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# 2022 年 11 月 25 日 (沖縄) } 各座長の方に、特に良かったと感じた発表を挙げていただいた。(カッコ内は推薦した座長、敬称略) # # セッションC [C11] 放送アーカイブ活用 地域MLAのニーズ:北陸 3 県公共文化施設へのアンケートか ら見える可能性と課題(大高崇、NHK 放送文化研究所) 本発表では、その多くが「死蔵」状態にあるとされ る放送アーカイブ(放送局が保存する過去の放送番組 やニュースの音声・映像、およびその素材)の社会還元を図るべく、地域の公共文化の担い手である MLA と放送局の連携の可能性、課題、活用促進に向けた提言が紹介されている。 北陸 3 県の MLA 施設・団体へのアンケート調査か ら、放送アーカイブの地域還元のメリット等について は高いニーズがある一方で「どのような資料があるか わからない」「使用料が高い」といった放送局のアー カイブ素材提供の問題や MLA の現状の課題などが活用を阻む障壁となっていることが示された。これらを ふまえ、活用促進のためには、権利処理の簡便化、低額ないし無料の価格設定、放送局側の密口機能などの 体制整備(放送アーカイブの「コンシェルジュ」)が 求められるとしている。 今回の提言で示されたように、権利処理の簡素化、実費 (手数料や送料等) 程度の料金での利活用の実現、適切なメタデータの付与や扱いが可能な人材の確保な どは、多くのデジタルアーカイブに通底する課題でも ある。膨大な放送アーカイブの社会還元に向けた今後 の展開に期待したい。(加治工尚子、岐阜女子大沖縄 サテライト校) ## セッションD [D23] S×UKILAM(スキラム)連携:多様な資料を学校教育で活用するための「人」と 「データ」のネットワーク構築 (大井将生、渡邊英徳、東京大学大学院情報学環) 学校教育に打ける地域資料の活用が重要視されるなか、本研究は、多様な地域資料と学校教育を効果的につなぐ人とデータのネットワーク構築を目的としている。その手法として、小中高の教員と資料公開機関の関係者が協創的に資料の教材化を行うための「S $\times$ UKILAM 連携」という、独自性のある提案を行っている。具体的には、全 4 回に及ぶ教材化ワークショップを開催し、北は北海道から、南は沖縄まで、全国 43 都道府県(242 機関)から参加者を集めるなど、活発な人的ネットワークの構築を実現している。これに加六、「S $\times$ UKILAM 連携」から発展的な実践の取り組みとして、自治体単位での教材化ワークショップを開催するなど、意欲的に展開されている。 更に、ADEAC(デジタルアーカイブシステム)上で公開されている「教材アーカイブ」では、2022 年 7 月現在、 62 点の教材が、教育メタデータ、二次利用可能ライセンスとともに実装されるなどの成果を上げている。尚、同教材アーカイブの内容については、歴史資料を中心、総合的(探求的)な学習の時間・国語・美術・保健体育・防災・地学・生物 $\cdot$ ESD (Education for Sustainable Development)等、多岐にわたって提供されている。 上述した研究の成果の一例としては、協創された教材アーカイブの IIIF を用いた公開を挙げることがで きる。今後、地域資料を用いた教材アーカイブの開発及び教育的利活用を促進する上で、多くの知見を与える研究である。また、今後の展望として挙げられた、「教材アーカイブ」の LOD(Linked Open Data)化を行い、学習指導要領 LOD 及びジャパンサーチとの接続を進めるなどの計画についても期待したい。(又吉斎、沖縄女子短期大学) ## セッションE [E23] デジタルアーカイブにおける分散型情報技術を用いたコンテンツ管理と流通(嘉村哲郎、東京藝術大学芸術情報センター) 本発表は、現在のデジタルアーカイブの課題を、分散型情報技術を用いて解決する可能性を提示したものである。 まず、分散型台帳技術とりわけブロックチェーン技術で作られる「非代替性トークン」を用いた、スマー ト・コントラクトのモデルの有用性を示した。これによって、例えばアート作品の流通の過程で、作家が持続的に取り分を得られる仕組みが実現可能となる。 また、メディアデータを保存するための技術として、「惑星間ファイルシステム」に注目する。ネットワー ク上の全コンピュータにデータを分散保存し、共有管理するストレージネットワークを構築することで、障害のリスクと運用コストを分散することができる。 こうしたブロックチェーンネットワークとストレー ジネットワークとを、デジタルアーカイブ専用に整備することで、長期的に信頼性を保証できる仕組みを運用し、有償コンテンツの取り扱いなども可能となることを示した。 こうしたモデルの提示は、ブロックチェーンや惑星間ファイルシステムの応用という掛け声に具体性を持たせるものであり、今後のデジタルアーカイブの技術と制度の構想に有益であると考える。このことから、本発表をべスト発表として選定する。(宮本隆史、大阪大学大学院) 分散型情報技術を用いたWeb 3 型DA基盤の構想
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# 座長が推すべスト発表 2022 年 11 月 12 日 (オンライン) 各座長の方に、特に良かったと感じた発表を挙げていただいた。(カッコ内は推薦した座長、敬称略) ## セッションA [A3] 地域アーカイブのレコード・マネジメン卜確立の試み : 山形大学「まちの記憶を残し隊」の実践から (小幡圭祐、本多広樹、山形大学人文社会科学部) 本発表は、恒常的に地域の「記憶」を収集してアー カイブすることをテーマとする新規授業の立ち上げの実践報告である。地域の「記憶」とは、のちに歴史資料になるであろう、現代の街並みや土地利用状況、そこで活動を行っている人々の声などである。 授業は座学とグループワークから構成される。前者では、「アーカイブ」の語義と山形の中心市街地の「記憶」がどのように残されてきたのかを学ぶ。後者では、街の記憶をアーカイブする意味や方法についての計画立案・発表、立案した計画に基づく収集活動(山形市街)、収集した「記憶」をまとめた作品の作成と成果発表を行う。 座学では、地域アーカイブの基本的な考え方を学び、 グループワークでは、位置情報付きの写真撮影、情報提供者へのインタビュー、GIS によるデータの集約・可視化、土地利用図の凡例設定における議論など、デジタルアーカイブの基本技術を実践的に習得できるように体系的に設計されている。 地域アーカイブの実践と教育を融合させ、組織アー カイブのようなレコード・マネジメントを目指す意欲的な取り組みとして、今後の展開にも期待したい。 (奥野拓、公立はこだて未来大学) ## セッションB [B6] 地域学習に生かす校内資料のデジタル化:デジタルコモンズによるDX時代の地域学習環境づくり(長野大学企業情報学部、前川道博) 他分野にわたる充実した発表が並ぶ中、べスト発表の選出は大変悩ましかった。 そんな中、地域のデジタルアーカイブに取り組む本発表が特に心に刺さるものだった。 各学校や地域に分散保存されている希少な地域資料である「校内資料」に焦点をあて、デジタルアーカイブ化し、自主的な学びの場につなげた成果を具体的に紹介した発表である。 GIGA スクール構想の現状とそこに立ちはだかる壁について提言されていた点もわかりやすく、考えさせられた。発表でも述べられたように、学校教育(特に小中学校)の中でカリキュラム以外の新しい学びの場を提供することが難しいが、地道に一歩一歩研究を推し進めている様子に感銘を受けた。 さらにアナログな資料や証言をデジタルアーカイブに落とし込んでいく実例は大変参考になった。地域ごとに“その場所”にしかないユニークなデジタルアー カイブ構築の可能性が予想され、それらを繋げることでより深い学びが生まれるに違いない。 近い将来、「d-commonsメソッド」が全国に広がり、教育現場たシけでなくシニア向けに提供活用できる地域のデジタルアーカイブとして「回想法」などにも役立つと期待している。今後の研究をじっくり見守っていきたい。 (石橋映里、日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム)
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# 基調講演「沖縄を学びなおす デジタルアーカイブに何ができるか」 ## 2022年11月25日 第 7 回研究大会(琉球大学50周年記念館) ## 吉見 俊哉 \\ YOSHIMI Shunya デジタルアーカイブ学会会長/東京大学教授 吉見です。基調講演に入らせていただきます。「沖縄を学びなおす」というタイトルをつけさせていただきました。ここに持っていますこの本は屋嘉比収さんという、1957 年にお生まれで、2010 年に亡くなられた方の『沖縄戦、米軍占領史を学び直す一—記憶をいかに継承するか』(世織書房、2009年)という本です。 この屋嘉比さんの遺作をめぐって、少しお話をしたいというのが私の基調講演の一番の大きな趣旨でございますし、この本をめぐって、後ほど新城郁夫先生と対話ができればと思っております。 以下は、デジタルアーカイブ学会のウェブサイトに出ている今回の基調講演の案内の冒頭部分です。 屋嘉比収(1957 年~2010 年)は遺作「沖縄戦、米軍占領史を学びなおす」で沖縄戦を記憶することの当事者性をめぐりアーカイブの根幹に関わる思考を展開している。彼はまず、体験者とは異なる世代が沖縄戦の記憶を「共有し分かち合う」とはいかな る出来事なのかという問いを立ち上げる。第 2 に、彼は「出自」ではなく、「多様な経験の束」としての「沖縄人」にいかにしてなるかを考える。第3に、彼は沖縄戦や米軍占領という「大きな物語」に対する家族史や個人史という「小さな物語」を注視する。 これらを基軸に、彼は戦後、市町村史で沖縄戦体験記録集の編さんが始まり、沖縄戦のマスターナラティブが形成された時代、地元出身の若者たちが 「学び」の実践として戦争体験を聞き取り、戦争体験の聞き取りがなされていった動き、そして「島クトゥバで語る戦世」プロジェクトに代表されるように、体験者が「島クトゥバ」で語る様子を映像で記録し、アーカイブ化するようになった動きへの展開をたどる。屋嘉比が示したのは、こうしたアーカイビングの形式の変化が物語、つまり歴史の主体の位置の変化とどう結びつき、記憶の継承を条件づけてきたかであった。 屋嘉比さんは歴史学者です。この人が、歴史学から記憶へということで考えたことを軸に議論していきたいと思っています。その前に、一応デジタルアーカイブについての基本的な認識をさっとお話ししていきます。デジタルアーカイブ、これは 1990 年代ぐらいから言われ始めたもので、月尾嘉男先生とか、青柳正規先生とか、長尾真先生とかが 90 年代ぐらいからおっしゃってきたことです。私たちの記憶、図書館の在り方、ミュージアムの在り方、文書館の在り方、そうしたものが変化していくなかで、ネットワークで、様々な記録、記憶を収蔵し、自由に活用できるような電子的な場がつくれるんじゃないかと。それをデジタル アーカイブとして名づけようというふうに 90 年代半ばに月尾先生が抽しゃられて、デジタルアーカイブという言葉が始まったわけです。1990 年代には、日本でも、世界の最先端と同じいろい万な動きがデジタルアーカイブをめぐって起こっていました。しかしその後、2000 年代初頭から 10 年間ぐらい停滞期に入ります。その後、2014年には、アーカイブ立国宣言が出され、国立デジタルアーカイブセンターの設立、デジタルアーカイブを支える人材の育成、文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化、抜本的な孤坚作品対策、などの施策を国にも要求していかなければいけないとなったわけです。同時に、アーカイブサミットを何回か開催し、その中でアーカイブスをめぐる日本の現状で、どこに問題があるのかということを議論しました。幾つか問題が、かなり浮かび上がり、それを解決するために、デジタルアーカイブ学会がつくられました。 では、そもそもアーカイブスとは何なのか、1つは、 アーカイブスというのは、個人や組織が、その生涯、 あるいは組織だったら存続期間を通じて生み出した記録の総体です。したがって、その総体の中には当然ながら怪文書とか、うその情報とか、全部残されます。 ありとあらゆる偽のものや、フェイクや、そういうものを全て含んで、アーカイブスの情報の一部をなすということです。 そして、このアーカイブスという言葉ですが、さかのぼればギリシア語のアルケイオンという言葉まで戻ります。このアルケイオンというのはアルコン、これはポリスの最高指導者ですけれども、その住んでいる場所をアルケイオンと呼びました。つまり、支配者の住んでいる場所がアーカイブでした。 なぜそうなのかというと、支配者は、その支配している領民たちの全てを見渡す、全てを記録するからです。ところが、フランス革命以降、王様だけが記録を持っているんじゃないよ、市民社会が持っているんだよというふうに変化してきましたし、20世紀以降、 アーカイブする行為も市民化し、ボトムアップ中心に転換していく歴史をたどってきました。 これを哲学的に見ればどういうことかというと、 ジャック・デリダというフランスの哲学者が『アーカイブの病』(法政大学出版局、2010 年)というアーカイブス論を書いています。その中でデリダは何を言つているかというと、アーカイブスには 2 側面あるということですね。1つは掟としてのアーカイブス。いろい万なものを統治の中で記録していく。国家的な文書館なんかはそういう面がある。もう1つは、始まりと してのアーカイブス、生成の場としてのアーカイブスがある。デリダは、それをフロイト的な夢の場だと言っています。何かうごめくような集合的な無意識の中から立ち上がってくる記憶の場がある。この両面を、 アーカイブスという概念は内包しているのです。 もっと具体的に考えていくと、アーカイブスというのは 4 層ぐらいあるだ万うということです。 一番表層、制度性が非常に強い部分では、当然ながら文書館があります、その下には、より広い記録機関の層があります。具体的には、様々な美術館、博物館、図書館は、様々な記録や作品や記憶を物として記録、収蔵するアーカイブス機関です。さらに、その下にはのオーラルヒストリーなど、制度的に収蔵されませんが、データスベースとかの形でネット上にあるもの、 あるいは誰かの家の中の家族アルバムみたいなものとか、非常に広い意味での記憶庫のレベルがある。もっと下には、もっと集合的な無意識のレベルがあるということになります。 ところで現代に起こっていることは何かというと、 デジタルによって、その全てがボーダーレス化しているということです。図書館と文書館、博物館と美術館、 そういうボーダーがどんどんなくなっている。さらには、写真とか映画とか録音テープとか脚本とか、い万い万なものが組み达まれる記憶の場ができている。どんどんボーダーレスに広がっているわけですから、膨大なデータの集積・蓄積がある。また、ネット上の SNS のちょっとしたつぶやきが全部記録されている。物すごい勢いでそのデー夕空間が広がっている。 この空間が横に広がっているというだけだったらば、私たちは、そこから賢くなることはできないと考えます。ビッグデータだけでは、人は賢くはなりません。むしろ必要なのは、そこにどのような縦軸といいますか、時間軸を通していくかということがとても重 要になってきます。 以上のような前提を置いた上で、沖縄の記憶、特に沖縄戦の記憶をどういうふうに考えていくことがアー カイブスにいかなる意味を持つだろうかということを、これから議論をしたいわけです。 最初にお話ししたのは、この屋嘉比さんの『沖縄戦、米軍占領を学びなおす』という本ですけれども、この講演の後に対談します新城郁夫先生は文学の研究者です。沖縄文学について多くのご本を書かれてこられました。その中では、新城さんにとっての記憶、文学における記憶というのが中心的なテーマだと思います。『沖縄文学という企て』(インパクト出版会、2003年) という、2000 年ちょっと過ぎくらいに新城さんが書かれた本ですが、この中で沖縄文学が 1970 年以前、 60 年代までと 70 年代以降で、ある種の段差があるということを書かれています。 つまり、どういうことかというと、1960 年代までは沖縄戦体験が、その苦しみを生きた人々によって共有され、その共有される痛みとしての戦争を媒介として沖縄という空間、歴史が確認されるという構図が成り立っていた。しかし、1970 年代以降になると、この沖縄戦が時間の浸食の中で明らかに過去のこととなってしまい、さらには戦争の記憶を共有することが難しくなってきたこと自体がテーマとされるようになった。つまり、そういうふうに生々しく沖縄戦を経験した世代は亡くなられたりして、違う戦後に生まれた世代が中心になってきたということですね。そうしたときに、沖縄戦をめぐる問いというのは、これは文学的な問いであると同時にアーカイブス的な問いになるわけです。 これがアーカイブスの話、あるいは新城さんの話につながると思います。体験という枠組みに閉じることなく、むしろ体験していないがゆえに戦争体験者や戦死者たちと真摰な内的対話を通じて語り得ない記憶、問いとしての沖縄戦を今に蘇らせようとする様々な試みが 70 年代以降、いろいろな文学の中で立ち上がってきたことを論じられています。 屋嘉比さんによれば、これと同じ問題が歴史学にもあった。沖縄の歴史を語るという語り方が 70 年代以降、そしてとりわけ 2000 年代以降、変わってきたことが先ほどの本に書かれています。 ざっくり整理すると、沖縄戦の記憶の語りには、以下の 2 つぐらいの段階がある。 I:「沖縄戦」のマスターナラティブの形成 1. 復帰 $\rightarrow$ 沖縄県内市町村における市町村史編纂室設置 : 沖縄戦体験記録集の編纂作業の推進(1970~ 80 年代) 2.「学び」の実践としての沖縄戦体験記録 (1990 年代) II:「市史」から「アーカイブ」へ 1. 前史:沖縄戦の記録化における映像資料の導入 2.『島クトゥバで語る戦史』のインパクト まず、沖縄戦のナラティブが一気に沖縄各地で活発化してくるのは復帰後、1970年代以降で、70年代以降、沖縄県の市町村における市町村史の編さんが進む。その中で、沖縄戦の体験記録集の編さん作業が進みます。宜野湾市史とか、そういうものの中で戦争体験記録集が編まれている。市民からの公募された原稿とか体験の聞き取りとか、それから各字の戦災状況が詳しく調べられるようになっていきます。 その後、1990 年代に浦添市史が出て、浦添方式が提唱される。浦添方式というのはどういう方式であったかというと、1つは悉皆調査に象徴される実証科学的な方法論、それから軍隊ではなく民衆の視点で記録を取っている、そして証言の比較検証による客観性の追求、非常に実証歴史学的な方法で沖縄戦の記録化が進んでいったと書かれています。 90 年代以降になると、そこに新しい流れが起こってくる。それは戦争体験の記録を新しい世代の学びの実践としていくという動きです。「南風原が語る沖縄戦」というものが 1999 年に出版されますけれども、 そこにおいては地元の戦争体験を、地元出身の高校生や大学生が主体となって継承する、そういう試みがなされている。つまり、地元で生まれ育ち、地元の歴史や文化をよく知っている戦争体験者がインフォーマントとしてだけでなく、聞き取り調査の調査員として深く関わり、そこに学生たち、高校生、大学生が加わっていって、全体が学びのプロセスになっていくという ことが起こったとのことです。ただし、マスターナラティブ、つまり客観的、実証的に、この沖縄戦の歴史をもう一回検証しようというふうな大きな方法論の基盤は変わらなかったと思われます。 その流れが 2000 年代以降、少し変化を見せ始めます。ここに、より直接的にアーカイブの問題が関わってくるわけです。2000 年代以降、沖縄戦の歴史をテキストというか、文字として残すという以上に映像として残すこと、つまり体験者の語りを映像で記録していくという動きが、いろい万な形で広がってきます。 そのときに、まずは、例えば沖縄県新平和祈念資料館とか、ひめゆり平和資料館で、沖縄戦の記録化で映像資料が残されるということが起こります。ただ、その記録化は基本的に標準語でやられる。 このようなやり方に対して大きな転換をもたらしたのが、「島クトゥバで語る戦世」という 2000 年代から起こっていくプロジェクトで、そのインパクトが大変大きかった。何がそこで考えられ、何が大きく転換したのかというと、当事者の語りに打ける島クトゥバを、 つまり沖縄方言を使っていくことの意味が再発見されます。このプロジェクトを推進していった 2 人のメンバーによれば、証言者の島クトゥバによる語りや豊かな表情や身振りと、標準語にそれをしてしまったときの内容との大きな落差がある。さらに、映像で撮ることの中には当事者の語りにおける身体化されたある種の傷、それは比喻的な傷というだけじゃなくて物理的な傷でもあったわけです。2人の年配の女性の沖縄戦の身体の傷跡ですね。これ自体は記憶であるわけです。 その弾傷を、証言の自然の流れの中で自ら開示した場面が映像の中にある。それが物すごくインプレッシブだったと書いておられます。 だから、映像で記録するときに 2 種類の流れがあったということです。一方では標準語での証言、聞き手が質問項目を決めて、事実性を重視して、返答するのが当事者というか、語り手にとっては精一杯のような映像記録と、もう一方では、島クトゥバで語る、そのことによって、あまり切らないで勝手にというのか、自由に語ってもらう、思いのまま話してもらう、そのことによってより豊かな表情が出てくる、そのことが記録なんだというふうな流れになっていった。そのことの意味は一体何なのかということを、この本、屋嘉比さんの本の中で論じられています。 この議論を、後ほど対談でお話しいただく新城さんは、この「聴く思想史 : 屋嘉比収を読み直す」という、 これは『沖縄の傷という回路』という、岩波書店から出ている本の中で論じられていますけれども、この本 の中で屋嘉比さんのこのお仕事に対する新城さんなりの非常にすばらしい分析をされています。 新城さんによれば、屋嘉比さんは沖縄をめぐる思想史を身体の働きにおいて生き直す試みをした。つまり思想を人々によって生きられた歴史的文脈の錯綜の中に差し戻して「学びなおす」、ここに「学びなおし」 というのが出てくるわけです。そこにおいて学び直す。学び直しを通じて、そのダイレクトな当事者で別になくても当事者性というものを獲得できるということを示そうとしたんたというふうなことを言っていらっしゃいます。つまり、アーカイビングしていく行為そのものの中に当事者性の獲得という可能性が含まれるということです。 「当事者性の獲得」とは、自己という同一性の中に自己移入することの不可能な他者の非 $=$ 経験を召還し、この他者が生きた危機を危機として自らの同一性に亀裂を入れていく契機として思考されていると、そう考えることができるかもしれない。そして、この 「わたし自身」に龟裂を入れる他者の現孔を、何よりもまず「声」の中に聞き届けていこうとするところに屋嘉比さんの思想の核心があります。「集団自決」における当事者性という問題を認識論的な地平から存在論的な地平へと移行させつつ、非存在とされてきたものの位置なき位置から、当事者性を「起こすかも知れ奾不可知的な可能性の中において思考する、そういうふうな回路があるとお書きになられている。 ただ、そのときに屋嘉比さんも新城さんも、そこに 1つのリスクがあるということをお書きになられています。屋嘉比さんによれば、この「島クトゥバで語る戦世」はすばらしい達成であったわけですけれども、「『島クトゥバ』で語られる話の内容に、語り手と聞き手が同じ言葉を共有し、気心が知れている『仲間内の語り』が持つ不気味さを感じたのは私だけであろうか」 と書かれています。 新城さんが、それを解釈して、『島クトゥバ』によって幻想されるまったき共約性が、語り手と聞き手の間にあるはずの埋め難い戦争の記憶に関わる距離の抹消を現出させてしまうとき、戦争の記憶が呼び戻される瞬間に共約性を持つことのない「他者の声」が排除されるという暴力の組織化が起こるのではないか。屋嘉比さんはそれを問うているということです。つまり、「島クトゥバ」、沖縄の方言で一応お互いにインタラクティブに語っているときに、そこにある種の閉じられた世界ができてしまうということは、それは他者を排除するというリスクを持つという、この問題はとても重要な問題を含んでいるということなのです。 新城さんは、最後のところで、「当事者性の獲得」 という視点から沖縄戦を問い続けていく行為は、沖縄戦を、沖縄以外の地域において生きる/生きた人々の戦争との応答的関係へと導き、沖縄を生きる私たちにとっての沖縄を、既知性から未知性へ、そして既決性から未決性へと変容させていく、そういうふうな実践でなければならないのではないかと書かれています。要するに、閉じるんじゃなくて開いていく機会をどういうふうに持っていくかということが、この過去のというか、戦争の語りの中に根本的に含まれるということです。 琉球政府前に座り込む伊江島の女性たち $=1955$ 年、那覇市(わびあいの里提供) この伊江島闘争の写真、1950 年代から沖縄の様々な闘争は、記録される、そして記録されたことがアー カイビングされて開示されていくということに対する非常に繊細な射程を持っていたということを、これは新城さんがこの伊江島闘争について論ずる中で言及している。 この話もまた、アーカイブされて記録され、それを外にどう開いていくかという問題につながると思います。これはどういうことなのかというと、この伊江島闘争の中では、耳より上に手を上げないことが、その規則で決まっている。耳より上に手を挙げると、アメ リカ軍はそこにバチバチバチと、カメラを持ってきて写真を撮るわけです。そして彼らは暴力を振るおうとしたという記録になっていく。 ということは、自分たちが被写体であるということを最初から意識しながら、そこにどう振る舞うかということを考えて闘争が行われていた。「みずからが記録する行為遂行的存在であることを相手側に記録させる」という、そういう側面を持っていたということですね。だから、どこまでも非暴力、徹底不服従を貫く人々が、米軍と対峙して自らを記録する、そのことがまた闘争そのものでもあるということが 50 年代の沖縄にあったということです。「どの写真にも記録する衝動以外の意図が感じられない」。彼らがすばらしい写真集を作っているわけですけども、「そのことは、写真を撮ることが即ち闘争であり、その闘争は、自分たちが島で生きていこうとすることを記録することによってこそ提出する権利への渴望そのものであることを開示している」ということなわけです。 以上お話をしてまいりましたけれども、こうお話をしてきてみると、つまり屋嘉比さんは、最初に申し上げたけれども歴史学者です。歴史学者が沖縄戦を記録する、記憶するという問いに向かって、今お話ししたような議論をしていったわけです。新城さんは文学研究者です。でも、同じょうな問いを、発していく。私も同じように考えます。これは、デジタルアーカイブスの問いでもあり、ミュージアムの問いでもあり、様々なアーカイビングの実践でも同じような問いとしてあるんじゃないかと私は思いますし、それは社会的な様々な、最後にちょっと出したような社会的実践や社会的闘争の中でも同じような問題があるんじゃないかというふうに思っています。 ということで、私の基調講演は以上とさせていただきます。
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# $\Delta$ 開催場所・日時 ・沖縄現地プログラム - チュートリアル ・メインセッション (琉球大学 50 周年記念館) 2022 年 11 月 25 日 (金) ・企画セッション ( 分散会場) 2022 年 11 月 26 日 (土) ・エクスカーション 2022 年 11 月 27 日 (日) ・オンライン一般研究発表 2022 年 11 月 12 日 (土) ・サテライト企画セッション(オンラインで分散実施) 主催 デジタルアーカイブ学会 協賛 デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON) 後援 アート・ドキュメンテーション学会、記録管理学会、情報知識学会、情報メディア学会、東京文化資源会議、 日本アーカイブズ学会、日本出版学会、日本デジタル・ヒューマニティーズ学会、文化資源学会、本の未来基金 $\cdot$プログラム ロ沖縄現地プログラム - 2022 年 11 月 25 日 (金)(琉球大学 50 周年記念館) ・チュートリアル ・デジタルアーカイブの公開技術(IIIF と Omeka を中心に) ・メタデータ:戦争関連資料 ・デジタルアーカイブの法と権利 - 一般研究発表 ・全体会議 ・開会あいさつ ・基調講演「沖縄を学びなおす——デジタルアーカイブに何ができるか」吉見 俊哉氏 ( デジタルアーカイ ブ学会会長、東京大学教授) ・討論 新城郁夫氏 (琉球大学人文社会学部 琉球アジア文化学科 教授) ・デジタルアーカイブ学会第 4 回学会賞授与式 (学会賞選考委員会作業部会長 北本 朝展) ・塈親会 ・2022 年 11 月 26 日 (土 ) 企画セッション ( 分散会場 ) ・セッション 1.「文脈」を伝える—アジア・アフリカをアーカイブするための方法的探究 (沖縄県立図書館) ・セッション 2. (沖縄発 ) 形あるもの、沖縄の歴史のDA 化 (沖縄県立美術館・博物館 ) ・セッション3. ( 沖縄発) 戦後文書資料の保存と活用 (沖縄県公文書館) ・セッション 4. デジタルアーカイブ憲章円卓会議 in 沖縄 (琉球大学 50 周年記念館 ) ・セッション5. (沖縄発)メディアのコンテンツとデジタルアーカイブ (沖縄県立図書館) ・セッション6. (沖縄発) 残りにくい文化をどうするか一沖縄芝居を中心に (沖縄県立美術館・博物館) ・セッション 7. DX 化する社会とデジタル公共文書 (沖縄県公文書館) ・セッション8. (沖縄発) 自治体のアーカイブ活用 (琉球大学 50 周年記念館 ) ・ 2022 年 11 月 27 日 (日)エクスカーション 縄陸軍病院壕 $\rightarrow$ 旧海軍司令部壕 $\rightarrow$ 空港 ・首里コース:(街歩き) ロオンライン一般研究発表 2022 年 11 月 12 日 (土) ロサテライト企画セッション ・セッション 1: デジタル時代のアーカイブの系譜学 (2022/11/13 (日 ) 14:00~17:00) ・セッション 2: 知識インフラの再設計に向けて (2022/11/14 (月 ) 14:00 16:00) ・セッション3: デジタルアーキビストを考える (2022/11/20 (日) 15:00~17:00) ・セッション 4. 琉球文化のテキストアーカイビング (2022/11/23 (水) 13:00~15:00) ・セッション 5: 多様な担い手たちによる地域資料継承セッション:急変する社会における地域資料継承の “これから"を考える (2022/11/24 (木) 16:00~19:00) ・セッション6: ビヨンドブック・プロジェクト:第 2 ステージに向けて (2022/11/28 (月 ) 17:00~19:00) ・セッション 7. 分散型の情報基盤技術を用いた DA 活用と展望 (2022/12/1 (木 ) 18:00 〜 20:00) # # $\checkmark$ 実行委員会 委員長 真喜屋力 (沖縄アーカイブ研究所) 副委員長 平良斗星 (公益財団法人みらいファンド沖縄副代表理事) 委員 (50 音順) 加治工 尚子 (岐阜女子大沖縄サテライト校) 時実象一 (東京大学大学院情報学環 高等客員研究員) 深谷 慎平 (沖縄デジタルアーカイブ協議会) 又吉斎 (沖縄女子短期大学) 水島久光 (東海大学文化社会学部 教授・付属図書館長) 宮本 聖二(立教大学 教授) 柳 与志夫 (東京大学大学院情報学環 特任教授)
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# DAの23問題:デジタルアーカイブ 論の今後の昩題を考えてみる \author{ 柳 与志夫 \\ YANAGI Yoshio \\ 総務担当理事/東京大学 } 2017 年 5 月にデジタルアーカイブ学会が設立され て、6年近くが経ちます。「もう」なのか「また」な のか迷うところですが、会員数はまだ増え続けていま すし、DAフォーラムや DA ショートトークなど、新 しい学会イベントが次々と立ち上がり、学会としては まだまだ発展段階にあるように思います。一方で、「デ ジタルアーカイブ」の社会的認知度は高まっており、 その発展に寄与すべき本学会の役割も大きくなってい ます。「デジタルアーカイブ憲章」の制定は、それに 応えようとする一つの試みですが、今後の学会の発展 を考えるとき、これまでの議論を振り返りながら、こ れから学会として取り組むべき理論的課題を整理し、 その方向性を見定めるにはいい時期かもしれません。 そこで思い出したのが、ヒルベルトの 23 問題です。 ご存知の方も多いと思いますが、現代数学の父と言わ れるヒルベルトが、1900 年の国際数学者会議でこれ からの数学界が取り組むべき課題として発表しまし た。それらはその後の数学基礎論、数論、解析論等 $\lceil 20$世紀の数学の方向性を形作る」ものになりました。数学史論的には問題選択の適切性に今は疑問も出されて いますが、有名な問題としては、連続体仮説、リーマ ン予想などがあります。 それらの問題は、その後解決できたもの、一部解決 されたもの、否定的解決(証明できないことが証明さ れた)、未解決、問題の立て方自体が適切でないもの (疑似問題)など様々ですが、発表から 50 年ぐらいは、 その解決に向けた数学者たちの様々な試みが数学の発展を促したことは確かです。 そこで、ヒルベルトを気取るような大それたつもり はありませんが、私なりのデジタルアーカイブ (DA) の 23 問題を考えてみました。たたし、DA 論は数学 のような純粋理論ではないので、理論的解決ではなく、社会的解決に導く問いとして設定しています*。 23 個羅列してもわかりにくいので、四つのカテゴ リーに分けてみました。 A. 原理的 - 理念的問題 1.「デジタルアーカイブ」の定義は必要か、可能 か。要件列挙で代替できるか。 2.DAにおける「デジタルコレクション」とは 何か。その概念に今後も有効性があるか。そ れに代わる編成概念はあるか。 3.DA は最終的に世界で一つあればいいのか。 B. 社会制度的問題 4.デジタル納本制度はどこまで拡げられるか、拡げるべきか。そのデータはすべて永久保存 するのか。 5. 著作権法はいつまで有効か。それに代わる「法律」「制度」は可能か。 6.パーソナル DAが公共的 DAになるための条件は何か。 7. 組織を超えてネットワーク化されたDAの運営責任やコスト負担の原則は何か。 8.ビッグデー夕を DA 化するための条件は何か。 9.コンテンツの $\mathrm{n}$ 次利用の金銭的補償はどこま で必要か。 10. DAリテラシーの基準はあるか。いつどこで 身につけるのか。 11.デジタルアーキビストの専門職団体形成は可能か。 12. DAの発展・利用促進によって社会の何が変 わるのか、あるいは変えようとするのか。 C. テクニカルな問題 13. DAのマイクロコンテンツの単位は何か。 14. 自動生成されたDAの品質保証は誰がするのか。 15. DA 発の技術開発は可能か。それは何か。 16. マルチメディアコンテンツの編成原理は何か。 17. メタデータの概念は今後も有効か。有効とし た場合、それは自動生成できるのか、それと も人為的要素が必要なのか。 D. マネジメント・政策上の問題 18. DAの評価基準をどのように設定するか。 19. プラットフォーム産業にDA はどこまで依存 できるのか。 20. 標準的データ保存様式の開発は可能か。 21. NDA(ナショナルデジタルアーカイブ) はど こが所管し、何をするのか。 22. 地域 DAのとりまとめ(と保存)は都道府県単位でいいのか。 23. 公共的 DAにおけるデジタル化予算措置の優先順位はどのような基準で定めるのか。 以上、まったくの私論に過ぎませんが、学会員それ ぞれが自分なりの 23 問題を考え、みんなで議論して みるのも面白いのではないかと思います。 * 2022 年 6 月開催の「DA ショートトーク」で発表 したものを修正した。
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# 第2回「デジタルアーカイブ憲章を みんなで創る円卓会議」参加記 日時:2022年 10 月 11 日(火) 形式 : zoom によるオンライン 登壇者: $\cdot$ 赤松健(参議院議員、漫画家) $\cdot$ 池内 有為 (文教大学文学部英米語英米文学科准教授) . 生貝 直人 (一橋大学大学院法学研究科教授) - 石多未知行(空間デザイナー、プロジェクション マッピング協会代表理事) $\cdot$ 江上 敏哲(国際日本文化研究センター情報管理施設(図書館)司書 - 大井 将生 (東京大学大学院情報学環特任研究員、 TRC-ADEAC 特任研究員) $\cdot$ 大久保ゆう(青空文庫、本の未来基金) $\cdot$ 緒方 靖弘(寺田倉庫株式会社アーカイブ事業担当執行役員、デジタルアーカイブ推進コ ンソーシアム事務局長) $\cdot$ 齊藤有里加(東京農工大科学博物館特任助教) $\cdot$ 持家学 (ゲッティイメージズジャパン株式会社) - 宍戸 常寿 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) ※録画映像での出演 $\cdot$ 数藤雅彦(弁護士) $\cdot$高野 明彦 (国立情報学研究所名誉教授): ラウンド テーブル司会 $\cdot$ 本間友(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師) [参加記] 第 1 回「デジタルアーカイブ憲章をみんなで創る円卓会議」(2022 年 8 月 3 日)に続き、オンライン開催 となった第 2 回会議では、前回の議論を踏まえ更新さ れた憲章案とこれまでの論点整理のもと、教育、産業、学術等、多様な現場でデジタルアーカイブに関わる登壇者から、さまざまな意見が寄せられた。 「デジタルアーカイブ憲章」は、現場の「羅針盤」 となることをめざし、デジタルアーカイブ学会法制度部会がその策定に向けて準備を進めている。冒頭、副部会長である生貝直人氏より憲章草案の経緯と目的、概要、ならびにこれまでの主な論点の説明があり、そ の後、各登壇者に憲章案へのコメントを求めるラウン ドテーブルへと移った。 ## 1. ラウンドテーブル ラウンドテーブルは、当日ご欠席であった宾戸常寿氏のビデオコメントを皮切りに、まずは、司会の高野明彦氏により順次指名される登壇者 10 名が、緩やかな現場の類縁グループの区切りに高野氏の感想を挟みながら、各々約 3 分間で自身の立場と憲章案への意見を述べていく。「記憶する権利」や「共有」の主体の捉え方、主語である「わたしたち」の範囲、デジタルアーカイブの維持に必要なエコシステムやデータ保存技術・体制への言及、マイノリテイを支えるDEI 登壇者(左上から右に):数藤雅彦、高野明彦、生貝直人、赤松健、大久保ゆう、池内有為、本間友、持家学、大井将生、江上敏哲、齊藤有里加、緒方靖弘、吉見俊哉、各氏 (Diversity, Equity, Inclusion) や国際化の視点、クリエイターへの配慮など、それぞれの現場での取り組みや現状の課題から、参加者の共感を呼ぶいくつもの論点が提供された。 ## 2. 参加者を交えた議論 憲章案にはすでに、これらの各論を引き出す要素の記述がある。登壇者はもとより参加者個々人にとっても、さらなる議論が必要と感じる点や、強調、支持したい内容というのは、当然違ってくる。例えば、価値の定まったコンテンツを戦略的に利益化する企業と、価値の分かりにくい情報資産にこそデジタルアーカイブによる発見の可能性や利用の広がりを与えたい保存機関等とでは、効果の方向性が異なる。あるいは、デジタルコンテンツの利用促進をめざすコンテンツホルダーと、利用のされ方に不安があるクリエイターの間には、相互理解のための情報や機会が不足している。今回、デジタルアーカイブの関係者が「提供者」でありまた「利用者」でもあるという視点から、憲章に 「分かりやすさ」を求める声も多かった。進行役の数藤雅彦氏の中間まとめでは、憲章の「広めかた」を検討する必要にも触れていたが、憲章を「自分事」として読み、拠りどころとする人々を増やしていくための方法や過程と、憲章そのものの分かりやすさは、別に考えることも可能であろう。 ## 3. 総括 本会議において最も印象深かったのは、登壇者の顔見せの最後に赤松健氏が指摘した、日本のデジタルアーカイブ関係者の行動原理たる「哲学」の不在であった。会議の終わりに、マグナ・カルタに始まる歴史上の憲章を挙げつつ、その意義を改めて説く吉見俊哉学会長の総括もまた、赤松氏の言うデジタルアーカイブ「哲学」を呼び戻す。すなわち、「憲章」と「哲学」 がイコールで結ばれる。 いずれも尤もな意見の数々を文面へと反映する部会の方々の次なる作業が、悩ましく難しいことは容易に想像されるのだが、引き続き関係者の一人として、 オープンな議論とその帰着点に注目している。 (大阪中之島美術館松山ひとみ)
