思たまへたとられ侍らねとかゝるいろこそあやしくものあはれな るわさに侍けれとて例よりもしめりたる御けしきいとらうたけにおかしかゝる ついてにとや思よりけむらにの花のいとおもしろきをもたまへりけるをみすの つまよりさし入てこれも御らんすへきゆへは有けりとてとみにもゆるさても給 へれはうつたへに思よらてとり給御袖をひきうこかしたり おなしのゝ露にやつるゝふちはかまあはれはかけよかことはかりもみちの はてなるとかやいと心つきなくうたてなりぬれとみしらぬさまにやをらひきい りて たつぬるにはるけき野への露ならはうすむらさきやかことならましかやう にてきこゆるよりふかきゆへはいかゝとの給へはすこしうちわらひてあさきも" }, { "vol": 30, "page": 921, "text": "ふかきもおほしわくかたは侍なんと思給ふるまめやかにはいとかたしけなきす ちを思しりなからえしつめ侍らぬ心中をいかてかしろしめさるへきなか〱お ほしうとまんかわひしさにいみしくこめ侍を今はたおなしと思給へわひてなむ 頭の中将のけしきは御らむししりきや人のうへになんとおもひ侍けん身にてこ そいとおこかましくかつは思給へしられけれ中〱かの君は思さましてつゐに 御あたりはなるましきたのみにおもひなくさめたるけしきなとみ侍もいとうら やましくねたきにあはれとたにおほしをけよなとこまかにきこえしらせ給こと おほかれとかたはらいたけれはかかぬなりかむのきみやう〱ひきいりつゝむ つかしとおほしたれは心うき御けしきかなあやまちすましき心のほとはをのつ から御らむししらるゝやうも侍らむ物をとてかゝるついてに今すこしもらさま ほしけれとあやしくなやましくなむとていりはて給ぬれはいといたくうちなけ きてたち給ぬなか〱にもうちいてゝけるかなとくちおしきにつけてもかの今 すこし身にしみておほえし御けはひをかはかりのものこしにてもほのかに御こ ゑをたにいかならむつゐてにかきかむとやすからす思つゝ御まへにまいり給へ" }, { "vol": 30, "page": 922, "text": "れはいて給て御返なときこえ給この宮つかへをしふけにこそ思給へれみやなと のれんし給へる人にていと心ふかきあはれをつくしいひなやまし給ふになん心 やしみ給らんとおもふになん心くるしきされと大原野の行幸にうへをみたてま つり給てはいとめてたくおはしけりとおもひ給へりきわかき人はほのかにもみ たてまつりてえしも宮つかへのすちもてはなれしさ思ひてなんこのこともかく ものせしなとの給へはさても人さまはいつ方につけてかはたらひてものし給ら む中宮かくならひなきすちにておはしまし又こき殿やむことなくおほえことに てものし給へはいみしき御思ひありとも立ならひ給ことかたくこそ侍らめ宮は いとねんころにおほしたなるをわさとさるすちの御宮つかへにもあらぬ物から ひきたかへたらむさまに御心をき給はむもさる御なからひにてはいと〱おし くなんきゝ給ふるとおとな〱しく申給かたしや我心ひとつなるひとのうへに もあらぬを大将さへ我をこそうらむなれすへてかゝることの心くるしさをみす くさてあやなき人のうらみをふかへりてはかる〱しきわさなりけりかのはゝ 君のあはれにいひをきしことのわすれさりしかは心ほそき山さとになときゝし" }, { "vol": 30, "page": 923, "text": "をかのおとゝはたきゝいれ給へくもあらすとうれへしにいとおしくてかくわた しはしめたるなりこゝにかくものめかすとてかのおとゝも人めかい給なめりと つき〱しくの給なす人からは宮の御人にていとよかるへしいまめかしくいと なまめきたるさましてさすかにかしこくあやまちすましくなとしてあはひはめ やすからむさてまた宮つかへにもいとよくたらひたらんかしかたちよくらう 〱しきものゝおほやけ事なとにもおほめかしからすはか〱しくてうへのつ ねにねかはせ給御心にはたかふましなとの給けしきのみまほしけれはとしころ かくてはくゝみきこえ給ける御心さしをひかさまにこそ人は申なれかのおとゝ もさやうになむおもふけて大将のあなたさまのたよりにけしきはみたりけるに もいらへけるときこえ給へはうちわらひてかた〱いとにけなきことかな猶宮 つかへをも御心ゆるしてかくなんとおほされんさまにそしたかふへき女は三に したかふものにこそあなれとついてをたかへてをのか心にまかせんことはある ましきことなりとの給うち〱にもやむことなきこれかれ年ころをへてものし 給へはえそのすちの人かすにはものし給はてすてかてらにかくゆつりつけおほ" }, { "vol": 30, "page": 924, "text": "そふの宮つかへのすちにらうせんとおほしをきつるいとかしこくかとあること なりとなんよろこひ申されけるとたしかに人のかたり申侍しなりといとうるは しきさまにかたり申給へはけにさはおもひ給らむかしとおほすにいとおしくて いとまか〱しきすちにも思より給けるかないたりふかき御心ならひならむか し今をのつからいつ方につけてもあらはなる事ありなむ思ひくまなしやとわら ひ給御けしきはけさやかなれと猶うたかひはをかるおとゝもさりやかく人のを しはかるあんにおつることもあらましかはいとくちおしくねちけたらましかの おとゝにいかてかく心きよきさまをしらせたてまつらむとおほすにそけに宮つ かへのすちにてけさやかなるましくまきれたるおほえをかしこくも思より給け るかなとむくつけくおほさるかくて御ふくなとぬき給て月たゝは猶まいり給は むこといみあるへし十月はかりにとおほしの給をうちにも心もとなくきこしめ しきこえ給人〻はたれも〱いとくちおしくてこの御まいりのさきにと心よせ のよすか〱にせめわひ給へとよしのゝたきをせかむよりもかたきことなれは いとわりなしとをの〱いらふ中将もなか〱なることをうちいてゝいかにお" }, { "vol": 30, "page": 925, "text": "ほすらむとくるしきまゝにかけりありきていとねんころにおほかたの御うしろ みをおもひあつかひたるさまにてついせうしありき給たはやすくかるらかにう ちいてゝはきこえかゝりたまはすめやすくもてしつめ給へりまことの御はらか らの君たちはえよりこす宮つかへのほとの御うしろみをとをの〱心もとなく そ思ける頭の中将心をつくしわひしことはかきたえにたるをうちつけなりける 御心かなと人〻はおかしかるにとのゝ御つかひにておはしたりなをもていてす 忍ひやかに御せうそこなともきこえかはし給けれは月のあかき夜かつらのかけ にかくれてものし給へりみきゝいるへくもあらさりしをなこりなくみなみのみ すのまへにすへたてまつる身つからきこえ給はんことはしも猶つゝましけれは 宰相のきみしていらへきこえ給なにかしらをえらひてたてまつり給へるは人つ てならぬ御せうそこにこそ侍らめかくものとをくてはいかゝきこえさすへから む身つからこそかすにも侍らねとたえぬたとひも侍なるはいかにそやこたいの 事なれとたのもしくそ思給へけるとてものしとおもひたまへりけにとしころの つもりもとりそへてきこえまほしけれとひころあやしくなやましく侍れはおき" }, { "vol": 30, "page": 926, "text": "あかりなともえし侍らてなむかくまてとかめ給も中〱うと〱しき心ちなむ し侍けるといとまめたちてきこえいたし給へりなやましくおほさるらむみき丁 のもとをはゆるさせ給ましくやよし〱けにきこえさするも心ちなかりけりと ておとゝの御せうそことも忍ひやかにきこえ給ようゐなと人にはおとり給はす いとめやすしまいり給はむほとのあないくはしきさまもえきかぬをうち〱に の給はむなんよからむなに事も人めにはゝかりてえまいりこすきこえぬことを なむ中〱いふせくおほしたるなとかたりきこえ給ついてにいてやおこかまし き事もえそきこえさせぬやいつ方につけてもあはれをは御覧しすくすへくやは ありけるといよ〱うらめしさもそひ侍かなまつはこよひなとの御もてなしよ きたおもてたつかたにめしいれてきむたちこそめさましくもおほしめさめしも つかへなとやうの人〻とたにうちかたらはゝやまたかゝるやうはあらしかしさ ま〱にめつらしきよなりかしとうちかたふきつゝうらみつゝけたるもおかし けれはかくなむときこゆけに人きゝをうちつけなるやうにやとはゝかり侍ほと に年ころのむもれいたさをもあきらめ侍らぬはいと中〱なることおほくなむ" }, { "vol": 30, "page": 927, "text": "とたゝすくよかにきこえなし給にまはゆくてよろつおしこめたり いもせ山ふかきみちをはたつねすてをたえのはしにふみまよひけるよとう らむるも人やりならす まとひけるみちをはしらすいもせ山たと〱しくそたれもふみゝしいつか たのゆへとなむえおほしわかさめりしなにこともわりなきまておほかたのよを はゝからせ給めれはえきこえさせ給はぬになむをのつからかくのみも侍らしと きこゆるもさることなれはよしなかゐし侍らむもすさましきほとなりやう〱 らうつもりてこそはかことをもとてたち給月くまなくさしあかりてそらのけし きもえむなるにいとあてやかにきよけなるかたちして御なをしのすかたこのま しくはなやかにていとおかし宰相の中将のけはひ有さまにはえならひ給はねと これもおかしかめるはいかてかゝる御なからひなりけむとわかき人〻は例のさ るましきことをもとりたてゝめてあへり大将はこの中将はおなし右のすけなれ はつねによひとりつゝねんころにかたらひおとゝにも申させ給けり人からもい とよくおほやけの御うしろみとなるへかめるしたかたなるをなとかいあらむと" }, { "vol": 30, "page": 928, "text": "おほしなからかのおとゝのかくし給へることをいかゝはきこえかへすへからん さるやうあることにこそと心え給へるすちさへあれはまかせきこえ給へりこの 大将は春宮の女御の御はらからにそおはしけるおとゝたちをゝきたてまつりて さしつきの御おほえいとやむことなき君也とし卅二三のほとにものし給きたの かたはむらさきのうへの御あねそかし式部卿の宮の御おおいきみよとしのほと みつよつかこのかみはことなるかたはにもあらぬを人からやいかゝおはしけむ おうなとつけて心にもいれすいかてそむきなんとおもへりそのすちにより六条 のおとゝは大将の御ことはにけなくいとおしからむとおほしたるなめりいろめ かしくうちみたれたる所なきさまなからいみしくそ心をつくしありき給けるか のおとゝももてはなれてもおほしたらさなり女は宮つかへをものうけにおほい たなりとうち〱のけしきもさるくはしきたよりあれはもりきゝてたゝおほと のゝ御おもむけのことなるにこそはあなれまことのおやの御心たにたかはすは とこの弁の御もとにもせためたまふ九月にもなりぬはつしもむすほゝれえむな るあしたにれいのとり〱なる御うしろみとものひきそはみつゝもてまいる御" }, { "vol": 30, "page": 929, "text": "ふみともをみ給こともなくてよみきこゆるはかりをきゝ給大将とのゝにはなを たのみこしもすきゆくそらのけしきこそ心つくしに かすならはいとひもせまし長月に命をかくるほとそはかなきつきたゝはと あるさためをいとよくきゝ給なめり兵部卿の宮はいふかひなきよはきこえむか たなきを あさ日さすひかりをみてもたまさゝのはわけの霜をけたすもあらなむおほ したにしらはなくさむかたもありぬへくなんとていとかしけたるしたおれのし もゝおとさすもてまいれる御つかひさへそうちあひたるや式部卿の宮の左兵衛 督はとのゝうへの御はらからそかししたしくまいりなとし給君なれはをのつか らいとよくものゝあないもきゝていみしくそ思ひわひけるいとおほくうらみつ ゝけて わすれなむと思ふも物のかなしきをいかさまにしていかさまにせむかみの いろすみつきしめたるにほひもさま〱なるを人〻もみなおほしたへぬへかめ るこそさう〱しけれなといふ宮の御かへりをそいかゝおほすらむたゝいさゝ" }, { "vol": 30, "page": 930, "text": "かにて 心もてひかりにむかふあふひたにあさをく霜をゝのれやはけつとほのかな るをいとめつらしとみ給に身つからはあはれをしりぬへき御けしきにかけ給つ れはつゆはかりなれといとうれしかりけりかやうになにとなけれとさま〱な る人〻の御わひこともおほかり女の御心はへはこのきみをなんもとにすへきと おとゝたちさためきこえ給けりとや" }, { "vol": 31, "page": 935, "text": "内にきこしめさむこともかしこししはし人にあまねくもらさしといさめきこえ 給へとさしもえつゝみあへたまはすほとふれといさゝかうちとけたる御けしき もなく思はすにうきすくせなりけりと思ひいり給へるさまのたゆみなきをいみ しうつらしと思へとおほろけならぬ契のほとあはれにうれしく思みるまゝにめ てたくおもふさまなる御かたちありさまをよそのものにみはてゝやみなましよ と思たにむねつふれていし山のほとけをも弁のおもとをもならへていたゝかま ほしうおもへと女君のふかくものしとうとみにけれはえましらはてこもりゐに けりけにそこら心くるしけなることゝもをとり〱にみしかと心あさき人のた めにそてらのけんもあらはれけるおとゝも心ゆかすくちおしとおほせといふか ひなき事にてたれも〱かくゆるしそめ給へることなれはひきかへしゆるさぬ けしきをみせむも人のためいとおしうあいなしとおほしてきしきいとになくも てかしつき給いつしかとわか殿にわたいたてまつらんことを思いそき給へとか る〱しくふとうちとけわたり給はんにかしこにまちとりてよくもおもふまし き人のものし給なるかいとおしさにことつけ給てなを心のとかになたらかなる" }, { "vol": 31, "page": 936, "text": "さまにてをとなくいつかたにも人のそしりうらみなかるへくをもてなし給へと そきこえ給ちゝおとゝは中〱めやすかめりことにこまかなるうしろみなき人 のなまほのすいたる宮つかへにいて立てくるしけにやあらむとそうしろめたか りし心さしはありなから女御かくてものし給をゝきていかゝもてなさましなと しのひての給けりけにみかとゝきこゆとも人におほしおとしはかなき程にみえ たてまつり給てもの〱しくもゝてなし給はすはあはつけきやうにもあへかり けり三日の夜の御せうそこともきこえかはし給けるけしきをつたへきゝ給てな むこのおとゝのきみの御心をあはれにかたしけなくありかたしとはおもひきこ え給けるかうしのひ給御なからひのことなれとをのつから人のおかしきことに かたりつたへつゝつき〱にきゝもらしつゝありかたきよかたりにそさゝめき ける内にもきこしめしてけりくちおしうすくせことなりける人なれとさおほし しほいもあるを宮つかへなとかけ〱しきすちならはこそは思たえ給はめなと の給はせけりしも月になりぬ神わさなとしけくないし所にもことおほかるころ にて女くわんとも内侍ともまいりつゝいまめかしう人さはかしきに大将殿ひる" }, { "vol": 31, "page": 937, "text": "もいとかくろへたるさまにもてなしてこもりおはするをいと心つきなくかむの 君はおほしたり宮なとはまいていみしうくちおしとおほす兵衛の督はいもうと の北の方の御ことをさへ人わらへにおもひなけきてとりかさね物おもほしけれ とおこかましううらみよりてもいまはかひなしと思かへす大将はなにたてるま め人のとし比いさゝかみたれたるふるまひなくてすくし給へるなこりなく心ゆ きてあらさりしさまにこのましうよひあか月のうちしのひ給へるいていりもえ んにしなし給へるをおかしと人〱みたてまつる女はわらゝかにゝきはゝしく もてなし給本上もゝてかくしていといたう思むすほゝれ心もてあかぬさまはし るきことなれとおとゝのおほすらむこと宮の御心さまの心ふかうなさけ〱し うおはせしなとを思いて給にはつかしうくちおしうのみおもほすにもの心つき なき御けしきたえす殿もいとおしう人〱も思うたかひけるすちを心きよくあ らはし給て我心なからうちつけにねちけたることはこのますかしとむかしより のこともおほしいてゝむらさきのうへにもおほしうたかひたりしよなときこえ 給いまさらに人の心くせもこそとおほしなから物のくるしうおほされし時さて" }, { "vol": 31, "page": 938, "text": "もやとおほしより給しことなれはなをおほしもたえす大将のおはせぬひるつか たわたり給へり女君あやしうなやましけにのみもてなひ給てすくよかなるおり もなくしほれ給へるをかくてわたり給へれはすこしをきあかり給て御木丁には たかくれておはす殿もよういことにすこしけゝしきさまにもてない給ておほか たのことともなときこえ給すくよかなる世のつねの人にならひてはましていふ かたなき御けはひありさまをみしり給にも思ひのほかなる身のをき所なくはつ かしきにも涙そこほれけるやう〱こまやかなる御物かたりになりてちかき御 けうそくによりかゝりてすこしのそきつゝきこえ給いとおかしけにおもやせ給 へるさまのみまほしうらうたい事のそひたまへるにつけてもよそにみはなつも あまりなる心のすさひそかしとくちおし おりたちてくみはみねともわたり川人のせとはたちきらさりしをおもひの ほかなりやとてはなうちかみ給ふけはひなつかしうあはれなりをんなはかほを かくして みつせ川わたらぬさきにいかてなを涙のみをのあはときえなん心おさなの" }, { "vol": 31, "page": 939, "text": "御きえところやさてもかのせはよきみちなかなるを御てのさきはかりはひきた すけきこえてんやとほゝゑみ給てまめやかにはおほしゝることもあらむかしよ になきしれ〱しさも又うしろやすさもこの世にたくひなきほとをさりともと なんたのもしきときこえ給をいとわりなうきゝくるしとおほいたれはいとおし うての給まきらはしつゝ内にの給はすることなむいとおしきを猶あからさまに まひらせたてまつらんをのか物とりやうしはてゝはさやうの御ましらひもかた けなめるよなめり思そめきこえし心はたかふさまなめれと二条のおとゝは心ゆ き給なれは心やすくなむなとこまかにきこえ給あはれにもはつかしくもきゝ給 ことおほかれとたゝ涙にまつはれておはすいとかうおほしたるさまのこゝろく るしけれはおほすさまにもみたれ給はすたゝあるへきやう御心つかひをゝしへ きこえ給かしこにわたり給はん事をとみにもゆるしきこえ給ましき御けしきな り内へまいり給はむことをやすからぬことに大将おほせとそのついてにやまか てさせたてまつらんの御心つき給てたゝあからさまの程をゆるしきこえ給かく しのひかくろへ給御ふるまひもならひ給はぬ心ちにくるしけれは我とのゝうち" }, { "vol": 31, "page": 940, "text": "すりししつらひて年比はあらしうつもれうちすて給へりつる御しつらひよろつ のきしきをあらためいそき給きたの方のおほしなけくらむ御心もしり給はすか なしうし給し君たちをもめにもとめ給はすなよひかになさけ〱しき心うちま しりたる人こそとさまかうさまにつけても人のためはちかましからんことをは おしはかり思ふところもありけれひたおもむきにすくみ給へる御心にて人の御 心うこきぬへきことおほかり女君人におとり給へきことなし人の御本上もさる やんことなきちゝみこのいみしうかしつきたてまつり給へるおほえよにかろか らす御かたちなともいとようおはしけるをあやしうしふねき御物のけにわつら ひ給てこのとしころ人にもに給はすうつし心なきおり〱おほく物し給て御中 もあくかれてほとへにけれとやむことなき物とはまたならふ人なく思きこえ給 へるをめつらしう御心移る方のなのめにたにあらす人にすくれ給へる御ありさ まよりもかのうたかひをきてみな人のおしはかりしことさへ心きよくてすくい 給けるなとを有かたうあはれと思ましきこえ給もことはりになむ式部卿の宮き こしめしていまはしかいまめかしき人をわたしてもてかしつかんかたすみに人" }, { "vol": 31, "page": 941, "text": "わろくてそひ物し給はむも人きゝやさしかるへしをのかあらむこなたはいと人 わらへなるさまにしたかひなひかてもゝのし給なんとのたまひてみやのひんか しのたいをはらひしつらひてわたしたてまつらんとおほしの給をおやの御あた りといひなからいまはかきりの身にてたちかへりみえたてまつらむことゝ思み たれ給にいとゝ御心地もあやまりてうちはへふしわつらひ給本上はいとしつか に心よくこめき給へる人の時〱心あやまりして人にうとまれぬへきことなん うちましり給ひけるすまひなとのあやしうしとけなく物のきよらもなくやつし ていとむもれいたくもてなし給へるをたまをみかけるめうつしに心もとまらね ととしころの心さしひきかふる物ならねは心にはいとあはれと思ひきこえ給き のふけふのいとあさはかなる人の御なからひたによろしきゝはになれはみなお もひのとむるかたありてこそみはつなれいと身もくるしけにもてなし給つれは きこゆへきこともうちいてきこえにくゝなむとしころ契きこゆることにはあら すやよの人にもにぬ御ありさまをみたてまつりはてんとこそはこゝら思ひしつ めつゝすくしくるにえさしもありはつましき御心をきてにおほしうとむなをさ" }, { "vol": 31, "page": 942, "text": "なき人〱も侍れはとさまかうさまにつけてをろかにはあらしときこえわたる を女の御心のみたりかはしきままにかくうらみわたり給ひとわたりみはて給は ぬほとさもありぬへきことなれとまかせてこそいましはし御らんしはてめ宮の きこしめしうとみてさはやかにふとわたしたてまつりてむとおほしの給なんか へりていとかる〱しきまことにおほしをきつることにやあらむしはしかうし ゝ給へきにやあらむとうちわらひての給へるいとねたけに心やまし御めしうと たちてつかうまつりなれたるもくの君中将のおもとなといふ人〱たに程につ けつゝやすからすつらしと思ひきこえたるをきたの方はうつし心ものし給ほと にていとなつかしうゝちなきてゐ給へり身つからをほけたりひか〱しとの給 はちしむるはことはりなることになむ宮の御ことをさへとりませの給うもりき ゝ給はんはいとおしううき身のゆかりかる〱しきやうなるみゝなれにて侍れ はいまはしめていかにもものを思ひ侍らすとてうちそむき給へるらうたけなり いとさゝやかなる人のつねの御なやみにやせおとろへひわつにてかみいとけう らにてなかゝりけるかわけたるやうにおちほそりてけつることもおさ〱し給" }, { "vol": 31, "page": 943, "text": "はすなみたにまつはれたるはいとあはれなりこまかにゝほへるところはなくて ちゝ宮ににたてまつりてなまめいたるかたちし給へるをもてやつし給へれはい つこのはなやかなるけはひかはあらむ宮の御ことをかろくはいかゝきこゆるお そろしう人きゝかたはになの給なしそとこしらへてかのかよひ侍所のいとまは ゆきたまのうてなにうひ〱しうきすくなるさまにていているほともかた〱 に人めたつらんとかたはらいたけれは心やすくうつろはしてんと思侍るなりお ほきおとゝのさる世にたくひなき御おほえをはさらにもきこえす心はつかしう いたりふかうおはすめる御あたりににくけなることもりきこえはいとなんいと おしうかたしけなかるへきなたらかにて御中よくてかたらひてものし給へ宮に わたり給へりともわするゝ事は侍らしとてもかうてもいまさらに心さしのへた ゝることはあるましけれとよのきこえ人わらへにまろかためにもかろ〱しう なむ侍るへきをとしころのちきりたかへすかたみにうしろみむとおほせとこし らへきこえ給へは人の御つらさはともかくもしりきこえすよの人にもにぬ身の うきをなむ宮にもおほしなけきていまさらに人わらへなることゝ御心をみたり" }, { "vol": 31, "page": 944, "text": "給なれはいとおしういかてかみえたてまつらんとなむ大殿の北の方ときこゆる もこと人にやは物し給かれはしらぬさまにておいゝて給へる人のすゑの世にか く人のおやたちもてない給つらさをなんおもほしの給なれとこゝにはともかく もおもはすやもてない給はんさまをみるはかりとの給へはいとようの給をれい の御心たかひにやくるしきこともいてこむ大殿の北方のしり給事にも侍らすい つきむすめのやうにて物し給へはかくおもひおとされたる人のうへまてはしり 給なんや人の御おやけなくこそものし給へかめれかゝることのきこえあらはい とゝくるしかへきことなと日ゝとひいりゐてかたらひ申給くれぬれは心もそら にうきたちていかていてなんとおもほすに雪かきたれてふるかゝるそらにふり いてむも人めいとおしうこの御けしきもにくけにふすへうらみなとし給はゝ中 〱ことつけて我もむかひ火つくりてあるへきをいとをひらかにつれなうもて なし給へるさまのいと心くるしけれはいかにせむとおもひみたれつゝかうしな ともさなからはしちかううちなかめてゐ給へり北の方けしきをみてあやにくな める雪をいかてわけ給はんとすらむよもふけぬめりやとそゝのかし給いまはか" }, { "vol": 31, "page": 945, "text": "きりとゝむともと思ひめくらし給へる気色いとあはれなりかゝるにはいかてか との給ものからなをこのころはかり心の程をしらてとかく人のいひなしおとゝ たちもひたり右にきゝおほさんことをはゝかりてなんとたえあらむはいとおし き思ひしつめて猶みはてたまへこゝになとわたしては心やすく侍なむかくよの つねなる御気色みえ給時はほかさまにわくる心もうせてなんあはれに思ひきこ ゆるなとかたらひ給へは立とまり給ても御心のほかならんは中〱くるしうこ そあるへけれよそにても思たにをこせ給はゝ袖のこほりもとけなんかしなとな こやかにいひゐ給へり御ひとりめしていよ〱たきしめさせたてまつり給身つ からはなえたる御そともうちとけたる御すかたいとゝほそうかよはけなりしめ りておはするいと心くるし御めのいたうなきはれたるそすこし物しけれといと あはれとみる時はつみなうおほしていかてすくしつるとし月そとなこりなうう つろふ心のいとかろきそやとは思ふ〱なを心けさうはすゝみてそらなけきを うちしつゝなをさうそくし給てちいさきひとりとりよせて袖にひきいれてしゐ 給へりなつかしき程になえたる御さうそくにかたちもかのならひなき御光にこ" }, { "vol": 31, "page": 946, "text": "そおさるれといとあさやかにおをしきさましてたゝ人とみえす心はつかしけな りさふらひに人〱こゑして雪すこしひまあり夜はふけぬらんかしなとさすか にまほにはあらてそゝのかしきこえてこはつくりあへり中将もくなとあはれの よやなとうちなけきつゝかたらひてふしたるにさうしみはいみしう思ひしつめ てらうたけによりふし給へりとみる程にゝはかにおきあかりておほきなるこの したなりつるひとりをとりよせてとのゝうしろによりてさといかけ給ほと人の やゝみあふる程もなうあさましきにあきれて物し給さるこまかなるはゐのめは なにもいりておほゝれて物もおほえすはらひすて給へとたちみちたれは御そと もぬき給つうつし心にてかくし給そと思はゝ又かへりみすへくもあらすあさま しけれとれいの御ものゝけの人にうとませむとするわさと御前なる人〻もいと おしうみたてまつるたちさはきて御そともたてまつりかへなとすれとそこらの はいのひんのわたりにもたちのほりよろつの所にみちたる心ちすれはきよらを つくし給わたりにさなからまうてたまふへきにもあらす心たかひとはいひなか らなをめつらしうみしらぬ人の御有さまなりやとつまはしきせられうとましう" }, { "vol": 31, "page": 947, "text": "なりてあはれと思つる心ものこらねとこのころあらたてゝはいみしきこといて きなむとおほししつめてよなかになりぬれとそうなとめしてかちまいりさはく よはゐのゝしり給こゑなと思ひうとみ給はんにことはりなりよ一夜うたれひか れなきまとひあかし給てすこしうちやすみ給へる程にかしこへ御文たてまつれ 給よへにはかにきえいる人のはへしによりゆきの気色もふりいてかたくやすら ひはへしに身さへひえてなむ御心をはさる物にて人いかにとりなし侍けんとき すくにかき給へり 心さへそらにみたれし雪もよにひとりさえつるかたしきの袖たえかたくこ そとしろきうすやうにつゝやかにかい給へれとことにおかしきところもなして はいときよけなりさえかしこくなとそものし給けるかむの君よかれをなにとも おほされぬにかく心ときめきし給へるをみもいれ給はねは御かへりなしおとこ むねつふれて思くらし給北方は猶いとくるしけにし給へはみす法なとはしめさ せ給心のうちにもこの比はかりたにことなくうつし心にあらせ給へとねんし給 まことの心はへのあはれなるをみすしらすはかうまておもひすくすへくもなき" }, { "vol": 31, "page": 948, "text": "けうとさかなとおもひゐ給へりくるれはれいのいそきいて給御さうそくの事な ともめやすくしなしたまはすよにあやしうゝちあはぬさまにのみむつかり給を あさやかなる御なをしなともえとりあへ給はていとみくるしよへのはやけとを りてうとましけにこかれたるにほひなともことやうなり御そともにうつりかも しみたりふすへられける程あらはに人もうし給ぬへけれはぬきかへて御ゆとの なといたうつくろひ給もくの君御たきものしつゝ ひとりゐてこかるゝむねのくるしきに思ひあまれるほのをとそみしなこり なき御もてなしはみたてまつる人たにたたにやはとくちおほひてゐたるまみい といたしされといかなる心にてかやうの人に物をいひけんなとのみそおほえ給 けるなさけなきことよ うきことを思ひさはけはさま〱にくゆるけふりそいとゝたちそふいとこ とのほかなることゝものもしきこえあらはちうけんになりぬへき身なめりとう ちなけきていて給ぬ一夜はかりのへたてたにまためつらしうおかしさまさりて おほえ給ありさまにいとゝ心をわくへくもあらすおほえて心うけれはひさしう" }, { "vol": 31, "page": 949, "text": "こもりゐ給へりすほうなとしさはけと御ものゝけこちたくおこりてのゝしるを きゝ給へはあるましきゝすもつきはちかましき事かならすありなんとおそろし うてよりつき給はす殿にわたり給時もことかたにはなれゐ給てきみたちはかり をそよひはなちてみたてまつり給女ひとゝころ十二三はかりにてまたつき〱 おとこふたりなんおはしけるちかきとしころとなりては御中もへたゝりかちに てならはし給へれとやむことなうたちならふかたなくてならひ給へれはいまは かきりとみ給に候ふ人〱もいみしうかなしとおもふちゝ宮きゝ給ていまはし かかけはなれてもていて給らむにさて心つよくものし給いとをもなう人わらへ なる事なりをのかあらむよのかきりはひたふるにしもなとかしたかひくつをれ たまはむときこえ給てにはかに御むかへあり北方御心地すこしれいになりてよ の中をあさましう思なけき給にかくときこえ給へれはしいてたちとまりて人の たえはてんさまをみはてゝ思とちめむもいますこし人わらへにこそあらめなと おほしたつ御せうとの君たち兵衛督はかん達部におはすれはこと〱しとて中 将侍従民部大輔なと御車三はかりしておはしたりさこそはあへかめれとかねて" }, { "vol": 31, "page": 950, "text": "思つることなれとさしあたりてけふをかきりとおもへは候ふ人〱もほろ〱 となきあへりとしころならひ給はぬ旅すみにせはくはしたなくてはいかてかあ または候はんかたへはをの〱さとにまかてゝしつまらせ給なむになとさため て人〱をのかしゝはかなき物ともなとさとにはらひやりつゝみたれちるへし 御てうとゝもはさるへきはみなしたゝめをきなとするまゝにかみしもなきさは きたるはいとゆゆしくみゆ君たちはなに心もなくてありき給をはゝきみみなよ ひすゑ給て身つからはかく心うきすくせいまはみはてつれはこの世にあとゝむ へきにもあらすともかくもさすらへなんおいさきとをうてさすかにちりほひ給 はんありさまとものかなしうもあへいかなひめ君はとなるともかうなるともを のれにそひ給へ中〱おとこ君たちはえさらすまうてかよひみえたてまつらん に人の心とゝめ給へくもあらすはしたなうてこそたゝよはめ宮のおはせんほと かたのやうにましらひをすともかのおとゝたちの御心にかゝれる世にてかく心 をくへきわたりそとさすかにしられて人にもなりたゝむことかたしさりとて山 はやしにひきつゝきましらむ事のちの世まていみしきことゝなき給にみなふか" }, { "vol": 31, "page": 951, "text": "き心は思わかねとうちひそみてなきおはさうすむかし物語なとをみるにもよの つねの心さしふかきおやたに時にうつろひ人にしたかへはおろかにのみこそな りけれましてかたのやうにてみるまへにたに名残なきこゝろはかかり所ありて もゝてない給はしと御めのとゝもさしつとひての給なけく日もくれゆきふりぬ へき空の気色も心ほそうみゆる夕へなりいたうあれ侍なんはやうと御むかへの きんたちそゝのかしきこえて御めをしのこひつゝなかめおはすひめ君は殿いと かなしうしたてまつり給ならひにみたてまつらてはいかてかあらむいまなとも きこえてまたあひみぬやうもこそあれとおもほすにうつふし〱てえわたるま しとおもほしたるをかくおほしたるなんいと心うきなとこしらへきこえ給たゝ いまもわたり給はなんとまちきこえ給へとかくくれなむにまさにうこき給なん やつねによりゐ給ひんかしおもてのはしらを人にゆつる心ちし給もあはれにて ひめ君ひわた色のかみのかさねたゝいさゝかにかきてはしらのひはれたるはさ まにかうかいのさきしておしいれ給 いまはとてやとかれぬともなれきつるまきのはしらはわれをわするなえも" }, { "vol": 31, "page": 952, "text": "かきやらてなき給はゝ君いてやとて なれきとはおもひいつともなにゝよりたちとまるへきまきの柱そ御前なる 人〻もさま〱にかなしくさしも思はぬ木草のもとさへ恋しからんことゝめと ゝめてはなすゝりあへりもくの君は殿の御方の人にてとゝまるに中将のおもと あさけれといし間の水はすみはてゝやともる君やかけはなるへき思かけさ りしことなりかくてわかれたてまつらんことよといへはもく ともかくもいはまの水のむすほゝれかけとむへくもおもほえぬよをいてや とてうちなく御くるまひきいてゝかへりみるもまたはいかてかはみむとはかな き心地す木すゑをもめとゝめてかくるゝまてそかへりみ給けるきみかすむゆへ にはあらてこゝらとしへ給へる御すみかのいかてかしのひところなくはあらむ 宮にはまちとりいみしうおほしたりはゝきたのかたなきさはき給ておほきおと ゝをめてたきよすかと思きこえ給へれといかはかりのむかしのあたかたきにか おはしけむとこそおもほゆれ女御をもことにふれはしたなくもてなし給しかと それは御中のうらみとけさりし程思しれとにこそはありけめとおほしの給よの" }, { "vol": 31, "page": 953, "text": "人もいひなししたになをさやはあるへき人ひとりを思かしつき給はんゆへはほ とりまてもにほふためしこそあれと心えさりしをましてかくすゑにすゝろなる まゝこかしつきをしてをのれふるし給へるいとおしみにしほうなる人のゆき所 あるましきをとてとりよせもてかしつき給はいかゝつらからぬといひつゝけの ゝしり給へは宮はあなきゝにくやよになむつけられ給はぬおとゝをくちにまか せてなおとしめ給そかしこき人は思ひをきかゝるむくひもかなとおもふことこ そはものせられけめさおもはるる我身のふかうなるにこそはあらめつれなうて みなかのしつみ給しよのむくひはうかへしつめいとかしこくこそは思わたい給 めれをのれひとりをはさるへきゆかりと思てこそはひとゝせもさる世のひゝき に家よりあまることゝもゝありしかそれをこの生のめいほくにてやみぬへきな めりとの給にいよ〱はらたちてまか〱しきことなとをいひちらし給このお ほきたのかたそさかな物なりける大将の君かくわたり給にけるをきゝていとあ やしうわか〱しきなからひのやうにふすへかほにて物し給けるかなさうしみ はしかひきゝりにきは〱しき心もなき物を宮のかくかる〱しうおはすると" }, { "vol": 31, "page": 954, "text": "思てきむたちもあり人めもいとおしきに思みたれてかむのきみにかくあやしき ことなん侍る中〱こゝろやすくは思給なせとさてかたすみにかくろへてもあ りぬへき人の心やすさをおたしう思給へつるにゝはかにかの宮ものし給ならむ 人のきゝみることもなさけなきをうちほのめきてまいりきなむとていて給よき うへの御そやなきのしたかさねあをにひのきのさしぬきゝ給てひきつくろひ給 へるいともの〱しなとかはにけなからむと人〱はみたてまつるをかむの君 はかゝることゝもをきゝ給につけても身の心つきなうおほしゝらるれはみもや り給はす宮にうらみきこえむとてまうて給まゝにまつとのにおはしたれはもく の君なといてきてありしさまかたりきこゆひめきみの御ありさまきゝ給てをゝ しくねんし給へとほろ〱とこほるゝ御気色いとあはれなりさてもよの人にも にすあやしき事ともをみすくすこゝらのとしころの心さしをみしり給はすあり けるかないと思のまゝならむ人はいまゝてもたちとまるへくやはあるよしかの さうしみはとてもかくてもいたつら人とみえ給へはおなしことなりをさなき人 〱もいかやうにもてなし給はむとすらむとうちなけきつゝかのまきはしらを" }, { "vol": 31, "page": 955, "text": "み給にてもをさなけれと心はへのあはれに恋しきまゝにみちすから涙をしのこ ひつゝまうて給へれはたいめむし給へくもあらすなにかたゝ時にうつる心のい まはしめてかはり給にもあらすとしころ思うかれ給さまきゝわたりてもひさし くなりぬるをいつくをまた思ひなをるへきおりとかまたむいとゝひか〱しき さまにのみこそみえはて給はめといさめ申給ことはりなりいとわか〱しき心 ちもし侍かなおもほしすつましき人〱も侍れはとのとかに思侍ける心のをこ たりをかへす〱きこえてもやるかたなしいまはたゝなたらかに御らんしゆる してつみさりところなうよ人にもことはらせてこそかやうにもゝてない給はめ なときこえわつらひておはすひめ君をたにみたてまつらむときこえ給へれとい たしたてまつるへくもあらすおとこきみたち十なるは殿上し給いとうつくし人 にほめられてかたちなとようはあらねといとらう〱しう物の心やう〱しり 給へりつきの君は八はかりにていとらうたけにひめ君にもおほえたれはかきな てつゝあこをこそは恋しき御かたみにもみるへかめれなとうちなきてかたらひ 給宮にも御気色給はらせ給へとかせをこりてためらひ侍程にてとあれははした" }, { "vol": 31, "page": 956, "text": "なくていて給ぬこきんたちをは車にのせてかたらひおはす六条殿にはえゐてお はせねはとのにとゝめてなをこゝにあれきてみにも心やすかるへくとの給うち なかめていと心ほそけにみをくりたるさまともいとあはれなるにもの思くはゝ りぬる心地すれと女きみの御さまのみるかひありてめてたきにひか〱しき御 さまを思くらふるにもこよなくてよろつをなくさめ給うちたえてをとつれもせ すはしたなかりしにことつけかほなるを宮にはいみしうめさましかりなけき給 はるのうへもきゝ給てこゝにさへうらみらるゝゆへになるかくるしきことゝな けき給をおとゝの君いとおしとおほしてかたき事なりをのか心ひとつにもあら ぬ人のゆかりに内にも心をきたるさまにおほしたなり兵部卿の宮なともえし給 ときゝしをさいへと思やりふかうおはする人にてきゝあきらめうらみとけ給に たなりをのつから人のなからひはしのふることゝ思へとかくれなき物なれはし かおもふへきつみもなしとなん思侍との給かゝることゝものさはきにかむの君 の御けしきいよ〱はれまなきを大将はいとおしと思あつかひきこえてこのま いり給はむとありしこともたえきれてさまたけきこえつるをうちにもなめく心" }, { "vol": 31, "page": 957, "text": "あるさまにきこしめし人〱もおほすところあらむおほやけ人をたのみたる人 はなくやはあると思かへしてとしかへりてまいらせたてまつり給おとこたうか ありけれはやかてその程にきしきいといまめかしくになくてまいり給かた〱 のおとゝたちこの大将の御いきをひさへさしあひ宰相中将ねんころに心しらひ きこえ給せうとのきみたちもかゝるおりにとつとひついせうしよりてかしつき 給さまいとめてたし承香殿のひんかしおもてに御局したりにしに宮の女御はお はしけれはめたうはかりのへたてなるに御心の中ははるかにへたゝりけんかし 御方〱いつれとなくいとみかはし給てうちわたり心にくゝおかしきころをひ なりことにみたりかはしきかういたちあまたもさふらひ給はす中宮こき殿の女 御この宮の女御左大殿のゝ女御なとさふらひ給さては中納言さい将の御むすめ ふたりはかりそ候給けるたうかはかた〱にさと人まいりさまことにけににき わゝしきみ物なれはたれも〱きよらをつくし袖くちのかさなりこちたくめて たくとゝのへ給春宮の女御もいとはなやかにもてなし給てみやはまたわかくお はしませとすへていといまめかし御前中宮の御方すさく院とにまいりてよいた" }, { "vol": 31, "page": 958, "text": "うふけにけれは六条の院にはこのたひは所せしとはふき給朱雀院よりかへりま いりて春宮の御方〱めくるほとによあけぬほの〱とおかしきあさほらけに いたくえひみたれたるさましてたけかはうたひける程をみれはうちの大殿のき んたちは四五人はかり殿上人のなかにこゑすくれかたちきよけにてうちつゝき 給へるいとめてたしわらはなる八らう君はむかひはらにていみしうかしつき給 かいとうつくしうて大将とのゝ大らう君とたちなみたるをかむのきみもよそ人 とみ給はねは御めとまりけりやむことなくましらひなれ給へる御かた〱より もこの御つほねの袖くちおほかたのけはひいまめかしうおなしものゝ色あひか さなりなれとものよりことにはなやかなりさうしみも女房たちもかやうに御心 やりてしはしはすくい給はましとおもひあへりみなおなしことかつけわたすわ たのさまもにほひかことにらう〱しうしない給てこなたはみつむまやなりけ れとけはひにきはゝしく人〱心けさうしそしてかきりあるみあるしなとのこ とゝもゝしたるさまことにようゐありてなむ大将殿せさせ給へりけるとのゐと ころにゐ給てひゝとひきこえくらし給ことはよさりまかてさせたてまつりてん" }, { "vol": 31, "page": 959, "text": "かゝるついてにとおほしうつるらん御宮つかへなむやすからぬとのみおなしこ とをせめきこえ給へと御かへりなしさふらふ人〱そおとゝの心あはたゝしき 程ならてまれ〱の御まいりなれは御心ゆかせ給はかりゆるされありてをまか てさせ給へときこえさせ給しかはこよひはあまりすか〱しうやときこえたる をいとつらしと思てさはかりきこえし物をさも心にかなはぬよかなとうちなけ きてゐ給へり兵部卿の宮御前の御あそひに候給てしつ心なくこの御つほねのあ たり思やられ給へはねんしあまりてきこえ給へり大将はつかさの御さうしにそ おはしけるこれよりとてとりいれたれはしふ〱にみたまふ みやま木にはねうちかはしゐる鳥のまたなくねたき春にもあるかなさへつ るこゑもみゝとゝめられてなんとありいとおしうおもてあかみてきこえんかた なく思ゐ給へるにうへわたらせ給月のあかきに御かたちはいふよしなくきよら にてたゝかのおとゝの御けはひにたかふところなくおはしますかゝる人は又も おはしけりとみたてまつり給かの御心はへはあさからぬもうたてもの思くはゝ りしをこれはなとかはさしもおほえさせ給はんいとなつかしけに思しことのた" }, { "vol": 31, "page": 960, "text": "かひにたるうらみをの給するにおもてをかんかたなくそおほえ給やかほをもてかくし て御いらへもえきこえたまはねはあやしうおほつかなきわさかなよろこひ なとも思しり給はんと思ふことあるをきゝいれ給はぬさまにのみあるはかゝる 御くせなりけりとの給はせて なとてかくはひあひかたきむらさきを心にふかく思ひそめけむこくなりはつ ましきにやとおほせらるゝさまいとわかくきよらにはつかしきをたかひ給へ るところやあると思なくさめてきこえ給宮つかへのらうもなくてことしかゝいし 給へる心にや いかならん色ともしらぬむらさきを心してこそ人はそめけれいまよりなむ 思給へしるへきときこえ給へはうちえみてそのいまよりそめ給はんこそかいなかへい ことなれうれふへき人あらはことはりきかまほしくなむといたうゝらみ させ給御けしきのまめやかにわつらはしけれはいとうたてもあるかなとおほえ ておかしきさまをもみえたてまつらしむつかしきよのくせなりけりと思にまめたち てさふらひたまへはえおほすさまなるみたれこともうちいてさせたまはて" }, { "vol": 31, "page": 961, "text": "やうやうこそはめなれめとおほしけり大将はかくわたらせ給へるをきゝ給ていとゝ しつ心なけれはいそきまとはし給身つからもにけなきこともいてきぬへき 身なりけりと心うきにえのとめ給はすまかてさせ給へきさまつきつきしきことつけとも つくりいてゝちゝおとゝなとかしこくたはかり給てなん御いとまゆるさ れ給けるさらは物こりしてまたいたしたてぬ人もそあるいとこそからけれ人 よりさきにすゝみにし心さしのひとにをくれてけしきとりしたかふよむかしの なにかしかためしもひきいてつへき心地なむするとてまことにいとくちおしと おほしめしたりきこしめしゝにもこよなきちかまさりをはしめよりさる御心なから んにてたにも御らんしすくすましきをまいていとねたうあかすおほさるされと ひたふるにあさきかたにおもひうとまれしとていみしう心ふかきさまにの給契 てなつけ給もかたしけなう我はわれと思ものをとおほす御てくるまよせて こなたかなたの御かしつき人とも心もとなかり大将もいと物むつかしうたちそひ さはき給まてえおはしましはなれすかういときひしきちかきまもりこそむつかしけれ とにくませ給" }, { "vol": 31, "page": 962, "text": "九重にかすみへたては梅のはなたゝかはかりも匂ひこしとやことなること なきことなれとも御ありさまけはひをみたてまつる程はおかしくもやありけん のをなつかしみあかいつへきよをおしむへかめる人も身をつみて心くるしうな むいかてかきこゆへきとおほしなやむもいとかたしけなしとみたてまつる かはかりは風にもつてよはなのえにたちならふへきにほひなくともさすか にかけはなれぬけはひをあはれとおほしつゝかへりみかちにてわたらせ給ぬや かてこよひかのとのにとおほしまうけたるをかねてはゆるされあるましきによ りもらしきこえ給はてにはかにいとみたりかせのなやましきを心やすき所にう ちやすみ侍らむ程よそ〱にてはいとおほつかなく侍らむをとおいらかに申な い給てやかてはたしたてまつり給ちゝおとゝにはかなるをきしきなきやうにや とおほせとあなかちにさはかりのことをいひさまたけんも人の心をくへしとお ほせはともかくももとよりしたいならぬ人の御ことなれはとそきこえ給ける六 条殿そいとゆくりなくほいなしとおほせとなとかはあらむ女もしほやくけふり のなひきけるかたをあさましとおほせとぬすみもていきたらましとおほしなす" }, { "vol": 31, "page": 963, "text": "らへていとうれしく心ちおちゐぬかのいりゐさせ給へりしことをいみしうえし きこえさせ給も心つきなくなを〱しき心ちしてよには心とけぬ御もてなしい よ〱けしきあしかの宮にもさこそたけうの給しかいみしうおほしわふれとた えてをとつれすたゝ思ことかなひぬる御かしつきにあけくれいとなみてすくし 給二月にもなりぬ大殿はさてもつれなきわさなりやいとかうきは〱しうとし も思はてたゆめられたるねたさを人わろくすへて御心にかゝらぬおりなく恋し う思いてられ給すくせなといふものをろかならぬことなれとわかあまりなる心 にてかく人やりならぬものは思そかしとおきふしおもかけにそみえ給大将のお かしやかにわらゝかなるけもなき人にそひゐたらむにはかなきたはふれことも つゝましうあいなくおほされてねんし給をあめいたうふりていとのとやかなる ころかやうのつれ〱もまきらはし所にわたり給てかたらひ給しさまなとのい みしうこひしけれは御ふみたてまつり給右近かもとにしのひてつかはすもかつ は思はむことをおほすになにこともえつゝけ給はてたゝおもはせたることゝも そありける" }, { "vol": 31, "page": 964, "text": "かきたれてのとけき比の春雨にふるさと人をいかにしのふやつれ〱にそ へてうらめしう思いてらるゝことおほう侍をいかてかわきゝこゆへからむなと ありひまにしのひてみせたてまつれはうちなきてわか心にも程ふるまゝに思い てられ給御さまをまほに恋しやいかてみたてまつらんなとはえの給はぬおやに てけにいかてかはたいめもあらむとあはれなり時〱むつかしかりし御けしき を心つきなう思きこえしなとはこの人にもしらせたまはぬことなれは心ひとつ におほしつゝくれと右近はほのけしきみけりいかなりけることならむとはいま に心えかたく思ける御返きこゆるもはつかしけれとおほつかなくやはとてかき 給 なかめする軒のしつくに袖ぬれてうたかた人をしのはさらめや程ふるころ はけにことなるつれ〱もまさり侍けりあなかしことゐや〱しくかきなし給 へりひきひろけてたま水のこほるゝやうにおほさるゝを人もみはうたてあるへ しとつれなくもてなし給へとむねにみつ心ちしてかのむかしのかむの君を朱雀 院のきさきのせちにとりこめ給しおりなとおほしいつれとさしあたりたること" }, { "vol": 31, "page": 965, "text": "なれはにやこれはよつかすそあはれなりけるすいたる人は心からやすかるまし きわさなりけりいまはなにゝつけてか心をもみたらましにけなき恋のつまなり やとさましわひ給て御ことかきならしてなつかしうひきなし給しつまをとおも ひいてられ給あつまのしらへをすかゝきてたまもはなかりそとうたひすさひ給 も恋しき人にみせたらはあはれすくすましき御さまなり内にもほのかに御らん せし御かたちありさまを心にかけ給てあかもたれひきいにしすかたをとにくけ なるふることなれと御ことくさになりてなむなかめさせ給ける御文はしのひ 〱にありけり身をうき物に思しみ給てかやのすさひことをもあいなくおほし けれは心とけたる御いらへもきこえ給はすなをかのありかたかりし御心をきて をかたかたにつけておもひしみ給へる御ことそはすられさりける三月になりて 六条とのゝ御前のふち山ふきのおもしろきゆふはへをみ給につけてもまつみる かひありてい給へりし御さまのみおほしいてらるれは春の御前をうちすてゝこ なたにわたりて御らむすくれたけのませにはさとなうさきかゝりたるにほひい とおもしろしいろに衣をなとの給て" }, { "vol": 31, "page": 966, "text": "思はすにいてのなかみちへたつともいはてそこふる山ふきのはなかほにみ へつゝなとの給もきく人なしかくさすかにもてはなれたることはこのたひそお ほしけるけにあやしき御心のすさひなりやかりのこのいとおほかるを御らんし てかんしたち花なとやうにまきらはしてわさとならすたてまつれ給御文はあま り人もそめたつるなとおほしてすくよかにおほつかなき月日もかさなりぬるを おもはすなる御もてなしなりとうらみきこゆるも御心ひとつにのみはあるまし うきゝ侍れはことなるついてならてはたいめむのかたからんをくちおしう思給 るなとおやめきかき給て おなしすにかへりしかひのみえぬかないかなる人かてにゝきるらんなとか さしもなと心やましうなんなとあるを大将もみたまひてうちわらひて女はまこ とのおやの御あたりにもたはやすくうちわたりみえたてまつり給はむことつい てなくてあるへきことにあらすましてなそこのおとゝのおり〱思ひはなたす うらみことはし給とつふやくもにくしときゝ給御返こゝにはえきこえしとかき にくゝおほいたれはまろきこえんとかはるもかたはらいたしや" }, { "vol": 31, "page": 967, "text": "すかくれてかすにもあらぬかりのこをいつかたにかはとりかくすへきよろ しからぬ御けしきにおとろきてすき〱しやときこえ給へりこの大将のかゝる はかなしこといひたるもまたこそきかさりつれめつらしうとてわらひ給心のう ちにはかくらうしたるをいとからしとおほすかのもとのきたの方は月日へたゝ るまゝにあさましとものを思しつみいよ〱ほけしれてものし給大将とのゝお ほかたのとふらひなに事をもくはしうおほしをきてきむたちをはかはらす思ひ かしつき給へはえしもかけはなれ給はすまめやかなるかたのたのみはおなしこ とにてなむものし給けるひめ君をそたえかたく恋きこえ給へとたえてみせたて まつり給はすはかき御心のうちにこのちゝ君をたれも〱ゆるしなううらみき こえていよ〱へたて給ことのみまされは心ほそくかなしきにおとこ君たちは つねにまいりなれつゝかむのきみの御ありさまなとをもをのつからことにふれ てうちかたりてまろらをもらうたくなつかしうなんし給あけくれおかしきこと をこのみてものし給なといふにうらやましうかやうにてもやすらかにふるまう 身ならさりけんをなけき給あやしうおとこ女につけつゝ人に物を思はするかむ" }, { "vol": 31, "page": 968, "text": "のきみにそおはしけるそのとしの十一月にいとおかしきちこをさへいたきいて たまへれは大将も思やうにめてたしともてかしつき給ことかきりなしそのほと のありさまいはすとも思ひやりつへきことそかしちゝおとゝもをのつから思や うなる御すくせとおほしたりはさとかしつき給きむたちにも御かたちなとはお とり給はすとうの中将もこのかむの君をいとなつかしきはらからにてむつひき こえ給ものからさすかなる御けしきうちませつゝ宮つかひにかひありて物し給 はまし物をとこのはか君のうつくしきにつけてもいまゝてみこたちのおはせぬ なけきをみたてまつるにいかにめいほくあらましとあまりのことをそ思ての給 おほやけことはあるへきさまにしりなとしつゝまいり給ことそやかてかくてや みぬへかめるさてもありぬへきことなりかしまことやかのうちのおほいとのゝ 御むすめのないしのかみのそみしきみもさるをゝくせなれはいろめかしうさま よふ心さへそひてもてわつらひ給女御もついにあわ〱しきことこの君そひき いてんとゝもすれは御むねつふし給へとおとゝのいまはなましらいそとせいし の給をたにきゝいれすましらひいてゝものし給いかなるおりにか有けむ殿上人" }, { "vol": 31, "page": 969, "text": "あまたおほえことなるかきりこの女御の御かたにまいりて物のねなとしらへな つかしき程のひやうしうちくはへてあそふ秋のゆふへのたゝならぬに宰相の中 将もよりおはしてれいならすみたれてものなとの給を人〱めつらしかりてな を人よりことにもとめつるにこのあふみの君人〱のなかをゝしわけていてゐ 給あなうたてやこはなそとひきいるれといとさかなけにゝらみてはりゐたれは わつらはしくてあふなきことやの給いてんとつきかはすにこのよにめなれぬま め人をしもこれそなゝとめてゝさゝめきさはくこゑいとしるし人〱いとくる しと思にこゑいとさはやかにて 興津ふねよるへなみ路にたゝよはゝさほさしよらむとまりをしへよたなゝ しをふねこきかへりおなし人をやあなはるやといふをいとあやしうこの御方に はかうようゐなきこときこえぬものをと思まはすにこのきく人なりけりとおか しうて よるへなみ風のさはかす舟人も思はぬかたにいそつたいせすとてはしたな かめりとや" }, { "vol": 32, "page": 975, "text": "御もきのことおほしいそく御こゝろをきて世のつねならす東宮もおなし二月に 御かうふりのことあるへけれはやかて御まいりもうちつゝくへきにや正月のつ こもりなれはおほやけわたくしのとやかなるころをひにたき物あはせ給大弐の たてまつれるかうとも御覧するになをいにしへのにはをとりてやあらむとおほ して二条院のみくらあけさせ給てからのものともとりわたさせ給て御らむしく らふるにゝしきあやなとも猶ふるき物こそなつかしうこまやかにはありけれと てちかき御しつらひのものゝおほひしきものしとねなとのはしともに故院の御 よのはしめつかたこまうとのたてまつれりけるあやひこんきともなといまの世 のものにゝすなをさま〱御らむしあてつゝせさせ給てこのたひのあやうすも のなとは人〻に給はすかうともはむかしいまのとりならへさせ給て御かた〱 にくはりたてまつらせ給ふたくさつゝあはせさせ給へときこえさせ給へりをく りものかんたちめのろくなと世になきさまにうちにもとにもことしけくいとな み給にそへてかた〱にえりとゝのへてかなうすのをとみゝかしかましきころ なりおとゝはしんてんにはなれおはしまして承和の御いましめのふたつのほう" }, { "vol": 32, "page": 976, "text": "をいかてか御みゝにはつたへ給けん心にしめてあはせ給うへはひんかしのなか のはなちいてに御しつらひことにふかうしなさせ給て八条の式部卿の御ほうを つたへてかたみにいとみあはせ給ほといみしうひし給へはにほひのふかさあさ ゝもかちまけのさためあるへしとおとゝの給人の御おやけなき御あらそひ心な りいつかたにもおまへにさふらふ人あまたならす御てうとゝもゝそこらのきよ らをつくし給へるなかにもかうこの御はことものやうつほのすかたひとりのこ ゝろはへもめなれぬさまにいまめかしうやうかへさせ給へるにところ〱のこ ゝろをつくし給へらむにほひとものすくれたらむともをかきあはせていれんと おほすなりけり二月の十日あめすこしふりておまへちかきこうはいさかりに色 もかもにるものなきほとに兵部卿の宮わたり給へり御いそきのけふあすになり にけることともとふらひきこえ給むかしよりとりわきたる御なかなれはへたて なくそのことかのことゝきこえあはせ給てはなをめてつゝおはするほとに前斎 院よりとてちりすきたる梅のえたにつけたる御文もてまひれり宮きこしめすこ ともあれはいかなる御せうそこのすゝみまいれるにかとておかしとおほしたれ" }, { "vol": 32, "page": 977, "text": "はほゝゑみていとなれ〱しきこときこえつけたりしをまめやかにいそきもの し給へるなめりとて御文は引かくし給つちむのはこにるりのつきふたつすゑて おほきにまろかしつゝいれ給へりこゝろはこむるりには五えうのえたしろきに は梅をえりておなしく引むすひたるいとのさまもなよひやかになまめかしうそ し給へるえんあるものゝさまかなとて御めとめ給へるに 花の香はちりにし枝にとまらねとうつらむ袖にあさくしまめやほのかなる を御覧しつけてみやはこと〱しうすし給さいしやうの中将御つかひたつねと ゝめさせ給ていたうゑはし給こうはいかさねのからのほそなかそへたる女のさ うそくかつけ給御返も其色のかみにておまへの花をおらせてつけさせ給宮うち のことおもひやらるゝ御ふみかなゝにことのかくろへあるにかふかくかくし給 とうらみていとゆかしとおほしたりなにことか侍らむくま〱しくおほしたる こそくるしけれとて御すゝりのついてに 花のえにいとゝこゝろをしむるかな人のとかめん香をはつゝめとゝやあり つらむまめやかにはすき〱しきやうなれとまたもなかめる人のうへにてこれ" }, { "vol": 32, "page": 978, "text": "こそはことはりのいとなみなめれとおもひたまへなしてなんいとみにくけれは うとき人はかたはらいたさに中宮まかてさせたてまつりてと思給るしたしきほ とになれきこえかよへとはつかしきところのふかうおはする宮なれはなにこと もよのつねにてみせたてまつらんかたしけなくてなむなときこえ給あえ物もけ にかならすおほしよるへきことなりけりとことはり申給このついてに御方〱 のあはせ給ともをの〱御つかひしてこのゆふ暮のしめりにこゝろみんときこ え給へれはさま〱おかしうしなしてたてまつり給へりこれわかせ給へたれに かみせんときこえ給て御ひとりともめしてこゝろみさせ給しる人にもあらすや とひけし給へといひしらぬにほひとものすゝみをくれたるかうひとくさなとか いさゝかのとかをわきてあなかちにおとりまさりのけちめをゝき給かのわかお ほむふたくさのはいまそとうてさせ給うこむのちんのみかは水のほとりになす らへてにしのわたとのゝしたよりいつるみきはちかうゝつませ給へるをこれみ つのさい相のこの兵衛のそうほりてまひれり宰相中将とりてつたへまいらせ給 宮いとくるしきはむさにもあたりて侍かないとけふたしやとなやみ給おなしう" }, { "vol": 32, "page": 979, "text": "こそはいつくにもちりつゝひろこるへかめるを人〻のこゝろ〱にあはせ給へ るふかさあさゝをかきあはせ給へるにいとけふあることおほかりさらにいつれ ともなきなかに斎院の御くろほうさいへとも心にくゝしつやかなるにほひこと なりしゝうはおとゝの御はすくれてなまめかしうなつかしきかなりとさため給 たいのうへのおほむはみくさあるなかにはい花はなやかにいまめかしうすこし はやき心しらひをそへてめつらしきかほりくはゝれりこのころの風にたくへん にはさらにこれにまさるにほひあらしとめて給夏の御方には人〻のかう心〱 にいとみ給なる中にかす〱にもたちいてすやとけふりをさへおもひきえ給へ る御心にてたゝ荷葉をひとくさあはせ給へりさまかはりしめやかなるかしてあ はれになつかし冬の御かたにもときときによれるにほひのさたまれるにけたれ んもあいなしとおほしてくのえかうのほうのすくれたるはさきのすさく院のを うつさせ給てきむたゝのあそむのことにえらひつかうまつれりし百ふのほうな と思えて世にゝすなまめかしさをとりあつめたる心をきてすくれたりといつれ をもむとくならすさため給ふを心きたなきはん者なめりときこえ給月さしいて" }, { "vol": 32, "page": 980, "text": "ぬれはおほみきなとまいりてむかしの御物かたりなとし給かすめる月のかけ心 にくきをあめのなこりの風すこし吹て花のかなつかしきにおとゝのあたりいひ しらすにほひみちて人の御心ちいとえんありくら人所のかたにもあすの御あそ ひのうちならしに御ことゝものさうそくなとして殿上人なとあまたまいりてお かしきふえのねともきこゆうちのおほいとのゝ頭中将弁の少将なともけさむは かりにてまかつるをとゝめさせ給て御ことゝもめす宮の御まへにひはおとゝに さうの御ことまいりて頭中将わこむ給てはなやかにかきたてたるほといとおも しろくきこゆさい相中将よこふえふき給おりにあひたるてうし雲井とをるはか りふきたてたり弁の少将ひやうしとりてむめかえいたしたるほといとおかしわ らはにてゐんふたきのおりたかさこうたひし君なり宮もおとゝもさしいらへし 給てこと〱しからぬものからおかしきよの御あそひなり御かはらけまいるに 宮 うくひすのこゑにやいとゝあくかれんこゝろしめつる花のあたりにちよも へぬへしときこえ給へは" }, { "vol": 32, "page": 981, "text": "色も香もうつるはかりにこの春は花さくやとをかれすもあらなん頭中将に たまへはとりて宰相中将にさす 鴬のねくらのえたもなひくまてなをふきとをせよはの笛竹宰相中将 心ありて風のよくめるはなの木にとりあへぬまてふきやよるへきなさけな くとみなうちわらひ給弁の少将 かすみたに月と花とをへたてすはねくらの鳥もほころひなましまことにあ けかたになりてそ宮かへり給ふ御をくり物に身つからの御れうの御なをしの御 よそひひとくたりてふれ給はぬたき物ふたつほそへて御車にたてまつらせ給宮 花の香をえならぬ袖にうつしもてことあやまりといもやとかめむとあれは いとくつしたりやとわらひ給ふ御車かくるほとにをいて めつらしとふる里人もまちそみむ花のにしきをきてかへる君またなき事と おほさるらむとあれはいといたうからかり給つき〱の君たちにもこと〱し からぬさまにほそなかこうちきなとかつけ給かくてにしのおとゝにいぬの時に わたり給宮のおはしますにしのはなちいてをしつらひて御くしあけの内侍なと" }, { "vol": 32, "page": 982, "text": "もやかてこなたにまいれりうへもこのついてに中宮に御たいめんあり御かた 〱の女房をしあはせたるかすしらすみえたりねの時に御もたてまつるおほと なふらほのかなれと御けはひいとめてたしと宮はみたてまつれ給ふおとゝおほ しすつましきをたのみにてなめけなるすかたをすゝみ御覧せられ侍なりのちの 世のためしにやと心せはくしのひ思たまふるなときこえ給宮いかなるへきこと ゝも思たまへわき侍らさりつるをかうこと〱しうとりなさせたまふになん中 〱心をかれぬへくとの給けつほとの御けはひいとわかくあいきやうつきたる におとゝもおほすさまにおかしき御けはひとものさしつとひ給へるをあはひめ てたくおほさるはゝ君のかゝるおりたにえみたてまつらぬをいみしとおもへり しも心くるしうてまうのほらせやせましとおほせと人のものいひをつゝみてす くし給つかゝる所のきしきはよろしきにたにいとことおほくうるさきをかたは しはかりれいのしとけなくまねはむも中〱にやとてこまかにかゝす春宮の御 けんふくは廿よひのほとになんありけるいとおとなしくおはしませはひとのむ すめともきほひまいらすへきことを心さしおほすなれと此とのゝおほしきさす" }, { "vol": 32, "page": 983, "text": "さまのいとことなれは中〱にてやましらはんと左のおとゝなともおほしとゝ まるなるをきこしめしていとたい〱しきことなりみやつかへのすちはあまた あるなかにすこしのけちめをいとまむこそほいならめそこらのきやうさくのひ めきみたちひきこめられなは世にはえあらしとの給て御まいりのひぬつき〱 にもとしつめ給けるをかゝるよしところ〱にきゝ給て左大臣殿三の君まいり 給ぬれいけい殿ときこゆるこの御かたはむかしの御とのゐ所しけいさをあらた めしつらひて御まいりのひぬるを宮にも心もとなからせ給へは四月にとさため させ給御てうとゝもゝもとあるよりもとゝのへて御身つからもものゝしたかた ゑやうなとをも御らむしいれつゝすくれたるみち〱の上手ともをめしあつめ てこまかにみかきとゝのへさせ給さうしのはこにいるへきさうしとものやかて ほむにもし給へきをえらせ給いにしへのかみなきゝはの御てともの世になをの こしたまへるたくひのもいとおほくさふらふよろつのことむかしにはおとりさ まにあさくなりゆくよのすゑなれとかむなのみなんいまのよはいときはなくな りたるふるきあとはさたまれるやうにはあれとひろき心ゆたかならすひとすち" }, { "vol": 32, "page": 984, "text": "にかよひてなんありけるたへにおかしきことはとよりてこそかきいつる人〻あ りけれと女てを心にいれてならひしさかりにこともなきて本おほくつとへたり しなかに中宮のはゝみやす所の心にもいれすはしりかい給へりしひとくたりは かりわさとならぬをえてきはことにおほえしはやさてあるましき御名もたてき こえしそかしくやしきことに思しみ給へりしかとさしもあらさりけり宮にかく うしろみつかうまつることを心ふかうおはせしかはなき御かけにもみなをし給 らん宮の御てはこまかにおかしけなれとかとやをくれたらんとうちさゝめきて きこえ給ふこ入道の宮の御てはいと気色ふかうなまめきたるすちはありしかと よはき所ありてにほひそすくなかりし院のないしのかみこそいまの世の上すに おはすれとあまりそほれてくせそそひためるさはありともかの君と前斎院とこ ゝにとこそはかき給はめとゆるしきこえ給へはこのかすにはまはゆくやときこ え給へはいたうなすくし給そにこやかなるかたのなつかしさはことなるものを まんなのすゝみたるほとにかなはしとけなきもしこそましるめれとてまたかゝ ぬさうしともつくりくはへてへうしひもなといみしうせさせ給ふ兵部卿の宮さ" }, { "vol": 32, "page": 985, "text": "へもんのかみなとにものせんみつからひとよろひはかくへしけしきはみいます かりともえかきならへしやと我ほめをしたまふすみふてならひなくえりいてゝ れいの所〱にたゝならぬ御せうそこあれはひとひとかたきことにおほしてか へさひ申給もあれはまめやかにきこえ給ふこまのかみのうすやうたちたるかせ めてなまめかしきをこのものこのみするわかき人〻心みんとて宰相の中将式部 卿の宮の兵衛督うちのおほいとのゝとうの中将なとにあしてうたゑを思〱に かけとの給へはみな心〱にいとむへかめりれいのしん殿にはなれおはしまし てかき給ふ花さかり過てあさみとりなる空うらゝかなるにふるきことゝもなと おもひすまし給ひて御心のゆくかきりさうのもたゝのも女てもいみしうかきつ くし給ふ御まへに人しけからす女房二三人はかりすみなとすらせ給てゆへある ふるきしうの歌なといかにそやなとえりいて給ふにくちおしからぬかきりさふ らふみすあけわたしてけうそくのうへにさうしうちをきはしちかくうちみたれ てふてのしりくはへておもひめくらし給へるさまあくよなくめてたししろきあ かきなとけちえんなるひらはふてとりなをしよういし給へるさまさへみしらむ" }, { "vol": 32, "page": 986, "text": "人はけにめてぬへき御ありさまなり兵部卿の宮わたり給ときこゆれはおとろき て御なをしたてまつり御しとねまいりそへさせ給てやかてまちとりいれたてま つり給ふこの宮もいときよけにてみはしさまよくあゆみのほり給ふほとうちに も人〻のそきてみたてまつるうちかしこまりてかたみにうるはしたち給へるも いときよらなりつれ〱にこもり侍もくるしきまておもふ給へらるゝこゝろの のとけさにおりよくわたらせ給へるとよろこひきこえ給ふかの御さうしもたせ てわたりたまへるなりけりやかて御覧すれはすくれてしもあらぬ御てをたゝか たかとにいといたうふてすみたるけしきありてかきなし給へりうたもことさら めきそはみたるふることともをえりてたゝみくたりはかりにもしすくなにこの ましくそかき給へるおとゝ御覧しおとろきぬかうまてはおもひたまへすこそあ りつれさらにふてなけすてつへしやとねたかり給ふかゝる御中におもなくくた すふてのほとさりともとなんおもふたまふるなとたはふれ給ふかき給へるさう しともゝかくし給へきならねはとうて給てかたみに御覧すからのかみのいとす くみたるにさうかき給へるすくれてめてたしとみ給にこまのかみのはたこまか" }, { "vol": 32, "page": 987, "text": "になこうなつかしきか色なとははなやかならてなまめきたるにおほとかなる女 てのうるはしう心とゝめてかき給へるたとうへきかたなしみ給ふ人のなみたさ へ水くきになかれそふ心地してあくよあるましきにまたこゝのかんやのしきし の色あひはなやかなるにみたれたるさうのうたをふてにまかせてみたれかき給 へるみところかきりなししとろもとろにあひきやうつきみまほしけれはさらに のこりともにめもみやり給はすさへもんのかみはこと〱しうかしこけなるす ちをのみこのみてかきたれとふてのをきてすまぬ心地していたはりくはへたる けしきなりうたなともことさらめきてえりかきたり女の御はまほにもとりいて 給はす斎院のなとはましてとうて給はさりけりあしてのさうしともそ心〱に はかなふおかしきさいしやうの中将のはみつのいきをいゆたかにかきなしそゝ けたるあしのおいさまなとなにはのうらにかよひてこなたかなたいきましりて いたうすみたるところありまたいといかめしうひきかへてもしやういしなとの たゝすまひこのみかき給へるひらもあめりめもをよはすこれはいとまいりぬへ きものかなとけうしめて給ふなにこともものこのみしえんかりおはするみこに" }, { "vol": 32, "page": 988, "text": "ていといみしうめてきこえ給けふはまたてのことゝもの給くらしさま〱のつ きかみのほんともえりいてさせ給へるつゐてに御このしゝうして宮にさふらふ ほんともとりにつかはすさかの御かとの古万葉集をえらひかゝせ給へる四巻延 喜のみかとの古今和歌集をからのあさはなたのかみをつきておなし色のこきも んのきのへうしおなしきたまのちくたむのからくみのひもなとなまめかしうて まきことに御てのすちをかへつゝいみしうかきつくさせ給へるおほとなふらみ しかくまいりて御らんするにつきせぬものかなこのころの人はたゝかたそはを けしきはむにこそありけれなとめてたまふやかてこれはとゝめたてまつり給ふ 女こなとをもて侍らましにたにおさ〱みはやすましきにはつたふましきをま してくちぬへきをなときこえてたてまつれ給しゝうにからのほんなとのいとわ さとかましきちんのはこにいれていみしきこまふえそへて奉れ給又この比はた ゝかんなのさためをし給て世中にてかくとおほえたる上中下の人〻にもさるへ きものともおほしはからひて尋つゝかゝせ給この御はこにはたちくたれるをは ませ給はすわさと人のほとしなわかせ給つゝさうしまき物みなかゝせたてまつ" }, { "vol": 32, "page": 989, "text": "り給よろつにめつらかなる御たから物とも人のみかとまてありかたけなるなか にこのほんともなんゆかしと心うこき給わか人よにおほかりける御ゑともとゝ のへさせ給なかにかのすまの日記はすゑにもつたへしらせむとおほせといます こし世をもおほししりなんにとおほしかへしてまたとりいて給はすうちのおと ゝはこの御いそきを人のうへにてきゝ給ふもいみしう心もとなくさう〱しと おほすひめ君の御有様さかりにとゝのひてあたらしううつくしけなりつれ〱 とうちしめり給へるほといみしき御なけきくさなるにかの人の御けしきはたお なしやうになたらかなれは心よはくすゝみよらむも人はらはれに人のねんころ なりしきさみになひきなましかはなと人しれすおほしなけきてひとかたにつみ をもおほせ給はすかくすこしたはみ給へる御気色を宰相の君はきゝ給へとしは しつらかりし御心をうしとおもへはつれなくもてなしゝつめてさすかにほかさ まの心はつくへくもおほえす心つからたはふれにくきおりおほかれとあさみと りきこえこちし御めのとゝもに納言にのほりてみえんの御心ふかゝるへしおと ゝはあやしううきたるさまかなとおほしなやみてかのわたりのことおもひたえ" }, { "vol": 32, "page": 990, "text": "にたらはみきのおとゝ中務の宮なとのけしきはみいはせ給めるをいつくもおも ひさためられよとの給へとものもきこえ給はすかしこまりたる御さまにてさふ らひ給ふかやうのことはかしこき御をしへにたにしたかふへくもおほえさりし かはことませまうけれといまおもひあはするにはかの御をしへこそなかきため しにはありけれつれ〱とものすれは思所あるにやと世人もおしはかるらんを すくせのひくかたにてなを〱しきことにあり〱てなひくいとしりひに人わ ろきことそやいみしうおもひのほれと心にしもかなはすかきりのある物からす き〱しき心つかはるないはけなくより宮のうちにおいいてゝ身を心にまかせ す所せくいさゝかの事のあやまりもあらはかろ〱しきそしりをやおはむとつ ゝみしたになをすき〱しきとかをおいてよにはしたなめられき位あさくなに となきみのほとうちとけ心のまゝなるふるまひなと物せらるな心をのつからお こりぬれはおもひしつむへきくさはひなきとき女のことにてなむかしこき人む かしもみたるゝためしありけるさるましきことに心をつけて人のなをもたてみ つからもうらみをおふなむつゐのほたしとなりけるとりあやまりつゝみん人の" }, { "vol": 32, "page": 991, "text": "わか心にかなはすしのはむことかたきふしありともなをおもひかへさん心をな らひてもしはおやの心にゆつりもしはおやなくて世中かたほにありとも人から 心くるしうなとあらむひとをはそれをかたかとによせてもみ給へ我ため人のた めついによかるへき心そふかうあるへきなとのとやかにつれ〱なるおりはか ゝる御心つかひをのみをしへたまふかやうなる御いさめにつきてたはふれにて もほかさまの心をおもひかゝるはあはれに人やりならすおほえ給ふをんなもつ ねよりことにおとゝの思なけき給へる御けしきにはつかしううき身とおほしし つめとうへはつれなくおほとかにてなかめすくし給御ふみはおもひあまり給折 ゝあはれに心ふかきさまにきこえ給ふたかまことをかとおもひなからよなれ たる人こそあなかちに人の心をもうたかふなれあはれとみたまふふしおほかり なかつかさの宮なんおほとのにも御けしき給りてさもやとおほしかはしたなる と人の聞えけれはおとゝはひきかへし御むねふたかるへしゝのひてさることを こそきゝしかなさけなき人の御こゝろにもありけるかなおとゝのくちいれ給し にしふねかりきとてひきたかへ給ふなるへし心よはくなひきても人はらへなら" }, { "vol": 32, "page": 992, "text": "ましことなとなみたをうけての給へはひめ君いとはつかしきにもそこはかとな くなみたのこほるれははしたなくてそむき給へるらうたけさかきりなしいかに せましなをやすゝみいてゝ気色をとらましなとおほしみたれてたち給ぬるなこ りもやかてはしちかうなかめ給あやしく心をくれてもすゝみいてつるなみたか ないかにおほしつらんなとよろつにおもひゐ給へるほとに御ふみありさすかに そみたまふこまやかにて つれなさはうき世のつねになりゆくをわすれぬ人や人にことなるとありけ しきはかりもかすめぬつれなさよとおもひつつけ給はうけれと かきりとて忘かたきをわするゝもこや世になひく心なるらむとあるをあや しとうちをかれすかたふきつゝみゐたまへり" }, { "vol": 33, "page": 997, "text": "御いそきのほとにも宰相の中将はなかめかちにてほれ〱しき心ちするをかつ はあやしくわかこゝろなからしふねきそかしあなかちにかうおもふことならは せきもりのうちもねぬへきけしきにおもひよはりたまふなるをきゝなからおな しくは人はるからぬさまにみはてんとねんするもくるしうおもひみたれ給女君 もをとゝのかすめ給しことのすちをもしさもあらはなにのなこりかはとなけか しうてあやしくそむき〱にさすかなる御もろ恋なりをとゝもさこそこゝろつ よかり給ひしかとたけからぬにおほしわつらひてかの宮にもさやうにおもひた ちはてたまひなはまたとかくあらためおもひかゝつらはむほと人のためもくる しうわか御方さまにも人わらはれにをのつからかろ〱しきことやましらむし のふとすれとうち〱のことあやまりもよにもりにたるへしとかくまきらはし てなをまけぬへきなめりとおほしなりぬうへはつれなくてうらみとけぬ御中な れはゆくりなくいひよらむもいかゝとおほしはゝかりてこと〱しくもてなさ むも人のおもはむところをこなりいかなるつゐてしてかはほのめかすへきなと おほすにやよひ廿日おほ殿の大宮の御き日にてこくらくしにまうて給へり君た" }, { "vol": 33, "page": 998, "text": "ちみなひきつれいきほひあらまほしくかむたちめなともあまたまいりつとひ給 へるに宰相の中将をさ〱けはひをとらすよそほしくてかたちなとたゝいまの いみしきさかりにねひゆきてとりあつめゝてたき人の御ありさまなりこのおと ゝをはつらしとおもひきこえ給しよりみえたてまつるもこゝろつかひせられて いといたうよをひしもてしつめて物し給ふをおとゝもつねよりはめとゝめ給み す経なと六条の院よりもせさせ給へり宰相の君はましてよろつをとりもちてあ はれにいとなみつかうまつり給ふゆふかけてみなかへり給ほと花はみなちりみ たれかすみたと〱しきにおとゝむかしをおほしいてゝなまめかしうゝそ吹な かめ給ふ宰相もあはれなるゆふへのけしきにいとゝうちしめりてあまけありと 人〻のさはくになをなかめいりてゐ給へり心ときめきにみたまふことやありけ ん袖をひきよせてなとかいとこよなくはかむし給へるけふのみのりのえにをも たつねおほさはつみゆるし給ひてよやのこりすくなくなり行すゑの世におもひ すて給へるも恨きこゆへくなんとの給へはうちかしこまりてすきにし御おもむ けもたのみきこえさすへきさまにうけ給をくこと侍しかとゆるしなき御けしき" }, { "vol": 33, "page": 999, "text": "にはゝかりつゝなんときこえ給心あはたゝしきあま風にみなちり〱にきほい かへり給ぬきみいかにおもひてれいならすけしきはみ給つらんなとよとゝもに こゝろをかけたる御あたりなれははかなきことなれとみゝとまりてとやかうや とおもひあかし給ふこゝらのとしころのおもひのしるしにやかのおとゝもなこ りなくおほしよはりてはかなきつゐてのわさとはなくさすかにつきつきしから んをおほすに四月のついたちころおまへのふちのはないとおもしろう咲みたれ てよのつねの色ならすたゝにみすくさむことおしきさかりなるにあそひなとし 給てくれ行ほとのいとゝ色まされるにとうの中将して御せうそこあり一日の花 のかけのたいめんのあかすおほえ侍しを御いとまあらはたちより給ひなんやと あり御文には わかやとの藤の色こきたそかれにたつねやはこぬ春のなこりをけにいと面 白き枝につけ給へり待つけ給へるもこゝろときめきせられてかしこまりきこえ 給ふ 中〱に折やまとはむふちのはなたそかれときのたと〱しくはときこえ" }, { "vol": 33, "page": 1000, "text": "てくちをしくこそおくしにけれとりなをし給へよときこえたまふ御ともにこそ との給へはわつらはしきすいしんはいなとて返しつおとゝの御まへにかくなん とて御覧せさせ給ふおもふやうありてものし給つるにやあらむさもすゝみもの し給はゝこそはすきにしかたのけうなかりしうらみもとけめとの給御心をこり こよなうねたけなりさしも侍らしたいのまへの藤つねよりもおもしろうさきて 侍なるをしつかなるころほひなれはあそひせんなとにや侍らんと申給わさとつ かひさゝれたりけるをはやうものしたまへとゆるしたまふいかならむとしたに はくるしうたゝならすなをしこそあまりこくてかろひためれひさむきのほとな にとなきわか人こそふたあひはよけれひきつくろはんやとてわか御れうの心こ となるにえならぬ御そともくして御ともにもたせてたてまつれ給わか御方にて こゝろつかひいみしうけさうしてたそかれもすき心やましきほとにまうて給へ りあるしの君たち中将をはしめて七八人うちつれてむかへいれたてまつるいつ れとなくおかしきかたちともなれとなを人にすくれてあさやかにきよらなる物 からなつかしうよしつきはつかしけなりおとゝおましひきつくろはせなとし給" }, { "vol": 33, "page": 1001, "text": "ふ御よういをろかならす御かうふりなとし給ていてたまふとてきたのかたわか き女房なとにのそきてみ給へいとかうさくにねひまさる人なりようひなといと しつかにもの〱しやあさやかにぬけいておよすけたるかたはちゝおとゝにも まさりさまにこそあめれかれはたゝいとせちになまめかしうあひきやうつきて みるにゑましく世の中わするゝ心ちそしたまふおほやけさまはすこしたはれて あされたるかたなりしことはりそかしこれはさえのきはもまさり心もちゐをゝ しくすくよかにたらいたりとよにおほえためりなとの給ひてそたいめし給もの まめやかにむへ〱しき御ものかたりはすこしはかりにて花のけふにうつり給 ぬ春の花いつれとなくみなひらけいつる色ことにめをおとろかぬはなきを心み しかくうちすてゝちりぬるかうらめしうおほゆるころほひこの花のひとりたち をくれて夏に咲かゝるほとなんあやしう心にくゝあはれにおほえ侍るいろもは たなつかしきゆかりにしつへしとてうちほゝゑみ給へるけしきありてにほひき よけなり月はさしいてぬれと花の色さたかにもみえぬ程なるをもてあそふに心 をよせておほみきまいり御あそひなとし給うおとゝほとなくそらゑひをし給て" }, { "vol": 33, "page": 1002, "text": "みたりかはしくしひゑはし給をさる心していたうすまひなやめり君はすゑのよ にはあまるまてあめのしたのいふそくにものし給ふめるをよはいふりぬる人お もひすて給ふなんつらかりける文籍にも家礼といふことあるへくやなにかしの をしへもよくおほししるらむとおもひ給ふるをいたうこゝろなやまし給ふとう らみきこゆへくなんなとの給ひてゑいなきにやおかしきほとにけしきはみ給い かてかむかしをおもふたまへいつる御かはりともにはみをすつるさまにもとこ そ思給へしり侍をいかに御覧しなすことにか侍らん本よりおろかなる心のおこ たりにこそとかしこまりきこえ給ふ御ときよくさうときてふちのうらはのとう ちすし給へる御けしきを給はりて頭中将はなの色こくことにふさなかきを折て まらうとの御さかつきにくはふとりてもてなやむにおとゝ 紫にかことはかけむふちのはなまつよりすきてうれたけれとも宰相杯をも ちなからけしきはかりはいしたてまつり給へるさまいとよしあり 幾かへり露けき春をすくしきてはなのひもとくをりにあふらんとうの中将 にたまへは" }, { "vol": 33, "page": 1003, "text": "たをやめの袖にまかへる藤の花みる人からや色もまさらむつき〱すんな かるめれとゑひのまきれにはか〱しからてこれよりまさらす七日の夕つく夜 かけほのかなるにいけのかゝみのとかにすみわたれりけにまたほのかなる木す ゑとものさう〱しき比なるにいたうけしきはみよこたはれる松のこたかきほ とにはあらぬにかゝれる花のさまよのつねならすおもしろし例の弁少将こゑい となつかしくてあしかきをうたふおとゝいとけやけうもつかふまつるかなとう ちみたれ給てとしへにけるこのいゑのとうちくはへ給へる御こゑいとおもしろ しおかしきほとにみたりかはしき御あそひにて物おもひのこらすなりぬめりや う〱夜更行ほとにいたうそらなやみしてみたり心ちいとたへかたうてまかて ん空もほと〱しうこそ侍ぬへけれとのいところゆつり給てんやと中将にうれ へ給おとゝ朝臣や御やすみ所もとめよおきないたうゑひすゝみてむらいなれは まかりいりぬといひすてゝいり給ぬ中将はなのかけの旅ねよいかにそやくるし きしるへにそ侍やといへは松にちきれるはあたなる花かはゆゝしやとせめ給中 将は心のうちにねたのわさやとおもふところあれと人さまのおもふさまにめて" }, { "vol": 33, "page": 1004, "text": "たきにかうもありはてなむと心よせわたることなれはうしろやすくみちひきつ おとこ君は夢かとおほえ給ふにもわかみいとゝいつかしうそおほえ給けんかし 女はいとはつかしとおもひしみてものし給もねひまされる御ありさまいとゝあ かぬところなくめやすし世のためしにもなりぬへかりつるみを心もてこそかう まてもおほしゆるさるめれあはれを知給はぬもさまことなるわさかなとうらみ きこえ給少将のすゝみいたしつるあしかきのおもむきはみゝとゝめたまひつや いたきぬし哉なかはくちのとこそさしいらへまほしかりつれとの給へは女いと きゝくるしとおほして あさきなをいひなかしける川くちはいかゝもらしゝ関のあらかきあさまし との給さまいとこめきたりすこしうちはらひて もりにけるくきたのせきを川くちのあさきにのみはおほせさらなんとし月 のつもりもいとわりなくてなやましきにものおほえすとゑひにかこちてくるし けにもてなしてあくるもしらすかほなり人〱きこえわつらふをおとゝしたり かほなるあさゐかなとゝかめ給ふされとあかしはてゝそいて給ふねくたれの御" }, { "vol": 33, "page": 1005, "text": "あさかほみるかひありかし御文はなをしのひたりつるさまの心つかひにてある をなか〱今日はえきこえ給はぬをものいひさかなきこたちつきしろうにおと ゝわたりてみ給ふそいとはりなきやつきせさりつる御けしきにいとゝおもひし らるゝ身のほとをたへぬ心に又きえぬへきも とかむなよしのひにしほるてもたゆみけふあらはるゝ袖のしつくをなとい となれかほなりうちゑみて手をいみしうもかきなられにけるかなゝとの給もむ かしのなこりなし御返いといてきかたけなれはみくるしやとてさもおほしはゝ かりぬへきことなれはわたり給ぬ御つかひのろくなへてならぬさまにて給へり 中将をかしきさまにもてなし給ふつねにひきかくしつゝかくろへありきし御つ かひけふはをもゝちなと人〻しくふるまふめり右近のそうなる人のむつましう おほしつかひ給なりけり六条のおとゝもかくときこしめしてけり宰相つねより もひかりそひてまいり給へれはうちまもり給てけさはいかに文なとものしつや さかしき人も女のすちにはみたるゝためしあるを人わろくかゝつらひ心いられ せてすくされたるなんすこし人にぬけたりける御心とおほえけるおとゝのみを" }, { "vol": 33, "page": 1006, "text": "きてのあまりすくみてなこりなくくつをれ給ぬるをよ人もいひ出る事あらんや さりとても我かたゝけうおもひかほに心をこりしてすき〱しき心はへなとも らし給ふなさこそおいらかにおほきなる心をきてとみゆれとしたの心はへおゝ しからすくせありて人みえにくきところつき給へる人なりなと例の教へきこえ 給ことうちあひめやすき御あはひとおほさる御こともみえすすこしかこのかみ はかりとみえ給ふほか〱にてはおなしかほをうつしとりたるとみゆるを御ま へにてはさま〱あなめてたとみえ給へりおとゝはうすき御なをししろき御そ のからめきたるかもんけさやかにつや〱とすきたるをたてまつりてなをつき せすあてになまめかしうおはします宰相殿はすこし色ふかき御なをしに丁子そ めのこかるゝまてしめるしろきあやのなつかしきをき給へることさらめきてえ んにみゆ潅仏ゐてたてまつりて御導師をそくまいりけれは日暮て御かた〱よ りはらはへいたしふせなとおほやけさまにかはらす心〱にし給へりおまへの さほうをうつして君たちなともまいりつとひてなか〱うるはしきこせんより もあやしう心つかひせられておくしかちなり宰相はしつこゝろなくいよ〱け" }, { "vol": 33, "page": 1007, "text": "さうしひきつくろひていて給ふをわさとならねとなさけたち給わか人はうらめ しとおもふもありけりとしころのつもりとりそへておもふやうなる御なからひ なめれはみつもゝらむやはあるしのおとゝいとゝしきちかまさりをうつくしき 物におほしていみしうもてかしつきゝこえ給ふまけぬるかたのくちおしさはな をおほせとつみものこるましうそまめやかなる御心さまなとのとしころこと心 なくてすくしたまへるなとをありかたくおほしゆるす女御の御有様なとよりも はなやかにめてたくあらまほしけれはきたのかたさふらふ人〱なとは心よか らすおもひいふもあれとなにのくるしき事かはあらむあせちの北の方なともか ゝるかたにてうれしとおもひきこえ給けりかくて六条院の御いそきは廿よ日の ほとなりけりたいの上みあれにまうて給とてれいの御かた〱いさなひきこえ 給へとなか〱さしもひきつゝきて心やましきをおほしてたれも〱とまり給 てこと〱しきほとにもあらす御くるま廿斗して御前なともくた〱しき人数 おほくもあらすことそきたるしもけはひことなりまつりの日のあか月にまうて たまひてかへさには物御覧すへき御さしきにおはします御方かたの女房おの" }, { "vol": 33, "page": 1008, "text": "〱くるまひきつゝきて御まへところしめたるほといかめしうかれはそれとゝ をめよりおとろおとろ〱しき御いきほひなりおとゝは中宮の御はゝ宮す所の 車をしさけられたまへりしをりのことおほしいてゝ時により心おこりしてさや うなることなんなさけなき事なりけるこよなくおもひけちたりし人もなけきお ふやうにてなくなりにきとそのほとはの給ひけちてのこりとまれる人の中将は かくたゝ人にてわつかになりのほるめり宮はならひなきすちにておはするも思 へはいとこそあはれなれすへていとさためなき世なれはこそなに事もおもふさ まにていけるかきりのよをすくさまほしけれとのこり給はむすゑの世なとのた としへなきおとろへなとをさへ思はゝからるれはとうちかたらひ給てかむたち めなとも御さしきにまいりつとひ給へれはそなたにいて給ぬ近衛つかさのつか ひはとうの中将なりけりかのおほとのにていてたつ所よりそ人〱はまいりた まふけるとうないしのすけもつかひなりけりおほえことにてうちとうくうより はしめ奉りて六条院なとよりも御とふらひともところせきまて御心よせいとめ てたし宰相の中将いてたちのところにさへとふらひ給へりうちとけすあはれを" }, { "vol": 33, "page": 1009, "text": "かはし給御中なれはかくやむことなきかたにさたまり給ぬるをたゝならすうち おもひけり なにとかやけふのかさしよかつみつゝおほめくまてもなりにけるかなあさ ましとあるをおりすくし給はぬはかりをいかゝ思ひけんいと物さはかしくるま にのるほとなれと かさしてもかつたとらるゝくさのなはかつらをおりし人やしるらんはかせ ならてはときこえたりはかなけれとねたきいらへとおほすなをこのないしにそ おもひはなれすはひまきれ給へきかくて御まいりはきたのかたそひ給ふへきを つねになか〱しうえそひさふらひ給はしかゝるつゐてにかの御うしろみをや そへましとおほすうへもつゐにあるへきことのかくへたゝりてすくし給ふをか の人もゝのしとおもひなけかるらむこの御心にもいまはやう〱おほつかなく あはれにおほししるらんかた〱心をかれたてまつらんもあいなしとおもひな り給て此をりにそへたてまつり給へまたいとあえかなるほともうしろめたきに さふらふ人とてもわか〱しきのみこそおほかれ御めのとたちなともみをよふ" }, { "vol": 33, "page": 1010, "text": "ことの心いたるかきりあるをみつからはえつとしもさふらはさらむほとうしろ やすかるへくときこえ給へはいとよくおほしよる哉とおほしてさなんとあなた にもかたらひの給けれはいみしくうれしくおもふことかなひ侍る心ちして人の さうそくなにかのこともやむことなき御ありさまにおとるましくいそきたつあ まきみなんなをこの御をいさきみたてまつらんの心ふかゝりけるいま一度み奉 るよもやといのちをさへしふねくなしてねんしけるをいかにしてかはとおもふ もかなし其よはうへそひてまいり給ふにさて車にもたちくたりうちあゆみなと 人わるかるへきをわかためはおもひはゝからすたゝかくみかきたてまつり給ふ たまのきすにてわかかくなからうるをかつはいみしう心くるしう思まいりのき しき人のめおとろく斗のことはせしとおほしつゝめとをのつからよのつねのさ まにそあらぬやかきりもなくかしつきすへたてまつり給てうへはまことにあは れにうつくしとおもひきこえ給ふにつけても人にゆつるましうまことにかゝる 事もあらましかはとおほすおとゝも宰相の君もたゝこの事ひとつをなんあかぬ 事かなとおほしける三日すこしてそうへはまかてさせ給たちかはりてまいり給" }, { "vol": 33, "page": 1011, "text": "よ御たいめんありかくおとなひ給けちめになんとし月の程もしられ侍れはうと 〱しきへたてはのこるましくやとなつかしうの給て物語なとし給これもうち とけぬるはしめなめり物なとうちいひたるけはひなとむへこそはとめさましう み給またいとけたかうさかりなる御けしきをかたみにめてたしとみてそこらの 御なかにもすくれたる御心さしにてならひなきさまにさたまり給けるもいとこ とはりとおもひしらるゝにかうまてたちならひきこゆるちきりをろかなりやは とおもふ物からいて給ふきしきのいとことによそほしく御手車なとゆるされ給 て女御の御有様にことならぬをおもひくらふるにさすかなるみのほとなりいと うつくしけにひゝなのやうなる御有様を夢の心ちしてみたてまつるにも涙のみ とゝまらぬはひとつものとそみえさりけるとしころよろつになけきしつみさま 〱うきみとおもひくしつるいのちものへまほしうはれ〱しきにつけて誠に 住吉の神もをろかならすおもひしらるおもふさまにかしつききこえてこゝろを よはぬことはたおさ〱なき人のらう〱しさなれはおほかたのよせおほえよ りはしめなへてならぬ御有様かたちなるに宮もわかき御心ちにいと心ことにお" }, { "vol": 33, "page": 1012, "text": "もひきこえ給へりいとみたまへる御かた〱の人なとはこのはゝ君のかくてさ ふらひ給をきすにいひなしなとすれとそれにけたるへくもあらすいまめかしう ならひなきことをはさらにもいはす心にくゝよしある御けはひをはかなきこと につけてもあらまほしうもてなしきこえ給へれは殿上人なともめつらしきいと みところにてとり〱にさふらふ人〻も心をかけたる女房のようい有様さへい みしくとゝのへなし給へり上もさるへきをりふしにはまいり給御なからひあら まほしううちとけ行にさりとてさしすきものなれすあなつらはしかるへきもて なしはたつゆなくあやしくあらまほしき人のありさま心はへ也おとゝもなかゝ らすのみおほさるゝ御よのこなたにとおほしつる御まいりのかひあるさまにみ たてまつりなし給て心からなれと世にうきたるやうにてみくるしかりつる宰相 の君も思なくめやすきさまにしつまり給ぬれは御心おちゐはて給て今はほいも とけなんとおほしなるたいのうへの御有様のみすてかたきにも中宮おはしませ はをろかならぬ御心よせ也此御方にも世にしられたるおやさまにはまつおもひ きこえ給ふへけれはさりともとおほしゆつりけり夏の御方の時にはなやき給ま" }, { "vol": 33, "page": 1013, "text": "しきも宰相の物し給へはとみなとり〱にうしろめたからすおほしなり行あけ むとしよそちになり給御賀のことをおほやけよりはしめ奉りておほきなるよの いそき也その秋太上天皇になすらふ御くらゐえ給ふてみふくはゝりつかさかう ふりなとみなそひ給かゝらてもよの御心にかなはぬことなけれとなをめつらし かりけるむかしのれいをあらためて院しともなとなりさまことにいつくしうな りそひ給へはうちにまいり給へき事かたかるへきをそかつはおほしけるかくて もなをあかすみかとはおほして世の中をはゝかりてくらゐをえゆつりきこえぬ ことをなむ朝夕の御嘆きくさなりける内大臣あかり給て宰相の中将中納言にな り給ぬ御よろこひにいて給ひかりいとゝまさり給へるさまかたちよりはしめて あかぬことなきをあるしのおとゝもなか〱人におされまし宮つかへよりはと おほしなをる女君の大輔のめのと六位すくせとつふやきしよひのこと物のをり 〱におほしいてけれはきくのいとおもしろくてうつろひたるを給はせて あさみとりわかはの菊を露にてもこきむらさきの色とかけきやからかりし をりのひとことはこそわすられねといとにほひやかにほゝゑみて給へりはつか" }, { "vol": 33, "page": 1014, "text": "しういとをしき物からうつくしうみたてまつる ふた葉よりなたゝるそのゝ菊なれはあさき色わく露もなかりきいかに心を かせ給へりけるにかといとなれてくるしかる御いきおひまさりてかゝる御すま ひもところせけれは三条殿にわたり給ぬすこしあれにたるをいとめてたくすり しなして宮のおはしましゝかたをあらためしつらひてすみ給ふむかしおほえて あはれにおもふさまなる御すまひなりせんさいともなとちいさき木ともなりし もいとしけきかけとなり一村薄も心にまかせてみたれたりけるつくろはせ給や り水のみくさもかきあらためていと心行たるけしきなりおかしきゆふ暮のほと をふたところなかめ給てあさましかりしよの御おさなさの物語なとし給に恋し きこともおほく人のおもひけむこともはつかしう女きみはおほしいつふる人と ものまかてちらすさうし〱にさふらひけるなとまうのほりあつまりていとう れしとおもひあへりおとこ君 なれこそは岩もるあるしみし人のゆくゑはしるやゝとのまし水女きみ なき人のかけたにみえすつれなくてこゝろをやれるいさらゐの水なとの給" }, { "vol": 33, "page": 1015, "text": "ほとにおとゝ内よりまかて給けるをもみちの色におとろかされてわたり給へり むかしおはさゐし御有様にもおさ〱かはる事なくあたり〱おとなしくすま ひ給へるさまはなやかなるをみたまふにつけてもいと物あはれにおほさる中納 言もけしきことにかほすこしあかみていとゝしつまりて物し給あらまほしくう つくしけなる御あはひなれと女はまたかゝるかたちのたくひもなとかなからん とみえ給へりおとこはきはもなくきよらにをはすふる人ともおまへにところえ てかみさひたることゝもきこえいつありつる御手習とものちりたるを御らんし つけてうちしほたれ給このみつの心たつねまほしけれとおきなはこといみしく との給ふ そのかみのおい木はむへもくちぬらむうへしこ松もこけおひにけりおとこ 君の御さいしやうのめのとつらかりし御心もわすれねはしたりかほに いつれをもかけとそたのむふたはよりねさしかはせる松のすゑ〱おい人 ともゝかやうのすちにきこえあつめたるを中納言はおかしとおほす女君はあい なくおもてあかみくるしときゝ給ふ神無月の廿日あまりのほとに六条院に行幸" }, { "vol": 33, "page": 1016, "text": "あり紅葉のさかりにてけふあるへきたひの行幸なるに朱雀院にも御せうそこあ りて院さへわたりおはしますへけれは世にめつらしく有難きことにてよ人も心 をおとろかすあるしの院方も御心をつくしめもあやなる御心まうけをせさせ給 ふみの時に行幸ありてまつむまは殿に左右のつかさの御馬ひきならへて左右近 衛たちそひたるさほう五月のせちにあやめわかれすかよひたりひつしくたるほ とにみなみのしん殿にうつりおはします道のほとのそり橋わた殿にはにしきを しきあらはなるへき所にはせんしやうをひきいつくしうしなさせ給へりひんか しのいけに船ともうけてみつしところのうかひのおさ院のうかひをめしならへ てうをおろさせ給へりちいさきふなともくいたりわさとの御らんとはなけれと もすきさせ給ふみちのけふはかりになん山のもみちいつかたもおとらねと西の おまへは心ことなるをなかのらうのかへをくつし中門をひらきて霧のへたてな くて御覧せさせ給ふ御さふたつよそひてあるしの御さはくたれるをせむしあり てなをさせ給ふほとめてたくみえたれとみかとはなをかきりあるいや〱しさ をつくしてみせたてまつり給はぬことをなんおほしける池のいをゝ左少将取蔵" }, { "vol": 33, "page": 1017, "text": "人所のたかゝいのきたのにかりつかまつれる鳥ひとつかひを右のすけさゝけて しん殿のひんかしより御まへにいてゝみはしの左右にひさをつきてそうすおほ きおとゝ仰こと給てゝうしておものにまいるみこたちかむたちめなとの御まう けもめつらしきさまにつねのことゝもをかへてつかうまつらせ給へりみな御ゑ いになりて暮かゝるほとにかく所の人めすわさとの大かくにはあらすなまめか しきほとに殿上のわらはへまひつかうまつる朱雀院の紅葉の賀れいのふる事お ほしいてらる賀皇恩といふものをそうするほとにおほきおとゝの御おとこのと をはかりなるせちにおもしろうまふうちのみかと御そぬきて給ふおほきおとゝ おりてふたうし給あるしの院きくをおらせ給てせいかいはのをりをおほしいつ 色まさるまかきの菊もをり〱に袖うちかけし秋をこふらしおとゝそのお りはおなしまひにたちならひきこえ給ひしをわれも人にはすくれたまへるみな からなをこのきはゝこよなかりけるほとおほししらるしくれおりしりかほなり むらさきの雲にまかへるきくのはなにこりなきよのほしかとそみるときこ そありけれと聞え給ふゆふ風のふきしくもみちの色〻こきうすきにしきをしき" }, { "vol": 33, "page": 1018, "text": "たるわた殿のうへみえまかふにはのおもにかたちをかしきわらはへのやむこと なきいへのこともなとにてあをきあかきしらつるはみすはうゑひそめなとつね のことれいのみつらにひたい斗のけしきをみせてみしかき物ともをほのかにま ひつゝもみちのかけにかへりいるほと日のくるゝもいとおしけなりかくしよそ なとおとろ〱しくはせすうへの御あそひはしまりてふんのつかさの御ことゝ もめす物のけうせちなるほとにこせんにみな御ことゝもまいれり宇多の法師の かはらぬ声も朱雀院はいとめつらしくあはれにきこしめす 秋をへて時雨ふりぬる里人もかゝるもみちのをりをこそみねうらめしけに そおほしたるやみかと よのつねのもみちとやみるいにしへのためしにひけるにはのにしきをとき こえしらせ給ふ御かたちいよ〱ねひとゝのほり給てたゝひとつ物とみえさせ 給を中納言さふらひ給かこと〱ならぬこそめさましかめれあてにめてたきけ はひやおもひなしにをとりまさらんあさやかににほはしき所はそひてさへみゆ ふへつかうまつり給いとおもしろしさうかの殿上人みはしにさふらふなかに弁" }, { "vol": 33, "page": 1019, "text": "の少将のこゑすくれたりなをさるへきにこそとみえたる御なからひなめり" }, { "vol": 34, "page": 1025, "text": "朱雀院の御門ありしみゆきの後其比ほひよりれいならすなやみわたらせ給もと よりあつしくおはしますうちにこのたひは物心ほそくおほしめされてとしころ をこなひのほいふかきをきさいの宮おはしましつる程はよろつはゝかりきこえ させ給ていまゝておほしとゝこほりつるを猶そのかたにもよをすにやあらむ世 にひさしかるましき心ちなんするなとのたまはせてさるへき御心まうけともせ させ給ふ御こたちは春宮をゝきたてまつりて女宮たちなん四ところおはしまし けるその中にふちつほときこえしは先帝の源氏にそおはしましけるまた坊とき こえさせし時まいり給てたかきくらゐにもさたまり給へかりし人のとりたてた る御うしろみもおはせすはゝかたもそのすちとなく物はかなきかういはらにて ものし給けれは御ましらひの程も心ほそけにておほきさいの内侍督をまいらせ たてまつり給てかたはらにならふ人なくもてなしきこえなとせし程にけおされ てみかとも御心の中にいとおしき物には思きこえさせ給なからおりさせ給にし かはかひなくくちおしくて世の中をうらみたるやうにてうせ給にしその御はら の女三宮をあまたの御中にすくれてかなしき物に思かしつきゝこえ給その程御" }, { "vol": 34, "page": 1026, "text": "とし十三四はかりおはすいまはとそむきすて山こもりしなん後の世にたちとま りてたれをたのむかけにて物し給はんとすらむとたゝこの御事をうしろめたく おほしなけくににし山なる御寺つくりはてゝうつろはせ給はん程の御いそきを せさせ給にそへて又この宮の御もきの事をおほしいそかせ給院のうちにやんこ となくおほす御たから物御てうとゝもをはさらにもいはすはかなき御あそひ物 まてすこしゆへあるかきりをはたゝこの御方にとりわたしたてまつらせ給てそ のつき〱をなむことみこたちには御そふふんともありける春宮はかゝる御な やみにそへて世をそむかせ給へき御心つかひになときかせ給てわたらせ給へり はゝ女御もそひきこえさせ給てまいり給へりすくれたる御おほえにしもあらさ りしかと宮のかくておはします御すくせのかきりなくめてたけれはとし比の御 物かたりこまやかにきこえさせ給けり宮にもよろつの事世をたもち給はん御心 つかひなときこえしらせ給御うしろみともゝこなたかなたかろ〱しからぬな からひにものし給へはいとうしろやすく思きこえさせ給この世にうらみのこる 事も侍らす女宮たちのあまたのこりとゝまる行さきをおもひやるなんさらぬ別" }, { "vol": 34, "page": 1027, "text": "にもほたしなりぬへかりけるさきさき人のうへにみきゝしにも女は心よりほか にあは〱しく人におとしめらるゝすくせあるなんいとくちおしくかなしきい つれをも思やうならん御世にはさま〱につけて御心とゝめておほしたつねよ その中にうしろみなとあるはさるかたにも思ゆつり侍り三宮なむいはけなきよ はひにてたゝひとりをたのもしき物とならひてうちすてゝむ後の世にたゝよひ さすらへむこといと〱うしろめたくかなしく侍と御目おしのこひつゝきこえ しらせさせ給女御にも心うつくしきさまにきこえつけさせ給されと女御の人よ りはまさりてときめき給ひしにみないとみかはし給しほと御なからひともえう るはしからさりしかはそのなこりにてけにいまはわさとにくしなとはなくとも まことに心とゝめて思うしろみむとまてはおほさすもやとそおしはからるゝか しあさ夕にこの御ことをおほしなけくとしくれ行まゝに御なやみまことにをも くなりまさらせ給てみすのとにもいてさせ給はす御もののけにて時〻なやませ 給こともありつれといとかくうちはへをやみなきさまにはおはしまさゝりつる をこのたひは猶かきりなりとおほしめしたり御くらいをさらせ給つれと猶その" }, { "vol": 34, "page": 1028, "text": "世にたのみそめたてまつり給へる人〻はいまもなつかしくめてたき御ありさま を心やり所にまいりつかうまつり給かきりは心をつくしておしみきこえ給ふ六 条院よりも御とふらひしは〱あり身つからもまいり給へきよしきこしめして 院はいといたくよろこひきこえさせ給中納言の君まいり給へるをみすのうちに めしいれて御物かたりこまやかなり故院のうへのいまはのきさみにあまたの御 ゆひこんありし中にこの院の御こといまのうちの御事なんとりわきての給をき しをおほやけとなりてことかきりありけれはうち〱の御心よせはかはらすな からはかなきことのあやまりに心をかれたてまつる事もありけんと思ふをとし ころことにふれてそのうらみのこし給へるけしきをなんもらし給はぬさかしき 人といへと身のうへになりぬれはことたかひて心うこきかならすそのむくひみ えゆかめる事なんいにしへたにおほかりけるいかならんおりにかその御心はへ ほころふへからむと世人もおもむけうたかひけるをつゐにしのひすくし給て春 宮なとにも心をよせきこえ給いまはた又なくしたしかるへき中となりむつひか はし給へるもかきりなく心には思ひなから本上のをろかなるにそへてこのみち" }, { "vol": 34, "page": 1029, "text": "のやみにたちましりかたくななるさまにやとて中〱よその事にきこえはなち たるさまにてはへる内の御事はかの御ゆいこんたかへすつかうまつりをきてし かはかくすゑの世のあきらけき君としてきしかたの御おもておもおこし給ふほ いのこといとうれしくなんこの秋の行幸の後いにしへの事とりそへてゆかしく おほつかなくなんおほえ給たいめんにきこゆへき事ともはへりかならすみつか らとふらひものし給へきよしもよをし申給へなとうちしほたれつゝのたまはす 中納言の君すき侍にけんかたはともかくもおもふたまへわきかたくはへりとし まかりいり侍ておほやけにもつかうまつり侍あひた世中のことをみたまへまか りありく程には大小のことにつけてもうち〱のさるへき物かたりなとのつい てにもいにしへのうれはしきことありてなんなとうちかすめ申さるゝおりは侍 らすなんかくおほやけの御うしろみをつかうまつりさしてしつかなる思をかな へむとひとへにこもりゐし後はなに事をもしらぬやうにて故院の御ゆいこんの こともえつかうまつらす御くらゐにおはしましゝ世にはよはひの程も身のうつ は物もをよはすかしこきかみの人〻おほくてその心さしをとけて御らむせらる" }, { "vol": 34, "page": 1030, "text": "ゝ事もなかりきいまかくまつりことをさりてしつかにおはしますころほひ心の うちをもへたてなくまいりうけたまはらまほしきをさすかになにとなく所せき 身のよそほひにてをのつから月日をすくす事となんおり〱なけき申給なとそ うし給二十にもまたわつかなる程なれといとよくとゝのひすくしてかたちもさ かりににほひていみしくきよらなるを御めにとゝめてうちまもらせ給つゝこの もてわつらはせ給ひめ宮の御うしろみにこれをやなと人しれすおほしよりけり おほきおとゝのわたりにいまはすみつかれにたりとなとし比心えぬさまにきゝ しかいとおしかりしをみゝやすき物からさすかにねたく思ことこそあれとのた まはする御けしきをいかにのたまはするにとあやしく思めくらすにこのひめ宮 をかくおほしあつかひてさるへき人あらはあつけて心やすく世をも思はなれは やとなんおほしのたまはするとをのつからもりきゝ給たよりありけれはさやう のすちにやとは思ぬれとふと心えかほにもなにかはいらへきこえさせんたゝは か〱しくも侍らぬ身にはよるへもさふらひかたくのみなんとはかりそうして やみぬ女房なとはのそきてみきこえていとありかたくもみえ給かたちよういか" }, { "vol": 34, "page": 1031, "text": "なあなめてたなとあつまりてきこゆるをおいしらへるはいてさりともかの院の かはかりにおはせし御ありさまにはえなすらひきこえ給はさめりいとめもあや にこそきよらにものし給しかなといひしろふをきこしめしてまことにかれはい とさまことなりし人そかしいまは又その世にもねひまさりてひかるとはこれを いふへきにやとみゆるにほひなんいとゝくはゝりにたるうるはしたちてはか 〱しきかたにみれはいつくしくあさやかにめもをよはぬこゝちするを又うち とけてたはふれことをもいひみたれあそへはそのかたにつけてはにる物なくあ い行つきなつかしくうつくしきことのならひなきこそ世にありかたけれなに事 にもさきの世おしはかられてめつらかなる人のありさまなり宮のうちにおひい てゝていわうのかきりなくかなしき物にしたまひさはかりなてかしつきみにか へておほしたりしかと心のまゝにもおこらすひけして廿か内には納言にもなら すなりにきかしひとつあまりてや宰相にて大将かけ給へりけんそれにこれはい とこよなくすゝみにためるはつき〱のこのよのおほえのまさるなめりかしま ことにかしこきかたのさえ心もちゐなとはこれもおさ〱おとるましくあやま" }, { "vol": 34, "page": 1032, "text": "りてもおよすけまさりたるおほえいとことなめりなとめてさせ給ひめ宮のいと うつくしけにてわかくなに心なき御ありさまなるをみたてまつり給にもみはや したてまつりかつは又かたをひならむ事をはみかくしをしへきこえつへからむ 人のうしろやすからむにあつけきこえはやなときこえ給おとなしき御めのとゝ もめしいてゝ御もきの程の事なとのたまはするついてに六条のおとゝの式部卿 のみこのむすめおほしたてけんやうにこの宮をあつかりてはくゝまん人もかな たゝ人の中にはありかたし内には中宮さふらひ給つき〱の女御たちとてもい とやんことなきかきり物せらるゝにはか〱しきうしろみなくてさやうのまし らひいと中〱ならむこの権中納言の朝臣のひとりありつる程にうちかすめて こそ心みるへかりけれわかけれといときやうさくにおいさきたのもしけなる人 にこそあめるをとの給はす中納言はもとよりいとまめ人にてとし比もかのわた りに心をかけてほかさまに思うつろふへくも侍らさりけるにそのおもひかなひ てはいとゝゆるくかた侍らしかの院こそ中〱猶いかなるにつけても人をゆか しくおほしたる心はたえす物せさせ給ふなれその中にもやむことなき御ねかひ" }, { "vol": 34, "page": 1033, "text": "ふかくて前斎院なとをもいまにわすれかたくこそきこえ給なれと申すいてその ふりせぬあたけこそはいとうしろめたけれとはの給すれとけにあまたの中にか ゝつらひてめさましかるへきおもひはありとも猶やかておやさまにさためたる にてさもやゆつりをきゝこえましなともおほしめすへしまことにすこしもよつ きてあらせむと思はん女こもたらはおなしくはかの人のあたりにこそはふれは はせまほしけれいくはくならぬこの世のあひたはさはかり心ゆくありさまにて こそすくさまほしけれわれ女ならはおなしはらからなりともかならすむつひよ りなましわかゝりし時なとさなんおほえしまして女のあさむかれんはいとこと はりそやとの給はせて御心の中にかむの君の御事もおほしいてらるへしこの御 うしろみともの中にをも〱しき御めのとのせうと左中弁なるかの院のしたし き人にてとしころつかうまつるありけりこの宮にも心よせことにてさふらへは まいりたるにあひて物かたりするついてにうへなむしか〱御けしきありてき こえ給しをかの院におりあらはもらしきこえさせ給へみこたちはひとりおはし ますこそはれいの事なれとさま〱につけて心よせたてまつりなに事につけて" }, { "vol": 34, "page": 1034, "text": "も御うしろみし給人あるはたのもしけなりうへをゝきたてまつりて又ま心にお もひきこえ給へき人もなけれはおのらはつかうまつるとてもなにはかりの宮つ かへにかあらむ我心ひとつにしもあらてをのつからおもひのほかの事もおはし ましかる〱しききこえもあらむ時にはいかさまにかはわつらはしからむ御ら んする世にともかくもこの御ことさたまりたらはつかうまつりよくなんあるへ きかしこきすちときこゆれと女はいとすくせさためかたくおはします物なれは よろつになけかしくかくあまたの御中にとりわききこえさせ給につけても人の そねみあへかめるをいかてちりもすゑたてまつらしとかたらふに弁いかなるへ き御事にかあらむ院はあやしきまて御心なかくかりにてもみそめ給へる人は御 心とまりたるをも又さしもふかゝらさりけるをもかた〱につけてたつねとり 給つゝあまたつとへきこえ給へれとやんことなくおほしたるはかきりありてひ とかたなめれはそれにことよりてかひなけなるすまひし給ふかた〱こそはお ほかめるを御すくせありてもしさやうにおはしますやうもあらはいみしき人と きこゆともたちならひておしたち給事はえあらしとこそはおしはからるれと猶" }, { "vol": 34, "page": 1035, "text": "いかゝとはゝからるゝことありてなんおほゆるさるはこの世のさかえすゑの世 にすきて身に心もとなきことはなきを女のすちにてなん人のもときをもおひ我 心にもあかぬ事もあるとなんつねにうち〱のすさひことにもおほしの給はす なるけにをのれらかみたてまつるにもさなんおはしますかた〱につけて御影 にかくし給へる人みなその人ならすたちくたれるきはにはものし給はねとかき りあるたゝ人ともにて院の御ありさまにならふへきおほえくしたるやはおはす めるそれにおなしくはけにさもおはしまさはいかにたくひたる御あはひならむ とかたらふをめのと又ことのついてにしか〱なんなにかしのあそむにほのめ かし侍しかはかの院にはかならすうけひき申させ給てむとし比の御ほいかなひ ておほしぬへきことなるをこなたの御ゆるしまことにありぬへくはつたへきこ えんとなん申侍しをいかなるへきことにかは侍らむ程〱につけて人のきは 〱おほしわきまへつゝありかたき御心さまに物し給なれとたゝ人たに又かゝ つらひおもふ人たちならひたることは人のあかぬことにしはへめるをめさまし き事もや侍らむ御うしろみのそみ給人〻はあまたものし給めりよくおほしさた" }, { "vol": 34, "page": 1036, "text": "めてこそよく侍らめかきりなき人ときこゆれといまの世のやうとてはみなほか らかにあるへかしくて世の中を御心とすくし給つへきもおはしますへかめるを ひめ宮はあさましくおほつかなく心もとなくのみゝえさせ給にさふらふ人〻は つかうまつるかきりこそ侍らめおほかたの御心をきてにしたかひきこえてさか しきしも人もなひきさふらふこそたよりあることに侍らめとりたてたる御うし ろみものし給はさらむは猶心ほそきわさになん侍へきときこゆしかおもひたと るによりなんみこたちのよつきたるありさまはうたてあは〱しきやうにもあ り又たかききはといへとも女はおとこにみゆるにつけてこそくやしけなる事も めさましきおもひもをのつからうちましるわさなめれとかつは心くるしく思ひ みたるゝを又さるへき人にたちをくれてたのむかけともにわかれぬる後心をた てゝ世中にすくさむ事もむかしは人の心たひらかにて世にゆるさるましき程の 事をは思をよはぬものとならひたりけんいまの世にはすき〱しくみたりかは しきこともるいにふれてきこゆめりかし昨日まてたかきおやのいへにあかめら れかしつかれし人のむすめのけふはなを〱しくくたれるきはのすき物ともに" }, { "vol": 34, "page": 1037, "text": "なをたちあさむかれてなきおやのおもてをふせかけをはつかしむるたくひおほ くきこゆるいひもてゆけはみなおなしことなり程〱につけてすくせなといふ なることはしりかたきわさなれはよろつにうしろめたくなんすへてあしくもよ くもさるへき人の心にゆるしをきたるまゝにて世中をすくすはすくせ〱にて 後の世におとろへあるときも身つからのあやまちにはならすありへてこよなき さいはひありめやすきことになるおりはかくてもあしからさりけりとみゆれと 猶たちまちにふとうちきゝつけたる程はおやにしられすさるへき人もゆるさぬ に心つからのしのひわさしいてたるなん女の身にはますことなきゝすとおほゆ るわさなるなを〱しきたゝ人のなからひにてたにあはつけく心つきなき事な り身つからの心よりはなれてあるへきにもあらぬを思ふ心よりほかに人にもみ えすくせのほとさためられんなむいとかる〱しく身のもてなしありさま〱 おしはからるゝ事なるをあやしく物はかなき心さまにやとみゆめる御さまなる をこれかれの心にまかせてもてなしきこゆなるさやうなることの世にもりいて んこといとうき事なりなとみすてたてまつり給はん後の世をうしろめたけに思" }, { "vol": 34, "page": 1038, "text": "きこえさせ給へれはいよ〱わつらはしく思あへりいますこし物をも思ひしり 給ほとまてみすくさんとこそはとしころねんしつるをふかきほいもとけすなり ぬへき心ちのするに思もよをされてなんかの六条のおとゝはけにさりとももの ゝ心えてうしろやすきかたはこよなかりなんをかた〱にあまたものせらるへ き人〻をしるへきにもあらすかしとてもかくても人の心から也のとかにおちゐ ておほかたの世のためしともうしろやすきかたはならひなくものせらるゝ人な りさらてよろしかるへき人たれはかりかはあらむ兵部卿宮人からはめやすしか しおなしきすちにてことひとゝわきまへおとしむへきにはあらねとあまりいた くなよひよしめく程にをもきかたをくれてすこしかろひたるおほえやすゝみに たらむ猶さる人はいとたのもしけなくなんある又大納言の朝臣のいへつかさの そむなるさるかたにものまめやかなるへき事にはあなれとさすかにいかにそや さやうにおしなへたるきはゝ猶めさましくなんあるへきむかしもかうやうなる えらひにはなに事も人にことなるおほえあるにことよりてこそありけれたゝひ とへに又なくもちゐんかたはかりをかしこきことに思さためんはいとあかすく" }, { "vol": 34, "page": 1039, "text": "ちおしかるへきわさになん右衛門督のしたにわふなるよし内侍督の物せられし その人はかりなんくらゐなといますこし物めかしき程になりなはなとかはとも 思よりぬへきをまたとしいとわかくてむけにかろひたるほと也たかき心さしふ かくてやもめにてすくしつゝいたくしつまり思あかれるけしき人にはぬけてさ えなともこともなくつゐには世のかためとなるへき人なれは行すゑもたのもし けれと猶又このためにと思はてむにはかきりそあるやとよろつにおほしわつら ひたりかうやうにもおほしよらぬあね宮たちをはかけてもきこえなやまし給人 もなしあやしくうち〱にのたまはする御さゝめき事とものをのつからひろこ りて心をつくす人〻おほかりけりおほきおとゝもこの衛門督のいまゝてひとり のみありてみこたちならすはえしとおもへるをかゝる御さためともいてきたな るをりにさやうにもおもむけたてまつりてめしよせられたらむ時いかはかり我 ためにもめんほくありてうれしからむとおほしの給て内侍のかんの君にはかの あね北方してつたへ申給なりけりよろつかきりなきことの葉をつくしてそうせ させ御けしきたまはらせ給兵部卿宮は左大将の北の方をきこえはつし給てきゝ" }, { "vol": 34, "page": 1040, "text": "給らん所もありかたほならむことはとえりすくし給にいかゝは御心うこかさら むかきりなくおほしいられたり藤大納言はとしころ院の別富にてしたしくつか うまつりてさふらひなれにたるを御山こもりし給なんのちより所なく心ほそか るへきにこの宮の御うしろみに事よせてかへりみさせ給へく御けしきせちに給 はりたまふなるへし権中納言もかゝる事ともをきゝ給ふに人つてにもあらすさ はかりおもむけさせたまへりし御けしきをみたてまつりてしかはをのつからた よりにつけてもらしきこしめさるゝ事もあらはよもゝてはなれてはあらしかし と心ときめきもしつへけれと女君のいまはとうちとけてたのみ給へるをとしこ ろつらきにもことつけつへかりし程たにほかさまの心もなくてすくしてしをあ やにくにいまさらにたちかへりにわかに物をや思はせきこえんなのめならすや むことなきかたにかゝつらひなはなに事も思まゝならてひたりみきにやすから すは我身もくるしくこそはあらめなともとよりすき〱しからぬ心なれは思し つめつゝうちいてねとさすかにほかさまにさたまりはて給はんもいかにそやお ほえてみゝはとまりけり春宮にもかゝる事ともきこしめしてさしあたりたるた" }, { "vol": 34, "page": 1041, "text": "ゝいまのことよりも後の世のためしともなるへき事なり人からよろしとてもた ゝ人はかきりあるを猶しかおほしたつことならはかの六条院にこそおやさまに ゆつりきこえさせ給はめとなんわさとの御せうそことはあらねと御けしきあり けるをまちきかせ給てもけにさること也いとよくおほしのたまはせたりといよ 〱御心たゝせ給てまつかの弁してそかつ〱あないつたへきこえさせ給ける この宮の御事かくおほしわつらふさまはさき〱もみなきゝをき給へれは心く るしきことにもあなるかなさはありとも院の御世のゝこりすくなしとてこゝに は又いくはくたちをくれたてまつるへしとてかその御うしろみの事をはうけと りきこえんけにしたいをあやまたぬにていましはしの程ものこりとまるかきり あらはおほかたにつけてはいつれの御子たちをもよそにきゝはなちたてまつる へきにもあらねと又かくとりわきてきゝをきたてまつりてんをはことにこそは うしろみきこえめとおもふをそれたにいとふちやうなる世のさためなさなりや との給てましてひとにたのまれたてまつるへきすちにむつひなれきこえんこと はいと中〱にうちつゝき世をさらむきさみ心くるしくみつからのためにもあ" }, { "vol": 34, "page": 1042, "text": "さからぬほたしになんあるへき中納言なとは年わかくかろ〱しきやうなれと 行さきとをくて人からもつゐにおほやけの御うしろみともなりぬへきおいさき なんめれはさもおほしよらむになとかこよなからむされといといたくまめたち て思ふ人さたまりにてそあめれはそれにはゝからせたまふにやあらむなとの給 て身つからはおほしはなれたるさまなるを弁はおほろけの御さためにもあらぬ をかくの給へはいとおしくくちおしくも思てうち〱におほしたちにたるさま なとくはしくきこゆれはさすかにうちえみつゝいとかなしくしたてまつり給み こなめれはあなかちにかくきしかた行さきのたとりもふかきなめりかしなたゝ うちにこそたてまつり給はめやんことなきまつの人〻おはすといふことはよし なき事なりそれにさはるへき事にもあらすかならすさりとてすゑの人をろかな るやうもなしこ院の御時におほきさきのはうのはしめの女御にていきまき給し かとむけのすゑにまいり給へりし入道の宮にしはしはおされ給にきかしこのみ この御はゝ女御こそはかの宮の御はらからにものしたまひけめかたちもさしつ きにはいとよしといはれ給し人なりしかはいつかたにつけてもこのひめ宮をし" }, { "vol": 34, "page": 1043, "text": "なへてのきはにはよもおはせしをなといふかしくは思きこえ給へしとしもくれ ぬ朱雀院には御こゝち猶をこたるさまにもおはしまさねはよろつあはたゝしく おほしたちて御もきの事おほしいそくさまきしかた行さきありかたけなるまて いつくしくのゝしる御しつらひはかへ殿のにしおもてに御きちやうよりはしめ てこゝのあやにしきをませさせ給はすもろこしのきさきのかさりをおほしやり てうるはしくこと〱しくかゝやくはかりとゝのへさせ給へり御こしゆひには おほきおとゝをかねてよりきこえさせ給へりけれはこと〱しくおはする人に てまいりにくゝおほしけれと院の御事をむかしよりそむき申給はねはまいり給 いまふた所の大臣たちそののこり上達部なとはわりなきさはりあるもあなかち にためらひたすけつゝまいり給みこたち八人殿上人はたさらにもいはす内春宮 ののこらすまいりつとひていかめしき御いそきのひゝき也院の御ことこのたひ こそとちめなれとみかと春宮をはしめたてまつりて心くるしくきこしめしつゝ 蔵人所おさめとのゝから物ともおほくたてまつらせ給へり六条院よりも人〻の ろくそん者の大臣の御ひきいて物なとかの院よりそたてまつらせ給ける中宮よ" }, { "vol": 34, "page": 1044, "text": "りも御さうそくくしのはこ心ことにてうせさせ給てかのむかしのみくしあけの くゆへあるさまにあらためくはへてさすかにもとの心はえもうしなはすそれと みせてその日の夕つかたたてまつれさせ給宮の権の佐院の殿上にもさふらふを 御使にてひめ宮の御方にまいらすへくのたまはせつれとかゝることそ中にあり ける さしなからむかしをいまにつたふれはたまのをくしそ神さひにける院御ら むしつけてあはれにおほしいてらるゝ事もありけりあえ物けしうもあらしとゆ つりきこえ給へるほとけにおもたゝしきかむさしなれは御返もむかしのあはれ をはさしをきて さしつきにみる物にもかよろつ世をつけのをくしの神さふるまてとそいは ひきこえ給へる御心ちいとくるしきをねんしつゝおほしおこしてこの御いそき はてぬれは三日すくしてつゐに御くしおろし給よろしき程の人のうへにてたに いまはとてさまかはるはかなしけなるわさなれはましていとあはれけに御かた 〱もおほしまとふ内侍のかんの君はつとさふらひ給ていみしくおほしいりたる" }, { "vol": 34, "page": 1045, "text": "るをこしらへかね給て子を思ふ道はかきりありけりかく思しつみ給へる別のた へかたくもあるかなとて御心みたれぬへけれとあなかちに御けうそくにかゝり 給て山の座主よりはしめて御いむことのあさり三人さふらひてほうふくなとた てまつる程この世をわかれ給御さほういみしくかなしけふは世を思すましたる 僧たちなとたに涙もえとゝめねはまして女宮たち女御更衣こゝらの男女かみし もゆすりみちてなきとよむにいと心あはたゝしうかゝらてしつやかなる所にや かてこもるへくおほしまうけゝるほいたかひておほしめさるゝもたゝこのをさ なき宮にひかされてとおほしのたまはす内よりはしめたてまつりて御とふらひ のしけさいとさらなり六条院もすこし御心ちよろしくときゝたてまつらせ給て まいり給御たうはりの御ふなとこそみなおなしことおりゐのみかとゝひとしく さたまり給へれとまことの太上天皇の儀式にはうけはり給はす世のもてなし思 きこえたるさまなとは心ことなれとことさらにそき給てれいのこと〱しから ぬ御車にたてまつりて上達部なとさるへきかきり車にてそつかうまつり給へる 院にはいみしくまちよろこひきこえさせ給てくるしき御心ちをおほしつよりて" }, { "vol": 34, "page": 1046, "text": "御たいめんありうるはしきさまならすたゝおはしますかたにおましよそひくは へていれたてまつり給へる御ありさまみたてまつり給ふにきしかた行さきくれ てかなしくとめかたくおほさるれはとみにもえためらひ給はす故院にをくれた てまつりしころほひより世のつねなくおもふ給へられしかはこのかたのほいふ かくすゝみ侍にしを心よはくおもふたまへたゆたふことのみ侍つゝつゐにかく みたてまつりなし侍まてをくれたてまつり侍ぬる心のぬるさをはつかしく思た まへらるゝかな身にとりてはことにもあるましくおもふ給へたち侍おり〱あ るをさらにいとしのひかたきことおほかりぬへきわさにこそ侍けれとなくさめ かたくおほしたり院も物心ほそくおほさるゝにえ心つよからすうちしほたれ給 ひつゝいにしへいまの御物かたりいとよはけにきこえさせ給てけふかあすかと おほえ侍つゝさすかに程へぬるをうちたゆみてふかきほいのはしにてもとけす なりなん事と思おこしてなんかくてものこりのよはひなくはをこなひの心さし もかなふましけれとまつかりにてものとめをきて念仏をたにと思ひ侍るはか 〱しからぬ身にても世になからふることたゝこの心さしにひきとゝめられた" }, { "vol": 34, "page": 1047, "text": "るとおもふ給へしられぬにしもあらぬをいままてつとめなきをこたりをたにや すからすなんとておほしをきてたるさまなとくはしくの給はするつゐてに女み こたちをあまたうちすて侍なん心くるしき中にも又思ゆつる人なきをはとりわ きうしろめたくみわつらひ侍とてまほにはあらぬ御けしき心くるしくみたてま つり給御心のうちにもさすかにゆかしき御ありさまなれはおほしすくしかたく てけにたゝ人よりもかゝるすちにはわたくしさまの御うしろみなきはくちおし けなるわさになん侍ける春宮かくておはしませはいとかしこきすゑの世のまう けの君とあめのしたのたのみ所にあふきゝこえさするをましてこの事ときこえ をかせ給はんことはひとことゝしておろそかにかろめ申給へきに侍らねはさら に行さきのことおほしなやむへきにも侍らねとけに事かきりあれはおほやけと なり給よのまつりこと御心にかなふへしとはいひなから女の御ためになにはか りのけさやかなる御心よせあるへきにも侍らさりけりすへて女の御ためにはさ ま〱まことの御うしろみとすへき物は猶さるへきすちに契をかはしえさらぬ ことにはくゝみきこゆる御まもりめ侍なんうしろやすかるへき事にはつるを猶" }, { "vol": 34, "page": 1048, "text": "しひて後の世の御うたかひのこるへくはよろしきにおほしえらひてしのひてさ るへき御あつかりをさためをかせ給へきになむはへなるとそうし給さやうに思 よる事侍れとそれもかたき事になんありけるいにしへのためしをきゝ侍にも世 をたもつさかりのみこにたに人をえらひてさるさまの事をし給へるたくひおほ かりけりましてかくいまはとこの世をはなるゝきはにてこと〱しく思へきに もあらねと又しかすつる中にもすてかたき事ありてさま〱に思わつらひ侍ほ とにやまひはをもりゆく又とりかへすへきにもあらぬ月日のすきゆけは心あは たゝしくなむかたはらいたきゆつりなれとこのいはけなき内親王ひとりとりわ きてはくゝみおほしてさるへきよすかをも御心におほしさためてあつけ給へと きこえまほしきを権中納言なとのひとりものしつる程すゝみよるへくこそあり けれおほいまうち君にせんせられてねたくおほえ侍ときこえ給中納言の朝臣の まめやかなるかたはいとよくつかうまつりぬへく侍をなに事もまたあさくてた よりすくなくこそ侍らめかたしけなくともふかき心にてうしろみきこえさせ侍 らむにおはします御かけにかはりてはおほされしをたゝ行さきみしかくてつか" }, { "vol": 34, "page": 1049, "text": "うまつりさすことや侍らむとうたかはしきかたのみなん心くるしくはへるへき とうけひき申給つ夜にいりぬれはあるしの院かたもまらうとの上達部たちもみ な御前にてあるしのことさうし物にてうるはしからすなまめかしくせさせ給へ り院の御前にせんかうのかけはんに御はちなとむかしにかはりてまいるを人〻 涙おしのこひ給あはれなるすちの事ともあれとうるさけれはかゝす夜ふけてか へり給ふろくともつき〱にたまふ別富大納言も御をくりにまいり給あるしの 院はけふの雪にいとゝ御風くはゝりてかきみたりなやましくおほさるれとこの 宮の御こときこえさためつるを心やすくおほしけり六条院はなま心くるしうさ ま〱おほしみたるむらさきのうへもかゝる御さためなとかねてもほのきゝ給 けれとさしもあらし前斎院をもねんころにきこえ給やうなりしかとわさとしも おほしとけすなりにしをなとおほしてさることやあるともとひきこえ給はすな に心もなくておはするにいとおしくこの事をいかにおほさん我心は露もかはる ましくさることあらむにつけては中〱いとゝふかさこそまさらめみさため給 はさらむほといかに思うたかひ給はんなとやすからすおほさるいまのとしころ" }, { "vol": 34, "page": 1050, "text": "となりてはましてかたみにへたてきこえ給ことなくあはれなる御なかなれはし はし心にへたてのこしたる事あらむもいふせきをその夜はうちやすみてあかし 給つ又の日雪うちふり空のけしきも物あはれにすきにしかた行さきの御物かた りきこえかはし給院のたのもしけなくなり給にたる御とふらひにまいりてあは れなる事とものありつるかな女三宮の御事をいとすてかたけにおほしてしか 〱なむのたまはせつけしかは心くるしくてえきこえいなひすなりにしをこと 〱しくそ人はいひなさんかしいまはさやうのこともうゐ〱しくすさましく 思ひなりにたれは人つてにけしきはませ給しにはとかくのかれきこえしをたい めんのついてに心ふかきさまなる事ともをの給つゝけしにはえすく〱しくも かへさひ申さてなんふかき御山すみにうつろひ給はん程にこそはわたしたてま つらめあちきなくやおほさるへきいみしきことありとも御ためあるよりかはる 事はさらにあるましきを心なをき給そよかの御ためこそ心くるしからめそれも かたはならすもてなしてむたれも〱のとかにてすくし給はゝなときこえ給は かなき御すさひことをたにめさましき物におほして心やすからぬ御心さまなれ" }, { "vol": 34, "page": 1051, "text": "はいかゝおほさんとおほすにいとつれなくてあはれなる御ゆつりにこそはあな れこゝにはいかなる心をゝきたてまつるへきにかめさましくかくてなととかめ らるましくは心やすくてもはへなんをかのはゝ女御の御方さまにてもうとから すおほしかすまへてむやとひけし給をあまりかうゝちとけ給御ゆるしもいかな れはとうしろめたくこそあれまことはさたにおほしゆるいてわれも人も心えて なたらかにもてなしすくし給はゝいよ〱あはれになむひかこときこえなとせ ん人の事きゝいれ給なすへて世の人のくちといふ物なんたかいひいつる事とも なくをのつから人のなからひなとうちほをゆかみおもはすなる事いてくる物な るを心ひとつにしつめてありさまにしたかふなんよきまたきにさはきてあいな きものうらみし給なといとよくをしへきこえ給心のうちにもかくそらよりいて きにたるやうなる事にてのかれ給かたきをにくけにもきこえなさし我心にはゝ かり給ひいさむることにしたかひ給へきをのかとちの心よりおこれるけさうに もあらすせかるへきかたなきものからおこかましく思むすほゝるゝさま世人に もりきこえし式部卿宮のおほきたの方つねにうけはしけなる事ともをの給いて" }, { "vol": 34, "page": 1052, "text": "つゝあちきなき大将の御ことにてさへあやしくうらみそねみ給ふなるをかやう にきゝていかにいちしるく思あはせ給はんなとおひらかなる人の御心といへと いかてかはかはかりのくまはなからむいまはさりともとのみ我身を思ひあかり うらなくてすくしける世の人わらへならん事をしたには思つゝけ給へといとお ひらかにのみもてなし給へりとしもかへりぬ朱雀院にはひめ宮六条院にうつろ ひ給はん御いそきをし給きこえ給へる人〻いとくちおしくおほしなけく内にも 御心はえありてきこえ給ける程にかゝる御さためをきこしめしておほしとまり にけりさるはことしそよそちになり給けれは御賀の事おほやけにもきこしめし すくさす世中のいとなみにてかねてよりひゝくをことのわつらひおほくいかめ しき事はむかしよりこのみ給はぬ御心にてみなかへさひ申給正月廿三日ねのひ なるに左大将殿の北方わかなまいり給かねてけしきもゝらし給はていといたく しのひておほしまうけたりけれはにはかにてえいさめかへしきこえ給はすしの ひたれとさはかりの御いきをひなれはわたり給御きしきなといとひゝきことな りみなみのおとゝのにしのはなちいてにおましよそふ屏風かへしろよりはしめ" }, { "vol": 34, "page": 1053, "text": "あたらしくはらひしつらはれたりうるはしくいしなとはたてす御ちしき四十ま い御しとねけうそくなとすへてその御くともいときよらにせさせ給へりらてん のみつしふたよろひに御ころもはこよつすへて夏冬の御さうそくかうこくすり のはこ御すゝりゆするつきかゝけのはこなとやうの物うち〱きよらをつくし 給へり御かさしのたいにはちんしたむをつくりめつらしきあやめをつくしおな しきかねをも色つかひなしたる心はえありいまめかしくかんの君ものゝみやひ ふかくかとめき給へる人にてめなれぬさまにしなし給へるおほかたの事をはこ とさらにこと〱しからぬ程なり人〻まいりなとし給ておましにいて給とてか んの君に御たいめんあり御心のうちにはいにしへおほしいつる事ともさま〱 なりけんかしいとわかくきよらにてかく御賀なといふことはひかかそへにやと おほゆるさまのなまめかしく人のおやけなくおはしますをめつらしくてとし月 へたてゝみたてまつり給はいとはつかしけれと猶けさやかなるへたてもなくて 御物かたりきこえかはし給をさなき君もいとうつくしくてものし給かむの君は うちつゝきても御覧せられし事との給けるを大将のかゝるついてにたに御らむ" }, { "vol": 34, "page": 1054, "text": "せさせんとてふたりおなしやうにふりわけかみのなに心なきなをしすかたとも にておはすすくるよはひも身つからの心にはことに思とかめられすたゝむかし なからのわか〱しきありさまにてあらたむることもなきをかゝるすゑ〱の もよをしになんなまはしたなきまて思しらるゝおりも侍ける中納言のいつしか とまうけたなるをこと〱しく思ひへたてゝまたみせすかし人よりことにかそ へとり給けるけふのねのひこそ猶うれたけれしはしは老をわすれても侍へきを ときこえ給かんの君もいとよくねひまさりもの〱しきけさへそひてみるかひ あるさまし給り わか葉さす野へのこ松をひきつれてもとのいはねをいのるけふかなとせめ てをとなひきこえ給ちんのおしきよつして御わかなさまはかりまいれり御かは らけとり給て 小松はらすゑのよはひにひかれてやのへのわかなも年をつむへきなときこ えかはし給て上達部あまたみなみのひさしにつき給式部卿宮はまいりにくゝお ほしけれと御せうそこありけるにかくしたしき御なからひにて心あるやうなら" }, { "vol": 34, "page": 1055, "text": "むもひんなくて日たけてそわたり給へる大将のしたりかほにてかゝる御なから ひにうけはりてものし給もけに心やましけなるわさなめれと御むまこの君たち はいつかたにつけてもおりたちてさうやくし給こものよそえたおりひつ物よそ ち中納言をはしめたてまつりてさるへきかきりとりつゝき給へり御かはらけく たりわかなの御あつい物まいるおまへにはちんのかけはん四おほむつきともな つかしくいまめきたる程にせられたり朱雀院の御くすりの事猶たひらきはて給 はぬにより楽人なとはめさす御ふえなとおほきおとゝのそのかたはとゝのへ給 て世中にこの御賀より又めつらしくきよらつくすへき事あらしとの給てすくれ たるねのかきりをかねてよりおほしまうけたりけれはしのひやかに御あそひあ りとり〱にたてまつる中に和琴はかのおとゝの第一にひし給ける御こと也さ る物の上手の心をとゝめてひきならし給へるねいとならひなきをこと人はかき たてにくゝしたまへは衛門督のかたくいなふるをせめ給へはけにいとおもしろ くおさ〱をとるましくひくなに事も上手のつきといひなからかくしもえつか ぬわさそかしと心にくゝあはれに人〻おほすしらへにしたかひてあとあるてと" }, { "vol": 34, "page": 1056, "text": "もさたまれるもろこしのつたへともは中〱たつねしるへきかたあらはなるを 心にまかせてたゝかきあはせたるすかかきによろつの物のねとゝのへられたる はたへにおもしろくあやしきまてひゝくちゝおとゝはことのをもいとゆるには りていたうくたしてしらへひゝきおほくあはせてそかきならし給これはいとわ らゝかにのほるねのなつかしくあい行つきたるをいとかうしもはきこえさりし をとみこたちもおとろき給琴は兵部卿宮ひき給ふこの御ことは宜陽殿の御もの にてたい〱に第一の名ありし御ことをこ院のすゑつかた一品宮のこのみ給こ とにてたまはり給へりけるをこのおりのきよらをつくし給はんとするためおと ゝの申給はり給へる御つたへ〱をおほすにいとあはれにむかしの事も恋しく おほしいてらるみこもえいなきえとゝめ給はす御けしきとり給て琴はおまへに ゆつりきこえさせ給ふ物のあはれにえすくし給はてめつらしき物ひとつはかり ひき給にこと〱しからねとかきりなくおもしろき夜の御あそひなりさうかの 人〻みはしにめしてすくれたるこゑのかきりいたしてかへり声になる夜のふけ 行まゝに物のしらへともなつかしくかはりてあをやきあそひ給ほとけにねくら" }, { "vol": 34, "page": 1057, "text": "のうくひすおとろきぬへくいみしくおもしろしわたくしことのさまにしなし給 てろくなといときやうさくにまうけられたりけりあか月にかんの君かへり給御 をくり物なとありけりかうよをすつるやうにてあかしくらす程にとし月のゆく ゑもしらすかほなるをかうかそへしらせ給へるにつけては心ほそくなん時〱 はおひやまさるとみたまひくらへよかしかくふるめかしき身の所せさにおもふ にしたかひてたいめんなきもいとくちおしくなんなときこえ給てあはれにもお かしくも思いてきこえ給ことなきにしもあらねは中〱ほのかにてかくいそき わたり給をいとあかすくちおしくそおほされけるかむの君もまことのおやをは さるへき契はかりに思きこえ給てありかたくこまかなりし御心はえをとし月に そへてかく世にすみはて給につけてもをろかならす思ひきこえ給けりかくてき さらきの十よ日に朱雀院のひめ宮六条院へわたり給この院にも御心まうけよの つねならすわかなまいりしにしのはなちいてに御丁たてゝそなたの一二のたい わた殿かけて女房のつほね〱まてこまかにしつらひみかゝせ給へりうちにま いり給人のさほうをまねひてかの院よりも御てうとなとはこはるわたり給きし" }, { "vol": 34, "page": 1058, "text": "きいへはさらなり御をくりにかむたちめなとあまたまいり給かのけいしのそみ 給し大納言もやすからす思なからさふらひ給御車よせたる所に院わたり給てお ろしたてまつり給なともれいにはたかひたる事とも也たゝ人におはすれはよろ つの事かきりありて内まいりにもにすむこのおほ君といはんにもことたかひて めつらしき御なかのあはひともになん三日かほとかの院よりもあるしの院かた よりもいかめしくめつらしきみやひをつくし給たいのうへもことにふれてたゝ にもおほされぬ世のありさまなりけにかゝるにつけてこよなく人にをとりけた るゝ事もあるましけれと又ならふ人なくならひ給てはなやかにおひさきとをく あなつりにくきけはひにてうつろひ給へるになまはしたなくおほさるれとつれ なくのみもてなして御わたりの程ももろ心にはかなきこともしいて給ていとら うたけなる御ありさまをいとゝありかたしと思きこえ給ひめ宮はけにまたいと ちいさくかたなりにおはするうちにもいといはけなきけしきしてひたみちにわ かひ給へりかのむらさきのゆかりたつねとり給へりしおりおほしいつるにかれ はされていふかひありしをこれはいといはけなくのみみえ給へはよかめりにく" }, { "vol": 34, "page": 1059, "text": "けにをしたちたることなとはあるましかめりとおほす物からいとあまり物のは へなき御さまかなとみたてまつり給三日か程はよかれなくわたり給をとしころ さもならひ給はぬ心ちにしのふれと猶ものあはれなり御そともなといよ〱た きしめさせ給ものからうちなかめてものし給けしきいみしくらうたけにおかし なとてよろつの事ありとも又人をはならへてみるへきそあた〱しく心よはく なりをきにける我をこたりにかゝる事もいてくるそかしわかけれと中納言をは えおほしかけすなりぬめりしをとわれなからつらくおほしつゝくるに涙くまれ てこよひはかりはことはりとゆるし給てんなこれよりのちのとたえあらむこそ 身なからも心つきなかるへけれまたさりとてかの院にきこしめさんことよと思 ひみたれ給へる御心のうちくるしけなりすこしほゝえみて身つからの御心なか らたにえさため給ましかなるをましてことはりもなにもいつこにとまるへきに かといふかひなけにとりなし給へはゝつかしうさへおほえ給てつらつえをつき 給てよりふし給へれは女君すゝりをひきよせて めにちかくうつれはかはる世の中を行すゑとをくたのみけるかなふること" }, { "vol": 34, "page": 1060, "text": "なとかきませ給をとりてみ給てはかなきことなれとけにとことはりにて 命こそたゆともたえめさためなきよのつねならぬ中の契をとみにもえわた り給はぬをいとかたはらいたきわさかなとそゝのかしきこえたまへはなよゝか におかしきほとにえならすにほひてわたり給をみいたし給もいとたゝにはあら すかしとしころさもやあらむと思しことゝももいまはとのみもてはなれ給つゝ さらはかくこそはとうちとけ行すゑにあり〱てかく世のきゝみゝもなのめな らぬ事のいてきぬるよ思さたむへき世のありさまにもあらさりけれはいまより のちもうしろめたくそおほしなりぬるさこそつれなくまきらはし給へとさふら ふ人〻もおもはすなる世なりやあまたものし給やうなれといつかたもみなこな たの御けはひにはかたさりはゝかるさまにてすくし給へはこそ事なくなたらか にもあれおしたちてかはかりなるありさまにけたれてもえすくし給まし又さり とてはかなきことにつけてもやすからぬ事のあらむおり〱かならすわつらは しきことともいてきなむかしなとをのかしゝうちかたらひなけかしけなるをつ ゆもみしらぬやうにいとけはひおかしく物かたりなとし給つゝ夜ふくるまてお" }, { "vol": 34, "page": 1061, "text": "はすかう人のたゝならすいひ思たるもきゝにくしとおほしてかくこれかれあま たものし給めれと御心にかなひていまめかしくすくれたるきはにもあらすとめ なれてさう〱しくおほしたりつるにこの宮のかくわたり給へるこそめやすけ れ猶わらは心のうせぬにやあらむ我もむつひてきこえてあらまほしきをあいな くへたてあるさまに人〻やとりなさむとすらんひとしき程をとりさまなと思ふ 人にこそたゝならすみゝたつこともをのつからいてくるわさなれかたしけなく 心くるしき御ことなめれはいかて心をかれたてまつらしとなむ思なとの給へは なかつかさ中将の君なとやうの人〻めをくはせつゝあまりなる御思やりかなな といふへしむかしはたゝならぬさまにつかひならし給し人ともなれとゝしころ はこの御方にさふらひてみな心よせきこえたるなめりこと御かた〱よりもい かにおほすらむもとより思はなれたる人〻は中〱心やすきをなとおもむけつ ゝとふらひきこえ給もあるをかくおしはかる人こそなか〱くるしけれ世中も いとつねなきものをなとてかさのみは思なやまむなとおほすあまりひさしきよ ひゐもれいならす人やとかめんと心のおにゝおほして入給ぬれは御ふすままい" }, { "vol": 34, "page": 1062, "text": "りぬれとけにかたはらさひしきよな〱へにけるも猶たゝならぬ心地すれとか のすまの御わかれのおりなとをおほしいつれはいまはとかけはなれ給てもたゝ おなし世のうちにきゝたてまつらましかはと我身まてのことはうちをきあたら しくかなしかりしありさまそかしさてそのまきれに我も人もいのちたえすなり なましかはいふかひあらまし世かはとおほしなをす風うち吹たる夜のけはひひ やゝかにてふともねいられ給はぬをちかくさふらふ人〻あやしとやきかむとう ちもみしろき給はぬも猶いとくるしけなりよふかきとりのこゑのきこえたるも ものあはれなりわさとつらしとにはあらねとかやうに思みたれ給ふけにやかの 御ゆめにみえ給けれはうちおとろき給ていかにと心さはかし給にとりのねまち いて給へれは夜ふかきもしらすかほにいそきいて給いといはけなき御ありさま なれはめのとたちゝかくさふらひけりつまとおしあけていて給をみたてまつり をくるあけくれの空に雪のひかりみえておほつかなしなこりまてとまれる御に ほひやみはあやなしとひとりこたる雪はところ〱きえのこりたるかいとしろ き庭のふとけちめみえわかれぬほとなるになをのこれる雪としのひやかにくち" }, { "vol": 34, "page": 1063, "text": "すさみ給つゝみかうしうちたゝき給もひさしくかゝることなかりつるならひに 人〻もそらねをしつゝやゝまたせたてまつりてひきあけたりこよなくひさしか りつるに身もひえにけるはをちきこゆる心のをろかならぬにこそあめれさるは つみもなしやとて御そひきやりなとし給にすこしぬれたる御ひとへの袖をひき かくしてうらもなくなつかしき物からうちとけてはたあらぬ御よういなといと はつかしけにおかしかきりなき人ときこゆれとかたかめるよをとおほしくらへ らるよろついにしへのことをおほしいてつゝとけかたき御けしきをうらみきこ え給てその日はくらし給へれはえわたりたまはてしんてんには御せうそこをき こえ給けさの雪に心ちあやまりていとなやましく侍れは心やすき方にためらひ 侍とあり御めのとさきこえさせ侍ぬとはかりことはにきこえたりことなる事な の御返やとおほす院にきこしめさんこともいとをしこのころはかりつくろはん とおほせとえさもあらぬをさは思し事そかしあなくるしと身つからおもひつゝ け給女君も思やりなき御心かなとくるしかり給けさはれいのやうにおほとのこ もりおきさせ給て宮の御かたに御ふみたてまつれ給ことにはつかしけもなき御" }, { "vol": 34, "page": 1064, "text": "さまなれと御ふてなとひきつくろひてしろきかみに なかみちをへたつるほとはなけれとも心みたるゝけさのあは雪むめにつけ 給へり人めしてにしのわた殿よりたてまつらせよとの給やかてみいたしてはし ちかくおはしますしろき御そともをき給て花をまさくり給つゝともまつ雪のほ のかにのこれるうへにうちちりそふそらをなかめ給へりうくひすのわかやかに ちかきこうはいのすゑにうちなきたるを袖こそにほへと花をひきかくしてみす おしあけてなかめ給へるさまゆめにもかゝる人のおやにてをもきくらゐとみえ 給はすわかうなまめかしき御さまなり御かへりすこし程ふる心ちすれはいり給 て女君に花みせたてまつり給はなといはゝかくこそにほはまほしけれなさくら にうつしては又ちりはかりも心わくるかたなくやあらましなとの給これもあま たうつろはぬほとめとまるにやあらむはなのさかりにならへてみはやなとの給 に御返ありくれなゐのうすやうにあさやかにをしつゝまれたるをむねつふれて 御てのいとわかきをしはしみせたてまつらてあらはやへたつとはなけれとあは 〱しきやうならんは人のほとかたしけなしとおほすにひきかくし給はんも心" }, { "vol": 34, "page": 1065, "text": "をき給へけれはかたそはひろけ給へるをしりめにみをこせてそひふし給へり はかなくてうはのそらにそきえぬへき風にたゝよふ春のあは雪御てけにい とわかくをさなけなりさはかりの程になりぬる人はいとかくはをはせぬ物をと めとまれとみぬやうにまきらはしてやみ給ぬこと人のうへならはさこそあれな とはしのひてきこえ給へけれといとおしくてたゝ心やすくを思なし給へとのみ きこえ給けふは宮の御方にひるわたり給心ことにうちけさうし給へる御ありさ ま今みたてまつる女房なとはましてみるかひありと思きこゆらむかしおほんめ のとなとやうのおいしらへる人〻そいてやこの御ありさまひと所こそめてたけ れめさましきことはありなむかしとうちませて思ふもありける女宮はいとらう たけにおさなきさまにて御しつらひなとのこと〱しくよたけくうるはしきに 身つからはなに心もなくものはかなき御程にていと御そかちに身もなくあえか なりことにはちなともし給はすたゝちこのおもきらひせぬ心ちして心やすくう つくしきさまし給へり院のみかとはをゝしくすくよかなるかたの御さえなとこ そ心もとなくおはしますと世人思ためれをかしきすちになまめきゆへゆへしき" }, { "vol": 34, "page": 1066, "text": "かたは人にまさり給へるをなとてかくおひらかにおほしたて給ひけんさるはい と御心とゝめ給へるみこときゝしをと思もなまくちおしけれとにくからすみた てまつり給たゝきこえ給ふまゝになよ〱となひき給て御いらへなとをもおほ え給けることはいはけなくうちの給いてゝえみはなたすみえ給むかしの心なら ましかはうたて心をとりせましをいまは世中をみなさま〱に思なたらめてと あるもかゝるもきはゝなるゝことはかたき物なりけりとり〱にこそおほうは ありけれよその思ひはいとあらまほしき程なりかしとおほすにさしならひめか れすみたてまつり給へるとしころよりもたいのうへの御ありさまそなをありか たくわれなからもおほしたてけりとおほす一夜のほとあしたのまもこひしくお ほつかなくいとゝしき御心さしのまさるをなとかくおほゆらんとゆゝしきまて なむ院のみかとは月のうちにみてらにうつろひ給ぬこのゐんにあはれなる御せ うそこともきこえ給ひめ宮の御ことはさらなりわつらはしくいかにきく所やな とはゝかり給ことなくてともかくもたゝ御心にかけてもてなし給へくそたひ 〱きこえ給けるされとあはれにうしろめたくをさなくおはするを思きこえ給" }, { "vol": 34, "page": 1067, "text": "けりむらさきのうへにも御せうそこゝとにありをさなき人の心ちなきさまにて うつろひものすらむをつみなくおほしゆるしてうしろみたまへたつね給へきゆ へもやあらむとそ そむきにしこの世にのこるこゝろこそいる山みちのほたしなりけれやみを えはるけてきこゆるもおこかましくやとありおとゝもみ給てあはれなる御せう そこをかしこまりきこえ給へとて御使にも女房してかはらけさしいてさせ給て しゐさせ給御かへりはいかゝなときこえにくゝおほしたれとこと〱しくおも しろかるへきおりのことならねはたゝこゝろをのへて そむくよのうしろめたくはさりかたきほたしをしゐてかけなはなれそなと やうにそあめりし女のさうそくにほそなかそへてかつけ給御てなとのいとめて たきを院御覧してなに事もいとはつかしけなめるあたりにいはけなくてみえ給 らむ事いと心くるしうおほしたりいまはとて女御更衣たちなとをのかしゝわか れ給ふもあはれなることなむおほかりける内侍のかむの君はこきさいの宮のお はしましし二条の宮にそすみ給ひめみやの御ことををきてはこの御ことをなむ" }, { "vol": 34, "page": 1068, "text": "かへりみかちにみかともおほしたりけるあまになりなんとおほしたれとかゝる きほひにはしたふやうに心あはたたしといさめ給てやう〱仏の御ことなとい そかせ給六条のおとゝはあはれにあかすのみおほしてやみにし御あたりなれは としころもわすれかたくいかならむおりにたいめあらむいま一たひあひみてそ のよのこともきこえまほしくのみおほしわたるをかたみに世のきゝみゝもはゝ かり給へき身のほとにいとおしけなりしよのさはきなともおほしいてらるれは よろつにつゝみすくし給けるをかうのとやかになり給て世中をおもひしつまり 給らむころほひの御ありさまいよいよゆかしく心もとなけれはあるましき事と はおほしなからおほかたの御とふらひにことつけてあはれなるさまにつねにき こえ給わか〱しかるへき御あはひならねは御かへりもとき〱につけてきこ えかはし給ふむかしよりもこよなくうちくしとゝのひはてにたる御けはひをみ 給にも猶しのひかたくてむかしの中納言の君のもとにも心ふかき事ともをつね にの給ふかの人のせうとなるいつみのさきのかみをめしよせてわか〱しくい にしへにかへりてかたらひ給人つてならてものこしにきこえしらすへきことな" }, { "vol": 34, "page": 1069, "text": "んあるさりぬへくきこえなひかしていみしくしのひてまいらむいまはさやうの ありきもところせき身の程におほろけならすしのふれはそこにも又人にはもら し給はしとおもふにかたみにこゝろやすくなんなとの給かむの君いてやよのな かを思しるにつけてもむかしよりつらき御心をこゝら思つめつるとしころのは てにあはれにかなしき御ことをさしをきていかなるむかしかたりをかきこえむ けに人はもりきかぬやうありとも心のとはんこそいとはつかしかるへけれとう ちなけき給つゝなをさらにあるましきよしをのみきこゆいにしへわりなかりし 世にたに心かはし給はぬ事にもあらさりしをけにそむき給ぬる御ためうしろめ たきやうにはあれとあらさりし事にもあらねはいましもけさやかにきよまはり てたちにし我名いまさらにとりかへし給へきにやとおほしをこしてこのしのた のもりをみちのしるへにてまうて給女君にはひんかしの院にものするひたちの 君のひころわつらひてひさしくなりにけるを物さはかしきまきれにとふらはね