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# \author{ 田島 佑規 \\ TAJIMA Yuki \\ 骨董通り法律事務所 \\ 弁護士 } \begin{abstract} 抄録:劇作家、演出家、舞台美術・衣装・照明・音響スタッフ、音楽家、振付家、俳優(実演家)など実に多くの者が制作に関与 する舞台芸術公演の収録・アーカイブ・利活用に打いては、その権利関係を整理することは久かせない。ここでは EPAD 事業や実務の経験を踏まえ、観客が劇場で体験した「なま」の公演そのものを保存することはできないという特徴を有する舞台芸術のアー カイヴィングにとって、最も重要な資料の一つと考えられる公演映像の保存・利活用のための権利処理を念頭におき、「権利の固 まり」ともいえる公演映像に特有の権利の壁と、それを乗り越える上で有益と思われる視点を示したい。 Abstract: For the recording, preserving, and exploiting theatre performing arts archives, it is essential to clarify various related rights among stakeholders, such as playwrights, directors, stage design, costume, lighting, and sound staff, musicians, choreographers, and actors. Although it is impossible to preserve audiences' real live experiences, audiovisual recordings are important materials for theatre archiving and its exploitation. Based on experiences of the EPAD project and practices, this article describes the details of necessary rights clearance for the preservation and exploitation of theatre archives, and hopefully can provide a useful perspective to overcome the related challenges. \end{abstract} キーワード:舞台芸術公演、著作権、アーカイブ Keywords: Performing Arts, Copyright, Archiving # # 1. はじめに 演劇をはじめとする舞台芸術における権利関係の特徵として、まず想起されることは公演制作にあたって 関与するクリエイティブスタッフの多さだろう。劇作家、演出家はもちろんのこと、舞台美術・衣装・照明・音響など各種スタッフ、音楽家、振付家、俳優(実演家)など実に多くの者が公演に関与する。そして彼 らが舞台芸術公演において提供する創作的成果の多く は著作物であると考えられ、著作権(あるいは著作隣接権といった類似の権利)が発生することになる。い わば、一つの舞台芸術公演は「各人の権利の固まり」 ともいえる。 公演そのものが「各人の権利の固まり」である以上、 その収録・アーカイブ (デジタル化等の複製) - 利活用にあたっては権利処理の問題は避けては通れない。 たとえば、実際に筆者らが実行委員や権利処理チーフ を務める「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシア ター化 支援事業(通称:EPAD 事業)」(https://epad. terrada.co.jp/)のうち、2020 年度においては 1283 本の 公演映像を収集し、そのうち約 300 本についてイン ターネット配信のための権利処理を行ったが、その際 に権利者として配信に関する同意取得が必要となった 人数は、(実演家の多くが含まれないにもかかわらず)作品あたり平均 9.3 名にも上った ${ }^{[1]}$ 。 また舞台芸術のアーカイブにおいては、観客が劇場 で体験した「なま」の公演そのものは、幕が下りた瞬間に消えてしまうものである以上、公演それ自体を アーカイブすることはできないという特徴を有する。 したがって、舞台芸術のアーカイブを考えるにあたっ ては、公演映像、戯曲(上演台本)、公演情報、ポス ター等のフライヤー、舞台写真、舞台美術や衣装のデ ザイン画等、その公演に関連する資料をできる限り多 く収集することが肝要である。 (なお、こうした「なま」の舞台芸術そのものを保存することはできないという特徵を踏まえ、だからこ そ厚みのある周辺資料の収集が不可欠であるという アーカイブの状況を「ドーナツ」になぞらえ、ドーナ ツ・プロジェクトという取組み ここでは、そうした舞台芸術アーカイブにとって、最も重要な資料の一つと考えられる公演映像の保存. 利活用を念頭におき、「権利の固まり」ともいえる公演映像に特有の権利の壁と、それを乗り越える上で有益と思われるいくつかの視点を示したい。 ## 2. 舞台芸術に特有の権利の壁 ## 2.1 多い権利者・未整理な契約 前述したとおり、公演はいわば「各人の権利の固まり」であり、典型的には次のようなスタッフが権利者として想定される。(なお、ここでいう権利者とは、収録した公演映像をオンライン公開(配信)する場合において、現在の法律上、許諾が必要であると考えられる者を意味している。) このように舞台芸術に関係し得る権利者自体は多数存在するが、少なくとも過去の上演・収録時においては、各権利者との間で適切に権利関係の整理が行われ、契約書の締結といった権利処理が十分に行われていたケースはけっして多くないというのが実情だろう。前述の EPAD 事業においても、多くの公演映像はアーカイブやその配信を検討する段になって初めて、権利関係の検討が始まるというものがほとんどであった。 ## 2.2 権利の集中管理の不存在 上記のとおり公演映像に関連する権利者は多数に上るが、彼らが有する権利の多くは集中管理がなされていない。したがって、公演映像の利活用にあたって、権利者の同意を取得するためには、個別に各権利者との間で交渉(使用料の支払いなども含む)を行う必要がある。 なお、例外的に既存曲の歌詞・楽曲の著作権については、権利者が JASRAC や NexTone に対し、信託的な権利譲渡や委託を行っているケースが大半で、その場合にはこれらの管理団体に対し利用許諾申請を行い、 あらかじめ決められた料金を支払うことで足りる。ただし、以下のとおり外国楽曲の「シンクロ利用」はこの対象とならないため、この点は権利処理の大きなハードルとして残る。 ## 2.3 外国楽曲の利用や既存音源の多用 舞台芸術では伝統的に数多くの既存楽曲の利用が行われてきた。またその中には外国楽曲を利用したものも少なくない(ヒット曲・レア音源を問わず、時には有名ミュージカル曲をパロデイ的に用いるケースなども考えられる)。 こうした外国楽曲を映像と共に利用する場合(シンクロ利用などといわれる)の利用許諾に関する対価については、JASRAC や NexTone といった集中管理団体では決定できないことが一般的である。したがって、外国楽曲が含まれる公演映像については、集中管理団体への利用許諾申請のみでは許諾を得ることはできず、個別に各権利者との間で指値での交渉が必要となる(そしてその金額は高額になることも多い)。 また公演での楽曲利用においては、レコード会社等が制作した既存の原盤(音源)を多用しているケースも多い。既存原盤の利用については、著作権法上、上演時に利用するのみであれば必ずしもその原盤権者の同意を得る必要はないが、いざその公演を収録し配信等を行う場合には原則同意が必要となるため個別に各レコード会社等との交涉が必要となる。 ## 3. 権利の壁を乗り越えるために 3.1 著作権法の例外規定 前述のとおり公演映像には多数の権利が含まれており、そのアーカイブ(デジタル化等の複製)や利活用においては権利処理(各権利者からの同意取得)が問題となる。もっとも、あらゆる利用において権利者の同意取得が必要かというと必ずしもそうではなく、著作権法上の例外規定(著作権法 30 条以下)に該当する範囲においては、権利処理なく利用することが可能である。そこで、ここではアーカイブに関連し重要と思われるものをいくつかピックアップした上で紹介する。 (1) 第一に、どこにどんな作品があるのかを人々が検索し、その結果を提供するためのサービス (所在検索サービス)を行うために収集資料・データ等をデジタル化・サーバ保存する行為、すなわちデジタルアー カイブ化は、著作権法 30 条の 4 あるいは 47 条の 5 の規定により権利処理なく(各権利者の同意を得ることなく)行うことができる。つまり、アナログで収集し た資料のデジタル化や、公演映像の複製・デジタル化・保存などは、こうした所在検索サービスを提供するために行う範囲であれば、権利処理の検討を要することなく広く行うことが可能と考えられる ${ }^{22]}$ さらに、そうして作成したデジタルアーカイブに対し、あるキーワードにて検索を行った結果を表示する際に、結果の表示と併せて公表済の著作物の軽微な部分を提供する行為 (たとえば、Webサイト上において、特定のキーワードにて検索をした際に、そのキーワー ドを含む公演映像の情報と共に、その映像の軽微な一部分や該当のキーワードが含まれる数行の戯曲部分を検索結果と共に表示させること等)は、それが結果の提供に付随するものであり、「著作権者の利益を不当に害する場合」でなければ、著作権法 47 条の 5 の規定により権利処理なく(各権利者の同意を得ることなく)可能であると考えられる[3]。ただし、そうした軽微利用の範囲を超えて、公演映像を必要以上に Web 公開するようなことはできない。あくまで検索結果の確認の便宜のために必要であると認められる範囲等に限られることに注意が必要である。 実際に前述の EPAD 事業で収集した公演映像や関連資料等は、こうした著作権法 30 条の 4 あるいは 47 条の 5 の規定を用いてデジタルアーカイブ化を進めているものも少なくない。(なお、EPAD 事業で収集した演劇・舞踊・伝統芸能の公演映像の情報を検索できるサイトとしては、早稲田大学演劇博物館が運営している Japan Digital Theatre Archives (略称「JDTA」。https:// enpaku-jdta.jp/)などが存在する。) (2) 第二に、施設等において営利を目的としない館内上映・公開なども、著作権法 38 条 1 項により権利処理なく可能である。実際に EPAD 事業で収集した公演映像は配信等のための権利処理が未了のものであったとしても、(一部の例外を除き) そのほとんどは早稲田大学演劇博物館において館内閲覧可能となっている (要事前予約)。ただし、この 38 条 1 項の対象となる行為には、非営利の公衆送信(配信)は含まれていないため、非営利目的であったとしても(前述の 47 条の 5 における検索に付随する軽微利用等に該当しない限り)Web 上での(著作物に該当する)資料や映像の公開等は行うことはできないので注意が必要である。 (3) 第三に、学校その他の非営利機関では、授業の過程において必要な限りで、コピー(複製) だけでなくオンライン講義での利用も可能である (著作権法 35 条)。ただし、公衆送信(配信)については、一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会 (略称「SARTRAS (サートラス)」)への補償金の支払が必要 となる (SARTRAS という団体を通じて包括処理される)。 (4) 第四に、国立国会図書館及び多くの図書館・博物館等では、資料の保存のために必要がある場合には、著作権法 31 条 1 項 2 号によりデジタル化を行うことも可能となる。ただし、これはあくまで所蔵資料の一部に欠損・污損等が生じた場合や絶版等の入手が困難な資料の場合に許されるものである。 (5) その他、公演映像の権利処理を検討する上では、 いわゆる「映り达み・音の入り达み(著作権法 30 条の 2)」や「引用 (著作権法 32 条)」など重要な例外規定は他にも存在するが、誌面の関係からひとまず割愛させていただきたい。 ## 3.2 著作権の保護期間 公演映像に含まれる要素のうち、既に著作権の保護期間が終了しているものがあれば、当該権利者からの同意取得(権利処理)は不要となる。この保護期間の原則は著作者の死亡の翌年から 70 年(以前は 50 年) であるが、この計算には様々な例外が存在する。その計算方法については到底ここでは説明しきれるものではないが[4]、参考として保護期間のごく簡略な検討順序 (執筆時現在。他にも例外などあり。)について紹介する。 (1)まず、著作者の死亡の翌年(匿名・変名・団体名義は公表の翌年)から 50 年で計算する。 例:1965 年 11 月死亡の場合は、2015 年 12 月 31 日に保護期間終了 (2)(1)の計算の結果、2018 年 12 月 29 日に存続していたら更に 20 年延長される。 例:1970 年 8 月死亡の場合は、(1)の計算によると 2020 年 12 月 31 日に保護期間が切れるはずだが、 2018 年 12 月 29 年にまだ存続していることになるので、 20 年延長され 2040 年 12 月 31 日に保護期間満了。 (3)本国での保護期間が日本より短い外国作品は、「相互主義」により本国での保護終了と共に日本での保護も終了 (米国などは別)。 (4)ただし、戦前・戦中の連合国の作品は戦争期間の分 (戦前作品なら 10 年 5 ケ月など)、「戦時加算」 で日本での保護が伸びる。 例:1940 年に制作された米国の楽曲の作曲者が 1965 年 11 月に死亡した場合、(1)の計算であれば 2015 年 12 月 31 日に保護期間終了のはずだが、「戦時加算」により 10 年 5 カ月保護期間が延びる結果、 いまだ権利保護期間内となる。 (注) 戦争終結はサンフランシスコ講和条約発効時 (1952 年)とされる。 ## 3.3 事前の契約処理 著作権法の例外規定に該当する利用方法ではなく、 かつ、保護期間も終了していないとなると、いよいよ各権利者からの同意取得を検討せざるを得ない。そのためには、具体的な公演映像ごとに権利者の洗い出しを行い、各権利者から個別に同意を取得していく必要があるが、前述のとおり集中管理等が行われていない要素が多い以上、いずれも個別交涉が必要となりそのコストは一般に高い。たとえば、権利者のうち一人から同意が得られないというだけで、その公演映像は (少なくともその権利者の権利の存続期間中において)配信等の利用はできないという事態も十分あり得る。 また権利者が既に亡くなっており、相続した権利者が不明のケースや、存命であったとしても所在や連絡先が不明となっているケース等も存在する。この場合、相当な努力を払って権利者を探したものの、権利者が見つからない又は連絡先不明であるというケースでは、文化庁による裁定手続き(著作権法 67 条)を経 度を利用した例もある)。ただし、現状裁定手続きにおいては事前供託金を収める必要があることや、通常は相当程度手続きに時間を要すること等から申請にかかる負担は決して軽くはなく、こうした権利者不明の状況が権利処理の大きなハードルの一つとなることは間違いない(執筆時現在、文化庁において制度改善が議論されている。)。 したがって、これから公演を行う作品の場合には、上演時点であらかじめ公演映像等のアーカイブや配信といった将来予想される各種利用方法につき、包括的に各権利者から同意を取得しておくことが重要である。また、今後当時の担当者等が不在となったとしても、客観的に同意の存在が確認できるよう、こうした権利処理に関する同意は記録として残る形(契約書やメールでの明確なやり取り等)で取得し保存しておく ことが不可欠である。そのためには、現場の制作担当や権利者自身が、著作権や契約といった基礎知識を習得できる機会を充実させることも同様に重要であるといえるだ万う。 ## 4. おわりに 舞台芸術アーカイブに関する取組みはまだまだ始まったばかりである。舞台芸術を未来に向けて保存し、 いつでも、どこからでも、誰でも平等にアクセスできる環境を整え、ひらかれた文化遺産にしていくことは、今を生きる私たちにとって重要な取組みだろう。そのためには、著作権法等の関連法令の整備・充実、権利の集中管理やガイドライン化の促進、業界を超えた協力関係の構築など今後の課題はまだまだ山積みであるが、次の世代のため本記事が少しでも舞台芸術アーカイブ促進のための一助となることを願っている。 ## 註・参考文献 [1] EPAD実行委員会. 舞台芸術の映像配信とデジタルアーカイブのこれから-EPAD事業報告書-2021年 3 月, p. 10 http://52.192.189.1/wp-content/uploads/epad2020.pdf (参照 2022-10-17). [2] 文化庁著作権課. デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第 30 条の 4 、第 47 条の 4 及び第 47 条の 5 関係)令和元年10月24日, p.14問 16 [3] 文化庁著作権課. デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第 30 条の 4 、第 47 条の 4 及び第 47 条の 5 関係)令和元年10月24日, p.28問36 [4] 福井健策「ミッキーマウスの著作権保護期間~史上最大キャラクターの日本での保護は2020年 5 月で終わるのか。 2052年まで続くのか〜」2019年9月13日 https://www.kottolaw.com/column/190913.html (参照 2022-10-17). [5] 文化庁著作権課. 裁定の手引き〜権利者が不明な著作物等の利用について令和 2 年 2 月 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/ chosakukensha_fumei/pdf/saiteinotebiki.pdf (参照 2022-10-17).
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# 伝統芸能資料「竹本床本」のデジタル アーカイブの書誌について Bibliographic Data for the Digital Archive of a Traditional Performing Art Material, Takemoto Yukahon \begin{abstract} 抄録:演劇と映画の専門図書館である松竹大谷図書館では、所蔵する竹本鏡太夫使用床本(ゆかほん)について、2015 年度に一般社団法人伝統歌舞伎保存会の事業において画像データ及び書誌データの作成を行った。本稿は、この竹本鏡太夫使用床本のデジタ ル化事業のうち書誌データについて、データの内容や、入力例、入力作業に活用した入力支援表などについて事例を挙げ、歌舞伎 の興行資料のデジタルアーカイブの運用に必要なデータについて報告するものである。 Abstract: The Shochiku Otani Library, which specializes in theater and film, created digital images and bibliographic data for its collection of Takemoto Kagamidayu's Narrative scripts (yukahon) in FY2015 as a project of the Association for the Preservation of Traditional Kabuki. This paper reports on the creation of bibliographic data in this project to digitize the Narrative scripts used by Takemoto Kagamitayu. The contents of the data, examples of input methods, and especially the support chart used for the input work will be explained in detail. As a whole, this report describes what kind of data is necessary for the operation of a digital archive of Kabuki performance materials. \end{abstract} キーワード : 松竹大谷図書館、竹本鏡太夫、竹本床本、竹本床本検索閲覧システム Keywords: Shochiku Otani Library, Takemoto Kagamidayu, takemoto yukahon (narrative scripts), The Browsing System of takemoto yukahon ## 1. はじめに 演劇と映画の専門図書館である松竹大谷図書館では、所蔵する資料のうち、歌舞伎の竹本の太夫が実際に舞台で使用した床本(ゆかほん)について、2015 年度から 2016 年度にかけ一般社団法人伝統歌舞伎保存会の事業により画像データ及び書誌データの作成を行った。本稿は、この事業においてデジタル化を行った竹本鏡太夫と豊竹寿太夫の床本のうち、竹本鏡太夫使用床本の書誌データについて、データの内容や、入力例、入力作業に活用した入力支援表などについて事例を挙げ、伝統芸能である歌舞伎の興行資料の特性を踏まえた上で、実演家の利用を想定したデジタルアー カイブの運用に必要な書誌データについて報告するものである。 ## 2. 松竹大谷図書館の概要 松竹大谷図書館は、演劇と映画の興行会社である松竹株式会社の創業者の一人大谷竹次郎が文化勲章受章を記念して設立し、1958 年に開館した演劇と映画専門の私立図書館である。毎年約 7,000 点の資料を整理登録し、総数 49 万点を超える資料を広く一般に公開 している。歌舞伎の興行を近代以降ほぼ一手に手掛けている松竹をはじめ、各方面の関係団体の協力を得て資料の収集を行っているが、特に近代から現在に至る歌舞伎の興行資料や宣伝資料の所蔵が充実しており、大道具を記録した写真 $($ 舞台面) や、上演の際の変更が書き込まれた訂正入りの上演台本などもある。芝居番付や GHQ 検閲歌舞伎台本などの貴重資料は、クラウドファンディングの支援金によりデジタル化を進め、ホームページ内でデジタルアーカイブを公開し[1]愛好家から研究者まで幅広い利用者に活用されている。 ## 3. 竹本床本とは 歌舞伎の興行資料における床本とは、歌舞伎の義太夫狂言などで、浄瑠璃を語る竹本の太夫が公演の際に舞台上で使用する台本の一種である ${ }^{[2]}$ 。義太夫の詞章や節付けのほか、語り出しのきっかけとなる俳優の台詞や演技、竹本の三味線の譜、演出などに関する書き达みがあり、歌舞伎の製作現場の様々な情報が含まれている。使用する太夫が師匠や先輩から手本とする床本を借り受けて自ら書写して作る唯一無二の貴重資料であり、当館が所蔵する竹本床本も、現役の太夫が自 身で作る床本の参考にするため閲覧の請求が多く、利用頻度が高い資料でもある。 当館では、図書管理システム[3] に登録済 892 冊【初世竹本扇太夫 $(245$ 冊)、五世竹本雛太夫 $(162$ 冊) 、初世豊竹寿太夫 (280 冊)、五世豊竹和佐太夫 (205 冊)】、その他に未登録(リスト化済)1,017 冊【三世竹本米太夫 $(215$ 冊)、初世竹本鏡太夫 $(310$ 冊)、三世竹本綾太夫 $(290$ 冊) 、初世竹本喜太夫 (202 冊) 】、計 1,909 冊の竹本太夫使用床本を所蔵している。 ## 4. 鏡太夫床本デジタル化の概要と目的 これらの床本の中から、初世竹本鏡太夫が生前に使用した床本 310 冊について、伝統歌舞伎保存会の理事である竹本葵太夫師 ${ }^{[4]}$ のご発案により同会の 2015 年度の資料収集整理 (記録作成と保存) 事業 ${ }^{[5]}$ において、 デジタル化を行った。 初世竹本鏡太夫(たけもとかがみだゆう 1890 年〜 1969 年)は、文楽の太夫などを経て 1916 年に歌舞伎の竹本の太夫として初舞台を踏み、名優六代目尾上菊五郎に認められてその舞台を支えた太夫である $[6]$ 。鏡太夫の床本は戦前のものも多く、資料の経年劣化が危惧されていた。そのため、これをデジタル化して利用に供することで原物資料の保存をはかり、そして検索閲覧システムの構築により実演家がデジタル画像を自由に閲覧可能とすることで、歌舞伎の義太夫狂言の上演に貢献することを目的として、床本のデジタル撮影[7] と、書読データの入力が行われた。今回は、このうち書誌データについて事例を報告する。 ## 5. 書誌登録情報の入力作業・項目 床本のデジタル画像と床本原物を参照し、データベース桐 ver.9-2012 ${ }^{[8]}$ を利用して書誌データの入力と校正、及び画像のチェックを行った。作業者として原田真澄 (作業当時早稲田大学坪内博士記念演劇博物館招聘研究員) と、高橋和日子 (作業当時早稲田大学文学部) を迎えた。書誌データの項目は、[タイトル (表題) ] [表紙情報][別名題 - 通称][著者][和暦] [西暦][初日][楽日][劇場][興行名][上演情報][注記]丁数]大きさ][床本制作者][三味線譜の有無] [語り出し/末尾][旧蔵者]などを設定した。 ## 5.1 外題の入力([タイトル(表題) ]) 歌舞伎の演目のタイトルを外題(げだい)という [9]。今回床本の書誌データの外題は、原則として、床本の表紙の記載通りに入力を行ったが、床本はそれぞれの太夫が語る部分のみが抜き出されているため、表紙に は外題ではなく語る部分の幕名や場名 (段名)、あるいは通称だけが書かれている場合も多かった。そこで、表紙に外題の記載がない場合は、検索の利便性を考慮し、当館で定めている統一外題を「[]補記かっこ」 で囲み、タイトルデータの先頭に入力した(「賀の祝 の記載が統一外題とは字が異なる場合(異字体、旧字、送り仮名の違い) も統一外題を入力した (「[操三番叟 $]$操り三番鼠」、「[義経千本桜]義経千本櫻」。 ## 5.1.1 幕名や場名の入力([別名題・通称]) 床本の表紙に書かれたタイトルが、幕名や場名よりもさらに細かく義太夫の段名で書かれている場合は、通常使われている歌舞伎の幕名や場名も [別名題 - 通称の項目に入力を行った。例えば、今回鏡太夫床本の表紙にタイトルとして記載されていた「杖の折檻の場」「東天紅の場」(図 1)「菅丞相名残場」は歌舞伎では全て「菅原伝授手習鑑」の「道明寺」というひと幕の中で語られる義太夫の段名である。そのためタイトルデータの先頭に統一外題の「菅原伝授手習鑑」を付与し、[別名題・通称]の項目には「道明寺」と入力した。実演家が床本を探す際には統一外題のほか、幕名で検索をする場合が多いため、検索語の入力を想定して実際に利用しやすいデジタルアーカイブを目指し、こうした入力項目を設けた。 図1鏡太夫床本表紙「杖の折檻の場」「東天紅の場」 ## 5.1.2 歌舞伎の外題の特徵と統一外題での管理 ここで、歌舞伎の外題の特徴について述べたい。歌舞伎は、『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」や「車引」 のように長い演目の一幕だけを上演する場合、その幕名を上演タイトルとする事が少なくない。『助六由縁江戸桜』(團十郎家) や『助六曲輪菊』(菊五郎家) のように同じ演目でも主演俳優によって演出と上演夕イトルが変わる演目もある ${ }^{[10]}$ 。また、上演タイトルが 統一外題と同じであった場合でも、その興行資料には外題の記載が無く、場名や通称しか記載されていない場合も多い。そうした場合でも、統一外題のもとに同一作品としての管理が出来るよう、当館ではカード目録時代から徹底してタイトルについては統一外題を付与して整理する方法を採用し、統一外題での管理と検索を可能にしている。統一外題は、基本的に初演の本外題を採用している。 ## 5.1.3 統一外題の入力支援表「本外題表」 統一外題の入力には、当館独自のデータベース「本外題表 $]^{[11]}$ を活用した。これは台本や上演プログラムなどの興行資料から様々な上演タイトルを採集したデータに仮名読みを入力し、それぞれタイトルに対応した本外題をデータとして入力して作成したデータベースである。仮名読みから外題を検索し、データベースの表引き機能やコピー・アンド・ペーストで外題を入力する事が出来る(「てらこや」と検索(入力) $\Rightarrow\lceil$ 菅原伝授手習鑑寺子屋」が(表引き)入力できる)。当館では統一外題を誰でも簡単に間違えずに入力するための入力支援表として、図書管理システムや当館独自のレファレンスツールである「演劇上演記録データベース」の入力作業に利用している。この「本外題表」を床本の書誌入力にも活用して、統一外題の入力を行った。 ## 5.2 表紙の情報の入力([注記]) 床本の表紙には外題や場名などその床本の内容に関わる情報と、床本の使用者である太夫の名前が大きく書かれている。床本の内容を表す情報は前述の通り [タイトル (表題)]に入力し、太夫の名前は [床本制作者〕に入力を行った。また、表紙にはその他に「六代目」「播磨屋」など、主演の俳優に関する情報が書かれている事も多い。同じ演目の床本であっても、俳優が変わると演出が変わり、床本の内容も変わるため、 どの俳優が主演した時の床本かは重要な書誌情報となる。こうした情報は[注記]に入力した。 ## 5.3 上演情報の入力([上演情報 $]$ ) 表紙の裏や裏表紙近くなどに、いつの舞台で使用したのかという上演の記録が記載されている場合は[上演情報]に、定型の文言で上演情報の入力を行った。 また、同じ床本が何回も使用されている場合もある。 (図 2)上演情報の記載が複数ある場合は、上演の早い順に間を「(全角ストローク)」で区切って入力した(昭和 12 年 7 月地方巡業上演 | 昭和 14 年 6 月 1 図2『妹セ山竹に雀の場』表紙裏の 5 つの上演情報 日より6月25日歌舞伎座上演」)。 ## 5.3.1 上演情報の入力 ([和暦 $]$ [西暦] [初日][楽日] $[$ 劇場 $]$ ) 上演年月での並べ替えや絞り达み検索が行えるよう、上演情報を[和暦] [西暦][初日][楽日][劇場]にもそれぞれの項目の凡例に従い入力した。これらの上演に関する項目のデータについては、当館の「演劇上演記録データベース」やプログラムで記録を確認し、もし事実と異なっていた場合は、事実の情報を採用した。床本に記載された上演情報の確証がとれない場合は、原則として床本に記載されている年月日劇場などをそのまま採用し、[作業備考]にその旨を入力した。上演情報が複数ある場合のため、上演情報を入力する項目については、1番から5番まで用意して、上演が早い順に、[和暦 1] $\cdots$ [和暦 2] $\cdots$ [和暦 3] と入力した。[和暦] は元号+全角数字2ケ夕の形で入力を行った(「昭和 07 」「昭和 14 l)。初日と千秋楽は、[初日][楽日] に月日を半角数字 2 ケタで「・(全角中黒)」で区切り入力した (1月 1 日 $\Rightarrow\lceil 01 \cdot 01\rfloor)$ 。月しかわからない場合は、日付の部分は空闌とした $(4$ 月 $\Rightarrow\lceil 04 \cdot 」) 。$公演が 1 日のみの場合は [初日]にのみ入力し、[楽日] は空闌とした。公演が複数年に渡った場合は、日付の前に「()かっこ」に入れて西暦を付けた(「(2001) 「演劇上演記録データベース」の入力規則に合わせて決定した。 ## 5.3.2 演劇資料の劇場名の特徵と入力支援表「劇場名表」 演劇資料に記載された劇場名は、芝居番付や劇場プログラムのような一次資料であっても表記に摇れがある場合がある。今回床本の書誌入力に活用した「劇場名表 ${ }^{[12]}$ は、劇場名を管理・統一するための当館独 自のデータベースである。元々は「演劇上演記録データベース」の入力支援表として作成したもので、資料から劇場名の表記の摇れや通称などを採集し、それに対応した当館独自の統一劇場名をデータとして入力したデータベースである。床本などの手書き資料は劇場名が通称や略称で書かれている事も多く、劇場名の統一に活用した (資料の表記「木挽町」 $\Rightarrow$ 入力「歌舞伎座 $\rfloor) 。$同名の劇場が複数ある場合の調査にも「劇場名表」 を活用した。例えば「松竹座」という劇場は、「劇場名表」にあるだけでも、大阪、神戸、岐阜、浅草、大木戸、角筈と 6 か所あり、また「新歌舞伎座」も大阪、新宿、名古屋と 3 か所あるので、資料に「松竹座」や 「新歌舞伎座」とだけ記載されていても、どの劇場か区別が付かない。その場合、劇場の所在地や劇場名の変遷をデータとして管理している「劇場名表」で劇場名が使われた時期などを確認し、劇場を確定する事が出来た(劇場の変遷データの例:新歌舞伎座(角筈) [1929.9-] $\Rightarrow$ 新宿第一劇場 [1934.9-] $\Rightarrow$ 新宿松竹座(角筈) $[1957.10-] \Rightarrow$ 新宿第一劇場 1959.1-)。 ## 5.4 詞章([語り出し/未尾]) 竹本葵太夫師のご提案で追加した、床本の冒頭部分と末尾の詞章を入力する項目である。入力作業者が床本を読み解いて入力した詞章を、葵太夫師に監修していただいた。同じ場を語った床本であっても、語り出しや末尾が異なる場合がある。たとえば、「菅原傳授場」「菅原傳授の場」とある二冊の床本は両方とも「菅原伝授手習鑑」の「筆法伝授」の場の床本であるが、一冊は語り出しが「上根と稽古と好きと三ッの中」と「口」といわれる前半部分から始まり、またもう一冊の語り出しは「てこそ入にける人知レず思ひ初めしが主親の」と「奥」といわれる後半部分から始まる床本である事が分かる。タイトルの情報だでは、 どの部分が語られているのか分からない場合があるため、実演家の検索の利便性を考え作られた項目である。 ## 6. おわりに 竹本床本デジタルアーカイブの今後 以上のように、鏡太夫床本のデジタルアーカイブの書誌については、竹本葵太夫師にご協力いたたきき非常に詳細なデータを入力する事が出来た。このデータを基に立命館大学アート・リサーチセンターの赤間亮先生のご協力のもと、《竹本床本検索閲覧システム》を構築していただき、現在テストページにて最終調整を行っている。これまで述べてきたように竹本床本の書誌デー夕はかなり複雑で、閲覧システムの構築に時間が必要となってしまった。しかし竹本床本という伝統芸能の興行資料の特性と利用方法を充分考慮した上で、それに合った書誌データを作成し、画像データと共にデジタルアーカイブとして運用してはじめて、資料のデジタル化が完成したといえるのではないだろうか。 当館は、歌舞伎の興行資料を、実演家や専門家をはじめ誰もが活用できる日本文化のコンテンツとして適正に整理・保存し、さらにこれらの資料のデジタル化を進め、検索や閲覧の利便性を考えた形でのデジタルアーカイブを構築し公開する事で、より一層資料を活用できる環境を整備する事を使命として考えている。 デジタル化においては高額な費用が必要である事や、演劇の専門知識を持つ入力人材の育成など当館にとつて大きな課題もあるが、こうしたアーカイブ公開が、伝統芸能を活性化させ息の長いコンテンツとしてさらに次世代に引き継がれていく事を可能にすると考え、今後もデジタル化に取り組んでいく所存である。 ## 註・参考文献 [1] 松竹大谷図書館デジタルアーカイブ https://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/da/da.html (参照 2022-10-31). [2] 最新歌舞伎大事典. 柏書房, 2012, p. 257 [3] Systemlab ${ }^{\circledR}$. 専門図書館向け図書管理システムLX3.0 [4] 二代目竹本葵太夫。2019年に重要無形文化財「歌舞伎音楽竹本」各個認定(人間国宝)に認定された竹本を代表する太夫。 [5] 2015年度国宝重要文化財等保存整備費補助金を利用。 [6] 伝統歌舞伎保存会編. 歌舞伎に携わる演奏家名鑑一思い出の名演奏家たち. 伝統歌舞伎保存会, 2020, p.30-32 [7] 床本の撮影は、貴重資料のデジタル撮影を手掛けている株式会社インフォマージュにより行われた。 https://www.infomage.jp/ (参照 2022-10-31). [8] 管理工学研究所. 日本語データベースシステム桐 [9] 林京平ほか. 歌舞伎事典. 実業之日本社, 1972, p. 208 [10] 河竹繁俊編. 総合日本戯曲事典. 平凡社, 1964, p.326-327 [11]「本外題表」の入力においては、以下を参考とした。飯塚友一郎. 歌舞伎細見. 増補改版. 第一書房刊, 1927、日本放送協会編. 演劇外題要覧. 日本放送出版協会, 1954、河竹繁俊編. 総合日本戯曲事典. 平凡社, 1964、伊原敏郎. 歌舞伎年表. 1-8巻. 岩波書店, 1956-1963、野島寿三郎編. 歌舞伎.浄瑠璃外題事典. 日外アソシエーツ, 1991. [12]「劇場名表」の入力においては、以下を参考とした。松竹百年史. 演劇資料. 松竹, 1996、国立劇場近代歌舞伎年表編纂室編. 東京 - 大阪 - 京都 - 横浜 - 金沢 - 下関 - 九州劇場略史一覧. 国立劇場, 1975, (近代歌舞伎年表編纂資料, 3)、阿部優蔵. 東京の小芝居. 演劇出版社, 1970、国立劇場調查養成部・芸能調査室編. 東京の劇場. 国立劇場調査養成部・芸能調查室, 1978, (歌舞伎資料選書, 3)、小宮麒一編.歌舞伎・新派・新国劇上演年表. 第 6 版, 小宮麒一, 2007.
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# 各座長の方に、特に良かったと感じた発表を挙げていただいた。(カッコ内は推薦した座長、敬称略) # # セッション 1 [14] 東京都練馬区における地域サークル主体の 「光が丘デジタルアーカイブ」: サイト開設 とグラントハイツ返還50年に向けて(菅原みどり、立教大学大学院21世紀社会デ ザイン研究科) 本発表では、「光が丘デジタルアーカイブ」の取り 組みについて、開設までの歩みと開設後の活用状況、 および今後の構想が報告された。発表者は、これまで の第 $1 \cdot 2$ 回 DAフォーラムにおいて当該取り組みの 構想や進渉を発表している。加えて、デジタルアーカ イブ学会内の活動のほか、本セッションの [12] の発表者が実施したデジタルアーカイブの実践講座を受講 し実践につなげるなど、コミュニティのつながりを生 かして「光が丘デジタルアーカイブ」の開設実現に 至っており、今回の開設報告には参加者から大きな拍手が送られた。 対象地域である東京都練馬区光が丘は、戦前から現在までの間に三度の大きな変化を経た地域であるが、地域史の継承に関しては歴史を知る機会の少なさや知 る住民の減少など継承に課題を抱えている。同様の課題は日本各地で散見されるため、本発表は小規模な団体が自ら担える規模でデジタルアーカイブを開設・運営することによって地域史の継承を試みる先行事例と なり得る。質疑応答でも今後の展開や活用について活発に議論が交わされた。継続した取り組みとして更な る発展が期待される。(大月希望、東京大学大学院) ## セッション 2 [23] 写真資料の収集を目的とした登録アプリケーションの開発:香川・時空間デジタルアーカイブ事業を利用したプロトタイプシステムの紹介(木子慎太郎、他、香川大学大学院創発科学研究科) 本発表では、香川県の偉人「中野武営」にまつわる写真資料やメタデータを地域住民から収集してデジタルアーカイブを構築するため、スマートフォンを使用した軽便なアプリケーションの開発の活動報告と今後の展望が述べられた。 このアプリケーションを利用したデータの登録とは、ユーザー(一般家庭)が所持する資料をユーザー 自身が登録していくことを目的としており、地域資料の収集と保存が契緊の課題となっている今日の状況を打開する一つとなりうるだろう。加えて、メタデータの登録には音声データを採用しており、大変興味深い。写真資料はメタデータの付与が重要であるものの、調查員による付与には限りがあり、困難なものも多い。本発表の報告にあったような話者の自由な発言による登録は、例えば他機関でも保存されている同様の写真であっても個々のストーリーが生み出され、より情報量の多い資料となることが想定される。デジタルストーリーテリングとしての側面も持ち合わせており、応用的な利用が見込める点からも、今後のアプリケー ション開発の進展と実装が期待される。 (松田采菜) ## セッション 3 [33] 第三者意見募集制度の著作権法への導入 (城所岩生、国際大学グローバルコミュニケーションセンター) 本発表は、2021 年の特許法改正で導入された第三者意見募集制度を著作権法にも導入することを提案するものである。米国と日本の著作権事例を対比させ、両国の著作権に対する姿勢の違いを明らかにしている。米国における Google 対 Oracleの Java 訴訟では、後者の著作財産権よりも前者のイノベーションを優先する判決が下された。それを可能としたのが、フェアユース規定とアミカスブリーフ (法定意見書) である。判決の決め手となったのは、アミカスブリーフにおいて学者の9割方が Google のフェアユースを支持したことである。 一方、日本に打ける Twitterのリツイート事件では、写真家の氏名表示権を優先させ、Twitter 社のトリミングによる権利侵害を認める判決が下された。これについて、裁判官や法学者からは、利用者の多大な負担や寞容的利用の萎縮に繋がるなどの批判がある。 これらの事例に鑑み、裁判所が多角的な視野から適正な判断をするために、また、表現の自由の観点からも、日本版アミカスブリーフ制度の導入が提言されている。デジタルアーカイブの発展には適切な著作権の運用が不可欠な要件となるため、今後の展開に注目したい。 (奥野拓、公立はこだて未来大学)
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# 「デジタルアーカイブ憲章」制定記念 シンポジウム 参加記 Report of "Digital Archive Charter" Commemorative Symposium 主催:デジタルアーカイブ学会 後援 : デジタルアーカイブ推進コンソーシアム 開催日時:2023 年 7 月 4 日(火) 18:30~20:30 開催場所:ワテラスコモンホール プログラム: 1. 学会長挨拶: 吉見俊哉 (國學院大学教授) 2. 基調報告:「デジタルアーカイブ憲章」の趣旨と 概要 福井健策(学会法制度部会長・弁護士) 3. 討論「デジタルアーカイブ憲章を実践的なものに するために」(パネリスト:50 音順、敬称略) 青柳正規(多摩美術大学理事長、デジタルアーカ イブ推進コンソーシアム会長) 中島京子 (小説家) 福井健策(弁護士・デジタルアーカイブ学会法制度部会長) 御厨 貴 (東京大学名誉教授)吉見俊哉(國學院大学教授・デジタルアーカイブ 学会会長) : 司会 4. フロアからの質疑応答 参加者数:約 80 名 はじめに 本シンポジウムは、制定した「デジタルアーカイブ 憲章」(以下、DA 憲章)を広く社会に公開し、様々 な社会的立場の方々に論じて頂くことにより、その内容を社会に還元できる実質的なものにするために開催 された。 ## 1. 学会長挨拶 吉見学会長より3つの論点が示された。 (1)DA 憲章は人民から作ったものであり、いずれは法律になっていくとよい。(2)個人情報保護やプライバシーがあることに異論はないが、同時に社会が公 左から、吉見俊哉、福井健策、中島京子、青柳正規、御厨貴、各氏(撮影佐藤竜一郎 CC BY 4.0) 共の記憶を記録し続け、再度思い出すことも大切である。(3) 新しい社会的理念の提起・提案というミッションとして憲章を作成した。 ## 2. 基調報告 : 「デジタルアーカイブ憲章」の趣旨と概要 福井部会長より、以下のような内容で報告があった。 (1)DA は各国がしのぎを削っている。日本も影響を受けた。(2) 課題はヒト・カネ・権利である。苦しむ個々のDAを支援すべく憲章を作った。(3) 様々な議論、3回の円卓会議と公開シンポジウムとを経た。 オープンな議論に延べ 50 名以上がご参加なさった。更にパブコメのお力を受けて、憲章が出来上がった。 ## 3. 討論「デジタルアーカイブ憲章を実践的な ものにするために」 対象は「公共財」であり、皆のものを皆で作るのは大事であるとの意見があった。見せてほしい立場と、見せるには条件があるという立場は永久の対立関係ではないとの意見があった。敗戦時に重要な公文書が焼かれた結果、証明できたはずの自国に有利なことが証明できなくなったとの意見があった。 次に、DAのワクワク感についての意見が多く述べられた。EPADで配信可能にした舞台芸術のうち、50 本の無料公開に対し 111 か国からアクセス、1000万再生を超えた。曽祖父が水中花を発明していたこと、明治時代の著書 2 冊などが DAから分かった。ダンスを世界中から見ることができる。 80 年代の $\mathrm{J}$ ポップが世界中に聞かれていたりする。 次に、DAの怖さについての意見が述べられた。 ネットの情報から人物の行動を特定できてしまう。誰が何をどう記憶・消費していくかという巨大テーマがある旨の意見があった。行動指針に「オープンな参加」「情報の信頼性の確保」を入れ、トレーサビリティを入れる議論をしてきたことが述べられた。 最後に、DAの活用についての議論があった。活用対象である公共財とは何なのか、社会としてあるべき概念を考え直すことが重要であるとの意見があった。 おじいさんが逃げ遅れて沈んでいくところをアーカイブに入れたいとなった時に、家族の悲痛な声を残すのか。知らない人にまで見せるのか?といった問題は出てくるのであり、考えていかなければならないとの意見があった。 ## 4. おわりに 充実の議論となった。今後、公共財としてのDAが拡充されていくと予想されるが、どこまで活用してよいか、憲章を羅針盤として参照しながら、今後も考えていくのが良いだろう。
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# 座談会 : デジタルアーカイブ憲章 起草者が語る Digital Archive Charter: The Drafters Speak ## 福井健策 FUKUI Kensaku 日時:2023 年 6 月 13 日出席者(50 音順) ・生貝直人 (一橋大学教授、デジタルアーカイブ学会法制度部会副部会長) - 数藤雅彦 (并護士、東京大学大学院情報学環客員准教授、デジタルアーカイブ学会法制度部会副部会長) - 福井健策(并護士、デジタルアーカイブ学会法制度部会部会長) ・柳与志夫(東京大学大学院情報学環、デジタルアーカイブ学会総務担当理事) ## はじめに〜経緯と憲章のポイント ○福井本日はお忙しい中お集りいただきありがとうございました。まず、 デジタルアーカイブ憲章についての採択を受けて、我々はどんなふうにデジタルアーカイブ憲章 ${ }^{[1]}$ に至ったのか、 この先、何を期待するのかというお話です。 まずは、私のほうから経緯、内容についての簡単な御紹介をさせていただこうと思います。経緯ですが、 デジタルアーカイブ学会は、設立のその前から、デジ タルアーカイブの推進法制が、我が国のデジタルアー カイブの豊かな発展のためには必要なんじゃないかという議論をしておりました。これは、法制度部会の立ち上げの原動力でもあったと思うんですけれども、若干、政権内の動きの関連で、この法制化の議論が、動きがない時期が続きましたね。 そういう中で一昨年、吉見会長、柳さん、生貝さん、福井の 4 名で作戦会議をいたしました。そこで、法制化の議論のタイミングを計りつつ、デジタルアーカイブの現場にとっての羅針盤となるようなデジタルアー カイブ憲章の議論だったら、自分たちの力で進められるじゃないかというようなことを、アイデア出しをいたしまして、それで一気に話が盛り上がったように記憶しております。 早速、会長のリーダーシップの下、法制度部会にワーキンググループ、ここで議論のたたき台をつくることになり、そして理事会、さらには会員懇談会と内部での議論を続けました。また昨年から、3度にわたる「デジタルアーカイブ憲章をみんなで創る円卓会議」 という公開会議を行いました。これは、肖像権ガイドラインをつくるときにも、皆で会議を行った。そのある種の成功体験に基づいてのものですけれども、昨年 2022 年の 8 月 3 日に第 1 回、そして 10 月 11 日に第 2 回、さらに、11月26日には沖縄で「in 沖縄」と銘打ちまして、琉球大学の 50 周年記念館で第 3 回、これに3月14日の最後の総括シンポジウムも含めれば、 50 名以上の登壇者の方に、延べで御参加いただいて、 それこそ、各デジタルアーカイブの現場にはじまり、研究者あるいは実務家、政府など、様々な分野から代表的な論客を招いて議論をしました。また、多くの参加者にオープンな形で参加いただいて、御意見もいただき、その都度、論点表の公表とともに、憲章案の改訂を行いまして、毎回、公表しました。最後には先ほどの 3 月の総括シンポジウムで確定案を皆さんとともに議論をする。こうしたことによって最終的に、この 6月6日、学会理事会においてデジタルアーカイブ憲章が採択されるという形で確定をいたしました。ホー ムぺージ上での公表を行っています。 内容は、この学会誌(7 巻 3 号、 2023 年 8 月号)に掲載されていますので、皆さんにぜひ、読んでいただければと思いますけれども、まず前文で情報社会の変化などの背景、そして公共的知識基盤の必要性、社会にとっての記憶する権利といった基本的な考え方を示した上で、次いでデジタルアーカイブの目的として、社会の諸活動の基盤となること、アクセス保障、文化、学習、経済活動、研究開発、防災、国際化などに資することを掲げています。 また、行動の指針としてオープンな参加、社会制度の整備、信頼性の確保、体系性の確保、恒常性の確保、 ユニバーサル化、ネットワークの構築、活用の促進、人材育成などなど、各項目を揭げ、最終的には 3 年に一度、この憲章を見直す。また時宜にかなった政策提言を作成し、公開するということで結んでいる。そうしてA4にして4ページにわたる憲章を公開したわけです。 ## 口刺さった言葉、憲章に期待したいこと 私からの経緯としては以上となりますけれども、これを踏まえて、皆さんから、まずは最初に最大お一人 5 分ずつ、このデジタルアーカイブ憲章の議論の中で、例えば刺さった言葉、悩んだこと、それから、今後どう活用を行ってほしいと思うのか。どんなふうに現場の背中を押せる使い道があり得るのか。また、この憲章の次なるステップ、何でも結構ですのでお伺いできればと思います。 どなたから口火を切っていただくかというと、ここは数藤さんから。むしろ、この憲章の議論に加わったのは、一番最後ですが、最後だからといって決して貢献が最小だったわけではない数藤さんから、中盤から客観的な視点も持ち得た立場として口火を切っていただいてよろいでしょうか。 ○数藤私はこの憲章プロジェクトには途中から参加しまして、主に円卓会議の第 1 回と第 2 回の運営まわりと司会を担当しました。そこで、まずは円卓会議で「刺さった」こと、印象に 残っていることから申しますと、第2回の円卓会議で、何名かの登壇者から、「若い世代に伝える」とか、「分かりやすく伝える」、「啓蒙する」という趣旨のコメントがあったのが今でも印象的です。 憲章をそういった観点から読みかえしてみますと、冒頭で「21 世紀のデジタルアーカイブが目指すべき理想の姿を提示」すると書かれています。考えてみますと、 21 世紀はまだ 70 年以上も続くわけで、そうなりますと、我々のような策定世代だけではなく、その子供や孫、ひ孫らの世代まで射程に入ってきますし、 さらにその後の世代にも続くものになるかと思います。 例えば、今の小学生は学校でタブレット機器が配られており、子供の頃からデジタルに接している世代といえます。さらにその次の世代となると、もっとデジタルが当たり前になっていることでしょう。そんな先の先の世代に向けて、この憲章をどのようにつないでいくのか、継承していくのかという点が、今後の大きな課題になるかと思います。 第 2 回円卓会議での、憲法学者の宍戸常寿先生の言葉を借りるなら、「知の受託者」としての、そして次の世代に知を継承していく者としての我々の在り方が、この憲章を通じて問われているように思いました。 ○福井すばらしい。短い時間でまとめていただきました。まだまだ、きっとおっしゃりたいことがあると思いますが、後でまた、お話しいたたくとして、この流れですと、次は生貝さんということにな万うと思います。 生貝さん、いかがでしょうか。 ○生貝ありがとうございます。僕のほうは、この憲章を、先ほど福井先生からございましたとおり、最初のきっかけの頃から御一緒させていただいて、そして第 1 回、第 2 回の円卓会議 も登壇させていただいて、非常に有意義な、非常に重要な機会に関わらせていただいたというふうに思います。私自身、このデジタルアーカイブ学会ができたときから、2017年から関わらせていただいて、12年、我々、 デジタルアーカイブに関わる人間が、ある種のコミュ ニティーの共有された規範として、どのようなものを目指し、持っているのかということを明らかにしたという作業が行われたのは初めてでありましょう。私自身、デジタルアーカイブの政策に、内閣府とか、文化審議会の調査研分科会などで関わっていく中で、我々デジタルアーカイブ関係者というものは、こういう価値観を持っているから、どういうことを実現していく、社会制度、法律の改正といったようなところを含めて、外に対してどう貢献していくか、そういったことを進めていく上でも、非常に重要なある種の文書になったのではないかなというふうに思います。 憲章の円卓会議の中で、すごく印象に残ったこととしては、これは赤松健先生が御登壇いただいたときですよね。国会議員になられて、デジタルアーカイブ、特にゲームに関する政策や取組というものを本格的に進めていこう。そうしたときに、様々な壁に当たる。 フランスに御出張されたりする中で、アーカイブというものを、どのように説得的に伝えていくことができるのか、そのような意味でのアーカイブ哲学の重要性というのを強調していらっしゃったのが、すごく印象的でした。 デジタルアーカイブを通じて、あるいはデジタルアーカイブが今後どうなっていくのかということについての哲学、まだ、これが完成ではないとしても、そのことの議論のプロセスというのが、こうして本格的に始まったことの価値というのをすごく感じているところです。 もう1つ、すごく印象に残ったのが、第 2 回ですかね。江上さん、国際日本文化研究センターの江上さんから、特にデジタルアーカイブが果たすべき役割として、マイノリティーですとか、社会的弱者の声を、より発信していくためのエンパワーメントの重要性。そして、さらに多様性、ダイバーシティー、そしてインクルーシブネス、包摂性、そして公平性、エクイティということの重要性というのを非常に強く強調されたこと、このことを、僕は非常に印象に残っているところです。 最終的に、この憲章の中にも様々な形でそういった考え方というのは広く含まれている。で、そして、これは憲章の策定の中でもいろいろな議論をしましたけれども、言ってみれば社会正義の実現ということに対して、デジタルアーカイブが、より積極的に役割を果たしていくべきなのではないかということが 1 つ焦点になったことがあったというふうに思います。 私自身は、そうしたメッセージにすごく親和的なところがありつつ、しかし、他方で、これに関するコン センサスというものが、このつくっていた 2022 年の段階で、あったのかというふうにいうと、それはまさしく、これから、いかに哲学が発展していくかということなのだろうというふうに思います。 デジタルアーカイブが仕組みとして成熟していく中で、専門性コミュニティーとして外縁がはっきりしていく中で、社会に対して、果たしてどういう役割を果たしていくのか、ある種、その現在地と、そして、今後の開かれた議論の可能性というものを感じられたのが、非常に印象深かったところであります。 ○福井ありがとうございます。いやいや、十分、大きな問題提起をここでもいただいたと思います。 ここまでの打 2 人の打話、期せずして、このデジタルアーカイブ憲章というものをめぐって、話者と受け手の話でもあったかなというふうに感じました。つまり、誰が語り、誰にそれを伝えるのか、誰のために伝えていくのかということをめぐる御指摘でもあったなというふうに感じました。憲章である以上、これは極めて健全な議論のスタートであったのではないかと感ずるわけですが、最後の柳さん、どんなことをお話しいただけますでしょうか。 ○柳今回の憲章が 6 月 6 日の理事会で採択されるまでの過程に非常に重要な部分があったのではないかなと思います。 思えば、福井、吉見、柳、そのほか 何人かが中心になって、2015 年にアーカイブサミッ卜第 1 回をやったんです。これ、生貝さんも参加してくれていたと思いますけれど、そこがある種出発点で、学会ができて、学会の中でそういう部分を実現していこう。そういう部分というのは、デジタルアーカイブの基盤整備に関わるような理念と政策を考えていこうという問題意識がずっと一貫してあって、その中で法制度部会もできたし、法制度部会ができて非常に重要だったのは、肖像権ガイドラインをつくったということかと思います。 これは本当に、数藤さんの貢献大で、あまり内輪褒めするのもよくないですが、でも、こういうのって誰か非常に頑張る人がいないとできないので、本当に数藤さんという人を得てできたと思います。それは、皆さんの協力があっての話ですけれども。 この経験、こうやっていくとできそうな気がするという、方法論的にも、あるいは理念的にも、みんなが共感できる 1 つのモデルができたんじゃないか。これが非常に大きかったし、それにのっとって、一方で政策提言をつくった。これも実は重要で、改めて先ほど 政策提言を見ましたが、よくできているなと思いました。 この政策提言をつくり、それから、円卓会議、シンポジウム、パブリックコメントという、い万んな過程を経て、憲章が制定をされたということで、議論をする仕組みを我々はつくりながら、これを制定できた。 この中身もいいんだけれども、仕方、方法がすごくよかったなというふうに私は思います。 この憲章で何を実現しようとしたかと言えば、一言で言えば、やはりデジタルアーカイブの哲学と政策、 つまり、哲学、理念をどう実現するかという、政策が常に意識されて表裏一体で進められた。これがやっぱり大きかったし、それが憲章制定と同時に政策提言も関係各署に提示できたし、それを受けて、知財調查会の報告にも反映されたということで、非常に意義のある憲章制定だったと思います。逆に、この憲章を今後、 どう使っていくかということは、哲学をどう普及させるか、そして、それをどう国民、社会の豊かさにつな 言えば、やはりデジタルアーカイブ振興法という法律というものが次に見えてきたなということです。この法律をつくるに当たっても、ですから、今までやってきたこういう手法というのを大事にしたいなと思ったところです。 ○福井もう、ここで終わって、それでいいんじゃないかという、そういうまとめでしたね(笑)。 おっしゃるとおり、この自分たちの議論をどう集約するかという方法論。学会ですから別に議論するだけでも、いいっちゃいいわけですよ。というか、多くの学会はそうするわけですよね、多分。でも、それを集約して、そしてどう現実の社会や、実際の政策、施策などに反映させていくか。あるいは、肖像権ガイドラインでは本当に数藤さんの頑張りは大きかったわけですけれども、できた後が本番だったと思うんですよね。 どう、それを現実の社会に実装させていくか。そういうことのノウハウが蓄積されてきた、アーカイブサミット以来の、また学会設立以来の年月であり、あるいは、このデジタルアーカイブ憲章をめぐる年月だったなという点、本当におっしゃるとおりだなと思います。 その仕組みを使って、何をしていくかというのは、 もち万ん、い万い万なテーマごとに関わる人が考えていけばいいことだと思いますけれども、この仕組み自体が基盤であるというのは、大きなことですね。 ○柳この業界というか、参加されている皆さんは、優秀な人ばかりだから、いいことは、みんなちゃんと言えるんだけれども、いいことを言ったきりになりがちなのを、やっぱり、それをどう実装化するかという ところを、きちんとやってきたし、やっていけると思わせるところが、今回の成果だったと思いましたね。 ○福井これ、座談会ですから、あえて何でも言っちゃうんですけれども、学会として、ここまでやってよかったんですかね(笑)。 ○生貝いや、まさしく、そうなんです。こうしたことをやっている学会って、本当に僕自身もアカデミアにいても、なかなかないんですよ。数藤先生たちが肖像権ガイドラインを通じて発明してくださった、ある種の円卓会議、それって、コミュニティーの範囲を区切らないマルチステークホルダーのある種のコンセンサス形成プロセスの方法にほかならない。これって結構珍しいんですよね。 学会って、基本的に同じ専門性をある程度持った人たちが、専門性をより先鋭化させていくために、様々な議論をしていくという性質があり、基本的には、いろいろな学会ですとか、大会ですとか、アウトプットというのも、そういうことが中心になってくるのだろう。しかし、デジタルアーカイブ学会は、まさに、そのマルチステークホルダーのオープンな、ある種の方法論というのを、まさに、この憲章の策定というとこ万に広く行ってきた。でも、そのことというのは、何か、このデジタルアーカイブという分野の性質から、 ある種必然なんだろうというふうに思います。 学問分野としても、すごく人文系、法律系、そして実際の実践やる方々、技術の方々というのが集まる。当然、そこには、そして実践としても MLAはじめとして、物すごく広いステークホルダーというものが性質上関わってくる。そして、多くの人たちが、この学会にメンバーとして御参加していただきつつ、それだけには閉じない。当然、学会外の人たちも、様々な形で関わっていただく必要がある。そういったことをしっかり学会という、ある種、社会的な公器の中で、 しかるべきことを、このデジタルアーカイブ学なるものの明確化についてやろうとすると、必然的に、こうした方法論になってくるということなんだろうなというふうに思います。 ## 口憲章はわかりやすいか? ○福井なるほど。デジタルアーカイブ学とは実学であるということなのかなと、今、伺って思いました。 そして、学際であることも、また必然であろうなと感じました。 この話も、どんどん続けたいわけですけれども、 1 時間しかありませんので、どんどん次の点に移っていきます。若い世代に伝えるために分かりやすさという 視点を数藤さんにいただきました。 憲章も途中で、もっと分かりやすくという御意見をたくさんいただいて、我々なりに努力はした。でもやっぱり达めたい内容もある。詰め込むときって、どうしても文章って難しくなりますよね。 この憲章、十分分かりやすくなったでしょうか。どうでしょう。 ○柳私は分かりやすくなったと思いますが、その分かりやすさのレベルというのは、もちろんいろいろあるので、当然、議論の中で出てきたように、ガイドラインとか指針とか、そういうものをつくる前提で分かりやすくなったということで、初めてデジタルアーカイブって知った人が、それを読んで、うんそうだとまでは、そう簡単にはいかないと、私は思いますけれども、そこへ行く過程が、バリアがないというのかな、高低差はちょっとあるんだけれども、少しずつ切り崩していけば、下もなだらかにつながっていく感じがします。壁ができてないというところが大きいなと。 ○数藤誰にとっての「分かりやすさ」なのかは、読み手によっても変わってきます。 最初に小学生の話を挙げましたが、小学生がこの憲章を読んですっと理解できるかというと、おそらくそれは難しい。今の憲章は、直接的に小学生に向けては書かれていないと思います。 他方で、第 2 回の円卓会議で大井将生さんがコメントしていたように、教育におけるデジタルアーカイブの実践が、今後さらに広まるかと思われます。そのような教育の場面においては、デジタルアーカイブの意義について、小学生にも分かるような言葉で伝えていく必要も出てくるでしょう。そのとき、この憲章をいわば「木の幹」のようにして、そこから派生して小学生に伝える憲章のバージョンであったり、あるいは、別の場面では高齢者に伝えるバージョンであったりというように、様々な現場で、憲章の伝え方の実践が行われていけばよいかと思っています。 ○生貝この憲章が分かりやすいかどうかというのは、デジタルアーカイブなるものに対する認識が、社会にどのくらい広がっているかというところにかなり依存するんだろうなというふうに思います。 デジタルアーカイブなるものをある程度、知っている人にとっては、それなりに読むことができやすいのだろういうふうに言ったときに、我々として、このデジタルアーカイブなるものに対する知識や実践というものを、世の中に広げていくことが 1 つのミッションとしてある。しかし、そもそも、これまでデジタルアーカイブとはこのようなものだというふうにいった ようなものについてのある種のコンセンサスとしての文書というのは、少なくとも明確に、端的に語られたものはなかった。 いただいたコメントの中でも、やっぱり学校なんかでデジタルアーカイブを教えていったりするときに、様々な分野の授業なんかをやったりするときにも、 やっぱりそのよりどころになる文書というものが、こうしてできたことは重要なことだというコメントもいただいたというふうに思います。 これが、ガイドラインであったり、教材のような形で補完されていって、こういった共通軸に基づく様々なデジタルアーカイブに関する教育活動というのが、発展していくことで、この憲章というのが、より社会的環境としても分かりやすくなっていく、理解されるように分かりやすくなっていく、そういったプロセスを、今後、どうつくっていくかというのが、まさに、 この憲章の次の作業として重要なんだろうなという気がいたします。 ## 口記憶する権利」をめぐって ○福井ありがとうございます。そんなふうに憲章が伝わっていく上で、この憲章が大きく打ち出した吉見会長発案による、「社会にとっての記憶する権利」という言葉がありました。憲章の前文の、前後の箇所を読み上げると、過去及び現在の知識や情報を記録し、社会に残し、未来に継承する仕組みを整えていこうという言葉があって、プライバシーや知的財産権についての真摰な議論をしながら、社会の記憶を蓄積していくと。これは、社会にとっての記憶する「権利」じゃないかという、ちょっと刺激的な言葉が登場しています。 今の文書の中にもあったとおり、これは、個人にとっての情報コントロール権といわれる、別な権利と、 あるいは衝突するわけです。それを衝突しないよというふりをするのは、少なくとも法律家の大勢いる学会において、それこそ真摯な態度じゃないですよね。ときにやっぱり衝突するわけです、このふたつの権利的なものは。そのことについて、我々は、どんなふうに考えていくべきでしょう。この個人にとっての情報コントロール権と言われるものは、例えば、プライバシーや個人情報保護法など、広範な外縁を持つわけですけれども、それが極めて強くなれば、デジタルアー カイブというものは大きな影響を受けざるを得ないと思うんですが、これについて、どなたかおっしゃっていただけることってないですか。 ○数藤まさに第 1 回の円卓会議で、内閣府の知的財産戦略推進事務局長(当時)の田中茂明さんがコメン トされたように、公共財としての情報資産と、いわゆる個人情報、プライバシーとは制度的に衝突するものだという点が出てくるかと思います。ただ注意すべきは、憲章でうたっているのは、まず記憶すること、記録することであって、それを直ちに利用するとか、公開する話ではない。記録の話と、その公開活用の話は、 ひとまずは分けて考える話かと思います。 例えば、新聞記事アーカイブで過去の逮捕報道が氏名入りでそのまま載っていた場合には、社会における記録と個人のプライバシーなどがまさに衝突するとこ万で、それをどう蓄積、あるいは公開していくかという話になります。そこでは、プライバシーや個人情報に関する判例の積み重ねをふまえて調整していくことになりますが、そもそも公開利用の前に、蓄積、記録があることが前提になります。このように、まずはプライバシー等との調整に至る前提として、社会がまず記憶しているかという点が議論されるべきであり、その議論のために、憲章は大きな問題提起をしていると考えております。 ○福井なるほど。これは全くそのとおり。 もっともね、記憶した上で、人々がアクセスできなければ、それは存在しないのと変わりません。やっぱりアクセスができるかというところでは、その衝突は大きくなりやすいとも思うわけですけれども、この点も含めて、いかがでしょうか。 ○生貝記憶する権利。ライト・トゥー・メモリー、何というか、これまで、少なくとも著作権を保護し、 で、個人情報を保護する。対立する部分があっても、 それぞれ進めていかないといけないことであり、この記憶というものが、恐らく広く言われるところの表現の自由ですとか、そういったものとは、またちょっと違ったレイヤーで、しっかりと社会として担保していかないといけないということ自体が、あまり社会的に広く承認されていなかったと思うんですよね。 その部分を、しつかり社会的に認知して、いわゆる 1 つの権利として、どう育てていくか、その作業を、今後本格的に進めていく。これは、ちょっと、いろい万と海外の状況なども調べていると、やはり、特に、 このデジタル時代になって、このライト・トゥー・メモリというのが、結構いろいろなところで、少しずつ、世界各国で言及されるようになってきている。 例えば、南アフリカの研究者の出しているライト. トゥー・メモリの文書なんかですと、世界人権宣言に出されるような思想良心及び宗教の自由、意見・表現の自由ですとか、あるいは、共同社会の文化的生活に参加する自由などなどの、その実現の前提になる権利 として位置づけられているんじゃないかという理解も示されています。今後、まずは、しっかり育てていく。 そして、やはり他方で対立はするんですよね、これはあらゆる権利同士がそうであるように。そして、我々のその対立というものを、やっぱり認識した上で、でも、その対立って、やはりある種の調整をしっかり考えていく、専門性を持った人材をしっかり育てていく。何というか、やはり法制度部会で出された重要なアウトプットが肖像権のガイドラインであったことが、 まさに象徴的ですけれども、これから、やはりデジタルアーカイブの関係者というのも、やっぱり、このプライバシー、忘れられる権利というものについて、正しく理解をしていかなければならない。正しく理解をした上で、その調整、しかるべき社会にとって、もっとも望ましい調整の在り方というのを、 1 つ 1 現場で考えて実践をしていく、そうしたことのきっかけというのが、まさに、この憲章を 1 つのきっかけにして、進んでいくとよいのだ万うというふうに思います。 ## ロエンパワーメント、多様性をめぐる議論 ○福井ありがとうございます。まさに、バランスとは、不断の調整のプロセスですよね。対話と調整の過程であろうと思います。言うは易くですけれどもね。 さあ、議論はまだまだあろうと思いますけれども、 もう1つ、よろしいですか。 今度は、デジタルアーカイブの目的のところに行って、生貝さんが、さっき抽しゃったエンパワーメント。これ、結構な議論になったんですよね。私の感覚で言うと、生貝さんは、そういう要素を、もうちょっと入れられないかというお立場が強かったかなと思い、私などは、この憲章の中で強調する概念じゃないんじゃないかという立場が、より強かったように記憶しているんですけれども。 私は、生貝さんが、冒頭で口火を切ってくださったように、社会正義というものは達成されるべきものだと、強く思うんですね。けれども、このデジタルアー カイブ憲章の中で、社会正義のためにデジタルアーカイブはあるべきだと書くことには、強い抵抗感が、実はありました。それは、社会正義のためにあるべきだと書けば、社会正義とは何なんだというコンセンサスが必要になり、定義づけが必要になるわけだけれども、 それは永遠にできないんじゃないかと思っているからかもしれません。 社会正義というものは、こういうデジタルアーカイブのような各々の営みを通じて追い求められるという、言わばプロセスであって、事前に定義できるもの ではない。あるいはコンセンサスを持てるものじゃないんじゃないかと思ったからなのかもしれません。 ちょっと整理がつかないまま言っていますけれども。 ○柳ついでに言うと、私も実は、エンパワーメントという言葉自体が、実はぴんと来てないんです。何かちょっと違うんじゃないかというか。もうちょっと別の言葉で、いろい万幾つか違うことを何か 1 つの言葉で乱暴に置き換えてしまっているような気がします。 ○福井さあ、大分、刺激的な感じになってきましたよ。生貝さん、どうですか。 ○生貝いやあ、本当に難しいですね。 まさに、今、この憲章、今、我々が持っているコンセンサスというものを、我々、デジタルアーカイブ関係者が持っているコンセンサスというものを、できる限り文章という形で残す。 で、そして、それは、やはりできる限り、価値中立的でなければならないという要請というのが非常に強くある。そうしたときに、まさに社会正義って果たして何なのかということは、福井先生がおっしゃったとおり、非常にそれぞれの文脈ですとか、やはりコンセンサスを広くつくることの難しい領域だということ、 おっしゃるとおりなんだというふうに思います。 そうした中で、これを人文的価値観というふうに呼ぶのが難しいのか、いや、ある種のリべラル的というふうに言っていいのかも難しいんですが、まさにエンパワーメントもそうですし、インクルーシブネス、ダイバーシティー、そして公平性というのは、確かにこうした文化活動に関わる研究者や実践者の間では、かなり広く共有されつつある概念であるというのは、そうなのだ万う。そのレイヤーでは。 そういった、人文社会活動的な側面というのは、デジタルアーカイブ的な分野としては距離が近い。国際的な、デジタルカルチュラルヘルテージ関係の分野ですと、そういったことに対する意識というのも、非常に強くなってきている。隣接する価値をどのくらい、我々の持っている価値の 1 つだというふうに認識するかということなんだろうなというふうに思います。 ここは、ちょっと、ごめんなさい、僕も、まだ明確な答えが....... ○福井今、ちょうど多様性の話も出たじゃないですか。そっちのほうが、割と議論をより具体的にしやすいかもしれないんだけれども、恐らく、こんな議論が出たんですよね。 各デジタルアーカイブは、多様性を図るべきであるというふうに書くべきかどうか。これには異論が出ました。つまり、各デジタルアーカイブは、たとえ羅針盤といえども、それを義務づけられるべきじゃないんじゃないか。 例えば、とても偏愛的に、ある時代のある人々のことだけをアーカイブしたいと思う活動があっても、それはとても尊いデジタルアーカイブ活動だろう。そこに多様な人種がいたり、多様な価値観がないからといって、それは責められる問題では全くないんじゃないか。 じゃ、多様性はどうでもいいのかというと、違う。 そういう様々なデジタルアーカイブ活動が、どれも尊重されることによって、全体としての多様性というものが生まれてくることを、我々は期待したいんじゃないのかというような議論を、私はしたような気がするんですね。 今の、エンパワーメントとか社会正義にも、ひょつとしたら同じようなことが言えるかもしれず、つまり社会正義ということに抵抗があるのではなくて、何か、 ある時代に社会正義だとされている事柄に、個別のデジタルアーカイブが従わなきゃいけないと言われると、むらむらと不安になるというような、そういうこと、例えば、自分は恐らくは語っていたのかなと思うんです。 例えば、その時代の社会正義だと言われていることを疑うためのアーカイブだってあるはずじゃないですか。というか、それ、多分、最も貴重な人間の活動の 1つですよね。その時代の正解だと言われていることを疑うということはね。 社会正義が言葉として入ることに抵抗があったんじゃなくて、その扱い方をめぐる議論だったのかもしれないなと今さら思うんですが。私、メイクセンスしているでしょうか。 ○柳私は同感ですね。 ○生貝おっしゃるとおりですね。非常に多様な実践もある中で、何か特定の、1つの、広く共有されていても、価値観をある種、個別の実践に強制するような形になってしまうと難しい。 今後、そういうことをより明確にうたっていくことになるのだとすれば、個別というよりは、まさにデジタルアーカイブ社会全体として、どういう社会像を目指していきたいのかというふうにいったような、前文のところに、そういうことを、もしかすると、強調するようなことというのが、今後出てくるのかなという気もいたしますね。 ○福井なるほど。数藤さん、このお話を聞かれて ○数藤デジタルアーカイブというものはシステムで あり、人々が利用するツールなので、それを個々の社会正義の実現に使うかどうかは、ひとまず現場にお委ねするというのが、今の憲章の考え方かとは思います。 ○福井最終的には、かなりその形に落ち着いたような気がしますよね、現在の憲章は。基盤ですね。 ○柳それができるのは、デジタルなんだと思うんです。つながっていくというネットワークが前提のデジタルアーカイブということですね。だから、それぞれが個別にあるんじゃなくて、それがつながることで、 A というアーカイブもあれば、ノン A というアーカイブもあるけど、一緒に使えますよということです。だから、ネットワーク性ということは、デジタルアーカイブにとって、やっぱり不可欠の条件ではないかと思うんですね。 だから、そのときのいろんな条件で、限定的公開とかいろいろあるかもしれないけれども、原理的には公開していく、つながっていくことがデジタルアーカイブの前提だと思いますし、今回の憲章でも、その辺はきちっとうたっていると思います。 ## 憲章をどう使っていくか ○福井なるほど。この問題もまだ扮話したいですが、 このぐらいでよろしいですか。 さて、時間があれば、もうちょっとほかにお話ししたいこともあったんですけれども、今後に向けての議論をしておきたいと思います。 この憲章が、どう使われていくべきかということについては冒頭でも、お括をいただいたことだけれども、今後見直しもあるし、また柳さんにも言及いただいた政策提言を作成する。実際、第一弾は、既に作成・公表したわけですけれども、どんな使い方や展開を期待するか。さきほどの話も踏まえたクロストークができればと思います。 例えば、このデジタルアーカイブ憲章でこんな試みができたらいいなと思っている。すごくばかげててもいいから、何かアイデアを捕持ちの方っていらっしゃいますか。 ○数藤先ほどの「分かりやすく伝える」という話にさらに補足しますと、憲章自体は「木の幹」のようなものだと思っていまして、そこからどんな枝が生えて、 どのように豊かな木をつくっていくかは、デジタルアーカイブの現場の皆様に賭けられていると思っています。憲章を使って、現場が豊かなデジタルアーカイブをつくっていくことに期待したいところです。今回の座談会の前に憲章のパブリックコメント ${ }^{[2]}$ 読み返していたら、寄せられたコメントの中には、「好事例アーカイブの方法論的研究や開発の推進が謳われれげ頼もしい」という趣旨のコメントもありました。振りかえると、肖像権ガイドラインのときも、実際にガイドラインを使ってどんな写真を公開したのかという実例が様々な機関の方から示され、デジタルアーカイブ学会のホームページに一覧で載っているわけです[3]。 このように、デジタルアーカイブ憲章を参考にして、好事例アーカイブの積み重ねができて、さらに、それが憲章の 3 年後見直しのときに策定チームにフィードバックされるような、策定チームと現場との好循環ができればいいなと思っています。 ○福井本当ですよね。いかがですか。 ○柳冒頭言ったことと重なりますけれども、2つあります。1つは、こういう社会的な条件が整ってきた事例として、法律制定に向けた背景として使っていくということがあると思います。 それから、2つ目に、今、数藤さんが打っしゃったような、ちょっとしたガイドブック的なものを、それぞれのセクター、セクションに向けてつくっていく。 その中で大事だと思うのが、地方公共団体向けにそういうものを出していくことです。この間、新聞でも出ていましたけれども、図書館をつくるのがブームになっていて、でも、客寄せぐらいにしか考えてない感じもあります。あの記事が出た前日に別の記事が出て、公共図書館の $75 \%$ ぐらいが非正規労働者という、すごい話が一方にあります。何か表面繁栄しているようで、下の支えるところは根腐れしてしまっているみたいなところがある。 だから、デジタルアーカイブというのは、そうならない上うに、政策というか、地方公共団体とかがつくるときの支えになるというか、たしかコメントでもありましたよね。拠り所になる憲章のようなものがあると、つくりやすいという。そういう根拠があるんだよということを、国の政策に反映すると同時に、やっぱり地方公共団体レベルに普及する必要があって、そういう普及のルートを考える必要があるということと、国民一般に向けてという、ある意味では、本当にパンフレット 1 枚でもいいと思うんですよ。機会があるごとに配っていくというのが大事です。 それで、何だこれは、とかって言って、捨てる人がいっぱいいてもいいんです。でも、どんどん渡していくというのがあっていいかな。何か、あまり身構えず、 これを理解しなきゃいけないみたいな講習会をやるよりも、すいすい渡していっちゃったほうがいいかなと思います。 だから、憲章そのものを、全部丸ごと理解してもら おうというのは、研究者みたいな人はいいけど、普通の人はそれどころじゃないから、そうじゃなくて、それを受けた何かをいろんな場面に合わせて提供していくという、そういうことかなという感じがします。 ○福井ありがとうございました。生貝さんも、何か言いたそうな。 ○生貝 2 点だけ、そうですね。1つは、研究者だからという意見となりますが、この憲章に基づいて、い万んな議論が続いていくこと、より盛り上がっていくことということをすごく期待したいなと。 先ほどの社会正義の位置づけでありますとか、あるいは、今後、例えば、AIによって、デジタルアーカイブの果たす役割って、どう変わってくるのかというふうにいったようなこと。まさに、それを共通理解としてつくろうという作業がまさに始まったここ 2 年。 そして、恐らく、まだ有機的に変わっていく概念なんだろう。そのための柱という重要な位置づけに基づいて、より議論が続いていくことを期待したいというのが、まず 1 つ。 2つ目は、ある種、基本法というのが、国の側でつくったものではなく、この国は民主主義ですので、その当事者、人々のコンセンサスというものが反映されたものとしての基本法というものがつくられる準備というのが、できつつあるのだ万うな。そのプロセスというふうにいったようなものを今後の議論、その今後の議論を含めたプロセスというのが、法律としての基本法をつくる上での重要な位置づけなんだろうなということを感じています。 ○福井生貝さんに、もう1つ伺いしていいですか。 ここにいる 4 人は、期せずして教育機関での教授などの肩書も持つわけですが、その中でも生貝さんは教育と研究を恐らく一生の仕事に選ばれているわけです。 このデジタルアーカイブ憲章もそうだし、また政策提言でもデジタルキュレーション、教育、あるいはデジタルアーカイブに関する基礎研究についての支援、といった言葉が何度も登場するわけですね。この教育研究の現状と、これから、この憲章も後ろ盾にしてこう変わっていくべきだ、という点について何かおありですか。教育現場にして研究現場である日本の大学に籍を置く者として。 ○生貝そうですね、たくさんあるんですけれども、 やっぱり今、情報デジタルに関する様々な学問、これ学問に限らず実践も含めてなんですけれども、法律であれ、何であれ、フローのデジタル情報というものに対するリソースのかけ方というのが非常に大きい。 ○柳そうですよね。一橋大で新学部もつくっちゃい ましたものね。 ○生貝ああいうところも、本来はフローもストックも両方とも取り扱う価値が、まさしく、あるのだ万う。 これは、僕たち法律の人間にとってもそうなんですよね。基本的には、表現の自由、著作権、プライバシー というふうにいったようなこと。流通する情報を、いかに適切に保護しながら増やすかということに当然焦点を置いてきた。なんだけれども、やっぱりストックとしてのアーカイブ、それは、これまで関係するところだと図書館法ですとか、博物館法とかそういったようなところがあったところ、あまりそれが学術研究、教育として大きな比重を示してきたわけではない。これは、当然、法律を例に挙げましたけれども、もち万ん、ストックの情報に関する言説というのが、フロー の情報を上回る必要は全くないのだけれども、そのことの重要性というものを、常に一定の位置づけを持ちながら、様々な学問、研究、教育というものがなされていく1つの礎になるとよいのだろうというふうに思います。 ## あとめ ○福井ありがとうございます。 時間は残り2 分となりました。皆さんから、これを今日、言い残したなということを、ぜひ、クロージングコメント代わりにいただければと思うんですけれども、いかがでしょうか。 ○数藤では、私からは最後に、円卓会議の視聴者へのお礼を申し上げます。 円卓会議のアンケートでは、多くの視聴者から熱心な感想をいただき、運営の 1 人として大変ありがたく思っております。感想の中には、「建設的な意見が多くて勉強になった」というものや、面白いものですと、「殺伐としたネット空間にこんなピースな場があるのかとうれしくなった」というコメントまでありました。 これは登壇者の皆さんが、憲章をどう創り上げ、どう活用するかを真摰に考えてくださったおかげだと思っております。 この場を借りて、議論にお打き合いいただいた登壇者と視聴者の皆様に改めて感謝を申し上げて、クロー ズコメントにしたいと思います。 ○福井ありがとうございます。 柳さん、いかがですか。 ○柳さっきの生貝さんのところにつなげると、やっぱり人材の問題ってとても大きい。さっき図書館の例も言いましたけれども、デジタルアーカイブを支える人材をどう確保するか。いわゆる $\mathrm{DX}$ とか $\mathrm{AI}$ とかも 含めて、新しいデジタル社会を支える人材の育成というところが実は、あまりうまくできていないような感じがして、この政策提言、憲章も読み直してみたけれども、両方ともちゃんと触れているんたけれども、何となく、じゃ何するのというのが見えない。ほかもふわっとしているけれども、それ以上にふわっとしていて、ここはもうちょっと、僕らはちゃんと考えないといけないなというのが実感としてあります。 それから、あと一言、今、気がついたんですが、この場に女性がいませんでしたね。 ○福井これは申し上げておくと、このデジタルアー カイブ憲章の議論においては、女性学会員の大変な活躍が幾つもありました。 ○柳そうでした。 ○福井ここで個別のお名前を申し上げることはいたしませんけれども、その方々も含む事務局の皆さんの活躍がなければ、この憲章は、こんなふうに誕生しなかったということを申し上げて浐きたと思います。柳さん、思い出せていただきまして、ありがとうございます。 じゃ、生貝さん、何か言い残したことおありですか。 ○生貝いや、もう本当に、この議論に関わってくたさった皆様、そして、まさしく、今日、ここに出ているのは 4 人ですけれども、本当に、多くの方々の多大なる御尽力というものがあってというところでございますので、学会関係者はじめとして、深く御礼申し上げます。 ありがとうございます。 ○福井ありがとうございました。 こうやって、皆さんとお話ししながら、つくづく思うんですけれども、このデジタルアーカイブ憲章の 1 つの大きな役割は、語れるということなのかなと。 例えば、デジタルアーカイブを語ろうよでも、もち万ん、みんな語ってはくれるわけだけれども、デジタルアーカイブ憲章をつくるけど語ろうよというと、 ちょっと真剣味が違うわけですよね。え、どんなのできちゃうのっていう、そういうあせりでもいい。じゃ、 ちょっと一言入れてもらいたいなでも結構だし、けしからんでもいいですね。 できた後もそうですよね。デジタルアーカイブ憲章ができたけど、どうするという話が、これからもできるわけじゃないですか、我々はね。まさに、議論を始めるときに、これ、語るってこと自体に意味があるんじゃないかということは言ったし、先ほども御指摘いただいたけれども、本当に、改めてそうだったなと思います。デジタルアーカイブ憲章は、語ってもらいたがっているんでしょうね。 ○柳そういう意味では、やっぱり意義があったと思いますね。法律っていうふうにしちゃうと、専門家がやるものかとか思ってしまうけど、憲章なら、まあ、 よく分かってなくても何か言えるだ万うみたいな雾囲気があって、そこがやっぱりいいところで、万機公論に決すってやつです。 ○福井おっしゃるとおりですよね。これは 3 年に 1 回見直すと、もう書いてあるから。つまりこれを読んで、何言ってやがんでえ、と思った人はどんどん加わってくれればいいと思いますよね。発言していただいて、これからも語られていくべきだろうなと感じました。 今日は、1時間という時間限定で、このデジタルアーカイブ憲章の成立に大きな役割を果たしたお3人の方と一緒にデジタルアーカイブ憲章を語る、そんな会でした。今後とも議論を続けていければというふうに思います。大変ありがとうございました。 ## 註・参考文献 [1] デジタルアーカイブ憲章. デジタルアーカイブ学会誌. 2023, 7(3), p.119-120. [2]「「デジタルアーカイブ憲章(最終案)」に対する意見募集の結果について」. https://digitalarchivejapan.org/advocacy/charter/publiccomments [3] 「肖像権ガイドライン関連イベント・発表・活用例・記事」. https://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline/ events
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# 図書館におけるデジタルアーカイブ の法制度 : 著作権法の令和 3 年改正 の施行をふまえて The Legal System of Digital Archives in Libraries: Following the 2021 Amendment to the Copyright Law 井上 奈智 上田女子短期大学 } 抄録 : 図書館におけるデジタルアーカイブへの関心は急速に高まっている。著作権法の令和 3 年改正の施行により、国立国会図書館による入手困難資料の個人向け送信、および図書館等による図書館資料の公衆送信が始まった。本稿では、施行を踏まえた図書館におけるデジタルアーカイブの法制度について述べる。 Abstract: Interest in digital archiving in libraries is growing rapidly. Following the 2021 amendment to the Copyright Act, the National Diet Library began Digitized Contents Transmission Service for Individuals, and libraries began public transmission of copies of library materials. This paper describes the legal system of digital archiving in libraries. キーワード : 著作権法、デジタルアーカイブ、図書館 Keywords: Copyright law, digital archives, libraries ## 1. はじめに 図書館におけるデジタルアーカイブへの関心は急速に高まっていると感じる。2023年 4 月に首都圈から長野県に転居し、3か月で 10 を超える長野県内の公共図書館や学校図書館などの類縁機関に挨拶に行った。自身がデジタルアーカイブを勉強してきたことを伝えると、ちょうど取り組みを始めた、着手しょうとしているところであると、大変好意的な反応を受ける。図書館におけるデジタルアーカイブの法制度の整備や各種の国や自治体の取組が、その機運を高めていることは間違いないだろう。本稿では、著作権法の令和 3 年改正の施行を踏まえて、図書館におけるデジタルアーカイブの法制度について述べる。 ## 2. 令和 3 年改正と図書館のデジタルアーカイブ著作権法令和 3 年改正では、図書館に関係する次の 法改正が盛り込まれた。一つが、国立国会図書館(以下、「NDL」という。)による入手困難資料の個人向 け送信であり、もう一つが図書館等による図書館資料 の公衆送信である。各内容について次章以下で説明する。なお、単に図書館でなく図書館等という場合は、「国立国会図書館及び図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令で定めるもの」(著作権法第 31 条第 1 項。条文中の政令は著作権法施行令第 1 条の 3)を指す。 ## 2.1 NDL による入手困難資料の個人向け送信 NDL による入手困難資料の個人向け送信(以下、単に「個人向け送信」という。)は、著作権法第 31 条第 8 項から 11 項に定められている。NDLによる図書館等向けの入手困難資料の送信(以下、「図書館送信」 という。)は、平成 24 年著作権法改正を受けて 2014 年 1 月から行われている。令和 3 年改正により、個人向け送信として、2022 年 5 月から NDL の登録利用者にサービスの対象を拡大したものである。個人向け送信は、当初は閲覧のみのサービスであったが、2023 年 1 月からはプリントアウトの機能が追加された。資料の対象は「特定絶版等資料」である。これは、絶版 等資料から、著作権者等の申出を受けて、3か月以内に入手困難な状態が解消する蓋然性が高いと NDLの館長が認めたものを除いたものである[1]。また、NDL の利用者登録は、これまで一部のサービスの利用を除き、来館での手続きが必要であったが、個人向け送信のサービス開始と同時に、インターネットのみで登録が完結することも可能となった。自宅にいながら、入手困難資料の利用のための手続きおよび入手困難資料の閲覧・プリントアウトが完結する。 表1 NDLによる入手困難資料の個人向け送信・図書館送信 & 2022 年 5 月 & 2014 年 1 月 \\ ## 2.2 図書館等による図書館資料の公衆送信 もう一つの改正は、図書館等が利用者に対して、図書館資料の一部分の複製につき、メール等での公衆送信(以下、「公衆送信サービス」という。)が可能となったことである。公衆送信を行うに当たって補償金の支払いが必要となる。図書館等では、周知のとおり、これまで来館しての複製や、複製物の郵送が認められており、この複写サービス (コピーサービス) は重要なものと位置づけられてきた。これまでの著作権法の規定では、紙の電子的な複製も可能である。実際には運用の難しさから、電子的な複製を通常のサービスとして組み込んでいる図書館等は、ほとんどない。利用者が電子的な複製物を入手するためには、図書館等で入手した紙のコピーを自身のスマートフォンで「自炊」 することでデジタル化しているものと思われる。このたび、補償金を支払っての公衆送信が認められるよう になった。 ## 2.2.1 関係者協議会によるガイドライン 公衆送信サービスは、著作権法第 31 条第 1 項から 5 項、並びに著作権法施行令第 1 条の 4 および第 1 条の 5 に定められている。法文では大枠が定められて、 その詳細を関係者協議会で定めることとなった。関係者協議会は「図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン $[8]\rfloor$ (以下「31 条ガイドライン」という。) および「図書館等公衆送信サービスに係る特定図書館等及び利用者に求められる要件等について[9]」を策定した。図書館からの公衆送信に対する補償金収受を行う指定管理団体として、図書館等公衆送信補償金管理協会(SARLIB)が指定されている。SARLIB は「図書館等公衆送信補償金規程 ${ }^{[10]}$ を策定した。 31 条ガイドラインには、公衆送信を伴わない以前からの複写サービスに関する規定も含まれている。複写サービスは多くの図書館において永年にわたり実務慣行が積み重ねられてきたものであることを鑑み、本ガイドラインは同サービスの実施について実質的な変更を行うものとはなって」いないとしている。関係者によって策定および維持されてきた「公立図書館における複写サービスガイドライン」、「図書館間協力における現物貸借で借り受けた図書の複製に関するガイドライン」および「写り込みに関するガイドライン」が内包または参照されている。 ## 2.2.2 公衆送信サービスの主体および対象 公衆送信サービスの主体は特定図書館等となる。特定図書館等に該当するための要件は、(1)責任者の配置 (2)研修の実施(3)利用者情報の適切な管理(4)デー夕の目的外利用の防止・抑止措置の実施等となっている[11]。利用者が支払う料金は、補償金に加えて図書館等の事務手数料が必要となる。補償金は、新聞・雑誌が 1 ページ 500 円で以降 1 ページごとに 100 円、図書は最低 500 円または 1 ページ当たり本体価格を総ページ数で除した数の 10 倍の価格、その他は最低 500 円または 1 ページ 100 円となっている[12]。事務手数料は、図書館等が設定する。 公衆送信サービスで利用できる範囲は著作物の一部分である(著作権法 31 条第 2 項第 1 号)。一部分とは従来の複写サービスと同様の表現であり、著作権確認等請求控訴事件 (東京地判平成 7 年 4 月 28 日判時 1531 号 129 頁)に基づき「少なくとも半分を超えないものを意味する」というのが広く実務で採用されてきた基準であった。 31 条ガイドラインに「各著作物 の 2 分の 1 を超えない範囲[13]」と明示された。また、「全部の複製物の提供が著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別な事情があるものとして政令で定めるものにあっては、その全部」(著作権法第 31 条第 1 項第 1 号、条文中の政令は著作権法施行令第 1 条の 5)の複写が可能である。 31 条ガイドラインにも詳述されている。それらを整理すると、次のとおりである。 ## (1)国等の周知目的資料 国等の周知目的資料とは、「国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物(著作権法第 31 条第 1 項)」 とされている。 (2)発行後 1 年間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物 定期刊行物とは、「定期又は一定期間を隔てて、通常年 1 回又は 2 回以上刊行する逐次刊行物であって、同一の題号のもとに終期を定めず巻次又は年月次を付 では、複写サービスより全部利用ができる範囲が狭い。 (3)付随する美術の著作物、図形の著作物、写真の著作物 美術・図形・写真等が当該ぺージの 3 分の 2 以上の割合を占めて揭載されているものについては、原則として解像度を 200dpi とするが、200dpi を超えて複製する必要がある場合は目的外利用防止措置を施して 300dpi 程度を上限にすることもできる。 ## (4)分量の少ない著作物(漫画を含む。) 同一ぺージまたは見開きの 2 ページ内に、2 分の 1 を超える部分が掲載されている場合の 2 分の 1 を超える部分についても公衆送信できる。 なお、SARLIB が除外資料として指定したもの、楽譜・地図の出版物、写真集・画集、および各特定図書館等において公衆送信を行うことが不適当と認めた資料については、公衆送信サービスの対象から除外されている。 また、著作権保護期間が満了している著作物の判断として没年が 1967 年以前である場合、 1968 年以降の生存が確認できない場合、補償金の支払いは不要としている。著作物性がないと判断できる場合も、補償金の支払いは不要である。 ## 3. 令和 3 年改正で残された課題 令和 3 年改正より図書館を取り巻くデジタルアーカイブの環境が格段に前進したことは疑いがない。本章 では、数点の課題を挙げて、本稿を締めくくりたい。 ## 3.1 図書館送信の行方 2014 年に始まった図書館送信は、図書館等が知の拠点であるための大きな武器になると評価され、現に 1400 館を超える図書館等が参加している ${ }^{[15]}$ 。一方で、導入のために閲覧と複写で二つの手続きが必要で、利用者に提供するための端末たけでなく管理端末もそろえる必要があり、利用者の希望に合わせて図書館職員がプリントアウトを行うのが大変であるといった声も聞く。個人向け送信では、申請、機器の整備、プリントアウトを利用者にゆだねることができるため、図書館等はこれらの資源を別の業務やサービスに回すことができる。NDLの利用者登録さえ済ませば、場所を選ばずスクリーンショットが可能な個人向け送信の方がサービスとしてははるかに便利であり、図書館送信は徐々に縮小していくものだ万う。もち万ん、図書館送信は特定絶版等資料に限らず絶版等資料を見られること、海外の図書館等が利用できること、NDLの登録をせずに利用できるなどのメリットもある。個人向け送信は急ピッチで整備したが、図書館送信との棲み分けや投入した資源や機器をどのようにしていくかは十分に議論されているとは言い難い。NDL はこれまで図書館送信を進めてきたこともあり、個人向け送信への転換を言いにくいかも知れないが、図書館業界全体の資源配分を考えれば、実際に図書館送信を利用する図書館等や利用者には十分に考慮しつつ、図書館送信から個人向け送信への転換をすることが望ましい。 やや余談だが、「図書館送信」や(個人向け送信でなく)「個人送信」がNDLによる公式な略称である。複写物を郵送するサービス名は、郵送複写[16]、遠隔複写サービス ${ }^{[17]} 、$ Web 複写サービス ${ }^{[18]}$ など様々ある。図書館等が提供するサービスメニューが複雑化する中で、「公衆送信サービス」においては、「貸出」や「コピーサービス」のような、多くの図書館等に共通する標準的な名称があるほうがよいだろう。 ## 3.2 何をデジタル化するか 図書館業界でNDL の存在感が増しているのは疑いがない。NDLは、他機関に比較すると莫大な予算と NDLのみに認められた権利制限規定により、デジタル化を強力に進めている。2022年には、公共図書館および大学図書館を対象に、NDLによる未収かつ入手困難資料のデータ収集事業も始まった ${ }^{[19]}$ 。NDL 以外の図書館等でもデジタル化の予算措置が進んでいる。いざデジタル化を進めるにあたって、NDL と図 書館等がどのように棲み分けするかという問題は悩ましい。NDL 以外の図書館等には各機関しか所蔵していない資料が多くあり、まずは NDL で所蔵していない資料を優先的にデジタル化するのがよさそうである。また、NDLのデジタルデータは $400 \mathrm{dpi}{ }^{[20]}$ であり決して画質は高くない。『デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン』では 400dpi 600dpi が望ましい基準として挙げられており[21]、最近では 600dpi 以上が望ましいという指摘もあり ${ }^{[22]}$ 一考の余地がある。NDL 以外の図書館は、自分たちにとって必要不可欠なデジタルコンテンッについては、自分たちが満足する質のデータを整備するべきであろう。地図資料のように高画質であることが重要なコンテンツもある。最低限のインフラを整えるのがNDLであり、重複してもより質の高いコンテンツを整えるのが図書館の役割という棲み分けができそうである。 ## 3.3 公衆送信サービスの対象 公衆送信サービスは、補償金が高額であるという報 択肢が増えたことは素直に歓迎したい。また、複雑な著作権判断を求められる場合、現場でその都度判断するのは難しいが、「1968 年以降の生存が確認できない場合であれば補償金の支払いを不要とする」など、 31 条ガイドラインは、実用的でなるべく簡素なものになっている。一方で、定期刊行物の全部利用の範囲は、複写サービスより狭い。雑誌や新聞の複写は相当期間を経過すると図書館以外での入手が難しいため、重要なサービス対象である。本来であれば以前までの運用を踏襲することが望ましいが、当初は発行後相当期間経過前の定期刊行物を送信の対象外とすることも组上 の妥協が図られた。ガイドラインは今後も適時に見直しを進められる予定であるが、すぐにでも対応を要すると思われるのが、国等の周知目的資料の送信である。国等の周知目的資料は全部複写が可能であるものの補償金が必要となっている。また、国等の周知目的資料の具体的な内容は「国等の行政機関の名義で公表された PR 資料・広報資料 - 白書等、国民 - 住民に知らせる目的で作成されたもの[25]」とされるが、委託調查報告書や郷土史資料が含まれるのかが判断しにくい。各府省ウェブサイトではクリエイティブ・コモンズ・ ライセンスの表示ライセンス(CCBY)が推奖されている[26] ことを考えると、国の周知目的資料という性質であれば、広く無償で利活用されるものであり、必要な事務手数料のみとして補償金を徴取するものでは ない。補償金の対象から除外することが望まれる。 ## 註・参考文献 [1] 文化庁. 令和 3 年通常国会著作権法改正について. https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r03_ hokaisei/ (参照2023-07-24). [2] 国立国会図書館. 個人向けデジタル化資料送信サービス. https://www.ndl.go.jp/jp/use/digital_transmission/individuals_ index.html (参照2023-07-24). [3] 大磯輝将. 国立国会図書館のデジタル化資料を用いた遠隔利用サービス. https://www.ndl.go.jp/jp/international/pdf/2015 nihon_theme1.pdf (参照2023-07-24). [4] 文化庁. 令和 3 年通常国会著作権法改正について. https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r03_ hokaisei/ (参照2023-07-24). [5] 文化庁. 平成24年通常国会著作権法改正について. https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h24_ hokaisei/ (参照2023-07-24). [6] 文化庁.「著作権法の一部を改正する法律」等の一部の施行 (令和 4 年 5 月 1 日施行関係) について(通知). https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r03_ hokaisei/pdf/93703701_01.pdf (参照2023-07-24). 現行の施行令とは条文の番号がずれている点に留意のこと。 [7] 国立国会図書館. 図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館一覧 (2023年 7 月 3 日現在). https://dl.ndl.go.jp/ja/soshin_librarylist (参照2023-07-24). [8] 図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会. 図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン(2023年 5 月30 日制定、2023年 8 月30日修正). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/08/31guidelines 230830.pdf (参照2023-09-11). [9]図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会特定図書館等分科会. 図書館等公衆送信サービスに係る特定図書館等及び利用者に求められる要件等について(2023年 5 月 17日修正). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/05/ 20230525_02-4_kyogikai03_tokutei.pdf (参照2023-07-24). [10] 一般社団法人図書館等公衆送信補償金管理協会. 図書館等公衆送信補償金規程 (令和 5 年 3 月29日認可). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/05/sarlibhoshokinkitei.pdf (参照2023-07-24). [11] 図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会. 図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン(2023年 5 月30 日制定、2023年 8 月30日修正). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/08/31guidelin es230830.pdf (参照2023-09-11). [12] 一般社団法人図書館等公衆送信補償金管理協会. 図書館等公衆送信補償金規程(令和 5 年 3 月29日認可). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/05/sarlibhoshokinkitei.pdf (参照2023-07-24). [13] 図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会. 図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン(2023年 5 月30 日制定、2023年 8 月30日修正). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/08/31guidelines 230830.pdf (参照2023-09-11). [14] 図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会. 図書館等における複製及び公衆送信ガイドライン(2023年 5 月30 日制定、2023年 8 月30日修正). https://www.sarlib.or.jp/wp-content/uploads/2023/08/31guidelines 230830.pdf (参照2023-09-11). [15] 国立国会図書館. 図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館一覧(2023年 7 月 3 日現在). https://dl.ndl.go.jp/ja/soshin_librarylist (参照2023-07-24). [16] 東京都立図書館. 郵送による複写サービス. https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/search/photocopy/by_mail/ (参照2023-07-24). [17] 国立国会図書館. 遠隔複写サービス. https://www.ndl.go.jp/jp/copy/remote/index.html (参照2023-07-24). [18] 大阪府立図書館. Web複写サービス利用案内. https://www.library.pref.osaka.jp/site/e-service/cpy-usage.html (参照2023-07-24). [19] 国立国会図書館. 第五期国立国会図書館科学技術情報整備基本計画の進捗報告. https://www.ndl.go.jp/jp/collect/tech/pdf/ kashin15_02.pdf (参照2023-08-10). [20] 内閣官房. 長期保存のためのヒアリング結果一覧. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/ jitumusya/dai10/sankou5.pdf (参照2023-07-24). [21] デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会. デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン (平成29年 4 月). https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ digitalarchive_kyougikai/guideline.pdf (参照2023-07-24). [22] 山崎博樹. デジタルアーカイブの長期的な継続性を図るために、何をするべきか、5つの観点による提言. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsda/6/4/6_167/_pdf (参照2023-07-24). [23] 朝日新聞. 図書館蔵書のネット送信認める新制度が施行補償金は最低500円(2023年 6 月 1 日). https://www.asahi.com/articles/ASR506QFVR5YUCVL03B.html (参照2023-07-24). [24] 図書館等公衆送信サービスに関する関係者協議会. ガイドラインに関する協議経過について(2022年9月 1 日). https://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/\%E8\%91\%97\%E4\%B D\%9C\%E6\%A8\%A9\%E5\%A7\%94\%E5\%93\%A1\%E4\%BC\% 9A/20220909_02-1_kyogikai02_guideline.pdf (参照2023-07-24). [25] 文化庁著作権課.「著作権法施行令の一部を改正する政令案」及び「著作権法施行規則の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について(令和 4 年12月28日). https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seq $\mathrm{No}=0000245803$ (参照 2023-09-11). [26] 内閣官房IT総合戦略室.「政府標準利用規約 (第2.0版)」の解説(平成27年12月24日). https://www.digital.go.jp/assets/contents/ node/basic_page/field_ref_resources/f7fde41d-ffca-4b2a-9b2594b8a701a037/a0f187e6/20220706_resources_data_betten_01. pdf (参照2023-07-24).