はいとおしくてなんひるなとけさやかにわたらむもひんなきをよのまにしのひ てとなん思侍る人にもかくともしらせしときこえ給ていといたく心けさうし給" }, { "vol": 34, "page": 1070, "text": "をれいはさしもみえ給はぬあたりをあやしとみ給て思あはせ給事もあれとひめ 宮の御ことののちはなにこともいとすきぬるかたのやうにはあらすすこしへた つる心そひてみしらぬやうにておはすその日はしん殿へもわたり給はて御ふみ かきかはし給たき物なとに心をいれてくらし給ふよひすくしてむつましき人の かきり四五人はかりあしろくるまのむかしおほえてやつれたるにていて給いつ みのかみして御せうそこきこえ給かくわたりおはしましたるよしさゝめきゝこ ゆれはおとろき給てあやしくいかやうにきこえたるにかとむつかり給へとおか しやかにてかへしたてまつらむにいとひんなう侍らむとてあなかちに思めくら していれたてまつる御とふらひなときこえ給てたゝこゝもとに物こしにてもさ らにむかしのあるましき心なとはのこらすなりにけるをとわりなくきこえたま へはいたくなけく〱ゐさりいて給へりされはよ猶けちかさはとかつおほさる かたみにおほろけならぬ御みしろきなれはあはれもすくなからすひんかしのた いなりけりたつみのかたのひさしにすゑたてまつりてみさうしのしりはかため たれはいとわかやかなる心ちもするかなとし月のつもりをもまきれなくかそへ" }, { "vol": 34, "page": 1071, "text": "らるゝこゝろならひにかくおほめかしきはいみしうつらくこそとうらみきこえ 給夜いたくふけ行たまもにあそふをしのこゑ〱なとあはれにきこえてしめ 〱と人めすくなき宮のうちのありさまもさもうつり行世哉とおほしつゝくる に平中かまねならねとまことに涙もろになんむかしにかはりておとなおとなし くはきこえ給ものからこれをかくてやとひきうこかしたまふ とし月を中にへたてゝあふさかのさもせきかたくおつる涙か女 なみたのみせきとめかたきしみつにて行あふみちはゝやくたえにきなとか けはなれきこえ給へといにしへをおほしいつるもたれによりおほうはさるいみ しきこともありし世のさはきそはと思いて給にけにいま一たひのたいめむはあ りもすへかりけりとおほしよはるももとよりつしやかなる所はおはせさりし人 のとしころはさま〱に世中を思しりきしかたをくやしくおほやけわたくしの 事にふれつゝかすもなくおほしあつめていといたくすくし給にたれとむかしお ほえたる御たいめんにそのよの事もとをからぬ心地してえ心つよくもゝてなし 給はすなをらう〱しくわかうなつかしくてひとかたならぬ世のつゝましさを" }, { "vol": 34, "page": 1072, "text": "もあはれをも思みたれてなけきかちにてものし給けしきなといまはしめたらむ よりもめつらしくあはれにてあけ行もいとくちおしくていてたまはんそらもな しあさほらけのたゝならぬ空にもゝちとりのこゑもいとうらゝかなり花はみな ちりすきてなこりかすめるこすゑのあさみとりなるこたちむかしふちのえむし 給しこのころの事なりけんかしとおほしいつるとし月のつもりにけるほともそ のおりの事かきつゝけあはれにおほさる中納言の君みたてまつりをくるとてつ まとおしあけたるにたちかへり給てこのふちよいかにそめけむいろにかなをえ ならぬ心そふにほひにこそいかてかこのかけをはたちはなるへきとわりなくい てかてにおほしやすらひたり山きはよりさしいつる日のはなやかなるにさしあ ひめもかゝやく心ちする御さまのこよなくねひくはゝり給へる御けはひなとを めつらしくほとへてもみたてまつるはましてよのつねならすおほゆれはさるか たにてもなとかみたてまつりすくし給はさらむ御宮つかへにもかきりありてき はことにはなれ給事もなかりしをこ宮のよろつに心をつくしたまひよからぬ世 のさはきにかる〱しき御名さへひゝきてやみにしよなと思いてらるなこりお" }, { "vol": 34, "page": 1073, "text": "ほくのこりぬらん御物かたりのとちめはけにのこりあらせまほしきわさなめる を御身を心にえまかせ給ましくこゝらの人めもいとおそろしくつゝましけれは やう〱さしあかり行に心あはたゝしくてらうのとに御車さしよせたる人〻も しのひてこはつくりきこゆ人めしてかのさきかゝりたるはなひとえたおらせ給 へり しつみしもわすれぬものをこりすまに身もなけつへきやとの藤なみいとい たくおほしわつらひてよりゐ給へるを心くるしうみたてまつる女君もいまさら にいとつゝましくさま〱に思みたれ給へるに花のかけは猶なつかしくて 身をなけんふちもまことのふちならてかけしやさらにこりすまの浪いとわ かやかなる御ふるまひを心なからもゆるさぬことにおほしなからせきもりのか たからぬたゆみにやいとよくかたらひをきていて給そのかみも人よりこよなく 心とゝめて思ふ給へりし御心さしなからはつかにてやみにし御なからひにはい かてかはあはれもすくなからむいみしくしのひいり給へるおほんねくたれのさ まをまちうけて女君さはかりならむと心え給へれとおほめかしくもてなしてお" }, { "vol": 34, "page": 1074, "text": "はす中〱うちふすへなとし給へらむよりも心くるしくなとかくしもみはなち 給つらむとおほさるれはありしよりけにふかき契をのみなかき世をかけてきこ え給かんの君の御事又もらすへきならねといにしへのこともしり給へれはまほ にはあらねとものこしにはつかなりつるたいめなんのこりある心ちするいかて 人めとかめあるましくもてかくしていまひとたひもとかたらひきこえ給うちわ らひていまめかしくもなりかへる御ありさまかなむかしをいまにあらためくは へ給ほとなかそらなる身のためくるしくとてさすかに涙くみ給へるまみのいと らうたけにみゆるにかう心やすからぬ御けしきこそくるしけれたゝおひらかに ひきつみなとしてをしへ給へへたてあるへくもならはしきこえぬをおもはすに こそなりにける御心なれとてよろつに御心とり給程になに事もえのこし給はす なりぬめり宮の御方にもとみにえわたりたまはすこしらへきこえつゝおはしま すひめ宮はなにともおほしたらぬを御うしろみともそやすからすきこえけるわ つらはしうなとみえ給けしきならはそなたもまして心くるしかるへきをおいら かにうつくしきもてあそひくさに思きこえ給へりきりつほの御方はうちはええ" }, { "vol": 34, "page": 1075, "text": "まかてたまはす御いとまのありかたけれは心やすくならひ給へるわかき御心に いとくるしくのみおほしたり夏ころなやましくし給をとみにもゆるしきこえた まはねはいとわりなしとおほすめつらしきさまの御こゝちにそありけるまたい とあえかなるおほむほとにいとゆゝしくそたれも〱おほすらむかしからうし てまかて給へりひめ宮のおはしますおとゝのひんかしおもてに御方はしつらひ たりあかしの御かたいまは御身にそひていていり給もあらまほしき御すくせな りかしたいのうへこなたにわたりてたいめし給ついてにひめ宮にもなかのとあ けてきこえんかねてよりもさやうに思しかとついてなきにはつゝましきをかゝ るおりにきこえなれなは心やすくなんあるへきとおとゝにきこえ給へはうちゑ みて思やうなるへき御かたらひにこそはあなれいとをさなけにものし給めるを うしろやすくをしへなし給へかしとゆるしきこえ給宮よりもあかしの君のはつ かしけにてましらむをおほせは御くしすましひきつくろひておはするたくひあ らしとみえ給へりおとゝは宮の御方にわたり給てゆふかたかのたいに侍人のし けいさにたいめんせんとていてたつそのついてにちかつききこえさせまほしけ" }, { "vol": 34, "page": 1076, "text": "に物すめるをゆるしてかたらひ給へ心なとはいとよき人なりまたわか〱しく て御あそひかたきにもつきなからすなんなときこえ給はつかしうこそはあらめ なにことをかきこえんとおひらかにの給人のいらへはことにしたかひてこそは おほしいてめへたてをきてもてなし給そとこまかにをしへきこえ給御なかうる はしくてすくし給へとおほすあまりになに心もなき御ありさまをみあらはされ んもはつかしくあちきなけれとさのたまはんを心へたてんもあいなしとおほす なりけりたいにはかくいてたちなとし給ものからわれよりかみの人やはあるへ き身のほとなるものはかなきさまをみえをきたてまつりたるはかりこそあらめ なと思つゝけられてうちなかめ給てならひなとするにもをのつからふることも ものおもはしきすちにのみかゝるゝをさらは我身には思ふことありけりと身な からそおほししらるゝ院わたり給て宮女御の君なとのおほんさまともをうつく しうもおはするかなとさま〱みたてまつり給へる御めうつしにはとしころめ なれ給へる人のおほろけならむかいとかくおとろかるへきにもあらぬを猶たく ひなくこそはとみ給ありかたき事なりかしあるへきかきりけたかうはつかしけ" }, { "vol": 34, "page": 1077, "text": "にとゝのひたるにそひてはなやかにいまめかしくにほひなまめきたるさま〱 のかほりもとりあつめゝてたきさかりにみえ給ふこそよりことしはまさりきの ふよりけふはめつらしくつねにめなれぬさまのし給へるをいかてかくしもあり けんとおほすうちとけたりつる御てならひをすゝりのしたにさしいれ給へれと みつけ給ひてひきかへしみ給てなとのいとわさとも上手とみえてらう〱しく うつくしけにかき給へり 身にちかく秋やきぬらんみるまゝにあを葉の山もうつろひにけりとある所 にめとゝめ給て 水鳥のあをははいろもかはらぬを萩のしたこそけしきことなれなとかきそ へつゝすさひ給ことにふれて心くるしき御けしきのしたにはをのつからもりつ ゝみゆるをことなくけち給へるもありかたくあはれにおほさるこよひはいつか たにも御いとまありぬへけれはかのしのひ所にいとわりなくていて給にけりい とあるましきことといみしくおほしかへすにもかなはさりけり東宮の御方はし ちのはゝ君よりもこの御かたをはむつましき物にたのみきこえ給へりいとうつ" }, { "vol": 34, "page": 1078, "text": "くしけにをとなひまさり給へるを思へたてすかなしとみたてまつり給御ものか たりなといとなつかしくきこえかはし給てなかのとあけて宮にもたいめし給へ りいとをさなけにのみみえ給へは心やすくておとな〱しくおやめきたるさま にむかしの御すちをもたつねきこえ給ふ中納言のめのとゝいふめしいてゝおな しかさしをたつねきこゆれはかたしけなけれとわかぬさまにきこえさすれとつ いてなくて侍つるをいまよりはうとからすあなたなとにもゝのし給てをこたら むことはおとろかしなともものし給はんなんうれしかるへきなとのたまへはた のもしき御かけともにさま〱にをくれきこえ給て心ほそけにおはしますめる をかゝる御ゆるしのはへめれはますことなくなんおもふ給へられけるそむき給 にしうへの御心むけもたゝかくなん御心へたてきこえ給はすまたいはけなき御 ありさまをもはくゝみたてまつらせ給へくそはへめりしうちうちにもさなんた のみきこえさせ給しなときこゆいとかたしけなかりし御せうそこのゝちはいか てとのみ思侍れとなに事につけても数ならぬ身なむくちおしかりけるとやすら かにをとなひたるけはひにて宮にも御心につき給へくゑなとの事ひいなのすて" }, { "vol": 34, "page": 1079, "text": "かたきさまわかやかにきこえ給へはけにいとわかく心よけなる人かなとをさな き御心ちにはうちとけ給へりさてのちはつねに御ふみかよひなとしておかしき あそひわさなとにつけてもうとからすきこえかはし給世の中の人もあいなうか はかりになりぬるあたりの事はいひあつかふものなれはゝしめつかたはたいの うへいかにおほすらむ御おほえいとこのとしころのやうにはおはせしすこしは をとりなんなといひけるをいますこしふかき御心さしかくてしもまさるさまな るをそれにつけても又やすからすいふ人〻あるにかくにくけなくさへきこえか はし給へはことなをりてめやすくなむありける神な月にたいのうへ院の御賀に さかのゝみたうにて薬師ほとけくやうしたてまつり給いかめしきことはせちに いさめ申給へはしのひやかにとおほしをきてたりほとけ経はこちすのとゝのへ まことのこくらく思やらるさいそわう経こんかうはむにや寿命経なといとゆた けき御いのりなりかんたちめいとおほくまいり給へり御たうのさまおもしろく いはむかたなくもみちのかけわけ行野へのほとよりはしめて見物なるにかたへ はきほひあつまり給なるへししもかれわたれる野はらのまゝにむまくるまの行" }, { "vol": 34, "page": 1080, "text": "ちかふをとしけくひゝきたり御すきやうわれも〱と御かた〱いかめしくせ させ給ふ廿三日を御としみの日にてこの院はかくすきまなくつとひ給へるうち に我御わたくしのとのとおほす二条院にてその御まうけせさせ給御さうそくを はしめおほかたの御事ともゝみなこなたにのみし給御かた〱もさるへき事と もわけつゝのそみつかうまつり給たいともは人のつほね〱にしたるをはらひ て殿上人諸大夫院司しも人まてのまうけいかめしくせさせ給へりしん殿のはな ちいてをれいのしつらひにてらてんのいしたてたりおとゝのにしのまに御その つくゑ十二たてゝ夏冬の御よそひ御ふすまなとれいのことくむらさきのあやの おほいともうるはしくみえわたりてうちの心はあらはならす御前にをきものゝ つくえふたつからの地のすそこのおほゐしたりかさしのたいはちんのくゑそく こかねのとりしろかねの枝にゐたる心はえなとしけいさの御あつかりにてあか しの御方のせさせ給へるゆへふかく心ことなりうしろの御屏風四帖は式部卿宮 なむせさせ給けるいみしくつくしてれいの四季のゑなれとめつらしきせんすい たんなとめなれすおもしろし北のかへにそへてをき物のみつしふたよろひたて" }, { "vol": 34, "page": 1081, "text": "ゝ御てうとゝもれいのことなりみなみのひさしにかむたちめ左右の大臣式部卿 宮をはしめたてまつりてつき〱はましてまいり給はぬ人なしふたいの左右に 楽人のひらはりうちてにしひんかしにとんしき八十くろくのからひつ四十つら つゝけてたてたりひつしの時はかりに楽人まいる万歳楽皇上なとまいて日くれ かゝるほとにこまのらんしやうしてらくそんまいゝてたるほと猶つねのめなれ ぬ舞のさまなれはまひはつる程に権中納言衛門督おりていりあやをほのかにま ひて紅葉のかけに入ぬるなこりあかすけうありと人〻おほしたりいにしへの朱 雀院の行幸に青海波のいみしかりしゆふへ思いて給人〻は権中納言衛門督又お とらすたちつゝき給にけるよゝのおほえ有さまかたちよういなともおさ〱を とらすつかさくらゐはやゝすすみてさへこそなとよはひの程をもかそへてなを さるへきにてむかしよりかくたちつゝきたる御なからひなりけりとめてたくお もふあるしの院もあはれに涙くましくおほしいてらるゝ事ともおほかり夜にい りて楽人ともまかりいつ北のまん所の別富とも人〻ひきいてろくのからひつに よりて一つゝとりてつきつきたまふしろき物ともをしなしなかつきて山きはよ" }, { "vol": 34, "page": 1082, "text": "りいけのつゝみすくるほとのよそめはちとせをかねてあそふつるのけころもに 思まかへらる御あそひはしまりて又いとおもしろし御ことゝもは春宮よりそと ゝのへさせ給ける朱雀院よりわたりまいれるひはきん内よりたまはり給へるさ うの御ことなとみなむかしおほえたるものゝねともにてめつらしくかきあはせ 給へるになにのをりにもすきにしかたの御ありさまうちわたりなとおほしいて らる故入道の宮おはせましかはかゝる御賀なとわれこそすゝみつかうまつらま しかなに事につけてかは心さしもみえたてまつりけんとあかすくちおしくのみ 思いてきこえ給ふ内にもこ宮のおはしまさぬことをなにことにもはえなくさう 〱しくおほさるゝにこの院の御ことをたにれいのあとあるさまのかしこまり をつくしてもえみせたてまつらぬをよとゝもにあかぬ心地し給もことしは此御 賀にことつけてみゆきなともあるへくおほしをきてけれと世中のわつらひなら むことさらにせさせ給ましくなんといなひ申給ことたひ〱になりぬれはくち おしくおほしとまりぬしはすの廿日あまりの程に中宮まかてさせ給てことしの ゝこりの御いのりにならの京の七大寺に御す行のぬの四千たんこのちかきみや" }, { "vol": 34, "page": 1083, "text": "この四十寺にきぬ四百疋をわかちてせさせ給ありかたき御はくゝみをおほしし りなからなに事につけてかはふかき御心さしをもあらはし御覧せさせ給はんと てちゝ宮はゝみやす所のおはせまし御ための心さしをもとりそへおほすにかく あなかちにおほやけにもきこえかへさせ給へは事ともおほくとゝめさせ給つ四 十の賀といふことはさき〱をきゝ侍にものこりのよはひひさしきためしなん すくなかりけるをこのたひは猶世のひゝきとゝめさせ給てまことにのちにたら ん事をかそへさせ給へとありけれとおほやけさまにて猶いといかめしくなんあ りける宮のおはしますまちのしんてんに御しつらひなとしてさき〱にことか はらすかむたちめのろくなと大きやうになすらへて御子たちにはことに女のさ うそく非参議の四位まうちきんたちなとたゝの殿上人にはしろきほそなかひと かさねこしさしなとまてつき〱に給ふさうそくかきりなくきよらをつくして 名たかきおひ御はかしなと故前坊の御方さまにてつたはりまいりたるも又あは れになんふるきよの一の物と名あるかきりはみなつとひまいる御賀になんあめ るむかし物かたりにもものえさせたるをかしこきことにはかそへつゝけためれ" }, { "vol": 34, "page": 1084, "text": "といとうるさくてこちたき御なからひのことゝもはえそかそへあえはへらぬや 内にはおほしそめてしことゝもをむけにやはとて中納言にそつけさせ給てける そのころの右大将やまゐしてしし給けるをこの中納言に御賀の程よろこひくは へんとおほしめしてにはかになさせ給つ院もよろこひきこえさせ給ふものから いとかくにはかにあまるよろこひをなむいちはやき心ちし侍とひけし申給うし とらのまちに御しつらひまうけ給てかくろへたるやうにしなし給へれとけふは なをはたことにきしきまさりて所〻のきやうなともくらつかさこくさう院より つかうまつらせ給へりとんしきなとおほやけさまにて頭中将せむしうけ給てみ こたち五人左右おとゝ大納言ふたり中納言三人宰相五人殿上人はれいの内東宮 院のこるすくなしおまし御てうとゝもなとはおほきおとゝくはしくうけ給はり てつかうまつらせ給へりけふはおほせ事ありてわたりまいり給へり院もいとか しこくおとろき申給て御座につき給ぬもやの御座にむかへておとゝの御座あり いときよらにもの〱しくふとりてこのおとゝそいまさかりのしうとくとはみ え給へるあるしの院は猶いとわかき源氏の君にみえ給御ひやう風四帖にうちの" }, { "vol": 34, "page": 1085, "text": "御てかゝせ給へるからのあやのうすたんにしたゑのさまなとおろかならむやは おもしろき春秋のつくりゑなとよりもこの御屏風のすみつきのかゝやくさまは めもをよはす思なしさへめてたくなむありけるをきものゝみつしひきものふき ものなと蔵人所よりたまはり給へり大将の御いきをひもいといかめしくなりた まひにたれはうちそへてけふのさほういとことなり御むま四十疋左右のむまつ かさ六衛府の官人かみよりつき〱にひきとゝのふるほとひくれはてぬれいの 万さい楽賀王恩なといふまひけしきはかりまひておとゝのわたり給へるにめつ らしくもてはやし給へる御あそひにみな人心をいれ給へりひはゝれいの兵部卿 宮なにことにも世にかたき物の上すにおはしていとになしおまへにきんの御こ とおとゝわこんひき給としころそひ給にける御みゝのきゝなしにやいというに あはれにおほさるれはきんも御ておさ〱かくしたまはすいみしきねともいつ むかしの御ものかたりともなといてきていまはたかゝる御なからひにいつかた につけてもきこえかよひ給へき御むつひなと心よくきこえ給て御みきあまたた ひまいりて物のおもしろさもとゝこほりなく御ゑいなきともえとゝめ給はす御" }, { "vol": 34, "page": 1086, "text": "をくり物にすくれたるわこんひとつこのみ給こまふえそへてしたんのはこひと よろひにからの本ともこゝのさうの本なといれて御くるまにをひてたてまつれ 給御馬ともむかへとりて右つかさともこまのかくしてのゝしるろくゑふの官人 のろくとも大将給ふ御心とそき給ていかめしきことゝもはこのたひとゝめ給へ れと内東宮一院きさいの宮つきつきの御ゆかりいつくしきほといひしらすみえ にたることなれは猶かゝるおりにはめてたくなんおほえける大将のたゝひとゝ ころおはするをさう〱しくはえなき心ちせしかとあまたの人にすくれおほえ ことに人からもかたはらなきやうにものし給にもかのはゝ北の方の伊勢の宮す 所とのうらみふかくいとみかはし給けんほとの御すくせともの行すゑみえたる なむさま〱なりけるその日の御さうそくともなとこなたのうへなむし給ける ろくともおほかたの事をそ三条の北の方はいそき給めりしおりふしにつけたる 御いとなみうち〱の物のきよらをもこなたにはたゝよその事にのみきゝわた り給をなに事につけてかはかゝるもの〱しきかすにもましらひ給はましとお ほえたるを大将の君の御ゆかりにいとよくかすまへられ給へりとしかへりぬき" }, { "vol": 34, "page": 1087, "text": "りつほの御方ちかつきたまいぬるにより正月朔日より御すほうふたんにせさせ 給てら〱やしろ〱の御いのりはたかすもしらすおとゝの君ゆゝしきことを み給へてしかはかゝるほとの事はいとおそろしき物におほしゝみたるをたいの うへなとのさることし給はぬはくちおしくさう〱しき物からうれしくおほさ るゝにまたいとあえかなる御ほとにいかにおはせんとかねておほしさはくに二 月はかりよりあやしく御けしきかはりてなやみ給に御心ともさはくへしおんや うしともゝ所をかへてつゝしみ給ふへく申けれはほかのさしはなれたらむはお ほつかなしとてかのあかしの御まちのなかのたいにわたしたてまつり給ふこな たはたゝおほきなるたいふたつらうともなむめくりてありけるに御すほうのた んひまなくぬりていみしきけんさともつとひてのゝしるはゝ君此時に我御すく せもみゆへきわさなめれはいみしき心をつくし給かのおほあま君もいまはこよ なきほけ人にてそありけむかしこの御ありさまをみたてまつるはゆめの心ちし ていつしかとまいりちかつきなれたてまつるとしころはゝ君はかうそひさふら ひ給へとむかしのことなとまほにしもきこえしらせ給はさりけるをこのあま君" }, { "vol": 34, "page": 1088, "text": "よろこひにえたへてまいりてはいと涙かちにふるめかしき事ともをわなゝきい てつゝかたりきこゆはしめつかたはあやしくむつかしき人かなとうちまほり給 しかとかゝるひとありとはかりはほのきゝをき給へれはなつかしくもてなし給 へりむまれ給し程の事おとゝの君のかのうらにおはしましたりしありさまいま はとて京へのほり給しにたれも心をまとはしていまはかきりかはかりの契にこ そはありけれとなけきしをわか君のかくひきたすけ給へる御すくせのいみしく かなしきことゝほろ〱となけはけにあはれなりけるむかしの事をかくきかせ さらましかはおほつかなくてもすきぬへかりけりとおほしてうちなき給心のう ちには我身はけにうけはりていみしかるへきゝはにはあらさりけるをたいのう への御もてなしにみかゝれて人の思へるさまなともかたほにはあらぬなりけり 人をはまたなき物に思けちこよなき心おこりをはしつれ世の人はしたにいひい つるやうもありつらむかしなとおほししりはてぬはゝ君をはもとよりかくすこ しおほえくたれるすちとしりなからむまれ給けん程なとをはさる世はなれたる さかひにてなともしり給はさりけりいとあまりおほとき給へるけにこそはあや" }, { "vol": 34, "page": 1089, "text": "しくおほ〱しかりけることなりやかの入道のいまは仙人の世にもすまぬやう にてゐたなるをきゝ給も心くるしくなとかた〱に思みたれ給ぬいとものあは れになかめておはするに御方まいり給て日中の御かちにこなたかなたよりまい りつとひ物さはかしくのゝしるに御まへにこと人もさふらはすあま君ところえ ていとちかくさふらひ給あなみくるしやみしかき御木丁ひきよせてこそさふら ひ給はめ風なとさはかしくてをのつからほころひのひまもあらむにくすしなと やうのさましていとさかりすき給へりやなとなまかたはらいたく思給へりよし めきそしてふるまふはおほゆめれとももう〱にみゝもおほ〱しかりけれは あゝとかたふきてゐたりさまはいとさいふはかりにもあらすかし六十五六の程 なりあますかたいとかはらかにあてなるさましてめつやゝかになきはれたるけ しきのあやしくむかし思いてたるさまなれはむねうちつふれてこたいのひか事 ともや侍つらむよくこのよのほかなるやうなるひかおほえともにとりませつゝ あやしきむかしの事ともゝいてまうてきつらんはやゆめのこゝちこそし侍れと うちほゝえみてみたてまつり給へはいとなまめかしくきよらにてれいよりもい" }, { "vol": 34, "page": 1090, "text": "たくしつまり物おほしたるさまにみえ給我こともおほえたまはすかたしけなき にいとおしき事ともをきこえ給ておほしみたるゝにやいまはかはかりと御くら ゐをきはめ給はんよにきこえもしらせんとこそおもへくちおしくおほしすつへ きにはあらねといと〱おしく心をとりし給らんとおほゆ御かちはてゝまかて ぬるに御くた物なとちかくまかなひなしこれはかりをたにといと心くるしけに 思てきこえ給あま君はいとめてたうゝつくしうみたてまつるまゝにも涙はえと ゝめすかほはえみてくちつきなとはみくるしくひろこりたれとまみのわたりう ちしくれてひそみゐたりあなかたはらいたとめくはすれときゝもいれす おいのなみかひあるうらにたちいてゝしほたるゝあまをたれかとかめむむ かしの世にもかやうなるふる人はつみゆるされてなん侍けるときこゆ御すゝり なるかみに しほたるゝあまを浪路のしるへにてたつねもみはやはまのとまやを御かた もえしのひ給はてうちなき給ぬ よをすてゝあかしのうらにすむ人も心のやみはゝるけしもせしなときこえ" }, { "vol": 34, "page": 1091, "text": "まきらはし給わかれけんあか月のことも夢の中におほしいてられぬをくちおし くもありけるかなとおほすやよひの十よ日の程にたいらかにむまれ給ぬかねて はおとろ〱しくおほしさはきしかといたくなやみ給事なくておとこみこさへ おはすれはかきりなくおほすさまにておとゝも御心おちゐ給ぬこなたはかくれ のかたにてたゝけちかき程なるにいかめしき御うふやしなひなとのうちしきり ひゝきよそをしき有さまけにかひあるうらとあま君のためにはみえたれときし きなきやうなれはわたり給なむとすたいのうへもわたり給へりしろき御さうそ くし給て人のおやめきてわか宮をつといたきてゐ給へるさまいとおかし身つか らかゝることしり給はす人のうへにてもみならひ給はねはいとめつらかにうつ くしと思きこえ給へりむつかしけにおはする程をたえすいたきとり給へはまこ とのをは君はたゝまかせたてまつりて御ゆ殿のあつかひなとをつかうまつり給 春宮の宣旨なる内侍のすけそつかうまつる御むかへゆにおりたち給へるもいと あはれにうち〱の事もほのしりたるにすこしかたほならはいとおしからまし をあさましくけたかくけにかゝる契ことにものし給ける人かなとみきこゆこの" }, { "vol": 34, "page": 1092, "text": "程のきしきなともまねひたてんにいとさらなりや六日といふにれいのおとゝに わたり給ぬ七日の夜内よりも御うふやしなひの事あり朱雀院のかく世をすてお はします御かはりにや蔵人所より頭弁宣旨うけ給はりてめつらかなるさまにつ かうまつれりろくのきぬなと又中宮の御方よりもおほやけことにはたちまさり いかめしくせさせ給つき〱の御子たち大臣のいゑ〱そのころのいとなみに てわれも〱ときよらをつくしてつかうまつり給おとゝの君もこのほとの事と もはれいのやうにもことそかせ給はて世になくひゝきこちたき程にうち〱の なまめかしくこまかなる宮ひのまねひつたふへきふしはめもとまらすなりにけ りおとゝの君もわか宮をほとなくいたきたてまつり給ひて大将のあまたまうけ たなるをいまゝてみせぬかうらめしきにかくらうたき人をそえたてまつりたる とうつくしみきこえ給ふはことはりなりやひゝにものをひきのふるやうにおよ すけ給御めのとなと心しらぬはとみにめさてさふらふ中にしな心すくれたるか きりをえりてつかうまつらせ給御かたの御心をきてのらう〱しくけたかくお ほとかなる物のさるへきかたにはひけしてにくらかにもうけはらぬなとをほめ" }, { "vol": 34, "page": 1093, "text": "ぬ人なしたいのうへはまほならねとみえかはし給てさはかりゆるしなくおほし たりしかといまは宮の御とくにいとむつましくやむことなくおほしなりにたり ちこうつくしみし給御心にてあまかつなと御てつからつくりそゝくりおはすも いとわか〱しあけくれこの御かしつきにてすくし給かのこたいのあま君はわ か宮をえ心のとかにみたてまつらぬなんあかすおほえける中〱みたてまつり そめてこひきこゆるにそいのちもえたふましかめるかのあかしにもかゝる御こ とつたへきゝてさるひしり心ちにもいとうれしくおほえけれはいまなんこの世 のさかいを心やすくゆきはなるへきと弟子ともにいひてこのいへをはてらにな しあたりの田なとのやうの物はみなその寺の事にしをきてこの国のおくのこほ りに人もかよひかたくふかきやまあるをとしころもしめをきなからあしこにこ もりなむのち又人にはみえしらるへきにもあらすと思てたゝすこしのおほつか なき事のこりけれはいまゝてなからへけるをいまはさりともとほとけ神をたの み申てなむうつろひけるこのちかきとしころとなりては京にことなる事ならて 人もかよはしたてまつらさりつこれよりくたし給人はかりにつけてなむひとく" }, { "vol": 34, "page": 1094, "text": "たりにてもあま君さるへきおりふしの事もかよひける思ひはなるゝよのとちめ にふみかきて御かたにたてまつれ給へりこのとしころはおなし世中のうちにめ くらひ侍りつれとなにかはかくなから身をかへたるやうに思給へなしつゝさせ ることなきかきりはきこえうけ給はらすかなふみゝたまふるはめのいとまいり て念仏もけたいするやうにやくなうてなん御せうそこもたてまつらぬをつてに うけたまはれはわか君は春宮にまいり給ておとこ宮むまれ給へるよしをなむふ かくよろこひ申侍るそのゆへは身つからかくつたなき山ふしの身にいまさらに このよのさかえを思にも侍らすすきにしかたのとしころ心きたなく六時のつと めにもたゝ御ことを心にかけてはちすのうへのつゆのねかひをはさしをきてな むねんしたてまつりしわかおもとむまれ給はんとせしそのとしの二月のその夜 のゆめにみしやう身つからすみの山を右のてにさゝけたり山の左右より月日の ひかりさやかにさしいてゝよをてらす身つからは山のしものかけにかくれてそ の光にあたらす山をはひろき海にうかへをきてちいさき舟にのりてにしのかた をさしてこき行となんみ侍し夢さめてあしたよりかすならぬ身にたのむところ" }, { "vol": 34, "page": 1095, "text": "いてきなからなに事につけてかさるいかめしきことをはまちいてむと心のうち に思ひはへしをそのころよりはらまれ給にしこなたそくのかたのふみをみ侍し にも又内教の心をたつぬる中にも夢をしんすへきことおほく侍しかはいやしき ふところのうちにもかたしけなくおもひいたつきたてまつりしかとちからをよ はぬ身におもふ給へかねてなむかゝるみちにおもむき侍にしまたこの国のこと にしつみ侍て老のなみにさらにたちかへらしと思ひとちめてこのうらにとしこ ろ侍しほともわか君をたのむことに思きこえ侍しかはなむ心ひとつにおほくの 願をたてはへりしそのかへり申たいらかに思のこと時にあひ給わか君くにのは ゝとなり給てねかひみち給はんよにすみよしのみやしろをはしめはたし申給へ さらになにことをかはうたかひ侍らむこのひとつの思ひちかき世にかなひ侍り ぬれははるかにゝしのかた十万億の国へたてたる九品のうへのゝそみうたかひ なくなり侍りぬれはいまはたゝむかふるはちすをまちはへるほとそのゆふへま て水草きよき山のすゑにてつとめ侍らむとてなむまかりいりぬる ひかりいてんあか月ちかくなりにけりいまそみしよの夢かたりするとて月" }, { "vol": 34, "page": 1096, "text": "日かきたりいのちをはらむ月日もさらになしろしめしそいにしへより人のそめ をきける藤衣にもなにかやつれ給はんたゝ我身はへん化の物とおほしなして老 法師のためには功徳をつくり給へこのよのたのしみにそへてものちのよをわす れ給ふなねかひ侍る所にたにいたり侍なはかならす又たいめんは侍りなむさは のほかのきしにいたりてとくあひみんとをおほせさてかのやしろにたてあつめ たる願ふみともをおほきなるちんのふはこにふむしこめてたてまつりたまへり あま君にはこと〱にもかゝすたゝこの月の十四日になむ草のいほりまかりは なれてふかき山にいり侍りぬるかひなき身をはくまおほかみにも施し侍なんそ こには猶思しやうなる御よをまちいて給へあきらかなる所にて又たいめんはあ りなむとのみありあま君このふみをみてかのつかひの大とこにとへはこの御文 かき給て三日といふになむかのたえたるみねにうつろひ給にしなにかしらもか の御をくりにふもとまてはさふらひしかみなかへし給て僧一人わらは二人なん 御ともにさふらはせ給いまはとよをそむき給しおりをかなしきとちめと思給へ しかとのこり侍けりとしころをこなひのひま〱によりふしなからかきならし" }, { "vol": 34, "page": 1097, "text": "給しきんの御ことひはとりよせ給てかいしらへ給つゝほとけにまかり申し給て なんみたうに施入し給しさらぬ物ともゝおほくはたてまつり給てそのゝこりを なん御弟子とも六十余人なんしたしきかきりさふらひけるほとにつけてみな処 分し給て猶しのこりをなん京の御れうとてをくりたてまつり給へるいまはとて かきこもりさるはるけき山の雲かすみにましり給にしむなしき御あとにとまり てかなしひおもふ人〻なんおほく侍るなとこのたいとこもわらはにて京よりく たりけるふる人の老法しになりてとまれるいとあはれに心ほそしと思へりほと けの御弟子のさかしきひしりたにわしのみねをはたと〱しからすたのみきこ えなから猶たき木つきける夜のまとひはふかゝりけるをましてあま君のかなし と思給へることかきりなし御方はみなみのおとゝにおはするをかゝる御せうそ こなんあるとありけれはしのひてわたり給へりをも〱しく身をもてなしてお ほろけならてはかよひあひみ給こともかたきをあはれなる事なんときゝておほ つかなけれはうちしのひてものし給へるにいといみしくかなしけなるけしきに てゐ給へり火ちかくとりよせて此ふみをみ給にけにせきとめんかたそなかりけ" }, { "vol": 34, "page": 1098, "text": "るよの人はなにともめとゝむましきことのまつむかしきしかたの事思いてこひ しと思わたり給心にはあひみてすきはてぬるにこそはとみ給にいみしくいふか ひなし涙をえせきとめすこの御ゆめかたりをかつは行さきたのもしくさはひか 心にて我身をさしもあるましきさまにあくからし給となかころ思たゝよはれし ことはかくはかなき夢にたのみをかけて心たかくものし給なりけりとかつ〱 思あはせ給あまきみひさしくためらひて君の御とくにはうれしくをもたゝしき ことをも身にあまりてならひなく思侍りあはれにいふせき思ひもすくれてこそ 侍けれかすならぬかたにてもなからへし都をすてゝかしこにしつみゐしをたに よ人にたかひたるすくせにもあるかなと思ひはへしかといけるよにゆきはなれ へたたるへき中の契とは思かけすおなしはちすにすむへきのちのよのたのみを さへかけてとし月をすくしきてにはかにかくおほえぬ御こといてきてそむきに し世にたちかへりてはへるかひある御事をみたてまつりよろこふものからかた つかたにはおほつかなくかなしきことのうちそひてたえぬをつゐにかくあひみ すへたてなからこのよをわかれぬるなんくちおしくおほえはへる世にへし時た" }, { "vol": 34, "page": 1099, "text": "に人ににぬ心はえによりよをもてひかむるやうなりしをわかきとちたのみなら ひてをの〱は又なく契をきてけれはかたみにいとふかくこそたのみ侍しかい かなれはかくみゝにちかき程なからかくてわかれぬらんといひつゝけていとあ はれにうちひそみ給御方もいみしくなきて人にすくれん行さきのこともおほえ すやかすならぬ身にはなに事もけさやかにかひあるへきにもあらぬものからあ はれなるありさまにおほつかなくてやみなむのみこそくちおしけれよろつの事 さるへき人の御ためとこそおほえはへれさてたえこもり給なは世中もさためな きにやかてきえ給なはかひなくなんとてよもすからあはれなる事ともをいひつ ゝあかし給きのふもおとゝの君のあなたにありとみをき給てしをにはかにはひ かくれたらむもかろ〱しきやうなるへし身ひとつはなにはかりも思はゝかり 侍らすかくそひ給御ためなとのいとおしきになむ心にまかせて身をももてなし にくかるへきとてあか月にかへりわたり給ぬわか宮はいかゝおはしますいかて かみたてまつるへきとてもなきぬいまみたてまつり給てん女御の君もいとあは れになむおほしいてつゝもし世中思ふやうならはゆゝしきかねことなれとあま" }, { "vol": 34, "page": 1100, "text": "君その程まてなからへ給はなんとの給ふめりきいかにおほすことにかあらむと の給へは又うちゑみていてやされはこそさま〱ためしなきすくせにこそ侍れ とてよろこふこのふはこはもたせてまうのほり給ぬ宮よりとくまいり給へきよ しのみあれはかくおほしたることはりなりめつらしきことさへそひていかに心 もとなくおほさるらむとむらさきのうへもの給てわか宮しのひてまいらせたて まつらむ御心つかひし賜みやす所はおほんいとまの心やすからぬにこり給てか ゝるついてにしはしあらまほしくおほしたり程なき御身にさるおそろしきこと をし給へれはすこしおもやせほそりていみしくなまめかしき御さまし給へりか くためらひかたくおはするほとつくろひ給てこそはなと御かたなとは心くるし かりきこえ給をおとゝはかやうにおもやせてみえたてまつり給はむも中〱あ はれなるへきわさなりなとの給たいのうへなとのわたり給ぬる夕つかたしめや かなるに御かたおまへにまいり給てこのふはこきこえしらせ給おもふさまにか なひはてさせ給まてはとりかくしてをきて侍へけれと世中さためかたけれはう しろめたさになんなに事をも御心とおほしかすまへさらむこなたともかくもは" }, { "vol": 34, "page": 1101, "text": "かなくなり侍なはかならすしもいまはのとちめを御らむせらるへき身にも侍ら ねは猶うつし心うせすはへるよになむはかなき事をもきこえさせをくへく侍け ると思ひ侍てむつかしくあやしきあとなれとこれも御らんせよこの願ふみはち かきみつしなとにをかせ給てかならすさるへからむおりに御らむしてこのうち のことゝもはせさせ給へうとき人にはなもらさせ給そかはかりとみたてまつり をきつれは身つからもよをそむき侍なんとおもふ給へなりゆけはよろつ心のと かにもおほえはへらすたいのうへの御こゝろをろかに思きこえさせ給ないとあ りかたくものし給ふかき御けしきをみはへれは身にはこよなくまさりてなかき 御よにもあらなんとそ思はへるもとより御身にそひきこえさせんにつけてもつ ゝましきみの程に侍れはゆつりきこえそめ侍にしをいとかうしも物し給はしと なんとしころは猶よのつねにおもふ給へわたり侍つるいまはきしかた行さきう しろやすく思なりにて侍りなといとおほくきこえ給涙くみてきゝおはすかくむ つましかるへきおまへにもつねにうちとけぬさまし給てわりなくものつゝみし たるさまなりこのふみのことはいとうたてこはくにくけなるさまをみちのくに" }, { "vol": 34, "page": 1102, "text": "かみにてとしへにけれはきはみあつこえたる五六枚さすかにかうにいとふかく しみたるにかき給へりいとあはれとおほして御ひたいかみのやう〱ぬれゆく 御そはめあてになまめかし院はひめ宮の御かたにおはしけるをなかのみさうし よりふとわたり給へれはえしもひきかくさて御きちやうをすこしひきよせて身 つからははたかくれ給へりわか宮はおとろき給へりやときのまもこひしきわさ なりけりときこえ給へはみやす所はいらへもきこえ給はねは御方たいにわたし きこえ給へときこえ給いとあやしやあなたにこの宮をらうし奉りてふところを さらにはなたすもてあつかひつゝ人やりならすきぬもみなぬらしてぬきかへか ちなめるかろ〱しくなとかくわたしたてまつり給こなたにわたりてこそみた てまつり給はめとの給へはいとうたて思くまなき御ことかな女におはしまさむ にたにあなたにてみたてまつり給はんこそよく侍らめましておとこはかきりな しときこえさすれと心やすくおほえ給をたはふれにてもかやうにへたてかまし き事なさかしかりきこえさせ給ひそときこえ給うちわらひて御なかともにまか せてみはなちきこゆへきなゝりなへたてゝいまはたれも〱さしはなちさかし" }, { "vol": 34, "page": 1103, "text": "らなとの給こそをさなけれまつはかやうにはひかくれてつれなくいひおとし給 めりかしとて御木丁をひきやり給へれはもやのはしらによりかゝりていときよ けに心はつかしけなるさまして物し給ありつるはこもまとひかくさんもさまあ しけれはさておはするをなそのはこふかき心あらむけさう人のなかうたよみて ふんしこめたる心ちこそすれとの給へはあなうたてやいまめかしくなりかへら せ給める御心ならひにきゝしらぬやうなる御すさひ事ともこそ時〻いてくれと てほゝゑみ給へれと物あはれなりける御けしきともしるけれはあやしとうちか たふき給へるさまなれはわつらはしくてかのあかしのいはやよりしのひてはへ し御いのりの巻数又またしき願なとのはへりけるを御こゝろにもしらせたてま つるへきおりあらは御覧しをくへくやとて侍をたゝいまはついてなくてなにか はあけさせ給はんときこえ給にけにあはれなるへきありさまそかしといかにを こなひましてすみ給にたらむ命なかくてこゝらのとしころのつとむるつみもこ よなからむかし世の中によしありさかしきかた〱の人とてみるにもこの世に そみたる程のにこりふかきにやあらむかしこきかたこそあれいとかきりありつ" }, { "vol": 34, "page": 1104, "text": "ゝをよはさりけりやさもいたりふかくさすかにけしきありし人のありさまかな ひしりたちこの世はなれかほにもあらぬものからしたの心はみなあらぬ世にか よひすみにたるとこそみえしかましていまは心くるしきほたしもなく思ひはな れにたらむをやかやすき身ならはしのひていとあはまほしくこそとの給ふいま はかの侍し所をもすてゝとりのねきこえぬ山にとなんきゝ侍ときこゆれはさら はそのゆいこむなゝりなせうそこはかよはし給やあま君いかに思給らむおやこ の中よりもまたさるさまの契はことにこそゝふへけれとてうち涙くみ給へりと しのつもりに世中のありさまをとかく思しり行まゝにあやしくこひしく思いて らるゝ人のみありさまなれはふかき契のなからひはいかにあはれならむなとの 給ついてにこの夢かたりもおほしあはする事もやと思ていとあやしきほんしと かいふやうなるあとにはへめれと御らんしとゝむへきふしもやましり侍とてな んいまはとてわかれ侍にしかと猶こそあはれはのこり侍るものなりけれとてさ まよくうちなき給ていとかしこく猶ほれ〱しからすこそあるへけれてなとも すへてなにこともわさというそくにしつへかりける人のたゝこのよふるかたの" }, { "vol": 34, "page": 1105, "text": "心をきてこそすくなかりけれかのせんそのおとゝはいとかしこくありかたき心 さしをつくしておほやけにつかうまつり給ける程にものゝたかひめありてその むくひにかくすゑはなきなりなと人いふめりしを女子のかたにつけたれとかく ていとつきなしといふへきにはあらぬもそこらのをこなひのしるしにこそはあ らめなと涙おしのこひ給つゝこの夢のわたりにめとゝめ給ふあやしくひか〱 しくすゝろにたかき心さしありと人もとかめ又われなからもさるましきふるま ひをかりにてもするかなと思しことはこの君のむまれ給し時に契ふかく思しり にしかとめのまへにみえぬあなたの事はおほつかなくこそ思わたりつれさらは かゝるたのみありてあなかちにはのそみしなりけりよこさまにいみしきめをみ たゝよひしもこの人ひとりのためにこそありけれいかなる願をか心におこしけ むとゆかしけれは心のうちにおかみてとり給つこれは又くしてたてまつるへき 物侍りいま又きこえしらせ侍らんと女御にはきこえ給そのついてにいまはかく いにしへのことをもたとりしり給ぬれとあなたの御心はへをおろかにおほしな すなもとよりさるへきなかえさらぬむつひよりもよこさまの人のなけのあはれ" }, { "vol": 34, "page": 1106, "text": "をもかけひと事の心よせあるはおほろけのことにもあらすましてこゝになとさ ふらひなれ給をみる〱もはしめの心さしかはらすふかくねんころに思きこえ たるをいにしへの世のたとへにもさこそはうはへにははくゝみけれとらう〱 しきたとりあらんとかしこきやうなれと猶あやまりても我ためしたの心ゆかみ たらむ人をさも思よらすうらなからむためはひきかへしあはれにいかてかゝる にはとつみえかましきにも思なをる事もあるへしおほろけのむかしのよのあた ならぬ人はたかふふし〱あれとひとり〱つみなき時にはをのつからもてな すためしともあるへかめりさしもあるましきことにかとゝしくくせをつけあ い行なく人をもてはなるゝ心あるはいとうちとけかたく思くまなきわさになむ あるへきおほくはあらねと人の心のとあるさまかゝるおもむきをみゆるにゆへ よしといひさま〱に口惜からぬきはの心はせあるへかめりみなをの〱えた るかたありてとる所なくもあらねと又とりたてゝ我うしろみに思ひまめ〱し くえらひ思はんにはありかたきわさになむたゝまことに心のくせなくよきこと はこのたいをのみなむこれをそおひらかなる人といふへかりけるとなむ思はへ" }, { "vol": 34, "page": 1107, "text": "るよしとて又あまりひたゝけてたのもしけなきもいとくちおしやとはかりの給 ふにかたへの人は思ひやられぬかしそこにこそすこしものゝ心えてものし給め るをいとよしむつひかはしてこの御うしろみをもおなし心にてものし給へなと しのひやかにの給のたまはせねといとありかたき御けしきをみたてまつるまゝ にあけくれのことくさにきこえはへるめさましきものになとおほしゆるさゝら んにかうまて御らんししるへきにもあらぬをかたはらいたきまてかすまへの給 はすれはかへりてはまはゆくさへなむかすならぬ身のさすかにきえぬはよのき ゝみゝもいとくるしくつゝましく思たまへらるゝをつみなきさまにもてかくさ れたてまつりつゝのみこそときこえ給へはその御ためにはなにの心さしかはあ らむたゝこの御ありさまをうちそひてもえみたてまつらぬおほつかなさにゆつ りきこえらるゝなめりそれも又とりもちてけちえんになとあらぬ御もてなしと もによろつの事なのめにめやすくなれはいとなむおもひなくうれしきはかなき ことにてもの心えすひか〱しき人はたちましらふにつけて人のためさへから きことありかしさなをし所なくたれもものし給めれは心やすくなむとの給につ" }, { "vol": 34, "page": 1108, "text": "けてもさりやよくこそひけしにけれなと思つゝけ給たいへわたり給ぬさもいと やむことなき御心さしのみまさるめるかなけにはた人よりことにかくしもくし 給へるありさまのことはりとみえ給へるこそめてたけれ宮の御方うはへの御か しつきのみめてたくてわたり給こともえなのめならさめるはかたしけなきわさ なめりかしおなしすちにはおはすれといまひときはゝ心くるしくとしりふこち きこえ給につけても我すくせはいとたけくそおほえ給ひけるやむことなきたに おほすさまにもあらさめるよにましてたちましるへきおほえにしあらねはすへ ていまはうらめしきふしもなしたゝかのたえこもりにたる山すみを思やるのみ そあはれにおほつかなきあま君もたゝふくちのそのにたねまきてとやうなりし ひとことをうちたのみてのちのよを思やりつゝなかめゐ給へり大将の君はこの ひめ宮の御ことを思をよはぬにしもあらさりしかはめにちかくおはしますをい とたゝにもおほえすおほかたの御かしつきにつけてこなたにはさりぬへきおり おりにまいりなれをのつから御けはひありさまもみきゝ給にいとわかくおほと き給へるひとすちにてうへのきしきはいかめしく世のためしにしつはかりもて" }, { "vol": 34, "page": 1109, "text": "かしつきたてまつり給へれとおさ〱けさやかにものふかくはみえす女房なと もおとな〱しきはすくなくわかやかなるかたち人のひたふるにうちはなやき されはめるはいとおほくかすしらぬまてつとひさふらひつゝもの思ひなけなる 御あたりとはいひなからなに事ものとやかに心しつめたるは心のうちのあらは にしもみえぬわさなれは身に人しれぬおもひそひたらんも又まことに心ちゆき けにとゝこほりなかるへきにしうちましれはかたへの人にひかれつゝおなしけ はひもてなしになたらかなるをたゝあけくれはいはけたるあそひたはふれに心 いれたるわらはへのありさまなと院はいとめにつかすみ給事ともあれとひとつ さまによの中をおほしの給はぬ御本上なれはかゝるかたをもまかせてさこそは あらまほしからめと御らんしゆるしつゝいましめとゝのへさせ給はすさうしみ の御ありさまはかりをはいとよくをしへきこえ給にすこしもてつけ給へりかや うの事を大将の君もけにこそありかたき世なりけれむらさきの御よういけしき のこゝらのとしへぬれとゝもかくもゝりいてみえきこえたるところなくしつや かなるをもとゝしてさすかに心うつくしう人をもけたす身をもやむことなく心" }, { "vol": 34, "page": 1110, "text": "にくくもてなしそへ給へる事とみしおもかけもわすれかたくのみなむ思いてら れける我御北のかたもあはれとおほすかたこそふかけれいふかひありすくれた るらう〱しさなとものし給はぬ人なりおたしきものにいまはとめなるゝに心 ゆるひて猶かくさま〱につとひ給へるありさまとものとり〱におかしけを 心ひとつに思はなれかたきをましてこの宮は人の御ほとを思にもかきりなく心 ことなる御ほとにとりわきたる御けしきにしもあらす人めのかさりはかりにこ そとみたてまつりしるわさとおほけなき心にしもあらねとみたてまつるおりあ りなむやとゆかしく思きこえ給けり衛門のかむの君も院につねにまいりしたし くさふらひなれ給し人なれはこの宮をちゝみかとのかしつきあかめたてまつり 給し御心をきてなとくはしくみたてまつりをきてさま〱の御さためありしこ ろをひよりきこえより院にもめさましとはおほしの給はせすときゝしをかくこ とさまになり給へるはいとくちおしくむねいたき心ちすれはなをえおもひはな れすそのおりよりかたらひつきにける女房のたよりに御ありさまなともきゝつ たふるをなくさめに思ふそはかなかりけるたいのうへの御けはひには猶おされ" }, { "vol": 34, "page": 1111, "text": "給てなんとよ人もまねひつたふるをきゝてはかたしけなくともさる物はおもは せたてまつらさらましけにたくひなき御身にこそあたらさらめとつねにこの小 侍従といふ御ちぬしをもいひはけまして世中さためなきをおとゝの君もとより ほいありておほしをきてたるかたにおもむき給はゝとたゆみなく思ありきけり やよひはかりのそらうらゝかなる日六条院に兵部卿宮衛門督なとまいり給へり おとゝいて給て御物かたりなとし給しつかなるすまゐはこのころこそいとつれ つれにまきるゝことなかりけれおほやけわたくしにことなしやなにわさしてか はくらすへきなとの給てけさ大将のものしつるはいつかたにそいとさう〱し きをれいのこゆみいさせてみるへかりけりこのむめるわかうとともゝみえつる をねたういてやしぬるとゝはせ給大将の君はうしとらのまちに人〻あまたして まりもてあそはしてみ給ときこしめしてみたれかはしきことのさすかにめさめ てかと〱しきそかしいつらこなたにとて御せうそこあれはまいり給へりわか きむたちめく人〻おほかりけりまりもたせ給へりやたれ〱かものしつるとの 給ふこれかれはへりつこなたへまかてんやとの給てしんてんのひんかしおもて" }, { "vol": 34, "page": 1112, "text": "きりつほはわか宮くしたてまつりてまいり給いにしころなれはこなたかくろへ たりけりやり水なとのゆきあひはれてよしあるかゝりの程をたつねてたちいつ おほきおほいとのゝ君たち頭弁兵衛佐大夫の君なとすくしたるも又かたなりな るもさま〱に人よりまさりてのみものし給やう〱くれかゝるに風ふかすか しこき日なりとけうして弁の君もえしつめすたちましれはおとゝ弁官もえおさ めあへさめるをかんたちめなりともわかきゑふつかさたちはなとかみたれ給は さらむかはかりのよはひにてはあやしくみすくす口惜くおほえしわさなりさる はいときやう〱なりやこのことのさまよなとの給に大将もかんの君もみなお り給てえならぬ花のかけにさまよひ給ふゆふはへいときよけなりおさ〱さま よくしつかならぬみたれことなめれと所から人からなりけりゆへある庭のこた ちのいたくかすみこめたるにいろいろひもときわたる花の木ともわつかなるも えきのかけにかくはかなき事なれとよきあしきけちめあるをいとみつゝわれも をとらしと思ひかほなる中に衛門督のかりそめにたちましり給へるあしもとに ならふ人なかりけりかたちいときよけになまめきたるさましたる人のよういい" }, { "vol": 34, "page": 1113, "text": "たくしてさすかにみたりかはしきおかしくみゆみはしのまにあたれるさくらの かけによりて人〻花のうへもわすれて心にいれたるをおとゝも宮もすみのかう らにいてゝ御覧すいとらうある心はへともみえてかすおほくなり行に上らうも みたれてかうふりのひたいすこしくつろきたり大将の君も御くらゐの程思こそ れいならぬみたりかはしさかなとおほゆれみるめは人よりけにわかくおかしけ にてさくらのなをしのやゝなえたるにさしぬきのすそつかたすこしふくみてけ しきはかりひきあけ給へりかろ〱しうもみえす物きよけなるうちとけすかた に花の雪のやうにふりかゝれはうちみあけてしほれたる枝すこしをしおりてみ はしのなかのしなの程にゐ給ぬかんの君つゝきて花みたりかはしくちるめりや さくらはよきてこそなとの給つゝ宮の御まへのかたをしりめにみれはれいのこ とにおさまらぬけはひともしていろ〱こほれいてたるみすのつますきかけな と春のたむけのぬさふくろにやとおほゆ御木丁ともしとけなくひきやりつゝ人 けちかくよつきてそみゆるにからねこのいとちいさくおかしけなるをすこしお ほきなるねこをひつゝきてにはかにみすのつまよりはしりいつるに人〻おひえ" }, { "vol": 34, "page": 1114, "text": "さはきてそよ〱とみしろきさまよふけはひともきぬのをとなひみゝかしかま しき心ちすねこはまたよく人にもなつかぬにやつないとなかくつきたりけるを ものにひきかけまつはれにけるをにけんとひこしろふほとにみすのそはいとあ らはにひきあけられたるをとみにひきなをす人もなしこのはしらのもとにあり つるひと〱も心あはたゝしけにて物おちしたるけはひともなり木丁のきはす こしいりたる程にうちきすかたにてたち給へる人ありはしよりにしの二のまの ひんかしのそはなれはまきれ所もなくあらはにみいれらるこうはいにやあらむ こきうすきすき〱にあまたかさなりたるけちめはなやかにさうしのつまのや うにみえてさくらのをりものゝほそなかなるへし御くしのすそまてけさやかに みゆるはいとをよりかけたるやうになひきてすそのふさやかにそかれたるいと うつくしけにて七八寸はかりそあまり給へる御そのすそかちにいとほそくさゝ やかにてすかたつきかみのかゝり給へるそはめいひしらすあてにらうたけなり ゆふかけなれはさやかならすおくくらき心ちするもいとあかすくちおしまりに 身をなくるわか君たちの花のちるをおしみもあえぬけしきともをみるとて人〻" }, { "vol": 34, "page": 1115, "text": "あらはをふともえみつけぬなるへしねこのいたくなけはみかへり給へるをもも ちもてなしなといと老らかにてわかくうつくしの人やとふとみえたり大将いと かたはらいたけれとはひよらむも中〱いとかる〱しけれはたゝ心をえさせ てうちしはふき給へるにそやをらひきいり給さるは我心ちにもいとあかぬ心ち し給へとねこのつなゆるしつれは心にもあらすうちなけかるましてさはかり心 をしめたる衛門の督はむねふとふたかりてたれはかりにかはあらんこゝらの中 にしるきうちきすかたよりも人にまきるへくもあらさりつる御けはひなと心に かゝりておほゆさらぬかほにもてなしたれとまさにめとゝめしやと大将はいと おしくおほさるわりなき心ちのなくさめにねこをまねきよせてかきいたきたれ はいとかうはしくてらうたけにうちなくもなつかしく思ひよそへらるゝそすき 〱しきやおとゝ御覧しおこせてかんたちめの座いとかろ〱しやこなたにこ そとてたいのみなみおもてにいり給へれはみなそなたにまいり給ぬ宮もゐなを り給て御物かたりし給つき〱の殿上人はすのこにわらうためしてわさとなく つはいもちゐなしかうしやうの物ともさま〱にはこのふたともにとりませつ" }, { "vol": 34, "page": 1116, "text": "ゝあるをわかき人〻そほれとりくふさるへきから物はかりして御かはらけまい る衛門督はいといたく思しめりてやゝもすれは花の木にめをつけてなかめやる 大将は心しりにあやしかりつるみすのすきかけ思いつることやあらむと思給い とはしちかなりつるありさまをかつはかろ〱しとおもふらんかしいてやこな たの御ありさまのさはあるましかめる物をとおもふにかゝれはこそ世のおほえ の程よりはうち〱の御心さしぬるきやうにはありけれと思あはせて猶うちと のよういおほからすいはけなきはらうたきやうなれとうしろめたきやうなりや と思おとさるさいしやうの君はよろつのつみをもおさ〱たとられすおほえぬ 物のひまよりほのかにもそれとみたてまつりつるにも我むかしよりの心さしの しるしあるへきにやと契うれしき心ちしてあかすのみおほゆ院はむかしものか たりしいて給ておほきおとゝのよろつの事にたちならひてかちまけのさためし 給し中にまりなんえをよはすなりにしはかなきことはつたへあるましけれと物 のすちは猶こよなかりけりいとめもをよはすかしこうこそみえつれとの給へは うちほゝえみてはか〱しきかたにはぬるく侍るいへの風のさしも吹つたへ侍" }, { "vol": 34, "page": 1117, "text": "らんにのちの世のためことなることなくこそはへりぬへけれと申給へはいかて かなに事も人にことなるけちめをはしるしつたふへきなりいへのつたへなとに かきとゝめいれたらんこそけうはあらめなとたはふれ給御さまのにほひやかに きよらなるをみたてまつるにもかゝる人にならひていかはかりの事にか心をう つす人はものし給はんなにことにつけてかあはれとみゆるしたまふはかりはな ひかしきこゆへきと思めくらすにいとゝこよなく御あたりはるかなるへき身の 程も思しらるれはむねのみふたかりてまかりて給ぬ大将の君ひとつ車にてみち のほと物かたりし給猶このころのつれ〱にはこの院にまいりてまきらはすへ きなりけりけふのやうならんいとまのひまゝちつけて花のおりすくさすまいれ との給つるを春おしみかてら月の中にこゆみもたせてまいり給へとかたらひち きるをの〱わかるゝみちのほとものかたりしたまふて宮の御事の猶いはまほ しけれは院には猶このたいにのみものせさせ給なめりなかのおほんおほえのこ となるなめりかしこの宮いかにおほすらんみかとのならひなくならはしたてま つり給へるにさしもあらてくし給にたらんこそ心くるしけれとあいなくいへは" }, { "vol": 34, "page": 1118, "text": "たい〱しきこといかてかさはあらむこなたはさまかはりておほしたて給へる むつひのけちめはかりにこそあへかめれ宮をはかた〱につけていとやむこと なく思きこえ給へるものをとかたり給へはいてあなかま給へみなきゝてもはへ りいと〱おしけなるおり〱あなるをやさるはよにおしなへたらぬ人の御お ほえをありかたきわさなりやといとほしかる いかなれは花にこつたふうくひすの桜をわきてねくらとはせぬ春の鳥の桜 ひとつにとまらぬこゝろよあやしとおほゆる事そかしとくちすさひにいへはい てあなあちきなの物あつかひやされはよと思ふ み山木にねくらさたむるはこ鳥もいかてか花のいろにあくへきわりなきこ とひたおもむきにのみやはといらへてわつらはしけれはことにいはせすなりぬ こと事にいひまきらはしてをの〱わかれぬかむの君は猶おほいとのゝひんか しのたいにひとりすみにてそものし給けるおもふ心ありてとしころかゝるすま ゐをするに人やりならすさう〱しく心ほそきおり〱あれと我身かはかりに てなとか思ふことかなはさらむとのみ心おこりをするにこのゆふへよりくしい" }, { "vol": 34, "page": 1119, "text": "たく物思はしくていかならむおりに又さはかりにてもほのかなる御ありさまを たにみむともかくもかきまきれたるきはの人こそかりそめにもたはやすきもの いみかたゝかへのうつろひもかろ〱しきにをのつからともかくもものゝひま をうかゝひつくるやうもあれなと思やるかたなくふかきまとのうちになにはか りの事につけてかゝくふかき心ありけりとたにしらせたてまつるへきとむねい たくいふせけれは小侍従かりれいのふみやり給ふ一日風にさそはれてみかきの はらをわけいりて侍しにいとゝいかにみおとし給けんそのゆふへよりみたり心 ちかきくらしあやなくけふをなかめくらし侍なとかきて よそにみておらぬなけきはしけれともなこりこひしき花の夕かけとあれと 一日の心もしらぬはたゝよのつねのなかめにこそはと思ふおまへに人しけから ぬ程なれはかのふみをもてまいりてこの人のかくのみわすれぬ物にことゝひも のし給こそわつらはしく侍れ心くるしけなるありさまもみ給へあまる心もやそ ひはへらんと身つからの心なからしりかたくなむとうちわらひてきこゆれはい とうたてあることをもいふ哉となに心もなけにの給てふみひろけたるを御覧す" }, { "vol": 34, "page": 1120, "text": "みもせぬといひたるところをあさましかりしみすのつまをおほしあはせらるゝ に御おもてあかみておとゝのさはかりことのついてことに大将にみえ給ないは けなき御ありさまなめれはをのつからとりはつしてみたてまつるやうもありな むといましめきこえ給をおほしいつるに大将のさる事のありしとかたりきこえ たらん時いかにあはめ給はんと人のみたてまつりけん事をはおほさてまつはゝ かりきこえ給心のうちそをさなかりけるつねよりもおほんさしらへなけれはす さましくしゐてきこゆへきことにもあらねはひきしのひてれいのかく一日はつ れなしかほゝなむめさましうとゆるしきこえさりしをみすもあらぬやいかにあ なかけ〱しとはやりかにはしりかきて いまさらに色にないてそ山さくらをよはぬ枝に心かけきとかひなきことを とあり" }, { "vol": 35, "page": 1125, "text": "ことはりとはおもへともうれたくもいへるかないてやなそかくことなる事なき あへしらひ許をなくさめにてはいかゝすくさむかゝる人つてならてひと事をも のたまひきこゆる世ありなむやと思ふにつけてもおほかたにてはおしくめてた しとおもひきこゆる院の御ためなまゆかむ心やそひにたらんつこもりの日は人 〻あまたまいり給へりなま物うくすゝろはしけれとそのあたりの花の色をもみ てやなくさむとおもひてまいりたまふ殿上のゝりゆみきさらきとありしをすき て三月はた御き月なれはくちおしくと人〻思ふにこの院にかゝるまとゐあるへ しときゝつたへてれいのつとひたまふ左右大将さる御なからひにてまいりたま へはすけたちなといとみかはしてこゆみとのたまひしかとかちゆみのすくれた る上手ともありけれはめしいてゝいさせたまふ殿上人ともゝつき〱しきかき りはみなまへしりへの心こまとりに方わきてくれゆくまゝにけふにとちむるか すみのけしきもあはたゝしくみたるゝゆふかせに花のかけいとゝたつことやす からて人〻いたくゑひすきたまひてえむなるかけものともこなたかなた人〻の 御心みえぬへきをやなきのはをもゝたひいあてつへきとねりとものうけはりて" }, { "vol": 35, "page": 1126, "text": "いとるむしんなりやすこしこゝしきてつきともをこそいとませめとて大将たち よりはしめておりたまふに衛門督人よりけになかめをしつゝものしたまへはか のかたはし心しれる御めにはみつけつゝなをいとけしきことなりわつらはしき 事いてくへき世にやあらむと我さへ思ひつきぬる心ちすこの君たち御中いとよ しさるなからひといふなかにも心かはしてねんころなれはゝかなき事にても物 おもはしくうちまきるゝことあらむをいとおしくおほえたまふ身つからもおと ゝをみたてまつるにけおそろしくまはゆくかゝる心はあるへきものかなのめな らむにてたにけしからす人にてむつかるへきふるまひはせしと思ものをまして おほけなき事とおもひわひてはかのありしねこをたにえてしかな思事かたらふ へくはあらねとかたはらさひしきなくさめにもなつけむとおもふにものくるお しくいかてかはぬすみいてむとそれさへそかたき事なりける女御ゝ方にまいり てものかたりなときこえまきらはし心みるいとおくふかく心はつかしき御もて なしにてまほにみえたまふ事もなしかゝる御中らひにたにけとをくならひたる をゆくりかにあやしくはありしわさそかしとはさすかにうちおほゆれとおほろ" }, { "vol": 35, "page": 1127, "text": "けにしめたるわか心からあさくも思ひなされす春宮にまいり給てろなうかよひ 給へる所あらむかしとめとゝめてみたてまつるにゝほひやかになとはあらぬ御 かたちなれとさはかりの御ありさまはたいとことにてあてになまめかしくおは しますうちの御ねこのあまたひきつれたりけるはらからともの所〻にあかれて この宮にもまいれるかいとおかしけにてありくをみるにまつおもひいてらるれ は六条の院のひめ宮の御方に侍ねこゝそいとみえぬやうなるかほしておかしう 侍しかはつかになむみ給へしとけいしたまへはわさとらうたくせさせたまふ御 心にてくはしくとはせ給からねこのこゝのにたかへるさましてなん侍りしおな しやうなる物なれと心おかしく人なれたるはあやしくなつかしき物になむ侍な とゆかしくおほさる許きこえなしたまふきこしめしをきてあのことくきりつほ の御かたよりつたへてきこえさせ給けれはまいらせたまへりけにいとうつくし けなるねこなりけりと人〻けうするを衛門督はたつねんとおほしたりきと御け しきをみをきて日ころへてまいりたまへりわらはなりしより朱雀院のとりわき ておほしつかはせ給しかは御山すみにをくれきこえては又この宮にもしたしう" }, { "vol": 35, "page": 1128, "text": "まいり心よせきこえたり御ことなとをしへきこえ給とて御ねこともあまたつと ひ侍にけりいつらこのみし人はとたつねてみつけ給へりいとらうたくおほえて かきなてゝゐたり宮もけにおかしきさましたりけり心なんまたなつきかたきは みなれぬ人をしるにやあらむこゝなるねこともことにをとらすかしとのたまへ はこれはさるわきまへ心もおさ〱侍らぬものなれとその中にも心かしこきは をのつからたましひ侍らむかしなときこえてまさるともさふらふめるをこれは しはしたまはりあつからむと申給心の中にあなかちにおこかましくかつはおほ ゆるつゐにこれをたつねとりてよるもあたりちかくふせ給あけたてはねこのか しつきをしてなてやしなひたまふ人けとをかりし心もいとよくなれてともすれ はきぬのすそにまつはれよりふしむつるゝをまめやかにうつくしと思ふいとい たくなかめてはしちかくよりふし給へるにきてねう〱といとらうたけになけ はかきなてゝうたてもすゝむかなとほゝゑまる 恋わふる人のかたみとてならせはなれよなにとてなくねなるらむこれもむ かしのちきりにやとかほをみつゝのたまへはいよ〱らうたけになくをふとこ" }, { "vol": 35, "page": 1129, "text": "ろにいれてなかめゐ給へりこたちなとはあやしくにはかなるねこの時めくかな かやうなる物みいれたまはぬ御心にとゝかめけり宮よりめすにもまいらせすと りこめてこれをかたらひ給左大将殿の北のかたは大殿のきみたちよりも右大将 の君をはなをむかしのまゝにうとからす思ひきこえ給へり心はへのかと〱し くけちかくおはする君にてたいめんし給時〱もこまやかにへたてたるけしき なくもてなし給つれは大将もしけいさなとのうと〱しくをよひかたけなる御 心さまのあまりなるにさまことなる御むつひにておもひかはし給へりおとこ君 いまはましてかのはしめの北の方をもゝてはなれはてゝならひなくもてかしつ きゝこえ給この御はらにはおとこきむたちのかきりなれはさう〱しとてかの まきはしらのひめきみをえてかしつかまほしくし給へとおほち宮なとさらにゆ るしたまはすこの君をたに人わらへならぬさまにてみむとおほしの給みこの御 おほえいとやむことなく内にもこの宮の御心よせいとこよなくてこの事とそう し給ことをはえそむき給はす心くるしき物におもひきこえ給へりおほかたもい まめかしくおかしくおはする宮にてこの院大殿にさしつきたてまつりては人も" }, { "vol": 35, "page": 1130, "text": "まいりつかうまつり世人もをもくおもひきこえけり大将もさる世のをもしとな り給へきしたかたなれはひめ君の御おほえなとてかはかるくはあらんきこえい つる人〻事にふれておほかれとおほしもさためす衛門督をさもけしきはまはと おほすへかめれとねこにはおもひおとしたてまつるにやかけても思ひよらぬそ くちおしかりけるはゝ君のあやしくなをひかめる人にてよのつねのありさまに もあらすもてけちたまへるをくちおしきものにおほしてまゝはゝの御あたりを は心つけてゆかしく思ひていまめきたる御心さまにそものしたまひける兵部卿 宮なをひと所のみおはして御心につきておほしけることゝもはみなたかひて世 中もすさましく人わらへにおほさるゝにさてのみやはあまえてすくすへきとお ほしてこのわたりにけしきはみより給へれは大宮なにかはかしつかんとおもは む女こをは宮つかへにつきてはみこたちにこそはみせたてまつらめたゝ人のす くよかになをなをしきをのみいまの世の人のかしこくするしなゝきわさなりと のたまひていたくもなやましたてまつり給はすうけひき申給つみこあまりうら みところなきをさう〱しとおほせとおほかたのあなつりにくきあたりなれは" }, { "vol": 35, "page": 1131, "text": "えしもいひすへし給はておはしましそめぬいとになくかしつきゝこえ給大宮は 女こあまたものしたまひてさま〱ものなけかしきおり〱おほかるにものこ りしぬへけれとなをこのきみの事の思ひはなちかたくおほえてなん母きみはあ やしきひか物にとしころにそへてなりまさりたまふ大将はたわか事にしたかは すとておろかにみすてられためれはいとなむ心くるしきとて御しつらひをもた ちゐ御てつから御らんしいれよろつにかたしけなく御心にはいれたまへり宮は うせ給にける北のかたを世とゝもにこひきこえたまひてたゝむかしの御ありさ まににたてまつりたらむ人をみむとおほしけるにあしくはあらねとさまかはり てそ物したまひけるとおほすにくちおしくやありけむかよひたまふさまいと物 うけなり大宮いと心月なきわさかなとおほしなけきたりはゝ君もさこそひかみ たまへれとうつし心いてくる時はくちおしくうき世と思はて給大将の君もされ はよいたく色めきたまへるみこをとはしめよりわか御心にゆるし給はさりし事 なれはにやものしと思ひ給へりかむの君もかくたのもしけなき御さまをちかく きゝ給にはさやうなる世中をみましかはこなたかなたいかにおほしみ給はまし" }, { "vol": 35, "page": 1132, "text": "なとなまおかしくもあはれにもおほしいてけりそのかみもけちかくみきこえむ とは思よらさりきかしたゝなさけ〱しう心ふかきさまにのたまひわたりしを あえなくあはつけきやうにやきゝおとし給けむといとはつかしくとしころもお ほしわたる事なれはかゝるあたりにてきゝ給はむことも心つかひせらるへくな とおほすこれよりもさるへき事はあつかひきこえたまふせうとの君たちなとし てかゝる御けしきもしらすかほにゝくからすきこえまつはしなとするに心くる しくてもてはなれたる御心はなきにおほ北のかたといふさかなものそつねにゆ るしなくゑんしきこえ給みこたちはのとかにふた心なくてみ給はむをたにこそ はなやかならぬなくさめには思ふへけれとむつかり給を宮ももりきゝたまひて はいときゝならはぬ事かなむかしいとあはれとおもひし人をゝきても猶はかな き心のすさひはたえさりしかとかうきひしきものゑんしはことになかりし物を 心月なくいとゝむかしをこひきこえ給つゝふるさとにうちなかめかちにのみお はしますさいひつゝもふたとせ許になりぬれはかゝる方にめなれてたゝさるか たの御中にてすくしたまふはかなくて年月もかさなりて内のみかと御くらゐに" }, { "vol": 35, "page": 1133, "text": "つかせたまひて十八年にならせ給ひぬつきの君とならせたまふへきみこおはし まさすものゝはへなきに世中はかなくおほゆるを心やすく思ふ人〻にもたいめ んしわたくしさまに心をやりてのとかにすきまほしくなむとゝしころおほしの たまはせつるをひころいとをもくなやませたまふ事ありてにはかにおりゐさせ たまひぬ世の人あかすさかりの御世をかくのかれたまふことゝおしみなけゝと 春宮もをとなひさせ給ひにたれはうちつきて世中のまつりことなとことにかは るけちめもなかりけりおほきおとゝちしのへうたてまつりてこもりゐたまひぬ よの中のつねなきによりかくかしこきみかとのきみもくらゐをさりたまひぬる にとしふかき身のかうふりをかけむなにかおしからむとおほしのたまひて左大 将右大臣になり給てそ世中のまつりことつかうまつり給ける女御の君はかゝる 御世をもまちつけ給はてうせ給にけれはかきりある御くらゐをえたまへれとも のゝうしろの心ちしてかひなかりけり六条の女御の御はらのいちの宮はうにゐ たまひぬさるへき事とかねておもひしかとさしあたりてはなをめてたくめおと ろかるゝわさなりけり右大将の君大納言になりたまひぬいよ〱あらまほしき" }, { "vol": 35, "page": 1134, "text": "御なからひなり六条院はおりゐたまひぬる冷泉院の御つきおはしまさぬをあか す御心の内におほすおなしすちなれと思ひなやましき御事なくてすくしたまへ るはかりにつみはかくれてすゑの世まてはえつたふましかりける御すくせくち おしくさう〱しくおほせと人にのたまひあはせぬ事なれはいふせくなむ春宮 の女御はみこたちあまたかすそひ給ていとゝ御おほえならひなし源氏のうちつ ゝきゝさきにゐたまふへきことを世人あかすおもへるにつけても冷泉院の后は ゆへなくてあなかちにかくしをきたまへる御心をおほすにいよ〱六条院の御 ことを年月にそへてかきりなく思ひきこえたまへり院の御かとおほしめしゝや うにみゆきも所せからてわたり給ひなとしつゝかくてしもけにめてたくあらま ほしき御ありさまなりひめ宮の御事はみかと御心とゝめておもひきこえ給ふお ほかたの世にもあまねくもてかしつかれたまふをたいのうへの御いきをひには えまさりたまはすとし月ふるまゝに御中いとうるはしくむつひきこえかはし給 ひていさゝかあかぬことなくへたてもみえたまはぬものからいまはかうおほそ うのすまゐならてのとやかにをこなひをもとなむおもふこの世はかはかりとみ" }, { "vol": 35, "page": 1135, "text": "はてつる心ちするよはひにもなりにけりさりぬへきさまにおほしゆるしてよと まめやかにきこえたまふおり〱あるをあるましくつらき御事なりみつからふ かきほいあることなれととまりてさう〱しくおほえ給ひある世にかはらむ御 ありさまのうしろめたさによりこそなからふれつゐにそのことゝけなむのちに ともかくもおほしなれなとのみさまたけきこえたまふ女御のきみたゝこなたを まことの御おやにもてなしきこえたまひて御方はかくれかの御うしろみにてひ けしものしたまへるしもそなか〱ゆくさきたのもしけにめてたかりけるあま きみもやゝもすれはたえぬよろこひの涙ともすれはおちつゝめをさへのこひた ゝらしていのちなかきうれしけなるためしになりてものし給すみよしの御願か つ〱はたし給はむとて春宮の女御の御いのりにまてたまはんとてかのはこあ けて御覧すれはさま〱のいかめしきことゝもおほかりとしことの春秋のかく らにかならすなかき世のいのりをくはへたるくわんともけにかゝる御いきをひ ならてははたし給へきことゝも思ひをきてさりけりたゝはしりかきたるおもむ きのさえ〱しくはか〱しくほとけ神もきゝいれ給へきことのはあきらかな" }, { "vol": 35, "page": 1136, "text": "りいかてさる山ふしのひしり心にかゝることゝもを思ひよりけむとあはれにお ほけなくも御らむすさるへきにてしはしかりそめに身をやつしけるむかしの世 のをこなひ人にやありけむなとおほしめくらすにいとゝかる〱しくもおほさ れさりけりこのたひはこの心をはあらはしたまはすたゝ院の御ものまうてにて いてたち給うらつたひのものさはかしかりし程そこらの御くはんともみなはた しつくし給へれともなを世中にかくおはしましてかゝる色〱のさかえをみた まふにつけても神のおほむたすけはわすれかたくてたいのうへもくしきこえさ せたまひてまうてさせたまふひゝき世のつねならすいみしくことゝもそきすて て世のわつらひあるましくとはふかせたまへとかきりありけれはめつらかによ そほしくなむかんたちめも大臣ふた所をゝきたてまつりてはみなつかうまつり 給まひ人はゑふのすけとものかたちきよけにたけたちひとしきかきりをえらせ 給このえらひにいらぬをははちにうれへなけきたるすきものともありけりへい しうもいはし水かものりむしのまつりなとにめす人〻のみちみちのことにすく れたるかきりをとゝのへさせ給へりくはゝりたるふたりなむ近衛つかさの名た" }, { "vol": 35, "page": 1137, "text": "かきかきりをめしたりける御かくらの方にはいとおほくつかうまつれり内春宮 院の殿上人方〱にわかれて心よせつかうまつるかすもしらすいろ〱につく したるかんたちめの御むまくらむまそひ随身ことねりわらはつき〱のとねり なとまてとゝのへかさりたるみものまたなきさまなり女御殿たいのうへはひと つにたてまつりたりつきの御くるまにはあかしの御方あま君しのひてのりたま へり女御の御めのと心しりにてのりたりかた〱のひとたまゐうへの御方の五 女御とのゝいつゝあかしの御あかれの三目もあやにかさりたるさうそくありさ まいへはさらなりさるあま君をはおなしくはおいのなみのしはのふはかりに人 めかしくてまうてさせむと院はのたまひけれとこのたひはかくおほかたのひゝ きにたちましらむもかたはらいたしもし思ふやうならむ世中をまちいてたらは と御方はしつめ給けるをのこりのいのちうしろめたくてかつ〱物ゆかしかり てしたひまいり給なりけりさるへきにてもとよりかくにほひたまふ御身ともよ りもいみしかりける契あらはに思ひしらるゝ人のみありさまなり十月中の十日 なれは神のいかきにはふくすも色かはりて松の下もみちなとをとにのみも秋を" }, { "vol": 35, "page": 1138, "text": "きかぬかほなりこと〱しきこまもろこしのかくよりもあつまあそひのみゝな れたるはなつかしくおもしろくなみかせのこゑにひゝきあひてさるこたかき松 風にふきたてたるはふえのねもほかにてきくしらへにはかはりて身にしみこと にうちあはせたるひやうしもつゝみをはなれてとゝのへとりたる方おとろ〱 しからぬもなまめかしくすこうおもしろく所からはましてきこえけり山あゐに すれるたけのふしは松のみとりにみえまかひかさしの色〻は秋のくさにことな るけちめわかれてなにことにもめのみまかひいろふもとめこはつるすゑにわか やかなるかむたちめはかたぬきておりたまふにほひもなくゝろきうへのきぬに すわうかさねのえひそめの袖をにはかにひきほころはしたるにくれなゐふかき あこめのたもとのうちしくれたるにけしきはかりぬれたる松はらをはわすれて もみちのちるに思ひわたさるみるかひおほかるすかたともにいとしろくかれた るおきをたかやかにかさしてたゝひとかへりまひていりぬるはいとおもしろく あかすそありけるおとゝむかしのことおほしいてられ中比しつみ給し世のあり さまもめのまへのやうにおほさるゝにそのよのことうちみたれかたり給へき人" }, { "vol": 35, "page": 1139, "text": "もなけれはちしのおとゝをそこひしく思ひきこえ給けるいりたまひて二のくる まにしのひて たれか又心をしりて住吉の神世をへたる松にことゝふ御たゝむかみにかき たまへりあま君うちしほたるかゝるよをみるにつけてもかのうらにていまはと わかれ給しほと女御の君のおはせしありさまなと思ひいつるもいとかたしけな かりける身のすくせの程を思ふよをそむき給し人も恋しくさま〱に物かなし きをかつはゆゝしとこといみして すみのえをいけるかひあるなきさとは年ふるあまもけふやしるらんをそく はひむなからむとたゝうちおもひけるまゝなりけり むかしこそまつわすられね住吉の神のしるしをみるにつけてもとひとりこ ちけり夜ひとよあそひあかしたまふはつかの月はるかにすみてうみのおもてお もしろくみえわたるにしものいとこちたくをきて松原も色まかひてよろつの事 そゝろさむくおもしろさもあはれさもたちそひたりたいのうへつねのかきねの 内なから時〱につけてこそけふあるあさゆふのあそひにみゝふりめなれ給け" }, { "vol": 35, "page": 1140, "text": "れみかとよりとのものみおさ〱し給はすましてかく宮このほかのありきはま たならひ給はねはめつらしくおかしくおほさる すみの江の松に夜ふかくをく霜は神のかけたるゆふかつらかもたかむらの 朝臣のひらの山さへといひけるゆきのあしたをおほしやれはまつりのこゝろう けたまふしるしにやといよ〱たのもしくなむ女御のきみ 神ひとのてにとりもたる榊葉にゆふかけそふるふかきよの霜中つかさのき み はふりこかゆふうちまかひをく霜はけにいちしるき神のしるしかつき〱 かすしらすおほかりけるをなにせむにかはきゝをかむかゝるおりふしの歌はれ いの上手めき給おとこたちも中〱いてきえして松のちとせよりはなれていま めかしきことなけれはうるさくてなむほの〱とあけゆくにしもはいよ〱ふ かくてもとすゑもたと〱しきまてゑひすきにたるかくらおもてともをのかか ほをはしらておもしろきことに心はしみてには火もかけしめりたるになを万さ い〱とさかき葉をとりかへしつゝいはひきこゆる御世のすゑおもひやるそい" }, { "vol": 35, "page": 1141, "text": "とゝしきやよろつのことあかすおもしろきまゝに千よをひとよになさまほしき 夜のなにゝもあらてあけぬれはかへるなみにきほふもくちおしくわかき人〻お もふ松はらにはる〱とたてつゝけたる御くるまともの風にうちなひくしたす たれのひま〱もときはのかけに花のにしきをひきくわへたるとみゆるにうへ のきぬの色〱けちめをきておかしきかけはんとりつゝきてものまいりわたす をそしも人なとはめにつきてめてたしとはおもへるあま君のおまへにもせんか うのおしきにあをにひのおもてをりてさうし物をまいるとてめさましき女のす くせかなとをのかしゝはしりうこちけりまうて給しみちはこと〱しくてわつ らはしき神たからさま〱に所せけなりしをかへさはよろつのせうようをつく し給いひつゝくるもうるさくむつかしきことゝもなれはかゝる御ありさまをも かの入道のきかすみぬ世にかけはなれたまへるのみなんあかさりけるかたきこ となりかしましらはましもみくるしくや世中の人これをためしにて心たかくな りぬへきころなめりよろつのことにつけてめてあさみ世のことくさにてあかし のあま君とそさいはひ人にいひけるかのちしの大殿のあふみのきみはすくろく" }, { "vol": 35, "page": 1142, "text": "うつ時のことはにもあかしのあま君〱とそさいはこひける入道のみかとは御 をこなひをいみしくし給て内の御事をもきゝいれ給はす春秋の行幸になむむか し思ひいてられ給事もましりけるひめ宮の御ことをのみそ猶えおほしはなたて この院をは猶おほかたの御うしろみに思ひきこえ給て内〱の御心よせあるへ くそうせさせ給二品になりたまひて御封なとまさるいよ〱はなやかに御いき をひそふたいのうへかく年月にそへて方〱にまさり給御おほえにわか身はた ゝひと所の御もてなしに人にはをとらねとあまりとしつもりなはその御心はへ もつゐにをとろへなむさらむ世をみはてぬさきに心とそむきにしかなとたゆみ なくおほしわたれとさかしきやうにやおほさむとつゝまれてはか〱しくもえ きこえ給はす内のみかとさへ御心よせことにきこえ給へはをろかにきかれたて まつらむもいとおしくてわたり給ことやう〱ひとしきやうになりゆくさるへ きこと〱はりとは思ひなからされはよとのみやすからすおほされけれと猶つ れなくおなしさまにてすくし給春宮の御さしつきの女一の宮をこなたにとりわ きてかしつきたてまつりたまふその御あつかひになむつれ〱なる御よかれの" }, { "vol": 35, "page": 1143, "text": "ほともなくさめ給ひけるいつれもわかすうつくしくかなしと思ひきこえ給へり 夏の御方はかくとり〱なる御むまこあつかひをうらやみて大将の君のないし のすけはらの君をせちにむかへてそかしつき給いとおかしけにて心はへもほと よりはされおよすけたれはおとゝの君もらうたかりたまふすくなき御つきとお ほししかとすゑ〱にひろこりてこなたかなたいとおほくなりそひたまふをい まはたゝこれをうつくしみあつかひたまひてそつれ〱もなくさめ給ける右の 大殿のまいりつかうまつり給こといにしへよりもまさりてしたしくいまは北の 方もをとなひはてゝかのむかしのかけ〱しきすち思ひはなれ給にやさるへき おりもわたりまうてたまふたいのうへにも御たいめむありてあらまほしくきこ えかはし給けりひめ宮のみそおなしさまにわかくおほときておはします女御の 君はいまはおほやけさまにおもひはなちきこえ給ひてこの宮をはいと心くるし くをさなからむ御むすめのやうに思ひはくゝみたてまつり給朱雀院のいまはむ けに世ちかくなりぬる心ちして物心ほそきをさらにこの世のことかへりみしと 思ひすつれとたいめむなんいまひとたひあらまほしきをもしうらみのこりもこ" }, { "vol": 35, "page": 1144, "text": "そすれことことしきさまならてわたり給へくきこえ給けれはおとゝもけにさる へき事也かゝる御けしきなからむにてたにすゝみまいり給へきをましてかうま ちきこえ給ひけるか心くるしきことゝまいり給へきことおほしまうくついてな くすさましきさまにてやはゝひわたり給へきなにわさをしてか御覧せさせ給へ きとおほしめくらすこのたひたり給はむとしわかなゝとてうしてやなとおほし てさま〱の御ほうふくのこといもゐの御まうけのしつらいなにくれとさまこ とにかはれることゝもなれは人の御心しらひともいりつゝおほしめくらすいに しへもあそひの方に御心とゝめさせ給へりしかはまひ人かく人なとを心ことに さためすくれたるかきりをとゝのへさせ給右のおほ殿の御子ともふたり大将の 御こ内侍のすけはらのくはへて三人またちいさきなゝつよりかみのはみな殿上 せさせたまふ兵部卿の宮のわらはそむわうすへてさるへき宮たちの御ことも家 のこのきみたちみなえらひいてたまふ殿上のきみたちもかたちよくおなしきま ひのすかたも心ことなるへきをさためてあまたのまひのまうけをせさせ給いみ しかるへきたひのことゝてみな人心をつくし給てなむみち〱のものゝし上手" }, { "vol": 35, "page": 1145, "text": "いとまなきころ也宮はもとより琴の御ことをなむならひ給ひけるをいとわかく て院にもひきわかれたてまつりたまひしかはおほつかなくおほしてまいりたま はむつゐてにかの御ことのねなむきかまほしきさりとも琴はかりはひきとり給 へらむとしりうことにきこえ給けるを内にもきこしめしてけにさりともけはひ ことならむかし院の御まへにてゝつくし給はむついてにまいりきてきかはやな とのたまはせけるをおとゝの君はつたへきゝ給て年比さりぬへきついてことに はをしへきこゆることもあるをそのけはひはけにまさりたまひにたれとまたき こしめし所ある物ふかき手にはをよはぬをなに心もなくてまいりたまへらむつ いてにきこしめさむとゆるしなくゆかしからせ給はむはいとはしたなかるへき 事にもといとおしくおほしてこのころそ御心とゝめてをしへきこえたまふしら へことなる手ふたつみつおもしろき大こくともの四季につけてかはるへきひゝ きそらのさむさぬるさをとゝのへいてゝやむことなかるへき手のかきりをとり たてゝをしへきこえたまふに心もとなくおはするやうなれとやう〱心えたま ふまゝにいとよくなり給ひるはいと人しけくなをひとたひもゆしあむするいと" }, { "vol": 35, "page": 1146, "text": "まも心あはたゝしけれはよる〱なむしつかにことの心もしめたてまつるへき とてたいにもそのころは御いとまきこえ給てあけくれをしへきこえ給女御のき みにもたいのうへにも琴はならはしたてまつり給はさりけれはこのおりおさ 〱みゝなれぬ手ともひき給らんをゆかしとおほして女御もわさとありかたき 御いとまをたゝしはしときこえ給てまかてたまへりみこふた所をはするを又も けしきはみ給ていつ月許にそなり給へれは神わさなとに事つけておはしますな りけり十一月すくしてはまいり給へき御せうそこうちしきりあれとかゝるつい てにかくおもしろきよる〱の御あそひをうらやましくなとてわれにつたへ給 はさりけむとつらく思ひきこえ給冬の夜の月は人にたかひてめてたまふ御心な れはおもしろき夜のゆきの光におりにあひたる手ともひきたまひつゝさふらふ 人〻もすこしこのかたにほのめきたるに御ことゝもとり〱にひかせてあそひ なとし給年のくれつかたはたいなとにはいそかしくこなたかなたの御いとなみ にをのつから御らむしいるゝ事ともあれは春のうらゝかならむ夕へなとにいか てこの御ことのねきかむとのたまひわたるにとしかへりぬ院の御賀まつおほや" }, { "vol": 35, "page": 1147, "text": "けよりせさせ給ことゝもこちたきにさしあひてはひんなくおほされてすこしほ とすこしたまふ二月十よ日とさためたまひてかくにんまひ人なとまいりつゝ御 あそひたえすこのたいにつねにゆかしくする御ことのねいかてかの人〻のさう ひはのねもあはせて女かく心みさせむたゝいまのものゝ上手ともこそさらにこ のわたりの人〻のみ心しらひともにまさらねはか〱しくつたへとりたる事は おさ〱なけれとなに事もいかて心にしらぬことあらしとなむをさなきほとに 思ひしかは世にあるものゝしといふかきり又たかきいへ〱のさるへき人のつ たへともゝのこさす心みし中にいとふかくはつかしきかなとおほゆるきはの人 なむなかりしそのかみよりも又このころのわかき人〻のされよしめきすくすに はたあさくなりにたるへしきむはたましてさらにまねふ人なくなりにたりとか この御ことのねはかりたにつたへたる人おさ〱あらしとのたまへはなにこゝ ろなくうちゑみてうれしくかくゆるしたまふほとになりにけるとおほす廿一二 はかりになりたまへとなをいといみしくかたなりにきひはなる心ちしてほそく あえかにうつくしくのみみえたまふ院にもみえたてまつり給はてとしへぬるを" }, { "vol": 35, "page": 1148, "text": "ねひまさり給にけりと御らんすはかりよういくわへてみえたてまつりたまへと 事にふれてをしへきこえたまふけにかゝる御うしろみなくてはましていはけな くおはします御ありさまかくれなからましと人〻もみたてまつる正月廿日許に なれはそらもおかしきほとに風ぬるくふきておまへのむめもさかりになりゆき おほかたの花の木ともゝみなけしきはみかすみわたりにけり月たゝは御いそき ちかく物さはかしからむにかきあはせ給はむ御ことのねもしかくめきて人いひ なさむをこのころしつかなるほとに心み給へとてしむてんにわたしたてまつり 給ふ御ともにわれも〱と物ゆかしかりてまうのほらまほしかれとこなたにと をきをはえりとゝめさせ給てすこしねひたれとよしあるかきりえりてさふらは せ給ふわらはへはかたちすくれたる四人あか色にさくらのかさみうすいろのを りものゝあこめうきもんのうへのはかまくれなゐのうちたるさまもてなしすく れたるかきりをめしたり女御の御方にも御しつらひなといとゝあらたまれるこ ろのくもりなきにをの〱いとましくつくしたるよそおひともあさやかににな しわらはゝあをいろにすわうのかさみからあやのうへのはかまあこめは山ふき" }, { "vol": 35, "page": 1149, "text": "なるからのきをおなしさまにとゝのへたりあかしの御方のはこと〱しからて こうはいふたりさくらふたりあをしのかきりにてあこめこくうすくうちめなと えならてきせたまへり宮の御方にもかくつとひたまふへくきゝ給てわらはへの すかたはかりはことにつくろはせたまへりあをにゝやなきのかさみえひそめの あこめなとことにこのましくめつらしきさまにはあらねとおほかたのけはひの いかめしくけたかきことさへいとならひなしひさしの中の御さうしをはなちて こなたかなたみ木ちやうはかりをけちめにて中のまは院のおはしますへきおま しよそひたりけふの拍子あはせにはわらはへをめさむとて右のおほいとのゝ三 らうかむのきみの御はらのあに君さうのふえ左大将の御たらうよこふえとふか せてすのこにさふらはせたまふ内には御しとねともならへて御ことゝもまいり わたすひしたまふ御ことゝもうるはしきこんちのふくろともにいれたるとりい てゝあかしの御方には琵琶むらさきのうへには和琴女御のきみにさうの御こと 宮にはかくこと〱しきことはまたえひきたまはすやとあやうくてれいのてな らし給へるをそしらへてたてまつり給さうの御ことはゆるふとなけれとなをか" }, { "vol": 35, "page": 1150, "text": "くものにあはするおりのしらへにつけてことちのたちとみたるゝ物也よくその 心しらひとゝのふへきを女はえはりしつめしなを大将をこそめしよせつへかめ れこのふえふきともまたいとをさなけにて拍子とゝのへむたのみつよからすと わらひ給て大将こなたにとめせは御方〱はつかしく心つかひしておはすあか しの君をはなちてはいつれもみなすてかたき御弟子ともなれは御心くはへて大 将のきゝたまはむになんなかるへくとおほす女御はつねにうへのきこしめすに もものにあはせつゝひきならし給つれはうしろやすきを和こんこそいくはくな らぬしらへなれとあとさたまりたる事なくて中〱女のたとりぬへけれ春のこ とのねはみなかきあはするものなるをみたるゝ所もやとなまいとおしくおほす 大将いといたく心けさうしておまへのこと〱しくうるはしき御こゝろみあら むよりもけふの心つかひはことにまさりておほえ給へはあさやかなる御なおし かうにしみたる御そともそていたくたきしめてひきつくろひてまいり給ほとく れはてにけりゆへあるたそかれ時のそらに花はこそのふる雪思いてられてえた もたわむはかりさきみたれたりゆるらかにうちふく風にえならすにほひたるみ" }, { "vol": 35, "page": 1151, "text": "すの内のかほりもふきあはせてうくひすさそふつまにしつへくいみしきおとゝ のあたりのにほひ也みすのしたよりさうの御ことのすそすこしさしいてゝかる 〱しきやうなれとこれかをとゝのへてしらへ心み給へこゝに又うとき人のい るへきやうもなきをとのたまへはうちかしこまりてたまはり給ほとよういおほ くめやすくていちこちてうのこゑにはつのをゝたてゝふともしらへやらてさふ らひ給へはなをかきあはせ許は手ひとつすさましからてこそとのたまへはさら にけふの御あそひのさしいらへにましらふ許の手つかひなんおほえす侍けると けしきはみたまふさもあることなれと女かくにえことませてなむにけにけると つたはらむ名こそおしけれとてわらひ給しらへはてゝおかしきほとにかきあは せはかりひきてまいらせたまひつこの御むまこの君たちのいとうつくしきとの ゐすかたともにてふきあはせたる物の手ともまたわかけれとおいさきありてい みしくおかしけなり御ことゝものしらへともとゝのひはてゝかきあはせ給へる ほといつれとなきなかにひはゝすくれて上手めき神さひたるてつかひすみはて ておもしろくきこゆ和こんに大将もみゝとゝめ給へるになつかしくあいきやう" }, { "vol": 35, "page": 1152, "text": "つきたる御つまをとにかきかへしたるねのめつらしくいまめきてさらにこのわ さとある上手とものおとろ〱しくかきたてたるしらへてうしにをとらすにき はゝしくやまとことにもかゝる手ありけりときゝおとろかるふかき御らうのほ とあらはにきこえておもしろきにおとゝ御心おちゐていとありかたくおもひき こえ給さうの御ことはものゝひま〱に心もとなくもりいつるものゝねからに てうつくしけになまめかしくのみきこゆきむはなをわかき方なれとならひ給さ かりなれはたと〱しからすいとよく物にひゝきあひていうになりにける御こ とのねかなと大将きゝ給拍子とりてさうかし給院も時〱あふきうちならして くはへ給御こゑむかしよりもいみしくおもしろくすこしふつゝかに物〱しき けそひてきこゆ大将もこゑいとすくれたまへる人にて夜のしつかになりゆくま ゝにいふかきりなくなつかしき夜の御あそひなり月心もとなきころなれはとう ろこなたかなたにかけて火よきほとにともさせ給へり宮の御方をのそき給へれ は人よりけにちいさくうつくしけにてたゝ御そのみある心ちすにほひやかなる 方はをくれてたゝいとあてやかにおかしく二月の中十日許のあをやきのわつか" }, { "vol": 35, "page": 1153, "text": "にしたりはしめたらむ心ちしてうくひすのはかせにもみたれぬへくあえかにみ え給さくらのほそなかに御くしはひたりみきよりこほれかゝりてやなきのいと のさましたりこれこそはかきりなき人の御ありさまなめれとみゆるに女御のき みはおなしやうなる御なまめきすかたのいますこしにほひくはゝりてもてなし けはひ心にくゝよしあるさまし給てよくさきこほれたるふちの花の夏にかゝり てかたはらにならふ花なきあさほらけの心ちそし給へるさるはいとふくらかな るほとになり給てなやましくおほえ給けれは御こともおしやりてけうそくにお しかゝり給へりさゝやかになよひかゝり給へるに御けうそくはれいのほとなれ はをよひたる心ちしてことさらにちいさくつくらはやとみゆるそいとあはれけ におはしけるこうはいの御そに御くしのかゝりはら〱ときよらにてほかけの 御すかた世になくうつくしけなるにむらさきのうへはえひそめにやあらむ色こ きこうちきうすゝわうのほそなかに御くしのたまれるほとこちたくゆるらかに おほきさなとよきほとにやうたいあらまほしくあたりにゝほひみちたる心ちし て花といはゝさくらにたとへてもなをものよりすくれたるけはひことに物し給" }, { "vol": 35, "page": 1154, "text": "かゝる御あたりにあかしはけをさるへきをいとさしもあらすもてなしなとけし きはみはつかしく心のそこゆかしきさましてそこはかとなくあてになまめかし くみゆ柳のをりものゝほそなかにもえきにやあらむこうちきゝてうすものゝも のはかなけなるひきかけてことさらひけしたれとけはひ思ひなしも心にくゝあ なつらはしからすこまのあをちのにしきのはしさしたるしとねにまほにもゐて ひはをうちをきてたゝけしき許ひきかけてたをやかにつかひなしたるはちのも てなしねをきくよりも又ありかたくなつかしくてさ月まつ花たちはなのはなも みもくしてをしおれるかほりおほゆこれもかれもうちとけぬ御けはひともをき ゝみ給に大将もいと内ゆかしくおほえ給たいのうへのみしおりよりもねひまさ りたまへらむありさまゆかしきにしつ心もなし宮をはいますこしのすくせをよ はましかはわかものにてもみたてまつりてまし心のいとぬるきそくやしきや院 はたひ〱さやうにおもむけてしりう事にものたまはせけるをとねたく思へと すこし心やすき方にみえたまふ御けはひにあなつりきこゆとはなけれといとし も心はうこかさりけりこの御方をはなにこともおもひをよふへきかたなくけと" }, { "vol": 35, "page": 1155, "text": "をくてとしころすきぬれはいかてかたゝおほかたに心よせあるさまをもみえた てまつらむと許のくちおしくなけかしきなりけりあなかちにあるましくおほけ なき心ちなとはさらにものし給はすいとよくもておさめ給へり夜ふけゆくけは ひひやゝかなりふしまちの月はつかにさしいてたる心もとなしや春のおほろ月 よゝ秋のあはれはたかうやうなるものゝねにむしのこゑよりあはせたるたゝな らすこよなくひゝきそふ心ちすかしとのたまへは大将の君秋のよのくまなき月 にはよろつのものゝとゝこほりなきにことふえのねもあきらかにすめる心ちは し侍れとなをことさらにつくりあはせたるやうなるそらのけしき花のつゆにも 色〱めうつろひ心ちりてかきりこそ侍れ春のそらのたと〱しきかすみのま よりおほろなる月かけにしつかにふきあはせたるやうにはいかてかふえのねな ともえむにすみのほりはてすなむ女は春をあはれふとふるき人のいひをき侍け るけにさなむ侍けるなつかしくものゝとゝのほる事は春のゆふくれこそことに 侍けれと申給へはいなこのさためよいにしへより人のわきかねたることをすゑ の世にくたれる人のえあきらめははつましくこそものゝしらへこくのものとも" }, { "vol": 35, "page": 1156, "text": "はしもけにりちをはつきのものにしたるはさもありかしなとのたまひていかに たゝいまいうそくおほえたかきその人かの人御前なとにてたひ〱心みさせ給 にすくれたるはかすゝくなくなりためるをそのこのかみとおもへる上手ともい くはくえまねひとらぬにやあらむこのほのかなる女たちの御中にひきませたら むにきはゝなるへくこそおほえねとしころかくむもれてすくすにみゝなともす こしひか〱しくなりにたるにやあらむくちおしうなむあやしく人のさえはか なくとりすることゝもゝものゝはえありてまさるところなるその御前の御あそ ひなとにひときさみにえらはるゝ人〱それかれといかにそとの給へは大将そ れをなむとり申さむと思ひ侍りつれとあきらかならぬ心のまゝにおよすけてや はと思給ふるのほりての世をきゝあはせ侍らねはにや衛門督の和琴兵部卿宮の 御ひわなとをこそこのころめつらかなるためしにひきいて侍めれけにかたはら なきをこよひうけたまはるものゝねとものみなひとしくみゝおとろき侍はなを かくわさともあらぬ御あそひとかねて思給へたゆみける心のさはくにや侍らむ さうかなといとつかうまつりにくゝなむ和琴はかのおとゝ許こそかくをりにつ" }, { "vol": 35, "page": 1157, "text": "けてこしらへなひかしたるねなと心にまかせてかきたて給へるはいとことにも のし給へおさ〱きははなれぬ物に侍へめるをいとかしこくとゝのひてこそ侍 りつれとめてきこえたまふいとさこと〱しきゝはにはあらぬをわさとうるは しくもとりなさるゝかなとてしたりかほにほゝゑみたまふけにけしうはあらぬ 弟子ともなりかし琵琶はしもこゝにくちいるへきことましらぬをさいへと物の けはひことなるへしおほえぬ所にてきゝはしめたりしにめつらしきものゝこゑ かなとなむおほえしかとそのおりよりは又こよなくまさりにたるをやとせめて われかしこにかこちなし給へは女房なとはすこしつきしろふよろつのことみち 〱につけてならひまねはゝさえといふ物いつれもきはなくおほえつゝわか心 ちにあくへきかきりなくならひとらむ事はいとかたけれとなにかはそのたとり ふかき人のいまの世におさ〱なけれはかたはしをなたらかにまねひえたらむ 人さるかたかとに心をやりてもありぬへきを琴なむ猶わつらはしく手ふれにく き物はありけるこのことはまことにあとのまゝにたつねとりたるむかしの人は 天地をなひかしおに神の心をやわらけよろつのものゝねのうちにしたかひてか" }, { "vol": 35, "page": 1158, "text": "なしひふかきものもよろこひにかはりいやしくまつしき物もたかき世にあらた まりたからにあつかり世にゆるさるゝたくひおほかりけりこのくにゝひきつた ふるはしめつかたまてふかくこの事を心えたる人はおほくのとしをしらぬくに ゝすこし身をなきになしてこのことをまねひとらむとまとひてたにしうるはか たくなむありけるけにはたあきらかにそらの月ほしをうこかし時ならぬしもゆ きをふらせくもいかつちをさはかしたるためしあかりたる世にはありけりかく かきりなき物にてそのまゝにならひとる人のありかたく世のすゑなれはにやい つこのそのかみのかたはしにかはあらむされとなをかのおに神のみゝとゝめか たふきそめにける物なれはにやなま〱にまねひて思かなはぬたくひありける のちこれをひく人よからすとかいふなむをつけてうるさきまゝにいまはおさ 〱つたふる人なしとかいとくちおしき事にこそあれきんのねをはなれてはな にことをかものをとゝのへしる〱へとはせむけによろつのことおとろふるさ まはやすくなりゆく世の中にひとりいてはなれて心をたてゝもろこしこまとこ の世にまとひありきおやこをはなれむことは世中にひかめる物になりぬへしな" }, { "vol": 35, "page": 1159, "text": "とかなのめにてなをこのみちをかよはししるはかりのはしをはしりをかさらむ しらへひとつに手をひきつくさんことたにはかりもなき物なゝりいはむやおほ くのしらへわつらはしきこくおほかるを心にいりしさかりには世にありとあり こゝにつたはりたるふといふものゝかきりをあまねくみあはせてのち〱は師 とすへき人もなくてなむこのみならひしかと猶あかりての人にはあたるへくも あらしをやましてこのゝちといひてはつたはるへきすゑもなきいとあはれにな むなとのたまへは大将けにいとくちおしくはつかしとおほすこの御子たちの御 中におもふやうにおいゝて給ものしたまはゝそのよになむそもさまてなからへ とまるやうあらはいくはくならぬてのかきりもとゝめたてまつるへき二宮いま よりけしきありてみえたまふをなとのたまへはあかしの君はいとおもたゝしく 涙くみてきゝゐたまへり女御のきみはさうの御ことをはうへにゆつりきこえて よりふし給ひぬれはあつまをおとゝの御まへにまいりてけちかき御あそひにな りぬかつらきあそひ給はなやかにおもしろしおとゝおりかへしうたひ給御こゑ たとへんかたなくあいきやうつきめてたし月やう〱さしあかるまゝに花の色" }, { "vol": 35, "page": 1160, "text": "かももてはやされてけにいと心にくきほと也さうのことは女御の御つまをとは いとらうたけになつかしくはゝ君の御けはひくはゝりてゆのねふかくいみしく すみてきこえつるをこの御てつかひは又さまかはりてゆるゝかにおもしろくき く人たゝならすすゝろはしきまてあいきやうつきてりむの手なとすへてさらに いとかとある御ことのねなりかへりこゑにみなしらへかはりてりちのかきあは せともなつかしくいまめきたるにきんはこかのしらへあまたの手のなかに心と ゝめてかならすひき給へき五六のはちをいとおもしろくすましてひき給さらに かたほならすいとよくすみてきこゆ春秋よろつのものにかよへるしらへにてか よはしわたしつゝひき給心しらひをしへきこえ給さまたかへすいとよくわきま へたまへるをいとうつくしくおもたゝしく思ひきこえ給このきみたちのいとう つくしくふきたてゝせちに心いれたるをらうたかり給てねふたくなりにたらむ にこよひのあそひはなかくはあらてはつかなるほとにと思ひつるをとゝめかた きものゝねとものいつれともなきをきゝわくほとのみゝとからぬたと〱しさ にいたくふけにけり心なきわさなりやとてさうのふえふくきみにかはらけさし" }, { "vol": 35, "page": 1161, "text": "給て御そぬきてかつけ給よこふえのきみにはこなたよりをりものゝほそなかに はかまなとこと〱しからぬさまにけしきはかりにて大将の君には宮の御方よ りさか月さしいてゝ宮の御さうそくひとくたりかつけたてまつり給をおとゝあ やしやものゝ師をこそまつはものめかし給はめうれはしき事也とのたまふに宮 のおはしますみ木ちやうのそはより御ふえをたてまつるうちわらひ給てとり給 いみしきこまふえなりすこしふきならし給へはみなたちいて給ほとに大将たち とまり給て御このもちたまへるふえをとりていみしくおもしろくふきたて給へ るかいとめてたくきこゆれはいつれも〱みな御手をはなれぬものゝつたへ 〱いとになくのみあるにてそわか御さえの程ありかたくおほしゝられける大 将殿はきみたちを御くるまにのせて月のすめるにまかて給みちすからさうのこ とのかはりていみしかりつるねもみゝにつきてこひしくおほえたまふわか北の 方は故大宮のをしへきこえ給しかと心にもしめ給はさりしほとにわかれたてま つりたまひにしかはゆるゝかにもひきとりたまはておとこ君の御まへにてはは ちてさらにひきたまはすなにこともたゝおひらかにうちをほときたるさまして" }, { "vol": 35, "page": 1162, "text": "ことものあつかひをいとまなくつき〱し給へはおかしき所もなくおほゆさす かにはらあしくてものねたみうちしたるあいきやうつきてうつくしき人さまに そものし給める院はたいへわたり給ひぬうへはとまり給て宮にも御ものかたり なときこえたまひてあか月にそわたり給へるひたかうなるまておほとのこもれ り宮の御ことのねはいとうるさくなりにけりないかゝきゝ給しときこえ給へは はしめつかたあなたにてほのきゝしはいかにそやありしをいとこよなくなりに けりいかてかはかくこと事なくをしへきこえたまはむにはといらへきこえたま ふさかしてをとる〱おほつかなからぬものゝ師なりかしこれかれにもうるさ くわつらはしくていとまいるわさなれはおしへたてまつらぬを院にも内にも琴 はさりともならはしきこゆらむとのたまふときくかいとおしくさりともさはか りのことをたにかくとりわきて御うしろみにとあつけたまへるしるしにはと思 ひおこしてなむなときこえ給ついてにもむかしよつかぬほとをあつかひ思ひし さまその世にはいとまもありかたくて心のとかにとりわきをしへきこゆる事な ともなくちかき世にもなにとなくつき〱まきれつゝすくしてきゝあつかはぬ" }, { "vol": 35, "page": 1163, "text": "御ことのねのいてはへしたりしもめむほくありて大将のいたくかたふきおとろ きたりしけしきも思ふやうにうれしくこそありしかなときこえ給かやうのすち もいまは又おとな〱しく宮たちの御あつかひなとゝりもちてし給さまもいた らぬ事なくすへてなにことにつけてももとかしくたと〱しきことましらすあ りかたき人の御ありさまなれはいとかくくしぬる人はよにひさしからぬためし もあなるをとゆゝしきまて思ひきこえ給さま〱なる人のありさまをみあつめ たまふまゝにとりあつめたらひたることはまことにたくひあらしとのみ思ひき こえ給へりことしは三十七にそなり給みたてまつり給し年月のことなともあは れにおほしいてたるついてにさるへき御いのりなとつねよりもとりわきてこと しはつゝしみたまへものさはかしくのみありておもひいたらぬ事もあらむを猶 おほしめくらしておほきなることゝもし給はゝをのつからせさせてむこそうつ のものし給はすなりにたるこそいとくちおしけれおほかたにてうちたのまむに もいとかしこかりし人をなとのたまひいつみつからはをさなくより人にことな るさまにてこと〱しくおいいてゝいまの世のおほえありさまきしかたにたく" }, { "vol": 35, "page": 1164, "text": "ひすくなくなむありけるされと又よにすくれてかなしきめをみるかたも人には まさりけりかしまつは思ふ人にさま〱をくれのこりとまれるよはひのすゑに もあかすかなしと思ふことおほくあちきなくさるましきことにつけてもあやし くものおもはしく心にあかすおほゆることそひたる身にてすきぬれはそれにか へてやおもひしほとよりはいまゝてもなからふるならむとなん思ひしらるゝ君 の御身にはかのひとふしのわかれよりあなたこなた物思ひとて心みたり給許の ことあらしとなんおもふきさきといひましてそれよりつき〱はやむことなき 人といへとみなかならすやすからぬ物おもひそふわさ也たかきましらひにつけ ても心みたれ人にあらそふ思ひのたえぬもやすけなきをおやのまとの内なから すくしたまへるやうなる心やすきことはなしその方人にすくれたりけるすくせ とはおほししるや思ひのほかにこの宮のかくわたりものし給へるこそはなまく るしかるへけれとそれにつけてはいとゝくはふる心さしのほとを御身つからの うへなれはおほししらすやあらむものゝ心もふかくしり給めれはさりともとな む思ふときこえたまへはのたまふやうに物はかなき身にはすきにたるよそのお" }, { "vol": 35, "page": 1165, "text": "ほえはあらめと心にたえぬものなけかしさのみうちそふやさはみつからのいの りなりけるとてのこりおほけなるけはひはつかしけなりまめやかにはいとゆく さきすくなき心ちするをことしもかくしらすかほにてすくすはいとうしろめた くこそさき〱もきこゆる事いかて御ゆるしあらはときこえ給それはしもある ましき事になんさてかけはなれ給ひなむ世にのこりてはなにのかひかあらむた ゝかくなにとなくてすくる年月なれとあけくれのへたてなきうれしさのみこそ ますことなくおほゆれ猶思ふさまことなる心のほとをみはて給へとのみきこえ 給をれいのことゝ心やましくてなみたくみたまへるけしきをいとあはれにみた てまつり給てよろつにきこえまきらはし給おほくはあらねと人のありさまのと り〱にくちおしくはあらぬをみしりゆくまゝにまことのこゝろはせおひらか におちゐたるこそいとかたきわさなりけれとなむ思ひはてにたる大将のはゝ君 をおさなかりしほとにみそめてやむことなくえさらぬすちには思ひしをつねに なかよからすへたてある心ちしてやみにしこそいま思へはいとおしくゝやしく もあれ又わかあやまちにのみもあらさりけりなと心ひとつになむ思ひいつるう" }, { "vol": 35, "page": 1166, "text": "るはしくをもりかにてそのことのあかぬかなとおほゆる事もなかりきたゝいと あまりみたれたる所なくすく〱しくすこしさかしとやいふへかりけむと思ふ にはたのもしくみるにはわつらはしかりし人さまになん中宮の御はゝみやす所 なんさまことに心ふかくなまめかしきためしにはまつ思ひいてらるれと人みえ にくゝくるしかりしさまになんありしうらむへきふしそけにことはりとおほゆ るふしをやかてなかくおもひつめてふかくゑんせられしこそいとくるしかりし か心ゆるひなくはつかしくて我も人もうちたゆみあさゆふのむつひをかはさむ にはいとつゝましき所のありしかはうちとけてはみおとさるゝ事やなとあまり つくろひしほとにやかてへたゝりし中そかしいとあるましき名をたちて身のあ は〱しくなりぬるなけきをいみしく思ひしめ給へりしかいとおしくけに人か らをおもひしも我つみある心ちしてやみにしなくさめに中宮をかくさるへき御 契とはいひなからとりたてゝ世のそしり人のうらみをもしらす心よせたてまつ るをかの世なからもみなおされぬらむ今もむかしもなをさりなる心のすさひに いとおしくゝやしき事もおほくなんときし方の人の御うへすこしつゝのたまひ" }, { "vol": 35, "page": 1167, "text": "いてゝ内の御方の御うしろみはなに許のほとならすとあなつりそめて心やすき ものにおもひしを猶心のそこみえすきはなくふかき所ある人になむうはへは人 になひきおひらかにみえなからうちとけぬけしきしたにこもりてそこはかとな くはつかしき所こそあれとのたまへはこと人はみねはしらぬをこれはまほなら ねとをのつからけしきみるおり〱もあるにいとうちとけにくゝ心はつかしき ありさましるきをいとたとしへなきうらなさをいかにみ給らんとつゝましけれ と女御はをのつからおほしゆるすらんとのみ思ひてなむとのたまふさはかりめ さましと心をき給へりし人をいまはかくゆるしてみえかはしなとし給も女御の 御ためのま心なるあまりそかしとおほすにいとありかたけれは君こそはさすか にくまなきにはあらぬものから人により事にしたかひいとよくふたすちに心つ かひはし給けれさらにこゝらみれと御ありさまにゝたる人はなかりけりいとけ しきこそものし給へとほゝゑみてきこえ給宮にいとよくひきとり給へりしこと のよろこひきこえむとてゆふつかたわたり給ぬわれに心をく人やあらむともお ほしたゝすいといたくわかひてひとへに御ことに心いれておはすいまはいとま" }, { "vol": 35, "page": 1168, "text": "ゆるしてうちやすませ給へかし物の師は心ゆかせてこそいとくるしかりつる日 ころのしるしありてうしろやすくなり給にけりとて御ことゝもおしやりておほ とのこもりぬたいにはれいのおはしまさぬ夜はよゐゐしたまひてひと〱に物 かたりなとよませてきゝ給かく世のたとひにいひあつめたるむかしかたりとも にもあたなる男色このみふた心ある人にかゝつらひたる女かやうなる事をいひ あつめたるにもつゐによるかたありてこそあめれあやしくうきてもすくしつる ありさまかなけにのたまひつるやうに人よりことなるすくせもありける身なか ら人のしのひかたくあかぬ事にするもの思ひはなれぬ身にてやゝみなむとすら んあちきなくもあるかななと思ひつゝけて夜ふけておほとのこもりぬるあか月 かたより御むねをなやみ給人〻みたてまつりあつかひて御せうそこきこえさせ むときこゆるをいとひんないことゝせいし給てたへかたきをおさへてあかした まふつ御身もぬるみて御心ちもいとあしけれと院もとみにわたりたまはぬ程か くなむともきこえす女御の御かたより御せうそこあるにかくなやましくてなむ ときこえ給えるにおとろきてそなたよりきこえたまへるにむねつふれていそき" }, { "vol": 35, "page": 1169, "text": "わたり給へるにいとくるしけにておはすいかなる御心ちそとてさくりたてまつ り給へはいとあつくおはすれはきのふきこえ給し御つゝしみのすちなとおほし あはせ給ていとおそろしくおほさる御かゆなとこなたにまいらせたれと御覧し もいれすひゝとひそひおはしてよろつにみたてまつりなけき給はかなき御くた 物をたにいと物うくし給ておきあかり給事たえて日ころへぬいかならむとおほ しさはきて御いのりともかすしらすはしめさせ給そうめして御かちなとせさせ 給そこ所ともなくいみしくくるしくし給てむねは時〻おこりつゝわつらひ給さ またへかたくくるしけなりさま〱の御つゝしみかきりなけれとしるしもみえ すをもしとみれとをのつからをこたるけちめあらはたのもしきをいみしく心ほ そくかなしとみたてまつり給にこと事おほされねは御賀のひゝきもしつまりぬ かの院よりもかくわつらひ給よしきこしめして御とふらひいとねんころにたひ 〱きこえ給おなしさまにて二月もすきぬいふかきりなくおほしなけきて心み に所をかへ給はむとて二条院にわたしたてまつり給ひつ院のうちゆすりみちて 思ひなけく人おほかり冷泉院もきこしめしなけくこの人うせたまはゝ院もかな" }, { "vol": 35, "page": 1170, "text": "らす世をそむく御ほいとけたまひてむと大将の君なとも心をつくしてみたてま つりあつかひ給てみすほうなとはおほかたのをはさる物にてとりわきてつかう まつらせ給いさゝか物おほしわくひまにはきこゆる事をさも心うくとのみうら みきこえ給へとかきりありてわかれはて給はむよりもめのまへにわか心とやつ しすて給はむ御ありさまをみてはさらにかた時たふましくのみおしくかなしか るへけれはむかしよりみつからそかゝるほいふかきをとまりてさう〱しくお ほされん心くるしさにひかれつゝすくすをさかさまにうちすてたまはむとやお ほすとのみおしみきこえ給にけにいとたのみかたけによはりつゝかきりのさま にみえ給おり〱おほかるをいかさまにせむとおほしまとひつゝ宮の御方にも あからさまにわたりたまはす御ことゝもすさましくてみなひきこめられ院のう ちの人〻はみなあるかきり二条院につとひまいりてこの院には火をけちたるや うにてたゝ女とちおはして人ひとりの御けはひなりけりとみゆ女御のきみもわ たり給てもろともにみたてまつりあつかひたまふたゝにもおはしまさて物のけ なといとおそろしきをはやくまいりたまひねとくるしき御心地にもきこえ給わ" }, { "vol": 35, "page": 1171, "text": "か宮のいとうつくしうておはしますをみたてまつり給てもいみしくなき給てを となひたまはむをえみたてまつらすなりなむことわすれ給なんかしとの給へは 女御せきあへすかなしとおほしたりゆゝしくかくなおほしそさりともけしうは ものし給はし心によりなん人はともかくもあるをきてひろきうつは物にはさい はひもそれにしたかひせはき心ある人はさるへきにてたかきみとなりてもゆた かにゆるへるかたはをくれきうなる人はひさしくつねならす心ぬるくなたらか なる人はなかきためしなむおほかりけるなと仏神にもこの御心はせのありかた くつみかろきさまを申あきらめさせたまふみす法のあさりたちよゐなとにても ちかくさふらふかきりのやむことなきそうなともいとかくおほしまとへる御け はひをきくにいといみしく心くるしけれは心をおこしていのりきこゆすこしよ ろしきさまにみえ給時五六日うちませつゝ又をもりわつらひ給こといつとなく て月日をへ給は猶いかにおはすへきにかよかるましき御心ちにやとおほしなけ く御物のけなといひていてくるもなしなやみたまふさまそこはかとみえすたゝ ひにそへてよはり給さまにのみゝゆれはいとも〱かなしくいみしくおほすに" }, { "vol": 35, "page": 1172, "text": "御心のいとまもなけなりまことや衛門督は中納言になりにきかしいまの御世に はいとしたしくおほされていと時の人也身のおほえまさるにつけても思ふこと のかなはぬうれはしさを思ひわひてこの宮の御あねの二宮をなむえたてまつり てける下らうのかういはらにおはしましけれは心やすきかたましりて思ひきこ え給へり人からもなへての人におもひなすらふれはけはひこよなくおはすれと もとよりしみにしかたこそなをふかゝりけれなくさめかたきをはすてにて人め にとかめらるましきはかりにもてなしきこえ給へりなをかのしたの心わすられ すこ侍従といふかたらひ人は宮の御侍従のめのとのむすめなりけりそのめのと のあねそかのかんの君の御めのとなりけれはゝやくよりけちかくきゝたてまつ りてまた宮をさなくおはしましゝ時よりいときよらになむおはしますみかとの かしつきたてまつりたまふさまなときゝをきたてまつりてかゝるおもひもつき そめたるなりけりかくて院もはなれおはしますほと人めすくなくしめやかなら むをおしはかりてこしゝうをむかへとりつゝいみしうかたらふむかしよりかく いのちもたふましく思ふことをかゝるしたしきよすかありて御ありさまをきゝ" }, { "vol": 35, "page": 1173, "text": "つたへたえぬ心のほとをもきこしめさせてたのもしきにさらにそのしるしのな けれはいみしくなんつらき院のうへたにかくあまたにかけ〱しくて人におさ れ給やうにてひとりおほとのこもるよな〱おほくつれ〱にてすくし給なり なと人のそうしけるついてにもすこしくいおほしたる御けしきにておなしくは たゝ人の心やすきうしろみをさためむにはまめやかにつかうまつるへき人をこ そさたむへかりけれとのたまはせて女二の宮の中〱うしろやすくゆくすゑな かきさまにてものし給なる事とのたまはせけるをつたへきゝしにいとおしくも くちおしくもいかゝ思みたるゝけにおなし御すちとはたつねきこえしかとそれ はそれとこそおほゆるわさなりけれとうちうめき給へはこしゝういてあなおほ けなそれをそれとさしをきたてまつり給て又いかやうにかきりなき御心ならむ といへはうちほゝゑみてさこそはありけれ宮にかたしけなくきこえさせをよひ けるさまは院にも内にもきこしめしけりなとてかはさてもさふらはさらましと なむことのついてにはのたまはせけるいてやたゝいますこしの御いたはりあら ましかはなといへはいとかたき御事也や御すくせとかいふこと侍なるをもとに" }, { "vol": 35, "page": 1174, "text": "てかの院の事にいてゝねんころにきこえ給ふにたちならひさまたけきこえさせ 給へき御身のおほえとやおほされしこのころこそすこし物〱しく御その色も ふかくなり給へれといへはいふかひなくはやりかなるくちこはさにえいひはて 給はていまはよしすきにしかたをはきこえしやたゝかくありかたきものゝひま にけちかきほとにてこの心のうちに思ふことのはしすこしきこえさせつへくた はかり給へおほけなき心はすへてよしみ給へいとおそろしけれは思ひはなれて 侍りとのたまへはこれよりおほけなき心はいかゝはあらむいとむくつけき事を もおほしよりけるかなゝにしにまいりつらむとはちふくいてあなきゝにくあま りこちたくものをこそいひなし給へけれ世はいとさためなきものを女御きさき もあるやうありてものしたまふたくひなくやはましてその御ありさまよおもへ はいとたくひなくめてたけれとうち〱は心やましきこともおほかるらむ院の あまたの御中に又ならひなきやうにならはしきこえ給ひしにさしもひとしから ぬきはの御方〱にたちましりめさましけなることもありぬへくこそいとよく きゝ侍りや世中はいとつねなき物をひときはに思ひさためてはしたなくつきゝ" }, { "vol": 35, "page": 1175, "text": "りなる事なのたまひそよとのたまへは人におとされ給へる御ありさまとてめて たき方にあらため給へきにやは侍らむこれは世のつねの御ありさまにも侍らさ めりたゝ御うしろみなくてたゝよはしくおはしまさむよりはおやさまにとゆつ りきこえ給しかはかたみにさこそ思ひかはしきこえさせ給ためれあいなき御お としめことになむとはて〱ははらたつをよろつにいひこしらへてまことはさ はかりよになき御ありさまをみたてまつりなれ給へる御心にかすにもあらすあ やしきなれすかたをうちとけて御覧せられんとはさらに思ひかけぬ事なりたゝ ひとことものこしにてきこえしらす許はなにはかりの御身のやつれにかはあら む仏神にも思ふ事申すはつみあるわさかはといみしきちかことをしつゝのたま へはしはしこそいとあるましきことにいひかへしけれ物ふかゝらぬわか人は人 のかく身にかへていみしく思ひのたまふをえいなひはてゝもしさりぬへきひま あらはたはかり侍らむ院のおはしまさぬ夜はみ帳のめくりに人おほくさふらふ ておましのほとりにさるへき人かならすさふらひ給へはいかなるおりをかはひ まをみつけ侍へるへからむとわひつゝまいりぬいかに〱とひゝにせめられこ" }, { "vol": 35, "page": 1176, "text": "うしてさるへきおりうかゝひつけてせうそこしおこせたりよろこひなからいみ しくやつれしのひておはしぬまことにわかこゝろにもいとけしからぬことなれ はけちかくなか〱おもひみたるゝこともまさるへきことまては思ひもよらす たゝいとほのかに御そのつまはかりをみたてまつりし春のゆふへのあかす世と ゝもに思ひいてられ給御ありさまをすこしけちかくてみたてまつりおもふこと をもきこえしらせてはひとくたりの御かへりなともやみせたまふあはれとやお ほししるとそ思ひける四月十よ日はかりの事也みそきあすとて斎院にたてまつ り給女房十二人ことに上らうにはあらぬわかき人わらへなとをのかしゝものぬ ひけさうなとしつゝものみむと思ひまうくるもとり〱にいとまなけにて御前 のかたしめやかにて人しけからぬおりなりけりちかくさふらふあせちのきみも 時〻かよふ源中将せめてよひいたさせけれはおりたるまにたゝこのしゝうはか りちかくはさふらふなりけりよきおりとおもひてやをらみ帳のひんかしおもて のおましのはしにすゑつさまてもあるへきことなりやは宮はなに心もなくおほ とのこもりにけるをちかくおとこのけはひのすれは院のおはするとおほしたる" }, { "vol": 35, "page": 1177, "text": "にうちかしこまりたるけしきみせてゆかのしもにいたきおろしたてまつるにも のにをそはるゝかとせめてみあけ給へれはあらぬ人なりけりあやしくきゝもし らぬことゝもをそきこゆるやあさましくむくつけくなりて人めせとちかくもさ ふらはねはきゝつけてまいるもなしわなゝき給さま水のやうにあせもなかれて ものもおほえ給はぬけしきいとあはれにらうたけ也かすならねといとかうしも おほしめさるへき身とは思給へられすなむゝかしよりおほけなき心の侍しをひ たふるにこめてやみ侍なましかは心のうちにくたしてすきぬへかりけるを中 〱もらしきこえさせて院にもきこしめされにしをこよなくもてはなれてもの たまはせさりけるにたのみをかけそめ侍て身のかすならぬひときはに人よりふ かき心さしをむなしくなし侍ぬることゝうこかし侍にし心なむよろついまはか ひなきことゝ思給へかへせといかはかりしみ侍にけるにかとし月にそへてくち おしくもつらくもむくつけくもあはれにも色〱にふかく思給へまさるにせき かねてかくおほけなきさまを御らむせられぬるもかつはいと思ひやりなくはつ かしけれはつみをもき心もさらに侍るましといひもてゆくにこの人なりけりと" }, { "vol": 35, "page": 1178, "text": "おほすにいとめさましくおそろしくてつゆいらへもし給はすいとことはりなれ と世にためしなきことにも侍らぬをめつらかになさけなき御心はへならはいと 心うくて中〱ひたふる心もこそつき侍れあはれとたにのたまはせはそれをう けたまはりてまかてなむとよろつにきこえ給よその思ひやりはいつくしく物な れてみえたてまつらむ事もはつかしくおしはかられ給にたゝか許おもひつめた るかたはしきこえしらせてなか〱かけ〱しき事はなくてやみなんとおもひ しかといとさはかりけたかうはつかしけにはあらてなつかしくらうたけにやは 〱とのみゝえたまふ御けはひのあてにいみしくおほゆることそ人にゝさせ給 はさりけるさかしく思ひしつむる心もうせていつちも〱ゐてかくしたてまつ りてわか身もよにふるさまならすあとたえてやみなはやとまて思みたれぬたゝ いさゝかまとろむともなきゆめにこの手ならしゝねこのいとらうたけにうちな きてきたるをこの宮にたてまつらむとてわかゐてきたるとおほしきをなにしに たてまつりつらむと思ふほとにおとろきていかにみえつるならむと思ふ宮はい とあさましくうつゝともおほえ給はぬにむねふたかりておほしをほほるゝを猶" }, { "vol": 35, "page": 1179, "text": "かくのかれぬ御すくせのあさからさりけるとおもほしなせみつからの心なから もうつし心にはあらすなむおほえ侍かのおほえなかりしみすのつまをねこのつ なひきたりしゆふへのこともきこえいてたりけにさはたありけむよとくちおし く契心うき御みなりけり院にもいまはいかてかはみえたてまつらむとかなしく 心ほそくていとをさなけになきたまふをいとかたしけなくあはれとみたてまつ りて人の御涙をさへのこふそてはいとゝつゆけさのみまさるあけゆくけしきな るにいてむかたなく中〱也いかゝはし侍へきいみしくにくませ給へは又きこ えさせむ事もありかたきをたゝひとこと御こゑをきかせ給へとよろつにきこえ なやますもうるさくわひしくて物のさらにいはれたまはねははて〱はむくつ けくこそなり侍ぬれまたかゝるやうはあらしといとうしとおもひきこえてさら はふようなめり身をいたつらにやはなしはてぬいとすてかたきによりてこそか くまても侍れこよひにかきり侍なむもいみしくなむつゆにても御心ゆるしたま ふさまなとはそれにかへつるにてもすて侍なましとてかきいたきていつるには てはいかにしつるそとあきれておほさるすみのまの屏風をひきひろけてとをゝ" }, { "vol": 35, "page": 1180, "text": "しあけたれはわたとのゝみなみのとのよへいりしかまたあきなからあるにまた あけくれのほとなるへしほのかにもみたてまつらむの心あれはかうしをやをら ひきあけてかういとつらき御心にうつし心もうせ侍ぬすこしおもひのとめよと おほされはあはれとたにのたまはせよとをとしきこゆるをいとめつらか也とお ほしてものもいはむとおほせとわなゝかれていとわか〱しき御さま也たゝあ けにあけゆくにいと心あはたゝしくてあはれなるゆめかたりもきこえさすへき をかくにくませ給へはこそさりともいまおほしあはする事も侍りなむとてのと かならすたちいつるあけくれ秋のそらよりも心つくし也 おきてゆく空もしられぬあけくれにいつくの露のかゝる袖なりとひきいて ゝうれへきこゆれはいてなむとするにすこしなくさめ給て あけくれの空にうきみはきえなゝん夢なりけりとみてもやむへくとはかな けにのたまふこゑのわかくおかしけなるをきゝさすやうにていてぬるたましひ はまことに身をはなれてとまりぬる心ちす女宮の御もとにもまうてたまはて大 殿へそしのひておはしぬるうちふしたれとめもあはすみつるゆめのさたかにあ" }, { "vol": 35, "page": 1181, "text": "はむこともかたきをさへ思ふにかのねこのありしさまいとこひしくおもひいて らるさてもいみしきあやまちしつる身かな世にあらむことこそまはゆくなりぬ れとおそろしくそらはつかしき心ちしてありきなともし給はす女の御ためはさ らにもいはすわか心ちにもいとあるましきことゝいふ中にもむくつけくおほゆ れはおもひのまゝにもえまきれありかすみかとの御めをもとりあやまちてこと のきこえあらむにかはかりおほえむことゆへは身のいたつらにならむくるしく もおほゆまししかいちしるきつみにはあたらすともこの院にめをそはめられた てまつらむ事はいとおそろしくはつかしくおほゆかきりなき女ときこゆれとす こしよつきたる心はえましりうはへはゆへありこめかしきにもしたかはぬした の心そひたるこそとあることかゝることにうちなひき心かはし給たくひもあり けれこれはふかき心もおはせねとひたおもむきにものおちし給へる御心にたゝ いましも人のみきゝつけたらむやうにまはゆくはつかしくおほさるれはあかき 所にたにえゐさりいてたまはすいとくちおしき身なりけりとみつからおほしゝ るへしなやましけになむとありけれはおとゝきゝ給ていみしく御心をつくし給" }, { "vol": 35, "page": 1182, "text": "御事にうちそへて又いかにとおとろかせ給てわたり給へりそこはかとくるしけ なることもみえ給はすいといたくはちらひしめりてさやかにもみあはせたてま つり給はぬをいとひさしくなりぬるたえまをうらめしくおほすにやといとおし くてかの御心ちのさまなときこえ給ていまはのとちめにもこそあれいまさらに をろかなるさまをみえをかれしとてなんいはけなかりしほとよりあつかひそめ てみはなちかたけれはかう月ころよろつをしらぬさまにすくし侍にこそをのつ からこのほとすきはみなをし給てむなときこえ給かくけしきもしり給はぬもい とおしく心くるしくおほされて宮は人しれすなみたくましくおほさるかむのき みはまして中〱なる心ちのみまさりておきふしあかしくらしわひたまふまつ りのひなとは物見にあらそひゆくきむたちかきつれきていひそゝのかせとなや ましけにもてなしてなかめふしたまへり女宮をはかしこまりをきたるさまにも てなしきこえておさ〱うちとけてもみえたてまつり給はすわか方にはなれゐ ていとつれ〱に心ほそくなかめゐたまへるにわらはへのもたるあふひをみた まひて" }, { "vol": 35, "page": 1183, "text": "くやしくそつみをかしけるあふひ草神のゆるせるかさしならぬにとおもふ もいと中〱なり世中しつかならぬくるまのをとなとをよその事にきゝて人や りならぬつれ〱にくらしかたくおほゆ女宮もかゝるけしきのすさましけさも みしられ給へはなにことゝはしり給はねとはつかしくめさましきにものおもは しくそおほされける女房なとも物見にみないてゝ人すくなにのとやかなれはう ちなかめてさうのことなつかしくひきまさくりておはするけはひもさすかにあ てになまめかしけれとおなしくはいまひときはをよはさりけるすくせよと猶お ほゆ もろかつらおち葉をなにゝひろひけむ名はむつましきかさしなれともとか きすさひゐたるいとなめけなるしりう事なりかしおとゝの君はまれ〱わたり 給てえふともたちかへり給はすしつ心なくおほさるゝにたえいり給ひぬとて人 まいりたれはさらになにこともおほしわかれす御心もくれてわたり給ふみちの 程の心もとなきにけにかの院はほとりのおほちまて人たちさはきたりとのゝう ちなきのゝしるけはひいとまか〱しわれにもあらていり給へれは日ころはい" }, { "vol": 35, "page": 1184, "text": "さゝかひまみえたまへるをにはかになんかくおはしますとてさふらふかきり我 もをくれたてまつらしとまとふさまともかきりなしみす法とものたんこほちそ うなともさるへきかきりこそまかてねほろ〱とさはくをみたまふにさらはか きりにこそはとおほしはへるあさましさになにことかはたくひあらむさりとも 物のけのするにこそあらめいとかくひたふるになさはきそとしつめたまひてい よ〱いみしき願ともをたてそへさせ給すくれたるけんさとものかきりめしあ つめてかきりある御いのちにてこの世つきたまひぬともたゝいましはしのとめ たまへ不動尊の御本のちかひありその日かすをたにかけとゝめたてまつりたま へとかしらよりまことにくろけふりをたてゝいみしき心をゝこしてかちしたて まつる院もたゝいまひとたひめをみあはせ給へいとあへなくかきりなりつらむ ほとをたにえみすなりにけることのくやしくかなしきをとおほしまとへるさま とまり給へきにもあらぬをみたてまつる心地ともたゝおしはかるへしいみしき 御心の内を仏もみたてまつり給にや月ころさらにあらはれいてこぬものゝけち いさきわらはにうつりてよはひのゝしるほとにやう〱いきいて給にうれしく" }, { "vol": 35, "page": 1185, "text": "もゆゝしくもおほしさはかるいみしくてうせられて人はみなさりねゐむひとゝ ころの御みゝにきこえむをのれを月ころてうしわひさせ給かなさけなくつらけ れはおなしくはおほししらせむとおもひつれとさすかにいのちもたふましく身 をくたきておほしまとふをみたてまつれはいまこそかくいみしき身をうけたれ いにしへの心のゝこりてこそかくまてもまいりきたるなれは物の心くるしさを えみすくさてつゐにあらはれぬることさらにしられしと思つる物をとてかみを ふりかけてなくけはひたゝかのむかしみ給しものゝけのさまとみえたりあさま しくむくつけしとおほししみにしことのかはらぬもゆゝしけれはこのわらはの てをとらへてひきすへてさまあしくもせさせ給はすまことにその人かよからぬ きつねなといふなる物のたふれたるかなき人のおもてふせなることいひいつる もあなるをたしかなるなのりせよ又人のしらさらむことの心にしるく思ひいて られぬへからむをいへさてなむいさゝかにてもしむすへきとのたまへはほろ 〱といたくなきて わか身こそあらぬさまなれそれなから空おほれするきみは君也いとつらし" }, { "vol": 35, "page": 1186, "text": "〱となきさけふものからさすかにものはちしたるけはひかはらす中〱いと うとましく心うけれは物いはせしとおほす中宮の御事にてもいとうれしくかた しけなしとなんあまかけりてもみたてまつれと道ことになりぬれはこのうへま てもふかくおほえぬにやあらむなをみつからつらしと思ひきこえし心のしふな むとまるものなりけるそのなかにもいきてのよに人よりおとしておほしすてし よりも思ふとちの御物かたりのついてに心よからすにくかりしありさまをのた まひいてたりしなむいとうらめしくいまはたゝなきにおほしゆるしてこと人の いひおとしめむをたにはふきかくし給へとこそ思へとうち思しはかりにかくい みしき身のけはひなれはかくところせきなりこの人をふかくにくしと思きこゆ ることはなけれとまもりつよくいと御あたりとをき心ちしてえちかつきまいら す御こゑをたにほのかになむきゝ侍るよしいまはこのつみのかろむはかりのわ さをせさせ給へす法と経とのゝしる事も身にはくるしくわひしきほのほとのみ まつはれてさらにたうときこともきこえねはいとかなしくなむ中宮にもこのよ しをつたへきこえ給へゆめ宮つかへのほとに人ときしろひそねむ心つかひたま" }, { "vol": 35, "page": 1187, "text": "ふな斎宮におはしましゝころほひの御つみかろむへからむくとくの事をかなら すせさせ給へいとくやしきことになむありけるなといひつゝくれとものゝけに むかひてものかたりし給はむもかたはらいたけれはふむしこめてうへをは又こ と方にしのひてわたしたてまつり給かくうせ給にけりといふこと世の中にみち て御とふらひにきこえ給人〻あるをいとゆゝしくおほすけふのかへさみにいて 給ひけるかむたちめなとかへり給みちにかく人の申せはいといみしきことにも あるかないけるかひありつるさいはひ人のひかりうしなふ日にてあめはそほふ るなりけりとうちつけ事し給人もあり又かくたらひぬる人はかならすえなかか らぬ事なりなにをさくらにといふふる事もあるはかゝる人のいとゝ世になから へて世のたのしひをつくさはかたはらの人くるしからむいまこそ二品宮はもと の御おほえあらはれ給はめいとおしけにおされたりつる御おほえをなとうちさ ゝめきけり衛門督きのふくらしかたかりしを思ひてけふは御おとうととも左大 弁藤宰相なとおくの方にのせてみ給けりかくいひあへるをきくにもむねうちつ ふれてなにかうき世にひさしかるへきとうちすしひとりこちてかの院へみなま" }, { "vol": 35, "page": 1188, "text": "いり給たしかならぬことなれはゆゝしくやとてたゝおほかたの御とふらひにま いり給へるにかく人のなきさはけはまことなりけりとたちさはき給へり式部卿 宮もわたり給ていといたくおほしほれたるさまにてそいり給人の御せうそこも え申つたへたまはす大将の君なみたをのこひてたちいて給へるにいかに〱ゆ ゝしきさまに人の申つれはしんしかたき事にてなむたゝひさしき御なやみをう けたまはりなけきてまいりつるなとのたまふいとをもくなりて月日へたまへる をこの暁よりたえいり給へりつるを物のけのしたるになむありけるやうやうい きいて給やうにきゝなし侍ていまなむみな人心しつむめれとまたいとたのもし けなしや心くるしき事にこそとてまことにいたくなき給へるけしき也めもすこ しはれたり衛門督わかあやしき心ならひにやこの君のいとさしもしたしからぬ まゝはゝの御ことをいたく心しめたまへるかなとめをとゝむかくこれかれまい り給へるよしきこしめしてをもきひやうさのにはかにとちめつるさまなりつる を女房なとは心もえおさめすみたりかはしくさはき侍けるに身つからもえのと めす心あはたゝしき程にてなむことさらになむかくものし給へるよろこひはき" }, { "vol": 35, "page": 1189, "text": "こゆへきとのたまへりかむのきみはむねつふれてかゝるおりのらうろうならす はえまいるましくけはひはつかしく思ふも心の内そはらきたなかりけるかくい きいて給てのゝちしもおそろしくおほして又〻いみしき法ともをつくしてくは へをこなはせ給うつし人にてたにむくつけかりし人の御けはひのまして世かは りあやしきものゝさまになりたまへらむをおほしやるにいと心うけれは中宮を あつかひきこえ給さへそこのおりはものうくいひもてゆけは女の身はみなおな しつみふかきもとゐそかしとなへての世中いとはしくかの又ひともきかさりし 御中のむつものかたりにすこしかたりいて給へりしことをいひいてたりしにま ことゝおほしいつるにいとわつらはしくおほさる御くしおろしてむとせちにお ほしたれはいむ事のちからもやとて御いたゝきしるし許はさみて五かい許うけ させたてまつり給御かいの師いむことのすくれたるよし仏に申すにもあはれに たうときことましりて人わるく御かたはらにそひゐてなみたおしのこひ給ひつ ゝ仏をもろ心にねむしきこえ給さま世にかしこくおはする人もいとかく御心ま とふことにあたりてはえしつめたまはぬわさなりけりいかなるわさをしてこれ" }, { "vol": 35, "page": 1190, "text": "をすくひかけとゝめたてまつらむとのみよるひるおほしなけくにほれ〱しき まて御かほもすこしおもやせ給にたり五月なとはましてはれ〱しからぬそら のけしきにえさはやきたまはねとありしよりはすこしよろしきさまなりされと なをたえすなやみわたり給ものゝけのつみすくふへきわさひことに法花経一部 つゝくやうせさせ給日ことになにくれとたうときわさせさせ給御まくらかみち かくてもふたんのみと経こゑたうときかきりしてよませ給あらはれそめてはお り〱かなしけなることゝもをいへとさらにこのものゝけさりはてすいとゝあ つき程はいきもたえつゝいよ〱のみよはり給へはいはむかたなくおほしなけ きたりなきやうなる御心ちにもかゝる御けしきを心くるしくみたてまつり給て 世中になくなりなんもわか身にはさらにくちおしきことのこるましけれとかく おほしまとふめるにむなしくみなされたてまつらむかいと思ひくまなかるへけ れはおもひおこして御ゆなといさゝかまいるけにや六月になりてそ時〱御く しもたけ給けるめつらしくみたてまつり給にも猶いとゆゝしくて六条院にはあ からさまにもえわたり給はすひめ宮はあやしかりしことをおほしなけきしより" }, { "vol": 35, "page": 1191, "text": "やかてれいのさまにもおはせすなやましくし給へとおとろ〱しくはあらすた ちぬる月より物きこしめさていたくあをみそこなはれ給かの人はわりなく思ひ あまる時〱は夢のやうにみたてまつりけれと宮つきせすわりなき事におほし たり院をいみしくをちきこえ給へる御心にありさまも人の程もひとしくたにや はあるいたくよしめきなまめきたれはおほかたの人めにこそなへての人にはま さりてめてらるれおさなくよりさるたくひなき御ありさまにならひたまへる御 心にはめさましくのみみ給ほとにかくなやみわたり給はあはれなる御すくせに そありける御めのとたちみたてまつりとかめて院のわたらせ給こともいとたま さかなるをつふやきうらみたてまつるかくなやみ給ときこしめしてそわたり給 女きみはあつくむつかしとて御くしすましてすこしさはやかにもてなし給へり ふしなからうちやり給へりしかはとみにもかはかねとつゆはかりうちふくみま よふすちもなくていときよらにゆら〱としてあをみおとろへたまへるしもい ろはさをにしろくうつくしけにすきたるやうにみゆる御はたつきなとよになく らうたけ也もぬけたるむしのからなとのやうにまたいとたゝよはしけにおはす" }, { "vol": 35, "page": 1192, "text": "としころすみ給はてすこしあれたりつる院の内たとしへなくせはけにさへみゆ きのふけふかくものおほえたまふひまにて心ことにつくろはれたるやり水せん さいのうちつけに心ちよけなるをみいたし給てもあはれにいまゝてへにけるを おもほす池はいとすゝしけにてはちすの花のさきわたれるにはゝいとあをやか にてつゆきら〱とたまのやうにみえわたるをかれみたまへをのれひとりもす ゝしけなるかなとのたまふにおきあかりてみいたし給へるもいとめつらしけれ はかくてみたてまつるこそ夢の心ちすれいみしくわか身さへかきりとおほゆる おり〱のありしはやと涙をうけてのたまへは身つからもあはれにおほして きえとまるほとやはふへきたまさかにはちすのつゆのかゝる許をとの給 契をかむこの世ならてもはちすはに玉ゐるつゆのこゝろへたつないてたま ふかたさまはものうけれと内にも院にもきこしめさむ所ありなやみ給ときゝて もほとへぬるをめにちかきに心をまとはしつる程みたてまつる事もおさ〱な かりつるにかゝるくもまにさへやはたえこもらむとおほしたちてわたり給ひぬ 宮は御心のおにゝみえたてまつらむもはつかしうつゝましくおほすに物なとき" }, { "vol": 35, "page": 1193, "text": "こえたまふ御いらへもきこえ給はねはひころのつもりをさすかにさりけなくて つらしとおほしけると心くるしけれはとかくこしらへきこえ給をとなひたる人 めして御心ちのさまなとゝひ給れいのさまならぬ御心ちになむとわつらひ給御 ありさまをきこゆあやしくほとへてめつらしき御ことにもと許のたまひて御心 の内にはとしころへぬる人〻たにもさることなきを不定なる御ことにもやとお ほせはことにともかくものたまひあへしらひ給はてたゝうちなやみ給へるさま のいとらうたけなるをあはれとみたてまつり給からうしておほしたちてわたり たまひしかはふともえかへり給はて二三日おはするほといかに〱とうしろめ たくおほさるれは御ふみをのみかきつくし給いつのまにつもるおほむことのは にかあらむいてやゝすからぬ世をもみるかなとわかきみの御あやまちをしらぬ 人はいふ侍従そかゝるにつけてもむねうちさはきけるかの人もかくわたりたま へりときくにおほけなく心あやまりしていみしきことゝもをかきつゝけてをこ せたまへりたいにあからさまにわたり給へる程に人まなりけれはしのひてみせ たてまつるむつかしき物みするこそいと心うけれ心ちのいとゝあしきにとてふ" }, { "vol": 35, "page": 1194, "text": "したまへれはなをたゝこのはしかきのいとおしけに侍そやとてひろけたれは人 のまいるにいとくるしくてみ木ちやうひきよせてさりぬいとゝむねつふるゝに 院いり給へはえよくもかくし給はて御しとねのしたにさしはさみ給つようさり つかた二条院へわたり給はむとて御いとまきこえたまふこゝにはけしうはあら すみえ給をまたいとたゝよはしけなりしをみすてたるやうにおもはるゝもいま さらにいとおしくてなむひか〱しくきこえなす人ありともゆめ心をき給ない まみなおしたまひてむとかたらひ給れいはなまいはけなきたはふれことなとも うちとけきこえたまふをいたくしめりてさやかにもみあはせたてまつり給はぬ をたゝ世のうらめしき御けしきと心えたまふひるのおましにうちふし給て御物 かたりなときこえ給ほとにくれにけりすこしおほとのこもりいりにけるにひく らしのはなやかになくにおとろき給てさらはみちたと〱しからぬ程にとて御 そなとたてまつりなをす月まちてともいふなる物をといとわかやかなるさまし てのたまふはにくからすかしそのまにもとやおほすと心くるしけにおほしてた ちとまり給" }, { "vol": 35, "page": 1195, "text": "夕露に袖ぬらせとやひくらしのなくをきく〱おきて行らむかたなりなる 御心にまかせていひいて給へるもらうたけれはつゐゝてあなくるしやとうちな けきたまふ まつ里もいかゝきくらんかた〱に心さはかすひくらしのこゑなとおほし やすらひてなをなさけなからむも心くるしけれはとまり給ひぬしつ心なくさす かになかめられ給いて御くた物はかりまいりなとしておほとのこもりぬまたあ さすゝみのほとにわたり給はむとてとくおき給ふよへのかはほりをおとしてこ れは風ぬるくこそありけれとて御あふきをき給てきのふうたゝねし給へりしお ましのあたりをたちとまりてみ給に御しとねのすこしまよひたるつまよりあさ みとりのうすやうなるふみのおしまきたるはしみゆるをなに心もなくひきいて ゝ御覧するにおとこの手なりかみのかなといとえむにことさらめきたるかきさ まなりふたかさねにこま〱とかきたるをみ給にまきるへき方なくその人の手 なりけりとみ給つ御かゝみなとあけてまいらする人はみ給ふみにこそはと心も しらぬにこしゝうみつけてきのふのふみの色とみるにいといみしくむねつふ" }, { "vol": 35, "page": 1196, "text": "〱となる心ちす御かゆなとまいる方にめもみやらすいてさりともそれにはあ らしいといみしくさることはありなんやかくいたまひてけむと思ひなす宮はな に心もなくまたおほとのこもれりあないはけなかゝる物をちらし給ひてわれな らぬ人もみつけたらましかはとおほすも心おとりしてされはよいとむけに心に くき所なき御ありさまをうしろめたしとはみるかしとおほすいてたまひぬれは 人〻すこしあかれぬるにしゝうよりて昨日のものはいかゝせさせ給てしけさ院 の御らむしつるふみの色こそにて侍つれときこゆれはあさましとおほして涙の たゝいてきにいてくれはいとおしき物からいふかひなの御さまやとみたてまつ るいつくにかはをかせ給てし人〻のまいりしにことありかほにちかくさふらは しとさはかりのいみをたに心のおにゝさり侍しをいらせ給しほとはすこしほと へ侍にしをかくさせ給つらむとなむ思給へしときこゆれはいさとよみしほとに いり給しかはふともえおきあからてさしはさみしをわすれにけりとのたまふに いときこえむかたなしよりてみれはいつくのかはあらむあないみしかの君もい といたくおちはゝかりてけしきにてももりきかせ給事あらはとかしこまりきこ" }, { "vol": 35, "page": 1197, "text": "え給しものをほとたにへすかゝることのいてまうてくるよすへていはけなき御 ありさまにて人にもみえさせ給けれはとしころさはかりわすれかたくうらみい ひわたり給しかとかくまて思ひ給へし御ことかはたか御ためにもいとおしく侍 へきことゝはゝかりもなくきこゆ心やすくわかくおはすれはなれきこえたるな めりいらへもし給はてたゝなきにのみそなき給いとなやましけにてつゆはかり のものもきこしめさねはかくなやましくせさせ給をみをきたてまつり給ていま はをこたりはて給にたる御あつかひに心をいれ給へることゝつらく思ひいふお とゝはこのふみのなをあやしくおほさるれは人みぬ方にてうち返しつゝみ給さ ふらふ人〱の中にかの中納言の手ににたるてしてかきたるかとまておほしよ れとこと葉つかひきら〱とまかうへくもあらぬことゝもあり年をへて思ひわ たりけることのたまさかにほいかなひて心やすからぬすちをかきつくしたるこ とはいと見所ありてあはれなれといとかくさやかにはかくへしやあたら人のふ みをこそおもひやりなくかきけれおちゝることもこそと思ひしかはむかしかや うにこまかなるへきおりふしにもことそきつゝこそかきまきらはしゝか人のふ" }, { "vol": 35, "page": 1198, "text": "かきようゐはかたきわさなりけりとかの人の心をさへみおとし給つさてもこの 人をはいかゝもてなしきこゆへきめつらしきさまの御心ちもかゝることのまき れにてなりけりいてあな心うやかく人つてならすうきことをしる〱ありしな からみたてまつらむよとわか御心なからもえ思ひなをすましくおほゆるを猶さ りのすさひとはしめより心をとゝめぬ人たに又ことさまの心わくらむと思ふは 心月なく思ひへたてらるゝをましてこれはさまことにおほけなき人の心にもあ りけるかなみかとの御めをもあやまつたくひむかしもありけれとそれは又いふ かたこと也宮つかへといひてわれも人もおなし君になれつかうまつるほとにを のつからさるへき方につけても心をかはしそめものゝまきれおほかりぬへきわ さ也女御かういといへととあるすちかゝるかたにつけてかたほなる人もあり心 はせかならすをもからぬうちましりておもはすなる事もあれとおほろけのさた かなるあやまちみえぬ程はさてもましらふやうもあらむにふとしもあらはなら ぬまきれありぬへしかくはかり又なきさまにもてなしきこえて内〱の心さし ひく方よりもいつくしくかたしけなき物に思ひはくゝまむ人をゝきてかゝるこ" }, { "vol": 35, "page": 1199, "text": "とはさらにたくひあらしとつまはしきせられ給みかとゝきこゆれとたゝすなほ におほやけさまの心はへはかりにて宮つかへの程もゝのすさましきに心さしふ かきわたくしのねきことになひきをのかしゝあはれをつくしみすくしかたきお りのいらへをもいひそめしねんに心かよひそむ覧なからひはおなしけしからぬ すちなれとよるかたありやわか身なからもさはかりの人に心わけ給へくはおほ えぬものをといと心月なけれと又けしきにいたすへきことにもあらすなとおほ しみたるゝにつけて故院のうへもかく御心にはしろしめしてやしらすかほをつ くらせ給ひけむ思へはその世のことこそはいとおそろしくあるましきあやまち なりけれとちかきためしをおほすにそ恋の山ちはえもとくましき御心ましりけ るつれなしつくり給へとものおほしみたるゝさまのしるけれは女君きえのこり たるいとおしみにわたりたまひて人やりならす心くるしう思やりきこえ給にや とおほして心ちはよろしくなりにて侍をかの宮のなやましけにおはすらむにと くわたり給にしこそいとおしけれときこえ給へはさかしれいならすみえ給しか とことなる心ちにもおはせねはをのつから心のとかに思ひてなむ内よりはたひ" }, { "vol": 35, "page": 1200, "text": "〱御つかひありけりけふも御ふみありつとか院のいとやむことなくきこえつ けたまへれはうへもかくおほしたるなるへしすこしをろかになともあらむはこ なたかなたおほさむことのいとおしきそやとてうめき給へは内のきこしめさむ よりもみつからうらめしと思ひきこえ給はむこそ心くるしからめわれはおほし とかめすともよからぬさまにきこえなす人〻かならすあらむと思へはいとくる しくなむなとのたまへはけにあなかちに思ふ人のためにはわつらはしきよすか なけれとよろつにたとりふかきことゝやかくやとおほよそ人のおもはむ心さへ 思ひめくらさるゝをこれはたゝこくわうの御心やをき給はむとはかりをはゝか らむはあさき心ちそしけるとほゝゑみてのたまひまきらはすわたり給はむこと はもろともにかへりてを心のとかにあらむとのみきこえ給をこゝにはしはし心 やすくて侍らんまつわたり給て人の御心もなくさみなむ程にをときこえかはし 給ほとに日ころへぬひめ宮はかくわたりたまはぬ日ころのふるも人の御つらさ にのみおほすをいまはわか御をこたりうちませてかくなりぬるとおほすに院も きこしめしつけていかにおほしめさむと世中つゝましくなむかの人もいみしけ" }, { "vol": 35, "page": 1201, "text": "にのみいひわたれともこしゝうもわつらはしく思ひなけきてかゝることなむあ りしとつけてけれはいとあさましくいつのほとにさる事いてきけむかゝること はありふれはをのつからけしきにてももりいつるやうもやとおもひしたにいと つゝましくそらにめつきたるやうにおほえしをましてさはかりたかふへくもあ らさりしことゝもをみ給てけむはつかしくかたしけなくかたはらいたきにあさ ゆふすゝみもなきころなれと身もしむる心ちしていはむかたなくおほゆとしこ ろまめことにもあたことにもめしまつはしまいりなれつる物を人よりはこまか におほしとゝめたる御けしきのあはれになつかしきをあさましくおほけなき物 に心をかれたてまつりてはいかてかはめをもみあはせたてまつらむさりとてか きたえほのめきまいらさらむも人めあやしくかの御心にもおほしあはせむこと のいみしさなとやすからす思ふに心ちもいとなやましくて内へもまいらすさし てをもきつみにはあたるへきならねと身のいたつらになりぬる心ちすれはされ はよとかつはわか心もいとつらくおほゆいてやしつやかに心にくきけはひみえ 給はぬわたりそやまつはかのみすのはさまもさるへきことかはかる〱しと大" }, { "vol": 35, "page": 1202, "text": "将のおもひ給へるけしきみえきかしなといまそ思ひあはするしゐてこのことを 