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# \author{栗原 佑介 \\ KURIHARA Yusuke } 弁理士/慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 抄録:本論は、MLA(博物館、図書館、文書館)のうち、特に博物館のデジタルアーカイブ(以下「DA」という)に関し、国際的な著作権制度の対応状況を概観することを目的とする。まず、著作権関連条約の種類と内容を概観した後、DAが著作権と著作物を享受する権利という双方の人権の中での取組みの中に位置付けられることを明らかにし、WIPOにおける MLA と知的財産に 関する取組みも取り上げる。次に、欧米の著作権制度を中心に博物館のDAがどの程度可能となっているか検討し、我が国の現行制度との若干の比較検討を最後に行った。その結果、我が国の著作権制度は、MLA が DA を比較的実施しやすい環境にあることが 明らかになった。 Abstract: This paper aims to provide an overview of the international copyright system's response to digital archives, particularly in museums (referred to as "DA" hereafter), within MLA (Museum, Library, and Archive) institutions. First, the content of copyright-related treaties will be surveyed. Then, we will clarify the positioning of DAs within the context of both copyright and the rights to access creative works, highlighting their efforts in this regard. Additionally, we will discuss the initiatives related to MLA and intellectual property at WIPO. Subsequently, the feasibility of museums' DAs, primarily in Europe and American copyright systems, will be examined, followed by a comparative analysis with the current copyright system in Japan. As a result, it will be revealed that Japanese copyright system provides a relatively favorable environment for implementing DAs. キーワード : 著作権の例外と制限、人権としての著作権、デジタル単一市場における著作権指令、アメリカ著作権法108条 Keywords: Limitations and exceptions to copyright, Copyright as human rights, Directive on Copyright in the Digital Single Market (EU 2019/790), Section 108 of the U.S. Copyright Act # # 1. デジタルアーカイブと著作権 本論の目的は、MLA、特に博物館のデジタルアー カイブ(以下「DA」という)に関し、国際的な著作権制度の対応状況を概観することにある。 数藤の定義によれば、DAとは、「著作物を含む様々 な資料をデジタル化して、インターネットで公開する 行為」と広く捉えており[1]、本論もそれに做う [註1]。 この定義によると、著作権のうち複製権や公衆送信権と 緊張関係に立つ(図書館と著作権の関係につき、黒澤 (2023) [2]、DA と最近の著作権法改正につき、生貝 $\left.(2023)^{[3]}\right)$ 。そこで、諸外国では、DA 機関のその特性 に着目した権利制限(視点 1)や、権利者不明あるい は権利処理困難コンテンツの利用を促進する制度(視点 2)を設けることで対応する。本論では、主に視点 1 を取り上げる。まず、著作権制度は、国際調和の観点から、複数の条約があるため、著作権関連条約を概観し、博物館に関する欧米の制度を中心に概観する。 ## 2. 国際著作権制度とデジタルアーカイブ ## 2.1 関連条約 DA に関連する条約が、ベルヌ条約[註2]、TRIPs協定[註3]、WIPO インターネット条約[註4] である。いずれも多くの国・地域が加盟・締約する(加盟することで当該条約の内容に拘束されるという意味で)デファクトスタンダードである。 ベルヌ条約の中でも、著作権の例外的な制限として、複製権に関し、(1)特別の場合において、(2)当該著作物の利用を妨げず、(3)正当な利益を不当に害しないことを条件として認める(同条約 9 条 2 項)、「3 ステップテスト」が著名である。たた、DA 化をはじめ加盟国における重要な文化的機関の特別のニーズのための規定は、同条約に明示がない。DA の権利制限は、 3 久テップテストとは別の観点から正当化が必要になる。つまり、利用に対して著作権者への補償を要する一方で、学校や図書館は、文芸・学術的作品へのアクセスを確 保する施設として、社会的に重要な役割を果たすものの、資金的に不十分な面があるというバランスから成り立っているとの指摘もある[4]。 また、WIPO 報告書では、博物館が文化の多様性を促進し、一般に広める主要なチャネルの 1 つであると指摘するように[5]、知的財産以外でも「文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条約」も関係する。 ## 2.2 人権としての著作権 著作権が人権保障の一側面の性質を有する一方で、 MLA 機関が提供する知識インフラもまた、知る権利を始めとする国民・市民の権利保障に寄与する。欧州では、基本権憲章 ${ }^{[6]} 17$ 条 2 項が知的財産権の保護を義務付け、欧州運営条約 118 条により、欧州域内における統一的な保護のための取決め措置の確立が義務付けられていることから、一般的に著作権を人権として捉えている ${ }^{[7]}$ 。 日本でも、基本権としての財産権(憲法 29 条 1 項) に知的財産権が含まれるとするのが、憲法学の通説的見解であり、著作権が財産権として保障される前提の判例もある ${ }^{[8]}$ 。 人権としての著作権は世界人権宣言(1948 年)27 条 2 項、国際人権宣言(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、1966 年)15 条 1 項 (C) にも見られる。他方で、世界人権宣言 27 条 1 項や国際人権宣言 15 条 1 項 (b) は文化を享受する利益を保護する。著作者の権利と同等に規定され、文化を享受する利益が権利(「文化権 $]^{[9]}$ と呼ぶことがある)として保障されている点は、著作権法学で言及されることは少ないが[10]、ユーザの権利 ${ }^{[11]}$ や本学会が 2023 年 6 月に制定したデジタルアーカイブ憲章前文の「記憶する権利」の淵源足り得る。 ## 2.3 世界知的所有権機関(WIPO)における取組み WIPO は 2007 年、博物館や文化遺産機関 (CHI: Cultural Heritage Institute)向けに知的財産管理に関する報告書を公表した(最新版 ${ }^{[12]}$ は 2013 年)。この報告書は、関連する知的財産の特定 (著作権の他に商標、特許・営業秘密等)と組織の使命と義務に則ったべストプラクテイスと、持続可能な資金を生み出すためのビジネスモデルのレビューを紹介する 2 部から構成されている。さらに 2015 年に著作権及び著作隣接権に関する常任委員会は報告書「博物館の著作権制限と例外に関する研究」を公表した ${ }^{[13]}$ 。 ## 3. 欧米の著作権制度と博物館 3.1 分析視角 以下では、欧米を中心にDAに関連する(1)各国著作権法上において列挙する DA 機関(主体)、(2) DA 化可能な対象 (客体)、(3)(1)及び(2)に関する権利の制限又は例外の範囲、(4)その他特徴的な制度を取り上げる。 ## 3.2 欧州 Europeana(MLA 機関が保有するデジタルアーカイブへの統合的なアクセスを提供するポータルサイト) が世界的にも注目される ${ }^{[14]}$ 欧州では、デジタル単一市場における著作権指令 (Directive (EU) 2019/790. 以下「DSMD」といい、本論の邦訳は井奈波 (2019) [15] に依拠し、用語の解釈は Rosati (2021) ${ }^{[16]}$ を参照した) により、加盟国に対し、研究や教育、文化遺産の保存を目的とした著作物の利用に関し、著作権の例外及び制限(この厳密な区別は、Griffiths et al. ${ }^{[17]}$ 参照)規定の導入を義務付ける(前文(5))。 表 DSMDにおける文化遺産機関に関する主な権利例外・制限規定 \\ (1)主体に関し、6 条は、CHI(2 条3号)における文化遺産保存のための「例外 (exception)」を導入することを義務付ける点が特徴的である。ここでの CHI とは、いわゆる MLA 機関全般が対象であり(前文 (13))、その範囲は広い(前文 $(25) \sim(28)$ も参照)。 (2)客体に関連し、「デジタル化」やウェブ公開に関 密には、前文(37)参照)。 (3)権利制限の範囲は、OOCWに該当する $\mathrm{CHI}$ 保有のコレクションの利用に関して公衆が利用できるように拡大集中許諾制度の導入義務(非独占的、非商業的ライセンスで、かつ、平等な条件による。8 条 1 項)、同制度が機能しない分野における権利の例外又は制限規定の義務付け(同条 2 項)である ${ }^{[18]}$ 。 また、(4)特徴として、パブリックドメイン(PD)は、「複製」がなされても、PD たる性質を有する(著作物 として保護されない)ことを義務付ける (DSMD14条)。 ## 3.3 米国 著作権の制限(limitation)については、米国著作権法 (Copyright Law of the United States of America. 本論の邦訳は山本(2022) ${ }^{[19]}$ に依拠した) 108 条に詳細な規定があるが、(1)同条の主体は、図書館と文書館 (Archives) に限定される(実際に複製できるのは、その組織の職員である。)ため、(2)対象等は、宇津 (1992) [20] に委ね、本論では省略する。 ただ、1998 年の CTEA (Copyright Term Extension Act) により保護期間が 50 年から 70 年に延長されたことに伴い導入された同条 (h)が追加されている(経緯につき酒井 (2008) [21] 参照)。これは、発行著作物に対する著作権の保護期間の最後の 20 年間、非営利の図書館・文書館に所定の要件のもと、複製やデジタル形式の展示も認める。もっとも、積極的活用より保護期間延長の調整弁としての性質が強い。 そして、108 条の主体に博物館(Museum)は明示されていない。そのため、現在の解釈では、博物館が同条 (a) (図書館、文書館が所定条件の下、著作物の種類を問わず、1 部複製し、公に頒布できるとする規定) の適用を受けるための条件は限定される $[22]$ 。この点、 2017 年 9 月、米国著作権局が 108 条の改正に向け公表した報告書では、「著作物の複製、頒布、公の展示・実演を通じて行われる文化遺産の保存と管理に対して責任を持つ唯一の機関ではなく、108 条の目的上、適格性のある機関として博物館を追加することを提案する」[23] とし、モデル条項案 108 条 (a)に博物館を含ませる[24] が、今日に至るまで反映されていない[註6]。 そこで、(4)特徴的な制度として、要件を満たさない DAに関しては、フェアユース(107 条)の活用の検討を要する。107 条では、i 使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)、ii 著作権のある著作物の性質、iii著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性、iv 著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響が (要件でなく) 要素として考慮される。これを踏まえ、アメリカ博物館同盟 (American Alliance of Museums, AAM) では、ガイドラインを公表し[25]、107 条の要件を満たす利用方法を示す。フェアユースに依拠するデメリットは予測可能性が不明確である点にある。他方で、要素iv との関係でダークアーカイブや権利者不明等の著作物の DA は市場への影響は少ないといえ、その点で有利に働く。 なお、いわゆる孤览著作物とフェアユースの関係を論じた研究は数多あるが、米国著作権局は、2015 年に公表した"Orphan Works and Mass Digitization: A Report of the Register of Copyrights”の中で、フェアユースだけでなく、第 2 の選択肢として、有限責任モデル(入念な調査にもかかわらず、権利者が判明しない場合の損害賠償制限、権利者が判明した場合の補償や公的 MLA 等に対する免責など)や拡大集中許諾、非営利、教育・研究目的に限定したライセンス案を挙げ、法的安定性を確立することで公共の利益のために孤児著作物を利用可能にできるとする。 ## 4. むすびにかえて MLA 機関の保存と公衆送信の2つを明示的に認める制度は多くはない。上記以外では、韓国が、2019 年著作権法改正で、欧州孤览著作物指令に似た文化施設による複製、公衆送信等(35 条の 4)を設け、中国が 2020 年の著作権法第三次改正により 3 ステップテストを踏まえた対価不要の合理的使用として、MLA 機関の複製を列挙した (24 条 1 項 8 号) [26]。 翻って日本では、著作権法施行令 1 条の 3 により、「図書館等」(同法 31 条 1 項)に博物館を指定可能であり、現に指定されている。国立国会図書館(NDL) をハブとして機能させれば、入手困難資料のデジタル配信が可能である $[27]$ 。この点、理論的には、地域文化資源のより確かな DAを実現するために、ハブ機能を NDL に限定する必要はなく、博物館や学術研究機関への拡大もあり得ることは强調したい。 最後に、博物館の視点から日本の著作権制度を比較すると、米国のフェアユースよりは安定的といえ、欧州のDSMD6 条の役割は、著作権法 31 条が担うが、政令指定された博物館のみが複製等できる点では、難点がある。また、DSMD8 条の役割は、令和 5 年改正著作権法施行後の運用次第(特に OOCW)である点で、改善の余地はあるものの国際的にも引けを取らないといえよう。 本論が日本の DA 政策を推進するに当たっての的確な議論に寄与できれば僥倖である。 ## 註 [註1] 厳密には、日本の著作権法も「図書館等」としてMLA機関を一括する(ただし、その範囲から漏れる団体もある) が、図書館と博物館では保存対象に違いがあり、この点はDA制度と著作権を考えるうえで重要であるが、この点は他日を期したい。 [註2] 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(最終改正は1971年のパリ改正条約) [註3] 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 [註4] 著作権に関するWIPO条約(WCT)と、実演およびレコー ドに関するWIPO条約(WPPT)の総称である。 [註5] DSMD上は、著作物または他の保護対象物が公衆に利用可能かどうか決定するために合理的な努力がなされた後、当該著作物またはその他の保護対象物全体が通常の商業流通経路を通じて公衆に利用可能ではないと善意で推定される場合に、当該著作物又は他の保護対象物はOOCW とみなされる (同法 8 条 5 項)。 [註6] ただし、CTEAによって追加された108条 (a)は、図書館や公文書館として機能する非営利の教育機関も含めるとしている。 ## 参考文献 [1] 数藤雅彦. デジタルアーカイブを取り巻く法制度の現状と課題.コピライト, 2023, 744号, p. 26. 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[20] 宇津芳枝. アメリカ著作権とCopyright Clearance Center. 薬学図書館. 1992, 37巻, 1 号, p.40-41. [21] 酒井麻千子. “EU・アメリカはなぜ保護期間を延長したか”.著作権保護期間延長は文化を振興するか?.田中辰雄=林紘一郎編. 勁草書房. 2008, p.174-184. 参照 [22] Elizabeth Townsend Gard. Last Twenty (L20) Collections: Applying Copyright's Section 108(h) in Libraries, Archives and Museums including the New Music Modernization Act for Pre-1972 Sound Recordings. UCLA J.L. \& Tech. i, 2018, vol. 22, p.9. [23] U.S. Copyright Office. Section 108 of Title 17 a discussion document of the register of copyrights, 1997 at p. 17. https://www.copyright.gov/policy/section 108/discussiondocument.pdf (参照 2023-07-26). [24] U.S. Copyright Office. Section 108 of Title 17 a discussion document of the register of copyrights, 1997 at p. 51 . https://www.copyright.gov/policy/section 108/discussiondocument.pdf (参照 2023-07-26). [25] Guidelines for the Use of Copyrighted Materials and Works of Art by Art Museums. https://aamd.org/sites/default/files/document/ Guidelines\%20for\%20the\%20Use\%20of\%20Copyrighted\%20 Materials.pdf (参照 2023-07-26). [26] 儲翔. 中国著作権法第三次改正についての一考察 (2). 六甲台論集法学政治学篇. 2022, 69巻, 1号, p.33-36. [27]図書館関係の権利制限規定の在り方に関するワーキングチーム. 図書館関係の権利制限規定の見直し(デジタル・ ネットワーク対応) に関する報告書 (令和 2 年11月13日). p. 12. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/ toshokan_working_team/r02_03/pdf/92541801_04.pdf (参照 2023-07-26).
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Japan Society for Digital Archive
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# ダンスのアーカイブ化と デジタルアーカイブの現状 Archiving Dance and Digital Archive ダンス研究ダンスドラマトゥルク (photo by TAIFUN) \begin{abstract} 抄録:生きる身体をメディアにするダンスはエフェメラルな時間芸術であり、ものとしての作品概念を決めることは難しい。ダン スはデジタル化と共に、時と空間をどのように超えるのだ万うか。歴史的にダンスの発展を民間が担ってきた日本では、ダンスの デジタルアーカイブも、傑出した舞踊家の遺産を民間が大学に委託するケースが多い。ただ国内外ともにダンスアーカイブは、ダ ンス資料を使った企画や創作を実施する。ダンス研究の動向を踏まえて、日本とドイツ、米国のダンスのデジタルアーカイブを概観しながら、歴史のリエンアクトメントやデジタル化によるダンス世界の再構築を考える。 Abstract: Using living bodies as media, dance is itself an ephemeral time-based art, which is contrasted with arts with materials. Through its digitalization, does dance go beyond the boundary of time and space? In Japan, where private bodies, instead of the national and local governments, have supported the dance industry, the dance archives were sometimes built in the academic institutions entrusted by private collections of the dance legends. On the other hand, both in Japan and other parts of the world, archives often conduct exhibitions and works using archived objects. While this article outlines a few major dance digital archives in Japan, Germany, and the US, considering dance studies input on the dance archive, the author discusses the impact of re-enactments of dances and reconstruction of dance world through digitization. \end{abstract} キーワード : 舞踏、ピナ・バウシュ、大野一雄、リエンアクトメント、文化遺産 Keywords: Butoh, Pina Bausch, Kazuo Ohno, Reenactment, Cultural Heritage ## 1. はじめに 20 世紀を代表する舞踊家が、2010 年前後に立て続けに亡くなった。ピナ・バウシュ、大野一雄、マー ス・カニングハム。彼らの業績は、その生きる身体と共に消えてなくなってしまうのだろうか。これらの多くのダンスは当人のみが踊り、作ることができるため、 その作品やテクニックを、他のダンサーや舞踊団、弟子筋に残すことが難しく、死後に芸術的「相続」の問題が生じた。そもそも、生きる身体をメデイアにするダンスはエフェメラルな時間芸術であるため、絵画や彫刻のようにものとしての作品概念を決めることは難しい。ダンサーの老いはあれど、「オリジナル」や「経年劣化」の考えはそもそもない。ダンスが再演される場合、作品はレパートリーという用語で呼ばれる。レパートリーとなったダンス作品は、ダンサーを変えて理論的には永遠に踊り継がれる。逆を言えば、ダンスで一度もアーカイブ化できていないのが、この踊るダンサーの身体そのものである。 ダンスのアーカイブ化には、ダンスをどう捉えるかという問題が潜んでいる。ダンスそのものはアーカイ ブできず、それを残すために振付(「コレオ」「グラフィー」は文字通り「身体」「記号」の意)が編み出されたとも言える。ダンスを、残存する関連資料の収集や、ダンサーの動きの記譜・分析、また振付家やダンサー、デザイナー、批評家、観客を含めた文化現象として捉える手法もある。舞踊の記譜法やモーションキャプチャー、記録映像によって、過去のダンスの情報は詳細になったが、ただ現時点で残された情報は動きレベルにとどまり、ダンスの鑑賞において重要な美的質感や、踊る際に必要な筋肉の質感は残らない $[1]$ 。 ある芸術作品を後世に文化資産として遺さねばならないという命題こそが、近代芸術のしがらみから逃れられていないという意見もある[2]。たた、「今ここ」 というローカルな時間と場所を共有した人としか、ダンスは分かち合えないのか。ある離れた時と空間の記憶を共有する夢こそアーカイブであるなら、ダンスは時と空間をどのように超えるのか、それをデジタル化と共にここでは考えていきたい。なお、ダンスのデジタルアーカイブは国内外に膨大な数があり、ここでは私が利用者として使っている視点から恣意的に列挙し ていることを断っておきたい $[3] 。$ ## 2. 日本のダンスとデジタルアーカイブ 日本では歴史的に、ダンスを含めた芸術の発展は国や自治体ではなく、民間が担ってきた。家元制、師弟制は伝統舞踊だけでなくバレエや現代舞踊にも広がり、舞踊家の生活を支元、自主興行を成り立たせた。劇場や公共ホールでも貸館とされる公演は、主催団体が資料を管理する。昭和 30 年代以降に各舞踊協会が設立され、メセナなどの芸術文化助成が整備されてきた現在も、各団体や舞踊協会は欧米に比べると小規模で、アーカイブ機能を備える団体はほぼない[4]。そのため、国や地方自治体主導で整備される欧米のダンスアーカイブとは異なり、日本では個人のコレクションが大学に寄贈され運営を任されるアーカイブが目立つ。傑出した舞踊家のアーカイブが家元制にそって設立されるのが、日本のダンスアーカイブの特徴とされる[5]。 また、近代以前と以降の舞台芸術ジャンルが併存する日本のダンスは、ジャンルの境界だけでなく、アマチュアの発表会とプロの公演の線引きが難しい[G]。日本のダンスはまた、伝統芸能や民俗芸能と地続きであることも踏まえておきたい。 舞踊的所作が含まれる能では、観世文庫所蔵の能楽関係文献資料をデジタル化した観世アーカイブに加之、野上記念法政大学能楽研究所が中心となって資料や舞台映像のデジタルアーカイブ、バーチャルミュー ジアムを整備する。所作事が含まれる歌舞伎では評判期や芝居番付といった上演記録を日本大学や立命館大学がデジタルアーカイブ化し、明治以降の筋書は松竹大谷図書館がデジタル化して公開している。バレエでは、昭和音楽大学バレエアーカイブが 2020 年に開設され、日本で開催されたバレエ公演の記録を探すことができ、またそのデータを活用したグラフやギャラリー機能等を使って日本のバレエの軌跡を辿るデジタルアーカイブが作られた。ここには 1947 年から今日までの、約一万のバレエ公演に関する詳細な情報が収録される。また、作品の上演回数変遷グラフを表示する機能など、記録を元にデータを見せる工夫を随所に行っている。 その中でも日本のダンスアーカイブの先駆者は、慶応義塾大学アート・センター土方巽アーカイブといえよう。このアーカイブが冠する土方巽が始めた(暗黒)舞踏の分野に打いて、急速にデジタルアーカイブ化が進んだ。1959年に始まるこの舞踏は、白塗りや裸体、 アジアの身体観といったステレオタイプはあるものの、それぞれの舞踏家の身体のあり方に基づく形式で あるため、ダンスとして捉えがたい。他方で、舞踏は日本で始まったダンスとして最もグローバル化したものであり、国内外からダンス関係者がこの舞踏アーカイブに押し寄せている。 土方巽アーカイブは、1998 年に東京三田の一研究機関内に設置され、舞踏の開拓者土方巽の資料を収集・保存し、整理・公開するための施設と機能を有している。ジェネティック・アーカイヴ・エンジンという独自の方法で資料のデータ化と公開を進める。近年の国内外の芸術祭での舞踏リバイバルとも言える潮流の仕掛け人となっているだけでなく、恒常的な研究アーカイブとしての発信と創造活動は、アーカイブが研究資料の創造に関与することも示唆する [7]。 オンラインで利用可能な資料・映像デジタルアーカイブとフライヤー・蔵書・音源等の一次資料が設置されるカフェスペースで独自の展開を進めるのは、東京早稲田にある室伏鴻アーカイブカフェ「Shy」である。 ここは 2015 年に急逝した舞踏家室伏鴻の業績をまとめた民間のアーカイブで、この場所を通過点とした新たな創作や思考を模索することを目的として運営され、フェスティバルの企画、シンポジウムの開催、新作の委託や出版等も積極的に行っている。 舞踏を始めダンスは言語を介さない芸術であるため、アーカイブの利用者は国内外に広がる。そもそもデジタルアーカイブに国境はない。ただ国外の利用者には、言語のハードルが高く日本語資料にアクセスできないという。日本語を学げずして舞踏を研究できるのかという根本的な問題はあるものの、資料の概要が翻訳されるだけでも、日本語話者以外にその検証可能性が生まれ、知のネットワーク化は格段に広がる。 ダンスのデジタルアーカイブの特徴は、国内外ともに、資料を使った企画や創作が実施されることである。土方巽アーカイブを調査した朱宣映は、アーカイブが書籍やDVDを制作し、資料を受け入れる段階から専門的な知識を持つ人物を採用することを指摘する ${ }^{[8]}$ 。 これは芸術家がその活動や世界観を理解する人々と密接につながっていたことに着目したためで、一般的に舞台芸術は、その芸術 (家)がアーカイブ化される以前から、周囲の研究者や制作者、技術者、芸術家との協力関係や影響関係において作品が成立しており、そういった人々が専門家やアーキビストとなって資料を収集し、またそれらを活用して新しいものを生み出すと考えられる。 そもそもダンスでは委託や寄贈だけでは収集資料が限られるため、資料を作ることがアーカイブに不可欠である。ダンスの記譜やモーションキャプチャー、 VR も記録や動作分析であるだけでなく、新しい資料の作成と言える。これらの記譜法や技術は、20世紀以降に生まれた手法で、それ以前にはない新たな知覚に根ざしている。そこには、ダンスの記録保存とダンスの創造との明確な線引きはない。 ## 3. ダンス研究との連動 新たなダンスのデジタルアーカイブが増えてきた背景には、近年のダンス研究での記憶論の高まりや、隣接する美術分野であるパフォーマンスアートの動向、 そして文化財や世界遺産を巡る議論が背景にある。 ドイツではアライダ・アスマンによる、忘却に対抗する想起の空間論が、ガブリエレ・ブラントシュテッターによってダンス研究に応用された。元々は古代エジプトのオシリス信仰にまつわる記憶論を、アスマンは集団的な「文化的記憶」として現代ドイツ社会や文化に応用した。これは受動的な蓄積的記憶だけでなく、過去を再活性化し、それを能動的な機能的記憶として皆で自分のものにするもので、資料の保存やアーカイブ化、それらの再活性化を含めた幅広い文化的実践を指している[-11]。ブラントシュテッターはこの文化的記憶を、身体と記憶、動きと記譜という問いに置き換え、動きの記憶がどう形成されたかをルネッサンスから 20 世紀までの舞踊史で概観する。アビ・ヴァー ルブルクの「パトスフォルメル (情念定型)」を、踊る身体と見る身体の往還に見出しながら、「落下」や 「即興」、誤解や誤読による「歪み」に、想起の能動的可能性を指摘する。そして、ホロコーストにまつわる批判的遺産研究やトラウマ研究とともに、これらの研究が具体的に実践される記憶機関として、ダンスアー カイブが構想されるようになる[12-13]。 また、米国のパフォーマンススタディーズでは、レベッカ・シュナイダーが「リエンアクトメント」という歴史実践に着目し、それを参照項にして、一回性を重視するハプニングやパフォーマンスアート、米国演劇や写真をも、パフォーマンスとして読み解き、その歴史や時間性を論じた。1960 年代からの生きた身体を美術作品に用いるパフォーマンスアートでは、美術館が作品を収集できない事態が生じていた。そこで、 もともとは南北戦争など歴史的事象を再現する演劇的行為「リエンアクトメント」の考えを芸術分野に拡張させ、その歴史的意義を問うた。シュナイダーは、これまでのパフォーマンスの現存は消滅にあるというライブ性の議論とリエンアクトメントがもたらす過去性を批判しながら、文書とパフォーマンス上演の対立構造を瓦解させていく。ここで、オリジナルで線的な時間ではない、クイアな時間性を提示することで、パフォーマンスアーカイブへの関与ももう一つのパフォーマンスだと指摘する ${ }^{[14]}$ 。アンドレ・レペッキも「アーカイブとしての身体」を唱え、フーコーの知の考古学やドゥルーズの現働化の概念を、このダンスのリエンアクトメントの議論に応用した[15]。加えて日本の舞踊学会でも、バレエや日本の伝統芸能、舞踏、日本モダンダンスのアーカイブ、そしてその継承と活用について議論がまとめられている[16-19]。 ## 4. ドイツと米国のダンスのデジタルアーカイブ「ピナ・バウシュアーカイブは資料の保管庫ではな く、『生きたアーカイブ』でなくてはいけない」ーこ れはドイツ・ヴッパタール市にアーカイブを創設する 際に、母の意思を継いで財団を設立したソロモン・バ ウシュが高らかに主張したことである[20-21]。2010 年 にオープンしたピナ・バウシュアーカイブは、作品で 使われた衣装や装置、プログラム、創作ノートや広報資料、録画されたダンサーのオーラルヒストリーがデ ジタル化され、30万点の写真、9,000 点の記録映像に オンラインでアクセスできる。デジタルアーカイブに はオリジナルの衣装や装置のコピーが収集される。さ らには、書籍の出版や、新しい作品創作を支える若手 アーティストへの大掛かりな奨学金制度も整備した。舞踊団はバウシュのレパートリー作品を今も上演し続 けながら、アーカイブはバウシュの遺産を広く世界と 共有する決断を下した。 ドイツでは 2005 年から五カ年のダンス重点化助成 (通称タンツプラン) が実施され、アーカイブを用いたプロジェクトへの助成事業とダンス教育の充実、五つの主要なダンスアーカイブのデジタル化、ダンスコングレスの実施、ダンス研究や出版助成に、その基金 (1,250万ユーロ)が使われた。恒常的な機関であるブレーメン、ケルン、ライプチヒ、ベルリンのデジタルアーカイブが充実しただけでなく、多くのアーカイブ関連プロジェクトが実施された[22-25]。 米国では東海岸のニューヨーク公立図書館舞台芸術部門(The New York Public Library for the Performing Arts) が世界最大のダンスアーカイブとされ、そのジェロー ム・ロビンス・ダンス部門の試みは常に先駆的である。925,157点(2022 年 11 月 7 日時点)のアイテムを誇るデジタルアーカイブでは、資料目録だけでなくオフサイトで見られる記録映像も多くなった。近年もモダンダンスのマーサ・グラハムやポストモダンダンスのトリシャ・ブラウンのアーカイブを取得し、さまざまな企画展示や研究フェローへの奨学金 $\$ 10,000$ の 授与に加え、音響映像素材のデジタル化への技術サポートや、作品を記録・公開するためのツールキットの貸出も行っている。 ## 5. 歴史のリエンアクトメント 過去とはただ実在したものではなく、未来に私たちが作り出していくものである。アーカイブを用いたリエンアクトメントという批判的ダンス実践は、私たちに歴史感覚を取り戻させてくれる歴史実践である。それは過去への想像力であり、今を生きる舞踊家が過去を「生き直す」姿をとおして、歴史が継承されることである。 大野一雄デジタルアーカイヴは、舞踏家大野一雄と大野慶人が創設した大野一雄舞踏研究所のアーカイヴ活動を引き継ぐ $\mathrm{NPO}$ 法人ダンスアーカイヴ構想が、東京都の助成を受けて管理運営を行う民間のアーカイブである。2020 年に公開されたデジタルアーカイブは、ひと (人物・組織) こと (作品、公演、イベント) もの(写真、映像、チラシ/ポスター等、創作ノート、記事/論文等、書簡等文書、美術/道具、蔵書、周辺資料)によってコンテンツが分類される。また、幅広い層の利活用を促進し、新たな創作に寄与するアーカイブという理念から、フェスティバルや現在進行形のプロジェクトとも連動している[26]。日本でダンスアーカイブを用いたリエンアクトメントを実現した初めての作品は、川口隆夫による「大野一雄について」 (2013 年)(ドラマトゥルク飯名尚人)であり、これは大野一雄デジタルアーカイブ公開以前に初演された。大野一雄とその数々の作品が、大野の栊古を受けたことがない川口隆夫という一ダンサーによって、生きた歷史に変容した。ここでは、大野の映像アーカイブを、川口が丹念に分析することを通してダンスが再現されたのだが、大野の踊りを記録映像を見て完コピするというコンセプトのために、この作品がオリジナル/コピーの問題と重ねられ、作品発表直後は様々な議論がおこった。しかし、国内外のツアーを大成功させたことで大野一雄アーカイブの評価は高まり、また大野一雄をリアルタイムで見られなかった各国の観客に新たな熱狂を呼び起こした。これこそ、ダンスアー カイブが本来もたらす機能ではないだ万うか。最後に筆者自身も関わった日本のコンテンポラリー ダンスをアーカイブしたプロジェクトについて触れる。この「ダンス・アーカイブの手法」は、シンガポー ルの演出家オン・ケンセンのイニシアティブのもと、 2014 年にセゾン文化財団と七人の日本の振付家・ダンサー、ドラマトゥルクとともに始まった。1990 年代に最盛期を迎え自作自演が主流である日本のコンテンポラリーダンスの遺産を、振付家自らが自分の作品のアーキビストとなって「アーカイブボックス」を作り、それを見知らぬ他者に送って新しいダンスを作ってもらうプロジェクトとして実施した。2020 年までにシンガポール、横浜、そしてべルリンに(デジタル) ボックスが送られ、アジア太平洋の振付家・ダンサー やドイッの学生がこのボックスへの応答パフォーマンスを発表した。海を渡った日本のアーカイブボックスが、各地で様々な感情と反応を呼び起こした詳細は別項に譲る ${ }^{[27-29]}$ 。 ## 6. ダンスの継承と創造 ダンスという芸術作品は、作家一人が創造し単独で存在するモノではなく、他の人々による表現や感情との相互作用の中で存在する。「オリジナル」や本来の状態というモノ的原点がないダンスは、それ自体に継承と創造とが共存している。 ダンスの継承と創造のバランスは、舞台芸術も該当する文化財や文化遺産の考えとも連動する。民俗学者の俵木悟は、文化財とユネスコ世界文化遺産の決定的な違いを、議論の主流となった研究や方針の変遷とともに説明する。文化財保護法では、その作品の様式の変化(変更)が価値の喪失につながるという考え方が顕著で、これはこの法律制定時に主流であった芸能史系の民俗芸能研究者らが文化財保護行政に深く関わつていたことに起因する。対照的に、1999 年にユネスコの無形文化遺産保護条約で取り入れられた促進・拡充・再活性化という方針は、人類学派の主張である。 これは、それまでの民俗学派による世界文化遺産の定義を決定的に修正したものであり、日本の文化財保護法にはない新しい考え方であった。この修正は、伝えられてきた文化が変化することは、一律に「価値の喪失」を意味するのではなく、その変化のプロセスを追い、個々の変化の事例をそれぞれのローカルな文脈の中で理解することが、求められるようになったことを意味する[30-31]。 ここでもう一度ダンスのデジタルアーカイブに議論を戻すならば、デジタル化という波は技術的な問題ではなく、国境を超えグローバル化したダンス世界の再構築と捉えることもできる[32]。そこでは、過去の遺物としてダンスの遺産を捉えるべきでなく、現在の社会状況に再文脈化して「生きたアーカイブ」として理解することが重要になってくる。グローバルに多様化したユーザーに対応できるデジタルアーカイブと、それを用いて、ローカルでかつ現在の文脈に過去を「生 き直す」リエンアンクトメントのあり方が、今こそ求められているのではないだろうか。 ## 註・参考文献 [1] ダンスアーカイブを用いた作品のリエンアクトメントの流れを作ったエクアドルの振付家ファビアン・バーバは、ドイツ表現舞踊のマリー・ヴィグマン $(1886 \sim 1973 )$ の作品を2009年に再構成した。彼は残存する資料からは読み取れない情報として、ダンサーの筋肉の質感をあげている。 Fabian Barba, "Reconstructing a Mary Wigman Dance Evening," "Reconstruction in Progress: Working Notes, Wigman Reconstruction, May 2009." In Are 100 Objects Enough to Represent the Dance? Zur Archivierbarkeit von Tanz, Janine Schulze HG, epodium, 2010, pp.100-121 [2] 森山朋絵. “メディアアート領域にとってのデジタルアーカイブー国内外の動向”. デジタルアーカイブ・ベーシックス4アートシーンを支える. 高野明彦監修/嘉村哲郎責任編集. 勉誠出版, 2020, p. 90. [3] 現時点での「デジタルアーカイブ」とは何かに触れておく。京都の祭事と舞踊などの無形文化財をデジタルアーカイブ化する研究を進める八村広三郎は、デジタルアーカイブを歴史文化芸術にかかわる各種文化資産をデジタル情報技術によって計測、記録、保存し、データとして公開し広く多方面での利用と文化の継承に資することと説明し、情報技術と歴史文化芸術分野の連携及び協力の具体的な形としている。八村広三郎. 無形文化遺産のデジタルアーカイブ. バイオメカニズム. 2014, vol. 22, p.1-12. https://www.jstage.jst.go.jp/ article/biomechanisms/22/0/22_1/_article/-char/ja (参照 202210-30).またデジタルアーカイブは貴重な文化遺産・文化財に対して、紛失・破壊・劣化の危険から防護するための高精度のコピー(複製物)を作成するのが目的とされる。 ただ「デジタルアーカイブ」という場に文書記録だけでない記憶が集積することを踏まえると厳格な定義は難しいとされ、今後の発展可能性を希求する見方もある。ここではその議論を踏まえ、広義のデジタルアーカイブを念頭におく。なおここではYouTubeやVimeo、ubuweb.comなどは割愛する。 [4]「アーカイブズ」は公的機関が作成した公文書を収蔵する場所として設置された公文書館が基本とされる。公文書館は民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として保存・管理、公開することを公文書管理法で規定されている。 ただ郷土資料館や歴史文書館といった日本の多くのアーカイブズは、公文書管理法と関連する情報公開機関ではなく、文化財保護法に基盤を置く文化施設とされている。小池聖一によれば、公文書管理法・公文書管理条例に依らない日本の多くのアーカイブズは、当初日本が模範にしたアメリカのアーカイブズ・システム、モダンアーカイブズの規定での行政の効率性の向上や、個人の権利の保護、行政事務への活用が骨抜きになり、文化資源の保存のみが機能しているという。(小池聖一.アーカイブズと歴史学日本における公文書管理. 刀水書房, 2020, p.26.) [5] 国立の劇場で上演資料は、明治期以前からの舞踊ジャンルは国立劇場資料室や文化デジタルライブラリーに、明治期以降に紹介されたバレエ・ダンスは新国立劇場に、組踊や琉球舞踊、芸能関係は国立劇場おきなわに、まとめられている。また、コロナ禍で生まれたオンラインのデジタルシアタープログラムは上演とアーカイブ機能を融合させたも のと考えられる。 [6] 尾崎瑠衣はこれをバレエ分野で指摘している。(尾崎瑠衣.日本のバレエ公演をデジタルアーカイブ化する. じんもんこん2019論文集. 2019, p.91-96.) [7] 森下隆. “土方巽アーカイヴ実験的アーカイブの理念と活動.”デジタルアーカイブ・ベーシックス 4 アートシーンを支える. 高野明彦監修/嘉村哲郎責任編集. 勉誠出版. 2020, p.141-161. [8] 朱宣映. 日本の舞踊アーカイブズ慶應義塾大学アート・ センターの事例. 学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻研究年報. 2015, vol. 4, p.116-121. [9] アライダ・アスマン. 想起の空間一文化的記憶の形態と変遷. 安川晴基訳. 水声社, 2007. [10] アライダ・アスマン. 記憶のなかの歴史一個人的経験から公的演出へ. 磯崎康太郎訳. 松籟社, 2011. [11] アライダ・アスマン. 想起の文化一忘却から対話へ. 安川晴基訳. 岩波書店, 2019. [12] Ed. Gabriele Brandstetter, Hortensia Völckers im Auftrag von tanz2000.at, mit STRESS, ReMembering the Body, Hatje Cantz, 2000. [13] Gabriele Brandstetter, "Tanzarchive in transition: Zwischen Ausstellung und Aufführung," Das Jahrhundert des Tanzes, Akademie der Künste/Alexander-Verlag, Berlin 2019, pp.264-280. [14] Rebecca Schneider, Performing Remains. Art and War in Times of Theatrical Reenactment, New York and London: Routledge, 2011. [15] André Lepecki, "The Body as Archive: Will to Re-Enact and the Afterlives of Dances," Dance Research Journal. Winter 2010, vol. 42, no. 2, pp.28-48. [16] 舞踊学にとってアーカイブスとは何か? 舞踊学. 2010, vol. 33, p.73-105. [17] 遠藤保子, 俵木悟, 柴田隆子. シンポジウム記録と活用一三つの分野をめぐって.舞踊学. 2017, vol. 40, p.66-76. [18] 手塚夏子, 大脇理智, 富田大介. シンポジウム創作の現場と「アーカイヴ」の活用. 舞踊学. 2017, vol. 40, p.77-90. [19] 金井芙三枝, 桑原和美, 坂本秀子. 講演「江口隆哉とアーカイヴ—『プロメテの火』を中心に」.舞踊学. 2017, vol. 40, p.91-100. [20] 西ドイツ新聞のバウシュ氏へのインタビュー記事、2011年 6月22日。https://www.wz.de/nrw/wuppertal/kultur/an-pinabauschs-erbe-soll-die-ganze-welt-teilhaben_aid-29857683 (参照 2022-10-30). [21] ピナ・バウシュアーカイブ: https://www.pinabausch.org/archives (参照 2022-10-30). [22] タンツプランのアーカイブページ:http://www.tanzplandeutschland.de/tanzplan-deutschland.de/index.html (参照 2022-10-30). [23] 柴田隆子. 舞踊アーカイヴの活用に関する考察:ドイツ舞踊基金「遺産」の事例から. 研究年報. 學習院大學文學部. 2019, vol. 65, p.91-109. [24] 動きのアーカイブである関連プロジェクトとして、かつてフランクフルトバレエ団を率いた振付家ウィリアム・ フォーサイスはZKM (Zentrum für Kunst und Medientechnologie Karlsruhe)と協働で自身のダンスの基本動作を記録・分析したCD-ROM 「Improvisation Technologies A Tool for the Analytical Dance Eye」(1999年)を制作したが、その後も夕ンップランでのプロジェクト “Synchronous Objects for One Flat Thing, reproduced": synchronousobjects.osu.edu(2009年) や「モーションバンク」(2010-2014年)で振付をデジタル 化して収集し、創作や大学教育にオープンスコアとして提供するプログラムを進めた。http://synchronousobjects.osu.edu (参照 2022-10-30). [25] フォーサイス「モーションバンク」第一期(2010-2013年)報告サイト http://motionbank.org/de.html (参照 2022-10-30). [26] 呉宮百合香、溝端俊夫、及川英貴、松尾邦彦. 横断的ダンスアーカイヴシステムの構築と公開 : 大野一雄デジタルアーカイヴを例に. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, vol. 4, no. S1, pp.45-48. [27] Nanako Nakajima, Gabriele Brandstetter. Dance as a Gift: Facilitating matchmaking without meeting each other. Performance Research. May 2021, 25(6), pp.221-232. [28] Nanako Nakajima, "The Archiving Body in Dance: The Trajectory of the Dance Archive Box Project," Moving (Across) Borders: Performing Translation, Intervention, Participation, edited by Gabriele Brandstetter and Holger Hartung. Bielefeld: transcript Verlag, 2017, pp.191-218. [29] セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書. 公益財団法人セゾン文化財団ホームページ. 2015: https://www.saison. or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2021/05/ArchivingDance_all. pdf (参照 2022-10-30). [30] 俵木悟. 護るべきものから学ぶべきこと一民俗芸能研究のフロンティアとしての無形文化遺産一. 民俗芸能研究. 民俗芸能研究. 2015, vol. 59, p.56-75. [31] 俵木悟. 文化財/文化遺産としての民俗芸能:無形文化遺産時代の研究と保護. 勉誠出版, 2018. [32] 俵木悟の民俗学での提案を参照している。俵木悟. 民俗学とデジタル・ヒューマニティーズ. 日本民俗学. 2019, vol. 299, p.75-81.
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Japan Society for Digital Archive
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# 著作権法の令和 5 年改正とデジタル アーカイブの課題 The 2023 Amendment to the Copyright Act and Issues for Digital Archives \begin{abstract} 抄録 : 著作権法の令和 5 年改正では、過去の作品や一般の方が創作したコンテンツ等の円滑な利用を図るため、集中管理がされて おらず、その利用可否に係る著作権者等の意思が明確でない著作物等を対象とする新たな裁定制度が創設された。この制度はデジ タルアーカイブと密接に関係するものであり、利用することが可能な場面として、文化庁においても「過去の作品をデジタルアー カイブにする際に、一部の著作権者が不明であることや連絡がつかないことなどにより、権利処理ができない場合」を第一に挙げ ている。本稿では、著作権法の令和 5 年改正の沿革と、新たな裁定制度の概要・課題等について紹介する。 Abstract: The 2023 Amendment of the Copyright Act established a new ruling system for works that are not centrally managed and for which the intention of the copyright holder, etc. regarding their use is not clear, in order to facilitate the smooth use of past works and content created by the general public. This system is closely related to digital archiving, and the Agency for Cultural Affairs has identified "cases where rights cannot be processed due to the fact that some copyright holders are unknown or unreachable when digitally archiving past works" as the first situation in which this system can be used. This paper introduces the history of the 2023 revision of the Copyright Act and the outline and issues of the new adjudication \end{abstract} system. キーワード : 著作権法、令和 5 年改正、新たな裁定制度、未管理公表著作物、アウトオブコマース、知的財産戦略調査会、知的財産推進計画 Keywords: Copyright Act, 2023 Amendment, new Arbitration System, unmanaged published works, out of commerce, Intellectual Property Strategy Committee, Intellectual Property Promotion Plan ## 1. 著作権法の令和 5 年改正の全体像 著作権法の令和 5 年改正は、1著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設、(2)立法・行政における著作物等の公衆送信等の権利制限規定の見直し、(3)海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定万法の見直しの 3 点を内容とするものである ${ }^{[1]}$ 。 このうち、デジタルアーカイブ (以下「DA」とする) との関わりが深いのは、(1)であり、本稿ではこの新たな裁定制度を中心に取り扱う。 ## 2. 新たな裁定制度の創設の近因・遠因 ## 2.1 近因 新たな裁定制度を含め、上記(1)~(3)を内容とする著作権法の令和 5 年改正の近因は、令和 5 年 2 月に文化庁の審議会(文化審議会著作権分科会)において取りまとめられた「デジタルトランスフォーメーション (DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について第一次答申」[2] である。 この答申は、文部科学大臣からなされた「デジタル トランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について」との諮問(令和 3 年 7 月 19 日)に対して、文化審議会が、第 21 期(令和 3 年度)及び第 22 期(令和 4 年度)の 2 年間にわたる審議を経て行ったものであり、上記(1)~(3)に関し、速やかに取り組むべき方策の方向性が示されている。 ## 2.2 遠因 ## 2.2.1 起点 新たな裁定制度は、さまざまな議論の末に令和 5 年改正の形に落ち着いたものであり、その背景を知っておくことは、今後の法解釈や制度運用にとって重要であるため、可能な限り遠因についても触れていきたい (すぐに内容を知りたい方は、「3. 新たな裁定制度の概要」からお読みいただくことを打勧めする。)。 遠因はどこまでも遡ることが可能であるが、ここでは令和 2 年の新型コロナウイルス感染拡大を起点としたい。このことをきっかけに、立法・行政の現場では 「新しい生活様式」への対応が迫られ、著作権制度を 含む国政全般に関して DXが議論されるようになったためである。以下、関連する政策提言や政府の計画等を追っていく。 ## 2.2.2 令和 2 年 5 月 21 日付け自由民主党「知的財産戦略調査会提言」 ${ ^{[3]}$} この提言では、政府に対して、「次世代デジタル著作権の確立」の検討を求めているが、これはまさに著作権制度のDXに関するものである。「事前の個別許諾を前提とした利用のあり方」が課題である旨も明記されている。なお、このような提言がなされた背景には、令和 2 年が現行著作権法制定 50 周年の年であったこともあり、デジタル技術によってさまざまな不具合が生じている著作権制度を抜本的に見直すべきであるといった考えもあった。 ## 2.2.3 令和 2 年 5 月 27 日付け知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2020」[4] 上記提言を受けて、知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2020」が決定されたが、その工程表には「デジタル時代におけるコンテンツの流通・活用の促進に向けて、新たなビジネスの創出や著作物に関する権利処理及び利益分配の在り方、市場に流通していないコンテンツへのアクセスの容易化等をはじめ、実態に応じた著作権制度を含めた関連政策の在り方について、関係者の意見や適切な権利者の利益保護の観点にも十分に留意しつつ検討を行い、2020 年内に、知的財産戦略本部の下に設置された検討体を中心に、具体的な課題と検討の方向性を整理する。その後、関係府省において速やかに検討を行い、必要な措置を講ずる。」 との施策内容が盛り达まれた。 これを受けて、知的財産戦略本部の構想委員会の下にコンテンツ小委員会が設置され、その小委員会の中の「デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォース」において、急ピッチで検討が進められた。 ## 2.2.4 令和 3 年 3 月付けデジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォース 「中間とりまとめ」 $]^{[5]$} この中間とりまとめでは、現状と課題の整理を行ったうえで、(1)大量、多種多様なコンテンツに関する一元的かつ円滑な権利処理の促進、(2) UGC 等、多元化された制作環境の適正な発展を支える権利者意思情報共有・権利処理関連サービスの形成とプラットフォー ムの役割、(3)利用円滑化の基盤となる権利情報データ ベースの整備、(4)コンテンツ制作における取引の適正化及び就業環境の改善、(5)伝送路などの形式面と権利者への影響などの実質面との間でずれが生じている著作権法上の規定の見直し、(6)当事者間協議やソフトローの活用という6つの検討の方向性が示された。 このうち、著作権法の令和 5 年改正による「著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設」と直接関係するのが(1)大量、多種多様なコンテンツに関する一元的かつ円滑な権利処理の促進であり、この中間とりまとめの段階においては、i 補償金付権利制限規定、ii 混合型(メンバー:集中管理、ノンメンバー:補償金付権利制限規定)、iii 拡大集中許諾制度、iv 権利者不明等の場合の裁定制度の抜本的な見直しという 4 つの方策が示された。 ## 2.2.5 令和 3 年 6 月 1 日付け自由民主党「知的財産戦略調査会提言 $\rfloor^{[6]$} この提言では、上記中間とりまとめで示された検討の方向性についても議論を行ったうえで、政府に対して、「簡素で一元的な権利処理を可能とする方策の検討(裁定制度の抜本的改革、集中管理団体による集中管理の促進、新たな権利制限規定や拡大集中許諾の導入の検討等)」及び「本年秋までに、次世代デジタル著作権の確立に向けた工程表を作成」することを求めた。 自由民主党の知的財産戦略調査会での議論では、著作権法の平成 30 年改正により導入された授業目的公衆送信補償金制度、令和 3 年改正により導入された各図書館等による図書館資料の公衆送信に関する措置 (補償金の支払い義務有り)と直近で補償金に関する著作権法改正が続いたこと、それらの補償金について金額の設定と徵収・分配に関してさまざまな困難が指摘されていたこと等から、i 補償金付権利制限規定、 ii 混合型(メンバー:集中管理、ノンメンバー:補償金付権利制限規定)については慎重な考えが示されていた。また、iii 拡大集中許諾制度については、海外事例や日本での集中管理団体の現状等に関する検討がなされたが、まずは集中管理を促進する施策が必要ではないか、UGC 時代に適合しないのではないか、管理率・組織率が軒並み低い日本においては導入が難しいのではないかといった声があった。その一方で、iv 権利者不明等の場合の裁定制度の抜本的な見直しについては、現行の裁定制度に関する厳しい意見は出たものの、かなり柔軟な制度設計が可能であり、最も問題が少ないといった認識であった。 なお、令和 3 年 6 月 1 日付け自由民主党「知的財産戦略調査会提言」を作成するにあたっては、同年 5 月 10 日にDA 学会法制度部会の福井健策部会長、生貝直人副部会長、参議院議員になる前の赤松健氏(アウトオブコマース $\mathrm{PT}$ 共同リーダー)からヒアリングを行い、その際の議論も反映されている。 ## 2.2.6 令和 3 年 7 月 13 日付け知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2021 」 ${ ^{[7]}$} 上記提言を受けて、知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2021」が決定されたが、そこで示された施策の方向性には、「デジタル時代における著作権制度の確立に向けた工程表を作成する。」、「文化庁は、デジタル技術の進展・普及に伴うコンテンツ市場をめぐる構造変化を踏まえ、著作物の利用円滑化と権利者への適切な対価還元の両立を図るため、過去コンテンツ、 UGC、権利者不明著作物を始め、著作権等管理事業者が集中管理していないものを含めた、膨大かつ多種多様な著作物等について、拡大集中許諾制度等を基に、様々な利用場面を想定した、簡素で一元的な権利処理が可能となるような制度の実現を図る。その際、内閣府 (知的財産戦略推進事務局) 、経済産業省、総務省の協力を得ながら、文化審議会において、クリエー タ一等の権利者や利用者、事業者等から合意を得つつ 2021 年中に検討・結論を得、2022 年度に所要の措置を講ずる。」との記述が盛り达まれた。 そして、その直後、同月 19 日、文部科学大臣から、文化審議会に対して、「デジタルトランスフォーメー ション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について」の諮問がなされ、令和 5 年 2 月の「デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について第一次答申」が行われた。 ## 3. 新たな裁定制度の概要 新たな裁定制度の創設にあたっては、著作権者の意思が重視された。著作権法の令和 3 年改正により導入された放送同時配信等の許諾の推定規定と同様、「著作権者の明示の意思表示に反してまで著作物の利用が促進されることはない」というのが最大のポイントといえる。 既存の裁定制度は、裁定による利用の開始後に利用に反対する著作権者等が見つかっても、利用の継続が可能であり、制度上利用の期間に制限もないが、「相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができない場合」という要件が厳しく、裁定にかかる期間が長期となることも多く、なかなか活用されていないという指摘もあった。それに対して、新たな裁定制度 は、「未管理公表著作物等の利用の可否に係る著作権者の意思を確認するための措置として文化庁長官が定める措置をとつたにもかかわらず、その意思の確認ができなかったこと」等の要件を簡素な手続で確認できれば裁定を行い、迅速な利用を可能とすることを想定している。他方で、裁定による利用の開始後に利用に反対する著作権者等が見つかって申出がなされれば、利用の継続ができなくなる場合がある(著作物の利用について当事者間で交涉を行われることが念頭に置かれており、許諾に基づく利用の可能性は残っている)。 また、著作権者等の意思を改めて確認する機会を確保するため、制度上利用の期間に 3 年という制限が設けられている (更新は可能)。 なお、新たな裁定制度では、既存の裁定制度と同様に著作物の種類に限定がなく、美術や写真の著作物に限らずあらゆる著作物が対象となり得る。また、利用の方法にも限定がなく、複製(デジタル化等)や公衆送信(ネット配信等)を含むあらゆる法定利用行為について裁定が可能である。 新たな裁定制度においては、申請者が利用した著作物等が未管理公表著作物等に該当するかの確認が重要となるが、当該判断については文化庁長官による登録を受けた民間機関(登録確認機関)が確認することとされた。そして、補償金に関する事務についても、民間機関が行うこととされ、文化庁長官による指定を受けた民間機関(指定補償金管理機関)が、補償金の受領や支払い等の業務を行う。 以上のような制度設計は、一連の自由民主党「知的財産戦略調査会提言」に沿ったものであったため、法案の閣議決定前に行われた事前審査 (与党審査) でも、異論はなかった。 また、衆議院文部科学委員会及び参議院文教科学委員会の審議でも、特段の反対はなく、著作権法の令和 5 年改正案は衆参両院の全会一致で可決・成立した。 ## 4. 新たな裁定制度と DA 活用の課題 新たな裁定制度の利用場面としては、改正法 Q\&A において、「過去の作品をデジタルアーカイブにする際に、一部の著作権者が不明であることや連絡がつかないことなどにより、権利処理ができない場合」が一番初めに示されている等[1]、DAでの利用が期待されている。その点は、大いに評価できるが、DA 学会がパブコメを提出したもの等 ${ }^{[8]}$ 、DA 活用の観点からは何点か課題もある。以下、重要な3つの課題を紹介する。 一点目は、新設の第 67 条の 3 第 2 項第 2 号の「文化庁長官が定める方法により、当該公表著作物等の利 用の可否に係る著作権者の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるものの公表がされているもの」についてである。この情報が公表されている著作物等は、未管理公表著作物等に該当しないものとなるため (同項柱書)、新たな裁定制度を利用することができなくなってしまう。特に問題があるとされているのは、書籍や雑誌に定型的に印字されている「禁無断複製」という記載である。このような記載があれば新たな裁定制度が利用できないとなってしまえば、多くのアウトオブコマース作品で新たな裁定制度が利用できなくなる。 二点目は、新たな裁定制度によって未管理公表著作物等が利用できる期間の上限が 3 年間とされている点である。3 年しか利用できないとすれば、ほとんどの $\mathrm{DA}$ 機関は、未管理公表著作物等を利用しないのではないかとの懸念の声がある。ただし、更新は可能とされているため、DA 機関が利用に前向きとなれるような円滑な更新を可能とすべきである。 三点目は、補償金の金額である。DAは情報資産をデジタル媒体で保存し、共有し、活用する仕組みであるが、インターネット等で長期間にわたり著作物等を共有・活用する場合は、公衆送信としての補償金が必要となり、高額になるおそれがある。なお、アウトオブコマース作品等をデジタル保存するたけであれば、一回の複製についての補償金となるため、比較的低額で済むと考えられる。しかし、DAの真髄は、インター ネット等での共有・活用があってこそであり、それらを促進するため、非営利のDA 活用のための補償金の設定等について、検討が必要である。 ## 5. おわりに 新たな裁定制度によってDA活用が促進されるかは、今後の具体的な制度設計次第である。令和 5 年 5 月 23 日付け自由民主党「知的財産戦略調査会提言」[9] では、政府に対して、「新たな裁定制度については、簡素・迅速な手続きの実現を目指し、アウトオブコマー スを含めた著作物の利用促進や利用期間(3年)のスムーズな更新の確保など、制度運用の具体化を図るとともに、権利者・利用者双方のメリットを最大化するよう、両者の協力を得つつ、窓口組織の整備等の施行準備を進めていく必要がある。」と要請を行っている。この要請は、同年 2 月 17 日に、DA 学会法制度部会福井健策部会長から、同学会のパブコメや「デジタル温故知新社会に向けた政策提言 2022 年」[10] 等 についてヒアリングした内容を踏まえたものである。 新たな裁定制度は、令和 5 年 5 月 26 日の改正著作権法の公布の日から 3 年以内で政令で定める日から施行されることとなっているが、既に具体的な制度設計の検討は始まっており、同年 7 月 26 日に開催された、令和 5 年度第 1 回の文化審議会著作権分科会法制度小委員会では、新たな裁定制度に関して、「「アウトオブコマース」について、その過去に公表された時点で示されている「複製禁止・転載禁止」等の記載をもつて、一律に未管理公表著作物等の対象外となることのないよう、改正後の法第 67 条の 3 第 2 項の文化庁長官の定め(「方法」及び「必要な情報」)を行う。」との文化庁の考え方が示された[11]。 希望が持てるスタートといえるが、DA 活用にとって画期的な制度となるよう、筆者としても微力を尽くしていきたい。 ## 註・参考文献 [1] 文化庁. 令和 5 年通常国会著作権法改正について. https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r05_hokaisei/ (参照 2023-07-31). [2] 文化審議会. デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策の在り方について第一次答申. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/ bunkakai/66/pdf/93834801_01.pdf (参照 2023-07-31). [3] 自由民主党. 知的財産戦略調査会提言. https://www.jimin.jp/news/policy/200198.html (参照 2023-07-31). [4] 首相官邸. 知的財産推進計画2020. https://www.kantei.go.jp/jp/ singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20200527.pdf (参照 2023-07-31). [5] 首相官邸. 知的財産戦略本部構想委員会コンテンツ小委員会デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォース中間とりまとめ. https://www.kantei.go.jp/ jp/singi/titeki2/tyousakai/kousou/digital_kentou_tf/pdf/tyukan_ torimatome.pdf (参照 2023-07-31). [6] 自由民主党. 知的財産戦略調查会提言. https://www.jimin.jp/ news/policy/201663.html (参照 2023-07-31). [7] 首相官邸. 知的財産推進計画2021. https://www.kantei.go.jp/jp/ singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20210713.pdf (参照 2023-07-31). [8] 文化庁.「「文化審議会著作権分科会法制度小委員会報告書 (案)」に関する意見募集の結果について」の3 3 頁、21頁、25 頁、28頁、33頁、34頁、37頁。https://www.bunka.go.jp/seisaku/ bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r04_09/pdf/93829401_01. pdf (参照 2023-07-31). [9] 自由民主党. 知的財産戦略調査会提言. https://www.jimin.jp/ news/policy/206008.html (参照 2023-07-31). [10] デジタルアーカイブ学会. デジタル温故知新社会に向けた政策提言2022年. https://digitalarchivejapan.org/advocacy/teigen/ (参照 2023-07-31). [11] 文化庁. 新たな裁定制度における未管理公表著作物等について. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/ hoseido/r05_01/pdf/93918801_02.pdf (参照 2023-07-31).