思ひさまさむとおもふ方にてあなかちになむつけたてまつらまほしきにやあら むよきやうとてもあまりひたおもむきにおほとかにあてなる人は世のありさま もしらすかつさふらふ人に心をき給こともなくてかくいとおしき御身のためも 人のためもいみしきことにもあるかなとかの御ことの心くるしさもえ思ひはな たれ給はす宮はいとらうたけにてなやみわたり給さまのなをいと心くるしくか く思ひはなちたまふにつけてはあやにくにうきにまきれぬこひしさのくるしく おほさるれはわたり給てみたてまつり給につけてもむねいたくいとおしくおほ さる御いのりなとさま〱にせさせ給おほかたのことはありしにかはらすなか 〱いたはしくやむことなくもてなしきこゆるさまをまし給けちかくうちかた らひきこえ給さまはいとこよなく御心へたゝりてかたはらいたけれは人めはか りをめやすくもてなしておほしのみみたるゝにこの御心の内しもそくるしかり けるさることみきともあらはしきこえ給はぬにみつからいとわりなくおほした るさまも心をさなしいとかくおはするけそかしよきやうといひなからあまり心" }, { "vol": 35, "page": 1203, "text": "もとなくをくれたるたのもしけなきわさなりとおほすに世中なへてうしろめた く女御のあまりやはらかにをひれたまへるこそかやうに心かけきこえむ人はま して心みたれなむかし女はかうはるけ所なくなよひたるを人もあなつらはしき にやさるましきにふとめとまり心つよからぬあやまちはしいつるなりけりとお ほす右のおとゝの北の方のとりたてたるうしろみもなくおさなくよりものはか なき世にさすらふるやうにておいゝて給けれとかと〱しくらうありて我もお ほかたにはおやめきしかとにくき心のそはぬにしもあらさりしをなたらかにつ れなくもてなしてすくしこのおとゝのさるむしんの女房に心あはせていりきた りけんにもけさやかにもてはなれたるさまを人にもみえしられことさらにゆる されたるありさまにしなしてわか心とつみあるにはなさすなりにしなといまお もへはいかにかとあることなりけり契ふかき中なりけれはなかくかくてたもた むことはとてもかくてもおなしことあらまし物から心もてありしことゝも世人 もおもひいてはすこしかる〱しき思ひくはゝりなましいといたくもてなして しわさなりとおほしいつ二条の内侍のかむのきみをは猶たえす思ひいてきこえ" }, { "vol": 35, "page": 1204, "text": "給へとかくうしろめたきすちのことうき物におほしゝりてかの御心よはさもす こしかるく思ひなされ給けりつゐに御ほいの事し給てけりときゝ給てはいとあ はれにくちおしく御心うこきてまつとふらひきこえ給いまなむとたににほはし 給はさりけるつらさをあさからすきこえたまふ あまの世をよそにきかめやすまの浦にもしほたれしもたれならなくにさま 〱なる世のさためなさを心におもひつめていまゝてをくれきこえぬるくちお しさをおほしすてつともさりかたき御ゑかうのうちにはまつこそはとあはれに なむなとおほくきこえ給へりとくおほしたちにしことなれとこの御さまたけに かゝつらひて人にはしかあらはし給はぬことなれと心の内あはれにむかしより つらき御契をさすかにあさくしもおほししられぬなと方〱におほしいてらる 御返いまはかくしもかよふましき御ふみのとちめとおほせはあはれにて心とゝ めてかき給すみつきなといとおかしつねなき世とは身ひとつのみしり侍にしを ゝくれぬとのたまはせたるになむけに あま舟にいかゝは思ひをくれけんあかしのうらにいさりせしきみゑかうに" }, { "vol": 35, "page": 1205, "text": "はあまねきかとにてもいかゝはとありこきあをにひのかみにてしきみにさした まへはれいの事なれといたくすくしたるふてつかひなをふりかたくおかしけな り二条院におはします程にて女君にもいまはむけにたえぬる事にてみせたてま つり給いといたくこそはつかしめられたれけに心月なしやさま〱心ほそき世 中のありさまをよくみすくしつるやうなるよなへての世のことにてもはかなく 物をいひかはし時〱によせてあはれをもしりゆへをもすくさすよそなからの むつひかはしつへき人は斎院とこの君とこそはのこりありつるをかくみなそむ きはてて斎院はたいみしうつとめてまきれなくをこなひにしみ給にたなりなを こゝらの人のありさまをきゝみる中にふかく思ふさまにさすかになつかしきこ とのかの人の御なすらひにたにもあらさりけるかな女こをおほしたてむことよ いとかたかるへきわさ也けりすくせなといふらむものはめにみえぬわさにてお やの心にまかせかたしおいたゝむ程の心つかひはなをちからいるへかめりよく こそあまた方〱に心をみたるましき契なりけれ年ふかくいらさりしほとはさ う〱しのわさやさま〱にみましかはとなむなけかしきおり〱ありしわか" }, { "vol": 35, "page": 1206, "text": "宮を心しておほしたてたてまつり給へ女御は物の心をふかくしりたまふほとな らてかくいとまなきましらひをし給へはなに事も心もとなき方にそものし給覧 みこたちなむなをあくかきり人にてむつかるましくて世をのとかにすくし給は むにうしろめたかるましき心はせつけまほしきわさなりけるかきりありてとさ まかうさまのうしろみまうくるたゝ人はをのつからそれにもたすけられぬるを なときこえ給へははか〱しきさまの御うしろみならすとも世になからへんか きりはみたてまつらぬやうあらしと思ふをいかならむとて猶物を心ほそけにて かく心にまかせてをこなひをもとゝこほりなくしたまふ人〻をうらやましく思 ひきこえたまへりかむの君にさまかはりたまへらむさうそくなとまたゝちなれ ぬほとはとふらふへきをけさなとはいかにぬふ物そゝれせさせ給へひとくたり は六条のひむかしの君にものしつけむうるはしき法ふくたちてはうたてみめも けうとかるへしさすかにその心はへみせてをなときこえ給あをにひのひとくた りをこゝにはせさせ給つくも所の人めしてしのひてあまの御くとものさるへき はしめのたまはす御しとねうわむしろ屏風木長なとの事もいとしのひてわさと" }, { "vol": 35, "page": 1207, "text": "かましくいそかせ給けりかくて山のみかとの御賀ものひて秋とありしを八月は 大将の御忌月にてかくそのことをこなひ給はむにひんなかるへし九月は院のお ほきさきのかくれ給にし月なれは十月にとおほしまうくるをひめ宮いたくなや み給へは又のひぬ衛門督の御あつかりの宮なむその月にはまいり給けるおほき おとゝゐたちていかめしくこまかにものゝきよらきしきをつくし給へりけりか むの君もそのついてにそ思ひおこしていてたまひけるなをなやましくれいなら すやまひつきてのみすくし給宮もうちはへてものをつゝましくいとおしとのみ おほしなけくけにやあらむ月おほくかさなり給まゝにいとくるしけにおはしま せは院は心うしと思ひきこえ給かたこそあれいとらうたけにあえかなるさまし てかくなやみわたり給をいかにおはせむとなけかしくてさま〱におほしなけ く御いのりなとことしはまきれおほくてすくし給御山にもきこしめしてらうた くこひしとおもひきこえ給月ころかくほか〱にてわたり給事もおさ〱なき やうに人のそうしけれはいかなるにかと御むねつふれて世中もいまさらにうら めしくおほしてたいの方のわつらひけるころはなをそのあつかひにときこしめ" }, { "vol": 35, "page": 1208, "text": "してたになまやすからさりしをそのゝちなをりかたくものし給らむはそのころ ほひひむなき事やいてきたりけむみつからしりたまふことならねとよからぬ御 うしろみともの心にていかなる事かありけむうちわたりなとのみやひをかはす へきなからひなとにもけしからすうきこといひいつるたくひもきこゆかしとさ へおほしよるもこまやかなる事おほしすてゝし世なれとなをこのみちははなれ かたくて宮に御ふみこまやかにてありけるをおとゝおはしますほとにてみ給そ のことゝなくてしは〱もきこえぬほとにおほつかなくてのみとし月のすくる なむあはれなりけるなやみ給なるさまはくはしくきゝしのちねんすのついてに も思ひやらるゝはいかゝ世中さひしくおもはすなることありともしのひすくし 給へうらめしけなるけしきなとおほろけにてみしりかほにほのめかすいとしな をくれたるわさになむなとをしへきこえ給へりいと〱おしく心くるしくかゝ る内〱のあさましきをはきこしめすへきにはあらてわかをこたりにほいなく のみきゝおほすらんことをとはかりおほしつゝけてこの御返をはいかゝきこえ 給心くるしき御せうせこにまろこそいとくるしけれおもはすに思ひきこゆるこ" }, { "vol": 35, "page": 1209, "text": "とありともおろかに人のみとかむはかりはあらしとこそおもひ侍れたかきこえ たるにかあらむとのたまふにはちらひてそむきたまへる御すかたもいとらうた け也いたくおもやせてものおもひくしたまへるいとゝあてにおかしいとをさな き御心はへをみをき給ていたくはうしろめたかりきこえたまふなりけりと思ひ あはせたてまつれはいまよりのちもよろつになむかうまてもいかてきこえしと おもへとうへの御心にそむくときこしめす覧ことのやすからすいふせきをこゝ にたにきこえしらせてやはとてなむいたりすくなくたゝ人のきこえなす方にの みよるへかめる御心にはたゝをろかにあさきとのみおほし又いまはこよなくさ たすきにたるありさまもあなつらはしくめなれてのみゝなし給らむもかた〱 にくちおしくもうれたくもおほゆるを院のおはしまさむほとはなを心をさめて かのおほしをきてたるやうありけむさたすき人をもおなしくなすらへきこえて いたくなかるめたまひそいにしへよりほいふかきみちにもたとりうすかるへき 女かたにたにみなおもひをくれつゝいとぬるき事おほかるを身つからの心には なにはかりおほしまよふへきにはあらねといまはとすて給けむ世のうしろみに" }, { "vol": 35, "page": 1210, "text": "をき給へる御心はえのあはれにうれしかりしをひきつゝきあらそひきこゆるや うにておなしさまにみすてたてまつらむことのあえなくおほされんにつゝみて なむ心くるしとおもひし人〻もいまはかけとゝめらるゝほたし許なるも侍らす 女御もかくてゆくすゑはしりかたけれとみこたちかすそひ給めれは身つからの 世たにのとけくはとみをきつへしそのほかはたれも〱あらむにしたかひても ろともに身をすてむもおしかるましきよはひともになりにたるをやう〱すゝ しく思ひ侍院の御世のゝこりひさしくもおはせしいとあつしくいとゝなりまさ り給てもの心ほそけにのみおほしたるにいまさらに思はすなる御なもりきこえ て御心みたり給なこの世はいとやすしことにもあらすのちのよの御みちのさま たけならむもつみいとおそろしからむなとまほにそのことゝはあかし給はねと つく〱ときこえつゝけ給に涙のみおちつゝ我にもあらすおもひしみておはす れは我もうちなきたまひて人のうへにてももとかしくきゝ思しふる人のさかし らよ身にかはることにこそいかにうたてのおきなやとむつかしくうるさき御心 そふらんとはちたまひつゝ御すゝりひきよせ給て手つからおしすりかみとりま" }, { "vol": 35, "page": 1211, "text": "かなひかゝせたてまつり給へと御てもわなゝきてえかき給はすかのこまかなり し返事はいとかくしもつゝますかよはし給らむかしとおほしやるにいとにくけ れはよろつのあはれもさめぬへけれとこと葉なとをしへてかゝせたてまつり給 まいり給はむ事はこの月かくてすきぬ二の宮の御いきをひことにてまいり給ひ けるをふるめかしき御身さまにてたちならひかほならむもはゝかりある心ちし けりしも月は身つからの忌月也としのをはりはたいとものさはかしまたいとゝ この御すかたもみくるしくまちみ給はんをと思ひ侍れとさりとてさのみのふへ きことにやはむつかしく物おほしみたれすあきらかにもてなし給てこのいたく おもやせ給へるつくろひ給へなといとらうたしとさすかにみたてまつりたまふ 衛門督をはなにさまの事にもゆへあるへきおりふしにはかならすことさらにま つはし給つゝのたまはせあはせしをたえてさる御せうそこもなし人あやしと思 ふらんとおほせとみむにつけてもいとゝほれ〱しき方はつかしくみむには又 わか心もたゝならすやとおほしかへされつゝやかて月ころまいり給はぬをもと かめなしおほかたの人はなをれいならすなやみわたりて院にはた御あそひなと" }, { "vol": 35, "page": 1212, "text": "なき年なれはとのみ思ひわたるを大将の君そあるやうあることなるへしすきも のはさためてわかけしきとりしことにはしのはぬにやありけむと思ひよれとい とかくさたかにのこりなきさまならむとはおもひより給はさりけり十二月にな りにけり十よ日とさためてまひともならしとのゝうちゆすりてのゝしる二条の 院のうへはまたわたりたまはさりけるをこのしかくによりそえしつめはてゝわ たり給へる女御の君もさとにおはしますこのたひのみこは又おとこにてなむお はしましけるすき〱いとおかしけにておはするをあけくれもてあそひたてま つり給になむすくるよはひのしるしうれしくおほされける試楽に右大臣殿のき たのかたもわたり給へり大将の君うしとらのまちにてまつうち〱にてうかく のやうにあけくれあそひならし給けれはかの御方はおまへの物はみたまはす衛 門督をかゝる事のおりもましらはせさらむはいとはえなくさう〱しかるへき うちに人あやしとかたふきぬへきことなれはまいり給へきよしありけるををも くわつらふよし申てまいらすさるはそこはかとくるしけなるやまひにもあらさ なるを思ふ心のあるにやと心くるしくおほしてとりわきて御せうそこつかはす" }, { "vol": 35, "page": 1213, "text": "ちゝおとゝもなとかかへさひまうされけるひか〱しきやうに院にもきこしめ さむをおとろ〱しきやまひにもあらすたすけてまいり給へとそゝのかし給に かくかさねてのたまへれはくるしとおもふ〱まいりぬまたかむたちめなとも つとひ給はぬほとなりけりれいのけちかきみすの内にいれ給てもやのみすおろ しておはしますけにいといたくやせ〱にあをみてれいもほこりかにはなやき たるかたはおとうとの君たちにはもてけたれていとよういありかほにしつめた るさまそことなるをいとゝしつめてさふらひたまふさまなとかはみこたちの御 かたはらにさしならへたらむにさらにとかあるましきをたゝことのさまのたれ も〱いと思ひやりなきこそいとつみゆるしかたけれなと御めとまれとさりけ なくいとなつかしくそのことゝなくてたいめんもいとひさしくなりにけり月こ ろは色〱のひやうさをみあつかひ心のいとまなきほとに院の御賀のためこゝ にものし給みこのほうしつかうまつり給へくありしをつき〱とゝこほること しけくてかくとしもせめつれはえ思ひのことくしあへてかたのことくなんいも ゐの御はちまいるへきを御賀なといへはこと〱しきやうなれと家においゝつ" }, { "vol": 35, "page": 1214, "text": "るわらはへのかすおほくなりにけるを御らんせさせむとてまいなとならはしは しめしその事をたにはたさんとて拍子とゝのへむこと又たれにかはとおもひめ くらしかねてなむ月ころとふらひものし給はぬうらみもすてゝけるとのたまふ 御けしきのうらなきやうなるものからいと〱はつかしきにかほの色たかふら むとおほえて御いらへもとみにえきこえす月ころかた〱におほしなやむ御こ とうけたまはりなけき侍なから春の比をひよりれいもわつらひ侍るみたりかく ひやうといふ物ところせくおこりわつらひ侍りてはか〱しくふみたつる事も 侍らす月ころにそへてしつみ侍てなむ内なとにもまいらす世中あとたえたるや うにてこもり侍院の御よはひたりたまふ年なり人よりさたかにかそへたてまつ りつかうまつるへきよしちしのおとゝ思ひをよひ申されしをかうふりをかけく るまをおしますゝてゝし身にてすゝみつかうまつらむにつく所なしけに下らう なりともおなしことふかきところ侍らむその心御覧せられよともよをしまうさ るゝことの侍しかはをもきやまひをあひたすけてなんまいりて侍しいまはいよ 〱いとかすかなるさまにおほしすましていかめしき御よそひをまちうけたて" }, { "vol": 35, "page": 1215, "text": "まつり給はむことねかはしくもおほすましくみたてまつり侍しをことゝもをは そかせ給てしつかなる御物かたりのふかき御ねかひかなはせ給はむなんまさり て侍へきと申給へはいかめしくきゝし御賀のことを女二の宮の御方さまにはい ひなさぬもらうありとおほすたゝかくなんことそきたるさまに世人はあさくみ るへきをさはいへと心えてものせらるゝにされはよとなむいとゝおもひなられ 侍大将はおほやけかたはやう〱をとなふめれとかうやうになさけひたるかた はもとよりしまぬにやあらむかの院なにことも心をよひ給はぬことはおさ〱 なきうちにもかくのかたのことは御心とゝめていとかしこくしりとゝのへ給へ るをさこそおほしすてたるやうなれしつかにきこしめしすまさむ事いましもな む心つかひせらるへきかの大将ともろともにみいれてまひのわらはへのようい 心はへよくゝはへ給へものゝしなといふ物はたゝわかたてたることこそあれい とくちおしき物なりなといとなつかしくのたまひつくるをうれしきものからく るしくつゝましくてことすくなにてこの御まへをとくたちなむとおもへはれい のやうにこまやかにもあらてやう〱すへりいてぬひむかしのおとゝにて大将" }, { "vol": 35, "page": 1216, "text": "のつくろひいたし給かく人まひ人のさうそくのことなとまた〱をこなひくは へ給あるへきかきりいみしくつくし給へるにいとゝくはしき心しらひそふもけ にこのみちはいとふかき人にそものし給めるけふはかゝるこゝろみのひなれと 御方〱物みたまはむにみところなくはあらせしとてかの御賀のひはあかきし らつるはみにえひそめのしたかさねをきるへしけふはあをいろにすわうかさね かく人三十人けふはしらかさねをきたるたつみのかたのつりとのにつゝきたる らうをかく所にて山のみなみのそはより御前にいつるほと仙遊霞といふものあ そひて雪のたゝいさゝかちるに春のとなりちかくむめのけしきみるかひありて ほゝゑみたりひさしのみすのうちにおはしませは式部卿のみや右のおとゝはか りさふらひたまひてそれよりしものかむたちめはすのこにわさとならぬひの事 にて御あるしなとけちかきほとにつかうまつりなしたり右の大とのゝ四らう君 大将殿の三らう君兵部卿のみやのそむわうの君たちふたりは万歳楽またいとち ひさきほとにていとらうたけ也四人なからいつれとなくたかきいへのこにてか たちおかしけにかしつきいてたる思ひなしもやむことなし又大将の御子のない" }, { "vol": 35, "page": 1217, "text": "しのすけはらの二らう君式部卿の宮の兵衛督といひしいまは源中納言の御こわ う上右のおほゐとのゝ三らう君れうわう大将殿のたらうらくそむさては太平楽 喜春楽なといふまひともをなんおなし御なからひの君たちおとなたちなとまひ けるくれゆけはみすあけさせ給てものゝけうまさるにいとうつくしき御むまこ の君たちのかたちすかたにてまひのさまも世にみえぬ手をつくしておほむ師と もゝをの〱てのかきりをゝしへきこえけるにふかきかと〱しさをくはへて めつらかにまひ給をいつれをもいとらうたしとおほすおい給へるかむたちめた ちはみな涙おとし給式部卿の宮も御まこをおほして御はなの色つくまてしほた れ給あるしの院すくるよはひにそへてはゑひなきこそとゝめかたきわさなりけ れ衛門督心とゝめてほゝゑまるゝいと心はつかしやさりともいましはしならん さかさまにゆかぬとし月よおいはえのかれぬわさ也とてうちみやり給に人より けにまめたちくんしてまことに心ちもいとなやましけれはいみしきこともめも とまらぬ心ちする人をしもさしわきてそらゑひをしつゝかくのたまふたはふれ のやうなれといとゝむねつふれてさかつきのめくりくるもかしらいたくおほゆ" }, { "vol": 35, "page": 1218, "text": "れはけしき許にてまきらはすを御覧しとかめてもたせなからたひ〱しゐ給へ ははしたなくてもてわつらふさまなへての人にゝすおかし心地かきみたりてた へかたけれはまたこともはてぬにまかて給ぬるまゝにいといたくまとひてれい のいとおとろ〱しきゑひにもあらぬをいかなれはかゝるならむつゝましと物 を思ひつるに気ののほりぬるにやいとさいふはかりおくすへき心よはさとはお ほえぬをいふかひなくもありけるかなと身つから思ひしらるしはしのゑひのま とひにもあらさりけりやかていといたくわつらひ給おとゝはゝ北の方おほしさ はきてよそ〱にていとおほつかなしとてとのにわたしたてまつり給を女宮の おほしたるさままたいと心くるしことなくてすくすへきひ比は心のとかにあい なたのみしていとしもあらぬ御こゝろさしなれといまはとわかれたてまつるへ きかとてにやとおもふはあはれにかなしくをくれておほしなけかんことのかた しけなきをいみしと思ふはゝみやす所もいといみしくなけき給て世のことゝし ておやをは猶さる物にをきたてまつりてかゝる御なからひはとあるおりもかゝ るおりもはなれたまはぬこそれいのことなれかくひきわかれてたひらかにもの" }, { "vol": 35, "page": 1219, "text": "したまふまてもすくし給はむか心つくしなるへきことをしはしこゝにてかくて こゝろみたまへと御かたはらに御きちやうはかりをへたてゝみたてまつり給こ とはりやかすならぬ身にてをよひかたき御なからひになましひにゆるされたて まつりてさふらふしるしにはなかく世に侍りてかひなき身のほともすこしひと ゝひとしくなるけちめをもや御覧せらるゝとこそおもふ給つれいといみしくか くさへなり侍へれはふかき心さしをたに御覧しはてられすやなり侍りなむとお もふたまふるになんとまりかたき心地にもえゆきやるましく思給へらるゝなと かたみになき給ひてとみにもえわたり給はねは又はゝきたのかたうしろめたく おほしてなとかまつみえむとはおもひたまふましきわれは心ちもすこしれいな らす心ほそき時はあまたの中にまつとりわきてゆかしくもたのもしくもこそお ほえ給へかくいとおほつかなきことゝうらみきこえ給も又いとことはりなり人 よりさきなりけるけちめにやとりわきておもひならひたるをいまになをかなし くし給ひてしはしもみえぬをはくるしき物にし給へは心ちのかくかきりにおほ ゆるおりしもみえたてまつらさらむつみふかくいふせかるへしいまはとたのみ" }, { "vol": 35, "page": 1220, "text": "なくきかせ給はゝいとしのひてわたり給ひて御覧せよかならす又たいめんたま はらむあやしくたゆくをろかなる本上にてことにふれてをろかにおほさるゝこ ともありつらむこそくやしく侍れかゝるいのちのほとをしらてゆくすゑなかく のみおもひ侍けることゝなく〱わたりたまひぬ宮はとまり給ていふかたなく おほしこかれたり大殿にまちうけきこえ給てよろつにさはき給さるはたちまち におとろおとろしき御心ちのさまにもあらす月ころものなとをさらにまいらさ りけるにいとゝはかなきかうしなとをたにふれたまはすたゝやう〱ものにひ きいるゝやうにみえ給さる時のいうそくのかく物したまへは世中おしみあたら しかりて御とふらひにまいり給はぬ人なし内よりも院よりも御とふらひしは 〱きこえつゝいみしくおしみおほしめしたるにもいとゝしきおやたちの御心 のみまとふ六条院にもいとくちおしきわさなりとおほしおとろきて御とふらひ にたひ〱ねんころにちゝおとゝにもきこえ給大将はましていとよき御中なれ はけちかくものし給つゝいみしくなけきありき給御賀は廿五日になりにけりか ゝる時のやむことなきかむたちめのおもくわつらひたまふにおやはらからあま" }, { "vol": 35, "page": 1221, "text": "たの人〻さるたかき御なからひのなけきしほれ給へるころをひにてものすさま しきやうなれとつき〱にとゝこほりつる事たにあるをさてやむましき事なれ はいかてかはおほしとゝまらむ女宮の御心の内をそいとおしく思ひきこえさせ 給れいの五十寺の御す経又かのおはします御てらにもまかひるさなの" }, { "vol": 36, "page": 1227, "text": "衛門のかむのきみかくのみなやみわたり給こと猶をこたらて年もかへりぬおと ゝ北の方おほしなけくさまをみたてまつるにしひてかけはなれなむいのちかひ なくつみをもかるへきことを思ふ心は心として又あなかちにこの世にはなれか たくおしみとゝめまほしき身かはいはけなかりしほとより思ふ心ことにてなに ことをも人にいまひときはまさらむとおほやけわたくしのことにふれてなのめ ならす思ひのほりしかとその心かなひかたかりけりとひとつふたつのふしこと に身を思ひおとしてしこなたなへての世中すさましうおもひなりてのちの世の をこなひにほいふかくすゝみにしをおやたちの御うらみを思ての山にもあくか れむみちのをもきほたしなるへくおほえしかはとさまかうさまにまきらはしつ ゝすくしつるをつゐに猶世にたちまふへくもおほえぬ物思ひのひとかたならす 身にそひにたるはわれよりほかにたれかはつらき心つからもてそこなひつるに こそあめれと思にうらむへき人もなし神仏をもかこたむ方なきはこれみなさる へきにこそはあらめたれもちとせのまつならぬ世はつゐにとまるへきにもあら ぬをかくひとにもすこしうちしのはれぬへきほとにてなけのあはれをもかけ給" }, { "vol": 36, "page": 1228, "text": "人あらむをこそはひとつおもひにもえぬるしるしにはせめせめてなからへはを のつからあるましき名をもたち我も人もやすからぬみたれいてくるやうもあら むよりはなめしと心をい給らんあたりにもさりともおほしゆるいてむかしよろ つのこといまはのとちめにはみなきえぬへきわさなり又ことさまのあやまちし なけれは年ころものゝおりふしことにはまつはしならひ給にしかたのあはれも いてきなんなとつれ〱に思つゝくるもうちかへしいとあちきなしなとかくほ ともなくしなしつる身ならんとかきくらし思みたれて枕もうきぬ許人やりなら すなかしそへつゝいさゝかひまありとて人〱たちさり給へるほとにかしこに 御ふみたてまつれ給いまはかきりになりにて侍ありさまはをのつからきこしめ すやうもはへらんをいかゝなりぬるとたに御みゝとゝめさせ給はぬもことはり なれといとうくも侍かなゝときこゆるにいみしうわなゝけはおもふこともみな かきさして いまはとてもえむけふりもむすほゝれたえぬおもひの猶やのこらむあはれ とたにのたまはせよ心のとめて人やりならぬやみにまとはむみちのひかりにも" }, { "vol": 36, "page": 1229, "text": "し侍らむときこえ給しゝうにもこりすまにあはれなることゝもをいひをこせ給 へりみつからもいまひとたひいふへきことなむとのたまへれはこの人もわらは よりさるたよりにまいりかよひつゝみたてまつりなれたる人なれはおほけなき 心こそうたておほえ給へれいまはときくはいとかなしうてなく〱猶この御返 まことにこれをとちめにもこそ侍れときこゆれは我もけふかあすかの心地して 物心ほそけれはおほかたのあはれ許は思しらるれといと心うきことゝ思こりに しかはいみしうなむつゝましきとてさらにかいたまはす御心本上のつよくつし やかなるにはあらねとはつかしけなる人の御けしきのおり〱にまほならぬか いとおそろしうわひしきなるへしされと御すゝりなとまかなひてせめきこゆれ はしふ〱にかい給とりてしのひてよゐのまきれにかしこにまいりぬおとゝか しこきをこなひ人かつらき山よりさうしいてたるまちうけたまひてかちまいら せむとし給みすほうと経なともいとおとろ〱しうさはきたり人の申すまゝに さま〱ひしりたつけんさなとのおさ〱よにもきこえすふかき山にこもりた るなとをもおとうとのきみたちをつかはしつゝたつねめすにけにくゝ心月なき" }, { "vol": 36, "page": 1230, "text": "山ふしともなともいとおほくまいるわつらひ給さまのそこはかとなくものを心 ほそく思てねをのみ時〱なき給おむやうしなともおほくは女のりやうとのみ うらなひ申けれはさることもやとおほせとさらにものゝけのあらはれいてくる もなきにおもほしわつらひてかゝるくま〱をもたつね給なりけりこのひしり もたけたかやかにまふしつへたましくてあらゝかにおとろ〱しくたらによむ をいてあなにくやつみのふかき身にやあらむたらにのこゑたかきはいとけおそ ろしくていよ〱しぬへくこそおほゆれとてやをらすへりいてゝこのしゝうと かたらひ給おとゝはさもしりたまはすうちやすみたると人〱して申させ給へ はさおほしてしのひやかにこのひしりとものかたりし給おとなひ給へれと猶は なやきたる所つきてものわらひし給おとゝのかゝる物ともとむかひゐてこのわ つらひそめ給しありさまなにともなくうちたゆみつゝをもり給へることまこと にこの物のけあらはるへうねむし給へなとこまやかにかたらひ給もいとあはれ なりかれきゝたまへなにのつみともおほしよらぬにうらなひよりけむ女のりや うこそまことにさる御しうの身にそひたるならはいとはしき身をひきかへやむ" }, { "vol": 36, "page": 1231, "text": "ことなくこそなりぬへけれさてもをほけなき心ありてさるましきあやまちをひ きいてゝ人の御なをもたて身をもかへりみぬたくひむかしの世にもなくやはあ りけると思なおすに猶けはひわつらはしうかの御心にかゝるとかをしられたて まつりて世になからへむ事もいとまはゆくおほゆるはけにことなる御ひかりな るへしふかきあやまちもなきにみあはせたてまつりしゆふへのほとよりやかて かきみたりまとひそめにしたましひの身にもかへらすなりにしをかの院のうち にあくかれありかはむすひとゝめたまへよなといとよはけにからのやうなるさ ましてなきみわらひみかたらひ給宮もゝのをのみはつかしうつゝましとおほし たるさまをかたるさてうちしめりおもやせ給へらむ御さまのおもかけにみたて まつる心地して思やられ給へはけにあくかるらむたまやゆきかよふらむなとい とゝしき心地もみたるれはいまさらにこの御ことよかけてもきこえしこの世は かうはかなくてすきぬるをなかき世のほたしにもこそと思なむいとおしき心く るしき御ことをたひらかにとたにいかてきゝをいたてまつらむみしゆめを心ひ とつに思あはせて又かたる人もなきかいみしういふせくもあるかなゝとゝりあ" }, { "vol": 36, "page": 1232, "text": "つめ思しみ給へるさまのふかきをかつはいとうたておそろしう思へとあはれは たえしのはすこの人もいみしうなくしそくめして御返み給へは御ても猶いとは かなけにおかしきほとにかい給て心くるしうきゝなからいかてかはたゝをしは かりのこらむとあるは たちそひてきえやしなましうきことを思みたるゝけふりくらへにをくるへ うやはとはかりあるをあはれにかたしけなしと思ふいてやこのけふりはかりこ そはこのよのおもひいてならめはかなくもありけるかなといとゝなきまさり給 て御返ふしなからうちやすみつゝかいたまふことのはのつゝきもなうあやしき とりのあとのやうにて ゆくゑなきそらのけふりとなりぬともおもふあたりをたちはゝなれしゆふ へはわきてなかめさせ給へとかめきこえさせたまはむ人めをもいまは心やすく おほしなりてかひなきあはれをたにもたえすかけさせ給へなとかきみたりて心 地のくるしさまさりけれはよしいたうふけぬさきにかへりまいり給てかくかき りのさまになんともきこえ給へいまさらに人あやしと思あはせむをわか世のゝ" }, { "vol": 36, "page": 1233, "text": "ちさへ思こそくちおしけれいかなるむかしのちきりにていとかゝることしも心 にしみけむとなく〱ゐさりいり給ぬれはれいはむこにむかへすへてすゝろこ とをさへいはせまほしうし給をことすくなにてもと思ふかあはれなるにえもい てやらす御ありさまをめのともかたりていみしくなきまとふおとゝなとのおほ したるけしきそいみしきやきのふけふすこしよろしかりつるをなとかいとよは けにはみえ給とさはき給なにか猶とまり侍ましきなめりときこえ給てみつから もない給宮はこのくれつかたよりなやましうし給けるをその御けしきとみたて まつりしりたる人〱さはきみちておとゝにもきこえたりけれはおとろきてわ たり給へり御心のうちはあなくちおしや思まする方なくてみたてまつらましか はめつらしくうれしからましとおほせと人にはけしきもらさしとおほせはけむ さなとめしみすほうはいつとなくふたんにせらるれはそうとものなかにけむあ るかきりみなまいりてかちまいりさはくよひとよなやみあかさせ給ひて日さし あかるほとにうまれたまひぬおとこ君ときゝ給にかくしのひたることのあやに くにいちしるきかほつきにてさしいてたまへらんこそくるしかるへけれ女こそ" }, { "vol": 36, "page": 1234, "text": "なにとなくまきれあまたの人のみる物ならねはやすけれとおほすに又かく心く るしきうたかひましりたるにては心やすき方にものし給もいとよしかしさても あやしやわか世とゝもにおそろしと思しことのむくひなめりこの世にてかく思 かけぬことにむかはりぬれはのちのよのつみもすこしかろみなんやとおほす人 はたしらぬことなれはかく心ことなる御はらにてすゑにいておはしたる御おほ えいみしかりなんと思いとなみつかうまつる御うふやのきしきいかめしうおと ろ〱し御かた〱さま〱にしいて給御うふやしなひよのつねのおしきつい かさねたかつきなとの心はえもことさらに心〱にいとましさみえつゝなむ五 日の夜中宮の御かたよりこもちの御前の物女はうのなかにもしな〱に思あて たるきは〱おほやけことにいかめしうせさせ給へり御かゆてとんしき五十く ところ〱のきやう院のしもへちやうのめしつきところなにかのくまゝていか めしくせさせ給へり宮つかさ大夫よりはしめて院殿上人みなまいれり七夜はう ちよりそれもおほやけさまなりちしのおとゝなと心ことにつかうまつり給へき にこのころはなにこともおほされてをほそうの御とふらひのみそありける宮た" }, { "vol": 36, "page": 1235, "text": "ちかむたちめなとあまたまいり給おほかたのけしきもよになきまてかしつきゝ こえ給へとおとゝの御心のうちに心くるしとおほすことありていたうもゝては やしきこえ給はす御あそひなとはなかりけり宮はさはかりひわつなる御さまに ていとむくつけうならはぬことのおそろしうおほされけるに御ゆなともきこし めさす身の心うきことをかゝるにつけてもおほしいれはさはれこのついてにも しなはやとおほすおとゝはいとよう人めをかさりおほせとまたむつかしけにお はするなとをとりわきてもみたてまつり給はすなとあれはおいしらへる人なと はいてやおろそかにもおはします哉めつらしうさしいてたまへる御ありさまの かはかりゆゝしきまてにおはしますをとうつくしみきこゆれはかたみゝにきゝ 給てさのみこそはおほしへたつることもまさらめとうらめしうわか身つらくて あまにもなりなはやの御心つきぬよるなともこなたにはおほとのこもらすひる つかたなとそさしのそき給世中のはかなきをみるまゝにゆくすゑみしかう物心 ほそくてをこなひかちになりにて侍れはかゝるほとのらうかはしき心ちするに よりえまいりこぬをいかゝ御心ちはさはやかにおほしなりにたりや心くるしう" }, { "vol": 36, "page": 1236, "text": "こそとて御き丁のそはよりさしのそき給へり御くしもたけ給てなをえいきたる ましき心ちなむし侍るをかゝる人はつみもをもかなりあまになりてもしそれに やいきとまると心み又なくなるともつみをうしなふこともやとなむ思はへると つねの御けはひよりはいとおとなひてきこえ給をいとうたてゆゝしき御ことな りなとてかさまてはおほすかゝることはさのみこそおそろしかなれとさてなか らへぬわさならはこそあらめときこえ給御心のうちにはまことにさもおほしよ りてのたまはゝさやうにてみたてまつらむはあはれなりなむかしかつみつゝも ことにふれて心をかれたまはむか心くるしう我なからもえ思なおすましうゝき ことうちましりぬへきをゝのつからをろかに人のみとかむることもあらむかい と〱おしう院なとのきこしめさむこともわかをこたりにのみこそはならめ御 なやみにことつけてさもやなしたてまつりてましなとおほしよれと又いとあた らしうあはれにかはかりとをき御くしのおひさきをしかやつさむことも心くる しけれはなをつよくおほしなれけしうはおはせしかきりとみゆる人もたひらな るためしちかけれはさすかにたのみあるよになむなときこえ給て御ゆまいり給" }, { "vol": 36, "page": 1237, "text": "いといたうあおみやせてあさましうはかなけにてうちふしたまへる御さまおほ ときうつくしけなれはいみしきあやまちありとも心よはくゆるしつへき御さま かなとみたてまつり給山のみかとはめつらしき御ことたひらかなりときこしめ してあはれにゆかしうおもほすにかくなやみたまふよしのみあれはいかに物し 給へきにかと御をこなひもみたれておほしけりさはかりよはり給へる人のもの をきこしめさてひころへたまへはいとたのもしけなくなり給てとしころみたて まつらさりしほとよりも院のいとこひしくおほえ給を又もみたてまつらすなり ぬるにやといたうない給かくきこえ給さまさるへき人してつたへそうせさせ給 けれはいとたえかたうかなしとおほしてあるましきことゝはおほしめしなから よにかくれていてさせたまへりかねてさる御せうそこもなくてにはかにかくわ たりおはしまいたれはあるしの院おとろきかしこまりきこえ給世中をかへりみ すましう思はへりしかとなをまとひさめかたきものはこのみちのやみになむ侍 りけれはをこなひもけたいしてもしをくれさきたつみちのたうりのまゝならて わかれなはやかてこのうらみもやかたみにのこらむとあちきなさにこのよのそ" }, { "vol": 36, "page": 1238, "text": "しりをはしらてかくものし侍ときこえ給御かたちことにてもなまめかしうなつ かしきさまにうちしのひやつれ給てうるわしき御ほうふくならすゝみそめの御 すかたあらまほしうきよらなるもうらやましくみたてまつり給れいのまつなみ たおとし給わつらひ給御さまことなる御なやみにも侍らすたゝ月ころよはり給 へる御ありさまにはか〱しう物なともまいらぬつもりにやかく物したまふに こそなときこえ給かたわらいたきをましなれともとて御丁のまへに御しとねま いりていれたてまつり給宮をもとかう人〱つくろひきこえてゆかのしもにお ろしたてまつる御木丁すこしをしやらせたまひてよゐかちそうなとの心ちすれ とまたけむつくはかりのをこなひにもあらねはかたわらいたけれとたゝおほつ かなくおほえ給らむさまをさなからみ給へきなりとて御めをしのこはせたまふ 宮もいとよはけにない給ていくへうもおほえ侍らぬをかくおはしまいたるつい てにあまになさせ給てよときこえ給さる御ほいあらはいとたうときことなるを さすかにかきらぬいのちのほとにてゆくすゑとをき人はかへりてことのみたれ あり世の人にそしらるゝやうありぬへきなとの給はせておとゝの君にかくなむ" }, { "vol": 36, "page": 1239, "text": "すゝみのたまふをいまはかきりのさまならはかた時のほとにてもそのたすけあ るへきさまにてとなむ思たまふるとのたまへはひころもかくなむのたまへとさ けなとの人の心たふろかしてかゝるかたにてすゝむるやうもはへなるをとてき ゝもいれ侍らぬなりときこえ給ものゝけのおしへにてもそれにまけぬとてあし かるへきことならはこそはゝからめよはりにたる人のかきりとて物し給はむこ とをきゝすくさむはのちのくい心くるしうやとの給御心のうちかきりなううし ろやすくゆつりをきし御ことをうけとりたまひてさしも心さしふかゝらすわか おもふやうにはあらぬ御けしきをことにふれつゝとしころきこしめしおほしつ めけることいろにいてゝうらみきこえ給へきにもあらねはよの人の思いふらむ ところもくちおしうおほしわたるにかゝるおりにもてはなれなむもなにかは人 わらへによをうらみたるけしきならてさもあらさらむおほかたのうしろみには なをたのまれぬへき御をきてなるをたゝあつけをきたてまつりししるしには思 なしてにくけにそむくさまにはあらすとも御そうふんにひろくおもしろき宮た まはりたまへるをつくろひてすませたてまつらむわかおはしますよにさるかた" }, { "vol": 36, "page": 1240, "text": "にてもうしろめたからすきゝをき又かのおとゝもさいふともいとおろかにはよ もおもひはなち給はしその心はえをもみはてむとおもほしとりてさらはかくも のしたるついてにいむことうけ給はむをたにけちえんにせむかしとの給はすお とゝの君うしとおほすかたもわすれてこはいかなるへきことそとかなしくゝち おしけれはえたへ給はすうちにいりてなとかいくはくも侍ましき身をふりすて ゝかうはおほしなりにけるなをしはし心をしつめたまひて御ゆまいりものなと をもきこしめせたうときことなりとも御身よはうてはをこなゐもしたまひてん やかつはつくろひ給てこそときこえ給へとかしらふりていとつらうのたまふと おほしたりつれなくてうらめしとおほすこともありけるにやとみたてまつりた まふにいとおしうあはれなりとかくきこえかへさむおほしやすらふほとによあ けかたになりぬかへりいらむにみちもひるはゝしたなかるへしといそかせ給て 御いのりに候なかにやむことなうたうときかきりめしいれて御くしおろさせ給 いとさかりにきよらなる御くしをそきすてゝいむことうけ給さほうかなしうく ちおしけれはおとゝはえしのひあへ給はすいみしうない給院はたもとよりとり" }, { "vol": 36, "page": 1241, "text": "わきてやむことなう人よりもすくれてみたてまつらむとおほしゝをこの世には かひなきやうにないたてまつるもあかすかなしけれはうちしほたれ給かくても たひらかにておなしうはねむすをもつとめたまへときこえをき給てあけはてぬ るにいそきていてさせたまひぬ宮はなをよはうきえいるやうにし給てはか〱 しうもえみたてまつらすものなともきこえたまはすおとゝもゆめのやうに思 たまへみたるゝ心まとひにかうむかしおほえたるみゆきのかしこまりをもえ御 らむせられぬらうかはしさはことさらにまいり侍りてなむときこえ給御をくり に人〱まいらせ給世中のけふかあすかにおほえ侍りしほとに又しる人もなく てたゝよはむことのあはれにさりかたうおほえはへしかは御ほいにはあらさり けめとかくきこえつけてとしころは心やすく思たまへつるをもしもいきとまり 侍らはさまことにかはりて人しけきすまゐはつきなかるへきをさるへき山さと なとにかけはなれたらむありさまも又さすかに心ほそかるへくやさまにしたか ひてなをおほしはなつましくなときこえ給へはさらにかくまておほせらるゝな むかへりてはつかしう思たまへらるゝみたり心ちとかくみたれ侍てなにことも" }, { "vol": 36, "page": 1242, "text": "えわきまへはへらすとてけにいとたえかたけにおほしたりこやの御かちに御物 のけいてきてかうそあるよいとかしこうとりかへしつとひとりをはおほしたり しかいとねたかりしかはこのわたりにさりけなくてなむ日ころさふらひつるい まはかへりなむとてうちわらふいとあさましうさはこの物のけのこゝにもはな れさりけるにやあらむとおほすにいとおしうくやしうおほさる宮すこしいきい て給やうなれとなをたのみかたけにみえ給さふらふ人〱もいといふかひなう おほゆれとかうてもたひらかにたにおはしまさはとねむしつゝみすほう又のへ てたゆみなくをこなはせなとよろつにせさせたまふかのゑもんのかみはかゝる 御ことをきゝ給にいとゝきえいるやうにし給てむけにたのむかたすくなうなり 給にたり女宮のあはれにおほえたまへはこゝにわたりたまはむことはいまさら にかる〱しきやうにもあらむをうへもおとゝもかくつとそひおはすれはをの つからとりはつしてみたてまつり給やうもあらむにあちきなしとおほしてかの 宮にとかくしていまひとたひまうてむとのたまふをさらにゆるしきこえ給はす たれにもこの宮の御ことをきこえつけ給はしめよりはゝみやす所はおさ〱心" }, { "vol": 36, "page": 1243, "text": "ゆきたまはさりしをこのおとゝのゐたちねむころにきこえ給て心さしふかゝり しにまけ給て院にもいかゝはせむとおほしゆるしけるを二品宮の御ことおもほ しみたれけるついてに中〱この宮はゆくさきうしろやすくまめやかなるうし ろみまうけ給へりとのたまはすときゝ給しをかたしけなう思いつかくてみすて たてまつりぬるなめりと思につけてはさま〱にいとおしけれと心よりほかな るいのちなれはたへぬちきりうらめしうておほしなけかれむか心くるしきこと 御心さしありてとふらひ物せさせたまへとはゝうへにもきこえ給いてあなゆゝ しをくれたてまつりてはいくはくよにふへき身とてかうまてゆくさきのことを はのたまふとてなきにのみなきたまへはえきこえやりたまはす右大弁の君にそ おほかたのことゝもはくはしうきこえ給心はへのゝとかによくおはしつる君な れはおとうとのきみたちも又すゑ〱のわかきはおやとのみたのみきこえ給へ るにかう心ほそうの給をかなしとおもはぬ人なくとのゝうちの人もなけくおほ やけもおしみくちおしからせ給かくかきりときこしめしてにはかに権大納言に なさせ給へりよろこひに思おこしていまひとたひもまいり給やうもやあるとお" }, { "vol": 36, "page": 1244, "text": "ほしのたまはせけれとさらにえためらひやりたまはてくるしきなかにもかしこ まり申給おとゝもかくをもき御をほえをみたまふにつけてもいよ〱かなしう あたらしとおほしまとふ大将の君つねにいとふかう思なけきとふらひきこえ給 御よろこひにもまつまうてたまへりこのおはするたいのほとりこなたのみかと はむまくるまたちこみ人さわかしうさはきみちたりことしとなりてはをきあか ることもおさ〱したまはねはおも〱しき御さまにみたれなからはえたいめ したまはて思つゝよはりぬることゝ思にくちおしけれはなをこなたにいらせた まへいとらうかはしきさまにはへるつみはおのつからおほしゆるされなむとて ふしたまへるまくらかみのかたにそうなとしはしいたし給ていれたてまつり給 はやうよりいさゝかへたて給ことなうむつひかはし給御中なれはわかれむこと のかなしうこひしかるへきなけきおやはらからの御思にもをとらすけふはよろ こひとて心ちよけならましをとおもふにいとくちおしうかひなしなとかくたの もしけなくはなり給にけるけふはかゝる御よろこひにいさゝかすくよかにもや とこそ思侍つれとて木丁のつまひきあけたまへれはいとくちおしうその人にも" }, { "vol": 36, "page": 1245, "text": "あらすなりにてはへりやとてえほうしはかりおしいれてすこしおきあからむと し給へといとくるしけなりしろきゝぬとものなつかしうなよゝかなるをあまた かさねてふすまひきかけてふしたまへりおましのあたり物きよけにけはひかう はしう心にくゝそすみなしたまへるうちとけなからようゐありとみゆをもくわ つらひたる人はをのつからかみひけもみたれものむつかしきけはひもそふわさ なるをやせさらほひたるしもいよ〱しろうあてなるさましてまくらをそはた てゝものなときこえ給けはひいとよはけにいきもたえつゝあはれけなりひさし うわつらひたまへるほとよりはことにいたうもそこなはれたまはさりけりつね の御かたちよりも中〱まさりてなむみえ給とのたまふものからなみたをしの こひてをくれさきたつへたてなくとこそちきりきこえしかいみしうもあるかな この御心ちのさまをなにことにてをもり給とたにえきゝわき侍らすかくしたし きほとなからおほつかなくのみなとの給に心にはをもくなるけちめもおほえ侍 らすそこ所とくるしきこともなけれはたちまちにかうも思たまへさりしほとに 月日もへてよはり侍にけれはいまはうつし心もうせたるやうになんおしけなき" }, { "vol": 36, "page": 1246, "text": "身をさま〱にひきとゝめらるゝいのりくわんなとのちからにやさすかにかゝ つらふも中〱くるしう侍れは心もてなむいそきたつ心ちしはへるさるはこ のよのわかれさりかたきことはいとおほうなむおやにもつかうまつりさしてい まさらに御心ともをなやまし君につかうまつることもなかはのほとにて身をか へりみるかたはたましてはか〱しからぬうらみをとゝめつるおほかたのなけ きをはさる物にて又心のうちに思給へみたるゝことの侍をかゝるいまはのきさ みにてなにかはもらすへきと思はへれとなをしのひかたきことをたれにかはう れへ侍らむこれかれあまたものすれとさま〱なることにてさらにかすめはへ らむもあいなしかし六てうの院にいさゝかなることのたかひめありて月ころ心 のうちにかしこまり申すことなむはへりしをいとほいなう世中心ほそう思なり てやまゐつきぬとおほえはへしにめしありて院の御かのかくその心みのひまい りて御けしきをたまはりしになをゆるされぬ御心はへあるさまに御ましりをみ たてまつりはへりていとゝよになからへむこともはゝかりおほうおほえなり侍 りてあちきなう思たまへしに心のさはきそめてかくしつまらすなりぬるになむ" }, { "vol": 36, "page": 1247, "text": "人かすにはおほしいれさりけめといはけなうはへし時よりふかくたのみ申す心 の侍しをいかなるさうけんなとのありけるにかとこれなむこのよのうれへにて のこり侍へけれはろなうかのゝちのよのさまたけにもやと思給ふるをことのつ いてはへらは御みゝとゝめてよろしうあきらめ申させたまへなからむうしろに もこのかうしゆるされたらむなむ御とくにはへるへきなとの給まゝにいとくる しけにのみゝえまされはいみしうて心のうちに思あはすることゝもあれとさし てたしかにはえしもおしはからすいかなる御心のおにゝかはさらにさやうなる 御けしきもなくかくをもりたまへるよしをもきゝおとろきなけきたまふことか きりなうこそくちおしかり申給めりしかなとかくおほすことあるにてはいまゝ てのこいたまひつらむこなたかなたあきらめ申へかりけるものをいまはいふか ひなしやとてとりかへさまほしうかなしくおほさるけにいさゝかもひまありつ るおりきこえうけ給はるへうこそはへりけれされといとかうけふあすとしもや はと身つからなからしらぬいのちのほとを思ひのとめはへりけるもはかなくな むこのことはさらに御心よりもらし給ましさるへきついて侍らむおりには御よ" }, { "vol": 36, "page": 1248, "text": "うゐくはへたまへとてきこえをくになむ一条にものし給宮ことにふれてとふら ひきこえたまへ心くるしきさまにて院なとにもきこしめされたまはむをつくろ ひたまへなとの給いはまほしきことはおほかるへけれと心ちせむかたなくなり にけれはいてさせたまひねとてかきゝこえたまふかちまいるそうともちかうま いりうへおとゝなとおはしあつまりて人〱もたちさはけはなく〱いて給ぬ 女御をはさらにもきこえすこの大将の御かたなともいみしうなけき給心おきて のあまねく人のこのかみ心にものしたまひけれは右の大とのゝきたのかたもこ のきみをのみそむつましきものに思きこえ給けれはよろつに思なけき給て御い のりなとゝりわきてせさせ給けれとやむくすりならねはかひなきわさになむあ りける女宮にもつゐにえたいめしきこえたまはてあわのきえいるやうにてうせ 給ぬとしころしたの心こそねむころにふかくもなかりしかおほかたにはいとあ らまほしくもてなしかしつきゝこえてけなつかしう心はへおかしうゝちとけぬ さまにてすくい給けれはつらきふしもことになしたゝかくみしかゝりける御身 にてあやしくなへての世すさましう思給へけるなりけりと思いてたまふにいみ" }, { "vol": 36, "page": 1249, "text": "しうておほしいりたるさまいと心くるし宮す所もいみしう人わらへにくちおし とみたてまつりなけき給ことかきりなしおとゝきたのかたなとはましていはむ かたなくわれこそさきたゝめ世のことはりなうつらいことゝこかれたまへとな にのかひなしあま宮はおほけなき心もうたてのみおほされて世になかゝれとし もおほさゝりしをかくなむときゝ給はさすかにいとあはれなりかしわか君の御 ことをさそとおもひたりしもけにかゝるへきちきりにてや思のほかに心うきこ ともありけむとおほしよるにさま〱もの心ほそうてうちなかれ給ぬやよひに なれはそらのけしきもゝのうらゝかにてこの君いかのほとになり給ていとしろ うゝつくしうほとよりはおよすけて物かたりなとし給おとゝわたり給て御心ち はさはやかになりたまひにたりやいてやいとかひなくもはへるかなれいの御あ りさまにてかくみなしたてまつらましかはいかにうれしう侍らまし心うくおほ しすてけることゝなみたくみてうらみきこえ給ひゝにわたり給ていましもやむ ことなくかきりなきさまにもてなしきこえ給御いかにもちゐまいらせたまはむ とてかたちことなる御さまを人〱いかになときこえやすらへと院わたらせた" }, { "vol": 36, "page": 1250, "text": "まひてなにか女に物し給はゝこそおなしすちにていま〱しくもあらめとてみ なみおもてにちゐさきおましなとよそひてまいらせ給御めのといとはなやかに さうそきて御前の物いろ〱をつくしたるこ物ひわりこの心はへともをうちに もとにも本の心をしらぬことなれはとりちらしなに心もなきをいと心くるしう まはゆきわさなりやとおほす宮もおきゐ給て御くしのすゑのところせうひろこ りたるをいとくるしとおほしてひたいなとなてつけておはするに木丁をひきや りてゐ給へはいとはつかしうてそむきたまへるをいとゝちひさうほそり給て御 くしはをしみきこえてなかうそきたりけれはうしろはことにけちめもみえたま はぬほとなりすき〱みゆるにひいろともきかちなるいまやういろなとき給て またありつかぬ御かたはらめかくてしもうつくしきこともの心ちしてなまめか しうおかしけなりいてあな心うすみそめこそなをいとうたてめもくるゝいろな りけれかやうにてもみたてまつることはたゆましきそかしと思なくさめはへれ とふりかたうわりなき心ちするなみたの人わろさをいとかう思すてられたてま つる身のとかに思なすもさま〱にむねいたうくちおしくなむとりかへす物に" }, { "vol": 36, "page": 1251, "text": "もかなやとうちなけきたまひていまはとておほしはなれはまことに御心といと ひすて給けるとはつかしう心うくなむおほゆへきなをあはれとおほせときこえ たまへはかゝるさまの人は物のあはれもしらぬものときゝしをましてもとより しらぬことにていかゝはきこゆへからむとのたまへかひなのことやおほしゝる かたもあらむ物をとはかりの給さしてわか君をみたてまつり給御めのとたちは やむことなくめやすきかきりあまたさふらふめしいてゝつかうまつるへき心を きてなとの給あはれのこりすくなき世におひいつへき人にこそとていたきとり たまへはいと心やすくうちゑみてつふ〱とこえてしろうゝつくし大将なとの ちこおひほのかにおほしいつるにはに給はす女御の御宮たちはたちゝみかとの 御かたさまにわうけつきてけたかうこそおはしませことにすくれてめてたうし もおはせすこの君いとあてなるにそへてあい行つきまみのかをりてゑかちなる なとをいとあはれとみ給思なしにやなをいとようおほえたりかしたゝいまなか らまなこゐのゝとかにはつかしきさまもやうはなれてかをりおかしきかをさま なり宮はさしもおほしわかす人はたさらにしらぬことなれはたゝひとゝころの" }, { "vol": 36, "page": 1252, "text": "御心のうちにのみそあはれはかなかりける人のちきりかなとみ給におほかたの 世のさためなさもおほしつゝけられてなみたのほろ〱とこほれぬるをけふは こといみすへき日をとをしのこひかくし給しつかに思てなけくにたへたりとう ちすうしたまふ五十八をとおとりすてたる御よはひなれとすゑになりたる心ち し給ていと物あはれにおほさる汝かちゝにともいさめまほしうおほしけむかし このことの心しれる人女はうの中にもあらむかししらぬこそねたけれおこなり とみるらんとやすからすおほせとわか御とかあることはあへなむふたついはむ には女の御ためこそいとおしけれなとおほしていろにもいたしたまはすいとな に心なう物かたりしてわらひ給へるまみくちつきのうつくしきも心しらさらむ 人はいかゝあらむなをいとよくにかよひたりけりとみ給におやたちのこたにあ れかしとない給らむにもえみせす人しれすはかなきかたみはかりをとゝめをき てさはかり思あかりおよすけたりし身を心もてうしなひつるよとあはれにおし けれはめさましとおもふ心もひきかへしうちなかれ給ぬ人〱すへりかくれた るほとに宮の御もとによりたまひてこの人をはいかゝみ給やかゝる人をすてゝ" }, { "vol": 36, "page": 1253, "text": "そむきはてたまひぬへき世にやありけるあな心うとおとろかしきこえ給へはか ほうちあかめておはす たかよにかたねはまきしと人とはゝいかゝいはねのまつはこたへむあはれ なりなとしのひてきこえ給に御いらへもなうてひれふしたまへりことはりとお ほせはしゐてもきこえ給はすいかにおほすらむものふかうなとはおはせねとい かてかはたゝにはとおしはかりきこえ給もいと心くるしうなむ大将のきみはか の心にあまりてほのめかしいてたりしをいかなることにかありけむすこし物お ほえたるさまならましかはさはかりうちいてそめたりしにいとようけしきはみ てましをいふかひなきとちめにておりあしういふせくてあはれにもありしかな とおもかけわすれかたうてはらからの君たちよりもしゐてかなしとおほえ給け り女宮のかく世をそむきたまへるありさまおとろ〱しき御なやみにもあらて すかやかにおほしたちけるほとよ又さりともゆるしきこえ給へきことかは二条 のうへのさはかりかきりにてなく〱申給ときゝしをはいみしきことにおほし てつゐにかくかけとゝめたてまつりたまへるものをなとゝりあつめて思くたく" }, { "vol": 36, "page": 1254, "text": "になをむかしよりたえすみゆる心はへえしのはぬおり〱ありきかしいとよう もてしつめたるうはへは人よりけにようゐありのとかになにことをこの人の心 のうちに思らむとみるひともくるしきまてありしかとすこしよはきところつき てなよひすきたりしけそかしいみしうともさるましきことに心をみたりてかく しもみにかふへきことにやはありける人のためにもいとおしうわか身はいたつ らにやなすへきさるへきむかしのちきりといひなからいとかる〱しうあちき なきことなりかしなと心ひとつに思へとをむな君にたにきこえいてたまはすさ るへきついてなくて院にもまたえ申給はさりけりさるはかゝることをなむかす めしと申いてゝ御けしきもみまほしかりけりちゝおとゝはゝきたのかたはなみ たのいとまなくおほしゝつみてはかなくすくるひかすをもしり給はす御わさの ほうふく御さうそくなにくれのいそきをも君たち御かた〱とり〱になむせ させ給ける経仏のをきてなとも右大弁の君せさせ給七日〱の御す行なとを人 のきこえおとろかすにもわれになきかせそかくいみしと思まとふに中〱みち さまたけにもこそとてなきやうにおほしほれたり一条の宮にはましておほつか" }, { "vol": 36, "page": 1255, "text": "なうてわかれたまひにしうらみさへそひて日ころふるまゝにひろき宮のうち人 けすくなう心ほそけにてしたしくつかひならし給し人はなをまいりとふらひき こゆこのみ給したかむまなとそのかたのあつかりともゝみなつくところなう思 うしてかすかにいているをみ給もことにふれてあはれはつきぬものになむあり けるもてつかひたまひし御てうとゝもつねにひき給しひわゝこむなとのをもと りはなちやつされてねをたてぬもいとむもれいたきわさなりや御前のこたちい たうけふりて花は時をわすれぬけしきなるをなかめつゝ物かなしくさふらふ人 〱もにひいろにやつれつゝさひしうつれ〱なるひるつかたさきはなやかに をふをとしてこゝにとまりぬる人ありあはれこ殿の御けはひとこそうちわすれ ては思つれとてなくもあり大将とのゝおはしたるなりけり御せうそこきこえい れたまへりれいの弁の君さい将なとのおはしたるとおほしつるをいとはつかし けにきよらなるもてなしにていり給へりもやのひさしにおましよそひていれた てまつるをしなへたるやうに人〱のあへしらひきこえむはかたしけなきさま のし給へれはみやす所そたいめし給へるいみしきことを思給へなけく心はさる" }, { "vol": 36, "page": 1256, "text": "へき人〱にもこえてはへれとかきりあれはきこえさせやるかたなうてよのつ ねになり侍りにけりいまはのほとにものたまひをくことはへりしかはをろかな らすなむたれものとめかたきよなれとをくれさきたつほとのけちめには思たま へをよはむにしたかひてふかき心のほとをも御らむせられにしかなとなむ神わ さなとのしけきころほひわたくしの心さしにまかせてつく〱とこもりゐはへ らむもれいならぬことなりけれはたちなからはた中〱にあかす思給へらるへ うてなむ日ころをすくし侍りにけるおとゝなとの心をみたりたまふさまみきゝ 侍につけてもおやこのみちのやみをはさる物にてかゝる御なからひのふかく思 とゝめたまひけむほとをゝしはかりきこえさするにいとつきせすなむとてしは 〱をしのこひはなうちかみたまふあさやかにけたかき物からなつかしうなま めいたりみやす所もはなこゑになりたまひてあはれなることはそのつねなきよ のさかにこそはいみしとても又たくひなきことにやはとゝしつもりぬる人はし ゐて心つようさましはへるをさらにおほしいりたるさまのいとゆゝしきまてし はしもたちをくれたまふましきやうにみえ侍れはすへていと心うかりける身の" }, { "vol": 36, "page": 1257, "text": "いまゝてなからへはへりてかくかた〱にはかなきよのすゑのありさまをみ給 へすくすへきにやといとしつ心なくなむをのつからちかき御なからひにてきゝ をよはせ給やうもはへりけむはしめつかたよりおさ〱うけひきゝこえさりし 御ことをおとゝの御心むけも心くるしう院にもよろしきやうにおほしゆるいた る御けしきなとのはへしかはさらは身つからの心をきてのをよはぬなりけりと 思給へなしてなむみたてまつりつるをかくゆめのやうなることをみたまふるに 思給へあはすれは身つからの心のほとなむおなしうはつようもあらかひきこえ ましをと思はへるになをいとくやしうそれはかやうにしもおもひよりはへらさ りきかしみこたちはおほろけのことならてあしくもよくもかやうによつき給こ とはえ心にくからぬことなりとふるめき心には思侍しをいつかたにもよらすな かそらにうき御すくせなりけれはなにかはかゝるついてにけふりにもまきれ給 なむはこの御身のための人きゝなとはことにくちおしかるましけれとさりとて もしかすくよかにえ思しつむましうかなしうみたてまつり侍るにいとうれしう あさからぬ御とふらひのたひ〱になり侍めるをありかたうもときこえはへる" }, { "vol": 36, "page": 1258, "text": "もさらはかの御ちきりありけるにこそはと思やうにしもみえさりし御心はへな れといまはとてこれかれにつけをき給ひける御ゆいこんのあはれなるになむう きにもうれしきせはましり侍りけるとていといたうない給けはひなり大将もと みにえためらひ給はすあやしういとこよなくをよすけたまへりし人のかゝるへ うてやこの二三ねんのこなたなむいたうしめりて物心ほそけにみえ給しかはあ まり世のことはりをおもひしりものふかうなりぬる人のすみすきてかゝるため し心うつくしからすかへりてはあさやかなるかたのおほくうすらくものなりと なむつねにはか〱しからぬ心にいさめきこえしかは心あさしと思たまへりし よろつよりも人にまさりてけにかのおほしなけくらむ御心のうちのかたしけな けれといと心くるしうも侍るかなゝとなつかしうこまやかにきこえ給てやゝほ とへてそいて給かの君は五六年のほとのこのかみなりしかとなをいとわかやか になまめきあいたれてものし給しこれはいとすくよかにおも〱しくをゝしき けはひしてかほのみそいとわかうきよらなること人にすくれたまへるわかき人 〱はものかなしさもすこしまきれてみいたしたてまつる御前ちかきさくらの" }, { "vol": 36, "page": 1259, "text": "いとおもしろきをことしはかりはとうちおほゆるもいま〱しきすちなりけれ はあひみむことはとくちすさひて 時しあれはかはらぬいろにゝほひけりかたえかれにしやとのさくらもわさ とならすゝしなしてたち給にいとゝう この春はやなきのめにそたまはぬくさきちる花のゆくゑしらねはときこえ 給いとふかきよしにはあらねといまめかしうかとありとはいはれ給しかういな りけりけにめやすきほとのよういなめりとみ給ちしの大殿にやかてまいり給へ れは君たちあまたものし給けりこなたにいらせたまへとあれはおとゝの御いて ゐのかたにいり給へりためらひてたいめんし給へりふりかたうきよけなる御か たちいたうやせおとろへて御ひけなともとりつくろゐたまはねはしけりてをや のけうよりもけにやつれ給へりみたてまつり給よりいとしのひかたけれはあま りにをさまらすみたれおつるなみたこそはしたなけれと思へはせめてそもてか くし給おとゝもとりわきて御中よくものしたまひしをとみ給にたゝふりにふり おちてえとゝめ給はすつきせぬ御ことゝもをきこえかはし給一条の宮にまてた" }, { "vol": 36, "page": 1260, "text": "りつるありさまなときこえ給いとゝしう春さめかとみゆるまてのきのしつくに ことならすぬらしそへ給たゝむかみにかのやなきのめにそとありつるをかい給 へるをたてまつりたまへはめもみえすやとをしゝほりつゝみ給うちひそみつゝ そみ給御さまれいは心つようあさやかにほこりかなる御けしきなこりなく人わ ろしさるはことなることなかめれとこのたまはぬくとあるふしのけにとおほさ るゝに心みたれてひさしうえためらひたまはす君の御はゝ君のかくれたまへり し秋なむよにかなしきことのきはにはおほえ侍りしを女はかきりありてみる人 すくなうとあることもかゝることもあらはならねはかなしひもかくろへてなむ ありけるはか〱しからねとおほやけもすて給はすやう〱人となりつかさく らゐにつけてあひたのむ人〱をのつからつき〱におほうなりなとしておと ろきくちおしかるもるいにふれてあるへしかうふかきおもひはそのおほかたの 世のおほえもつかさくらゐもおもほえすたゝことなることなかりし身つからの ありさまのみこそたへかたくこひしかりけれなにはかりのことにてかおもひさ ますへからむとそらをあふきてなかめ給ゆふくれのくものけしきにひいろにか" }, { "vol": 36, "page": 1261, "text": "すみてはなのちりたるこすゑともをもけふそめとゝめ給この御たゝむかみに このしたのしつくにぬれてさかさまにかすみのころもきたる春かな大将の 君 なき人も思はさりけむうちすてゝゆふへのかすみきみきたれとは弁君 うらめしやかすみのころもたれきよとはるよりさきに花のちりけむ御わさ なとよのつねならすいかめしうなむありける大将とのゝきたのかたをはさる物 にてとのは心ことにす経なともあはれにふかき心はへをくはへ給かの一条の宮 にもつねにとふらひきこえ給う月はかりのうのはなはそこはかとなう心ちよけ にひとついろなるよものこすゑもおかしうみえわたるをもの思やとはよろつの ことにつけてしつかに心ほそうくらしかねたまふにれいのわたり給へりにはも やう〱あおみいつるわかくさみえわたりこゝかしこのすなこうすきものゝか くれのかたによもきもところえかほなりせんさいに心いれてつくろひたまひし も心にまかせてしけりあひひとむらすゝきもたのもしけにひろこりてむしのね そへむ秋思やらるゝよりいと物あはれにつゆけくてわけいり給いよすかけわた" }, { "vol": 36, "page": 1262, "text": "してにひいろのき丁のころもかへしたるすきかけすゝしけにみえてよきわらは のこまやかにゝはめるかさみのつまかしらつきなとほのみえたるおかしけれと なをめおとろかるゝいろなりかしけふはすのこにゐたまへはしとねさしいてた りいとかるらかなるをましなりとてれいの宮す所おとろかしきこゆれとこのこ ろなやましとてよりふしたまへりとかくきこえまきらはすほとおまへのこたち とも思ことなけなるけしきをみ給もいと物あはれなりかしはきとかえてとのも のよりけにわかやかなるいろしてえたさしかはしたるをいかなるちきりにかす ゑあへるたのもしさよなとの給てしのひやかにさしよりて ことならはならしのえたにならさなむはもりの神のゆるしありきとみすの とのへたてあるほとこそうらめしけれとてなけしによりゐたまへりなよひすか たはたいといたうたをやきけるをやとこれかれつきしろふこの御あへしらひき こゆる少将の君といふ人して かしは木にはもりの神はまさすとも人ならすへきやとのこすゑかうちつけ なる御ことのはになむあさう思給へなりぬるときこゆれはけにとおほすにすこ" }, { "vol": 36, "page": 1263, "text": "しほおゑみたまひぬ宮す所ゐさりいて給けはひすれはやをらゐなおり給ぬうき 世中を思給へしつむ月日のつもるけちめにやみたり心ちもあやしうほれ〱し うてすくし侍るをかくたひ〱かさねさせ給御とふらひのいとかたしけなきに 思給へおこしてなむとてけになやましけなる御けはゐなりおもほしなけくはよ のことはりなれと又いとさのみはいかゝよろつのことさるへきにこそはへめれ さすかにかきりある世になむとなくさめきこえ給この宮こそきゝしよりは心の おくみえ給へあはれけにいかに人わらはれなることをとりそへておほすらむと 思もたゝならねはいたう心とゝめて御ありさまもとひきこえ給けりかたちそい とまほにはえ物し給ましけれといとみくるしうかたわらいたきほとにたにあら すはなとてみるめにより人をも思あき又さるましきに心をもまとはすへきそさ まあしやたゝ心はせのみこそいひもてゆかむにはやむことなかるへけれとおも ほすいまはなをむかしにおもほしなすらへてうとからすもてなさせ給へなとわ さとけさうひてはあらねとねむころにけしきはみてきこえ給なおしすかたいと あさやかにてたけたちもの〱しうそろゝかにそみえ給けるかのおとゝはよろ" }, { "vol": 36, "page": 1264, "text": "つのことなつかしうなまめきあてにあい行つき給へることのならひなきなりこ れはをゝしうはなやかにあなきよらとふとみえ給にほひそ人にゝぬやとうちさ ゝめきておなしうはかやうにてもいていり給はましかはなと人〱いふめりい うしやうくんかつかにくさはしめてあおしとうちくちすさひてそれもいとちか きよのことなれはさま〱にちかうとをう心みたるやうなりし世中にたかきも くたれるもおしみあたらしからぬはなきもむへ〱しきかたをはさる物にてあ やしうなさけをたてたる人にそものし給けれはさしもあるましきおほやけ人女 はうなとのとしふるめきたるともさへこひかなしひきこゆるましてうへには御 あそひなとのおりことにもまつおほしいてゝなむしのはせ給けるあはれゑもん のかみといふことくさなにことにつけてもいはぬ人なし六条の院にはましてあ はれとおほしいつること月日にそへておほかりこのわか君を御心ひとつにはか たみとみなしたまへと人のおもひよらぬことなれはいとかひなし秋つかたにな れはこのきみはゐさりなと" }, { "vol": 37, "page": 1269, "text": "こ権大納言のはかなくうせ給にしかなしさをあかすくちおしき物にこひしのひ 給ひとおほかり六条の院にもおほかたにつけてたによにめやすき人のなくなる をはおしみ給御心にましてこれはあさ夕にしたしくまいりなれつゝ人よりも御 心とゝめおほしたりしかはいかにそやおほしいつることは有なからあはれはお ほくおり〱につけてしのひ給御はてにもす経なとゝりわきせさせ給ふよろつ もしらすかほにいはけなき御有さまをみ給ふにもさすかにいみしくあはれなれ は御心のうちに又心さしたまふてこかね百りやうをなむへちにせさせ給ひける おとゝは心もしらてそかしこまりよろこひきこえさせ給ふ大将の君もことゝも おほくし給とりもちてねんころにいとなみ給ふかの一てうの宮をもこの程の御 心さしふかくとふらひきこえ給ふはらからの君たちよりもまさりたる御心のほ とをいとかくは思きこえさりきとおとゝうへもよろこひきこえ給なきあとにも よのおほえをもくものし給けるほとのみゆるにいみしうあたらしうのみおほし こかるゝことつきせすやまのみかとは二の宮もかく人わらはれなるやうにてな かめ給也入道の宮もこのよの人めかしきかたはかけはなれ給ひぬれはさま〱" }, { "vol": 37, "page": 1270, "text": "にあかすおほさるれとすへてこのよをおほしなやましとしのひ給御をこなひの 程にもおなし道をこそはつとめ給らめなとおほしやりてかゝるさまになりたま て後はゝかなきことにつけてもたえすきこえ給御てらのかたはらちかきはやし にぬきいてたるたかうなそのわたりのやまにほれる所なとの山さとにつけては あはれなれはたてまつれ給とて御ふみこまやかなるはしにはるの野山かすみも たと〱しけれと心さしふかくほりいてさせて侍るしるしはかりになむ よをわかれいりなむみちはをくるともおなしところを君もたつねよいとか たきわさになむあるときこえ給へるを涙くみてみ給ほとにおとゝの君わたり給 へり例ならす御まへちかきらいしともをなそあやしと御覧するに院の御ふみ成 けりみ給へはいとあはれなりけふかあすかの心ちするをたいめんの心にかなは ぬことなとこまやかにかゝせ給へりこのおなし所の御ともなひをことにおかし きふしもなきひしりことはなれとけにさそおほすらむかしわれさへをろかなる さまにみえたてまつりていとゝうしろめたき御おもひのそふへかめるをいと 〱おしとおほす御かへりつゝましけにかき給て御つかひにはあをにひのあや" }, { "vol": 37, "page": 1271, "text": "一かさねたまふかきかへ給へりけるかみのみ木ちやうのそはよりほのみゆるを とりてみ給へは御てはいとはかなけにて うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山ちに思ひこそいれうしろめ たけなる御けしきなるにこのあらぬところもとめ給へるいとうたて心うしとき こえ給今はまほにもみえたてまつり給はすいとうつくしうらうたけなる御ひた ひかみつらつきのおかしさたゝちこのやうにみえ給ていみしうらうたきをみた てまつりたまふにつけてはなとかうはなりにしことそとつみえぬへくおほさる れは御木ちやうはかりへたてゝ又いとこよなうけとをくうとうとしうはあらぬ 程にもてなしきこえてそおはしけるわか君はめのとのもとにね給へりけるおき てはひいて給て御袖をひきまつはれたてまつり給さまいとうつくしゝろきうす ものにからのこもんのこうはいの御そのすそいとなかくしとけなけにひきやら れて御身はいとあらはにてうしろのかきりにきなし給へるさまは例のことなれ といとらうたけにしろくそひやかにやなきをけつりてつくりたらむやうなりか しらはつゆくさしてことさらに色とりたらむ心ちしてくちつきうつくしうにほ" }, { "vol": 37, "page": 1272, "text": "ひまみのひらかにはつかしうかほりたるなとはなをいとよく思ひいてらるれと かれはいとかやうにきはゝなれたるきよらはなかりし物をいかてかゝらん宮に もにたてまつらす今よりけたかくもの〱しうさまことにみえ給へるけしきな とはわか御かゝみのかけにもにけなからすみなされ給ふわつかにあゆみなとし 給ほとなりこのたかうなのらいしになにともしらすたちよりていとあはたゝし うとりちらしてくひかなくりなとし給へはあならうかはしやいとふひんなりか れとりかくせくひ物にめとゝめ給ふとものいひさかなき女はうもこそいひなせ とてわらひ給かきいたき給て此君のまみのいとけしき有かなちいさきほとのち こをあまたみねはにやあらむかはかりのほとはたゝいはけなきものとのみゝし を今よりいとけはひことなるこそわつらはしけれ女宮ものし給めるあたりにか ゝるひとおひいてゝ心くるしきことたかためにもありなむかしあはれそのをの 〱のおい行すゑまてはみはてんとすらむやは花のさかりはありなめとうちま もりきこえたまふうたてゆゝしき御ことにもと人〻はきこゆ御はのおいゝつる にくひあてむとてたかうなをつとにきりもちてしつくもよゝとくひぬらし給へ" }, { "vol": 37, "page": 1273, "text": "はいとねちけたる色このみかなとて うきふしもわすれすなからくれ竹のこはすてかたき物にそありけるとゐて はなちての給かくれとうちわらひてなにともおもひたらすいとそゝかしうはひ おりさはき給月日にそへて此君のうつくしうゆゝしきまておいまさり給にまこ とにこのうきふしみなおほしわすれぬへし此人のいてものし給へき契にてさる おもひの外のこともあるにこそはありけめのかれかたかなるわさそかしとすこ しはおほしなをさる身つからの御すくせもなをあかぬことおほかりあまたつと へ給へるなかにも此宮こそはかたほなるおもひましらす人の御有さまもおもふ にあかぬところなくて物し給ふへきをかくおもはさりしさまにてみたてまつる ことゝおほすにつけてなむすきにしつみゆるしかたく猶くちおしかりける大将 の君はかのいまはのとちめにとゝめし一ことを心ひとつにおもひいてつゝいか なりしことそとはいときこえまほしう御けしきもゆかしきをほの心えておもひ よらるゝこともあれはなかなかうちいてゝきこえんもかたはらいたくていかな らむつゐてにこのことのくはしき有さまもあきらめ又かの人の思ひいりたりし" }, { "vol": 37, "page": 1274, "text": "さまをもきこしめさせむとおもひわたり給秋の夕のものあはれなるに一条の宮 をおもひやりきこえ給てわたり給へりうちとけしめやかに御ことゝもなとひき 給ふほとなるへしふかくもえとりやらてやかてその南のひさしにいれたてまつ り給へりはしつかたなりける人のいさりいりつるけはひともしるくきぬのをと なひもおほかたのにほひかうはしく心にくき程なり例のみやす所たいめんし給 てむかしの物かたりともきこえかはし給わか御殿のあけくれ人しけくて物さは かしくをさなき君たちなとすたきあわて給ふにならひ給ていとしつかに物あは れ也うちあれたる心ちすれとあてにけたかくすみなし給てせむさいの花ともむ しのねしけきのへとみたれたる夕はへをみわたし給わこんをひきよせ給へれは りちにしらへられていとよくひきならしたるひとかにしみてなつかしうおほゆ かやうなるあたりにおもひのまゝなるすき心ある人はしつむることなくてさま あしきけはひをもあらはしさるましきなをもたつるそかしなとおもひつゝけつ ゝかきならし給ふこきみのつねにひき給ひしことなりけりおかしきてひとつな とすこしひき給てあはれいとめつらかなるねにかきならし給しはやこの御こと" }, { "vol": 37, "page": 1275, "text": "にもこもりて侍らんかしうけたまはりあらはしてしかなとの給へはことのをた えにしのちよりむかしの御わらはあそひのなこりをたにおもひいてたまはすな んなりにて侍へめる院のおまへにて女宮たちのとり〱の御ことゝも心みきこ え給しにもかやうのかたはおほめかしからすものし給となむさためきこえ給ふ めりしをあらぬさまにほれ〱しうなりてなかめすくし給めれは世のうきつま にといふやうになむみ給るときこえ給へはいとことはりの御おもひなりやかき りたにあるとうちなかめてことはおしやり給へれはかれなをさらはこゑにつた はることもやときゝわくはかりならさせ給へものむつかしうおもふたまへしつ めるみゝをたにあきらめ侍らんときこえ給をしかつたはる中のをはことにこそ は侍らめそれをこそうけたまはらむとはきこえつれとてみすのもとちかくおし よせ給へとゝみにしもうけひき給ふましきことなれはしいてもきこえ給はす月 さしいてゝくもりなき空にはねうちかはすかりかねもつらをはなれぬうらやま しくきゝ給ふらんかし風はたさむくものあはれなるにさそはれてさうのことを いとほのかにかきならし給へるもおくふかきこゑなるにいとゝ心とまりはてゝ" }, { "vol": 37, "page": 1276, "text": "中〱におもほゆれはひわをとりよせていとなつかしきねにさうふれんをひき 給おもひをよひかほなるはかたはらいたけれとこれはことゝはせ給へくやとて せちにすのうちをそゝのかしきこえ給へとましてつゝましきさしいらへなれは 宮はたゝ物をのみあはれとおほしつゝけたるに ことにいてゝいはぬもいふにまさるとは人にはちたるけしきをそみるとき こえ給にたゝすゑつかたをいさゝかひき給ふ ふかきよのあはれはかりはきゝわけとことよりかほにえやはひきけるあか すおかしき程にさるおほとかなるものゝねからにふるき人の心しめてひきつた へけるおなしゝらへのものといへとあはれに心すこきものゝかたはしをかきな らしてやみ給ぬれはうらめしきまておほゆれとすき〱しさをさま〱にひき いてても御らむせられぬるかな秋のよふかし侍らんもむかしのとかめやとはゝ かりてなむまかて侍ぬへかめる又ことさらに心してなむさふらふへきをこの御 ことゝものしらへかへすまたせたまはんやひきたかふることも侍ぬへきよなれ はうしろめたくこそなとまおにはあらねとうちにほはしをきていて給こよひの" }, { "vol": 37, "page": 1277, "text": "御すきには人ゆるしきこえつへくなむありけるそこはかとなきいにしへかたり にのみまきらはさせ給てたまのをにせむ心ちもし侍らぬのこりおほくなんとて 御をくり物にふえをそへてたてまつり給ふこれになむまことにふるきこともつ たはるへくきゝをき侍しをかゝるよもきふにうつもるゝもあはれにみ給ふるを 御さきにきをはんこゑなむよそなからもいふかしう侍るときこえ給へはにつか はしからぬすいしんにこそは侍へけれとてみ給ふにこれもけによとゝもに身に そへてもてあそひつゝ身つからもさらにこれかねのかきりはえふきとおさすお もはん人にいかてつたへてしかなとおり〱きこえこち給しを思ひいて給ふに 今すこしあはれおほくそひて心みにふきならすはんしきてうのなからはかりふ きさしてむかしをしのふひとりことはさてもつみゆるされ侍りけりこれはまは ゆくなむとていて給ふに 露しけきむくらのやとにいにしへの秋にかはらぬむしのこゑかなときこえ いたしたまへり よこふえのしらへはことにかはらぬをむなしくなりしねこそつきせねいて" }, { "vol": 37, "page": 1278, "text": "かてにやすらひ給ふに夜もいたくふけにけり殿にかへり給へれはかうしなとお ろさせてみなね給にけりこの宮に心かけきこえ給てかくねんころかりきこえ給 そなと人のきこえしらせけれはかやうによふかし給ふもなまにくゝていり給ふ をもきく〱ねたるやうにてものし給なるへしいもとわれといるさの山のとこ ゑはいとおかしうてひとりこちうたひてこはなとかくさしかためたるあなむも れやこよひの月をみぬさとも有けりとうめき給ふかうしあけさせ給てみすまき あけなとし給てはしちかくふし給へりかゝる夜の月に心やすくゆめみる人はあ るものかすこしいて給へあな心うなときこえ給へと心やましうゝちおもひてき ゝ忍ひ給君たちのいはけなくねをひれたるけはひなとこゝかしこにうちして女 はうもさしこみてふしたる人けにきはゝしきに有つるところのありさまおもひ あはするにおほくかはりたりこのふえをうちふき給ひつゝいかになこりもなか め給らん御ことゝもはしらへかはらすあそひたまふらむかし宮す所もわこんの 上すそかしなとおもひやりてふし給へりいかなれはこきみたゝおほかたの心は へはやむことなくもてなしきこえなからいとふかきけしきなかりけむとそれに" }, { "vol": 37, "page": 1279, "text": "つけてもいといふかしうおほゆみをとりせむこそいと〱おしかるへけれ大か たのよにつけてもかきりなくきくことはかならすさそあるかしなとおもふにわ か御なかのうちけしきはみたるおもひやりもなくてむつひそめたるとし月の程 をかそふるにあはれにいとかうおしたちてをこりならひ給へるもことはりにお ほえ給けりすこしねいり給へる夢に彼ゑもんのかみたゝありしさまのうちきす かたにてかたはらにゐて此ふえをとりてみるゆめのうちにもなき人のわつらは しうこのこゑをたつねてきたるとおもふに 笛たけにふきよる風のことならはすゑのよなかきねにつたへなむおもふか たことに侍りきといふをとはんとおもふほとにわか君のねをひれてなき給ふ御 こゑに覚給ぬ此君いたくなき給てつたみなとし給へはめのともおきさはきうへ も御となふらちかくとりよせさせたまてみゝはさみしてそゝくりつくろひてい たきてゐ給へりいとよくこえてつふ〱とおかしけなるむねをあけてちなとく ゝめ給ちこもいとうつくしうおはする君なれはしろくおかしけなるに御ちはい とかはらかなるを心をやりてなくさめ給ふおとこ君もよりおはしていかなるそ" }, { "vol": 37, "page": 1280, "text": "なとの給ふうちまきしちらしなとしてみたりかはしきに夢のあはれもまきれぬ へしなやましけにこそみゆれいまめかしき御有さまの程にあくかれたまうてよ ふかき御月めてにかうしもあけられたれは例のものゝけのいりきたるなめりな といとわかくおかしきかほしてかこち給へはうちわらひてあやしのものゝけの しるへやまろかうしあけすはみちなくてけにえいりこさらましあまたの人のお やになり給ふまゝに思いたりふかく物をこその給なりにたれとてうちみやり給 へるまみのいとはつかしけなれはさすかに物もの給はていてたまひねみくるし とてあきらかなるほかけをさすかにはち給へるさまもにくからすまことに此君 なつみてなきむつかりあかし給つ大将のきみもゆめおほしいつるに此ふえのわ つらはしくもあるかな人の心とゝめておもへりしものゝゆくへきかたにもあら す女の御つたへはかひなきをやいかゝおもひつらんこの世にてかすにおもひい れぬこともかのいまはのとちめに一ねむのうらめしきもゝしはあはれとも思に まつはれてこそはなかきよのやみにもまとふわさなゝれかゝれはこそはなにこ とにもしふはとゝめしとおもふよなれなとおほしつゝけてをたきにす経せさせ" }, { "vol": 37, "page": 1281, "text": "給ふ又かの心よせのてらにもせさせ給て此ふえをはわさと人のさるゆへふかき 物にてひきいて給へりしをたちまちにほとけの道におもむけんもたうときこと ゝはいひなからあへなかるへしと思て六条の院にまいり給ぬ女御の御方におは しますほと成けり三宮みつはかりにてなかにうつくしくをはするをこなたにそ 又とりわきておはしまさせ給けるはしりいて給て大将こそ宮いたき奉りてあな たへゐておはせと身つからかしこまりていとしとけなけにの給へはうちわらひ ておはしませいかてかみすのまへをはわたり侍らんいときやう〱ならむとて いたきたてまつりてゐ給へれは人もみすまろかほはかくさむなを〱とて御袖 してさしかくし給へはいとうつくしうていてたてまつり給ふこなたにも二宮の わか君とひとつにましりてあそひ給ふうつくしみておはします成けりすみのま のほとにおろし奉り給を二宮みつけ給てまろも大将にいたかれんとの給を三宮 あか大将をやとてひかへ給へり院も御覧していとみたりかはしき御有さまとも かなおほやけの御ちかきまもりをわたくしのすいしんにりやうせむとあらそひ 給よ三宮こそいとさかなくおはすれつねにこのかみにきほひまうし給ふといさ" }, { "vol": 37, "page": 1282, "text": "めきこえあつかひ給ふ大将もわらひて二宮はこよなくこのかみ心にところさり きこえ給ふ御心ふかくなむおはしますめる御としのほとよりはおそろしきまて みえさせ給ふなときこえ給ふうちゑみていつれもいとうつくしとおもひきこえ させ給へりみくるしくかるかるしき公卿のみさなりあなたにこそとてわたり給 はむとするに宮たちまつはれてさらにはなれ給はす宮のわか君は宮たちの御つ らには有ましきそかしと御心のうちにおほせと中〱その御心はへをはゝ宮の 御心のおにゝやおもひよせ給らんとこれも心のくせにいとおしうおほさるれは いとらうたきものにおもひかしつきゝこえ給大将は此君をまたえよくもみぬか なとおほしてみすのひまよりさしいて給へるにはなのえたのかれておちたるを とりてみせたてまつりてまねき給へはゝしりおはしたりふたあゐのなをしのか きりをきていみしうしろうひかりうつくしきことみこたちよりもこまかにおか しけにてつふ〱ときよらなりなまめとまるところもそひてみれはにやまなこ ゐなとこれは今すこしつようかとあるさまゝさりたれとましりのとちめおかし うかをれるけしきなといとよくおほえ給へりくちつきのことさらにはなやかな" }, { "vol": 37, "page": 1283, "text": "るさましてうちゑみたるなとわかめのうちつけなるにやあらむおとゝはかなら すおほしよすらんといよ〱御けしきゆかし宮たちはおもひなしこそけたかけ れよのつねのうつくしきちこともとみえ給ふにこの君はいとあてなるものから さまことにおかしけなるをみくらへたてまつりつゝいてあはれもしうたかふゆ へもまことならはちゝおとゝのさはかりよにいみしくおもひほれたまてことな のりいてくる人たになきことかたみにみるはかりのなこりをたにとゝめよかし となきこかれ給ふにきかせたてまつらさらむつみえかましさなとおもふもいて いかてさはあるへきことそと猶心えすおもひよるかたなし心はへさへなつかし うあはれにてむつれあそひたまへはいとらうたくおほゆたいへわたり給ぬれは のとやかに御ものかたりなときこえておはするほとに日くれかゝりぬよへかの 一条の宮にまうてたりしにおはせし有さまなときこえいて給へるをほゝゑみて きゝおはすあはれなるむかしのことかゝりたるふし〱はあへしらひなとし給 ふにかのさうふれんの心はへはけにいにしへのためしにもひきいてつへかりけ るおりなから女はなを人の心うつるはかりのゆへよしをもおほろけにてはもら" }, { "vol": 37, "page": 1284, "text": "すましうこそありけれとおもひしらるゝことゝもこそおほかれすきにしかたの こゝろさしをわすれすかくなかきよういを人にしられぬとならはおなしうは心 きよくてとかくかゝつらひゆかしけなきみたれなからむやたかためも心にくゝ めやすかるへきことならむとなんおもふとの給へはさかし人のうへの御をしへ はかりは心つよけにてかゝるすきはいてやとみたてまつり給ふなにのみたれか 侍らむ猶つねならぬよのあはれをかけそめ侍りにしあたりに心みしかく侍らん こそなか〱よのつねのけんきありかほにはへらめとてこそさうふれんはこゝ ろとさしすきてこといて給はんやにくきことに侍らましものゝついてにほのか なりしはおりからのよしつきておかしうなむ侍しなにことも人によりことにし たかふわさにこそ侍るへかめれよはひなともやう〱いたうわかひ給ふへきほ とにもゝのし給はす又あされかましうすき〱しきけしきなとに物なれなとも し侍らぬにうちとけ給にやおほかたなつかしうめやすき人の御有さまになむも のし給けるなときこえ給ふにいとよきついてつくりいてゝすこしちかくまいり より給てかの夢かたりをきこえ給へはとみにものもの給はてきこしめしておほ" }, { "vol": 37, "page": 1285, "text": "しあはすることもありそのふえはこゝにみるへきゆへある物なりかれはやうせ い院の御ふえなりそれをこしきふ卿の宮のいみしきものにし給けるをかのゑも んのかみはわらはよりいとことなるねをふきいてしにかんしてかの宮のはきの えんせられける日をくり物にとらせ給へるなり女の心はふかくもたとりしらす しかものしたるなゝりなとの給てすゑのよのつたへまたいつかたにとかは思ひ まかへんさやうにおもふなりけんかしなとおほしてこのきみもいといたりふか き人なれは思ひよることあらむかしとおほすその御けしきをみるにいとゝはゝ かりてとみにもうちいてきこえ給はねとせめてきかせたてまつらんのこゝろあ れはいましもことのついてに思ひいてたるやうにおほめかしうもてなしていま はとせしほとにもとふらひにまかりて侍しになからむのちのことゝもいひをき 侍し中にしか〱なんふかくかしこまり申よしを返〻ものし侍しかはいかなる ことにか侍りけむいまにそのゆへをなんえおもひ給へより侍らねはおほつかな く侍るといとたと〱しけにきこえ給にされはよとおほせとなにかはそのほと の事あらはしの給へきならねはしはしおほめかしくてしか人のうらみとまるは" }, { "vol": 37, "page": 1286, "text": "かりのけしきはなにのついてにかはもりいてけんと身つからもえおもひいてす なむさていましつかにかの夢はおもひあはせてなむきこゆへきよるかたらすと か女はうのつたへにいふなりとの給ておさおさ御いらへもなけれはうちいてき こえてけるをいかにおほすにかとつつましくおほしけりとそ" }, { "vol": 38, "page": 1291, "text": "夏ころはちすの花のさかりに入道のひめ宮の御ち仏ともあらはし給へるくやう せさせ給このたひはおとゝの君の御心さしにて御ねんすたうのくともこまかに とゝのへさせ給へるをやかてしつらはせ給ふはたのさまなとなつかしう心こと なるからのにしきをえらひぬはせ給へりむらさきのうへそいそきせさせ給ひけ るはなつくゑのおほひなとのおかしきめそめもなつかしうきよらなるにほひそ めつけられたる心はへめなれぬさまなりよるのみ丁のかたひらをよおもてなか らあけてうしろのかたにほ花のまたらかけ奉りてしろかねのはなかめにたかく こと〱しきはなの色をとゝのへて奉り名かうにからの百部のくのえかうをた き給へり阿弥陀仏けうしのほさちをの〱白たんしてつくり奉りたるこまかに うつくしけなりあかのくはれいのきはやかにちいさくてあをきしろきむらさき の蓮をとゝのへてかえうのほうをあはせたる名かうみちをかくしほゝろけてた きにほはしたるひとつかをりにゝほひあひていとなつかし経は六道の衆生のた めに六部かゝせ給てみつからの御持経は院そ御てつからかゝせ給ける是をたに この世のけちえにてかたみにみちひきかはし給ふへき心を願文につくらせ給へ" }, { "vol": 38, "page": 1292, "text": "りさてはあみた経からのかみはもろくてあさゆふの御てならしにもいかゝとて かむやの人をめしてことにおほせこと給てこゝろことにきよらにすかせ給へる に此春のころをひより御心とゝめていそきかゝせ給へるかひありてはしをみ給 人〱めもかゝやきまとひ給けかけたるかねのすちよりもすみつきのうへにか ゝやくさまなともいとなむめつらかなりけるちくへうしはこのさまなといへは さらなりかしこれはことにちんの花そくのつくゑにすへて仏の御おなしちやう たいのうへにかさらせ給へりたうかさりはてゝかうしまうのほり行かうの人 〱まいりつとひ給へは院もあなたにいて給ふとて宮のおはしますにしのひさ しにのそき給へれはせはき心ちするかりの御しつらひにところせくあつけなる まてこと〱しくさうそきたる女房五六十人はかりつとひたり北のひさしのす のこまてわらはへなとはさまよふひとりともあまたしてけふたきまてあふきち らせはさしより給て空にたくはいつくのけふりそと思ひはかれぬこそよけれふ しのみねよりもけにくゆりみちいてたるはほいなきわさなりかうせちのおりは おほかたのなりをしつめてのとかに物の心もきゝわくへきことなれはゝはかり" }, { "vol": 38, "page": 1293, "text": "なききぬのをとなひ人のけはひしつめてなんよかるへきなとれいのものふかゝ らぬわか人とものよういをしへ給宮は人けにおされ給ていとちいさくおかしけ にてひれふし給へりわかきみらうかはしからむいたきかくしたてまつれなとの 給きたのみさうしもとりはなちてみすかけたりそなたに人〱はいれ給しつめ て宮にも物の心しり給へきしたかたをきこえしらせ給ふいとあはれにみゆおま しをゆつり給へる仏の御しつらひみやり給もさま〱にかゝるかたの御いとな みをもゝろともにいそかんものとは思ひよらさりしことなりよしのちの世にた にかのはなの中のやとりにへたてなくとをおもほせとてうちなき給ひぬ はちす葉をおなしうてなと契をきて露のわかるゝけふそかなしきと御すゝ りにさしぬらしてかうそめなる御あふきにかきつけ給へり宮 へたてなくはちすのやとをちきりても君か心やすましとすらむとかき給へ れはいふかひなくもおもほしくたすかなとうちはらひなからなをあはれと物を おもほしたる御気色なりれいのみこたちなともいとあまたまいり給へり御かた 〱よりわれも〱といとなみいてたまへるほうもちの有様心ことにところせ" }, { "vol": 38, "page": 1294, "text": "きまてみゆ七そうのほうふくなとすへて大かたのことゝもはみなむらさきのう へせさせ給へりあやのよそひにてけさのぬいめまてみしる人は世になへてなら すとめてけりとやむつかしうこまかなることゝもかなかうしのいとたうとくこ との心を申てこのよにすくれ給へるさかりをいとひはなれ給てなかきよゝにた ゆましき御ちきりをほけ経にむすひ給ふたうとくふかきさまをあらはしてたゝ いまのよのさえもすくれゆたけきさきらをいとゝ心していひつゝけたるいとた うとけれはみな人しほたれ給ふこれはたゝしのひて御ねんすたうのはしめとお ほしたることなれとうちにも山のみかともきこしめしてみな御つかひともあり 御す経のふせなといとゝころせきまてにはかになむことひろこりける院にまう けさせ給へりけることゝもゝそくとおほしゝかとよのつねならさりけるをまい ていまめかしきことゝものくはゝりたれはゆふへのてらにをき所なけなるまて 所せきいきをひになりてなん僧ともは帰けるいましも心くるしき御心そひては かりもなくかしつきゝこえ給ふ院のみかとはこの御そうふんの宮にすみはなれ 給なんもつゐのことにてめやすかりぬへくきこえ給へとよそ〱にてはおほつ" }, { "vol": 38, "page": 1295, "text": "かなかるへしあけくれみ奉りきこえうけ給はらむことをこたらむにほいたかひ ぬへしけにありはてぬ世いくはくあるましけれとなをいけるかきりの心さしを たにうしなひはてしときこえ給つゝこの宮をもいとこまかにきよらにつくらせ 給ひみふのものともくに〱のみさうみまきなとより奉る物ともはか〱しき さまのはみなかの三条の宮のみくらにおさめさせ給又もたてそへさせ給てさま 〱の御たから物とも院の御そうふんにかすもなくたまはり給へるなとあなた さまの物はみなかの宮にはこひわたしこまかにいかめしうしをかせ給あけくれ の御かしつきそこらの女房のことゝもかみしものはくゝみはをしなへて我御あ つかひにてなといそきつかうまつらせ給ける秋ころにしのわたとのゝまへ中の へいのひんかしのきはをおしなへてのにつくらせたまへりあかのたなゝとして そのかたにしなさせ給へる御しつらひなといとなまめきたり御弟子にしたかひ きこえたるあまとも御めのとふる人ともはさるものにてわかきさかりのもこゝ ろさたまりさるかたにて世をつくしつへきかきりはえりてなんなさせ給けるさ るきをいにはわれも〱ときしろひけれとおとゝの君きこしめしてあるましき" }, { "vol": 38, "page": 1296, "text": "ことなり心ならぬ人すこしもましりぬれはかたへの人くるしうあは〱しきき こえいてくるわさなりといさめ給て十よ人はかりのほとそかたちことにてはさ ふらふこのゝにむしともはなたせ給て風すこしすゝしくなりゆく夕暮にわたり 給つゝむしのねをきゝ給やうにてなをおもひはなれぬさまをきこえなやまし給 へはれいの御心はあるましきことにこそはあなれとひとへにむつかしきことに おもひきこえ給へり人めにこそかはることなくもてなし給ひしかうちにはうき をしり給ふ気色しるくこよなうかはりにし御心をいかてみえたてまつらしの御 心にておほうは思ひなり給にし御よのそむきなれはいまはもてはなれて心やす きになをかやうになときこえ給そくるしうて人はなれたらむ御すまひにもかな とおほしなれとおよすけてえさもしひ申給はす十五夜の夕暮にほとけの御まへ に宮おはしてはしちかうなかめ給ひつゝねんすし給わかきあま君たち二三人花 たてまつるとてならすあかつきのをと水のけはひなときこゆるさまかはりたる いとなみにそゝきあへるいとあはれなるにれいのわたり給てむしのねいとしけ うみたるゝゆふへかなとてわれもしのひてうちすんし給ふ阿弥陀の大すいとた" }, { "vol": 38, "page": 1297, "text": "うとくほの〱きこゆけにこゑ〱きこゑたるなかに鈴虫のふりいてたるほと はなやかにおかし秋の虫のこゑいつれとなき中にまつ虫なんすくれたるとて中 宮のはるけきのへをわけていとわさとたつねとりつゝはなたせ給へるしるくな きつたふるこそすくなかなれなにはたかひていのちのほとはかなきむしにそあ るへき心にまかせて人きかぬおく山はるけきのゝまつ原にこゑおしまぬもいと へたて心あるむしになんありける鈴虫は心やすくいまめいたるこそらうたけれ なとの給へは宮 大かたの秋をはうしとしりにしをふりすてかたきすゝむしのこゑとしのひ やかにの給ふいとなまめいてあてにおほとか也いかにとかやいておもひのほか なる御ことにこそとて 心もて草のやとりをいとへともなをすゝむしの声そふりせぬなと聞え給て きんの御ことめしてめつらしくひきたまふ宮の御すゝひきをこたり給て御こと になをこゝろいれ給へり月さしいてゝいとはなやかなるほともあはれなるに空 をうちなかめて世中さま〱につけてはかなくうつりかはるありさまもおほし" }, { "vol": 38, "page": 1298, "text": "つゝけられてれいよりもあはれなるねにかきならし給ふこよひはれいの御あそ ひにやあらむとおしはかりて兵部卿の宮はたり給へり大将のきみ殿上人のさる へきなとくしてまいり給へれはこなたにおはしますと御ことのねをたつねてや かてまいり給いとつれ〱にてわさとあそひとはなくともひさしくたえにたる めつらしき物のねなときかまほしかりつるひとりことをいとようたつね給ける とて宮もこなたにおましよそひていれたてまつり給うちの御まへにこよひは月 のえんあるへかりつるをとまりてさう〱しかりつるにこの院に人〱まいり 給ときゝつたへてこれかれかんたちめなともまいり給へりむしのねのさためを し給ふ御ことゝものこゑ〱かきあはせておもしろきほとに月みるよひのいつ とても物あはれならぬ折はなき中にこよひのあらたなる月の色にはけになをわ か世のほかまてこそよろつ思なかさるれ故権大納言なにの折〱にもなきにつ けていとゝしのはるゝことおほくおほやけわたくし物の折ふしのにほひうせた る心ちこそすれ花とりの色にもねにも思ひはきまへいふかひあるかたのいとう るさかりし物をなとの給ひいてゝ身つからもかきあはせ給御ことのねにも袖ぬ" }, { "vol": 38, "page": 1299, "text": "らし給つみすのうちにもみゝとゝめてやきゝ給らんとかたつかたの御心にはお ほしなからかゝる御あそひのほとにはまつこひしう内なとにもおほしいてける こよひはすゝむしのえんにてあかしてんとおほしの給御かはらけふたはたりは かりまいるほとにれんせいゐんより御せうそこあり御せんの御あそひにはかに とまりぬるをくちおしかりて左大弁式部大輔又人〱ひきゐてさるへきかきり まいりたれは大将なとは六条のゐんにさふらひ給ふときこしめしてなりけり 雲のうへをかけはなれたるすみかにもゝのわすれせぬ秋の夜の月おなしく はときこえ給へれはなにはかりところせきみのほとにもあらすなからいまはの とやかにおはしますにまいりなるゝこともおさ〱なきをほいなきことにおほ しあまりておとろかさせ給へるかたしけなしとてにはかなるやうなれとまいり 給はんとす 月かけはおなし雲井にみえなからわかやとからの秋そかはれることなる事 なかめれとたゝむかしいまの御ありさまのおほしつゝけられけるまゝなめり御 つかひにさか月たまひてろくいとになし人〱の御車したいのまゝにひきなを" }, { "vol": 38, "page": 1300, "text": "しこせんの人〱たちこみてしつかなりつる御あそひまきれていて給ぬ院の御 車にみこたてまつり大将左衛門の督とうさいしやうなとおはしけるかきりみな まいり給なをしにてかろらかなる御よそひともなれはしたかさねはかり奉りく はへて月やゝさしあかりふけぬる空おもしろきにわかき人〱ふえなとわさと なくふかせ給なとしてしのひたる御まいりのさまなりうるはしかるへきおりふ しはところせくよたけゝきゝしきをつくしてかたみに御らんせられ給ひ又いに しへのたゝ人さまにおほしかへりてこよひはかる〱しきやうにふとかくまい り給へれはいたうおとろきまちよろこひきこえ給ねひとゝのひ給へる御かたち いよ〱ことものならすいみしき御さかりの世を御心とおほしすてゝしつかな る御有様にあはれすくなからすその夜の歌ともからのも山とのも心はへふかう おもしろくのみなんれいのことたらぬかたはしはまねふもかたはらいたくてな むあけかたにふみなとかうしてとく人〱まかて給六条の院は中宮の御方にわ たり給て御物語なときこえ給ふいまはかうしつかなる御すまひにしは〱もま いりぬへくなにとはなけれとすくるよはひにそへてわすれぬむかしの御物語な" }, { "vol": 38, "page": 1301, "text": "とうけ給はりきこえまほしうおもひたまふるになにゝもつかぬみのありさまに てさすかにうゐ〱しくところせくも侍てなんはれよりのちの人〱にかたか たにつけてをくれゆく心ちしはへるもいとつねなきよの心ほそさのゝとめかた うおほえ侍れはよはなれたるすまひにもやとやう〱おもひたちぬるをのこり の人〱の物はかなからんたゝよはし給なとさき〱もきこえつけし心たかへ すおほしとゝめて物せさせ給へなとまめやかなるさまにきこえさせ給れいのい とわかうおほとかなる御けはひにてこゝのへのへたてふかう侍しとしころより もおほつかなさのまさるやうにおもひ給へらるゝ有様をいとおもひのほかにむ つかしうてみな人のそむきゆく世をいとはしうおもひなることも侍りなからそ の心のうちをきこえさせうけたまはらねはなに事もまつたのもしきかけにはき こえさせならひていふせく侍ときこえ給けにおほやけさまにてはかきりあるお りふしの御さとゐもいとようまちつけきこえさせしをいまはなにことにつけて かは御心にまかせさせ給御うつろひも侍らむさためなきよといひなからもさし ていとはしきことなき人のさはやかにそむきはなるゝもありかたう心やすかる" }, { "vol": 38, "page": 1302, "text": "へき程につけてたにをのつからおもひかゝつらふほたしのみ侍るをなとかその 人まねにきほふ御たうしんはかへりてひか〱しうおしはかりきこえさする人 もこそ侍れかけてもいとあるましき御ことになむときこえ給をふかうもくみは かりたまはぬなめりかしとつらうおもひきこえ給ふ宮す所の御身のくるしうな り給らむありさまいかなるけふりの中にまとひ給らんなきかけにても人にうと まれたてまつり給御なのりなとのいてきけることかの院にはいみしうかくし給 ひけるをゝのつから人のくちさかなくてつたへきこしめしけるのちいとかなし ういみしくてなへての世のいとはしくおほしなりてかりにてもかのゝ給けん有 様のくはしうきかまほしきをまをにはえうちいてきこえ給はてたゝなき人の御 有様のつみかろからぬさまにほのきくことの侍しをさるしるしあらはならても おしはかりつたへつへきことに侍りけれとをくれしほとのあはれはかりをわす れぬことにて物のあなたおもふ給へやらさりけるかものはかなさをいかてよう いひきかせんひとのすゝめをもきゝ侍りて身つからたにかのほのほをもさまし 侍りにしかなとやう〱つもるになむおもひしらるゝこともありけるなとかす" }, { "vol": 38, "page": 1303, "text": "めつゝその給ふけにさもおほしぬへきことゝあはれにみ奉り給ふてそのほのを なむたれものかるましきことゝしりなからあしたの露のかゝれるほとは思ひす て侍らぬになむもくれんかほとけにちかきひしりの身にてたちまちにすくひけ むためしにもえつかせ給はさらむ物からたまのかんさしすてさせ給はんもこの 世にはうらみのこるやうなるわさなりやう〱さる御心さしをしめ給てかの御 けふりはるへきことをせさせ給へしかおもひたまふること侍りなからものさは かしきやうにしつかなるほいもなきやうなる有様にあけくらし侍りつゝ身つか らのつとめにそへていましつかにとおもひ給ふるもけにこそ心をさなきことな れなと世中なへてはかなくいとひすてまほしきことをきこえかはし給へとなを やつしにくき御身の有様ともなりよへはうちしのひてかやすかりし御ありきけ さはあらはれたまひて上達部ともまいり給へるかきりはみな御をくりつかうま つり給ふ春宮の女御の御有様ならひなくいつきたて給へるかひ〱しさも大将 のまたいと人にことなる御様をもいつれとなくめやすしとおほすになをこのれ せいゐんを思ひきこえ給御心さしはすくれてふかく哀にそおほえ給院もつねに" }, { "vol": 38, "page": 1304, "text": "いふかしう思ひきこえ給ひしに御たいめんのまれにいふせうのみおほされける にいそかされ給てかく心やすきさまにとおほしなりけるになん中宮そ中〱ま かて給ふこともいとかたうなりてたゝひとの中のやうにならひおはしますにい まめかしうなか〱むかしよりもはなやかに御あそひをもし給ふなに事も御心 やれる有様なからたゝかの宮す所の御ことをおほしやりつゝをこなひの御心す ゝみにたるを人のゆるしきこえ給ましきことなれはくとくのことをたてゝおほ しいとなみいとゝ心ふかう世中をおほしとれるさまになりまさりたまふ" }, { "vol": 39, "page": 1309, "text": "まめひとのなをとりてさかしかり給大将この一条の宮の御ありさまをなをあら まほしと心にとゝめておほかたの人めにはむかしをわすれぬよういにみせつゝ いとねんころにとふらひきこえ給したの心にはかくてはやむましくなむ月日に そへておもひまさり給ける宮す所もあはれにありかたき御心はへにもあるかな といまはいよ〱物さひしき御つれ〱をたえすをとつれ給になくさめ給事と もおほかりはしめよりけさうひてもきこえ給はさりしにひきかへしけさふはみ なまめかむもまはゆしたゝふかき心さしをみえたてまつりてうちとけ給おりも あらしやはとおもひつゝさるへきことにつけても宮の御けはひありさまをみ給 みつからなときこえ給ことはさらになしいかならむついてにおもふ事をもまほ にきこえしらせて人の御けはひをみむとおほしわたるに宮す所ものゝけにいた うわつらひ給てをのといふわたりにやま里もたまへるにわたりたまへりはやう より御いのりのしにものゝけなとはらひすてけるりし山こもりして里にいてし とちかひたるをふもとちかくてさうしおろし給ゆへなりけり御車よりはしめて 御前なと大将とのよりそたてまつれ給へるを中〱むかしのちかきゆかりのき" }, { "vol": 39, "page": 1310, "text": "みたちはことわさしけきをのかしゝのよのいとなみにまきれつゝえしもおもひ いてきこえ給はす弁の君はたおもふ心なきにしもあらてけしきはみけるにこと のほかなる御もてなしなりけるにはしゐてえまてとふらひ給はすなりにたりこ の君はいとかしこうさりけなくてきこえなれ給にためりすほうなとせさせ給と きゝてそうのふせ上えなとやうのこまかなる物をさへたてまつれ給なやみ給人 はえきこえ給はすなへてのせしかきはものしとおほしぬへくこと〱しき御さ まなりと人〻きこゆれは宮そ御返きこえ給いとおかしけにてたゝひとくたりな とおほとかなるかきさまことはもなつかしき所かきそへ給へるをいよ〱みま ほしうめとまりてしけうきこえかよひ給猶ついにあるやうあるへきやう御なか らひなめりと北方けしきとり給へれはわつらはしくてまうてまほしうおほせと とみにえいてたちたまはす八月中の十日はかりなれは野へのけしきもおかしき ころなるに山さとのありさまのいとゆかしけれはなにかしりしのめつらしうお りたなるにせちにかたらふへき事あり宮す所のわつらひ給なるもとふらひかて らまうてんとおほかたにそきこえていて給御前こと〱しからてしたしきかき" }, { "vol": 39, "page": 1311, "text": "り五六人はかりかり衣にてさふらふことにふかき道ならねとまつかさきのを山 の色なともさるいはほならねと秋の気色つきて宮こにになくとつくしたるいへ ゐにはなをあはれもけうもまさりてそみゆるやはかなきこしはかきもゆへある さまにしなしてかりそめなれとあてはかにすまひなし給へりしん殿とおほしき ひんかしのはなちいてにすほうのたんぬりて北のひさしにおはすれはにしおも てに宮はおはします御ものゝけむつかしとてとゝめたてまつり給けれといかて かはなれたてまつらんとしたひわたり給へるを人にうつりちるをおちてすこし のへたてはかりにあなたにはわたしたてまつり給はすまらうとのゐたまふへき 所のなけれは宮の御方のみすのまへにいれたてまつりて上らうたつ人〻御せう そこきこえつたふいとかたしけなくかうまての給はせわたらせ給へるをなむも しかひなくなりはてはへりなはこのかしこまりをたにきこえさせてやとおもひ 給ふるをなむいましはしかけとゝめまほしき心つきはへりぬるときこえいたし 給へりわたらせ給し御をくりにもとおもふ給しを六条院にうけたまはりさした ること侍しほとにてなんひころもそこはかとなくまきるゝ事侍ておもひ給ふる" }, { "vol": 39, "page": 1312, "text": "心のほとよりはこよなくをろかに御覧せらるゝ事のくるしう侍るなときこえ給 宮はおくのかたにいとしのひておはしませとこと〱しからぬたひの御しつら ひあさきやうなるおましのほとにて人の御けはひをのつからしるしいとやはら かにうちみしろきなとし給御そのをとなひさはかりなゝりときゝゐたまへり心 も空におほえてあなたの御せうそこかよふ程すこしとをうへたゝるひまにれい の少将の君なとさふらふ人〻にものかたりなとし給てかうまいりきなれうけ給 はる事のとし比といふはかりになりにけるをこよなうものとをふもてなさせ給 へるうらめしさなむかゝるみすのまへにて人つての御せうそこなとのほのかに きこえつたふる事よまたこそならはねいかにふるめかしきさまに人〻ほゝゑみ 給らんとはしたなくなんよはひつもらすかるらかなりしほとにほのすきたるか たにおもなれなましかはかううい〱しうもおほえさらましさらにかはかりす く〱しうおれてとしふる人はたくひあらしかしとの給けにいとあなつりにく けなるさまし給つれはされはよと中〱なる御いらへきこえいてむははつかし うなとつきしろひてかゝる御うれへきこしめししらぬやうなりと宮にきこゆれ" }, { "vol": 39, "page": 1313, "text": "はみつからきこえ給はさめるかたはらいたさにかはりはへるへきをいとおそろ しきまてものし給ふめりしをみあつかひ侍しほとにいとゝあるかなきかの心ち になりてなんえきこえぬとあれはこは宮の御せうそこかとゐなほりて心くるし き御なやみをみにかふはかりなけききこえさせ侍もなにのゆへにかゝたしけな けれとものをおほししる御ありさまなとはれ〱しきかたにもみたてまつりな をし給まてはたひらかにすくし給はむこそたか御ためにもたのもしきことには はへらめとおしはかりきこえさするによりなむたゝあなたさまにおほしゆつり てつもりはへりぬる心さしをもしろしめされぬはほいなき心ちなむときこえ給 けにと人〻もきこゆ日いりかたになりゆくに空のけしきもあはれにきりわたり て山のかけはをくらき心ちするにひくらしのなきしきりてかきほにおふるなて しこのうちなひける色もおかしうみゆまへのせんさいの花ともは心にまかせて みたれあひたるに水のをといとすゝしけにて山おろし心すこく松のひゝきこふ かくきこえわたされなとしてふたの経よむときかはりてかねうちならすにたつ こゑもゐかはるもひとつにあひていとたうとくきこゆところからよろつの事心" }, { "vol": 39, "page": 1314, "text": "ほそうみなさるゝもあはれにものおもひつゝけらる出給はん心ちもなしりしも かちするをとしてたらにいとたうとくよむなりいとくるしけにし給なりとて人 〻もそなたにつとひておほかたもかゝるたひ所にあまたまいらさりけるにいと ゝ人すくなにて宮はなかめ給へりしめやかにておもふこともうち出つへきおり かなとおもひゐ給へるにきりのたゝこののきのもとまてたちわたれはまかてん かたもみえすなり行はいかゝすへきとて 山さとのあはれをそふるゆふきりにたちいてん空もなき心ちしてときこえ 給へは やまかつのまかきをこめてたつきりも心そらなる人はとゝめすほのかにき こゆる御けはひになくさめつゝまことにかへるさわすれはてぬ中空なるわさか ないへちはみえすきりのまかきはたちとまるへうもあらすやらはせ給つきなき 人はかゝる事こそなとやすらひてしのひあまりぬるすちもほのめかしきこえ給 にとしころもむけにみしり給はぬにはあらねとしらぬかほにのみもてなし給へ るをかくことにいてゝうらみきこえ給をわつらはしうていとゝ御いらへもなけ" }, { "vol": 39, "page": 1315, "text": "れはいたうなけきつゝ心のうちに又かゝるおりありなんやとおもひめくらし給 なさけなうあはつけきものにはおもはれたてまつるともいかゝはせむおもひわ たるさまをたにしらせたてまつらんとおもひて人をめせは御つかさのそうより かうふりえたるむつましき人そまいれるしのひやかにめしよせてこのりしにか ならすいふへき事のあるをこしんなとにいとまなけなめるたゝいまはうちやす むらむこよひこのわたりにとまりてそやのしはてん程にかのゐたるかたにもの せむこれかれさふらはせよすいしんなとのをのこともはくるすのゝさうちかゝ らむまくさなととりかはせてこゝに人あまたこゑなせそかうやうのたひねはか る〱しきやうに人もとりなすへしとの給あるやうあるへしと心えてうけたま はりてたちぬさてみちいとたと〱しけれはこのわたりにやとかり侍るおなし うはこのみすのもとにゆるされあらなむあさりのおるゝほとまてなとつれなく の給れいはかやうになかゐしてあされはみたるけしきもみえ給はぬをうたても あるかなと宮おほせとことさらめきてかるらかにあなたにはひわたり給は人も さまあしき心地してたゝをとせておはしますにとかくきこえよりて御せうそこ" }, { "vol": 39, "page": 1316, "text": "きこえつたへにゐさりいる人のかけにつきていり給ぬまたゆふ暮のきりにとち られてうちはくらくなりにたるほとなりあさましうてみかへりたるに宮はいと むくつけうなり給うて北のみさうしのとにゐさりいてさせ給をいとようたとり てひきとゝめたてまつりつ御身は入はて給へれと御そのすそののこりてさうし はあなたよりさすへき方なかりけれはひきたてさして水のやうにわなゝきおは す人〻もあきれていかにすへきことともえおもひえすこなたよりこそさすかね なともあれいとわりなくてあら〱しくはえひきかなくるへくはたものし給は ねはいとあさましうをもたまへよらさりける御心のほとになむとなきぬはかり にきこゆれとかはかりにてさふらはむか人よりけにうとましうめさましうおほ さるへきにやはかすならすとも御みゝなれぬるとし月もかさなりぬらむとてい とのとやかにさまよくもてしつめて思事をきこえしらせ給きゝいれ給へくもあ らすくやしうかくまてとおほすことのみやるかたなけれはの給はむことはたま しておほえ給はすいと心うくわか〱しき御さまかな人しれぬこゝろにあまり ぬるすき〱しきつみはかりこそ侍らめこれよりなれすきたる事はさらに御心" }, { "vol": 39, "page": 1317, "text": "ゆるされては御覧せられしいかはかりちゝにくたけはへるおもひにたえぬそや さりともをのつから御覧ししるふしも侍らんものをしひておほめかしうけうと うもてなさせ給めれはきこえさせんかたなさにいかゝはせむ心ちなくにくしと おほさるともかうなからくちぬへきうれへをさたかにきこえしらせ侍らんとは かりなりいひしらぬ御けしきのつらきものからいとかたしけなけれはとてあな かちになさけふかうよういし給へりさうしをおさへ給へるはいと物はかなきか ためなれとひきもあけすかはかりのけちめをとしひておほさるらむこそあはれ なれとうちはらひてうたて心のまゝなるさまにもあらす人の御有さまのなつか しうあてになまめいたまへる事さはいへとことにみゆよとゝもにものをおもひ 給けにややせ〱にあえかなる心地してうちとけ給へるまゝの御袖のあたりも なよひかにけちかうしみたるにほひなととりあつめてらうたけにやはらかなる 心ちし給へりかせいと心ほそうふけゆく夜のけしきむしのねもしかのなくねも たきのをともひとつにみたれてえむあるほとなれはたゝありのあはつけ人たに ねさめしぬへき空のけしきをかうしもさなから入方の月の山のはちかき程とゝ" }, { "vol": 39, "page": 1318, "text": "めかたふものあはれなりなをかうおほししらぬ御ありさまこそかへりてはあさ う御心のほとしらるれかうよつかぬまてしれ〱しきうしろやすさなともたく ひあらしとおほえはへるをなに事にもかやすきほとの人こそかゝるをはしれ物 なとうちはらひてつれなき心もつかふなれあまりこよなくおほしおとしたるに えなむしつめはつましき心ちしはへる世中をむけにおほししらぬにしもあらし をとよろつにきこえせめられ給ていかゝいふへきとわひしうおほしめくらす世 をしりたるかたの心やすきやうにおり〱ほのめかすもめさましうけにたくひ なきみのうさなりやとおほしつゝけ給にしぬへくおほえ給うてうきみつからの つみをおもひしるとてもいとかうあさましきをいかやうにおもひなすへきにか はあらむといとほのかにあはれけにないたまふて われのみやうき世をしれるためしにてぬれそふ袖のなをくたすへきとの給 ともなきをわか心につゝけてしのひやかにうちすし給へるもかたはらいたくい かにいひつる事そとおほさるゝにけにあしうきこえつかしなとほゝゑみ給へる けしきにて" }, { "vol": 39, "page": 1319, "text": "大かたはわれぬれきぬをきせすともくちにし袖のなやはかくるゝひたふる におほしなりねかしとて月あかきかたにいさなひきこゆるもあさましとおほす 心つようもてなし給へとはかなう引よせたてまつりてかはかりたくひなき心さ しを御覧ししりて心やすうもてなしたまへ御ゆるしあらてはさらに〱といと けさやかにきこえ給ふほとあけかたちかふなりにけり月くまなふすみわたりて きりにもまきれすさしいりたりあさはかなるひさしの軒はほともなき心ちすれ は月のかほにむかひたるやうなるあやしうはしたなくてまきらはし給へるもて なしなといはむかたなくなまめきたまへりこきみの御こともすこしきこえいて ゝさまようのとやかなる物かたりをそきこえ給ふさすかになをかのすきにしか たにおほしおとすをはうらめしけにうらみきこえ給御心の内にもかれはくらゐ なともまたをよはさりけるほとなからたれ〱も御ゆるしありけるにをのつか らもてなされてみなれ給にしをそれたにいとめさましき心のなりにしさまゝし てかうあるましきことによそにきくあたりにたにあらすおほ殿なとのきゝおも ひ給はむ事よなへての世のそしりをはさらにもいはす院にもいかにきこしめし" }, { "vol": 39, "page": 1320, "text": "おもほされんなとはなれぬこゝかしこの御心をおほしめくらすにいと口おしう わかこゝろひとつにかうつようおもふとも人のものいひいかならん宮す所のし り給はさらむもつみえかましうかくきゝたまひて心をさなくとおほしの給はむ もわひしけれはあかさてたにいて給へとやらひきこえ給よりほかのことなしあ さましやことありかほにわけはへらんあさつゆのおもはむところよなをさらは おほししれよおこかましきさまをみえたてまつりてかしこうすかしやりつとお ほしはなれむこそそのきはゝ心もえおさめあふましうしらぬことゝけしからぬ 心つかひもならひはしむへう思給へらるれとていとうしろめたく中〱なれと ゆくりかにあされたることのまことにならはぬ御心ちなれはいとをしうわか御 みつからも心をとりやせむなとおほいてたか御ためにもあらはなるましき程の きりにたちかくれていて給心ちそらなり おきはらや軒はの露にそほちつゝやへたつきりをわけそゆくへきぬれころ もはなをえほさせ給はしかうわりなふやらはせ給御心つからこそはときこえ給 けにこの御名のたけからすもりぬへきを心のとはむにたにくちきよふこたへん" }, { "vol": 39, "page": 1321, "text": "とおほせはいみしうもてはなれ給 わけゆかむ草はの露をかことにてなをぬれきぬをかけんとやおもふめつら かなることかなとあはめ給へるさまいとおかしうはつかしけなりとしころ人に たかへる心はせ人になりてさま〱になさけをみえ奉るなこりなくうちたゆめ すき〱しきやうなるかいとほしう心はつかしけなれはをろかならすおもひか へしつゝかうあなかちにしたかひきこえてものちをこかましくやとさま〱に おもひみたれつゝいて給みちの露けさもいとゝころせしかやうのありきならひ 給はぬ心ちにおかしうも心つくしにもおほえつゝとのにおはせは女君のかゝる ぬれをあやしととかめ給ぬへけれは六条院のひむかしのおとゝにまうて給ひぬ またあさきりもはれすましてかしこにはいかにとおほしやるれいならぬ御あり きありけりと人〻はさゝめくしはしうちやすみ給て御そぬきかへ給つねに夏冬 といときよらにしをき給へれはかうの御からひつよりとうてゝたてまつり給御 かゆなとまいりて御前にまいりたまふかしこに御ふみたてまつり給へれと御ら むしもいれすにはかにあさましかりしありさまめさましうもはつかしうもおほ" }, { "vol": 39, "page": 1322, "text": "すに心つきなくて宮す所のもりきゝ給はむこともいとはつかしう又かゝること やとかけてしり給はさらむにたゝならぬふしにてもみつけ給ひ人の物いひかく れなきよなれはをのつからきゝあはせてへたてけるとおほさむかいとくるしけ れは人〻ありしまゝにきこえもらさなむうしとおほすともいかゝはせんとおほ すおやこの御中ときこゆるなかにもつゆへたてすそおもひかはし給へるよその 人はもりきけともおやにかくすたくひこそはむかしのものかたりにもあめれと さはたおほされす人〻はなにかはほのかにきゝ給てことしもありかほにとかく おほしみたれむまたきに心くるしなといひあはせていかならむとおもふとちこ の御せうそこのゆかしきをひきもあけさせ給はねは心もとなくてなをむけにき こえさせ給はさらむもおほつかなくわか〱しきやうにそはへらむなときこえ てひろけたれはあやしうなに心もなきさまにて人にかはかりにてもみゆるあは つけさのみつからのあやまちにおもひなせとおもひやりなかりしあさましさも なくさめかたくなむえみすとをいへとことのほかにてよりふさせ給ぬさるはに くけもなくいと心ふかふかいたまふて" }, { "vol": 39, "page": 1323, "text": "たましいをつれなき袖にとゝめをきてわか心からまとはるゝかなほかなる ものはとかむかしもたくひ有けりとをもたまへなすにもさらにゆくかたしらす のみなむなといとおほかめれと人はえまほにもみすれいのけしきなるけさの御 ふみにもあらさめれとなをえおもひはるけす人〻は御けしきもいとおしきをな けかしうみたてまつりつゝいかなる御ことにかはあらむなにことにつけてもあ りかたふあはれなる御心さまはほとへぬれとかゝるかたにたのみきこえてはみ をとりやし給はむとおもふもあやうくなとむつましうさふらふかきりはをのか とちおもひみたる宮す所もかけてしり給はすものゝけにわつらひ給ふ人はをも しとみれとさはやき給ひまもありてなむものおほえ給日中の御かちはてゝあさ りひとりとゝまりてなをたらによみ給よろしうおはしますよろこひて大日如来 そらことし給はすはなとてかかくなにかしか心をいたしてつかふまつる御す法 しるしなきやうはあらむあくりやうはしふねきやうなれとこふしやうにまとは れたるはかなものなりとこゑはかれていかり給いとひしりたちすく〱しきり しにてゆくりもなくそよやこの大将はいつよりこゝにはまいりかよひ給そとと" }, { "vol": 39, "page": 1324, "text": "ひ申給宮す所さる事もはへらす故大納言のいとよき中にてかたらひつけたまへ る心たかへしとこのとしころさるへき事につけていとあやしくなむかたらひも のし給ふもかくふりはへわつらふをとふらひにとてたちより給へりけれはかた しけなくきゝはへりしときこえ給いてあなかたはなにかしにかくさるへきにも あらすけさこやにまうのほりつるにかのにしのつまとよりいとうるはしきおと このいて給へるをきりふかくてなにかしはえみわいたてまつらさりつるをこの 法しはらなむ大将殿のいて給なりけりとよへも御車もかへしてとまり給にける とくち〱申つるけにいとかうはしきかのみちてかしらいたきまてありつれは けにさなりけりとおもひあはせはへりぬるつねにいとかうはしうものし給君な りこの事いとせちにもあらぬ事なり人はいというそくにものし給なにかしらも わらはにものし給うし時よりかのきみの御ための事はす法をなんこ大宮のゝ給 つけたりしかはいかうにさるへきこといまにうけ給はる所なれといとやくなし ほむさいつよくものし給さる時にあへるそうるいにていとやむことなしわかき みたちは七八人になり給ぬえみこのきみをしたまはしまた女人のあしき身をう" }, { "vol": 39, "page": 1325, "text": "け長やのやみにまとふはたゝかやうのつみによりなむさるいみしきむくいをも うくるものなる人の御いかりいてきなはなかきほたしとなりなむもはらうけひ かすとかしらふりてたゝいひにいひはなてはいとあやしきことなりさらにさる けしきにもみえ給はぬ人なりよろつ心ちのまとひにしかはうちやすみてたいめ せむとてなむしはしたちとまり給へるとこゝなるこたちいひしをさやうにてと まり給へるにやあらむおほかたいとまめやかにすくよかにものし給人をとおほ めいたまひなから心のうちにさることもやありけむたゝならぬ御けしきはおり 〱みゆれと人の御さまのいとかと〱しうあなかちに人のそしりあらむこと ははふきすてうるはしたち給へるにたはやすく心ゆるされぬことはあらしとう ちとけたるそかし人すくなにておはするけしきをみてはひ入もやし給へりけむ とおほすりしたちぬるのちにこ少将の君をめしてかゝることなむきゝつるいか なりしことそなとかをのれにはさなんかくなむとはきかせ給はさりけるさしも あらしとおもひなからとの給へはいとおしけれと初よりありしやうをくはしう きこゆけさの御ふみのけしき宮もほのかにの給はせつるやうなときこえとしこ" }, { "vol": 39, "page": 1326, "text": "ろしのひわたり給ける心のうちをきこえしらせむとはかりにや侍けむありかた うよういありてなむあかしもはてゝいて給ぬるを人はいかにきこえ侍にかりし とはおもひもよらてしのひて人のきこえけるとおもふものもの給はていとうく くちおしとおほすになみたほろ〱とこほれ給ぬみたてまつるもいといとおし うなにゝありのまゝにきこえつらむくるしき御心ちをいとゝおほしみたるらむ とくやしうおもひゐたりさうしはさしてなむとよろつによろしきやうにきこえ なせととてもかくてもさはかりになにのよういもなくかるらかに人にみえ給け むこそいといみしけれ内〱のみ心きようおはすともかくまていひつるほうし はらよからぬわらはへなとはまさにいひのこしてむや人はいかにいひあらかい さもあらぬことゝいふへきにかあらむすへて心をさなきかきりしもこゝにさふ らひてともえの給ひやらすいとくるしけなる御心ちにものをおほしおとろきた れはいと〱おしけなるけたかうもてなしきこえむとおほいたるによつかはし うかる〱しきなのたちたまふへきををろかならすおほしなけかるかうすこし ものおほゆるひまにわたらせ給へうきこえよそなたへまいりくへけれとうこき" }, { "vol": 39, "page": 1327, "text": "すへうもあらてなむみたてまつらてひさしうなりぬる心ちすやとなみたをうけ ての給ふまいりてしかなんきこえさせ給とはかりきこゆわたり給はむとて御ひ たひかみのぬれまろかれたるひきつくろひひとへの御そほころひたるきかへな としたまてもとみにもえうこい給はすこの人〻もいかにおもふらんまたえしり 給はてのちにいさゝかもきゝ給ことあらんにつれなくてありしよとおほしあは せむもいみしうはつかしけれは又ふし給ぬ心ちのいみしうなやましきかなやか てなをらぬさまにもありなむいとめやすかりぬへくこそあしのけのゝほりたる 心ちすとおしくたさせ給ふものをいとくるしうさま〱におほすにはけそあか りける少将うへにこの御事ほのめかしきこえける人こそはへけれいかなりしこ とそととはせ給つれはありのまゝにきこえさせてみさうしのかためはかりをな むすこしことそへてけさやかにきこえさせつるもしさやうにかすめきこえさせ 給はゝおなしさまにきこえさせ給へとまうすなけい給へるけしきはきこえ出す されはよといとわひしくて物もの給はぬ御まくらよりしつくそおつるこのこと にのみもあらす身のおもはすになりそめしよりいみしうものをのみおもはせた" }, { "vol": 39, "page": 1328, "text": "てまつることゝいけるかひなくおもひつゝけ給てこの人はかうてもやまてとか くいひかゝつらひいてむもわつらはしうきゝくるしかるへうよろつにおほすま いていふかひなく人のことによりていかなるなをくたさましなとすこしおほし なくさむるかたはあれとかはかりになりぬるたかき人のかくまてもすゝろに人 にみゆるやうはあらしかしとすくせうくおほしくしてゆふつかたそなほわたら せ給へとあれは中のぬりこめのとあけあはせてわたり給へるくるしき御心ちに もなのめならすかしこまりかしつききこえ給つねの御さほふあやまたすおきあ かりたまうていとみたりかはしけにはへれはわたらせ給ふも心くるしうてなん このふつかみか許みたてまつらさりけるほとのとし月の心ちするもかつはいと はかなくなむのちかならすしもたいめのはへるへきにも侍らさめり又めくりま いるともかひやははへるへきおもへはたゝ時のまにへたゝりぬへき世中をあな かちにならひはへりにけるもくやしきまてなんなとなき給ふ宮も物のみかなし うとりあつめおほさるれはきこえ給こともなくてみたてまつり給ものつゝみを いたうし給本上にきは〱しうの給ひさはやくへきにもあらねははつかしとの" }, { "vol": 39, "page": 1329, "text": "みおほすにいと〱おしうていかなりしなともとひきこえ給はすおほとなふら なといそきまいらせて御たいなとこなたにてまいらせ給ものきこしめさすとき ゝ給てとかうてつからまかなひなをしなとし給へとふれ給へくもあらすたゝ御 心ちのよろしうみえ給そむねすこしあけ給ふかしこより又御ふみあり心しらぬ 人しもとりいれて大将殿より少将の君にとて御つかひありといふそ又わひしき や少将御ふみはとりつ宮す所いかなる御ふみにかとさすかにとひ給ふ人しれす おほしよはる心もそひてしたにまちきこえ給けるにさもあらぬなめりとおもほ すも心さはきしていてその御ふみなをきこえ給へあいなし人の御なをよさまに いひなをす人はかたきものなりそこに心きようおほすともしかもちゐるひとは すくなくこそあらめ心うつくしきやうにきこえかよひ給てなをありしまゝなら むこそよからめあいなきあまえたるさまなるへしとてめしよすくるしけれとた てまつりつあさましき御心のほとをみたてまつりあらはいてこそ中〱心やす くひたふる心もつき侍ぬへけれ せくからにあさゝそみえんやま河のなかれてのなをつゝみはてすはとこと" }, { "vol": 39, "page": 1330, "text": "はもおほかれとみもはて給はすこの御ふみもけさやかなるけしきにもあらてめ さましけに心ちよかほにこよひつれなきをいといみしとおほすこかむの君の御 心さまのおもはすなりし時いとうしとおもひしかと大かたのもてなしは又なら ふ人なかりしかはこなたにちからある心ちしてなくさめしたによには心もゆか さりしをあないみしやおほとのゝわたりにおもひのたまはむことゝ思ひしみ給 なをいかゝの給とけしきをたにみむと心ちのかきみたりくるゝやうにし給ふめ をししほりてあやしきとりのあとのやうにかき給ふたのもしけなくなりにては へるとふらひにわたり給へるおりにてそゝのかしきこゆれといとはれ〱しか らぬさまにものし給めれはみたまへわつらひてなむ をみなへししほるゝのへをいつことて一よはかりのやとをかりけむとたゝ かきさしておしひねりていたし給てふし給ぬるまゝにいといたくくるしかり給 ふ御ものゝけのたゆめけるにやと人〻いひさはくれいのけむあるかきりいとさ はかしうのゝしる宮をはなをわたらせ給ひねと人〻きこゆれと御身のうきまゝ にをくれきこえしとおほせはつとそひ給へり大将殿はこのひるつかた三条殿に" }, { "vol": 39, "page": 1331, "text": "おはしにけるこよひたちかへりまて給はむにことしもありかほにまたきにきゝ くるしかるへしなとねむし給ていと中〱としころの心もとなさよりもちへに ものおもひかさねてなけき給北の方はかゝる御ありきのけしきほのきゝて心や ましときゝゐ給へるにしらぬやうにてきむたちもてあそひまきらはしつゝわか ひるのおましにふし給へりよひすくるほとにそこの御返もてまいれるをかくれ いにもあらぬとりのあとのやうなれはとみにもみとき給はて御となふらちかう とりよせてみ給女君ものへたてたるやうなれといとゝくみつけ給うてはひより て御うしろよりとりたまうつあさましうこはいかにし給うそあなけしからす六 条のひんかしのうへの御ふみなりけさ風おこりてなやましけにし給へるを院の おまへにはへりていてつるほと又もまうてすなりぬれはいとおしさにいまのま いかにときこえたりつるなりみ給へよけさうひたるふみのさまかさてもなを 〱しの御さまやとし月にそへていたうあなつり給こそうれたけれおもはむ所 をむけにはち給はぬよとうちうめきておしみかほにもひこしろい給はねはさす かにふともみてもたまへりとし月にそふるあなつらはしさは御心ならひなへか" }, { "vol": 39, "page": 1332, "text": "めりとはかりかくうるはしたちたまへるにはゝかりてわかやかにおかしきさま しての給へはうちわらひてそはともかくもあらむよのつねの事なりまたあらし かしよろしうなりぬるをのこのかくまかふ方なくひとつところをまもらへても のおちしたるとりのせうやうのものゝやうなるはいかに人わらふらんさるかた くなしきものにまもられ給は御ためにもたけからすやあまたか中に猶きはまさ りことなるけちめみえたるこそよそのおほえも心にくゝわか心ちもなをふりか たくおかしきこともあはれなるすちもたえさらめかくおきなのなにかしまもり けんやうにおれまとひたれはいとそくちおしきいつこのはえかあらむとさすか にこのふみのけしきなくをこつりとゝむの心にてあさむき申給へはいとにほひ やかにうちわらひてものゝはえ〱しさつくりいて給ふほとふりぬる人くるし やいといまめかしさもみならはすなりにける事なれはいとなむくるしきかねて よりならはし給はてとかこち給もにくゝもあらすにはかにとおほすはかりには なに事かみゆらむいとうたてある御心のくまかなよからす物きこえしらする人 そあるへきあやしうもとよりまろをはゆるさぬそかし猶かのみとりのそてのな" }, { "vol": 39, "page": 1333, "text": "こりあなつらはしきにことつけてもてなしたてまつらむとおもふやうあるにや いろ〱きゝにくき事ともほのめくめりあいなき人の御ためにもいとほしうな との給へとついにあるへき事とおほせはことにあらかはす大夫のめのといとく るしときゝてものもきこえすとかくいひしろひてこの御ふみはひきかくし給つ れはせめてもあさりとらてつれなくおほとのこもりぬれはむねはしりていかて とりてしかなと宮す所の御ふみなめりなにことありつらむとめもあはすおもひ ふしたまへり女君のねたまへるによへのおましのしたなとにさりけなくてさく り給へとなしかくしたまへらむ程もなけれはいと心やましくてあけぬれととみ にもおき給はす女君はきむたちにおとろかされてゐさりいて給にそわれもいま おき給ふやうにてよろつにうかゝひ給へとえみつけ給はす女なはかくもとめむ とも思給へらぬをそけにけさうなき御ふみなりけりと心にもいれねはきむたち のあはてあそひあひてひゝなつくりひろひすゑてあそひ給ふふみよみてならひ なとさま〱にいとあはたゝしちいさきちこはひかゝりひきしろへはとりしふ みのこともおもひいて給はすおとこはこと事もおほえ給はすかしこにとくきこ" }, { "vol": 39, "page": 1334, "text": "えんとおほすによへの御ふみのさまもえたしかにみすなりにしかはみぬさまな らむもちらしてけるとおしはかり給へしなとおもひみたれ給ふたれも〱御た いまいりなとしてのとかになりぬるひるつかたおもひわつらひてよへの御ふみ はなにことかありしあやしうみせ給はてけふもとふらひきこゆへしなやましう て六条にもえまいるましけれはふみをこそはたてまつらめなにことかありけむ との給かいとさりけなけれはふみはおこかましうとりてけりとすさましうてそ のことをはかけ給はす一夜の御山風にあやまり給へるなやましさなゝりとおか しきやうにかこちきこえ給へかしときこえ給ふいてこのひか事なつねにの給そ なにのおかしきやうかあるよひとになすらへ給うこそ中〱はつかしけれこの 女はうたちもかつはあやしきまめさまをかくの給とほゝゑむらむものをとたは ふれことにいひなしてその文よいつらとの給へととみにもひきいて給はぬほと になをものかたりなときこえてしはしふし給へるほとにくれにけりひくらしの こゑにおとろきて山のかけいかにきりふたかりぬらむあさましやけふこの御返 事をたにといとをしうてたゝしらすかほにすゝりおしすりていかになしてしに" }, { "vol": 39, "page": 1335, "text": "かとりなさむとなかめおはするおましのおくのすこしあかりたるところを心み にひきあけ給へれはこれにさしはさみ給へるなりけりとうれしうもおこかまし うもおほゆるにうちゑみてみ給ふにかう心くるしき事なむありけるむねつふれ て一夜のことを心ありてきゝ給ふけるとおほすにいとおしう心くるしよへたに いかにおもひあかしたまうけむけふもいまゝてふみをたにといはむかたなくお ほゆいとくるしけにいふかひなくかきまきらはし給へるさまにておほろけにお もひあまりてやはかくかき給ふつらむつれなくてこよひのあけつらむといふへ きかたのなけれは女君そいとつらう心うきすゝろにかくあたえかくしていてや わかならはしそやとさま〱に身もつらくすへてなきぬへき心ちし給やかてい てたち給はむとするを心やすくたいめもあらさらむものから人もかくの給いか ならむかん日にもありけるをもしたまさかにおもひゆるしたまはゝあしからむ なをよからむ事をこそとうるはしき心におほしてまつこの御返をきこえ給ふい とめつらしき御ふみをかた〱うれしうみたまふるにこの御とかめをなんいか にきこしめしたることにか" }, { "vol": 39, "page": 1336, "text": "秋のゝの草のしけみはわけしかとかりねのまくらむすひやはせしあきらめ きこえさするもあやなけれとよへのつみはひたやこもりにやとありみやにはい とおほくきこえたまてみまやにあしとき御むまにうつしをきて一夜のたいふを そたてまつれ給よへより六条の院にさふらひてたゝいまなむまかてつるといへ とていふへきやうさゝめきをしへ給ふかしこにはよへもつれなくみえ給し御け しきをしのひあへてのちのきこえをもつゝみあへすうらみきこえたまうしをそ の御返たにみえすけふのくれはてぬるをいかはかりの御心にかはともてはなれ てあさましう心もくたけてよろしかりつる御心ち又いといたうなやみ給中〱 さうしみの御心の内はこのふしをことにうしともおほしおとろくへきことしな けれはたゝおほえぬ人にうちとけたりしありさまをみえしことはかりこそくち おしけれいとしもおほししまぬをかくいみしうおほいたるをあさましうはつか しうあきらめきこえ給かたなくてれいよりもものはちし給へるけしきみえ給を いと心くるしう物をのみおもほしそふへかりけるとみたてまつるもむねつとふ たかりてかなしけれはいまさらにむつかしきことをはきこえしとおもへとなを" }, { "vol": 39, "page": 1337, "text": "御すくせとはいひなからおもはすにをさなくてひとのもときをおひ給ふへき事 をとりかへすへき事にはあらねといまよりはなをさる心したまへかすならぬ身 なからもよろつにはくゝみきこえつるをいまはなに事をもおほししり世中のと さまかうさまのありさまをもおほしたとりぬへき程にみたてまつりをきつるこ とゝそなたさまはうしろやすくこそみたてまつりつれなをいといはけてつよき 御心をきてのなかりける事とおもひみたれ侍にいましはしのいのちもとゝめま ほしうなむたゝ人たにすこしよろしくなりぬる女の人ふたりとみるためしは心 うくあわつけきわさなるをましてかゝる御身にはさはかりおほろけにて人のち かつききこゆへきにもあらぬをおもひのほかにこゝろにもつかぬ御ありさまと としころもみたてまつりなやみしかとさるへき御すくせにこそは院よりはしめ たてまつりておほしなひきこのちゝおとゝにもゆるい給ふへき御けしきありし にをのれひとりしも心をたてゝもいかゝはとおもひより侍しことなれはすゑの 世まてものしき御ありさまをわか御あやまちならぬに大空をかこちてみたてま つりすくすをいとかう人のためわかためのよろつにきゝにくかりぬへきことの" }, { "vol": 39, "page": 1338, "text": "いてきそひぬへきかさてもよその御なをはしらぬかほにてよのつねの御ありさ まにたにあらはをのつからありへんにつけてもなくさむこともやとおもひなし 侍るをこよなうなさけなき人の御心にもはへりけるかなとつふ〱となき給ふ いとわりなくおしこめての給ふをあらかひはるけむ事のはもなくてたゝうちな き給へるさまおほとかにらうたけなりうちまもりつゝあはれなに事かは人にを とり給へるいかなる御すくせにてやすからすものをふかくおほすへきちきりふ かゝりけむなとの給まゝにいみしうくるしうし給ふものゝけなともかゝるよは めに所うるものなりけれはにはかにきえ入てたゝひえにひえいり給ふりしもさ はきたち給うてくわむなとたてのゝしり給ふかきちかひにていまは命をかきり ける山こもりをかくまておほろけならすいてたちてたむこほちてかへりいらむ ことのめいほくなく仏もつらくおほえ給へき事を心をおこしていのり申給ふ宮 のなきまとひ給こといとことはりなりかしかくさはく程に大将殿より御ふみと りいれたるほのかにきゝ給てこよひもおはすましきなめりとうちきゝ給ふ心う くよのためしにもひかれ給へきなめりなにゝわれさへさる事のはをのこしけむ" }, { "vol": 39, "page": 1339, "text": "とさま〱おほしいつるにやかてたえいりたまひぬあえなくいみしといへはを ろかなりむかしよりものゝけには時〱わつらひ給ふかきりとみゆるおり〱 もあれはれいのことゝりいれたるなめりとてかちまいりさはけといまはのさま しるかりけり宮はをくれしとおほしいりてつとそひふし給へり人〻まいりてい まはいふかひなしいとかうおほすともかきりあるみちはかへりおはすへき事に もあらすしたひきこえたまふともいかてか御心にはかなふへきとさらなること はりをきこえていとゆゝしうなき御ためにもつみふかきわさなりいまはさらせ 給へとひきうこかいたてまつれとすくみたるやうにてものもおほえ給はすす法 のたんこほちてほろ〱といつるにさるへきかきりかたへこそたちとまれいま はかきりのさまいとかなしう心ほそし所〱の御とふらひいつのまにかとみゆ 大将殿もかきりなくきゝおとろき給うてまつきこえ給へり六条の院よりもちし の大殿よりもすへていとしけうきこえ給ふ山のみかともきこしめしていとあは れに御ふみかい給へり宮はこの御せうそこにそ御くしもたけ給ひころをもくな やみ給ときゝわたりつれとれいもあつしうのみきゝはへりつるならひにうちた" }, { "vol": 39, "page": 1340, "text": "ゆみてなむかひなきことをはさる物にておもひなけい給ふ覧ありさまをしはか るなむあはれに心くるしきなへてのよのことはりにおほしなくさめ給へとあり めもみえたまはねと御返きこえたまふつねにさこそあらめとの給けることとて けふやかておさめたてまつるとて御をひの山とのかみにてありけるそよろつに あつかひきこえけるからをたにしはしみたてまつらむとて宮はおしみきこえ給 けれとさてもかひあるへきならねはみないそきたちてゆゝしけなる程にそ大将 おはしたるけふよりのち日ついてあしかりけりなと人きゝにはの給いていとも かなしうあはれに宮のおほしなけく覧ことをおしはかりきこえ給うてかくしも いそきわたり給へきことならすと人〻いさめきこゆれとしゐておはしましぬほ とさへとをくていり給ふほといと心すこしゆゝしけにひきへたてめくらしたる きしきの方はかくしてこの西おもてにいれたてまつる山とのかみいてきてなく 〱かしこまりきこゆつまとのすのこにおしかゝり給うて女はうよひいてさせ 給ふにあるかきりこゝろもおさまらすものおほえぬ程なりかくわたり給へるに そいさゝかなくさめて少将の君はまいる物もえの給ひやらすなみたもろにおは" }, { "vol": 39, "page": 1341, "text": "せぬこゝろつよさなれと所のさま人のけはひなとをおほしやるもいみしうてつ ねなきよの有さまの人のうへならぬもいとかなしきなりけりやゝためらひてよ ろしうをこたり給さまにうけたまはりしかはおもたまへたゆみたりし程にゆめ もさむるほとはへなるをいとあさましうなむときこえ給へりおほしたりしさま これにおほくは御心もみたれにしそかしとおほすにさるへきとはいひなからも いとつらき人の御ちきりなれはいらへをたにしたまはすいかにきこえさせ給と かきこえはへるへきいとかるらかならぬ御さまにてかくふりはへいそきわたら せ給へる御心はへをおほしわかぬやうならむもあまりに侍ぬへしとくち〱き こゆれはたゝおしはかりてわれはいふへきこともおほえすとてふし給へるもこ とはりにてたゝいまはなき人とことならぬ御ありさまにてなむわたらせ給へる よしはきこえさせ侍りぬときこゆこの人〻もむせかへるさまなれはきこえやる へきかたもなきをいますこしみつからもおもひのとめ又しつまり給なむにまい りこむいかにしてかくにはかにとその御ありさまなむゆかしきとの給へはまほ にはあらねとかのおもほしなけきしありさまをかたはしつゝきこえてかこちき" }, { "vol": 39, "page": 1342, "text": "こえさするさまになむなり侍ぬへきけふはいとゝみたりかはしき心ちとものま とひにきこえさせたかふることともゝはへりなむさらはかくおほしまとへる御 心ちもかきりあることにてすこししつまらせ給ひなむほとにきこえさせうけ給 らんとてわれにもあらぬさまなれはのたまひいつることもくちふたかりてけに こそやみにまとへる心ちすれなをきこえなくさめ給ていさゝかの御返もあらは なむなとの給ひをきてたちわつらひ給もかる〱しうさすかに人さはかしけれ はかへり給ぬこよひしもあらしとおもひつる事とものしたゝめいとほとなくき は〱しきをいとあえなしとおほいてちかきみさうの人〻めしおほせてさるへ き事ともつかふまつるへくをきてさためていて給ぬことのにはかなれはそくや うなりつる事ともいかめしう人かすなともそひてなむ山とのかみもありかたき 殿の御心をきてなとよろこひかしこまりきこゆなこりたになくあさましき事と 宮はふしまろひ給へとかひなしおやときこゆともいとかくはならはすましきも のなりけりみたてまつる人〻もこの御事を又ゆゝしうなけききこゆ山とのかみ のこりのことゝもしたゝめてかく心ほそくてはえおはしまさしいと御心のひま" }, { "vol": 39, "page": 1343, "text": "あらしなときこゆれとなをみねのけふりをたにけちかくておもひいてきこえむ とこの山さとにすみはてなむとおほいたり御いみにこもれるそうはひんかしお もてそなたのわた殿しもやなとにはかなきへたてしつゝかすかにゐたりにしの ひさしをやつして宮はおはしますあけくるゝもおほしわかねと月ころへけれは 九月になりぬ山おろしいとはけしうこのはのかくろへなくなりてよろつの事い といみしき程なれは大かたのそらにもよほされてひるまもなくおほしなけきい のちさへ心にかなはすといとはしういみしうおほすさふらふ人〻もよろつにも のかなしうおもひまとへり大将殿は日〻にとふらひきこえたまふさひしけなる ねん仏のそうなとなくさむはかりよろつのものをつかはしとふらはせ給ひ宮の 御前にはあはれに心ふかき事のはをつくしてうらみきこえかつはつきもせぬ御 とふらひをきこえ給へととりてたに御らんせすゝすろにあさましきことをよわ れる御心ちにうたかひなくおほししみてきえうせ給にしことをおほしいつるに のちのよの御つみにさえやなるらむとむねにみつ心ちしてこの人の御ことをた にかけてきゝ給ふはいとゝつらく心うきなみたのもよほしにおほさる人〻もき" }, { "vol": 39, "page": 1344, "text": "こえわつらひぬひとくたりの御返をたにもなきをしはしは心まとひし給へるな とおほしけるにあまりにほとへぬれはかなしきこともかきりあるをなとかかく あまりみしり給はすはあるへきいふかひなくわか〱しきやうにとうらめしう 事ことのすちに花やてうやとかけはこそあらめわか心にあはれとおもひものな けかしきかたさまの事をいかにととふ人はむつましうあはれにこそおほゆれ大 宮のうせ給へりしをいとかなしと思しにちしのおとゝのさしもおもひ給へらす ことはりの世のわかれにおほやけ〱しきさほうはかりのことをけうし給しに つらく心つきなかりしに六条院の中〱ねんころにのちの御事をもいとなみ給 うしかわかゝたさまといふなかにもうれしうみたてまつりしそのおりにこゑも むのかみをはとりわきておもひつきにしそかし人からのいたうしつまりてもの をいたうおもひとゝめたりし心にあはれもまさりて人よりふかゝりしかなつか しうおほえしなとつれ〱とものをのみおほしつゝけてあかしくらし給ふ女君 なをこの御中のけしきをいかなるにかありけむ宮す所とこそ文かよはしもこま やかにし給めりしかなとおもひえかたくてゆふ暮の空をなかめいりてふし給へ" }, { "vol": 39, "page": 1345, "text": "る所にわか君してたてまつれ給へるはかなきかみのはしに あはれをもいかにしりてかなくさめむあるやこひしきなきやかなしきおほ つかなきこそ心うけれとあれはほゝゑみてさき〱もかくおもひよりての給ふ にけなのなきかよそへやとおほすいとゝしくことなしひに いつれとかわきてなかめんきえかへる露も草はのうへとみぬよをおほかた にこそかなしけれとかいたまへりなをかくへたて給へることゝつゆのあはれを はさしをきてたゝならすなけきつゝおはすなほかくおほつかなくおほしわひて 又わたり給へり御いみなとすくしてのとやかにとおほししつめけれとさまても えしのひ給はすいまはこの御なきなのなにかはあなかちにもつゝまむたゝよつ きてつゐのおもひかなふへきにこそはとおほしたはかりにけれは北の方の御思 ひやりをあなかちにもあらかひきこえ給はすさうしみはつようおほしはなると もかのひとよはかりの御うらみふみをとらへところにかこちてえしもすゝきは て給はしとたのもしかりけり九月十よ日の山のけしきはふかくみしらぬ人たに たゝにやはおほゆる山風にたへぬ木〻のこすゑもみねのくすはもこゝろあはた" }, { "vol": 39, "page": 1346, "text": "ゝしうあらそひちるまきれにたうときと経のこゑかすかに念仏なとのこゑはか りして人のけはひいとすくなうこからしのふきはらひたるに鹿はたゝまかきの もとにたゝすみつゝ山田のひたにもおとろかすいろこきいねともの中にましり てうちなくもうれへかほなりたきのこゑはいとゝ物思ふ人をおとろかしかほに みゝかしかましうとゝろきひゝくくさむらのむしのみそより所なけになきよは りてかれたるくさのしたよりりんたうのわれひとりのみ心なかうはひいてゝ露 けくみゆるなとみなれいのころのことなれとおりから所からにやいとたへかた きほとのものかなしさなりれいのつまとのもとにたちよりたまてやかてなかめ いたしてたち給へりなつかしき程のなをしに色こまやかなる御そのうちめいと けうらにすきてかけよはりたる夕日のさすかになに心もなうさしきたるにまは ゆけにわさとなくあふきをさしかくし給へるてつき女こそかうはあらまほしけ れそれたにえあらぬをとみたてまつるものおもひのなくさめにしつへくゑまし きかほのにほひにて少将の君をとりわきてめしよすすのこのほともなけれとお くに人やそひゐたらんとうしろめたくてえこまやかにもかたらひ給はすなをち" }, { "vol": 39, "page": 1347, "text": "かくてなはなち給そかく山ふかくわけ入心さしはへたてのこるへくやはきりも いとふかしやとてわさともみいれぬさまに山のかたをなかめてなを〱とせち にの給へはにひいろのき丁をすたれのつまよりすこしおしいてゝすそをひきそ はめつゝゐたり山とのかみのいもうとなれははなれたてまつらぬうちにをさな くよりおほしたてたまうけれはきぬの色いとこくてつるはみのきぬひとかさね こうちきゝたりかくつきせぬ御事はさるものにてきこえなむ方なき御心のつら さをおもひそふるに心たましゐもあくかれはてゝみる人ことにとかめられはへ れはいまはさらにしのふへきかたなしといとおほくうらみつゝけ給かのいまは の御ふみのさまもの給ひいてゝいみしうなき給ふこの人もましていみしうなき 入つゝその夜の御かへりさへみえはへらすなりにしをいまはかきりの御心にや かておほし入てくらうなりにしほとの空のけしきに御心ちまとひにけるをさる よはめにれいの御ものゝけのひきいれたてまつるとなむみ給へしすきにし御事 にもほと〱御心まとひぬへかりしおり〱おほくはへりしを宮のおなしさま にしつみたまうしをこしらへきこえんの御心つよさになむやう〱物おほえた" }, { "vol": 39, "page": 1348, "text": "まうしこの御なけきをはおまへにはたゝわれかの御けしきにてあきれてくらさ せ給うしなととめかたけにうちなけきつゝはか〱しうもあらすきこゆそよや そもあまりにおほめかしういふかひなき御こゝろなりいまはかたしけなくとも たれをかはよるへにおもひきこえ給はん御山すみもいとふかきみねに世中をお ほしたえたるくものなかなめれはきこえかよひ給はむことかたしいとかく心う き御けしききこえしらせたまへよろつのことさるへきにこそよにありへしとお ほすともしたかはぬよなりまつはかゝる御わかれの御心にかなはゝあるへき事 かはなとよろつにおほくの給へときこゆへき事もなくてうちなけきつゝゐたり しかのいといたくなくをわれをとらめやとて 里とをみをのゝしのはらわけてきてわれもしかこそこゑもおしまねとの給 へは ふちころも露けき秋の山ひとはしかのなくねにねをそそへつるよからねと おりからにしのひやかなるこわつかひなとをよろしうきゝなし給へり御せうそ ことかうきこえ給へといまはかくあさましき夢のよをすこしもおもひさますお" }, { "vol": 39, "page": 1349, "text": "りあらはなんたえぬ御とふらひもきこえやるへきとのみすくよかにいはせ給い みしういふかひなき御心なりけりとなけきつゝ返給みちすからもあはれなる空 をなかめて十三日の月のいとはなやかにさしいてぬれはをくらの山もたとるま しうおはするに一条の宮はみちなりけりいとゝうちあはれてひつしさるのかた のくつれたるをみいるれははる〱とおろしこめて人かけもみえす月のみやり 水のおもてをあらはにすみましたるに大納言こゝにてあそひなとしたまうしお