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# 『デジタルアーカイブの新展開』 \author{ 著者:時実象一 \\ 発行:勉誠出版 \\ 2023年 3 月20日 \\ 320 ページ 四六判 \\ ISBN 978-4-585-30009-0 \\ 本体 2,100 1 + 税 } 本書はデジタルアーカイブについての最新の状況 を、コロナ禍など近年の社会状況を踏まえつつ、著者 の訪問記や体験などを交えながら読みやすく解説して おり、デジタルアーカイブの入門書という観点からも 最適な書である。入門書といっても、すでに専門知識 を持つ者にも参考となる情報がふんだんに紹介されて おり、日々の仕事でふと立ち止まるような場面にも、気づきやアイデアを与えてくれる書である。 まず、本書冒頭は「本書はデジタルアーカイブの鳥瞰図を目指している」からはじまるが、まさに著者の 狙いがこの言葉に詰まっていることが感じられる。全 6 章の構成はおよそ次の通りである。 1 章では、震災 やコロナ禍を例に、社会とデジタルアーカイブの関係性が紹介される。続く 2 章、 3 章では、博物館や美術館などの文化財のデジタルアーカイブの現状、さらに は、新聞やテレビなどのメディア分野での現状が紹介 される。4章では、 $3 \mathrm{D}$ や $\mathrm{AI}$ な゙発展の目覚ましい技術動向について。5 章では、主に学術・教育分野にお けるデジタルアーカイブの活用事例の紹介。6 章では、前章までではカバーしきれない著作権法の動向や、 フィジカルな対象物の保存についてなどの周縁課題を 提示しながら、まさに著者の言う「デジタルアーカイ ブの鳥瞰図」が展開されている。 著者は、本書の主な読者に、MLA 機関の館員やこ れからデジタルアーカイブに取り組もうとする学生を 想定しているが、教育現場全般に対しても有益な情報 を提供できると感じた。本書では、ジャパンサーチな どのポータルの活用を例に挙げ、教育現場においては 信頼性の高い情報の活用が重要であることを指摘して いる。まさに昨今、利用者が増加する ChatGPT は、 ツールが提供する情報の信頼性の低さが問題視されて いる。デジタルネイティブの若い世代は、教育や学習 の過程でデジタルアーカイブを活用できる環境が次第 に揃いつつある一方、ChatGPT や AI のような発展途上にあるツールにうまく適応することが求められると いえる。いかに真正性と信頼性の高い情報源を有効に 活用できるかは、教育現場において迫る課題と言えよ う。本書が幅広いエリアで活用されることを期待した 際の懸念をあげるとすれば、紹介されている分野がや や限られるとともに、その情報量に差がある点である (なお、著者はまえがきにて、漏れている内容がある ことについての断りを添えている)。書籍の形をとる ことで紙面に限りはあろうが、例えば建築、音楽など の分野を含み、まさに全体像を俯瞰できることは、最良の入門書の条件となるだろう。 今年、本学会が制定したデジタルアーカイブ憲章を 経て、その先には、デジタルアーカイブへの社会的関心や共感を拡げ、深めていくための普及活動が求めら れる。そのためには、「寄り添い」や「思いやり」と いった精神とともに、平易で日常的なものとして親し まれ、理解される活動であることが重要となるはずだ。本書が取ったアプローチは、そのための大きなヒント を与えてくれる。デジタルアーカイブを俯瞰する、ま さに鳥瞰図のようなイラストを作図し、普及のための ツールとして活用するなど、本書を契機として、本学会の知識インフラ整備などにむけた取り組みへの発展 を期待したい。 (早稲田大学 坪内博士記念演劇博物館中西 智範)
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# # # Industry Division Short Talk: Audience Feedback and Future Vision ## 緒方 靖弘 OGATA Yasuhiro 寺田倉庫株式会社 ## 吂木 純隆 ARAKI Sumitaka 長野県 抄録 : 視聴者の感想を整理することで、DA ショートトークの視聴者満足度の高さと、多岐にわたる講演要望からニーズの高さを再確認できた。一方でこれまでの集客方法による参加者拡大の難しさや、アーカイブ公開している動画の活用が少ないという反省点もあり対策を検討・実施していく。さらに、研究者と産業界のコラボレーションを促す施策も取り入れ、新たな活動も開始していくことを計画している。 Abstract: By sorting out the viewers' impressions, we were able to reconfirm the high level of viewer satisfaction for DA short talks and the high needs from a wide range of requests for lectures. On the other hand, it is difficult to increase the number of participants by attracting customers so far, and there are reflections that there is little use of archived videos, so we will consider and implement measures. In addition, we plan to incorporate measures to encourage collaboration between researchers and industry, and to start new activities. キーワード : 視聴者満足度、講演要望、アーカイブ活用、コラボレーション Keywords: viewer satisfaction, Lecture request, Archive utilization, collaboration ## 1. はじめに 本稿では、これまで実施してきたDA ショートトー クで収集されたアンケート結果をまとめるとともに、今後の活動に関する方向性の案を示す。 ## 2. DA ショートトーク視聴者の感想 DA ショートトークでは、毎回視聴者アンケートを実施している。収集方法は運用に関するパートを参照頂きたい。本項では、アンケートの集計結果と視聴者から得られた感想を報告する。 ## 2.1 アンケートの質問事項と回答数 毎回の DA ショートトーク後に、事務局より申达者のメールアドレスヘ、アンケートを送付している。ア ンケートの質問項目(表 1)と各回の回答数(表 2) は以下のとおり。 表1 アンケートの質問項目 \\ 表2 アンケート回答数 } \\ 質問項目のうち、「4 会員/非会員(図 1)」「7 このショートトークの満足度はいかがでしたか。(図 2)」については円グラフでまとめた。 図1 会員/非会員の割合 図2 このショートトークの満足度はいかがでしたか ## 2.2 自由記述回答の内容について アンケートはあくまで任意の回答であり回収率が安定しないため、統計としての分析は行わず、ここでは 「このような意見が参考となる」という報告を行う。 ## 2.2.1 発表時間について 各発表が短時間(12 分間)であることのメリット・. デメリットを指摘する声が多く聞かれた。メリットと しては、「多ジャンルの話が聞ける」「内容は濃く、スピード感があってよい」「専門性の高いお話を、手短かつ多くの先生方から伺えた」「シートトークによって、集中して話を伺うことができる」「自身の対応領域以外のお話をコンパクトに伺うことができて大変満足しました」など。 デメリットとしては、「テーマに合ったファシリテーターに入ってもらうなどして、もう少し深堀りした内容を聞きたかった」などがあった。 ## 2.2.2 内容について $\mathrm{DA}$ 業界の最新の動向を知る事が出来る、という点について評価する回答も多い。いくつか挙げると、「進化情報が得られる」「いずれの内容もホットな最新情報がそろっていた」「ジャンルを越えた最近の動向を知ることができた」などである。 また、テーマを絞らない多岐にわたる内容に対して、肯定的な感想をいただいている。「現状の整理と今後の展望について、学会としての立ち位置の重要性が伝わる内容でした」「発表内容が多岐にわたっていて、 さまざまな視点で『現在地』がわかる」「広い視点からデジタルアーカイブの現状・課題等について論じていただき、大いに知識を得ることができた」「個別具体的な内容と業界全体に関連する内容と、両者バランスよく聞くことができた」など。 ## 2.3 今後のショートトークテーマについて 当ショートトークを運営している中でやりがいを感じるのは、スピーカー側と視聴者側の双方向のコミュニケーションが生まれる時である。質疑応答の中で視聴者からアドバイスが示されたり、新たな視座が提供されたりするなど、活発なやり取りが発生する回も増えつつある。このように、スピーカーにとっても得るもののあるショートトークであれば今後の発展に期待が持てる。そんな中、アンケートのなかで、「今度は自身の取り組みについて発表したい」と立候補が上がったことは特筆すべきである。第 4 回の「広告デー 夕会社が取り組む『地方自治体向け“人を動かす”デジタルアーカイブ』事業のご紹介」(伊藤晃洋氏:エム・アール・エス広告調査株式会社)と第 5 回の「音楽業界インフラとしての『ピアノ曲事典』」(実方康介氏:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ))は、視聴者として参加した方による立候補から 実現した発表である。 設問 10 「今後、どのような話を聞きたいですか。興味あるテーマなどご記述ください。」という質問に対する回答は、具体的に記述されていたコメント例を一覧で示す(表 3)。期待されているテーマは幅広い。「このテーマであれば話せる」という方には、ぜひ立候補いただきたい。 表3「今後、どのような話を聞きたいですか。興味あるテーマなどご記述ください。」に対する回答の一部 \\ ## 3. DA ショートトークの今後の展開 3.1 アーカイブ講演動画の有効活用 現在アーカイブされている各講演はその内容や分野の広範さにおいて非常に充実している。幅広い分野でデジタルアーカイブに取り組もうとされている方々にとって、参考になる講演が多いのではないか。一方で、 その内容の充実さと比較すると、現在までの視聴回数は決して多いとは言い難い。せっかくのアーカイブが有効活用されていないという課題がある。 そもそもあまり広範囲に広報しているわけではないので、認知度が高いわけではないことや、アーカイブ動画へのアクセス経路の複雑さなど、いくつかの要因が考えられる。 今回は最初に改善すべき検索性の向上についてどのような取り組みを行う予定かを紹介したい。現在は、産業マップを構築し、そのカテゴリーに各講演が振り分けられているので、各講演テーマや産業マップの分野から興味のある講演、自身が参考にしたいタイトルの動画を探し出して視聴するようなアクセスの仕方に なっている。 今後は、講演内容からキーワードを抽出し、検索可能なメタデータとして動画と紐づけることにより、視聴者の興味分野や知りたいワードでの検索を容易にしていく。まだ、キーワードの抽出方法は決まっていないが、ひとつの案として講演者にいくつかのキーワー ドを提示してもらう方法もある。講演者がこのようなキーワードに興味のある方に視聴してほしいという要望とのマッチング率が高そうだが、客観的に講演内容と一致したキーワードになっているかという懸念も残りそうである。他にも講演動画を音声認識ツールでテキスト化し、全文を持たせる、または現在(2023 年 5 月)話題沸騰中の ChatGPTに要約を作ってもらい、動画と紐づける。などの方法もアイデアの中にはあるが、一定の客観性と持続可能な作業量に収めるバランスを考慮する必要があり、最終的に決めかねている。検索用のメ夕情報の充実だけでなく、了解が取られた講演者の所属や連絡先の情報も紐づけ講演者と視聴者のコミユニケーションの一助になるようにもしたい。 いずれにしても重要なのはデジタルアーカイブに関わる視聴者が興味を持った分野の講演動画に対する導線が整理されることで、動画コンテンツが有効活用されるように環境を整備したい。 ## 3.2 コラボレーションの「場」の提供 DA ショートトークの当初の目的は、「産業のシー ズを見つけよう!」という気概で始めている。よって DA ショートトークを通じて事業が生み出されたり、推進されるような事象が起これば、その目的に適っていると言えるのではないだろうか。今までも各講演後の質疑応答の時間で講演者と聴講者がチャット機能等を通じて、今後の連携の打診が行われている事例もあり、一定のコラボレーションの兆しは感じている。 DA ショートトークは開始時に既にコロナ禍だったこともあり、すべてウェビナーによる開催である。それはウェビナーに録画機能が実装されていることや、講演者も録画される機会の増加で、録画されることを辞退される例がほぼなくなり、講演映像をアーカイブとする上で一定の役割をはたした側面がある。他方でやはりコラボレーションを促す「場」として、オンライン上で発言を譲り合い、チャット機能等の文字でのやりとりでは、盛り上がりに欠けコミュニケーションの限界を感じる。 その負の側面を払拭するために、年に 1 回はリアルでDAショートトークを開催したい。第一回の開催時期はショートトークが 100 講演目を迎える 10 月を予 定している。少なくても過去の講演者の出席と聴講者や多くの学会員の参加を期待したい。リアル開催の回はオンラインとの対比を大きくするため、軽食なども用意した立食形式にすることを考えている。参加者は産業マップから自身の興味分野を事前登録し、当日のネームプレートに色分けなどして、同じ興味分野の参加者が見つけやすい工夫なども考えている。オンラインでは困難な「ワイガヤ」が起こりやすい雾囲気を醸成し、コラボレーションを促したい。 ## 3.3 DA ショートトーク賞の創設 DA ショートトークのリアル開催会を年に一度開く機会に、過去一年間の MVP(ここでは、Most Valuable Presentation)など、何人かの講演者にDAショートトー ク賞を授与したい。こうした取り組みにより、過去講演を改めて振り返る機会が増え、リアル部会のイベントの一つのコンテンツとしても楽しめるのではないだ万うか。こうした取り組みにより、過去に数事例しかない講演の立候補が増えたり、部会メンバー以外から講演者が推薦されたり、DAショートトークのプレゼン スの向上を通して、より活性化されることを期待する。 ## 4. おわりに DA ショートトークの視聴者アンケートから、DA に関する多岐にわたる最新情報の提供に対して満足度が非常に高く、多くの視聴者に有効な情報を届けることができたと考えられる。 また、一方でいくつかの課題も見えている。 (1)単発の発表であり、議論を盛り上げる、深堀りすることができていない (2)参加者間での共創やシナジーを生み出す力が不足している (3)蓄積された動画コンテンツの有効活用ができていない (4)産業界への広がりが限定的である 今後は、これらの課題を踏まえ、これまでのオンラインのみの開催だけではなく、リアル交流の場と組み合わせ、それぞれの長所を活かしていき、DAショー トトークの発展に繋げてまいりたい。
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# デジタルアーカイブ産業化マップ:産学連携の見取り図の試み Digital Archive Industrialization Map: An Experimental Sketch of Industry-Academia Collaboration ## 原田 真喜子 HARADA Makiko 東京大学大学院情報学環特任研究員 摂南大学経済学部教授 抄録:デジタルアーカイブ(DA)は公共財的な側面と私的財な側面を持つ混合財であり、関係者のバックグランド・視点も多様である。講演会・議論を通して情報共有と相互理解を熟成するために開催してきたDAショートトークの内容から、テキスト分析の手法でDA の産業化における諸課題を抽出し、二次元マップとして提示することを試みた。この結果を広く公開するため、部会のウェブサイトに掲載して各 DA ショートトークをマップ上に配置し、さらに発表資料アーカイブへの動線機能も持たせた。DA 産業化マップを通じてショートトークが共通の議論のプラットフォームとして活用されることを期待し、その取り組みを報告する。 Abstract: Digital Archives (DA) are a blend of public and private elements, involving individuals with diverse backgrounds and perspectives. To foster information sharing and mutual understanding in this field, DA Short Talks have been organized, featuring lectures and discussions. We have used text analysis methods to extract various issues related to the industrialization of DA from the content of these Short Talks, presenting them as a twodimensional map. Each Talk is positioned on the map and made available as web content on the subcommittee's website, ensuring widespread access to the results. Additionally, links to the presentation materials archive are provided. We report on this initiative with the hope that DA Short Talks will serve as a common platform for discussion and collaboration. キーワード : デジタルアーカイブ、DAショートトーク、産業化、産学連携、多次元尺度構成法 Keywords: Digital Archive, DA Short Talk, Industrialization, Industry-Academia Collaboration, Multidimensional Scaling ## 1. デジタルアーカイブ産業化マップの意義 デジタルアーカイブ学会(JSDA)「産業とデータ・ コンテンツ部会」は、デジタルアーカイブ振興に関わ る産学連携の在り方を検討するため 2021 年 4 月に設置された。2021 年度は部会としての取り組みを議論 するために連続 3 回のフォーラムを開催した。その結果、部会が扱うべき課題が多様であり、関係者のバッ クグランド・視点も多様であることから、まずは諸課題に関する講演会・議論を通して情報共有と相互理解 を熟成することが重要であると考え、2023年5月より、「DA ショートトーク/産業のシーズを見つけよう!」 を月 1 回のペースで実施してきた。 デジタルアーカイブ産業化マップは、DAショートトークで語られた多様な内容を分析し、デジタルアーカイブ振興に関わる産学連携の見取り図を作成しようという試みである。なぜ、こうした見取り図を作成してみたかというと、デジタルアーカイブに関わる領域を俯瞰し、相互の関連を明らかにしてみたいという動機がある。デジタルアーカイブ学会には、アーカイブ技術に関わる人、アーカイブの法制度に関わる人、アー カイブというコンテンツの作成や保存に関わる人、デジタルアーカイブを使ったビジネスを展開する人等の多様な人々が参加している。また、デジタルアーカイブは文化の一種であり、文化は公共財的な側面と私的 財な側面を持つ混合財であるという性質を持つ [1]。文化的な財やサービスの便益は、書籍やコンサートのチケットを購入して、読書や鑑賞をする人が享受する。書籍やコンサートのチケットは市場で売買され私的に消費されるため私的財である。しかし、同時に書籍の内容や音楽には、存在価值や、オプション価値 (将来いつか消費するという選択肢を残しておく)、将来世代への遺贈価値等のコミュニティ全員が享受する便益がある。このような価値に対しては、市場で直ちに支払いが行われるわけではない。コミュニティ全員が将来享受するかもしれない公共財の便益に対しては、政府やコミュニティが公的資金で支える必要がある。 デジタルアーカイブも同様である。その一部は産業化し市場で取引されるが、デジタルアーカイブの価値がすべて市場価格に反映されるわけではない。公共的な価値の部分は、公的な資金や寄付によって維持される必要がある。とはいえ、政府の資金も、租税で賄われており有限である。デジタルアーカイブをすべて公的資金で維持するよりも、一部を産業化し、そこで得られた収益が再投資される仕組みを作る方が、より発展的である。 このように複雑な構造を持つデジタルアーカイブが産業化しつつある姿を、多くの発表文章を分析し作成してみたのが産業化マップである。本学会では、デジタルアーカイブが教育等で一次利用され、著作権等の処理がうまくなされると二次利用が促進され産業化が進むという理解が一般的であったように思う。法制度の側面からみると、デジタルアーカイブの産業化を妨げている原因の 1 つが著作権処理をめぐる問題であるといえるかもしれない。 しかし、デジタルアーカイブの産業化は二次利用のところでだけ生じている現象だ万うか。それ以外に産業化の萌芽はないだろうか。また、産業化を促進するために必要なインフラは法制度だけだ万うか。こうした疑問に対して、ショートトークの発表で使われた多様な文章(テキスト)を分析しマップにすることで、議論の土台を提供したいというのが、本プロジェクトの問題意識である。 ## 2. ショートトークのテーマ分析と視覚化 2.1 分析とグループ化の方法 講演のテーマをグループ化するアプローチは、何らかの尺度を用いて分類の枠組みを用意するトップダウン型と、外部尺度なしに各講演の特徴分析からグルー プを見出していくボトムアップ型が考えられる。前者であれば、たとえば寻屋・小林の「デジタルアーカイ ブ産業の領域の変化」[2]の図で用いられる一次利用〜二次利用(サービスの形)と公共~民間(事業主体) のような尺度を軸に朹組みを設定し、各講演を当てはめていく。後者ならば各講演の特徴を示すデータを用意し、そのデータ特性に適した手法で分析・分類する。 ここでは後者を採り、各講演の内容を要約した文章からテキスト分析ツールでグループを探ることにした。分析に用いたテキストは、第 1~5 回のDA ショー トトーク(一部予定)を対象にした、31 の要約文(文書) である。文書間における語の共起関係を調べることで語のクラスターを抽出し、DA 産業化のテーマとしてのラベルを付与する。講演は複数のテーマを含む場合もあるが、もっとも主要と考えられるテーマで代表してグループ化していく。 ## 2.2 KH Coder による MDS とクラスター分析 テキストの分析には $\mathrm{KH} \operatorname{Coder}^{[3]}$ を利用した。まず形態素解析で各文書の出現語を抽出する。次に出現語間の距離を算出し、多次元尺度構成法(MDS)により語を二次元空間に配置する。さらに配置座標によるクラスター分析を行ない、10のクラスターとして色分けした。 2つの語間の距離は、〈両語のいずれかを含む文書数〉に対する〈両語の共起する文書数〉の比(Jaccard 係数、以下 J)で類似度を計算し、距離として1-Jを用いた。KH Coder は他に Cosine、Eucrid 距離を使うことができるが、Jは各文書内での語の出現数が関係せず、短文の要約テキスト分析に適した值である。 語の空間配置は計量(古典的)MDSを用いた。これは算出した語間距離を計量尺度値として扱い空間距離を導く手法である。KH Coderではこの他、語間距離の順序関係のみを扱う Kruskal の非計量 MDS、值が線形でない複雑なデー夕に対応する Sammonの非線形マップ、算出関数の反復的最適化を用いて大規模デー 夕にも適用可能な SMACOF が利用できる。テキスト分析では非計量 MDS を用いることが多いが、ここでは関係の強弱も視覚的に反映される古典的MDSを採用した。またKH Coderには三次元 MDS のオプションも用意されているが、ここではマップとして扱いやすい二次元の布置とした。 得られた二次元図(図1)では、右下に「ミュージアム」「データベース」などの公開の場、左下には「モデル」「AI」「生成」などの技術関連、中央上部には「ビジネス」「市場」などの応用流通、中央には「費用」「契約」「人物」などインフラ的な言葉がクラスターとなっている。これらのクラスターをマップ用の楕円に単純 図1 古典的MDSによる出現語の二次元布置図 化し、ラベルを与えたものが図 2 である(10 のクラスターのうち、便宜上 2 番目と 8 番目を「インフラ・法整備」と 1 つにまとめた)。 図2 布置のクラスターを単純化しラベルを与えたマップ ## 2.3 軸の解釈 MDS は外部尺度を用いない分析であり、また空間距離の関係を保ったまま図を回転することもできるため、軸は直接の意味を持たない。しかしその布置を外部情報と結びつけて解釈することは可能であり、このマップも軸に何らかのラベルを与えれば理解の助けとなるだろう。 2.1 で挙げた尺度例が適用できるかを考えてみると、下方に展示・教育など一次利用、上方に応用ビジネスなど二次利用があり、縦軸は〈サービスの形〉に近いと解釈できそうである。〈事業主体〉については、公共的なものは右下、民間は左上と斜めに配置されており、右から左に向かって〈主体〉が変化する傾向はあ るものの、横軸そのものとは言い難い。左下に技術関連があることも踏まえると、横軸はたとえば素材的〜総合的といった別の尺度が必要であろう。DA 産業化マップとしては横軸に特定の尺度を当てはめることはせず、閲覧者の参考に〈事業主体〉の写像としてのラベルと左端に「技術開発」ラベルを添えることにした。 ## 3. ウェブでの実装と発信 産業化マップのデータ分析と視覚化の結果を、社会においてデジタルアーカイブの産業化に携わるプレイヤーに向けて広く公開し、議論の土台として活用可能にしたい。そこで、前章で分析・視覚化した産業化マップを当部会のウェブサイトに掲載することとした。本章では、産業化マップをウェブコンテンツ化した「ウェブ産業化マップ」の実装について解説する。 図3ウェブ産業化マップのスクリーンショット ## 3.1 レイアウト 「ウェブ産業化マップ」は、産業化マップエリア(図 3 左側)とショートトークリストエリア(図 3 右側) で構成される。PCからのアクセスの場合は左右 2 カラム配置に、スマートフォンからのアクセスの場合は 1 カラムでマップエリアとリストエリアを表示させる。産業化マップエリアは、2.の視覚化結果を元に、ラベル層、クラスター層にショートトーク(発表番号)層を重ねて表示する。ショートトークリストエリアには、これまでのショートトークの発表番号、タイトル、発表者名の一覧を配置する。リストをクリックするとアーカイブ資料リンクを表示することで、アーカイブ資料への導線を保つ。 ## 3.2 実装 前章の分析・視覚化結果は 2 枚の静止画に別れている。ここにショートトークの発表番号をマッピングするためには、視覚化結果ごとに発表番号を付与したものを並列に配置するか、2 枚の透明度を調整して重ねて表示させる必要がある。しかし、前者では分析結果 の位置関係の把握が難しい。後者では視認性が保たれない。そこで、「ウェブ産業化マップ」では、JavaScript によって図形を描画することができる<canvas>と、 JavaScript のライブラリである d3.js、jQueryを用いて動的な表示レイヤーの切り替えを可能にする。まず、 canvas に (a) ラベル (b) クラスター (c)ショートトーク (発表番号)の3つのレイヤーを用意する。aと $\mathrm{b} の$ レイヤーは、各レイヤーの透明度を操作するスライドバーを実装することで、ユーザーが見たいレイヤーの透明度を優位に高められるようにする。次に、これらのレイヤーの最上位に、ショートトークリストエリアと対応する $\mathrm{c}$ を揭載する。ここで、 $\mathrm{a}$ と $\mathrm{b}$ のアイコンを円で、cを長方形で描写することで、コンテンツを識別しやすくする。また、産業化マップエリアは拡大表示可能であり、クラスター群を詳細に閲覧することができる。リストをマウスオーバーすると、産業化マップエリアにマッピングされている該当の発表が八イライトされる。以上のインタラクティブ表示の実装とデザインによって、1つのマップ上に複数の分析結果の階層表示と視認性を確保する。 ## 3.3 更新作業 DA ショートトークでは毎月 5 ~件の発表がされる。これらを手動で入力するためには手間が掛かることから、省力化が求められる。そこで、最低限の情報入力で、自動でマッピングできるようにした。まず、 ウェブ産業化マップ専用の Google スプレッドシートを用意する。次に、発表番号、タイトル、発表者名、 YouTube リンク、資料リンクのカラムを設置する。この Google スプレッドシート内のデータを共有 $\rightarrow$ ウェブに公開 $\rightarrow$ CSV 形式と設定することで外部アプリケーションからアクセスできるようにする。この CSVデータをウェブ産業化マップから ajax を用いて読み込む。以上によって、Google スプレッドシートに発表データを追加するとウェブ産業化マップが自動更新される。 ## 3.4 実装結果と今後の課題 本部会員以外の方に産業化マップを操作してもらったところ、産業化マップの目的がわかりにくい、文字が小さいという指摘を得た。一方、階層表示の切り替え操作性については問題が見られなかった。 現在、産業化マップ揭載ページに産業化マップの作成背景や意図について記載していないため、今後対応 したい。また、本稿執筆時で約 70 件の発表情報がマッピングされている。DAショートトークは今後も継続するため、産業化マップ内の情報の混雑が懸念される。今後、ますますアーカイブコンテンツが増えるため、視認性を確保するためのデザインを検討する必要がある。 ## 4. まとめと展望 以上のように、産業とデータ・コンテンツ部会では DA ショートトークを蓄積し、マッピングすることを活動のメインに置いている。冒頭に示した通り、その目的は、多様で複雑な、言い換えればやや厄介でもある産業とデジタルアーカイブの課題を、さまざまな立場から出し合って共有するところにあった。すなわちショートトークそのものは、キャッチフレーズでもある「産業のシーズ」を比較的カジュアルに、かつコンスタントにアウトプットする場の提供といえるのだが、もう1つのポイントが、前項で詳述してきたアー カイブ設計にあることはいうまでもない。 各トークはYouTube上に動画として単純に蓄積され、構造的に可視化できる産業化マップに組み入られる。 このアーカイブはナレッジベースとしての役割を果たすとともに、動向や関係性の変化をとらえ、別の意味でのシーズを発見する契機となりうる。マップのデザインは個々のテーマを定置するより、むしろ可変であることが念頭に置かれており、さらに多くのデータが集まれば、全体を包む大きなフレームのありようを掌握するヒントにもなるだろう。 つまり、ショートトークはアウトプットであると同時に、インプットとしての意味をもっている。デジタルアーカイブに関わる多様な人々が、それぞれのニー ズに応じてこのマップを利用するとともに、スピー カーとして作成に加わっていくこと、それを共通の議論のプラットフォームとして活用していくことを期待したい。 ## 註・参考文献 [1] 後藤和子(2022)「デジタル経済としてのデジタルアーカイブ論一混合財としてのDAの発展を展望して」数藤雅彦 [責任編集]『知識インフラの再設計』勉誠出版, 2022, pp.203-222. [2] 灵屋早百合・小林慎太郎,「デジタルアーカイブ産業」の萌芽と期待,『デジタルアーカイブ・ベーシックス 5:新しい産業創造へ』第 8 章所収, 2021, 勉誠社. [3] KH Coder:計量テキスト分析・テキストマイニングのためのフリーソフトウェア. https://khcoder.net/ (参照 2023-05-03).