り〱をおもひいて給 みし人のかけすみはてぬ池水にひとりやともる秋の夜の月とひとりこちつ ゝ殿におはしても月をみつゝ心はそらにあくかれ給へりさもみくるしうあらさ りし御くせかなとこたちもにくみあへりうへはまめやかに心うくあくかれたち ぬる御心なめりもとよりさるかたにならひ給へる六条院の人〻をともすれはめ てたきためしにひきいてつゝ心よからすあいたちなき物におもひ給へるわりな しやわれもむかしよりしかならひなましかは人めもなれて中〱すこしてまし 世のためしにしつへき御心はへとおやはらからよりはしめたてまつりめやすき" }, { "vol": 39, "page": 1350, "text": "あへ物にし給へるをあり〱てはすゑにはちかましきことやあらむなといとい たうなけいたまへりよあけかたちかくかたみにうちいて給ふことなくてそむき 〱になけきあかしてあさきりのはれまもまたすれいのふみをそいそきかきた まふいと心つきなしとおほせとありしやうにもはひ給はすいとこまやかにかき てうちをきてうそふき給ふしのひたまへともりてきゝつけらる いつとかはおとろかすへきあけぬよのゆめさめてとかいひしひとことうへ よりおつるとやかい給つらむおしつゝみてなこりもいかてよからむなとくちす さひ給へり人めして給ひつ御返事をたにみつけてしかななをいかなることそと けしきみまほしうおほすひたけてそもてまいれるむらさきのこまやかなるかみ すくよかにてこ少将それいのきこえたるたゝおなしさまにかひなきよしをかき ていとおしさにかのありつる御ふみにてならひすさひたまへるをぬすみたると て中にひきやりて入たるめにはみ給うてけりとおほすはかりのうれしさそいと 人わろかりけるそこはかとなくかき給へるをみつゝけ給へれは あさゆふになくねをたつるをの山はたえぬなみたやをとなしの滝とやとり" }, { "vol": 39, "page": 1351, "text": "なすへからむふることなと物おもはしけにかきみたり給へる御てなともみとこ ろあり人のうへなとにてかやうのすき心おもひいらるゝはもとかしううつし心 ならぬことにみきゝしかとみの事にてはけにいとたえかたかるへきわさなりけ りあやしやなとかうしもおもふへき心いられそとおもひかへし給へとえしもか なはす六条院にもきこしめしていとおとなしうよろつをおもひしつめ人のそし り所なくめやすくてすくし給をおもたゝしうわかいにしへすこしあされはみあ たなるなをとりたまうしおもておこしにうれしうおほしわたるをいとおしうい つかたにもこゝろくるしきことのあるへき事さしはなれたるなからひにてたに あらておとゝなともいかにおもひ給はむさはかりの事たとらぬにはあらしすく せといふ物のかれわひぬる事なりともかくもくちいるへきことならすとおほす 女のためのみにこそいつかたにもいとおしけれとあいなくきこしめしなけくむ らさきのうへにもきしかたゆくさきのことおほしいてつゝかうやうのためしを きくにつけてもなからむのちうしろめたうおもひきこゆるさまをの給へは御か ほうちあかめて心うくさまてをくらかし給ふへきにやとおほしたり女はかりみ" }, { "vol": 39, "page": 1352, "text": "をもてなすさまもところせうあはれなるへきものはなし物のあはれおりおかし き事をもみしらぬさまにひきいりしつみなとすれはなにゝつけてかよにふるは え〱しさもつねなき世のつれ〱をもなくさむへきそはおほかた物の心をし らすいふかひなきものにならひたらむもおほしたてけむおやもいとくちおしか るへきものにはあらすやこゝろにのみこめて無言太子とかこほうしはらのかな しきことにするむかしのたとひのやうにあしきことよきことをおもひしりなか らうつもれなむもいふかひなしわか心なからもよき程にはいかてたもつへきそ とおほしめくらすもいまはたゝ女一宮の御ためなり大将の君まいり給へるつい てありておもたまへらむけしきもゆかしけれは宮す所のいみはてぬらんなきの ふけふとおもふ程にみとせよりあなたのことになるよにこそあれあはれにあち きなしやゆふへのつゆかゝるほとのむさほりよいかてかこのかみそりてよろつ そむきすてんとおもふをさものとやかなるやうにてもすくすかないとわろきわ さなりやとのたまふまことにおしけなき人たにこそはへめれなときこえて宮 す所の四十九日のわさなとやまとのかみなにかしのあそむひとりあつかひはへ" }, { "vol": 39, "page": 1353, "text": "るいとあはれなるわさなりやはか〱しきよすかなき人はいけるよのかきりに てかゝるよのはてこそかなしう侍けれときこえ給ふ院よりもとふらはせ給ふら んかのみこいかにおもひなけき給ふらんはやうきゝしよりはこのちかきとし ころことにふれてきゝみるにこのかういこそくちおしからすめやすき人のうち なりけれおほかたのよにつけておしきわさなりやさてもありぬへき人のかうう せゆくよ院もいみしうおとろきおほしたりけりかのみこゝそはこゝに物し給 入道の宮よりさしつきにはらうたうしたまひけれ人さまもよくおはすへしとの 給御こゝろはいかゝものし給らん宮す所は事もなかりし人のけはひ心はせにな むしたしううちとけ給はさりしかとはかなき事のついてにをのつから人のよう いはあらはなるものになむはへるときこえ給て宮の御こともかけすいとつれな しかはかりのすくよけこゝろにおもひそめてんこといさめむにかなはしもちゐ さらむものからわれさかしにこといてむもあいなしとおほしてやみぬかくて御 法しによろつとりもちてせさせ給ふことのきこえをのつからかくれなけれは おほい殿なとにもきゝ給てさやはあるへきなとをむなかたのこゝろあさきやう" }, { "vol": 39, "page": 1354, "text": "におほしなすそわりなきやかのむかしの御心あれはきむたちまてとふらひ給 す行なととのよりもいかめしうせさせ給ふこれかれもさま〱おとらすし給 へれは時の人のかやうのわさにをとらすなむありける宮はかくてすみはてなん とおほしたつことありけれと院に人のもらしそうしけれはいとあるましきこと なりけにあまたとさまかうさまにみをもてなし給へきことにもあらねとうしろ みなき人なむ中〱さるさまにてあるましきなをたちつみえかましき時このよ のちのよ中そらにもとかしきとかおふわさなるこゝにかく世をすてたるに三宮 のおなしことみをやつし給へるすへなきやうに人のおもひいふもすてたる身に は思ひなやむへきにはあらねとかならすさしもやうのことゝあらそひ給はむも うたてあるへしよのうきにつけていとふは中〱人わろきわさなり心とおもひ しつめ心すましてこそともかうもとたひ〱きこえ給ふけりこのうきたる御な をそきこしめしたるへきさやうのことのおもはすなるにつけてうし給へるとい はれ給はんことをおほすなりけりさりとて又あらはれてものし給はむもあは 〱しう心つきなき事とおほしなからはつかしとおほさむもいとおしきをなに" }, { "vol": 39, "page": 1355, "text": "かはわれさへきゝあつかはむとおほしてなむこのすちはかけてもきこえ給は さりける大将もとかくいひなしつるもいまはあひなしかの御心にゆるし給はむ ことはかたけなめり宮す所の心しりなりけりと人にはしらせんいかゝはせむな き人にすこしあさきとかはおもはせていつありそめしことそともなくまきらは してんさらかへりてけさうたちなみたをつくしかゝつらはむもいとうゐ〱し かるへしとおもひえたまうて一条にわたりたまふへき日その日はかりとさため てやまとのかみめしてあるへきさほうのたまひ宮のうちはらひしつらひさこそ いへとも女とちは草しけうすみなし給へりしをみかきたるやうにしつらひなし て御心つかひなとあるへきさほうめてたうかへしろ御ひやうふ御木丁おましな とまておほしよりつゝ山とのかみにの給てかのいへにそいそきつかうまつらせ たまふその日我おはしゐて御くるまこせんなとたてまつれ給宮はさらにわたら しとおほしの給ふを人〻いみしうきこえ山とのかみもさらにうけ給はらし心ほ そくかなしき御ありさまをみたてまつりなけきこのほとの宮つかへはたふるに したかひてつかうまつりぬいまはくにのこともはへりまかりくたりぬへし宮の" }, { "vol": 39, "page": 1356, "text": "内のこともみ給へゆつるへき人もはへらすいとたい〱しういかにとみ給ふ るをかくよろつにおほしいとなむをけにこのかたにとりておも給ふるにはかな らすしもおはしますましき御ありさまなれとさこそはいにしへも御心にかなは ぬためしおほくはへれひとゝころやはよのもときをもおはせ給へきいとをさな くおはしますことなりたけうおほすとも女の御心ひとつにわか御身をとりし たゝめかへりみ給へきやうかあらむなを人のあかめかしつき給へらんにたすけ られてこそふかき御心のかしこき御をきてもそれにかゝるへきものなりきみた ちのきこえしらせたてまつり給はぬなりかつはさるましきことをも御心ともに つかうまつりそめ給うてといひつゝけて左近少将をせむあつまりてきこえこし らふるにいとわりなくあさやかなる御そとも人〻のたてまつりかへさするもわ れにもあらすなをいとひたふるにそきすてまほしうおほさるゝ御くしをかきい てゝみ給へは六尺はかりにてすこしほそりたれと人はかたはにもみたてまつら すみつからの御心にはいみしのおとろへや人にみゆへきありさまにもあらすさ ま〱に心うき身をとおほしつゝけて又ふし給ぬ時たかひぬよもふけぬへしと" }, { "vol": 39, "page": 1357, "text": "みなさはくしくれいとこゝろあはたゝしうふきまかひよろつにものかなしけれ は のほりにしみねのけふりにたちましりおもはぬかたになひかすもかな心ひ とつにはつよくおほせとそのころは御はさみなとやうのものはみなとりかくし て人〻のまもりきこえけれはかくもてさはかさらむにてたになにのおしけある 身にてかおこかましうわか〱しきやうにはひきしのはむ人きゝもうたておほ すましかへきわさをとおほせはそのほいのこともしたまはす人〻はみないそき たちてをの〱くしてはこからひつよろつのものをはか〱しからぬふくろや うの物なれとみなさきたてゝはこひたれはひとりとまり給へうもあらてなく 〱御くるまにのり給もかたはらのみまもられたまてこちわたりたまうし時御 こゝちのくるしきにも御くしかきなてつくろひおろしたてまつり給しをおほし いつるにめもきりていみし御はかしにそへて経はこをそへたるか御かたはらも はなれねは 恋しさのなくさめかたきかたみにてなみたにくもる玉のはこかなくろきも" }, { "vol": 39, "page": 1358, "text": "またしあへさせ給はすかのてならし給へりしらてんのはこなりけりす経にせさ せ給しをかたみにとゝめたまへるなりけりうらしまのこか心ちなんおはしまし つきたれは殿のうちかなしけもなく人けおほくてあらぬさまなり御くるまよせ ており給ふをさらにふるさとゝおほえすうとましううたておほさるれはとみに もおり給はすいとあやしうわか〱しき御さまかなと人〻もみたてまつりわつ らふ殿はひんかしのたいのみなみをもてをわか御方をかりにしつらひてすみつ きかほにおはす三条殿には人〻にはかにあさましうもなり給ひぬるかないつの ほとにありし事そとおとろきけりなよらかにをかしはめることをこのましから すおほす人はかくゆくりかなる事そうちましりたまうけるされととしへにける ことををとなくけしきももらさてすくし給うけるなりとのみおもひなしてかく 女の御心ゆるいたまはぬと思よる人もなしとてもかうても宮の御ためにそいと おしけなる御まうけなとさまかはりて物のはしめゆゝしけなれとものまいらせ なとみなしつまりぬるにわたりたまて少将の君をいみしうせめ給ふ御心さしま ことになかうおほされはけふあすをすくしてきこえさせ給へ中〱たちかへり" }, { "vol": 39, "page": 1359, "text": "て物おほししつみてなき人のやうにてなむふさせ給ひぬるこしらへきこゆるを もつらしとのみおほされたれはなにことも身のためこそはへれいとわつらはし うきこえさせにくゝなむといふいとあやしうをしはかりきこえさせしにはたか ひていはけなく心えかたき御心にこそありけれとておもひよれるさま人の御た めもわかためにも世のもときあるましうの給つゝくれはいてやたゝいまは又い たつら人にみなしたてまつるへきにやとあはたゝしきみたり心ちによろつおも たまへわかれすあか君とかくをしたちてひたふるなる御心なつかはせ給そとて をするいとまたしらぬよかなにくゝめさましと人よりけにおほしおとすらんみ こそいみしけれいかて人にもことはらせむといはむかたもなしとおほしての給 へはさすかにいとおしうもありまたしらぬはけによつかぬ御こゝろかまへのけ にこそはとことはりはけにいつかたにかはよる人はへらんとすらむとすこしう ちわらひぬかく心こはけれといまはせかれ給へきならねはやかてこの人をひき たてゝおしはかりにいり給ふ宮はいと心うくなさけなくあはつけき人の心なり けりとねたくつらけれはわか〱しきやうにはいひさはくともとおほしてぬり" }, { "vol": 39, "page": 1360, "text": "こめにおましひとつしかせたまてうちよりさしておほとのこもりにけりこれも いつまてにかはかはかりにみたれたちにたる人の心ともはいとかなしうくちお しうおほすおとこきみはめさましうつらしと思ひきこえ給へとかはかりにては なにのもてはなるゝことかはとのとかにおほしてよろつにおもひあかし給ふ山 とりの心ちそし給うけるからうしてあけかたになりぬかくてのみことゝいへは ひたおもてなへけれはいて給ふとてたゝいさゝかのひまをたにといみしうきこ え給へといとつれなし うらみわひむねあきかたき冬のよにまたさしまさる関のいはかときこえん 方なき御心なりけりとなく〱いて給ふ六条院にそおはしてやすらひ給ふひん かしのうへ一条の宮わたしたてまつり給へることゝかの大殿わたりなとにきこ ゆるいかなる御ことにかはといとおほとかにの給ふみき丁そへたれとそはより ほのかにはなをみえたてまつり給ふさやうにもなをひとのいひなしつへきこと に侍りこ宮す所はいとこゝろつようあるましきさまにいひはなちたまふしかと かきりのさまに御心ちのよはりけるに又ゆつるへき人のなきやかなしかりけむ" }, { "vol": 39, "page": 1361, "text": "なからむのちのうしろみにとやうなることのはへりしかはもとよりの心さしも 侍りしことにてかくおもたまへなりぬるをさま〱にいかに人あつかひはへら むかしさしもあるましきをもあやしう人こそ物いひさかなき物にあれとうちは らひつゝかのさうしみなむなをよにへしとふかうおもひたちてあまになりなむ とおもひむすほゝれ給ふめれはなにかはこなたかなたにきゝにくゝもはへゝき をさやうにけむきはなれてもまたかのゆいこむはたかへしと思給へてたゝかく いひあつかひはへるなり院のわたらせ給へらんにもことのついてはへらはかう やうにまねひきこえさせ給へあり〱て心つきなき心つかうとおほしの給はむ をはゝかりはへりつれとけにかやうのすちにてこそ人のいさめをもみつからの 心にもしたかはぬやうに侍りけれとしのひやかにきこえ給ふ人のいつはりにや とおもひはへりつるをまことにさるやうある御けしきにこそはみなよのつねの ことなれと三条のひめ君のおほさむことこそいとおしけれのとやかにならひた まうてときこえ給へはらうたけにものたまはせなすひめ君かないとおにしうは へるさかなものをとてなとてかそれをもをろかにはもてなしはへらんかしこけ" }, { "vol": 39, "page": 1362, "text": "れと御ありさまともにてもおしはからせ給へなたらかならむのみこそ人はつい のことにははへめれさかなくことかましきもしはしはなまむつかしうわつらは しきやうにはゝからるゝことあれとそれにしもしたかひはつましきわさなれは ことのみたれいてきぬるのちわれも人もにくけにあきたしやなをみなみのおと ゝの御こゝろもちゐこそさま〱にありかたうさてはこの御かたの御心なとこ そはめてたきものにはみたてまつりはてはへりぬれなとほめきこえ給へはわら ひ給てものゝためしにひきいて給ほとに身の人わろきおほえこそあらはれぬへ うさておかしき事は院のみつからの御くせをは人しらぬやうにいさゝかあた 〱しき御心つかひをはたいしとおほいていましめ申たまうしりう事にもきこ え給めるこそさかしたつ人のをのかうへしらぬやうにおほえはへれとの給へは さなむつねにこのみちをしもいましめおほせらるゝさるはかしこき御をしへな らてもいとよくおさめてはへる心をとてけにおかしとおもひ給へり御まへにま いり給へれはかの事はきこしめしたれとなにかはきゝかほにもとおほいてたゝ うちまもり給へるにいとめてたくきよらにこのころこそねひまさり給へる御さ" }, { "vol": 39, "page": 1363, "text": "かりなめれさるさまのすきことをし給ふとも人のもとくへきさまもしたまはす おに神もつみゆるしつへくあさやかに物きよけにわかうさかりににほひをちら し給へりものおもひしらぬわか人の程にはたおはせすかたほなる所なうねひと ゝのほり給へることはりそかし女にてなとかめてさらむかゝみをみてもなとか をこらさらむとわか御こなからもおほす日たけてとのにはわたり給へりいり給 よりわかきみたちすき〱うつくしけにてまつはれあそひ給ふ女君は丁のうち にふし給へりいり給へれとめもみあはせたまはすつらきにこそはあめれとみ給 もことはりなれとははかりかほにももてなし給はす御そをひきやり給へれはい つことておはしつるそまろははやうしにきつねにおにとの給へはおなしくはな りはてなむとてとの給ふ御こゝろこそおによりけにもおはすれさまはにくけも なけれはえうとみはつましとなに心もなういひなし給もこゝろやましうてめて たきさまになまめいたまへ覧あたりにありふへきみにもあらねはいつちも〱 うせなむとするをかくたになおほしいてそあいなくとしころをへけるたにくや しきものをとておきあかり給へるさまはいみしうあひ行つきてにほひやかにう" }, { "vol": 39, "page": 1364, "text": "ちあかみ給へるかほいとおかしけなりかく心をさなけにはらたちなし給へれは にやめなれてこのおにこそいまはおそろしくもあらすなりにたれかう〱しき けをそへはやとたはふれにいひなし給へとなにこといふそおひらかにしにたま ひね丸もしなむみれはにくしきけはあい行なしみすてゝしなむはうしろめたし との給ふにいとおかしきさまのみまされはこまやかにわらひてちかくてこそみ たまはさらめよそにはなにかきゝ給はさらむさてもちきりふかゝなるせをしら せむの御心なゝりにはかにうちつゝくへかなるよみちのいそきはさこそはちき りきこえしかといとつれなくいひてなにくれとなくさめこしらへきこえなくさ め給へはいとわかやかに心うつくしうらうたき心はたおはする人なれはなをさ りことゝはみ給なからをのつからなこみつゝものし給をいとあはれとおほすも のから心はそらにてかれもいとわか心をたてゝつようもの〱しき人のけはひ にはみえ給はねともしなをほいならぬことにてあまになともおもひなり給ひな はおこかましうもあへいかなと思ふにしはしはとたえをくましうあはたゝしき 心ちして暮行まゝにけふも御かへりたになきよとおほして心にかゝりつゝいみ" }, { "vol": 39, "page": 1365, "text": "しうなかめをし給きのふけふつゆもまいらさりけるものいさゝかまいりなとし ておはすむかしより御ために心さしのをろかならさりしさまおとゝのつらくも てなしたまうしに世中のしれかましきなをとりしかとたへかたきをねんしてこ ゝかしこすゝみけしきはみしあたりをあまたきゝすくしゝありさまは女たにさ しもあらしとなむ人もゝときしいまおもふにもいかてかはさありけむとわか心 なからいにしへたにをもかりけりとおもひしらるゝをいまはかくにくみ給とも おほしすつましき人〻いとところせきまてかすそふめれは御心ひとつにもては なれ給へくもあらす又よしみたまへやいのちこそさためなき世なれとてうちな きたまふこともあり女もむかしのことをおもひいて給ふにあはれにもありかた かりし御中のさすかにちきりふかゝりけるかなとおもひいて給ふなよひたる御 そともぬい給うて心ことなるをとりかさねてたきしめ給ひめてたうつくろひけ さうしていて給ふをほかけにみいたしてしのひかたく涙のいてくれはぬきとめ 給へるひとへのそてをひきよせ給て なるゝ身をうらむるよりは松しまのあまのころもにたちやかへましなをう" }, { "vol": 39, "page": 1366, "text": "つし人にてはえすくすましかりけりとひとりことにの給をたちとまりてさも心 うき御こゝろかな まつしまのあまのぬれきぬなれぬとてぬきかへつてふなをたゝめやはうち いそきていとなを〱しやかしこにはなをさしこもり給へるを人〻かくてのみ やはわか〱しうけしからぬきこえもはへりぬへきをれいの御ありさまにてあ るへきことをこそきこえ給はめなとよろつにきこえけれはさもあることゝはお ほしなからいまよりのちのよそのきこえをもわか御心のすきにしかたをもこゝ ろつきなくうらめしかりける人のゆかりとおほししりてそのよもたいめしたま はすたはふれにくゝめつらかなりときこえつくし給ふ人もいとおしとみたてま つるいさゝかも人心ちするおりあらむにわすれ給はすはともかうもきこえんこ の御ふくのほとはひとすちにおもひみたるゝことなくてたにすくさむとなんふ かくおほしの給はするをかくいとあやにくにしらぬ人なくなりぬめるをなをい みしうつらき物にきこえ給ふときこゆおもふ心は又ことさまにうしろやすきも のをおもはすなりける世かなとうちなけきてれいのやうにておはしまさはもの" }, { "vol": 39, "page": 1367, "text": "こしなとにてもおもふことはかりきこえて御こゝろやふるへきにもあらすあま たのとし月をもすくしつへくなむなとつきもせすきこえ給へとなをかゝるみた れにそへてわりなき御こゝろなむいみしうつらき人のきゝおもはむこともよろ つになのめならさりける身のうさをはさるものにてことさらにこゝろうき御心 かまへなれと又いひかへしうらみ給つゝはるかにのみもてなし給へりさりとて かくのみやは人のきゝもらさむこともことはりとはしたなうこゝの人めもおほ え給へは内〻の御こゝろつかひは此のたまふさまにかなひてもしはしはなさけ はまむよつかぬありさまのいとうたてあり又かゝりとてひきたえまいらすは人 の御ないかゝはいとおしかるへきひとへに物をおほしてをさなけなるこそいと おしけれなとこの人をせめ給へはけにとおもひみたてまつるもいまは心くるし うかたしけなうおほゆるさまなれは人かよはし給ふぬりこめのきたのくちより いれたてまつりてけりいみしうあさましうつらしとさふらふ人をもけにかゝる よの人の心なれはこれよりまさるめをもみせつへかりけりとたのもしき人もな くなりはて給ぬる御身を返〻かなしうおほすおとこはよろつにおほししるへき" }, { "vol": 39, "page": 1368, "text": "ことはりをきこえしらせことのはおほうあはれにもおかしうもきこえつくし給 へとつらく心つきなしとのみおほいたりいとかういはむかたなきものにおもほ されける身のほとはたくひなうはつかしけれはあるましき心のつきそめけむも 心ちなくくやしうおほえはへれととりかへすものならぬ中になにのたけき御な にかはあらむいふかひなくおほしよはれおもふにかなはぬときみをなくるため しもはへなるをたゝかゝる心さしをふかきふちになすらへたまてすてつるみと おほしなせときこえ給ふひとへの御そを御くしこめひきくゝみてたけき事とは ねをなき給ふさまの心ふかくいとおしけれはいとうたていかなれはいとかうお ほす覧いみしう思ふ人もかはかりになりぬれはをのつからゆるふけしきもある をいはきよりけになひきかたきはちきりとをうてにくしなとおもふやうあなる をさやおほす覧とおもひよるにあまりなれはこゝろうく三条の君のおもひたま ふらんこといにしへもなに心もなうあひおもひかはしたりしよのこととしころ いまはとうらなきさまにうちたのみとけ給へるさまを思ひいつるもわか心もて いとあちきなうおもひつゝけらるれはあなかちにもこしらへきこえ給はすなけ" }, { "vol": 39, "page": 1369, "text": "きあかし給うつかうのみしれかましうていていらむもあやしけれはけふはとま りて心のとかにおはすかくさへひたふるなるをあさましと宮はおほいていよ 〱うとき御けしきのまさるをおこかましき御こゝろかなとかつはつらきもの ゝあはれなりぬりこめもことにこまかなるものおほうもあらてかうの御からひ つみつしなとはかりあるはこなたかなたにかきよせてけちかうしつらひてそお はしけるうちはくらき心ちすれとあさひさしいてたるけはひもりきたるにうつ もれたる御そひきやりいとうたてみたれたる御くしかきやりなとしてほのみた てまつり給ふいとあてに女しうなまめいたるけはひしたまへりおとこの御さま はうるはしたち給へるときよりもうちとけてものし給ふはかきりもなうきよけ なりこ君のことなることなかりしたにこゝろのかきりおもひあかり御かたちま ほにおはせすとことのおりにおもへりしけしきをおほしいつれはましてかうい みしうをとろへにたるありさまをしはしにてもみしのひなんやとおもふもいみ しうはつかしうとさまかうさまにおもひめくらしつゝわか御こゝろをこしらへ 給ふたゝかたはらいたうこゝもかしこもひとのきゝおほさむ事のつみさらむか" }, { "vol": 39, "page": 1370, "text": "たなきにおりさへいと心うけれはなくさめかたきなりけり御てうつ御かゆなと れいのおましの方にまいれり色ことなる御しつらひもいま〱しきやうなれは ひんかしおもては屏風をたてゝもやのきはにかうそめのみき丁なとこと〱し きやうにみえぬ物ちんのにかいなんとやうのをたてゝ心はへありてしつらひた り山とのかみのしわさなりけり人〻もあさやかならぬ色の山吹かいねりこきき ぬあをにひなとをきかへさせうすいろのもあをくちはなとをとかくまきらはし て御たいはまいるをむなところにてしとけなくよろつのことならひたる宮のう ちにありさま心とゝめてわつかなるしも人をもいひとゝのへこの人ひとりのみ あつかひをこなふかくおほえぬやむことなきまらうとのおはするときゝてもと つとめさりけるけいしなとうちつけにまいりてまところなといふかたにさふら ひていとなみけりかくせめてもみなれかほにつくり給ふほと三条殿かきりなめ りとさしもやはとこそかつはたのみつれまめ人の心かはるはなこりなくなむと きゝしはまことなりけりとよをこゝろみつる心ちしていかさまにしてこのなめ けさをみしとおほしけれは大殿へかたゝかへむとてわたり給にけるを女御のさ" }, { "vol": 39, "page": 1371, "text": "とにおはする程なとにたいめしたまうてすこしものおもひはるけところにおほ されてれいのやうにもいそきわたりたまはす大将殿もきゝ給てされはよいとき ふにものし給ふ本上なりこのおとゝもはたおとな〱しうのとめたる所さすか になくいとひきゝりにはなやいたまへるひと〱にてめさましみしきかしなと ひか〱しきことともしいて給うつへきとおとろかれたまうて三条殿にわたり 給へれは君たちもかたへはとまり給へれはひめ君たちさてはいとをさなきとを そゐておはしにけるみつけてよろこひむつれあるはうへをこひたてまつりてう れへなき給ふをこゝろくるしとおほすせうそこたひ〱きこえてむかへにたて まつれ給へと御返たになしかくかたくなしうかる〱しのよやとものしうおほ え給へとおとゝのみきゝ給はむところもあれはくらしてみつからまいり給へり しん殿になむおはするとてれいのわたり給かたはこたちのみさふらふわかきみ たちそめのとにそひておはしけるいまさらにわか〱しの御ましらひやかゝる 人をこゝかしこにおとしをき給てなとしむ殿の御ましらひはふさはしからぬ御 こゝろのすちとはとしころみしりたれとさるへきにやむかしよりこゝろにはな" }, { "vol": 39, "page": 1372, "text": "れかたうおもひきこえていまはかくくた〱しき人のかす〱あはれなるをか たみにみすつへきにやはとたのみきこえけるはかなきひとふしにかうはもてな し給へくやといみしうあはめうらみまうし給へはなにこともいまはとみあきた まひにける身なれはいまはたなほるへきにもあらぬをなにかはとてあやしき人 〻はおほしすてすはうれしうこそはあらめときこえたまへりなたらかの御いら へやいひもていけはたかなかおしきとてしゐてわたり給へともなくてそのよは ひとりふし給へりあやしう中そらなるころかなとおもひつゝ君たちをまへにふ せ給てかしこに又いかにおほしみたるらんさまおもひやりきこえやすからぬ心 つくしなれはいかなる人かうやうなることをかしうおほゆらんなとものこりし ぬへうおほえ給あけぬれは人のみきかむもわか〱しきをかきりとのたまひは てはさて心みむかしこなる人〻もらうたけにこひきこゆめりしをえりのこし給 へるやうあらむとはみなからおもひすてかたきをともかくももてなしはへりな むとおとしきこえ給へはすか〱しき御心にてこの君たちをさへやしらぬとこ ろにゐてわたし給はんとあやふしひめ君をいさたまへかしみたてまつりにかく" }, { "vol": 39, "page": 1373, "text": "まいりくることもはしたなけれはつねにもまいりこしかしこにもひと〱のら うたきをおなし所にてたにみたてまつらんときこえ給ふまたいといはけなくお かしけにておはすいとあはれとみたてまつり給てはゝ君の御をしへになかなひ たまうそいと心うくおもひとるかたなき心あるはいとあしきわさなりといひし らせたてまつり給ふおとゝかゝることをきゝ給て人わらはれなるやうにおほし なけくしはしはさてもみ給はてをのつから思所ものせらるらんものを女のかく ひきゝりなるもかへりてはかるくおほゆるわさなりよしかくいひそめつとなら はなにかはおれてふとしもかへり給ふをのつから人のけしき心はへはみえなん とのたまはせてこの宮にくら人の少将の君を御つかひにてたてまつり給ふ ちきりあれや君をこゝろにとゝめをきてあはれとおもふうらめしときくな をえおほしはなたしとある御ふみを少将もておはしてたゝいりに入給ふみなみ おもてのすのこにわらうたさしいてゝ人〻ものきこえにくし宮はましてわひし とおほすこの君はなかにいとかたちよくめやすきさまにてのとやかにみまはし ていにしへをおもひいてたるけしきなりまいりなれにたる心ちしてうゐ〱し" }, { "vol": 39, "page": 1374, "text": "からぬにさも御覧しゆるさすやあらむなとはかりそかすめ給ふ御返いときこえ にくゝてわれはさらにえかくましとのたまへは御心さしもへたてわか〱しき やうにせしかきはたきこえさすへきにやはとあつまりてきこえさすれはまつう ちなきてこうへおはせましかはいかに心つきなしとおほしなからもつみをかく いたまはましとおもひいて給ふになみたのみつらきにさきたつ心ちしてかきや り給はす なにゆへか世にかすならぬみひとつをうしともおもひかなしともきくとの みおほしけるまゝにかきもとちめ給はぬやうにてをしつゝみていたしたまうつ 少将は人〱ものかたりして時〻さふらふにかゝるみすのまへはたつきなき心 ちし侍るをいまよりはよすかある心ちしてつねにまいるへしないけなともゆる されぬへきとしころのしるしあらはれ侍る心ちなむしはへるなとけしきはみを きていて給ひぬいとゝしく心よからぬ御けしきあくかれまとひたまふほと大殿 の君はひころふるまゝにおほしなけく事しけし内しのすけかゝることをきくに われをよとゝもにゆるさぬものにのたまふなるにかくあなつりにくきこともい" }, { "vol": 39, "page": 1375, "text": "てきにけるをとおもひて文なとは時〻たてまつれはきこえたり かすならはみにしられまし世のうさを人のためにもぬらす袖かななまけや けしとはみたまへとものゝあはれなるほとのつれ〱にかれもいとたゝにはお ほえしとおほすかた心そつきにける 人のよのうきをあはれとみしかともみにかへんとはおもはさりしをとのみ あるをおほしけるまゝとあはれにみるこのむかし御中たえのほとにはこの内し のみこそ人しれぬものにおもひとめ給へりしかことあらためてのちはいとたま さかにつれなくなりまさり給うつゝさすかにきんたちはあまたになりにけりこ の御はらには太郎君三郎君五郎君六郎君なかの君四の君五の君とおはす内しは 大きみ三の君六の君二郎君四郎君とそおはしけるすへて十二人か中にかたほな るなくいとおかしけにとり〱におひいてたまける内侍はらのきんたちしもな んかたちおかしう心はせかとありてみなすくれたりける三の君二郎君はひんか しのおとゝにそとりわきてかしつきたてまつり給ふ院もみなれたまうていとら うたくし給ふこの御中らひのこといひやるかたなくとそ" }, { "vol": 40, "page": 1381, "text": "むらさきのうへいたうわつらひ給し御心ちの後いとあつしくなり給てそこはか となくなやみわたり給ことひさしくなりぬいとおとろ〱しうはあらねとゝし 月かさなれはたのもしけなくいとゝあえかになりまさり給へるを院のおもほし なけく事かきりなしゝはしにてもをくれきこえ給はむことをはいみしかるへく おほし身つからの御こゝちにはこの世にあかぬことなくうしろめたきほたした にましらぬ御身なれはあなかちにかけとゝめまほしき御いのちともおほされぬ をとしころの御契かけはなれ思なけかせたてまつらむ事のみそ人しれぬ御心の 中にも物あはれにおほされける後の世のためにとたうとき事ともをおほくせさ せ給つゝいかてなをほいあるさまになりてしはしもかゝつらはむ命のほとはを こなひをまきれなくとたゆみなくおほしの給へとさらにゆるしきこえ給はすさ るはわか御心にもしかおほしそめたるすちなれはかくねんころに思給へるつい てにもよをされておなしみちにもいりなんとおほせとひとたひ家をいて給なは かりにもこの世をかへりみんとはおほしをきてす後の世にはおなしはちすのさ をもわけんと契かはしきこえ給てたのみをかけ給御中なれとこゝなからつとめ" }, { "vol": 40, "page": 1382, "text": "給はんほとはおなし山なりともみねをへたてゝあひみたてまつらぬすみかにか けはなれなん事をのみおほしまうけたるにかくいとたのもしけなきさまになや みあつい給へはいと心くるしき御ありさまをいまはとゆきはなれんきさみには すてかたく中〱山水のすみかにこりぬへくおほしとゝこほるほとにたゝうち あさえたるおもひのまゝの道心おこす人ゝにはこよなうをくれ給ぬへかめり御 ゆるしなくて心ひとつにおほしたゝむもさまあしくほいなきやうなれはこのこ とによりてそ女君はうらめしく思きこえ給ける我御身をもつみかろかるましき にやとうしろめたくおほされけりとしころわたくしの御くはんにてかゝせたて まつり給ける法花経千部いそきてくやうし給わか御殿とおほす二条院にてそし 給ける七そうのほうふくなとしな〱たまはすものゝいろぬいめよりはしめて きよらなることかきりなしおほかたなに事もいといかめしきわさともをせられ たりこと〱しきさまにもきこえ給はさりけれはくはしき事ともゝしらせ給は さりけるに女の御をきてにてはいたりふかくほとけのみちにさへかよひ給ける 御心の程なとを院はいとかきりなしとみたてまつり給てたゝおほかたの御しつ" }, { "vol": 40, "page": 1383, "text": "らひなにかのことはかりをなんいとなませ給ける楽人舞人なとのことは大将の 君とりわきてつかうまつり給うち春宮后の宮たちをはしめたてまつりて御かた 〱こゝかしこにみす経ほうもちなとはかりのことをうちし給たに所せきにま してそのころこの御いそきをつかうまつらぬ所なけれはいとこちたきことゝも ありいつのほとにいとかく色〱おほしまうけゝんけにいそのかみの世〻へた る御くわんにやとそみえたる花ちる里ときこえし御かたあかしなともわたり給 へりみなみひんかしのとをあけておはしますしん殿のにしのぬりこめ也けり北 のひさしにかた〱の御つほねともはさうしはかりをへたてつゝしたり三月の 十日なれは花さかりにて空のけしきなともうらゝかにものおもしろく仏のおは すなる所のありさまとをからすおもひやられてことなりふかき心もなき人さへ つみをうしなひつへしたきゝこるさむたんのこゑもそこらつとひたるひゝきお とろ〱しきをうちやすみてしつまりたるほとたにあはれにおほさるゝをまし てこのころとなりてはなに事につけても心ほそくのみおほしゝるあかしの御か たに三の宮してきこえたまへる" }, { "vol": 40, "page": 1384, "text": "おしからぬこの身なからもかきりとてたきゝつきなんことのかなしさ御か へり心ほそきすちは後のきこえも心をくれたるわさにやそこはかとなくそあめ る たきゝこる思ひはけふをはしめにてこの世にねかふのりそはるけき夜もす からたうときことにうちあはせたるつゝみのこゑたえすおもしろしほの〱と あけゆくあさほらけ霞のまよりみえたる花の色〱なを春に心とまりぬへくに ほひわたりてもゝ千とりのさへつりもふえのねにをとらぬ心地してものゝあは れもおもしろさものこらぬほとにれうわうのまいてきうになるほとのすゑつか たのかくはなやかにゝきはゝしくきこゆるにみな人のぬきかけたるものゝ色い ろなとも物のおりからにおかしうのみゝゆみこたちかんたちめの中にもものゝ 上すともてのこさすあそひ給かみしも心ちよけにけうあるけしきともなるをみ 給にものこりすくなしと身をおほしたる御心のうちにはよろつの事あはれにお ほえ給きのふれいならすおきゐ給へりしなこりにやいとくるしうしてふし給へ りとしころかゝる物のおりことにまいりつとひあそひ給人〱の御かたちあり" }, { "vol": 40, "page": 1385, "text": "さまのをのかしゝさへともことふえのねをもけふやみきゝ給へきとちめなるら むとのみおほさるれはさしもめとまるましき人のかほともゝあはれにみえわた され給まして夏冬のときにつけたるあそひたはふれにもなまいとましきしたの 心はをのつからたちましりもすらめとさすかになさけをかはし給かた〱はた れもひさしくとまるへき世にはあらさなれとまつわれひとりゆくゑしらすなり なむをおほしつゝくるいみしうあはれなりことはてゝをのかしゝかへり給なん とするもとをきわかれめきておしまる花ちるさとの御かたに たえぬへきみのりなからそたのまるゝよゝにとむすふ中の契を御かへり むすひをくちきりはたえし大方のゝこりすくなきみのりなりともやかてこ のついてにふたんのと経せんほうなとたゆみなくたうとき事ともせさせ給みす ほうはことなるしるしもみえてほともへぬれはれいのことになりてうちはへさ るへき所〱寺〱にてそせさせ給ける夏になりてはれいのあつさにさへいと ゝきえ入給ぬへきおり〱おほかりそのことゝおとろおとろしからぬ御心ちな れとたゝいとよはきさまになり給へはむつかしけに所せくなやみ給こともなし" }, { "vol": 40, "page": 1386, "text": "さふらふ人〱もいかにおはしまさむとするにかとおもひよるにもまつかきく らしあたらしうかなしき御ありさまとみたてまつるかくのみおはすれは中宮こ の院にまかてさせ給ひんかしのたいにおはしますへけれはこなたにはたまちき こえ給きしきなとれいにかはらねとこのよのありさまをみはてすなりぬるなと のみおほせはよろつにつけてものあはれなりなたいめんをきゝ給にもその人か の人なとみゝとゝめてきかれ給ふかんたちめなといとおほくつかうまつり給へ りひさしき御たいめんのとたえをめつらしくおほして御物かたりこまやかにき こえ給院いりたまひてこよひはすはなれたる心ちしてむとくなりやまかりてや すみはへらんとてわたり給ぬおきゐたまへるをいとうれしとおほしたるもいと はかなきほとの御なくさめなりかた〱におはしましてはあなたにわたらせ給 はんもかたしけなしまいらむことはたわりなくなりにてはへれはとてしはらく はこなたにおはすれはあかしの御かたもわたり給てこゝろふかけにしつまりた る御ものかたりともきこえかはし給うへは御心のうちにおほしめくらす事おほ かれとさかしけになからむのちなとのたまひいつることもなしたゝなへてのよ" }, { "vol": 40, "page": 1387, "text": "のつねなきありさまをおほとかにことすくなゝる物からあさはかにはあらすの たまひなしたるけはひなとそことにいてたらんよりもあはれに物こゝろほそき 御けしきはしるうみえける宮たちをみたてまつりたまうてもをの〱の御ゆく すゑをゆかしく思きこえけるこそかくはかなかりける身をおしむ心のましりけ るにやとて涙くみ給へる御かほのにほひいみしうおかしけなりなとかうのみお ほしたらんとおほすに中宮うちなき給ひぬゆゝしけになとはきこえなし給はす ものゝついてなとにそとしころつかうまつりなれたる人〱のことなるよるへ なういとおしけなるこの人かの人はへらすなりなんのちに御心とゝめてたつね おもほせなとはかりきこえ給けるみと経なとによりてそれいのわか御かたにわ たり給三宮はあまたの御中にいとおかしけにてありき給を御心ちのひまにはま へにすゑたてまつり給て人のきかぬまにまろかはへらさらむにおほしいてなん やときこえ給へはいと恋しかりなむまろはうちのうへよりも宮よりもはゝをこ そまさりて思きこゆれはおはせすは心ちむつかしかりなむとてめおしすりてま きらはし給へるさまおかしけれはほゝゑみなから涙はおちぬおとなになり給ひ" }, { "vol": 40, "page": 1388, "text": "なはこゝにすみ給てこのたいのまへなるこうはいとさくらとは花のおり〱に 心とゝめてもてあそひ給へさるへからむおりは仏にもたてまつり給へときこえ 給へはうちうなつきて御かほをまもりてなみたのおつへかめれはたちておはし ぬとりわきておほしたてまつり給へれはこの宮とひめ宮とをそみさしきこえ給 はんことくちおしくあはれにおほされける秋まちつけて世中すこしすゝしくな りては御心ちもいさゝかさはやくやうなれと猶ともすれはかことかましさるは 身にしむ許おほさるへき秋かせならねと露けきおりかちにてすくし給中宮はま いり給なんとするをゐましはしは御らむせよともきこえまほしうおほせともさ かしきやうにもありうちの御つかひのひまなきもわつらはしけれはさもきこえ 給はぬにあなたにもえわたり給はねは宮そわたり給けるかたはらいたけれとけ にみたてまつらぬもかひなしとてこなたに御しつらひをことにせさせ給こよな うやせほそり給へれとかくてこそあてになまめかしきことのかきりなさもまさ りてめてたかりけれときしかたあまりにほひおほくあさ〱とおはせしさかり は中〱このよの花のかほりにもよそへられ給しをかきりもなくらうたけにお" }, { "vol": 40, "page": 1389, "text": "かしけなる御さまにていとかりそめに思給へるけしきにる物なく心くるしくす ゝろにものかなし風すこく吹いてたるゆふ暮にせむさいみ給とてけうそくによ りゐ給へるを院わたりてみたてまつり給ひてけふはいとよくおきゐ給めるはこ のおまへにてはこよなく御心もはれ〱しけなめりかしときこえ給かはかりの ひまあるをもいとうれしとおもひきこえ給へる御けしきをみ給も心くるしくつ ゐにいかにおほしさはかんと思にあはれなれは をくとみる程そはかなきともすれは風にみたるゝ萩の上露けにそおれかへ りとまるへうもあらぬよそへられたるおりさへしのひかたきをみいたし給ても やゝもせはきえをあらそふ露のよにをくれさきたつ程へすもかなとて御涙 をはらひあへ給はす宮 秋風にしはしとまらぬ露のよをたれか草はのうへとのみゝんときこえかは し給御かたちともあらまほしくみるかひあるにつけてもかくてちとせをすくす わさもかなとおほさるれと心にかなはぬ事なれはかけとめんかたなきそかなし かりけるいまはわたらせ給ひねみたり心ちいとくるしくなりはへりぬいふかひ" }, { "vol": 40, "page": 1390, "text": "なくなりにける程といひなからいとなめけにはへりやとてみ木丁ひきよせてふ し給へるさまのつねよりもいとたのもしけなくみえ給へはいかにおほさるゝに かとて宮は御てをとらへたてまつりてなく〱みたてまつり給にまことにきえ ゆく露のこゝちしてかきりにみえ給へはみす行のつかひともかすもしらすたち さはきたりさき〱もかくていきいて給おりにならひ給て御物のけとうたかひ 給ひてよひとよさま〱の事をしつくさせ給へとかひもなくあけはつるほとに きえはて給ひぬ宮もかへり給はてかくてみたてまつり給へるをかきりなくおほ すたれも〱ことはりのわかれにてたくひあることゝもおほされすめつらかに いみしくあけくれのゆめにまとひ給ほとさらなりやさかしきひとおはせさりけ りさふらふ女ほうなともあるかきりさらにものおほえたるなし院はましておほ ししつめんかたなけれは大将の君ちかくまいり給へるを御木丁の本によひよせ たてまつり給てかくいまはかきりのさまなめるをとしころのほいありて思ひつ ることかゝるきさみにそのおもひたかへてやみなんかいと〱おしき御かちに さふらふ大とこたちと経のそうなともみなこゑやめていてぬなるをさりともた" }, { "vol": 40, "page": 1391, "text": "ちとまりて物すへきもあらむこの世にはむなしき心ちするを仏の御しるしいま はかのくらきみちのとふらひにたにたのみ申へきをかしらおろすへきよしもの し給へさるへきそうたれかとまりたるなとの給御けしき心つよくおほしなすへ かめれと御かほの色もあらぬさまにいみしくたへかね御涙のとまらぬをことは りにかなしくみたてまつり給御ものゝけなとのこれも人の御心みたらんとてか くのみ物はゝへめるをさもやおはしますらんさらはとてもかくても御ほいのこ とはよろしきことにはへなり一日一やいむことのしるしこそはむなしからすは 侍なれまことにいふかひなくなりはてさせ給て後の御くしはかりをやつさせ給 てもことなるかのよの御ひかりともならせ給はさらん物からめのまへのかなし ひのみまさるやうにていかゝはへるへからむと申給て御いみにこもり候へきこ ゝろさしありてまかてぬそうその人かのひとなとめしてさるへきことゝもこの 君そをこなひ給としころなにやかやとおほけなき心はなかりしかといかならん よにありしはかりもみたてまつらんほのかにも御こゑをたにきかぬことなと心 にもはなれす思わたりつるものをこゑはつゐにきかせ給はすなりぬるにこそは" }, { "vol": 40, "page": 1392, "text": "あめれむなしき御からにてもいまひとたひみたてまつらんの心さしかなふへき おりはたゝいまよりほかにいかてかあらむと思ふにつゝみもあへすなかれて女 はうのあるかきりさはきまとふをあなかましはしとしつめかほにて御木丁のか たひらをものゝ給まきれにひきあけてみ給へはほの〱とあけゆくひかりもお ほつかなけれはおほとなあふらをちかくかゝけてみたてまつり給にあかすうつ くしけにめてたうきよらにみゆる御かほのあたらしさにこの君のかくのそき給 をみる〱もあなかちにかくさんの御心もおほされぬなめりかくなに事もまた かはらぬけしきなからかきりのさまはしるかりけるこそとて御袖をかほにおし あて給へるほと大将の君もなみたにくれてめもみえ給はぬをしゐてしほりあけ てみたてまつるに中〱あかすかなしきことたくひなきにまことに心まとひも しぬへし御くしのたゝうちやられ給へるほとこちたくけうらにて露はかりみた れたるけしきもなうつや〱とうつくしけなるさまそかきりなきひのいとあか きに御色はいとしろくひかるやうにてとかくうちまきらはすことありしうつゝ の御もてなしよりもいふかひなきさまにてなに心なくてふしたまへる御ありさ" }, { "vol": 40, "page": 1393, "text": "まのあかぬ所なしといはんもさらなりやなのめにたにあらすたくひなきをみた てまつるにしにいるたましゐのやかてこの御からにとまらなむとおもほゆるも わりなきことなりやつかうまつりなれたる女はうなとのものおほゆるもなけれ は院そなにこともおほしわかれすおほさるゝ御心ちをあなかちにしつめ給てか きりの御ことゝもし給いにしへもかなしとおほすこともあまたみ給し御身なれ といとかうおりたちてはまたしり給はさりけることをすへてきしかたゆくさき たくひなき心ちし給やかてそのひとかくおさめたてまつるかきりありけること なれはからをみつゝもえすくし給ましかりけるそ心うき世中なりけるはる〱 とひろきのゝ所もなくたちこみてかきりなくいかめしきさほうなれといとはか なきけふりにてはかなくのほり給ぬるもれいのことなれとあえなくいみし空を あゆむ心ちして人にかゝりてそおはしましけるをみたてまつる人もさはかりい つかしき御身をとものゝ心しらぬけすさへなかぬなかりけり御をくりの女はう はまして夢ちにまとふ心ちして車よりもまろひおちぬへきをそもてあつかひけ るむかし大将の君の御はゝ君うせ給へりし時のあかつきを思いつるにもかれは" }, { "vol": 40, "page": 1394, "text": "猶ものゝおほえけるにや月のかほのあきらかにおほえしをこよひはたゝくれま とひたまへり十四日にうせ給てこれは十五日のあか月なりけり日はいとはなや かにさしあかりてのへのつゆもかくれたるくまなくて世中おほしつゝくるにい とゝいとはしくいみしけれはをくるとてもいくよかはふへきかゝるかなしさの まきれにむかしよりの御ほいもとけてまほしくおもほせと心よはきのちのそし りをおほせはこのほとをすくさんとし給にむねのせきあくるそたへかたかりけ る大将の君も御いみにこもり給ひてあからさまにもまかて給はすあけくれちか くさふらひて心くるしくいみしき御けしきをことはりにかなしくみたてまつり 給てよろつになくさめきこえ給風のわきたちてふく夕暮にむかしのことおほし いてゝほのかにみたてまつりしものをと恋しくおほえ給に又かきりのほとのゆ めの心ちせしなと人しれす思つゝけ給にたへかたくかなしけれは人めにはさし もみえしとつゝみてあみた仏〱とひき給すゝのかすにまきらはしてそなみた のたまをはもちけち給ひける いにしへの秋の夕の恋しきにいまはとみえしあけくれの夢そなこりさへう" }, { "vol": 40, "page": 1395, "text": "かりけるやむことなきそうともさふらはせ給てさたまりたるねん仏をはさるも のにてほ花経なとすせさせ給かた〱いとあはれなりふしてもおきても涙のひ るよなくきりふたかりてあかしくらし給いにしへより御身のありさまおほしつ ゝくるにかゝみにみゆるかけをはしめて人にはこと也けるみなからいはけなき ほとよりかなしくつねなきよを思しるへく仏なとのすゝめ給ける身を心つよく すくしてつゐにきしかた行さきもためしあらしとおほゆるかなしさをみつるか ないまはこの世にうしろめたきことのこらすなりぬひたみちにをこなひにおも むきなんにさはり所あるましきをいとかくおさめんかたなき心まとひにてはね かはんみちにもいりかたくやとやゝましきをこの思すこしなのめにわすれさせ 給へとあみた仏をねんしたてまつり給所〱の御とふらひうちをはしめたてま つりてれいのさほう許にはあらすいとしけくきこえ給おほしめしたる心のほと にはさらになに事もめにもみゝにもとまらす心にかゝり給ことあるましけれと 人にほけほけしきさまにみえしいまさらに我よのすゑにかたくなしく心よはき まとひにて世中をなんそむきにけるとなかれとゝまらんなをおほしつゝむにな" }, { "vol": 40, "page": 1396, "text": "ん身を心にまかせぬなけきをさへうちそへ給ひけるちしのおとゝあはれをもお りすくし給ぬ御心にてかくよにたくひなくものし給人のはかなくうせ給ぬるこ とをくちおしくあはれにおほしていとしは〱とひきこえ給むかし大将の御は ゝうせ給へりしもこの比のことそかしとおほしいつるにいと物かなしくそのお りかの御身をおしみきこえ給し人のおほくもうせ給にけるかなをくれさきたつ ほとなき世なりけりやなとしめやかなる夕くれになかめ給ふ空のけしきもたゝ ならねは御このくら人の少将してたてまつり給あはれなることなとこまやかに きこえ給てはしに いにしへの秋さへいまの心ちしてぬれにし袖に露そをきそふ御返し 露けさはむかしいまともおもほえす大方秋の夜こそつらけれものゝみかな しき御心のまゝならはまちとり給ては心よはくもとめとゝめ給つへきおとゝの 御心さまなれはめやすきほとにとたひ〱のなをさりならぬ御とふらひのかさ なりぬることゝよろこひきこえ給うすゝみとのたまひしよりはいますこしこま やかにてたてまつれり世中にさいはいありめてたき人もあひなうおほかたのよ" }, { "vol": 40, "page": 1397, "text": "にそねまれよきにつけても心のかきりをこりて人のためくるしき人もあるをあ やしきまてすゝろなる人にもうけられはかなくしいて給こともなに事につけて も世にほめられ心にくゝおりふしにつけつゝらう〱しくありかたかりし人の 御心はへなりかしさしもあるましきおほよその人さへそのころは風のをとむし のこゑにつけつゝ涙おとさぬはなしましてほのかにもみたてまつりし人の思な くさむへき世なしとしころむつましくつかまつりなれつる人〱しはしものこ れるいのちうらめしきことをなけきつゝあまに也このよのほかの山すみなとに 思たつもありけりれいせん院のきさいの宮よりもあはれなる御せうそこたえす つきせぬことゝもきこえ給ひて かれはつるのへをうしとやなき人の秋に心をとゝめさりけんいまなんこと はりしられ侍ぬるとありけるをものおほえぬ御心にもうちかへしをきかたくみ 給ふいふかひありおかしからむかたのなくさめにはこの宮はかりこそおはしけ れといさゝかの物まきるゝやうにおほしつゝくるにもなみたのこほるゝを袖の いとまなくえかきやりたまはす" }, { "vol": 40, "page": 1398, "text": "のほりにし雲井なからもかへりみよ我秋はてぬつねならぬよにおしつゝみ 給ひてもとはかりうちなかめておはすすくよかにもおほされすわれなからこと のほかにほれ〱しくおほししらるゝことおほかるまきらはしに女かたにそお はします仏の御まへに人しけからすもてなしてのとやかにをこなひ給ちとせを ももろともにとおほししかとかきりあるわかれそいとくちおしきわさなりける いまははちすの露もこと〱にまきるましくのちのよをとひたみちにおほした つことたゆみなしされと人きゝをはゝかり給なんあちきなかりける御わさの事 ともはか〱しくの給をきつることゝもなかりけれは大将の君なむとりもちて つかうまつり給けるけふやとのみわか身も心つかひせられ給おりおほかるをは かなくてつもりにけるも夢の心ちのみす中宮なともおほしわするゝときのまな くこひきこえたまふ" }, { "vol": 41, "page": 1403, "text": "春のひかりをみ給につけてもいとゝくれまとひたる様にのみ御心ひとつはかな しさのあらたまるへくもあらぬにとにはれいのやうに人〻まいり給ひなとすれ と御心ちなやましきさまにもてなし給てみすの内にのみおはします兵部卿の宮 わたりたまへるにそたゝうちとけたるかたにてたいめんし給はんとて御せうそ こきこえたまふ わかやとは花もてはやす人もなしなにゝか春のたつねきつらんみやうち涙 くみ給て 香をとめてきつるかひなく大方の花のたよりといひやなすへきこうはいの したにあゆみいて給へる御さまのいとなつかしきにそこれよりほかにみはやす へき人なくやとみ給へる花はほのかにひらけさしつゝおかしきほとの匂なり御 あそひもなくれいにかはりたることおほかり女房なとも年ころへにけるはすみ そめのいろこまやかにてきつゝかなしさもあらためかたく思ひさますへき世な く恋きこゆるにたえて御かたかたにもわたり給はすまきれなくみたてまつるを なくさめにてなれつかうまつれるとしころまめやかに御心とゝめてなとはあら" }, { "vol": 41, "page": 1404, "text": "さりしかと時〱はみはなたぬやうにおほしたりつる人〻もなか〱かゝるさ ひしき御ひとりねになりてはいとおほそうにもてなし給てよるの御とのいなと にもこれかれとあまたをおましのあたりひきさけつゝさふらはせ給つれ〱な るまゝにいにしへの物かたりなとし給おり〱もありなこりなき御ひしり心の ふかくなりゆくにつけてもさしもありはつましかりけることにつけつゝなか比 ものうらめしうおほしたるけしきのときときみえ給しなとをおほしいつるにな とてたはふれにてもまたまめやかに心くるしきことにつけてもさやうなるこゝ ろをみえたてまつりけんなに事もらう〱しくおはせし御心はえなりしかは人 のふかき心もいとようみしり給なからゑんしはて給ことはなかりしかと一わた りつゝはいかならむとすらんとおほしたりしをすこしにても心をみたり給けむ ことのいとおしうくやしう覚給さまむねよりもあまる心ちし給ふそのおりのこ との心をしりいまもちかうつかうまつる人〻はほの〱きこえいつるもあり入 道の宮のわたりはしめ給へりしほとそのおりはしも色にはさらにいたし給はさ りしかと事にふれつゝあちきなのわさやとおもひたまへりしけしきのあはれな" }, { "vol": 41, "page": 1405, "text": "りしなかにも雪ふりたりしあかつきにたちやすらひてわか身もひえいるやうに おほえて空のけしきはけしかりしにいとなつかしうおいらかなるものからそて のいたうなきぬらし給へりけるをひきかくしせめてまきらはし給へりしほとの ようゐなとをよもすから夢にても又はいかならむ世にかとおほしつゝけらるあ けほのにしもさうしにおるゝ女房なるへしいみしうもつもりにける雪かなとい ふこゑをきゝつけ給へるたゝそのおりのこゝちするに御かたはらのさひしきも いふかたなくかなし うき世には雪きえなんと思つゝおもひのほかになをそ程ふるれいのまきら はしには御てうつめしてをこなひし給うつみたる火おこしいてゝ御火おけまい らす中納言君中将の君なとおまへちかくて御物かたりきこゆひとりねつねより もさひしかりつる夜のさまかなかくてもいとよくおもひすましつへかりける世 をはかなくもかゝつらひけるかなとうちなかめ給われさへうちすてゝはこの人 〻のいとゝなけきわひんことのあはれにいとおしかるへきなとみわたし給しの ひやかにうちをこなひつゝ経なとよみ給へる御声をよろしう思はんことにてた" }, { "vol": 41, "page": 1406, "text": "に涙とまるましきをましてそてのしからみせきあへぬまてあはれにあけくれみ たてまつる人〻のこゝちつきせすおもひきこゆこの世につけてはあかすおもふ へきことおさ〱あるましうたかき身にはうまれなから又人よりことにくちお しき契にもありけるかなとおもふことたえす世のはかなくうきをしらすへくほ とけなとのをきて給へるみなるへしそれをしひてしらぬかほになからふれはか くいまはの夕ちかきすゑにいみしきことのとちめをみつるにすくせの程もみつ からの心のきはものこりなくみはてゝ心やすきにいまなん露のほたしなくなり にたるをこれかれかくてありしよりけにめならす人〻のいまはとてゆきわかれ んほとこそいまひときはのこゝろみたれぬへけれいとはかなしかしわろかりけ る心の程かなとて御めおしのこひかくし給にまきれすやかてこほるゝ御涙をみ たてまつる人〻ましてせきとめむかたなしさてうちすてられたてまつりなんか うれはしさををの〱うちいてまほしけれとさもえきこえすむせかへりてやみ ぬかくのみなけきあかし給へるあけほのなかめくらし給へる夕くれなとのしめ やかなるおり〱はかのおしなへてにはおほしたらさりし人〻をおまへちかく" }, { "vol": 41, "page": 1407, "text": "てかやうの御物かたりなとをし給中将の君とてさふらふはまたちいさくよりみ たまひなれにしをいとしのひつゝみ給すくさすやありけむいとかたはらいたき 事に思ひてなれきこえさりけるをかくうせ給て後はそのかたにはあらす人より もらうたきものに心とゝめ給へりしかたさまにもかの御かたみのすちにつけて そあはれにおもほしける心はせかたちなともめやすくてうなひまつにおほえた るけはひたゝならましよりはらう〱しとおもほすうとき人にはさらにみえ給 はすかんたちめなともむつましき御はらからの宮たちなとつねにまいりたまへ れとたいめんし給ことおさ〱なし人にむかはむほとはかりはさかしく思ひし つめ心おさめむとおもふとも月ころにほけにたらむ身のありさまかたくなしき ひかことましりてすゑの世の人にもてなやまれむ後の名さへうたてあるへしお もひほれてなん人にもみえさむなるといはれんもおなしことなれと猶をとにき ゝておもひやる事のかたはなるよりもみくるしきことのめにみるはこよなくき はまさりてをこなりとおほせは大将の君なとにたにみすへたてゝそたいめむし 給けるかく心かはりし給へるやうに人のいひつたふへきころほひをたにおもひ" }, { "vol": 41, "page": 1408, "text": "のとめてこそはとねんしすくし給つゝうき世をもそむきやり給はす御方かたに まれにもうちほのめき給ふにつけてはまついとせきかたき涙の雨のみふりまさ れはいとわりなくていつかたにもおほつかなきさまにてすくし給后の宮はうち にまいらせ給て三宮をそさう〱しき御なくさめにはおはしまさせ給けるはゝ ののたまひしかはとてたいのおまへの紅梅はいとゝりわきてうしろみありき給 ふをいとあはれとみたてまつり給きさらきになれは花の木とものさかりなるも またしきもこすゑおかしうかすみわたれるにかの御かたみの紅梅に鴬のはなや かになきいてたれはたちいてゝ御覧す うへてみし花のあるしもなきやとにしらすかほにてきゐる鴬とうそふきあ りかせ給春ふかくなりゆくまゝにおまへのありさまいにしへにかはらぬをめて 給ふかたにはあらねとしつ心なくなに事につけてもむねいたうおほさるれは大 かたこの世のほかのやうにとりのねもきこえさらむ山のすゑゆかしうのみいと ゝなりまさり給山吹なとの心ちよけにさきみたれたるもうちつけに露けくのみ みなされ給ほかの花はひとへちりて八重さく花桜さかりすきてかはさくらはひ" }, { "vol": 41, "page": 1409, "text": "らけ藤はをくれて色つきなとこそはすめるをそのをそくとき花のこゝろをよく わきて色〱をつくしうへをき給しかは時をわすれすにほひみちたるにわか宮 まろか桜はさきにけりいかてひさしくちらさし木のめくりに帳をたてゝかたひ らをあけすは風もえ吹よらしとかしこう思ひえたりとおもひてのたまふかほの いとうつくしきにもうちゑまれ給ぬおほふはかりの袖もとめけん人よりはいと かしこうおほしより給へりしかしなとこの宮はかりをそもてあそひにみたてま つり給ふ君になれきこえんことものこりすくなしやいのちといふものいましは しかゝつらふへくともたいめんはえあらしかしとてれいのなみたくみ給へれは いとものしとおほしてはゝのゝたまひし事をまか〱しうのたまふとてふしめ になりて御その袖をひきまさくりなとしつゝまきらはしおはすゝみのまのかう らむにおしかゝりておまへの庭をもみすのうちをもみわたしてなかめ給ふ女房 なともかの御形見の色かへぬもありれいの色あひなるもあやなとはなやかには あらすみつからの御なをしも色はよのつねなれとことさらやつしてむもんをた てまつれり御しつらひなともいとおろそかに事そきてさひしく心ほそけにしめ" }, { "vol": 41, "page": 1410, "text": "やかなれは いまはとてあらしやはてんなき人の心とゝめし春のかきねを人やりならす かなしうおほさるゝいとつれ〱なれは入道の宮の御かたにわたり給にわか宮 も人にいたかれておはしましてこなたのわか君とはしりあそひ花おしみ給心は えともふかゝらすいといはけなし宮は仏のおまへにて経をそよみ給けるなには かりふかうおほしとれる御道心にもあらさりしかともこの世にうらめしく御心 みたるゝ事もおはせすのとやかなるまゝにまきれなくをこなひたまひてひとか たにおもひはなれ給へるもいとうらやましくかくあまへ給へる女の御心さしに たにをくれぬることゝくちおしうおほさるあかの花のゆふはへしていとおもし ろくみゆれは春に心よせたりし人なくて花の色もすさましくのみゝなさるゝを 仏の御かさりにてこそみるへかりけれとの給てたいのまへの山吹こそ猶世にみ えぬ花のさまなれふさのおほきさなとよしなたかくなとはをきてさりける花に やあらんはなやかにゝきはゝしきかたはいとおもしろき物になんありけるうへ し人なき春ともしらすかほにてつねよりもにほひかさねたるこそあはれに侍と" }, { "vol": 41, "page": 1411, "text": "の給御いらへに谷には春もとなに心もなくきこえ給をことしもこそあれ心うく もとおほさるゝにつけてもまつかやうのはかなきことにつけてはそのことのさ らてもありなむかしと思ふにたかふゝしなくてもやみにしかなといはけなかり し程よりの御ありさまをいてなに事そやありしとおほしいつるにはまつそのお りかのおりかと〱しうらうらうしう匂おほかりし心さまもてなしことの葉の み思ひつゝけられ給ふにれいの涙もろさはふとこほれいてぬるもいとくるしゆ ふくれの霞たと〱しくおかしきほとなれはやかてあかしの御かたにわたり給 へりひさしうさしものそき給はぬにおほえなきおりなれはうちおとろかるれと さまようけはひ心にくゝもてつけてなをこそ人にはまさりたれとみ給につけて はまたかうさまにはあらてかれはさまことにこそゆへよしをもゝてなし給へり しかとおほしくらへらるゝにもおもかけに恋しうかなしさのみまされはいかに してなくさむへき心そといとくらへくるしうこなたにてはのとやかにむかし物 かたりなとし給人をあはれと心とゝめむはいとわろかへきことゝいにしへより 思ひえてすへていかなるかたにもこの世にしふとまるへき事なく心つかひをせ" }, { "vol": 41, "page": 1412, "text": "しにおほかたの世につけて身のいたつらにはふれぬへかりし比ほひなとゝさま かうさまにおもひめくらしゝに命をもみつからすてつへく野山のすゑにはふら かさんにことなるさはりあるましくなむおもひなりしをすゑの世にいまはかき りの程ちかき身にてしもあるましきほたしおほうかゝつらひていまゝてすくし てけるか心よはうもゝとかしきことなとさしてひとつすちのかなしさにのみは の給はねとおほしたるさまのことはりに心くるしきをいとおしうみたてまつり て大方の人めになにはかりおしけなき人たに心の中のほたしをのつからおほう 侍なるをましていかてかは心やすくもおほしすてんさやうにあさへたる事はか へりてかる〱しきもとかしさなともたちいてゝなか〱なることなとはへる をおほしたつほとにふきやうに侍らんやつゐにすみはてさせ給かたふかうはへ らむとおもひやられ侍てこそいにしへのためしなとをきゝ侍につけても心にお とろかれおもふよりたかふゝしありて世をいとふついてになるとかそれは猶わ るき事とこそなをしはしおほしのとめさせ給て宮たちなともをとなひさせ給て まことにうこきなかるへき御ありさまにみたてまつりなさせ給はむまてはみた" }, { "vol": 41, "page": 1413, "text": "れなく侍らんこそ心やすくもうれしくも侍へけれなといとをとなひてきこえた るけしきいとめやすしさまておもひのとめむ心ふかさこそあさきにをとりぬへ けれなとの給てむかしより物をおもふことなとかたりいてたまふなかに故后の 宮のかくれ給へりし春なむ花の色をみてもまことに心あらはとおほえしそれは おほかたの世につけておかしかりし御ありさまをゝさなくよりみたてまつりし みてさるとちめのかなしさも人よりことにおほえしなりみつからとりわく心さ しにも物のあはれはよらぬわさなりとしへぬる人にをくれて心おさめむかたな くわすれかたきもたゝかゝるなかのかなしさのみにはあらすをさなき程よりお ほしたてしありさまもろともにおいぬるすゑの世にうちすてられてわか身も人 の身もおもひつゝけらるゝかなしさのたへかたきになんすへて物のあはれもゆ へある事もおかしきすちもひろうおもひめくらす方かた〱そふ事のあさから すなるになむありけるなと夜ふくるまてむかしいまの御物かたりにかくてもあ かしつへきよをとおほしなからかへり給を女も物あはれにおもふへしわか御心 にもあやしうもなりにける心のほとかなとおほしゝらるさても又れいの御をこ" }, { "vol": 41, "page": 1414, "text": "なひに夜なかになりてそひるのおましにいとかりそめによりふし給つとめて御 ふみたてまつり給に なく〱もかへりにしかなかりの世はいつこもついのとこよならぬによへ の御ありさまはうらめしけなりしかといとかくあらぬさまにおほしほれたる御 けしきの心くるしさに身のうへはさしをかれて涙くまれたまふ かりかゐしなはしろ水のたえしよりうつりし花のかけをたにみすふりかた くよしあるかきさまにもなまめさましき物におほしたりしをすゑの世にはかた みに心はせをみしるとちにてうしろやすきかたにはうちたのむへく思ひかはし 給ひなからまたさりとてひたふるにはたうちとけすゆへありてもてなしたまへ りし心おきてを人はさしもみしらさりきかしなとおほしいつせめてさう〱し き時はかやうにたゝおほかたにうちほのめき給おり〱もありむかしの御あり さまにはなこりなくなりにたるへし夏の御かたより御衣かへの御さうそくたて まつり給とて 夏衣たちかへてけるけふはかりふるき思ひもすゝみやはせぬ御返" }, { "vol": 41, "page": 1415, "text": "は衣のうすきにかはるけふよりはうつ蝉の世そいとゝかなしきまつりの日 いとつれ〱にてけふは物みるとて人〻心ちよけならむかしとてみやしろのあ りさまなとおほしやる女房なといかにさう〱しからむさとにしのひていてゝ みよかしなとの給中将の君のひんかしおもてにうたゝねしたるをあゆみをはし てみ給へはいとさゝやかにおかしきさましておきあかりたりつらつきはなやか ににほひたるかほをもてかくしてすこしふくたみたるかみのかゝりなとおかし けなりくれなゐのきはみたるけそひたるはかまくわんさういろのひとへいとこ きにひ色にくろきなとうるはしからすかさなりてもからきぬもぬきすへしたり けるをとかくひきかけなとするにあふひをかたはらにをきたりけるをよりてと り給ていかにとかやこのなこそわすれにけれとの給へは さもこそはよるへの水にみくさゐめけふのかさしよ名さへわするゝとはち らひてきこゆけにといとおしくて 大かたはおもひすてゝし世なれともあふひは猶やつみおかすへきなとひと りはかりをはおほしはなたぬけしきなりさみたれはいとゝなかめくらし給より" }, { "vol": 41, "page": 1416, "text": "ほかのことなくさう〱しきに十よ日の月はなやかにさしいてたる雲まのめつ らしきに大将の君おまへにさふらひ給花たちはなの月影にいときはやかにみゆ るかほりもをひ風なつかしけれは千世をならせるこゑもせなんとまたるゝ程に にはかにたちいつるむら雲のけしきいとあやにくにていとおとろ〱しうふり くる雨にそひてさとふく風にとうろもふきまとはしてそらくらき心ちするにま とをうつこゑなとめつらしからぬふることをうちすし給へるもおりからにやい もかかきねにをとなはせまほしき御声なりひとりすみはことにかはることなけ れとあやしうさう〱しくこそありけれふかき山すみせんにもかくて身をなら はしたらむはこよなう心すみぬへきわさなりけりなとの給て女房こゝにくた物 なとまいらせよおのこともめさんもこと〱しき程なりなとのたまふ心にはた ゝ空をなかめ給ふ御けしきのつきせす心くるしけれはかくのみおほしまきれす は御をこなひにも心すまし給はんことかたくやとみたてまつり給ほのかにみし 御おもかけたにわすれかたしましてことはりそかしと思ひゐ給へり昨日けふと おもひ給ふるほとに御はてもやう〱ちかうなり侍にけりいかやうにかおきて" }, { "vol": 41, "page": 1417, "text": "おほしめすらむと申たまへはなにはかりよのつねならぬ事をかはものせんかの 心さしをかれたるこくらくのまんたらなとこのたひなん供養すへき経なともあ またありけるをなにかしそうつみなその心くはしくきゝをきたなれは又くはへ てすへきことゝもゝかのそうつのいはむにしたかひてなむものすへきなとの給 かやうの事もとよりとりたてゝおほしおきてけるはうしろやすきわさなれとこ の世にはかりそめの御契なりけりとみ給にはかたみといふはかりとゝめきこえ 給へる人たにものし給はぬこそくちおしう侍れと申給へはそれはかりならすい のちなかき人〻にもさやうなる事のおほかたすくなかりけるみつからのくちお しさにこそゝこにこそはかとはひろけ給はめなとの給なに事につけてもしのひ かたき御心よはさのつゝましくてすきにしこといたうもの給いてぬにまたれつ る山ほとゝきすのほのかにうちなきたるもいかにしりてかときく人たゝならす なき人をしのふるよひのむら雨にぬれてやきつる山ほとゝきすとていとゝ そらをなかめ給ふ大将 ほとゝきす君につてなんふるさとのはなたち花はいまそさかりと女房なと" }, { "vol": 41, "page": 1418, "text": "おほくいひあつめたれとゝとめつ大将の君はやかて御殿ゐにさふらひ給さひし き御ひとりねの心くるしけれは時〻かやうにさふらひ給におはせし世はいとけ とをかりしおましのあたりのいたうもたちはなれぬなとにつけてもおもひ出ら るゝこともおほかりいとあつきころすゝしきかたにてなかめ給に池のはちすの さかりなるをみ給にいかにおほかるなとまつおほしいてらるゝにほれ〱しく てつく〱とおはするほとに日もくれにけり日くらしのこゑはなやかなるにお まへのなてしこのゆふはへをひとりのみゝ給ふはけにそかひなかりける つれ〱と我なきくらす夏の日をかことかましきむしのこゑ哉蛍のいとお ほうとひかふも夕殿にほたるとんてとれいのふることもかゝるすちにのみくち なれたまへり よるをしるほたるをみてもかなしきは時そともなきおもひなりけり七月七 日もれいにかはりたることおほく御あそひなともし給はてつれ〱になかめく らしたまひて星逢みる人もなしまた夜ふかうひと所おき給てつまとおしあけた まへるにせんさいの露いとしけくわたとのゝとよりとをりてみわたさるれはい" }, { "vol": 41, "page": 1419, "text": "て給て 七夕のあふせは雲のよそにみてわかれの庭に露そをきそふかせのをとさへ たゝならすなりゆくころしも御法事のいとなみにてついたちころはまきらはし けなりいまゝてへにける月日よとおほすにもあきれてあかしくらし給ふ御正日 にはかみしもの人〻みないもゐしてかのまんたらなとけふそ供養せさせ給れい のよひの御をこなひに御てうつなとまいらする中将の君のあふきに 君こふる涙はきはもなき物をけふをはなにのはてといふらんとかきつけた るをとりてみ給て 人こふる我身もすゑになりゆけとのこりおほかる涙なりけりとかきそへた まふ九月になりて九日わたおほひたる菊を御らんして もろともにおきゐし菊のしら露もひとりたもとにかゝる秋かな神無月には おほかたも時雨かちなる比いとゝなかめ給てゆふくれの空のけしきもえもいは ぬ心ほそさにふりしかとゝひとりこちおはす雲井をわたる雁のつはさもうらや ましくまほられ給ふ" }, { "vol": 41, "page": 1420, "text": "おほそらをかよふまほろし夢にたにみえこぬ玉のゆくゑたつねよなにこと につけてもまきれすのみ月日にそへておほさる五節なといひて世中そこはかと なくいまめかしけなるころ大将殿の君たちわらは殿上し給へるいてまいり給へ りおなし程にてふたりいとうつくしきさま也御おちの頭中将蔵人少将なとをみ にてあをすりのすかたともきよけにめやすくてみなうちつゝきもてかしつきつ ゝもろともにまいり給おもふ事なけなるさまともをみ給にいにしへあやしかり し日かけのおりさすかにおほしいてらるへし 宮人はとよのあかりといそくけふ日かけもしらてくらしつるかなことしを はかくてしのひすくしつれはいまはと世をさり給へきほとちかくおほしまうく るにあはれなる事つきせすやう〱さるへきことゝも御心の中におほしつゝけ てさふらふ人〻にもほと〱につけてもの給ひなとおとろ〱しくいまなんか きりとしなしたまはねとちかくさふらふ人〻は御ほいとけ給へきけしきとみた てまつるまゝにとしのくれゆくも心ほそくかなしきことかきりなしおちとまり てかたはなるへき人の御ふみともやれはおしとおほされけるにやすこしつゝの" }, { "vol": 41, "page": 1421, "text": "こし給へりけるをものゝついてに御覧しつけてやらせ給ひなとするにかのすま のころほひところ〱よりたてまつれ給けるもあるなかにかの御てなるはこと にゆひあはせてそありけるみつからしをき給ける事なれとひさしうなりける世 のことゝおほすにたゝいまのやうなるすみつきなとけに千とせの形見にしつへ かりけるをみすなりぬへきよとおほせはかひなくてうとからぬ人〻二三人はか りおまへにてやらせ給ふいとかゝらぬほとのことにてたにすきにし人のあとゝ みるはあはれなるをましていとゝかきくらしそれともみわかれぬまてふりおつ る御涙の水くきになかれそふを人もあまり心よはしとみたてまつるへきかかた はらいたうはしたなけれはおしやりたまひて しての山こえにし人をしたふとて跡をみつゝも猶まとふかなさふらふ人〻 もまほにはえひきひろけねとそれとほの〱みゆるに心まとひともをろかなら すこの世なからとをからぬ御わかれのほとをいみしとおほしけるまゝにかいた まへることのはけにそのをりよりもせきあへぬかなしさやらんかたなしいとう たていまひときはの御心まとひもめゝしく人わるくなりぬへけれはよくもみ給" }, { "vol": 41, "page": 1422, "text": "はてこまやかにかき給へるかたはらに かきつめてみるもかひなしもしほ草おなし雲井の煙とをなれとかきつけて みなやかせ給御仏名もことしはかりにこそはとおほせはにやつねよりもことに 尺定のこゑ〱なとあはれにおほさるゆくすゑなかきことをこひねかふもほと けのきゝ給はん事かたはらいたし雪いたうふりてまめやかにつもりにけり導師 のまかつるをおまへにめしてさか月なとつねのさほうよりもさしわかせ給てこ とにろくなとたまはすとしころひさしくまいりおほやけにもつかうまつりて御 覧しなれたる御導師の頭はやう〱色かはりてさふらふもあはれにおほさるれ いの宮たちかんたちめなとあまたまいり給へり梅の花のわつかにけしきはみは しめて雪にもてはやされたるほとおかしきを御あそひなともありぬへけれと猶 ことしまてはものゝねもむせひぬへき心ちし給へはときによりたる物うちすん しなとはかりそせさせ給まことや導師のさか月のついてに 春まての命もしらす雪のうちに色つく梅をけふかさしてん御返 千世の春みるへき花といのりをきてわか身そ雪とゝもにふりぬる人〻おほ" }, { "vol": 41, "page": 1423, "text": "くよみをきたれともらしつその日そいてたまへる御かたちむかしの御ひかりに も又おほくそひてありかたくめてたくみえ給をこのふりぬるよはひのそうはあ いなう涙もとゝめさりけりとしくれぬとおほすも心ほそきにわか宮のなやらは んにをとたかかるへきことなにわさをせさせんとはしりありき給もおかしき御 ありさまをみさらんことゝよろつにしのひかたし 物おもふとすくる月日もしらぬまに年もわか世もけふやつきぬるついたち のほとのことつねよりことなるへくとをきてさせ給みこたち大臣の御ひきいて 物しな〱のろくともなにとなうおほしまうけてとそ" }, { "vol": 42, "page": 1429, "text": "ひかりかくれ給にし後かの御影にたちつき給へき人そこらの御すゑすゑにあり かたかりけりおりゐの御門をかけたてまつらんはかたしけなしたうたいの三宮 そのおなしおとゝにておひいて給し宮のわか君と此二所なんとり〱にきよら なる御名とり給てけにいとなへてならぬ御有さまともなれといとまはゆきゝは にはおはせさるへしたゝよのつねの人さまにめてたくあてになまめかしくおは するをもとゝしてさる御なからひに人の思きこえたるもてなし有さまもいにし への御ひゝきけはひよりもやゝたちまさり給へるおほえからなむかたへはこよ なういつくしかりけるむらさきの上の御心よせことにはくゝみきこえ給し故三 宮は二条院におはします東宮をはさるやむことなき物にをきたてまつりたまて 御門きさきいみしうかなしうしたてまつりかしつきゝこえさせ給宮なれはうち すみをせさせたてまつり給へと猶心やすき古さとにすみよくし給なりけり御元 服し給ては兵部卿ときこゆ女一の宮は六条院南のまちのひんかしのたいを其世 の御しつらひあらためすおはしまして朝夕に恋忍ひきこえ給二宮もおなしおと ゝのしん殿を時〻の御やすみ所にし給て梅つほを御さうしにしたまふて右のお" }, { "vol": 42, "page": 1430, "text": "ほい殿の中ひめ君をえたてまつり給へりつきの坊かねにていとおほえことにを も〱しう人からもすくよかになん物し給けるおほい殿の御むすめはいとあま たものしたまふ大ひめ君は東宮にまいり給て又きしろふ人なきさまにてさふら ひ給ふそのつき〱なをみなつゐてのまゝにこそはと世の人も思きこえきさい の宮ものたまはすれと此兵部卿の宮はさしもおほしたらす我御心よりおこらさ らむ事なとはすさましくおほしぬへき御気色なめりおとゝもなにかはやうのも のとさのみうるはしうはとしつめ給へとまたさる御けしきあらむをはもてはな れてもあるましうおもむけていといたうかしつきゝこえ給六の君なんその比の すこし我はと思のほり給へるみこたち上達部の御心つくすくさはひにものし給 けるさま〱つとひ給へりし御方〱なく〱つゐにおはすへきすみかともに みなおの〱うつろひ給しに花ちるさとゝきこえしは東の院をそ御そうふむ所 にてわたり給にける入道の宮は三条宮におはしますいまきさきはうちにのみさ ふらひ給へは院のうちさひしく人すくなに成にけるを右のおとゝ人の上にてい にしへのためしをみ聞にもいけるかきりの世に心をとゝめてつくりしめたる人" }, { "vol": 42, "page": 1431, "text": "の家ゐのなこりなくうちすてられて世のなこりもつねなくみゆるはいとあはれ にはかなさしらるゝをわか世にあらんかきりたに此院あらさすほとりのおほち なと人かけかれはつましうとおほしのたまはせてうしとらのまちにかの一条の 宮をわたしたてまつり給てなむ三条殿と夜ことに十五日つゝうるはしうかよひ すみ給ける二条院とてつくりみかき六条の院の春のおとゝとて世にのゝしる玉 のうてなもたゝひとりの御末のため成けりとみえて明石の御方はあまたの宮た ちの御うしろみをしつゝあつかひきこえ給へりおほいとのはいつかたの御事を もむかしの御心をきてのまゝにあらためかはる事なくあまねきおや心につかう まつり給にもたいの上のかやうにてとまり給へらましかはいかはかり心をつく してつかうまつりみえたてまつらましつゐにいさゝかもとりわきて我心よせと みしり給へきふしもなくてすき給にし事をくちおしうあかすかなしう思出きこ え給あめのしたの人院を恋きこえぬなくとにかくにつけても世はたゝ火をけち たるやうになに事もはへなきなけきをせぬおりなかりけりまして殿のうちの人 〻御方〱宮たちなとはさらにもきこえすかきりなき御事をはさる物にて又か" }, { "vol": 42, "page": 1432, "text": "のむらさきの御有さまを心にしめつゝよろつの事につけて思出きこえ給はぬ時 のまなし春の花のさかりはけになかゝらぬにしもおほえまさる物となん二品宮 のわか君は院のきこえつけ給へりしまゝに冷泉院の御門とりわきておほしかし つき后の宮もみこたちなとおはせす心ほそうおほさるゝまゝにうれしき御うし ろみにまめやかにたのみきこえ給へり御元服なとも院にてせさせ給十四にて二 月に侍従になり給ふ秋右近中将に成て御たうはりのかゝいなとをさへいつこの 心もとなきにかいそきくはへておとなひさせ給おはしますおとゝちかきたいを さうしにしつらひなとみつから御覧しいれてわかき人もわらはしもつかへまて すくれたるをえりとゝのへ女の御きしきよりもまはゆくとゝのへさせ給へりう へにも宮にもさふらふ女房の中にもかたちよくあてやかにめやすきはみなうつ しわたさせ給つゝ院のうちを心につけて住よくありよく思へくとのみわさとか ましき御あつかひくさにおほされ給へり故ちしのおほい殿の女御ときこえし御 腹に女宮たゝ一所おはしけるをなむかきりなくかしつき給御ありさまにおとら すきさいの宮の御おほえのとし月にまさり給けはひにこそはなとかさしもとみ" }, { "vol": 42, "page": 1433, "text": "るまてなんはゝ宮は今はたゝ御をこなひをしつかにし給て月の御念仏年に二た ひの御八講おり〱のたうとき御いとなみはかりをし給てつれ〱におはしま せは此君の出入給ふをかへりておやのやうにたのもしき影におほしたれはいと あはれにて院にも内にもめしまとはし春宮もつき〱の宮達もなつかしき御あ そひかたきにてともなひ給へはいとまなくくるしくいかて身をわけてしかなと 覚給けるをさな心ちにほのきゝ給しことのおり〱いふかしうおほつかなう思 わたれと問へき人もなし宮にはことのけしきにてもしりけりとおほされんかた はらいたきすちなれはよとゝもの心にかけていかなりける事にかはなにの契に てかうやすからぬ思そひたるみにしもなりいてけんせんけうたいしの我身にと ひけんさとりをもえてしかなとそひとりこたれ給ひける おほつかな誰にとはましいかにしてはしめもはてもしらぬ我身そいらふへ き人もなしことにふれてわか身につゝかある心ちするもたゝならす物なけかし くのみ思めくらしつゝ宮もかくさかりの御かたちをやつし給てなにはかりの御 道心にてかにわかにおもむき給けんかくおもはすなりける事のみたれにかなら" }, { "vol": 42, "page": 1434, "text": "すうしとおほしなるふしありけん人もまさにもりいてしらしやは猶つゝむへき 事のきこえによりわれにはけしきをしらする人のなきなめりとおもふ明くれつ とめ給やうなめれとはかなくおほとき給へる女の御さとりのほとにはちすの露 もあきらかに玉とみかき給はんこともかたしいつゝのなにかしも猶うしろめた きをわれ此み心ちをおなしうは後の世をたにとおもふかのすき給ひけんもやす からぬ思にむすほゝれてやなとをしはかるに世をかへてもたいめむせまほしき 心つきて元服は物うかり給けれとすまひはてすをのつから世中にもてなされて まはゆきまてはなやかなる御身のかさりも心につかすのみ思しつまり給へり内 にもはゝ宮の御方さまの御心よせふかくていとあはれなる物におほされきさい の宮はたもとよりひとつおとゝにて宮たちももろともにおひいてあそひ給し御 もてなしをさ〱あらため給はす末にむまれ給て心くるしうおとなしうもえみ をかぬ事と院のおほしの給ひしを思出きこえ給つゝおろかならす思きこえ給へ り右のおとゝもわか御子ともの君たちよりも此君をはこまやかにやうことなく もてなしかしつきたてまつり給ふむかし光君ときこえしはさる又なき御おほえ" }, { "vol": 42, "page": 1435, "text": "なからそねみ給人うちそひはゝ方の御うしろみなくなと有しに御こゝろさま物 ふかく世中をおほしなたらめし程にならひなき御光をまはゆからすもてしつめ 給ひつゐにさるいみしき世のみたれもいてきぬへかりし事をもことなくすくし 給て後の世の御つとめもをくらかし給はすよろつさりけなくてひさしくのとけ き御心をきてにこそありしか此君はまたしきに世のおほえいとすきて思あかり たる事こよなくなとそものし給ふけにさるへくていとこの世の人とはつくりい てさりけるかりにやとれるかともみゆることそひ給へりかほかたちもそこはか といつこなむすくれたるあなきよらとみゆる所もなきかたゝいとなまめかしう はつかしけに心のおくおほかりけなるけはひの人にゝぬなりけり香のかうはし さそ此世のにほひならすあやしきまてうちふるまひ給へるあたり遠くへたゝる ほとのをい風にまことに百ふのほかもかほりぬへき心ちしけるたれもさはかり になりぬる御有さまのいとやつれはみたゝありなるやはあるへきさま〱に我 人にまさらんとつくろひよういすへかめるをかくかたはなるまてうちしのひた ちよらむものゝくまもしるきほのめきのかくれ有ましきにうるさかりてをさ" }, { "vol": 42, "page": 1436, "text": "〱とりもつけ給はねとあまたの御からひつにうつもれたる香のかともゝ此君 のはいふよしもなきにほひをくはへおまへの花の木もはかなく袖ふれ給ふむめ の香は春さめのしつくにもぬれ身にしむる人おほく秋の野にぬしなきふちはか まももとのかほりはかくれてなつかしきをひ風ことにおりなしからなむまさり けるかくいとあやしきまて人のとかむる香にしみ給へるを兵部卿の宮なんこと 事よりもいとましくおほしてそれはわさとよろつのすくれたるうつしをしめ給 ひ朝夕のことわさにあはせいとなみ御前のせんさいにも春は梅花そのをなかめ 給秋はよの人のめつる女郎花さをしかのつまにすめる萩の露にもをさ〱御心 うつし給はす老をわするゝ菊におとろへ行藤はかま物けなきわれもかうなとは いとすさましき霜かれのころをひまておほしすてすなとわさとめきて香にめつ る思をなんたてゝこのましうおはしけるかゝる程にすこしなよひやはらきてす いたる方にひかれ給へりと世の人は思きこえたりむかしの源氏はすへてかくた てゝその事とやうかはりしみ給へる方そなかりしかし源中将此宮にはつねにま いりつゝ御あそひなとにもきしろふ物のねをふきたてけにいとましくもわかき" }, { "vol": 42, "page": 1437, "text": "とち思かはし給ふつへき人さまになん例の世人はにほふ兵部卿かほる中将とき ゝにくゝいひつゝけてその比よきむすめおはするやうことなき所〻は心ときめ きにきこえこちなとし給もあれは宮はさま〱におかしうも有ぬへきわたりを はの給ひよりて人の御けはひありさまをもけしきとり給ふわさと御心につけて おほすかたはことになかりけり冷泉院の女一の宮をそさやうにてもみたてまつ らはやかひありなんかしとおほしたるはゝは女御もいとをもく心にくゝ物し給 あたりにてひめ宮の御けはひけにいと有かたくすくれてよそのきこえもおはし ますにましてすこしちかくもさふらひなれたる女房なとのくはしき御有さまの ことにふれてきこえつたふるなともあるにいとゝ忍ひかたくおほすへかめり中 将は世中をふかくあちきなき物に思すましたる心なれは中〱心とゝめて行は なれかたき思やのこらむなとおもふにわつらはしきおもひあらむあたりにかゝ つらはんはつゝましくなと思すて給さしあたりて心にしむへきことのなきほと さかしたつにや有けむ人のゆるしなからん事なとはまして思よるへくもあらす 十九になり給とし三位の宰相にて猶中将もはなれす御門きさきの御もてなしに" }, { "vol": 42, "page": 1438, "text": "たゝ人にてはゝはかりなきめてたき人のおほえにて物し給へと心の中には身を 思しるかたありて物あはれになともありけれは心にまかせてはやりかなるすき 事をさ〱このますよろつの事もてしつめつゝをのつからおよすけたる心さま を人にもしられ給へり三宮の年にそへて心をくたき給ふめる院のひめ宮の御あ たりをみるにもひとつ院の中にあけくれ立なれ給へはことにふれても人の有さ まをきゝみたてまつるにけにいとなへてならす心にくゝゆへ〱しき御もてな しかきりなきをおなしくはけにかやうなる人をみんにこそいけるかきりの心ゆ くへきつまなれと思なから大かたこそへたつる事なくおほしたれひめ宮の御方 さまのへたてはこよなくけ遠くならはさせ給もことはりにわつらはしけれはあ なかちにもましらひよらすもし心より外の心もつかは我も人もいとあしかるへ き事と思しりて物なれよる事もなかりけりわかゝく人にめてられんとなり給へ る有さまなれはゝかなくなけのこと葉をちらし給ふあたりもこよなくもてはな るゝ心なくなひきやすなるほとにをのつからなをさりのかよひ所もあまたにな るを人のためにことことしくなともてなさすいとよくまきらはしそこはかとな" }, { "vol": 42, "page": 1439, "text": "くなさけなからぬほとの中〱心やましきを思よれる人はいさなはれつゝ三条 の宮にまいりあつまるはあまたありつれなきをみるもくるしけなるわさなめれ と絶なんよりは心ほそきに思わひてさもあるましきゝはの人〱のはかなき契 にたのみをかけたるおほかりさすかにいとなつかしうみ所ある人の御有さまな れはみる人みな心にはからるゝやうにてみすくさる宮のおはしまさむよのかき りは朝夕に御めかれす御覧せられみえたてまつらんをたにとおもひの給へは右 のおとゝもあまた物し給御むすめたちをひとり〱はと心さし給なからえこと にいてたまはすさすかにゆかしけなきなからひなるをとは思なせと此君たちを おきて外にはなすらひなるへき人をもとめいつへき世かはとおほしわつらふや むことなきよりも内侍のすけ腹の六の君とかいとすくれておかしけに心はへな ともたらひておひいて給ふを世のおほえのおとしめさまなるへきしもかくあた らしきを心くるしうおほして一条の宮のさるあつかひくさもたまへらてさう 〱しきにむかへとりてたてまつり給へりわさとはなくてこの人〻にみせそめ てはかならす心とゝめ給てん人の有さまをもしる人はことにこそあるへけれな" }, { "vol": 42, "page": 1440, "text": "とおほしていといつくしくはもてなし給はすいまめかしくおかしきやうにもの このみせさせて人の心つけんたよりおほくつくりなし給ふのり弓のかへりある しのまうけ六条院にていと心ことにし給てみこをもおはしまさせんの心つかひ し給へりその日みこたちおとなにおはするはみなさふらひ給きさい腹のはいつ れともなくけたかくきよけにおはします中にも此兵部卿の宮はけにいとすくれ てこよなうみえ給ふ四のみこひたちの宮ときこゆる更衣腹のは思なしにやけは ひこよなうおとり給へり例の左あなかちにかちぬれいよりはとく事はてゝ大将 まかて給兵部卿宮ひたちの宮きさき腹の五の宮とひとつ車にまねきのせたてま つりてまかて給宰相中将はまけかたにてをとなくまかて給にけるをみこたちお はします御をくりにはまいり給ふましやとをしとゝめさせて御子の右衛門のか み権中納言右大弁なとさらぬ上達部あまたこれかれにのりましりいさなひたて ゝ六条院へおはす道のやゝ程ふるに雪いさゝかちりてえむなるたそかれ時也物 のねおかしきほとにふきたてあそひて入給ふをけにこゝをゝきていかならむ仏 の国にかはかやうのおりふしの心やり所をもとめむとみえたりしん殿の南のひ" }, { "vol": 42, "page": 1441, "text": "さしにつねのこと南むきに中少将つきわたり北向にむかひてゑかのみこたち上 達部の御座あり御かはらけなとはしまりて物おもしろく成行にもとめこまひて かよる袖とものうちかへすは風に御前ちかき梅のいといたくほころひこほれた るにほひのさとうちゝりわたれるに例の中将の御かほりのいとゝしくもてはや されていひしらすなまめかしはつかにのそく女房なともやみはあやなく心許な きほとなれと香にこそけに似たる物なかりけれとめてあへりおとゝもいとめて たしとみ給ふかたちようゐも常よりまさりてみたれぬさまにおさめたるをみて 右のすけもこゑくはへ給へやいたうまらうとたゝしやとのたまへはにくからぬ 程に神のますなと" }, { "vol": 43, "page": 1447, "text": "その比按察大納言ときこゆるは故致仕のおとゝの次郎なりうせ給にし右衛門督 のさしつきよわらはよりらう〱しうはなやかなる心はへものし給し人にて成 のほりたまふ年月にそへてまいていとよにあるかひありあらまほしうもてなし 御おほえいとやむことなかりける北の方ふたり物し給ひしをもとよりのはなく なり給ていまものし給は後のおほきおとゝの御むすめまきはしらはなれかたく したまひしきみを式部卿の宮にて故兵部卿のみこにあはせたてまつり給へりし を御子うせ給て後しのひつゝかよひ給しかと年月ふれはえさしもはゝかり給は ぬなめり御子はこ北のかたの御はらに二人のみそおはしけれはさう〱しとて 神仏にいのりていまの御はらにそおとこ君ひとりまうけ給へるこ宮の御かたに 女きみひとゝころおはすへたてわかすいつれをもおなしことおもひきこえかは し給へるををの〱御かたの人なとはうるはしうもあらぬこゝろはへうちまし りなまくね〱しきこともいてくる時〻あれと北の方いとはれ〱しくいまめ きたる人にてつみなくとりなし我御かたさまにくるしかるへきことをもなたら かにきゝなしおもひなをし給へはきゝにくからてめやすかりけり君たちおなし" }, { "vol": 43, "page": 1448, "text": "ほとにすき〱おとなひ給ぬれは御裳なときせたてまつり給七間のしむてんひ ろくおほきにつくりて南おもてに大納言殿おほいきみ西に中の君ひんかしに宮 の御かたとすませたてまつり給へりおほかたにうちおもふ程はちゝ宮のおはせ ぬ心くるしきやうなれとこなたかなたの御たから物おほくなとしてうち〱の きしきありさまなと心にくゝけたかくなともてなしてけはひあらまほしくおは すれいのかくかしつき給きこえありてつき〱にしたかひつゝきこえ給人おほ くうち春宮より御けしきあれと内には中宮おはしますいかはかりの人かはかの 御けはひにならひきこえむさりとておもひをとりひけせんもかひなかるへし春 宮には右大臣殿のならふ人なけにてさふらひ給はきしろひにくけれとさのみい ひてやは人にまさらむとおもふ女こを宮つかへにおもひたえてはなにのほいか はあらむとおほしたちてまいらせたてまつり給ふ十七八のほとにてうつくしう にほひおほかるかたちし給へり中の君もうちすかひてあてになまめかしうすみ たるさまはまさりてをかしうおはすめれはたゝ人にてはあたらしくみせまうき 御さまを兵部卿の宮のさもおほしたらはなとおほしたる此わか君をうちにてな" }, { "vol": 43, "page": 1449, "text": "とみつけ給ふ時はめしまとはしたはふれかたきにし給心はへありておくおしは からるゝまみひたいつき也せうとをみてのみはえやましと大納言に申せよなと の給かくるをさなむときこゆれはうちゑみていとかひありとおほしたり人にお とらむ宮つかひよりは此宮にこそはよろしからむをんなこはみせたてまつらま ほしけれ心ゆくにまかせてかしつきてみたてまつらんにいのちのひぬへき宮の 御さまなりとの給ひなからまつ春宮の御ことをいそき給てかすかのかみの御こ とはりも我よにやもしいてきて故おとゝの院の女御の御ことをむねいたくおほ してやみにしなくさめのこともあらなむとこゝろのうちにいのりてまいらせた てまつり給ついとゝきめき給よし人〻きこゆかゝる御ましらひのなれ給はぬほ とにはか〱しき御うしろみなくてはいかゝとて北のかたそひてさふらひ給は まことにかきりもなくおもひかしつきうしろみきこえ給殿はつれ〱なる心地 して西の御かたはひとつにならひ給ていとさう〱しくなかめ給ひんかしの姫 君もうと〱しくかたみにもてなし給はてよる〱はひとゝころに御とのこも りよろつの御ことならひはかなき御あそひわさをも此方を師のやうにおもひき" }, { "vol": 43, "page": 1450, "text": "こそてそ誰もならひあそひ給ける物はちを世のつねならすし給て母北のかたに たにさやかにはおさ〱さしむかひたてまつり給はすかたはなるまてもてなし 給物から心はへけはひのむもれたるさまならすあい行つき給へることはた人よ りすくれ給へりかくうちまいりやなにやと我かたさまをのみおもひいそくやう なるも心くるしなとおほしてさるへからむさまにおほしさためての給へおなし ことゝこそはつかうまつらめとはゝ君にもきこえ給けれとさらにさやうのよつ きたるさまおもひたつへきにもあらぬけしきなれは中〱ならむ事は心くるし かるへし御すくせにまかせてよにあらむかきりはみたてまつらむのちそ哀にう しろめたけれとよをそむくかたにてもをのつから人わらへにあはつけきことな くて過し給はなんなとうちなきて御心はせのおもふやうなることをそきこえ給 いつれもわかす親かり給へと御かたちをみはやとゆかしうおほしてかくれ給こ そ心うけれとうらみて人しれすみえたまひぬへしやとのそきありき給へとたえ てかたそはをたにえみたてまつり給はすうへおはせぬほとはたちかはりてまい りくへきをうと〱しくおほしわくる御けしきなれは心うくこそなときこえみ" }, { "vol": 43, "page": 1451, "text": "すのまへにゐ給へは御いらへなとほのかにきこえ給御こゑけはひなとあてにを かしうさまかたちおもひやられて哀におほゆる人の御ありさまなりわか御姫君 たちを人におとらしと思おこれと此君にえしもまさらすやあらむかゝれはこそ 世中のひろきうちはわつらはしけれたくひあらしと思にまさるかたもをのつか らありぬへかめりなといとゝいふかしう思きこえ給月比なにとなく物さはかし き程に御ことのねをたにうけたまはらてひさしう成はへりにけりにしのかたに 侍る人はひわをこゝろに入て侍るさもまねひとりつへくやおほえ侍らんなまか たほにしたるにきゝにくき物のねから也おなしくは御心とゝめてをしへさせ給 へおきなはとりたてゝならふ物侍らさりしかとそのかみさかりなりしよにあそ ひ侍しちからにやきゝしるはかりのわきまへはなにことにもいとつきなうはは へらさりしをうちとけてもあそはさねと時〻うけ給御ひはのねなむ昔おほえ侍 る故六条院の御つたへにて右のおとゝなんこの比よにのこり給へる源中納言兵 部卿の宮なに事にもむかしの人におとるましういと契ことに物し給人〻にてあ そひのかたはとりわきて心とゝめたまへるをてつかひすこしなよひたるはちを" }, { "vol": 43, "page": 1452, "text": "となとなんおとゝにはをよひ給はすと思ふ給ふるを此御ことのねこそいとよく おほえ給へれひはゝおしてしつやかなるをよきにする物なるにちうさすほとは ちをとのさまかはりてなまめかしうきこえたるをんなの御ことにて中〱をか しかりけるいてあそはさんや御ことまいれとの給女房なとはかくれたてまつる もおさ〱なしいとわかき上臘たつかみえたてまつらしと思はしも心にまかせ てゐたれはさふらふ人さへかくもてなすかやすからぬとはらたち給わか君うち へまいらむとゝのひすかたにてまいり給へるわさとうるはしきみつらよりもい とをかしくみえていみしうゝつくしとおほしたり麗景殿に御ことつけきこえ給 ゆつりきこえてこよひもえまいるましくなやましくなときこえよとの給てふえ すこしつかうまつれともすれは御前の御あそひにめしいてらるゝかたはらいた しやまたいとわかきふえをとうちゑみてそうてうふかせ給いとをかしうふい給 へはけしうはあらす成ゆくは此わたりにてをのつから物にあはするけなり猶か きあはせさせ給へとせめきこえ給へはくるしとおほしたるけしきなからつまひ きにいとよくあはせてたゝすこしかきならい給かはふえふつゝかになれたるこ" }, { "vol": 43, "page": 1453, "text": "ゑして此ひんかしのつまに軒ちかき紅梅のいとをもしろくにほひたるをみ給て おまへのはな心はへありてみゆめり兵部卿宮うちにおはすなりひとえたおりて まいれしる人そしるとてあはれひかる源氏といはゆる御さかりの大将なとにお はせし比わらはにてかやうにてましらひなれきこえしこそよとゝもに恋しう侍 れこの宮たちを世人もいとことにおもひきこえけに人にめてられんとなり給へ る御ありさまなれとはしかはしにもおほえ給はぬは猶たくひあらしとおもひき こえし心のなしにやありけんおほかたにて思いてたてまつるにむねあくよなく かなしきをけちかき人のおくれたてまつりていきめくらふはおほろけのいのち なかさなりかしとこそおほえはへれなときこえいてたまひて物あはれにすこく 思ひめくらしゝほれ給ついての忍かたきにや花おらせていそきまいらせ給ふい かゝはせんむかしの恋しき御かたみにはこの宮はかりこそはほとけのかくれた まひけむ御名こりにはあなんか光はなちけんをふたゝひいて給へるかとうたか ふさかしきひしりのありけるをやみにまとふはるけところにきこえをかさむか しとて" }, { "vol": 43, "page": 1454, "text": "こゝろありて風のにほはすそのゝ梅にまつ鴬のとはすやあるへきとくれな ひのかみにわかやきかきてこのきみのふところかみにとりませおしたゝみてい たしたてたまふをおさなきこゝろにいとなれきこえまほしとおもへはいそきま いりたまひぬ中宮のうへの御つほねより御とのゐところにいて給ほとなり殿上 人あまた御をくりにまいる中にみつけ給てきのふはなといとゝくはまかてにし いつまいりつるそなとの給ふとくまかて侍にしくやしさにまたうちにおはしま すと人の申つれはいそきまいりつるやとおさなけなるものからなれきこゆうち ならて心やすき所にも時〻はあそへかしわかき人とものそこはかとなくあつま る所そとの給ふこの君めしはなちてかたらひ給へは人〻はちかうもまいらすま かてちりなとしてしめやかに成ぬれは春宮にはいとますこしゆるされためりな いとしけうおほしまとはすめりしをときとられて人わろかめりとの給へはまつ はさせ給しこそくるしかりしかおまへにはしもときこえさしてゐたれは我をは 人けなしと思ひはなれたるとなことはり也されとやすからすこそふるめかしき おなしすちにてひんかしときこゆなるはあひ思ひ給てんやとしのひてかたらひ" }, { "vol": 43, "page": 1455, "text": "きこえよなとの給ついてにこの花をたてまつれはうちゑみてうらみて後ならま しかはとてうちもをかすこらむすえたのさま花ふさ色もかも世のつねならすそ のにゝほへるくれなゐのいろにとられて香なんしろきむめにはおとれるといふ めるをいとかしこくとりならへてもさきけるかなとて御心とゝめ給ふ花なれは かひありてもてはやし給こよひはとのゐなめりやかてこなたにをとめしこめつ れは春宮にもえまいらす花もはつかしくおもひぬへくかうはしくてけちかくふ せ給へるをわかき心地にはたくひなくうれしくなつかしうおもひきこゆ此花の あるしはなと春宮にはうつろひ給はさりししらす心しらむ人になとこそきゝ侍 しかなとかたりきこゆ大納言のみ心はへはわかゝたさまに思へかめれときゝあ はせ給へとおもふ心はことにしみぬれは此かへりことけさやかにもの給やらす つとめてこの君のまかつるになをさりなるやうにて 花のかにさそはれぬへき身なりせはかせのたよりをすくさましやはさて猶 いまはおきなともにさかしらせさせてしのひやかにとかへす〱の給てこのき みもひんかしのをはやんことなくむつましう思ましたりなか〱こと方のひめ" }, { "vol": 43, "page": 1456, "text": "君はみえ給なとしてれいのはらからのさまなれとわらは心地にいとおもりかに あらまほしうおはする心はへをかひあるさまにてみたてまつらはやとおもひあ りくに春宮の御かたのいと花やかにもてなし給につけておなしことゝは思なか らいとあかすくちおしけれは此宮をたにけちかくてみたてまつらはやとおもひ ありくにうれしき花のついてなりこれはきのふの御かへりなれはみせたてまつ るねたけにもの給へるかなあまりすきたる方にすゝみ給へるをゆるしきこえす ときゝ給て右のおとゝわれらかみたてまつるにはいと物まめやかに御心をさめ 給ふこそをかしけれあた人とせんにたらひ給へる御さまをしゐてまめたち給は んもみところすくなくやならましなとしりうこちてけふもまいらせ給ふに又 もとつかのにほへるきみか袖ふれは花もえならぬ名をやちらさむとすき 〱しやあなかしことまめやかにきこえたまへりまことにいひなさむとおもふ ところあるにやとさすかに御心ときめきし給て 花のかをにほはす宿にとめゆかは色にめつとや人のとかめんなと猶心とけ すいらへ給へるを心やましとおもひゐ給へり北のかたまかてたまひてうちわた" }, { "vol": 43, "page": 1457, "text": "りのことの給ふついてにわか君の一夜とのひしてまかりいてたりしにほひのい とをかしかりしを人はなをとおもひしを宮のいとおもほしよりて兵部卿のみや にちかつきゝこえにけりむへ我をはすさめたりとけしきとりえんし給へりしか こゝに御せうそこやありしさもみえさりしをとの給へはさかし梅の花めて給ふ きみなれはあなたのつまの紅梅いとさかりにみえしをたゝならておりてたてま つれたりしなりうつり香はけにこそ心ことなれはれましらひし給はんをんなな とはさはえしめぬかな源中納言はかうさまにこのましうはたきにほはさて人か らこそよになけれあやしうさきの世の契いかなりけるむくひにかとゆかしきこ とにこそあれおなしはなの名なれと梅はおひいてけむねこそ哀なれ此宮なとの めて給ふさることそかしなと花によそへてもまつかけきこえ給ふ宮の御かたは 物おほししるほとにねひまさり給へれはなにこともみしりきゝとゝめ給はぬに はあらねと人にみえよつきたらむありさまはさらにとおほしはなれたりよの人 も時による心ありてにやさしむかひたる御かた〱には心をつくしきこえわひ いまめかしきことおほかれと此方はよろつにつけ物しめやかにひき入給へるを" }, { "vol": 43, "page": 1458, "text": "宮は御ふさひのかたにきゝつたへたまひてふかういかてとおもほしなりにけり わかきみをつねにまつはしよせ給つゝしのひやかに御文あれと大納言の君ふか く心かけきこえ給てさも思たちての給ことあらはとけしきとり心まうけし給を みるにいとをしうひきたかへてかう思よるへうもあらぬ方にしもなけのことの 葉をつくし給ふかひなけなることゝ北方もおほしの給ふはかなき御返りなとも なけれはまけしの御心そひておもほしやむへくもあらすなにかは人の御ありさ まなとかはさてもみたてまつらまほしうおひさき遠くなとはみえさせ給になと 北方おもほしよる時〱あれといといたう色めき給てかよひ給ふしのひ所おほ く八の宮の姫君にも御心さしのあさからていとしけうまうてありき給たのもし けなき御心のあた〱しさなともいとゝつゝましけれはまめやかにはおもほし たえたるをかたしけなきはかりに忍てはゝ君そたまさかにさかしらかりきこえ 給ふ" }, { "vol": 44, "page": 1463, "text": "これは源氏の御そうにもはなれ給へりしのちのおほとのわたりにありけるわる こたちのおちとまりのこれるかとはすかたりしをきたるはむらさきのゆかりに もにさめれとかの女とものいひけるは源氏の御すゑ〱にひか事とものましり てきこゆるは我よりもとしのかすつもりほけたりける人のひかことにやなとあ やしかりけるいつれかはまことならむ内侍のかみの御はらにことのゝ御子はお とこ三人女二人なむおはしけるをさま〱にかしつきたてむことをおほしをき てゝとし月のすくるも心もとなかりたまひしほとにあえなくうせ給にしかはゆ めのやうにていつしかといそきおほしゝ御宮つかへもをこたりぬ人の心時にの みよるわさなりけれはさはかりいきおひいかめしくおはせしおとゝの御なこり うち〱の御たから物らうし給所〻のなとそのかたのおとろへはなけれと大か たのありさまひきかへたるやうにとのゝうちしめやかになりゆくかんの君の御 ちかきゆかりそこらこそはよにひろこりたまへと中〱やむことなき御なから ひのもとよりもしたしからさりしにことのなさけすこしおくれむら〱しさす き給へりける御本上にて心をかれ給こともありけるゆかりにやたれにもえなつ" }, { "vol": 44, "page": 1464, "text": "かしくきこえかよひたまはす六条院にはすへてなをむかしにかはらすかすまへ きこえ給てうせたまひなむのちのことゝもかきをき給へる御そうふんのふみと もにも中宮の御つきにくはへたてまつりたまへれは右大殿なとは中〱その心 ありてさるへきおり〱をとつれきこえ給おとこ君たちは御けんふくなとして をの〱をとなひたまひにしかは殿のおはせてのち心もとなくあはれなること もあれとをのつからなりいて給ひぬへかめりひめ君たちをいかにもてなしたて まつらむとおほしみたる内にもかならすみやつかへのほいふかきよしをおとゝ のそうしをき給けれはをとなひ給ぬらむとし月をおしはからせ給ておほせこと たえすあれと中宮のいよ〱ならひなくのみなりまさり給御けはひにおされて みな人むとくにものし給ふめるすゑにまいりてはるかにめをそはめられたてま つらむもわつらはしく又人にをとりかすならぬさまにてみむはた心つくしなる へきをおもほしたゆたふれせい院よりはいとねんころにおほしのたまはせてか んの君のむかしほひなくてすくしたまふしつらさをさへとりかへしうらみきこ え給ふていまはまいてさたすきすさましきありさまに思ひすてたまふともうし" }, { "vol": 44, "page": 1465, "text": "ろやすきおやになすらへてゆつり給へといとまめやかにきこえ給けれはいかゝ はあるへきことならむみつからのいとくちおしきすくせにて思ひのほかに心つ きなしとおほされにしかはつかしうかたしけなきをこの世のすゑにや御らんし なをされましなとさためかね給かたちいとようおはするきこえありて心かけ申 給人おほかり右大殿のくら人の少将とかいひしは三条とのゝ御はらにてあに君 たちよりもひきこしいみしうかしつき給人からもいとおかしかりし君いとねん ころに申給いつかたにつけてもゝてはなれ給はぬ御なからひなれはこの君たち のむつひまいり給なとするはけとをくもてなしたまはす女房にもけちかくなれ よりつゝ思事をかたらふにもたよりありてよるひるあたりさらぬみゝかしかま しさをうるさきものゝ心くるしきにかむのとのもおほしたりはゝ北の方の御ふ みもしは〱たてまつり給ていとかろひたるほとに侍めれとおほしゆるすかた もやとなむおとゝもきこえ給けるひめ君をはさらにたゝのさまにもおほしをき て給はす中の君をなむいますこし世のきこえかろ〱しからぬほとになすらひ ならはさもやとおほしけるゆるし給はすはぬすみもとりつへくむくつけきまて" }, { "vol": 44, "page": 1466, "text": "おもへりこよなき事とはおほさねと女かたの心ゆるし給はぬことのまきれある はをときゝもあはつけきわさなれはきこえつく人をもあなかしこあやまちひき いつなゝとの給にくたされてなむわつらはしかりける六条の院の御すゑにしゆ しやく院の宮の御はらにむまれ給へりし君れせい院に御子のやうにおほしかし つく四位の侍従そのころ十四五はかりにていときひわにおさなかるへきほとよ りは心をきておとな〱しくめやすく人にまさりたるおいさきしるくものし給 をかむの君はむこにてもみまほしくおほしたりこの殿はかの三条の宮といとち かきほとなれはさるへきおり〱のあそひ所にはきむたちにひかれてみえ給と き〱あり心にくき女のおはするところなれはわかきおとこの心つかひせぬな うみえしらひさまようなかにかたちのよさはこのたちさらぬ蔵人少将なつかし く心はつかしけになまめいたるかたはこの四位侍従の御ありさまにゝる人そな かりける六条の院の御けはひちかうと思なすか心ことなるにやあらむ世のなか にをのつからもてかしつかれ給へる人わかき人〻心ことにめてあへりかむの殿 もけにこそめやすけれなとのたまひてなつかしう物きこえ給なとす院の御心は" }, { "vol": 44, "page": 1467, "text": "へを思いてきこえてなくさむよなういみしうのみおもほゆるをその御かたみに もたれをかはみたてまつらむ右のおとゝはこと〱しき御ほとにてついてなき たいめんもかたきをなとのたまひてはらからのつらにおもひきこえ給へれはか のきみもさるへき所に思ひてまいりたまふよのつねのすき〱しさもみえすい といたうしつまりたるをそこゝかしこのわかき人ともくちおしうさう〱しき 事におもひていひなやましけるむ月のついたちころかむの君の御はらからの大 納言たかさこうたひしよ藤中納言故大殿の太らうまきはしらのひとつはらなと まいり給へり右のおとゝも御子とも六人なからひきつれておはしたり御かたち よりはしめてあかぬ事なくみゆる人の御ありさまおほえなり君たちもさま〱 いときよけにてとしのほとよりはつかさくらゐすきつゝなにこと思ふらんとみ えたるへしよとゝもに蔵人の君はかしつかれたるさまことなれとうちしめりて 思ふことありかほなりおとゝは御木丁へたてゝむかしにかはらす御ものかたり きこえ給そのことゝなくてしはしはもえうけたまはらすとしのかすそふまゝに 内にまいるよりほかのありきうゐ〱しうなりにて侍れはいにしへの御物かた" }, { "vol": 44, "page": 1468, "text": "りもきこえまほしきおり〱おほくすくし侍をなむわかきおのこともはさるへ きことにはめしつかはせ給へかならすその心さし御らむせられよといましめ侍 りなときこえ給いまはかく世にふるかすにもあらぬやうになりゆくありさまを おほしかすまふるになむすきにし御事もいとゝわすれかたく思たまへられける と申給けるついてに院よりの給はすることほのめかしきこえ給はか〱しうう しろみなき人のましらひは中〱みくるしきをとおもひたまへなむわつらふと 申給へは内におほせらるゝことあるやうにうけたまはりしをいつかたにおもほ しさたむへき事にか院はけに御くらゐをさらせ給へるにこそさかりすきたる心 ちすれと世にありかたき御ありさまはふりかたくのみおはしますめるをよろし うおいゝつる女こ侍らましかは思ひたまへよりなからはつかしけなる御中にま しらふへき物の侍らてなんくちおしうおもひたまへらるゝそも〱女一の宮の 女御はゆるしきこえ給やさき〱の人さやうのはゝかりによりとゝこほる事も 侍りかしと申たまへは女御なんつれ〱にのとかになりにたるありさまもおな し心にうしろみてなくさめまほしきをなとかのすゝめ給につけていかゝなとた" }, { "vol": 44, "page": 1469, "text": "におもひ給へよるになんときこえ給これかれこゝにあつまり給て三条の宮にま いり給しゆしやく院のふるき心ものし給人〻六条院のかたさまのもかた〱に つけて猶かの入道の宮をはえよきすまいり給なめりこのとのゝ左近中将右中弁 侍従の君なともやかておとゝの御ともにいてたまひぬひきつれ給へるいきをひ ことなりゆふつけて四位侍従まいり給へりそこらおとなしきわかきんたちもあ またさま〱にいつれかはわろひたりつるみなめやすかりつる中にたちをくれ てこの君のたちいてたまへるいとこよなくめとまる心ちしてれいの物めてする わかき人たちはなをことなりけりなといふこのとのゝひめ君の御かたはらには これをこそさしならへてみめときゝにくくいふけにいとわかうなまめかしきさ ましてうちふるまひ給へるにほひかなとよのつねならすひめ君ときこゆれと心 おはせむ人はけに人よりはまさるなめりとみしり給らむかしとそおほゆるかむ の殿御ねんすたうにおはしてこなたにとのたまへれはひんかしのはしよりのほ りてとくちのみすのまへにゐ給へりおまへちかきわかきのむめ心もとなくつほ みてうくひすのはつこゑもいとおほとかなるにいとすかせたてまほしきさまの" }, { "vol": 44, "page": 1470, "text": "したまへれは人〻はかなき事をいふにことすくなに心にくきほとなるをねたか りて宰相の君ときこゆる上らうのよみかけたまふ おりてみはいとゝ匂もまさるやとすこし色めけ梅のはつ花くちはやしとき ゝて よそにてはもきゝなりとやさたむらんしたにゝほへる梅のはつ花さらは袖 ふれてみ給へなといひすさふにまことは色よりもとくち〱ひきもうこかしつ へくさまよふかむの君おくのかたよりゐさりいて給てうたてのこたちやはつか しけなるまめ人をさへよくこそおもなけれとしのひてのたまふなりまめ人とこ そつけられたりけれいとくんしたる名かなと思ゐたまへりあるしの侍従てん上 なともまたせねは所〻もありかておはしあひたりせむかうのおしきふたつはか りしてくた物さかつきはかりさしいてたまへりおとゝはねひまさりたまふまゝ にこ院にいとようこそおほえたてまつり給へれこの君はに給へる所もみえ給は ぬをけはひのいとしめやかになまめひたるもてなしゝもそかの御わかさかり思 ひやらるゝかうさまにそおはしけんかしなと思いてられ給てうちしほれ給なこ" }, { "vol": 44, "page": 1471, "text": "りさへとまりたるかうはしさを人〻はめてくつかへる侍従の君まめ人の名をう れたしと思ひけれは廿よ日のころむめの花さかりなるにゝほひすくなけにとり なされしすき物ならはむかしとおほして藤侍従の御もとにおはしたり中門いり 給ほとにおなしなをしすかたなる人たてりけりかくれなむと思ひけるをひきと ゝめたれはこのつねにたちわつらふ少将なりけりしん殿のにしおもてにひはさ うのことのこゑするに心をまとはしてたてるなめりくるしけや人のゆるさぬ事 思はしめむはつみふかゝるへきわさかなとおもふことのこゑもやみぬれはいさ しるへし給へまろはいとたと〱しとてひきつれてにしのわたとのゝまへなる こうはいの木のもとにむめかえをうそふきてたちよるけはいの花よりもしるく さとうちにほへれはつまとおしあけて人〻あつまをいとよくかきあはせたり女 のことにてりよのうたはかうしもあはせぬをいたしとおもひていまひとかへり おりかへしうたふひはもになくいまめかしゆへありてもてなひたまへるあたり そかしと心とまりぬれはこよひはすこしうちとけてはかなしことなともいふう ちよりわこんさしいてたりかたみにゆつりてゝふれぬに侍従の君してかむのと" }, { "vol": 44, "page": 1472, "text": "のこちしのおとゝの御つまをとになむかよひたまへるときゝわたるをまめやか にゆかしうなんこよひはなをうくひすにもさそはれたまへとのたまひいたした れはあまへてつめくふへき事にもあらぬをと思ひておさ〱心にもいらすかき わたし給へるけしきいとひゝきおほくきこゆつねにみたてまつりむつひさりし おやなれと世におはせすなりにきと思ふにいと心ほそきにはかなき事のついて にもおもひいてたてまつるにいとなんあはれなるおほかたこの君はあやしうこ 大納言の御ありさまにいとようおほえことのねなとたゝそれとこそおほえつれ とてなき給もふるめい給しるしのなみたもろさにや少将もこゑいとおもしろう てさきくさうたふさかしら心つきてうちすくしたる人もましらねはをのつから かたみにもよをされてあそひたまふにあるしの侍従はこおとゝににたてまつり 給へるにやかやうのかたはをくれてさかつきをのみすゝむれはことふきをたに せんやとはつかしめられて竹かはをおなしこゑにいたしてまたわかけれとおか しうゝたふすのうちよりかはらけさしいつゑひのすすみてはしのふる事もつゝ まれすひかことするわさとこそきゝ侍れいかにもてなひ給そととみにうけひか" }, { "vol": 44, "page": 1473, "text": "すこうちきかさなりたるほそなかの人かなつかしうしみたるをとりあへたるま ゝにかつけ給なにそもそなとさうときて侍従はあるしの君にうちかつけていぬ ひきとゝめてかつくれとみつむまやにて夜ふけにけりとてにけにけり少将はこ の源侍従の君のかうほのめきよるめれはみな人これにこそ心よせたまふらめわ かみはいとゝくむしいたく思よはりてあちきなうそうらむる 人はみな花に心をうつすらむひとりそまとふ春の夜のやみうちなけきてた てはうちの人のかへし おりからやあはれもしらむ梅の花たゝかはかりにうつりしもせしあしたに 四位の侍従のもとよりあるしの侍従のもとに夜部はいとみたりかはしかりしを 人〻いかにみ給けんとみ給へとおほしうかなかちにかきて 竹かはのはしうちいてし一ふしにふかき心のそこはしりきやとかきたりし む殿にもてまいりてこれかれみたまふてなともいとおかしうもあるかないかな る人いまよりかくとゝのひたらむおさなくて院にもをくれたてまつりはゝ宮の しとけなうおほしたてたまへれと猶人にはまさるへきにこそはあめれとてかん" }, { "vol": 44, "page": 1474, "text": "の君はこの君たちのてなとあしきことをはつかしめ給返事けにいとわかく夜部 はみつむまやをなんとかめきこゆめりし 竹河に夜をふかさしといそきしもいかなるふしをおもひをかましけにこの ふしをはしめにてこの君の御さうしにおはしてけしきはみよる少将のおしはか りしもしるくみな人心よせたり侍従の君もわかき心ちにちかきゆかりにてあけ くれむつひまほしう思ひけりやよひになりてさくさくらあれはちりかひくもり おほかたのさかりなるころのとやかにおはする所はまきるゝことなくはしちか なるつみもあるましかめりそのころ十八九のほとやおはしけむ御かたちも心は へもとり〱にそおかしきひめ君はいとあさやかにけたかういまめかしきさま し給てけにたゝ人にてみたてまつらむはにけなうそみえ給さくらのほそなか山 吹なとのおりにあひたる色あひのなつかしきほとにかさなりたるすそまてあひ きやうのこほれおちたるやうにみゆる御もてなしなともらう〱しく心はつか しきけさへそひたまへりいま一所はうすこうはいにさくら色にてやなきのいと のやうにたを〱とたゆみいとそひやかになまめかしうすみたるさましておも" }, { "vol": 44, "page": 1475, "text": "りかに心ふかきけはひはまさり給へれとにほひやかなるけはひはこよなしとそ 人おもへる五うちたまふとてさしむかひ給へるかむさし御くしのかゝりたるさ まともいとみところあり侍従のきみけんそし給とてちかうさふらひ給にあに君 たちさしのそき給て侍従のおほえこよなうなりにけり御五のけんそゆるされに けるをやとておとな〱しきさましてつゐゐ給へはおまへなる人〻とかうゐな をる中将宮仕のいそかしうなり侍ほとに人にをとりにたるはいとほいなきわさ かなとうれへ給へは弁官はまいてわたくしの宮つかへをこたりぬへきまゝにさ のみやはおほしすてんなと申給五うちさしてはちらいておはさうするいとおか しけなり内わたりなとまかりありきてもことのおはしまさましかはと思たまへ らるゝことおほくこそなと涙くみてみたてまつりたまふ廿七八の程に物し給へ はいとよくとゝのひてこの御ありさまともをいかていにしへおほしをきてしに たかへすもかなとおもひゐ給へりおまへの花の木ともの中にもにほひまさりて おかしきさくらをおらせてほかのにはにすこそなともてあそひ給をおさなくお はしましゝ時この花はわかそ〱とあらそひ給しをことのはひめ君の御はなそ" }, { "vol": 44, "page": 1476, "text": "とさため給うへはわか君の御木とさため給しをいとさはなきのゝしらねとやす からす思たまへられしはやとてこのさくらの老木になりにけるにつけてもすき にけるよはひを思たまへいつれはあまたの人にをくれ侍にける身のうれへもと めかたうこそなとなきみわらひみきこえ給てれいよりはのとやかにおはす人の むこになりて心しつかにもいまはみえ給はぬを花に心とゝめてものし給かんの 君かくおとなしき人のおやになり給御としのほと思よりはいとわかうきよけに 猶さかりの御かたちとみえ給へりれせい院のみかとはおほくはこの御ありさま の猶ゆかしうむかし恋しうおほしいてられけれはなにゝつけてかはとおほしめ くらしてひめ君の御ことをあなかちにきこえ給にそありける院へまいり給はん ことはこの君たちそなをものゝはへなき心ちこそすへけれよろつのこと時につ けたるをこそ世人もゆるすめれけにいとみたてまつらまほしき御ありさまはこ の世にたくひなくおはしますめれとさかりならぬ心ちそするやことふえのしら へ花とりの色をもねをも時にしたかひてこそ人のみゝもとまる物なれ春宮はい かゝなと申給へはいさやはしめよりやむことなき人のかたはらもなきやうにて" }, { "vol": 44, "page": 1477, "text": "のみものし給めれはこそ中〱にてましらはむはむねいたく人わらへなること もやあらむとつゝましけれはとのおはせましかはゆくすゑの御すくせ〱はし らすたゝいまはかひあるさまにもてなし給てましをなとのたまひいてゝみなも のあはれなり中将なとたちたまひてのち君たちはうちさしたまへる五うち給む かしよりあらそひ給さくらをかけ物にて三はむにかす一かちたまはむかたには 猶花をよせてんとたはふれかはしきこえ給くらうなれはゝしちかうてうちはて たまふみすまきあけて人〻みないとみねんしきこゆおりしもれいの少将侍従の 君の御さうしにきたりけるをうちつれていて給にけれはおほかた人すくなゝる にらうのとのあきたるにやをらよりてのそきけりかうゝれしきおりをみつけた るはほとけなとのあらはれたまへらんにまいりあひたらむ心ちするもはかなき 心になんゆふくれのかすみのまきれはさやかならねとつく〱とみれはさくら いろのあやめもそれとみわきつけにちりなむのちのかたみにもみまほしくにほ ひおほくみえ給をいとゝことさまになり給なんことわひしく思ひまさらるわか き人〻のうちとけたるすかたともゆふはへおかしうみゆ右かたせ給ぬこまのら" }, { "vol": 44, "page": 1478, "text": "さうをそしやなとはやりかにいふもあり右に心をよせたてまつりてにしのおま へによりて侍木を左になしてとしころの御あらそひのかゝれはありつるそかし と右かたは心地よけにはけましきこゆなにことゝしらねとおかしとききてさし いらへもせまほしけれとうちとけ給へるおり心ちなくやはと思ひていてゝゐぬ 又かゝるまきれもやとかけにそひてそうかゝいありきける君たちはゝなのあら そひをしつゝあかしくらし給に風あらゝかに吹たるゆふつかたみたれおつるか いとくちおしうあたらしけれはまけかたのひめ君 桜ゆへ風に心のさはくかなおもひくまなき花とみる〱御かたの宰相のき み さくとみてかつはちりぬる花なれはまくるをふかきうらみともせすときこ えたすくれは右のひめ君 風にちることはよのつね枝なからうつろふ花をたゝにしもみしこの御かた の大輔のきみ 心ありて池のみきはにおつる花あわとなりても我かたによれかちかたのわ" }, { "vol": 44, "page": 1479, "text": "らはへおりて花のしたにありきてちりたるをいとおほくひろいてもてまいれり 大空の風にちれともさくら花をのか物とそかきつめてみる左のなれき 桜花にほひあまたにちらさしとおほふはかりの袖はありやは心せはけにこ そみゆめれなといひおとすかくいふに月日はかなくすくすもゆくすゑのうしろ めたきをかんの殿はよろつにおほす院よりは御せうそこ日〻にあり女御うとう としうおほしへたつるにやうへはこゝにきこえうとむるなめりといとにくけに おほしの給へはたはふれにもくるしうなんおなしくはこのころのほとにおほし たちねなといとまめやかにきこえ給さるへきにこそはおはすらめいとかうあや にくにの給もかたしけなしなとおほしたり御てうとなとはそこらしをかせ給へ れは人〻のさうそくなにくれのはかなき事をそいそき給これをきくに蔵人の少 将はしぬはかり思ひてはゝきたの方をせめたてまつれはきゝわつらひ給ひてい とかたはらいたき事につけてほのめかしきこゆるもよにかたくなしきやみのま とひになむおほしゝるかたもあらはおしはかりて猶なくさめさせ給へなといと おしけにきこえ給をくるしうもあるかなとうちなけきたまひていかなる事と思" }, { "vol": 44, "page": 1480, "text": "たまへさたむへきやうもなきを院よりわりなくの給はするにおもふたまへみた れてなんまめやかなる御心ならはこの程をおほしゝつめてなくさめきこえんさ まをもみ給てなん世のきこえもなたらかならむなと申給もこの御まいりすくし て中の君をとおほすなるへしさしあはせてはうたてしたりかほならむまたくら ゐなともあさへたる程をなとおほすにおとこはさらにしか思ひうつるへくもあ らすほのかにみたてまつりてのちはおもかけに恋しういかならむおりにとのみ おほゆるにかうたのみかゝらすなりぬるを思ひなけき給事かきりなしかひなき 事もいはむとてれいの侍従のさうしにきたれは源侍従のふみをそみゐ給へりけ るひきかくすをさなめりとみてうはひとりつことありかほにやと思ひていたう もかくさすそこはかとなくたゝ世をうらめしけにかすめたり つれなくてすくる月日をかそへつゝ物うらめしきくれの春かな人はかうこ そのとやかにさまよくねたけなめれわかいと人わらはれなる心いられをかたへ はめなれてあなつりそめられにたるなと思ふもむねいたけれはことに物もいは れてれいかたらふ中将のおもとのさうしのかたにゆくもれいのかひあらしかし" }, { "vol": 44, "page": 1481, "text": "となけきかちなり侍従の君はこの返事せむとてうへにまいり給をみるにいとは らたゝしうやすからすわかき心ちにはひとへに物そおほえけるあさましきまて うらみなけゝはこのまへ申も余たはふれにくゝいとおしと思ひていらへもおさ おさせすかの御五のけんそせしゆふくれのこともいひいてゝさはかりのゆめを たにまたみてしかなあはれなにをたのみにていきたらむかうきこゆることもの こりすくなうおほゆれはつらきもあはれといふ事こそまことなりけれといとま めたちていふあはれといひやるへきかたなきことなりかのなくさめ給らん御さ ま露はかりうれしとおもふへきけしきもなけれはけにかの夕くれのけんそうな りけんにいとゝかうあやにくなる心はそひたるならんとことはりに思ひてきこ しめさせたらはいとゝいかにけしからぬ御心なりけりとうとみきこえたまはむ 心くるしと思きこえつる心もうせぬいとうしろめたき御心なりけりとむかひ火 つくれはいてやさはれやいまはかきりの身なれは物おそろしくもあらすなりに たりさてもまけたまひしこそいと〱おしかりしかをいらかにめしいれてやは めくはせたてまつらましかはこよなからまし物をなといひて" }, { "vol": 44, "page": 1482, "text": "いてやなそ数ならぬ身にかなはぬは人にまけしの心なりけり中将うちわら いて わりなしやつよきによらむかちまけを心ひとつにいかゝまかするといらふ るさへそつらかりける あはれとて手をゆるせかしいきしにを君にまかする我身とならはなきみわ らいみかたらいあかす又の日はう月になりにけれはゝらからの君たちのうちに まいりさまよふにいたうくんしいりてなかめゐたまへれははゝ北のかたはなみ たくみておはすおとゝも院のきこしめす所もあるへしなにゝかはおほな〱き ゝいれむと思ひてくやしうたいめんのついてにもうちいてきこえすなりにし身 つからあなかちに申さましかはさりともえたかへ給はさらましなとのたまふさ てれいの 花をみて春はくらしつけふよりやしけきなけきのしたにまとはむときこえ たまへりおまへにてこれかれ上らうたつ人〻この御けさうひとのさま〱にい とおしけなるをきこえしらするなかに中将のおもといきしにをといひしさまの" }, { "vol": 44, "page": 1483, "text": "ことにのみはあらす心くるしけなりしなときこゆれはかむの君もいとおしとき ゝ給おとゝ北の方のおほす所によりせめて人の御うらみふかくはとゝりかへあ りておほすこの御まいりをさまたけやうに思ふらんはしもめさましきことかき りなきにてもたゝ人にはかけてあるましき物にことのゝおほしをきてたりし物 を院にまいり給はむたにゆくすゑのはへ〱しからぬをおほしたるおりしもこ の御ふみとりいれてあはれかる御返事 けふそしる空をなかむる気色にて花に心をうつしけりともあないとおした はふれにのみもとりなすかなゝといへとうるさかりてかきかへす九日にそまい り給右の大殿御くるま御せんの人〻あまたゝてまつり給へり北のかたもうらめ しと思きこえたまへとゝしころさもあらさりしにこの御ことゆへしけうきこえ かよひたまへるを又かきたえんもうたてあれはかつけ物ともよき女のさうそく ともあまたたてまつれ給へりあやしううつし心もなきやうなる人のありさまを み給へあつかふほとにうけたまはりとゝむる事もなかりけるをおとろかさせ給 はぬもうと〱しくなんとそありけるをひらかなるやうにてほのめかし給へる" }, { "vol": 44, "page": 1484, "text": "をいとおしとみ給おとゝも御ふみあり身つからもまいるへきに思たまへつるに つゝしむ事の侍てなんおの子ともさうやくにとてまいらすうとからすめしつか はせ給へとて源少将兵衛佐なとたてまつれ給へりなさけはおはすかしとよろこ ひきこえ給大納言とのよりも人〻の御くるまたてまつれ給北のかたは古おとゝ の御むすめまきはしらのひめ君なれはいつかたにつけてもむつましうきこえか よひ給へけれとさしもあらす藤中納言はしも身つからおはして中将弁のきみた ちもろともにことをこなひ給殿のをはせましかはとよろつにつけてあはれなり 蔵人のきみれいの人にいみしきことはをつくしていまはかきりと思はへるいの ちのさすかにかなしきをあはれと思とはかりたに一ことのたまはせはそれにか けとゝめられてしはしもなからへやせんなとあるをもてまいりてみれはひめ君 ふたところうちかたらひていといたうくんしたまへりよるひるもろともになら ひ給て中の戸はかりへたてたるにしひんかしをたにいといふせきものにし給て かたみにわたりかよひおはするをよそ〱にならむ事をおほすなりけり心こと にしたてひきつくろひたてまつり給へる御さまいとおかし殿のおほしの給しさ" }, { "vol": 44, "page": 1485, "text": "まなとをおほしいてゝ物あはれなるおりからにやとりてみたまふおとゝ北のか たのさはかりたちならひてたのもしけなる御中になとかうすゝろことを思いふ らんとあやしきにもかきりとあるをまことやとおほしてやかてこの御ふみのは しに あはれてふつねならぬ世のひとこともいかなる人にかくる物そはゆゝしき かたにてなんほのかに思しりたるとかきたまひてかういひやれかしとの給をや かてたてまつれたるをかきりなうめつらしきにもおりおほしとむるさへいとゝ なみたもとゝまらすたちかへりたかなはたゝしなとかことかましくて いける世のしには心にまかせねはきかてやゝまむ君かひとことつかのうへ にもかけ給へき御心のほと思ひ給へましかはひたみちにもいそかれ侍らましを なとあるにうたてもいらへをしてけるかなかきかへてやりつらむよとくるしけ におほして物もの給はすなりぬおとなわらはめやすきかきりをとゝのへられた りおほかたのきしきなとは内にまいり給はましにかはることなしまつ女御の御 かたにわたり給てかんの君は御物語なときこえ給夜ふけてなんうへにまうのほ" }, { "vol": 44, "page": 1486, "text": "り給けるきさき女御なとみなとしころへてねひ給へるにいとうつくしけにてさ かりにみところあるさまをみたてまつりたまふはなとてかはおろかならむはな やかにときめき給たゝ人たちて心やすくもてなし給へるさましもそけにあらま ほしうめてたかりけるかんの君をしはしさふらひ給なんと御心とゝめておほし けるにいとゝくやをらいて給にけれはくちをしう心うしとおほしたり源侍従の 君をはあけくれおまへにめしまつはしつゝけにたゝむかしのひかる源氏のおい ゝて給しにをとらぬ人の御おほへなり院のうちにはいつれの御かたにもうとか らすなれましらひありき給ふこの御かたにも心よせありかほにもてなしてした にはいかにみたまふらむの心さへそひ給へりゆふくれのしめやかなるに藤侍従 とつれてありくにかの御かたの御前ちかくみやらるゝ五葉に藤のいとおもしろ くさきかゝりたるを水のほとりの石にこけをむしろにてなかめゐ給へりまほに はあらねと世の中うらめしけにかすめつゝかたらふ 手にかくる物にしあらは藤の花まつよりまさる色をみましやとて花をみあ けたるけしきなとあやしくあはれに心くるしくおもほゆれは我心にあらぬ世の" }, { "vol": 44, "page": 1487, "text": "ありさまにほのめかす むらさきの色はかよへと藤の花心にえこそかゝらさりけれまめなる君にて いとおしと思へりいと心まとふはかりは思ひいられさりしかとくちおしうはお ほえけりかの少将の君はしもまめやかにいかにせましとあやまちもしつへくし つめかたくなんおほえけるきこえ給し人〻中の君をとうつろふもあり少将の君 をははゝきたのかたの御うらみによりさもやとおもほしてほのめかしきこえ給 しをたえてをとつれすなりにたり院にはかの君たちもしたしくもとよりさふら ひたまへとこのまいり給てのちおさ〱まいらすまれ〱殿上のかたにさしの そきてもあちきなうにけてなんまかてける内には古おとゝの心さしをき給へる さまことなりしをかくひきたかへたる御宮つかへをいかなるにかとおほして中 将をめしてなんの給はせける御気色よろしからすされはこそ世人の心のうちも かたふきぬへき事なりとかねて申し事をおほしとるかたことにてかうおほした ちにしかはともかくもきこえかたくて侍にかゝるおほせ事の侍れはなにかしら か身のためもあちきなくなん侍といとものしと思ひてかんの君を申給いさやた" }, { "vol": 44, "page": 1488, "text": "ゝいまかうにはかにしも思たゝさりしをあなかちにいとおしうの給はせしかは うしろみなきましらひのうちわたりははしたなけなめるをいまは心やすき御あ りさまなめるにまかせきこえてと思よりしなりたれも〱ひなからむ事はあり のまゝにもいさめたまはていまひきかへし右のおとゝもひか〱しきやうにお もむけてのたまふなれはくるしうなんこれもさるへきにこそはとなたらかにの 給て心もさはかい給はすそのむかしの御すくせはめにみえぬものなれはかうお ほしの給はするをこれは契ことなるともいかゝはそうしなをすへきことならむ 中宮をはゝかりきこえ給とて院の女御をはいかゝしたてまつり給はむとするう しろみやなにやとかねておほしかはすともさしもえ侍らしよしみきゝ侍らんよ うおもへは内は中宮おはしますとてこと人はましらひ給はすや君につかふまつ る事はそれか心やすきこそむかしよりけうあることにはしけれ女御はいさゝか なることのたかひめありてよろしからす思きこえたまはむにひかみたるやうに なん世のきゝみゝも侍らんなとふた所して申給へはかんの君いとくるしとおほ してさるはかきりなき御思のみ月日にそへてまさる七月よりはらみ給にけりう" }, { "vol": 44, "page": 1489, "text": "ちなやみたまへるさまけに人のさま〱にきこえわつらはすもことはりそかし いかてかはかゝらむ人をなのめにみきゝすくしてはやまんとそおほゆるあけく れ御あそひをせさせ給つゝ侍従もけちかうめしいるれは御ことのねなとはきゝ たまふかの梅か枝にあはせたりし中将のおもとのわこんもつねにめしいてゝひ かせ給へは聞あはするにもたゝにはおほえさりけりそのとしかへりておとこた うかせられけり殿上のわか人ともの中にものゝ上手おほかるころをひなりその 中にもすくれたるをえらせ給てこの四位侍従右のかとうなりかの蔵人の少将か く人のかすのうちにありけり十四日の月のはなやかにくもりなきに御前よりい てゝれせい院にまいる女御もこのみやすところもうへに御つほねしてみ給ふか んたちめみこたちひきつれてまいりたまふ右の大殿ちしの大殿のそうをはなれ てきら〱しうきよけなる人はなきよなりとみゆうちのおまへよりもこの院を はいとはつかしうことに思ひきこえてみな人よういをくはふる中にもくらひと の少将はみたまふらんかしと思ひやりてしつ心なしにほひもなくみくるしきわ た花もかさす人からにみわかれてさまもこゑもいとおかしくそありける竹かは" }, { "vol": 44, "page": 1490, "text": "うたひて御はしのもとにふみよるほとすきにしよのはかなかりしあそひも思ひ いてられけれはひか事もしつへくて涙くみけりきさいの宮の御かたにまいれは うへもそなたにわたらせ給て御らんす月は夜ふかくなるまゝにひるよりもはし たなうすみのほりていかにみたまふらんとのみおほゆれはふむそらもなうたゝ よひありきてさかつきもさしてひとりをのみとかめらるゝはめいほくなくなん 夜一よところ〱かきありきていとなやましうくるしくてふしたるに源侍従を 院よりめしたれはあなくるししはしやすむへきにとむつかりなからまいり給へ り御前のことゝもなととはせ給かとうはうちすくしたる人のさき〱するわさ をえらはれたるほと心にくかりけりとてうつくしとおほしためり万春楽を御く ちすさみにし給つゝ宮す所の御かたにわたらせ給へは御ともにまいり給物みに まいりたるさと人おほくてれいよりはゝなやかにけはひいまめかしわたとのゝ とくちにしはしゐてこゑきゝしりたる人に物なとのたまふ一夜の月かけははし たなかりしわさかな蔵人の少将の月の光にかゝやきたりしけしきもかつらのか けにはつるにはあらすやありけん雲のうへちかくてはさしもみえさりきなとか" }, { "vol": 44, "page": 1491, "text": "たり給へは人〻あはれときくもありやみはあやなきを月はえはいますこし心こ となりとさためきこえしなとすかしてうちより 竹かはのその夜のことは思いつやしのふはかりのふしはなけれとといふは かなきことなれと涙くまるゝもけにいとあさくはおほえぬことなりけりと身つ から思しらる なかれてのたのめむなしき竹かはに世はうきものとおもひしりにき物あは れなるけしきを人〻おかしかるさるはおりたちて人のやうにもわひ給はさりし かと人さまのさすかに心くるしうみゆるなりうちいてすくす事もこそ侍れあな かしことてたつほとにこなたにとめしいつれはゝしたなき心ちすれとまいり給 ふこ六条院のたうかのあしたに女かくにてあそひせられけるいとおもしろかり きと右のおとゝのかたられしなにこともかのわたりのさしつきなるへきひとか たくなりにけるよなりやいとものゝ上すなる女さへおほくあつまりていかには かなきこともおかしかりけんなとおほしやりて御ことゝもしらへさせ給てさう は宮す所ひはゝしゝうにたまふわこんをひかせ給てこの殿なとあそひ給宮す所" }, { "vol": 44, "page": 1492, "text": "の御ことのねまたかたなりなるところありしをいとようをしへないたてまつり 給てけりいまめかしうつまをとよくてうたこくの物なと上すにいとよくひき給 なにことも心もとなくをくれたることはものしたまはぬ人なめりかたちはたい とおかしかへしと猶心とまるかやうなるおりおほかれとをのつからけとをから すみたれ給かたなくなれ〱しうなとはうらみかけねとおり〱につけて思ふ 心のたかへるなけかしさをかすむるもいかゝおほしけんしらすかしう月に女宮 むまれ給ぬことにけさやかなるものゝはへもなきやうなれと院の御気色にした かひて右の大殿よりはしめておほんうふやしなひし給所〱おほかりかんの君 つといたきもちてうつくしみ給にとうまいり給へきよしのみあれはいかの程に まいり給ぬ女一宮一所おはしますにいとめつらしくうつくしうておはすれはい といみしうおほしたりいとゝたゝこなたにのみおはします女御かたの人〻いと かゝらてありぬへき世かなとたゝならすいひ思へりさうしみの御心ともはこと にかる〱しくそむき給にはあらねとさふらふ人〻の中にくせ〱しきことも いてきなとしつゝかの中将の君のさいへと人のこのかみにてのたまひし事かな" }, { "vol": 44, "page": 1493, "text": "ひてかんの君もむけにかくいひ〱のはていかならむ人わらへにはしたなうも やもてなされむうへの御心はへはあさからねとゝしへてさふらひ給御かた〱 よろしからす思ひはなち給はゝくるしくもあるへきかなとおもほすに内にはま ことに物しとおほしつゝたひ〱御けしきありと人のつけきこゆれはわつらは しくて中の姫君をおほやけさまにてましらはせたてまつらむことをおほして内 侍のかみをゆつり給おほやけいとかたうし給ことなりけれはとしころかうおほ しをきてしかとえしゝ給はさりしを故おとゝの御心をおほして久しうなりにけ るむかしのれいなとひきいてゝそのことかなひ給ぬこの君の御すくせにてとし ころ申給しはかたきなりけりとみえたりかくて心やすくて内すみもし給へかし とおほすにもいとおしう少将の事をはゝ北のかたのわさとのたまひし物をたの めきこえしやうにほのめかしきこえしもいかに思ひたまふらんとおほしあつか ふ弁の君して心うつくしきやうにおとゝにきこえ給うちよりかゝる仰ことのあ れはさま〱にあなかちなるましらひのこのみと世のきゝみゝもいかゝと思給 へてなんわつらひぬるときこえ給へはうちの御気色はおほしとかむるもことは" }, { "vol": 44, "page": 1494, "text": "りになんうけたまはるおほやけことにつけても宮つかへし給はぬはさるましき わさになんはやおほしたつへきになんと申給へり又このたひは中宮の御気色と りてそまいり給ふおとゝおはせましかはおしけち給はさらましなとあはれなる ことゝもをなんあね君はかたちなと名たかうおかしけなりときこしめしをきた りけるをひきかへ給へるをなま心ゆかぬやうなれとこれもいとらう〱しく心 にくゝもてなしてさふらひ給さきのかんの君かたちをかへてんとおほしたつを かた〱にあつかひきこえ給ふほとにをこなひも心あはたゝしうこそおほされ めいますこしいつかたも心のとかにみたてまつりなし給てもとかしき所なくひ たみちにつとめ給へと君たちの申給へはおほしとゝこほりて内には時〻しのひ てまいり給おりもあり院にはわつらはしき御心はへのなをたえねはさるへきお りもさらにまいり給はすいにしへをおもひいてしかさすかにかたしけなうおほ えしかしこまりに人のみなゆるさぬことにおもへりしをもしらすかほに思ひて まいらせたてまつりてみつからさへたはふれにてもわか〱しき事の世にきこ えたらむこそいとまはゆくみくるしかるへけれとおほせとさるつみによりとは" }, { "vol": 44, "page": 1495, "text": "た宮す所にもあかしきこえ給はねは我をむかしより故おとゝはとりわきておほ しかしつきかんの君はわかきみをさくらのあらそひはかなきおりにも心よせ給 しなこりにおほしおとしけるよとうらめしう思きこえ給けり院のうへはたまし ていみしうつらしとそおほしのたまはせけるふるめかしきあたりにさしはなち て思おとさるゝもことはり也とうちかたらひ給てあはれにのみおほしまさると しころありて又おとこみこうみ給つそこらさふらひ給御方〱にかゝる事なく てとしころになりにけるをゝろかならさりける御すくせなとよ人おとろくみか とはましてかきりなくめつらしとこのいま宮をは思きこえ給へりおりい給はぬ 世ならましかはいかにかひあらましいまはなに事もはへなき世をいとくちおし となんおほしける女一宮をかきりなき物におもひきこえ給しをかくさま〱に うつくしくてかすそひ給へれはめつらかなるかたにていとことにおほいたるを なん女御もあまりかうては物しからむと御心うこきけることにふれてやすから すくね〱しきこといてきなとしてをのつから御中もへたゝるへかめり世のこ ととして数ならぬ人のなからひにももとよりことはりえたる方にこそあひなき" }, { "vol": 44, "page": 1496, "text": "おほよその人も心をよするわさなめれは院の内の上下の人〻いとやむことなく て久しくなり給へる御方にのみことはりてはかないことにもこの方さまをよか らすとりなしなとするを御せうとの君たちもされはよあしうやはきこえをきけ るといとゝ申給心やすからすきゝくるしきまゝにかゝらてのとやかにめやすく て世をすくす人もおほかめりかしかきりなきさいはひなくて宮つかへのすちは 思ひよるましきわさなりけりとおほうへはなけき給きこえし人〻のめやすくな りのほりつゝさてもおはせましにかたわならぬそあまたあるやその中に源侍従 とていとわかうひわつなりとみしは宰相中将にてにほふやかほるやときゝにく ゝめてさはかるなるけにいと人からおもりかに心にくきをやんことなきみこた ち大臣の御むすめを心さしありてのたまふなるなともきゝいれすなとあるにつ けてそのかみはわかう心もとなきやうなりしかとめやすくねひまさりぬへかめ りなといひおはさうす少将なりしも三位中将とかいひておほえありかたちさへ あらまほしかりきやなとなま心わろきつかうまつり人はうち忍ひつゝうるさけ なる御有さまよりはなといふもありていとおしうそみえし此中将は猶思そめし" }, { "vol": 44, "page": 1497, "text": "心たえすうくもつらくも思ひつゝ左大臣の御むすめをえたれとおさ〱心もと めすみちのはてなるひたち帯のとてならひにもことくさにもするはいかにおも ふやうのあるにか有けん宮す所やすけなきよのむつかしさにさとかちになり給 ひにけりかんの君思ひしやうにはあらぬ御有さまをくちおしとおほすうちの君 は中〱いまめかしう心やすけにもてなしてよにもゆへあり心にくきおほえに てさふらひ給左大臣うせ給て右は左にとう大納言左大将かけ給へる右大臣にな り給つき〱の人〻なりあかりてこのかほる中将は中納言に三位の君は宰相に なりて悦したまへる人〻この御そうより外に人なきころをひになんありける中 納言の御悦にさきのないしのかんの君にまいり給へりおまへの庭にてはいした てまつり給かんの君たいめんし給てかくいと草ふかくなりゆくむくらの門をよ き給はぬ御心はえにも先昔の御こと思出られてなんなときこえ給御こゑあてに あいきやうつききかまほしういまめきたりふりかたくもおはするかなかゝれは 院のうへは恨給御心たえぬそかし今つゐにことひきいて給てんと思悦なとは心 にはいとしも思給へねとも先御らむせられにこそまいり侍れよきぬなとの給は" }, { "vol": 44, "page": 1498, "text": "するはをろかなるつみにうちかへさせ給にやと申給けふはさたすきにたる身の うれへなときこゆへきついてにもあらすとつゝみ侍れとわさと立より給はん事 はかたきをたいめんなくてはたさすかにくた〱しきことになん院にさふらは るゝかいといたう世の中を思みたれなか空なるやうにたゝよふを女御をたのみ きこえ又きさいの宮の御方にもさりともおほしゆるされなんと思ひ給へすくす にいつかたにもなめけに心ゆかぬ物におほされたなれはいとかたはらいたくて 宮たちはさてさふらひ給このいとましらひにくけなる身つからはかくて心やす くたになかめすくい給へとてまかてさせたるをそれにつけてもきゝにくゝなん うへにもよろしからすおほしの給はすなるついてあらはほのめかしそうし給へ とさまかうさまにたのもしく思ひ給へていたしたて侍りしほとはいつかたをも 心やすくうちとけたのみきこえしかといまはかゝることあやまりにおさなうお ほけなかりける身つからの心をもとかしくなんとうちない給けしき也さらにか うまておほすましきことになんかゝる御ましらひのやすからぬことはむかしよ りさることゝなり侍にけるをくらいをさりてしつかにおはしまし何事もけさや" }, { "vol": 44, "page": 1499, "text": "かならぬ御ありさまとなりにたるにたれもうちとけ給へるやうなれとをの〱 うち〱はいかゝいとましくもおほすこともなからむ人はなにのとかとみぬこ ともわか御身にとりてはうらめしくなんあいなきことに心うこかひ給こと女御 后のつねの御くせなるへしさはかりのまきれもあらし物とてやはおほしたちけ んたゝなたらかにもてなして御らんしすくすへきことに侍也おのこのかたにて そうすへき事にも侍らぬ事になんといとすく〱しう申給へはたいめんのつい てにうれへきこえむとまちつけたてまつりたるかひなくあわの御ことはりやと うちわらひておはする人のおやにてはか〱しかり給へるほとよりはいとわか やかにおほといたる心ちす宮す所もかやうにそおはすへかめるうちのひめ君の 心とまりておほゆるもかうさまなるけはひのおかしきそかしと思ゐ給へり内侍 のかみもこのころまかて給へりこなたかなたすみ給へるけはひおかしうおほか たのとやかにまきるゝ事なき御ありさまとものすのうち心はつかしうおほゆれ は心つかひせられていとゝもてしつめゝやすきを大うへはちかうもみましかは とうちおほしけり大臣殿はたゝこのとのゝひんかしなりけりたひきやうのゑか" }, { "vol": 44, "page": 1500, "text": "のきんたちなとあまたつとひ給兵部卿の宮左の大臣とのゝのりゆみのかへりた ちすまゐのあるしなとにはおはしまししを思ひてけふのひかりとさうしたてま つり給けれとおはしまさす心にくゝもてかしつきたまふひめ君たちをさるは心 さしことにいかてと思ひきこえ給へかめれと宮そいかなるにかあらん御心もと め給はさりける源中納言のいとゝあらまほしうねひとゝのひ何事もをくれたる かたなくものし給をおとゝも北のかたもめとゝめ給けりとなりのかくのゝしり てゆきちかふ車のをとさきをふこゑ〱もむかしのこと思いてられてこの殿に は物あはれになかめ給故宮うせ給て程もなくこのおとゝのかよひ給しほとをい とあはつけいやうによ人はもとくなりしかとかくてものし給もさすかなるかた にめやすかりけりさためなのよやいつれにかよるへきなとのたまふ左の大殿の 宰相中将たいきやうの又の日夕つけてこゝにまいり給へり宮すところさとにお はすとおもふにいとゝ心けそうそひておほやけのかすまへたまふよろこひなと はなにともおほえ侍らすわたくしの思ふ事かなはぬなけきのみ年月にそえて思 給へはるけんかたなき事と涙をしのこふもことさらめいたり廿七八のほとのい" }, { "vol": 44, "page": 1501, "text": "とさかりににほひはなやかなるかたちし給へりみくるしの君たちの世中を心の まゝにおこりてつかさくらいをはなにとも思はすゝくしいますからうや故との おはせましかはこゝなる人〻もかゝるすさひ事にそ心はみたらましとうちなき 給右兵衛督右大弁にてみな非参議なるをうれはしと思へり侍従ときこゆめりし そこのころ頭の中将ときこゆめるとしよはひのほとはかたわならねと人にをく るとなけき給へり宰相はとかくつきつきしく" }, { "vol": 45, "page": 1507, "text": "そのころ世にかすまへられ給はぬふる宮おはしけりはゝかたなともやんことな くものしたまひてすちことなるへきおほえなとおはしけるをときうつりて世中 にはしたなめられ給けるまきれに中〱いとなこりなく御うしろみなとももの うらめしき心〱にてかた〱につけて世をそむきさりつゝおほやけわたくし により所なくさしはなたれ給へるやうなりきたのかたもむかしの大臣の御むす めなりけるあはれにこゝろほそくおやたちのおほしをきてたりしさまなとおも ひいて給ふにたとしへなき事おほかれとふるき御契のふたつなきはかりをうき 世のなくさめにてかたみに又なくたのみかはし給へりとしころふるに御こもの し給はて心もとなかりけれはさう〱しくつれ〱なるなくさめにいかておか しからむちこもかなと宮そとき〱おほしのたまひけるにめつらしく女君のい とうつくしけなるむまれ給へりこれをかきりなくあはれとおもひかしつきゝこ え給にさしつゝきけしきはみ給ひてこのたひはおとこにてもなとおほしたる におなしさまにてたひらかにはしたまひなからいといたくわつらひてうせ給ぬ 宮あさましうおほしまとふありふるにつけてもいとはしたなくたへかたき事お" }, { "vol": 45, "page": 1508, "text": "ほかる世なれとみすてかたくあはれなる人の御ありさま心さまにかけとゝめら るゝほたしにてこそすくしきつれひとりとまりていとゝすさましくもあるへき かないはけなき人〱をもひとりはくゝみたてむほとかきりある身にていとお こかましう人わろかるへきことゝおほしたちてほひもとけまほしうしたまひけ れとみゆつるかたなくてのこしとゝめむをいみしうおほしたゆたひつゝとし月 もふれはをの〱およすけまさり給ふさまかたちのうつくしうあらまほしきを 明くれの御なくさめにてをのつからみすくし給後にむまれ給し君をはさふらふ 人〱もいてやおりふし心うくなとうちつふやきて心にいれてもあつかひきこ えさりけれとかきりのさまにてなに事もおほしわかさりしほとなからこれをい と心くるしとおもひてたゝこの君をかたみにみ給ひてあはれとおほせとはか りたゝひとことなむ宮にきこえをきたまひけれはさきの世の契もつらきおりふ しなれとさるへきにこそはありけめといまはとみえしまていとあはれと思ひて うしろめたけにのたまひしをとおほしいてつゝこの君をしもいとかなしうした てまつりたまふかたちなむまことにいとうつくしうゆゝしきまてものし給ける" }, { "vol": 45, "page": 1509, "text": "ひめ君は心はせしつかによしあるかたにてみるめもてなしもけたかく心にくき さまそし給へるいたはしくやむことなきすちはまさりていつれをもさま〱に おもひかしつききこえ給へとかなはぬ事おほくとし月にそへて宮のうちさひし くのみなりまさるさふらひし人もたつきなき心ちするにえしのひあへすつき 〱にしたかひてまかてちりつゝわか君の御めのともさるさはきにはか〱 しき人をしもえりあへ給はさりけれはほとにつけたる心あさゝにてをさなき ほとをみすてたてまつりにけれはたゝ宮そはくゝみ給ふさすかにひろくおも しろき宮のいけ山なとのけしきはかりむかしにかはらていといたうあれまさ るをつれ〱となかめ給ふけいしなともむねむねしき人もなきまゝに草あを やかにしけり軒のしのふそ所えかほにあをみわたれるおり〱につけたる花 もみちの色をもかをもおなし心にみはやし給ひしにこそなくさむこともおほ かりけれいとゝしくさひしくよりつかむかたなゝきまゝにち仏の御かさりはか りをわさとせさせ給てあけくれおこなひ給かゝるほたしともにかゝつらふた におもひのほかにくちおしうわか心なからもかなはさりける契とおほゆるを" }, { "vol": 45, "page": 1510, "text": "まひてなにか世の人めいていまさらにとのみとし月にそへて世中をおほしは なれつゝ心はかりはひしりになりはてたまひてこ君のうせたまひにしこなた はれいの人のさまなる心はえなとたはふれにてもおほしいて給はさりけりな とかさしもわかるるほとのかなしひはまた世にたくひなきやうにのみこそは おほゆへかめれとありふれはさのみやは猶世人になすらふ御心つかひをし給 ひていとかくみくるしくたつきなき宮のうちもをのつからもてなさるゝわさも やと人はもとききこえてなにくれとつき〱しくきこえこつこともるひにふれ ておほかれときこしめしいれさりけり御念すのひま〱にはこの君たちをもて あそひやう〱およすけ給へはことならはし五うちへんつきなとはかなき御あ そひわさにつけても心はへともをみたてまつり給ふにひめ君はらう〱しくふ かくおもりかにみえたまふわか君はおほとかにらうたけなるさましてものつゝ みしたるけはひにいとうつくしうさま〱におはす春のうらゝかなる日かけに 池の水とりとものはねうちかはしつゝをのかしゝさへつるこゑなとをつねはは かなきことにみたまひしかともつかひはなれぬをうらやましくなかめ給ひて君" }, { "vol": 45, "page": 1511, "text": "たちに御ことゝもをしへきこえたまふいとおかしけにちひさき御ほとにとりと りかきならし給ふものゝねともあはれにおかしくきこゆれは涙をうけたまひ て うちすてゝつかひさりにし水とりのかりのこの世にたちおくれけん心つく しなりやとめをしのこひ給かたちいときよけにおはします宮なりとし比の御お こなひにやせほそり給にたれとさてしもあてになまめきて君たちをかしつき給 ふ御心はえになをしのなえはめるをき給ひてしとけなき御さまいとはつかしけ 也ひめ君御すゝりをやをらひきよせてゝならひのやうにかきませ給ふをこれに かき給へすゝりにはかきつけさなりとてかみたてまつり給へははちらひてかき たまふ いかてかくすたちけるそと思ふにもうき水とりの契をそしるよからねとそ のおりはいとあはれなりけりてはおいさきみえてまたよくもつゝけ給はぬほと 也わか君とかきたまへとあれはいますこしおさなけにひさしくかきいて給へり なく〱もはねうちきする君なくは我そすもりになりははてまし御そとも" }, { "vol": 45, "page": 1512, "text": "なとなえはみておまへにまた人もなくいとさひしくつれ〱けなるにさま〱 いとらうたけにてものしたまふをあはれに心くるしういかゝおほさゝらん経を かたてにもたまいてかつよみつゝさうかをし給ひめ君にひわわか君にさうの御 ことまたおさなけれとつねにあはせつゝならひ給へはきゝにくゝもあらていと おかしくきこゆちゝみかとにも女御にもとくをくれきこえ給ひてはかはかしき 御うしろみのとりたてたるおはせさりけれはさゑなとふかくもえならひたまは すまいて世中にすみつく御心をきてはいかてかはしりたまはむたかき人ときこ ゆるなかにもあさましうあてにおほとかなる女のやうにおはすれはふるき世の 御たから物おほちおとゝの御そうふんなにやかやとつきすましかりけれとゆく ゑもなくはかなくうせはてゝ御てうとなとはかりなんわさとうるはしくておほ かりけるまいりとふらひきこえ心よせたてまつる人もなしつれ〱なるまゝに うたつかさのものゝしともなとやうのすくれたるをめしよせつゝはかなきあそ ひに心をいれておいゝて給へれはそのかたはいとおかしうすくれたまへり源氏 のおとゝの御おとうとにおはせしをれせい院の東宮におはしましゝときすさく" }, { "vol": 45, "page": 1513, "text": "院のおほきさきのよこさまにおほしかまへてこの宮を世中にたちつき給ふへく わか御ときもてかしつきたてまつりけるさはきにあひなくあなたさまの御なか らひにはさしはなたれ給ひにけれはいよ〱かの御つき〱になりはてぬる世 にてえましらひ給はすまたこのとしころかゝるひしりになりはてゝいまはかき りとよろつをおほしすてたりかゝるほとにすみ給ふ宮やけにけりいとゝしきよ にあさましうあえなくてうつろひすみ給ふへき所のよろしきもなかりけれはう ちといふところによしある山さともたまへりけるにわたり給ふおもひすてたま へるよなれともいまはとすみはなれなんをあはれにおほさるあしろのけはひち かくみゝかしかましき川のわたりにてしつかなる思ひにかなはぬかたもあれと いかゝはせむ花もみち水のなかれにも心をやるたよりによせていとゝしくなか め給よりほかのことなしかくたえこもりぬる野山のすゑにもむかしの人ものし 給はましかはとおもひきこえたまはぬおりなかりけり みし人も宿もけふりになりにしをなにとて我身きえのこりけんいけるかひ なくそおほしこかるゝやいとゝ山かさなれる御すみかにたつねまいる人なしあ" }, { "vol": 45, "page": 1514, "text": "やしき下すなとゐなかひたる山かつとものみまれになれまいりつかうまつるみ ねのあさきりはるゝおりなくてあかしくらしたまふにこのうち山にひしりたち たるあさりすみけりさへいとかしこくてよのおほえもかろからねとおさ〱お ほやけことにもいてつかへすこもりゐたるにこの宮のかくちかきほとにすみ給 てさひしき御さまにたうときわさをせさせ給つゝ法もんをよみならひたまへは たうとかりきこえてつねにまいるとしころまなひしり給へる事とものふかき心 をとききかせたてまつりいよいよこの世のいとかりそめにあちきなきことを申 しらすれは心はかりはゝちすのうへに思ひのほりにこりなき池にもすみぬへき をいとかくおさなき人〱をみすてむうしろめたさはかりになむえひたみちに かたちをもかへぬなとへたてなく物かたりし給このあさりはれせい院にもした しくさふらひて御経なとをしへきこゆる人なりけり京にいてたるつゐてにまい りてれいのさるへきふみなと御らむしてとはせ給ふこともあるつゐてに八の宮 のいとかしこくないけうの御さえさとりふかくものし給けるかなさるへきにて むまれたまへる人にやものし給らむ心ふかく思ひすまし給へるほとまことのひ" }, { "vol": 45, "page": 1515, "text": "しりのをきてになむみえ給ときこゆいまたかたちはかへたまはすやそくひしり とかこのわかき人〱のつけたなるあはれなること也なとのたまはすさい相中 将も御前にさふらひ給てわれこそ世中をはいとすさましう思ひしりなからおこ なひなと人にめとゝめらるはかりはつとめすくちおしくてすくしくれと人しれ すおもひつゝそくなからひしりになり給ふ心のをきてやいかにとみゝとゝめて きゝたまふ出家の心さしはもとよりものし給へるをはかなきことにおもひとゝ こほりいまとなりては心くるしき女子ともの御うへをえおもひすてぬとなんな けき侍りたまふとそうすさすかにものゝねめつるあさりにてけにはたこのひめ 君たちのことひきあはせてあそひ給へる河なみにきをひてきこえ侍はいとおも しろくこくらく思ひやられ侍やとこたいにめつれはみかとほゝゑみ給ひてさる ひしりのあたりにおひいてゝこのよのかたさまはたと〱しからむとおしはか らるゝをおかしのことやうしろめたくおもひすてかたくもてわつらひ給らんを もししはしもをくれむほとはゆつりやはしたまはぬなとそのたまはするこの院 のみかとは十のみこにそおはしましけるすさく院のこ六条院にあつけきこえ給" }, { "vol": 45, "page": 1516, "text": "し入道の宮の御ためしをおもほしいてゝかの君たちをかなつれ〱なるあそひ かたきになとうちおほしけり中将君中〱みこのおもひすましたまへらむ御心 はえをたいめむしてみたてまつらはやとおもふ心そふかくなりぬるさてあさり のかへりいるにもかならすまいりて物ならひきこゆへくまつうち〱にもけし き給はりたまへなとかたらひたまふみかとの御ことつてにてあはれなる御すま ゐを人つてにきくことなときこえたまうて 世をいとふ心は山にかよへともやへたつ雲を君やへたつるあさりこの御つ かひをさきにたてゝかの宮にまいりぬなのめなるきはのさるへき人のつかひた にまれなる山かけにいとめつらしくまちよろこひ給て所につけたるさかななと してさるかたにもてはやし給御返し あとたえて心すむとはなけれとも世をうち山にやとをこそかれひしりのか たをはひけしてきこえなし給へれは猶よにうらみのこりけるといとおしく御ら むすあさり中将のたうしむふかけにものし給ふなとかたりきこえて法文なとの 心えまほしき心さしなんいはけなかりしよはひよりふかくおもひなからえさら" }, { "vol": 45, "page": 1517, "text": "すよにありふるほとおほやけわたくしにいとまなくあけくらしわさとゝちこも りてならひよみおほかたはか〱しくもあらぬ身にしも世中をそむきかほなら むもはゝかるへきにあらねとをのつからうちたゆみてまきらはしくてなむすく しくるをいとありかたき御ありさまをうけたまはりつたへしよりかく心にかけ てなんたのみきこえさするなとねむころに申給ひしなとかたりきこゆ宮よのな かをかりそめのことゝおもひとりいとはしき心のつきそむる事もわかみにうれ へあるときなへての世もうらめしう思ひしるはしめありてなん道心もおこるわ さなめるをとしわかく世中おもふにかなひなにこともあかぬことはあらしとお ほゆる身のほとにさはた後の世をさへたとりしり給らんかありかたさこゝには さへきにやたゝいとひはなれよとことさらに仏なとのすゝめおもむけたまふや うなるありさまにてをのつからこそしつかなる思ひかなひゆけとのこりすくな き心ちするにはか〱しくもあらてすきぬへかめるをきしかたゆくすゑさらに えたる所なくおもひしらるゝをかへりては心はつかしけなる法のともにこそは ものし給なれなとのたまひてかたみに御せうそこかよひみつからもまうて給ふ" }, { "vol": 45, "page": 1518, "text": "けにきゝしよりもあはれにすまひたまへるさまよりはしめていとかりなる草の いほりにおもひなしことそきたりおなしき山さとゝいへとさるかたにて心とま りぬへくのとやかなるもあるをいとあらましき水のをとなみのひゝきにものわ すれうちしよるなと心とけて夢をたにみるへきほともなけにすこくふきはらひ たりひしりたちたる御ためにかゝるしもこそ心とまらぬもよほしならめ女君た ちなに心ちしてすくし給らむよのつねの女しくなよひたるかたはとをくやとお しはからるゝ御ありさまなり仏の御へたてにさうしはかりをへたてゝそおはす へかめるすき心あらむ人はけしきはみよりて人の御心はえをもみまほしうさす かにいかゝとゆかしうもある御けはひなりされとさるかたをおもひはなるるね かひに山ふかくたつねきこえたるほひなくすき〱しきなをさりことをうちい てあされはまむもことにたかひてやなとおもひかへして宮の御ありさまのいと あはれなるをねむころにとふらひきこえたまひたひ〱まいり給ひつゝおもひ しやうにうはそくなからおこなふ山のふかき心法もんなとわさとさかしけには あらていとよくのたまひしらすひしりたつ人さえあるほうしなとはよにおほか" }, { "vol": 45, "page": 1519, "text": "れとあまりこは〱しうけとをけなるしうとくのそうつそう正のきはゝ世にい とまなくきすくにてものゝ心をとひあらはさむもこと〱しくおほえたまふま たその人ならぬ仏の御てしのいむことをたもつはかりのたうとさはあれとけは ひいやしくこと葉たみてこちなけにものなれたるいとものしくてひるはおほや けことにいとまなくなとしつゝしめやかなるよひのほとけちかき御まくらかみ なとにめしいれかたらひ給ふにもいとさすかに物むつかしうなとのみあるをい とあてにこゝろくるしきさましてのたまひいつることの葉もおなし仏の御をし へをもみゝちかきたとひにひきませいとこよなくふかき御さとりにはあらねと よき人はものゝ心をえたまふかたのいとことにものしたまひけれはやう〱み なれたてまつり給たひことにつねにみたてまつらまほしうていとまなくなとし て程ふるときは恋しくおほえ給この君のかくたうとかりきこえたまへれはれせ い院よりもつねに御せうそこなとありてとしころをとにもおさ〱きこえ給は すさひしけなりし御すみかやう〱人めみるとき〱ありおりふしにとふらい きこえ給こといかめしうこの君もまつさるへき事につけつゝおかしきやうにも" }, { "vol": 45, "page": 1520, "text": "まめやかなるさまにも心よせつかうまつり給こと三年はかりになりぬ秋のすゑ つかた四きにあてゝし給御念仏をこの河つらはあしろのなみもこのころはいと ゝみゝかしかましくしつかならぬをとてかのあさりのすむ寺のたうにうつろひ たまひて七日のほとおこなひ給ふひめ君たちはいと心ほそくつれ〱まさりて なかめ給けるころ中将の君ひさしくまいらぬかなと思ひいてきこえ給けるまゝ にあり明の月のまた夜ふかくさしいつるほとにいてたちていとしのひて御とも に人なともなくてやつれておはしけり川のこなたなれは舟なともわつらはて御 馬にてなりけりいりもてゆくまゝに霧ふたかりて道もみえぬしけきの中をわけ 給ふにいとあらましき風のきほひにほろ〱とおちみたるゝ木葉の露のちりか ゝるもいとひやゝかに人やりならすいたくぬれ給ひぬかゝるありきなともおさ 〱ならひたまはぬ心ちに心ほそくおかしくおほされけり 山おろしにたえぬこの葉の露よりもあやなくもろき我涙かな山かつのおと ろくもうるさしとてすいしんのをともせさせ給はすしはのまかきをわけつゝそ こはかとなき水のなかれともをふみしたくこまのあしをとも猶しのひてとよう" }, { "vol": 45, "page": 1521, "text": "ひし給へるにかくれなき御にほひそ風にしたかひてぬしゝらぬかとおとろくね さめの家〻ありけるちかくなるほとにそのことゝもきゝわかれぬものゝねとも いとすこけにきこゆつねにかくあそひたまふときくをついてなくてみやの御こ とのねのなたかきもえきかぬそかしよきおりなるへしとおもひつゝいり給へは ひわのこゑのひゝきなりけりわうしきてうにしらへてよのつねのかきあはせな れと所からにやみゝなれぬ心ちしてかきかへすはちのおとも物きよけにおもし ろしさうのことあはれになまめひたるこゑしてたえ〱きこゆしはしきかまほ しきにしのひ給へと御けはひしるくきゝつけてとのひ人めくおのこなまかたく なしきいてきたりしか〱なんこもりおはします御せうそこをこそきこえさせ めと申すなにかしかゝきりある御おこなひの程をまきらはしきこえさせむにあ ひなしかくぬれぬれまいりていたつらにかへらむうれへをひめ君の御かたにき こえてあはれとの給はせはなむなくさむへきとのたまへはみにくきかほうちゑ みて申させ侍らむとてたつをしはしやとめしよせてとしころ人つてにのみきゝ てゆかしくおもふ御ことのねともをうれしきおりかなしはしすこしたちかくれ" }, { "vol": 45, "page": 1522, "text": "てきくへきものゝくまありやつきなくさしすきてまいりよらむほとみなことや め給ひてはいとほひなからんとの給御けはひかほかたちのさるなをなをしき心 ちにもいとめてたくかたしけなくおほゆれは人きかぬときはあけくれかくなん あそはせとしも人にても宮このかたよりまいりたちましる人侍るときはをとも せさせ給はすおほかたかくて女たちおはしますことをはかくさせ給ひなへての 人にしらせたてまつらしとおほしのたまはするなりと申せはうちわらひてあち きなき御ものかくしななりしかしのひ給ふなれとみな人ありかたき世のためし にきゝいつへかめるをとの給てなをしるへせよわれはすき〱しき心なとなき 人そかくておはしますらむ御ありさまのあやしくけになへてにおほえ給はぬな りとこまやかにのたまへはあなかしこ心なきやうに後のきこえや侍らむとてあ なたの御まへはたけのすいかひしこめてみなへたてことなるをゝしへよせたて まつれり御ともの人はにしのらうによひすへてこのとのゐ人あひしらふあなた にかよふへかめるすひかひのとをすこしをしあけてみ給へは月おかしきほとに 霧わたれるをなかめてすたれをみしかくまきあけて人〱ゐたりすのこにいと" }, { "vol": 45, "page": 1523, "text": "さむけに身ほそくなえはめるわらはひとりおなしさまなるおとなゝとゐたりう ちなる人一人はしらにすこしゐかくれてひはをまへにをきてはちをてまさくり にしつゝゐたるに雲かくれたりつる月のにはかにいとあかくさしいてたれはあ ふきならてこれしても月はまねきつへかりけりとてさしのそきたるかほいみし くらうたけにゝほいやかなるへしそひふしたる人はことのうへにかたふきかゝ りている日をかへすはちこそありけれさまことにもおもひをよひ給ふ御心かな とてうちわらひたるけはひいますこしおもりかによしつきたりをよはすともこ れも月にはなるゝ物かはなとはかなきことをうちとけの給かはしたるけはひと もさらによそに思ひやりしにはにすいとあはれになつかしうおかしむかし物か たりなとにかたりつたへてわかき女房なとのよむをもきくにかならすかやうの 事をいひたるさしもあらさりけむとにくゝおしはからるゝをけにあはれなる物 のくまありぬへき世なりけりと心うつりぬへしきりのふかけれはさやかにみゆ へくもあらす又月さしいてなんとおほすほとにおくのかたより人おはすとつけ きこゆる人やあらむすたれおろしてみないりぬおとろきかほにはあらすなこや" }, { "vol": 45, "page": 1524, "text": "かにもてなしてやをらかくれぬるけはひともきぬのをともせすいとなよらかに 心くるしくていみしうあてにみやひかなるをあはれとおもひ給ふやをらいてて 京に御車ゐてまいるへく人はしらせつありつるさふらひにおりあしくまいり侍 にけれと中〱うれしくおもふことすこしなくさめてなむかくさふらふよしき こえよいたうぬれにたるかこともきこえさせむかしとのたまへはまいりてきこ ゆかくみえやしぬらんとはおほしもよらてうちとけたりつる事ともをきゝやし たまひつらむといといみしくはつかしあやしくかうはしくにほふ風の吹つるを おもひかけぬほとなれはおとろかさりける心をそさよと心もまとひてはちをは さうす御せうそこなとつたふる人もいとうゐ〱しき人なめるをおりからにこ そよろつのこともとおほひてまた霧のまきれなれはありつるみすのまへにあゆ みいてゝつゐい給ふ山さとひたるわか人ともはさしいらへむことのはもおほえ て御しとねさしいつるさまもたと〱しけなりこのみすのまへにはゝしたなく 侍りけりうちつけにあさき心はかりにてはかくもたつねまいるましき山のかけ ちにおもふ給ふるをさまことにこそかく露けきたひをかさねてはさりとも御ら" }, { "vol": 45, "page": 1525, "text": "むししるらむとなんたのもしう侍といとまめやかにの給わかき人〱のなたら かにものきこゆへきもなくきえかへりかゝやかしけなるもかたはらいたけれは 女はらのおくふかきをおこしいつるほとひさしくなりてわさとめひたるもくる しうてなにこともおもひしらぬありさまにてしりかほにもいかゝはきこゆへく といとよしありあてなるこゑしてひきいりなからほのかにのたまふかつしりな からうきをしらすかほなるもよのさかとおもふたまへしるをひとゝころしもあ まりおほめかせ給らんこそくちおしかるへけれありかたうよろつをおもひすま したる御すまゐなとにたくひきこえさせ給御心のうちはなにこともすゝしくを しはかられ侍れは猶かくしのひあまり侍ふかさあさゝのほともわかせ給はんこ そかひは侍らめよのつねのすき〱しきすちにはおほしめしはなつへくやさや うのかたはわさとすゝむる人侍りともなひくへうもあらぬ心つよさになんをの つからきこしめしあはするやうも侍りなんつれ〱とのみすくし侍よの物かた りもきこえさせ所にたのみきこえさせ又かく世はなれてなかめさせ給らん御心 のまきらはしにはさしもおとろかさせたまふはかりきこえなれ侍らはいかに思" }, { "vol": 45, "page": 1526, "text": "ふさまに侍らむなとおほくの給へはつゝましくいらへにくゝておこしつるおい 人のいてきたるにそゆつりたまふたとしへなくさしすくしてあなかたしけなや かたはらいたきおましのさまにも侍かなみすのうちにこそわかき人〱はもの ゝほとしらぬやうに侍こそなとしたゝかゝにいふこゑのさたすきたるもかたは らいたく君たちはおほすいともあやしく世中にすまゐ給人のかすにもあらぬ御 ありさまにてさもありぬへき人〱たにとふらひかすまへきこえ給もみえきこ えすのみなりまさり侍めるにありかたき御心さしのほとはかすにも侍らぬ心に もあさましきまておもひたまへ侍をわかき御心ちにもおほししりなからきこえ させたまひにくきにや侍らむといとつゝみなくものなれたるもなまにくきもの からけはひいたう人めきてよしあるこゑなれはいとたつきもしらぬ心ちしつる にうれしき御けはひにこそなにこともけにおもひしり給けるたのみこよなかり けりとてよりゐ給へるをき丁のそはよりみれはあけほのやう〱ものゝ色わか るゝにけにやつしたまへるとみゆるかりきぬすかたのいとぬれしめりたるほと うたてこの世のほかのにほひにやとあやしきまてかほりみちたりこのおい人は" }, { "vol": 45, "page": 1527, "text": "うちなきぬさしすきたるつみもやとおもふたまへしのふれとあはれなるむかし の御物かたりのいかならむついてにうちいてきこえさせかたはしをもほのめか ししろしめさせむとゝしころねんすのついてにもうちませおもふ給へわたるし るしにやうれしきおりに侍をまたきにおほゝれ侍涙にくれてえこそきこえさせ す侍けれとうちわなゝくけしきまことにいみしくものかなしと思へりおほかた さたすきたる人は涙もろなる物とはみきゝ給へといとかうしもおもへるもあや しうなり給てこゝにかくまいることはたひかさなりぬるをかくあはれしりたま へる人もなくてこそ露けきみちのほとにひとりのみそほちつれうれしきつゐて なめるをことなのこひたまひそかしとのたまへはかゝるつゐてしも侍らしかし 又侍りとも夜のまのほとしらぬ命のたのむへきにも侍らぬをさらはたゝかゝる ふるもの世に侍けりとはかりしろしめされ侍らなむ三条の宮に侍しこしゝうは かなくなり侍にけるとほのきゝ侍しそのかみむつましうおもふ給へしおなし程 の人おほくうせ侍にける世のすゑにはるかなるせかいよりつたはりまうてきて このいつとせむとせのほとなむこれにかくさふらひ侍しろしめさしかしこのこ" }, { "vol": 45, "page": 1528, "text": "ろとう大納言と申なる御このかみの右衛門のかみにてかくれ給にしはものゝつ ゐてなとにやかの御うへとてきこしめしつたふる事も侍らむすき給ていくはく もへたゝらぬ心ちのみし侍そのおりのかなしさもまた袖のかはくおり侍らすお もふたまへらるゝをかくおとなしくならせ給にける御よはひのほとも夢のやう になんかの権大納言の御めのとに侍しは弁かはゝになむ侍しあさ夕につかうま つりなれ侍しに人かすにも侍らぬみなれと人にしらせす御心よりはたあまりけ ることをおり〱うちかすめのたまいしをいまはかきりになり給にし御やまひ のすゑつかたにめしよせていさゝかの給をくことなむ侍しをきこしめすへきゆ へなんひとこと侍れとかはかりきこえいて侍にのこりをとおほしめす御心侍ら はのとかになんきこしめしはて侍へきわかき人〱もかたはらいたくさしすき たりとつきしろひ侍もことはりになむとてさすかにうちいてすなりぬあやしく 夢かたりかむなきやうのものゝとはすかたりすらむやうにめつらかにおほさる れとあはれにおほつかなくおほしわたることのすちをきこゆれはいとおくゆか しけれとけに人めもしけしさしくみにふる物かたりにかゝつらひて夜をあかし" }, { "vol": 45, "page": 1529, "text": "はてむもちこ〱しかるへけれはそこはかとおもひわくことはなきものからい にしへの事ときゝ侍も物あはれになんさらはかならすこのゝこりきかせ給へ霧 はれゆかははしたなかるへきやつれをおもなく御らんしとかめられぬへきさま なれはおもふたまふる心のほとよりはくちおしうなむとてたちたまふにかのお はしますてらのかねのこゑかすかにきこえてきりいとふかくたちわたれりみね のやへ雲おもひやるへたておほくあはれなるになをこのひめ君たちの御心のう ちとも心くるしうなにことをおほしのこすらむかくいとおくまりたまへるもこ とはりそかしなとおほゆ あさほらけ家路もみえすたつねこしまきのを山は霧こめてけり心ほそくも 侍かなとたちかへりやすらひ給へるさまを宮この人のめなれたるたに猶いとこ とにおもひきこえたるをまいていかゝはめつらしうみきこえさらん御返きこえ つたへにくけにおもひたれはれいのいとつゝましけにて 雲のゐる嶺のかけちを秋きりのいとゝへたつるころにもあるかなすこしう ちなけひたまへるけしきあさからすあはれなりなにはかりおかしきふしはみえ" }, { "vol": 45, "page": 1530, "text": "ぬあたりなれとけにこゝろくるしきことおほかるにもあかうなりゆけはさすか にひたおもてなる心ちして中〱なるほとにうけたまはりさしつることおほか るのこりはいますこしおもなれてこそはうらみきこえさすへかめれさるはかく 世の人めひてもてなし給へくは思はすに物おほしわかさりけりとうらめしうな んとてとのゐ人かしつらひたるにしおもてにおはしてなかめ給ふあしろは人さ はかしけなりされとひをもよらぬにやあらむすさましけなるけしきなりと御と もの人〱みしりていふあやしき舟ともにしはかりつみをの〱なにとなき世 のいとなみともにゆきかふさまとものはかなき水のうへにうかひたるたれもお もへはおなしことなるよのつねなさなりわれはうかはすたまのうてなにしつけ き身とおもふへき世かはとおもひつゝけらるすゝりめしてあなたにきこえ給ふ 橋ひめの心をくみてたかせさすさほのしつくに袖そぬれぬるなかめ給ふら むかしとてとのひ人にもたせたまへりいとさむけにいらゝきたるかほしてもて まいる御かへりかみのかなとおほろけならむはゝつかしけなるをときをこそか ゝるおりにはとて" }, { "vol": 45, "page": 1531, "text": "さしかへるうちの河おさあさ夕のしつくや袖をくたしはつらむ身さへうき てといとおかしけにかき給へりまおにめやすくもものし給けりと心とまりぬれ と御車ゐてまいりぬと人〱さはかしきこゆれはとのゐ人はかりをめしよせて かへりわたらせたまはむほとにかならすまいるへしなとのたまふぬれたる御そ ともはみなこの人にぬきかけ給ひてとりにつかはしつる御なをしにたてまつり かへつおい人の物かたり心にかゝりておほしいてらるおもひしよりはこよなく まさりておかしかりつる御けはひともおも影にそひて猶おもひはなれかたき世 なりけりと心よはく思しらる御ふみたてまつり給ふけさうたちてもあらすしろ きしきしのあつこえたるにふてひきつくろひえりてすみつきみところありてか き給ふうちつけなるさまにやとあひなくとゝめ侍てのこりおほかるも心くるし きわさになむかたはしきこえをきつるやうにいまよりはみすのまへも心やすく おほしゆるすへくなむ御山こもりはて侍らむ日かすもうけたまはりをきていふ せかりしきりのまよひもはるけ侍らむなとそいとすくよかにかき給へるさこん のさうなる人御つかひにてかのおい人たつねてふみもとらせよとのたまふとの" }, { "vol": 45, "page": 1532, "text": "ひ人かさむけにてさまよひしなとあはれにおほしやりておほきなるひはりこや うのものあまたせさせ給ふまたの日かの御てらにもたてまつり給ふ山こもりの そうともこの比のあらしにはいと心ほそくくるしからむをさておはしますほと のふせ給ふへからんとおほしやりてきぬわたなとおほかりけり御おこなひはて ゝいてたまふあしたなりけれはをこなひ人ともにわたきぬけさ衣なとすへてひ とくたりのほとつつあるかきりの大とこたちに給ふとのゐ人か御ぬきすてのえ むにいみしきかりの御そともえならぬしろきあやの御そのなよ〱といひしら すにほへるをうつしきて身をはたえかへぬものなれはにつかはしからぬ袖のか を人ことにとかめられめてらるゝなむ中ゝ所せかりける心にまかせて身をや すくもふるまはれすいとむくつけきまて人のおとろくにほひをうしなひてはや とおもへと所せき人の御うつりかにてえもすゝきすてぬそあまりなるや君はひ め君の御返こといとめやすくこめかしきをおかしくみ給ふ宮にもかく御せうそ こありきなと人〱きこえさせ御らむせさすれはなにかはけさうたちてもてな ひ給はむも中〱うたてあらむれいのわか人にゝぬみ心はえなめるをなからむ" }, { "vol": 45, "page": 1533, "text": "後もなとひとことうちほのめかしてしかはさやうにて心そとめたらむなとの給 けり御みつからもさま〱の御とふらひの山のいはやにあまりしことなとのた まへるにまうてんとおほして三の宮のかやうにおくまりたらむあたりのみまさ りせむこそおかしかるへけれとあらましことにたにのたまふ物をきこえはけま して御心さはかしたてまつらむとおほしてのとやかなる夕くれにまいり給へり れいのさま〱なる御物かたりきこえかはし給ふついてにうちの宮の御事かた りいてゝみしあか月のありさまなとくはしくきこえ給ふに宮いとせちにおかし とおほひたりされはよと御けしきをみていとゝ御心うこきぬへくいひつゝけた まふさてそのありけんかへりことはなとかみせ給はさりしまろならましかはと うらみ給ふさかしいとさま〱御らむすへかめるはしをたにみせさせたまはぬ かのわたりはかくいともむもれたる身にひきこめてやむへきけはひにも侍らね はかならす御らむせさせはやとおもひ給れといかてかたつねよらせ給へきかや すきほとこそすかまほしくはいとよくすきぬへきよに侍りけれうちかくろへつ ゝおほかめるかなさるかたにみところありぬへき女のもの思はしきうちしのひ" }, { "vol": 45, "page": 1534, "text": "たるすみかとも山里めひたるくまなとにをのつから侍へかめりこのきこえさす るわたりはいとよつかぬひしりさまにてこち〱しうそあらむとゝしころ思あ なつり侍てみゝをたにこそとゝめ侍らさりけれほのかなりし月影のみをとりせ すはまをならんはやけはひありさまはたさはかりならむをそあらまほしきほと ゝはおほえ侍へきなときこえたまふはて〱はまめたちていとねたくおほろけ の人に心うつるましき人のかくふかくおもへるをおろかならしとゆかしうおほ すことかきりなくなり給ひぬなをまた〱よくけしきみたまへと人をすすめ給 てかきりある御身のほとのよたけさをいとはしきまて心もとなしとおほしたれ はおかしくていてやよしなくそ侍しはし世中に心とゝめしと思ふ給るやうある 身にてなをさりこともつゝましう侍を心なからかなはぬ心つきそめなはおほき におもひにたかふへきことなむ侍へきときこえ給へはいてあなこと〱しれひ のおとろおとろしきひしりことはみはてゝしかなとてわらひ給ふ心のうちには かのふる人のほのめかししすちなとのいとゝうちおとろかれて物あはれなるに おかしとみることもめやすしときくあたりもなにはかり心にもとまらさりけり" }, { "vol": 45, "page": 1535, "text": "十月になりて五六日のほとにうちへまうてたまふあしろをこそこの比は御らむ せめときこゆる人〱あれとなにかそのひをむしにあらそふ心にてあしろにも よらむとそきすて給てれいのいとしのひやかにていてたち給かろらかにあしろ くるまにてかとりのなをしさしぬきぬはせてことさらひき給へり宮まちよろこ ひ給て所につけたる御あるしなとおかしうしなしたまふくれぬれはおほとなふ らちかくてさき〱みさしたまへるふみとものふかきなとあさりもさうしおろ してきなといはせ給ふうちもまとろます河かせのいとあらましきに木葉のちり かふをと水のひゝきなとあはれもすきて物おそろしく心ほそき所のさまなりあ けかたちかくなりぬらんと思ふほとにありししのゝめおもひいてられて琴のね のあはれなることのついてつくりいてゝさきのたひの霧にまとはされ侍し明ほ のにいとめつらしきものゝねひとこゑうけたまはりしのこりなむ中〱にいと いふかしうあかすおもふたまへらるゝなときこえたまふ色をもかをもおもひす てゝし後むかしきゝしこともみなわすれてなむとのたまへと人めして琴とりよ せていと月なくなりにたりやしるへするものゝねにつけてなんおもひいてらる" }, { "vol": 45, "page": 1536, "text": "へかりけるとてひわめしてまらうとにそゝのかし給ふとりてしらへたまふさら にほのかにきゝ侍しおなしものとも思ふたまへられさりけり御ことのひゝきか らにやとこそおもふたまへしかとて心とけてもかきたてたまはすいてあなさか なやしか御みみとまるはかりのてなとはいつくよりかこゝまてはつたはりこむ あるましき御ことなりとてきむかきならしたまへるいとあはれに心すこしかた へはみねのまつ風のもてはやすなるへしいとたと〱しけにおほめき給て心は えありてひとつはかりにてやめたまひつこのわたりにおほえなくており〱ほ のめくさうのことのねこそ心えたるにやときくおり侍れと心とゝめてなともあ らてひさしうなりにけりや心にまかせてをの〱かきならすへかめるは川なみ はかりやうちあはすらむろなうものゝようにすはかりのはうしなともとまらし となむおほえ侍とてかきならし給へとあなたにきこえたまへとおもひよらさり しひとりことをきゝ給ひけんたにある物をいとかたはならむとひきいりつゝみ なきゝ給はすたひ〱そゝのかしたまへととかくきこえすさひてやみ給ひぬめ れはいとくちおしうおほゆそのついてにもかくあやしうよつかぬおもひやりに" }, { "vol": 45, "page": 1537, "text": "てすくすありさまとものおもひのほかなる事なとはつかしうおほひたり人にた にいかてしらせしとはくゝみすくせとけふあすともしらぬ身のゝこりすくなさ にさすかにゆくすゑとをき人はおちあふれてさすらへん事これのみこそけによ をはなれんきはのほたしなりけれとうちかたらひ給へは心くるしうみたてまつ りたまふわさとの御うしろみたちはかはかしきすちには侍すともうと〱しか らすおほしめされんとなむおもふたまふるしはしもなからへ侍らむいのちの程 はひとこともかくうちいてきこえさせてむさまをたかへ侍ましくなむなと申給 へはいとうれしきことゝおほしのの給さてあか月かたの宮の御おこなひしたま ふほとにかのおい人めしいてゝあひたまへりひめ君の御うしろみにてさふらは せ給ふ弁の君とそいひける年も六十にすこしたらぬほとなれとみやひかにゆへ あるけはひして物なときこゆ古権大納言の君のよとともにものをおもひつゝや まひつきはかなくなりたまひにしありさまをきこえいてゝなくことかきりなし けによその人のうへときかむたにあはれなるへきふることゝもをましてとしこ ろおほつかなくゆかしういかなりけんことのはしめにかと仏にもこの事をさた" }, { "vol": 45, "page": 1538, "text": "かにしらせ給へとねんしつるしるしにやかく夢のやうにあはれなるむかしかた りをおほえぬついてにきゝつけつらむとおほすに涙とゝめかたかりけりさても かくそのよの心しりたる人ものこりたまへりけるをめつらかにもはつかしうも おほゆることのすちに猶かくいひつたふるたくひや又もあらむとしころかけて もきゝをよはさりけるとのたまへはこしゝうと弁とはなちてまたしる人侍らし ひとことにてもまたことひとにうちまねひ侍らすかくものはかなくかすならぬ 身のほとに侍れとよるひるかの御かけにつきたてまつりて侍しかはをのつから ものゝけしきをもみたてまつりそめしに御心よりあまりておほしける時〻たゝ ふたりのなかになんたまさかの御せうそこのかよひも侍しかたはらいたけれは くはしくきこえさせすいまはのとちめになり給ていさゝかのたまいをくことの 侍しをかゝる身にはをき所なくいふせくおもふ給へわたりつゝいかにしてかは きこしめしつたふへきとはか〱しからぬ念すのついてにも思ふたまへつるを 仏は世におはしましけりとなんおもふたまへしりぬる御らむせさすへきものも 侍りいまはなにかはやきもすて侍なむかくあさ夕のきえをしらぬ身のうちすて" }, { "vol": 45, "page": 1539, "text": "侍なはうちゝるやうもこそといとうしろめたくおもふたまふれとこの宮わたり にもときときほのめかせたまふをまちいてたてまつりてしはすこしたのもしく かゝるおりもやとねんし侍へるちからいてまうてきてなむさらにこれはこの世 のことにも侍らしとなく〱こまかにむまれたまひけるほとのこともよくおほ えつゝきこゆむなしうなり給しさはきにはゝに侍し人はやかてやまひつきてほ ともへすかくれ侍にしかはいとゝおもふたまへしつみふち衣たちかさねかなし きことをおもひたまへし程にとしころよからぬ人の心をつけたりけるか人をは かりこちてにしのうみのはてまてとりもてまかりにしかは京のことさへあとた えてその人もかしこにてうせ侍にし後とゝせあまりにてなんあらぬよの心ちし てまかりのほりたりしをこの宮はちゝかたにつけてわらはよりまいりかよふゆ へ侍しかはいまはかう世にましらふへきさまにも侍らぬをれせい院の女御殿の 御かたなとこそはむかしきゝなれたてまつりしわたりにてまいりよるへく侍し かとはしたなくおほえ侍てえさしいて侍らてみ山かくれのくち木になりにて侍 なりこしゝうはいつかうせ侍にけんそのかみのわかさかりとみ侍し人はかすゝ" }, { "vol": 45, "page": 1540, "text": "くなくなり侍にけるすゑのよにおほくの人にをくるゝいのちをかなしくおもひ 給へてこそさすかにめくらひ侍れなときこゆるほとにれひのあけはてぬよしさ らはこのむかし物かたりはつきすへくなんあらぬまた人きかぬ心やすき所にて きこえんしゝうといひし人はほのかにおほゆるはいつゝむつはかりなりし程に やにはかにむねをやみてうせにきとなむきくかゝるたひめむなくはつみおもき 身にてすきぬへかりける事なとのたまふさゝやかにおしまきあわせたるほくと ものかひくさきをふくろにぬひいれたるとりいててたてまつるおまへにてうし なはせ給へわれなをいくへくもあらすなりにたりとのたまはせてこの御ふみを とりあつめてたまはせたりしかはこしゝうにまたあひみ侍らむついてにさたか につたへまいらせむとおもひたまへしをやかてわかれ侍にしもわたくしことに はあかすかなしうなんおもふ給ふるときこゆつれなくてこれはかくいたまいつ かやうのふる人はとはすかたりにやあやしきことのためしにいひいつらむとく るしくおほせとかへす〱もちらさぬよしをちかひつるさもやとまたおもひみ たれたまふ御かゆこはいひなとまいりたまふ昨日はいとまひなりしをけふはう" }, { "vol": 45, "page": 1541, "text": "ちの御物いみもあきぬらん院の女一の宮なやみ給ふ御とふらひにかならすまい るへけれはかた〱いとまなく侍をまたこのころすくして山のもみち散らぬさ きにまいるへきよしきこえたまふかくしはしはたちよらせたまふひかりに山の かけもすこしものあきらむる心ちしてなんなとよろこひきこえたまふかへり給 ひてまつこのふくろをみ給へはからのふせむれうをぬひて上といふもしをうへ にかきたりほそきくみしてくちのかたをゆひたるにかの御名のふうつきたりあ くるもおそろしうおほえたまふ色〱のかみにてたまさかにかよひける御ふみ の返こといつゝむつそあるさてはかの御てにてやまひはおもくかきりになりに たるにまたほのかにもきこえむことかたくなりぬるをゆかしうおもふことはそ ひにたり御かたちもかはりておはしますらむかさま〱かなしきことをみちの くにかみ五六枚につふ〱とあやしきとりのあとのやうにかきて めのまへにこの世をそむく君よりもよそにわかるゝ玉そかなしき又はしに めつらしくきゝ侍るふた葉のほともうしろめたうおもふたまふるかたはなけれ と" }, { "vol": 45, "page": 1542, "text": "命あらはそれともみまし人しれぬ岩ねにとめし松のおいすゑかきさしたる やうにいとみたりかはしうてこしゝうの君にとうへにはかきつけたりしみとい ふむしのすみかになりてふるめきたるかひくさゝなからあとはきえすたゝいま かきたらんにもたかはぬことの葉とものこまゝとさたかなるをみ給ふにけに おちゝりたらましよとうしろめたういとおしき事ともなりかゝること世にまた あらむやと心ひとつにいとゝ物思はしさそひてうちへまいらむとおほしつるも いてたゝれす宮のおまへにまいり給へれはいとなに心もなくわかやかなるさま し給ひて経よみたまふをはちらひてもてかくし給へりなにかはしりにけりとも しられたてまつらむなとこゝろにこめてよろつにおもひゐたまへり" }, { "vol": 46, "page": 1547, "text": "きさらきのはつかのほとに兵部卿の宮はつせにまうて給ふるき御願なりけれと おほしもたゝてとしころになりにけるをう治のわたりの御なかやとりのゆかし さにおほくはもよほされ給へるなるへしうらめしといふ人もありけるさとのな のなへてむつましうおほさるゝゆへもはかなしやかむたちめいとあまたつかう まつり給殿上人なとはさらにもいはすよにのこるひとすくなうつかうまつれり 六条の院よりつたはりて右大殿しり給所は川よりをちにいとひろくおもしろく てあるにおほむまうけせさせ給へりおとゝもかへさの御むかへにまいりたまふ へくおほしたるをにはかなる御物いみのおもくつゝしみ給ふへく申たなれはえ まいらぬよしのかしこまり申給へり宮なますさましとおほしたるにさい将の中 将けふの御むかへにまいりあひ給へるに中〱心やすくてかのわたりのけしき もつたへよらむと御心ゆきぬおとゝをはうちとけてみえにくゝこと〱しき物 に思ひきこえ給へり御この君たち右大弁しゝうのさい将権中将とうの少将くら 人の兵衛のすけなとさふらひ給みかときさきも心ことに思ひきこえ給へる宮な れは大方の御おほえもいとかきりなくまいて六条の院の御かたさまはつき〱" }, { "vol": 46, "page": 1548, "text": "の人もみなわたくしの君に心よせつかうまつり給ところにつけて御しつらひな とおかしうしなしてこすくろくたきのはむともなとゝりいてゝ心心にすさひく らし給宮はならひ給はぬ御ありきになやましくおほされてこゝにやすらはむの 御心もふかけれはうちやすみ給て夕つかたそ御ことなとめしてあそひ給例のか うよはなれたる所は水のをとももてはやしてものゝねすみまさる心ちしてかの ひしりの宮にもたゝさしわたるほとなれはをひ風に吹くるひゝきを聞給にむか しのことおほしいてられてふえをいとおかしうもふきとをしたなるかなたれな らんむかしの六条院の御ふえのねきゝしはいとおかしけにあい行つきたる音に こそ吹給しかこれはすみのほりてこと〱しきけのそひたるはちしのおとゝの 御そうのふえの音にこそにたなれなとひとりこちおはすあはれに久しう成にけ りやかやうのあそひなともせてあるにもあらてすくしきにけるとし月のさすか におほくかそへらるゝこそかひなけれなとの給ついてにもひめ君たちの御有さ まあたらしくかゝる山ふところにひきこめてはやますもかなとおほしつゝけら るさい将の君のおなしうはちかきゆかりにてみまほしけなるをさしもおもひよ" }, { "vol": 46, "page": 1549, "text": "るましかめりまいていまやうの心あさからむ人をはいかてかはなとおほしみた れつれ〱となかめ給所は春の夜もいとあかしかたきを心やり給へるたひねの やとりはゑいのまきれにいととうあけぬる心ちしてあかすかへらむことを宮は おほすはる〱とかすみわたれる空にちる桜あれは今ひらけそむるなと色〱 みわたさるゝに川そひ柳のおきふしなひく水かけなとおろかならすおかしきを みならひ給はぬ人はいとめつらしくみすてかたしとおほさるさい将はかゝるた よりをすくさすかの宮にまうてはやとおほせとあまたの人めをよきてひとりこ きいて給はんふなわたりのほともかろらかにやとおもひやすらひ給ほとにかれ より御ふみあり 山風にかすみふきとくこゑはあれとへたてゝみゆるをちのしら浪さうにい とおかしうかき給へり宮おほすあたりのとみ給へはいとおかしうおほいてこの 御返はわれせんとて をちこちの汀になみはへたつともなをふきかよへうちの河風中将はまうて 給あそひに心入たる君たちさそひてさしやり給ほとかむすいらくあそひて水に" }, { "vol": 46, "page": 1550, "text": "のそきたるらうにつくりおろしたるはしの心はえなとさる方にいとおかしうゆ へある宮なれは人〻心して舟よりおり給こゝは又さまことに山さとひたるあし ろ屏風なとのことさらにことそきてみところある御しつらひをさる心してかき はらひいといたうしなし給へりいにしへのねなといとになきひき物ともをわさ とまうけたるやうにはあらてつき〱ひきいて給て一こつてうの心にさくら人 あそひ給ふあるしの宮御きむをかゝるついてにと人〻思給へれとさうのことを そ心にもいれすおり〱かきあはせ給みゝなれぬけにやあらむいと物ふかくお もしろしとわかき人〻思しみたり所につけたるあるしいとおかしうし給てよそ におもひやりしほとよりはなまそむ王めくいやしからぬ人あまたおほきみ四位 のふるめきたるなとかく人めみるへきおりとかねていとおしかりきこえけるに やさるへきかきりまいりあひてへいしとる人もきたなけならすさるかたにふる めきてよし〱しうもてなし給へりまらうとたちは御むすめたちのすまひ給ふ らん御有さま思やりつゝ心つく人も有へしかの宮はまいてかやすきほとならぬ 御身をさへところせくおほさるゝをかゝる折にたにとしのひかね給ておもしろ" }, { "vol": 46, "page": 1551, "text": "き花のえたをおらせ給て御ともにさふらふうへわらはのおかしきして奉り給 山さくらにほふあたりにたつねきておなしかさしをおりてける哉のをむつ ましみとやありけん御かへりはいかてかはなときこえにくゝおほしわつらふか ゝるおりのことわさとかましくもてなしほとのふるも中〱にくきことになむ しはへりしなとふる人ともきこゆれは中君にそかゝせたてまつり給 かさしおる花のたよりに山かつのかきねをすきぬ春のたひ人のをわきてし もといとおかしけにらう〱しくかきたまへりけに川風も心わかぬさまにふき かよふものゝねともおもしろくあそひ給ふ御むかへにとう大納言おほせことに てまいり給へり人〻あまたまいりつとひ物さはかしくてきおひかへり給わかき 人〻あかすかへりみのみせられける宮は又さるへきついてしてとおほす花さか りにてよものかすみもなかめやるほとの見所あるにからのもやまとのもうたと もおほかれとうるさくてたつねもきかぬなり物さはかしくておもふまゝにもえ いひやらすなりにしをあかす宮はおほしてしるへなくても御ふみはつねにあり けり宮もなをきこえ給へわさとけさうたちてももてなさし中〱心ときめきに" }, { "vol": 46, "page": 1552, "text": "もなりぬへしいとすき給へるみこなれはかゝる人なむと聞給かなをもあらぬす さひなめりとそゝのかし給ふ時〻中の君そきこえ給ひめ君はかやうのことたは ふれにももてはなれ給へる御心ふかさなりいつとなく心ほそき御有さまに春の つれ〱はいとゝくらしかたくなかめ給ねひまさり給御さまかたちともいよ 〱まさりあらまほしくおかしきも中〻心くるしくかたほにもおはせましかは あたらしうおしきかたのおもひはうすくやあらましなとあけくれおほしみたる あね君廿五中君廿三にそなり給ける宮はおもくつゝしみ給へきとしなりけり物 心ほそくおほして御おこなひ常よりもたゆみなくし給世に心とゝめ給はねはい てたちいそきをのみおほせはすゝしきみちにもおもむき給ぬへきをたゝこの御 ことゝもにいと〱おしくかきりなき御心つよさなれとかならす今はとみすて 給はむ御心はみたれなむとみたてまつる人もをしはかりきこゆるをおほすさま にはあらすともなのめにさても人きゝくちおしかるましうみゆるされぬへきき はの人のま心にうしろみきこえんなとおもひよりきこゆるあらはしらすかほに てゆるしてむひとゝころ〱よにすみつき給よすかあらはそれをみゆつるかた" }, { "vol": 46, "page": 1553, "text": "になくさめをくへきをさまてふかき心にたつねきこゆる人もなしまれ〱はか なきたよりにすきこときこえなとする人はまたわか〱しき人の心のすさひに 物まうての中やとりゆきゝのほとのなをさりことにけしきはみかけてさすかに かくなかめ給有さまなとをしはかりあなつらはしけにもてなすはめさましうて なけのいらへをたにせさせ給はす三宮そ猶みてはやましとおほす御心ふかゝり けるさるへきにやおはしけむさい将の中将その秋中納言になり給ぬいとゝにほ ひまさり給世のいとなみにそへてもおほすことおほかりいかなることゝいふせ く思わたりし年ころよりも心くるしうてすき給にけむいにしゑさまの思やらる ゝにつみかろくなり給はかりおこなひもせまほしくなむかのおい人をはあはれ なる物に思をきていちしるきさまならすとかくまきらはしつゝ心よせとふらひ 給うちにまうてゝひさしうなりにけるを思いてゝまいり給へり七月はかりに成 にけり宮こにはまたいりたゝぬ秋のけしきをゝとはの山ちかく風の音もいとひ やゝかにまきの山へもわつかに色つきて猶たつねきたるにおかしうめつらしう おほゆるを宮はまいて例よりもまちよろこひきこえ給て此たひは心ほそけなる" }, { "vol": 46, "page": 1554, "text": "物語いとおほく申給なからむ後この君たちをさるへきものゝたよりにもとふら ひおもひすてぬ物にかすまへ給へなとおもむけつゝきこえ給へはひとことにて もうけたまはりをきてしかはさらに思給へおこたるましくなん世中に心をとゝ めしとはふき侍身にてなにこともたのもしけなきおいさきのすくなさになむは へれとさるかたにてもめくらいはへらむかきりはかはらぬ心さしを御らむしし らせんとなむ思給ふるなときこえ給へはうれしとおほひたり夜ふかき月のあき らかにさしいてゝ山のはちかき心ちするにねむすいとあはれにし給てむかし物 かたりし給この比の世はいかゝなりにたらむくちうなとにてかやうなる秋の月 に御まへの御あそひのおりにさふらひあひたる中にものゝ上すとおほしきかき りとり〱にうちあはせたるひやうしなとこと〱しきよりもよしありとおほ えある女御かういの御つほね〱のをのかしゝはいとましく思うはへのなさけ をかはすへかめるによふかき程の人のけしめりぬるに心やましくかいしらへほ のかにほころひいてたるものゝねなときゝ所あるかおほかりしかなゝに事にも をんなはもてあそひのつまにしつへくものはかなき物から人の心をうこかすく" }, { "vol": 46, "page": 1555, "text": "さはいになむ有へきされはつみのふかきにやあらんこの道のやみを思やるにも をのこはいとしもおやの心をみたさすやあらむ女はかきりありていふかひなき かたに思すつへきにもなをいと心くるしかるへきなとおほかたのことにつけて の給へるいかゝさおほさゝらむ心くるしく思やらるゝ御心のうち也すへてまこ とにしか思給へすてたるけにやはへらむみつからのことにてはいかにも〱ふ かう思しるかたのはへらぬをけにはかなきことなれとこゑにめつる心こそそむ きかたきことに侍りけれさかしうひしりたつかせうもされはやたちてまひはへ りけむなときこえてあかすひとこゑきゝし御ことのねをせちにゆかしかり給へ はうと〱しからぬはしめにもとやおほすらむ御みつからあなたにいり給てせ ちにそゝのかしきこえ給さうのことをそいとほのかにかきならしてやみ給ぬる いとゝ人のけはひもたえてあはれなるそらのけしきところのさまにわさとなき 御あそひの心にいりておかしうおほゆれとうちとけてもいかてかはひきあはせ 給はむをのつからかはかりならしそめつるのこりはよこもれるとちにゆつりき こえてんとて宮は仏の御前にいり給ひぬ" }, { "vol": 46, "page": 1556, "text": "我なくて草の庵りはあれぬともこのひとことはかれしとそ思かゝるたいめ んもこのたひやかきりならむともの心ほそきにしのひかねてかたくなしきひか ことおほくもなりぬるかなとてうちなき給まらうと いかならむ世にかかれせむなかきよの契むすへる草のいほりはすまひなと おほやけことゝもまきれはへる比すきて候はむなときこえ給こなたにてかのと はすかたりのふる人めしいてゝのこりおほかる物かたりなとせさせ給いりかた の月くまなくさし入てすきかけなまめかしきに君たちもおくまりておはすよの つねのけさうひてはあらす心ふかう物かたりのとやかにきこえつゝものし給へ はさるへき御いらへなときこえたまふ三宮いとゆかしうおほいたる物をと心の うちには思いてつゝ我心なからなを人にはことなりかしさはかり御心もてゆる ひ給ことのさしもいそかれぬよもてはなれてはたあるましきことゝはさすかに おほえすかやうにて物をもきこえかはしおりふしの花もみちにつけてあはれを もなさけをもかよはすにゝくからす物し給あたりなれはすくせことにてほかさ まにもなり給はむはさすかに口おしかるへう両したる心ちしけりまたよふかき" }, { "vol": 46, "page": 1557, "text": "ほとにかへり給ぬ心ほそくのこりなけにおほいたりし御けしきを思いてきこえ 給つゝさはかしきほとすくしてまうてむとおほす兵部卿の宮もこの秋のほとに もみちみにおはしまさむとさるへきついてをおほしめくらす御ふみはたえすた てまつり給をんなはまめやかにおほすらんとも思給はねはわつらはしくもあら てはかなきさまにもてなしつゝおり〱にきこえかはし給秋ふかくなり行まゝ に宮はいみしう物心ほそくおほえ給けれは例のしつかなる所にて念仏をもまき れなうせむとおほして君たちにもさるへきこときこえ給世のことゝしてついの わかれをのかれぬわさなめれとおもひなくさまんかたありてこそかなしさをも さます物なめれまたみゆつる人もなく心ほそけなる御有さまともをうちすてゝ むかいみしきことされともさはかりのことにさまたけられてなかき世のやみに さへまとはむかやくなさをかつみたてまつるほとたに思すつる世をさりなんう しろのことしるへきことにはあらねと我身ひとつにあらすゝき給にし御おもて ふせにかる〱しき心ともつかひ給なおほろけのよすかならて人のことにうち なひきこの山さとをあくかれ給なたゝかう人にたかひたる契ことなる身とおほ" }, { "vol": 46, "page": 1558, "text": "しなしてこゝによをつくしてんと思とり給へひたふるに思なせはことにもあら すゝきぬる年月なりけりましてをんなはさるかたにたえこもりていちしるくい とをしけなるよそのもときをおはさらむなんよかるへきなとの給ともかくも身 のならんやうまてはおほしもなかされすたゝいかにしてかをくれたてまつりて は世にかた時もなからふへきとおほすにかく心ほそきさまの御あらましことに いふかたなき御心まとひともになむ心のうちにこそおもひすて給つらめとあけ くれ御かたはらにならはいたまうてにはかにわかれ給はむはつらき心ならねと けにうらめしかるへき御有さまになむありけるあすいり給はむとての日は例な らすこなたかなたたゝすみありき給てみ給いとものはかなくかりそめのやとり にてすくひ給ける御すまひの有さまをなからむ後いかにしてかはわかき人のた えこもりてはすくひ給はむと涙くみつゝねんすし給さまいときよけなりおとな ひたる人〻めしいてゝうしろやすくつかうまつれなに事もゝとよりかやすく世 にきこえ有ましきゝはの人はすゑのおとろへもつねのことにてまきれぬへかめ りかゝるきはになりぬれは人はなにと思はさらめと口おしうてさすらへむ契か" }, { "vol": 46, "page": 1559, "text": "たしけなくいとおしきことなむおほかるへき物さひしく心ほそきよをふるは例 の事也むまれたるいゑのほとをきてのまゝにもてなしたらむなむきゝみゝにも わか心ちにもあやまちなくはおほゆへきにきはゝしくひとかすめかむと思とも その心にもかなふましきよとならはゆめ〱かろ〱しくよからぬかたにもて なしきこゆなゝとの給またあか月にいて給とてもこなたにわたり給てなからむ ほと心ほそくなおほしわひそ心はかりはやりてあそひなとはし給へなにことも 思にえかなふましき世をおほしいられそなとかへりみかちにて出給ぬふた所い とゝ心ほそくもの思つゝけられておきふしうちかたらひつゝひとり〱なから ましかはいかてあかしくらさまし今行すゑもさためなき世にてもしわかるゝや うもあらはなとなきみわらひみたはふれこともまめこともおなし心になくさめ かはしてすくし給かのおこなひ給三まい今日はてぬらんといつしかとまちきこ え給夕くれに人まいりてけさよりなやましくてなむえまいらぬかせかとてとか くつくろふとものするほとになむさるは例よりもたいめむ心もとなきをと聞え 給へりむねつふれていかなるにかとおほしなけき御そともわたあつくていそき" }, { "vol": 46, "page": 1560, "text": "せさせ給てたてまつれなとし給二三日おこたり給はすいかに〱と人たてまつ り給へとことにおとろ〱しくはあらすそこはかとなくくるしうなむすこしも よろしくならはいまねんしてなとことはにて聞え給あさりつとさふらひてつか うまつりけるはかなき御なやみとみゆれとかきりのたひにもおはしますらん君 たちの御事なにかおほしなけくへき人はみな御すくせといふ物こと〱なれは 御心にかゝるへきにもおはしまさすといよ〱おほしはなるへきことをきこえ しらせつゝ今さらにないて給そといさめ申成けり八月廿日のほとなりけりおほ かたの空のけしきもいとゝしきころ君たちはあさゆふきりのはるゝまもなくお ほしなけきつゝなかめ給あり明の月のいとはなやかにさしいてゝ水のおもても さやかにすみたるをそなたのしとみあけさせてみいたし給へるにかねのこゑか すかにひゝきてあけぬなりときこゆるほとに人〻きてこの夜なかはかりになむ うせ給ぬるとなく〱申す心にかけていかにとはたえす思きこえ給へれとうち きゝ給にはあさましく物おほえぬ心地していとゝかゝることには涙もいつちか いにけんたゝうつふしふし給へりいみしきめもみるめのまへにておほつかなか" }, { "vol": 46, "page": 1561, "text": "らぬこそつねのことなれおほつかなさそひておほしなけくことことはり也しは しにてもをくれたてまつりて世に有へき物とおほしならはぬ御心ちともにてい かてかはをくれしとなきしつみ給へとかきりあるみちなりけれはなにのかひな しあさりとし比契りをき給けるまゝに後の御こともよろつにつかうまつるなき 人になり給へらむ御さまかたちをたに今一たひみたてまつらんとおほしの給へ といまさらになてうさることかはへるへき日ころも又あひ給ましきことをきこ えしらせつれは今はましてかたみに御心とゝめ給ましき御心つかひをならひ給 へきなりとのみきこゆおはしましける御有さまをきゝ給にもあさりのあまりさ かしきひしり心をにくゝつらしとなむおほしける入道の御ほいはむかしよりふ かくおはせしかとかうみゆつる人なき御ことゝものみすてかたきをいけるかき りはあけくれえさらすみたてまつるを世に心ほそき世のなくさめにもおほしは なれかたくてすくひ給へるをかきりあるみちにはさきたち給もしたひ給御心も かなはぬわさ也けり中納言殿にはきゝ給ていとあえなく口おしく今一たひ心の とかにてきこゆへかりけることおほうのこりたる心ちしておほかた世の有さま" }, { "vol": 46, "page": 1562, "text": "おもひつゝけられていみしうない給又あひみることかたくやなとの給しをなを つねの御心にもあさ夕のへたてしらぬ世のはかなさを人よりけに思給へりしか はみゝなれて昨日けふと思はさりけるを返〻あかすかなしくおほさるあさりの もとにも君たちの御とふらひもこまやかにきこえ給かゝる御とふらひなと又を とつれきこゆる人たになき御有さまなるはものおほえぬ御心ちともにもとしこ ろの御心はえのあはれなめりしなとをも思しり給よのつねのほとのわかれたに さしあたりては又たくひなきやうにのみみな人の思まとふ物なめるをなくさむ かたなけなる御身ともにていかやうなる心地ともし給らむとおほしやりつゝ後 の御わさなと有へきことゝもをしはかりてあさりにもとふらひ給こゝにもおい 人ともにことよせて御す経なとのことも思やり給あけぬよの心ちなから九月に もなりぬの山のけしきましてそてのしくれをもよをしかちにともすれはあらそ ひおつるこのはのをとも水のひゝきも涙のたきもひとつものゝやうにくれまと ひてかうてはいかてかゝきりあらむ御いのちもしはしめくらい給はむとさふら ふ人〻は心ほそくいみしくなくさめきこえつゝこゝにもねむ仏のそうさふらひ" }, { "vol": 46, "page": 1563, "text": "ておはしましゝかたは仏をかたみにみたてまつりつゝ時〻まいりつかうまつり し人〻の御いみにこもりたるかきりはあはれにおこなひてすくす兵部卿の宮よ りもたひ〱とふらひきこえ給さやうの御かへりなときこえん心ちもし給はす おほつかなけれは中納言にはかうもあらさなるを我をはなを思はなち給へるな めりとうらめしくおほすもみちのさかりにふみなとつくらせ給はむとていてた ち給しをかくこのわたりの御せうようひむなきころなれはおほしとまりて口お しくなん御いみもはてぬかきりあれは涙もひまもやとおほしやりていとおほく かきつゝけ給へりしくれかちなるゆふつかた をしかなく秋の山さといかならむこ萩か露のかゝる夕くれたゝ今の空のけ しきおほしゝらぬかほならむもあまり心つきなくこそ有へけれかれゆく野へも わきてなかめらるゝ比になむなとありけにいとあまり思しらぬやうにてたひ 〱になりぬるをなをきこえ給へなとなかの宮をれいのそゝのかしてかゝせた てまつり給けふまてなからへてすゝりなとちかくひきよせてみるへき物とやは 思し心うくもすきにけるひかすかなとおほすに又かきくもりものみえぬ心ちし" }, { "vol": 46, "page": 1564, "text": "給へはをしやりてなをえこそかきはへるましけれやう〱かうおきゐられなと しはへるかけにかきりありけるにこそとおほゆるもうとましう心うくてとらう たけなるさまになきしほれておはするもいと心くるし夕くれのほとよりきける 御つかひよひすこしすきてそきたるいかてかゝへりまいらんこよひはたひねし てといはせ給へとたちかへりこそまいりなめといそけはいとおしうて我さかし う思しつめ給にはあらねとみわつらひたまひて なみたのみきりふたかれる山里はまかきに鹿そもろこゑになくゝろきかみ によるのすみつきもたと〱しけれはひきつくろふところもなくふてにまかせ てをしつつみていたし給ひつ御つかひはこはたの山のほともあめもよにいとお そろしけなれとさやうの物をちすましきをやえりいて給けむゝつかしけなるさ ゝのくまをこまひきとゝむるほともなくうちはやめてかた時にまいりつきぬ御 まへにてもいたくぬれてまいりたれはろくたまふさき〱御らむせしにはあら ぬてのいますこしおとなひまさりてよしつきたるかきさまなとをいつれかいつ れならむとうちもをかす御らむしつゝとみにもおほとのこもらねはまつとてお" }, { "vol": 46, "page": 1565, "text": "きおはしまし又御らむするほとのひさしきはいかはかり御心にしむことならん とおまへなる人〻さゝめききこえてにくみきこゆねふたけれはなめりまたあさ きりふかきあしたにいそきおきてたてまつり給 あさきりにともまとはせる鹿の音をおほかたにやはあはれともきくもろこ ゑはおとるましくこそとあれとあまりなさけたゝんもうるさしひとゝころの御 かけにかくろへたるをたのみところにてこそなにことも心やすくてすこしつれ 心より外になからへておもはすなることのまきれつゆにてもあらはうしろめた けにのみおほしをくめりしなき御たまにさへきすやつけたてまつらんとなへて いとつゝましうおそろしうてきこえ給はすこの宮なとをかろらかにをしなへて のさまにも思きこえ給はすなけのはしりかいたまへる御ふてつかひことのはも おかしきさまになまめき給へる御けはひをあまたはみしり給はねとみたまひな からそのゆへ〱しくなさけあるかたにことをませきこえむもつきなき身の有 さまともなれはなにかたゝかゝる山ふしたちてすくしてむとおほす中納言殿の 御かへりはかりはかれよりもまめやかなるさまにきこえ給へはこれよりもいと" }, { "vol": 46, "page": 1566, "text": "けうとけにはあらすきこえかよひ給御いみはてゝもみつからまうて給へりひむ かしのひさしのくたりたるかたにやつれておはするにちかう立より給てふる人 めしいてたりやみにまとひ給へる御あたりにいとまはゆくにほひみちていりお はしたれはかたはらいたうて御いらへなとをたにえし給はねはかやうにはもて なひ給はてむかしの御心むけにしたかひきこえ給はんさまならむこそきこえう け給るかひあるへけれなよひけしきはみたるふるまひをならひ侍らねはひとつ てにきこえはへるはことのはもつゝきはへらすとあれはあさましう今まてなか らへはへるやうなれと思さまさんかたなき夢にたとられはへりてなむ心より外 に空のひかりみはへらむもつゝましうてはしちかうもえみしろきはへらぬとき こえ給へれはことゝいへはかきりなき御心のふかさになむ月日のかけは御心も てはれ〱しくもていてさせ給はゝこそつみもはへらめゆくかたもなくいふせ うおほえはへり又おほさるらむはし〱をもあきらめきこえまほしくなむと申 給へはけにこそいとたくひなけなめる御有さまをなくさめきこえ給御心はえの あさからぬほとなときこえしらす御心ちにもさこそいへやう〱心しつまりて" }, { "vol": 46, "page": 1567, "text": "よろつ思しられ給へはむかしさまにてもかうまてはるけきのへをわけいり給へ る心さしなとも思しり給へしすこしゐさりより給へりおほすらんさま又の給契 しことなといとこまやかになつかしういひてうたてをゝしきけはひなとはみえ 給はぬ人なれはけうとくすゝろはしくなとはあらねとしらぬ人にかくこゑをき かせたてまつりすゝろにたのみかほなることなともありつるひころを思つゝく るもさすかにくるしうてつゝましけれとほのかにひとことなといらへきこえ給 さまのけによろつ思ほれ給へるけはひなれはいとあはれときゝたてまつり給ふ くろき木丁のすきかけのいと心くるしけなるにましておはすらんさまほのみし あけくれなと思いてられて 色かはるあさちをみてもすみそめにやつるゝ袖を思ひこそやれとひとりこ とのやうにのたまへは 色かはる袖をはつゆのやとりにてわか身そさらにをき所なきはつるゝいと はとすゑはいひけちていといみしくしのひかたきけはひにていり給ぬなりひき とゝめなとすへきほとにもあらねはあかすあはれにおほゆおい人そこよなき御" }, { "vol": 46, "page": 1568, "text": "かはりにいてきてむかし今をかきあつめかなしき御ものかたりともきこゆあり かたくあさましきことゝもをもみたる人なりけれはかうあやしくおとろへたる 人ともおほしすてられすいとなつかしうかたらひ給いはけなかりしほとにこ院 にをくれたてまつりていみしうかなしき物は世なりけりと思しりにしかはひと ゝなり行よはひにそへてつかさくらゐ世中のにほひもなにともおほえすなんた ゝかうしつやかなる御すまゐなとの心にかなひ給へりしをかくはかなくみなし たてまつりなしつるにいよ〱いみしくかりそめの世の思しらるゝ心ももよほ されにたれと心くるしうてとまり給へる御ことゝものほたしなときこえむはか け〱しきやうなれとなからへてもかの御ことあやまたすきこえうけたまはら まほしさになんさるはおほえなき御ふる物かたりきゝしよりいとゝ世中にあと ゝめむともおほえすなりにたりやうちなきつゝの給へはこの人はましていみし くなきてえもきこえやらす御けはひなとのたゝそれかとおほえ給にとし比うち わすれたりつるいにしへの御ことをさへとりかさねてきこえやらむかたもなく おほゝれゐたりこの人はかの大納言の御めのとこにてちゝはこのひめ君たちの" }, { "vol": 46, "page": 1569, "text": "母きたのかたのはゝかたのをち左中弁にてうせにけるかこなりけりとしころと をきくににあくかれはゝ君もうせ給てのちかのとのにはうとくなりこの宮には たつねとりてあらせ給なりけり人もいとやむことなからすみやつかへなれにた れと心ちなからぬ物に宮もおほしてひめ君たちの御うしろみたつ人になし給へ るなりけりむかしの御ことはとしころかくあさゆふにみたてまつりなれ心へた つるくまなく思きこゆ君たちにもひとことうちいてきこゆるついてなくしのひ こめたりけれと中納言の君はふる人のとはすかたりみなれいのことなれはをし なへてあは〱しうなとはいひひろけすともいとはつかしけなめる御心ともに はきゝをき給へらむかしとをしはからるゝかねたくもいとおしくもおほゆるに そ又もてはなれてはやましとおもひよらるゝつまにもなりぬへき今はたひねも すゝろなる心ちしてかへり給にもこれやかきりのなとの給しをなとかさしもや はとうちたのみて又みたてまつらすなりにけむ秋やはかはれるあまたの日かす もへたてぬほとにおはしにけむかたもしらすあえなきわさなりやことに例のひ とめいたる御しつらひなくいとことそき給めりしかといと物きよけにかきはら" }, { "vol": 46, "page": 1570, "text": "ひあたりおかしくもてない給へりし御すまゐもたいとこたちいていりこなたか なたひきへたてつゝ御ねむすのくともなとそかはらぬさまなれと仏はみなかの てらにうつしたてまつりてむとすときこゆるをきゝ給にもかゝるさまのひとか けなとさへたえはてんほとゝまりて思給はむ心ちともをくみきこえ給もいとむ ねいたうおほしつゝけらるいたくくれはへりぬと申せはなかめさしてたち給に かりなきてわたる 秋きりのはれぬ雲ゐにいとゝしくこのよをかりといひしらすらむ兵部卿の 宮にたいめんし給時はまつこの君たちの御ことをあつかひくさにし給今はさり とも心やすきをとおほして宮はねん比に聞え給けりはかなき御かへりもきこえ にくゝつゝましきかたにをむなかたはおほいたりよにいといたうすき給へる御 名のひろこりてこのましくえむにおほさるへかめるもかういとうつもれたるむ くらのしたよりさしいてたらむてつきもいかにうゐ〱しくふるめきたらむな と思くし給へりさてもあさましうてあけくらさるゝは月日成けりかくたのみか たかりける御よを昨日今日とは思はてたゝおほかたさためなきはかなさはかり" }, { "vol": 46, "page": 1571, "text": "をあけくれのことにきゝみしかと我も人もをくれさきたつほとしもやはへむな とうち思けるよきしかたを思つゝくるもなにのたのもしけなる世にもあらさり けれとたゝいつとなくのとかになかめすくしものおそろしくつゝましきことも なくてへつる物を風のをともあらゝかに例みぬ人かけもうちつれこはつくれは まつむねつふれて物おそろしくわひしうおほゆることさへそひにたるかいみし うたへかたきことゝふた所うちかたらひつゝほすよもなくてすくし給にとしも くれにけり雪あられふりしくころはいつくもかくこそはある風のをとなれと今 はしめて思いりたらむやますみの心ちし給ふをむなはらなとあはれとしはかは りなんとす心ほそくかなしきことをあらたまるへき春まちいてゝしかなと心を けたすいふもありかたき事かなときゝ給むかひの山にも時〻の御念仏にこもり 給しゆへこそ人もまいりかよひしかあさりもいかゝとおほかたにまれにをとつ れきこゆれと今はなにしにかはほのめきまいらむいとゝ人めのたえはつるもさ るへきことゝ思なからいとかなしくなんなにともみさりし山かつもおはしまさ て後たまさかにさしのそきまいるはめつらしくおもほえ給このころのことゝて" }, { "vol": 46, "page": 1572, "text": "たきゝこのみひろひてまいる山人ともありあさりのむろよりすみなとやうの物 たてまつるとてとしころにならひはへりにける宮つかへの今とてたえはつらん か心ほそさになむときこえたりかならす冬こもる山風ふせきつへきわたきぬな とつかはしゝをおほしいてゝやり給ほうしはらわらはへなとのゝほり行もみえ みみえすみいとゆきふかきをなく〱たちいてゝみをくり給御くしなとをろい たまうてけるさるかたにておはしまさましかはかやうにかよひまいる人もをの つからしけからましいかにあはれに心ほそくともあひみたてまつることたえて やまゝしやはなとかたらひ給ふ 君なくて岩のかけみちたえしより松の雪をもなにとかはみるなかの宮 おく山の松葉につもる雪とたにきえにし人を思はましかはうらやましくそ 又もふりそふや中納言の君あたらしきとしはふとしもえとふらひきこえさらん とおほしておはしたりゆきもいとゝころせきによろしき人たにみえすなりにた るをなのめならぬけはひしてかろらかにものし給へる心はえのあさうはあらす 思しられ給へは例よりはみいれておましなとひきつくろはせ給すみそめならぬ" }, { "vol": 46, "page": 1573, "text": "御火をけおくなるとりいてゝちりかきはらひなとするにつけても宮のまちよ ろこひ給し御けしきなとを人〻もきこえいつたいめんし給ことをはつゝまし くのみおほいたれと思くまなきやうに人の思給へれはいかゝはせむとてきこ え給うちとくとはなけれとさき〱よりはすこしことのはつゝけてものなとの 給へるさまいとめやすく心はつかしけなりかやうにてのみはえすくしはつまし と思なり給もいとうちつけなる心かなゝをうつりぬへきよなりけりと思ゐ給へ り宮のいとあやしくうらみ給ふことのはへるかなあはれなりし御ひとことをう け給りをきしさまなとことのついてにもやもらしきこえたりけんまたいとくま なき御心のさかにてをしはかり給にやはへらんこゝになむともかくもきこえさ せなすへきとたのむをつれなき御けしきなるはもてそこなひきこゆるそとたひ 〱ゑんし給へは心より外なることゝ思たまふれとさとのしるへいとこよなう もえあらかひきこえぬをなにかはいとさしもゝてなしきこえ給はむすい給へる やうに人はきこえなすへかめれと心の底あやしくふかうおはする宮なりなをさ りことなとの給わたりの心かろうてなひきやすなるなとをめつらしからぬもの" }, { "vol": 46, "page": 1574, "text": "に思おとし給にやとなむきくこともはへるなにことにもあるにしたかひて心を たつるかたもなくおとけたる人こそたゝ世のもてなしにしたかひてとあるもか ゝるもなのめにみなしすこし心にたかふふしあるにもいかゝはせむさるへきそ なとも思なすへかめれは中〱心なかきためしになるやうもありくつれそめて はたつたの川のにこるなをもけかしいふかひなくなこりなきやうなることなと もみなうちましるめれ心のふかうしみ給ふへかめる御心さまにかなひことにそ むくことおほくなと物し給はさらむをはさらにかろ〱しくはしめをはりたか ふやうなることなとみせ給ましきけしきになむ人のみたてまつりしらぬことを いとようみきこえたるをもしにつかはしくさもやとおほしよらはそのもてなし なとは心のかきりつくしてつかうまつりなむかし御なかみちのほとみたりあし こそいたからめといとまめやかにていひつゝけ給へは我御身つからのことゝは おほしもかけす人のおやめきていらへんかしとおほしめくらし給へとなをいふ へきことのはもなき心ちしていかにとかはかけ〱しけにの給つゝくるに中 〱きこえんこともおほえはへらてとうちわらひ給へるもおいらかなるものか" }, { "vol": 46, "page": 1575, "text": "らけはひおかしうきこゆかならす御みつからきこしめしおふへきことゝも思給 へすそれは雪をふみわけてまいりきたる心さし計を御らんしわかむ御このかみ 心にてもすくさせ給てよかしかの御心よせはまたことにそはへへかめるほのか にの給さまもはへめりしをいさやそれも人のわきゝこえかたきこと也御返なと はいつかたにかはきこえ給とゝひ申給にようそたはふれにもきこえさりけるな にとなけれとかうの給にもいかにはつかしうむねつふれましと思にえこたへや り給はす 雪ふかき山のかけはしきみならてまたふみかよふあとをみぬかなとかきて さしいて給へれは御物あらかひこそなか〱心をかれはへりぬへけれとて つらゝとち駒ふみしたく山川をしるへしかてらまつやわたらむさらはしも かけさへみゆるしるしもあさうは侍らしときこえ給へは思はすにものしうなり てことにいらへ給はすけさやかにいと物とをくすくみたるさまにはみえ給はね といまやうのわか人たちのやうにえむけにももてなさていとめやすくのとかな る心はえならむとそをしはかられ給ひとの御けはひなるかうこそはあらまほし" }, { "vol": 46, "page": 1576, "text": "けれと思にたかはぬ心ちし給ことにふれてけしきはみよるもしらすかほなるさ まにのみもてなし給へは心はつかしうてむかし物かたりなとをそものまめやか にきこえ給くれはてなはゆきいとゝ空もとちぬへうはへりと御ともの人〻こは つくれはかへり給なむとて心くるしうみめくらさるゝ御すまゐのさまなりやた ゝ山さとのやうにいとしつかなる所の人もゆきましらぬはへるをさもおほしか けはいかにうれしくはへらむなとの給もいとめてたかるへきことかなとかたみ ゝにきゝてうちゑむ女はらのあるを中の宮はいとみくるしういかにさやうには 有へきそとみきゝゐ給へり御くた物よしあるさまにてまゐり御ともの人〻にも さかなゝとめやすきほとにてかはらけさしいてさせ給けり又御うつりかもてさ はかれしとのゐ人そかつらひけとかいふつらつき心つきなくてあるはかなの御 たのもし人やとみ給てめしいてたりいかにそおはしまさて後心ほそからむなな ととひ給うちひそみつゝこゝろよはけになく世中にたのむよるへもはへらぬ身 にてひとゝころの御かけにかくれて卅よねんをすくしはへりにけれはいまはま しての山にましりはへらむもいかなる木の本をかはたのむへくはへらむと申て" }, { "vol": 46, "page": 1577, "text": "いとゝ人わろけなりおはしましゝかたあけさせ給へれはちりいたうつもりて仏 のみそ花のかさりおとろへすおこなひ給ひけりとみゆる御ゆかなとゝりやりて かきはらひたりほいをもとけはとちきりきこえしこと思いてゝ たちよらむかけとたのみししゐかもとむなしきとこになりにける哉とては しらによりゐ給へるをもわかき人〻はのそきてめてたてまつる日くれぬれはち かき所〱にみそうなとつかうまつる人〻にみまくさとりにやりける君もしり 給はぬにゐなかひたる人〻はおとろ〱しくひきつれまいりたるをあやしうは したなきわさかなと御らむすれとおい人にまきらはし給つおほかたかやうにつ かうまつるへくおほせをきていて給ひぬとしかはりぬれは空のけしきうらゝか なるにみきはのこほりとけたるを有かたくもとなかめ給ひしりのはうよりゆき ゝえにつみてはへるなりとてさはのせりわらひなとたてまつりたりいもゐの御 たいにまいれる所につけてはかゝるくさきのけしきにしたかひて行かふ月日の しるしもみゆるこそおかしけれなと人〻のいふをなにのおかしきならむときゝ 給" }, { "vol": 46, "page": 1578, "text": "君かおるみねのわらひとみましかはしられやせまし春のしるしも 雪ふかき汀のこせりたかためにつみかはやさんおやなしにしてなとはかな きことゝもをうちかたらひつゝあけくらし給中納言殿よりも宮よりもをりすく さすとふらひきこえ給うるさくなにとなきことおほかるやうなれは例のかきも らしたるなめり花さかりのころ宮かさしをおほしいてゝそのおりみきゝ給し君 たちなともいとゆへありしみこの御すまゐを又もみすなりにしことなと大かた のあはれをくち〱きこゆるにいとゆかしうおほされけり つてにみしやとのさくらをこの春はかすみへたてすおりてかさゝむと心を やりての給へりけりあるましきことかなとみ給なからいとつれ〱なるほとに みところある御ふみのうはへはかりをもてけたしとて いつことかたつねておらむすみそめにかすみこめたるやとの桜をなをかく さしはなちつれなき御けしきのみゝゆれはまことに心うしとおほしわたる御心 にあまり給てはたゝ中納言をとさまかうさまにせめうらみきこえ給へはおかし と思なからいとうけはりたるうしろみかほにうちいらへきこえてあためいたる" }, { "vol": 46, "page": 1579, "text": "御心さまをもみあらはす時〱はいかてかかゝらんにはなと申給へはみやも御 心つかひし給へし心にかなふあたりをまたみつけぬほとそやとの給おほとのゝ 六の君をおほしいれぬ事なまうらめしけにおとゝもおほしたりけりされとゆか しけなきなからひなるうちにもおとゝのこと〱しくわつらはしくてなに事の まきれをもみとかめられんかむつかしきとしたにはの給てすまゐ給そのとし三 条の宮やけて入道の宮も六条の院にうつろひ給ひなにくれと物さはかしきにま きれてうちのわたりをひさしうをとつれきこえ給はすまめやかなる人の御心は 又いとことなりけれはいとのとかにをのか物とはうちたのみなからをむなの心 ゆるひ給はさらむかきりはあされはみなさけなきさまにみえしと思つゝむかし の御心わすれぬかたをふかくみしり給へとおほすそのとしつねよりもあつさを 人わふるに河つら涼しからむはやと思いてゝにはかにまうて給へりあさすゝみ のほとにいて給けれはあやにくにさしくる日かけもまはゆくて宮のおはせしに しのひさしにとのゐ人めしいてゝおはすそなたのもやの仏の御まへにきみたち ものし給けるをけちかゝらしとてわか御かたにわたり給御けはひしのひたれと" }, { "vol": 46, "page": 1580, "text": "をのつからうちみしろき給ほとちかうきこえけれはなをあらしにこなたにかよ うさうしのはしのかたにかけかねしたる所にあなのすこしあきたるをみをき給 へりけれはとにたてたるひやうふをひきやりてみ給こゝもとに木丁をそへたて たるあなくちおしと思てひきかへるおりしも風のすたれをいたうふきあくへか めれはあらはにもこそあれその木丁をしいてゝこそといふ人あなりおこかまし きものゝうれしうてみ給へはたかきもみしかきも木丁をふたまのすにをしよせ てこのさうしにむかいてあきたるさうしよりあなたにとおらんとなりけりまつ ひとりたちいてゝ木丁よりさしのそきてこの御ともの人〻のとかうゆきちかひ すゝみあへるをみ給ふなりけりこきにひいろのひとへにくわんさうのはかまも てはやしたる中〱さまかはりてはなやかなりとみゆるはきなし給へる人から なめりおひはかなけにしなしてすゝひきかくしてもたまへりいとそひやかにや うたひおかしけなる人のかみうちきにすこしたらぬほとならむとみえてすゑま てちりのまよひなくつや〱とこちたううつくしけなりかたはらめなとあなら うたけとみえてにほひやかにやはらかにおほときたるけはひ女一の宮もかうさ" }, { "vol": 46, "page": 1581, "text": "まにそおはすへきとほのみたてまつりしも思くらへられてうちなけかるまたゐ さりいてゝかのさうしはあらはにもこそあれとみをこせ給へるよういうちとけ たらぬさましてよしあらんとおほゆかしらつきかむさしのほと今すこしあてに なまめかしきさまなりあなたに屏風もそへてたてゝはへりついそきてしものそ き給はしとわかき人〻なに心なくいふありいみしうもあるへきわさかなとてう しろめたけにゐさりいり給ふほとけたかう心にくきけはひそひてみゆくろきあ はせひとかさねおなしやうなるいろあひをき給へれとこれはなつかしうなまめ きてあはれけに心くるしうおほゆかみさはらかなるほとにおちたるなるへしす ゑすこしほそりていろなりとかいふめるひすひたちていとおかしけにいとをよ りかけたるやうなりむらさきのかみにかきたる経をかたてにもち給へるてつき かれよりもほそさまさりてやせ〱なるへしたちたりつるきみもさうしくちに ゐてなにことにかあらむこなたをみをこせてわらひたるいとあひきやうつきた り" }, { "vol": 47, "page": 1587, "text": "あまたとしみゝなれたまひにし川かせもこの秋はいとはしたなくものかなしく て御はての事いそかせたまふおほかたのあるへかしきことゝもは中納言殿あさ りなとそつかうまつり給ひけるこゝにはほうふくの事経のかさりこまかなる御 あつかひを人のきこゆるにしたかひていとなみ給もいとものはかなくあはれに かゝるよその御うしろみなからましかはとみえたり身つからもまうて給ていま はとぬきすて給ふほとの御とふらひあさからすきこえ給あさりもこゝにまいれ りみやうかうのいとひきみたりてかくてもへぬるなとうちかたらひ給ふほとな りけりむすひあけたるたゝりのすたれのつまより木丁のほころひにすきてみえ けれはその事と心えてわか涙をはたまにぬかなんとうちすし給へる伊勢のこも かくこそありけめとおかしくきこゆるもうちの人はきゝしりかほにさしいらへ 給はむもつゝましくてものとはなしにとかつらゆきかこのよなからのわかれを たに心ほそきすちにひきかけゝむもなとけにふることそ人の心をのふるたより なりけるをおもひいて給御くわむもんつくり経仏くやうせらるへき心はへなと かきいて給へるすゝりのついてにまらうと" }, { "vol": 47, "page": 1588, "text": "あけまきになかき契をむすひこめおなしところによりもあはなむとかきて みせたてまつり給へれはれいのとうるさけれと ぬきもあへすもろき涙のたまのをになかき契をいかゝむすはんとあれはあ はすはなにをとうらめしけになかめ給身つからの御うへはかくそこはかとなく もてけちてはつかしけなるにすか〱ともえの給よらて宮の御ことをそまめや かにきこえ給さしも御心にいるましきことをかやうのかたにすこしすゝみ給へ る御本上にきこえそめ給けむまけしたましゐにやとゝさまかうさまにいとよく なん御けしきみたてまつるまことにうしろめたくはあるましけなるをなとかく あなかちにしももてはなれ給らむ世のありさまなとおほしわくましくはみたて まつらぬをうたてとをとをしくのみもてなさせ給へはかはかりうらなくたのみ きこゆる心にたかひてうらめしくなむともかくもおほしわくらむさまなとをさ はやかにうけたまはりにしかなといとまめたちてきこえ給へはたかへしの心に てこそはかうまてあやしきよのためしなるありさまにてへたてなくもてなしは へれそれをおほしわかさりけるこそはあさきこともまさりたるこゝちすれけに" }, { "vol": 47, "page": 1589, "text": "かゝるすまゐなとに心あらむ人はおもひのこす事あるましきをなに事にもをく れそめにけるうちにこのゝたまふめるすちはいにしへもさらにかけてとあらは かゝらはなと行すゑのあらましことにとりませての給をくこともなかりしかは なをかゝるさまにてよつきたるかたをおもひたゆへくおほしをきてけるとなむ 思あはせ侍れはともかくもきこえんかたなくてさるはすこし世こもりたるほと にてみ山かくれには心くるしくみえ給人の御うへをいとかく朽木にはなしはて すもかなと人しれすあつかはしくおほえ侍れといかなるへきよにかあらむとう ちなけきて物おもひみたれ給けるほとのけはひいとあはれけなりけさやかにを となひてもいかてかはさかしかり給はむとことはりにてれいのふる人めしいて ゝそかたらひ給としころはたゝのちのよさまの心はえにてすゝみまいりそめし をもの心ほそけにおほしなるめりし御すゑのころをひこの御ことゝもを心にま かせてもてなしきこゆへくなんの給契てしをおほしをきてたてまつり給し御あ りさまともにはたかひて御心はへとものいと〱あやにくにものつよけなるは いかにおほしをきつるかたのことなるにやとうたかはしきことさへなむをのつ" }, { "vol": 47, "page": 1590, "text": "からきゝつたへ給やうもあらむいとあやしき本上にて世の中に心をしむるかた なかりつるをさるへきにてやかうまてもきこえなれにけん世人もやう〱いひ なすやうあへかめるにおなしくはむかしの御事もたかえきこえすわれも人もよ のつねに心とけてきこえ侍らはやと思ひよるはつきなかるへきことにてもさや うなるためしなくやはあるなとの給つゝけて宮の御ことをもかくきこゆるにう しろめたくはあらしとうちとけ給ふさまならぬはうち〱にさりともおもほし むけたることのさまあらむ猶いかに〱とうちなかめつゝの給へはれいのわろ ひたる女はらなとはかゝることにはにくきさかしらもいひませて事よかりなと もすめるをいとさはあらす心のうちにはあらまほしかるへき御事ともをとおも へともとよりかく人にたかひ給へる御くせともに侍れはにやいかにもいかにも よのつねになにやかやなとおもひより給へる御けしきになむ侍らぬかくてさふ らふこれかれもとしころたになにのたのもしけあるこのもとのかくろへも侍ら さりき身をすてかたくおもふかきりはほとほとにつけてまかてちりむかしのふ るきすちなる人もおほくみたてまつりすてたるあたりにましていまはしはしも" }, { "vol": 47, "page": 1591, "text": "たちとまりかたけにわひ侍りておはしましゝ世にこそかきりありてかたほなら む御ありさまはいとをしくもなとこたいなる御うるはしさにおほしもとゝこほ りつれいまはかう又たのみなき御身ともにていかにもいかにも世になひき給へ らんをあなかちにそしりきこえむ人はかへりてものゝ心をもしらすいふかひな きことにてこそはあらめいかなる人かいとかくてよをはすくしはて給へき松の 葉をすきてつとむる山ふしたにいける身のすてかたさによりてこそ仏の御をし へをもみち〱わかれてはおこなひなすなれなとやうのよからぬことをきこえ しらせわかき御心ともみたれ給ぬへきことおほく侍めれとたわむへくもものし たまはすなかの宮をなむいかて人めかしくもあつかひなしたてまつらむと思ひ きこえ給ふへかめるかく山ふかくたつねきこえさせ給める御心さしのとしへて みたてまつりなれ給へるけはひもうとからす思ひきこえさせ給ひいまはとさま かうさまにこまかなるすちきこえかよひ給めるにかの御かたをさやうにおもむ けてきこえ給はゝとなむおほすへかめる宮の御ふみなと侍めるはさらにまめ 〱しき御事ならしと侍めるときこゆれはあはれなる御ひとことをきゝをき露" }, { "vol": 47, "page": 1592, "text": "の世にかゝつらはむかきりはきこえかよはむの心あれはいつかたにもみえたて まつらむおなし事なるへきをさまてはたおほしよるなるいとうれしきことなれ と心のひくかたなむかはかり思ひすつる世に猶とまりぬへきものなりけれはあ らためてさはえ思ひなをすましくなむよのつねになよひかなるすちにもあらす やたゝかやうにものへたてゝ事のこいたるさまならすさしむかひてとにかくに さためなき世のものかたりをへたてなくきこえてつゝみ給御心のくまのこらす もてなし給はむなんはらからなとのさやうにむつましきほとなるもなくていと さう〱しくなんよの中のおもふことのあはれにもをかしくもうれはしくも時 につけたるありさまを心にこめてのみすくる身なれはさすかにたつきなくおほ ゆるにうとかるましくたのみきこゆるきさいの宮はたなれ〱しくさやうにそ こはかとなきおもひのまゝなるくた〱しさをきこえふるへきにもあらす三条 の宮はおやと思きこゆへきにもあらぬ御わか〱しさなれとかきりあれはたや すくなれきこえさせすかしそのほかの女はすへていとうとくつゝましくおそろ しくおほえて心からよるへなく心ほそきなりなをさりのすさひにてもけさうた" }, { "vol": 47, "page": 1593, "text": "ちたることはいとまはゆくありつかすはしたなきこち〱しさにてまいて心に しめたるかたのことはうちいつることはかたくてうらめしくもいふせくも思き こゆるけしきをたにみえたてまつらぬこそわれなからかきりなくかたくなしき わさなれ宮の御事をもさりともあしさまにはきこえしとまかせてやはみ給はぬ なといひゐ給へりおい人はたかはかり心ほそきにあらまほしけなる御ありさま をいとせちにさもあらせたてまつらはやとおもへといつかたもはつかしけなる 御ありさまともなれは思のまゝにはえきこえすこよひはとまり給てものかたり なとのとやかにきこえまほしくてやすらひくらし給つあさやかならすものうら みかちなる御けしきやう〱わりなくなりゆけはわつらはしくてうちとけてき こえ給はむこともいよ〱くるしけれとおほかたにてはありかたくあはれなる 人の御心なれはこよなくももてなしかたくてたいめむし給ふほとけのおはする なかのとをあけてみあかしの火けさやかにかゝけさせてすたれにひやうふをそ へてそおはするとにもおほとなふらまいらすれとなやましうてむらいなるをあ らはになといさめてかたはらふし給へり御くたものなとわさとはなくしなして" }, { "vol": 47, "page": 1594, "text": "まいらせ給へり御ともの人〻にもゆへ〱しきさかなゝとしていたさせ給へり らうめいたるかたにあつまりてこの御まへは人けとをくもてなしてしめ〱と ものかたりきこえ給うちとくへくもあらぬものからなつかしけにあい行つきて ものゝ給へるさまのなのめならす心にいりて思いらるゝもはかなしかくほとも なきものゝへたてはかりをさはり所にておほつかなく思つゝすくす心をそさの あまりおこかましくもあるかなと思つゝけらるれとつれなくておほかたの世中 のことゝもあはれにもおかしくもさま〱きゝ所おほくかたらひきこえ給うち には人〱ちかくなとのたまひをきつれとさしももてはなれ給はさらなむとお もふへかめれはいとしもまもりきこえすさししそきつゝみなよりふしてほとけ の御ともし火もかゝくる人もなしものむつかしくてしのひて人めせとおとろか す心ちのかきみたりなやましく侍をためらひてあか月かたにも又きこえんとて いり給なむとするけしきなり山路わけ侍りつる人はましていとくるしけれとか くきこえうけ給へるになくさめてこそ侍れうちすてゝいらせ給なはいと心ほそ からむとて屏風をやをらおしあけていり給ぬいとむくつけくてなからはかりい" }, { "vol": 47, "page": 1595, "text": "り給へるにひきとゝめられていみしくねたく心うけれはへたてなきとはかゝる をやいふらむめつらかなるわさかなとあはめ給へるさまのいよ〱をかしけれ はへたてぬ心をさらにおほしわかねはきこえしらせむとそかしめつらかなりと もいかなるかたにおほしよるにかはあらむ仏の御まへにてちかこともたて侍ら むうたてなをち給そ御心やふらしと思そめて侍れは人はかくしもをしはかり思 ましかめれと世にたかへるしれものにてすくし侍そやとて心にくきほとなるほ かけに御くしのこほれかゝりたるをかきやりつゝみ給へは人の御けはひ思やう にかほりをかしけなりかく心ほそくあさましき御すみかにすいたらむ人はさは りところあるましけなるをわれならてたつねくる人もあらましかはさてやゝみ なましいかにくちをしきわさならましときしかたの心のやすらひさへあやうく おほえ給へといふかひなくうしと思てなき給ふ御けしきのいと〱をしけれは かくはあらてをのつから心ゆるひしたまふおりもありなむと思わたるわりなき やうなるも心くるしくてさまよくこしらへきこえ給かゝる御こゝろのほとをお もひよらてあやしきまてきこえなれにたるをゆゝしき袖の色なとみあらはし給" }, { "vol": 47, "page": 1596, "text": "心あさゝに身つからのいふかひなさも思しらるゝにさま〱なくさむかたなく とうらみてなに心もなくやつれ給へるすみそめのほかけをいとはしたなくわひ しと思まとひ給へりいとかくしもおほさるゝやうこそはとはつかしきにきこえ むかたなし袖の色をひきかけさせ給はしもことはりなれとこゝら御らむしなれ ぬる心さしのしるしにはさはかりのいみおくへくいまはしめたる事めきてやは おほさるへきなか〱なる御わきまへ心になむとてかのもののねきゝしありあ けの月かけよりはしめており〱の思ふ心のしのひかたくなり行さまをいとお ほくきこえ給にはつかしくもありけるかなとうとましくかゝる心はえなからつ れなくまめたち給けるかなときゝ給ことおほかり御かたはらなるみしかき木丁 を仏の御かたにさしへたてゝかりそめにそひふし給へりみやうかうのいとかう はしくにほひてしきみのいとはなやかにかほれるけはひも人よりはけに仏をも 思きこえ給へる御心にてわつらはしくすみそめのいまさらにおりふし心いられ したるやうにあは〱しくおもひそめしにたかうへけれはかゝるいみなからむ 程にこの御心にもさりともすこしたはみ給なむなとせめてのとかに思なし給秋" }, { "vol": 47, "page": 1597, "text": "の夜のけはひはかゝらぬところたにをのつからあはれおほかるをましてみねの あらしもまかきのむしも心ほそけにのみきゝわたさるつねなきよの御物かたり に時〱さしいらへ給へるさまいと見所おほくめやすしいきたなかりつる人 〱はかうなりけりとけしきとりてみないりぬ宮のゝ給しさまなとおほしいつ るにけになからへは心のほかにかくあるましき事もみるへきわさにこそはと物 のみかなしくて水のをとになかれそふ心ちし給はかなくあけかたになりにけり 御ともの人〱おきてこはつくりむまとものいはゆるをともたひのやとりのあ るやうなと人のかたるをおほしやられておかしくおほさるひかりみえつるかた のさうしをおしあけ給てそらのあはれなるをもろともにみ給ふ女もすこしゐさ りいて給へるにほともなきのきのちかさなれはしのふの露もやう〱ひかりみ へもて行かたみにいとえむなるさまかたちともをなにとはなくてたゝかやうに 月をも花をもおなし心にもてあそひはかなき世のありさまをきこえあはせてな むすくさまほしきといとなつかしきさましてかたらひきこえ給へはやう〱お そろしさもなくさみてかういとはしたなからてものへたてゝなときこえはまこ" }, { "vol": 47, "page": 1598, "text": "とに心のへたてはさらにあるましくなむといらへ給ふあかくなりゆきむらとり のたちさまよふはかせちかくきこゆよふかきあしたのかねのをとかすかにひゝ くいまはいとみくるしきをといとわりなくはつかしけにおほしたりことありか ほにあさ露もえわけ侍まし又人はいかゝをしはかりきこゆへきれいのやうにな たらかにもてなさせ給てたゝ世にたかひたることにていまよりのちもたゝかや うにしなさせ給てよ世にうしろめたき心はあらしとおほせかはかりあなかちな る心のほともあはれとおほししらぬこそかひなけれとていて給はむのけしきも なしあさましくかたはならむとていまよりのちはされはこそもてなし給はむま ゝにあらむけさはまたきこゆるにしたかひ給へかしとていとすへなしとおほし たれはあなくるしやあか月のわかれやまたしらぬことにてけにまとひぬへきを となけきかちなりにはとりもいつかたにかあらむほのかにをとなふに京おもひ いてらる 山さとのあはれしらるゝこゑ〱にとりあつめたるあさほらけかな女君 鳥のねもきこえぬ山とおもひしを世のうきことはたつねきにけりさうしく" }, { "vol": 47, "page": 1599, "text": "ちまてをくりたてまつり給てよへいりしとくちよりいてゝふし給へれとまとろ まれすなこりこひしくていとかくおもはましかは月ころもいまゝて心のとかな らましやなとかへらむこともゝのうくおほえ給ひめ宮は人のおもふらむことの つゝましきにとみにもうちふされ給はてたのもしき人なくてよをすくす身の心 うきをある人ともゝよからぬ事なにやかやとつき〱にしたかひつゝいひいつ めるに心よりほかのことありぬへき世なめりとおほしめくらすにはこの人の御 けはひありさまのうとましくはあるましくこ宮もさやうなる御心はえあらはと おり〱の給おほすめりしかと身つからは猶かくてすくしてむわれよりはさま かたちもさかりにあたらしけなるなかの宮をひとなみ〱にみなしたらむこそ うれしからめ人のうへになしては心のいたらむかきり思うしろみてむ身つから のうへのもてなしは又たれかはみあつかはむこの人の御さまのなのめにうちま きれたるほとならはかくみなれぬるとしころのしるしにうちゆるふ心もありぬ へきをはつかしけにみえにくきけしきもなか〱いみしくつゝましきにわか世 はかくてすくしはてゝむと思つゝけてねなきかちにあかし給へるになこりいと" }, { "vol": 47, "page": 1600, "text": "なやましけれはなかの宮のふし給へるをくのかたにそひふし給れいならす人の さゝめきしけしきもあやしとこの宮はおほしつらねたまへるにかくておはした れはうれしくて御そひきゝせたてまつり給ふに御うつりかのまきるへくもあら すくゆりかゝる心ちすれはとのゐ人かもてあつかひけむ思あはせられてまこと なるへしといとおしくてねぬるやうにてものもの給はすまらうとは弁のおもと よひいて給てこまかにかたらひをき御せうそこすく〱しくきこえをきていて 給ぬあけまきをたはふれにとりなしゝも心もてひろはかりのへたてもたいめん しつるとやこの君もおほすらむといみしくはつかしけれは心ちあしとてなやみ くらし給つ人〱ひはのこりなくなり侍ぬはか〱しくはかなきことをたに又 つかうまつる人もなきにおりあしき御なやみかなときこゆなかの宮くみなとし はて給て心はなとえこそ思ひより侍ねとせめてきこえ給へはくらくなりぬるま きれにおき給てもろともにむすひなとし給中納言殿より御ふみあれとけさより いとなやましくなむとて人つてにそきこえ給さもみくるしくわか〱しくおは すと人〻つふやききこゆ御ふくなとはてゝぬきすて給へるにつけてもかたとき" }, { "vol": 47, "page": 1601, "text": "もをくれたてまつらむものとおもはさりしをはかなくすきにける月日のほとを おほすにいみしく思のほかなる身のうさとなきしつみ給へる御さまともいと心 くるしけなり月ころくろくならはしたる御すかたうすにひにていとなまめかし くてなかの宮はけにいとさかりにてうつくしけなるにほひまさり給へり御くし なとすましつくろはせてみたてまつり給に世のものおもひわするゝ心ちしてめ てたけれは人しれすちかおとりしてはおもはすやあらむとたのもしくうれしく ていまは又みゆつる人もなくておや心にかしつきたてゝみきこえ給ふかの人は つゝみきこえ給しふちのころももあらため給へらむなか月もしつ心なくて又お はしたりれいのやうにきこえむとまた御せうそこあるに心あやまりしてわつら はしくおほゆれはとかくきこえすまひてたいめむし給はす思のほかに心うき御 心かな人もいかにおもひ侍らむと御ふみにてきこえ給へりいまはとてぬき侍し ほとの心まとひに中〱しつみはへりてなむえきこえぬとありうらみわひてれ いの人めしてよろつにの給よにしらぬ心ほそさのなくさめにはこの君をのみた のみきこえたる人〱なれは思にかなひ給てよのつねのすみかにうつろひなと" }, { "vol": 47, "page": 1602, "text": "し給はむをいとめてたかるへきことにいひあはせてたゝ入たてまつらむとみな かたらひあはせけりひめ宮そのけしきをはふかくみしり給はねとかくとりわき て人めかしなつけたまふめるにうちとけてうしろめたき心もやあらむゝかしも のかたりにも心もてやはとある事もかゝる事もあめるうちとくましき人の心に こそあめれと思より給てせめてうらみふかくはこの君をおしいてむおとりさま ならむにてたにさてもみそめてはあさはかにはもてなすましき心なめるをまし てほのかにもみそめてはなくさみなむことにいてゝはいかてかはふとさる事を まちとる人のあらむほいになむあらぬとうけひくけしきのなかなるはかたへは 人のおもはむことをあいなうあさきかたにやなとつゝみ給ふならむとおほしか まふるをけしきたにしらせ給はすはつみもやえむとみをつみていとおしけれは よろつにうちかたらひてむかしの御おもむけも世中をかく心ほそくてすくしは つとも中〱人わらへにかろ〱しき心つかうなゝとの給をきしをおはせし世 の御ほたしにてをこなひの御心をみたりしつみたにいみしかりけむをいまはと てさはかりの給しひとことをたにたかへしと思侍れは心ほそくなともことに思" }, { "vol": 47, "page": 1603, "text": "はぬをこの人〱のあやしく心こはき物にゝくむめるこそいとわりなけれけに さのみやうのものとすくし給はむもあけくるゝ月日にそへても御ことをのみこ そあたらしく心くるしくかなしき物に思ひきこゆるを君たによのつねにもてな し給てかゝる身のありさまもおもたゝしくなくさむはかりみたてまつりなさは やときこえ給へはいかにおほすにかと心うくてひとゝころをのみやはさて世に はて給へとはきこえ給けむはか〱しくもあらぬみのうしろめたさはかすそひ たるやうにこそおほされためりしか心ほそき御なくさめにはかくあさゆふにみ たてまつるよりゐかなるかたにかとなまうらめしく思給つれはけにといとおし くて猶これかれうたてひか〱しきものにいひおもふへかめるにつけて思みた れ侍そやといひさし給つくれゆくにまらうとはかへり給はすひめ宮いとむつか しとおほす弁まいりて御せうそこともきこえつたへてうらみたまふをことはり なるよしをつふ〱ときこゆれはいらへもし給はすうちなけきていかにもてな すへき身にかはひとゝころおはせましかはともかくもさるへき人にあつかはれ たてまつりてすくせといふなるかたにつけて身を心ともせぬ世なれはみなれい" }, { "vol": 47, "page": 1604, "text": "のことにてこそは人わらへなるとかをもかくすなれあるかきりの人はとしつも りさかしけにをのかしゝは思つゝ心をやりてにつかはしけなることをきこえし らすれとこははか〱しきことかは人めかしからぬ心ともにてたゝひとかたに いふにこそはとみ給へはひきうこかしつはかりきこえあへるもいと心うくうと ましくてとうせられ給はすおなし心になにこともかたらひきこえ給なかの宮は かゝるすちにはいますこし心もえすおほとかにてなにともきゝいれ給はねはあ やしくもありける身かなとたゝおくさまにむきておはすれはれいの色の御そと もたてまつりかへよなとそゝのかしきこえつゝみなさる心すへかめるけしきを あさましくけになにのさはりところかはあらむほともなくてかゝる御すまゐの かひなき山なしの花そのかれむかたなかりけるまらうとはかくけせうにこれか れにもくちいれさせすしのひやかにいつありけむことゝもなくもてなしてこそ と思ひそめ給ひけることなれは御心ゆるし給はすはいつもいつもかくてすくさ むとおほしの給ふをこのおい人のをのかしゝかたらひてけせうにさゝめきさは いへとふかゝらぬけにおいひかめるにやいとおしくそみゆるひめ宮おほしわつ" }, { "vol": 47, "page": 1605, "text": "らひて弁かまいれるにの給ふとしころも人にゝぬ御心よせとのみの給わたりし をきゝをきいまとなりてはよろつにのこりなくたのみきこえてあやしきまてう ちとけにたるを思ひしにたかふさまなる御心はえのましりてうらみ給めるこそ わりなけれよに人めきてあらまほしき身ならはかゝる御ことをもなにかはもて はなれても思はましされとむかしより思はなれそめたる心にていとくるしきを この君のさかりすき給はむもくちおしけにかゝるすまゐもたゝこの御ゆかりに ところせくのみおほゆるをまことにむかしを思きこえ給心さしならはおなしこ とにおもひなし給へかし身をわけたる心の中はみなゆつりてみたてまつらむ心 ちなむすへき猶かうやうによろしけにきこえなされよとはちらひたるものから あるへきさまをのたまひつゝくれはいとあはれとみたてまつるさのみこそはさ き〱も御けしきをみ給ふれはいとよくきこえさすれとさはえ思ひあらたむま し兵部卿宮の御うらみふかさまさるめれは又そなたさまにいとよくうしろみき こえむとなむきこえ給それも思やうなる御事ともなりふた所なからおはしまし てことさらにいみしき御心つくしてかしつきゝこえさせ給はむにえしもかく世" }, { "vol": 47, "page": 1606, "text": "にありかたき御ことゝもさしつとひ給はさらましかしこけれとかくいとたつき なけなる御ありさまをみたてまつるにいかになりはてさせ給はむとうしろめた くかなしくのみゝたてまつるをのちの御心はしりかたけれとうつくしくめてた き御すくせともにこそおはしましけれとなむかつ〱おもひきこゆるこ宮の御 ゆいこんたかへしとおほしめすかたはことはりなれとそれはさるへき人のおは せすしなほとならぬ事やおはしまさむとおほしていましめきこえさせ給ふめり しにこそこのとのゝさやうなる心はえものし給はましかはひとゝころをうしろ やすくみをきたてまつりていかにうれしからましとおりおりのたまはせしもの をほとほとにつけておもふ人にをくれ給ぬる人はたかきもくたれるも心のほか にあるましきさまにさすらふたくひたにこそおほく侍めれそれみなれいの事な めれはもときいふ人も侍らすましてかくはかりことさらにもつくりいてまほし けなる人の御ありさまに心さしふかくありかたけにきこえ給をあなかちにもて はなれさせ給ふておほしをきつるやうにをこなひのほいをとけ給ともさりとて 雲霞をやはなとすへてことおほく申つゝくれはいとにくゝ心つきなしとおほし" }, { "vol": 47, "page": 1607, "text": "てひれふし給へりなかの宮もあいなくいとをしき御けしきかなとみたてまつり 給てもろともにれいのやうに御とのこもりぬうしろめたくいかにもてなさむと おほえ給へとことさらめきてさしこもりかくろへ給へきものゝくまたになき御 すまゐなれはなよゝかにおかしき御そうへにひきゝせたてまつり給てまたけは ひあつきほとなれはすこしまろひのきてふし給へり弁はの給ひつるさまをまら うとにきこゆいかなれはいとかくしもよを思はなれ給ふらむひしりたち給へり しあたりにてつねなきものに思しり給へるにやとおほすにいとゝ我心かよひて おほゆれはさかしたちにくゝもおほえすさらはものこしなとにもいまはあるま しきことにおほしなるにこそはあなれこよひはかりおほとのこもるらむあたり にもしのひてたはかれとの給へは心して人とくしつめなと心しれるとちは思か まふよゐすこしすくるほとに風のをとあらゝかにうち吹にはかなきさまなるし とみなとはひし〱とまきるゝをとに人のしのひ給へるふるまひはえきゝつけ 給はしと思ひてやをらみちひきいるおなし所におほとのこもれるをうしろめた しと思へとつねの事なれはほか〱にともいかゝきこえむ御けはひをもたとたと" }, { "vol": 47, "page": 1608, "text": "〱しからすみたてまつりしり給へらむと思けるにうちもまとろみ給はねはふ ときゝつけたまてやをらおきいて給ぬいとゝくはひかくれ給ぬなに心もなくね いり給へるをいと〱をしくいかにするわさそとむねつふれてもろともにかく れなはやと思へとさもえたちかへらてわなゝく〱み給へは火のほのかなるに うちきすかたにていとなれかほに木丁のかたひらをひきあけて入ぬるをいみし くいとをしくいかにおほえ給はむと思なからあやしきかへのつらにひやうふを たてたるうしろのむつかしけなるにゐ給ぬあらましことにてたにつらしと思た まへりつるをまいていかにめつらかにおほしうとまむといと心くるしきにもす へてはか〱しきうしろみなくておちとまる身とものかなしきを思つゝけ給に いまはとて山にのほり給しゆふへの御さまなとたゝいまの心ちしていみしくこ ひしくかなしくおほえ給中納言はひとりふし給へるを心しけるにやとうれしく て心ときめきし給にやう〱あらさりけりとみるいますこしうつくしくらうた けなるけしきはまさりてやとおほゆあさましけにあきれまとひ給へるをけに心 もしらさりけるとみゆれはいと〱をしくもあり又おしかへしてかくれ給へら" }, { "vol": 47, "page": 1609, "text": "むつらさのまめやかに心うくねたけれはこれをもよそのものとはえ思はなつま しけれとなをほいのたかはむくちおしくてうちつけにあさかりけりともおほえ たてまつらしこのひとふしは猶すくしてつゐにすくせのかれすはこなたさまに ならむもなにかはこと人のやうにやはと思さましてれいのおかしくなつかしき さまにかたらひてあかし給つおい人ともはしそしつと思てなかの宮いつこにか おはしますらむあやしきわさかなとたとりあへりさりともあるやうあらむなと いふおほかたれいのみたてまつるにしはのふる心ちしてめてたくあはれにみま ほしき御かたちありさまをなとていともてはなれてはきこえ給らむなにかこれ はよの人のいふめるおそろしきかみそつきたてまつりたらむとはゝうちすきて あい行なけにいひなす女あり又あなまか〱しなその物かつかせ給はむたゝ人 にとをくておひいてさせ給めれはかゝる事にもつき〱しけにもてなしきこえ 給人もなくおはしますにはしたなくおほさるゝにこそいまをのつからみたてま つりなれ給なは思きこえ給ひてんなとかたらひてとくうちとけておもふやうに ておはしまさなむといふ〱ねいりていひきなとかたはらいたくするもありあ" }, { "vol": 47, "page": 1610, "text": "ふ人からにもあらぬ秋の夜なれとほともなくあけぬる心ちしていつれとわくへ くもあらすなまめかしき御けはひを人やりならすあかぬ心ちしてあいおほせよ いと心うくつらき人の御さまみならひ給なよなとのちせを契ていて給我なから あやしくゆめのやうにおほゆれと猶つれなき人の御けしきいまひとたひみはて むの心に思のとめつゝれいのいてゝふし給へり弁まいりてゐとあやしく中の宮 はいつくにかおはしますらむといふをいとはつかしく思かけぬ御心ちにいかな りけんことにかと思ひふし給へりきのふの給しことをおほしいてゝひめ宮をつ らしと思きこえ給あけにけるひかりにつきてそかへのなかのきり〱すはいい て給へるおほすらむ事のいと〱おしけれはかたみにものもいはれ給はすゆか しけなく心うくもあるかないまよりのちも心ゆるいすへくもあらぬ世にこそと 思みたれ給へり弁はあなたにまいりてあさましかりける御心つよさをきゝあら はしていとあまりふかく人にくかりける事といとおしく思ほれゐたりきしかた のつらさはなをのこりある心ちしてよろつに思なくさめつるをこよひなむまこ とにはつかしく身もなけつへき心ちするすてかたくおとしをきたてまつり給へ" }, { "vol": 47, "page": 1611, "text": "りけん心くるしさを思きこゆるかたこそ又ひたふるに身をもえおもひすつまし けれかけ〱しきすちはゐつかたにもおもひきこえしうきもつらきもかた〱 にわすられ給ましくなん宮なとのはつかしけなくきこえ給めるをおなしくは心 たかくと思ふかたそことにものし給らんと心えはてつれはいとことはりにはつ かしくてまたまいりて人〱にみえたてまつらむこともねたくなむよしかくお こかましき身のうへまた人にたにもらし給なとえむしをきてれいよりもいそき いて給ぬたか御ためもいとおしくとさゝめきあへりひめきみもいかにしつるこ とそもしをろかなる心ものしたまはゝとむねつふれて心くるしけれはすへてう ちあはぬ人〱のさかしらにくしとおほすさま〱思給ふに御ふみありれいよ りはうれしとおほえ給もかつはあやし秋のけしきもしらすかほにあをきえたの かたえいとこくもみちたるを おなしえをわきてそめける山ひめにいつれかふかき色とゝはゝやさはかり うらみつるけしきもことすくなにことそきてをしつゝみ給へるをそこはかとな くもてなしてやみなむとなめりとみ給も心さはきてみるかしかましく御かへり" }, { "vol": 47, "page": 1612, "text": "といへはきこえ給へとゆつらむもうたておほえてさすかにかきにくゝ思みたれ 給 山ひめのそむるこゝろはわかねともうつろふかたやふかきなるらんことな しひにかき給へるかおかしくみえけれはなをえゑんしはつましくおほゆ身をわ けてなとゆつり給けしきはたひ〱みえしかとうけひかぬにわひてかまへ給へ るなめりそのかひなくかくつれなからむもいとおしくなさけなき物に思をかれ ていよ〱はしめのおもひかなひかたくやあらんとかくいひつたへなとすめる おい人の思はむ所もかろかろしくとにかくに心をそめけむたにくやしくかはか りの世の中を思すてむの心に身つからもかなはさりけりと人わろく思しらるゝ をましてをしなへたるすきものゝまねにおなしあたりかへすかへすこきめくら むいと人わつらへなるたなゝしをふねめきたるへしなとよもすから思あかし給 てまたありあけのそらもおかしきほとに兵部卿宮の御かたにまいり給三条宮や けにしのちは六条の院にそうつろひ給へれはちかくてはつねにまいり給宮もお ほすやうなる御心ちし給けりまきるゝ事なくあらまほしき御すまゐにおまへの" }, { "vol": 47, "page": 1613, "text": "せむさいほかのにはにすおなし花のすかたも木草のなひきさまもことにみなさ れてやり水にすめる月のかけさへゑにかきたるやうなるにおもひつるもしるく おきおはしましけり風につきて吹くるにほひのいとしるくうちかほるにふとそ れとうちおとろかれて御なをしたてまつりみたれぬさまにひきつくろひていて 給はしをのほりもはてすついゐ給へれは猶うへになともの給はてかうらんによ りゐ給て世中の御ものかたりきこえかはし給ふかのわたりの事をもものゝつい てにはおほしいてゝよろつにうらみ給もわりなしや身つからの心にたにかなひ かたきをと思ふ〱さもおはせなむと思なるやうのあれはれいよりはまめやか にあるへきさまなと申給あけくれのほとあやにくにきりわたりてそらのけはひ ひやゝかなるに月はきりにへたてられてこのしたもくらくなまめきたり山さと のあはれなるありさま思いて給にやこのころのほとはかならすをくらかし給な とかたらひ給を猶わつらはしかれは をみなへしさけるおほのをふせきつゝ心せはくやしめをゆふらむとたはふ れ給ふ" }, { "vol": 47, "page": 1614, "text": "霧ふかきあしたのはらのをみなへしこゝろをよせてみる人そみるなへてや はなとねたましきこゆれはあなかしかましとはて〱ははらたち給ぬとしころ かくの給へと人の御ありさまをうしろめたく思しにかたちなともみおとし給ま しくをしはからるゝ心はせのちかおとりするやうもやなとそあやうく思はたり しをなに事もくちをしくはものし給ふましかめりとおもへはかのいとをしくう ちうちに思たはかり給ふありさまもたかふやうならむもなさけなきやうなるを さりとてさはたえおもひあらたむましくおほゆれはゆつりきこえていつかたの うらみをもおはしなとしたに思かまふる心をもしり給はて心せはくとりなし給 もおかしけれとれいのかろらかなる御心さまにもの思はせむこそ心くるしかる へけれなとおやかたになりてきこえ給よしみ給へかはかり心にとまることなむ またなかりつるなといとまめやかにの給へはかの心ともにはさもやとうちなひ きぬへきけしきはみえすなむ侍るつかうまつりにくきみやつかへにこそ侍やと ておはしますへきやうなとこまかにきこえしらせ給ふ廿八日のひかむのはてに てよき日なりけれは人しれす心つかひしていみしくしのひていてたてまつるき" }, { "vol": 47, "page": 1615, "text": "さいの宮なときこしめしいてゝはかゝる御ありきいみしくせいしきこえ給へは いとわつらはしきをせちにおほしたる事なれはさりけなくともてあつかふもわ りなくなむふなわたりなともところせけれはこと〱しき御やとりなともかり 給はすそのわたりいとちかきみしやうの人のいゑにいとしのひて宮をはおろし たてまつり給ておはしぬみとかめたてまつるへき人もなけれとゝのゐ人はわつ かにいてゝありくにもけしきしらせしとなるへしれいの中納言とのおはします とてけいめいしあへり君たちなまわつらはしくきゝ給へとうつろふかたことに にほはしをきてしかはとひめ宮おほすなかの宮はおもふかたことなめりしかは さりともとおもひなから心うかりしのちはありしやうにあね宮をも思きこえ給 はす心をかれてものし給なにやかやと御せうそこのみきこえかよひていかなる へきことにかと人〱も心くるしかる宮をは御むまにてくらきまきれにおはし まさせ給て弁めしいてゝこゝもとにたゝひと事きこえさすへきことなむ侍るを おほしはなつさまみたてまつりてしにいとはつかしけれとひたやこもりにては えやむましきをいましはしふかしてをありしさまにはみちひき給てむやなとう" }, { "vol": 47, "page": 1616, "text": "らもなくかたらひ給へはいつかたにもおなし事にこそはなと思てまいりぬさな むときこゆれはされはよおもひうつりにけりとうれしくて心おちゐてかのいり 給へきみちにはあらぬひさしのさうしをいとよくさしてたいめむし給へりひと こときこえさすへきかまた人きくはかりのゝしらむはあやなきをいさゝかあけ させ給へゐといふせしときこえさせ給へといとよくきこえぬへしとてあけ給は すいまはとうつろひなむをたゝならしとていふへきにやなにかはれいならぬた いめんにもあらす人にくゝいらへてよもふかさしなと思てかはかりもいて給へ るにさうしのなかより御袖をとらへてひきよせていみしくうらむれはいとうた てもあるわさかななににきゝいれつらむとくやしくむつかしけれとこしらへて いたしてむとおほしてこと人と思わき給ましきさまにかすめつゝかたらひ給へ る心はえなといとあはれなり宮はをしへきこえつるまゝに一よのとくちにより てあふきをならし給へは弁もまいりてみちひききこゆさき〱もなれにける道 のしるへおかしとおほしつゝいり給ぬるをもひめ宮はしり給はてこしらへいれ てむとおほしたりおかしくもいとをしくもおほえてうちうちに心もしらさりけ" }, { "vol": 47, "page": 1617, "text": "るうらみをかれんもつみさり所なき心ちすへけれは宮のしたひ給ひつれはえき こえいなひてこゝにおはしつるをともせてこそまきれ給ぬれこのさかしたつめ る人やかたらはれたてまつりぬらむなかそらに人わらへにもなり侍ぬへきかな との給にいますこし思よらぬ事のめもあやに心つきなくなりてかくよろつにめ つらかなりける御心のほともしらていふかひなき心おさなさもみえたてまつり にけるおこたりにおほしあなつるにこそはといはむかたなく思給へりいまはい ふかひなしことはりはかへす〱きこえさせてもあまりあらはつみもひねらせ 給へやむことなきかたにおほしよるめるをすくせなといふめるものさらに心に かなはぬ物に侍めれはかの御心さしはことに侍けるをいとをしく思給ふるにか なはぬ身こそをき所なく心うくはへりけれ猶いかゝはせむにおほしよはりねこ のみさうしのかためはかりいとつよきもまことに物きよくをしはかりきこゆる 人も侍らししるへといさなひ給へる人の御心にもまさにかくむねふたかりてあ かすらむとはおほしなむやとてさうしをもひきやふりつへきけしきなれはいは むかたなく心つきなけれとこしらへむと思しつめてこのゝ給ふすちすくせとい" }, { "vol": 47, "page": 1618, "text": "ふらむかたはめにもみえぬ事にていかにも〱思たとられすしらぬ涙のみきり ふたかる心ちしてなんこはいかにもてなし給そと夢のやうにあさましきにのち のよのためしにいひいつる人もあらはむかし物かたりなとにおこめきてつくり いてたる物のたとひにこそはなりぬかめれかくおほしかまふる心のほとをもい かなりけるとかはをしはかり給はむなをいとかくおとろ〱しく心うくなとり あつめまとはし給そ心よりほかになからへはすこし思のとまりてきこえむ心ち もさらにかきくらすやうにていとなやましきをこゝにうちやすまむゆるし給へ といみしくわひ給へはさすかにことはりをいとよくの給か心はつかしくらうた くおほえてあか君御心にしたかふことのたくひなけれはこそかくまてかたくな しくなり侍れいひしらすにくゝうとましきものにおほしなすめれはきこえむか たなしいとゝ世にあとゝむへくなむおほえぬとてさらはへたてなからもきこえ させむひたふるになうちすてさせ給そとてゆるしたてまつり給へれははひいり てさすかにいりもはて給はぬをいとあはれと思てかはかりの御けはひをなくさ めにてあかし侍らむゆめ〱ときこえてうちもまとろますいとゝしき水のをと" }, { "vol": 47, "page": 1619, "text": "にめもさめてよはのあらしに山とりの心ちしてあかしかね給れいのあけ行けは ひにかねのこゑなときこゆいきたなくていて給へきけしきもなきよと心やまし くこはつくり給もけにあやしきわさなり しるへせし我やかへりてまとふへき心もゆかぬあけくれの道かゝるためし 世にありけむやとの給へは かた〱にくらす心をおもひやれ人やりならぬ道にまとはゝとほのかにの 給ふをいとあかぬ心ちすれはいかにこよなくへたゝりて侍めれはいとはりなう こそなとよろつにうらみつゝほの〱とあけ行ほとによへのかたよりいて給な りいとやはらかにふるまひなし給へるにほひなとえむなる御心けさうにはいひ しらすしめ給へりねひ人ともはいとあやしく心えかたく思まとはれけれとさり ともあしさまなる御心あらむやはとなくさめたりくらきほとにといそきかへり 給ふみちのほともかへるさはいとはるけくおほされて心やすくもえゆきかよは さらむことのかねていとくるしきをよをやへたてんと思なやみ給なめりまた人 さはかしからぬあしたのほとにおはしつきぬらうに御くるまよせており給ふこ" }, { "vol": 47, "page": 1620, "text": "とやうなる女車のさましてかくろへいり給にみなわらひ給てをろかならぬ宮つ かへの御心さしとなむ思給ふると申給しるへのおこかましさもいとねたくてう れへもきこえ給はす宮はいつしかと御ふみたてまつり給山さとにはたれも〱 うつゝの心ちし給はすおもひみたれ給へりさま〱におほしかまへけるをいろ にもいたし給はさりけるよとうとましくつらくあね宮をは思きこえ給てめもみ あはせたてまつり給はすしらさりしさまをもさは〱とはえあきらめ給はてこ とはりに心くるしく思きこえ給人〱もいかにはへりしことにかなと御けしき みたてまつれとおほしほれたるやうにてたのもし人のおはすれはあやしきわさ かなと思あへり御ふみもひきときてみせたてまつり給へとさらにおきあかり給 はねはいとひさしくなりぬと御つかひわひけり よのつねに思やすらむつゆふかき道のさゝはらわけてきつるもかきなれ給 へるすみつきなとのことさらにえむなるもおほかたにつけてみ給しはおかしく おほえしをうしろめたくもの思はしくてわれさかし人にてきこえむもいとつゝ ましけれはまめやかにあるへきやうをいみしくせめてかゝせたてまつり給しを" }, { "vol": 47, "page": 1621, "text": "むいろのほそなかひとかさねにみへかさねのはかまくして給ふ御つかひくるし けに思たれはつゝませてともなる人になむをくらせ給ふこと〱しき御つかひ にもあらすれいたてまつれ給ふうへわらはなりことさらに人にけしきもらさし とおほしけれはよへのさかしかりしおい人のしわさなりけりとものしくなむき こしめしけるその夜もかのしるへさそひ給へとれせい院にかならすさふらふへ きこと侍れはとてとまり給ぬれいのことにふれてすさましけによをもてなすと にくゝおほすいかゝはせむほいならさりし事とてをろかにやはと思よはり給て 御しつらひなとうちあはぬすみかなれとさるかたにおかしくしなしてまちきこ え給けりはるかなる御なかみちをいそきおはしましたりけるもうれしきわさな るそかつはあやしきさうしみはわれにもあらぬさまにてつくろはれたてまつり 給まゝにこき御そのいといたくぬるれはさかし人もうちなき給つゝ世中にひさ しくもとおほえ侍らねはあけくれのなかめにもたゝ御ことをのみなん心くるし くおもひきこゆるにこの人〱もよかるへきさまのことゝきゝにくきまていひ しらすめれはとしへたる心ともにはさりともよのことはりをもしりたらむはか" }, { "vol": 47, "page": 1622, "text": "はかしくもあらぬ心ひとつをたてゝかくてのみやはみたてまつらむと思なるや うもありしかとたゝいまかくおもひもあへすはつかしきことゝもにみたれおも ふへくはさらに思かけ侍らさりしにこれやけに人のいふめるのかれかたき御ち きりなりけんいとこそくるしけれすこしおほしなくさみなむにしらさりしさま をもきこえんにくしとなおほしいりそつみもそえたまふと御くしをなてつくろ ひつゝきこえ給へはいらへもし給はねとさすかにかくおほしの給ふかけにうし ろめたくあしかれともおほしをきてしを人わらへにみくるしきことそひてみあ つかはれたてまつらむかいみしさをよろつに思ゐ給へりさる心もなくあきれ給 へりしけはひたになへてならすおかしかりしをまいてすこしよのつねになよひ 給へるは御心さしもまさるにたはやすくかよひたまはさらむ山みちのはるけさ もむねいたきまておほして心ふかけにかたらひたのめ給へとあはれともいかに とも思わき給はすいひしらすかしつくものゝひめ君もすこしよのつねの人けち かくおやせうとなといひつゝ人のたゝすまゐをもみなれ給へるはものゝはつか しさもおそろしさもなのめにやあらむいゑにあかめきこゆる人こそなけれかく" }, { "vol": 47, "page": 1623, "text": "山ふかき御あたりなれは人にとをくものふかくてならひ給へる心ちに思かけぬ ありさまのつゝましくはつかしくなにことも世の人にゝすあやしくゐ中ひたら むかしはかなき御いらへにてもいひいてんかたなくつゝみ給へりさるはこの君 しもそらう〱しくかとあるかたのにほひはまさり給へる三日にあたるよもち いなむまいると人〱のきこゆれはことさらにさるへきいはゐの事にこそはと おほして御まへにてせさせ給ふもたと〱しくかつはおとなになりてをきて給 も人のみるらむことはゝかられておもてうちあかめておはするさまいとおかし けなりこのかみ心にやのとかにけたかきものから人のためあはれになさけ〱 しくそおはしける中納言殿よりよへまいらむとおもたまへしかと宮つかへのら うもしるしなけなるよにおもたまへうらみてなむこよひはさうやくもやとおも ふ給へれとゝのゐ所のはしたなけに侍りしみたり心ちいとゝやすからてやすら はれ侍とみちのくにかみにおいつきかき給てまうけの物ともこまやかにぬひな ともせさりけるいろ〱おしまきなとしつゝみそひつあまたかけこ入ておい人 のもとに人〱のれうにとて給へり宮の御かたにさふらひけるにしたかひてい" }, { "vol": 47, "page": 1624, "text": "とおほくもえとりあつめ給はさりけるにやあらむたゝなるきぬあやなとしたに はいれかくしつゝ御れうとおほしきふたくたりいときよらにしたるをひとへの 御その袖にこたゐの事なれと さよ衣きてなれきとはいはすともかことはかりはかけすしもあらしとおと しきこえ給へりこなたかなたゆかしけなき御ことをはつかしくいとゝみ給て御 かへりにもいかゝはきこえんとおほしわつらふほと御つかひかたへはにけかく れにけりあやしきしも人をひかへてそ御返たまふ へたてなき心はかりはかよふともなれし袖とはかけしとそおもふ心あはた ゝしくおもひみたれ給へるなこりにいとゝなをなをしきをおほしけるまゝとま ちみ給人はたゝあはれにそおもひなされ給ふ宮はその夜内にまいり給てえまか てたまふましけなるを人しれす御心もそらにておほしなけきたるに中宮猶かく ひとりおはしましてよのなかにすい給へる御名のやう〱きこゆる猶いとあし きことなりなに事もものこのましくたてたる御心なつかひ給そうへもうしろめ たけにおほしの給ふとさとすみかちにおはしますをいさめきこえ給へはいとく" }, { "vol": 47, "page": 1625, "text": "るしとおほして御とのゐ所にいて給て御ふみかきてたてまつれ給へるなこりも いたくうちなかめておはしますに中納言のきみまいり給へりそなたの心よせと おほせはれいよりもうれしくていかゝすへきいとかくゝらくなりぬめるを心も みたれてなむとなけかしけにおほしたりよく御けしきをみたてまつらむとおほ してひころへてかくまいり給へるをこよひさふらはせ給はていそきまかて給な むいとゝよろしからぬことにやおほしきこえさせたまはん大はん所のかたにて うけたまはりつれは人しれすわつらはしき宮つかへのしるしにあひなきかむた うにや侍らむとかほの色たかひ侍りつると申給へはいときゝにくゝそおほしの 給ふやおほくは人のとりなすことなるへしよにとかめあるはかりの心はなにこ とにかはつかふらむところせき身のほとこそ中〱なるわさなりけれとてまこ とにいとはしくさへおほしたりいとをしくみたてまつり給ておなし御さはかれ にこそはおはすなれこよひのつみにはかはりきこえて身をもいたつらになし侍 なむかしこはたの山にむまはいかゝ侍へきいとゝものゝきこえやさはり所なか らむときこえ給へはたゝくれにくれてふけにける夜なれはおほしわひて御むま" }, { "vol": 47, "page": 1626, "text": "にていて給ぬ御ともにはなか〱つかうまつらし御うしろみをとてこの君は内 にさふらひ給ふ中宮の御かたにまいり給つれは宮はいて給ぬなりあさましくい とをしき御さまかないかに人みたてまつるらむうへきこしめしてはいさめきこ えぬかいふかひなきとおほしの給ふこそわりなけれとの給あまたみやたちのか くおとなひとゝのひ給へと大宮はいよ〱わかくおかしきけはひなんまさり給 ける女一の宮もかくそおはしますへかめるいかならむおりにかはかりにてもも のちかく御こゑをたにきゝたてまつらむとあはれとおほゆすいたる人のおほゆ ましき心つかふらむもかうやうなる御なからひのさすかにけとをからすいりた ちて心にかなはぬおりの事ならむかしわか心のやうにひか〱しき心のたくひ やは又世にあむへかめるそれに猶うこきそめぬるあたりはえこそおもひたえね なと思ひゐ給へるさふらふかきりの女はうのかたち心さまいつれとなくわろひ たるなくめやすくとりとりにおかしきなかにあてにすくれてめにとまるあれと さらに〱みたれそめしの心にていときすくにもてなし給へりことさらにみえ しらかふ人もありおほかたはつかしけにもてしつめ給へるあたりなれはうはへ" }, { "vol": 47, "page": 1627, "text": "こそ心はかりもてしつめたれ心〱なるよの中なりけれはいろめかしけにすゝ みたるしたの心もりてみゆるもあるをさま〱におかしくもあはれにもあるか なとたちてもゐてもたゝつねなきありさまを思ありき給かしこには中納言殿の こと〱しけにいひなし給へりつるを夜ふくるまておはしまさて御ふみのある をされはよとむねつふれておはするによなかちかくなりてあらましき風のきほ ひにいともなまめかしくきよらにてにほひおはしたるもいかゝおろかにおほえ 給はむさうしみもいさゝかうちなひきて思しり給ふことあるへしいみしくおか しけにさかりとみえてひきつくろひ給へるさまはましてたくひあらしはやとお ほゆさはかりよき人をおほくみ給ふ御めにたにけしうはあらすとかたちよりは しめておほくちかまさりしたりとおほさるれは山さとの老人ともはましてくち つきにくけにうちゑみつゝかくあたらしき御ありさまをなのめなるきはの人の みたてまつり給はましかはいかにくちをしからまし思ふやうなる御すくせとき こえつゝひめ宮の御心をあやしくひか〱しくもてなし給をもときくちひそみ きこゆさかりすきたるさまともにあさやかなる花の色〱につかはしからぬを" }, { "vol": 47, "page": 1628, "text": "さしぬひつゝありつかすとりつくろひたるすかたとものつみゆるされたるもな きをみわたされ給てひめ宮我もやう〱さかりすきぬる身そかしかゝみをみれ はやせ〱になりもて行をのかしゝはこの人ともゝわれあしとやはおもへるう しろてはしらすかほにひたひかみをひきかけつゝいろとりたるかほつくりをよ くしてうちふるまふめりわか身にてはまたいとあれかほとにはあらすめもはな もなをしとおほゆるは心のなしにやあらむとうしろめたくてみいたしてふし給 へりはつかしけならむ人にみえむことはいよ〱かたはらいたくいまひとゝせ ふたとせあらはおとろへまさりなむはかなけなる身のありさまをと御てつきの ほそやかにかよはくあはれなるをさしいてゝも世中を思つゝけ給宮はありかた かりつる御いとまのほとをおほしめくらすに猶心やすかるましきことにこそは とむねふたかりておほえ給けり大宮のきこえ給しさまなとかたりきこえ給て思 なからとたえあらむをいかなるにかとおほすな夢にてもをろかならむにかくま てもまいりくましきを心のほとやいかゝとうたかひて思みたれ給はむか心くる しさに身をすてゝなむつねにかくはえまとひありかしさるへきさまにてちかく" }, { "vol": 47, "page": 1629, "text": "わたしたてまつらむといとふかくきこえ給へとたえまあるへくおほさるらむは をとにきゝし御心のほとしるへきにやと心をかれてわか御ありさまからさま 〱ものなけかしくてなむありけるあけ行ほとのそらにつまとおしあけ給ても ろともにいさなひいてゝみ給へはきりわたれるさま所からのあはれおほくそひ てれいのしはつむ舟のかすかに行かふあとのしらなみめなれすもあるすまゐの さまかなといろなる御心にはおかしくおほしなさる山のはのひかりやう〱み ゆるに女君の御かたちのまほにうつくしけにてかきりなくいつきすへたらむひ め宮もかはかりこそはおはすへかめれ思なしのわかゝたさまのいといつくしき そかしこまやかなるにほひなとうちとけてみまほしくなか〱なる心ちす水の をとなひなつかしからすうちはしのいとものふりてみえわたさるゝなときりは れゆけはいとゝあらましききしのわたりをかゝる所にいかてとしをへたまふら むなとうち涙くみ給へるをいとはつかしときゝ給ふおとこの御さまのかきりな くなまめかしくきよらにてこの世のみならすちきりたのめきこえ給へはおもひ よらさりしことゝは思なから中〱かのめなれたりし中納言のはつかしさより" }, { "vol": 47, "page": 1630, "text": "はとおほえ給かれはおもふかたことにていといたくすみたるけしきのみえにく ゝはつかしけなりしによそにおもひきこえしはましてこよなくはるかにひとく たりかきいて給ふ御返事たにつゝましくおほえしをひさしくとたえ給はむは心 ほそからむと思ならるゝもわれなからうたてと思ひしり給人〱いたくこはつ くりもよほしきこゆれは京におはしまさむほとはしたなからぬほとにといと心 あはたゝしけにて心よりほかならむよかれを返〻のたまふ なかたえむものならなくにはしひめのかたしく袖やよはにぬらさんいてか てにたちかへりつゝやすらひたまふ たえせしのわかたのみにやうちはしのはるけき中をまちわたるへきことに はいてねとものなけかしき御けはひはかきりなくおほされけりわかき人の御心 にしみぬへくたくひすくなけなるあさけの御すかたをみをくりてなこりとまれ る御うつりかなとも人しれすものあはれなるはされたる御心かなけさそものゝ あやめみゆるほとにて人〱のそきてみたてまつる中納言殿はなつかしくはつ かしけなるさまそそひ給へりける思なしのいまひときはにやこの御さまはいと" }, { "vol": 47, "page": 1631, "text": "ことになとめてきこゆみちすから心くるしかりつる御気色をおほしいてつゝた ちもかへりなまほしくさまあしきまておほせと世のきこえをしのひてかへらせ 給ほとにえたはやすくもまきれさせ給はす御ふみはあくる日ことにあまたかへ りつゝたてまつらせ給をろかにはあらぬにやと思なからおほつかなき日かすの つもるをいと心つくしにみしと思しものを身にまさりてこゝろくるしくもある かなとひめ宮はおほしなけかるれといとゝこの君のおもひしつみ給はむにより つれなくもてなして身つからたに猶かゝる事思くはへしといよ〱ふかくおほ す中納言の君もまちとをにそおほすらむかしと思やりてわかあやまちにいとを しくて宮をきこえおとろかしつゝたえす御けしきをみ給にいとゐたくおもほし いれたるさまなれはさりともとうしろやすかりけり九月十日のほとなれは野山 のけしきもおもひやらるゝにしくれめきてかきくらしそらのむら雲おそろしけ なる夕くれ宮いとゝしつ心なくなかめ給ていかにせむと御心ひとつをいてたち かね給おりをしはかりてまいり給へりふるの山さといかならむとおとろかしき こえ給いとうれしとおほしてもろともにいさなひ給へはれいのひとつ御くるま" }, { "vol": 47, "page": 1632, "text": "にておはすわけいり給まゝにそまいてなかめ給ふらむ心のうちいとゝをしはか られ給みちのほともたゝこの事の心くるしきをかたらひきこえ給ふたそかれ時 のいみしく心ほそけなるにあめはひやゝかにうちそゝきて秋はつるけしきのす こきにうちしめりぬれ給へるにほひともは世のものにゝすえむにてうちつれ給 へるを山かつともはいかゝ心まとひもせさらむ女はらひころうちつふやきつる なこりなくえみさかえつゝおましひきつくろひなとす京にさるへき所〱に行 ちりたるむすめともめいたつ人二三人たつねよせてまいらせたりとしころあな つりきこえける心あさき人〻めつらかなるまらうとゝ思おとろきたりひめ宮も おりうれしく思きこえ給ふにさかしら人のそひ給へるそはつかしくもありぬへ くなまわつらはしくおもへと心はへののとかにものふかくものし給をけに人は かくはおはせさりけりとみあはせ給にありかたしと思しらる宮を所につけては いとことにかしつきいれたてまつりてこの君はあるしかたに心やすくもてなし 給ものからまたまらうとゐのかりそめなるかたにいたしはなち給へれはいとか らしと思給へりうらみ給もさすかにゐとをしくてものこしにたいめむし給ふた" }, { "vol": 47, "page": 1633, "text": "はふれにくゝもあるかなかくてのみやといみしくうらみきこえ給やう〱こと はりしり給にたれと人の御うへにても物をいみしく思しつみ給ていとゝかゝる かたをうきものに思はてゝ猶ひたふるにいかてかくうちとけしあはれとおもふ 人の御心もかならすつらしと思ぬへきわさにこそあめれわれも人もみおとさす 心たかはてやみにしかなとおもふ心つかひふかくし給へり宮の御ありさまなと もとひきこえ給へはかすめつゝされはよとおほしくの給へはいとをしくておほ したる御さまけしきをみありくやうなとかたりきこえ給ふれいよりは心うつく しくかたらひてなをかくもの思ひくはふるほとすこし心ちもしつまりてきこえ むとの給ふ人にくゝけとをくはもてはなれぬものからさうしのかためもいとつ よししゐてやふらむをはつらくいみしからむとおほしたれはおほさるゝやうこ そはあらめかる〱しくことさまになひき給ことはたよにあらしと心のとかな る人はさいへといとよく思しつめ給たゝいとおほつかなくものへたてたるなむ むねあかぬ心ちするをありしやうにてきこえむとせめ給へとつねよりもわかお もかけにはつるころなれはうとましとみ給てむもさすかにくるしきはいかなる" }, { "vol": 47, "page": 1634, "text": "にかとほのかにうちわらひ給へるけはひなとあやしくなつかしくおほゆかゝる 御心にたゆめられたてまつりてつゐにいかになるへき身にかとなけきかちにて れいのとを山とりにてあけぬ宮はまたゝひねなるらむともおほさて中納言のあ るしかたに心のとかなるけしきこそうらやましけれとの給へは女君あやしとき ゝ給わりなくておはしましてほとなくかへり給るかあかすくるしきにみやもの をいみしくおほしたり御心のうちをしり給はねは女かたには又いかならむ人わ らへにやと思なけき給へはけに心つくしにくるしけなるわさかなとみゆ京にも かくろへてわたり給へき所もさすかになし六条院には左のおほいとのかたつか たにはすみ給てさはかりいかてとおほしたる六の君の御ことをおほしよらぬに なまうらめしと思きこえ給ふへかめりすき〱しき御さまとゆるしなくそしり きこえ給てうちわたりにもうれへきこえ給ふへかめれはいよ〱おほえなくて いたしすえ給はむもはゝかることいとおほかりなへてにおほす人のきはゝ宮つ かへのすちにて中〱心やすけなりさやうのなみ〱にはおほされすもし世中 うつりてみかときさいのおほしをきつるまゝにもおはしまさは人よりたかきさ" }, { "vol": 47, "page": 1635, "text": "まにこそなさめなとたゝいまはいとはなやかに心にかゝり給へるまゝにもてな さむかたなくくるしかりけり中納言は三条の宮つくりはてゝさるへきさまにて わたしたてまつらむとおほすけにたゝ人は心やすかりけりかくいと心くるしき 御けしきなからやすからすしのひ給ふからにかたみに思なやみ給へるめるも心 くるしくてしのひてかくかよひ給よしを中宮なとにもゝらしきこしめさせてし はしの御さはかれはいとをしくとも女かたの御ためはとかもあらしいとかくよ をたにあかし給はぬくるしけさよいみしくもてなしてあらせたてまつらはやな と思てあなかちにもかくろへす衣かへなとはか〱しくたれかはあつかふらむ なとおほして御丁のかたひらかへしろなと三条の宮つくりはてゝわたり給はむ 心まうけにしをかせ給へるをまつさるへきようなむなといとしのひてきこえ給 てたてまつれ給さま〱なる女はうのさうそく御めのとなとにもの給ひつゝわ さともせさせ給ひけり十月一日ころあしろもおかしきほとならむとそゝのかし きこえ給てもみち御らんすへく申給ふしたしき宮人とも殿上人のむつましくお ほすかきりいとしのひてとおほせと所せき御いきほひなれはをのつから事ひろ" }, { "vol": 47, "page": 1636, "text": "こりて左のおほいとのゝ宰相中将まいり給さてはこの中納言殿はかりそかむた ちめはつかふまつり給ふたゝ人はおほかりかしこにはろなくなかやとりし給は むをさるへきさまにおほせさきのはるも花みにたつねまいりこしこれかれかゝ るたよりにことよせてしくれのまきれにみたてまつりあらはすやうもそ侍なと こまやかにきこえ給へりみすかけかへこゝかしこかきはらひいはかくれにつも れる紅葉のくちはすこしはるけやり水のみ草はらはせなとそし給よしあるくた 物さかなゝとさるへき人なともたてまつれ給へりかつはゆかしけなけれといか ゝはせむこれもさるへきにこそはと思ゆるして心まうけし給へりふねにてのほ りくたりおもしろくあそひ給もきこゆほの〱ありさまみゆるをそなたにたち いてゝわかき人〻みたてまつるさうしみの御ありさまはそれとみわかねともも みちをふきたるふねのかさりのにしきとみゆるにこゑ〱ふきいつるものゝね とも風につけておとろ〱しきまておほゆよ人のなひきかしつきたてまつるさ まかくしのひ給へるみちにもいとことにいつくしきをみ給にもけにたなはたは かりにてもかゝるひこほしの光をこそまちいてめとおほえたりふみつくらせ給" }, { "vol": 47, "page": 1637, "text": "へき心まうけにはかせなともさふらひけりたそかれ時に御ふねさしよせてあそ ひつゝふみつくり給もみちをうすくこくかさして海仙楽といふ物をふきてをの 〱心ゆきたるけしきなるに宮はあふみのうみの心ちしてをちかた人のうらみ いかにとのみ御心そらなり時につけたるたいいたしてうそふきすしあへり人の まよひすこししつめておはせむと中納言もおほしてさるへきやうにきこえ給ほ とに内より中宮のおほせ事にて宰相の御あにの衛門督こと〱しきすいしんひ きつれてうるはしきさましてまいり給へりかうやうの御ありきはしのひ給ふと すれとをのつからことひろこりてのちのためしにもなるわさなるをおも〱し き人数あまたもなくてにはかにおはしましにけるをきこしめしおとろきて殿上 人あまたくしてまいりたるにはしたなくなりぬ宮も中納言もくるしとおほして ものゝけうもなくなりぬ御心のうちをはしらすえひみたれあそひあかしつけふ はかくてとおほすにまた宮の大夫さらぬ殿上人なとあまたゝてまつり給へり心 あはたゝしくくちおしくてかへりたまはむそらなしかしこには御ふみをそたて まつれ給おかしやかなることもなくいとまめたちておほしけることゝもをこま" }, { "vol": 47, "page": 1638, "text": "〱とかきつつけ給へれと人めしけくさはかしからむにとて御かへりなしかす ならぬありさまにてはめてたき御あたりにましらはむかひなきわさかなといと ゝおほししり給よそにてへたゝるつき日はおほつかなさもことはりにさりとも なとなくさめ給をちかきほとにのゝしりおはしてつれなくすき給ひなむつらく もくちおしくも思みたれ給宮はましていふせくわりなしとおほすことかきりな しあしろのひをも心よせたてまつりていろ〱のこの葉にかきませもてあそふ をしも人なとはいとおかしきことにおもへれは人にしたかひつゝこゝろゆく御 ありきに身つからの御心ちはむねのみつとふたかりてそらをのみなかめ給ふに このふる宮のこすゑはいとことにおもしろくときは木にはひましれるつたの色 なとも物ふかけにみえてとをめさへすこけなるを中納言の君もなか〱たのめ きこえけるをうれはしきわさかなとおほゆこそのはる御ともなりし君たちはは なの色を思いてゝをくれてこゝになかめ給らむ心ほそさをいふかくしのひ〱 にかよひ給ふとほのきゝたるもあるへし心しらぬもましりておほかたにとやか くやと人の御うへはかゝる山かくれなれとをのつからきこゆるものなれはいと" }, { "vol": 47, "page": 1639, "text": "おかしけにこそものし給なれさうのことしやうすにてこ宮のあけくれあそひな らはし給けれはなとくち〱いふ宰相中将 いつそやも花のさかりにひとめみし木のもとさへや秋はさひしきあるしか たと思ていへは中納言 さくらこそ思しらすれさきにほふ花ももみちもつねならぬよを衛門督 いつこより秋は行けむやまさとの紅葉のかけはすきうきものを宮大夫 みし人もなき山さとの岩かきに心なかくもはへるくす哉なかにおいしらひ てうちなき給みこのわかくおはしけるよの事なと思ひいつるなめり宮 秋はてゝさひしさまさる木のもとを吹なすくしそみねの松かせとていとい たくなみたくみ給へるをほのかにしる人はけにふかくおほすなりけりけふのた よりをすくし給心くるしさとみたてまつる人あれとこと〱しくひきつゝきて えおはしましよらすつくりけるふみのおもしろき所〱うちすしやまとうたも ことにつけておほかれとかうやうのえひのまきれにましてはか〱しきことあ らむやはかたはしかきとゝめてたにみくるしくなむかしこにはすき給ぬるけは" }, { "vol": 47, "page": 1640, "text": "ひをとをくなるまてきこゆるさきのこゑ〱たゝならすおほえ給心まうけしつ るひと〱もいとくちおしと思へりひめ宮はましてなをゝとにきくつき草のい ろなる御心なりけりほのかに人のいふをきけはおとこといふものはそらことを こそいとよくすなれおもはぬ人をおもふかほにとりなすことのはおほかるもの とこの人かすならぬ女はらのむかしものかたりにいふをさるなをなをしきなか にこそはけしからぬこゝろあるもましるらめなに事もすちことなるきはになり ぬれは人のきゝおもふことつゝましくところせかるへきものとおもひしはさし もあるましきわさなりけりあためき給へるやうにこ宮もきゝつたへ給てかやう にけちかきほとまてはおほしよらさりしものをあやしきまて心ふかけにの給ひ わたり思のほかにみたてまつるにつけてさへ身のうさを思ひそふるかあちきな くもあるかなかくみをとりする御心をかつはかの中納言もいかに思給らむこゝ にもことにはつかしけなる人はうちましらねとをの〱おもふらむか人わらへ におこかましきことゝ思みたれ給に心ちもたかひていとなやましくおほえ給さ うしみはたまさかにたいめむし給ときかきりなくふかきことをたのめちきり給" }, { "vol": 47, "page": 1641, "text": "つれはさりともこよなうはおほしかはらしとおほつかなきもわりなきさはりこ そはものし給らめと心のうちに思なくさめ給かたありほとへにけるか思ひゐれ られ給はぬにしもあらぬに中〱にてうちすき給ぬるをつらくもくちをしくも おもほゆるにいとゝものあはれなりしのひかたき御けしきなるを人なみ〱に もてなしてれいの人めきたるすまいならはかうやうにもてなし給ふましきをな とあね宮はいとゝしくあはれとみたてまつり給ふわれも世になからへはかうや うなることみつへきにこそはあめれ中納言のとさまかうさまにいひありき給も 人の心をみむとなりけり心ひとつにもてはなれておもふともこしらへやるかき りこそあれある人のこりすまにかゝるすちのことをのみいかてと思ためれは心 よりほかにつゐにもてなされぬへかめりこれこそはかへす〱さる心してよを すくせとの給ひをきしはかゝることもやあらむのいさめなりけりさもこそはう き身ともにてさるへき人にもをくれたてまつらめやうのものと人わらへなるこ とをそふるありさまにてなき御かけをさへなやましたてまつらむかいみしさな るをわれたにさるもの思ひにしつますつみなといとふかゝらぬさきにいかてな" }, { "vol": 47, "page": 1642, "text": "くなりなむとおほししつむにこゝちもまことにくるしけれはものもつゆはかり まいらすたゝなからむのちのあらましことをあけくれ思つゝけ給にも心ほそく てこの君をみたてまつり給もいと心くるしくわれにさへをくれたまひていかに いみしくなくさむかたなからむあたらしくおかしきさまをあけくれのみものに ていかて人〻しくもみなしたてまつらむと思ひあつかふをこそ人しれぬ行さき のたのみにも思ひつれかきりなき人にものし給ともかはかり人わらへなるめを みてむ人の世中にたちましりれいの人さまにてへ給はんはたくひすくなく心う からむなとおほしつゝくるにいふかひもなくこの世にはいさゝか思なくさむか たなくてすきぬへき身ともなりけりと心ほそくおほす宮はたちかへりれいのや うにしのひてといてたち給けるを内にかゝる御しのひことにより山さとの御あ りきもゆくりかにおほしたつなりけりかろ〱しき御ありさまと世人もしたに そしり申なりと衛門督のもらし申給けれは中宮もきこしめしなけきうへもいと ゝゆるさぬ御けしきにておほかた心にまかせ給へる御さとすみのあしきなりと きひしきことゝもいてきて内につとさふらはせたてまつり給左のおほい殿の六" }, { "vol": 47, "page": 1643, "text": "の君をうけひかすおほしたる事なれとおしたちてまいらせ給へくみなさためら る中納言殿きゝ給てあいなくものを思ありき給わかあまりことやうなるそやさ るへき契やありけむみこのうしろめたしとおほしたりしさまもあはれにわすれ かたくこの君たちの御ありさまけはひもことなる事なくて世におとろへ給はむ ことのおしくもおほゆるあまりに人〻しくもてなさはやとあやしきまてもてあ つかはるゝに宮もあやにくにとりもちてせめ給しかはわかおもふかたはことな るにゆつらるゝありさまもあいなくてかくもてなしてしを思へはくやしくもあ りけるかないつれもわか物にてみたてまつらむにとかむへき人もなしかしとと りかへすものならねとおこかましく心ひとつに思ひみたれ給宮はまして御こゝ ろにかゝらぬおりなくこひしくうしろめたしとおほす御心につきておほす人あ らはこゝにまいらせてれいさまにのとやかにもてなし給へすちことに思きこえ 給へるにかるひたるやうに人のきこゆへかめるもいとなむくちをしきと大宮は あけくれきこえ給しくれいたくしてのとやかなる日女一宮の御かたにまいり給 つれは御まへに人おほくもさふらはすしめやかに御ゑなむと御らんするほとな" }, { "vol": 47, "page": 1644, "text": "り御木丁はかりへたてゝ御物かたりきこえ給かきりもなくあてにけたかきもの からなよひかにおかしき御けはひをとしころふたつなきものに思ひきこえ給て 又この御ありさまになすらふ人よにありなむや冷泉院のひめ宮はかりこそ御お ほえのほとうち〱の御けはひも心にくゝきこゆれとうちいてむかたもなくお ほしわたるにかの山さと人はらうたけにあてなるかたのおとりきこゆましきそ かしなとまつ思いつるにいとゝこひしくてなくさめに御ゑとものあまたちりた るをみ給へはおかしけなる女ゑとものこひするおとこのすまゐなとかきませ山 さとのおかしきいゑゐなと心〱に世のありさまかきたるをよそへらるゝ事お ほくて御めとまりたまへはすこしきこえ給てかしこへたてまつらむとおほすさ い五かものかたりをかきていもうとにきむをしへたる所の人のむすはんといひ たるをみていかゝおほすらんすこしちかくまいりより給ていにしへの人もさる へきほとはへたてなくこそならはして侍けれいとうと〱しくのみもてなさせ 給こそとしのひてきこえ給へはいかなるゑにかとおほすにおしまきよせて御ま へにさしいれ給へるをうつふして御らむする御くしのうちなひきてこほれいて" }, { "vol": 47, "page": 1645, "text": "たるかたそはゝかりほのかにみたてまつり給るあかすめてたくすこしもゝのへ たてたる人と思きこえましかはとおほすにしのひかたくて わか草のねみむものとはおもはねとむすほゝれたる心ちこそすれ御まへな る人〻はこの宮をはことにはちきこえてものゝうしろにかくれたりことしもこ そあれうたてあやしとおほせはものもの給はすことはりにてうらなくものをと いひたるひめ君もされてにくゝおほさるむらさきのうへのとりわきてこのふた 所をはならはしきこえ給しかはあまたの御なかにへたてなく思かはしきこえ給 へり世になくかしつきゝこえ給てさふらふ人〻もかたほにすこしあかぬところ あるははしたなけなりやむことなき人の御むすめなともいとおほかり御心のう つろひやすきはめつらしき人〻にはかなくかたらひつきなとし給つゝかのわた りをおほしわするゝおりなきものからをとつれ給はて日ころへぬまちきこえ給 ところはたえまとをき心ちして猶かくなめりと心ほそくなかめ給ふに中納言お はしたりなやましけにし給ときゝて御とふらひなりけりいと心ちまとふはかり の御なやみにもあらねとことつけてたいめむし給はすおとろきなからはるけき" }, { "vol": 47, "page": 1646, "text": "ほとをまいりきつるを猶かのなやみ給ふらむ御あたりちかくとせちにおほつか なかりきこえ給へはうちとけてすまゐ給へるかたのみすのまへにいれたてまつ るいとかたはらいたきわさとくるしかり給へとけにくゝはあらて御くしもたけ 御いらへなときこえ給宮の御心もゆかておはしすきにしありさまなとかたりき こえ給てのとかにおほせ心いられしてなうらみきこえ給そなとをしへきこえ給 へはこゝにはともかくもきこえたまはさめりなき人の御いさめはかゝることに こそとみ侍はかりなむいとおしかりけるとてなき給気色なりいと心くるしくわ れさへはつかしき心ちして世中はとてもかくてもひとつさまにてすくすことか たくなむ侍をいかなる事をも御らんししらぬ御こゝろともにはひとへにうらめ しなとおほすこともあらむをしゐておほしのとめようしろめたくはよにあらし となん思はへるなと人の御うへをさへあつかふもかつはあやしくおほゆよる 〱はましていとくるしけにし給けれはうとき人の御けはひのちかきもなかの 宮のくるしけにおほしたれは猶れいのあなたにと人〻きこゆれとましてかくわ つらひ給ほとのおほつかなさを思のまゝにまいりきていたしはなち給へれはい" }, { "vol": 47, "page": 1647, "text": "とわりなくなむかゝるおりの御あつかひもたれかははか〱しくつかうまつる なと弁のおもとにかたらひ給てみす法ともはしむへきことの給いとみくるしく ことさらにもいとはしき身をときゝ給へと思くまなくのたまはむもうたてあれ はさすかになからへよと思ひ給へる心はえもあはれなり又のあしたにすこしも よろしくおほさるやきのふはかりにてたにきこえさせむとあれはひころふれは にやけふはいとくるしくなむさらはこなたにといひいたし給へりいとあはれに いかにものし給へきにかあらむありしよりはなつかしき御けしきなるもむねつ ふれておほゆれはちかくよりてよろつのことをきこえ給てくるしくてえきこえ すすこしためらはむほとにとていとかすかにあはれなるけはひをかきりなく心 くるしくてなけきゐ給へりさすかにつれ〱とかくておはしかたけれはいとう しろめたけれとかへり給かゝる御すまゐは猶くるしかりけりところさり給にこ とよせてさるへき所にうつろはしたてまつらむなときこえをきてあさりにも御 いのり心にいるへくのたまひしらせていて給ぬこの君の御ともなる人のいつし かとこゝなるわかき人をかたらひよりたるなりけりをのかしゝの物かたりにか" }, { "vol": 47, "page": 1648, "text": "の宮の御しのひありきせいせられ給て内にのみこもりおはしますひたりのお ほいとのゝ君をあはせたてまつり給へるなるをむなかたはとしころの御ほいな れはおほしとゝこほる事なくてとしのうちにありぬへかなり宮はしふ〱にお ほして内わたりにもたゝすきかましき事に御心をいれてみかときさいの御いま しめにしつまり給へくもあらさめりわか殿こそなをあやしく人にゝ給はすあま りまめにおはしまして人にはもてなやまれ給へこゝにかくわたり給のみなむめ もあやにおほろけならぬことゝ人申なとかたりけるをさこそいひつれなと人〻 の中にてかたるをきゝ給にいとゝむねふたかりていまはかきりにこそあなれや むことなきかたにさたまり給はぬなをさりの御すさひにかくまておほしけむを さすかに中納言なとのおもはんところをおほしてことのはのかきりふかきなり けりと思なし給にともかくも人の御つらさは思ひしらすいとゝ身のをき所のな き心ちしてしほれふし給へりよはき御心ちはいとゝ世にたちとまるへくもおほ えすはつかしけなる人〻にはあらねと思らむところのくるしけれはきかぬやう にてねたまへるを中の君ものおもふ時のわさときゝしうたゝねの御さまのいと" }, { "vol": 47, "page": 1649, "text": "らうたけにてかいなをまくらにてね給へるに御くしのたまりたるほとなとあり かたくうつくしけなるをみやりつゝおやのいさめしことのはもかへす〱おも ひいてられ給てかなしけれはつみふかゝなるそこにはよもしつみ給はしいつこ にも〱おはすらむかたにむかへ給ひてよかくいみしくものおもふ身ともをう ちすて給て夢にたにみえ給はぬよと思つゝけ給ゆふくれのそらのけしきいとす こくしくれてこのしたふきはらふ風のをとなとにたとへんかたなくきしかた行 さきおもひつゝけられてそひふし給へるさまあてにかきりなくみえたまふしろ き御そにかみはけつることもし給はてほとへぬれとまよふすちなくうちやられ てひころにすこしあをみ給へるしもなまめかしさまさりてなかめいたし給へる まみひたいつきのほともみしらん人にみせまほしひるねの君風のいとあらきに おとろかされておきあかり給へり山ふきうす色なとはなやかなる色あひに御か ほはことさらにそめにほはしたらむやうにいとおかしくはなはなとしていさゝ か物おもふへきさまもし給へらすこ宮の夢にみえ給つるいとものおほしたるけ しきにてこのわたりにこそほのめき給つれとかたり給へはいとゝしくかなしさ" }, { "vol": 47, "page": 1650, "text": "そひてうせ給てのちいかて夢にもみたてまつらむとおもふをさらにこそみたて まつらねとてふた所なからいみしくなき給このころあけくれ思いてたてまつれ はほのめきもやおはすらむいかておはすらむ所にたつねまいらむつみふかけな る身ともにてとのちのよをさへ思ひやり給人の国にありけむかうのけふりそい とえまほしくおほさるゝゐとくらくなるほとに宮より御つかひありおりはすこ しもの思ひなくさみぬへし御かたはとみにもみ給はす猶心うつくしくおひらか なるさまにきこえ給へかくてはかなくもなり侍なはこれよりなこりなきかたに もてなしきこゆる人もやいてこむとうしろめたきをまれにもこの人の思ひいて きこえ給はむにさやうなるあるましき心つかふ人はえあらしと思へはつらきな からなむたのまれ侍ときこえ給へはをくらさむとおほしけるこそいみしく侍れ といよ〱かほをひきいれ給かきりあれはかた時もとまらしと思しかとなから ふるわさなりけりと思侍そやあすしらぬよのさすかになけかしきもたかためお しきいのちにかはとておほとなふらまいらせてみ給ふれいのこまやかにかき給 て" }, { "vol": 47, "page": 1651, "text": "なかむるはおなし雲井をいかなれはおほつかなさをそふる時雨そかくそて ひつるなといふこともやありけむみゝなれにたるをなをあらしことゝみるにつ けてもうらめしさまさり給さはかり世にありかたき御ありさまかたちをいとゝ いかて人にめてられむとこのましくえむにもてなし給へれはわかき人の心よせ たてまつり給はむことはりなりほとふるにつけてもこひしくさはかりところせ きまて契をき給しをさりともいとかくてはやましと思なをす心そつねにそひけ る御返こよひまいりなんときこゆれはこれかれそゝのかしきこゆれはたゝひと ことなん あられふるみ山のさとはあさ夕になかむる空もかきくらしつゝかくいふは 神な月のつこもりなりけり月もへたゝりぬるよと宮はしつ心なくおほされてこ よひこよひとおほしつゝさはりおほみなるほとに五節なととくいてきたるとし にて内わたりいまめかしくまきれかちにてわさともなけれとすくい給ほとにあ さましくまちとをなりはかなく人をみ給につけてもさるは御心にはなるゝをり なし左のおほいとのゝわたりの事大宮も猶さるのとやかなる御うしろみをまう" }, { "vol": 47, "page": 1652, "text": "け給てそのほかにたつねまほしくおほさるゝ人あらはまいらせておも〱しく もてなし給へときこえ給へとしはしさ思ふたまふるやうなむきこえいなひ給て まことにつらきめはいかてかみせむなとおほす御心をしり給はねは月日にそへ てものをのみおほす中納言もみしほとよりはかろひたる御心かなさりともとお もひきこえけるもいとをしく心からおほえつゝおさ〱まいり給はすやまさと にはいかに〱ととふらひきこえ給この月となりてはすこしよろしくおはすと きゝ給けるにおほやけわたくしものさはかしきころにて五六日人もたてまつれ 給はぬにいかならむとうちおとろかれたまいてわりなきことのしけさをうちす てゝまて給すほうはおこたりはて給まてとのたまひをきけるをよろしくなりに けりとてあさりをもかへし給ひけれはいと人すくなにてれゐの老人いてきて御 ありさまきこゆそこはかといたきところもなくおとろ〱しからぬ御なやみに ものをなむさらにきこしめさぬもとより人にゝ給はすあえかにおはしますうち にこのみやの御ことゐてきにしのちいとゝものおほしたるさまにてはかなき御 くたものをたに御らむしいれさりしつもりにやあさましくよはくなり給てさら" }, { "vol": 47, "page": 1653, "text": "にたのむへくもみえ給はすよに心うく侍ける身のいのちのなかさにてかゝるこ とをみたてまつれはまついかてさきたちきこえむと思給へゐり侍といひもやら すなくさまことはりなり心うくなとかゝくともつけ給はさりける院にも内にも あさましくことしけきころにて日ころもえきこえさりつるおほつかなさとてあ りしかたにいり給ふ御まくらかみちかくてものきこえ給へと御こゑもなきやう にてえいらへたまはすかくおもくなり給まてたれも〱つけたまはさりけるか つらくもおもふにかひなきことゝうらみてれいのあさりおほかた世にしるしあ りときこゆる人のかきりあまたさうし給みすほうと経あくる日よりはしめさせ 給はむとてとの人あまたまいりつとひかみしもの人たちさはきたれは心ほそさ のなこりなくたのもしけなりくれぬれはれいのあなたにときこえて御ゆつけな とまいらむとすれとちかくてたにみたてまつらむとてみなみのひさしはさうの 座なれはひんかしおもてのいますこしちかきかたに屏風なとたてさせていり ゐ給なかの宮くるしとおほしたれとこの御中を猶もてはなれたまはぬなりけり とみなおもひてうとくもえもてなしへたてす初夜よりはしめて法花経をふたむ" }, { "vol": 47, "page": 1654, "text": "によませ給ふこゑたうときかきり十二人していとたうとし火はこなたのみなみ のまにともしてうちはくらきに木丁をひきあけてすこしすへり入てみたてまつ り給へは老人とも二三人そさふらふなかの宮はふとかくれ給ぬれはいと人すく なに心ほそくてふし給へるをなとか御こゑをたにきかせたまはぬとて御てをと らへておとろかしきこえ給へは心ちには思なからものいふかいとくるしくてな ん日ころをとつれ給はさりつれはおほつかなくてすき侍ぬへきにやとくちをし くこそ侍つれといきのしたにの給かくまたれたてまつるほとまてまいりこさり けることゝてさくりもよゝとなき給御くしなとすこしあつくそおはしけるなに のつみなる御心ちにか人のなけきおふこそかくあむなれと御みゝにさしあてゝ ものをおほくきこえ給へはうるさうもはつかしうもおほえてかをゝふたき給へ るをむなしくみなしていかなる心ちせむとむねもひしけておほゆひころみたて まつり給つらむ御心ちもやすからすおほされつらむこよひたに心やすくうちや すませ給へとのゐ人さふらふへしときこえ給へはうしろめたけれとさるやうこ そはとおほしてすこししそき給へりひたおもてにはあらねとはひよりつゝみた" }, { "vol": 47, "page": 1655, "text": "てまつり給へはいとくるしくはつかしけれとかゝるへき契こそはありけめとお ほしてこよなうのとかにうしろやすき御心をかのかたつかたの人にみくらへた てまつり給へはあはれとも思ひしられにたりむなしくなりなむのちのおもひて にも心こはくおもひくまなからしとつゝみ給てはしたなくもえをしはなち給は すよもすから人をそゝのかして御ゆなとまいらせたてまつり給へとつゆはかり まいるけしきもなしいみしのわさやいかにしてかはかけとゝむへきとゐはむか たなくおもひい給へりふたむ経のあか月かたのゐかはりたるこゑのいとたうと きにあさりもよひにさふらひてねふりたるうちおとろきてたらによむ老かれに たれといとくうつきてたのもしうきこゆいかゝこよひはおはしましつらむなと きこゆるついてにこ宮の御ことなと申いてゝはなしは〱うちかみていかなる 所におはしますらむさりともすゝしきかたにそと思ひやりたてまつるをさいつ ころの夢になむみえおはしましゝそくの御かたちにて世中をふかういとひはな れしかは心とまることなかりしをいさゝかうち思ひし事にみたれてなんたゝし はしねかひのところをへたゝれるをおもふなんいとくやしきすゝむるわさせよ" }, { "vol": 47, "page": 1656, "text": "といとさたかにおほせられしをたちまちにつかうまつるへきことのおほえ侍ら ねはたへたるにしたかひておこなひし侍法師はら五六人してなにかしの念仏な んつかうまつらせ侍るさては思給へえたること侍りて常不軽をなむつかせはへ るなと申にきみもいみしうなき給かの世にさへさまたけきこゆらんつみのほと をくるしき御心ちにもいとゝきえいりぬはかりおほえ給いかてかのまたさたま り給はさらむさきにまてゝおなし所にもときゝふし給へりあさりは事すくなに てたちぬこのさう不軽そのわたりのさと〱京まてありきけるをあか月のあら しにわひてあさりのさふらふあたりをたつねて中門のもとにゐていとたうとく つく廻向のすゑつかたの心はえいとあはれなりまらうともこなたにすゝみたる 御心にてあはれしのはれ給はすなかの宮せちにおほつかなくておくのかたなる 木丁のうしろにより給へるけはひをきゝ給てあさやかにゐなをり給て不軽のこ ゑはいかゝきかせ給ひつらむおも〱しきみちにはおこなはぬことなれとたう とくこそ侍けれとて 霜さゆるみきはの千鳥うちわひてなくねかなしきあさほらけかなことはの" }, { "vol": 47, "page": 1657, "text": "やうにきこえ給つれなき人の御けはひにもかよひて思ひよそへらるれといらへ にくゝて弁してそきこえ給ふ あかつきの霜うちはらひ鳴ちとりものおもふ人の心をやしるにつかはしか らぬ御かはりなれとゆへなからすきこえなすかやうのはかなしこともつゝまし けなる物からなつかしうかひあるさまにとりなし給ふものをいまはとてわかれ なはいかなる心ちせむとまとひ給宮の夢にみえ給けむさまおほしあはするにか う心くるしき御ありさまともをあまかけりてもいかにみ給らむとおしはかられ ておはしまししみてらにも御す経せさせ給所〱のいのりのつかひいたしたて させ給おほやけにもわたくしにも御いとまのよし申給てまつりはらへよろつに いたらぬ事なくし給へとものゝつみめきたる御やまゐにもあらさりけれはなに のしるしもみえすみつからもたいらかにあらむともほとけをもねむしたまはゝ こそあらめなをかゝるつゐてにいかてうせなむこの君のかくそゐてのこりなく なりぬるをいまはもてはなれむかたなしさりとてかうをろかならすみゆめる心 はえのみをとりしてわれも人もみえむか心やすからすうかるへきこともしいの" }, { "vol": 47, "page": 1658, "text": "ちしゐてとまらはやまゐに事つけてかたちをもかへてむさてのみこそなかき心 をもかたみにみはつへきわさなれと思しみ給てとあるにてもかゝるにてもいか てこのおもふことしてむとおほすをさまてさかしきことはえうちいて給はてな かの宮に心ちのいよ〱たのもしけなくおほゆるをいむことなんいとしるしあ りていのちのふる事ときゝしをさやうにあさりにの給へときこえ給へはみなな きさはきていとあるましき御事なりかくはかりおほしまとふめる中納言殿もい かゝあえなきやうにおもひきこえ給はむとにけなき事に思てたのもし人にも申 つかねはくちをしうおほすかくこもりゐ給つれはきゝつきつゝ御とふらひにふ りはえものし給人もありをろかにおほされぬことゝみ給へは殿人したしきけい しなとはをの〱よろつの御いのりをせさせなけきゝこゆとよのあかりはけふ そかしと京思ひやり給風いとふ吹て雪のふるさまあはたゝしうあれまとふみや こにはいとかうしもあらしかしと人やりならす心ほそうてうとくてやみぬへき にやとおもふ契はつらけれとうらむへうもあらすなつかしうらうたけなる御も てなしをたゝしはしにてもれいになして思つることゝもゝかたらはゝやとおも" }, { "vol": 47, "page": 1659, "text": "ひつゝけてなかめ給ひかりもなくてくれはてぬ かきくもり日かけもみえぬおく山に心をくらすころにもある哉たゝかくて おはするをたのみにみな思きこえたりれいのちかきかたにゐ給へるにみ木丁な とを風のあらはに吹なせはなかの宮おくにいり給みくるしけなる人〻もかゝや きかくれぬるほとにいとちかうよりていかゝおほさるゝ心ちに思ひのこすこと なくねむしきこゆるかひなく御こゑをたにきかすなりにたれはいとこそわひし けれをくらかし給はゝいみしうつらからむとなく〱きこえ給ふものおほえす なりにたるさまなれとかほはいとよくかくし給へりよろしきひまあらはきこえ まほしきことも侍れとたゝきえいるやうにのみなり行はくちをしきわさにこそ といとあはれと思給へるけしきなるにいよ〱せきとゝめかたくてゆゝしうか く心ほそけに思ふとはみえしとつゝみ給へとこゑもおしまれすいかなる契にて かきりなく思ひきこえなからつらきことおほくてわかれたてまつるへきにかす こしうきさまをたにみせ給はゝなむ思さますふしにもせむとまもれといよ〱 あはれけにあたらしくおかしき御ありさまのみみゆかいなゝともいとほそうな" }, { "vol": 47, "page": 1660, "text": "りてかけのやうによはけなるものからいろあひもかはらすしろううつくしけに なよ〱としてしろき御そとものなよひかなるにふすまをゝしやりてなかにみ もなきひゐなをふせたらむ心ちして御くしはいとこちたうもあらぬほとにうち やられたる枕よりおちたるきはのつや〱とめてたうおかしけなるもいかにな り給なむとするそとあるへき物にもあらさめりとみるかおしきことたくひなし こゝらひさしくなやみてひきもつくろはぬけはひの心とけすはつかしけにかき りなうもてなしさまよう人にもおほうまさりてこまかにみるまゝにたましゐも しつまらむかたなしつゐにうちすて給なはよにしはしもとまるへきにもあらす いのちもしかきりありてとまるへうともふかき山にさすらへなむとすたゝいと 心くるしうてとまり給はむ御ことをなん思きこゆるといらへさせたてまつらむ とてかの御ことをかけ給へはかをかくし給へる御そてをすこしひきなをしてか くはかなかりける物を思ひくまなきやうにおほされたりつるもかひなけれはこ のとまり給はむ人をおなしこと思ひきこえ給へとほのめかしきこえしにたかへ 給はさらましかはうしろやすからましとこれのみなむうらめしきふしにてとま" }, { "vol": 47, "page": 1661, "text": "りぬへうおほえ侍との給へはかくいみしうものおもふへき身にやありけんいか にも〱ことさまにこの世を思かゝつらふかたの侍らさりつれは御おもむけに したかひきこえすなりにしいまなむくやしく心くるしうもおほゆるされともう しろめたくなおもひきこえ給そなとこしらへていとくるしけにし給へはすほう のあさりともめしいれさせさま〱にけむあるかきりしてかちまいらせさせ給 ふわれも仏をねんせさせ給ふことかきりなし世中をことさらにいとひはなれね とすゝめ給ふ仏なとのいとかくいみしき物はおもはせ給にやあらむみるまゝに ものかくれ行やうにてきえはて給ぬるはいみしきわさかなひきとゝむへきかた なくあしすりもしつへく人のかたくなしとみむこともおほえすかきりとみたて まつり給てなかの宮のをくれしとおもひまとひ給さまもことはりなりあるにも あらすみえ給をれいのさかしき女はらいまはいとゆゝしきことゝひきさけたて まつる中納言の君はさりともいとかゝる事あらし夢かとおほして御となふらを ちかうかゝけてみたてまつり給にかくし給かほもたゝねたまへるやうにてかは りたまへるところもなくうつくしけにてうちふし給へるをかくなからむしのか" }, { "vol": 47, "page": 1662, "text": "らのやうにてもみるわさならましかはと思まとはるいまはの事ともするに御く しをかきやるにさとうちにほひたるたゝありしなからのにほひになつかしうか うはしきもありかたうなにことにてこの人をすこしもなのめなりしと思さまさ むまことによの中を思すてはつるしるへならはおそろしけにうきことのかなし さもさめぬへきふしをたにみつけさせ給へと仏を念し給へといとゝ思のとめむ かたなくのみあれはいふかひなくてひたふるにけふりにたになしはてゝむとお もほしてとかくれいのさほうともするそあさましかりけるそらをあゆむやうに たゝよひつゝかきりのありさまさへはかなけにてけふりもおほくむすほゝれ給 はすなりぬるもあえなしとあきれてかへり給ぬ御いみにこもれる人数おほくて 心ほそさはすこしまきれぬへけれとなかの宮は人のみおもはんこともはつかし き身の心うさを思しつみ給て又なき人にみえ給宮よりも御とふらひいとしけく たてまつれ給おもはすにつく〱と思きこえ給へりしけしきもおほしなをらて やみぬるをおほすにいとうき人の御ゆかりなり中納言かくよのいと心うくおほ ゆるついてにほいとけんとおほさるれと三条の宮のおほされむことにはゝかり" }, { "vol": 47, "page": 1663, "text": "この君の御ことの心くるしさとに思みたれてかのゝ給しやうにてかたみにもみ るへかりける物をしたの心は身をわけ給へりともうつろふへくもおほえ給さり しをかう物思はせたてまつるよりはたゝうちかたらひてつきせぬなくさめにも みたてまつりかよはましものをなとおほすかりそめに京にもいて給はすかきた えなくさむかたなくてこもりおはするを世人もをろかならす思給へることゝみ きゝて内よりはしめたてまつりて御とふらひおほかりはかなくてひころはすき 行七日〱の事ともいとたうとくせさせ給つゝをろかならすけうし給へとかき りあれは御その色のかはらぬをかの御かたの心よせわきたりし人〻のいとくろ くきかへたるをほのみ給ふも くれなゐにおつる涙もかひなきはかたみの色をそめぬなりけりゆるしいろ のこほりとけぬかとみゆるをいとゝぬらしそへつゝなかめ給ふさまいとなまめ かしくきよけなり人〻のそきつゝみたてまつりていふかひなき御ことをはさる 物にてこのとのゝかくならひたてまつりていまはとよそにおもひきこえむこそ あたらしくくちをしけれおもひのほかなる御すくせにもおはしけるかなかくふ" }, { "vol": 47, "page": 1664, "text": "かき御心のほとをかた〱にそむかせ給へるよとなきあへりこの御かたにはむ かしの御かたみにいまはなに事もきこえうけ給はらむとなん思給ふるうと〱 しくおほしへたつなときこえ給へとよろつの事うき身なりけりと物のみつゝま しくてまたたいめむしてものなときこえ給はすこの君はけさやかなるかたにい ますこしこめきけたかくおはするものからなつかしくにほひある心さまそおと り給へりけるとことにふれておほゆ雪のかきくらしふる日ひねもすになかめく らして世の人のすさましきことにいふなるしはすの月夜のくもりなくさしいて たるをすたれまきあけてみ給へはむかひのてらのかねのこゑ枕をそはたてゝけ ふもくれぬとかすかなるひゝきをきゝて をくれしと空行月をしたふかなつゐにすむへきこのよならねは風のいとは けしけれはしとみをろさせ給によもの山のかゝみとみゆるみきはのこほり月か けにいとおもしろし京のいゑのかきりなくとみかくもえかうはあらぬはやとお ほゆわつかにいきいてゝものし給はましかはもろともにきこえましとおもひつ ゝくるそむねよりあまる心ちする" }, { "vol": 47, "page": 1665, "text": "恋わひてしぬるくすりのゆかしきに雪の山にやあとをけなましなかはなる 偈をしへむおにもかなことつけて身もなけむとおほすそ心きたなきひしり心な りける人〻ちかくよひいて給て物かたりなとせさせ給けはひなとのいとあらま ほしくのとやかに心ふかきをみたてまつる人〻わかきは心にしめてめてたしと 思たてまつる老たるはたゝくちおしくいみしき事をいとゝ思ふ御心ちのおもく ならせ給しこともたゝこの宮の御ことをおもはすにみたてまつり給て人わらへ にいみしとおほすめりしをさすかにかの御かたにはかくおもふとしられたてま つらしとたゝ御心ひとつによをうらみ給めりしほとにはかなき御くた物をもき こしめしふれすたゝよはりになむよはらせ給めりしうはへにはなにはかりこと 〱しくものふかけにももてなさせ給はてしたの御心のかきりなくなにことも おほすめりしにこ宮の御いましめにさへたかひぬることゝあいなう人の御うへ をおほしなやみそめしなりときこえており〱の給しことなとかたりいてつゝ たれも〱なきまとふことつきせすわか心からあちきなきことをおもはせたて まつりけむ事ととりかへさまほしくなへての世もつらきにねんすをいとゝあは" }, { "vol": 47, "page": 1666, "text": "れにし給てまとろむほとなくあかし給にまた夜ふかきほとの雪のけはひいとさ むけなるに人〻こゑあまたしてむまのをときこゆなに人かはかゝるさよ中に雪 をわくへきとたいとこたちもおとろき思えるに宮かりの御そにいたうやつれて ぬれ〱いり給へるなりけりうちたゝき給さまさなゝりときゝ給て中納言はか くろへたるかたに入たまひてしのひておはす御いみは日かすのこりたりけれと 心もとなくおほしわひてよ一夜雪にまとはされてそおはしましけるひころのつ らさもまきれぬへきほとなれとたいめむし給へき心ちもせすおほしなけきたる さまのはつかしかりしをやかてみなをされ給はすなりにしもいまよりのちの御 心あらたまらむはかひなかるへく思しみてものし給へはたれも〱いみしうこ とはりをきこえしらせつゝものこしにてそひころのおこたりつきせすの給をつ く〱ときゝゐ給へるこれもいとあるかなきかにてをくれ給ふましきにやとき こゆる御けはひの心くるしさをうしろめたういみしと宮もおほしたりけふは御 身をすてゝとまり給ぬものこしならてといたくわひ給へといますこし物おほゆ るほとまて侍らはとのみきこえ給てつれなきを中納言もけしききゝ給てさるへ" }, { "vol": 47, "page": 1667, "text": "き人めしいてゝ御ありさまにたかひて心あさきやうなる御もてなしのむかしも いまも心うかりける月ころのつみはさも思きこえ給ぬへきことなれとにくから ぬさまにこそかうかへたてまつりたまはめかやうなる事またみしらぬ御心にて くるしうおほすらんなとしのひてさかしかり給へはいよ〱この君の御心もは つかしくてえきこえ給はすあさましく心うくおはしけりきこえしさまをもむけ にわすれ給けることゝをろかならすなけきくらし給へりよるのけしきいとゝけ はしき風のをとに人やりならすなけきふしたまへるもさすかにてれいのものへ たてゝきこえの給ちゝのやしろをひきかけて行さきなかきことをちきりきこえ 給もいかてかくくちなれ給けむと心うけれとよそにてつれなきほとのうとまし さよりはあはれに人の心もたをやきぬへき御さまを一かたにもえうとみはつま しかりけりたゝつく〱ときゝて きしかたを思ひいつるもはかなきを行すゑかけてなにたのむらんとほのか にの給なか〱いふせう心もとなし 行すゑをみしかき物とおもひなはめのまへにたにそむかさらなんなに事も" }, { "vol": 47, "page": 1668, "text": "いとかうみるほとなきよをつみふかくなおほしないそとよろつにこしらへ給へ と心ちもなやましくなむとていり給にけり人のみるらんもいと人わろくてなけ きあかし給ふうらみむもことはりなるほとなれとあまりに人にくゝもとつらき 涙のおつれはましていかに思つらむとさま〱あはれにおほしゝらる中納言の あるしかたにすみなれて人〻やすらかによひつかひ人もあまたしてものまいら せなとし給をあはれにもおかしうも御らむすいといたうやせあをみてほれ〱 しきまてものを思たれは心くるしとみ給てまめやかにとふらひ給ありしさまな とかひなき事なれとこの宮にこそはきこえめと思へとうちいてむにつけてもい と心よはくかたくなしくみえたてまつらむにはゝかりてことすくななりねをの みなきて日かすへにけれはかほかはりのしたるもみくるしくはあらていよ〱 物きよけになまめいたるを女ならはかならす心うつりなむとをのかけしからぬ 御心ならひにおほしよるもなまうしろめたかりけれはいかて人のそしりもうら みをもはふきて京にうつろはしてむとおほすかくつれなきものから内わたりに もきこしめしていとあしかるへきにおほしわひてけふはかへらせ給ぬをろかな" }, { "vol": 47, "page": 1669, "text": "らすことの葉をつくし給へとつれなきはくるしきものをとひとふしをおほしし らせまほしくて心とけすなりぬとしくれかたにはかゝらぬ所たにそらのけしき れいにはにぬをあれぬ日なくふりつむ雪にうちなかめつゝあかしくらし給こゝ ちつきせす夢のやうなり宮よりもみすきやうなとこちたきまてとふらひきこえ 給かくてのみやはあたらしきとしさへなけきすくさむこゝかしこにもおほつか なくてとちこもり給へることをきこえ給へはいまはとてかへり給はむ心ちもた とへむかたなしかくおはしならひて人しけかりつるなこりなくならむをおもひ わふる人〻いみしかりしおりのさしあたりてかなしかりしさはきよりもうちし つまりていみしくおほゆときときおりふしおかしやかなるほとにきこえかはし 給しとしころよりもかくのとやかにてすくし給へるひころの御ありさまけはひ のなつかしくなさけふかうはかなきことにもまめなるかたにもおもひやりおほ かる御心はえをいまはかきりにみたてまつりさしつる事とおほゝれあへりかの 宮よりは猶かうまいりくることもいとかたきをおもひわひてちかうわたひたて まつるへきことをなむたはかりいてたるときこえ給へりきさいの宮きこしめし" }, { "vol": 47, "page": 1670, "text": "つけて中納言もかくをろかならす思ほれてゐたなるはけにをしなへておもひか たうこそはたれもおほさるらめと心くるしかり給て二条の院のにしのたいにわ たいたまてとき〱もかよひたまふへくしのひてきこえ給ひけるは女一宮の御 かたにことよせておほしなるにやとおほしなからおほつかなかるましきはうれ しくての給ふなりけりさなゝりと中納言もきゝ給て三条の宮もつくりはてゝわ たいたてまつらむ事をおもひしものをかの御かはりになすらへてみるへかりけ るをなとひきかへし心ほそし宮のおほしよるめりしすちはいとにけなき事にお もひはなれておほかたの御うしろみはわれならては又たれかはとおほすとや" }, { "vol": 48, "page": 1677, "text": "やふしわかねは春のひかりをみたまふにつけてもいかてかくなからへにける月 日ならむとゆめのやうにのみおほえ給ゆきかふ時〱にしたかひはなとりのい ろをもねをもおなし心におきふしみつゝはかなきことをもゝとすゑをとりてい ひかはし心ほそき世のうさもつらさもうちかたらひあはせきこえしにこそなく さむかたもありしかおかしきことあはれなるふしをもきゝしる人もなきまゝに よろつかきくらし心ひとつをくたきて宮のおはしまさすなりにしかなしさより もやゝうちまさりてこひしくわひしきにいかにせむとあけくるゝもしらすまと はれたまへと世にとまるへきほとはかきりあるわさなりけれはしなれぬもあさ ましあさりのもとよりとしあらたまりてはなに事かおはしますらむ御いのりは たゆみなくつかうまつり侍りいまはひとゝころの御ことをなむやすからすねむ しきこえさするなときこえてわらひつく〱しおかしきこにいれてこれはわら はへのくやうして侍るはつをなりとてたてまつれりてはいとあしうてうたはわ さとかましくひきはなちてそかきたる きみにとてあまたの春をつみしかはつねをわすれぬはつわらひなり御前に" }, { "vol": 48, "page": 1678, "text": "よみ申さしめたまへとありたいしと思まはしてよみいたしつらむとおほせはう たの心はへもいとあはれにてなをさりにさしもおほさぬなめりとみゆることの はをめてたくこのましけにかきつくしたまへる人の御ふみよりはこよなくめと まりてなみたもこほるれは返事かゝせ給 このはるはたれにかみせむなき人のかたみにつめるみねのさわらひつかひ にろくとらせさせ給いとさかりにゝほひおほくおはする人のさま〱の御物お もひにすこしうちおもやせたまへるいとあてになまめかしきけしきまさりてむ かし人にもおほえ給へりならひたまへりしおりはとり〱にてさらにゝたまへ りともみえさりしをうちわすれてはふとそれかとおほゆるまてかよひたまへる を中納言殿のからをたにとゝめてみたてまつる物ならましかはとあさゆふにこ ひきこえ給めるにおなしくはみえたてまつり給御すくせならさりけむよとみた てまつる人〱はくちおしかるかの御あたりの人のかよひくるたよりに御あり さまはたえすきゝかはしたまひけりつきせすおもひほれたまひてあたらしきと しともいはすいやめになむなりたまへるときゝ給てもけにうちつけの心あさゝ" }, { "vol": 48, "page": 1679, "text": "には物したまはさりけりといとゝいまそあはれもふかくおもひしらるゝ宮はお はしますことのいとゝころせくありかたけれは京にわたしきこえむとおほした ちにたりないえんなと物さはかしきころすくして中納言の君心にあまることを もまたゝれにかはかたらはむとおほしわひて兵部卿の宮の御かたにまいりたま へりしめやかなるゆふくれなれは宮うちなかめたまひてはしちかくそおはしま しけるさうの御ことかきならしつゝれいの御心よせなるむめのかをめておはす るしつえをゝしおりてまいり給へるにほひのいとえんにめてたきをおりおかし うおほして おる人の心にかよふはなゝれやいろにはいてすしたにゝほへるとのたまへ は みる人にかことよせける花のえを心してこそおるへかりけれわつらはしく とたはふれかはしたまへるいとよき御あはひなりこまやかなる御物かたりとも になりてはかの山さとの御ことをそまつはいかにと宮はきこえ給中納言もすき にしかたのあかすかなしきことそのかみよりけふまておもひのたえぬよしおり" }, { "vol": 48, "page": 1680, "text": "〱につけてあはれにもおかしくもなきみわらひみとかいふらむやうにきこえ いて給にましてさはかりいろめかしくなみたもろなる御くせは人の御うへにて さへそてもしほるはかりになりてかゐ〱しくそあひしらひきこえ給めるそら のけしきも又けにそあはれしりかほにかすみわたれるよるになりてはけしうふ きいつるかせのけしきまたふゆめきていとさむけにおほとなふらもきえつゝや みはあやなきたと〱しさなれとかたみにきゝさしたまふへくもあらすつきせ ぬ御物かたりをえはるけやりたまはて夜もいたうふけぬ世にためしありかたか りける中のむつひをいてさりともいとさのみはあらさりけむとのこりありけに とひなしたまふそわりなき御心ならひなめるかしさりなからも物に心えたまひ てなけかしき心のうちもあきらむはかりかつはなくさめまたあはれをもさまし さま〱にかたらひたまふ御さまのおかしきにすかされたてまつりてけに心に あまるまておもひむすほゝるゝことゝもすこしつゝかたりきこえ給そこよなく むねのひまあく心ちしたまふ宮もかの人ちかくわたしきこえてむとするほとの ことゝもかたらひきこえ給をいとうれしきことにも侍かなあいなく身つからの" }, { "vol": 48, "page": 1681, "text": "あやまちとなむおもふたまへらるゝあかぬむかしのなこりをまたたつぬへきか たも侍らねはおほかたにはなにことにつけても心よせきこゆへき人となむおも ふたまふるをもしひなくやおほしめさるへきとてかのこと人となおもひわきそ とゆつり給し心をきてをもすこしはかたりきこえ給へといはせのもりのよふこ とりめいたりしよのことはのこしたりけり心のうちにはかくなくさめかたきか たみにもけにさてこそかやうにもあつかひきこゆへかりけれとくやしきことや う〱まさりゆけといまはかひなき物ゆへつねにかうのみおもはゝあるましき 心もこそいてくれたかためにもあちきなくおこかましからむと思はなるさても おはしまさんにつけてもまことにおもひうしろみきこえんかたはまたゝれかは とおほせは御わたりのことゝもゝ心まうけせさせ給かしこにもよきわか人わら はなともとめて人〱は心ゆきかほにいそきおもひたれといまはとてこのふし みをあらしはてむもいみしく心ほそけれはなけかれ給ことつきせぬをさりとて も又せめて心こはくたえこもりてもたけかるましくあさからぬ中のちきりもた えはてぬへき御すまゐをいかにおほしえたるそとのみうらみきこえ給もすこし" }, { "vol": 48, "page": 1682, "text": "はことはりなれはいかゝすへからむとおもひみたれたまへりきさらきのついた ちころとあれはほとちかくなるまゝにはなの木とものけしきはむものこりゆか しくみねのかすみのたつをみすてむこともおのかとこよにてたにあらぬたひね にていかにはしたなく人わらはれなることもこそなとよろつにつゝましく心ひ とつにおもひあかしくらしたまふ御ふくもかきりあることなれはぬきすてたま ふにみそきもあさき心ちそするおやひとゝころはみたてまつらさりしかはこひ しきことはおもほえすその御かはりにもこのたひの衣をふかくそめむと心には おほしのたまへとさすかにさるへきゆへもなきわさなれはあかすかなしきこと かきりなし中納言とのより御くるま御前の人〱はかせなとたてまつれたまへ り はかなしやかすみのころもたちしまに花のひもとくおりもきにけりけにい ろ〱いときよらにてたてまつれたまへり御わたりのほとのかつけものともな とこと〱しからぬ物からしな〱にこまやかにおほしやりつゝいとおほかり おりにつけてはわすれぬさまなる御心よせのありかたくはらからなともえいと" }, { "vol": 48, "page": 1683, "text": "かうまてはおはせぬわさそなと人〱はきこえしらすあさやかならぬふる人と もの心にはかゝるかたを心にしめてきこゆわかき人は時〱もみたてまつりな らひていまはとことさまになりたまはむをさう〱しくいかにこひしくおほえ させたまはんときこえあへり身つからはわたり給はむことあすとてのまたつと めておはしたりれいのまらうとゐのかたにおはするにつけてもいまはやう〱 物なれてわれこそ人よりさきにかうやうにもおもひそめしかなとありしさまの たまひし心はへを思いてつゝさすかにかけはなれことのほかになとははしたな めたまはさりしをわか心もてあやしうもへたゝりにしかなとむねいたくおもひ つゝけられ給かいはみせしさうしのあなも思いてらるれはよりてみたまへとこ の中をはおろしこめたれはいとかひなしうちにも人〱おもひいてきこえつゝ うちひそみあへり中の宮はましてもよをさるゝ御なみたのかはにあすのわたり もおほえ給はすほれ〱しけにてなかめふしたまへるにつきころのつもりもそ こはかとなけれといふせく思たまへらるゝをかたはしもあきらめきこえさせて なくさめ侍らはやれいのはしたなくなさしはなたせたまひそいとゝあらぬ世の" }, { "vol": 48, "page": 1684, "text": "心ちし侍りときこえ給へれはゝしたなしとおもはれたてまつらむとしもおもは ねといさや心ちもれいのやうにもおほえすかきみたりつゝいとゝはか〱しか らぬひかこともやとつゝましうてなとくるしけにおほいたれといとおしなとこ れかれきこえて中のさうしのくちにてたいめんしたまへりいと心はつかしけに なまめきてまたこのたひはねひまさりたまひにけりとめもおとろくまてにほひ おほく人にもにぬようゐなとあなめてたの人やとのみゝえたまへるをひめ宮は おもかけさらぬ人の御ことをさへおもひいてきこえ給にいとあはれとみたてま つり給つきせぬ御ものかたりなともけふはこといみすへくやなといひさしつゝ わたらせ給へきところちかくこのころすくしてうつろひ侍へけれはよ中あか月 とつき〱しき人のいひ侍めるなにことのをりにもうとからすおほしのたまは せは世に侍らむかきりはきこえさせうけ給はりてすくさまほしくなん侍るをい かゝはおほしめすらむ人の心さま〱に侍る世なれはあいなくやなとひとかた にもえこそおもひ侍らねときこえ給へはやとをはかれしと思心ふかくはへるを ちかくなとのたまはするにつけてもよろつにみたれ侍りてきこえさせやるへき" }, { "vol": 48, "page": 1685, "text": "かたもなくなと所〱いひけちていみしく物あはれとおもひたまへるけはひな といとようおほえたまへるを心からよその物にみなしつるといとくやしくおも ひゐたまへれとかひなけれはそのよのことかけてもいはすわすれにけるにやと みゆるまてけさやかにもてなしたまへり御まへちかきこうはいのいろもかもな つかしきにうくひすたにみすくしかたけにうちなきてわたるめれはましてはる やむかしのと心をまとはしたまふとちの御ものかたりにおりあはれなりかしか せのさとふきいるゝにはなのかもまらうとの御にほひもたち花ならねとむかし おもひいてらるゝつまなりつれ〱のまきらはしにも世のうきなくさめにも心 とゝめてもてあそひたまひし物をなと心にあまりたまへは みる人もあらしにまよふ山さとにむかしおほゆる花のかそするいふとてな くほのかにてたえ〱きこえたるをなつかしけにうちすんしなして そてふれしむめはかはらぬにほひにてねこめうつろふやとやことなるたえ ぬなみたをさまよくのこひかくしてことおほくもあらすまたも猶かやうにてな むなにこともきこえさせよかるへきなときこえをきてたち給ぬ御わたりにある" }, { "vol": 48, "page": 1686, "text": "へきことゝも人〱にのたまひをくこのやともりにかのひけかちのとのゐ人な とはさふらふへけれはこのわたりのちかき御さうともなとにそのことゝもゝの たまひあつけなとまめやかなることゝもをさへさためをき給弁そかやうの御と もにもおもひかけすなかきいのちいとつらくおほえ侍るを人もゆゝしくみおも ふへけれはいまは世にある物ともひとにしられ侍らしとてかたちもかへてける をしゐてめしいてゝいとあはれとみたまふれいのむかし物かたりなとせさせ給 てこゝには猶とき〱はまいりくへきをいとたつきなく心ほそかるへきにかく て物したまはんはいとあはれにうれしかるへきことになむなとえもいひやらす なき給いとふにはえてのひ侍るいのちのつらくまたいかにせよとてうちすてさ せ給けんとうらめしくなへての世をおもひたまへしつむにつみもいかにふかく 侍らむと思けることゝもをうれへかけきこゆるもかたくなしけなれといとよく いひなくさめ給いたくねひにたれとむかしきよけなりけるなこりをそきすてた れはひたひのほとさまかはれるにすこしわかくなりてさるかたにみやひかなり おもひわひてはなとかゝるさまにもなしたてまつらさりけむそれにのふるやう" }, { "vol": 48, "page": 1687, "text": "もやあらましさてもいかに心ふかくかたらひきこえてあらましなとひとかたな らすおほえ給にこの人さへうらやましけれはかくろへたる木丁をすこしひきや りてこまかにそかたらひ給けにむけにおもひほけたるさまなから物うちいひた るけしきようゐくちおしからすゆへありける人のなこりとみえたり さきにたつなみたのかはにみをなけは人にをくれぬいのちならましとうち ひそみきこゆそれもいとつみふかゝなることにこそかのきしにいたることなと かさしもあるましきことにてさへふかきそこにしつみすくさむもあいなしすへ てなへてむなしくおもひとるへき世になむなとの給 身をなけむなみたのかはにしつみてもこひしきせゝにわすれしもせしいか ならむ世にすこしもおもひなくさむることありなむとはてもなき心ちし給かへ らむかたもなくなかめられて日もくれにけれとすゝろにたひねせむも人のとか むることやとあひなけれは返たまひぬおもほしのたまへるさまをかたりて弁は いとゝなくさめかたくゝれまとひたりみな人は心ゆきたるけしきにて物ぬひい となみつゝおひゆかめるかたちもしらすつくろひさまよふにいよ〱やつして" }, { "vol": 48, "page": 1688, "text": "人はみないそきたつめるそてのうらにひとりもしほをたるゝあま哉とうれ へきこゆれは しほたるゝあまの衣にことなれやうきたるなみにぬるゝわかそて世にすみ つかむこともいとありかたかるへきわさとおほゆれはさまにしたかひてこゝを はあれはてしとなむおもふをさらはたいめんもありぬへけれとしはしのほとも 心ほそくてたちとまりたまふをみをくにいとゝ心もゆかすなむかゝるかたちな る人もかならすひたふるにしもたえこもらぬわさなめるを猶世のつねにおもひ なして時〱もみえ給へなといとなつかしくかたらひ給むかしの人のもてつか ひたまひしさるへき御てうとゝもなとはみなこの人にとゝめをき給てかく人よ りふかくおもひしつみたまへるをみれはさきの世もとりわきたるちきりもや物 したまひけむとおもふさへむつましくあはれになむとのたまふにいよ〱わら はへのこひてなくやうに心おさめんかたなくおほゝれゐたりみなかきはらひよ ろつとりしたゝめて御くるまともよせて御せんの人〱四ゐ五ゐいとおほかり 御身つからもいみしうおはしまさまほしけれとこと〱しくなりて中〱あし" }, { "vol": 48, "page": 1689, "text": "かるへけれはたゝしのひたるさまにもてなして心もとなくおほさる中納言殿よ りも御せんの人かすおほくたてまつれたまへりおほかたのことをこそ宮よりは おほしをきつめれこまやかなるうち〱の御あつかひはたゝこの殿よりおもひ よらぬことなくとふらひきこえ給日くれぬへしとうちにもとにもゝよほしきこ ゆるに心あはたゝしくいつちならむとおもふにもいとはかなくかなしとのみお もほえたまふに御くるまにのるたいふの君といふ人のいふ ありふれはうれしきせにもあひけるを身をうちかはになけてましかはうち ゑみたるを弁のあまの心はへにこよなうもあるかなと心つきなうもみたまふい まひとり すきにしかこひしきこともわすれねとけふはたまつもゆく心かないつれも としへたる人〱にてみなかの御かたをは心よせましきこえためりしをいまは かくおもひあらためてこといみするも心うの世やとおほえたまへは物もいはれ たまはすみちのほとのはるけくはけしき山みちのありさまをみたまふにそつら きにのみおもひなされし人の御中のかよひをことはりのたえまなりけりとすこ" }, { "vol": 48, "page": 1690, "text": "しおほししられける七日の月のさやかにさしいてたるかけおかしくかすみたる をみたまひつゝいとゝほきにならはすくるしけれはうちなかめられて なかむれは山よりいてゝゆく月も世にすみわひてやまにこそいれさまかは りてつゐにいかならむとのみあやうくゆくすゑうしろめたきにとしころなにこ とをかおもひけんとそとりかへさまほしきやよひうちすきてそおはしつきたる みもしらぬさまにめもかゝやくやうなる殿つくりのみつはよつはなる中にひき いれてみやいつしかとまちおはしましけれは御くるまのもとに身つからよらせ 給ておろしたてまつり給御しつらひなとあるへきかきりして女はうのつほね 〱まて御心とゝめさせ給けるほとしるくみえていとあらまほしけなりいかは かりのことにかとみえたまへる御ありさまのにはかにかくさたまりたまへはお ほろけならすおほさるゝことなめりと世人も心にくゝおもひおとろきけり中納 言は三条の宮にこの廿よ日のほとにわたりたまはんとてこのころはひゝにおは しつゝみたまふにこの院ちかきほとなれはけはひもきかむとてよふくるまてお はしけるにたてまつれたまへる御せんの人〱かへりまいりてありさまなとか" }, { "vol": 48, "page": 1691, "text": "たりきこゆいみしう御心にいりてもてなしたまふなるをきゝ給にもかつはうれ しき物からさすかにわか心なからおこかましくむねうちつふれてものにもかな やとかへす〱ひとりこたれて しなてるやにほのみつうみにこく舟のまほならねともあひみし物をとそい ひくたさまほしき右のおほとのは六のきみを宮にたてまつり給はんことこの月 にとおほしさためたりけるにかくおもひのほかの人をこのほとよりさきにとお ほしかほにかしつきすゑたまひてはなれおはすれはいと物しけにおほしたりと きゝ給もいとおしけれは御ふみは時〱たてまつり給御もきのこと世にひゝき ていそき給へるをのへたまはんも人わらへなるへけれははつかあまりにきせた てまつり給おなしゆかりにめつらしけなくともこの中納言をよそ人にゆつらむ かくちおしきにさもやなしてましとしころ人しれぬものにおもひけむ人をもな くなしてもの心ほそくなかめゐたまふなるをなとおほしよりてさるへき人して けしきとらせ給けれと世のはかなさをめにちかくみしにいと心うく身もゆゝし うおほゆれはいかにも〱さやうのありさまは物うくなんとすさましけなるよ" }, { "vol": 48, "page": 1692, "text": "しきゝ給ていかてかこのきみさへおほな〱こといつることを物うくはもてな すへきそとうらみたまひけれとしたしき御中らひなからも人さまのいと心はつ かしけに物し給へはえしゐてしもきこえうこかしたまはさりけりはなさかりの ほと二条の院のさくらをみやり給にぬしなきやとのまつ思やられたまへは心や すくやなとひとりこちあまりて宮の御もとにまいりたまへりこゝかちにおはし ましつきていとようすみなれたまひにたれはめやすのわさやとみたてまつるも のかられいのいかにそやおほゆる心のそひたるそあやしきやされとしちの御心 はへはいとあはれにうしろやすくそ思きこえ給けるなにくれと御物かたりきこ えかはしたまひてゆふつかた宮は内へまいり給はんとて御くるまのさうそくし て人〱おほくまいりあつまりなとすれはたちいて給てたいの御かたへまいり たまへり山さとのけはひゝきかへてみすのうち心にくゝすみなしておかしけな るわらはのすきかけほのみゆるして御せうそこきこえ給へれは御しとねさしい てゝむかしの心しれる人なるへしいてきて御返きこゆあさゆふのへたてもある ましうおもふたまへらるゝほとなからそのことゝなくてきこえさせんも中〱" }, { "vol": 48, "page": 1693, "text": "なれ〱しきとかめやとつゝみ侍るほとに世中かはりにたる心ちのみそし侍る や御まへのこすゑもかすみへたてゝみえ侍るにあはれなることおほくも侍るか なときこえてうちなかめて物し給けしき心くるしけなるをけにおはせましかは おほつかなからすゆき返かたみに花のいろとりのこゑをもをりにつけつゝすこ し心ゆきてすくしつへかりける世をなとおほしいつるにつけてはひたふるにた えこもりたまへりしすまゐの心ほそさよりもあかすかなしうくちおしきことそ いとゝまさりける人〱も世のつねにうと〱しくなもてなしきこえさせ給そ かきりなき御心のほとをはいましもこそみたてまつりしらせたまふさまをもみ えたてまつらせたまふへけれなときこゆれとひとつてならすふとさしいてきこ えむことのなをつゝましきをやすらひたまふほとに宮いてたまはんとて御まか り申しにわたりたまへりいときよらにひきつくろひけさうしたまひてみるかひ ある御さまなり中納言はこなたになりけりとみたまひてなとかむけにさしはな ちてはいたしすゑたまへる御あたりにはあまりあやしと思まてうしろやすかり し心よせをわかためはおこかましきこともやとおほゆれとさすかにむけにへた" }, { "vol": 48, "page": 1694, "text": "ておほからむはつみもこそうれちかやかにてむかし物かたりもうちかたらひた まへかしなときこえ給ものからさはありともあまり心ゆるひせんもまたいかに そやうたかはしきしたの心にそあるやとうちかへしのたまへはひとかたならす わつらはしけれとわか御心にもあはれふかくおもひしられにし人の御心をいま しもをろかなるへきならねはかの人もおもひのたまふめるやうにいにしへの御 かはりとなすらへきこえてかうおもひしりけりとみえたてまつるふしもあらは やとはおほせとさすかにとかくやとかた〱にやすからすきこえなしたまへは くるしうおほされけり" }, { "vol": 49, "page": 1701, "text": "その比ふちつほときこゆるはこ左大臣殿の女御になむおはしけるまた春宮と聞 えさせし時人よりさきにまいり給にしかはむつましくあはれなるかたの御思ひ はことにものし給めれとそのしるしとみゆるふしもなくてとしへ給ふに中宮に はみやたちさへあまたこゝらをとなひ給ふめるにさやうの事もすくなくてたゝ 女宮ひとゝころをそもちたてまつり給へりけるわかいとくちおしく人におされ たてまつりぬるすくせなけかしくおほゆるかはりにこの宮をたにいかてゆくす ゑの心もなくさむはかりにてみたてまつらむとかしつき聞え給ふ事をろかなら す御かたちもいとおかしくおはすれはみかともらうたきものにおもひきこえさ せ給へり女一の宮をよにたくひなきものにかしつき聞えさせ給におほかたの世 のおほえこそおよふへうもあらねうち〱の御ありさまはおさ〱をとらすち ゝおとゝの御いきほひいかめしかりしなこりいたくおとろへねはことに心もと なき事なとなくてさふらふ人〱のなりすかたよりはしめたゆみなく時〱に つけつゝとゝのへこのみいまめかしくゆへ〱しきさまにもてなし給へり十四 になり給ふとし御裳きせ奉りたまはんとて春よりうちはしめてこと事なくおほ" }, { "vol": 49, "page": 1702, "text": "しいそきてなに事もなへてならぬさまにとおほしまうくいにしへよりつたはり たりけるたからものともこのおりにこそはとさかしいてつゝいみしくいとなみ 給に女御なつころものゝけにわつらひ給ていとはかなくうせ給ぬいふかひなく くちおしき事をうちにもおほしなけく心はえなさけ〱しくなつかしきところ おはしつる御かたなれは殿上人とももこよなくさう〱しかるへきわさかなと おしみきこゆおほかたさるましききはの女官なとまてしのひきこえぬはなし宮 はましてわかき御心ちに心ほそくかなしくおほしいりたるをきこしめして心く るしくあはれにおほしめさるれは御四十九日すくるまゝにしのひてまいらせた てまつらせ給へり日〻にわたらせ給つゝみたてまつらせ給くろき御そにやつれ ておはするさまいとゝらうたけにあてなるけしきまさり給へり心さまもいとよ くおとなひ給て母女御よりもいますこしつしやかにおもりかなる所はまさりた まへるをうしろやすくはみたてまつらせ給へとまことには御はゝかたとてもう しろみとたのませ給へきをちなとやうのはか〱しき人もなしわつかに大くら 卿すりのかみなといふは女御にもことはらなりけることに世のおほえをもりか" }, { "vol": 49, "page": 1703, "text": "にもあらすやんことなからぬ人〱をたのもし人にておはせんに女は心くるし き事おほかりぬへきこそいとおしけれなと御心ひとつなるやうにおほしあつか ふもやすからさりけり御まへのきくうつろひはてゝさかりなるころ空のけしき のあはれにうちしくるゝにもまつこの御かたにわたらせ給てむかしの事なと聞 えさせ給ふに御いらへなともおほとかなるものからいはけなからすうちきこえ させ給ふをうつくしくおもひ聞えさせ給かやうなる御さまをみしりぬへからん 人のもてはやしきこえんもなとかはあらん朱雀院のひめ宮を六条院にゆつりき こえ給しおりのさためともなとおほしめしいつるにしはしはいてやあかすもあ るかなさらてもおはしなましときこゆる事ともありしかと源中納言の人よりこ となるありさまにてかくよろつをうしろみたてまつるにこそそのかみの御おほ えおとろへすやんことなきさまにてはなからへ給めれさらすは御心よりほかな る事ともゝいてきてをのつから人にかるめられ給こともやあらましなとおほし つゝけてともかくも御覧する世にやおもひさためましとおほしよるにはやかて そのついてのまゝにこの中納言よりほかによろしかるへき人又なかりけり宮た" }, { "vol": 49, "page": 1704, "text": "ちの御かたはらにさしならへたらんに何事もめさましくはあらしをもとより思 人もたりて聞にくき事うちますましくはたあめるをつゐにはさやうの事なくて しもえあらしさらぬさきにさもやほのめかしてましなとおり〱おほしめしけ り御こなとうたせ給ふくれゆくまゝにしくれおかしき程に花の色も夕はえした るを御覧して人めしてたゝいま殿上にはたれ〱かととはせ給に中務のみこか んつけのみこ中納言みなもとのあそんさふらふとそうす中納言のあそんこなた へとおほせ事ありてまいり給へりけにかくとりわきてめしいつるもかひありて とをくよりかほれるにほひよりはしめ人にことなるさまし給へりけふのしくれ つねよりことにのとかなるをあそひなとすさましきかたにていとつれ〱なる をいたつらに日を送るたはふれにてこれなんよかるへきとて碁はんめしいてゝ 御碁のかたきにめしよすいつもかやうにけちかくならしまつはし給ふにならひ にたれはさにこそはとおもふによきのりものはありぬへけれとかるかるしくは えわたすましきを何をかはなとのたまはする御けしきいかゝみゆらんいとゝ心 つかひしてさふらひ給さてうたせ給ふに三はんに数ひとつまけさせ給ひぬねた" }, { "vol": 49, "page": 1705, "text": "きわさかなとてまつけふはこの花ひとえたゆるすとのたまはすれは御いらへ聞 えさせておりておもしろきえたをおりてまいり給へり よのつねのかき根ににほふ花ならはこゝろのまゝにおりてみましをとそう し給へるようゐあさからすみゆ 霜にあへすかれにしそのゝ菊なれとのこりの色はあせすもある哉との給は すかやうにおり〱ほのめかさせ給御けしきを人つてならすうけ給りなかられ いの心のくせなれはいそかしくしもおほえすいてやほいにもあらすさま〱に いとおしき人〱の御事ともをもよくきゝすくしつゝとしへぬるをいまさらに ひしりのものゝよにかへりいてん心ちすへき事と思ふもかつはあやしやことさ らに心をつくす人たにこそあなれとは思なからきさきはらにおはせはしもとお ほゆる心のうちそあまりおほけなかりけるかゝる事を右大殿ほの聞給て六の君 はさりともこの君にこそはしふ〱なりともまめやかにうらみよらはついには えいなひはてしとおほしつるを思ひのほかの事いてきぬへかなりとねたくおほ されけれは兵部卿の宮はたわさとにはあらねとおり〱につけつゝおかしきさ" }, { "vol": 49, "page": 1706, "text": "まにきこえ給事なとたえさりけれはさはれなをさりのすきにはありともさるへ きにて御心とまるやうもなとかなからん水もるましく思さためんとてもなを 〱しききはにくたらんはたいと人わろくあかぬ心ちすへしなとおほしなりに たり女こうしろめたけなる世のすゑにてみかとたにむこもとめ給ふよにまして たゝ人のさかりすきんもあいなしなとそしらはしけにの給て中宮をもまめやか にうらみ申給事たひかさなれはきこしめしわつらひていとおしくかくおほな 〱思ひ心さしてとしへ給ひぬるをあやにくにのかれきこえ給はんもなさけな きやうならんみこたちは御うしろみからこそともかくもあれうへの御よもすゑ になり行とのみおほしの給めるをたゝ人こそひと事にさたまりぬれは又心をわ けんこともかたけなめれそれたにかのおとゝのまめたちなからこなたかなたう らやみなくもてなしてものし給はすやはあるましてこれは思ひをきてきこゆる 事もかなはゝあまたもさふらはむになとかあらんなとれいならすことつゝけて あるへかしくきこえさせ給ふを我御心にももとよりもてはなれてはたおほさぬ 事なれはあなかちにはなとてかはあるましきさまにもきこえさせ給んたゝいと" }, { "vol": 49, "page": 1707, "text": "事うるはしけなるあたりにとりこめられて心やすくならひ給へるありさまの所 せからん事をなまくるしくおほすにものうきなれとけにこのおとゝにあまりゑ んせられはてんもあいなからんなとやう〱おほしよはりにたるへしあたなる 御心なれはかのあせちの大納言のこうはいの御方をも猶おほしたえす花もみち につけてものゝ給ひわたりつゝいつれをもゆかしくはおほしけりされとそのと しはかはりぬ女二の宮も御ふくはてぬれはいとゝ何事にかはゝかり給んさもき こえいてはとおほしめしたる御けしきなとつけきこゆる人〱もあるをあまり しらすかほならんもひか〱しうなめけなりとおほしおこしてほのめかしまい らせ給おり〱もあるにはしたなきやうはなとてかはあらんそのほとにおほし さためたなりとつてにもきく身つから御けしきをもみれと心のうちにはなをあ かす過給にし人のかなしさのみわするへきよなくおほゆれはうたてかく契りふ かくものし給ける人のなとてかはさすかにうとくては過にけんと心えかたく思 ひいてらるくちおしきしなゝりともかの御ありさまにすこしもおほえたらむ人 はこゝろもとまりなんかしむかしありけんかうのけふりにつけてたにいま一た" }, { "vol": 49, "page": 1708, "text": "ひみたてまつる物にもかなとのみおほえてやむことなきかたさまにいつしかな といそくこゝろもなし右大殿にはいそきたちて八月はかりにときこえ給けり二 条院のたいの御方にはきゝ給にされはよいかてかは数ならぬありさまなめれは かならす人わらへにうき事いてこんものそとは思ふ〱すこしつる世そかしあ たなる御心と聞わたりしをたのもしけなく思なからめにちかくてはことにつら けなることみえすあはれにふかき契りをのみし給へるをにはかにかはり給ん程 いかゝはやすき心ちはすへからむたゝ人のなからひなとのやうにいとしもなこ りなくなとはあらすともいかにやすけなき事おほからんなをいとうき身なめれ はついには山すみに返へきなめりとおほすにもやかて跡たえなましよりは山か つのまちおもはんも人わらへなりかし返〻も宮のゝ給をきしことにたかひてく さのもとをかれにける心かるさをはつかしくもつらくも思しり給こひめ君のい としとけなけに物はかなきさまにのみ何事もおほしの給しかと心のそこのつし やかなるところはこよなくもおはしけるかな中納言の君のいまにわするへきよ なくなけきわたり給めれともしよにおはせましかは又かやうにおほすことはあ" }, { "vol": 49, "page": 1709, "text": "りもやせましそれをいとふかくいかてさはあらしと思いり給てとさまかうさま にもてはなれん事をおほしてかたちをもかへてんとし給しそかしかならすさる さまにてそおはせましいま思にいかにをもりかなる御心をきてならましなき御 かけともゝ我をはいかにこよなきあはつけさとみ給らんとはつかしくかなしく おほせとなにかはかひなきものからかゝるけしきをもみえたてまつらんとしの ひ返してきゝもいれぬさまにてすくし給ふ宮はつねよりもあはれになつかしく おきふしかたらひちきりつゝこのよならすなかき事をのみそたのみきこえ給さ るは此さ月はかりよりれいならぬさまになやましくし給こともありけりこちた くくるしかりなとはし給はねとつねよりも物まいる事いとゝなくふしてのみお はするをまたさやうなる人のありさまよくもみしり給はねはたゝあつきころな れはかくおはするなめりとそおほしたるさすかにあやしとおほしとかむる事も ありてもしいかなるそさる人こそかやうにはなやむなれなとの給ふおりもあれ といとはつかしくし給てさりけなくのみもてなし給へるをさし過聞え出る人も なけれはたしかにもえしり給はす八月になりぬれはその日なとほかよりそつた" }, { "vol": 49, "page": 1710, "text": "へきゝ給宮はへたてんとにはあらねといひ出んほと心くるしくいとおしくおほ されてさもの給はぬを女君はそれさへ心うくおほえ給ふしのひたる事にもあら す世中なへてしりたることをその程なとたにの給はぬことゝいかゝうらめしか らさらんかくわたり給にしのちはことなる事なけれはうちにまいり給てもよる とまる事はことにし給はすこゝかしこの御よかれなともなかりつるをにはかに いかに思給はんと心くるしきまきらはしにこのころは時〻御とのゐとてまいり なとし給つゝかねてよりならはしきこえ給ふをもたゝつらきかたにのみそ思を かれ給ふへき中納言殿もいと〱をしきわさかなときゝ給ふはな心におはする 宮なれはあはれとはおほすともいまめかしきかたにかならす御心うつろひなん かし女かたもいとしたゝかなるわたりにてゆるひなくきこえまつはし給はゝ月 ころもさもならひたまはてまつ夜おほくすこし給んこそあはれなるへけれなと 思ひよるにつけてもあひなしや我心よなにしにゆつり聞えけんむかしの人に心 をしめてしのちおほかたの世をも思ひはなれてすみはてたりしかたの心もにこ りそめにしかはたゝかの御事をのみとさまかうさまには思なからさすかに人の" }, { "vol": 49, "page": 1711, "text": "心ゆるされてあらむことははしめより思ひしほいなかるへしとはゝかりつゝた ゝいかにしてすこしもあはれとおもはれてうちとけたまへらんけしきをもみん とゆくさきのあらましことのみ思つゝけしに人はおなし心にもあらすもてなし てさすかにひとかたにもえさしはなつましく思ひたまへるなくさめにおなし身 そといひなしてほいならぬかたにおもむけ給ひしかねたくうらめしかりしかは まつその心をきてをたかへんとていそきせしわさそかしなとあなかちにめゝし くものくるおしくゐてありきたはかりきこえしほと思ひ出るもいとけしからさ りける心かなと返す〱そくやしき宮もさりともその程のありさま思ひいて給 はゝ我きかん所をもすこしはゝはかり給はしやと思にいてやいまはそのおりの 事なとかけてもの給ひいてさめりかしなをあたなるかたにすゝみうつりやすな る人は女のためのみにもあらすたのもしけなくかる〱しき事もありぬへきな めりかしなとにくゝ思ひきこえ給わかまことにあまりひとかたにしみたる心な らひに人はいとこよなくもとかしくみゆるなるへしかの人をむなしくみなしき こえ給ふてしのち思にはみかとの御むすめをたまはんとおもほしをきつるもう" }, { "vol": 49, "page": 1712, "text": "れしくもあらすこの君をみましかはとおほゆる心の月日にそへてまさるもたゝ かの御ゆかりと思におもひはなれかたきそかしはらからといふなかにもかきり なくおもひかはし給へりし物をいまはとなり給にしはてにもとまらん人をおな し事とおもへとてよろつはおもはすなる事もなしたゝかの思をきてしさまをた かへ給へるのみなんくちおしううらめしきふしにてこの世には残るへきとの給 しものをあまかけりてもかやうなるにつけてはいとゝつらしとやみ給覧なとつ く〱と人やりならぬひとりねし給ふよな〱ははかなき風の音にもめのみさ めつゝきしかたゆくさき人のうへさへあちきなき世を思ひめくらし給ふなけの すさひにものをもいひふれけちかくつかひならし給人〱のなかにはをのつか らにくからすおほさるゝもありぬへけれとまことには心とまるもなきこそさは やかなれさるはかの君たちの程にをとるましきゝはの人〱も時よにしたかひ つゝおとろへてこゝろほそけなるすまゐするなとをたつねとりつゝあらせなと いとおほかれといまはと世をのかれそむきはなれん時この人こそとゝりたてゝ こゝろとまるほたしになるはかりなる事はなくてすくしてんと思こゝろふかゝ" }, { "vol": 49, "page": 1713, "text": "りしをいとさもわろくわか心なからねちけてもあるかななとつねよりもやかて まとろますあかし給へるあしたにきりのまかきより花の色〱おもしろくみえ わたれるなかにあさかほのはかなけにてましりたるを猶ことにめとまる心地し 給あくるまさきてとかつねなきよにもなすらふるか心くるしきなめりかしかう しもあけなからいとかりそめにうちふしつゝのみあかし給へはこの花のひらく る程をもたゝひとりのみみ給ひける人めしてきたの院にまいらむにこと〱し からぬくるまさしいてさせよとの給へは宮はきのふよりうちになんおはします なるよへ御車いてかへり侍りにきと申すさはれかのたいの御方のなやみ給なる とふらひきこえむけふはうちにまいるへき日なれは日たけぬさきにとの給て御 さうそくし給いて給ふまゝにおりて花のなかにましりたまへるさまことさらに えんたち色めきてもゝてなし給はねとあやしくたゝうちみるになまめかしくは つかしけにていみしくけしきたつ色このみともになすらふへくもあらすをのつ からおかしくそみえ給けるあさかほひきよせ給へる露いたくこほる 今朝のまの色にやめてんをく露のきえぬにかゝる花とみる〱はかなとひ" }, { "vol": 49, "page": 1714, "text": "とりこちておりてもたまへりをみなへしをはみすきてそいて給ぬる明はなるゝ まゝにきりたちみたる空おかしきに女とちはしとけなくあさいし給へらむかし かうしつまとうちたゝきこはつくらんこそうゐ〱しかるへけれあさまたきま たききにけりと思ひなから人めして中もんのあきたるよりみせ給へはみかうし ともまいりて侍へし女はうの御けはひもし侍りつと申せはおりてきりのまきれ にさまよくあゆみいり給へるを宮のしのひたる所より返給へるにやとみるに露 にうちしめり給へるかほりれいのいとさまことにゝほひくれはなをめさましく はおはすかし心をあまりおさめ給へるそにくきなとあいなくわかき人〱はき こえあへりおとろきかほにはあらすよきほとにうちそよめきて御しとねさしい てなとするさまもいとめやすしこれにさふらへとゆるさせ給ふほとは人〱し き心ちすれと猶かゝるみすのまへにさしはなたせ給へるうれはしさになんしは 〱もえさふらはぬとの給へはさらはいかゝ侍へからむなときこゆきたおもて なとやうのかくれそかしかゝるふる人なとのさふらはんにことはりなるやすみ 所はそれも又たゝ御心なれはうれへきこえへきにもあらすとてなけしによりか" }, { "vol": 49, "page": 1715, "text": "ゝりておはすれはれいの人〱猶あしこもとになとそゝのかしきこゆもとより もけはひはやりかにをゝしくなとはものし給はぬ人からなるをいよ〱しめや かにもてなしおさめ給へれはいまは身つからきこえ給事もやう〱うたてつゝ ましかりしかたすこしつゝうすらきておもなれ給にたりなやましくおほさるら むさまもいかなれはなとゝひきこえ給へとはか〱しくもいらへきこえ給はす つねよりもしめり給へるけしきの心くるしきもあはれにおほえ給てこまやかに 世中のあるへきやうなとをはらからやうのものゝあらましやうにをしへなくさ めきこえ給声なともわさと似給へりともおほえさりしかとあやしきまてたゝそ れとのみおほゆるに人めみくるしかるましくはすたれもひきあけてさしむかひ きこえまほしくうちなやみ給へらんかたちゆかしくおほえ給も猶世中に物おも はぬ人はえあるましきわさにやあらむとそ思しられ給人〱しくきら〱しき かたには侍らすとも心に思ふ事ありなけかしく身をもてなやむさまになとはな くて過しつへきこのよと身つから思ひ給へし心からかなしき事もおこかましく くやしきものおもひをもかた〱にやすからす思ひ侍こそいとあいなけれつか" }, { "vol": 49, "page": 1716, "text": "さくらゐなといひてたいしにすめることはりのうれへにつけてなけき思ふ人よ りもこれやいますこしつみのふかさはまさるらむなといひつゝおり給へる花を あふきにうちをきてみいたまへるにやう〱あかみもて行もなか〱色のあは ひおかしくみゆれはやをらさしいれて よそへてそみるへかりけるしら露のちきりかをきしあさかほの花ことさら ひてしももてなさぬに露おとさてもたまへりけるよとおかしくみゆるにをきな からかるゝけしきなれは きえぬまにかれぬる花のはかなさにをくるゝ露は猶そまされるなにゝかゝ れるといとしのひてこともつゝかすつゝましけにいひけち給へる程なをいとよ く似給へるものかなと思にもまつそかなしき秋の空はいますこしなかめのみま さり侍つれ〱のまきらはしにもとおもひてさいつ比うちにものして侍き庭も まかきもまことにいとゝあれはてゝ侍しにたへかたき事おほくなん故院のうせ 給てのち二三年はかりのすゑに世をそむき給しさかのゐんにも六条院にもさし のそく人のこゝろおさめんかたなくなん侍りける木草の色につけても涙にくれ" }, { "vol": 49, "page": 1717, "text": "てのみなんかへり侍けるかの御あたりの人はかみしも心あさき人なくこそ侍り けれかた〱つとひものせられける人〱もみな所〱あかれちりつゝをの 〱思ひはなるゝすまゐをし給めりしにはかなき程の女房なとはたまして心お さめんかたなくおほえけるまゝにものおほえぬ心にまかせつゝ山はやしにいり ましりすゝろなるゐ中人になりなとあはれにまとひちるこそおほく侍けれさて 中〱みなあらしはてわすれくさおふして後なんこの右のおとゝもわたりすみ 宮たちなともかた〱ものし給へはむかしに返たるやうにはへめるさるよにた くひなきかなしさとみ給しこともとし月ふれは思さますおりのいてくるにこそ はとみ侍にけにかきりあるわさなりけりとなんみえ侍かくはきこえさせなから もかのいにしへのかなしさはまたいはけなくも侍ける程にていとさしもしまぬ にやはへりけんなをこのちかき夢こそさますへきかたなく思給へらるゝはおな し事よのつねなきかなしひなれとつみふかきかたはまさりて侍るにやとそれさ へなん心うく侍とてなき給へる程いとこゝろふかけ也むかしの人をいとしも思 ひきこえさらん人たにこの人のおもひ給へるけしきをみんにはすゝろにたゝに" }, { "vol": 49, "page": 1718, "text": "もあるましきをましてわれも物をこゝろほそく思ひみたれ給につけてはいとゝ つねよりもおも影に恋しくかなしく思ひきこえ給心なれはいますこしもよをさ れてものもえきこえ給はすためらひかね給へるけはひをかたみにいとあはれと 思ひかはし給ふよのうきよりはなと人はいひしをもさやうに思ひくらふる心も ことになくてとしころはすくし侍りしをいまなんなをいかてしつかなるさまに てもすくさまほしく思ふ給ふるをさすかに心にもかなはさめれは弁のあまこそ うらやましくはへれこの廿日あまりの程は彼ちかきてらのかねの声もきゝわた さまほしくおほえ侍をしのひてわたさせ給てんやときこえさせはやとなんおも ひ侍つるとの給へはあらさしとおほすともいかてかは心やすきをのこたにゆき ゝのほとあらましき山道にはへれは思ひつゝなん月日も隔り侍この宮の御き日 はかのあさりにさるへき事ともみないひをき侍にきかしこはなをたうときかた におほしゆつりてよ時〱み給ふるにつけては心まとひのたえせぬもあいなき につみうしなふさまになしてはやとなん思給ふるをまたいかゝおほしをきつら んともかくもさためさせ給んにしたかひてこそはとてなんあるへからむやうに" }, { "vol": 49, "page": 1719, "text": "の給はせよかしなに事もうとからすうけ給はらんのみこそほいのかなふにては 侍らめなとまめたちたる事共をきこえ給経仏なとこのうへもくやうし給へきな めりかやうなるついてにことつけてやをらこもりゐなはやなとおもむけ給へる けしきなれはいとあるましき事也猶なにことも心のとかにおほしなせとをしへ きこえ給日さしあかりて人〱まいりあつまりなとすれはあまりなかゐもこと ありかほならむによりていて給なんとていつこにてもみすのとにはならひ侍ら ねはゝしたなき心ちし侍りてなんいま又かやうにもさふらはんとてたち給ぬ宮 のなとかなきおりにはきつらんと思給ひぬへき御心なるもわつらはしくてさふ らひのへたうなる右京のかみめしてよへまかてさせ給ひぬとうけたまはりてま いりつるをまたしかりけれはくちおしきをうちにやまいるへきとの給へはけふ はまかてさせ給ひなんと申せはさらはゆふつかたもとていて給ひぬなをこの御 けはひありさまをきゝ給たひことになとてむかしの人の御心をきてをもてたか へて思ひくまなかりけんとくゆるこゝろのみまさりて心にかゝりたるもむつか しくなそや人やりならぬ心ならんと思返し給ふそのまゝにまたさうしにていと" }, { "vol": 49, "page": 1720, "text": "ゝたゝをこなひをのみし給ひつゝあかしくらし給はゝ宮のなをいともわかくお ほときてしとけなき御心にもかゝる御けしきをいとあやふくゆゝしとおほして いくよしもあらしをみたてまつらむ程はなをかひあるさまにてみえ給へ世中を 思すて給んをもかゝるかたちにてはさまたけきこゆへきにもあらぬをこの世の いふかひなき心ちすへき心まとひにいとゝつみやえんとおほゆるとの給ふかか たしけなくいとおしくてよろつを思ひけちつゝおまへにてはものおもひなきさ まをつくり給ふ右のおほい殿には六条院のひんかしのおとゝみかきしつらひて かきりなくよろつをとゝのへてまちきこえ給に十六日月やう〱さしあかるま て心もとなけれはいとしも御心にいらぬ事にていかならんとやすからすおもほ してあないし給へはこのゆふつかたうちよりいて給て二条院になむおはします なると人申すおほす人もたまへれはと心やましけれとこよひすきんも人わらへ なるへけれは御子の頭中将してきこえ給へり おほ空の月たにやとるわかやとに待よひ過てみえぬきみかな宮は中〱い まなんともみえし心くるしとおほして内におはしけるを御ふみきこえ給へりけ" }, { "vol": 49, "page": 1721, "text": "り御返やいかゝありけん猶いとあはれにおほされけれはしのひてわたり給へり ける也けりらうたけなるありさまをみすてゝいつへき心地もせすいとおしけれ はよろつに契りなくさめてもろともに月をなかめておはする程也けり女君はひ ころもよろつに思事おほかれといかてけしきにいたさしとねんし返しつゝつれ なくさまし給事なれはことにきゝもとゝめぬさまにおほとかにもてなしておは するけしきいと哀也中将のまいり給へるをきゝ給てさすかにかれもいとおしけ れはいて給はんとていまいとゝくまいりこんひとり月なみたまひそ心そらなれ はいとくるしきときこえをき給てなをかたはらいたけれはかくれのかたよりし ん殿へわたり給御うしろてをみをくるにともかくもおもはねとたゝ枕のうきぬ へき心ちすれは心うき物は人の心也けりと我なから思しらるおさなき程より心 ほそくあはれなる身ともにて世の中を思ひとゝめたるさまにもおはせさりし人 ひと所をたのみきこえさせてさる山里に年へしかといつとなくつれ〱にすこ くありなからいとかく心にしみて世をうきものともおもはさりしにうちつゝき あさましき御事ともを思し程はよに又とまりてかた時ふへくもおほえすこひし" }, { "vol": 49, "page": 1722, "text": "くかなしき事のたくひあらしと思しをいのちなかくていままてもなからふれは 人の思ひたりし程よりは人にもなるやうなるありさまをなかゝるへき事とはお もはねとみるかきりはにくけなき御心はえもてなしなるにやう〱思事うすら きてありつるをこのおりふしの身のうさはたいはんかたなくかきりとおほゆる わさなりけりひたすらよになく成給にし人〱よりはさりともこれは時〱も なとかはとも思ふへきをこよひかくみすてゝいて給つらさきしかたゆくさきみ なかきみたり心ほそくいみしきか我心なから思ひやるかたなく心うくもあるか なをのつからなからへはなとなくさめんことを思ふにさらにをは捨山の月すみ のほりて夜ふくるまゝによろつ思みたれ給ふ松風のふきくるをともあらましか りし山おろしに思ひくらふれはいとのとかになつかしくめやすき御すまゐなれ とこよひはさもおほえすしゐの葉のをとにはをとりておもほゆ 山さとのまつのかけにもかくはかり身にしむ秋の風はなかりきゝしかたわ すれにけるにやあらむ老人ともなといまはいらせ給ね月みるはいみ侍るものを あさましくはかなき御くた物をたに御覧しいれねはいかにならせ給んあなみく" }, { "vol": 49, "page": 1723, "text": "るしやゆゝしう思ひいてらるゝ事も侍をいとこそわりなくとうちなけきていて この御ことよさりともかうておろかにはよも成はてさせ給はしさいへともとの 心さしふかく思ひそめつるなかは名残なからぬ物そなといひあへるもさま〱 にきゝにくゝいまはいかにも〱かけていはさらなむたゝにこそみめとおほさ るゝは人にはいはせし我ひとりうらみきこえんとにやあらむいてや中納言との ゝさはかりあはれなる御心ふかさをなとそのかみの人〱はいひあはせて人の 御すくせのあやしかりける事よといひあへり宮はいと心くるしくおほしなから 今めかしき御こゝろはいかてめてたきさまにまちおもはれんとこゝろけさうし てえならすたきしめ給へる御けはひいはんかたなし待つけきこえ給へるところ のありさまもいとおかしかりけり人の程さゝやかにあえかになとはあらてよき 程になりあひたるこゝちし給へるをいかならむもの〱しくあさやきてこゝろ はへもたをやかなるかたはなくものほこりかになとやあらむさらはこそうたて あるへけれなとはおほせとさやなる御けはひにはあらぬにや御こゝろさしをろ かなるへくもおほされさりけり秋のよなれとふけにしかはにや程なくあけぬか" }, { "vol": 49, "page": 1724, "text": "へり給ひてもたいへはふともえわたり給はすしはしおほとのこもりておきてそ 御ふみかき給ふ御けしきけしうはあらぬなめりと御まへなる人〱つきしろふ たいの御かたこそ心くるしけれ天下にあまねき御こゝろなりともをのつからけ おさるゝ事もありなんかしなとたゝにしもあらすみなゝれつかうまつりたる人 〱なれはやすからすうちいふともゝありてすへてなをねたけなるわさにそあ りける御かへりもこなたにてこそはとおほせとよの程おほつかなさもつねの へたてよりはいかゝと心くるしけれはいそきわたり給ねくたれの御かたちいと めてたく見所ありていり給へるにふしたるもうたてあれはすこしおきあかりて おはするにうちあかみ給へるかほのにほひなとけさしもことにおかしけさまさ りてみえ給にあいなくなみたくまれてしはしうちまもりきこえ給をはつかしく おほしてうつふし給へるかみのかゝりかんさしなと猶いとありかたけ也宮もな まはしたなきにこまやかなることなとはふともえいひ出給はぬおもかくしにや なとかくのみなやましけなる御けしきならむあつき程の事とかの給ひしかはい つしかと涼しきほと待いてたるもなをはれ〱しからぬはみくるしきわさかな" }, { "vol": 49, "page": 1725, "text": "さま〱にせさすることもあやしくしるしなき心地こそすれさはありともす法 は又のへてこそはよからめしるしあらむそうもかななにかしそうつをそよゐに さふらはすへかりけるなとやうなるまめことをの給へはかゝるかたにもことよ きは心つきなくおほえ給へとむけにいらへきこえさらむもれいならねは昔も人 に似ぬありさまにてかやうなるおりはありしかとをのつからいとよくをこたる ものをとの給へはいとよくこそさはやかなれとうちわらひてなつかしくあい行 つきたるかたはこれにならふ人はあらしかしとは思ひなからなを又とくゆかし きかたの心いられもたちそひ給へるは御こゝろさしをろかにもあらぬなめりか しされとみ給ほとはかはるけちめもなきにやのちの世まてちかひたのめ給事と ものつきせぬをきくにつけてもけにこの世はみしかゝめるいのちまつまもつら き御心にみえぬへけれはのちの契りやたかはぬこともあらむと思にこそなをこ りすまに又もたのまれぬへけれとていみしくねんすへかめれとえしのひあへぬ にやけふはなき給ぬひころもいかてかう思ひけりとみえたてまつらしとよろつ にまきらはしつるをさま〱に思ひあつむることしおほかれはさのみもえもて" }, { "vol": 49, "page": 1726, "text": "かくされぬにやこほれそめてはえとみにもためらはぬをいとはつかしくわひし と思ていたくそむき給へはしゐてひきむけ給つゝきこゆるまゝに哀なる御あり さまとみつるをなを隔たる御心こそありけれなさらすはよのほとにおほしかは りにたるかとて我御袖して涙をのこひ給へはよのまの心かはりこその給ふにつ けてをしはかられ侍ぬれとてすこしほゝゑみぬけにあか君やをさなの御ものい ひやなさりとまことには心にくまのなけれはいと心やすしいみしくことはりし てきこゆともいとしるかるへきわさそむけに世のことはりをしり給はぬこそら うたきものからわりなけれよしわか身になしても思ひめくらし給へ身を心とも せぬありさまなりもし思ふやうなる世もあらはひとにまさりける心さしの程し らせたてまつるへきひとふしなんあるたわやすくこといつへきことにもあらね はいのちのみこそなとの給ふ程にかしこにたてまつれ給へる御つかひいたくゑ ひすきにけれはすこしはゝかるへきことゝもわすれてけさやかにこのみなみお もてにまいれりあまのかるめつらしき玉もにかつきうつもれたるをさなめりと 人〱みるいつの程にいそきかき給へらんとみるもやすからすはありけんかし" }, { "vol": 49, "page": 1727, "text": "宮もあなかちにかくすへきにはあらねとさしくみは猶いとおしきをすこしのよ うゐはあれかしとかたはらいたけれといまはかひなけれは女房して御ふみとり いれさせ給おなしくはへたてなきさまにもてなしはてゝむとおもほしてひきあ け給へるにまゝはゝの宮の御てなめりとみゆれはいますこし心やすくてうちを き給へりせんしかきにてもうしろめたのわさやさかしらはかたはらいたさにそ ゝのかしはへれといとなやましけにてなむ をみなへししほれそまさるあさ露のいかにをきける名残なるらんあてやか におかしくかき給へりかことかましけなるもわつらはしやまことは心やすくて しはしはあらむと思ふよをおもひのほかにもあるかなゝとはの給へとまたふた つとなくてさるへき物におもひならひたるたゝ人のなかこそかやうなる事のう らめしさなともみる人くるしくはあれ思へはこれはいとかたしつゐにかゝるへ き御事なり宮たちときこゆるなかにもすちことによ人おもひ聞えたれはいくた りも〱えたまはん事ももときあるましけれは人もこの御方いとおしなとも思 ひたらぬなるへしかはかりもの〱しくかしつきすゑ給てこゝろくるしきかた" }, { "vol": 49, "page": 1728, "text": "おろかならすおほしたるをそさいはいおはしけるときこゆめる身つからの心に もあまりにならはし給うてにはかにはしたなかるへきかなけかしきなめりかゝ る道をいかなれはあさからす人の思らんとむかしものかたりなとをみるにも人 のうへにてもあやしくきゝ思ひしはけにおろかなるましきわさなりけりとわか 身になりてそなに事も思ひしられ給ける宮はつねよりもあはれにうちとけたる さまにもてなし給てむけにものまいらさなるこそいとあしけれとてよしある御 くた物めしよせ又さるへき人めしてことさらにてうせさせなとしつゝそゝのか しきこえたまへといとはるかにのみおほしたれはみくるしきわさかなとなけき 聞え給にくれぬれはゆふつかたしむ殿へわたり給ぬ風すゝしくおほかたの空お かしき比なるにいまめかしきにすゝみ給へる御こゝろなれはいとゝしくえんな るにものおもはしき人の御心のうちはよろつにしのひかたき事のみそおほかり ける日くらしのなく声に山のかけのみこひしくて 大かたにきかましものを日くらしの声うらめしき秋のくれ哉こよひはまた ふけぬにいて給ふ也御さきの声のとをくなるまゝにあまもつりすはかりになる" }, { "vol": 49, "page": 1729, "text": "もわれなからにくき心かなと思ふ〱きゝふし給へりはしめよりものおもはせ 給しありさまなとを思ひいつるもうとましきまておほゆこのなやましきことも いかならんとすらむいみしく命みしかきそうなれはかやうならんついてにもや とはかなくなりなむとす覧と思ふにはおしからねとかなしくもあり又いとつみ ふかくもあなるものをなとまとろまれぬまゝに思ひあかし給ふその日はきさい の宮なやましけにおはしますとてたれも〱まいり給へれと御風におはしまし けれはことなる事もおはしまさすとておとゝはひるまかて給にけり中納言の君 さそひきこえ給てひとつ御車にてそいて給にけるこよひのきしきいかならんき よらをつくさんとおほすへかめれとかきりあらんかしこの君も心はつかしけれ としたしきかたのおほえはわかかたさまに又さるへき人もおはせすものゝはえ にせんに心ことにおはする人なれはなめりかしれいならすいそかしくまて給て 人のうへにみなしたるをくちおしとも思たらすなにやかやともろ心にあつかひ 給へるをおとゝは人しれすなまねたしとおほしけりよひすこし過る程におはし ましたりしん殿のみなみのひさしひんかしによりておましまいれり御たゐやつ" }, { "vol": 49, "page": 1730, "text": "れいの御さらなとうるはしけにきよらにてまたちいさきたいふたつに花そくの 御さらなともいまめかしくせさせ給てもちゐまいらせたまへりめつらしからぬ 事かきをくこそにくけれおとゝわたり給て夜いたうふけぬと女房してそゝのか し申給へといとあされてとみにもいてたまはす北の方の御はらからの左衛門督 藤さい相なとはかりものし給からうしていて給へる御さまいとみるかひある心 ちすあるしの頭中将さか月さゝけて御たいまいるつき〱の御かはらけふたゝ ひみたひまいり給中納言のいたくすゝめ給へるに宮すこしほをゑみ給へりわつ らはしきわたりをとふさはしからす思ていひしをおほしいつるなめりされとみ しらぬやうにていとまめなりひんかしのたいにいて給て御ともの人〱もては やし給おほえある殿上人ともいとおほかり四位六人は女のさうそくにほそなか そへて五ゐ十人はみへかさねのからきぬものこしもみなけちめあるへし六位四 人はあやのほそなかはかまなとかつはかきりあることをあかすおほしけれはも のゝ色しさまなとをそきよらをつくし給へりけるめしつきとねりなとのなかに はみたりかはしきまていかめしくなんありけるけにかくにきはゝしく花やかな" }, { "vol": 49, "page": 1731, "text": "る事はみるかひあれはものかたりなとにまついひたてたるにやあらむされとく はしくはえそかそへたてさりけるとや中納言殿の御せんのなかになまおほえあ さやかならぬやくらきまきれにたちましりたりけんかへりてうちなけきて我と のゝなとかおいらかにこの殿の御むこにうちならせ給ましきあちきなき御ひと りすみなりやと中もんのもとにてつふやきけるを聞つけ給ておかしとなんおほ しけるよのふけてねふたきにかのもてかしつかれつる人〱は心ちよけにゑひ みたれてよりふしぬらんかしとうらやましきなめりかし君はいりてふし給ては したなけなるわさかなこと〱しけなるさましたるおやのいてゐてはなれぬな からひなれとこれかれひあかくかゝけてすゝめきこゆるさか月なとをいとめや すくもてなし給めりつるかなと宮の御ありさまをめやすく思ひいてたてまつり 給けにわれにてもよしとおもふをんなこもたらましかはこの宮をゝきたてまつ りてうちにたにえまいらせさらましと思ふにたれも〱宮にたてまつらんと心 さし給へるむすめはなを源中納言にこそととり〱にいひならふなるこそ我お ほえのくちおしくはあらぬなめりなさるはいとあまりよつかすふるめきたるも" }, { "vol": 49, "page": 1732, "text": "のをなと心おこりせらるうちの御けしきあることまことにおほしたゝむにかく のみ物うくおほえはいかゝすへからんおもたゝしきことにはありともいかゝは あらむいかにそこきみにいとよく似給へらん時にうれしからむかしと思ひよら るゝはさすかにもてはなるましき心なめりかしれいのねさめかちなるつれ〱 なれはあせちの君とて人よりはすこし思ひまし給へるかつほねにおはしてその よはあかし給つあけすきたらむを人のとかむへきにもあらぬにくるしけにいそ きおき給をたゝならす思ふへかめり うちわたしよにゆるしなきせきかはをみなれそめけん名こそおしけれいと おしけれは ふかゝらすうへはみゆれとせきかはのしたのかよひはたゆる物かはふかし との給はんにてたにたのもしけなきをこのうへのあさゝはいとゝこゝろやまし くおほゆらむかしつま戸をしあけてまことはこのそらみ給へいかてかこれをし らすかほにてはあかさんとよえんなる人まねにてはあらていとゝあかしかたく なり行よな〱のねさめにはこの世かのよまてなむ思ひやられてあはれなるな" }, { "vol": 49, "page": 1733, "text": "といひまきらはしてそいて給ことにおかしき事の数をつくさねとさまのなまめ かしきみなしにやあらむなさけなくなとは人におもはれ給はすかりそめのたは ふれことをもいひそめ給へる人のけちかくてみたてまつらはやとのみ思きこゆ るにやあなかちによをそむき給へる宮の御方にえんをたつねつゝまいりあつま りてさふらふもあはれなる事程〱につけつゝおほかるへし宮は女君の御あり さまひるみきこえ給にいとゝ御心さしまさりけりおほきさよき程なる人のやう たいいときよけにてかみのさかりはかしらつきなとそものよりことにあなめて たとみえ給ける色あひあまりなるまてにほひてもの〱しくけたかきかほのま みいとはつかしけにらう〱しくすへて何事もたらひてかたちよき人といはむ にあかぬところなし廿にひとつふたつそあまり給へりけるいはけなき程ならね はかたなりにあかぬ所なくあさやかにさかりの花とみえ給へりかきりなくもて かしつき給へるにかたほならすけにおやにては心もまとはし給つへかりけりた ゝやはらかにあい行つきらうたき事そかのたいの御かたはまつおもほし出られ けるものゝ給いらへなともはちらひたれと又あまりおほつかなくはあらすすへ" }, { "vol": 49, "page": 1734, "text": "ていと見所おほくかと〱しけ也よきわか人とも卅人はかりわらは六人かたほ なるなくさうそくなともれいのうるはしきことはめなれておほさるへかめれは ひきたかへ心得ぬまてそこのみそし給へる三条殿はらの大君を春宮にまいらせ 給へるよりもこの御事をはことに思ひをきてきこえ給へるも宮の御おほえあり さまからなめりかくて後二条の院にえ心やすくわたり給はすかるらかなる御身 ならねはおほすまゝにひるの程なともえいて給はねはやかておなしみなみのま ちにとしころありしやうにおはしましてくるれは又えひきよきてもわたり給は すなとしてまちとをなるおり〱あるをかゝらんとすることゝは思ひしかとさ しあたりてはいとかくやはなこりなかるへきけに心あらむ人は数ならぬ身をし らてましらふへき世にもあらさりけりとかへす〱も山ちわけいてけんほとう つゝともおほえすくやしくかなしけれは猶いかてしのひてわたりなむむけにそ むくさまにはあらすともしはし心をもなくさめはやにくけにもてなしなとせは こそうたてもあらめなとこゝろひとつに思ひあまりてはつかしけれと中納言と のにふみたてまつれ給一日の御事をはあさりのつたへたりしにくはしくきゝ侍" }, { "vol": 49, "page": 1735, "text": "にきかゝる御心のなこりなからましかはいかにいとおしくと思給へらるゝにも をろかならすのみなんさりぬへくは身つからもときこえ給へりみちのくにかみ にひきつくろはすまめたちかき給へるしもいとおかしけ也宮の御き日にれいの 事ともいとたうとくせさせ給へりけるをよろこひ給へるさまのおとろ〱しく はあらねとけに思ひしり給へるなめりかしれいはこれよりたてまつる御返をた につゝましけにおもほしてはか〱しくもつゝけ給はぬを身つからとさへのた まへるかめつらしくうれしきに心ときめきもしぬへし宮のいまめかしくこのみ たち給へる程にておほしをこたりけるもけに心くるしくおしはからるれはいと あはれにておかしやかなる事もなき御ふみをうちもをかすひき返し〱みゐ給 へり御かへりはうけ給りぬ一日はひしりたちたるさまにてことさらにしのひは へしもさ思ひたまふるやう侍ころほひにてなんなこりとの給はせたるこそすこ しあさく成にたるやうにとうらめしく思ふたまへらるれよろつはさふらひてな んあなかしことすくよかにしろきしきしのこは〱しきにてありさて又の日の ゆふつかたそわたり給へる人しれす思ふ心しそひたれはあいなく心つかいいた" }, { "vol": 49, "page": 1736, "text": "くせられてなよゝかなる御そともをいとゝにほはしそへ給へるはあまりおとろ おとろしきまてあるに丁しそめのあふきのもてならし給へるうつりかなとさへ たとへんかたなくめてたし女君もあやしかりしよのことなと思いて給折〱な きにしもあらねはまめやかにあはれなる御心はへの人にゝすものし給ふをみる につけてもさてあらましをとはかりは思やし給覧いはけなき程にしおはせねは うらめしき人の御ありさまをおもひくらふるには何事もいとゝこよなく思しら れ給にやつねにへたておほかるもいとおしくもの思ひしらぬさまに思ひ給ふら むなと思ひ給てけふはみすのうちにいれたてまつり給てもやのすたれにき丁そ へて我はすこしひきいりてたいめんし給へりわさとめしと侍らさりしかとれい ならすゆるさせ給へりしよろこひにすなはちもまいらまほしく侍りしを宮わた らせ給ふとうけたまはりしかはおりあしくやはとてけふになし侍にけるさるは とし比のこゝろのしるしもやう〱あらはれ侍にやへたてすこしうすらき侍に けるみすのうちよめつらしく侍るわさかなとの給ふになをいとはつかしくいひ いてんこと葉もなき心ちすれと一日うれしくきゝ侍し心のうちをれいのたゝむ" }, { "vol": 49, "page": 1737, "text": "すほゝれなからすくし侍なは思しるかたはしをたにいかてかはとくちおしさに といとつゝましけにの給かいたくしそきてたえ〱ほのかにきこゆれは心もと なくていと遠くも侍かなまめやかにきこえさせうけたまはらまほしき世の御も のかたりも侍るものをとの給へはけにとおほしてすこしみしろきより給けはひ をきゝ給にもふとむねうちつふるれとさりけなくいとゝしつめたるさまして宮 の御こゝろはへおもはすにあさうおはしけりとおほしくかつはいひもうとめま たなくさめもかた〱にしつ〱ときこえ給ひつゝおはす女君は人の御うらめ しさなとはうちいてかたらひきこえ給ふへきことにもあらねはたゝ世やはうき なとやうにおもはせてことすくなにまきらはしつゝ山さとにあからさまにわた し給へとおほしくいとねんころに思ての給それはしもこゝろひとつにまかせて はえつかうまつるましきことに侍り猶宮にたゝ心うつくしくきこえさせ給て彼 御けしきにしたかひてなんよく侍るへきさらすはすこしもたかひめありて心か ろくもなとおほしものせんにいとあしく侍なんさたにあるましくは道の程も御 をくりむかへもおりたちてつかうまつらんになにのはゝかりかは侍らむうしろ" }, { "vol": 49, "page": 1738, "text": "やすく人に似ぬ心のほとは宮もみなしらせ給へりなとはいひなからおり〱は すきにしかたのくやしさをわするゝおりなくものにもかなやとゝりかへさまほ しきとほのめかしつゝやうやうくらくなりゆくまておはするにいとうるさくお ほえてさらは心ちもなやましくのみ侍を又よろしく思給へられん程に何事もと ていり給ぬるけしきなるかいとくちおしけれはさてもいつはかりおほしたつへ きにかいとしけくはへしみちの草もすこしうちはらはせ侍らんかしと心とりに きこえ給へはしはしいりさしてこの月はすきぬめれはついたちの程にもとこそ は思侍れたゝいとしのひてこそよからめなにかよのゆるしなとこと〱しくと の給声のいみしくらうたけなるかなとつねよりもむかし思いてらるゝにえつゝ みあへてよりゐ給へるはしらもとのすたれのしたよりやをらをよひて御そてを とらへつ女さりやあな心うと思になに事かはいはれんものもいはていとゝひき いり給へはそれにつきていとなれかほになからはうちにいりてそひふし給へり あらすやしのひてはよかるへくおほすこともありけるかうれしきはひかみゝか きこえさせんとそうと〱しくおほすへきにもあらぬを心うのけしきやとうら" }, { "vol": 49, "page": 1739, "text": "み給へはいらへすへき心ちもせす思はすににくゝ思なりぬるをせめておもひし つめて思ひのほかなりける御心の程かな人の思らんことよあさましとあはめて なきぬへきけしきなるすこしはことはりなれはいとおしけれとこれはとかある はかりの事かはかはかりのたいめんはいにしへをもおほしいてよかしすきにし 人の御ゆるしもありし物をいとこよなくおほしけるこそ中〱うたてあれすき 〱しくめさましき心はあらしと心やすくおもほせとていとのとやかにはもて なし給へれと月比くやしとおもひわたる心のうちのくるしきまてなりゆくさま をつく〱といひつゝけ給てゆるすへきけしきにもあらぬにせんかたなくいみ しともよのつね也中〱むけに心しらさらん人よりもはつかしく心つきなくて なき給ぬるをこはなそあなわか〱しとはいひなからいひしらすらうたけに心 くるしきものからようゐふかくはつかしけなるけはひなとのみし程よりもこよ なくねひまさり給にけるなとをみるに心からよそ人にしなしてかくやすからす ものを思ふ事とくやしきにも又けにねはなかれけりちかくさふらふ女房ふたり はかりあれとすゝろなるおとこのうちいりきたるならはこそはこはいかなるこ" }, { "vol": 49, "page": 1740, "text": "とそともまいりよらめうとからすきこえかはし給御なからひなめれはさるやう こそはあらめと思にかたはらいたけれはしらすかほにてやをらしそきぬるにい とおしきやおとこ君はいにしへをくゆる心のしのひかたさなともいとしつめか たかりぬへかめれとむかしたにありかたかりし心のよういなれはなをいと思ひ のまゝにももてなしきこえ給はさりけりかやうのすちはこまかにもえなんまね ひつゝけさりけるかいなき物から人めのあいなきを思へはよろつにおもひかへ していて給ぬまたよひと思ひつれとあか月ちかうなりにけるをみとかむる人も やあらんとわつらはしきも女の御ためのいとおしきそかしなやましけにきゝわ たる御心ちはことはりなりけりいとはつかしとおほしたりつるこしのしるしに おほくは心くるしくおほえてやみぬるかなれいのおこかましのこゝろやと思へ となさけなからむ事はなをいとほいなかるへし又たちまちの我心のみたれにま かせてあなかちなる心をつかひてのち心やすくしもはあらさらむものからわり なくしのひありかん程も心つくしに女のかた〱おほしみたれん事よなとさか しく思にせかれすいまのまもこひしきそわりなかりけるさらにみてはえあるま" }, { "vol": 49, "page": 1741, "text": "しくおほえ給もかへす〱あやにくなるこゝろなりやむかしよりはすこしほそ やきてあてにらうたかりつるけはひなとはたちはなれたりともおほえす身にそ ひたる心ちしてさらにこと〱もおほえすなりにたりうちにいとわたらまほし けにおほいためるをさもやわたしきこえてましなと思へとまさに宮はゆるし給 てんやさりとて忍ひてはたいとひんなからむいかさまにしてかは人めみくるし からて思ふ心のゆくへきと心もあくかれてなかめふし給へりまたいとふかきあ したに御ふみありれいのうはへはけさやかなるたてふみにて いたつらにわけつる道の露しけみむかしおほゆる秋の空哉御けしきの心う さはことはりしらぬつらさのみなん聞えさせむ方なくとあり御返しなからむも 人のれいならすとみとかむへきをいとくるしけれはうけ給りぬいとなやましく てえ聞えさせすとはかりかきつけ給へるをあまりことすくなゝるかなとさう 〱しくておかしかりつる御けはひのみこひしく思ひいてらるすこしよのなか をもしり給へるけにやさはかりあさましくわりなしとはおもひ給へりつるもの からひたふるにいふせくなとはあらていとらう〱しくはつかしけなるけしき" }, { "vol": 49, "page": 1742, "text": "もそひてさすかになつかしくいひこしらへなとしていたし給へる程の心はへな とを思ひ出るもねたくかなしくさま〱に心にかゝりてわひしくおほゆ何事も いにしへにはいとおほくまさりて思出らるなにかはこの宮かれはて給ひなはわ れをたのもし人にし給ふへきにこそはあめれさてもあらはれて心やすきさまに えあらしをしのひつゝ又おもひます人なき心のとまりにてこそはあらめなとた ゝこの事のみつとおほゆるそけしからぬ心なるやさはかりこゝろふかけにさか しかり給へとおとこといふものゝ心うかりける事よなき人の御かなしさはいふ かひなき事にていとかくくるしきまてはなかりけりこれはよろつにそおもひめ くらされ給ひけるけふは宮わたらせ給ぬなと人のいふをきくにもうしろみの心 はうせてむねうちつふれていとうらやましくおほゆ宮はひころに成にけるは我 心さへうらめしくおほされてにはかにわたり給へるなりけりなにかは心へたて たるさまにもみえたてまつらし山さとにと思たつにもたのもし人に思ふひとも うとましき心そひ給へりけりとみ給に世中いと所せくおもひなられて猶いとう き身也けりとたゝきえせぬほとはあるにまかせておひらかならんとおもひはて" }, { "vol": 49, "page": 1743, "text": "ゝいとらうたけにうつくしきさまにもてなしてゐ給へれはいとゝあはれにうれ しくおほされて日比のおこたりなとかきりなくの給ふ御はらもすこしふくらか になりにたるにかのはち給しるしのおひのひきゆはれたるほとなといとあはれ にまたかゝる人をちかくてもみ給はさりけれはめつらしくさへおほしたりうち とけぬ所にならひ給てよろつのこと心やすくなつかしくおほさるゝまゝにおろ かならぬ事ともをつきせすちきりのたまふをきくにつけてもかくのみことよき わさにやあらむとあなかちなりつる人の御けしきもおもひいてられてとし比あ はれなる心はへなとは思わたりつれとかゝるかたさまにてはあれをもあるまし きことゝ思ふにそこの御ゆくさきのたのめはいてやと思ひなからもすこしみゝ とまりけるさてもあさましくたゆめ〱ていりきたりしほとよむかしの人にう とくてすきにし事なとかたり給し心はへはけにありかたかりけりと猶うちとく へくはたあらさりけりかしなといよ〱心つかひせらるゝにもひさしくとたえ 給んことはいとものおそろしかるへくおほえたまへはことにいてゝはいはねと すきぬるかたよりはすこしまつはしさまにもてなし給へるを宮はいとゝかきり" }, { "vol": 49, "page": 1744, "text": "なくあはれとおもほしたるにかの人の御うつり香のいとふかくしみ給へるかよ のつねのかうのかにいれたきしめたるにもにすしるき匂ひなるをそのみちの人 にしおはすれはあやしとゝかめいて給ていかなりしことそとけしきとり給にこ とのほかにもてはなれぬ事にしあれはいはんかたなくわりなくていとくるしと おほしたるをされはよかならすさることはありなんよもたゝにはおもはしと思 ひわたる事そかしと御心さはきけりさるはひとへの御そなともぬきかへ給てけ れとあやしく心よりほかにそ身にしみにけるかはかりにてはのこりありてしも あらしとよろつにきゝにくゝの給つゝくるに心うくて身そをき所なきおもひき こゆるさまことなるものをわれこそさきになとかやうにうちそむくきはゝこと にこそあれ又御心をき給はかりの程やはへぬる思ひのほかにうかりける御心か なとすへてまねふへくもあらすいとおしけにきこえ給へとともかくもいらへ給 はぬさへいとねたくて また人になれける袖のうつりかをわか身にしめてうらみつる哉女はあさま しくの給ひつゝくるにいふへきかたもなきをいかゝはとて" }, { "vol": 49, "page": 1745, "text": "みなれぬる中のころもとたのめしをかはかりにてやかけはなれなんとてう ちなき給へるけしきのかきりなくあはれなるをみるにもかゝれはそかしといと 心やましくてわれもほろ〱とこほし給そいろめかしき御心なるやまことにい みしきあやまちありともひたふるにはえそうとみはつましくらうたけに心くる しきさまのし給へれはえもうらみはて給はすの給ひさしつゝかつはこしらへき こえ給又の日も心のとかにおほとのこもりおきて御てうつ御かゆなともこなた にまいらす御しつらひなともさはかりかゝやくはかりこまもろこしのにしきあ やをたちかさねたるめうつしにはよのつねにうちなれたる心地して人〱のす かたもなえはみたるうちましりなとしていとしつかにみまはさるきみはなよゝ かなるうす色ともになてしこのほそなかかさねてうちみたれ給へる御さまの何 事もいとうるはしくこと〱しきまてさかりなる人の御よそひなにくれに思く らふれとけをとりてもおほえすなつかしくおかしきも心さしのをろかならぬに はちなきなめりかしまろにうつくしくこえたりし人のすこしほそやきたるに色 はいよ〱しろくなりてあてにおかしけ也かゝる御うつり香なとのいちしるか" }, { "vol": 49, "page": 1746, "text": "らぬおりたにあい行つきらうたき所なとのなを人にはおほくまさりておほさる ゝまゝにはこれをはらからなとにはあらぬ人のけちかくいひかよひてことにふ れつゝをのつから声けはひをもきゝみなれんはいかてかたゝにもおもはんかな らすしかおほしぬへきことなるをとわかいとくまなき御心ならひにおほししら るれはつねに心をかけてしるきさまなるふみなとやあるとちかきみつしこから ひつなとやうのものをもさりけなくてさかし給へとさるものもなしたゝいとす くよかにことすくなにてなを〱しきなとそわさともなけれとものにとりませ なとしてもあるをあやし猶いとかうのみはあらしかしとうたかはるゝにいとゝ けふはやすからすおほさるゝ事わりなりかしかの人のけしきも心あらむ女のあ はれと思ぬへきをなとてかは事のほかにはさしはなたんいとよきあはひなれは かたみにそ思ひかはすらむかしと思やるそわひしくはらたゝしくねたかりける なをいとやすからさりけれはその日もえいて給はす六条院には御ふみをそふた ゝひ三たひたてまつり給ふをいつのほとにつもる御ことの葉ならんとつふやく おひ人ともあり中納言のきみはかく宮のこもりおはするをきくにしも心やまし" }, { "vol": 49, "page": 1747, "text": "くおほゆれとわりなしやこれは我心のおこかましくあしきそかしうしろやすく とおもひそめてしあたりのことをかくは思へしやとしゐてそ思ひかへしてさは いへとえおほしすてさめりかしとうれしくもあり人〱のけはひなとのなつか しき程になえはみためりしをと思ひやり給てはゝ宮の御方にまいり給てよろし きまうけの物ともやさふらふつかうへきことなと申給へはれいのたゝむ月のほ うしのれうにしろき物ともやあらむそめたるなとはいまはわさともしをかぬを いそきてこそせさせめとの給へはなにかこと〱しきようにも侍らすさふらは んにしたかひてとてみくしけとのなとにとはせ給て女のさうそくともあまたく たりにほそなかともゝたゝあるにしたかひてたゝなるきぬあやなとゝりくし給 みつからの御れうとおほしきには我御れうにありけるくれなゐのうちめなへて ならぬにしろきあやともなとあまたかさね給へるにはかまのくはなかりけるに いかにしたりけるにかこしのひとつあるをひきむすひくはへて むすひける契ことなるしたひもをたゝひとすちにうらみやはするたいふの 君とておとなしき人のむつましけなるにつかはすとりあへぬさまのみくるしき" }, { "vol": 49, "page": 1748, "text": "をつきつきしくもてかくしてなとの給て御れうのはしのひやかなれとはこにて つゝみもことなり御覧せさせねとさき〱もかやうなる御心しらひはつねのこ とにてめなれにたれはけしきはみかへしなとひこしろふへきにもあらねはいか ゝとも思わつらはて人〱にとりちらしなとしたれはをの〱さしぬひなとす わかき人〱の御まへちかくつかうまつるなとをそとりわきてはつくろひたつ へきしもつかへとものいたくなえはみたりつるすかたともなとにしろきあはせ なとにてけちえんならぬそ中〱めやすかりけるたれかは何事をもうしろみか しつききこゆる人のあらむ宮はをろかならぬ御心さしの程にてよろつをいかて とおほしをきてたれとこまかなるうち〱の事まてはいかゝはおほしよらむか きりもなく人にのみかしつかれてならはせ給へれは世の中うちあはすさひしき こといかなるものともしり給はぬことはりなりえんにそゝろさむくはなの露を もてあそひてよはすくすへきものとおほしたるほとよりはおほすひとのためな れはをのつからおりふしにつけつゝまめやかなる事まてもあつかひしらせ給こ そありかたくめつらかなることなめれはいてやなとそしらはしけにきこゆる御" }, { "vol": 49, "page": 1749, "text": "めのとなともありけりわらはへなとのなりあさやかならぬおり〱うちましり なとしたるをも女君はいとはつかしく中〱なるすまゐにもあるかなゝと人し れすはおほす事なきにしもあらぬにましてこのころはよにひゝきたる御ありさ まのはなやかさにかつは宮のうちの人のみ思はんことも人けなきことゝおほし みたるゝこともそひてなけかしきを中納言の君はいとよくおしはかり聞え給へ はうとからむあたりにはみくるしくくた〱しかりぬへき心しらひのさまもあ なつるとはなけれとなにかはこと〱しくしたてかほならむも中〱おほえな くみとかむる人やあらんとおほすなりけりいまそ又れいのめやすきさまなるも のともなとせさせ給て御こうちきをらせあやのれうたまはせなとし給けるこの 君しもそ宮にをとりきこえたまはすさまことにかしつきたてられてかたはなる まて心おこりもしよを思すましてあてなる心はへはこよなけれとこみこの御山 すみをみそめ給しよりそさひしき所のあはれさはさまことなりけりと心くるし くおほされてなへての世をも思ひめくらしふかきなさけをもならひ給にけるい とおしの人ならはしやとそかくてなをいかてうしろやすくおとなしき人にてや" }, { "vol": 49, "page": 1750, "text": "みなんと思ふにもしたかはす心にかゝりてくるしけれは御ふみなとをありしよ りはこまやかにてともすれはしのひあまりたるけしきみせつゝきこえ給を女君 いとわひしき事そひたる身とおほしなけかるひとへにしらぬ人ならはあなもの くるおしとはしたなめさしはなたんにもやすかるへきをむかしよりさまことな るたのもし人にならひきて今さらになかあしくならむも中〱人めあしかるへ しさすかにあさはかにもあらぬ御心はへありさまのあはれをしらぬにはあらす さりとて心かはしかほにあひしらはんもいとつゝましくいかゝはすへからむと よろつにおもひみたれ給さふらふ人〱もすこしものゝいふかひありぬへくわ かやかなるはみなあたらしみなれたるとてはかの山さとのふる女はら也思ふ心 をもおなし心になつかしくいひあはすへき人のなきまゝにはこひめきみを思い て聞え給はぬおりなしおはせましかはこの人もかゝる心をそへ給はましやとい とかなしく宮のつらくなり給はんなけきよりもこの事いとくるしくおほゆおと こ君もしゐて思ひわひてれいのしめやかなるゆふつかたおはしたりやかてはし に御しとねさしいてさせ給ていとなやましきほとにてなんえきこえさせぬと人" }, { "vol": 49, "page": 1751, "text": "してきこえいたし給へるをきくにいみしくつらくてなみたおちぬへきを人めに つゝめはしゐてまきらはしてなやませ給おりはしらぬそうなともちかくまいり よるをくすしなとのつらにてもみすのうちにはさふらふましくやはかく人つて なる御せうそこなむかひなき心ちするとの給ていとものしけなる御けしきなる をひとよものゝけしきみし人〱けにいとみくるしく侍めりとてもやのみすう ちおろしてよひのそうのさにいれたてまつるを女君まことに心ちもいとくるし けれと人のかくいふにけちえんにならむも又いかゝとつゝましけれはものうな からすこしゐさりいてゝたいめんし給へりいとほのかに時〱物の給ふ御けは ひのむかし人のなやみそめ給へりし比まつ思出らるゝもゆゝしくかなしくてか きくらす心ちし給へはとみにものもいはれすためらひてそきこえ給こよなくお くまり給へるもいとつらくてすのしたよりき丁をすこしおしいれてれいのなれ 〱しけにちかつきより給かいとくるしけれはわりなしとおほして少将といひ し人をちかくよひよせてむねなんいたきしはしおさへてとの給ふを聞てむねは おさへたるはいとくるしく侍る物をとうちなけきてゐなをり給ほともけにそし" }, { "vol": 49, "page": 1752, "text": "たやすからぬいかなれはかくしもつねになやましくはおほさるらむ人にとひ侍 しかはしはしこそ心ちはあしかなれさて又よろしきおりありなとこそをしへは へしかあまりわか〱しくもてなさせ給なめりとの給にいとはつかしくてむね はいつともなくかくこそは侍れむかしの人もさこそはものし給しかなかゝるま しき人のするわさとか人もいひ侍めるとその給ふけにたれもちとせのまつなら ぬよをと思ふにはいと心くるしくあはれなれはこのめしよせたる人のきかんも つゝまれすかたはらいたきすちのことをこそえりとゝむれ昔より思ひきこえし さまなとをかの御みゝひとつには心えさせなから人はかたわにもきくましきさ まにさまよくめやすくそいひなし給をけにありかたき御心はへにもときゝゐた りけり何事につけてもこ君の御事をそつきせす思ひ給へるいはけなかりし程よ り世中をおもひはなれてやみぬへきこゝろつかひをのみならひはへしにさるへ きにや侍けんうときものからをろかならすおもひそめきこえ侍しひとふしにか のほいのひしり心はさすかにたかひやしにけんなくさめはかりにこゝにもかし こにもゆきかゝつらひて人のありさまをみんにつけてまきるゝこともやあらん" }, { "vol": 49, "page": 1753, "text": "なと思ひよるおり〱侍れとさらにほかさまにはなひくへくもはへらさりけり よろつに思給わひては心のひくかたのつよからぬわさなりけれはすきかましき やうにおほさるらむとはつかしけれとあるましき心のかけてもあるへくはこそ めさましからめたゝかはかりのほとにてとき〱思ふ事をもきこえさせうけた まはりなとしてへたてなくの給かよはむを誰かはとかめいつへきよの人にゝぬ 心の程はみな人にもとかるましくはへるを猶うしろやすくおほしたれなとうら みみなきみきこえ給うしろめたく思ひきこえはかくあやしと人もみおもひぬへ きまてはきこえ侍るへくやとしころこなたかなたにつけつゝみしる事ともの侍 しかはこそさまことなるたのもし人にていまはこれよりなとおとろかしきこゆ れとの給へはさやうなるおりもおほえはへらぬものをいとかしこきことにおほ しをきてのたまはするやこの御山さといてたちいそきにからうしてめしつかは せ給へきそれもけに御覧ししるかたありてこそはとをろかにやは思ひ侍なとの 給てなをいとものうらめしけなれときく人あれは思ふまゝにもいかてかはつゝ け給はんとのかたをなかめいたしたれはやう〱くらくなりにたるにむしの声" }, { "vol": 49, "page": 1754, "text": "はかりまきれなくて山のかたをくらくなにのあやめもみえぬにいとしめやかな るさましてよりゐ給へるもわつらはしとのみうちにはおほさるかきりたにある なと忍ひやかにうちすむして思ふたまへわひにて侍りをとなしのさともとめま ほしきをかの山さとのわたりにわさとてらなとはなくともむかしおほゆる人か たをもつくりゑにもかきとりてをこなひ侍らむとなん思ふ給へなりにたるとの 給へはあはれなる御ねかひに又うたてみたらしかはちかき心地する人かたこそ 思ひやりいとおしくはへれこかねもとむるゑしもこそなとうしろめたくそ侍や との給へはそよそのたくみもゑしもいかてか心にはかなふへきわさならんちか き世に花ふらせたるたくみも侍りけるをさやうならむへ化の人もかなととさま かうさまに忘んかたなきよしをなけき給ふけしきの心ふかけなるもいとおしく ていますこしちかくすへりよりて人かたのついてにいとあやしく思ひよるまし き事をこそ思ひいてはへれとの給ふけはひのすこしなつかしきもいとうれしく あはれにて何事にかといふまゝにき丁のしたよりてをとらふれはいとうるさく 思ひならるれといかさまにしてかゝる心をやめてなたらかにあらんとおもへは" }, { "vol": 49, "page": 1755, "text": "このちかき人のおもはんことのあいなくてさりけなくもてなし給へりとし比は よにやあらむともしらさりつる人のこのなつころとをき所よりものして尋いて たりしをうとくは思ましけれと又うちつけにさしもなにかはむつひ思はんと思 侍しをさいつ比きたりしこそあやしきまてむかし人の御けはひにかよひたりし かはあはれにおほえなりにしかゝたみなとかうおほしの給めるは中〱何事も あさましくもてはなれたりとなんみる人〱もいひ侍しをいとさしもあるまし きひとのいかてかはさはありけんとの給をゆめかたりかとまてきくさるへきゆ へあれはこそはさやうにもむつひきこえらるらめなとか今まてかくもかすめさ せ給はさらんとの給へはいさやそのゆへもいかなりけん事とも思ひわかれ侍ら すものはかなきありさまともにてよにおちとまりさすらへんとすらむことゝの みうしろめたけにおほしたりし事ともをたゝひとりかきあつめて思ひしられ侍 に又あいなきことをさへうちそへて人もきゝつたへんこそいと〱おしかるへ けれとの給けしきみるに宮のしのひてものなとの給ひけん人のしのふくさつみ をきたりけるなるへしとみしりぬにたりとの給ゆかりにみゝとまりてかはかり" }, { "vol": 49, "page": 1756, "text": "にてはおなしくはいひはてさせ給うてよといふかしかり給へとさすかにかたは らいたくてえこまかにもきこえ給はす尋んとおほす心あらはそのわたりとは聞 えつへけれとくはしくしもえしらすや又あまりいはゝ心をとりもしぬへき事に なんとの給へはよをうみなかにもたまのありか尋ねには心のかきりすゝみぬへ きをいとさまて思ふへきにはあらさなれといとかくなくさめんかたなきよりは と思ひより侍ひとかたのねかひはかりにはなとかは山さとの本そんにも思はへ らさらんなをたしかにの給はせよとうちつけにせめきこえ給いさやいにしへの 御ゆるしもなかりしことをかくまてもらしきこゆるもいとくちかるけれとへ化 のたくみもとめ給いとおしさにこそかくもとていととをき所にとし比へにける をはゝなる人のうれはしきことに思ひてあなかちに尋よりしをはしたなくもえ いらへてはへりしにものしたりし也ほのかなりしかはにやなに事も思し程より はみくるしからすなんみえしこれをいかさまにもてなさむとなけくめりしにほ とけにならんはいとこよなきことにこそはあらめさまてはいかてかはなときこ え給さりけなくてかくうるさき心をいかていひはなつわさもかなと思ひ給へる" }, { "vol": 49, "page": 1757, "text": "とみるはつらけれとさすかにあはれ也あるましき事とはふかく思ひ給へるもの からけせうにはしたなきさまにはえもてなし給はぬもみしり給へるにこそはと 思ふ心ときめきによもいたくふけゆくをうちには人めいとかたはらいたくおほ え給てうちたゆめていり給ぬれはおとこ君ことはりとは返〱おもへとなをい とうらめしくゝちおしきに思ひしつめんかたもなき心地して涙のこほるゝも人 わろけれはよろつに思ひみたるれとひたふるにあさはかならむもてなしはたな をいとうたて我ためもあいなかるへけれはねんし返してつねよりもなけきかち にていて給ぬかくのみ思ひてはいかゝすへからむくるしくもあるへきかないか にしてかはおほかたのよにはもときあるましきさまにてさすかに思ふ心のかな ふわさをすへからむなとおりたちてれむしたる心ならねはにや我ため人のため も心やすかるましき事をわりなくおほしあかすに似たりとの給つる人もいかて かはまことかとはみるへきさはかりのきはなれは思ひよらんにかたくはあらす とも人のほいにもあらすはうるさくこそあるへけれなとなをそなたさまには心 もたゝすうちの宮をひさしくみ給はぬ時はいとゝむかしとをくなる心ちしてす" }, { "vol": 49, "page": 1758, "text": "ゝろに心ほそけれは九月廿よ日はかりにおはしたりいとゝしく風のみふきはら ひて心すこくあらましけなる水のをとのみやともりにて人かけもことにみえす みるにはまつかきくらしかなしき事そかきりなき弁のあまめしいてたれはさう しくちにあをにひのき丁さしいてゝまいれりいとかしこけれとましていとおそ ろしけに侍れはつゝましくてなむとまほにはいてこすいかになかめ給らんとお もひやるにおなし心なる人もなきものかたりもきこえんとてなんはかなくもつ もるとし月かなとて涙をひとめうけておはするに老ひとはいとゝさらにせきあ へす人のうへにてあいなくものをおほすめりしころの空そかしと思給へいつる にいつと侍らぬなるにも秋の風は身にしみてつらくおほえ侍てけにかのなけか せ給めりしもしるき世の中の御ありさまをほのかにうけたまはるもさま〱に なんときこゆれはとある事もかゝることもなからふれはなほるやうもあるをあ ちきなくおほししみけんこそ我あやまちのやうになをかなしけれこの比の御あ りさまはなにかそれこそよのつねなれされとうしろめたけにはみえきこえさめ りいひても〱むなしき空にのほりぬるけふりのみこそたれものかれぬ事なか" }, { "vol": 49, "page": 1759, "text": "らをくれさきたつほとは猶いといふかひなかりけりとても又なき給ぬあさりめ してれいのかのき日の経仏なとの事の給さてこゝに時〻ものするにつけてもか いなきことのやすからすおほゆるかいとやくなきをこのしん殿こほちてかの山 てらのかたはらにたうたてむとなん思ふをおなしくはとくはしめてんとの給て たういくつらうともそうはうなとあるへき事ともかきいての給せさせ給ふをい とたうときことゝ聞えしらすむかしの人のゆへある御すまゐにしめつくり給け ん所をひきこほたんなさけなきやうなれとその御心さしもくとくのかたにはす ゝみぬへくおほしけんをとまり給んひと〱おほしやりてえさはをきて給はさ りけるにやいまは兵部卿の宮のきたのかたこそはしり給へけれはかの宮の御り やうともいひつへくなりにたりされはこゝなからてらになさんことはひんなか るへし心にまかせてさもえせし所のさまもあまりかはつらちかくけせうにもあ れはなをしん殿をうしなひてことさまにもつくりかへんの心にてなんとの給へ はとさまかうさまにいともかしこくたうとき御心なりむかしわかれをかなしひ てかはねをつゝみてあまたのとしくひにかけて侍ける人も仏の御はうへんにて" }, { "vol": 49, "page": 1760, "text": "なんかのかはねのふくろをすてゝつゐにひしりのみちにもいり侍にけるこのし ん殿を御覧するにつけて御心うこきおはしますらんひとつにはたい〱しき事 なり又後の世のすゝめともなるへきことに侍けりいそきつかうまつるへしこよ みのはかせはからひ申て侍らむ日をうけ給りてものゝゆへしりたらんたくみ二 三人をたまはりてこまかなる事ともは仏の御をしへのまゝにつかうまつらせ侍 らむと申とかくの給さためてみさうの人ともめしてこのほとのことゝもあさり のいはんまゝにすへきよしなとおほせ給はかなく暮ぬれはその夜はとまり給ぬ このたひはかりこそみめとおほしてたちめくりつゝみ給へは仏もみな彼てらに うつしてけれはあま君のをこなひの具のみありいとはかなけにすまひたるをあ はれにいかにしてすくすらんとみ給このしんてんはかへてつくるへきやうあり つくりいてん程はかのらうにものし給へ京の宮にとりわたさるへきものなとあ らはさうの人めしてあるへからむやうにものし給へなとまめやかなる事ともを かたらひ給ほかにてはかはかりにさた過なん人を何かとみいれ給へきにもあら ねとよるもちかくふせてむかしものかたりなとせさせ給故権大納言の君の御あ" }, { "vol": 49, "page": 1761, "text": "りさまもきく人なきに心やすくていとこまやかにきこゆいまはとなり給しほと にめつらしくおはしますらん御ありさまをいふかしきものに思きこえさせ給め りし御けしきなとのおもひ給へ出らるゝにかくおもひかけ侍らぬよのすゑにか くてみたてまつり侍なんかの御よにむつましくつかうまつりをきししるしのを のつから侍けるとうれしくもかなしくも思ひ給へられはへる心うき命の程にて さま〱の事をみ給へすくし思ひ給へしり侍るなんいとはつかしくこゝろうく はへる宮よりも時〱はまいりてみたてまつれおほつかなくたえこもりはてぬ るはこよなくおもひへたてけるなめりなとの給はするおり〱侍れとゆゝしき 身にてなんあみた仏よりほかにはみたてまつらまほしき人もなくなりて侍なと きこゆこひめ君の御事ともはたつきせすとし比の御ありさまなとかたりてなに のおりなにとの給し花紅葉の色をみてもはかなくよみ給けるうたかたりなとを つきなからすうちわなゝきたれとこめかしくことすくなゝるものからおかしか りける人の御心はえかなとのみいとゝきゝそへ給宮の御方はいますこしいまめ かしきものから心ゆるさゝらん人のためにはゝしたなくもてなし給ひつへくこ" }, { "vol": 49, "page": 1762, "text": "そものし給めるをわれにはいとこゝろふかくなさけ〱しとはみえていかてす こしてんとこそ思ひ給へれなと心のうちに思ひくらへ給さてものゝついてにか のかたしろのことをいひいて給へり京にこのころ侍らんとはえしり侍らす人つ てにうけ給りし事のすちなゝりこ宮のまたかゝる山さとすみもし給はす故きた のかたのうせ給へりける程ちかゝりける比中将の君とてさふらひける上らうの 心はせなともけしうはあらさりけるをいと忍ひてはかなき程に物の給はせける しる人も侍らさりけるに女こをなんうみて侍けるをさもやあらんとおほす事の ありけるからにあいなくわつらはしくものしきやうにおほしなりて又とも御覧 しいるゝこともなかりけりあいなくそのことにおほしこりてやかておほかたひ しりにならせ給ひにけるをはしたなく思ひてえさふらはすなりにけるかみちの 国のかみのめになりたりけるをひとゝせのほりてそのきみたいらかにものし給 ふよしこのわたりにもほのめかし申たりけるをきこしめしつけてさらにかゝる せうそこあるへきことにもあらすとのたまはせはなちけれはかひなくてなんな けき侍りけるさて又ひたちになりてくたりはへりにけるかこのとし比をとにも" }, { "vol": 49, "page": 1763, "text": "聞え給はさりつるか此春のほりてかの宮には尋ねまいりたりけるとなんほのか にきゝ侍しかの君のとしはゝたちはかりになり給ぬらんかしいとうつくしくお いいて給ふかかなしきなとゝそなか比はふみにさへかきつゝけてはへめりしか ときこゆくはしくきゝあきらめ給てさらはまことにてもあらんかしみはやと思 ふこゝろいてきぬむかしの御けはひにかけてもふれたらんは人はしらぬ国まて も尋しらまほしき心あるをかすまへ給はさりけれとちかき人にこそはあなれわ さとはなくともこの渡りにをとなふおりあらむついてにかくなんいひしとつた へ給へなとはかりの給をく母君は故北の方の御めいなり弁もはなれぬ中らひに 侍へきをそのかみはほか〱に侍りてくはしくもみ給へなれさりきさいつ比京 よりたいふかもとより申たりしはかのきみなんいかてかの御はかにたにまいら んとの給ふなるさる心よせなと侍しかとまたこゝにさしはへてはをとなはすは へめりいまさらはさやのついてにかゝるおほせなとつたへ侍らむときこゆあけ ぬれはかへり給はんとてよへをくれてもてまいれるきぬわたなとやうのものあ さりにをくらせ給あま君にもたまふほうしはらあま君のけすとものれうにとて" }, { "vol": 49, "page": 1764, "text": "ぬのなといふものをさへめしてたふ心ほそきすまゐなれとかゝる御とふらひた ゆまさりけれは身のほとにはめやすくしめやかにてなんをこなひけるこからし のたへかたきまてふきとをしたるに残るこすゑもなくちりしきたるもみちをふ みわけゝる跡もみえぬをみわたしてとみにもえいて給はすいとけしきあるみ山 きにやとりたるつたの色そまたのこりたるこたになとすこしひきとらせ給て宮 へとおほしくてもたせ給 やとりきと思ひいてすはこのもとのたひねもいかにさひしからましとひと りこち給をきゝてあまきみ あれはつるくちきのもとをやとりきと思ひをきける程のかなしさあくまて ふるめきたれとゆへなくはあらぬをそいさゝかのなくさめにはおほしける宮に もみちたてまつれたまへれはおとこみやおはしましけるほとなりけりみなみの 宮よりとて何心もなくもてまいりたるを女君れいのむつかしきこともこそとく るしくおほせととりかくさんやは宮おかしきつたかなとたゝならすの給てめし よせてみ給ふ御ふみにはひころなに事かおはしますらむ山さとにものし侍りて" }, { "vol": 49, "page": 1765, "text": "いとゝみねのあさきりにまとひ侍つる御ものかたりも身つからなんかしこのし ん殿たうになすへき事あさりにいひつけ侍にき御ゆるし侍りてこそはほかにう つすこともものしはへらめ弁のあまにさるへきおほせ事はつかはせなとそある よくもつれなくかき給へるふみかなまろありとそきゝつらむとの給もすこしは けにさやありつらん女君は事なきをうれしと思給ふにあなかちにかくの給ふを わりなしとおほしてうちゑんしてゐ給える御さまよろつのつみゆるしつへくお かしかへりことかき給へみしやとてほかさまにむき給へりあまえてかゝさらむ もあやしけれは山さとの御ありきのうらやましくも侍るかなかしこはけにさや にてこそよくと思ひ給へしをことさらに又いはほのなかもとめんよりはあらし はつましく思ひ侍をいかにもさるへきさまになさせ給はゝおろかならすなんと きこえ給かくにくきけしきもなき御むつひなめりとみ給なから我御心ならひに たゝならしとおほすかやすからぬなるへしかれ〱なるせんさいのなかにおは なのものよりことにてゝをさしいてまねくかおかしくみゆるにまたほにいてさ したるも露をつらぬきとむる玉のをはかなけにうちなひきたるなとれいのこと" }, { "vol": 49, "page": 1766, "text": "なれとゆふかせ猶あはれなる比なりかし ほにいてぬもの思ふらしゝのすゝきまねくたもとの露しけくしてなつかし きほとの御そともになおしはかりき給てひわをひきゐ給へりわうしきてうのか きあはせをいとあはれにひきなし給へは女君も心にいり給へることにてものえ んしもえしはてたまはすちいさきみき丁のつまよりけうそくによりかゝりてほ のかにさしいて給へるいとみまほしくらうたけなり 秋はつる野辺のけしきもしのすゝきほのめく風につけてこそしれわか身ひ とつのとてなみたくまるゝかさすかにはつかしけれはあふきをまきらはしてお はする御心のうちもらうたくをしはからるれとかゝるにこそ人もえ思ひはなた さらめとうたかはしきかたゝならてうらめしきなめり菊のまたよくうつろひは てゝわさとつくろひたてさせ給へるはなか〱をそきにいかなるひともとにか あらむいと見所ありてうつろひたるをとりわきておらせ給て花のなかにひとへ にとすし給てなにかしのみこの花めてたるゆふへそかしいにしへ天人のかけり てひわの手をしへけるは何事もあさく成にたる世はものうしやとて御ことさし" }, { "vol": 49, "page": 1767, "text": "をき給ふをくちおしとおほして心こそあさくもあらめむかしをつたへたらむこ とさへはなとてかさしもとておほつかなきてなとをゆかしけにおほしたれはさ らはひとりことはさう〱しきにさしいらへし給へかしとて人めしてさうの御 こととりよせさせてひかせたてまつり給へとむかしこそまねふ人もものし給し かはか〱しくひきもとめすなりにしものをとつゝましけにて手もふれ給はね はかはかりの事もへたて給へるこそ心うけれこの比みるわたりまたいと心と くへきほとにもあらねとかたなりなるうゐことをもかくさすこそあれすへて 女はやはらかに心うつくしきなんよきことゝこそ其中納言もさたむめりしか かのきみにはたかくもつゝみ給はしこよなき御中なめれはなとまめやかにうら みられてそ打なけきてすこししらへ給ふゆるひたりけれはゝんしきてうにあは せ給かきあはせなとつまをとけおかしけにきこゆいせのうみうたひ給ふ御声の あてにおかしきを女はうもものゝうしろにちかつきまいりてゑみひろこりてゐ たりふた心おはしますはつらけれとそれもことはりなれはなをわかおまへをは さいはひ人とこそは申さめかゝる御ありさまにましらひ給へくもあらさりし所" }, { "vol": 49, "page": 1768, "text": "の御すまゐを又かへりなまほしけにおほしての給はするこそいと心うけれな とたゝいひにいへはわかき人〱はあなかまやなとせいす御ことゝもをしへた てまつりなとして三四日こもりおはして御ものいみなとことつけ給をかのとの にはうらめしくおほしておとゝうちよりいて給けるまゝにこゝにまいり給へれ は宮こと〱しけなるさましてなにしにいましつるそとよとむつかり給へとあ なたにわたり給てたいめんし給ふことなる事なきほとはこのゐんをみて久しく なり侍るもあはれにこそなとむかしの御ものかたりともすこしきこえ給てやか てひきつれきこえ給ていて給ぬ御ことものとのはらさらぬかんたちめ殿上人な ともいとおほくひきつゝき給へるいきほひこちたきをみるにならふへくもあら ぬそくしいたかりけるひと〱のそきてみたてまつりてさもきよらにおはしけ るおとゝかなさはかりいつれとなくわかくさかりにてきよけにおはさうする御 こともの似給ふへきもなかりけりあなめてたやといふもあり又さはかりやむこ となけなる御さまにてわさとむかへにまいり給へるこそにくけれやすけなの世 の中やなとうちなけくもあるへし御みつからもきし方を思ひいつるよりはしめ" }, { "vol": 49, "page": 1769, "text": "かの花やかなる御なからひにたちましるへくもあらすかすかなる身のおほえを といよ〱心ほそけれはなをこゝろやすくこもりゐなんのみこそめやすからめ なといとゝおほえ給はかなくてとしもくれぬ正月つこもりかたよりれいならぬ さまになやみ給を宮また御覧ししらぬことにていかならむとおほしなけきてみ すほうなと所〱にてあまたせさせ給に又〱はしめそへさせ給いといたくわ つらひ給へはきさいの宮よりも御とふらひありかくてみとせになりぬれとひと 所の御心さしこそをろかならねおほかたのよにはもの〱しくももてなしきこ え給はさりつるをこのおりそいつこにも〱聞え給ける中納言君は宮のおほ しさはくにをとらすいかにをはせんとなけきて心くるしくうしろめたくおほ さるれとかきりある御とふらひはかりこそあれあまりもえまかてたまはてし のひてそ御いのりなともせさせ給けるさるは女二の宮の御もき只このころに なりて世中ひゝきいとなみのゝしるよろつのことみかとの御心ひとつなるや うにおほしいそけは御うしろみなきしもそ中〱めてたけにみえける女御の しをき給へることをはさるものにてつくも所さるへきすらうともなととり〱" }, { "vol": 49, "page": 1770, "text": "につかうまつることゝもいとかきりなしやゝかてその程にまいりそめ給へき やうにありけれはおとこかたも心つかひし給比なれとれいのことなれはそな たさまには心もいらてこの御事のみいとおしくなけかるきさらきのついたち ころになおしものとかいふことに権大納言になり給て右大将かけ給つ右のお ほいとのひたりにておはしけるかしゝ給へる所なりけりよろこひに所〱あ りき給てこの宮にもまいりたまへりいとくるしくし給へはこなたにおはしま す程なりけれはやかてまいり給へりそうなとさふらひてひんなきかたにとお とろき給てあさやかなる御なをし御したかさねなとたてまつりひきつくろひ 給ておりてたうのはいし給御さまともとり〱にいとめてたくやかてつかさ のろく給ふあるしの所にとさうしたてまつりたまふをなやみ給人によりてそ おほしたゆたひ給める右大臣殿のし給ひけるまゝにとて六条の院にてなんあ りけるゑんかのみこたちかんたちめたいきやうにをとらすあまりさはかしき まてなんつとひ給けるこの宮もわたり給てしつ心なけれはまた事はてぬにい そきかへり給ぬるを大殿の御かたにはいとあかすめさましとの給をとるへくも" }, { "vol": 49, "page": 1771, "text": "あらぬ御程なるをたゝいまのおほえの花やかさにおほしをこりてをしたちもて なし給へるなめりかしからうしてそのあか月おとこにてむまれ給へるを宮も いとかひありてうれしくおほしたり大将殿もよろこひにそへてうれしくおほす よへおはしましたりしかしこまりにやかてこの御よろこひも打そへてたちなか らまいり給へりかくこもりおはしませはまいり給はぬ人なし御うふやしなひ三 日はれいのたゝ宮の御わたくしことにて五日のよ大将殿よりとんしき五十く五 てのせにわうはんなとはよのつねのやうにてこもちの御まへのついかさね三十 ちこの御そいつへかさねにて御むつきなとそこと〱しからすしのひやかにし なし給へれとこまかにみれはわさとめなれぬ心はえなとみえける宮のおまへに もせんかうのおしきたかつきともにてふすくまいらせ給へり女はうの御まへに はついかさねをはさるものにてひわりこ三十さま〱しつくしたることゝもあ り人めにこと〱しくはことさらにしなし給はす七日の夜はきさいの宮の御う ふやしなひなれはまいり給人〱いとおほかり宮のたいふをはしめて殿上人か むたちめ数しらすまいり給へりうちにもきこしめして宮のはしめてをとなひ給" }, { "vol": 49, "page": 1772, "text": "なるにはいかてかとの給はせて御はかしたてまつらせ給へり九日もおほい殿よ りつかうまつらせたまへりよろしからすおほすあたりなれと宮のおほさん所あ れは御このきんたちなとまいり給てすへていと思事なけにめてたけれは御身つ からも月比ものおもはしく心ちのなやましきにつけても心ほそくおほしたりつ るにかくおもたゝしくいまめかしき事とものおほかれはすこしなくさみもやし 給らむ大将殿はかくさへをとなひはてたまふめれはいとゝわかかたさまはけと をくやならむ又宮の御心さしもいとをろかならしと思ふはくちおしけれと又は しめよりの心をきてを思にはいとうれしくもありかくてその月の廿日あまりに そふちつほの宮の御もきのことありて又の日なん大将まいり給ひけるよのこと はしのひたるさまなりあめのしたひゝきていつくしうみえつる御かしつきにた ゝ人のくしたてまつり給そ猶あかす心くるしくみゆるさる御ゆるしはありなか らもたゝいまかくいそかせ給ましきことそかしとそしらはしけにおもひの給ふ 人もありけれとおほしたちぬる事すか〱しくおはします御心にてきしかたた めしなきまておなしくはもてなさんとおほしをきつるなめりみかとの御むこに" }, { "vol": 49, "page": 1773, "text": "なる人はむかしもいまもおほかれとかくさかりの御よにたゝ人のやうにむこと りいそかせ給へるたくひはすくなくやありけん右のおとゝもめつらしかりける 人の御おほえすくせなりこ院たに朱雀院の御すゑにならせ給ていまはとやつし 給しきはにこそかのはゝ宮をえたてまつり給しかわれはまして人もゆるさぬも のをひろひたりしやとの給いつれは宮はけにとおほすにはつかしくて御いらへ もえし給はす三日のよは大蔵卿よりはしめてかの御方の心よせになさせ給へる 人〱けいしにおほせ事給てしのひやかなれとかのこせんすいしんくるまそひ とねりまてろく給はすその程のことゝもはわたくしことのやうにそありけるか くてのちはしのひ〱にまいり給ふ心のうちにはなをわすれかたきいにしへさ まのみおほえてひるはさとにおきふしなかめくらしてくるれは心よりほかにい そきまいり給をもならはぬ心ちにいとものうくゝるしくてまかてさせたてまつ らむとそおほしをきてけるはゝ宮はいとうれしき事におほしたりおはしますし ん殿ゆつりきこゆへくの給へといとかたしけなからむとて御ねんすたうのあは ひにらうをつゝけてつくらせ給にしおもてにうつろひ給へきなめりひんかしの" }, { "vol": 49, "page": 1774, "text": "たいともなともやけてのちうるはしくあたらしくあらまほしきをいよ〱みか きそへつゝこまかにしつらはせ給かゝる御心つかひをうちにもきかせ給てほと なくうちとけうつろひ給はんをいかゝとおほしたり御門ときこゆれと心のやみ はおなしことなんおはしましけるはゝ宮の御もとに御つかひありける御ふみに もたゝこのことをなむきこえさせ給ける故朱雀院のとりわきてこのあま宮の御 事をはきこえをかせ給しかはかく世をそむき給へれとおとろへすなに事ももと のまゝにてそうせさせ給事なとはかならすきこしめしいれ御よういふかかりけ りかくやむことなき御心ともにかたみにかきりもなくもてかしつきさはかれ給 おもたゝしさもいかなるにかあらむ心のうちにはことにうれしくもおほえす猶 ともすれはうちなかめつゝうちのてらつくることをいそかせ給ふ宮のわかきみ のいかになり給日かそへとりてそのもちゐのいそきを心にいれてこものひわり こなとまてみいれ給つゝよのつねのなへてにはあらすとおほし心さしてちんし たんしろかねこかねなと道〱のさいくともいとおほくめしさふらはせ給へは われをとらしとさま〱のことゝもをしいつめり身つからもれいの宮のおはし" }, { "vol": 49, "page": 1775, "text": "まさぬひまにおはしたり心のなしにやあらむいますこしをも〱しくやむこと なけなるけしきさへそひにけりとみゆいまはさりともむつかしかりしすゝろ事 なとはまきれ給にたらんと思に心やすくてたいめんし給へりされとありしなか らのけしきにまつなみたくみて心にもあらぬましらひいと思ひのほかなるもの にこそとよを思給へみたるゝ事なんまさりにたるとあいたちなくそうれへ給い とあさましき御ことかな人もこそをのつからほのかにももりきゝ侍れなとはの 給へとかはかりめてたけなる事ともにもなくさますわすれかたく思ひ給覧心ふ かさよとあはれに思きこえ給にをろかにもあらす思しられ給おはせましかはと くちおしくおもひいてきこえ給へとそれもわかありさまのやうにうらやみな く身をうらむへかりけるかしなに事も数ならてはよの人めかしき事もあるまし かりけりとおほゆるにそいとゝかのうちとけはてゝやみなんと思給へりし心お きては猶いとをも〱しく思出られ給わか君をせちにゆかしかりきこえ給へは はつかしけれとなにかはへたてかほにもあらむわりなき事ひとつにつけてうら みらるゝよりほかにはいかてこの人の御心にたかはしと思へは身つからはとも" }, { "vol": 49, "page": 1776, "text": "かくもいらへきこえたまはてめのとしてさしいてさせ給へりさらなる事なれは にくけならんやはゆゝしきまてしろくうつくしくてたかやかにものかたりしう ちわらひなとし給かほをみるにわかものにてみまほしくうらやましきもよの思 はなれかたくなりぬるにやあらむされといふかひなくなり給にし人のよのつね のありさまにてかやうならむ人をもとゝめをき給へらましかはとのみおほえて この比おもたゝしけなる御あたりにいつしかなとは思よられぬこそあまりすへ なき君の御心なめれかくめゝしくねちけてまねひなすこそいとおしけれしかわ ろひかたほならん人をみかとのとりわきせちにちかつけてむつひ給へきにもあ らし物をまことしきかたさまの御心をきてなとこそはめやすくものし給けめと そをしはかるへきけにいとかくをさなき程をみせ給へるもあはれなれはれいよ りはものかたりなとこまやかにきこえ給ふ程にくれぬれは心やすくよをたにふ かすましきをくるしうおほゆれはなけく〱いて給ぬおかしの人の御にほひや おりつれはとかやいふやうにうくひすも尋ねきぬへかめりなとわつらはしかる わかき人もありなつにならは三条の宮ふたかるかたになりぬへしとさためて四" }, { "vol": 49, "page": 1777, "text": "月ついたちころせちふんとかいふ事またしきさきにわたしたてまつり給あすと ての日ふちつほにうへわたらせ給てふちの花のえんせさせ給ふみなみのひさし のみすあけていしたてたりおほやけわさにてあるしの宮のつかうまつり給には あらすかんたちめてん上人のきやうなとくらつかさよりつかうまつれりみきの おとゝあせちの大納言とう中納言左兵衛のかみみこたちは三宮ひたちの宮なと さふらひ給みなみの庭のふちの花のもとに殿上人のさはしたりこうらう殿のひ んかしにかくその人〱めしてくれ行程にそうてうにふきてうへの御あそひに 宮の御方より御ことゝも笛なといたさせ給へはおとゝをはしめたてまつりてお まへにとりつゝまいり給故六条の院の御てつからかき給て入道の宮にたてまつ らせ給いしきんのふ二巻こえふの枝につけたるをおとゝとり給てそうし給つき 〱にさうの御ことひわ和こんなとすさくゐんのものともなりけり笛はかのゆ めにつたへしいにしへのかたみのを又なきものゝ音なりとめてさせ給けれはこ のおりのきよらより又はいつかははえ〱しきついてのあらむとおほしてとう て給へるなめりおとゝわこん三宮ひわなととり〱に給大将の御ふえはけふそ" }, { "vol": 49, "page": 1778, "text": "よになきねのかきりは吹たて給ける殿上人のなかにもしやうかにつきなからぬ ともはめしいてゝおもしろくあそふ宮の御方よりふすくまいらせ給へりちんの をしきよつしたんのたかつきふちのむらこのうちしきにおりえたぬひたりしろ かねのやうきるりの御さかつきへいしはこんるり也兵衛のかみ御まかなひつか うまつり給御さかつきまいり給におとゝしきりてはひんなかるへし宮たちの御 中にはわたさるへきもおはせねは大将にゆつりきこえ給をはゝかり申給へと御 気色もいかゝありけん御さか月さゝけてをしとの給へるこはつかひもてなしさ へれいのおほやけことなれと人に似すみゆるもけふはいとゝみなしさへそふに やあらむさしかへし給はりておりてふたうし給へる程いとたくひなし上らうの みこたち大臣なとの給はり給たにめてたきことなるをこれはまして御むこにて もてはやされたてまつり給へる御おほえをろかならすめつらしきにかきりあれ はくたりたるさにかへりつき給へる程心くるしきまてそみえけるあせちの大納 言は我こそかゝるめもみんと思しかねたのわさやと思給へりこの宮の御はゝ女 御をそむかし心かけきこえ給へりけるをまいり給てのちも猶思はなれぬさまに" }, { "vol": 49, "page": 1779, "text": "きこえかよひ給てはては宮を得たてまつらむの心つきたりけれは御うしろみの そむけしきももらし申けれときこしめしたにつたへすなりにけれはいと心やま しと思て人からはけに契ことなめれとなそ時のみかとのこと〱しきまてむこ かしつき給へきまたあらしかしこゝのへのうちにおはしますとのちかき程にて たゝ人のうちとけとふらひてはてはえんやなにやともてさはかるゝことはなと いみしくそしりつふやき申給けれとさすかゆかしけれはまいりて心のうちにそ はらたちゐ給へりけるしそくさしてうたともたてまつるふんたいのもとにより つゝをく程のけしきはをの〱したりかほなりけれとれいのいかにあやしけに ふるめきたりけんと思やれはあなかちにみなもたつねかゝすかみのまちも上ら うとて御くちつきともはことなることみえさめれとしるしはかりとてひとつふ たつそとひきゝたりしこれは大将のきみのおりて御かさしおりてまいり給へり けるとか すへらきのかさしにおると藤のはなをよはぬえたに袖かけてけりうけはり たるそにくきや" }, { "vol": 49, "page": 1780, "text": "よろつよをかけてにほはん花なれはけふをもあかぬ色とこそみれ きみかためおれるかさしはむらさきのくもにをとらぬ花のけしきか よのつねの色ともみえす雲ゐまてたちのほりたるふちなみの花これやこの はらたつ大納言のなりけんとみゆれかたへはひかことにもやありけんかやうに ことなるおかしきふしもなくのみそあなりしよふくるまゝに御あそひいとおも しろし大殿のきみあなたうとうたひ給へる声そかきりなくめてたかりけるあせ ちもむかしすくれ給へりし御声のなこりなれはいまもいともの〱しくてうち あはせたまへりみきの大殿の御七らうわらはにてさうのふえふくいとうつくし かりけれは御そたまはすおとゝおりてふたうし給あか月ちかうなりてそかへら せ給けるろくともかんたちめみこたちにはうへより給はす殿上人かくその人 〱には宮の御かたよりしな〱に給ひけりそのよふさりなん宮まかてさせた てまつり給けるきしきいと心こと也うへの女房さなから御をくりつかうまつら せ給けるひさしの御車にてひさしなきいとけみつこかねつくりむつたゝのひら うけ廿あしろ二わらはしもつかへ八人つゝさふらふに又御むかへのいたし車と" }, { "vol": 49, "page": 1781, "text": "もに本所の人〱のせてなんありける御をくりのかむたちめ殿上人ろくゐなと いふかきりなきゝよらをつくさせ給へりかくて心やすくうちとけてみたてまつ り給にいとおかしけにおはすさゝやかにしめやかにてこゝはとみゆる所なくお はすれはすくせの程くちおしからさりけりと心おこりせらるゝ物からすきにし かたのわすられはこそはあらめ猶まきるゝおりなくもののみ恋しくおほゆれは このよにてはなくさめかねつへきわさなめり仏になりてこそはあやしくつらか りける契りの程をなにのむくひとあきらめて思はなれめと思つゝてらのいそき にのみ心をいれ給へりかものまつりなとさはかしき程すくしてはつかあまりの ほとにれいのうちへおはしたりつくらせ給みたうみ給てすへきことゝもをきて の給さてれいのくち木のもとをみ給へ過んか猶あはれなれはそなたさまにおは するに女くるまのこと〱しきさまにはあらぬひとつあらましきあつまおとこ のこしにものおへるあまたくしてしも人も数おほくたのもしけなるけしきにて はしよりいまわたりくるみゆゐ中ひたる物かなとみ給つゝ殿はまついり給て御 せんともはまたたちさはきたる程にこのくるまもこの宮をさしてくる也けりと" }, { "vol": 49, "page": 1782, "text": "みゆみすいしんともゝかや〱といふをせいし給てなに人そとゝはせ給へは声 うちゆかみたるものひたちのせんし殿のひめ君のはつせのみてらにもうてゝも とり給へるなりはしめもこゝになんやとり給へしと申すにおいやきゝし人なゝ りとおほしいてゝ人〱をことかたにかくし給てはや御車いれよこゝに又人や とり給へときたおもてになんといはせ給御ともの人もみなかりきぬすかたにて こと〱しからぬすかたともなれと猶けはひやしるからんわつらはしけに思て むまともひきさけなとしつゝかしこまりつゝそおるくるまはいれてらうのにし のつまにそよするこのしん殿はまたあらはにてすたれもかけすおろしこめたる なかのふたまにたてへたてたるさうしのあなよりのそき給御そのなれはぬきを きてなをしさしぬきのかきりをきてそおはするとみにもおりてあまきみにせう そこしてかくやむことなけなる人のおはするをたれそなとあないするなるへし 君は車をそれときゝ給つるよりゆめ其人にまろありとの給なとまつくちかため させ給てけれはみなさ心得てはやうおりさせ給へまらうとはものし給へとこと かたになんといひいたしたりわかき人のあるまつおりてすたれうちあくめりこ" }, { "vol": 49, "page": 1783, "text": "せんのさまよりはこのおもとなれてめやすし又をとなひたる人いまひとりおり てはやうといふにあやしくあらはなる心ちこそすれといふ声ほのかなれとあて やかにきこゆれいの御ことこなたはさき〱もおろしこめてのみこそははへれ さては又いつこのあらはなるへきそと心をやりていふつゝましけにおるゝをみ れはまつかしらつきやうたいほそやかにあてなる程はいとよくもの思いてられ ぬへしあふきをつとさしかくしたれはかほはみえぬほと心もとなくてむねうち つふれつゝみ給車はたかくおるゝ所はくたりたるをこの人〱はやすらかにお りなしつれといとくるしけにやゝみてひさしくおりてゐさりいるこきうちきに なてしことおほしきほそなかわかなへ色のこうちきゝたり四尺のひやうふをこ のさうしにそへてたてたるかかみよりみゆるあなゝれはのこる所なしこなたを はうしろめたけに思てあなたさまにむきてそゝひふしぬるさもくるしけにおほ したりつるかないつみ川のふなわたりもまことにけふはいとおそろしくこそあ りつれこのきさらきにはみつのすくなかりしかはよかりしなりけりいてやあり くはあつまちおもへはいつこかおそろしからんなとふたりしてくるしとも思た" }, { "vol": 49, "page": 1784, "text": "らすいひゐたるにしうはをともせてひれふしたりかひなをさしいてたるかまろ らかにおかしけなる程もひたち殿なといふへくはみえすまことにあてなりやう 〱こしいたきまてたちすくみ給へと人のけはひせしとて猶うこかてみ給にわ かきひとあなかうはしやいみしきかうの香こそすれあま君のたき給にやあらむ おい人まことにあなめてたのものゝ香や京人は猶いとこそみやひかにいまめか しけれ天下にいみしきことゝおほしたりしかとあつまにてかゝるたきものゝか はえあはせいて給はさりきかしこのあま君はすまゐかくかすかにおはすれとさ うそくのあらまほしくにひ色あをいろといへといときよらにそあるやなとほめ いたりあなたのすのこよりわらはきて御ゆなとまいらせ給へとておしきともも とりつゝきてさしいるくたものとりよせなとしてものけ給はるこれなとおこせ とおきねはふたりしてくりやなとやうのものにやほろ〱とくふもきゝしらぬ こゝちにはかたはらいたくてしそき給へと又ゆかしくなりつゝ猶たちより〱 み給これよりまさるきはの人〱をきさいの宮をはしめてこゝかしこにかたち よきも心あてなるもこゝらあくまてみあつめ給へとおほろけならてはめも心も" }, { "vol": 49, "page": 1785, "text": "とまらすあまり人にもとかるゝまてものし給心ちにたゝいまはなにはかりすく れてみゆることもなき人なれとかくたちさりかたくあなかちにゆかしきもいと あやしき心なりあま君はこのとのゝ御かたにも御せうそこきこえいたしたりけ れと御心ちなやましとていまの程うちやすませ給へるなりと御ともの人〱心 しらひていひたりけれはこの君を尋まほしけにの給しかはかゝるついてにもの いひふれんとおもほすによりてひくらし給にやと思てかくのそき給覧とはしら すれいのみさうのあつかりとものまいれるわりこやなにやとこなたにもいれた るをあつま人ともにもくはせなとことゝもをこなひをきてうちけさうしてまら うとのかたにきたりほめつるさうそくけにいとかはらかにてみめも猶よし〱 しくきよけにそあるきのふおはしつきなんとまちきこえさせしをなとかけふも 日たけてはといふめれはこのおい人いとあやしくくるしけにのみせさせ給へは 昨日はこのいつみ川のわたりにてけさもむこに御心ちためらひてなんといらへ ておこせはいまそおきゐたるあま君をはちらひてそはみたるかたはらめこれよ りはいとよくみゆまことにいとよしあるまみのほとかんさしのわたりかれをも" }, { "vol": 49, "page": 1786, "text": "くはしくつく〱としもみ給はさりし御かほなれとこれをみるにつけてたゝそ れと思ひいてらるゝにれいの涙おちぬあま君のいらへ打する声けはひ宮の御方 にもいとよく似たりときこゆあはれなりける人かなかゝりけるものを今まて尋 もしらてすくしけることよこれよりくちおしからんきはのしなゝ覧ゆかりなと にてたにかはかりかよひきこえたらん人を得てはをろかに思ふましき心ちする にましてこれはしられたてまつらさりけれとまことにこ宮の御こにこそはあり けれとみなし給てはかきりなくあはれにうれしくおほえ給たゝいまもはひより てよの中におはしけるものをといひなくさめまほしほうらいまて尋てかんさし のかきりをつたへてみ給けんみかとは猶いふせかりけんこれはこと人なれとな くさめ所ありぬへきさまなりとおほゆるはこの人に契りのおはしけるにやあら むあま君はものかたりすこしゝてとくいりぬ人のとかめつるかほりをちかくの そき給なめりと心えてけれはうちとけこともかたらはすなりぬるなるへし日く れもていけは君もやをらいてゝ御そなとき給てそれいめし出るさうしのくちに あま君よひてありさまなとゝひ給おりしもうれしくまてあひたるをいかにそか" }, { "vol": 49, "page": 1787, "text": "の聞えしことはとの給へはしかおほせこと侍し後はさるへきついて侍らはと待 侍しにこそはすきてこの二月になんはつせまうてのたよりにたいめんして侍し かのはゝ君におほしめしたるさまはほのめかし侍しかはいとかたはらいたくか たしけなき御よそへにこそは侍なれなとなん侍しかとその比ほひはのとやかに もおはしまさすとうけ給はりしおりひんなく思ひ給へつゝみてかくなんともき こえさせ侍らさりしをまたこの月にもまうてゝけふかへり給なめりゆきかへり のなかやとりにはかくむつひらるゝもたゝすきにし御けはひを尋きこゆるゆへ になんはへめるかのはゝ君もさはる事ありてこのたひはひとりものし給めれは かくおはしますともなにかはものし侍らんとてときこゆゐ中ひたる人ともにし のひやつれたるありきもみえしとてくちかためつれといかゝあらむけすともは かくれあらしかしさていかゝすへきひとりものすらんこそなか〱心やすかな れかく契ふかくてなんまいりきあひたるとつたへ給へかしとの給へはうちつけ にいつの程なる御ちきりにかはとうちわらひてさらはしかつたへ侍らんとてい るに" }, { "vol": 49, "page": 1788, "text": "かほとりの声も聞しにかよふやとしけみをわけてけふそたつぬるたゝくち すさみのやうにの給ふをいりてかたりけり" }, { "vol": 50, "page": 1793, "text": "つくはやまをわけみまほしき御心はありなからは山のしけりまてあなかちに思 いらむもいと人きゝかろ〱しうかたはらいたかるへきほとなれはおほしはゝ かりて御せうそこをたにえつたへさせ給はすかのあま君のもとよりそはゝきた のかたにの給しさまなとたひ〱ほのめかしをこせけれとまめやかに御心とま るへき事とも思はねはたゝさまてもたつねしり給らん事とはかりおかしうおも ひて人の御ほとのたゝ今世にありかたけなるをもかすならましかはなとそよろ つに思けるかみのこともははゝなくなりにけるなとあまたこのはらにもひめ君 とつけてかしつくありまたをさなきなとすき〱に五六人ありけれはさま〱 にこのあつかひをしつゝこと人とおもひへたてたる心のありけれはつねにいと つらき物にかみをもうらみつゝいかてひきすくれておもたゝしきほとにしなし てもみえにしかなと明暮このはゝ君はおもひあつかひけるさまかたちのなのめ にとりませてもありぬへくはいとかうしもなにかはくるしきまてもゝてなやま しおなしことおもはせてもありぬへきよをものにもましらすあはれにかたしけ なくおひいて給へはあたらしく心くるしきものに思へりむすめおほかりときゝ" }, { "vol": 50, "page": 1794, "text": "てなまきむたちめく人〻もをとなひいふいとあまたありけりはしめのはらの二 三人はみなさま〱にくはりてをとなひさせたり今はわかひめ君をおもふやう にてみたてまつらはやとあけくれまもりてなてかしつく事かきりなしかみもい やしき人にはあらさりけりかむたちめのすちにてなからひも物きたなき人なら すとくいかめしうなとあれはほと〱につけては思ひあかりていゑのうちもき ら〱しくものきよけにすみなし事このみしたるほとよりはあやしうあらゝか にゐ中ひたる心そつきたりけるわかうよりさるあつま方のはるかなるせかいに うつもれて年へけれはにやこゑなとほと〱うちゆかみぬへく物うちいふすこ したみたるやうにてかうけのあたりおそろしくわつらはしき物にはゝかりおち すへていとまたくすきまなき心もありおかしきさまにことふえのみちはとをう ゆみをなんいとよくひけるなを〱しきあたりともいはすいきおひにひかされ てよきわか人ともさうそくありさまはえならすとゝのへつゝこしおれたるうた あはせ物かたりかうしんをしまはゆくみくるしくあそひかちにこのめるをこの けさうのきむたちらう〱しくこそあるへけれかたちなんいみしかなるなとお" }, { "vol": 50, "page": 1795, "text": "かしき方にいひなして心をつくしあへる中に左近の少将とてとし廿二三はかり の程にて心はせしめやかにさえありといふかたは人にゆるされたれときら〱 しういまめいてなとはえあらぬにやかよひし所なともたえていとねんころにい ひわたりけりこのはゝ君あまたかゝる事いふ人〻のなかにこのきみは人からも めやすかなり心さたまりても物おもひしりぬへかなるを人もあてなりやこれよ りまさりてこと〱しききはの人はたかゝるあたりをさいへとたつねよらしと 思てこの御方にとりつきてさるへきおり〱はおかしきさまに返事なとせさせ たてまつる心ひとつに思まうくかみこそをろかに思なすとも我はいのちをゆつ りてかしつきてさまかたちのめてたきをみつきなはさりともをろかになとはよ も思ふ人あらしと思たち八月はかりとちきりてゝうとをまうけはかなきあそひ ものをせさせてもさまことにやうおかしうまきゑらてんのこまやかなる心はへ まさりてみゆる物をはこの御方にとゝりかくしておとりのをこれなむよきとて みすれはかみはよくしもみしらすそこはかとない物ともの人のてうとゝいふか きりはたゝとりあつめてならへすへつゝめをはつかにさし出るはかりにてこと" }, { "vol": 50, "page": 1796, "text": "ひわのしとてないけうはうのわたりよりむかへとりつゝならはすてひとつひき とれはしをたちゐおかみてよろこひろくをとらする事うつむはかりにてもてさ はくはやりかなるこくものなとをしへてしとおかしき夕くれなとにひきあはせ てあそふ時は涙もつゝますおこかましきまてさすかに物めてしたりかゝる事と もをはゝ君はすこし物のゆへしりていとみくるしとおもへはことにあへしらは ぬをあこをはおもひおとし給へりとつねにうらみけりかくてこの少将ちきりし ほとをまちつけておなしくはとくとせめけれはわか心ひとつにかうおもひいそ くもいとつゝましう人の心のしりかたさを思てはしめよりつたへそめける人の きたるにちかうよひよせてかたらふよろつおほく思はゝかる事のおほかるを月 ころかうの給てほとへぬるをなみ〱の人にもものし給はねはかたしけなう心 くるしうてかう思たちにたるをおやなと物し給はぬ人なれは心ひとつなるやう にてかたはらいたうゝちあはぬさまにみえたてまつる事もやとかねてなんおも ふわかき人〻あまた侍れと思ふ人くしたるはをのつからとおもひゆつられてこ の君の御事をのみなむはかなき世の中をみるにもうしろめたくいみしきを物お" }, { "vol": 50, "page": 1797, "text": "もひしりぬへき御心さまときゝてかうよろつのつゝましさをわすれぬへかめる をしももし思はすなる御心はえもみえは人わらへにかなしうなんといひけるを 少将の君にまうてゝしか〱なんと申けるにけしきあしくなりぬはしめよりさ らにかみのみむすめにあらすといふ事をなむきかさりつるおなしことなれと人 きゝもけおとりたる心ちしていていりせむにもよからすなん有へきようもあな いせてうかひたることをつたへけるとの給ふにいとおしくなりてくはしくもし り給へす女とものしるたよりにておほせことをつたへはしめ侍しになかにかし つくむすめとのみきゝ侍れはかみのにこそはとこそ思給へつれこと人のこもた まへらむともとひきゝ侍らさりつる也かたち心もすくれてものし給事はゝうへ のかなしうし給ておもたゝしうけたかきことをせんとあかめかしつかるときゝ 侍しかはいかてかのへんの事つたへつへからん人もかなとの給はせしかはさる たよりしり給へりととり申ゝなりさらにうかひたるつみ侍ましきことなりとは らあしくこと葉おほかる物にて申すに君いとあてやかならぬさまにてかやうの あたりにいきかよはむ人のおさ〱ゆるさぬ事なれといまやうの事にてとかあ" }, { "vol": 50, "page": 1798, "text": "るましうもてあかめてうしろみたつにつみかくしてなむあるたくひもあめるを おなしことゝうち〱には思ふともよそのおほえなむへつらひて人いひなすへ き源少納言さぬきのかみなとのうけはりたるけしきにていていらむにかみにも おさ〱うけられぬさまにてましらはんなむいと人けなかるへきとの給この人 ついそうあるうたてある人の心にてこれをいとくちおしうこなたかなたにおも ひけれはまことにかみのむすめとおほさはまたわかうなとおはすともしかつた へ侍らんかしなかにあたるなんひめ君とてかみいとかなしうしたまふなるとき こゆいさやはしめよりしかいひよれることををきて又いはんこそうたてあれさ れと我ほいはかのかむのぬしの人からももの〱しくおとなしき人なれはうし ろみにもせまほしうみる所ありて思はしめしことなりもはらかほかたちのすく れたらん女のねかひもなしゝなあてにえむならん女をねかはゝやすくえつへし されとさひしう事うちあはぬみやひこのめる人のはて〱はものきよくもなく 人にも人ともおほえたらぬをみれはすこし人にそしらるともなたらかにて世の 中をすくさむことをねかふなりかみにかくなんとかたらひてさもとゆるすけし" }, { "vol": 50, "page": 1799, "text": "きあらはなにかはさもとの給この人はいもうとのこのにしの御方にあるたより にかゝる御ふみなともとりつたへはしめけれとかみにはくはしくもみえしられ ぬものなりけりたゝいきにかみのゐたりけるまへにいきてとり申へきことあり てなといはすかみ此わたりに時〻出いりはすときけとまへにはよひいてぬ人の なにこといひにかあらんとなまあら〱しきけしきなれと左近の少将とのゝ御 せうそこにてなむさふらふといはせたれはあひたりかたらひかたけなるかほし てちかうゐよりて月ころうちの御方にせうそこきこえさせ給を御ゆるしありて この月のほとにとちきりきこえさせ給事侍を日をはからひていつしかとおほす ほとにある人の申けるやうまことに北のかたの御はからひにものし給へとかむ のとのゝ御むすめにはおはせすきむたちのおはしかよはむに世のきこえなんへ つらひたるやうならむすらうの御むこになり給かやうのきみたちはたゝわたく しの君のことく思かしつきたてまつりてにさゝけたること思ひあつかひうしろ みたてまつるにかゝりてなむさるふるまひし給人〻ものし給めるをさすかにそ の御ねかひはあなかちなるやうにておさ〱うけられ給はてけおとりておはし" }, { "vol": 50, "page": 1800, "text": "かよはん事ひんなかりぬへきよしをなむせちにそしり申す人〻あまた侍なれは たゝ今おほしわつらひてなむはしめよりたゝきら〱しう人のうしろみとたの みきこえんにたへ給へる御おほえをえらひ申てきこえはしめ申し也さらにこと 人ものし給らんといふ事しらさりけれはもとの心さしのまゝにまたをさなきも のあまたおはすなるをゆるい給はゝいとゝうれしくなむ御けしきみてまうてこ とおほせられつれはといふにかみさらにかゝる御せうそこ侍よしくはしくうけ 給はらすまことにおなしことに思ふ給へき人なれとよからぬわらはへあまた侍 てはか〱しからぬ身にさま〱思給へあつかふほとにはゝなるものもこれを こと人と思わけたることゝくねりいふこと侍てともかくもくちいれさせぬ人の 事に侍れはほのかにしかなむおほせらるゝこと侍とはきゝ侍しかとなにかしを とり所におほしける御心はしり侍らさりけりさるはいとうれしく思給へらるゝ 御ことにこそ侍なれいとらうたしとおもふめのわらはゝあまたの中にこれをな んいのちにもかへむと思侍るの給ふ人〻あれと今の世の人のみ心さためなくき こえ侍に中〱むねいたきめをやみむのはゝかりに思ひさたむる事もなくてな" }, { "vol": 50, "page": 1801, "text": "んいかてうしろやすくもみ給へをかんと明暮かなしくおもふ給るを少将殿にを きたてまつりてはこ大将殿にもわかくよりまいりつかうまつりきいゑのこにて みたてまつりしにいと経さくにつかふまつらまほしと心つきておもひきこえし かとはるかなる所にうちつゝきてすくし侍としころの程にうゐ〱しくおほえ 侍てなんまいりもつかまつらぬをかゝる御心さしの侍けるを返〻おほせのこと たてまつらむはやすき事なれと月ころの御心たかへたるやうにこの人思給へん ことをなんおもふ給へはゝかり侍といとこまやかにいふよろしけなめりとうれ しく思ふなにかとおほしはゝかるへきことにも侍らすかの御心さしはたゝひと 所の御ゆるし侍らむをねかひおほしていはけなくとしたらぬほとにおはすとも しんしちのやむことなく思ひをきて給へらんをこそほいかなふにはせめもはら さやうのほとりはみたらむふるまひすへきにもあらすとなむの給つる人からは いとやむことなくおほえ心にくゝおはする君なりけりわかき君たちとてすき 〱しくあてひてもおはしまさす世のありさまもいとよくしり給へり両し給所 〻もいとおほく侍りまたころの御とくなきやうなれとをのつからやむことなき" }, { "vol": 50, "page": 1802, "text": "人の御けはひのありけなるやうなを人のかきりなきとみといふめるいきおひに はまさり給へりらい年四位になり給なむこたみのとうはうたかひなくみかとの 御くちつからこて給へるなりよろつの事たらひてめやすき朝臣のめをなんさた めさなるはやさるへき人えりてうしろみをまうけよかんたちめにはわれしあれ はけふあすといふはかりになしあけてんとこそおほせらるなれなにこともたゝ この君そみかとにもしたしくつかふまつり給なる御心はたいみしうかうさくに おも〱しくなんおはしますめるあたら人の御むこをかうきゝ給ほとにおもほ したちなむこそよからめかの殿にはわれも〱むこにとりたてまつらんと所 〻に侍なれはこゝにしふ〱なる御けはひあらはほかさまにもおほしなりな んこれたゝうしろやすきことをとり申すなりといとおほくよけにいひつゝくる にいとあさましくひなひたるかみにてうちえみつゝきゝゐたりこのころの御と くなとの心もとなからむことはなの給そなにかしいのち侍らむほとはいたゝき にさゝけたてまつりてん心もとなく何をあかぬとかおほすへきたとひあへすし てつかうまつりさしつとものこりのたから物両し侍所〻ひとつにてもまたとり" }, { "vol": 50, "page": 1803, "text": "あらそふへき人なしこともおほく侍れとこれはさまことに思そめたる物に侍り たゝま心におほし返みさせ給はゝ大臣のくらゐをもとめむとおほしねかひて世 になきたから物をもつくさむとし給はんになき物侍ましたうしのみかとしかめ くみ申給なれは御うしろみは心もとなかるましこれかの御ためにもなにかしか めのわらはのためにもさいはひとあるへき事にやともしらすとよろしけにいふ 時にいとうれしくなりていもうとにもかゝる事ありともかたらすあなたにもよ りつかてかみのいひつることをいとも〱よけにめてたしと思てきこゆれは君 すこしひなひてそあるとはきゝ給へとにくからすうちゑみてきゝゐ給へり大臣 にならむそくらうをとらんなとそあまりおとろ〱しきことゝみゝとゝまりけ るさてかの北の方にはかくとものしつや心さしことに思はしめ給らんにひきた かへたらむひか〱しくねちけたるやうにとりなす人もあらんいさやとおほし たゆたひたるをなにか北の方もかの姫君をはいとやむことなき物に思ひかしつ きたてまつり給なりけりたゝなかのこのかみにてとしもおとなひ給を心くるし きことに思てそなたにとおもむけて申されけるなりけりときこゆ月ころはまた" }, { "vol": 50, "page": 1804, "text": "なくよのつねならすかしつくといひつるものゝうちつけにかくいふもいかなら むと思へとも猶ひとわたりはつらしと思はれ人にはすこしそしらるともなから へてたのもしき事をこそといとまたくかしこき君にて思とりてけれは日をたに とりかへてちきりし暮にそおはしはしめける北の方は人しれすいそきたちて人 〻のさうそくせさせしつらひなとよし〱しうし給御かたをもかしらあらはせ とりつくろひてみるに少将なといふ程の人にみせんもおしくあたらしきさまを あはれやおやにしられたてまつりておいたち給はましかはおはせすなりにたれ とも大将殿のの給ふらんさまにおほけなくともなとかは思たゝさらましされと うち〱にこそかくおもへほかのをときゝはかみのことも思ひわかす又しちを たつねしらむ人も中〱おとしめ思ひぬへきこそかなしけれなと思つゝくいか ゝはせむさかりすき給はんもあいなしいやしからすめやすきほとの人のかくね んころにの給めるをなと心ひとつに思ひさたむるも中たちのかくことよくいみ しきに女はましてすかされたるにやあらんあすあさてとおもへは心あはたゝし くいそかしきにこなたにも心のとかにゐられたらすそゝめきありくにかみとよ" }, { "vol": 50, "page": 1805, "text": "りいりきてなか〱ととゝこほる所もなくいひつゝけて我を思へたてゝあこの 御けさう人をうはゝむとし給けるおほけなく心をさなきことめてたからむ御む すめをはようせさせ給君たちあらしいやしくことやうならむなにかしらか女こ をそいやしうもたつねの給めれかしこく思ひくはたてられけれともはらほいな しとてほかさまへおもひなり給へかなれはおなしくはと思てなんさらは御心と ゆるし申つるなとあやしくあふなく人の思はむ所もしらぬ人にていひちらしゐ たり北の方あきれて物もいはれてとはかり思ふに心うさをかきつらね涙もおち ぬはかりおもひつゝけられてやをらたちぬこなたにわたりてみるにいとらうた けにゐ給へるにさりとも人にはをとり給はしとは思ひなくさむめのとゝふたり 心うきものは人の心也けりをのれはおなしこと思あつかふとも此君のゆかりと 思はむ人のためにはいのちをもゆつりつへくこそおもへおやなしときゝあなつ りてまたをさなくなりあはぬ人をさしこえてかくはいひなるへしやかく心うく ちかきあたりにみしきかしと思ひぬれとかみのかくおもたゝしきことにおもひ てうけとりさはくめれはあひ〱にたる世の人のありさまをすへてかゝる事に" }, { "vol": 50, "page": 1806, "text": "くちいれしとおもふいかてこゝならぬ所にしはしありにしかなとうちなけきつ ゝいふめのともいとはらたゝしく我君をかくおとしむることゝおもふになにか これも御さいはひにてたかふことゝもしらすかく心くちおしくいましける君な れはあたら御さまをもみしらさらましわかきみをは心はせあり物思ひしりたら ん人にこそみせたてまつらまほしけれ大将殿の御さまかたちのほのかにみたて まつりしにさもいのちのふる心ちのし侍しかなあはれにはたきこえ給なり御す くせにまかせておほしよりねかしといへはあなおそろしや人のいふをきけはと しころおほろけならん人をはみしとのたまひて右の大との按察の大納言式部卿 の宮なとのいとねんころにほのめかし給けれときゝすくしてみかとの御かしつ きむすめをえ給へる君はいかはかりの人かまめやかにはおほさんかのはゝ宮な との御かたにあらせて時〱もみむとはおほしもしなんそれはたけにめてたき 御あたりなれともいとむねいたかるへきことなり宮のうへのかくさいはひ人と 申すなれと物思はしけにおほしたるをみれはいかにも〱ふた心なからん人の みこそめやすくたのもしき事にはあらめ吾身にてもしりにきこ宮の御有さまは" }, { "vol": 50, "page": 1807, "text": "いとなさけ〱しくめてたくおかしくおはせしかと人かすにもおほさゝりしか はいかはかりかは心うくつらかりしこのいといふかひなくなさけなくさまあし き人なれとひたおもむきにふた心なきをみれは心やすくて年ころをもすくしつ る也おりふしの心はえのかやうにあい行なくようゐなき事こそにくけれなけか しくうらめしきこともなくかたみにうちいさかひても心にあはぬことをはあき らめつかむたちめみこたちにて宮ひかに心はつかしき人の御あたりといふとも 我かすならてはかひあらしよろつの事我身からなりけりと思へはよろつにかな しうこそみたてまつれいかにして人わらへならすしたてたてまつらむとかたら ふかみはいそきたちて女房なとこなたにめやすきあまたあなるをこの程はあら せ給へやかて帳なともあたらしくしたてられためる方を事にはかになりにため れはとりわたしとかくあらたむましとてにしのかたにきてたちゐとかくしつら ひさはくめやすきさまにさはらかにあたり〱有へきかきりしたる所をさかし らに屏風とももてきていふせきまてたてあつめてつしにかいなとあやしきまて しくはへて心をやりていそけは北のかたみくるしくみれとくちいれしといひて" }, { "vol": 50, "page": 1808, "text": "しかはたゝにみきく御かたは北おもてにいたり人の御心はみしりはてぬたゝお なしこなれはさりともいとかくは思はなち給はしとこそ思つれさはれ世にはゝ なき子はなくやはあるとてむすめをひるよりめのとゝふたりなてつくろひたて たれはにくけにもあらす十五六のほとにていとちいさやかにふくらかなる人の かみうつくしけにてこうちきの程なりすそいとふさやかなりこれをいとめてた しと思ひてなてつくろふなにか人のことさまに思かまへられける人をしもとお もへと人からのあたらしくかうさくに物し給ふ君なれは我も〱とむこにとら まほしくする人のおほかなるにとられなんもくちおしくてなんとかの中ひとに はかられていふもいとおこなりおとこ君もこの程のいかめしくおもふやうなる ことゝよろつのつみあるましう思てその夜もかへすきそめぬはゝ君御方のめの といとあさましくおもふひか〱しきやうなれはとかくみあつかふも心つきな けれは宮の北のかたの御もとに御ふみたてまつるその事と侍らてはなれ〱し くやとかしこまりてえ思給ふるまゝにもきこえさせぬをつゝしむへきこと侍て しはし所かへさせんとおもふ給るにいとしのひてさふらひぬへきかくれの方さ" }, { "vol": 50, "page": 1809, "text": "ふらはゝいとも〱うれしくなむかすならぬ身一のかけにかくれもあへすあは れなる事のみおほく侍る世なれはたのもしき方にはまつなんとうちなきつゝか きたるふみをあはれとはみ給けれとこ宮のさはかりゆるし給はてやみにし人を われひとりのこりてしりかたらはんもいとつゝましく又みくるしきさまにて世 にあふれんもしらすかほにてきかんこそ心くるしかるへけれことなる事なくて かたみにちりほはんもなき人の御ためにみくるしかるへきわさをおほしわつら ふたいふかもとにもいと心くるしけにいひやりたりけれはさるやうこそは侍ら め人にくゝはしたなくもなの給はせそかゝるをとりの物の人の御中にましり給 もよのつねの事なりなときこえてさらはかのにしのかたにかくろへたる所しい てゝいとむつかしけなめれとさてもすくい給つへくはしはしのほとゝいひつか はしついとうれしとおもほして人しれすいてたつ御方もかの御あたりをはむつ ひきこえまほしと思ふ心なれは中〱かゝる事とものいてきたるをうれしとお もふかみ少将のあつかひをいかはかりめてたき事をせんとおもふにそのきら 〱しかるへきこともしらぬ心にはたゝあらゝかなるあつまきぬともをおしま" }, { "vol": 50, "page": 1810, "text": "ろかしてなけいてつくい物も所せきまてなんはこひいてゝのゝしりけるけすな とはそれをいとかしこきなさけに思ひけれは君もいとあらまほしく心かしこく とりよりにけりと思けり北方このほとをみすてゝしらさらんもひかみたらむと おもひねんしてたゝするまゝにまかせてみゐたりまらうとの御ていさふらひと しつらひさはけは家はひろけれと源少納言ひむかしのたいにはすむをのこゝな とのおほかるに所もなし此御方にまらうとすみつきぬれはらうなとほとりはみ たらむにすませたてまつらむもあかすいとおしくおほえてとかく思ひめくらす ほと宮にとはおもふ成けりこの御方さまにかすまへ給ふ人のなきをあなつるな めりと思へはことにゆるい給はさりしあたりをあなかちにまいらすめのとわか き人〻二三人はかりして西のひさしの北によりてひとけとをきかたにつほねし たり年ころかくはかなかりつれとうとくおほすましき人なれはまいる時ははち 給はすいとあらまほしくけはひことにてわか君の御あつかひをしておはする御 有さまうらやましくおほゆるもあはれなり我もこ北のかたにははなれたてまつ るへき人かはつかふまつるといひしひかりにかすまへられたてまつらすくちお" }, { "vol": 50, "page": 1811, "text": "しくてかく人にはあなつらるゝとおもふにはかくしひてむつひきこゆるもあち きなしこゝには御物いみといひてけれは人もかよはす二三日はかりはゝ君もゐ たりこたみは心のとかに此みありさまをみる宮わたり給ゆかしくてものゝはさ まよりみれはいときよらにさくらをおりたるさまし給ひてわかたのもし人に思 てうらめしけれと心にはたかはしとおもふひたちのかみよりさまかたちも人の 程もこよなくみゆる五位四位ともあひひさまつきさふらひてこの事かのことゝ あたり〱のことゝもけいしともなと申又わかやかなる五位ともかほもしらぬ ともゝおほかりわかまゝこの式部のそうにてくら人なる内の御つかひにてまい れり御あたりにもえちかくまいらすこよなき人の御けはひをあはれこはなに人 そかゝる御あたりにおはするめてたさよゝそに思ふ時はめてたき人〻ときこゆ ともつらきめみせ給はゝと物うくおしはかりきこえさせつらんあさましさよこ の御有さまかたちをみれはたなはたはかりにてもかやうにみたてまつりかよは むはいといみしかるへきわさかなとおもふにわか君いたきてうつくしみおはす 女君みしかき木丁をへたてゝおはするをおしやりてものなときこえ給ふ御かた" }, { "vol": 50, "page": 1812, "text": "ちともいときよらにゝあひたりこ宮のさひしくおはせし御有さまを思ひくらふ るにみやたちときこゆれといとこよなきわさにこそありけれとおほゆ木丁のう ちにいり給ぬれはわか君はわかき人めのとなともてあそひきこゆ人〻まいりあ つまれとなやましとておほとのこもり暮しつ御たいこなたにまいるよろつのこ とけたかく心ことにみゆれはわかいみしきことをつくすとみおもへとなお〱 しき人のあたりはくちおしかりけりと思ひなりぬれはわかむすめもかやうにて さしならへたらむにはかたはならしかしいきおひをたのみてちゝぬしのきさき にもなしてんとおもひたる人〻おなしわかこなからけはひこよなきを思ふも猶 今よりのちも心はたかくつかふへかりけりと夜一よあらましかたりおもひつゝ けらる宮日たけておき給てきさいの宮例のなやましくし給へはまいるへしとて 御そうそくなとし給ておはすゆかしうおほえてのそけはうるはしくひきつくろ ひ給へるはたにる物なくけたかくあいきやうつきゝよらにてわか君をえみすて 給はてあそひおはす御かゆこはいゐなとまいりてそこなたよりいてたまふけさ よりまいりてさふらひのかたにやすらひける人〻いまそまいりて物なときこゆ" }, { "vol": 50, "page": 1813, "text": "るなかにきよけたちてなてうことなき人のすさましきかほしたるなをしきてた ちはきたるありおまへにてなにともみえぬをかれそこのひたちのかみのむこの 少将なはしめは御かたにとさためけるをかみのむすめをえてこそいたはられめ なといひてかしけたるめのわらはをもたるなゝりいさこの御あたりの人はかけ てもいはすかの君の方よりよくきくたよりのあるそなとをのかとちいふきくら むともしらて人のかくいふにつけてもむねつふれて少将をめやすき程とおもひ ける心もくちおしくけにことなる事なかるへかりけりと思ていとゝしくあなつ らはしく思なりぬわか君のはひいてゝみすのつまよりのそき給へるをうちみ給 てたちかへりよりおはしたり御心ちよろしくみえ給はゝやかてまかてなん猶く るしくし給はゝこよひはとのゐにそ今は一夜をへたつるもおほつかなきこそく るしけれとてしはしなくさめあそはしていて給ぬるさまの返〻みるとも〱あ くましくにほひやかにおかしけれは出給ぬるなこりさう〱しくそなかめらる ゝ女君の御まへにいてきていみしくめてたてまつれはゐ中ひたるとおほしてわ らひ給こうへのうせ給し程はいふかひなくをさなき御ほとにていかにならせた" }, { "vol": 50, "page": 1814, "text": "まはんとみたてまつる人もこ宮もおほしなけきしをこよなき御すくせのほとな りけれはさる山ふところのなかにもおひいてさせ給しにこそありけれくちおし くこひめ君のおはしまさすなりにたるこそあかぬ事なれなとうちなきつゝきこ ゆ君もうちなき給て世の中のうらめしく心ほそきおり〱も又かくなからふれ はすこしも思なくさめつへきおりもあるをいにしへたのみきこえけるかけとも にをくれたてまつりけるは中〱によのつねに思ひなされてみたてまつりしら すなりにけれはあるを猶この御事はつきせすいみしくこそ大将のよろつのこと に心のうつらぬよしをうれへつゝあさからぬ御心のさまをみるにつけてもいと こそくちおしけれとの給へは大将とのはさはかり世にためしなきまてみかとの かしつきおほしたなるに心おこりし給らむかしおはしまさましかは猶この事せ かれしもし給はさらましやなときこゆいさやゝうのものと人わらはれなる心ち せましも中〱にやあらましみはてぬにつけて心にくゝもある世にこそとおも へとかの君はいかなるにかあらむあやしきまて物わすれせすこ宮の御のちの世 をさへ思ひやりふかくうしろみありき給めるなと心うつくしうかたり給かのす" }, { "vol": 50, "page": 1815, "text": "きにし御かはりにたつねてみんとこのかすならぬ人をさへなんかの弁のあま君 にはの給ひけるさもやとおもふ給へよるへき事には侍らねと一もとゆへにこそ はとかたしけなけれとあはれになむ思ふ給へらるゝ御心ふかさなるなといふつ いてにこの君をもてわつらふことなく〱かたるこまかにはあらねと人もきゝ けりと思ふに少将のおもひあなつりけるさまなとほのめかしていのち侍らむか きりはなにか朝ゆふのなくさめくさにてみすくしつへしうちすて侍なんのちは おもはすなるさまにちりほひ侍らむかかなしさにあまになしてふかき山にやし すへてさるかたに世のなかを思たえて侍らましなとなん思ふ給へわひては思よ りはへるなといふけに心くるしき御有さまにこそはあなれとなにか人にあなつ らるゝ御有さまはかやうになりぬる人のさかにこそさりとてもたえぬわさなり けれはむけにそのかたに思をきて給へりし身たにかく心より外になからふれは まいていとあるましき御事也やつい給はんもいとおしけなる御さまにこそなと いとおとなひての給へはゝは君いとうれしと思たりねひにたるさまなれとよし なからぬさましてきよけなりいたくこえすきにたるなむひたち殿とはみえける" }, { "vol": 50, "page": 1816, "text": "こ宮のつらうなさけなくおほしはなちたりしにいとゝ人けなく人にもあなつら れ給とみ給れとかうきこえさせ御覧せらるゝにつけてなんいにしへのうさもな くさみ侍なと年ころの物かたりうきしまのあはれなりし事もきこえいつわか身 ひとつのとのみいひあはする人もなきつくは山の有さまもかくあきらめきこえ させていつもいとかくてさふらはまほしく思給へなり侍ぬれとかしこにはよか らぬあやしの物ともいかにたちさはきもとめ侍らんさすかに心あはたゝしく思 給へらるゝかゝる程の有さまに身をやつすは口おしき物になん侍けると身にも おもひしらるゝをこの君はたゝまかせきこえさせてしり侍らしなとかこちきこ えかくれはけにみくるしからてもあらなんとみ給かたちも心さまもえにくむま しうらうたけなりものはちもおとろ〱しからすさまようこめいたる物からか となからすちかくさふらふ人〻にもいとよくかくれてゐたまへり物なといひた るもむかしの人の御さまにあやしきまておほえたてまつりてそあるやかの人か たもとめ給人にみせたてまつらはやとうち思いて給おりしも大将殿まいり給と 人きこゆれは例の御き丁ひきつくろひて心つかひすこのまらうとのはゝ君いて" }, { "vol": 50, "page": 1817, "text": "みたてまつらんほのかにみたてまつりける人のいみしき物にきこゆめれと宮の 御有さまにはえならひ給はしといへは御前にさふらふ人〻いさやえこそきこえ さためねときこえあへりいか計ならん人か宮をはけちたてまつらむなといふほ とに今そ車よりおり給なるときく程かしかましきまてをひのゝしりてとみにも みえ給はすまたれ給ほとにあゆみいり給さまをみれはけにあなめてたおかしけ ともみえすなからそなまめかしうあてにきよけなるやすゝろにみえくるしう はつかしくてひたいかみなともひきつくろはれて心恥しけにようゐおほくきは もなきさまそし給へる内よりまいり給へるなるへし御せんとものけはひあまた してよへきさいの宮のなやみ給よしうけ給りてまいりたりしかは宮たちのさふ らひ給はさりしかはいとおしくみたてまつりて宮の御かはりにいまゝてさふら ひ侍つるけさもいとけたいしてまいらせ給へるをあいなう御あやまちにおしは かりきこえさせてなむときこえ給へはけにをろかならす思やりふかき御ようい になんとはかりいらへきこえ給ふ宮は内にとまり給ぬるをみをきてたゝならす おはしたるなめり例の物かたりいとなつかしけにきこえ給ふことにふれてたゝ" }, { "vol": 50, "page": 1818, "text": "いにしへのわすれかたく世の中の物うくなりまさるよしをあらはにはいひなさ てかすめうれへ給さしもいかてかよをへて心にはなれすのみはあらむ猶あさか らすいひそめてし事のすちなれはなこりなからしとにやなとみなし給へと人の 御けしきはしるき物なれはみもてゆくまゝにあはれなる御心さまをいは木なら ねはおもほしゝるうらみきこえ給ふ事もおほかれはいとわりなくうちなけきて かゝる御心をやむるみそきをせさせたてまつらまほしくおもほすにやあらんか の人かたの給いてゝいとしのひてこのわたりになんとほのめかしきこえたまふ をかれもなへての心ちはせすゆかしくなりにたれとうちつけにふとうつらむ心 地はたせすいてやその本そんねかひみてたまふへくはこそたうとからめ時〻心 やましくは中〱山水もにこりぬへくとの給へははて〱はうたての御ひしり 心やとほのかにわらひ給ふもおかしうきこゆいてさらはつたへはてさせ給へか しこの御のかれこと葉こそおもひいつれはゆゝしくとの給てもまたなみたくみ ぬ みし人のかたしろならは身にそへて恋しきせゝのなて物にせむと例のたは" }, { "vol": 50, "page": 1819, "text": "ふれにいひなしてまきらはしたまふ みそき川せゝにいたさんなて物を身にそふ影とたれかたのまんひくてあま たにとかやいとおしくそ侍やとのたまへはつゐによるせはさらなりやいとうれ たきやうなる水のあわにもあらそひ侍かなかきなかさるゝなて物はいてまこと そかしいかてなくさむへきことそなといひつゝくらうなるもうるさけれはかり そめにものしたる人もあやしくと思らむもつゝましきをこよひはなをとく返給 ねとこしらへやり給さらはそのまらうとにかゝる心のねかひ年へぬるをうちつ けになとあさう思なすましうのたまはせしらせ給てはしたなけなるましうはこ そいとうゐ〱しうならひにて侍る身はなに事もおこかましきまてなんとかた らひきこえをきていて給ぬるにこのはゝ君いとめてたくおもふやうなるさまか なとめてゝめのとゆくりかに思よりてたひ〱いひしことをあるましきことに いひしかとこの御ありさまをみるにはあまのかはをわたりてもかゝるひこほし の光をこそまちつけさせめ我むすめはなのめならん人にみせんはおしけなるさ まをえひすめきたる人をのみみならひて少将をかしこき物に思けるをくやしき" }, { "vol": 50, "page": 1820, "text": "まて思なりにけりよりゐ給へりつるまきはしらもしとねもなこりにほへるうつ りかいへはいとことさらめきたるまてありかたし時〻みたてまつる人たにたひ ことにめてきこゆ経なとをよみてくとくのすくれたる事あめるにもかのかうは しきをやんことなきことに仏の給をきけるもことはりなりややく王品なとにと りわきてのたまへる五つ千たんとかやおとろ〱しき物のなゝれとまつかのと のゝちかくふるまひ給へは仏はまことし給けりとこそおほゆれをさなくおはし けるよりおこなひもいみしくし給けれはよなといふもありまたさきの世こそゆ かしき御有さまなれなとくち〱めつる事ともをすゝろにゑみてきゝゐたり君 はしのひての給つることをほのめかしの給ふ思そめつることしうねきまてかろ 〱しからすものし給めるをけにたゝ今の有さまなとを思はわつらはしき心地 すへけれとかのよをそむきてもなと思より給らんもおなしことにおもひなして 心み給へかしとの給へはつらきめみせす人にあなつられしの心にてこそ鳥のね きこえさらんすまゐまて思給へをきつれけに人の御有さまけはひをみたてまつ り思給ふるはしもつかへのほとなとにてもかゝる人の御あたりになれきこえん" }, { "vol": 50, "page": 1821, "text": "はかひありぬへしまいてわかき人は心つけたてまつりぬへく侍めれと数ならぬ 身に物おもふたねをやいとゝまかせてみ侍らんたかきもみしかきも女といふも のはかゝるすちにてこそこのよのちの世まてくるしき身になり侍なれと思給へ はへれはなむいとおしく思給へ侍それもたゝ御心になんともかくもおほしすて す物せさせ給へときこゆれはいとわつらはしくなりていさやきしかたの心ふか さにうちとけてゆくさきのありさまはしりかたきをとうちなけきてことに物も の給はすなりぬあけぬれは車なとゐてきてかみのせうそこなといとはらたゝし けにをひやかしたれはかたしけなくよろつにたのみきこえさせてなん猶しはし かくさせ給ていはほの中にともいかにとも思給へめくらし侍ほとかすに侍らす ともおもほしはなたすなにことをもをしへさせ給へなときこえをきてこの御方 もいと心ほそくならはぬ心ちにたちはなれんを思へといまめかしくおかしくみ ゆるあたりにしはしもみなれたてまつらむとおもへはさすかにうれしくもおほ えけり車ひきいつるほとのすこしあかうなりぬるに宮内よりまかて給わか君お ほつかなくおほえ給けれはしのひたるさまにてくるまなとも例ならておはしま" }, { "vol": 50, "page": 1822, "text": "すにさしあひておしとゝめてたてたれはらうに御車よせており給ふなその車そ くらきほとにいそきいつるはとめとゝめさせ給かやうにてそしのひたる所には いつるかしと御心ならひにおほしよるもむくつけしひたちとのゝまかてさせ給 と申すわかやかなる御せんともとのこそあさやかなれとわらひあへるを聞もけ にこよなの身のほとやとかなしくおもふたゝこの御かたのことを思ゆへにそを のれも人〻しくならまほしくおほえけるましてさうしみをなを〱しくやつし てみむことはいみしくあたらしうおもひなりぬ宮いり給てひたち殿といふ人や こゝにかよはしたまふ心ある朝ほらけにいそきいてつる車そひなとこそことさ らめきてみえつれなと猶おほしうたかひてのたまふきゝにくゝかたはらいたし とおほしてたいふなとかわかくてのころともたちにてありける人はことにいま めかしうもみえさめるをゆへ〱しけにもの給なすかな人のきゝとかめつへき 事をのみつねにとりない給こそなき名はたてゝとうちそむき給ふもらうたけに おかし明るもしらすおほとのこもりたるに人〻あまたまいり給へはしん殿にわ たり給ぬきさいの宮はこと〱しき御なやみにもあらてをこたり給にけれは心" }, { "vol": 50, "page": 1823, "text": "ちよけにて右大とのゝ君たちなとこうちゐんふたきなとしつゝあそひたまふ夕 つかた宮こなたにわたらせ給へれは女君は御ゆするの程なりけりひと〱もを の〱うちやすみなとして御前には人もなしちいさきわらはのあるしておりあ しき御ゆするのほとこそみくるしかめれさう〱しくてやなかめんときこえ給 へはけにおはしまさぬひま〱にこそれいはすませあやしうひころも物うから せ給てけふすきはこの月は日もなし九十月はいかてかはとてつかまつらせつる をとたいふいとおしかるわか君もねたまへりけれはそなたにこれかれあるほと に宮はたゝすみありき給てにしの方に例ならぬわらはのみえつるをいまゝいり たるかなとおほしてさしのそきたまふなかのほとなるさうしのほそめにあきた るよりみ給へはさうしのあなたに一尺はかりひきさけて屏風たてたりそのつま に木丁すにそへてたてたりかたひらひとへをうちかけてしをん色の花やかなる にをみなへしのをり物とみゆるかさなりて袖口さしいてたり屏風のひとひらた ゝまれたるより心にもあらてみゆるなめりいまゝいりのくちおしからぬなめり とおほしてこのひさしにかよふさうしをいとみそかにおしあけ給てやをらあゆ" }, { "vol": 50, "page": 1824, "text": "みより給も人しらすこなたのらうの中のつほせんさいのいとおかしう色〻にさ きみたれたるにやり水のわたりいしたかきほといとおかしけれははしちかくそ ひふしてなかむる成けりあきたるさうしを今すこしおしあけて屏風のつまより のそき給に宮とは思ひもかけす例こなたにきなれたる人にやあらんと思ておき あかりたるやうたいいとおかしうみゆるにれいの御心はすくし給はてきぬのす そをとらへ給てこなたのさうしはひきたて給て屏風のはさまにゐたまひぬあや しとおもひてあふきをさしかくしてみ返たるさまいとおかしあふきをもたせな からとらへたまひてたれそ名のりこそゆかしけれとの給にむくつけくなりぬさ るものゝつらにかほをほかさまにもてかくしていといたうしのひ給へれはこの たゝならすほのめかし給ふらん大将にやかうはしきけはひなとも思わたさるゝ にいとはつかしくせんかたなしめのと人けの例ならぬをあやしと思てあなたな る屏風をおしあけてきたりこれはいかなることにか侍らんあやしきわさにも侍 るなときこゆれとはゝかり給へきことにもあらすかくうちつけなる御しわさな れとことの葉おほかる本上なれはなにやかやとの給ふに暮はてぬれとたれとき" }, { "vol": 50, "page": 1825, "text": "かさらむほとはゆるさしとてなれ〱しくふし給に宮なりけりとおもひはつる にめのといはん方なくあきれてゐたりおほとなあふらはとうろにていまわたら せ給なんと人〻いふなりおまへならぬかたのみかうしともそおろすなるこなた ははなれたるかたにしなしてたかきたなつし一よろひたて屏風のふくろにいれ こめたる所〻によせかけなにかのあらゝかなるさまにしはなちたりかく人の ものし給へはとてかよふみちのさうしひとまはかりそあけたるを右近とてたい ふかむすめのさふらふきてかうしおろしてこゝによりくなりあなくらやまたお ほとなふらもまいらさりけりみかうしをくるしきにいそきまいりてやみにまと ふよとてひきあくるに宮もなまくるしときゝ給ふめのとはたいとくるしと思ひ て物つゝみせすはやりかにをそき人にてものきこえ侍らんこゝにいとあやしき ことの侍にこうしてなんえうこき侍らてなむなに事そとてさくりよるにうちき すかたなるおとこのいとかうはしくてそひふし給へるを例のけしからぬ御さま と思ひよりにけり女の心あはせたまふましきことゝおしはからるれはけにいと みくるしき事にも侍かな右近はいかにかきこえさせんいまゝいりて御せんにこ" }, { "vol": 50, "page": 1826, "text": "そはしのひてきこえさせめとてたつをあさましくかたわにたれも〱おもへと 宮はおち給はすあさましきまてあてにおかしき人かな猶なに人ならん右近かい ひつるけしきもいとおしなへてのいまゝいりにはあらさめり心えかたくおほさ れてといひかくいひうらみ給ふ心つきなけにけしきはみてもゝてなさねとたゝ いみしうしぬはかりおもへるかいとおしけれはなさけありてこしらへ給ふ右近 うへにしか〱こそおはしませいとおしくいかにおもふらんときこゆれは例の 心うき御さまかなかのはゝもいかにあは〱しくけしからぬさまに思給はんと すらむうしろやすくと返〻いひをきつる物をといとおしくおほせといかゝきこ えむさふらふ人〻もすこしわかやかによろしきはみすて給ふなくあやしき人の 御くせなれはいかゝはおもひより給けんとあさましきに物もいはれたまはす上 達部あまたまいり給ふ日にてあそひたはふれてはれいもかゝる時はをそくもわ たり給へはみなうちとけてやすみ給そかしさてもいかにすへきことそかのめの とこそおそましかりけれつとそひゐてまもりたてまつりひきもかなくりたてま つりつへくこそ思ひたりつれと少将とふたりしていとおしかる程に内より人ま" }, { "vol": 50, "page": 1827, "text": "いりて大宮この夕くれより御むねなやませ給ふをたゝ今いみしくおもくなやま せたまふよし申さす右近心なきおりの御なやみかなきこえさせんとてたつ少将 いてや今はかひなくもあへい事をおこかましくあまりなおひやかしきこえ給そ といへはいなまたしかるへしとしのひてさゝめきかはすをうへはいときゝにく き人の御本上にこそあめれすこし心あらん人は我あたりをさへうとみぬへかめ りとおほすまいりて御つかひの申すよりも今すこしあはたゝしけに申なせはう こき給へきさまにもあらぬ御けしきにたれかまいりたる例のおとろ〱しくを ひやかすとのたまはすれは宮のさふらひにたいらのしけつねとなんなのり侍つ るときこゆいて給はん事のいとわりなくゝちおしきに人めもおほされぬに右近 たちいてゝこの御つかひをにしおもてにてといへは申つきつる人もよりきて中 つかさの宮まいらせ給ぬ大夫はたゝ今なんまいりつるみちに御車ひきいつるみ 侍つと申せはけににはかに時〻なやみたまふおり〱もあるをとおほすに人の おほすらん事もはしたなくなりていみしうゝらみちきりをきていて給ひぬおそ ろしき夢のさめたる心ちしてあせにおしひたしてふし給へりめのとうちあふき" }, { "vol": 50, "page": 1828, "text": "なとしてかゝる御すまゐはよろつにつけてつゝましうひんなかりけりかくおは しましそめてさらによきこと侍らしあなおそろしやかきりなき人ときこゆとも 安からぬ御有さまはいとあちきなかるへしよそのさしはなれたらん人にこそよ しともあしともおほえられ給はめ人きゝもかたはらいたきことゝ思給へてかま のさうをいたしてつとみたてまつりつれはいとむくつけくけす〱しき女とお ほしててをいといたくつませ給つるこそなを人のけさうたちていとおかしくも おほえ侍つれかのとのにはけふもいみしくいさかひ給けりたゝひと所の御うへ をみあつかひ給ふとて我〱こともをはおほしすてたりまらうとのおはする程 の御たひゐみくるしとあら〱しきまてそきこえ給ひけるしも人さへきゝいと おしかりけりすへてこの少将の君そいとあい行なくおほえ給このみこと侍らさ らましかはうち〱やすからすむつかしきことはおりおり侍ともなたらかにと しころのまゝにておはしますへき物をなとうちなけきつゝいふ君はたゝいまは ともかくも思ひめくらされすたゝいみしくはしたなくみしらぬめをみつるにそ へてもいかにおほすらんとおもふにわひしけれはうつふしふしてなき給ふいと" }, { "vol": 50, "page": 1829, "text": "くるしとみあつかひてなにかかくおほすはゝをはせぬ人こそたつきなうかなし かるへけれよそのおほえはちゝなき人はいとくちおしけれとさかなきまゝはゝ ににくまれんよりはこれはいとやすしともかくもしたてまつり給てんなおほし くんせそさりともはつせの観音おはしませはあはれと思きこえ給らんならはぬ 御身にたひ〱しきりてまて給事は人のかくあなつりさまにのみおもひきこえ たるをかくもありけりと思ふはかりの御さいはひおはしませとこそねんし侍れ あか君は人わらはれにてはやみ給なむやとよをやすけにいひゐたり宮はいそき ていて給なりうちゝかき方にやあらんこなたの御かとより出給へはものゝ給御 こゑもきこゆいとあてにかきりもなくきこえて心はへあるふる事なとうちすし 給てすき給ふほとすゝろにわつらはしくおほゆうつしむまともひきいたしてと のゐにさふらふ人十人はかりしてまいり給ふうへいとおしくうたて思ふらんと てしらすかほにて大宮なやみ給ふとてまいり給ぬれはこよひはいて給はしゆす るのなこりにや心ちもなやましくておきゐ侍るをわたり給へつれ〱にもおほ さるらんときこえたまへりみたり心ちのいとくるしう侍をためらひてとめのと" }, { "vol": 50, "page": 1830, "text": "してきこえ給いかなる御心ちそと返とふらひきこえ給へはなに心ちともおほえ 侍らすたゝいとくるしく侍ときこえ給へは少将右近めましろきをしてかたはら そいたくおはすらむといふもたゝなるよりはいとおしいとくちおしう心くるし きわさかな大将の心とゝめたるさまにのたまふめりしをいかにあは〱しく思 ひおとさむかくみたりかはしくおはする人はきゝにくゝしちならぬことをもく ねりいひまたまことにすこし思はすならむことをもさすかにみゆるしつへうこ そおはすめれこの君はいはてうしと思はんこといとはつかしけに心ふかきをあ いなく思ふ事そひぬる人のうへなめりとしころみすしらさりつる人のうへなれ と心はえかたちをみれはえ思はなるましうらうたく心くるしきに世の中はあり かたくむつかしけなる物かな我身の有さまはあかぬ事おほかる心地すれとかく 物はかなきめもみつへかりける身のさはゝふれすなりにけるにこそけにめやす きなりけれ今はたゝこのにくき心そひ給へる人のなたらかにておもひはなれな はさらになにことも思いれすなりなんとおもほすいとおほかる御くしなれはと みにもえほしやらすおきゐ給へるもくるしゝろき御そ一かさねはかりにておは" }, { "vol": 50, "page": 1831, "text": "するほそやかにておかしけなりこの君はまことに心ちもあしくなりにたれとめ のといとかたはらいたしことしもありかほにおほすらむをたゝおほとかにてみ えたてまつり給へ右近の君なとにはことの有さまはしめよりかたり侍らんとせ めてそゝのかしたてゝこなたのさうしのもとにて右近の君に物きこえさせんと いへはたちていてたれはいとあやしく侍つる事のなこりに身もあつうなり給て まめやかにくるしけにみえさせ給ふをいとおしくみ侍御前にてなくさめきこえ させ給へとてなんあやまちもおはせぬ身をいとつゝましけにおもほしわひため るもいさゝかにても世をしり給へる人こそあれいかてかはとことはりにいとお しくみたてまつるとてひきおこしてまいらせたてまつる我にもあらす人の思ふ らむこともはつかしけれといとやはらかにおほときすき給へる君にておしいて られてゐたまへりひたいかみなとのいたうぬれたるもてかくして火のかたにそ むき給へるさまうへをたくひなくみたてまつるにけをとるともみえすあてにお かしこれにおほしつきなはめさましけなることはありなんかしいとかゝらぬを たにめつらしき人をかしうしたまふ御心をとふたりはかりそをまへにてえはち" }, { "vol": 50, "page": 1832, "text": "給はねはみゐたりける物かたりいとなつかしくし給て例ならすつゝましき所な とな思なし給そこひめ君のおはせすなりにし後わするゝよなくいみしく身もう らめしくたくひなきこゝちしてすくすにいとよく思よそへられ給ふ御さまをみ れはなくさむ心ちしてあはれになむ思人もなき身にむかしの御心さしのやうに おもほさはいとうれしくなんなとかたらひたまへといと物つゝましくてまたひ なひたる心にいらへきこえん事もなくてとしころいとはるかにのみ思きこえさ せしにかうみたてまつり侍はなにこともなくさむ心ちし侍てなんとはかりいと わかひたるこゑにていふゑなととりいてさせて右近にこと葉よませてみ給ふに むかひてものはちもえしあへ給はす心にいれてみ給へるほかけさらにこゝとみ ゆる所なくこまかにおかしけなりひたいつきまみのかほりたる心ちしていとお ほとかなるあてさはたゝそれとのみ思いてらるれはゑはことにめもとゝめ給は ていとあはれなる人のかたちかないかてかうしもありけるにかあらんこ宮にい とよくにたてまつりたるなめりかしこひめ君はみやの御方さまに我はゝはうへ ににたてまつりたるとこそはふる人ともいふなりしかけにゝたる人はいみしき" }, { "vol": 50, "page": 1833, "text": "物なりけりとおほしくらふるに涙くみてみ給かれはかきりなくあてにけたかき ものからなつかしうなよゝかにかたはなるまてなよ〱とたはみたるさまのし 給へりしにこそこれはまたもてなしのうい〱しけによろつのことをつゝまし うのみ思ひたるけにや見所おほかるなまめかしさそをとりたるゆへゆへしきけ はひたにもてつけたらは大将のみ給はんにもさらにかたはなるましなとこのか み心におもひあつかはれ給ふものかたりなとし給てあか月かたになりてそねた まふかたはらにふせ給てこ宮の御事ともとし比おはせし御有さまなとまほなら ねとかたり給いとゆかしうみたてまつらすなりにけるをいとくちおしうかなし と思たりよへの心しりの人〻はいかなりつらんないとらうたけなる御さまをい みしうおほすともかひ有へきことかはいとおしといへは右近そさもあらしかの 御めのとのひきすへてすゝろにかたりうれへしけしきもてはなれてそいひし宮 もあひてもあはぬやうなる心はえにこそうちうそふきくちすさひ給しかいさや ことさらにもやあらんそはしらすかしよへのほかけのいとおほとかなりしもこ とありかほにはみえたまはさりしをなとうちさゝめきていとおしかるめのと車" }, { "vol": 50, "page": 1834, "text": "こひてひたちとのへいぬ北の方にかう〱といへはむねつふれさはきて人もけ しからぬさまにいひ思らむさうしみもいかゝおほすへきかゝるすちの物にくみ はあて人もなきものなりとをのか心ならひにあはたゝしく思ひなりて夕つかた まいりぬ宮おはしまさねは心やすくてあやしく心をさなけなる人をまいらせを きてうしろやすくはたのみきこえさせなからいたちの侍らむやうなる心ちのし 侍れはよからぬものともににくみうらみられ侍ときこゆいとさいふはかりのを さなさにはあらさめるをうしろめたけにけしきはみたる御まかけこそわつらは しけれとてわらひ給へるか心はつかしけなる御まみをみるも心のおにゝはつか しくそおほゆるいかにおほすらんとおもへはえもうちいてきこえすかくてさふ らひ給はゝとしころのねかひのみつ心ちして人のもりきゝ侍らむもめやすくお もたゝしき事になん思給ふるをさすかにつゝましき事になん侍けるふかき山の ほいはみさほになん侍へきをとてうちなくもいと〱おしくてこゝにはなに事 かうしろめたくおほえ給ふへきとてもかくてもうと〱しく思はなちきこえは こそあらめけしからすたちてよからぬ人の時〻ものし給めれとその心をみな人" }, { "vol": 50, "page": 1835, "text": "みしりためれは心つかひしてひんなうはもてなしきこえしと思ふをいかにおし はかり給ふにかとのたまふさらに御心をはへたてありても思きこえさせ侍らす かたはらいたうゆるしなかりしすちはなにゝかかけてもきこえさせ侍らんその かたならておもほしはなつましきつなも侍をなんとらへ所にたのみきこえさす るなとをろかならすきこえてあすあさてかたきものいみに侍をおほそうならぬ 所にてすくして又もまいらせ侍らむときこえていさなふいとおしくほいなきわ さかなとおほせとえとゝめたまはすあさましうかたはなることにおとろきさは きたれはおさ〱物もきこえていてぬかやうのかたゝかへ所と思てちいさきい ゑまうけたりけり三条わたりにされはみたるかまたつくりさしたる所なれはは か〱しきしつらひもせてなんありけるあはれこの御身ひとつをよろつにもて なやみきこゆるかな心にかなはぬ世にはありふましき物にこそありけれみつか らはかりはたゝひたふるにしな〱しからす人けなうたゝさるかたにはひこも りてすくしつへしこのゆかりは心うしと思ひきこえしあたりをむつひきこゆる にひんなきこともいてきなはいと人わらへなるへしあちきなしことやうなりと" }, { "vol": 50, "page": 1836, "text": "もこゝを人にもしらせすしのひておはせよをのつからともかくもつかふまつり てんといひをきてみつからはかへりなんとす君はうちなきて世にあらんこと所 せけなる身と思くし給へるさまいとあはれなりおやはたましてあたらしくおし けれはつゝかなくておもふことみなさむと思さるかたはらいたきことにつけて 人にもあは〱しく思はれいはれんかやすからぬなりけり心ちなくなとはあら ぬ人のなまはらたちやすく思のまゝにそすこしありけるかのいゑにもかくろへ てはすへたりぬへけれとしかかくろへたらむをいとおしとおもひてかくあつか ふにとしころかたはらさらす明くれみならひてかたみに心ほそくわりなしと思 へりこゝは又かくあはれてあやうけなる所なめりさる心し給へさうし〱にあ るものともめしいてゝつかひたまへとのゐ人のことなといひをきて侍もいとう しろめたけれとかしこにはらたちうらみらるゝかいとくるしけれはとうちなき てかへる少将のあつかひをかみは又なきものにおもひいそきてもろ心にさまあ しくいとなますとゑんする也けりいと心うくこの人によりかゝるまきれともゝ あるそかしと又なく思ふかたの事のかゝれはつらく心うくておさ〱みいれす" }, { "vol": 50, "page": 1837, "text": "かの宮の御まへにていと人気なくみえしにおほくおもひおとしてけれはわたく し物に思かしつかましをなとおもひし事はやみにたりこゝにてはいかゝみゆら むまたうちとけたるさまみぬにと思てのとかにゐ給へるひるつかたこなたにわ たりて物よりのそくしろきあやのなつかしけなるにいまやう色のうちめなとも きよらなるをきてはしのかたにせんさいみるとていたるはいつこかはおとるい ときよけなめるはとみゆむすめまたかたなりになにこゝろもなきさまにてそひ ふしたり宮のうへのならひておはせし御さまともの思いつれはくちおしのさま ともやとみゆまへなるこたちに物なといひたはふれてうちとけたるはいとみし やうににほひなく人わろけにてみえぬをかの宮なりしはこと少将なりけりと思 おりしもいふことよ兵部卿の宮の萩のなをことにおもしろくもあるかないかて さるたねありけんおなし枝さしなとのいとえんなるこそ一日まいりていて給ほ となりしかはえおらすなりにきことたにおしきと宮のうちすし給へりしをわか き人たちにみせたらましかはとて我もうたよみゐたりいてや心はせの程をおも へは人ともおほえすいてきえはいとこよなかりけるになに事いひたるそとつ" }, { "vol": 50, "page": 1838, "text": "ふやかるれといと心ちなけなるさまはさすかにしたらねはいかゝいふとて心み に しめゆひしこ萩かうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉そとあるにお しくおほえて 宮き野のこはきかもとゝしらませは露も心をわかすそあらましいかてみつ からきこえさせあきらめむといひたりこ宮の御こときゝたるなめりと思ふにい とゝいかて人とひとしくとのみおもひあつかはるあいなう大将とのゝ御さまか たちそ恋しう面かけにみゆるおなしうめてたしとみたてまつりしかと宮は思ひ はなれ給て心もとまらすあなつりておしいりたまへりけるを思ふもねたしこの 君はさすかにたつねおほす心はへのありなからうちつけにもいひかけ給はすつ れなしかほなるしもこそいたけれよろつにつけて思はてらるれはわかき人はま してかくや思はてきこえ給ふらん我ものにせんとかくにくき人を思けむこそみ くるしきことなへかりけれなとたゝ心にかゝりてなかめのみせられてとてやか くてやとよろつによからむあらましことを思つゝくるにいとかたしやむことな" }, { "vol": 50, "page": 1839, "text": "き御身のほと御もてなしみたてまつり給へらむ人は今すこしなのめならすいか はかりにてかは心をとゝめ給はん世の人の有さまをみ聞にをとりまさりいやし うあてなるしなにしたかひてかたちも心もあるへきものなりけり我こともをみ るにこの君にゝるへきやはある少将をこのいゑのうちに又なきものにおもへと も宮にみくらへたてまつりしはいともくちおしかりしにおしはからるたう代の 御かしつきむすめをえたてまつり給へらむ人の御めうつしにはいとも〱はつ かしくつゝましかるへきものかなと思ふにすゝろに心ちもあくかれにけりたひ のやとりはつれ〱にて庭の草もいふせき心ちするにいやしきあつまこゑした るものともはかりのみいていりなくさめにみるへきせんさいの花もなしうちあ はれてはれ〱しからて明しくらすに宮のうへの御有さま思いつるにわかい心 ちに恋しかりけりあやにくたち給へりし人の御けはひもさすかに思いてられて なに事にかありけむいとおほくあはれけにの給しかななこりおかしかりし御う つり香もまたのこりたる心ちしておそろしかりしも思いてらるはゝ君たつやと いとあはれなるふみをかきておこせ給をろかならす心くるしう思あつかひ給ふ" }, { "vol": 50, "page": 1840, "text": "めるにかひなうもてあつかはれたてまつることゝうちなかれていかにつれ〱 にみならはぬ心ちし給ふらんしはししのひすくしたまへとある返ことにつれ 〱はなにか心やすくてなむ ひたふるにうれしからまし世の中にあらぬ所と思はましかはとおさなけに いひたるをみるまゝにほろ〱とうちなきてかうまとはしはふるゝやうにもて なすことゝいみしけれは 浮世にはあらぬ所をもとめても君かさかりをみるよしもかなとなを〱し き事ともをいひかはしてなん心のへけるかの大将殿は例の秋ふかくなりゆく比 ならひにしことなれはねさめ〱にものわすれせすあはれにのみおほえ給けれ はうちのみたうつくりはてつときゝ給ふに身つからおはしましたりひさしうみ 給はさりつるに山のもみちもめつらしうおほゆこほちし心殿こたみはいとはれ 〱しうつくりなしたりむかしいとことそきてひしりたち給へりしすまゐを思 ひ出るにこの宮も恋しうおほえ給てさまかへてけるもくちおしきまてつねより もなかめ給ふもとありし御しつらひはいとたうとけにていまかたつかたを女し" }, { "vol": 50, "page": 1841, "text": "くこまやかになと一かたならさりしをあしろ屏風なにかのあら〱しきなとは かの御堂の僧坊のくにことさらになさせ給へり山里めきたるくともをことさら にせさせ給ていたうもことそかすいときよけにゆへ〱しくしつらはれたりや り水のほとりなるいはにゐたまひて たえはてぬし水になとかなき人のおも影をたにとゝめさりけん涙をのこひ て弁のあま君のかたにたちより給へれはいとかなしとみたてまつるにたゝひそ みにひそむなけしにかりそめにゐたまひてすたれのつまひきあけて物かたりし 給ふ木丁にかくろへてゐたりことのついてにかの人はさいつころ宮にときゝし をさすかにうゐ〱しくおほえてこそをとつれよらね猶これよりつたへはて給 へとのたまへはひとひかのはゝ君のふみ侍りきいみたかふとてこゝかしこにな んあくかれ給めるこのころもあやしきこいへにかくろへものし給めるも心くる しくすこしちかき程ならましかはそこにもわたして心やすかるへきをあらまし き山みちにたはやすくもえ思たゝてなんと侍しときこゆ人〻のかくおそろしく すめるみちにまろこそふりかたくわけくれなにはかりの契りにかと思はあはれ" }, { "vol": 50, "page": 1842, "text": "になんとてれいのなみたくみ給へりさらはその心やすからん所にせうそこした まへ身つからやはかしこにいて給はぬとの給へはおほせことをつたへ侍らんこ とは安し今さらに京をみ侍らんことは物うくて宮にたにえまいらぬをときこゆ なとてかともかくも人のきゝつたへはこそあらめあたこのひしりたに時にした かひてはいてすやはありけるふかきちきりをやふりて人のねかひをみて給はむ こそたうとからめとの給へは人わたすことも侍らぬにきゝにくき事もこそいて まうてくれとくるしけにおもひたれとなをよきおりなるをと例ならすしいてあ さてはかり車たてまつらんその旅の所たつねをき給へゆめおこかましうひかわ さすましきをとほゝゑみての給へはわつらはしくいかにおほす事ならんと思へ とあふなくあは〱しからぬ御心さまなれはをのつからわかためにも人きゝな とはつゝみ給ふらむと思てさらはうけ給はりぬちかき程にこそ御ふみなとをみ せさせ給へかしふりはへさかしらめきて心しらひのやうに思はれ侍らんも今さ らにいかたうめにやとつゝましくてなんときこゆ文はやすかるへきを人のもの いひいとうたてある物なれは右大将はひたちの守のむすめをなんよはふなるな" }, { "vol": 50, "page": 1843, "text": "ともとりなしてんをやそのかむのぬしいとあら〱しけなめりとの給へはうち わらひていとおしとおもふくらうなれは出給した草のおかしき花とも紅葉なと おらせ給て宮に御らむせさせ給ふかひなからすおはしぬへけれとかしこまりを きたるさまにていたうもなれきこえ給はすそあめるうちよりたゝのおやめきて 入道の宮にもきこえ給へはいとやむことなき方はかきりなく思きこえ給へりこ なたかなたとかしつききこえ給ふみやつかひにそへてむつかしきわたくしの心 のそひたるもくるしかりけりのたまひしまたつとめてむつましくおほすけらう さふらひひとりかほしらぬうしかひつくりいてゝつかはすさうのものとものゐ 中ひたるめしいてつゝつけよとの給ふかならすいつへくの給へりけれはいとつ ゝましくゝるしけれとうちけさうしつくろひてのりぬ野山のけしきをみるにつ けてもいにしへよりのふることゝも思いてられてなかめ暮してなんきつきける いとつれ〱に人めもみえぬ所なれはひきいれてかくなんまいりきつるとしる へのおとこしていはせたれはゝつせのともにありしわか人いてきておろすあや しき所をなかめくらしあかすにむかし語もしつへき人のきたれはうれしくてよ" }, { "vol": 50, "page": 1844, "text": "ひ入給ておやと聞えける人の御あたりの人と思にむつましきなるへしあはれに 人しれすみたてまつりし後よりは思ひいてきこえぬおりなけれと世中かはかり おもひ給へすてたる身にてかの宮にたにまいり侍らぬをこの大将とのゝあやし きまての給はせしかはおもふ給へおこしてなんときこゆ君もめのともめてたし とみをききこえてし人の御さまなれはわすれぬさまにの給ふらむもあはれなれ とにはかにかくおほしたはかるらんと思ひもよらすよひうちすくるほとにうち より人まいれりとて門しのひやかにうちたゝくさにやあらんとおもへと弁のあ けさせたれは車をそひきいるなるあやしと思ふにあま君にたいめんたまはらむ とてこのちかきみさうのあつかりのなのりをせさせ給へれはとくちにゐさりい てたり雨すこしうちそゝくに風はいとひやゝかにふきいりていひしらすかほり くれはかうなりけりとたれも〱心ときめきしぬへき御けはひおかしけれはよ ういもなくあやしきにまたおもひあへぬほとなれは心さはきていかなる事にか あらんといひあへり心やすき所にて月ころのおもひあまることもきこえさせん とてなむといはせ給へりいかにきこゆへきことにかと君はくるしけに思てゐ給" }, { "vol": 50, "page": 1845, "text": "へれはめのとみくるしかりてしかおはしましたらむをたちなからや返したてま つり給はんかの殿にこそかくなむとしのひてきこえめちかきほとなれはといふ うひ〱しくなとてかさはあらんわかき御とち物きこえ給はんはふとしもしみ つくへくもあらぬをあやしきまて心のとかにものふかうおはする君なれはよも 人のゆるしなくてうちとけ給はしなといふほとあめやゝふりくれは空はいとく らし殿ゐ人のあやしきこゑしたる夜行うちしてやかのたつみのすみのくつれい とあやうしこの人のみくるまいるへくはひきいれてみかとさしてよかゝる人の みとも人こそ心はうたてあれなといひあへるもむく〱しくきゝならはぬ心ち し給ふさのゝわたりにいゑもあらなくになとくちすさひてさとひたるすのこの はしつかたにゐ給へり さしとむるむくらやしけきあつまやのあまりほとふる雨そゝきかなとうち はらひ給へるをひ風いとかたはなるまてあつまのさと人もおとろきぬへしとさ まかうさまにきこえのかれんかたなけれはみなみのひさしにおましひきつくろ ひていれたてまつる心やすくしもたいめしたまはぬをこれかれおしいてたりや" }, { "vol": 50, "page": 1846, "text": "りとゝいふものさしていさゝかあけたれはひたのたくみもうらめしきへたてか なかゝるものゝとにはまたゐならはすとうれへ給ていかゝし給けんいり給ぬか の人かたのねかひものたまはてたゝおほえなきものゝはさまよりみしよりすゝ ろに恋しきことさるへきにやあらむあやしきまてそおもひきこゆるとそかたら ひ給ふへき人のさまいとらうたけにおほときたれはみをとりもせすいとあはれ とおほしけりほともなうあけぬる心ちするに鳥なとはなかておほちゝかきとこ ろにおほとれたるこゑしていかにとかきゝもしらぬなのりをしてうちむれてゆ くなとそきこゆるかやうの朝ほらけにみれはものいたゝきたるもののおにのや うなるそかしときゝ給ふもかゝるよもきのまろねにならひ給はぬ心ちもおかし くもありけりとのゐ人もかとあけて出るをとするをの〱いりてふしなとする を聞給て人めして車つまとによせさせ給ふかきいたきてのせたまひつたれも 〱あやしうあえなきことをおもひさはきて九月にもありけるをこゝろうのわ さやいかにしつることそとなけゝはあま君もいと〱おしく思の外なることゝ もなれとをのつからおほすやうあらんうしろめたうなおもひ給そなか月はあす" }, { "vol": 50, "page": 1847, "text": "こそせちふときゝしかといひなくさむけふは十三日なりけりあま君こたみはえ まいらし宮のうへきこしめさむこともあるに忍て行かへり侍らんもいとうたて なんときこゆれとまたきこのことをきかせたてまつらんも心はつかしくおほえ 給てそれは後にもつみさり申たまひてんかしこもしるへなくてはたつきなき所 をとせめての給ふ人ひとりや侍へきとの給へはこの君にそひたる侍従とのりぬ めのとあまきみのともなりしわらはなともをくれていとあやしき心ちしてゐた りちかきほとにやとおもへはう治へおはするなりけりうしなとひきかふへきこ ゝろまうけし給へりけりかはらすきほうさうしのわたりおはしますに夜は明は てぬわかき人はいとほのかにみたてまつりてめてきこえてすゝろにこひたてま つるに世の中のつゝましさもおほえす君そいとあさましきに物もおほえてうつ ふし〱たるをいしたかきわたりはくるしきものをとていたきたまへりうすも のゝほそなかをくるまのなかにひきへたてたれははなやかにさしいてたるあさ 日かけにあま君はいとはしたなくおほゆるにつけてこひめ君の御ともにこそか やうにてもみたてまつりつへかりしかありふれはおもひかけぬことをもみるか" }, { "vol": 50, "page": 1848, "text": "なとかなしうおほえてつゝむとすれとうちひそみつゝなくを侍従はいとにくゝ ものゝはしめにかたちことにてのりそひたるをたに思ふになそかくいやめなる とにくゝおこにも思ふ老たるものはすゝろになみたもろにあるものそとおろそ かにうちおもふなりけり君もみる人はにくからねと空のけしきにつけてもきし かたの恋しさまさりて山ふかく入まゝにも霧たちわたる心ちし給ふうちなかめ てよりゐ給へる袖のかさなりなからなかやかにいてたりけるか川きりにぬれて 御そのくれなゐなるに御なをしの花のおとろ〱しううつりたるをおとしかけ のたかき所にみつけてひきいれたまふ かたみそとみるにつけては朝露の所せきまてぬるゝ袖哉と心にもあらすひ とりこち給ふをきゝていとゝしほるはかりあま君の袖もなきぬらすをわかき人 あやしうみくるしきよかなこゝろ行みちにいとむつかしきことそひたる心ちす しのひかたけなるはなすゝりをきゝ給て我もしのひやかにうちかみていかゝ思 ふらんといとおしけれはあまたのとし比このみちをゆきかふたひかさなるをお もふにそこはかとなく物あはれなるかなすこしおきあかりてこの山の色もみた" }, { "vol": 50, "page": 1849, "text": "まへいとむもれたりやとしひてかきおこし給へはおかしきほとにさしかくして つゝましけにみいたしたるまみなとはいとよく思いてらるれとおいらかにあま りおほときすきたるそ心もとなかめるいといたうこめいたるものからようゐの あさからすものし給しはやと猶行方なきかなしさはむなしき空にもみちぬへか めりおはしつきてあはれなきたまややとりてみ給ふらんたれによりてかくすゝ ろにまとひありくものにもあらなくにとおもひつゝけ給ひておりてはすこし心 しらひて立さり給へり女ははゝ君のおもひ給はむことなといとなけかしけれと えんなるさまに心ふかくあはれにかたらひ給ふにおもひなくさめておりぬあま 君はことさらにおりてらうにそよするをわさとおもふへきすまひにもあらぬを ようゐこそあまりなれとみ給ふみさうより例の人〻さはかしきまてまいりあつ まるをんなの御たいはあま君の方よりまいるみちはしけかりつれとこの有さま はいとはれ〱し河のけしきも山の色ももてはやしたるつくりさまをみいたし て日ころのいふせさなくさみぬる心ちすれといかにもてない給はんとするにか とうきてあやしうおほゆ殿は京に御文かき給ふ也あはぬ仏の御かさりなとみ給" }, { "vol": 50, "page": 1850, "text": "へをきてけふよろしき日なりけれはいそきものし侍てみたり心ちのなやましき に物いみなりけるを思給へいてゝなんけふあすこゝにてつゝしみ侍へきなとは ゝ宮にもひめ宮にもきこえ給ふうちとけたる御有さま今少おかしくていりおは したるもはつかしけれともてかくすへくもあらてゐ給へり女の御さうそくなと 色〻にきよくとおもひてしかさねたれと少ゐ中ひたることもうちましりてそむ かしのいとなえはみたりし御すかたのあてになまめかしかりしのみ思いてられ てかみのすそのおかしけさなとはこま〱とあてなり宮の御くしのいみしくめ てたきにもをとるましかりけりとみ給ふかつはこの人をいかにもてなしてあら せむとすらんたゝ今もの〱しけにてかの宮にむかへすへんもをときゝひんな かるへしさりとてこれかれあるつらにておほそふにましらはせんはほいなから むしはしこゝにかくしてあらんと思ふもみすはさう〱しかるへくあはれにお ほえ給へはをろかならすかたらひくらし給ふこ宮の御ことものたまひいてゝむ かし物かたりおかしうこまやかにいひたはふれ給へとたゝいとつゝましけにて ひたみちにはちたるをさう〱しうおほすあやまりてもかう心もとなきはいと" }, { "vol": 50, "page": 1851, "text": "よしをしへつゝもみてんゐ中ひたるされこゝろもてつけてしな〱しからすは やりかならましはしもかたしろふようならましと思ひなをし給ふこゝにありけ るきむさうのことめしいてゝかゝることはたましてえせしかしとくちおしけれ はひとりしらへて宮うせ給て後こゝにてかゝるものにいと久しうてふれさりつ かしとめつらしく我なからおほえていとなつかしくまさくりつゝなかめ給ふに 月さし出ぬ宮の御琴のねのおとろ〱しくはあらていとおかしくあはれにひき 給しはやとおほしいてゝむかしたれも〱おはせしよにこゝにおひいてたまへ らましかは今すこしあはれはまさりなましみこの御有さまはよその人たにあは れに恋しくこそ思ひいてられ給へなとてさる所には年比へたまひしそとの給へ はいとはつかしくてしろきあふきをまさくりつゝそひふしたるかたはらめいと くまなうしろうてなまめいたるひたいかみのひまなといとよく思ひいてられて あはれなりまいてかやうのこともつきなからすをしへなさはやとおほしてこれ はすこしほのめかい給たりやあはれ我つまといふことはさりともてならし給け んなとゝひ給ふそのやまとことはたにつきなくならひにけれはましてこれはと" }, { "vol": 50, "page": 1852, "text": "いふいとかたはに心をくれたりとはみえすこゝにをきてえ思ふまゝにもこさら むことをおほすか今よりくるしきはなのめにはおほさぬなるへしことはおしや りて楚王のたいのうへの夜の琴の声とすんし給へるもかのゆみをのみひくあた りにならひていとめてたく思ふやうなりと侍従もきゝゐたりけりさるはあふき の色も心をきつへきねやのいにしへをはしらねはひとへにめてきこゆるそをく れたるなめるかしことこそあれあやしくもいひつるかなとおほすあま君の方よ りくた物まいれり箱のふたに紅葉つたなとおりしきてゆへ〱なからすとりま せてしきたるかみにふつゝかにかきたるものくまなき月にふとみゆれはめとゝ め給ふほとにくたものいそきにそみえける やとり木は色かはりぬる秋なれとむかしおほえてすめる月かなとふるめか しくかきたるをはつかしくもあはれにもおほされて 里の名もむかしなからにみし人のおもかはりせるねやの月影わさと返りこ とゝはなくてのたまふ侍従なむつたへけるとそ" }, { "vol": 51, "page": 1859, "text": "宮なをかのほのかなりしゆふへをおほしわするゝよなしこと〱しきほとには あるましけなりしを人からのまめやかにおかしうもありしかなといとあたなる 御こゝろはくちをしくてやみにしことゝねたうおほさるゝまゝに女きみをもか うはかなきことゆへあなかちにかゝるすちのものにくみしたまひけりおもはす にこゝろうしとはつかしめうらみきこえ給おり〱はいとくるしくてありのま ゝにやきこえてましとおほせとやむことなきさまにはもてなしたまはさなれと あさはかならぬかたにこゝろとゝめて人のかくしおき給へるひとをものいひさ かなくきこえいてたらんにもさてきゝすくし給へき御心さまにもあらさめりさ ふらふ人のなかにもはかなうものをものたまひふれむとおほしたちぬるかきり はあるましきさとまてたつねさせ給御さまよからぬほんしやうなるにさはかり 月日をへておほしゝむめるあたりはましてかならすみくるしきことゝりいてた まひてんほかよりつたへきゝ給はんはいかゝはせんいつかたさまにもいとをし くこそはありともふせくへき人の御心ありさまならねはよその人よりはきゝに くゝなとはかりそおほゆへきとてもかくてもわかをこたりにてはもてそこなは" }, { "vol": 51, "page": 1860, "text": "しとおもひかへし給つゝいとをしなからえきこえいてたまはすことさまにつき 〱しくはえいひなし給はねはをしこめてものゑんししたるよのつねのひとに なりてそおはしけるかの人はたとしへなくのとかにおほしをきてゝまちとをな りとおもふらんと心くるしうのみおもひやりたまひなからところせき身のほと をさるへきついてなくてかやすくかよひたまふへきみちならねは神のいさむる よりもわりなしされといまいとよくもてなさんとすやまさとのなくさめおもひ をきてしこゝろあるをすこし日かすもへぬへきことゝもつくりいてゝのとやか にゆきてもみむさてしはしはひとのしるましきすみところしてやう〱さるか たにかのこゝろをものとめをきわかためにも人のもときあるましくなのめにて こそよからめにはかになに人そいつよりなときゝとかめられむもゝのさわかし くはしめのこゝろにたかふへし又みやの御かたのきゝおほさんこともゝとのと ころをきは〱しくゐてはなれむかしをわすれかほならんいとほいなしなとお ほししつむるもれいのゝとけさすきたる心からなるへしわたすへきところおほ しまうけてしのひてそつくらせ給けるすこしいとまなきやうにもなりたれとみ" }, { "vol": 51, "page": 1861, "text": "やの御方にはなをたゆみなくこゝろよせつかうまつりたまふことをなしやうな りみたてまつる人もあやしきまて思へれとよの中をやう〱おほしゝり人のあ りさまをみたまふまゝにこれこそはまことにむかしをわすれぬこゝろなかさの なこりさへあさからぬためしなめれとあはれもすくなからすねひまさり給まゝ に人からもおほえもさまことにものし給へはみやの御こゝろのあまりたのもし けなきとき〱はおもはすなりけるすくせかなこひめきみのおほしをきてしま ゝにもあらてかくものおもはしかるへきかたにしもかゝりそめけんよとおほす おり〱おほくなんされとたいめんしたまふことはかたしとし月もあまりむか しをへたてゆきうち〱の御心をふかうしらぬ人はなを〱しきたゝ人こそさ はかりのゆかりたつねたるむつひをもわすれぬにつき〱しけれ中〱かうか きりあるほとにれいにたかひたるありさまもつゝましけれはみやのたえすおほ しうたかひたるにいよいよくるしうおほしはゝかり給てをのつからうときさま になりゆくをさりとてもたえすおなし心のかはりたまはぬなりけりみやもあた なる御ほん上こそみまうきふしもましれわかきみのいとうつくしうおよすけた" }, { "vol": 51, "page": 1862, "text": "まふまゝにほかにはかゝる人もいてくましきにやとやむことなきものにおほし てうちとけなつかしきかたには人にまさりてもてなしたまへはありしよりはす こしものおもひしつまりてすくしたまふむ月のついたちすきたるころわたり給 てわか君の御としまさりたまへるをもてあそひうつくしみたまふひるつかたち ひさきわらはみとりのうすやうなるつゝみふみのおほきやかなるにちゐさきひ けこをこまつにつけたるまたすく〱しきたてふみとりそへてあふなくはしり まいる女君にたてまつれはみやそれはいつくよりそとのたまふうちより大夫の おとゝにとてもてわつらひ侍つるをれいの御前にてそこらむせんとてとり侍ぬ るといふもいとあはたゝしきけしきにてこのこはかねをつくりていろとりたる こなりけりまつもいとよくにてつくりたるえたそとよとゑみていひつゝくれは みやもわらひ給ていてわれももてはやしてんとめすを女君いとかたはらいたく おほしてふみは大夫かりやれとのたまふ御かほのあかみたれはみや大将のさり けなくしなしたるふみにや宇治のなのりもつき〱しとおほしよりてこのふみ をとりたまひつさすかにそれならんときにとおほすにいとまはゆけれはあけて" }, { "vol": 51, "page": 1863, "text": "みんよゑむしやしたまはんとするとの給へはみくるしうなにかはその女とちか きかよはしたらんうちとけふみを御覧せんとのたまふかさはかぬけしきなれは されはみんよ女のふみかきはいかゝあるとてあけたまへれはいとわかやかなる てにておほつかなくてとしもくれ侍にける山さとのいふせさこそみねのかすみ もたえまなくてとてはしにこれはわか宮のこせんにあやしう侍めれとゝかきた りことにらう〱しきふしもみえねとおほえなきを御めたてゝこのたてふみを みたまへはけに女のてにてとしあらたまりてなにことかさふらふ御わたくしに もいかにたのもしき御よろこひおほく侍らんこゝにはいとめてたき御すまひの こゝろふかさをなをふさはしからすみたてまつるかくてのみつく〱となかめ させ給よりはとき〱はわたりまいらせたまひて御こゝろもなくさめさせ給へ とおもひ侍につゝましくおそろしきものにおほしとりてなんものうきことにな けかせたまふめるわか宮のをまへにとてうつちまいらせ給おほきおまへのこら んせさらんほとにこらむせさせ給へとてなんとこま〱とこといみもえしあえ すものなけかしけなるさまのかたくなしけなるもうちかへし〱あやしとこら" }, { "vol": 51, "page": 1864, "text": "んしていまはの給へかしたかそとのたまへはむかしかのやまさとにありける人 のむすめさるやうありてこのころかしこにあるとなんきゝ侍しときこえたまへ はをしなへてつかうまつるとはみえぬふみかきを心え給にかのわつらはしきこ とあるにおほしあはせつうつちおかしうつれ〱なりける人のしわさとみえた りまたふりにやまたちはなつくりてつらぬきそへたるえたに またふりぬものにはあれと君かためふかき心にまつとしらなんとことなる ことなきをかのおもひわたる人にやとおほしよりぬるに御めとまりて返事した まへなさけなしかくい給へきふみにもあらさめるをなと御けしきのあしきまか りなんよとてたち給ぬ女きみ少将なとしていとをしくもありつるかなおさなき 人のとりつらんを人はいかてみさりけるそなとしのひてのたまふみたまへまし かはいかてかはまいらせましすへてこのこは心地なうさしすくして侍りをひさ きみえて人はおほとかなるこそおかしけれなとにくめはあなかまおさなき人な はらたてそとのたまふこそのふゆひとのまいらせたるわらはのかほはいとうつ くしかりけれはみやもいとらうたくしたまふなりけりわか御かたにおはしまし" }, { "vol": 51, "page": 1865, "text": "てあやしうもあるかなうちに大将のかよひたまふことはとしころたえすときく なかにもしのひてよるとまりたまふときもありと人のいひしをいとあまりなる 人のかたみとてさるましきところにたひねし給らんことゝおもひつるはかやう の人かくしをき給へるなるへしとおほしうることもありて御ふみのことにつけ てつかひたまふ大内記なる人のかのとのにしたしきたよりあるをおほしいてゝ 御前にめすまいれりゐんふたきすへきに集ともえりいてゝこなたなるつしにつ むへきことなとのたまはせて右大将のうちへいまする事なをたへはてすやてら をこそいとかしこくつくりたなれいかてかみるへきとのたまへはてらいとかし こくいかめしくつくられてふたんの三昧たうなといとたうとくをきてられたり となんきゝたまふるかよひ給ことはこその秋ころよりはありしよりもしは〱 ものし給なりしもの人〱のしのひてまうしゝは女をなんかくしすへさせたま へるけしうはあらすおほす人なるへしあのわたりにらうしたまふところ〱の 人みなおほせにてまいりつかうまつるとのゐにさしあてなとしつゝ京よりもい としのひてさるへきことなとゝはせ給いかなるさいはひ人のさすかにこゝろほ" }, { "vol": 51, "page": 1866, "text": "そくてゐたまへるならんとなんたゝこのしはすのころをひ申すときゝたまひし ときこゆいとうれしくもきゝつるかなとおもほしてたしかにその人とはいはす やかしこにもとよりあるあまそとふらひたまふときゝしあまはらうになんすみ 侍なるこの人はいまたてられたるになんきたなけなき女房なともあまたしてく ちをしからぬけはひにてゐて侍ときこゆおかしきことかなゝにこゝろありてい かなる人をかはさてすゑたまへらんなをいとけしきありてなへての人にゝぬ人 のみこゝろなりや右のおとゝなとのこの人のあまり道心にすゝみてやまてらに 夜さへともすれはとまり給なるかろ〱しともとき給ときゝしをけになとかさ しも仏のみちにはしのひありくらんなをかのふるさとにこゝろをとゝめたると なんきゝしかゝることこそはありけれいつら人よりはまめなるとさかしかるひ としもことに人のおもひいたるましきくまあるかまへよとの給ていとをかしと おほいたりこの人はかのとのにいとむつましくつかうまつる家司のむこになん 有けれはかくし給こともきくなるへし御こゝろのうちにはいかにしてこの人を みし人かともみさためんかのきみのさはかりにてすへたるはなへてのよろし人" }, { "vol": 51, "page": 1867, "text": "にはあらしこのわたりにはいかてうとからぬにかはあらん心をかはしてかくし たまへりけるもいとねたうおほゆたゝそのことをこのころはおほしゝみたりの りゆみ内宴なとすくして心のとかなるにつかさめしなといひて人のこゝろつく すめるかたはなにともおほさねは宇治へしのひておはしまさんことをのみおほ しめくらすこの内記はのそむことありてよるひるいかて御こゝろにいらんとお もふころ例よりはなつかしうめしつかひていとかたきことなりともわかいはん ことはたはかりてんやなとのたまふかしこまりてさふらふいといとひんなきこ となれとかのうちにすむらん人はゝやうほのかにみしひとのゆくゑもしらすな りにしか大将にたつねとられにけりときゝあはすることこそあれたしかにはし るへきやうもなきをたゝものよりのそきなとしてそれかあらぬかとみさためん となんおもふいさゝか人にしらるましきかまへはいかゝすへきとのたまへはあ なわつらはしとおもへとおはしまさんことはいとあらき山こえになん侍れとこ とにほとゝをくはさふらはすなんゆふつかたいてさせおはしましてゐねのとき にはおはしつきなんさてあか月にこそはかへらせたまはめ人しり侍らんことは" }, { "vol": 51, "page": 1868, "text": "たゝ御ともにさふらひ侍らんこそはそれもふかき心はいかてかしり侍らんと申 すさかしむかしもひとたひふたゝひかよひしみち也かる〱しきもときおひぬ へきかものゝきこえのつゝましきなりとてかへす〱あるましきことにわか御 こゝろにもおほせとかうまてうちいてたまへれはえおもひとゝめたまはす御と もにむかしもかしこのあんないしれりしもの二三人この内記さては御めのとこ のくら人よりかうふりえたるわかき人むつかしきかきりえり給て大将けふあす よにおはせしなむと内記によくあんないきゝ給ていてたちたまふにつけてもい にしへをおほしいつあやしきまてこゝろをあはせつゝいてありきし人のために うしろめたきわさにもあるかなとおほしいつることもさま〱なるに京のうち たにむけに人しらぬ御ありきはさいへともえし給はぬ御みにしもあやしきさま のやつれすかたして御馬にておはする心地もゝのおそろしうやゝましけれとも ものゝゆかしきかたはすゝみたる御心なれはやまふかくなるまゝにいつしかい かならんみあはする事もなくてかへらんこそさう〱しくあやしかるへけれと おほすに心もさはき給ほうしやうしのほとまては御くるまにてそれよりそ御む" }, { "vol": 51, "page": 1869, "text": "まにはたてまつりけるいそきてよひすくるほとにおはしましぬ内記あんないよ くしれるかのとのゝ人にとひきゝたりけれはとのゐ人あるかたにはよらてあし かきしこめたるにしをもてをやをらすこしこほちていりぬわれもさすかにまた みぬ御すまひなれはたと〱しけれと人しけうなとしあらねはしむ殿のみなみ にそひほのくらみえてそよ〱とするおとするまいりてまた人はおきて侍へし たゝこれよりおはしまさむとしるへしていれたてまつるやをらのほりてかうし のひまあるをみつけてよりたまふにいよすはさら〱となるもつゝましあたら しうきよけにつくりたれとさすかにあら〱しくてひまありけるをたれかはき てみんとうちとけてあなもふたかすき丁のかたひらうちかけてをしやりたりひ あかうともしてものぬふ人三四人ゐたりわらはのおかしけなるいとをそよるこ れかゝをまつかのほかけにみたまひしそれなりうちつけめかとなをうたかはし きにうこんとなのりしわかき人もありきみはかいなをまくらにてひをなかめた るまみかみのこほれかゝりたるひたひつきいとあてやかになまめきてたいの御 かたにいとようおほえたりこの右近ものをるとてかくてわたらせ給なはとみに" }, { "vol": 51, "page": 1870, "text": "しもえかへりわたらせたまはしをとのはこのつかさめしのほとすきてついたち ころにはかならすおはしましなんと昨日の御つかひも申けり御ふみにはいかゝ きこえさせ給けんといへといらへもせすいとものおもひたるけしきなりおりし もはひかくれさせ給たらんやうならむかみくるしさといへはむかひたる人それ はかくなんわたりぬると御せうそくきこえさせたまへらんこそよからめかろ 〱しういかてかはをとなくてははひかくれさせ給はん御ものまうてのゝちは やかてわたりをはしましねかしかくてこゝろほそきやうなれと心にまかせてや すらかなる御すまひにならひて中〱たひこゝちすへしやなといふまたあるは なをしはしかくてまちきこえさせ給はんこそのとやかにさまよかるへきや京へ なとむかへたてまつらせたらんのちおたしくておやにもみえたてまつらせ給へ かしこのをとゝのいときうにものしたまひてにはかにかくきこえなしたまふな めりかしむかしもいまもものねむしゝてのとかなる人こそさいはひはみはて給 なれなとといふなり右近なとてこのまゝをとゝめたてまつらすなりにけんおひ ぬる人こそ人はむつかしきこゝろのあるにこそとにくむはめのとやうの人をそ" }, { "vol": 51, "page": 1871, "text": "しるなめりけにゝくきものありかしとおほしいつるもゆめの心ちそするかたわ らいたきまてうちとけたることゝもをいひてみやのうへこそいとめてたき御さ いわひなれ右の大殿のさはかりめてたき御いきをひにていかめしうのゝしりた まふなれとわかきみむまれたまひてのちはこよなくそおはしますなるかゝるさ かしら人とものおはせて御心のとかにかしこうもてなしておはしますにこそあ んめれといふとのたにまめやかにおもひきこえ給ことかはらすはをとりきこえ 給へきことかはといふをきみすこしをきあかりていときゝにくきことよその人 にこそおとらしともいかにともおもはめかの御ことなかけてもいひそもりきこ ゆるやうもあらはかたはらいたからんなといふなにはかりのしそくにかあらん いとよくもにかよひたるけはひかなとおもひくらふるにこゝろはつかしけにあ てなるところはかれはいとこよなしこれはたゝらうたけにこまかなるところそ いとをかしきよろしうなりあはぬところをみつけたらんにてたにさはかりゆか しとおほしゝめたる人をそれとみてさてやみ給へき御こゝろならねはましてく まなくみたまふにいかてかこれをわかものになすへきとこゝろもそらになりた" }, { "vol": 51, "page": 1872, "text": "まひてなをまほり給へは右近いとねふたしよへもすゝろにおきあかしてきつと めての程にもこれはぬひてんいそかせ給とも御くるまはひたけてあらんといひ てしさしたるものともとりくしてき丁にうちかけなとしてうたゝねのさまによ りふしぬきみもすこしおくにいりてふす右こんはきたおもてにいきてふすしは しありてそきたるきみのあとちかくふしぬねたしとおもひけれはいとゝうねい りぬるけしきをみたまひてまたせんやうもなけれはしのひやかにこのかうしを たゝき給右こんきゝつけてたそとゝふこはつくり給へはあてなるしはふきとき ゝしりてとのゝおはしたるにやとおもひておきていてたりまつこれあけよとの たまへはあやしうおほえなきほとにも侍かなよはいたくふけ侍ぬらんものをと いふものへわたりたまふへかむなりとなかのふかいひつれはおとろかれつるま ゝにいてたちていとこそわりなかりつれまつあけよとのたまふこゑいとようま ねひにせ給てしのひたれはおもひもよらすかいはなちつみちにていとわりなく おそろしきことのありつれはあやしきすかたになりてなんひくらうなせとのた まへはあないみしとあはてまとひてひはとりやりつわれ人にみすなよきたりと" }, { "vol": 51, "page": 1873, "text": "て人をとろかすなといとらう〱しき御こゝろにてもとよりもほのかにゝたる 御こゑをたゝかの御けはひにまねひていりたまふゆゝしきことのさまとのたま ひつるいかなる御すかたならんといとをしくてわれもかくろへてみたてまつる いとほそやかになよ〱としやうそきてかのかうはしきこともおとらすちかく よりて御そともぬきなれかほにうちふしたまへれは例のおましにこそなといへ とものものたまはす御ふすまゝいりてねつる人〱おこしてすこしゝそきてみ なねぬ御ともの人なとれいのこゝにはしらぬならひにてあはれなるよのおはし ましさまかなかゝる御ありさまを御らんしゝらぬよなとさかしらかる人もあれ とあなかまたまへよこへはさゝめくしもそかしかましきなといひつゝねぬ女君 はあらぬ人なりけりとおもふにあさましういみしけれとこゑをたにせさせたま はすいとゝつゝましかりしところにてたにわりなかりし御こゝろなれはひたふ るにあさましはしめよりあらぬ人としりたらはいさゝかいふかひもあるへきを ゆめのこゝちするにやう〱そのおりのつらかりしとしころおもひわたるさま のたまふにこのみやとしりぬいよ〱はつかしうかのうへのおほさんことなと" }, { "vol": 51, "page": 1874, "text": "おもふに又たけきことなけれはかきりなうなくみやもなか〱にてたはやすく あひみさらんことをゝほすになきたまふ夜はたゝあけにあく御ともの人きてこ はつくる右近きゝてまいれりいて給へきこゝちもなくあかすあはれなるに又お はしまさんこともかたけれは京にはもとめさはかるともけふはかりはかくてあ らんなにこともいけるかきりのためにこそあれたゝいまいてをはしまさんをま ことにしぬへくおほさるれはこの右近をめしよせていと心ちなしとおもはれぬ へけれと今日はえいつましうなんあるをのこともはこのわたりちかゝらんとこ ろによくかくろへてさふらへときかたは京へものしてやまてらにしのひてなと つき〱しからんさまにいらへなとせよとの給にいとあさましくあきれてこゝ ろもなかりけるよのあやまちをゝもふにこゝちもまとひぬへきをおもひしつめ ていまはよろつにおほゝれさはくともかひあらし物からなめけなりあやしかり しおりにいとふかくおほしいれたりしもかうのかれさりける御すくせにこそあ りけれ人のしたるわさかはと思なくさめてけふ御むかへにと侍しをいかにせさ せ給はんとする御ことにかかうのかれきこえさせ給ましかりける御すくせはい" }, { "vol": 51, "page": 1875, "text": "ときこえさせ侍らんかたなしおりこそいとわりなう侍れなを今日はいておはし まして御心さし侍はのとかにもときこゆおよすけてもいふかなとおほしてわか こゝろは月ころものおもひつるにほれはてにけれは人のもとかんもいはんもし られすひたふるにおもひなりにたりすこしもみことをおもひはゝからん人のか ゝるありきはおもひたちなんや御むかへにはけふはものいみなといへかし人に しらるましきことをたかためにもおもへかしこと事はかひなしとのたまひてこ の人のよにしらすあはれにおほさるゝまゝによろつのそしりもわすれ給ぬへし 右近いてゝこのをとなう人にかくなんのたまはするをなをいとかたわならんと 申させ給へあさましうめつらかなる御ありさまをさおほしめすともかゝる御と も人ともの御こゝろにこそあらめいかてかく心をさなうはいてたてまつり給こ そなめけなることをきこえさするやまかつなとも侍ましかはいかならましとい ふ内記はけにいとわつらはしくもあるかなとおもひたてりときかたとおほせら るゝはたれにかさなんとつたふわらひてかうかへ給ことゝものおそろしけれは さらすともにけてまかてぬへしまめやかにはをろかならぬ御けしきをみたてま" }, { "vol": 51, "page": 1876, "text": "つれはたれも〱みをすてゝなんよし〱とのゐ人もみなおきぬなりとていそ きいてぬ右近人にしらすましうはいかゝはたはかるへきとわりなうおほゆ人 〱おきぬるにとのはさるやうありていみしうしのひさせ給けしきみたてまつ れはみちにていみしきことの有けるなめり御そともなとよさりしのひてもてま いるへくなんおほせられつるなといふこたちあなむくつけやこはたやまはいと をそろしかんなる山そかし例の御さきもをはせ給はすやつれておはしましけん にあないみしやといへはあなかま〱けすなとちりはかりもきゝたらんにいと いみしからむといひゐたる心ちもおそろしあやにくにとのゝ御つかひのあらん ときいかにせんとはつせの観音今日ことなくてくらし給へとたいくわんをそた てけるいしやまにけふまうてさせんとてはゝきみのむかふるなりけりこの人も みなしやうしむきよまはりてあるにさらはけふはえわたらせ給ましきなめりい とくちをしきことゝいふひたかくなれはかうしなとあけて右近そちかくつかう まつりけるもやのすたれはみなおろしまはしてものいみなとかゝせてつけたり はゝきみもや身つからおはすとてゆめみさはかしかりつといひなすなりけり御" }, { "vol": 51, "page": 1877, "text": "てうつなとまいりたるさまは例のやうなれとまかなひめさましくおほされてそ こにあらはせたまはゝとのたまふ女いとさまよう心にくき人をみならひたるに ときのまもみさらんにしぬへしとおほしこかるゝ人を心さしふかしとはかゝる をいふにやあらんとおもひしらるゝにもあやしかりけるみかなたれもものゝき こえあらはいかにおほさんとまつかのうへの御こゝろをおもひいてきこゆたれ としらぬをかへす〱いと心うしあらんまゝにのたまへいみしきけすといふと もいよ〱なんあはれなるへきとわりなうとひたまへとその御いらへはたえて せすこと事はいとをかしうけちかきさまにいらへきこえなとしてなひきたるを いとかきりなくらうたしとのみゝたまふひたかくなるほとにむかへの人きたり くるまふたつむまなる人〱のれいのあらゝかなる七八人をのこともおほくら も例のしな〱しからぬけはひさへつりつゝいりきたれは人〱かたはらいた かりつゝあなたにかくれよといはせなとす右近いかにせんとのなんをはします といひたらんにけにさはかりの人をはしおはせすをのつからきゝかよひてかく れなきこともこそあれとおもひてこの人〱にもことにいひあはせす返事かく" }, { "vol": 51, "page": 1878, "text": "よへよりけかれさせたまひていとくちをしきことをおほしなけくめりしにこよ ひゆめみさはかしくみえさせ給へれはけふはかりつゝしませたまへとてなんも のいみにて侍る返〻くちおしうものゝさまたけのやうにみたてまつり侍とかき て人〱にものなとくはせてやりつあま君にもけふはものいみにてわたり給は ぬといはせたり例はくらしかたくのみかすめるやまきはをなかめわひ給にくれ ゆくはわひしうのみおほしいらるゝ人にひかれたてまつりていとはかなくゝれ ぬまきるゝことなくのとけきはるのひにみれとも〱あかすその事とおほゆる くまなくあいきやうつきなつかしうをかしけなりさるはかのたいの御かたには をとりたり大とのゝきみのさかりにゝほい給へるあたりにてはこよなかるへき ほとの人をたくひなくおほさるゝほとなれはまたしらすをかしとのみゝたまふ 女はまた大将とのをいときよけに又かゝる人あらんやとみしかとこまやかにに ほひきよらなることはこよなくおはしけりとみるすゝりひきよせてゝならひな とし給いとをかしけにかきすさみゑなとをみところおほくかきたまへれはわか き心ちにはおもひもうつりぬへし心よりほかにみさらんほとはこれをみたまへ" }, { "vol": 51, "page": 1879, "text": "よとていとをかしけなるおとこをむなもろともにそひふしたるかたをかきたま ひてつねにかくてあらはやなとの給もなみたをちぬ なかきよをたのめてもなをかなしきはたゝあすしらぬいのちなりけりいと かうおもふこそゆゝしけれ心に身をもさらにえまかせすよろつにたはからんほ とまことにしぬへくなんおほゆるつらかりし御さまをなか〱なにゝたつねい てけんなとのたまふ女ぬらしたまへるふてをとりて こゝろをはなけかさらましいのちのみさためなきよとおもはましかはとあ るをかはらんをはうらめしうおもふへかりけりとみたまふにもいとらうたしい かなる人の心かはりをみならひてなとほゝゑみて大将のこゝにわたしはしめ給 けんほとをかへす〱ゆかしかり給てとひたまふをくるしかりてえいはぬこと をかうのたまふこそとうちえむしたるさまもわかひたりをのつからそれはきゝ いてゝんとおほすものからいはせまほしきそわりなきやよさり京へつかはしつ るたいふまいりて右近にあひたりきさいのみやよりも御つかひまいて右大殿も むつかりきこえさせ給て人にしられさせ給はぬ御ありきはいとかろかろしうな" }, { "vol": 51, "page": 1880, "text": "めけなる事もあるをすへてうちなとにきこしめさんことも身のためなんいとか らきといみしく申させたまひけりひんかしやまにひしりこらんしにとなん人に はものし侍つるなとかたりて女こそつみふかうおはするものはあれすゝろなる けそうの人をさへまとはし給てそらことをさへせさせ給よといへはひしりの名 をさへつけきこえさせ給てけれはいとよしわたくしのつみもそれにてほろほし 給はんまことにいとあやしき御こゝろのけにいかてかならはせ給けんかねてか うおはしますへしとうけたまはらましにもいとかたしけなけれはたはかりきこ えさせてましものをあふなき御ありきにこそはとあつかひきこゆまいりてさな とまねひきこゆれはけにいかならんとおほしやるにところせきみこそわひしけ れかるらかなるほとの殿上人なとにてしはしあらはやいかゝすへきかうつゝむ へき人めもえはゝかりあふましくなん大将もいかに思はんとす覧さるへきほと とはいひなからあやしきまてむかしよりむつましきなかにかゝるこゝろのへた てのしられたらんときはつかしう又いかにそやよのたとひにいふこともあれは まちとをなるわかをこたりもしらすうらみられ給はんをさへなんおもふゆめに" }, { "vol": 51, "page": 1881, "text": "も人にしられたまふましきさまにてこゝならぬところにいてたてまつらんとそ のたまふけふさへかくてこもりゐたまふへきならねはいてたまひなんとするに もそてのなかにそとゝめ給らんかしあけはてぬさきにと人〱しはふきおとろ かしきこゆつまとにもろともにゐておはしてえいてやり給はす よにしらすまとふへきかなさきにたつなみたもみちをかきくらしつゝ女も かきりなくあはれとおもひけり なみたをもほとなきそてにせきかねていかにわかれをとゝむへき身そ風の をともいとあらましく霜ふかきあか月にをのかきぬ〱もひやゝかになりたる 心ちしてひきかへすやうにあさましけれと御ともの人〱いとたはふれにくし とおもひてたゝいそかしにいそかしいつれは我にもあらていてたまひぬこの五 位二人なん御馬のくちにそさふらひけるさかしきやまこへいてゝそおの〱む まにはのるみきわのこほりをふみならすむまのあしをとさへこゝろほそくかな しむかしもこのみちにのみこそはかゝるやまふみはしたまひしかはあやしかり けるさとのちきりかなとおほす二条の院におはしまして女君のいと心うかりし" }, { "vol": 51, "page": 1882, "text": "御ものかくしもつらけれはこゝろやすきかたにおとのこもりぬるにねられたま はすいとさひしきにものおもひまされはこゝろよはくたいにわたり給ぬなにこ ころなくいときよけにておはすめつらしくをかしとみたまひしひとよりも又こ れはなをありかたきさまはしたまへりかしとみたまふものからいとよくにたる をおもひいて給もむねふたかれはいたくものおほしたるさまにてみ丁にいりて おほとのこもる女君もいていりきこえ給て心ちこそいとあしけれいかならんと するにかと心ほそくなんあるまろはいみしうあはれとみをいたてまつるとも御 ありさまはいとゝうかはりなんかし人のほいはかならすかなうなれはとの給け しからぬことをもまめやかにさへのたまふかなとおもひてかうきゝにくきこと のもりてきこえたらはいかやうにきこえなしたるにかと人もおもひより給はん こそあさましけれ心うきみにはすゝろなることもいとくるしくとてそむきたま へりみやもまめたちたまひてまことにつらしとおもひきこゆることもあらんは いかゝおほさるへきまろは御ためにをろかなる人かはひともありかたしなとゝ かむるまてこそあれひとにはこよなうおもひおとし給へかゝめりそれもさるへ" }, { "vol": 51, "page": 1883, "text": "きにこそはとことはらるゝをへたてたまふ御こゝろのふかきなんいとこゝろう きとのたまふにもすくせのをろかならてたつねよりたるそかしとおほしいつる になみたくまれぬまめやかなるをいとをしういかなることをきゝたまへるなら んとおとろかるゝにいらへきこえたまはんこともなしものはかなきさまにてみ そめたまひにしになに事もかろらかにをしはかり給にこそあらめすゝろなる人 をしるへにてそのこゝろよせをゝもひしりはしめなとしたるあやまちはかりに おほえおとる身にこそとおほしつゝくるもよろつかなしくていとゝらうたけな る御けはひなりかの人みつけたることはしはしきかせたてまつらしとおほせは ことさまにおもはせてうらみ給をたゝこの大将の御ことをまめまめしくのたま ふとおほすに人やそらことをたしかなるやうにきこえたらんなとおほすありや なしやをきかぬまはみえたてまつらんもはつかし内より大みやの御ふみあるに おとろきたまひてなをこゝろとけぬ御けしきにてあなたにわたり給ぬ昨日のお ほつかなさをなやましくおほされたなるよろしうはまいり給へひさしうもなり にたるをときこへたまへれはさはかれたてまつらんもくるしけれとまことに御" }, { "vol": 51, "page": 1884, "text": "心ちもたかひたるやうにてその日はまいりたまはす上達部なとあまたまいりた まへれとみすのうちにてくらし給ゆふつかた右大将まいり給へりこなたにをと てうちとけなからたいめんしたまへりなやましけにおはしますと侍つれはみや にもいとおほつかなくおほしめしてなんいかやうなる御なやみにかときこえた まふみるからに御こゝろさはきのいとゝまされはことすくなにてひしりたつと いひなからこよなかりけるやまふしこゝろかなさはかりあはれなる人をさてを きてこゝろのとかに月ひをまちわひさすらんよとおほすれいはさしもあらぬこ とのついてにたにわれはまめ人ともてなしなのり給をねたかり給てよろつにの 給やふるをかゝることみあらはしたるをいかにの給はましされとさやうのたは れこともかけたまはすいとくるしけにみえ給へはふひなるわさかなをとろ〱 しからぬ御心ちさすかに日かすふるはいとあしきわさに侍り御風よくつくろは せ給へなとまめやかにきこえをきていてたまひぬはつかしけなる人なりかし我 ありさまをいかにおもひくらへけんなとさま〱なることにつけつゝもたゝこ の人をときのまわすれすおほしいつかしこにはいしやまもとまりていとつれ" }, { "vol": 51, "page": 1885, "text": "〱なり御文にはいといみしき事をかきあつめたまひてつかはすそれたにこゝ ろやすからすときかたとめしゝは大夫のすさのこゝろもしらぬしてなんやりけ る右近かふるくしれりける人のとのゝ御ともにてたつねいてたるさらかへりて ねんころかるとゝもたちにはいひきかせたりよろつ右近そゝらことをしならひ ける月もたちぬかうおほしいらるれとおはしますことはいとわりなしかうのみ ものををもはゝさらにえなからふましきみなめりと心ほそさをそえてなけき給 大将殿すこしのとかになりぬるころ例のしのひておはしたりてらにほとけなと をかみたまふみす経せさせたまふ僧にものたまひなとしてゆふつかたこゝには しのひたれとこれはわりなくもやつし給はすえほうしなをしのすかたあらまほ しくきよけにてあゆみいりたまふよりはつかしけにようゐことなり女いかてみ えたてまつらんとすらんとそらさへはつかしくおそろしきにあなかちなりし人 の御ありさまうちおもひいてらるゝにまたこの人にみえたてまつらんをおもひ やるなんいみしう心うきわれはとしころみる人をもみなおもひかはりぬへき心 ちなんするとのたまひしをけにそのゝち御こゝちくるしとていつくにも〱例" }, { "vol": 51, "page": 1886, "text": "の御ありさまならてみすほうなとさはくなるをきくにも又いかにきゝておほさ んとおもふもいとくるしこの人はたいとけはひことにこゝろふかくなまめかし きさましてひさしかりつる程のをこたりなとのたまふもことおほからすこひし かなしとをりたゝねとつねにあひみぬこひのくるしさをさまよき程にうちのた まへるいみしくいふにはまさりていとあはれと人のおもひぬへきさまをしめた まへるひとさまなりえんなるかたはさるものにてゆくすゑなかく人のたのみぬ へきこゝろはへなとこよなくまさりたまへりおもはすなるさまのこゝろはへな ともりきかせたらんときもなのめならすいみしくこそあんへけれあやしううつ し心もなうおほしいらるゝ人をあはれとおもふもそれはいとあるましくかろき ことそかしこの人にうしとおもはれてわすれたまひなんこゝろほそさはいとふ かうしみにけれはおもひみたれたるけしきを月ころにこよなうものゝこゝろし りねひまさりにけりつれ〱なるすみかのほとにおもひのこすことはあらしか しとみたまふもこゝろくるしけれはつねよりも心とゝめてかたらひたまふつく らするところやう〱よろしうなしてけり一日なんみしかはこゝよりはけちか" }, { "vol": 51, "page": 1887, "text": "き水に花もみたまひつへし三条のみやもちかき程なりあけくれおほつかなきへ たてもおのつからあるましきをこの春のほとにさりぬへくはわたしてんとおも ひてのたまふもかの人のゝとかなるへきところおもひまうけたりと昨日ものた まへりしをかゝることもしらてさおほすらんよとあはれなからもそなたになひ くへきにはあらすかしとおもふからにありし御さまのおもかけにおほゆれはわ れなからもうたてこゝろうのみやとおもひつゝけてなきぬ御心はへのかゝらて おいらかなりしこそのとかにうれしかりしか人のいかにきこえしゝせたること かあるすこしもおろかならんこゝろさしにてはかうまてまいりくへき身のほと みちのありさまにもあらぬをなとついたちころのゆふつくよにすこしはしちか うふしてなかめいたし給へりおとこはすきにしかたのあはれをおもほしいて女 はいまよりそひたる身のなけきくはへてかたみにものおもはしやまのかたはか すみへたてゝさむきすさきにたてるかさゝきのすかたもところからはいとをか しうみゆるにうちはしのはる〱とみわたさるゝにしはつみふねところ〱に ゆきちかひたるなとほかにてめなれぬことゝものみとりあつめたるところなれ" }, { "vol": 51, "page": 1888, "text": "はみたまふたひことになをそのかみのことのたゝいまの心ちしていとかゝらぬ 人をみかはしたらんたにめつらしきなかのあはれおほかりぬへきほとなりまい てこひしき人によそへられたるもこよなからすやう〱ものゝこゝろしりみや こなれゆくありさまのおかしきにもこよなくみまさりしたるこゝちしたまふ女 はかきあつめたる心のうちにもよをさるゝなみたともすれはいてたつをなくさ めかね給つゝ うちはしのなかきちきりはくちせしをあやふむかたにこゝろさはくないま みたまひてんとのたまふ たえまのみよにはあやうきうちはしをくちせぬものとなをたのめとやさき さきよりもいとみすてかたくしはしもたちとまらまほしくおほさるれとひとの ものいひやすからぬにいまさらなりこゝろやすきさまにてこそなとおほしなし てあか月にかへりたまひぬいとようもおとなひたりつるかなと心くるしうおほ しいつることありしにまさりけりきさらきの十日のほとに内にふみつくらせ給 とてこのみやも大将もまいりあひたまへりおりにあひたるものしらへともに" }, { "vol": 51, "page": 1889, "text": "みや御こゑはいとめてたくてむめかへなとうたひたまふなに事も人よりはこ よなうまさりたまへる御さまにてすゝろなることおほしいてらるゝのみなんつ みふかゝりけるゆきにはかにふりみたれかせなとはけしけれは御あそひとくや みぬこの宮の御とのゐところに人〱まいり給ものまいりなとしてうちやすみ たまへり大将人にものゝたまはんとてすこしはしちかういてたまへるにゆきや う〱つもるかほしのひかりにおほ〱しきをやみはあやなしとおほゆるにほ ひありさまにてころもかたしきこよひもやとうちすむしたまへるもはかなきこ とをくちすさみにのたまへるもあやしくあはれなるけしきそへたる人さまにて いとものふかけなりことしもこそあれみやはねたるやうにて御こゝろさはくお ろかにはおもはぬなめりかしかたしくそてをわれのみおもひやる心ちしつるを おなしこゝろなるもあはれなりわひしくもあるかなかはかりなるもとつ人をゝ きてわかゝたにまさるおもひはいかてつくへきそとねたうおほさるつとめてゆ きのいとたかうつもりたるにふみたてまつりたまはんとて御前にまいりたまへ る御かたちこのころいみしくさかりにきよけなりかのきみもおなしほとにてい" }, { "vol": 51, "page": 1890, "text": "まふたつみつまさるけちめにやすこしねひまされるけしきよういなとそことさ らにつくりたらんあてなるおとこのほんにしつへくものしたまふみかとの御む こにてあかぬことなしとそよ人もことはりけるさえなともおほやけ〱しきか たもおくれすそおはすへきふみかうしはてゝみな人まかてたまふみやの御文を すくれたりとすんしのゝしれとなにともきゝいれ給はすいかなる心にてかゝる ことをもしいつらんとそらにのみおほしほれたりかのひとの御けしきにもいと ゝおとろかれ給けれはあさましうたはかりておはしましたり京にはともまつは かりきえのこりたるゆきやまふかくいるまゝにやゝふりうつみたりつねよりも わりなきまれのほそみちをわけたまふほと御ともの人もなきぬはかりおそろし うわつらはしきことをさへおもふしるへの内記はしきふの少輔なんかけたりけ るいつかたも〱こと〱しかるへきつかさなからいとつき〱しうひきあけ なとしたるすかたもおかしかりけりかしこにはおはせんとありつれとかゝるゆ きにはとうちとけたるに夜ふけて右近にせうそこしたりあさましうあはれとき みもおもへり右近はいかになりはて給へき御ありさまにかとかつはくるしけれ" }, { "vol": 51, "page": 1891, "text": "とこよひはつゝましさもわすれぬへしいひかへさむかたもなけれはおなしやう にむつましくおほいたるわかき人のこゝろさまもあふなからぬをかたらひてい みしくわりなきことおなし心にもてかくし給へといひてけりもろともにいれた てまつるみちのほとにぬれたまへるかのところせうにほふもゝてわつらひぬへ けれとかのひとの御けはひにゝせてなんもてまきらはしける夜のほとにてたち かえりたまはんも中〱なるへけれはここのひとめもいとつゝましさにときか たにたはからせ給てかはよりおちなる人のいゑにゐておはせんとかまへたりけ れはさきたてゝつかはしたりけるよふくる程にまいれりいとよくようゐしてさ ふらふと申さすこはいかにしたまふことにかと右近もいと心あはたゝしけれは ねをひれておきたる心ちもわなゝかれてあやしわらへのゆきあそひしたるけは ひのやうにそふるひあかりにけるいかてかなともいひあえさせ給はすかきいた きていてたまひぬ右近はこゝのうしろみにとゝまりてしゝうをそたてまつるい とはかなけなるものとあけくれみいたすちひさきふねにのり給てさしわたり給 程はるかならんきしにしもこきはなれたらんやうに心ほそくおほえてつとつき" }, { "vol": 51, "page": 1892, "text": "ていたかれたるもいとらうたしとおほすありあけの月すみのほりて水のおもて もくもりなきにこれなんたちはなのこしまと申して御ふねしはしさしとゝめた るをみ給へはおほきやかなるいはのさましてされたるときは木のかけしけれり かれみたまへいとはかなけなれとちとせもふへきみとりのふかさをとのたまひ て としふともかはらんものかたちはなのこしまのさきにちきるこゝろは女も めつらしからん道のやうにおほえて たちはなのこしまのいろはかはらしをこのうきふねそゆくゑしられぬをり から人のさまもをかしくのみなに事もおほしなすかのきしにさしつきており給 に人にいたかせたらんはいと心くるしけれはいたき給てたすけられつゝいり給 をいとみくるしくなに人をかくもてさはき給らんとみたてまつるときかたかお ちのいなはのかみなるからうするさうにはかなくつくりたるいゑなりけりまた いとあら〱しきにあしろ屏風なと御らんしもしらぬしつらひにて風もことに さはらすかきのもとにゆきむらきえつゝいまもかきくもりてふる日さしいてゝ" }, { "vol": 51, "page": 1893, "text": "のきのたるひのひかりあひたるにひとの御かたちもまさる心ちすみやもところ せきみちの程にかるらかなるへきほとの御そともなり女もぬきすへさせ給てし かはほそやかなるすかたつきいとをかしけなりひきつくろふこともなくうちと けたるさまをいとはつかしくまはゆきまてきよらなる人にさしむかひたるよと おもへとまきれんかたもなしなつかしきほとなるしろきかきりをいつゝはかり そてくちすそのほとまてなまめかしくいろ〱にあまたかさねたらんよりもな つかしうきなしたりつねにみたまふ人とてもかくまてうちとけたるすかたなと はみならひたまはぬをかゝるさへそなをめつらかにおかしうおほされけるしゝ うもいとめやすきわか人なりけりこれさへかゝるをのこりなうみるよと女きみ はいみしと思ふみやもこれはまたゝそわかなもらすなよとくちかため給ふをい とめてたしとおもひきこえたりこゝのやともりにてすみけるものときかたをし うとおもひてかしつきありけはこのおはしますやりとをへたてゝところえかほ にゐたりこゑひきしゝめかしこまりてものかたりしけるをいらへもえせすおか しとおもひけりいとおそろしうゝらなひたるものいみにより京のうちをさへさ" }, { "vol": 51, "page": 1894, "text": "りてつゝしむなりほかの人よすなといひたり人めもたえて心やすくかたらひく らしたまふかの人のものし給へりけんにかくてみえけんかしとおほしやりてい みしくうらみ給二のみやをいとやむことなくてもちたてまつりたまへるありさ まなともかたり給かのみゝとゝめたまひしひと事はのたまひいてぬそにくきや ときかた御てうつ御くた物なとゝりつきてまいるを御らんしていみしくかしつ かるめるまらうとのぬしさてなみえそやといましめ給ふしゝういろめかしきわ かうとの心ちにいとおかしと思てこのたいふとそものかたりしてくらしけるゆ きのふりつもれるにかのわかすむかたをみやりたまへれはかすみのたえ〱に こすゑはかりみゆやまはかゝみをかけたるやうにきら〱とゆふひにかゝやき たるによへわけこし道のわりなさなとあはれおほくそへてかたり給 みねのゆきみきはのこほりふみわけて君にそまとふみちはまとはすこはた のさとにむまはあれとなとあやしきすゝりめしいてゝてならひ給 ふりみたれみきはにこほるゆきよりもなかそらにてそわれはけぬへきとか きけちたりこの中そらをとかめ給けにくゝもかきてけるかなとはつかしくてひ" }, { "vol": 51, "page": 1895, "text": "きやりつさらてたにみるかひある御ありさまをいよ〱あはれにいみしと人の こゝろにしめられむとつくしたまふ事のはけしきいはんかたなし御ものいみふ つかとたはかり給へれはこゝろのとかなるまゝにかたみにあはれとのみふかく おほしまさる右近はよろつにれいのいひまきらはして御そなとたてまつりたり けふはみたれたるかみすこしけつらせてこきゝぬにこうはいのおり物なとあは ひおかしうきかへてゐ給へりしゝうもあやしきしひらきたりしをあさやきたれ はそのもをとり給てきみにきせ給て御てうつまいらせ給ひめみやにこれをたて まつりたらはいみしきものにし給てんかしいとやむことなきゝはの人おほかれ とかはかりのさましたるはかたくやとみ給かたわなるまてあそひたはふれつゝ くらしたまふしのひてゐてかくしてん事を返〻の給その程かのひとにみえたら はといみしき事ともをちかはせ給へはいとわりなきことゝ思ひていらへもやら すなみたさへおつるけしきさらにめのまへにたにおもひうつらぬなめりとねた うむねいたうおほさるうらみてもなきてもよろつのたまひあかして夜ふかくゐ てかへりたまふれいのいたきたまふいみしくおほすめる人はかうはよもあらし" }, { "vol": 51, "page": 1896, "text": "よみしりたまへりやとのたまへはけにとおもひてうなつきてゐたるいとらうた けなり右近つまとはなちていれたてまつるやかてこれよりわかれていてたまふ もあかすいみしとおほさるかやうのかへさは猶二条にそおはしますいとなやま しうしたまひてものなとたえてきこしめさすひをへてあをみやせ給御けしきも かはるをうちにもいつくにもおもほしなけくにいとゝものさはかしくて御ふみ たにこまかにはえかきたはゝすかしこにもかのさかしきめのとむすめのこうむ ところにいてたりけるかへりきにけれはこゝろやすくもえみすかくあやしきす まひをたゝかのとのゝもてなしたまはんさまをゆかしくまつ事にてはゝきみも 思ひなくさめたるにしのひたるさまなからもちかくわたしてんことをおほしな りにたれはいとめやすくうれしかるへき事におもひてやう〱人もとめわらは のめやすきなとむかへておこせ給わかこゝろにもそれこそはあるへき事にはし めよりまちわたれとはおもひなからあなかちなるひとの御事をおもひいつるに うらみたまひしさまのたまひし事ともおもかけにつとそひていさゝかまとろめ はゆめにみえ給つゝいとうたてあるまておほゆあめふりやまてひころおほくな" }, { "vol": 51, "page": 1897, "text": "るころいとゝやまちおほしたえてわりなくおほされけれはおやのかうこはとこ ろせきものにこそとおほすもかたしけなしつきせぬことゝもかきたまひて なかめやるそなたの雲もみえぬまてそらさへくるゝころのわひしさふてに まかせてかきみたり給へるしもみところありをかしけなりことにいとおもくな とはあらぬわかき心ちにいとゝかゝるをおもひもまさりぬへけれとはしめより ちきり給しさまもさすかにかれは猶いとものふかう人からのめてたきなともよ の中をしりにしはしめなれはにやかゝるうき事きゝつけておもひうとみ給なん よにはいかてかあらんいつしかとおもひまとふおやにもおもはすに心つきなし とこそはもてわつらはれめかくこゝろいられしたまふ人はたいとあたなる御本 上とのみきゝしかはかゝるほとこそあらめ又かうなから京にもかくしすゑ給ひ なからへてもおほしかすまへむにつけてはかのうへのおほさん事よろつかくれ なきよなりけれはあやしかりしゆふくれのしるへはかりにたにかうたつねいて たまふめりましてわかありさまのともかくもあらんをわか心もきすありてかの ひとにうとまれたてまつらん猶いみしかるへしとおもひみたるゝおりしもかの" }, { "vol": 51, "page": 1898, "text": "殿より御つかひありこれかれとみるもうたてあれは猶事おほかりつるをみつゝ ふし給へれはしゝう右近みあはせてなをうつりにけりなといはぬやうにていふ 事はりそかしとのゝ御かたちをたくひおはしまさしとみしかとこの御ありさま はいみしかりけりうちみたれたまへるあい行よまろならはかはかりの御おもひ をみる〱ゑかくてあらしきさいの宮にもまいりてつねにみたてまつりてんと いふ右近うしろめたの御こゝろのほとやとのゝ御ありさまにまさり給人はたれ かはあらんかたちなとはしらす御こゝろはへけはひなとよ猶この御事はいとみ くるしきわさかないかゝならせ給はんとすらんとふたりしてかたらふ心ひとつ におもひしよりはそら事もたよりいてきにけりのちの御ふみには思なからひこ ろになる事とき〱はそれよりもおとろかい給はんこそおもふさまならめおろ かなるにやはなとはしかきに みつまさるおちのさと人いかならんはれぬなかめにかきくらすころつねよ りも思やりきこゆる事まさりてなんとしろきしきしにたてふみなり御てもこま かにおかしけならねとかきさまゆへ〱しくみゆみやはいとおほかるをちゐさ" }, { "vol": 51, "page": 1899, "text": "くむすひなし給へるさま〱おかしまつかれを人みぬほとにときこゆけふはき こゆましとはちらひてゝならひに さとのなを我身にしれはやましろのうちのわたりそいとゝすみうき宮のか きたまへりしゑを時〱みてなかれけりなからへてあるましき事そとゝさまか うさまにおもひなせとほかにたえこもりてやみなんはいとあはれにおほゆへし かきくらしはれせぬみねのあまくもにうきてよをふる身をもなさはやまし りなはときこえたるをみやはよゝとおほしやるにもものおもひてゐたらんさま のおもかけにみえたまふまめ人はのとかにみたまひつゝあはれいかになかむら んと思やりていとゝ恋し つれ〱と身をしるあめのおやまねは袖さへいとゝみかさまさりてとある をうちもおかすみ給女みやにものかたりなときこえ給てのついてになめしとも やおほさんとつゝましなからさすかにとしへぬる人の侍をあやしきところにす てをきていみしくものおもふなるか心くるしさにちかうよひよせてとおもひ侍 むかしよりことやうなるこゝろはへ侍し身にて世中をすへてれいの人ならてす" }, { "vol": 51, "page": 1900, "text": "くしてんとおもひ侍しをかくみたてまつるにつけてひたふるにもすてかたけれ はありと人にもしらせさりし人のうへさへ心くるしうつみへぬへきこゝちして なんときこえ給へはいかなることに心をくものともしらぬをといらへ給ふ内に なとあしさまにきこしめさする人や侍らん世の人のものいひそいとあちきなく けしからす侍やされとそれはさはかりのかすにたに侍ましなときこえたまふつ くりたるところにわたしてんとおほしたつにかゝるれうなりけりなとはなやか にいひなす人やあらんなとくるしけれはいとしのひてさうしはらすへき事なと ひとしもこそあれこの内記かしる人のをやおほくらのたいふなる物むつましく こゝろやすきまゝにのたまひつけたりけれはきゝつきて宮にはかくれなくきこ えけりゑしともなとも御すいしんともの中にあるむつましき殿人なとをえりて さすかにわさとなんせさせ給ふと申すにいとゝおほしさはきてわか御めのとと をきすらうのめにてくたるいへしもつかたにあるをいとしのひたる人しはしか くいたらんとかたらひたまひけれはいかなる人にかはとおもへとたいしとおほ したるにかたしけなけれはさらはときこえけりこれをまうけ給てすこし御こゝ" }, { "vol": 51, "page": 1901, "text": "ろのとめ給この月のつこもりかたにくたるへけれはやかてそのひわたさんとお ほしかまふかくなん思ふゆめ〱といひやり給つゝおはしまさん事はいとわり なくあるうちにもこゝにもめのとのいとさかしけれはかたかるへきよしをきこ ゆ大将とのはう月十日となんさため給へりけるさそふみつあらはとはおもはす いとあやしういかにしなすへき身にかあらんとうきたる心地のみすれははゝの 御もとにしはしわたりておもひめくらすほとあらんとおほせと少将のめこうむ へきほとちかくなりぬとてすほときやうなとひまなくさはけはいしやまにもえ いてたつましはゝそこちわたり給へるめのといてきてとのより人〱のさうそ くなともこまかにおほしやりてなんいかてきよけになに事をもと思給ふれとま ゝかこゝろひとつにはあやしくのみそしいて侍らんかしなといひさはくか心地 よけなるをみたまふにもきみはけしからぬ事とものいてきて人わらへならはた れも〱いかにおもはんあやにくにのたまふ人はたやへたつ山にこもるともか ならすたつねてわれも人もいたつらになりぬへし猶心やすくかくれなん事をお もへとけふものたまへるをいかにせんと心ちあしくてふし給へりなとかくれい" }, { "vol": 51, "page": 1902, "text": "ならすいたくあをみやせ給へるとおとろき給ふ日ころあやしくのみなんはかな きものもきこしめさすなやましけにせさせ給といへはあやしき事かなものゝけ なとにやあらんといかなる御心ちそとおもへといしやまもとまり給にきかしと いふもかたわらいたけれはふしめなりくれて月いとあかしありあけのそらを思 いつるなみたのいとゝとめかたきはいとけしからぬ心かなとおもふはゝ君むか しものかたりなとしてあなたのあまきみよひいてゝこひめきみの御ありさま心 ふかくおはしてさるへき事もおほしいれたりしほとにめにみす〱きえいり給 にし事なとかたるおはしまさましかはみやのうへなとのやうにきこえかよひた まひて心ほそかりし御ありさまとものいとこよなき御幸にそ侍らましかしとい ふにもわかむすめはこと人かはおもふやうなるすくせのおはしはてはおとらし をなと思ひつゝけてよとゝもにこの君につけてはものをのみおもひみたれしけ しきのすこしうちゆるひてかくてわたり給ぬへかめれはこゝにまいりくる事か ならすしもことさらにはえ思たち侍しかゝるたいめんのおり〱にむかしのこ ともこゝろのとかにきこえうけ給はらまほしけれなとかたらふゆゝしきみとの" }, { "vol": 51, "page": 1903, "text": "みおもふ給へしみにしかはこまやかにみたてまつりきこえさせんもなにかはと つゝましくすくし侍つるをうちすてゝわたらせ給なはいとこゝろほそくなん侍 へけれとかゝる御すまゐは心もとなくのみみたてまつるをうれしくも侍へかな るかなよにしらすおも〱しくおはしますへかめるとのゝ御ありさまにてかく たつねきこえさせ給しもおほろけならしときこえおき侍にしうきたる事にやは 侍けるなといふのちはしらねとたゝいまはかくおほしはなれぬさまにのたまふ につけてもたゝ御しるへをなん思いてきこゆる宮のうへのかたしけなくあはれ におほしたりしもつゝましき事なとのをのつから侍しかは中そらにところせき 御身なりとおもひなけき侍てといふあまきみうちわらひてこのみやのいとさは かしきまていろにおはしますなれはこゝろはせあらんわかき人さふらひにくけ になんおほかたはいとめてたき御ありさまなれとさるすちの事にてうへのなめ しとおほさんなんわりなきとたいふかむすめのかたり侍しといふにもさりやま してときみはきゝふし給へりあなむくつけやみかとの御むすめをもちたてまつ り給へる人なれとよそ〱にてあしくもよくもあらんはいかゝはせんとおほけ" }, { "vol": 51, "page": 1904, "text": "なく思なし侍よからぬことをひきいてたまへらましかはすへて身にはかなしく いみしとおもひきこゆとも又みたてまつらさらましなといひかはす事ともにい とゝ心もきもゝつふれぬ猶わか身をうしなひてはやつゐにきゝにくき事はいて きなんと思つゝくるにこの水のをとのおそろしけにひゝきてゆくをかゝらぬな かれもありかし世にゝすあらましきところにしもとし月をすくしたまふをあは れとおほしぬへきわさになんとはゝ君したりかほにいひゐたりむかしよりこの かはのはやくおそろしきことをいひてさいつころわたしもりかむまこのわらは さほさしはつしておちいり侍にけるすへていたつらになる人おほかる水に侍り とひと〱もいひあえりきみはさてもわか身ゆくゑもしらすなりなはたれも 〱あえなくいみしとしはしこそおもふたまはめなからへてひとわらへにうき こともあらんはいつかそのものおもひのたえんとすると思ひかくるにはさはり ところもあるましうさはやかによろつなさるれとうち返しいとかなしおやのよ ろつにおもひいふありさまをねたるやうにてつく〱とおもひみたるなやまし けにてやせ給へるをめのとにもいひてさるへき御いのりなとせさせ給へまつり" }, { "vol": 51, "page": 1905, "text": "はらへなともすへきやうなといふみたらしかはにみそきせまほしけなるをかく もしらてよろつにいひさはく人すくなゝめりよくさへからんあたりをたつねて いまゝいりはとゝめ給へやむことなき御なからひはさうしみこそなに事もおい らかにおほさめよからぬ中となりぬるあたりはわつらはしきこともありぬへし かくしひそめてさるこゝろし給へなと思いたらぬ事なくいひをきてかしこにわ つらひ侍る人もおほつかなしとてかへるをいとものおもはしくよろつ心ほそけ れは又あひみてもこそともかくもなれとおもへは心ちのあやしく侍にもみたて まつらぬかいとおほつかなくおほえ侍をしはしもまいりこほしくこそとしたふ さなん思侍れとかしこもいとものさはかしく侍りこの人〱もはかなきことな とはしやるましくせはくなと侍れはなんたけふのこうにうつろひ給ともしのひ てはまいりきなんをなを〱しき身の程はかゝる御ためこそいとをしく侍れな とうちなきつゝの給とのゝ御文は今日もありなやましときこえたりしをいかゝ とゝふらひ給へり身つからと思ひ侍をわりなきさはりおほくてなんこのほとの くらしかたさこそ中〱くるしくなとあり宮は昨日の御返もなかりしをいかに" }, { "vol": 51, "page": 1906, "text": "おほしたゝよふそかせのなひかんかたもうしろめたくなんいとゝほれまさりて なかめ侍なとこれはおほくかき給へりあめふりし日きあひたりし御つかひとも そけふきたりけるとのゝみすいしんかの少輔かいゑにて時〱みるをのこなれ はまうとはなしにこゝにはたひ〱まいるそとゝふわたくしにとふらふへき人 のもとにまうてくるなりといふわたくしの人にやえんあるふみはとらするけし きあるまうとかなものかくしはなにそといふまことはこのかうのきみの御ふみ 女房にたてまつり給といへは事たかひつゝあやしとおもへとこゝにてさためい はむもことやうなるへけれはおの〱まいりぬかと〱しきものにそともにあ るわらはをこのをのこにさりけなくてめつけよさゑもんのたいふのいゑにやい るとみせけれはみやにまいりてしきふのせうになん御文とらせ侍りつといふさ まてたつねむものともおとりのけすはおもはすことの心をもふかうしらさりけ れはとねりの人にみあらはされにけんそくちをしきやとのにまいりていまいて 給はんとするほとに御文たてまつらすなをしにて六条の院にきさいの宮のいて させ給へるころなれはまいり給なりけれはこと〱しくこせんなとあまたもな" }, { "vol": 51, "page": 1907, "text": "し御ふみまいらする人にあやしきことの侍りつるみたまひさためむとていまま てさふらひつるといふをほのきゝ給てあゆみいて給まゝになに事そとゝひたま ふこのひとのきかんもつゝましと思てかしこまりておりとのもしかみしり給て いてたまひぬ宮れいならすなやましけにおはしますとて宮たちもみなまいり給 へりかんたちめなとおほくまいりつとひてさはかしけれとことなる事もおはし まさすかの内記は上くわんなれはをくれてそまいれるこの御ふみもたてまつる を宮大はんところにおはしましてとくちにめしよせてとりたまふを大将おまへ のかたよりたちいてたまふそはめにみとをし給てせちにもおほすへかめるふみ のけしきかなとおかしさにたちとまり給へりひきあけてみたまふくれなゐのう すやうにこまやかにかきたるへしとみゆふみにこゝろいれてとみにもむき給は ぬにおとゝもたちてとさまにおはすれはこの君はさうしよりいて給とておとゝ いてたまふとうちしはふきておとろかいたてまつり給ひきかくし給へるにそお とゝさしのそき給へるおとろきて御ひもさし給とのもついゐ給てまかて侍ぬへ しれいの御しやけのひさしくおこらせ給はさりつるをおそろしきわさなりや山" }, { "vol": 51, "page": 1908, "text": "のさすたゝいまさうしにつかはさんといそかしけにてたちたまひぬ夜ふけてみ ないて給ぬおとゝは宮をさきにたてまつり給てあまたの御ことものかんたちめ きみたちをひきつゝけてあなたにわたり給ぬこの殿はおくれていて給すいしん けしきはみつるあやしとおほしけれはこせんなとおりて火ともすほとにすいし んめしよすまうしつるはなに事そとゝひ給けさかのうちにいつものこんのかみ ときかたの朝臣のもとに侍おとこのむらさきのうすやうにてさくらにつけたる ふみをにしのつまとによりて女房にとらせ侍つるみたまひつけてしか〱とひ 侍つれはことたかへつゝそら事のやうに申侍つるをいかに申すそとてわらはへ してみせ侍つれは兵部卿の宮にまいり侍てしきふのせうみちさたの朝臣になん その返事はとらせ侍けると申す君あやしとおほしてその返事はいかやうにして かいたしつるそれはみ給へすことかたよりいたし侍にける下人の申侍つるはあ かきしきしのいときよらなるとなん申侍つときこゆおほしあはするにたかふこ となしさまてみせつらんをかと〱しとおほせと人ちかけれはくはしくもの給 はすみちすから猶いとおそろしくくまなくおはするみやなりやいかなりけんつ" }, { "vol": 51, "page": 1909, "text": "いてにさる人ありときゝ給けんいかていひより給けんゐなかひたるあたりにて かうやうのすちのまきれはえしもあらしと思けるこそおさなけれさてもしらぬ あたりにこそさるすきことをものたまはめむかしよりへたてなくてあやしきま てしるへしゐてありきたてまつりし道にしもうしろめたくおほしよるへしやと 思ふにいとこゝろつきなしたいの御かたの御ことをいみしくおもひつゝとしこ ろすくすはわか心のをもさこよなかりけりさるはそれはいまはしめてさまあし かるへき程にもあらすもとよりのたよりにもよれるをたゝ心のうちのくまあら んかわかためもくるしかるへきによりこそおもひはゝかるもおこなるわさなり けりこのころかくなやましくし給てれいよりも人しけきまきれにいかてはる 〱とかきやり給らんおはしやそめにけんいとはるかなるけさうの道なりやあ やしくておはしところたつねられ給日もありときこえきかしさやうの事におほ しみたれてそこはかとなくなやみ給なるへしむかしをおほしいつるにもえおは せさりしほとのなけきいと〱ほしけなりきかしとつく〱とおもふに女のい たくもの思たるさまなりしもかたはし心えそめ給てはよろつおほしあはするに" }, { "vol": 51, "page": 1910, "text": "いとうしありかたきものは人の心にもあるかならうたけにおほとかなりとはみ えなからいろめきたるかたはそひたる人そかしこのみやの御くにてはいとよき あはひなりと思もゆつりつへくのく心ちし給へとやむことなくおもひそめし人 ならはこそあらめなをさるものにておきたらんいまはとてみさらんはたいとこ ひしかるへしと人わろくいろ〱心のうちにおほすわれすさましくおもひなり てすてをきたらはかならすかのみやよひとり給てん人のためのちのいとをしさ をもことにたとり給ましさやうにおほす人こそ一品の宮の御かたに人二三人ま いらせ給たなれさていてたちたらんをみきかんいとをしくなと猶すてかたくけ しきみまほしくて御文つかはすれいのすいしんめして御てつから人まにめしよ せたりみちさたの朝臣は猶なかのふかいゑにやかよふさなん侍と申すうちへは つねにやこのありけんおのこはやるらんかすかにてゐたる人なれはみちもおも ひかくらんかしとうちうめき給て人にみえてをまかれおこなりとの給かしこま りて少輔かつねにこの殿の御事あないしかしこの事とひしもおもひあはすれと ものなれてえ申いてす君もけすにくはしうはしらせしとおほせはとはせ給はす" }, { "vol": 51, "page": 1911, "text": "かしこには御つかひのれいよりもしけきにつけても物おもふ事さま〱なりた ゝかくその給へる なみこゆるころともしらすゝゑのまつまつらんとのみ思ひけるかな人にわ らはせ給なとあるをいとあやしとおもふにむねふたかりぬ御返事をこゝろえか ほにきこえんもいとつゝましくひか事にてあらんもあやしけれは御ふみはもと のやうにしてところたかへのやうにみえ侍れはなんあやしくなやましくてなに 事もとかきそへてたてまつれつみ給てさすかにいたくもしたるかなかけてみお はぬこゝろはへよとほゝゑまれたまふもにくしとはえおほしはてぬなめりまほ ならねとほのめかしたまへるけしきをかしこにはいとゝ思ひそふつゐにわか身 はけしからすあやしうなりぬへきなめりといとゝおもふ所に右近きてとのゝ御 ふみはなとてかへしたてまつらせ給つるそゆゝしくいみ侍るなる物をひか事の あるやうにみえつれはところたかへとてとのたまふあやしとみけれは道にてあ けてみるなりけりよからすの右近かさまやなみつとはいはてあないとをしみく るしき御事ともにこそ侍れ殿はものゝけしき御らんしたるへしといふにふみゝ" }, { "vol": 51, "page": 1912, "text": "つらんとおもはねはことさまにてかの御けしきみるひとのかたりたるにこそは と思ふにたれかさいふそなともえとひ給はすおもてさとあかみてものものたま はすこの人〱のみ思ふらんこともいみしくはつかしわかこゝろもてありそめ し事ならねとも心うきすくせかなと思ひいりてゐたるにしゝうとふたりして右 近かあねのひたちにても人ふたりみ侍しをほと〱につけてはかくそかしこれ もかれもおとらぬ心さしにて思ひまとひてはへりしほとに女はいまのかたにす こし心よせまさりてそ侍りけるそれにねたみてつゐにいまのをはころしてしそ かしさて我もすみ侍らすなりにきくにゝもいみしきあたらつはものうしなひつ またこのあやまちにたるもよきらうとうなれとかゝるあやまちしたるものをい かてかはつかはんとてくにのうちをもをいはらはれすへて女のたい〱しきそ とてたちのうちにもおい給へらさりしかはあつまの人になりてまゝもいまにこ ひなき侍はつみふかくこそみ給ふれゆゝしきついてのやうに侍れと上も下もか ゝるすちの事はおほしみたるゝはいとあしきわさなり御いのちまてにはあらす とも人の御ほと〱につけて侍ことなりしぬるにまさるはちなる事もよき人の" }, { "vol": 51, "page": 1913, "text": "御身には中〱侍なりひとかた〱におほしさためてよ宮も御心さしまさりて まめやかにたにきこえさせ給はゝそなたさまにもなひかせ給てものないたくな けかせたまひそやせおとろへさせ給もいとやくなしさはかりうへの思ひいたつ ききこえさせ給ものをまゝかこの御いそきにこゝろをいれてまとひゐて侍につ けてもそれよりこなたにときこえさせ給御事こそいと心くるしくいとをしけれ といふにいまひとりうたておそろしきまてなきこえさせ給そなに事も御すくせ にてこそあらめたゝ御心のうちにすこしおほしなひかんかたをさるへきにおほ しならせ給へいてやいとかたしけなくいみしき御けしきなりしかは人のかくお ほしいそくめりしかたにも心もよらすしはしはかくろへても御おもひのまさら せ給はんによらせ給ねとそおもひ侍とみやをいみしくめてきこゆる心なれはひ た道にいふいさや右近はとてもかくてもことなくすくさせ給へとはつせいし山 なとに願をなんたてゝ侍この大将殿の御さうの人〱といふものはいみしきふ てうものともにてひとるいこのさとにみちて侍なりおほかたこの山しろ山とに とのゝりやうし給所〱の人なんみなこのうとねりといふものゝゆかりかけつ" }, { "vol": 51, "page": 1914, "text": "ゝ侍なるそれかむこの右近のたいふといふものをもとゝしてよろつの事をゝき ておほせられたるなゝりよき人の御中とちはなさけなきことしいてよとおほさ すとも物ゝ心えぬゐ中ひとゝものとのゐ人にてかはり〱さふらへはをのかは んにあたりていさゝかなる事あらせしなとあやまちもし侍なんありしよの御あ りきはいとこそむくつけく思たまへられしかみやはわりなくつゝませ給とて御 ともの人もゐておはしまさすやつれてのみおはしますをさるものゝみつけたて まつりたらんはいといみしくなんといひつゝくるをきみ猶われを宮に心よせた てまつりたるとおもひてこの人〱のいふいとはつかしく心ちにはいつれとも 思はすたゝゆめのやうにあきれていみしくいられたまふをはなとかくしもとは かりおもへとたのみきこえてとしころになりぬる人をいまはともてはなれんと おもはぬによりこそかくいみしとものもおもひみたるれけによからぬ事もいて きたらん時とつく〱とおもひゐたりまろはいかてしなはやとよつかぬこゝろ うかりける身かなかくうきことあるためしはけすなとの中にたにもおほくやは あなるとてうつふし〱給へはかくなおほしめしそやすらかにおほしなせとて" }, { "vol": 51, "page": 1915, "text": "こそきこえさせはへれおほしぬへきことをもさらぬかほにのみのとかにみえさ せ給へるをこの御事のゝちいみしくこゝろいられをせさせ給へはいとあやしく なんみたてまつると心しりたるかきりはみなかくおもひみたれさはくにめのと をのかこゝろをやりてものそめいとなみゐたりいまゝいりわらはなとのめやす きをよひとりつゝかゝる人御らんせよあやしくてのみふさせ給るへはものゝけ なとのさまたけきこえさせんとするにこそとなけくとのよりはかのありし返事 をたにの給はて日ころへぬこのおとしゝうとねりといふものそきたるけにいと あら〱しくふつゝかなるさましたるおきなのこゑかれさすかにけしきある女 房にものとり申さんといはせたれは右近しもあひたりとのにめし侍しかはけさ まいり侍てたゝいまなんまかりかへり侍つるさうしともおほせられつるついて にかくておはしますほとに夜中あか月の事もなにかしらかくてさふらふとおも ほしてとのゐ人わさとさしたてまつらせ給事もなきをこのころきこしめせは女 房の御もとにしらぬところ〱の人〱かよふやうになんきこしめす事あるた い〱しきことなりとのゐにさふらふものともはそのあないといきゝたらんし" }, { "vol": 51, "page": 1916, "text": "らてはいかてかさふらふへきとゝはせ給へるにうけたまはらぬ事なれはなにか しは身のやまゐをもく侍てとのゐつかまつる事は月ころをこたりて侍れはあん ないもえしり侍らすさるへきおのこともはけたいなくもよをしさふらはせ侍を さの事きひしやうの事さふらはんをはいかてかうけたまはらぬやうは侍らんと なん申させ侍つるよういしてさふらへひんなきこともあらはおもくかんたうせ しめ給へきよしなんおほせ事侍つれはいかなるおほせ事にかとおそれ申侍とい ふをきくにふくろふのなかんよりもいとものおそろしいらへもやらてさりやき こえさせしにたかはぬ事ともをきこしめせものゝけしきは御らんしたるなめり 御せうそこも侍らぬかなとなけくめのとはほのうちきゝていとうれしくおほせ られたりぬす人おほかるわたりにとのゐ人もはしめのやうにもあらすみな身の かはりそといひつゝあやしきけすをのみまいらすれは夜行をたにえせぬにとよ ろこふ君はけにたゝいまいとあしくなりぬへき身なめりとおほすに宮よりはい かに〱とのみこけのみたるゝわりなさをのたまふいとわつらはしくてなんと てもかくてもひとかた〱につけていとうたてあることはいてきなんわか身ひ" }, { "vol": 51, "page": 1917, "text": "とつのなくなりなんのみこそめやすからめむかしはけさうする人のありさまの いつれれともなきに思わつらひてたにこそ身をなくるためしもありけれなから へはかならすうき事みえぬへき身のなくならんはなにかおしかるへきおやもし はしこそなけきまとひ給はめあまたの子ともあつかひにをのつからわすれくさ つみてんとありなからもてそこなひ人わらへなるさまにてさすらへんはまさる おもひなるへしなとおもひなるこめきおほとかにたを〱とみゆれとけたかう 世のありさまをもしるかたすくなくておほしたてたる人にしあれはすこしをす かるへきことをおもひよるなりけんかしむつかしきほくなとやりておとろ〱 しくひとたひにもしたゝめすとうたいの火にやき水になけいれさせなとやう 〱うしなふ心しらぬこたちはものへわたり給へけれはつれ〱なる月日をへ てはかなくしあつめ給へるてならひなとをやり給なめりとおもふしゝうなとそ みつくるときはなとかくはせさせ給あはれなる御中にこゝろとゝめてかきかは し給へるふみは人にこそみせさせ給はさらめものゝそこにおかせ給て御覧する なん程ほとにつけてはいとあはれに侍さはかりめてたき御かみつかひかたしけ" }, { "vol": 51, "page": 1918, "text": "なき御ことのはをつくさせ給へるをかくのみやらせたまふなさけなきことゝい ふなにかむつかしくなかゝるましき身にこそあめれおちとゝまりて人の御ため もいとをしからんさかしらにこれをとりをきけるよともりきゝ給はんこそはつ かしけれなとのたまふ心ほそきことをもおもひもてゆくにはまたえおもひたつ ましきわさなりけりおやをゝきてなくなる人はいとつみふかゝなるものをなと さすかにほのきゝたることをも思ふ廿日かあまりにもなりぬかのいゑあるし廿 八日にくたるへし宮はその夜かならすむかへんしも人なとによくけしきみゆま しきこゝろつかひし給へこなたさまよりはゆめにもきこえあるましうたかひた まふなゝとのたまふさてあるましきさまにておはしたらんにいまひとたひもの をもえきこえすおほつかなくて返したてまつらん事よ又時のまにてもいかてか こゝにはよせたてまつらんとするかひなくうらみてかへり給はんさまなとを思 ひやるにれいのおもかけはゝなれすたえすかなしくてこの御ふみをかほにをし あてゝしはしはつゝめともいといみしくなき給右近あかきみかゝる御けしきつ ゐに人みたてまつりつへしやう〱あやしなと思ふ人侍へかめりかうかゝつら" }, { "vol": 51, "page": 1919, "text": "ひおもほさてさるへきさまにきこえさせてよ右近侍らはおほけなき事もたはか りいたし侍らはかはかりちゐさき御身ひとつはそらよりいてたてまつらせ給な んといふとはかりためらひてかくのみいふこそ心うけれさもありぬへき事と思 ひかけはこそあらめあるましきことゝみな思ひとるにわりなくかくのみたのみ たるやうにのたまへはいかなることをしいて給はんとするにかなとおもふにつ けて身のいと心うきなりとて返事もきこえたまはすなりぬ宮かくのみ猶うけひ くけしきもなくて返事さへたえ〱になるはかの人のあるへきさまにいひした ゝめてすこし心やすかるへきかたに思さたまりぬるなめりことはりとおほす物 からいとくちをしくねたくさりとも我をはあはれと思たりしものをあひみぬと たえに人〱のいひしらするかたによるならむかしなとなかめ給にゆくかたし らすむなしきそらにみちぬる心ちし給へはれいのいみしくおほしたちてをはし ましぬあしかきのかたをみるにれいならすあれはたそといふこゑ〱いさとけ なりたちのきて心しりのをのこをいれたれはそれをさへとふさき〱のけはひ にもにすわつらはしくて京よりとみの御ふみあるなりといふ右近かすさのなを" }, { "vol": 51, "page": 1920, "text": "よひてあひたりいとわつらはしくいとゝおほゆさらにこよひはふようなりいみ しくかたしけなき事といはせたり宮なとかくもてはなるらんとおほすにわりな くてまつ時かたいりてしゝうにあひてさるへきさまにたはかれとてつかはすか と〱しき人にてとかくいひかまへてたつねあひたりいかなるにかあらんかの 殿のゝたまはする事ありとてとのゐにあるものとものさかしかりたちたるころ にていとわりなきなりおまへにもものをのみいみしくおほしためるはかゝる御 ことのかたしけなきをおほしみたるゝにこそはとこゝろくるしくなんみたてま つるさらにこよひは人けしきみ侍なは中〱にいとあしかりなんやかてさも御 こゝろつかひせさせたまひつへからん夜こゝにも人しれすおもひかまへてなん きこえさすへかめるめのとのいさとき事なとももかたるたいふおはしますみち のおほろけならすあなかちなる御けしきにあえなくきこえさせんなむたい〱 しきさらはいさたまへともにくはしくきこえさせ給へといさなふいとわりなか らんといひしろふ程に夜もいたくふけゆく宮は御むまにてすこしとほくたちた まへるにさとたひるこゑしたるいぬとものいてきてのゝしるもいとおそろしく" }, { "vol": 51, "page": 1921, "text": "人すくなにいとあやしき御ありきなれはすゝろならんものゝはしりきたらむも いかさまにとさふらふかきり心をそまとはしける猶とく〱まいりなんといひ さはかしてこのしゝうをゐてまいるかみわきよりかひこしてやうたいゝとをか しき人なりむまにのせんとすれとさらにきかねはきぬのすそをとりてたちそひ てゆくわかくつをはかせて身つからはともなる人のあやしきものをはきたりま いりてかくなんときこゆれはかたらひたまふへきやうたになけれはやまかつの かきねのおとろむくらのかけにあふりといふものをしきておろしたてまつるわ か御心ちにもあやしきありさまかなかゝる道にそこなはれてはか〱しくはえ あるましき身なめりとおほしつゝくるになき給ことかきりなしこゝろよはき人 はましていといみしくかなしとみたてまつるいみしきあたをおにゝつくりたり ともをろかにみすつましき人の御ありさまなりためらひ給てたゝひと事もえき こえさすましきかいかなれはいまさらかゝるそなを人〱のいひなしたるやう あるへしとのたまふありさまくはしくきこえてやかてさおほしめさん日をかね てはちるましきさまにたはからせたまへかくかたしけなき事ともをみたてまつ" }, { "vol": 51, "page": 1922, "text": "り侍れは身をすてゝも思ふたまへたはかり侍らんときこゆわれも人めをいみし くおほせはひとかたにうらみ給はんやうもなし夜はいたくふけゆくにこのもの とかめするいぬのこゑたえす人〱をひさけなとするにゆみひきならしあやし きをのことものこゑともして火あやふしなといふもいとこゝろあはたゝしけれ はかへり給ほといへはさらなり いつくにか身をはすてんとしら雲のかゝらぬ山もなく〱そゆくさらはは やとてこの人をかへし給ふ御けしきなまめかしくあはれに夜ふかき露にしめり たる御かのかうはしさなとたとへんかたなしなく〱そかへりきたる右近いひ きりつるよしいひたるに君はいよ〱おもひみたるゝ事おほくてふし給へるに いりきてありつるさまかたるいらへもせねとまくらのやう〱うきぬるをかつ はいかにみるらんとつゝましつとめてもあやしからんまみをおもへはむこにふ したりものはかなけにおひなとして経よむをやにさきたちなんつみうしなひた まへとのみおもふありしゑをとりいてゝみてかき給してつきかほのにほひなと のむかひきこえたらんやうにおほゆれはよへひとことをたにきこえすなりにし" }, { "vol": 51, "page": 1923, "text": "は猶いまひとへまさりていみしと思ふかのこゝろのとかなるさまにてみんとゆ くすゑとをかるへきことをのたまひわたる人もいかゝおほさんといとをしうき さまにいひなす人もあらんこそおもひやりはつかしけれとこゝろあさくけしか らす人わらへならんをきかれたてまつらんよりはなと思つゝけて なけきわひ身をはすつともなきかけにうき名なかさんことをこそおもへお やもいとこひしくれいは事におもひいてぬはらからのみにくやかなるもこひし 宮のうへをおもひいてきこゆるにもすへていまひとたひゆかしき人おほかり人 はみなをの〱ものそめいそきなにやかやといへとみゝにもいらす夜となれは 人にみつけられすいてゝゆくへきかたをおもひまうけつゝねられぬまゝに心ち もあしくみなたかひにたりあけたてはかはのかたをみやりつゝひつしのあゆみ よりもほとなき心地す宮はいみしき事ともをのたまへりいまさらに人やみんと おもへはこの御返事をたに思ふまゝにかゝす からをたにうきよの中にとゝめすはいつこをはかと君もうらみんとのみか きていたしつかの殿にもいまはけしきみせたてまつらまほしけれと所〱にか" }, { "vol": 51, "page": 1924, "text": "きをきてはなれぬ御中なれはつゐにきゝあはせ給はん事いとうかるへしすへて いかになりにけんとたれにもおほつかなくてやみなんと思ひかへす京よりはゝ の御ふみもてきたりねぬる夜の夢にいとさはかしくてみえ給つれはす経所〱 せさせなとし侍をやかてそのゆめのゝちねられさりつるけにやたゝいまひるね して侍ゆめに人のいむといふ事なんみえ給へれはおとろきなからたてまつるよ くつゝしませたまへ人はなれたる御すまゐにてとき〱たちよらせ給人の御ゆ かりもいとをそろしくなやましけにものせさせ給ふおりしも夢のかゝるをよろ つになん思給ふるまいりこまほしきを少将のかたの猶いと心もとなけにものゝ けたちてなやみ侍れはかた時もたちさる事といみしくいはれ侍りてなんそのち かきてらにもみす経せさせ給へとてそのれうのものふみなとかきそへてもてき たりかきりと思ふいのちのほとをしらてかくいひつゝけ給へるもいとかなしと おもふてらへ人やりたるほと返事かくいはまほしきことおほかれとつつましく てたゝ のちにまたあひみんことをゝもはなんこの世の夢にこゝろまとはてす経の" }, { "vol": 51, "page": 1925, "text": "かねの風につけてきこえくるをつく〱ときゝふし給へり かねのをとのたゆるひゝきにねをそへてわかよつきぬときみにつたへよく わんすもてきたるにかきつけてこよひはえかへるましといへは物のえたにゆひ つけておきつめのとあやしくこゝろはしりのするかなゆめもさはかしとのたま はせたりつとのゐ人よくさふらへといはするをくるしときゝふし給へりものき こしめさぬいとあやし御ゆつけなとよろつにいふをさかしかるめれとみにくゝ おひなりて我なくはいつくにかあらんとおもひやり給もいとあはれなり世中に ゑありはつましきさまをほのめかしていはんなとおほすにはまつおとろかされ てさきたつなみたをつゝみ給てものもいはれす右近ほとちかくふすとてかくの みものをおもほせはものおもふ人のたましゐはあくかるなるものなれはゆめも さはかしきならんかしいつかたとおほしさたまりていかにも〱おはしまさん なんとうちなけくなへたるきぬをかほにをしあてゝふしたまへりとなん" }, { "vol": 52, "page": 1931, "text": "かしこには人〻おはせぬをもとめさはけとかひなし物かたりのひめ君の人にぬ すまれたらむあしたの様なれはくはしくもいひつゝけす京よりありしつかひの かへらすなりにしかはおほつかなしとてまた人おこせたりまたとりのなくにな むいたしたてさせ給へるとつかひのいふにいかにきこえんとめのとよりはしめ てあはてまとふことかきりなし思ひやるかたなくてたゝさはきあへるをかの心 しれるとちなんいみしく物をおもひ給へりしさまを思ひ出るに身をなけたまへ るかとはおもひよりけるなく〱このふみをあけたれはいとおほつかなさにま とろまれ侍らぬけにやこよひは夢にたにうちとけてもみえす物におそはれつゝ 心地もれいならすうたて侍るを猶いとおそろしくものへわたらせ給はん事はち かゝなれとその程こゝにむかへたてまつりてむけふはあめふり侍ぬへけれはな とありよへの御かへりをもあけてみて右近いみしうなくされはよ心ほそきこと はきこえ給けり我になとかいさゝかの給ことのなかりけむをさなかりし程より つゆ心をかれたてまつる事なくちりはかりへたてなくてならひたるにいまはか きりのみちにしも我をゝくらかしけしきをたにみせたまはさりけるかつらき事" }, { "vol": 52, "page": 1932, "text": "とおもふにあしすりといふ事をしてなくさまわかきことものやうなりいみしく おほしたる御けしきはみたてまつりわたれとかけてもかくなへてならすおとろ 〱しきことおほしよらむものとはみえさりつる人の御心さまを猶いかにしつ る事にかとおほつかなくいみしめのとは中〱物もおほえてたゝいかさまにせ むいかさまにせんとそいはれける宮にもいとれいならぬけしきありし御かへり いかに思ならん我をさすかにあひ思たるさまなからあたなる心なりとのみふか くうたかひたれはほかへいきかくれんとにやあらむとおほしさはき御つかひあ りあるかきりなきまとふ程にきて御ふみもえたてまつらすいかなるそとけす女 にとへはうへのこよひにはかにうせ給にけれは物もおほえ給はすたのもしき人 もおはしまさぬおりなれはさふらひ給人〱はたゝものにあたりてなむまとひ 給といふ心もふかくしらぬをのこにてくはしうとはてまいりぬかくなんと申さ せたるに夢とおほえていとあやしいたくわつらふともきかすひころなやましと のみありしかときのふのかへりことはさりけもなくてつねよりもおかしけなり し物をとおほしやるかたなけれはときかたいきてけしきみたしかなる事とひき" }, { "vol": 52, "page": 1933, "text": "けとの給へはかの大将殿いかなることかきゝ給事侍けんとのゐするものをろか なりなといましめおほせらるゝとて下人のまかりいつるをもみとかめとひはへ るなれはことつくることなくてときかたまかりたらんをものゝきこえ侍らはお ほしあはすることなとや侍らむさてにはかに人のうせ給へらん所はろなうさは かしう人しけく侍らむをときこゆさりとてはいとおほつかなくてやあらむ猶と かくさるへきさまにかまへてれいの心しれるしゝうなとにあひていかなること をかくいふそとあないせよけすはひかこともいふなりとの給へはいとおしき御 けしきもかたしけなくてゆふつかたゆくかやすき人はとくいきつきぬあめすこ しふりやみたれとわりなき道にやつれてけすのさまにてきたれは人おほくたち さはきてこよひやかておさめたてまつるなりなといふをきく心ちもあさましく おほゆ右近にせうそこしたれともえあはすたゝいまものおほえすおきあからん 心地もせてなむさるはこよひはかりこそかくもたちより給はめえきこえぬ事と いはせたりさりとてかくおほつかなくてはいかゝかへりまいり侍らむいまひと ゝころたにとせちにいひたれはしゝうそあひたりけるいとあさましおほしもあ" }, { "vol": 52, "page": 1934, "text": "へぬさまにてうせ給にたれはいみしといふにもあかすゆめのやうにてたれも 〱まとひ侍よしを申させ給へすこしも心地のとめ侍てなむひころもゝのおほ したりつるさまひとよいと心くるしとおもひきこえさせ給へりしありさまなと もきこえさせ侍へきこのけからひなと人のいみはへるほとすくしていまひとた ひたちより給へといひてなくこといといみしうちにもなくこゑ〱のみしてめ のとなるへしあかきみやいつかたにかおはしましぬるかへり給へむなしきから をたにみたてまつらぬかゝひなくかなしくもあるかなあけくれみたてまつりて もあかすおほえ給ひいつしかゝひある御さまをみたてまつらむとあしたゆふへ にたのみきこえつるにこそいのちものひ侍つれうちすて給ひてかくゆくゑもし らせ給はぬ事おにかみもあかきみをはえりやうしたてまつらし人のいみしくお しむ人をはたいしやくもかへし給なりあか君をとりたてまつりたらむ人にまれ おにゝまれかへしたてまつれなき御からをもみたてまつらんといひつゝくるか 心えぬことゝもましるをあやしと思ひて猶の給へもし人のかくしきこえ給へる かたしかにきこしめさんと御身のかはりにいたしたてさせ給へる御つかひなり" }, { "vol": 52, "page": 1935, "text": "いまはとてもかくてもかひなきことなれとのちにもきこしめしあはすることの 侍らんにたかふことましらはまいりたらむ御つかひのつみなるへしまたさりと もとたのませ給て君たちにたいめんせよとおほせられつる御心はえもかたしけ なしとはおほされすやをんなのみちにまとひ給ことは人のみかとにもふるきた めしともありけれとまたかゝることこのよにはあらしとなんみたてまつるとい ふにけにいとあはれなる御つかひにこそあれかくすとすともかくてれいならぬ ことのさまをのつからきこえなむと思ひてなとかいさゝかにても人やかくひた てまつり給らんと思よるへきことあらむにはかくしもあるかきりまとひ侍らむ ひころいといみしくものをおほしいるめりしかはかのとのゝわつらはしけにほ のめかしきこえ給ことなともありき御ははにものし給人もかくのゝしるめのと なともはしめよりしりそめたりしかたにわたり給はんとなんいそきたちてこの 御事をは人しれぬさまにのみかたしけなくあはれと思ひきえさせ給へりしに御 心みたれけるなるへしあさましう心とみをなくなし給へるやうなれはかく心の まとひにひか〱しくいひつゝけらるゝなめりとさすかにまほならすほのめか" }, { "vol": 52, "page": 1936, "text": "す心えかたくおほえてさらはのとかにまいらむたちなから侍もいとことそきた るやうなりいま御身つからもおはしましなんといへはあなかたしけないまさら 人のしりきこえさせむもなき御ためは中〱めてたき御すくせみゆへき事なれ としのひ給しことなれはまたもらさせ給はてやませ給はむなん御心さしに侍へ きこゝにはかくよつかすうせ給へるよしを人にきかせしとよろつにまきらはす をしねんにこととものけしきもこそみゆれとおもへはかくそゝのかしやりつあ めのいみしかりつるまきれにはゝ君もわたり給へりさらにいはむかたもなくめ のまへになくなしたらむかなしさはいみしうともよのつねにてたくひあること なりこれはいかにしつる事そとまとふかゝる事とものまきれありていみしうも の思ひ給らんともしらねは身をなけ給へらんともおもひもよらすおにやくひつ らんきつねめくものやとりもていぬらんいとむかしものかたりのあやしきもの ゝことのたとひにかさやうなる事もいふなりしと思ひいつさてはかのおそろし と思きこゆるあたりに心なとあしき御めのとやうのものやかうむかへ給へしと きゝてめさましかりてたはかりたる人もやあらむとけすなとをうたかひいまま" }, { "vol": 52, "page": 1937, "text": "いりの心しらぬやあるとゝへはいとよはなれたりとてありならはぬ人はこゝに てはかなきこともえせすいまとくまいらむといひてなむみなそのいそくへきも のともなととりくしつゝ返いて侍にしとてもとよりある人たにかたへはなくて いと人すくなゝるおりになんありけるしゝうなとこそひころの御けしきおもひ いて身をうしなひてはやなとなきいり給ひしおり〱のありさまかきをき給へ るふみをもみるになきかけにとかきすさひ給へるものゝすゝりのしたにありけ るをみつけてかはのかたをみやりつゝひゝきのゝしる水のをとをきくにもうと ましくかなしとおもひつゝさてうせ給けむ人をとかくいひさはきていつくにも 〱いかなるかたになり給にけむとおほしうたかはんもいとおしきことゝいひ あはせてしのひたる事とても御心よりおこりてありし事ならすおやにてなきの ちにきゝ給へりともいとやさしき程ならぬをありのまゝにきこえてかくいみし くおほつかなきことゝもをさへかた〱思ひまとひ給さまはすこしあきらめさ せたてまつらんなくなり給へる人とてもからをゝきてもてあつかふこそよのつ ねなれよつかぬけしきにてひころもへはさらにかくれあらし猶きこえていまは" }, { "vol": 52, "page": 1938, "text": "よのきこえをたにつくろはむとかたらひてしのひてありしさまをきこゆるにい ふ人もきえいりえいひやらすきく心地もまとひつゝさはこのいとあらましとお もふかはになかれうせ給にけりと思ふにいとゝ我もおちいりぬへき心地してお はしましにけむかたをたつねてからをたにはか〱しくをさめむとの給へとさ らになにのかひ侍らし行衛もしらぬおほうみのはらにこそおはしましにけめさ るものから人のいひつたへん事はいときゝにくしときこゆれはとさまかくさま に思ふにむねのせきのほる心地していかにも〱すへきかたもおほえ給はぬを この人〻ふたりして車よせさせておましともけちかうつかひ給し御てうととも みななからぬきをき給へる御ふすまなとやうのものをとりいれてめのとこのた いとくそれかおちのあさりそのてしのむつましきなともとよりしりたるおいほ うしなと御いみにこもるへきかきりして人のなくなりたるけはひにまねひてい たしたつるをめのとはゝ君はいといみしくゆゝしとふしまろふ大夫うとねりな とおとしきこえしものともゝまいりて御さうそうの事はとのに事のよしも申さ せ給て日さためられいかめしうこそつかうまつらめなといひけれとことさらこ" }, { "vol": 52, "page": 1939, "text": "よひすくすましいとしのひてと思やうあれはなんとてこの車をむかひの山のま へなるはらにやりて人もちかうもよせすこのあないしりたるほうしのかきりし てやかすいとはかなくてけふりはゝてぬゐ中人ともは中中かゝる事をこと〱 しくしなしこといみなとふかくするものなりけれはいとあやしうれいのさほう なとあることゝもしらすけすけすしくあへなくてせられぬる事かなとそしりけ れはかたへおはする人はことさらにかくなむ京の人はし給なとそさまさまにな んやすからすいひけるかゝる人とものいひ思ふことたにつゝましきをましても のゝきこえかくれなき世の中に大将殿わたりにからもなくうせ給にけりときか せ給はゝかならすおもほしうたかふこともあらむを宮はたおなし御なからひに てさる人のおはしおはせすしはしこそしのふともおほさめつゐにはかくれあら しまたさためて宮をしもうたかひきこえ給はしいかなる人かゐてかくしけんな とそおほしよせむかしいき給ての御すくせはいとけたかくおはせし人のけにな きかけにいみしきことをやうたかはれ給はんとおもへはこゝのうちなるしも人 ともにもけさのあはたゝしかりつるまとひにけしきもみきゝつるにはくちかた" }, { "vol": 52, "page": 1940, "text": "めあないしらぬにはきかせしなとそたはかりけるなからへてはたれにもしつや かにありしさまをもきこえてんたゝいまはかなしさゝめぬへきことふと人つて にきこしめさむは猶いと〱おしかるへきことなるへしとこの人ふたりそふか く心のおにそひたれはもてかくしける大将殿はにうたうの宮のなやみ給けれは いし山にこもり給てさはき給ころなりけりさていとゝかしこをおほつかなうお ほしけれとはか〱しうさなむといふ人はなかりけれはかゝるいみしきことに もまつ御つかひのなきを人めも心うしと思にみさうの人なんまいりてしか〱 と申させけれはあさましき心ちし給て御つかひそのまたの日またつとめてまい りたりいみしきことはきくまゝに身つからものすへきにかくなやみ給御事によ りつゝしみてかゝるところに日をかきりてこもりたれはなむよへのことはなと かこゝにせうそこして日をのへてもさる事はする物をいとかろらかなるさまに ていそきせられにけるとてもかくてもおなしいふかひなさなれととちめの事を しもやまかつのそしりをさへおふなむこゝのためもからきなとかのむつましき おほくらの大輔しての給へり御つかひのきたるにつけてもいとゝいみしきにき" }, { "vol": 52, "page": 1941, "text": "こえんかたなきことゝもなれはたゝなみたにおほゝれたるはかりをかことにて はか〱しうもいらへやらすなりぬとのは猶いとあへなくいみしときゝ給にも 心うかりけるところかなおになとやすむらむなとていまゝてさるところにすへ たりつらむ思はすなるすちのまきれあるやうなりしもかくはなちをきたるに心 やすくて人もいひをかし給なりけむかしと思にもわかたゆくよつかぬ心のみく やしく御むねいたくおほえ給なやませ給あたりにかゝる事おほしみたるゝもう たてあれは京におはしぬ宮の御かたにもわたり給はすこと〱しきほとにも侍 らねとゆゝしき事をちかうきゝつれは心のみたれ侍ほともいまいましうてなと きこえ給てつきせすはかなくいみしきよをなけき給ありしさまかたちいとあい きやうつきおかしかりしけはひなとのいみしく恋しくかなしけれはうつゝの世 にはなとかくしも思はれすのとかにてすくしけむたゝいまはさらに思ひしつめ んかたなきまゝにくやしきことのかすしらすかゝることのすちにつけていみし うものすへきすくせなりけりさまことに心さしたりし身の思のほかにかくれい の人にてなからふるをほとけなとのにくしとみ給にや人の心をおこさせむとて" }, { "vol": 52, "page": 1942, "text": "ほとけのし給はうへむは慈悲をもかくしてかやうにこそはあなれと思つゝけ給 つゝをこなひをのみし給かの宮はたまして二三日は物もおほえ給はすうつし心 もなきさまにていかなる御物のけならんなとさはくにやうやうなみたつくし給 ておほししつまるにしもそありしさまは恋しういみしく思ひいてられ給ける人 にはたゝおほむやまいのをもきさまをのみゝせてかくすそろなるいやめのけし きしらせしとかしこくもてかくすとおほしけれとをのつからいとしるかりけれ はいかなることにかくおほしまとひ御いのちもあやうきまてしつみ給らんとい ふ人もありけれはかのとのにもいとよくこの御けしきをきゝ給にされはよなを よそのふみかよはしのみにはあらぬなりけりみ給てはかならすさおほしぬへか りし人そかしなからへましかはたゝなるよりそ我ためにおこなる事もいてきな ましとおほすになむこかるゝむねもすこしさむる心ちし給ける宮の御とふらひ に日〻にまいり給はぬ人なくよのさはきとなれるころこと〱しききはならぬ 思にこもりゐてまいらさらんもひかみたるへしとおほしてまいり給そのころ式 部卿宮ときこゆるもうせ給にけれはおほんをちのふくにてうすにひなるも心の" }, { "vol": 52, "page": 1943, "text": "うちにあはれに思ひよそへられてつきつきしくみゆすこしおもやせていとゝな まめかしきことまさり給へり人〻まかりいてゝしめやかなるゆふくれなり宮ふ ししつみてはなき御心ちなれはうとき人にこそあひ給はねみすのうちにもれい ゝり給人にはたいめんし給はすもあらすみえ給はむもあひなくつゝましみ給に つけてもいとゝなみたのまつせきかたさをおほせとおもひしつめておとろ〱 しき心ちにも侍らぬをみな人つゝしむへきやまゐのさまなりとのみものすれは うちにも宮にもおほしさはくかいとくるしくけによの中のつねなきをも心ほそ くおもひ侍との給ておしのこひまきらはし給とおほす涙のやかてとゝこほらす ふりおつれはいとはしたなけれとかならすしもいかてか心えんたゝめゝしく心 よはきとやみゆらんとおほすもさりやたゝこの事をのみおほすなりけりいつよ りなりけむ我をいかにおかしとものわらひし給心地に月ころおほしわたりつら むと思にこの君はかなしさはわすれ給へるをこよなくもをろかなるかなものゝ せちにおほゆるときはいとかゝらぬ事につけてたに空とふとりのなきわたるに ももよをされてこそかなしけれわかかくすそろに心よはきにつけてももし心え" }, { "vol": 52, "page": 1944, "text": "たらむにさいふはかりものゝあはれもしらぬ人にもあらすよの中のつねなき事 おしみておもへる人しもつれなきとうらやましくも心にくゝもおほさるゝ物か らまきはしらはあはれなりこれにむかひたらむさまもおほしやるにかたみそか しともうちまもり給やう〱よの物かたりきこえ給にいとこめてしもはあらし とおほしてむかしより心にこめてしはしもきこえさせぬことのこし侍かきりは いといふせくのみ思ひ給へられしをいまは中〱上らうになりにて侍りまし て御いとまなき御ありさまにて心のとかにおはしますおりも侍らねはとのゐな とにその事となくてはえさふらはすそこはかとなくてすくし侍をなんむかし御 らんせし山さとにはかなくてうせ侍にし人のおなしゆかりなる人おほえぬとこ ろに侍りときゝつけ侍りてとき〱さてみつへくやと思給へしにあいなく人の そしりも侍りぬへかりしおりなりしかはこのあやしき所にをきて侍しをおさ 〱まかりてみる事もなく又かれもなにかしひとりをあひたのむ心もことにな くてやありけむとはみ給つれとやむことなくもの〱しきすちに思給へはこそ あらめみるにはたことなるとかも侍らすなとして心やすくらうたしと思給へつ" }, { "vol": 52, "page": 1945, "text": "る人のいとはかなくてなくなり侍にけるなへてよのありさまをおもひ給つゝけ 侍にかなしくなんきこしめすやうも侍るらむかしとていまそなき給これもいと かうはみえたてまつらしおこなりと思ひつれとこほれそめてはいとゝめかたし けしきのいさゝかみたりかほなるをあやしくいとおしとおほせとつれなくてい とあはれなることにこそきのふほのかにきゝ侍きいかにともきこゆへく思侍な からわさと人にきかせ給はぬ事ときゝ侍しかはなむとつれなくの給へといとた へかたけれはことすくなにておはしますさるかたにても御らむせさせはやと思 給へりし人になんをのつからさもや侍けむ宮にもまいりかよふへきゆへ侍しか はなとすこしつゝけしきはみて御心ちれいならぬほとはすそろなるよのことき こしめしいれ御みゝおとろくもあいなきことになむよくつゝしませおはしませ なときこえをきていて給ぬいみしくもおほしたりつるかないとはかなかりけれ とさすかにたかき人のすくせなりけりたうしのみかときさきのさはかりかしつ きたてまつり給みこかほかたちよりはしめてたゝいまのよにはたくひおはせさ めりみ給人とてもなのめならすさま〱につけてかきりなき人をゝきてこれに" }, { "vol": 52, "page": 1946, "text": "御心をつくしよの人たちさはきてすほうと経まつりはらへとみち〱にさはく はこの人をおほすゆかりの御心地のあやまりにこそはありけれわれもかはかり の身にて時のみかとの御むすめをもちたてまつりなからこの人のらうたくおほ ゆるかたはをとりやはしつるましていまはとおほゆるには心をのとめんかたな くもあるかなさるはおこなりかゝらしと思しのふれとさま〱に思ひみたれて 人木石にあらされはみななさけありとうちすうしてふし給へりのちのしたゝめ なともいとはかなくしてけるを宮にもいかゝきゝ給らむといとおしくあへなく ははのなを〱しくてはらからあるはなとさやうの人はいふ事あんなるを思て ことそくなりけんかしなと心つきなくおほすおほつかなさもかきりなきをあり けむさまも身つからきかまほしとおほせとなかこもりし給はむもひんなしいき といきてたちかへらむも心くるしなとおほしわつらふ月たちてけふそわたらま しとおほしいて給日の夕暮いとものあはれなりおまへちかきたちはなのかのな つかしきにほとゝきすのふたこゑはかりなきてわたるやとにかよはゝとひとり こち給もあかねはきたの宮にこゝにわたり給日なりけれは立花をおらせてきこ" }, { "vol": 52, "page": 1947, "text": "え賜 しのひねや君もなくらむかひもなきしてのたおさに心かよはゝ宮は女君の 御さまのいとよくにたるをあはれとおほしてふたところなかめ給おりなりけり けしきある文かなとみ給て たちはなのかほるあたりは郭公心してこそなくへかりけれわつらはしとか き給女君このことのけしきはみなみしり給てけりあはれにあさましきはかなさ のさま〱につけて心ふかきなかにわれひとりもの思しらねはいまゝてなから ふるにやそれもいつまてと心ほそくおほす宮もかくれなきものからへたて給も いと心くるしけれはありしさまなとすこしはとりなをしつゝかたりきこえ給か くし給しかつらかりしなとなきみわらひみきこえ給にもこと人よりはむつまし くあはれなりこと〱しくうるはしくてれいならぬ御事のさまもおとろきまと ひ給所にては御とふらひの人しけくちゝおとゝせうとの君たちひまなきもいと うるさきにこゝはいと心やすくてなつかしくそおほされけるいと夢のやうにの み猶いかていとにはかなりけることにかはとのみいふせけれはれいの人〻めし" }, { "vol": 52, "page": 1948, "text": "て右近をむかへにつかはすはゝ君もさらにこの水のをとけはひをきくにわれも まろひいりぬへくかなしく心うきことのとまるへくもあらねはいとわひしうて かへり給ひにけり念仏のそうともをたのもしきものにていとかすかなるにいり きたれはこと〱しくにはかにたちめくりしとのゐ人ともゝみとかめすあやに くにかきりのたひしもいれたてまつらすなりにしよと思いつるもいとおしさる ましきことをおもほしこかるゝことゝみくるしくみたてまつれとこゝにきては おはしましゝよな〱のありさまいたかれたてまつり給てふねにのり給しけは ひのあてにうつくしかりしことなとを思出るに心つよき人なくあはれなり右近 あひていみしうなくもことはりなりかくの給はせて御つかひになむまいりつる といへはいまさらに人もあやしといひ思はむもつゝましくまいりてもはか〱 しくきこしめしあきらむはかりものきこえさすへき心ちもし侍らすこの御いみ はてゝあからさまにもなんと人にいひなさんもすこしにつかはしかりぬへき 程になしてこそ心よりほかのいのち侍らはいさゝか思ひしつまらむおりになん おほせ事なくともまいりてけにいと夢のやうなりしことゝももかたりきこえ" }, { "vol": 52, "page": 1949, "text": "まほしきといひてけふはうこくへくもあらす大夫もなきてさらにこの御中の ことこまかにしりきこえさせ侍らす物の心しり侍すなからたくひなき御心さ しをみたてまつり侍しかは君たちをもなにかはいそきてしもきこえうけ給は らむつゐにはつかうまつるへきあたりにこそと思給へしをいふかひなくかな しき御事のゝちはわたくしの御心さしも中〱ふかさまさりてなむとかたら ふわさと御車なとおほしめくらしてたてまつれ給へるをむなしくてはいと〱 おしうなむいまひとゝころにてもまいり給へといへはしゝうの君よひいてゝさ はまいり給へといへはましてなに事をかはきこえさせむさても猶この御いみの 程にはいかてかいませ給はぬかといへはなやませ給御ひゝきにさま〱の御つ ゝしみともはへめれといみあへさせ給ましき御けしきになんまたかくふかき御 ちきりにてはこもらせ給てもこそおはしまさめのこりの日いくはくならす猶ひ とゝころまいり給へとせむれはしゝうそありし御さまもいと恋しう思きこゆる にいかならむよにかはみたてまつらむかゝるおりにと思ひなしてまいりけるく ろききぬともきてひきつくろひたるかたちもいときよけなりもはたゝいまわれ" }, { "vol": 52, "page": 1950, "text": "よりかみなる人なきにうちたゆみて色もかへさりけれはうすいろなるをもたせ てまいるおはせましかはこのみちにそしのひていて給はまし人しれす心よせき こえしものをなと思にもあはれなりみちすからなく〱なむきける宮はこの人 まいれりときこしめすもあはれなり女君にはあまりうたてあれはきこえ給はす しむてんにおはしましてわたとのにおろし給へりありけんさまなとくはしう とはせ給にひころおほしなけきしさまそのよなき給しさまあやしきまてことす くなにおほおほとのみものし給ていみしとおほすことをも人にうちいて給事は かたくものつゝみをのみし給ひしけにやの給ひをくことも侍らす夢にもかく心 つよきさまにおほしかくらむとはおもひ給へすなむ侍しなとくはしうきこゆれ はましていといみしうさるへきにてもともかくもあらましよりもいかはかりも のを思ひたちてさる水におほれけんとおほしやるにこれをみつけてせきとめた らましかはとわきかへる心地し給へとかひなし御文をやきうしなひ給しなとに なとてめをたて侍らさりけんなとよ一よかたらひ給にきこえあかすかの巻数に かきつけ給へりしはゝ君の返ことなとをきこゆなにはかりのものとも御らんせ" }, { "vol": 52, "page": 1951, "text": "さりし人もむつましくあはれにおほさるれは我もとにあれかしあなたもゝては なるへくやはとの給へはさてさふらはんにつけてももののみかなしからんを思 給へれはいまこの御はてなとすくしてときこゆ又もまいれなとこの人をさへあ かすおほすあか月かへるにかの御れうにとてまうけさせ給けるくしのはこひと よろひころもはこひとよろひをくり物にせさせ給さま〱にせさせ給ことはお ほかりけれとおとろ〱しかりぬへけれはたゝこの人におほせたる程なりけり なに心もなくまいりてかゝることとものあるを人はいかゝみんすゝろにむつか しきわさかなと思ひわふれといかゝはきこえかへさむうこんとふたりしのひて みつゝつれ〱なるまゝにこまかにいまめかしうしあつめたることゝもをみて もいみしうなくさうそくもいとうるはしうしあつめたる物ともなれはかゝる御 ふくにこれをはいかてかかくさむなともてわつらひける大将殿も猶いとおほつ かなきにおほしあまりておはしたりみちの程よりむかしのことゝもかきあつめ つゝいかなるちきりにてこのちゝみこの御もとにきそめけむかゝる思ひかけぬ はてまて思あつかひこのゆかりにつけては物をのみ思よいとたうとくおはせし" }, { "vol": 52, "page": 1952, "text": "あたりにほとけをしるへにてのちのよをのみちきりしに心きたなきすゑのたか ひめに思しらするなめりとそおほゆる右近めしいてゝありけんさまもはか〱 しうきかす猶つきせすあさましうはかなけれはいみののこりもすくなくなりぬ すくしてと思ひつれとしつめあへすものしつるなりいかなる心ちにてかはかな くなり給にしとゝひ給にあま君なともけしきはみてけれはつゐにきゝあはせ給 はんを中〱かくしてもことたかひてきこえんにそこなはれぬへしあやしきこ とのすちにこそそらことも思めくらしつゝならひしかかくまめやかなる御けし きにさしむかひきこえてはかねてといはむかくいはむとまうけしことはをもわ すれわつらはしうおほえけれはありしさまのことゝもをきこえつあさましうお ほしかけぬすちなるに物もとはかりの給はすさらにあらしとおほゆるかななへ ての人の思いふことをもこよなくことすくなにおほとかなりし人はいかてかさ るおとろ〱しきことは思たつへきそいかなるさまにこの人〻もてなしてい ふにかと御心もみたれまさり給へと宮もおほしなけきたるけしきいとしるし ことのありさまもしかつれなしつくりたらむけはひはをのつからみえぬへき" }, { "vol": 52, "page": 1953, "text": "をかくおはしましたるにつけてもかなしくいみしきことをかみしもの人つとひ てなきさはくをときゝ給へは御ともにくしてうせたる人やある猶ありけんさま をたしかにいへわれをゝろかなりと思てそむき給ことはよもあらしとなむ思ふ いかやうなるたちまちにいひしらぬことありてかさるわさはし給はむわれなむ えしむすましきとの給へはいとゝしくされはよとわつらはしくてをのつから きこしめしけむもとよりおほすさまならておいいて給へりし人のよはなれた る御すまいののちはいつとなく物をのみおほすめりしかとたまさかにもかくわ たりおはしますをまちきこえさせ給にもとよりの御身のなけきをさへなくさめ 給つゝ心のとかなるさまにてとき〱もみたてまつらせ給へきやうにはいつし かとのみことにいてゝはの給はねとおほしわたるめりしをその御ほいかなふへ きさまにうけ給はる事とも侍しにかくてさふらふ人ともゝうれしきことに思た まへいそきかのつくは山もからうして心ゆきたるけしきにてわたらせ給はんこ とをいとなみ思給へしに心えぬ御せうそこ侍けるにこのとのゐつかふまつるも のともゝ女はうたちらうかはしかなりなといましめおほせらるゝことなと申て" }, { "vol": 52, "page": 1954, "text": "ものゝ心えすあら〱しきはゐ中人とものあやしきさまにとりなしきこゆるこ ととも侍しをそのゝちひさしう御せうそこなとも侍らさりしに心うき身なりと のみいはけなかりし程よりおもひしるを人かすにいかてみなさんとのみよろつ に思ひあつかひ給はゝ君の中〱なることの人わらはれになりてはいかに思ひ なけかんなとおもむけてなんつねになけき給しそのすちよりほかになにことを かと思給へよるにたへ侍らすなむおになとのかくしきこゆともいさゝかのこる ところも侍なる物をとてなくさまもいみしけれはいかなることにかとまきれつ る御心もうせてせきあへ給はすわれはこゝろに身をもまかせすけむせうなるさ まにもてなされたるありさまなれはおほつかなしとおもふおりもいまちかくて 人の心をくましくめやすきさまにもてなしてゆくすゑなかくをと思のとめつゝ すくしつるをゝろかにみなし給つらんこそ中〱わくるかたありけるとおほゆ れいまはかくたにいはしとおもへとまた人のきかはこそあらめ宮の御ことよい つよりありそめけんさやうなるにつけてやいとかたはに人の心をまとはし給宮 なれはつねにあひみたてまつらぬなけきに身をもうしなひ給へるとなむおもふ" }, { "vol": 52, "page": 1955, "text": "なをいへわれにはさらになかくしそとの給へはたしかにこそはきゝ給てけれと いと〱おしくていと心うきことをきこしめしけるにこそは侍なれ右近もさふ らはぬおりは侍らぬものをとなかめやすらひてをのつからきこしめしけんこの 宮のうへの御かたにしのひてわたらせ給へりしをあさましく思ひかけぬほとに いりおはしたりしかといみしきことをきこえさせ侍ていてさせ給にきそれにお ち給てかのあやしく侍しところにはわたらせ給へりしなりそのゝちをとにもき こえしとおほしてやみにしをいかてかきかせ給けんたゝこのきさらきはかりよ りをとつれきこえ給へし御ふみはいとたひ〱侍しかと御らんしいるゝことも 侍らさりきいとかたしけなくうたてあるやうになとそ右近なときこえさせしか はひとたひふたゝひやきこえさせ給けむそれよりほかの事はみ給へすときこえ さすかうそいはむかししゐてとはむもいとおしくてつく〱とうちなかめつゝ 宮をめつらしくあはれとおもひきこえてもわかかたをさすかにをろかにおもは さりけるほとにいとあきらむるところなくはかなけなりし心にてこの水のちか きをたよりにて思よるなりけんかしわかこゝにさしはなちすゑさらましかはい" }, { "vol": 52, "page": 1956, "text": "みしくうきよにふともいかてかかならすふかきたにをももとめいてましといみ しううき水のちきりかなとこのかはのうとましうおほさるゝこといとふかしと しころあはれと思そめたりしかたにてあらき山路をゆきかへりしもいまはまた 心うくてこのさとの名をたにえきくましき心地し給宮のうへのゝたまひはしめ しひとかたとつけそめたりしさへゆゝしうたゝわかあやまちにうしなひつる人 なりと思もてゆくにはゝはのなをかろひたるほとにてのちのうしろみもいとあ やしくことそきてしなしけるなめりと心ゆかす思つるをくはしうきゝ給になむ いかに思らむさはかりの人のこにてはいとめてたかりし人をしのひたる事はか ならすしもえしらてわかゆかりにいかなることのありけるならむとそおもふな るらむかしなとよろつにいとおしくおほすけからひといふことはあるましけれ と御ともの人めもあれはのほり給はて御くるまのしちをめしてつまとのまへに そゐ給ひけるもみくるしけれはいとしけきこのしたにこけをおましにてとはか りゐ給へりいまはこゝをきてみむことも心うかるへしとのみゝめくらしたまひ て" }, { "vol": 52, "page": 1957, "text": "われも又うきふるさとをあれはてはたれやとりきのかけをしのはむあさり いまはりしなりけりめしてこの法事のことをきてさせ給念仏そうのかすそへな とせさせ給つみいとふかゝなるわさとおほせはかろむへきことをそすへき七日 〱に経仏くやうすへきよしなとこまかにの給ていとくらうなりぬるにかへり 給もあらましかはこよひかへらましやはとのみなんあま君にせうそこせさせ給 へれといとも〱ゆゝしき身をのみおもひ給へしつみていとゝものも思給へら れすほれ侍てなむうつふし伏て侍ときこえていてこねはしゐてもたちより給は すみちすからとくむかへとり給はすなりにけることくやしう水のをとのきこゆ るかきりは心のみさはき給てからをたにたつねすあさましくてもやみぬるかな いかなるさまにていつれのそこのうつせにましりけむなとやるかたなくおほす かのはゝ君は京にこうむへきむすめのことによりつゝしみさはけはれいのいゑ にもえいかすすゝろなるたひゐのみして思なくさむおりもなきにまたこれもい かならむとおもへとたいらかにうみてけりゆゝしけれはえよらすのこりの人〻 のうへもおほえすほれまとひてすくすに大将殿より御つかひしのひてありもの" }, { "vol": 52, "page": 1958, "text": "おほえぬ心ちにもいとうれしくあはれなりあさましきことはまつきこえむと思 給へしを心ものとまらすめもくらき心地してまいていかなるやみにかまとはれ 給らんとそのほとをすくしつるにはかなくてひころもへにけることをなんよの つねなさもいとゝおもひのとめむかたなくのみ侍るを思ひのほかにもなからへ はすきにしなこりとはかならすさるへきことにもたつね給へなとこまかにかき 給て御つかひにはかのおほくらの大夫をそ給へりける心のとかによろつを思つ ゝとしころにさへなりにけるほとかならすしも心さしあるやうにはみ給はさり けむされといまよりのちなにことにつけてもかならすわすれきこえしまたさや うにを人しれす思をき給へをさなき人ともゝあなるをおほやけにつかうまつら むにもかならすうしろみ思へくなむなとこと葉にもの給へりいたくしもいむま しきけからひなれはふかうしもふれ侍らすなといひなしてせめてよひすゑたり 御返なく〱かくいみしきことにしなれ侍らぬいのちを心うくおもふ給へなけ き侍にかゝるおほせ事み侍へかりけるにやとなんとしころはこゝろほそきあり さまをみ給へなからそれはかすならぬ身のをこたりに思給へなしつゝかたしけ" }, { "vol": 52, "page": 1959, "text": "なき御ひとことをゆくすゑなかくたのみきこえ侍しにいふかひなくみ給へはて ゝはさとのちきりもいと心うくかなしくなんさま〱にうれしきおほせことに いのちのひ侍りていましはしなからへ侍らはなをたのみきこえ侍へきにこそと 思給ふるにつけてもめのまへのなみたにくれてえきこえさせやらすなむなとか きたり御つかひになへてのろくなとはみくるしきほとなりあかぬ心ちもすへけ れはかの君にたてまつらむと心さしてもたりけるよきはむさいのおひたちのお かしきなとふくろにいれて車にのるほとこれはむかしの人の御心さしなりとて をくらせてけりとのに御らんせさすれはいとすそろなるわさかなとの給ことは には身つからあひ侍りたうひていみしくなく〱よろつの事のたまひてをさな きものとものことまておほせられたるかいともかしこきにまたかすならぬほと はなか〱いとはつかしう人になにゆへなとはしらせ侍らてあやしきさまとも をもみなまいらせ侍りてさふらはせんとなむものし侍つるときこゆけにことな ることなきゆかりむつひにそあるへけれとみかとにもさはかりの人のむすめた てまつらすやはあるそれにさるへきにて時めかしおほさんは人のそしるへきこ" }, { "vol": 52, "page": 1960, "text": "とかはたゝ人はたあやしき女よにふりにたるなとをもちゐるたくひおほかりか のかみのむすめなりけりと人のいひなさんにもわかもてなしのそれにけかるへ くありそめたらはこそあらめひとりのこをいたつらになしておもふらんおやの 心に猶このゆかりこそおもたゝしかりけれと思しるはかりよういはかならすみ すへきことゝおほすかしこにはひたちのかみたちなからきておりしもかくてゐ 給へることなむとはらたつとしころいつくになむおはするなとありのまゝにも しらせさりけれははかなきさまにておはすらむと思ひいひけるを京になとむか へ給てのちめいほくありてなとしらせむとおもひけるほとにかゝれはいまはか くさんもあひなくてありしさまなく〱かたる大将殿の御ふみもとりいてゝみ すれはよき人かしこくしてひなひものめてする人にておとろきをくしてうちか へし〱いとめてたき御さいはいをすててうせ給にける人かなをのれもとの人 にてまいりつかうまつれともちかくめしつかふこともなくいとけたかくおもは するとのなりわかきものとものことおほせられたるはたのもしきことになんな とよろこふをみるにもましておはせましかはと思にふしまろひてなかるかみも" }, { "vol": 52, "page": 1961, "text": "いまなんうちなきけるさるはおはせしよには中〱かゝるたくひの人しもたつ ね給へきにしもあらすかしわかあやまちにてうしなひつるもいとおしなくさめ むとおほすよりなむ人のそしりねんころにたつねしとおほしける四十九日のわ さなとせさせ給にもいかなりけんことにかはとおほせはとてもかくてもつみう ましきことなれはいとしのひてかのりしのてらにてせさせ給ける六十そうのふ せなとおほきにをきてられたりはゝ君もきゐてことともそへたり宮よりは右近 かもとにしろかねのつほにこかねいれて給へり人みとかむはかりおほきなるわ さはえし給はす右近か心さしにてしたりけれは心しらぬ人はいかてかくなむな といひけるとのゝ人ともむつましきかきりあまた給へりあやしくをともせさり つる人のはてをかくあつかはせ給たれならむといまおとろく人のみおほかるに ひたちのかみきてあるしかりおるなんあやしと人〻みける少将のこうませてい かめしきことせさせむとまとひいゑのうちになきものはすくなくもろこししら きのかさりをもしつへきにかきりあれはいとあやしかりけりこの御ほうしのし のひたるやうにおほしたれとけはひこよなきをみるにいきたらましかはわか身" }, { "vol": 52, "page": 1962, "text": "をならふへくもあらぬ人の御すくせなりけりと思ふ宮のうへもす経し給ひ七そ うのまへの事せさせ給けりいまなむかゝる人もたまへりけりとみかとまてもき こしめしてをろかにもあらさりける人を宮にかしこまりきこえてかくしをき給 たりけるいとおしとおほしけるふたりの人の御心のうちふりすかなしくあやに くなりし御思ひのさかりにかきたえてはいといみしけれはあたなる御心はなく さむやなと心み給こともやう〱ありけりかのとのはかくとりもちてなにやか やとおほしてのこりのひとをはくゝませ給ても猶いふかひなき事をわすれかた くおほすきさいの宮の御きやうふくのほとはなをかくておはしますに二の宮な むしきふきやうになり給にけるをも〱しうてつねにしもまいり給はすこの宮 はさう〱しくものあはれなるまゝに一品の宮の御かたをなくさめところにし 給よき人のかたちをもえまほにみ給はぬのこりおほかり大将殿のからうしてい としのひてかたらはせ給こさい将の君といふ人のかたちなともきよけなり心は せあるかたの人とおほされたりおなしことをかきならすつまをとはちをとも人 にはまさりふみをかきものうちいひたるもよしあるふしをなむそへたりけるこ" }, { "vol": 52, "page": 1963, "text": "の宮もとしころいといたき物にし給てれいのいひやふり給へとなとかさしもめ つらしけなくはあらむと心つよくねたきさまなるをまめ人はすこし人よりこと なりとおほすになんありけるかくものおほしたるもみしりけれはしのひあまり てきこえたり あはれしるこゝろは人にをくれねとかすならぬ身にきえつゝそふるかへた らはとゆへあるかみにかきたりものあはれなるゆふ暮しめやかなるほとをいと よくをしはかりていひたるもにくからす つねなしとこゝらよをみるうき身たに人のしるまてなけきやはするこのよ ろこひあはれなりしおりからもいとゝなむなといひにたちよりたまへりいとは つかしけにもの〱しけにてなへてかやうになともならし給はぬ人からもやむ ことなきにいとものはかなきすまゐなりかしつほねなといひてせはくほとなき やりとくちによりゐ給へるかたはらいたくおほゆれとさすかにあまりひけして もあらていとよきほとにものなともきこゆみえし人よりもこれは心にくきけそ ひてもあるかななとてかくいてたちけんさるものにて我もおいたらましものを" }, { "vol": 52, "page": 1964, "text": "とおほす人しれぬすちはかけてもみせ給はすはちすの花のさかりに御はかうせ らる六条院の御ためむらさきのうへなとみなおほしわけつゝ御経仏なとくやう せさせ給ていかめしくたうとくなんありける五巻の日なとはいみしきみものな りけれはこなたかなた女はうにつきてまいりてものみる人おほかりけりいつか といふあさゝにはてゝみたうのかさりとりさけ御しつらひあらたむるにきたの ひさしもさうしともはなちたりしかはみないりたちてつくろふほとにしのわた 殿にひめ宮おはしましけりものきゝこうして女はうもをの〱つほねにありつ ゝ御まへはいと人すくなゝるゆふ暮に大将殿なをしきかへてけふまかつるそう の中にかならすの給へきことあるによりつりとのゝかたにおはしたるにみなま かてぬれはゐけのかたにすゝみ給て人すくなゝるにかくいふさい将の君なとか りそめにき丁なとはかりたてゝうちやすむうへつほねにしたりこゝにやあらむ 人のきぬのをとすとおほしてめたうのかたのさうしのほそくあきたるよりやを らみ給へはれいさやうの人のゐたるけはひにはにすはれ〱しくしつらひたれ は中〱き丁とものたてちかへたるあはひよりみとをされてあらはなりひをも" }, { "vol": 52, "page": 1965, "text": "のゝふたにをきてわるとてもてさはく人〻おとな三人はかりわらはといたりか らきぬもかさみもきすみなうちとけたれはおまへとはみ給はぬにしろきうすも のゝ御そきかへ給へる人のてにひをもちなからかくあらそふをすこしゑみ給へ る御かほいはむかたなくうつくしけなりいとあつさのたへかたき日なれはこち たき御くしのくるしうおほさるゝにやあらむすこしこなたになひかしてひかれ たるほとたとへんものなしこゝらよき人をみあつむれとにるへくもあらさりけ りとおほゆ御まへなる人はまことにつちなとの心ちそするを思ひしつめてみれ はきなるすゝしのひとへうすいろなるもきたる人のあふきうちつかひたるなと よういあらむはやとふとみえてなか〱ものあつかひにいとくるしけなりたゝ さなからみ給へかしとてわらひたるまみあひ行つきたりこゑきくにそこの心さ しの人とはしりぬる心つよくわりて手ことにもたりかしらにうちをきむねにさ しあてなとさまあしうする人もあるへしこと人はかみにつゝみて御まへにもか くてまいらせたれといとうつくしき御てをさしやり給てのこはせ給いなもたら ししつくむつかしとの給御こゑいとほのかにきくもかきりもなくうれしまたい" }, { "vol": 52, "page": 1966, "text": "とちいさくおはしましゝほとにわれもものゝ心もしらてみたてまつりしときめ てたのちこの御さまやとみたてまつりしそのゝちたえてこの御けはひをたにき かさりつるものをいかなる神仏のかゝるおりみせ給へるならむれいのやすから すものおもはせむとするにやあらむとかつはしつ心なくてまもりたちたるほと にこなたのたいのきたおもてにすみけるけらう女はうのこのさうしはとみのこ とにてあけなからおりにけるをおもひいてゝ人もこそみつけてさはかるれとお もひけれはまとひいるこのなをしすかたをみつくるにたれならんと心さはきて をのかさまみえんこともしらすすのこよりたゝきにくれはふとたちさりてたれ ともみえしすき〱しきやうなりとおもひてかくれ給ひぬこのおもとはいみし きわさかなみき丁をさへあらはにひきなしてけるよ右の大殿の君たちならんう とき人はたこゝまてくへきにもあらすものゝきこゑあらはたれかさうしあけた りしとかならすいてきなんひとへもはかまもすゝしなめりとみえつる人の御す かたなれはえ人もきゝつけ給はぬならんかしと思こうしてをりかの人はやう 〱ひしりになりし心をひとふしたかへそめてさま〱なるもの思人ともなる" }, { "vol": 52, "page": 1967, "text": "かなそのかみよをそむきなましかはいまはふかき山にすみはてゝかく心みたれ ましやはなとおほしつゝくるもやすからすなとてとしころみたてまつらはやと 思つらんなか〱くるしうかひなかるへきはさにこそとおもふつとめておき給 へる女宮の御かたちいとおかしけなめるはこれよりかならすまさるへきことか はとみえなからさらにゝ給はすこそありけれあさましきまてあてにえもいはさ りし御さまかなかたへは思なしかおりからかとおほしていとあつしやこれより うすき御そたてまつれをんなはれいならぬものきたるこそ時〱につけておか しけれとてあなたにまいりて大弐にうす物のひとへの御そぬひてまいれといへ との給御まへなる人はこの御かたちのいみしきさかりにおはしますをもてはや しきこえ給とおかしうおもへりれいのねんすし給わか御かたにおはしましなと してひるつかたわたり給へれはの給つる御そみき丁にうちかけたりなそこはた てまつらぬ人おほくみるときなむすきたるものきるははうそくにおほゆるたゝ いまはあえ侍なんとててつからきせたてまつり給御はかまもきのふのおなしく れなゐなり御くしのおゝさすそなとはをとり給はねとなをさま〱なるにやに" }, { "vol": 52, "page": 1968, "text": "るへくもあらすひめして人〻にわらせ給とりてひとつたてまつりなとし給心の うちもおかしゑにかきてこひしき人みる人はなくやはありけるましてこれはな くさめむにゝけなからぬおほむほとそかしとおもへときのふかやうにてわれま しりゐ心にまかせてみたてまつらましかはとおほゆるに心にもあらすうちなけ かれぬ一品宮に御ふみはたてまつり給やときこえ給へはうちにありし時うへの さの給しかはきこえしかとひさしうさもあらすとの給たゝ人にならせ給にたり とてかれよりもきこえさせ給はぬにこそは心うかなれいまおほ宮の御まへにて うらみきこえさせ給とけいせんとの給いかゝうらみきこえんうたてとの給へは けすになりにたりとておほしおとすなめりとみれはおとろかしきこえぬとこそ はきこえめとの給その日はくらしてまたのあしたにおほ宮にまいり給れいの宮 もおはしけり丁子にふかくそめたるうす物のひとへをこまやかなるなをしにき 給へるいとこのましけなる女の御身なりのめてたかりしにもをとらすしろくき よらにて猶ありしよりはおもやせ給へるいとみるかひありおほえ給へりとみる にもまつ恋しきをいとあるましきことゝしつむるそたゝなりしよりはくるしき" }, { "vol": 52, "page": 1969, "text": "ゑをいとおほくもたせてまいり給へりける女はうしてあなたにまいらせ給てわ たらせ給ぬ大将もちかくまいりより給て御はかうのたうとく侍しこといにしへ の御ことすこしきこえつゝのこりたるゑみ給ついてにこのさとにものし給みこ の雲のうへはなれて思くし給へるこそいとおしうみ給ふれひめ宮の御かたより 御せうそこも侍らぬをかくしなさたまり給へるにおほしすてさせ給へるやうに おもひて心ゆかぬけしきのみ侍るをかやうのものとき〱ものせさせはなむな にかしかおろしてもてまからんはたみるかひも侍らしかしとの給へはあやしく なとてかすてきこえ給はむうちにてはちかゝりしにつきてとき〱もきこえ給 めりしをところ〱になり給しおりにとたえ給へるにこそあらめいまそゝのか しきこえんそれよりもなとかはときこえ給かれよりはいかてかはもとよりかす まへさせ給はさらむをもかくしたしくてさふらふへきゆかりによせておほしめ しかすまへさせ給はんをこそうれしくは侍へけれましてさもきこえなれ給にけ むをいますてさせ給はんはからきことに侍りとけいせさせ給をすきはみたるけ しきあるかとはおほしかけさりけりたちいてゝひとよの心さしの人にあはんあ" }, { "vol": 52, "page": 1970, "text": "りしわたとのもなくさめにみむかしとおほして御まへをあゆみわたりてにしさ まにおはするをみすのうちの人は心ことによういすけにいとさまよくかきりな きもてなしにてわたとのゝかたはひたりのおほとのゝ君たちなといてものいふ けはひすれはつまとのまへにゐ給ておほかたにはまいりなからこの御かたのけ さむにいることのかたく侍れはいとおほえなくおきなひはてにたる心ちし侍を いまよりはとおもひおこし侍てなんありつかすわかき人ともそおもふらんかし とおひの君たちのかたをみやり給いまよりならはせ給こそけにわかくならせ給 ならめなとはかなきことをいふ人〻のけはひもあやしうみやひかにおかしき御 かたのありさまにそあるその事となけれとよの中の物かたりなとしつゝしめや かにれいよりはゐ給へりひめ宮はあなたにわたらせ給にけり大宮大将のそなた にまいりつるはととひ給御ともにまいりたる大納言の君こさい将の君にものゝ 給はんとにこそはゝへめりつれときこゆるにれいまめ人のさすかに人に心とゝ めて物かたりするこそ心ちをくれたらむ人はくるしけれ心の程もみゆらんかし こさい将なとはいとうしろやすしとの給ひて御はらからなれとこの君をは猶は" }, { "vol": 52, "page": 1971, "text": "つかしく人もよういなくてみえさらむかしとおほいたり人よりは心よせ給てつ ほねなとにたちより給へし物かたりこまやかにし給てよふけてゐて給おり〱 も侍れとれいのめなれたるすちには侍らぬにや宮をこそいとなさけなくおはし ますと思ひて御いらへをたにきこえす侍めれかたしけなきことゝいひてわらへ は宮もわらはせ給ていとみくるしき御さまを思ひしるこそおかしけれいかてか ゝる御くせやめたてまつらんはつかしやこの人〻もとの給ふいとあやしきこと をこそきゝ侍しかこの大将のなくなし給てし人は宮の御二条のきたのかたの御 おとうとなりけりことはらなるへしひたちのさきのかみなにかしかめはをはと もはゝともいひ侍なるはいかなるにかその女君に宮こそいとしのひておはしま しけれ大将とのやきゝつけ給たりけむにはかにむかへ給はんとてまもりめそへ なとこと〱しくし給けるほとに宮もいとしのひておはしましなからえいらせ 給はすあやしきさまに御むまなからたゝせ給つゝそかへらせ給ける女も宮を思 きこえさせけるにやにはかにきえうせにけるをみなけたるなめりとてこそめの となとやうの人ともはなきまとひ侍けれときこゆ宮もいとあさましとおほして" }, { "vol": 52, "page": 1972, "text": "たれかさることはいふとよいとおしく心うきことかなさはかりめつらかならむ ことはをのつからきこえありぬへきを大将もさやうにはゐはてよの中のはかな くいみしきことかくうちの宮のそうのいのちみしかゝりけることをこそいみし うかなしと思ての給しかとの給いさやけすはたしかならぬことをもいひ侍もの をとおもひ侍れとかしこに侍けるしもわらはのたゝこのころさい将かさとにい てまうてきてたしかなるやうにこそいひ侍けれかくあやしうてうせ給へること 人にきかせしおとろ〱しくをそきやうなりとていみしくかくしける事ともと てさてくはしくはきかせたてまつらぬにやありけんときこゆれはさらにかゝる こと又まねふなといはせよかゝるすちに御身をもゝてそこなひ人にかるく心つ きなき物に思はれぬへきなめりといみしうおほいたりそのゝちひめ宮の御かた より二の宮に御せうそこありけり御てなとのいみしうゝつくしけなるをみるに もいとうれしくかくてこそとくみるへかりけれとおほすあまたおかしきゑとも おほく大宮もたてまつらせ給へり大将殿うちまさりておかしきともあつめてま いらせ給せりかはの大将のとを君の女一の宮思かけたる秋のゆふ暮に思わひて" }, { "vol": 52, "page": 1973, "text": "いてゝいきたるかたおかしうかきたるをいとよく思よせらるかしかはかりおほ しなひく人のあらましかはと思ふ身そくちおしき 荻の葉に露ふきむすふ秋風もゆふへそわきて身にはしみけるとかきてもそ へまほしくおほせとさやうなる露はかりのけしきにてももりたらはいとわつら はしけなるよなれはゝかなきこともえほのめかしいつましかくよろつになにや かやとものを思のはてはむかしの人のものし給はましかはいかにも〱ほかさ まに心わけましやときのみかとの御むすめを給ともえたてまつらさらましまた さ思人ありときこしめしなからはかゝることもなからましをなを心うくわか心 みたり給けるはしひめかなと思ひあまりては又みやのうへにとりかゝりてこひ しうもつらくもわりなきことそおこかましきまてくやしきこれに思わひてさ しつきにはあさましくてうせにし人のいと心をさなくとゝこほるところなかり けるかろ〱しさをはおもひなからさすかにいみしとものをおもひいりけんほ とわかけしきれいならすと心のおにゝなけきしつみてゐたりけんありさまをき ゝ給しもおもひいてられつゝをもりかなるかたならてたゝ心やすくらうたきか" }, { "vol": 52, "page": 1974, "text": "たらひ人にてあらせむと思ひしにはいとらうたかりし人をおもひもていけは宮 をもおもひきこえし女をもうしとおもはしたゝわかありさまのよつかぬをこた りそなとなかめいり給とき〱おほかり心のとかにさまよくおはする人たにか ゝるすちには身もくるしき事をのつからましるを宮はましてなくさめかねつ ゝかのかたみにあかぬかなしさをもの給いつへき人さへなきをたいの御かたは かりこそはあはれなとの給へとふかくもみなれ給はさりけるうちつけのむつひ なれはいとふかくしもいかてかはあらむまたおほすまゝにこひしやいみしやな との給はんにはかたはらいたけれはかしこにありししゝうをそれいのむかへさ せ給けるみな人ともはいきちりてめのとゝこの人ふたりなんとりわきておほし たりしもわすれかたくてしゝうはよそ人なれとなをかたらひてありふるによつ かぬかはのをともうれしきせもやあるとたのみしほとこそなくさめけれ心うく いみしくものおそろしくのみおほえて京になんあやしきところにこのころきて ゐたりけるたつね給ひてかくてさふらへとの給へは御心はさるものにて人〻 のいはむこともさるすちの事ましりぬるあたりはきゝにくきこともあらむと" }, { "vol": 52, "page": 1975, "text": "おもへはうけひきゝこえすきさいの宮にまいらむとなんおもむけたれはいとよ かなりさて人しれすおほしつかはんとの給はせけり心ほそくよるへなきもなく さむやとてしるたよりもとめまいりぬきたなけなくてよろしきけらうなりと ゆるして人もそしらす大将とのもつねにまいり給をみるたひことにものゝみ あはれなりいとやむことなきものゝひめ君のみまいりつとひたるみやと人も いふをやう〱めとゝめてみれとみたてまつりし人にゝたるはなかりけりと 思ありくこのはるうせ給ぬるしきふきやうの宮の御むすめをまゝはゝのきた のかたことにあひおもはてせうとのむまのかみにて人からもことなることな き心かけたるをいとおしうなとも思たらてさるへきさまになんちきるときこし めすたよりありていとおしうちゝ宮のいみしくかしつき給ける女君をいたつら なるやうにもてなさんことなとの給はせけれはいと心ほそくのみおもひなけき 給ありさまにてなつかしうかくたつねの給はするをなと御せうとのしゝうもい ひてこのころむかへとらせ給てけりひめ宮の御くにていとこよなからぬ御ほと の人なれはやむ事なく心ことにてさふらひ給かきりあれは宮の君なとうちいひ" }, { "vol": 52, "page": 1976, "text": "てもはかりひきかけ給そいとあはれなりける兵部卿宮この君はかりやこひしき 人に思よそへつへきさましたらむちゝみこははらからそかしなとれいの御心は 人をこひ給につけても人ゆかしき御くせやまていつしかと御心かけ給てけり大 将もとかしきまてもあるわさかなきのふけふといふはかり春宮にやなとおほし 我にもけしきはませ給きかしかくはかなきよのおとろへをみるには水のそこに 身をしつめてももとかしからぬわさにこそなとおもひつゝ人よりは心よせきこ え給へりこの院におはしますをはうちよりもひろくおもしろくすみよきものに してつねにしもさふらはぬともゝみなうちとけすみつゝはる〱とおほかるた いともらうわたとのにみちたり左大臣とのむかしの御けはひにもおとらすすへ てかきりもなくいとなみつかうまつり給いかめしうなりたる御そうなれはなか 〱いにしへよりもいまめかしきことはまさりてさへなむありけるこの宮れい の御こゝろならは月ころのほとにいかなるすきことゝもをしいて給はましこよ なくしつまり給て人めにすこしおいなをり給かなとみゆるをこのころそ又宮の 君に本上あらはれてかゝつらひありき給けるすゝしくなりぬとて宮うちにまい" }, { "vol": 52, "page": 1977, "text": "らせ給なんとすれはあきのさかり紅葉のころをみさらんこそなとわかき人〻は くちおしかりてみなまいりつとひたるころなり水になれ月をめてゝ御あそひた えすつねよりもいまめかしけれはこの宮そかゝるすちはいとこよなくもてはや し給あさゆふめなれてもなをいまみむはつ花のさまし給へるに大将の君はいと さしもいりたちなとし給はぬほとにてはつかしう心ゆるひなきものにみな思た りれいのふたところまいり給ておまへにおはするほとにかのしゝうはものより のそきたてまつるにいつかたにも〱よりてめてたき御すくせみえたるさまに てよにそおはせましかしあさましくはかなく心うかりける御心かなゝと人には そのわたりの事かけてしりかほにもいはぬことなれは心ひとつにあかすむねい たく思宮はうちの御物かたりなとこまやかにきこえさせ給へはいまひとゝころ はたちいて給みつけられたてまつらししはし御はてをもすくさす心あさしとみ えたてまつらしとおもへはかくれぬひんかしのわたとのにあきあひたるとくち に人〻あまたゐてものかたりなとする所におはしてなにかしをそ女はうはむつ ましとおほすへき女たにかく心やすくはよもあらしかしさすかにさるへからん" }, { "vol": 52, "page": 1978, "text": "ことをしへきこえぬへくもありやう〱みしり給へかめれはいとなんうれしき との給へはいといらへにくゝのみおもふなかに弁のをもとゝてなれたるおとな そもむつましく思きこゆへきゆへなき人のはちきこえ侍らぬにやものはさこそ はなか〱侍めれかならすそのゆへたつねてうちとけ御らんせらるゝにしも侍 らねとかはかりおもなくつくりそめてけるみにおはささらんもかたはらいたく てなむときこゆれははつへきゆへあらしと思さため給てけるこそくちおしけれ なとの給つゝみれはからきぬはぬきすへしをしやりうちとけて手習しけるなる へしすゝりのふたにすへて心もとなきはなのすゑたおりてもてあそひけりとみ ゆかたへはき丁のあるにすへりかくれあるはうちそむきおしあけたるとのかた にまきらはしつゝゐたるかしらつきともゝおかしとみわたし給てすゝりひきよ せて 女郎花みたるゝ野辺にましるとも露のあたなをわれにかけめや心やすくは おほさてとたゝこのさうしにうしろしたる人にみせ給へはうちみしろきなとも せすのとやかにいとゝく" }, { "vol": 52, "page": 1979, "text": "花といへはなこそあたなれをみなへしなへての露にみたれやはするとかき たるてたゝかたそはなれとよしつきておほかためやすけれはたれならむとみ給 いままうのほりけるみちにふたけられてとゝこほりいたるなるへしとみゆ弁の をもとはいとけさやかなるおきなことにくゝ侍りとて 旅ねして猶心みよをみなへしさかりの色にうつりうつらすさてのちさため きこえさせんといへは 宿かさはひとよはねなん大方の花にうつらぬこゝろなりともとあれはなに かはつかしめさせ給おほかたののへのさかしらをこそきこえさすれといふはか なきことをたゝすこしのたまふも人はのこりきかまほしくのみ思きこえたり心 なしみちあけはへりなんよわきてもかの御ものはちのゆへかならすありぬへき おりにそあめるとてたちいて給へはをしなへてかくのこりなからむと思ひやり 給こそ心うけれとおもへる人もありひんかしのかうらむにおしかゝりてゆふか けになるまゝに花のひもとくおまへのくさむらをみわたし給ものゝみあはれな るになかについてはらわたたゆるは秋の天といふ事をいとしのひやかにすんし" }, { "vol": 52, "page": 1980, "text": "つゝゐ給へりありつるきぬのをとなひしるきけはひしてもやの御さうしよりと ほりてあなたにいるなり宮のあゆみをはしてこれよりあなたにまいりつるはた そとゝひ給へはかの御かたの中将の君ときこゆなりなをあやしのわさやたれに かとかりそめにもうち思ふ人にやかてかくゆかしけなくきこゆるなさしよとい とおしくこの宮にはみなめなれてのみおほえたてまつるへかめるもくちおしお りたちてあなかちなる御もてなしに女はさもこそまけたてまつらめわかさもく ちおしうこの御ゆかりにはねたく心うくのみあるかないかてこのわたりにもめ つらしからむ人のれいの心いれてさはき給はんをかたらひとりてわか思ひしや うにやすからすとたにも思はせたてまつらんまことに心はせあらむ人はわかか たにそよるへきやされとかたいものかな人の心はと思ふにつけてたいの御かた のかの御ありさまをはふさはしからぬものに思きこえていとひんなきむつひに なりゆくかおほかたのおほえをはくるしと思なから猶さしはなちかたきものに おほししりたるそありかたくあはれなりけるさやうなる心はせある人こゝらの 中にあらむやいりたちてふかくみねはしらぬそかしねさめかちにつれつれなる" }, { "vol": 52, "page": 1981, "text": "をすこしはすきもならははやなと思ふにいまはなをつきなしれいのにしのわた とのをありしにならひてわさとおはしたるもあやしひめ宮よるはあなたにわた らせ給けれは人〻月みるとてこのわた殿にうちとけてものかたりするほとなり けりさうのこといとなつかしうひきすさむつまをとおかしうきこゆおもひかけ ぬによりおはしてなとかくねたましかほにかきならし給との給にみなおとろか るへけれとすこしあけたるすたれうちおろしなともせすおきあかりてにるへき このかみやは侍へきといらふるこゑ中将のおもとゝかいひつるなりけりまろこ そ御はゝかたのおちなれとはかなきことをの給てれいのあなたにおはしますへ かめりななにわさをかこの御さとすみの程にせさせ給なとあちきなくとひ給い つくにてもなにことをかはたゝかやうにてこそはすくさせ給めれといふにおか しの御身の程やと思ふにすゝろなるなけきのうちわすれてしつるもあやしと思 よる人もこそとまきらはしにさしいてたるわこんをたゝさなからかきならし給 りちのしらへはあやしくおりにあふときくこゑなれはきゝにくゝもあらねとひ きはて給はぬをなか〱なりと心いれたる人はきえかへり思ふわかはゝ宮もお" }, { "vol": 52, "page": 1982, "text": "とり給へき人かはきさいはらときこゆはかりのへたてこそあれみかと〱のお ほしかしつきたるさまこと〱ならさりけるを猶この御あたりはいとことなり けるこそあやしけれあかしのうらは心にくかりける所かななとおもひつゝくる 事ともにわかすくせはいとやむことなしかしましてならへてもちたてまつらは と思ふそいとかたきや宮の君はこの西のたいにそ御かたしたりけるわかき人〻 のけはひあまたして月めてあへりいてあはれこれもまたおなし人そかしと思い てきこえてみこのむかし心よせたまひしものをといひなしてそなたへおはしぬ わらはのおかしきとのゐすかたにて二三人いてゝありきなとしけりみつけてい るさまともかゝやかしこれそよのつねと思みなみおもてのすみのまによりてう ちこわつくり給へはすこしをとなひたる人いてきたり人しれぬ心よせなときこ えさせ侍れは中〱みな人きこえさせふるしつらむことをうひ〱しきさまに てまねふやうになり侍りまめやかになむことよりほかをもとめられ侍との給へ は君にもいひつたへすさかしたちていとおもほしかけさりし御ありさまにつけ てもこ宮の思きこえさせ給へりしことなと思給へいてられてなむかくのみおり" }, { "vol": 52, "page": 1983, "text": "〱きこえさせ給なり御しりうことをもよろこひきこえ給めるといふなみ〱 の人めきて心ちなのさまやとものうけれはもとよりおほしすつましきすちより もいまはましてさるへきことにつけてもおもほしたつねんなんうれしかるへき うとうとしう人つてなとにてもてなさせ給はゝえこそとの給にけにと思さはき て君をひきゆるかすめれはまつもむかしのとのみなかめらるゝにももとよりな との給すちはまめやかにたのもしうこそいと人つてともなくいひなし給へるこ ゑいとわかやかにあい行つきやさしき所そひたりたゝなへてのかゝるすみかの 人とおもはゝいとおかしかるへきをたゝいまはいかてかはかりも人にこゑきか すへきものとならひ給けんとなまうしろめたしかたちもいとなまめかしからむ かしとみまほしきけはひのしたるをこの人そまたれいのかの御心みたるへきつ まなめるとおかしうもありかたのよやと思ひゐ給へりこれこそはかきりなき人 のかしつきおほしたて給へるひめ君又かはかりそおほくはあるへきあやしかり けることはさるひしりの御あたりに山のふところよりいてきたる人〻のかたほ なるはなかりけるこそこのはかなしやかろ〱しやなと思なす人もかやうのう" }, { "vol": 52, "page": 1984, "text": "ちみるけしきはいみしうこそおかしかりしかとなにことにつけてもたゝかのひ とつゆかりをそ思ひいて給けるあやしうつらかりけるちきりともをつく〱と 思つゝけなかめ給ゆふくれかけろふのものはかなけにとひちかふを ありとみて手にはとられすみれは又ゆくゑもしらすきえしかけろふあるか なきかのとれいのひとりこち給とかや" }, { "vol": 53, "page": 1989, "text": "そのころよかはになにかしそうつとかいひていとたうとき人すみけりやそちあ まりのはゝ五十はかりのいもうとありけりふるきくわんありてはつせにまうて たりけりむつましうやむことなくおもふてしのあさりをそへて仏経くやうする ことをこなひけりことゝもおほくしてかへるみちにならさかといふ山こえける 程よりこのはゝのあま君心ちあしうしけれはかくてはいかてかのこりのみちを もおはしつかむともてさはきてうちのわたりにしりたりける人のいゑありける にとゝめてけふはかりやすめたてまつるになをいたうわつらへはよかはにせう そこしたり山こもりのほいふかくことしはいてしと思けれとかきりのさまなる おやのみちのそらにてなくやならむとおとろきていそき物し給へりおしむへく もあらぬ人さまを身つからもてしのなかにもけむあるしてかちしさはくをいゑ あるしきゝてみたけさうしゝけるをいたうおい給へる人のをもくなやみ給ふは いかゝとうしろめたけに思いていひけれはさもいふへきことそいとおしう思て いとせはくむつかしうもあれはやう〱いてたてまつるへきになかゝみふたか りてれいすみ給方はいむへかりけれは故朱雀院の御両にてうちの院といひし所" }, { "vol": 53, "page": 1990, "text": "このわたりならむと思いてゝ院もりそうつしり給へりけれは一二日やとらんと いひにやり給へりけれはゝつせになんきのふみなまいりにけるとていとあやし きやともりのおきなをよひてゐてきたりおはしまさはゝやいたつらなる院のし む殿にこそ侍めれ物まうての人はつねにそやとり給といへはいとよかなりおほ やけ所なれと人もなく心やすきをとてみせにやり給このおきな例もかくやとる 人をみならひたりけれはおろそかなるしつらいなとしてきたりまつそうつわた り給いといたくあれておそろしけなる所かなとみ給大とこたち経よめなとの給 このはつせにそひたりしあさりとおなしやうなるなにことのあるにかつき〱 しきほとのけらうほうしにひともさせて人もよらぬうしろのかたにいきたりも りかとみゆる木の下をうとましけのわたりやとみいれたるにしろき物のひろこ りたるそみゆるかれはなにそと立とまりてひをあかくなしてみれはものゝゐた るすかたなりきつねのへんくゑしたるにくしみあらはさむとてひとりは今すこ しあゆみよるいまひとりはあなようなよからぬものならむといひてさやうの物 しりそくへきいんをつくりつゝさすかに猶まもるかしらのかみあらはふとりぬ" }, { "vol": 53, "page": 1991, "text": "へき心ちするに此ひともしたる大とこはゝかりもなくあふなきさまにてちかく よりてそのさまをみれはかみはなかくつや〱としておほきなる木のいとあら 〱しきによりゐていみしうなくめつらしきことにも侍かなそうつの御坊に御 らむせさせたてまつらはやといへはけにあやしきことなりとて一人はまうてゝ かゝる事なむと申すきつねの人にへんくゑするとはむかしよりきけとまたみぬ もの也とてわさとおりておはすかのわたり給はんとする事によりてけすともみ なはか〱しきはみつし所なとあるへかしきことゝもをかゝるわたりにはいそ く物なりけれはゐしつまりなとしたるにたゝ四五人してこゝなる物をみるにか はることもなしあやしうて時のうつるまてみるとく夜もあけはてなん人かなに そとみあらはさむと心にさるへきしんこむをよみいんをつくりて心みるにしる くや思らんこれは人なりさらにひさうのけしからぬ物にあらすよりてとへなく なりたる人にはあらぬにこそあめれもしゝにたりける人をすてたりけるかよみ かへりたるかといふなにのさる人をかこの院のうちにすて侍らむたとひまこと に人なりともきつねこたまやうの物のあさむきてとりもてきたるにこそ侍らめ" }, { "vol": 53, "page": 1992, "text": "とふひんにも侍けるかなけからひあるへき所にこそ侍へめれといひてありつる やともりのをのこをよふ山ひこのこたふるもいとおそろしあやしのさまにひた いおしあけていてきたりこゝにはわかき女なとやすみ給かゝることなんあると てみすれはきつねのつかうまつるなりこの木のもとになん時〻あやしきわさな むし侍をとゝしの秋もこゝに侍人のこの二はかりにはへしをとりてまうてきた りしかとみをとろかすはへりきさて其ちこはしにやしにしといへはいきて侍り きつねはさこそは人をゝひやかせとことにもあらぬやつといふさまいとなれた りかのよふかきまいりものゝ所に心をよせたるなるへしそうつさらはさやうの 物のしたるわさか猶よくみよとて此ものをちせぬ法しをよせたれはおにか神か きつねかこたまかゝはかりのあめのしたのけんさのおはしますにはえかくれた てまつらしなのり給へ〱ときぬをとりてひけはかほをひきいれていよ〱な くいてあなさかなのこたまのおにやまさにかくれなんやといひつゝかほをみん とするに昔ありけむめもはなもなかりけるめおにゝやあらんとむくつけきをた のもしういかきさまを人にみせむと思てきぬをひきぬかせんとすれはうつふし" }, { "vol": 53, "page": 1993, "text": "てこゑたつはかりなくなにゝまれかくあやしきことなへて世にあらしとてみは てんと思に雨いたくふりぬへしかくてをいたらはしにはて侍ぬへしかきのもと にこそいたさめといふそうつまことの人のかたちなりその命たえぬをみる〱 すてんこといといみしきことなり池にをよくいを山になくしかをたに人にとら へられてしなむとするをみてたすけさらむはいとかなしかるへし人の命ひさし かるましき物なれとのこりの命一二日をもおしますはあるへからすおにゝもか みにもりようせられ人にをはれ人にはかりこたれてもこれよこさまのしにをす へき物にこそあんめれ仏のかならすゝくひ給へきゝはなりなを心みにしはしゆ をのませなとしてたすけ心みむつゐにしなはいふかきりにあらすとの給てこの 大とこしていたきいれさせ給ふをてしともたい〱しきわさかないたうわつら ひ給人の御あたりによからぬ物をとりいれてけからひかならすいてきなんとす ともとくもあり又物のへんくゑにもあれめにみす〱いける人をかゝるあめに うちうしなはせんはいみしきことなれはなと心〱にいふ下すなとはいとさは かしく物をうたていひなす物なれは人さはかしからぬかくれのかたになんふせ" }, { "vol": 53, "page": 1994, "text": "たりける御車よせており給程いたうくるしかり給とてのゝしるすこしゝつまり てそうつありつる人いかゝなりぬるとゝひ給なよ〱として物いはすいきもし 侍らすなにか物にけとられにける人にこそといふをいもうとのあま君きゝ給て 何事そとゝふしか〱のことなむ六十にあまるとしめつらかなる物をみ給へつ るとの給うちきくまゝにをのかてらにてみし夢ありきいかやうなる人そまつそ のさまみんとなきての給たゝこのひむかしのやりとになん侍はや御覧せよとい へはいそきゆきてみるに人もよりつかてそすておきたりけるいとわかうゝつく しけなる女のしろきあやのきぬひとかさねくれなひのはかまそきたるかはいみ しうかうはしくてあてなるけはひかきりなしたゝ我恋かなしむゝすめのかへり おはしたるなめりとてなく〱こたちをいたしていたきいれさすいかなりつら むともありさまみぬ人はおそろしからていたきいれついけるやうにもあらてさ すかにめをほのかにみあけたるに物のたまへやいかなる人かゝくては物し給へ るといへとものおほえぬさま也ゆとりてゝつからすくひいれなとするにたゝよ はりにたえいるやうなりけれは中〱いみしきわさかなとてこの人なくなりぬ" }, { "vol": 53, "page": 1995, "text": "へしかちし給へとけんさのあさりにいふされはこそあやしき御ものあつかひと はいへとかみなとのために経よみつゝいのるそうつもさしのそきていかにそな にのしわさそとよくてうしてとへとの給へといとよはけにきえもていくやうな れはえいき侍らしすそろなるけからひにこもりてわつらふへきことさすかにい とやむことなき人にこそ侍めれしにはつともたゝにやはすてさせ給はんみくる しきわさかなといひあへりあなかま人にきかすなわつらはしきこともそあるな とくちかためつゝあま君はおやのわつらひ給よりも此人をいけはてゝみまほし うおしみてうちつけにそひゐたりしらぬ人なれとみめのこよなうおかしけなれ はいたつらになさしとみるかきりあつかひさはきけりさすかに時〻めみあけな としつゝ涙のつきせすなかるゝをあな心うやいみしくかなしと思ふ人のかはり にほとけのみちひき給へると思ひきこゆるをかひなくなり給はゝ中〱なるこ とをや思はんさるへき契にてこそかくみたてまつらめ猶いさゝか物の給へとい ひつゝくれとからうしていきいてたりともあやしきふようの人なり人にみせて よるこのかはにおとしいれ給てよといきのしたにいふまれ〱物の給をうれし" }, { "vol": 53, "page": 1996, "text": "とおもふにあないみしやいかなれはかくはの給そいかにしてさるところにはお はしつるそとゝへとも物もいはすなりぬ身にもしきすなとやあらんとてみれと こゝはとみゆる所なくうつくしけれはあさましくかなしくまことに人の心まと はさむとていてきたるかりの物にやとうたかふ二日はかりこもりゐてふたりの 人をいのりかちするこゑたえすあやしきことを思さはくそのわたりのけすなと のそうつにつかまつりけるかくておはしますなりとてとふらひいてくるも物語 なとしていふをきけは古八の宮の御むすめ右大将とのゝかよひ給しことになや み給こともなくてにはかにかくれ給へりとてさはき侍その御さうそうのさうし ともつかうまつり侍りとて昨日はえまいり侍らさりしといふさやうの人の玉し ゐをおにのとりもてきたるにやと思にもかつみる〱ある物ともおほえすあや うくおそろしとおほす人〻よへみやられしひはしかこと〱しきけしきもみえ さりしをといふことさら事そきていかめしうも侍らさりしといふけからひたる ひとゝてたちなからをいかへしつ大将殿は宮の御むすめもち給へりしはうせ給 てとしころになりぬる物をたれをいふにかあらんひめ宮をゝきたてまつり給て" }, { "vol": 53, "page": 1997, "text": "よにこと心おはせしなといふあま君よろしくなり給ぬかたもあきぬれはかくう たてある所にひさしうおはせんもひんなしとてかへる此人は猶いとよはけなり みちの程もいかゝ物し給はんと心くるしきことゝいひあへり車ふたつしておい 人のり給へるにはつかうまつるあまふたりつきのにはこの人をふせてかたはら に今ひとりのりそひてみちすから行もやらすくるまとめてゆまいりなとし給ひ えさかもとにをのといふ所にそすみ給けるそこにおはしつくほといとゝをし中 やとりをまうくへかりけるなといひて夜ふけておはしつきぬそうつはおやをあ つかひむすめのあま君はこのしらぬ人をはくゝみてみないたきおろしつゝやす む老のやまいのいつともなきかくるしと思給へしとを道のなこりこそしはしわ つらひ給けれやうやうよろしうなり給にけれはそうつはのほり給ぬかゝる人な んゐてきたるなとほうしのあたりにはよからぬことなれはみさりし人にはまね はすあま君もみなくちかためさせつゝもしたつねくる人もやあると思もしつ心 なしいかてさるゐなか人のすむあたりにかゝる人おちあふれけん物まうてなと したりける人の心ちなとわつらひけんをまゝはゝなとやうの人のたはかりてお" }, { "vol": 53, "page": 1998, "text": "かせたるにやなとそ思よりける河になかしてよといひしひとことよりほかに物 もさらにの給はねはいとおほつかなく思ていつしか人にもなしてみんと思につ く〱としておきあかるよもなくいとあやしうのみ物し給へはつゐにいくまし き人にやと思なからうちすてむもいとおしういみし夢かたりもしいてゝはしめ よりいのらせしあさりにもしのひやかにけしやくことせさせ給うちはへかくあ つかふほとに四五月もすきぬいとわひしうかひなきことを思わひてそうつの御 もとに猶おり給へこの人たすけ給へさすかにけふまてもあるはしぬましかりけ る人をつきしみ両したる物のさらぬにこそあめれあか仏京にいて給はゝこそは あらめこゝまてはあへなんなといみしきことをかきつゝけてたてまつり給へれ はいとあやしきことかなかくまてもありける人の命をやかてとりすてゝましか はさるへき契ありてこそはわれしもみつけゝめ心みにたすけはてむかしそれに とゝまらすはこうつきにけりと思はんとており給けりよろこひおかみて月比の 有さまをかたるかく久しうわつらふ人はむつかしきことをのつからあるへきを いさゝかおとろへすいときよけにねちけたる所なくのみ物し給てかきりとみえ" }, { "vol": 53, "page": 1999, "text": "なからもかくていきたるわさなりけりなとおほな〱なく〱の給へはみつけ しよりめつらかなる人のみありさまかないてとてさしのそきてみ給てけにいと きやうさくなりける人の御ようめいかなくとくのむくひにこそかゝるかたちに もおひいて給けめいかなるたかひめにてそこなはれ給けんもしさにやときゝあ はせらるゝ事もなしやとゝひ給ふさらにきこゆることもなしなにかはつせのく わんをむの給へる人なりとの給へはなにかそれえんにしたかひてこそみちひき 給はめたねなきことはいかてかなとの給かあやしかり給てすほうはしめたりお ほやけのめしにたにしたかはすふかくこもりたる山をいて給てすそろにかゝる 人のためになむをこなひさはき給と物のきこえあらんいときゝにくかるへしと おほし弟子ともゝいひて人にきかせしとかくすそうついてあなかま大とこたち われむさんのほうしにていむことの中にやふるかいはおほからめと女のすちに つけてまたそしりとらすあやまつことなし六十にあまりて今さらに人のもとき おはむはさるへきにこそはあらめとの給へはよからぬ人の物をひんなくいひな し侍時には仏ほうのきすとなり侍こと也と心よからす思ていふこのすほうのほ" }, { "vol": 53, "page": 2000, "text": "とにしるしみえすはといみしきことゝもをちかひ給てよひとよかちし給へるあ かつきに人にかりうつしてなにやうのものかくひとをまとはしたるそと有さま はかりいはせまほしうて弟子のあさりとり〱にかちし給月比いさゝかもあら はれさりつる物のけてうせられてをのれはこゝまてまうてきてかくてうせられ たてまつるへき身にもあらすむかしはをこなひせし法しのいさゝかなる世にう らみをとゝめてたゝよひありきしほとによき女のあまたすみ給し所にすみつき てかたへはうしなひてしにこの人は心と世を恨給てわれいかてしなんといふこ とをよるひるの給しにたよりをえていとくらき夜ひとり物し給しをとりてしな りされとくわんおんとさまかうさまにはくゝみ給けれは此そうつにまけたてま つりぬ今はまかりなんとのゝしるかくいふはなにそとゝへはつきたる人物はか なきけにやはかはかしうもいはすさうしみの心ちはさはやかにいさゝかものお ほえてみまはしたれはひとりみし人のかほはなくてみなおいほうしゆかみおと ろへたる物のみおほかれはしらぬくにゝきにける心ちしていとかなしありしよ のこと思いつれとすみけむ所たれといひし人とたにたしかにはか〱しうもお" }, { "vol": 53, "page": 2001, "text": "ほえすたゝわれはかきりとて身をなけし人そかしいつくにきにたるにかとせめ て思いつれはいといみしとものを思なけきてみな人のねたりしにつまとをはな ちていてたりしに風ははけしう河浪もあらふきこえしをひとり物おそろしかり しかはきしかたゆくさきもおほえてすのこのはしにあしをさしおろしなから行 へきかたもまとはれてかへりいらむもなかそらにて心つよく此世にうせなんと 思たちしをおこかましうて人にみつけられむよりはおにもなにもくいうしなへ といひつゝつく〱とゐたりしをいときよけなるおとこのよりきていさ給へを のかもとへといひていたく心ちのせしを宮ときこえし人のしたまふとおほえし 程より心ちまとひにけるなめりしらぬ所にすゑをきて此男はきえうせぬとみし をつゐにかくほいのこともせすなりぬると思つゝいみしうなくと思しほとにそ の後のことはたえていかにも〱おほえす人のいふをきけはおほくの日比もへ にけりいかにうきさまをしらぬ人にあつかはれみえつらんとはつかしうつゐに かくていきかへりぬるかと思ふもくちおしけれはいみしうおほえて中〱しつ み給ひつる日比はうつし心もなきさまにて物いさゝかまいることもありつるを" }, { "vol": 53, "page": 2002, "text": "露許のゆをたにまいらすいかなれはかくたのもしけなくのみはおはするそうち はへぬるみなとし給へることはさめ給てさはやかにみえ給へはうれしう思きこ ゆるをとなく〱たゆむおりなくそひゐてあつかひきこえ給ある人〻もあたら しき御さまかたちをみれは心をつくしてそおしみまもりける心には猶いかてし なんとそ思わたり給へとさはかりにていきとまりたる人の命なれはいとしうね くてやう〱かしらもたけ給へは物まいりなとし給にそ中〱おもやせもてい くいつしかとうれしう思きこゆるにあまになし給てよさてのみなんいくやうも あるへきとのたまへはいとおしけなる御さまをいかてかさはなしたてまつらむ とてたゝいたゝき許をそき五かいはかりをうけさせたてまつる心もとなけれと もとよりおれ〱しき人の心にてえさかしくしゐてもの給はすそうつは今はか はかりにていたはりやめたてまつり給へといひをきてのほり給ぬ夢のやうなる 人をみたてまつる哉とあま君はよろこひてせめておこしすゑつゝ御くしてつか らけつり給さはかりあさましうひきゆひてうちやりたりつれといたうもみたれ すときはてたれはつや〱とけうらなり一とせたらぬつくもかみおほかる所に" }, { "vol": 53, "page": 2003, "text": "てめもあやにいみしき天人のあまくたれるをみたらむやうに思ふもあやうき心 ちすれとなとかいと心うくかはかりいみしく思きこゆるに御心をたてゝはみえ 給いつくにたれときこえし人のさる所にはいかておはせしそとせめてとふをい とはつかしと思てあやしかりしほとにみなわすれたるにやあらむありけんさま なともさらにおほえ侍すたゝほのかに思いつることゝてはたゝいかてこの世に あらしと思つゝ夕暮ことにはしちかくてなかめし程にまへちかくおほきなる木 のありししたより人のいてきてゐていく心ちなむせしそれより外のことはわれ なからたれともえ思いてられ侍すといとらうたけにいひなして世中になをあり けりといかて人にしられしきゝつくる人もあらはいといみしくこそとてない給 あまりとふをはくるしとおほしたれはえとはすかくやひめをみつけたりけんた けとりのおきなよりもめつらしき心ちするにいかなる物のひまにきえうせんと すらむとしつ心なくそおほしける此あるしもあてなる人なりけりむすめのあま 君はかむたちめの北のかたにてありけるかその人なく成給て後むすめたゝひと りをいみしくかしつきてよききむたちをむこにして思あつかひけるをそのむす" }, { "vol": 53, "page": 2004, "text": "めの君のなくなりにけれは心うしいみしと思いりてかたちをもかへかゝる山さ とにはすみはしめたりける也夜とゝもにこひわたる人のかたみにも思よそへつ へからむ人をたにみいてゝしかなつれ〱も心ほそきまゝに思なけきけるをか くおほえぬ人のかたちけはひもまさりさまなるをえたれはうつゝのことゝもお ほえすあやしき心ちしなからうれしと思ねひにたれといときよけによしありて 有さまもあてはかなりむかしの山さとよりは水のをともなこやかなりつくりさ まゆへある所こたちおもしろくせむさいもおかしくゆへをつくしたり秋になり 行は空のけしきもあはれなり門田のいねかるとて所につけたる物まねひしつゝ わかき女ともはうたうたひけうしあへりひたひきならすをともおかしくみしあ つまちのことなとも思ひいてられてかの夕きりの宮す所のおはせし山里よりは 今すこしいりて山にかたかけたる家なれはまつかせしけく風の音もいと心ほそ きにつれ〱にをこなひをのみしつゝいつとなくしめやかなりあま君そつきな とあかきよはきむなとひき給少将のあま君なといふ人はひはひきなとしつゝあ そふかゝるわさはし給やつれ〱なるになといふむかしもあやしかりける身に" }, { "vol": 53, "page": 2005, "text": "て心のとかにさやうの事すへき程もなかりしかはいさゝかおかしきさまならす もおひいてにける哉とかくさたすきにける人の心をやるめるおり〱につけて は思ひいつるをあさましく物はかなかりけるとわれなからくちおしけれはてな らひに 身をなけし涙の河のはやき瀬をしからみかけてたれかとゝめし思の外に心 うけれは行すゑもうしろめたくうとましきまて思やらる月のあかき夜な〱お い人ともはえむに歌よみいにしゑ思いてつゝさま〱物かたりなとするにいら ふへきかたもなけれはつく〱と打なかめて われかくてうき世の中にめくるともたれかはしらむ月の都に今はかきりと 思し程は恋しき人おほかりしかとこと人〻はさしもおもひいてられすたゝおや いかにまとひ給けんめのとよろつにいかて人なみ〱になさむと思いられしを いかにあえなき心ちしけんいつくにあらむわれよにある物とはいかてかしらむ おなし心なる人もなかりしまゝによろつへたつることなくかたらひみなれたり し右近なともおり〱は思いてらるわかき人のかゝる山里に今はと思たえこも" }, { "vol": 53, "page": 2006, "text": "るはかたきわさなりけれはたゝいたく年へにけるあま七八人そつねの人にては ありけるそれらかむすめむまこやうの物とも京に宮つかへするもことさまにて あるも時〱そきかよひけるかやうの人につけてみしわたりにいきかよひをの つからよにありけりとたれにも〱きかれたてまつらむこといみしくはつかし かるへしいかなるさまにてさすらへけんなと思やりよつかすあやしかるへきを 思へはかゝる人〻にかけてもみえすたゝしゝうこもきとてあま君のわか人にし たりけるふたりをのみそ此御かたにいひわけたりけるみめも心さまもむかしみ し宮ことりにゝたるはなしなにことにつけても世中にあらぬ所はこれにやとそ かつは思なされけるかくのみ人にしられしとしのひ給へはまことにわつらはし かるへきゆへある人にも物し給らんとてくはしきことある人〻にもしらせすあ ま君のむかしのむこの君今は中将にて物し給けるおとうとのせんしの君そうつ の御もとに物し給ける山こもりしたるをとふらひにはらからのきみたちつねに のほりけりよ川にかよふみちのたよりによせて中将こゝにおはしたりさきうち をひてあてやかなるおとこのいりくるをみいたしてしのひやかにおはせし人の" }, { "vol": 53, "page": 2007, "text": "御さまけはひそさやかに思いてらるゝこれもいと心ほそきすまゐのつれ〱な れとすみつきたる人〻は物きよけにおかしうしなしてかきほにうへたるなてし こもおもしろくをみなへしき経なとさきはしめたるに色〻のかりきぬすかたの をのことものわかきあまたして君もおなしさうそくにてみなみをもてによひす へたれはうちなかめてゐたりとし廿七八の程にてねひとゝのひ心ちなからぬさ まもてつけたりあま君さうしくちにき丁たてゝたいめんし給まつうちなきて年 ころのつもるにはすきにし方いとゝけとをくのみなん侍へるを山さとのひかり に猶まちきこえさすることのうちわすれすやみ侍らぬをかつはあやしく思給ふ るとの給へは心のうちあはれにすきにし方のことゝも思給へられぬおりなきを あなかちにすみはなれかほなる御ありさまにをこたりつゝなん山こもりもうら 山しうつねにいてたち侍をおなしくはなとしたひまとはさるゝ人〻にさまたけ らるゝやうに侍てなんけふはみなはふきすてゝ物し給へるとの給山こもりの御 うらやみは中〱いまやうたちたる御物まねひになむゝかしをおほしわすれぬ 御心はへもよになひかせ給はさりけるとをろかならす思給へらるゝおりおほく" }, { "vol": 53, "page": 2008, "text": "なといふ人〻に水はんなとやうの物くはせ君にもはすのみなとやうの物いたし たれはなれにしあたりにてさやうのこともつゝみなき心ちしてむら雨のふりい つるにとめられて物かたりしめやかにし給いふかひなく成にし人よりも此君の 御心はへなとのいと思やうなりしをよその物に思なしたるなんいとかなしきな と忘かたみをたにとゝめ給はすなりにけんと恋しのふ心なりけれはたまさかに かく物し給へるにつけてもめつらしくあはれにおほゆへかめるとはすかたりも しいてつへしひめ君はわれは我と思いつる方おほくてなかめいたし給へるさま いとうつくししろきひとへのいとなさけなくあさやきたるにはかまもひはた色 にならひたるにやひかりもみえすくろきをきせたてまつりたれはかゝることゝ もゝみしにはかはりてあやしうもあるかなと思つゝこは〱しういらゝきたる 物ともき給へるしもいとおかしきすかたなり御まへなる人〻こひめ君のおはし たる心ちのみし侍つるに中将殿をさへみたてまつれはいとあはれにこそおなし くは昔のさまにておはしまさせはやいとよき御あはひならむかしといひあへる をあないみしや世にありていかにもいかにも人にみえんこそゝれにつけてそむ" }, { "vol": 53, "page": 2009, "text": "かしのこと思いてらるへきさやうのすちは思たえてわすれなんと思あま君いり 給へるまにまらうとあめのけしきをみわつらひて少将といひし人のこゑをきゝ しりてよひよせ給へり昔みし人〻はみなこゝに物せらるらんやと思ひなからも かうまいりくることもかたくなりにたるを心あさきにやたれもたれもみなし給 らんなとの給つかうまつりなれにし人にてあはれなりし昔のことゝもゝ思いて たるつゐてにかのらうのつまいりつる程風のさはかしかりつるまきれにすたれ のひまよりなへてのさまにはあるましかりつる人のうちたれかみのみえつるは よをそむき給へるあたりにたれそとなんみおとろかれつるとの給姫君のたちい て給へるうしろてをみ給へりけるなめりとおもひいてゝましてこまかにみせた らは心とまり給なんかしむかし人はいとこよなうをとり給へりしをたにまた忘 かたくし給めるをと心ひとつに思てすきにし御ことをわすれかたくなくさめか ね給めりし程におほえぬ人をえたてまつり給てあけ暮のみ物に思きこえ給める をうちとけ給へる御有さまをいかて御らんしつらんといふかゝることこそはあ りけれとおかしくてなに人ならむけにいとおかしかりつとほのかなりつるを中" }, { "vol": 53, "page": 2010, "text": "〱思いつこまかにとへとそのまゝにもいはすをのつからきこしめしてんとの みいへはうちつけにとひ尋むもさまあしき心ちして雨もやみぬ日も暮ぬへしと いふにそゝのかされて出給まへちかきをみなへしをおりてなにゝほふらんとく ちすさひてひとりこちたてり人の物いひをさすかにおほしとかむるこそなとこ たいの人ともは物めてをしあへりいときよけにあらまほしくもねひまさり給に けるかなおなしくは昔のやうにてもみたてまつらはやとてとう中納言の御あた りにはたえすかよひ給やうなれと心もとゝめ給はすおやの殿かちになん物し給 とこそいふなれとあま君もの給て心うく物をのみおほしへたてたるなむいとつ らき今は猶さるへきなめりとおほしなしてはれ〱しくもてなし給へこの五と せむとせ時のまも忘す恋しくかなしと思つる人のうへもかくみたてまつりて後 よりはこよなく思わすれにて侍思きこえ給へき人〻世におはすとも今は世にな き物にこそやう〱おほしなりぬらめよろつのことさしあたりたるやうにはえ しもあらぬわさになむといふにつけてもいとゝ涙くみてへたてきこゆる心は侍 らねとあやしくていき返ける程によろつのこと夢の世にたとられてあらぬ世に" }, { "vol": 53, "page": 2011, "text": "生れたらん人はかゝる心ちやすらんとおほえ侍れは今は知へき人よにあらんと も思ひ出すひたみちにこそむつましく思きこゆれとの給さまもけになに心なく うつくしくうちゑみてそまもりゐ給へる中将は山におはしつきて僧都もめつら しかりて世中の物語し給ふその夜はとまりてこゑたうとき人に経なとよませて 夜ひとよあそひ給せむしの君こまかなる物かたりなとするつゐてにをのに立よ りて物あはれにも有しかな世をすてたれと猶さはかりの心はせある人はかたう こそなとあるつゐてに風の吹あけたりつるひまよりかみいとなかくおかしけな る人こそみえつれあらはなりとや思つらんたちてあなたにいりつるうしろてな へての人とはみえさりつさやうの所によき女はをきたるましき物にこそあめれ あけ暮みる物はほうしなりをのつからめなれておほゆらんふひんなることそか しとの給せんしの君この春はつせにまうてゝあやしくてみいてたる人となむき ゝ侍しとてみぬことなれはこまかにはいはすあはれなりけること哉いかなる人 にかあらむ世中をうしとてそさる所にはかくれゐけむかし昔物かたりの心ちも するかなとの給又の日かへり給にもすきかたくなむとておはしたりさるへき心" }, { "vol": 53, "page": 2012, "text": "つかひしたりけれは昔おもひいてたる御まかなひの少将のあまなとも袖くちさ まことなれともおかしいとゝいやめにあま君は物し給物かたりのつゐてにしの ひたるさまに物し給らんはたれにかとゝひ給わつらはしけれとほのかにもみつ けてけるをかくしかほならむもあやしとてわすれわひ侍ていとゝつみふかうの みおほえ侍つるなくさめにこの月ころみ給ふる人になむいかなるにかいと物思 しけきさまにてよにありと人にしられんことをくるしけに思て物せらるれはか ゝるたにのそこにはたれかは尋きかんと思つゝ侍をいかてかはきゝあらはさせ 給へらんといらふうちつけ心ありてまいりこむにたに山ふかきみちのかことは きこえつへしましておほしよそふらんかたにつけてはこと〱にへたて給まし きことにこそはいかなるすちに世をうらみ給人にかなくさめきこえはやなとゆ かしけにの給いて給とてたゝうかみに あたしのゝ風になひくなをみなへしわれしめゆはんみち遠くともとかきて 少将のあましていれたりあま君もみ給て此御返かゝせ給へいと心にくきけつき 給へる人なれはうしろめたくもあらしとそゝのかせはいとあやしきてをはいか" }, { "vol": 53, "page": 2013, "text": "てかとてさらにきゝ給はねははしたなきことなりとてあま君きこえさせつるや うによつかす人にゝぬひとにてなむ うつしうへて思みたれぬをみなへしうき世をそむく草の庵にとありこたみ はさもありぬへしと思ゆるしてかへりぬふみなとわさとやらんはさすかにうひ 〱しうほのかにみしさまは忘す物思ふらんすちなにことゝしらねとあはれな れは八月十余日のほとにこたかかりのついてにおはしたり例のあまよひいてゝ ひとめみしよりしつ心なくてなむとの給へりいらへ給へくもあらねはあま君ま つちの山となんみ給ふるといひいたし給たいめんし給へるにも心くるしきさま にて物し給ときゝ侍し人の御うへなんのこりゆかしく侍つるなにことも心にか なはぬ心ちのみし侍れは山すみもし侍らまほしき心ありなからゆるい給ましき 人〻におもひさはりてなむすくし侍よに心ちよけなる人のうへはかくくんした る人の心からにやふさはしからすなん物思給らん人に思ことをきこえはやなと いと心とゝめたるさまにかたらひ給心ちよけならぬ御ねかひはきこえかはし給 はんにつきなからぬさまになむみえ侍れと例の人にてはあらしといとうたゝあ" }, { "vol": 53, "page": 2014, "text": "るまて世をうらみ給めれはのこりすくなきよはひともたに今はとそむきはへる 時はいと物心ほそくおほえ侍し物を世をこめたるさかりにはつゐにいかゝとな んみ給へ侍とおやかりていふいりてもなさけなし猶いさゝかにてもきこえ給へ かゝる御すまひはすゝろなることもあはれしるこそ世のつねのことなれなとこ しらへてもいへと人に物きこゆらん方もしらすなにこともいふかひなくのみこ そといとつれなくてふし給へりまらうとはいつらあな心うあきを契れるはすか し給にこそ有けれなと恨みつゝ 松虫のこゑをたつねてきつれともまた萩はらの露にまとひぬあないとおし これをたになとせむれはさやうによついたらむこといひいてんもいと心うく又 いひそめてはかやうのおり〱にせめられむもむつかしうおほゆれはいらへを たにしたまはねはあまりいふかひなく思あへりあま君はやうはいまめきたる人 にそありけるなこりなるへし 秋の野ゝ露わけきたるかり衣むくらしけれる宿にかこつなとなんわつらは しかりきこえ給めるといふをうちにも猶かく心より外によにありとしられはし" }, { "vol": 53, "page": 2015, "text": "むるをいとくるしとおほす心のうちをはしらておとこ君をもあかす思いてつゝ 恋わたる人〻なれはかくはかなきつゐてにもうちかたらひきこえ給はんに心よ り外によにうしろめたくはみえ給はぬ物をよのつねなるすちにはおほしかけす ともなさけなからぬ程に御いらへはかりはきこえ給へかしなとひきうこかしつ へくいふさすかにかゝるこたいの心ともにはありつかすいまめきつゝこしおれ 歌このましけにわかやくけしきともはいとうしろめたうおほゆかきりなくうき 身なりけりとみはてゝし命さへあさましうなかくていかなるさまにさすらふへ きならむひたふるになき物と人にみきゝすてられてもやみなはやと思ひふし給 へるに中将は大かた物思はしきことのあるにやいといたう打なけきしのひやか にふゑをふきならしてしかのなくねになとひとりこつけはひまことに心ちなく はあるましすきにし方の思いてらるゝにも中〱心つくしに今はしめてあはれ とおほすへき人はたかたけなれはみえぬ山ちにもえ思なすましうなんとうらめ しけにていてなむとするにあま君なとあたらよを御らんしさしつるとてゐさり いて給へりなにかをちなるさとも心み侍れはなといひすさみていたうすきかま" }, { "vol": 53, "page": 2016, "text": "しからんもさすかにひんなしいとほのかにみえしさまのめとまりしはかりつれ 〱なる心なくさめに思出つるをあまりもてはなれおくふかなるけはひも所の さまにあはすすさましと思へはかへりなむとするをふえのねさへあかすいとゝ おほえて ふかき夜の月をあはれとみぬ人や山のはちかき宿にとまらぬとなまかたは なることをかくなんきこえ給ふといふに心ときめきして 山のはに入まて月をなかめみんねやの板まもしるしありやとなといふにこ のおほあま君ふえのねをほのかにきゝつけたりけれはさすかにめてゝいてきた りこゝかしこうちしはふきあさましきわなゝきこゑにて中〱むかしのことな ともかけていはすたれとも思わかぬなるへしいてそのきむのことひき給へよこ ふえは月にはいとおかしき物そかしいつらこたちことゝりてまいれといふにそ れなめりとをしはかりにきけといかなる所にかゝる人いかてこもりゐたらむさ ためなき世そこれにつけてあはれなるはんしきてうをいとおかしうふきていつ らさらはとのたまふむすめあま君これもよき程のすき物にてむかしきゝ侍しよ" }, { "vol": 53, "page": 2017, "text": "りもこよなくおほえ侍は山風をのみきゝなれ侍にけるみゝからにやとていてや これもひかことに成て侍らむといひなからひくいまやうはおさ〱なへての人 の今はこのます成行物なれは中〱めつらしくあはれにきこゆ松風もいとよく もてはやすふきてあはせたるふえのねに月もかよひてすめる心ちすれはいよ 〱めてられてよゐまとひもせすおきゐたり女はむかしはあつまことをこそは こともなくひきはへりしかと今のよにはかはりにたるにやあらむこのそうつの きゝにくし念仏より外のあたわさなせそとはしたなめられしかはなにかはとて ひき侍らぬなりさるはいとよくなることも侍りといひつゝけていとひかまほし と思たれはいとしのひやかにうちわらひていとあやしきことをもせいしきこえ 給けるそうつかなこくらくといふなる所にはほさつなともみなかゝることをし て天人なともまひあそふこそたうとかなれをこなひまきれつみうへきことかは こよひきゝ侍らはやとすかせはいとよしと思ていてとのもりのくそあつまとり てといふにもしはふきはたえす人〻はみくるしと思へとそうつをさへうらめし けにうれへていひきかすれはいとおしくてまかせたりとりよせてたゝ今のふえ" }, { "vol": 53, "page": 2018, "text": "のねをもたつねすたゝをのか心をやりてあつまのしらへをつまさはやかにしら ふみなこと物はこゑをやめつるをこれをのみめてたると思てたけふちゝり〱 たりたんなゝとかきかへしはやりかにひきたることはともわりなくふるめきた りいとおかしう今の世にきこえぬことはこそはひき給けれとほむれはみゝほの 〱しくかたはらなる人にとひきゝていまやうのわかき人はかやうなることを そこのまれさりけるこゝに月ころ物し給める姫君かたちいとけうらに物し給め れともはらかやうなるあたわさなとし給はすうもれてなん物し給めると我かし こにうちあさわらひてかたるをあま君なとはかたはらいたしとおほすこれにこ とみなさめてかへり給程も山おろし吹てきこえくるふえのねいとおかしうきこ えておきあかしたるつとめてよへはかた〱心みたれ侍しかはいそきまかて侍 し わすられぬ昔のこともふえ竹のつらきふしにもねそなかれける猶すこしお ほししるはかりをしへなさせ給へしのはれぬへくはすき〱しきまてもなにか はとあるをいとゝわひたるは涙とゝめかたけなるけしきにてかき給ふ" }, { "vol": 53, "page": 2019, "text": "笛のねに昔のこともしのはれてかへりし程も袖そぬれにしあやしう物思ひ しらぬにやとまてみ侍ありさまはおい人のとはすかたりにきこしめしけむかし とありめつらしからぬもみ所なき心ちしてうちをかれけんおきのはにをとらぬ ほと〱にをとつれわたるいとむつかしうもあるかな人の心はあなかちなる物 なりけりとみしりにしおり〱もやう〱思いつるまゝに猶かゝるすちのこと ひとにも思はなたすへきさまにとくなし給てよとて経ならいてよみ給心のうち にもねんし給へりかくよろつにつけて世中を思すつれはわかき人とておかしや かなることもことになくむすほゝれたる本上なめりと思かたちのみるかひ有う つくしきによろつのとかみゆるしてあけくれのみ物にしたりすこしうちはらひ 給おりはめつらしくめてたき物に思へり九月になりて此あま君はつせにまうつ としころいと心ほそき身にこひしき人のうへも思やまれさりしをかくあらぬ人 ともおほえ給はぬなくさめをえたれはくわんをんの御しるしうれしとてかへり 申たちてまうて給なりけりいさ給へひとやはしらむとするおなし仏なれとさや うの所にをこなひたるなむしるしありてよきためしおほかるといひてそゝのか" }, { "vol": 53, "page": 2020, "text": "し立れとむかしはゝ君めのとなとのかやうにいひしらせつゝたひ〱まうてさ せしをかひなきにこそあめれ命さへ心にかなはすたくひなきいみしきめをみる はといと心うきうちにもしらぬ人にくしてさるみちのありきをしたらんよと空 おそろしくおほゆ心こはきさまにはいひもなさて心ちのいとあしうのみ侍れは さやうならんみちの程にもいかゝなとつゝましうなむとの給ふ物おちはさもし 給へき人そかしと思てしゐてもいさなはす はかなくて世にふる河のうきせには尋もゆかし二もとの杉とてならひにま しりたるをあま君みつけてふたもとはまたもあひきこえんと思給人あるへしと たはふれことをいひあてたるにむねつふれておもてあかめ給へるいとあい行つ きうつくしけなり ふる河の杉の本たちしらねとも過にし人によそへてそみることなることな きいらへをくちとくいふしのひてといへとみな人したひつゝこゝには人すくな にておはせんを心くるしかりて心はせある少将のあま左衛門とてあるおとなし き人わらははかりそとゝめたりけるみないてたちけるをなかめいてゝあさまし" }, { "vol": 53, "page": 2021, "text": "きことを思なからも今はいかゝせむとたのもし人に思ふ人ひとり物し給はぬは 心ほそくもあるかなといとつれ〱なるに中将の御ふみあり御らんせよといへ ときゝもいれ給はすいとゝ人もみえすつれ〱ときしかた行さきを思くむし給 ふくるしきまてもなかめさせ給かな御五をうたせ給へといふいとあやしうこそ はありしかとはの給へとうたむとおほしたれはゝむとりにやりてわれはと思て せんせさせたてまつりたるにいとこよなけれは又てなをしてうつあまうへとう かへらせ給はなん此御五みせたてまつらむかの御五そいとつよかりしそうつの 君はやうよりいみしうこのませ給てけしうはあらすとおほしたりしをいときせ い大とこになりてさしいてゝこそうたさらめ御五にはまけしかしときこえ給し につゐにそうつなんふたつまけ給しきせいか五にはまさらせ給へきなめりあな いみしとけうすれはさたすきたるあまひたいのみつかぬに物このみするにむつ かしきこともしそめてける哉と思て心ちあしとてふし給ぬ時〱はれ〱しう もてなしておはしませあたら御身をいみしうしつみてもてなさせ給こそくちお しう玉にきすあらん心ちし侍れといふ夕暮の風の音もあはれなるに思いつるこ" }, { "vol": 53, "page": 2022, "text": "ともおほくて 心には秋の夕をわかねともなかむる袖に露そみたるゝ月さしいてゝおかし き程にひるふみありつる中将おはしたりあなうたてこはなにそとおほえ給へは おくふかく入給をさもあまりにもおはします物かな御心さしのほともあはれま さるおりにこそ侍めれほのかにもきこえ給はんこともきかせ給へしみつかんこ とのやうにおほしめしたるこそなといふにいとはしたなくおほゆおはせぬよし をいへとひるのつかひのひと所なととひきゝたるなるへしいとことおほくうら みて御こゑもきゝ侍らしたゝけちかくてきこえんことをきゝにくしともいかに ともおほしことはれとよろつにいひわひていと心うく所につけてこそ物のあは れもまされあまりかゝるはなとあはめつゝ 山里の秋の夜ふかきあはれをもゝの思ふ人は思こそしれをのつから御心も かよひぬへきをなとあれはあま君おはせてまきらはしきこゆへき人も侍らすい とよつかぬやうならむとせむれは 憂物と思もしらてすくす身を物おもふ人とひとはしりけりわさといらへと" }, { "vol": 53, "page": 2023, "text": "もなきをきゝてつたへきこゆれはいとあはれと思て猶たゝいさゝかいて給へと きこえうこかせとこの人〻をわりなきまてうらみ給あやしきまてつれなくそみ え給やとていりてみれは例はかりそめにもさしのそき給はぬ老人の御かたにい り給にけりあさましう思てかくなんときこゆれはかゝる所になかめ給らん心の うちのあはれにおほかたのありさまなともなさけなかるましき人のいとあまり 思しらぬ人よりもけにもてなし給めるこそそれ物こりし給へるか猶いかなるさ まに世をうらみていつまておはすへき人そなとありさまとひていとゆかしけに のみおほいたれとこまかなることはいかてかはいひきかせんたゝしりきこえ給 へき人のとし比はうと〱しきやうにてすくし給しを初せにまうてあひ給て尋 きこえ給つるとそいふひめ君はいとむつかしとのみきくおい人のあたりにうつ ふし〱ていもねられすよひまとひはえもいはすおとろ〱しきいひきしつゝ まへにもうちすかひたるあまともふたりふしてをとらしといひきあはせたりい とおそろしうこよひこの人〻にやくはれなんとおもふもおしからぬ身なれとれ いの心よはさはひとつはしあやうかりてかへりきたりけん物のやうにわひしく" }, { "vol": 53, "page": 2024, "text": "おほゆこもきともにゐておはしつれと色めきてこのめつらしきおとこのえんた ちゐたるかたにかへりゐにけりいまやくる〱と待ゐたまへれといとはかなき たのもし人なりや中将いひわつらひてかへりにけれはいとなさけなくむもれて もおはしますかなあたら御かたちをなとそしりてみなひと所にねぬ夜なかはか りにやなりぬらんと思ほとにあま君しはふきおほゝれておきにたりほかけにか しらつきはいとしろきにくろき物をかつきてこのきみのふし給へるあやしかり ていたちとかいふなる物かさるわさするひたひにてをあてゝあやしこれはたれ そとしふねけなるこゑにてみおこせたるさらにたゝいまくひてむとするとそお ほゆるおにのとりもてきけん程は物のおほえさりけれは中〱心やすしいかさ まにせんとおほゆるむつかしさにもいみしきさまにていきかへり人になりて又 ありし色〱のうきことを思ひみたれむつかしともおそろしとも物をおもふよ しなましかはこれよりもおそろしけなる物の中にこそはあらましかと思やらる 昔よりのことをまとろまれぬまゝにつねよりも思つゝくるにいと心うくおやと きこえけん人の御かたちもみたてまつらすはるかなるあつまをかへる〱年月" }, { "vol": 53, "page": 2025, "text": "をゆきてたまさかに尋よりてうれしたのもしと思きこえしはらからの御あたり をもおもはすにてたえすきさるかたに思さため給し人につけてやう〱身のう さをもなくさめつへきゝはめにあさましうもてそこなひたる身を思もてゆけは 宮をすこしもあはれとおもひきこえけん心そいとけしからぬたゝこの人の御ゆ かりにさすらへぬるそとおもへはこしまの色をためしに契給しをなとておかし と思きこえけんとこよなくあきにたる心ちすはしめよりうすきなからものとや かに物し給し人はこのおりかのおりなと思ひいつるそこよなかりけるかくてこ そありけれときゝつけられたてまつらむはつかしさは人よりまさりぬへしさす かにこの世にはありし御さまをよそなからたにいつかみんするとうち思猶わろ の心やかくたにおもはしなと心ひとつをかへさふからうして鳥のなくをきゝて いとうれしはゝの御こゑをきゝたらむはましていかならむと思あかして心ちも いとあしともにてわたるへき人もとみにこねは猶ふし給つるにいひきの人はい ととくおきてかゆなとむつかしきことゝもをもてはやしておまへにとくきこし めせなとよりきていへとまかなひもいとゝ心つきなくうたてみしらぬ心ちして" }, { "vol": 53, "page": 2026, "text": "なやましくなんとことなしひ給をしひていふもいとこちなしけす〱しきほう しはらなとあまたきてそうつけふおりさせ給へしなとにはかにはととふなれは 一品宮の御物のけになやませ給ける山のさすみすほうつかまつらせ給へと猶そ うつまいらせ給はてはしるしなしとて昨日二たひなんめし侍し右大臣殿の四位 の少将よへ夜ふけてなんのほりおはしましてきさいの宮の御文なと侍けれはお りさせ給なりなといとはなやかにいひなすはつかしうともあひてあまになし給 てよといはんさかしら人すくなくてよきおりにこそと思へはおきて心ちのいと あしうのみ侍を僧都のおりさせ給へらんにいむことうけ侍らんとなむ思侍をさ やうにきこえ給へとかたらひ給へはほけ〱しう打うなつく例のかたにおはし てかみはあま君のみけつり給をこと人にてふれさせんもうたておほゆるにてつ からはたえせぬことなれはたゝすこしときくたしておやに今一たひかうなから のさまをみえすなりなむこそ人やりならすいとかなしけれいたうわつらひしけ にやかみもすこしおちほそりたる心ちすれとなにはかりもおとろへすいとおほ くて六尺はかりなるすゑなとそいとうつくしかりけるすちなともいとこまかに" }, { "vol": 53, "page": 2027, "text": "うつくしけなりかゝれとてしもとひとりこちゐ給へりくれかたにそうつものし 給へりみなみおもてはらひしつらひてまろなるかしらつきゆきちかひさはきた るも例にかはりていとおそろしき心ちすはゝの御かたにまいり給ていかにそ月 比はなといふひんかしの御方は物まうてし給にきとかこのおはせし人はなをも のし給やなとゝひ給しかこゝにとまりてなん心ちあしとこそ物し給ていむこと うけたてまつらんとの給つるとかたるたちてこなたにいましてこゝにやおはし ますとてき丁のもとについゐ給へはつゝましけれとゐさりよりていらへし給ふ いにてみたてまつりそめてしもさるへき昔の契ありけるにこそと思給へて御い のりなともねんころにつかうまつりしをほうしはその事となくて御ふみきこえ うけ給はらむもひんなけれはしねんになんをろかなるやうになり侍ぬるいとあ やしきさまによをそむき給へる人の御あたりいかておはしますらんとの給世中 に侍らしと思たち侍し身のいとあやしくていまゝて侍つるを心うしと思侍物か らよろつにせさせ給ける御心はえをなむいふかひなき心ちにも思給へしらるゝ を猶よつかすのみつゐにえとまるましく思給へらるゝをあまになさせ給てよ世" }, { "vol": 53, "page": 2028, "text": "中に侍とも例の人にてなからふへくも侍らぬ身になむときこえ給またいとゆく さきとをけなる御程にいかてかひたみちにしかはおほしたゝむかへりてつみあ る事也思立て心をおこし給ほとはつよくおほせと年月ふれは女の御身といふ物 いとたい〱しき物になんとのたまへはをさなく侍しほとより物をのみ思へき 有さまにておやなともあまになしてやみましなとなむ思の給しましてすこしも の思しりて後は例の人さまならてのちの世をたにと思心ふかゝりしをなくなる へき程のやう〱ちかくなり侍にや心ちのいとよはくのみなり侍を猶いかてと てうちなきつゝの給あやしくかゝるかたちありさまをなとて身をいとはしく思 はしめ給けん物のけもさこそいふなりしかと思あはするにさるやうこそはあら めいまゝてもいきたるへき人かはあしき物のみつけそめたるにいとおそろしく あやうきことなりとおほしてとまれかくまれおほしたちての給を三ほうのいと かしこくほめ給こと也ほうしにてきこえかへすへきことにあらす御いむことは いとやすくさつけたてまつるへきをきふなることにまかんてたれはこよひかの 宮にまいるへく侍りあすよりやみすほうはしまるへく侍らん七日はてゝまかて" }, { "vol": 53, "page": 2029, "text": "むにつかまつらむとの給へはかのあま君おはしなはかならすいひさまたけてん といとくちおしくてみたり心ちのあしかりし程にみたるやうにていとくるしう 侍れはをもくならはいむことかひなくや侍らん猶けふはうれしきおりとこそ思 ひ侍れとていみしうなき給へはひしり心にいと〱おしく思てよやふけ侍ぬら ん山よりおり侍こと昔はことゝもおほえ給はさりしを年のおうるまゝにはたへ かたく侍けれはうちやすみてうちにはまいらんと思侍をしかおほしいそくこと なれはけふつかうまつりてんとの給にいとうれしくなりぬはさみとりてくしの はこのふたさしいてたれはいつら大とこたちこゝにとよふはしめみつけたてま つりしふたりなからともにありけれはよひいれて御くしおろしたてまつれとい ふけにいみしかりし人の御有さまなれはうつし人にてはよにおはせんもうたて こそあらめとこのあさりもことはりに思にき丁のかたひらのほころひより御か みをかきいたし給つるかいとあたらしくおかしけなるになむしはしはさみをも てやすらひけるかゝるほと少将のあまはせうとのあさりのきたるにあひてしも にゐたりさゑもんはこのわたくしのしりたる人にあいしらふとてかゝる所にと" }, { "vol": 53, "page": 2030, "text": "りてはみなとり〱に心よせの人〻めつらしうていてきたるにはかなき事しけ るみいれなとしけるほとにこもき独してかゝることなんと少将のあまにつけた りけれはまとひてきてみるにわか御うへのきぬけさなとをことさら許とてきせ たてまつりておやの御かたおかみたてまつり給へといふにいつかたともしらぬ ほとなむえしのひあへ給はてなき給にけるあなあさましやなとかくあふなきわ さはせさせ給うへかへりおはしてはいかなることをの給はせむといへとかはか りにしそめつるをいひみたるも物しと思てそうついさめ給へはよりてもえさま たけするてん三かいちうなといふにもたちはてゝし物をと思いつるもさすかな りけり御くしもそきわつらひてのとやかにあま君たちしてなをさせ給へといふ ひたひはそうつそゝき給かゝる御かたちやつし給てくひ給なゝとたうときこと ゝもとききかせ給とみにせさすへくもあらすみないひしらせ給へることをうれ しくもしつるかなとこれのみそ仏はいけるしるしありてとおほえ給けるみな人 〻いてしつまりぬよるの風のをとにこの人〻は心ほそき御すまひもしはしの事 そ今いとめてたくなり給なんとたのみきこえつる御身をかくしなさせ給てのこ" }, { "vol": 53, "page": 2031, "text": "りおほかる御世のすゑをいかにせさせ給はんとするそおひおとろへたる人たに 今はかきりと思はてられていとかなしきわさに侍といひしらすれと猶たゝ今は 心やすくうれし世にふへき物とは思かけすなりぬるこそはいとめてたきことな れとむねのあきたる心ちそし給けるつとめてはさすかに人のゆるさぬことなれ はかはりたらむさまみえんもいとはつかしくかみのすそのにはかにおほとれた るやうにしとけなくさへそかれたるをむつかしきことゝもいはてつくろはん人 もかなと何事につけてもつゝましくてくらうしなしておはす思ふ事を人にいひ つゝけんことのはゝもとよりたにはか〱しからぬ身をまいてなつかしうこと はるへき人さへなけれはたゝすゝりにむかひて思あまるおりにはてならひをの みたけきことゝはかきつけ給 なきものに身をも人をも思つゝ捨てし世をそさらにすてつる今はかくてか きりつるそかしとかきても猶身つからいとあはれとみたまふ かきりそと思なりにし世間を返〱もそむきぬるかなおなしすちのことを とかくかきすさひゐ給へるに中将の御文あり物さはかしうあきれたる心ちしあ" }, { "vol": 53, "page": 2032, "text": "へる程にてかゝることなといひてけりいとあへなしと思てかゝる心のふかくあ りける人なりけれははかなきいらへをもしそめしと思はなるゝ成けりさてもあ へなきわさかないとおかしくみえしかみのほとをたしかにみせよとひと夜もか たらひしかはさるへからむおりにといひしものをといとくちおしうて立かへり きこえんかたなきは きし遠く漕はなるらむあま舟に乗をくれしといそかるゝかな例ならすとり てみ給物のあはれなるおりにいまはと思もあはれなる物からいかゝおほさるら んいとはかなきものゝはしに 心こそうき世の岸をはなるれと行ゑもしらぬあまのうき木をとれいのてな らひにし給へるをつゝみてたてまつるかきうつしてたにこそとの給へと中〱 かきそこなひ侍なんとてやりつめつらしきにもいふかたなくかなしうなむおほ えける物まうての人かへり給て思さはき給ことかきりなしかゝる身にてはすゝ めきこえんこそはと思なし侍れとのこりおほかる御身をいかてへたまはむとす らむをのれは世に侍らんことけふあすともしりかたきにいかてうしろやすくみ" }, { "vol": 53, "page": 2033, "text": "たてまつらむとよろつに思給へてこそ仏にも祈きこえつれとふしまろひつゝい といみしけに思給へるにまことのおやのやかてからもなき物と思まとひ給けん ほとおしはからるゝそまついとかなしかりける例のいらへもせてそむきゐ給へ るさまいとわかくうつくしけなれはいと物はかなくそおはしける御心なれとな く〱御そのことなといそき給にひ色はてなれにしことなれはこうちきけさな としたりある人〻もかゝる色をぬいきせたてまつるにつけてもいとおほえすう れしき山里のひかりとあけくれみたてまつりつる物を口おしきわさかなとあた らしかりつゝ僧都をうらみそしりけり一品宮の御なやみけにかの弟子のいひし もしるくいちしるきことゝもありてをこたらせ給にけれはいよ〱いとたうと き物にいひのゝしる名残もおそろしとてみすほうのへさせ給へはとみにもえか へりいらてさふらひ給に雨なとふりてしめやかなる夜めしてよゐにさふらはせ 給日ころいたうさふらひこうしたる人はみなやすみなとしておまへに人すくな にてちかくおきたる人すくなきおりにおなし御丁におはしまして昔よりたのま せ給中にも此たひなんいよ〱後の世もかくこそはとたのもしきことまさりぬ" }, { "vol": 53, "page": 2034, "text": "るなとの給はす世の中に久しうはへるましきさまに仏なともをしへ給へること ゝも侍るうちにことしらい年すくしかたきやうになむ侍れは仏をまきれなくね んしつとめ侍らんとてふかくこもり侍をかゝるおほせことにてまかりいて侍に しなとけいし給御ものゝけのしふねきことをさま〱になのるかおそろしきこ となとの給つゐてにいとあやしうけうのことをなんみ給へしこの三月に年老て 侍はゝの願有てはつせにまうてゝ侍しかへさの中やとりにうちの院といひ侍所 にまかりやとりしをかくのこと人すまて年へぬるおほきなる所はよからぬ物か ならすかよひすみておもきひやうさのためあしき事ともと思給へしもしるくと てかのみつけたりしことゝもをかたりきこえ給けにいとめつらかなることかな とてちかくさふらふ人〻みなねいりたるをおそろしくおほされておとろかさせ 給大将のかたらひ給さい将の君しもこのことをきゝけりおとろかさせ給人〻は なにともきかす僧都おちさせ給へる御けしきを心もなきことけいしてけりと思 てくはしくもその程のことをはいひさしつその女人このたひまかりいて侍つる たよりにをのに侍つるあまともあひとひ侍らんとてまかりよりたりしになく" }, { "vol": 53, "page": 2035, "text": "〱出家の心さしふかきよしねん比にかたらひ侍しかはかしらおろし侍にきな にかしかいもうと故ゑもんのかみのめに侍しあまなんうせにし女このかはりに と思よろこひ侍てすいふんにいたはりかしつき侍けるをかくなりたれはうらみ 侍なりけにそかたちはいとうるはしくけうらにてをこなひやつれんもいとおし けになむ侍しなに人にか侍けんとものよくいふそうつにてかたりつゝけ申給へ はいかてさる所によき人をしもとりもていきけんさりとも今はしられぬらむな とこのさい相の君そとふしらすさもやかたらひ給らんまことにやむことなき人 ならはなにかかくれも侍らしをやゐ中人のむすめもさるさましたるこそは侍ら めりうの中より仏むまれ給はすはこそ侍らめたゝ人にてはいとつみかろきさま の人になん侍けるなときこえ給そのころかのわたりにきえうせにけむ人をおほ しいつこのおまへなる人もあねの君のつたへにあやしくてうせたる人とはきゝ をきたれはそれにやあらんとは思けれとさためなきこと也そうつもかゝる人世 にある物ともしられしとよくもあらぬかたきたちたる人もあるやうにおもむけ てかくししのひ侍をことのさまのあやしけれはけいし侍なりとなまかくすけし" }, { "vol": 53, "page": 2036, "text": "きなれは人にもかたらす宮はそれにもこそあれ大将にきかせはやと此人にその 給はすれといつかたにもかくすへきことをさためてさならむともしらすなから はつかしけなる人にうちいての給はせむもつゝましくおほしてやみにけりひめ 宮をこたりはてさせ給てそうつものほりぬかしこにより給へれはいみしううら みて中〱かゝる御ありさまにてつみもえぬへきことをの給もあはせすなりに けることをなむいとあやしきなとの給へとかひもなし今はたゝ御をこなひをし 給へおいたるわかきさためなきよなりはかなき物におほしとりたるもことはり なる御身をやとの給にもいとはつかしうなむおほえける御ほうふくあたらしく し給へとてあやうす物きぬなといふ物たてまつりをき給なにかしか侍らんかき りはつかうまつりなんなにかおほしわつらふへきつねの世においいてゝせけん のゑいくわにねかひまつはるゝかきりなん所せくすてかたくわれも人もおほす へかめることなめるかゝる林の中にをこなひつとめ給はん身はなにことかはう らめしくもはつかしくもおほすへきこのあらん命は葉のうすきかことしといひ しらせて松門に暁いたりて月徘徊すとほうしなれといとよし〱しくはつかし" }, { "vol": 53, "page": 2037, "text": "けなるさまにての給ことゝもを思やうにもいひきかせ給かなときゝゐたりけふ はひねもすにふく風の音もいと心ほそきにおはしたる人もあはれ山ふしはかゝ る日にそねはなかるなるかしといふをきゝて我も今は山ふしそかしことはりに とまらぬ涙なりけりと思つゝはしのかたに立いてゝみれははるかなる軒はより かりきぬすかた色〻に立ましりてみゆ山へのほる人なりとてもこなたのみちに はかよふ人もいとたまさかなりくろたにとかいふ方よりありくほうしのあとの みまれ〱はみゆるを例のすかたみつけたるはあひなくめつらしきにこのうら みわひし中将なりけりかひなきこともいはむとて物したりけるを紅葉のいとお もしろくほかのくれなゐにそめましたる色〻なれはいりくるよりそ物あはれな りけるこゝにいと心ちよけなる人をみつけたらはあやしくそおほゆへきなと思 ていとまありてつれ〱なる心ちし侍にもみちもいかにと思給へてなむ猶立か へりてたひねもしつへきこのもとにこそとてみいたし給へりあま君例の涙もろ にて 木枯の吹にし山のふもとには立かくすへきかけたにそなきとの給へは" }, { "vol": 53, "page": 2038, "text": "待人もあらしとおもふ山里の梢をみつゝ猶そ過うきいふかひなき人の御こ とをなをつきせすの給てさまかはり給へらんさまをいさゝかみせよと少将のあ まにの給それをたにちきりししるしにせよとせめ給へはいりてみるにことさら 人にもみせまほしきさましてそおはするうすきにひ色のあやなかにはくわんさ うなとすみたるいろをきていとさゝやかにやうたひおかしくいまめきたるかた ちにかみはいつへのあふきをひろけたるやうにこちたきすゑつき也こまかにう つくしきおもやうのけさうをいみしくしたらむやうにあかくにほひたりをこな ひなとをしたまふも猶すゝはちかききちやうにうちかけて経に心をいれてよみ 給へるさまゑにもかゝまほしうちみることに涙のとめかたき心ちするをまいて 心かけ給はんおとこはいかにみたてまつり給はんと思てさるへきおりにや有け むさうしのかけかねのもとにあきたるあなをゝしへてまきるへき木丁なとおし やりたりいとかくは思はすこそ有しかいみしく思さまなりける人をと我したら むあやまちのやうにおしくゝやしうかなしけれはつゝみもあへす物くるはしき まてけはひもきこえぬへけれはのきぬかはかりのさましたる人をうしなひてた" }, { "vol": 53, "page": 2039, "text": "つねぬ人ありけんや又その人かの人のむすめなん行ゑもしらすかくれにたるも しは物えんしして世をそむきにけるなとをのつからかくれなかるへきをなとあ やしう返〻思あまなりともかゝるさましたらむ人はうたてもおほえしなと中 〱み所まさりて心くるしかるへきをしのひたるさまに猶かたらひとりてんと 思へはまめやかにかたらふよのつねのさまにはおほしはゝかることも有けんを かゝるさまになり給にたるなん心やすうきこえつへく侍さやうにをしへきこえ 給へきし方のわすれかたくてかやうにまいりくるに又今ひとつ心さしをそへて こそなとの給いと行すゑこゝろほそくうしろめたき有さまに侍にまめやかなる さまにおほし忘れすとはせ給はんいとうれしうこそ思給へをかめ侍らさらむ後 なんあはれに思給へらるへきとてなき給にこのあま君もはなれぬ人なるへした れならむと心えかたし行すゑの御うしろみはいのちもしりかたくたのもしけな き身なれとさきこえそめ侍なれはさらにかはり侍へらし尋きこえ給へき人はま ことにものし給はぬかさやうのことのおほつかなきになんはゝかるへきことに は侍らねとなをへたてある心ちし侍へきとの給へは人にしらるへきさまにて世" }, { "vol": 53, "page": 2040, "text": "にへたまはゝさもや尋いつる人も侍らん今はかゝる方に思きりつる有さまにな ん心のおもむけもさのみみえ侍つるをなとかたらひ給こなたにもせうそこし給 へり 大かたの世をそむきける君なれといとふによせて身こそつらけれねん比に ふかくきこえ給ことなといひつたふはらからとおほしなせはかなき世の物かた りなともきこえてなくさめむなといひつゝく心ふかからむ御物かたりなときゝ わくへくもあらぬこそ口おしけれといらへてこのいとふにつけたるいらへはし 給はす思よらすあさましきこともありし身なれはいとうとましすへてくちきな とのやうにて人にみすてられてやみなむともてなし給されは月ころたゆみなく むすほゝれ物をのみおほしたりしもこのほいの事し給てよりのちすこしはれ 〱しうなりてあま君とはかなくたはふれもしかはし五うちなとしてそあかし くらし給をこなひもいとよくして法華経はさら也ことほうもんなともいとおほ くよみ給雪深くふりつみ人めたえたる比そけに思やるかたなかりける年もかへ りぬ春のしるしもみえすこほりわたれる水の音せぬさへ心ほそくて君にそまと" }, { "vol": 53, "page": 2041, "text": "ふとの給し人はこゝろうしと思はてにたれと猶そのおりなとのことはわすれす かきくらす野山の雪をなかめてもふりにしことそけふもかなしきなと例の なくさめの手習をゝこなひのひまにはし給われ世になくて年へたゝりぬるを思 いつる人もあらむかしなと思出る時もおほかりわかなをおろそかなるこにいれ て人のもてきたりけるをあま君みて 山里の雪まのわかなつみはやし猶おいさきのたのまるゝかなとてこなたに たてまつれ給へりけれは 雪ふかき野へのわかなも今よりは君かためにそ年もつむへきとあるをさそ おほすらんとあはれなるにもみるかひ有へき御さまと思はましかはとまめやか にうちない給ねやのつま近きこうはいの色も香もかはらぬを春や昔のとこと花 よりもこれに心よせのあるはあかさりしにほひのしみにけるにやこやにあかた てまつらせ給けらうのあまのすこしわかきかあるめしいてゝ花おらすれはかこ とかましくちるにいとゝにほひくれは 袖ふれし人こそみえね花の香のそれかとにほふ春の明ほのおほあま君のむ" }, { "vol": 53, "page": 2042, "text": "まこのきのかみなりけるこの比のほりてきたり卅はかりにてかたちきよけにほ こりかなるさましたりなにことかこそおとゝしなと問にほけ〱しきさまなれ はこなたにきていとこよなくこそひかみ給にけれあはれにもはへるかなのこり なき御さまをみたてまつることかたくてとをき程に年月をすくし侍よおやたち 物し給はて後はひと所をこそ御かはりに思きこえ侍つれひたちの北の方はをと つれきこえ給やといふはいもうとなるへし年月にそへてはつれ〱にあはれな ることのみまさりてなむひたちはひさしうをとつれきこえ給はさめりえ待つけ 給ましきさまになむみえ給との給にわかおやの名とあひなくみゝとまれるに又 いふやうまかりのほりて日比になり侍ぬるをおほやけことのいとしけくむつか しうのみ侍にかゝつらひてなんきのふもさふらはんと思給へしを右大将殿の宇 治におはせし御ともにつかうまつりて故八の宮のすみ給し所におはして日くら し給しこみやの御むすめにかよひ給しをまつひと所は一とせうせ給にきその御 おとうと又忍てすへたてまつり給へりけるをこその春又うせ給にけれはその御 はてのわさせさせ給はんことかの寺のりしになんさるへきことの給はせてなに" }, { "vol": 53, "page": 2043, "text": "かしもかの女のさうそく一くたりてうし侍へきをせさせ給てんやをらすへき物 はいそきせさせ侍なんといふを聞にいかてかあはれならさらむ人やあやしとみ むとつゝましうておくにむかひてゐ給へりあま君かの聖のみこの御むすめはふ たりときゝしを兵部卿宮の北の方はいつれそとの給へはこの大将殿の御のちの はおとりはらなるへしこと〱しうもゝてなし給はさりけるをいみしうかなし ひ給ふなりはしめのはたいみしかりきほと〱出家もし給つへかりきかしなと かたるかのわたりのしたしき人なりけりとみるにもさすかおそろしあやしくや うの物とかしこにてしもうせ給けることきのふもいとふひんに侍しかな河ちか き所にて水をのそき給ていみしうなき給きうへにのほり給てはしらにかきつけ 給し みし人は影もとまらぬ水の上に落そふ涙いとゝせきあへすとなむ侍しこと にあらはしての給ことはすくなけれとたゝ気色にはいとあはれなる御さまにな んみえ給し女はいみしくめてたてまつりぬへくなんはかく侍し時よりいうにお はしますとみたてまつりしみにしかは世中の一の所もなにとも思侍らすたゝこ" }, { "vol": 53, "page": 2044, "text": "の殿をたのみきこえてなんすくし侍ぬるとかたるにことにふかき心もなけなる かやうの人たに御有さまはみしりにけりと思あま君ひかる君ときこえけん故院 の御有さまにはならひ給はしとおほゆるをたゝ今の世にこの御そうそめてられ 給なる右の大殿とゝの給へはそれはかたちもいとうるはしうけうらにすうとく にてきはことなるさまそし給へる兵部卿宮そいといみしうおはするや女にてな れつかうまつらはやとなんおほえ侍なとをしへたらんやうにいひつゝくあはれ にもおかしくも聞に身の上もこの世のことゝもおほえすとゝこほることなくか たりをきて出ぬ忘給はぬにこそはとあはれに思にもいとゝはゝ君の御心のうち をしはからるれと中〱いふかひなきさまをみえきこえたてまつらむは猶つゝ ましくそ有けるかの人のいひつけし事ともをそめいそくをみるにつけてもあや しうめつらかなる心ちすれとかけてもいひいてられすたちぬいなとするをこれ 御らんしいれよ物をいとうつくしうひねらせ給へはとてこうちきのひとへたて まつるをうたておほゆれは心ちあしとて手もふれすふし給へりあまきみいそく ことをうちすてゝいかゝおほさるゝなと思みたれ給紅に桜のをり物のうちきか" }, { "vol": 53, "page": 2045, "text": "さねておまへにはかゝるをこそたてまつらすへけれあさましきすみそめなりや といふ人あり あま衣かはれる身にやありしよのかたみに袖をかけてしのはんとかきてい とおしくなくもなりなん後に物のかくれなき世なりけれはきゝあはせなとして うとましきまてにかくしけるなとや思はんなとさま〱思つゝ過にし方のこと はたえて忘れ侍にしをかやうなることをおほしいそくにつけてこそほのかにあ はれなれとおほとかにの給さりともおほしいつることはおほからんをつきせす へたて給こそ心うけれ身にはかゝるよのつねの色あひなとひさしく忘れにけれ はなを〱しく侍につけても昔の人あらましかはなと思出侍るしかあつかひき こえ給けん人よにおはすらんやかてなくなしてみ侍したに猶いつこにあらむそ ことたに尋きかまほしくおほえ侍を行ゑしらて思ひきこえ給人〻侍らむかしと の給へはみし程まてはひとりは物し給きこの月比うせやし給ぬらんとて涙のお つるをまきらはして中〱思出るにつけてうたて侍れはこそえきこえ出ねへた てはなにことにかのこし侍らむとことすくなにの給なしつ大将はこのはてのわ" }, { "vol": 53, "page": 2046, "text": "さなとせさせ給てはかなくてやみぬるかなとあはれにおほすかのひたちのこと もはかうふりしたりしはくら人になしてわか御つかさのそうになしなといたは り給けりわらはなるか中にきよけなるをはちかくつかひならさむとそおほした りける雨なとふりてしめやかなる夜きさひの宮にまいり給へり御まへのとやか なる日にて御物かたりなときこえ給つゐてにあやしき山里に年ころまかりかよ ひみ給へしを人のそしり侍しもさるへきにこそはあらめたれも心のよる方のこ とはさなむあると思給へなしつゝ猶時〻みたまへしを所のさかにやと心うく思 給へなりにし後は道もはるけき心ちし侍てひさしう物し侍らぬをさいつ比物の たよりにまかりてはかなきよの有さまとり重て思給へしにことさら道心おこす へくつくりをきたりける聖の棲となんおほえ侍しとけいし給にかのことおほし いてゝいと〱おしけれはそこにはおそろしき物やすむらんいかようにてか彼 人はなくなりにしととはせ給ふをなをつゝきをおほしよる方と思てさも侍らん さやうの人はなれたる所はよからぬ物なんかならすすみつき侍をうせ侍にしさ まもなんいとあやしく侍るとてくはしくはきこえ給はす猶かくしのふるすちを" }, { "vol": 53, "page": 2047, "text": "きゝあらはしけりと思給はんかいとおしくおほされ宮の物をのみおほしてその 比はやまゐになり給しをおほしあはするにもさすかに心くるしうてかた〱に くちいれにくき人のうへとおほしとゝめつこさいしやうに忍ひて大将かの人の ことをいとあはれと思ての給しにいとおしうてうちいてつへかりしかとそれに もあらさらむ物ゆへとつゝましうてなん君そことゝきゝあはせけるかたはな らむことはとりかくしてさることなんありけると大方の物語のついてにそうつ のいひしことをかたれとの給はすおまへにたにつゝませ給はむことをましてこ と人はいかてかときこえさすれとさま〱なることにこそ又まろはいとおしき ことそあるやとのたまはするも心えておかしとみたてまつる立よりてものかた りなとし給ふつゐてにいひいてたりめつらかにあやしといかてかおとろかれ給 はさらむ宮のとはせ給いしもかゝることをほのおほしよりてなりけりなとかの たまはせはつましきとつらけれとわれも又はしめよりありしさまのこときこえ そめさりしかはきゝて後も猶おこかましき心ちして人にすへてもらさぬを中 〱外にはきこゆることもあらむかしうつゝの人〻の中に忍ることたにかくれ" }, { "vol": 53, "page": 2048, "text": "あるよの中かはなと思いりて此人にもさなむありしなとあかし給はんことは猶 くちをもき心ちして猶あやしと思し人のことにゝても有ける人のありさまかな さて其人は猶あらんやとの給へはかのそうつの山よりいてし日なむあまになし つるいみしうわつらいし程にもみる人おしみてせさせさりしをさうしみのほい ふかきよしをいひてなりぬるとこそ侍なりしかといふ所もかはらすそのころの 有さまと思あはするにたかふふしなけれはまことにそれと尋いてたらんいとあ さましき心ちもすへきかないかてかはたしかにきくへきおりたちて尋ありかん もかたくなしなとや人いひなさん又彼宮もきゝつけ給へらんにはかならすおほ しいてて思いりにけん道もさまたけ給てんかしさてさなの給いそなときこえを き給けれはやわれにはさることなんきゝしとさるめつらしきことをきこしめし なからの給はせぬにやありけん宮もかゝつらひ給ふにてはいみしうあはれと思 なからもさらにやかてうせにし物と思なしてをやみなんうつし人になりて末の 世にはきなるいつみのほとりはかりをゝのつからかたらひよる風のまきれもあ りなん我ものにとり返しみんの心ち又つかはしなと思みたれて猶のたまはすや" }, { "vol": 53, "page": 2049, "text": "あらんとおほゆれと御けしきのゆかしけれは大宮にさるへきつゐてつくりいた してそけいし給あさましうてうしなひ侍ぬと思給へし人よにおちあふれてある やうに人のまねひ侍しかないかてかさることは侍らんとおもひ給れと心とおと ろ〱しうもてはなるゝことは侍らすやと思わたり侍人のありさまにはへれは 人のかたり侍へしやうにてはさるやうもや侍らむとにつかはしく思給へらるゝ とて今すこしきこえいて給宮の御ことをいとはつかしけにさすかにうらみたる さまにはいひなし給はてかのことまたさなんときゝつけ給へらはかたくなにす き〱しうもおほされぬへし更にさてありけりともしらすかほにてすくし侍な んとけいし給へはそうつのかたりしにいとものおそろしかりしよのことにて耳 もとゝめさりしことにこそ宮はいかてかきゝ給はむきこえん方なかりける御心 のほとかなときけはましてきゝつけ給はんこそいとくるしかるへけれかゝるす ちにつけていとかろくうき物にのみ世にしられ給ぬめれは心うくなとの給はす いとをもき御心なれはかならすしもうちとけよかたりにても人の忍てけいしけ んことをもらさせ給はしなとおほすゝむらん山里はいつこにかはあらむいかに" }, { "vol": 53, "page": 2050, "text": "してさまあしからす尋よらむ僧都にあひてこそはたしかなる有さまもきゝあは せなとしてともかくもとふへかめれなとたゝ此事をおきふしおほす月ことの八 日はかならすたうときわさせさせ給へはやくし仏によせたてまつるにもてなし 給つるたよりに中たうに時〱まいり給けりそれよりやかて横川におはせんと おほしてかのせうとのわらはなるゐておはすその人〻にはとみにしらせし有さ まにそしたかはんとおほせとうちみむ夢の心ちにもあはれをもくはへむとにや ありけんさすかにその人とはみつけなからあやしきさまにかたちことなる人の なかにてうきことをきゝつけたらんこそいみしかるへけれとよろつにみちすか らおほしみたれけるにや" }, { "vol": 54, "page": 2055, "text": "やまにおはしてれいせさせ給やうに経仏なとくやうせさせ給又の日はよかはに おはしたれはそうつおとろきかしこまりきこえ給としころ御いのりなとつけか たらひたまひけれとことにいとしたしきことはなかりけるをこのたひ一品の宮 の御心ちのほとにさふらひ給へるにすくれたまへるけん物し給けりとみたまひ てよりこよなうたうとひたまひていますこしふかきちきりくはへ給てけれはお も〱しくおはするとのゝかくわさとおはしましたることゝもてさはきゝこえ 給御物かたりなとこまやかにしておはすれは御ゆつけなとまいり給すこし人 〱しつまりぬるにをのゝわたりにしり給へるやとりや侍とゝひ給へはしか侍 いとことやうなるところになんなにかしかはゝなるくちあまの侍を京にはか 〱しからぬすみかもはへらぬうちにかくてこもり侍あひたは夜中あか月にも あひとふらはんとおもひたまへをきて侍なと申給そのわたりにはたゝちかきこ ろをひまて人おほうすみ侍けるをいまはいとかすかにこそなりゆくめれなとの 給ていますこしちかうゐよりてしのひやかにいとうきたる心ちもしはへる又た つねきこえんにつけてはいかなりけることにかと心えすおほされぬへきにかた" }, { "vol": 54, "page": 2056, "text": "〱はゝかられ侍れとかの山さとにしるへき人のかくろへて侍るやうにきゝ侍 しをたしかにこそはいかなるさまにてなともゝらしきこえめなとおもひたまふ るほとに御てしになりていむことなとさつけ給てけりときゝ侍れはまことかま たとしもわかくおやなともありし人なれはこゝにうしなひたるやうにかことか くる人なん侍をなとの給そうつされはよたゝ人とみえさりし人のさまそかしか くまての給はかろ〱しくはおほされさりける人にこそあめれとおもふにほう しといひなから心もなくたちまちにかたちをやつしてけることゝむねつふれて いらへきこえんやうおもひまはさるたしかにきゝ給へるにこそあめれかはかり 心え給てうかゝひたつねたまはんにかくれあるへきことにもあらす中〱あら かひかくさんにあいなかるへしなとゝはかり思えていかなることにか侍けんこ の月ころうち〱にあやしみおもふたまふる人の御ことにやとてかしこに侍あ まとものはつせにくわん侍てまうてゝかへりけるみちにうちの院といふ所にと ゝまりて侍けるにはゝのあまのらうけにわかにおこりていたくなんわつらふと つけに人のまうてきたりしかはまかりむかひたりしにもまつあやしきことなん" }, { "vol": 54, "page": 2057, "text": "とさゝめきておやのしにかへるをはさしをきてもてあつかひなけきてなん侍り しこの人もなくなりたまへるさまなからさすかにいきかよひておはしけれはむ かし物かたりにたまとのにをきたりけん人のたとひをおもひいてゝさやうなる ことにやとめつらしかり侍て弟子はらの中にけんある物ともをよひよせつゝか はり〱にかちせさせなとなんし侍けるなにかしはおしむへきよはひならねと はゝのたひのそらにてやまひをもきをたすけて念仏をも心みたれすせさせんと ほとけをねんしたてまつりおもふ給へしほとにその人のありさまくはしくもみ たまへすなん侍しことの心をしはかり思たまふるにてんくこたまなとやうの物 ゝあさむきいてたてまつりたりけるにやとなんうけたまはりしたすけて京にゐ てたてまつりてのちも三月はかりはなき人にてなんものしたまひけるをなにか しかいもうとこゑもんのかみのきたのかたにて侍しかあまになりて侍なんひと りもちて侍し女こをうしなひてのち月日はおほくへたて侍しかとかなしひたえ すなけきおもひ給へ侍におなしとしのほとゝみゆる人のかくかたちいとうるわ しくきよらなるをみいてたてまつりてくわんをんのたまへるとよろこひおもひ" }, { "vol": 54, "page": 2058, "text": "てこの人いたつらになしたてまつらしとまとひいられてなく〱いみしきこと ゝもを申されしかはのちになんかのさかもとに身つからおり侍りてこしむなと つかまつりしにやう〱いきいてゝ人となりたまへりけれと猶このらうしたり ける物の身にはなれぬ心ちなんするこのあしきものさまたけをのかれてのちの よをおもはんなとかなしけにのたまふことゝものはへしかはほうしにてはすゝ めも申つへきことにこそはとてまことにすけせしめたてまつりてしに侍さらに しろしめすへきことゝはいかてかはそらにさとり侍らむめつらしきことのさま にもあるをよかたりにもし侍ぬへかりしかときこえありてわつらはしかるへき ことにもこそとこのおい人とものとかく申てこの月ころをとなくて侍つるにな と申たまへはさてこそあなれとほのきゝてかくまてもとひいてたまへることな れとむけになき人とおもひはてにし人をさはまことにあるにこそはとおほすほ とゆめの心ちしてあさましけれはつゝみもあへすなみたくまれ給ひぬるをそう つのはつかしけなるにかくまてみゆへきことかはとおもひかへしてつれなくも てなしたまへとかくおほしけることをこの世にはなき人とおなしやうになした" }, { "vol": 54, "page": 2059, "text": "ることゝあやまちしたる心ちしてつみふかけれはあしきものにらうせられ給け んもさるへきさきのよのちきりなりおもふにたかきいゑのこにこそものし給け めいかなるあやまりにてかくまてはふれ給けんにかとゝひ申給へはなまわかむ とほりなといふへきすちにやありけんこゝにもゝとよりわさとおもひしことに も侍らす物はかなくてみつけそめて侍しかと又いとかくまておちあふるへきゝ はとは思たまへさりしをめつらかにあともなくきえうせにしかは身をなけたる にやなとさま〱にうたかひおほくてたしかなることはえきゝ侍らさりつるに なんつみかろめて物すなれはいとよしと心やすくなん身つからはおもひ給へな りぬるをはゝなる人なんいみしくこひかなしふなるをかくなんきゝいてたると つけしらせまほしくはへれと月ころかくさせ給けるほいたかふやうにものさは かしくや侍らむおやこの中のおもひたえすかなしひにたへてとふらひものしな とし侍なんかしなとのたまひてさていとひんなきしるへとはおほすともかのさ かもとにおりたまへかはかりきゝてなのめにおもひすくすへくは思ひ侍らさり し人なるをゆめのやうなることゝもゝいまたにかたりあはせんとなんおもひた" }, { "vol": 54, "page": 2060, "text": "まふるとの給けしきいとあはれと思たまへれはかたちをかへよをそむきにきと おほえたれとかみひけをそりたるほうしたにあやしき心はうせぬもあなりまし て女の御身はいかゝあらんいとおしくつみえぬへきわさにもあるへきかなとあ ちきなく心みたれぬまかりおりむことけふあすはさはり侍月たちてのほとに御 せうそこを申させ侍らんと申給いと心もとなけれと猶〻とうちつけにいられん もさまあしけれはさらはとてかへり給かのせうとのわらは御ともにゐておはし たりけりことはらからともよりはかたちもきよけなるをよひいて給てこれなん その人のちかきゆかりなるをこれをかつ〱物せん御ふみひとくたり給へその 人とはなくてたゝたつねきこゆるひとなんあるとはかりの心をしらせ給へとの たまへはなにかしこのしるへにてかならすつみえ侍なんことのありさまくはし くとり申ついまは御身つからたちよらせ給てあるへからむことはものせさせ給 はんになにのとかゝ侍らむと申給へはうちわらひてつみえぬへきしるへとおも ひなし給らんこそはつかしけれこゝにはそくのかたちにていまゝてすくすなん いとあやしきいはけなかりしよりおもふ心さしふかく侍を三条の宮の心ほそけ" }, { "vol": 54, "page": 2061, "text": "にてたのもしけなき身ひとつをよすかにおほしたるかさりかたきほたしにおほ えはへりてかゝつらひ侍つるほとにをのつからくらひなといふ事もたかくなり 身のをきても心にかなひかたくなとしておもひなからすき侍には又えさらぬこ ともかすのみそひつゝすくせとおほやけわたくしにのかれかたきことにつけて こそさも侍さらめさらてはほとけのせいし給かたのことをわつかにもきゝをよ はんことはいかてあやまたしとつゝしみて心のうちはひしりにおとり侍らぬ物 をましていとはかなきことにつけてしもをもきつみうへきことはなにとてかお もひたまへんさらにあるましき事に侍りうたかひおほすましたゝいとおしきお やの思ひなとをきゝあきらめはへらむはかりなんうれしう心やすかるへきなと むかしよりふかゝりしかたの心はえをかたり給そうつもけにとうなつきていと ゝたうときことなときこえ給ほとにひもくれぬれは中やとりもいとよかりぬへ けれとうはのそらにてものしたらむこそなをひなかるへけれとおもひわつらひ てかへりたまふにこのせうとのわらはをそうつめとめてほめたまふこれにつけ てまつほのめかし給へときこえ給へはふみかきてとらせ給時〱は山におはし" }, { "vol": 54, "page": 2062, "text": "てあそひ給へよとすゝろなるやうにはおほすましきゆへもありけりとうちかた らひ給このこは心もえねとふみとりて御ともにいつさかもとになれは御せんの 人〱すこしたちあかれてしのひやかにをとの給をのにはいとふかくしけりた るあをはのやまにむかひてまきるゝことなくやりみつのほたるはかりをむかし おほゆるなくさめにてなかめゐ給へるにれいのはるかにみやらるゝたにのゝき はよりさき心ことにをひていとおほくともしたる火のゝとかならぬひかりをみ るとてあまきみたちもはしにいてゐたりたかおはするにかあらん御せんなとい とおほくこそみゆれひるあなたにひきほしたてまつれたりつるかへり事に大将 殿おはしましておほんあるしのことにはかにするをいとよきおりとこそありつ れ大将殿とはこの女二の宮の御をとこにやおはしつらむなといふもいとこのよ とほくゐ中ひにたりやまことにさにやあらん時〱かゝる山ちわけおはせしと きいとしるかりしすいしんのこゑもうちつけにましりてきこゆる月日のすきゆ くまゝにむかしのことのかくおもひわすれぬもいまはなにゝすへきことそと心 うけれはあみたほとけにおもひまきらはしていとゝものもいはてゐたりよかは" }, { "vol": 54, "page": 2063, "text": "にかよふ人のみなんこのわたりにはちかきたよりなりけるかの殿はこのこをや かてやらむとおほしけれと人めおほくてひんなけれは殿にかへり給て又のひこ とさらにそいたしたて給むつましくおほす人のこと〱しからぬ二三人をくり にてむかしもつねにつかはしゝすいしんそへたまへり人きかぬまによひよせ給 てあこかうせにしいもうとのかほはおほゆやいまはよになき人とおもひはてに しをいとたしかにこそものし給なれうとき人にはきかせしとおもふをいきてた つねよはゝにいまたしきにいふな中〱おとろきさはかんほとにしるましき人 もしりなんそのおやのみ思のいとおしさにこそかくもたつぬれとまたきにいと くちかため給をおさなき心ちにもはらからはおほかれとこのきみのかたちをは にるものなしとおもひしみたりしにうせ給にけりときゝていとかなしとおもひ わたるにかくのたまへはうれしきにもなみたのおつるをはつかしとおもひてを ゝとあらゝかにきこえゐたりかしこにはまたつとめてそうつの御もとより夜部 大将とのゝ御つかひにてこきみやまうて給へりしことの心うけたまはりしにあ ちきなくかへりておくし侍てなとひめ君にきこえ給へみつからきこえさすへき" }, { "vol": 54, "page": 2064, "text": "こともおほかれとけふあすゝくしてさふらふへしとかき給へりこれはなに事そ とあま君おとろきてこなたへもわたりてみせたてまつり給へはおもてうちあか みて物のきこえのあるにやとくるしう物かくしゝけるとうらみられんをおもひ つゝくるにいらへんかたなくてゐたまへるに猶のたまはせよ心うくおほしへた つる事といみしくうらみてことの心をしらねはあわたゝしきまておもひたるほ とにやまよりそうつの御せうそこにてまいりたる人なんあるといひいれたりあ やしけれとこれこそはさはたしかなる御せうそこならめとてこなたにといはせ たれはいときよけにしなやかなるわらはのえならすさうそきたるそあゆみきた るわらうたさしいてたれはすたれのもとについゐてかやうにてはさふらふまし くこそはそうつはの給しかといへはあまきみそいらへなとし給ふみとりいれて みれはにうたうのひめきみの御かたにやまよりとてなかき給へりあらしなとあ らかふへきやうもなしいとはしたなくおほえていよ〱ひきいられて人にかほ もみあはせすつねにほこりかならす物したまふ人からなれといとうたて心うし なといひてそうつの御文みれはけさこゝに大将殿のものし給ておほんありさま" }, { "vol": 54, "page": 2065, "text": "たつねとひ給はしめよりありしやうくはしくきこえ侍ぬおほん心さしふかかり ける御中をそむきてあやしき山かつの中に出家し給へることかへりては仏のせ めそふへきことなるをなんうけ給はりおとろき侍いかゝはせんもとの御ちきり あやまちたまはてあいしふのつみをはるかしきこえ給て一日のすけのくとくは ゝかりなき物なれは猶たのませたまへとなんこと〱には身つからさふらひて 申侍らんかつ〱このこきみきこえ給てんとかきたりまかうへうもあらすかき あきらめ給へれとこと人は心もえすこのきみはたれにかおはすらんなをいと心 うしいまさへかくあなかちにへたてさせ給とせめられてすこしとさまにむきて みたまへはこのこはいまはとよをおもひなりしゆふくれにいまこひしとおもひ し人なりけりおなし所にてみしほとはいとさかなくあやにくにおこりてにくか りしかとはゝのいとかなしくして宇治にも時〱ゐておはせしかはすこしおよ すけしまゝにかたみにおもへりしわらは心をおもひいつるにゆめのやうなりま つはゝのありさまいとゝはまほしくこと人〱のうへはをのつからきけとおや のおはすらんやうはほのかにもえきかすかしと中〱これをみるにいとかなし" }, { "vol": 54, "page": 2066, "text": "くてほろ〱となかれぬいとおかしけにてすこしうちおほえたまへる心ちもす れはおほんはらからにこそおはすめれきこえまほしくおほす事もあらんうちに いれたてまつらんといふをなにかいまは世にある物ともおもはさらんにあやし きさまにおもかはりしてふとみえんもはつかしとおもへはとはかりためらひて けにへたてありとおほしなすらむかくるしさに物もいはれてなんあさましかり けんありさまはめつらかなることゝみ給てけんをさてうつし心もうせたましひ なといふらん物もあらぬさまになりにけるにやあらんいかにも〱すきにしか たのことを我なからさらにえおもひいてぬにきのかみとかありし人の世の物か たりすめりし中になんみしあたりのことにやとほのかにおもひいてらるゝこと ある心ちせしそのゝちとさまかうさまにおもひつゝくれとさらにはか〱しく もおほえぬにたゝひとりものしたまへし人のいかてとをろかならすおもひため りしをまたやよにおはすらむとそれはかりなん心にはなれすかなしきおり〱 侍にけふみれはこのわらはのかほはちゐさくてみし心ちするにもいとしのひか たけれといまさらにかゝる人にもありとはしられてやみなんとなん思侍かの人" }, { "vol": 54, "page": 2067, "text": "もしよにものしたまはゝそれひとりになんたいめんせまほしくおもひ侍このそ うつのゝ給へる人なとにはさらにしられたてまつらしとこそおもひはへれかま へてひかことなりけりときこえなしてもてかくし給へとのたまへはいとかたき ことかなそうつの御心はひしりといふなかにもあまりくまなくものしたまへは いまさらにのこいてはきこえたまひてんやのちにかくれあらしなのめにかろ 〱しき御ほとにもおはしまさすなといひさはきてよにしらす心つよくおはし ますこそとみないひあはせてもやのきはにき丁たてゝいれたりこのこもさはき ゝつれとおさなけれはふといひよらんもつゝましけれと又侍御文いかてたてま つらんそうつの御しるへはたしかなるをかくおほつかなく侍こそとふしめにて いへはそゝやあなうつくしなといひて御文御らんすへき人はたゝにものせさせ 給めりけさうの人なんいかなることにかと心えかたく侍を猶のたまはせよおさ なき御ほとなれとかゝる御しるへにたのみきこえ給やうもあらんなといへはお ほしへたてておほ〱しくもてなさせ給にはなにことをかきこえ侍らむうとく おほしなりにけれはきこゆへきことも侍らすたゝこの御文を人つてならてたて" }, { "vol": 54, "page": 2068, "text": "まつれとて侍つるいかてたてまつらんといへはいとことはりなり猶いとかくう たておはせそさすかにむくつけき御心にこそときこえうこかしてき丁のもとに をしよせたてまつりたれはわれにもあらてゐたまへるけはひこと人にはにぬ心 ちすれはそこもとによりてたてまつりつ御返とく給てまいりなんとかくうと 〱しきを心うしと思ていそくあま君御ふみひきときてみせたてまつるありし なからの御てにてかみのかなとれいのよつかぬまてしみたりほのかにみてれい の物めてのさしすき人いとありかたくおかしとおもふへしさらにきこえんかた なくさま〱につみをもき御心をはそうつにおもひゆるしきこえていまはいか てかあさましかりしよの夢かたりをたにといそかるゝ心のわれなからもとかし きになんましてひとめはいかにとかきもやり給はす のりのしとたつぬるみちをしるへにておもはぬやまにふみまとふかなこの 人はみやわすれたまひぬらむこゝにはゆくゑなき御かたみにみる物にてなんな といとこまやかなりかくつふつふとかきたまへるさまのまきらはさんかたなき にさりとてそのひとにもあらぬさまをおもひのほかにみつけられきこえたらむ" }, { "vol": 54, "page": 2069, "text": "ほとのはしたなさなとをおもひみたれていとゝはれ〱しからぬ心はいひやる へきかたもなしさすかにうちなきてひれふしたまへれはいとよつかぬ御ありさ まかなとみわつらひぬいかゝきこえんなとせめられて心ちのかきみたるやうに し侍ほとためらひていまきこえんむかしのことおもひいつれとさらにおほゆる こともなくあやしくいかなりけるゆめにかとのみ心もえすなんすこしゝつまり てやこの御ふみなともみしらるゝ事もあらむけふはなをもてまいりたまひねと ころたかへにもあらむにいとかたはらいたかるへしとてひろけなからあまきみ にさしやりたまへれはいとみくるしき御事かなあまりけしからぬはみたてまつ る人もつみさりところなかるへしなといひさはくもうたてきゝにくゝおほゆれ はかほもひきいれてふしたまへりあるしそのこきみに物かたりすこしきこえて ものゝけにやおはすらんれいのさまにみえ給おりなくなやみわたり給て御かた ちもことになり給へるをたつねきこえ給人あらはいとわつらはしかるへきこと ゝみたてまつりなけき侍しもしるくかくいとあはれに心くるしき御ことゝもの 侍けるをいまなんいとかたしけなく思ひ侍ひころもうちはへなやませ給めるを" }, { "vol": 54, "page": 2070, "text": "いとゝかゝることゝもにおほしみたるゝにやつねよりも物おほえさせ給はぬさ まにてなんときこゆところにつけておかしきあるしなとしたれとおさなき心ち はそこはかとなくあはてたる心ちしてわさとたてまつれさせ給へるしるしにな にことをかはきこえさせんとすらむたゝひとことをのたまはせよかしなといへ はけになといひてかくなむとうつしかたれともゝのもの給はねはかひなくてた ゝかくおほつかなき御ありさまをきこえさせ給へきなめりくものはるかにへた ゝらぬほとにも侍めるをやまかせふくとも又もかならすたちよらせ給なんかし といへはすゝろにゐくらさむもあやしかるへけれはかへりなんとす人しれすゆ かしき御ありさまをもえみすなりぬるをおほつかなくゝちをしくて心ゆかすな からまいりぬいつしかとまちおはするにかくたと〱しくてかへりきたれはす さましく中〱なりとおほすことさま〱にて人のかくしすへたるにやあらん と我御心のおもひよらぬくまなくおとしをきたまへりしならひにとそ" } ]