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# 東京大学大学院情報学環特任研究員 TRC-ADEAC株式会社上級デジタルアーキビスト 抄録:産業とデータ・コンテンツ部会が開催するDAショートトークを開始してから一年が経過する。DAショートトークの特徴は、毎月の定期開催と発表動画のアーカイブ配信である。一年を経て、運営方法については定形化され、準備から開催までスムーズに 進めることができるようになってきた。筆者らは、事務局として発表者との連絡やアーカイブ配信、ウェブサイトの運用を担って きた。本稿では、リモートミーティングを中心とする運営と、既存のウェブツールの利用によって実現したDAショートトーク運営の手法について共有を行う。本稿による運営手法の共有が、デジタルアーカイブ振興に関わる諸活動の一助になることを願う。 Abstract: It has been a year since "DA Short Talks" has been held. The features of these talks include monthly regular sessions and archived presentation videos. Over the course of a year, the operation process has become standardized, enabling smooth organization from preparation to execution. The authors have taken on the responsibility of liaising with presenters, archiving videos and documents, and managing the website. This article shares the methods used in organizing "DA Short Talks", focusing on remote meetings and utilizing existing web tools. The authors hope that sharing these operational methods will contribute to various activities related to the promotion of digital archives. キーワード : DAショートトーク、企画・運営、アーカイブ配信 Keywords: DA Short Talks, Planning and management, Distribution of archive contents # # 1. はじめに 産業とデータ・コンテンツ部会が開催するDA ショートトークを開始してから一年が経過する。DA ショートトークの特徴は、毎月の定期開催と発表動画 のアーカイブ配信である。DA ショートトークのいず れの回も参加者からのアンケートの評価は高く[1]、本取り組みがデジタルアーカイブ学会の産業部門への働 きかけについて、良い影響を与えていると考える。 筆者らは、事務局として発表者との連絡やアーカイ ブ配信、ウェブサイトの運用を担ってきた。本稿では、運営の手法について共有を行う。また、DA ショート トークはコロナ禍を越えて、企画・運営されている。 リモートミーティングを中心とする運営と既存のウェ ブツールの利用ついてのノウハウも共有したい。 ## 2. 多様なツールを活用する産業部会の運営 2.1 部会メンバー 本部会のメンバーは 10 人 (+オブザーバー) であり、研究機関、公的機関、産業分野など所属は様々である。中には発表者として参加の後に、部会メンバーに加 わった例もある。多岐にわたるデジタルアーカイブを網羅するためにも、積極的に多様なバックグラウンドを持つメンバーを増やす姿勢をとる。 2.2 部会メンバーのコミュニケーション 本部会メンバーは、東京を中心に日本全国に居住する。物理的な距離とコロナ禍のため、実世界で集合してミーティングを開催することは容易ではなかった。 そこで、毎月開催する定期ミーティングは「Zoom」[2] で行った。ここでは、ショートトークの発表者の推薦や前回ショートトークの振返りなどを行う。一方、実世界で部会メンバーが集ったのは、 1 年間で 2 回のみであり、その際には部会の運営方針について議論した。基本的な連絡や情報共有には Google の無料ツールを利用している。各種日程調整や DA ショートトーク開催曜日の調整には「調整さん」[3]を使用している。 ## 2.3 Google のツールの利用とその留意点 本部会の運営には Google ツールの利用が欠かせない。連絡事項は Google Groups ${ }^{[4]}$ によるメリングリ ストでの一斉配信を基本としている。部会メンバーの名簿管理、運営の進捗共有、ミーティングの議事録などは、産業部会 Google ドライブ[5] 内のスプレッドシー ト[6] やドキュメント ${ }^{[7]}$ 機能を利用している。視聴者アンケートは、フォーム $[8]$ を活用し、URLをショー トトーク開催後に Zoom のフォローアップメール機能を用いて視聴者へ送付する。 DA ショートトークの申し込みリストやアンケート 結果の共有にも、Googleドライブを活用する。ここには個人名や所属機関名といった情報も含まれるため、当部会のディレクトリには以下の対策を講じることで、部外者による意図しないアクセスを阻止する。 ・部会メンバーのみにアクセス権を付与 ・ファイルの「制限付き」共有:アクセス権のあるユーザーのみが、リンクから該当ファイルを開くことが出来る ・公開範囲ごとにディレクトリを分ける:部会メンバーのみがアクセスする資料と、一般からのアクセスがされるアーカイブ資料を保存するディレクトリを分離することで、アクセス権設定のミスが影響しないようにする ## 3. Zoom ウェビナーを用いた DA ショートトーク の開催 ## 3.1 プラットフォームの選定 DA ショートトークは Zoom のプラットフォームの一つである「ウェビナー」[9]を用いて開催されている。 Zoom には会議に適した「ミーティング」と講演に適した「ウェビナー」という 2 のプラットフォームがある。本部会では、視聴者のビデオと音声の混在を防ぐために、出席者が視聴専用となるウェビナーを利用する運びとなった。各回の発表者と本部会メンバーがビデオと音声の配信が可能なパネリストとして登壇する。 ## 3.2 質疑応答 ウェビナーの仕様上、視聴者は自由に発言することができない。ホスト権限(*ウェビナー開催者にのみ与えられる操作権限)を持つ事務局が、手を上げた視聴者の発言を可能にすることも可能だが、多数いる視聴者の中から都度質問者を見つけることは手間を要する。そこで、ウェビナーの「Q\&A」機能を用いて質疑を収集している。Q\&Aで挙げられた質疑を、司会が発表者に読み上げる。この際、質疑が発表のどの部分に対応するかわかりにくいという課題があった。そこで、質問者には質問の対応箇所の明記を依頼するとともに、部会員が都度確認し、パネリスト専用の チャット欄にて司会をサポートするという流れができている。視聴者からの質疑が少ないときは、パネリストとして参加している部会メンバーがビデオと音声を ONにして討論に参加することで議論を発展させている。また、これまでに発表者から「賛同する人は挙手」 という呼びかけがなされた際には、視聴者はウェビナーの「手を上げる」機能を用いて応じた。 ## 3.3 快適な配信のための工夫 滞りない配信のために、DA ショートトーク開始 15 分前より、司会と発表者と事務局で顔合わせ・接続確認・質疑応答の流れとアーカイブ配信についての案内を行う。ここでは、視聴者には配信されずリハーサルを行うことが可能なウェビナーの機能「練習セッション」を用いている。 過去の接続確認時のトラブルとして、画像の一部が表示されないことや、音声の接続がされないこと、埋め込久動画の表示・再生がされないことなどがあった。事務局のみならず、ウェビナー操作に長けた発表者からも改善方法のアドバイスをいただき、いずれの場合も、DAショートトーク開始までには解決している。一方、発表中にネットワーク環境が突然不安定になり、配信に乱れが起きることもある。これまでの運営を通して、Bluetooth マイクとイヤホンを用いた場合、音声にノイズが入りやすいことが明らかになった。 Bluetooth マイクとイヤホンの使用を控えるように、発表者に事前にアナウンスすることが望ましい。 ## 4. DA ショートトーク運営のスケジュール 本ショートトークは、1ヶ月という短い間隔で開催されているため、開催に不具合がないように細心の注意を払っている。表 1 は、DAショートトーク実施日を 0 週とした場合の各週の作業内容である。 ## [a] 動画編集について 主な作業内容は、発表部分の切り出しと音量の調整であるため、複雑な編集機能を必要としない。また、 YouTube で配信するため、超高解像度の出力も不要である。従って、操作がシンプルであり、配信に適するサイズに自動で圧縮することができる PC スタンドアロンの動画編集ソフトウェアを用いて編集を行っている。DA ショートトーク後、発表者へ動画の確認を依頼する。これまで、一部動画のカットやコンテンツへのモザイクなどの編集依頼があった。な打、モザイクの追加は、先述のソフトウェアの機能では対応できないため、有償の動画専用のソフトウェアを用いている。 表1 運営スケジュール \\ 現在、動画編集作業は事務局の PC 環境と技術に依存しているため、将来は AIによる自動化を期待する。 ## [b] 発表者への連絡 1 回の発表につき、各発表者に最低 4 度の連絡を行う。まずは、推薦した部会メンバーより発表者へ発表依頼を送る(b-1)。次に、事務局よりショートトークの詳細な紹介と氏名・所属・タイトル・産業化マップ掲載用のラベルの提出を依頼する (b-2)。同時に、必要に応じて依頼状を送付する。その後約 2 週間空けて、 ウェビナープラットフォームを介してウェビナーパネリスト招待状を送付する。併せて、招待状の送付状態の確認と、当日のスケジュールを送る(b-3)。発表者のメールシステムによってパネリスト招待状が届かない場合があり、事務局が直接パネリストリンクを送付して対応している。DAショートトーク後に、アーカイブ動画の確認と資料提供を依頼する (b-4)。 なお、安定した発表者獲得のために、数回先の発表者を決定し、早期に発表依頼を出すこともある。その際、事務局側のメール連絡の混乱を避けるために、 b-2 の連絡を発表日時より逆算したタイミングで発表者に一斉に行うため、場合によっては、b-1 から b-2 までの連絡に間隔が空く。発表者のみなさまにはご不便をおかけするが、ご理解いただきたい点である。 ## 5. 部会ウェブサイトについて \\ 5.1 構成と運用 本部会のウェブサイト[10] 2022 年 12 月に公開した。デザインは、デジタルアーカイブ学会(本部)のものに倣った。ページ構成を表 2 に示す。ウェブサイトの更新は、事務局員 2 名が担当する。ショートトークの案内時、終了直後、アーカイブ配信時に適宜更新する。 ## 5.2 アーカイブ配信について DA ショートトークでは、質疑応答を除く発表動画と発表資料をアーカイブする。動画を YouTube の部会アカウント ${ }^{[11]}$ に、資料を Google ドライブに配置する。原則、部会ホームぺージに揭載されるリンクからに限り、アーカイブコンテンツにアクセスすることができる。つまり、アーカイブコンテンツへのアクセシビリティが高いとは言い難い。これまで DA ショートトー クのアーカイブ配信を 1 年間継続的に行ってきたが、動画の視聴回数は満足しがたいものであった。そこで、 2 期目を迎えた時点で、YouTubeで配信する動画の設定を、本部会ウェブサイトにのみリンクが記載される限定公開と、一般公開の 2 種類を用意することにした。 これらは、発表者の希望に応じて対応する。 本稿執筆時において、約 70 件の発表リストがあるが、ウェブサイト内に検索機能を備えていない。そのため、アーカイブコンテンツ資料を探しにくいという課題がある。今後、アーカイブ資料の活用を促進するためにも、検索機能を追加する必要がある。 また、一部未揭載の発表があることも課題である。発表者には、発表終了後の動画確認依頼時に発表資料の提供を依頼しているが、発表者は各分野の有識者であり多忙のために動画確認と資料提供についての返信を得られないことがある。全ての発表をアーカイブするためのコミュニケーションを改良する必要がある。 表2 産業部会ウェブサイトのページ設計 & $\cdot$デジタルアーカイブ学会(本部)のリンク \\ ## 6. 運営するうえでの課題 本稿 2 章で述べたように、当部会は部会メンバーの所属組織(大学・自治体・民間企業など)が所有するツールに依らず、Zoom や Googleなどのサービスを用いて運営している。しかし、それらのサービスには限界があり、一部はデジタルアーカイブ学会本部や東京大学寄付講座の力を借りている状況である。具体的な状況とその課題を記す。 $\cdot$DA ショートトークの Zoom ウェビナー 現状では、東京大学寄付講座を介して東京大学のアカウントを使用している。しかし、東京大学所属の部会メンバーが当日に参加できない場合、ウェビナーを開室できなくなるという課題がある。部会として Zoom の有料アカウントを持つことができれば解決するが、部会としての予算を持たないため実現していない。 ・申し迄み受付 学会員への案内メール配信と個人情報取り扱いの観点から、事務局員ではなく、デジタルアーカイブ学会本部の担当者に依頼している。流れとしては、(1)プログラム確定 $($ 部会事務局) $\rightarrow$ (2)申し达みフォーム作成 $($ 学会本部) $\rightarrow$ (3)申し迄みフォームの URL を部会 HP に反映 (部会事務局) $\rightarrow$ (4)学会員へ案内メール配信 (学会本部) $\rightarrow$ (5)申し达みリストの部会への共有(学会本部)となる。このような連携が必要であり、学会本部の担当者には毎月迅速な対応をしていただいている。 この場をお借りして感謝申し上げたい。一方で、時期によっては学会全体のイベントと重なってしまうなど、本部の負担となってしまう可能性もある。少なくとも、(2)申し达みフォーム作成・(5)申し达みリストの部会への共有は部会事務局にて行いたい。しかし、現段階では、無料で使用できる申し达みフォーム作成サービスでは不足があると認識しており、実現していない。部会にて適した申し达みフォーム作成のアカウントを持つことが出来れげ一層の効率化を図ることができるため、今後も採り得る策を模索したい。な扮、申し达みフォームには基本的な機能に加え、次の機能が備わっていることが望まれる。 ・申し达み一覧の csv 出力 (記録と集計のため) - 自動返信メール設定機能 (Zoom ウェビナーの URL を通知するため) ## 7. おわりに 第 1 回ショートトークの開催から約 1 年が過ぎた。 その運営方法は定形化され、準備から開催までスムー ズに進めることができるようになってきた。滞りのない定期開催のための運営責任は、相応のプレッシャー があるが、発表者や視聴者からの好評や、当日の討論の盛り上がりなどによる充実感を糧に、今後も真摯に運営に携わっていきたい。 しかしながら、6章で述べた課題もある上、部会义ンバーそれぞれに本務がある中で、いかに効率的に運営するかは非常に重要なポイントであり、一つ一つの課題を解決することが持続可能な部会運営に繋がる。課題の中には、部会費があれば解決できるものもある。学会全体を巻き込む話になるが、部会の更なる発展のために、部会費についてぜひ検討いただきたい。 今後も、引き続きこれまでの試行的な運営で明らかになった課題や問題点などを検討し、DAショートトークの発展とデジタルアーカイブの産業化の新興のために真摯に運営に携わる所存である。また、このようなイベント・フォーラムの開催についてよりよい運営万法をご存じの方はぜひ打知恵をお貸しいただきたい。 最後に、当部会のDA ショートトークに快く参加いただいた発表者の皆様には心から御礼申し上げます。 ## 註・参考文献 [1] 荒木純隆, 緒方靖弘, 太田亮子. 産業部会ショートトーク視聴者の感想と今後のビジョン. デジタルアーカイブ学会誌. 2023, vol. 7, no. 3. [2] Zoomビデオコミュニケーションズ社. Zoom. https://zoom.us/ (参照 2023-05-08). [3] ミクステンド株式会社. 調整さん. https://chouseisan.com/ (参照 2023-05-08). [4] Google Inc.. Google Groups. https://groups.google.com/ (参照 2023-05-08). [5] Google Inc.. Googleドライブ. https://www.google.com/intl/ja_jp/drive/ (参照 2023-05-08). [6] Google Inc.. Googleスプレッドシート. https://www.google.com/intl/ja_jp/sheets/about/ (参照 2023-05-08). [7] Google Inc.. Googleドキュメント. https://www.google.com/intl/ja_jp/docs/about/ (参照 2023-05-08). [8] Google Inc.. Googleフォーム. https://www.google.com/intl/ja_jp/forms/about/ (参照 2023-05-08). [9] Zoomビデオコミュニケーションズ社. Zoom Webinars. https://explore.zoom.us/ja/products/webinars/ (参照 2023-05-08). [10] 産業とデータ・コンテンツ部会ウェブサイト. https://sangyo.digitalarchivejapan.org/sangyo/ (参照 2023-05-08). [11] 産業とデータ・コンテンツ部会YouTubeチャンネル. https://www.youtube.com/@user-114td3qj7v (参照 2023-05-08).
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# DAショートトーク:知識が我らを豊かにするために DA Short Talks: To Make Us Prosper through Knowledge 黒橋 禎夫 KUROHASHI Sadao 国立情報学研究所/京都大学 } \begin{abstract} 抄録:デジタル知識の構築や循環を持続的なものにするためには産業化の視点がかかせない。そのためには、DA 関する多様な 活動や技術を共有し、さらには DA 産業化に関する活動・課題の鳥瞰図が必要である。このような動機から、2022 年度から月 1 回 のペースで開催しているDAショートトークの概要について述べる。 Abstract: In order to make the construction and circulation of digital knowledge sustainable, an industrialization perspective is essential. For this purpose, it is necessary to share various DA-related activities and technologies, and furthermore, to have a bird's-eye view of activities and issues related to DA industrialization. This paper describes an overview of the DA Short Talks, which have been held once a month since FY2022 with these motivations in mind. \end{abstract} キーワード : DAショートトーク、DA産業化、動画による知識の流通・蓄積 Keywords: DA Short Talks, DA Industrialization, Video-based Knowledge Distribution and Accumulation ## 1. はじめに 「知識は我らを豊かにする」は電子図書館構想などをすすめた元京都大学総長、元国立国会図書館長、デジタルアーカイブ学会初代会長の長尾真先生の言葉である。そして、デジタルアーカイブ学会の目指すものはデジタル化された知識に基づく心豊かな社会の実現である。 デジタル化された知識は、そうでない知識に比べてその利活用が格段に効率化され、AI 技術によってその価値がさらに増幅される。デジタル化された知識は、 データ駆動社会やオープンサイエンス、シチズンサイエンスの根幹でもある。 デジタル知識の構築や循環を持続的なものにするためには、産業化の視点がかかせない。文化芸術の保全や推進、教育や学術に一定の国費が投じられることは健全である。一方で、デジタル知識に関するマネタイズ (収益化) の仕組みが工夫され、これによってデジタル知識の利活用が一層促進され、人々や社会が豊かになることが成熟した国家に求められることであろう。しかし、それは簡単ではない。 2. DA ショートトーク 2.1 産業とデータ・コンテンツ部会 このようなデジタル知識に関する根本問題を議論するために、2021 年度、デジタルアーカイブ (DA) 学会内に「産業とデータ・コンテンツ部会」が設立された。初年度は、コロナ禍まっただ中であったが、オンラインで一般的な講演会(連続フォーラム)を数回実施した。そこで再確認したことは、DAの様々な活動それぞれに事情・課題があり、また、知識の産業化には法制度を含めて極めて多様な側面が関係するということであった。そこで、まずはその整理、いわばDA 産業化に関する活動・課題の「鳥瞰図」が必要であり、 そのためにはDAに関してもっともっと様々な活動や技術を知ること、共有することが必要であるとの考えに至った。 ## 2.2 動画による知識の流通・蓄積 国立情報学研究所が 2020 年のコロナ禍をきっかけに始めた教育機関 DX シンポ[1] というものがある。 オンラインで、15 分程度の比較的短い講演からなるシンポジウムを当初は毎週、その後 3 週に 1 回程度のペースで今も続けられている。アーカイブも構築され、 コロナ禍で五里霧中であった教育界において灯台のよ うな役割を果たしたと高く評価されている。TEDなどもそうであるし、YouTube 上においても、比較的短時間で要点をまとめた動画が、知識の流通・蓄積の新たな手段として市民権を得るようになったともいえる。 ## 2.3 DA ショートトークの概要 このような背景から、産業とデータ・コンテンツ部会においても 2022 年度から、「DAショートトーク/産業のシーズを見つけよう!」というオンラインの講演会シリーズを開催することとした。12 分の講演と 3 分の質疑 $\times 6$ 件、最後に 30 分の全体議論という 2 時間の講演会を、月 1 回のペースで実施した (2023年度からは、質疑の時間をもう少しとることにして、12 分の講演と 5 分の質疑× 5 件としている)。 運営は持続性の観点からもできるかぎり簡便なものとした。オンラインッールとして Zoom のウェビナー を利用し、多くの方がすでにオンラインツールの使用に慣れていたので、予行演習も講演会直前の 15 分の時間で行った。 講演会翌週には部会メンバー約 10 名によるオンライン部会を開き、講演会のアンケートの確認を含む反省会と、次回、次々回の講演トピックと講演者に関する議論を行った。部会員からの積極的な発言、推薦があり、多くの場合 30 分から 1 時間程度で少なくとも次回(約 3 週間後)のプログラム編成を完成させた。 このようなかなり軽い運営で 1 年間この活動を続け、本原稿提出時点(2023 年 5 月)でちょうど 12 回の講演会を開催し、計 70 件の講演がアーカイブされ YouTube 上で誰でも視聴することができる(付録に講演の一覧を掲載する)。 さらに、この DAショートトークの当初の目標である鳥瞰図構築のために、 5 回、30 件の講演が蓄積された段階で、多次元尺度構成法の考え方に基づく「DA産業化マップ」を構築し、部会ウェブページ[2]で公開した(詳細は本特集号の別記事にゆずる)。 幸いにして、第一線でデジタルアーカイブに関わつている多くの研究者、開発者、実務家に講演頂くことができ、手前味増ではあるが毎回かなりのクオリティの講演会である。この成長を続けるアーカイブはデジタルアーカイブ学会の貴重なアセットであろう。現状ではオンライン講演会のリアルタイムの参加者は 50 〜60 名程度であり、アーカイブの視聴回数もそれほど多いとは言えないが、これには YouTube チャンネルの設定の問題などもあり、今後、広報のやり方を含めて検討する予定である。 ## 3. おわりに 講演が 100 回となる 2023 年秋頃にリアルの講演会を開催するとともに、これまでの講演アーカイブや産業化マップを踏まえ、今後のデジタル知識に関する産業化の議論を深めて行きたいと考えている。学会員の皆様も、是非講演アーカイブや産業化マップをご覧頂き、それぞれの視点で、デジタル知識の利活用促進のための議論にご参加頂ければ幸いである。 ## 謝辞 DAショートークの立案・運営にご尽力頂いた本学会総務担当理事柳与志夫先生に感謝致します。 ## 註・参考文献 [1] 国立情報学研究所教育機関DXシンポ. https://www.nii.ac.jp/event/other/decs/ (参照 2023-05-08). [2] デジタルアーカイブ学会産業とデータ・コンテンツ部会ホームページDA産業化マップ。 https://sangyo.digitalarchivejapan.org/sangyo/index.php/map/ (参照 2023-05-08). 付録 デジタルアーカイブ学会産業とデータ・コンテンツ部会 DA ショートトーク/産業のシーズを見つけよう! ショートトーク一覧 $2023 / 4 / 28$ } & $1-1$ & 知識はわれらを豊かにする & 黒橋禎夫 & 京都大学教授 \\ & 田良島哲 & 東京国立博物館特任研究員 \\
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# 首里劇場の調査報告 Research report on Shuri Theater ## 真喜屋 力 \\ MAKIYA Tsutomu 沖縄アーカイブ研究所 抄録:沖縄最古の木造劇場の首里劇場の調査報告。建築、演目リストなど様々な専門家を集めて行った。今後はデジタルアーカイブとして公開予定。 Abstract: A report on Okinawa's oldest wooden theater, the Shuri Theater. We have gathered various experts such as architecture and industrial history. It will be released as a digital archive in the future. キーワード : 沖縄、映画、演劇、地域史、戦後史、建築 Keywords: okinawa, Movie, theater, regional history, postwar history, architecture ## 1. はじめに 現存する沖縄最古の木造劇場の「首里劇場」が、三代目館長の急逝によって閉館となった。後継者もいない劇場は、粛々と取り壊しに向けて動いている。私たちは首里劇場を戦後大衆文化の貴重な記録と考え、各分野の専門家を集め『首里劇場調査団』を結成。調查と記録、その公開を目指した。 ## 2. 首里劇場とは ## 2.1 歴史 首里劇場は 1950 年に那覇市首里大中町に作られた木造瓦茸き、二階建ての芝居小屋兼映画館。地上を焼き尽くした沖縄戦から 5 年目の年になる。目と鼻の先の首里城跡に琉球大学が開校したものの、周囲はまだ茅莫きの家ができ始めた時代である。 館主は沖縄民政府の工務部にいた金城田光(きんじょうでんこう。合資会社田光組の社長で、首里劇場以外にも首里の復興に尽力した人物。同年に開校した琉球大学の木造校舎を造ったのも、この田光組である。当時、大衆が渴望した演劇や映画などの婃楽はもちろん、首里高校の文化祭会場や、バレエ団の子供たちの発表会会場として利用された。また地域の集会の場であり、台風時は避難場所にもなり、地域のランドマーク以上の存在感があった。 その後の沖縄芝居の低迷、映画産業の斜陽化もあつて、経営は右肩下がりとなり、80 年代には成人映画 図1 首里劇場(1950年代) 専門館として糊口をしのぐようになる。 その後、2021 年に成人映画路線から名画座へと舵を切るも、2022 年 4 月に三代目館長の金城政則氏の急逝によって閉館となる。 ## 3. 調査の意義 ## 3.1 資料価値 首里劇場が造られたタイミングから推測すれば、設計のベースとなったのは戦前の劇場建築であったこと は想像に難くない。「沖縄最古にして最後の木造劇場」 である首里劇場は、戦後建築でありながら、戦前の劇場文化の片鱗を伝えてくれる貴重かつ最後のサンプルと言える。このまま解体されてしまえば、沖縄の大衆文化の貴重なデータを失うことになってしまうだ万う。理想をいえば建築の保存が望ましいが、まずその前段階として、首里劇場の詳細を調査し、多くの人にその重要性を伝えることが必要だと考えた。 ## 4. 調査の内容 ## 4.1 現物調査 現存する建築の調査。主に構造調査と備品などの資料収集。あわせて記録映像、記録写真を撮影する。 ## 4.2 資料調査 興行史、地域史、戦後史など、文献資料や関係者ヒアリングなどの収集。 ## 4.3 利活用推進 調査とは少しずれるが、遺族に代わって内覧会や利活用の窓口となり、多くの人に現存する劇場を体感してもらう。これはデジタルではない、記憶と言う形で語り継ぐための記録だと考える。あわせてヒアリング調査も実施する。 ## 4.4 情報発信 調查内容はデジタルアーカイブ化して、その内容を 活用が可能な状態にしていく。 ## 5. 調査の内容 ## 5.1 建築としての首里劇場 建築調査に関しては、建築士の普久原朝充が担当した。 調査開始時点では首里劇場の図面は見つかっていなかった。時代的にもきちんとした図面ではなく、板図とよばれるような現場で描かれた計画書のようなもので、職人達が建築を行ったのではないかと想像された。普久原は実測調査にて、必要最低限度の図面を起す予定であったが、最終的にはかなりの精度の高い図面ができ上がった。これはレーザー測量や、Web サービスの「Matterport」を利用した 3D グラフィックなど、応援企業からの無償の協力があったことで実現された。成果物として、30 枚の図面 (付近見取り図、配置図、平面図、屋根状図、立面図、断面図、梁状図、求積図、点群比較、考察図面)を作成した。 図2 劇場図面の一枚 これらの図面は、さらに沖縄建築士会のメンバーを首里劇場に集め、プレゼンと現場検証、質疑応答を経て、最終発表された。デジタルアーカイブとして公開していく。 建築調査によって、首里劇場が 72 年間、ほぼ変わらぬ形で残り続けたことがハッキリした。一部コンクリートの柱もあるが、これは内部に元々の木製の柱の周囲をブロックで囲んだだけで、内部には当初からの柱が温存されている。またブロックも JIS 規格の製品ではなく、アメリカから輸入されたものであることが判明した。 前述の Matterport を使った $3 \mathrm{D}$ デー夕も公式ブログに公開している。Matterport は専用カメラを用いて館内の 360 度写真を 200 ケ所近く撮影。そのデー夕を元にカットモデル風の $3 \mathrm{D}$ モデルを生成するサービス。 またストリートビューの様な閲覧方法や、任意の点を結んで距離を測るなど、構造の概要を知る上ではかなり有用なデータとなっている。 実は最近になって建築当時の図面が見つかった。今後、現状の図面と比較をすることで、首里劇場がどのように改築され、機能を増やされてきたか、その歴史がさらに解き明かされることになるだ万う。 ## 5.2 興行史調査 興行史に関しては、県立芸術大学の鈴木耕太が中心となり、その他のヒアリングで得た情報も集約されている。 方法はシンプルに新聞や情報誌などをたどり、興業内容のリストを作成した。また沖縄県立公文書館や国立国会図書館等の資料により、劇場設立の流れを拾い集め、沖縄芸能の戦後史の裏側も調査されている。成果物として、以下の作品リストが提出されている。 (1)首里劇場関連年表(抄) (2) 上映作品 : 「Weekly Okinawa Times」1966-1967 (3)上映作品:「おきなわ JOHO」1984.4-1989.3 (4)上映作品:「週刊レキオ」1989.2-1996.12 (5)上映作品:「週刊レキオ」1997.1-2000.12 加えて、首里劇場の前史とも言うべき地域の歴史も見えてきた。実は首里劇場の前身となる野外劇場のことや、それに関わる文化行政の動きも見えてきた。 またヒアリング調査から、地域のバレエ研究所の子供たちの発表会場であったことが判明し、舞台で踊る子供たちの写真などが大量に見つかっている。 ## 5.3 写真、映像による記録 ## 5.3.1 写真記録 前述の Matterport の作成によって、劇場内の 200 ケ所の 360 度撮影を入手したが、それ以外にも建築写真を記録してきた深谷慎平によっても 300 枚以上の写真撮影を行っている。また他の調査メンバーが撮影した個別の写真も集めて、現在メタデータ等の作業中である。 図3 360 度カメラによる場内写真 ## 5.3.2 動画記録 動画記録はドローンなども使って新たに撮影したものと、これまでにイベントなどで記録したものが集められている。これらの映像を使って、20 分程度の映像作品を制作、首里劇場の歴史などを周知する活動にも使用している。この映像作品はネット上で公開する以外にも、映画祭や映画館での公開など、様々な用途で利活用が進んでいる。 ## 5.4 アーティストの誘致と内覧会 ## 5.4.1 アーティスト誘致 アーティストの誘致と内覧会 記録というと、どこか無機的な作業が想起されるが、劇場のように多くの人々が利用する空間には、利用者の主観的な見え方も必要なのではと考えられた。そこで首里劇場調査団が空口となり、自薦他薦に関わらず、外部のアーティストによる作品化をお願いした。 これらの著作権はアーティストに帰属することにな るため、首里劇場調査団のするデー夕枠外のものになるが、それぞれのアーティストの作品として公開されることになるだ万う。記録は集約することも重要だが、長期保存という意味では分散化することも大きな意味があると考えている。また最終的にデジタルアーカイブとしてまとめていくことを考えれば、現物保存にこたわる必要もない。アーティストの目を通して作品となった首里劇場のメタデータを集約することで、より深みのあるデジタルアーカイブを将来的に構築していける可能性をもたらすことになるだろう。 ## 5.4.2 一般向けの内覧会 内覧会は主に一般向けに行われていたが、ガイドッアー形式で、一般参加者を集めて行った。300 人以上の人々が訪れて、首里劇場の空間を体感してもらうことができた。アーティストの様に作品化はされないが 「記憶」と言う形で、後世に記録を伝えられる語り部を造ることが意図されている。デジタルアーカイブは、 メタバースのような疑似空間であったとしても、現場の体感以上のものは伝わらない。しかし現場を知っている人がいて、彼らがデジタルアーカイブで利用した時に、より豊な情報を発信できるようになるのではないたろうか。つまりデジタルアーカイブの限界を補完する「語り部」を増やす作業たったと言える。 ## 6. 今後の発信 ここまで調査活動の成果について記してきたが、肝心のデジタルアーカイブ化はこれからの作業である。現状は公式ブログにて情報発信は行い、データもそこから拾うことはできるが、それぞれの資料にメタデー 夕を付けて、しっかりとしたデータベースを構築していく必要がある。これはもうまもなく立ち上がる沖縄デジタルアーカイブ協議会の運営するサーバーを利用することになっている。 ## 7. おわりに 我々が暮らす沖縄県からは、様々な伝統文化の情報が発信されている。しかし、首里劇場をはじめ、沖縄芝居などの大衆媅楽文化は、文化行政なども発信以前の情報集約が遅れている。首里劇場調査団の仕事が、古典芸能や王朝文化に寄りがちな文化政策が、大衆文化にも視野を広げていくきっかけになればと思いながら、今後の作業を充実させていきたいと考える。
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# 戯曲デジタルアーカイブ: リリースまでの記録と今後の課題 The Playtext Digital Archives: Its Release and Future Challenges \begin{abstract} 抄録:2021 年 2 月 28 日、戯曲デジタルアーカイブはリリースされた。劇作家が日本語で創作・翻案した 539 本の戯曲を、無料で 閲覧・ダウンロードできる。一般社団法人日本劇作家協会が企画・制作・運営している。検索機能を実装し、劇作家名、作品名、出演人数、上演時間などで戯曲を絞り込むことが可能。本稿では現在に至るまでの運営責任者として関わる筆者の目線から、リリー スまでのプロジェクトマネジメントと課題や設計、それらに対するチームの実働、リリース後のユーザーの反応や、今後の改善や 持続可能性への課題を記す。 Abstract: The Playtext Digital Archive was released on February 28, 2021.539 plays written or adapted in Japanese can be viewed or downloaded free of charge. It is operated by the Japan Playwrights Association. One may search for plays by playwright name, title, number of performers, performance time, etc. This paper will discuss the project management, challenges and design up to the release, the actual work of the team in response to those challenges, the response of users after the release, and challenges for future improvement and sustainability from the perspective of the author involved as a person in charge of the operation up to the present. \end{abstract} キーワード : 戯曲デジタルアーカイブ、戯曲、台本、演劇、アーカイブ Keywords: The Playtext Digital Archives, playtext, script, play, archive ## 1. はじめに 2021 年 2 月 28 日、戯曲デジタルアーカイブ[1] はリ リースされた。「いつでも、だれでも、どこでも、 24 時間無料で世界中から戯曲が読めるウェブサイト」だ。劇作家が日本語で創作・翻案した 539 本の戯曲を、無料で閲覧・ダウンロードできる。一般社団法人日本劇作家協会が企画・制作・運営している。検索機能を実装し、劇作家名、作品名、出演人数、上演時間などで戯曲を絞り込むことが可能。リリースまでの経緯には、大きく二つの流れがあった。ひとつは、劇作家協会の長年の目的の「演劇図書館」構想。もうひとつは、「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタル化支援事業」(以下、 EPAD)だ。 戯曲デジタルアーカイブには、以下のふたつの目的がある。 1. 未来の演劇人のために、戯曲のアーカイブを残し、貴重な戯曲の散逸を防ぐ。 2. 読者が上演したい場合の上演許諾に対するアクセスやルールを明文化し、上演につながる生きたアーカイブとする。 本稿では現在に至るまでの運営責任者として関わる筆者の目線から、リリースまでのプロジェクトマネジメントと課題や設計、それらに対するチームの実働、 リリース後のユーザーの反応や、今後の改善や持続可能性への課題を記す。 ## 2. 設計 本節では戯曲デジタルアーカイブの設計について記す。2020年 10 月にプロジェクトチームが編成された。 プロジェクトマネージャーとして、最も神経を使ったのは設計についてである。 2.1 ウェブのデータベース設計、システム構築、デザイン演劇業界内でウェブ構築の際、知見の少なさから目的が曖昧なままプロジェクトがスタートし、危機に直面する場面をいくつか経験した。そのためプロジェク卜導入時のゴール設定が非常に重要だと考えた。 課題解決のために、筆者が協会とエンジニアチームの間に入った。協会には予算と期間の制限からシステムで出来ることの限界を提示し、エンジニアサイドには要件定義を確定し、微修正はありながらも根幹の決定事項は遵守した。特にデータベースの設計について は、後から変更することには時間的、予算的リスクが大きい。リスク回避のため、双方からヒアリングを丁寧に行い対話を重ねることで、比較的早い段階でデー タベース設計が終わり、後からの変更も少なかったことは良かった点である。 またデザインについては、UI/UXという点でも、何度利用しても飽きない点でも、重要視していた。12 月の段階でデザイナーからリリース版に近いラフを提案いただけたことは、スケジュールの観点からありがたかった。 ## 2.2 戯曲データ公開形式 公開する戯曲のデータ形式をどうするかは議論が分かれる部分だった。青空文庫形式、e-pubなどの電子書籍形式なども検討した。これらは可読性という意味で優れている。また、文章をテキストデータという形式で保持できるので、台詞の全文検索が可能になる。一方で収集した戯曲データからコンバートする際のコストの課題が残る。 結論としては、PDFデータで収集、公開することにした。PDFデータであれば、収集したデータをそのまま公開することが可能であり、データコンバートのコストを削減できる。また体裁についても、劇作家の意図する見せ方が可能になった。 一部の戯曲についてはテキストデータが存在しなかったため、印刷物を OCR したテキストデータを、目視手作業で修正した。この工程には非常に大きなコストが掛かった。 ## 2.3 有料公開か、無料公開か 著作権者が無料公開か有料公開かを選択できるアイディアも出たが、結論としては無料に統一した。システム構築の課題として、有料にした場合の課金システム作成のコストなど現実的な問題もあった。より重要なポイントは、無料にしてより多くの読者を獲得すること、そして上演などの二次利用につなげることだった。劇作家協会の戯曲図書館という概念も判断の助けになった。 ## 2.4 戯曲、劇作家選定 戯曲をアーカイブするためには、劇作家・著作権者から戯曲の利用許諾を得る必要がある。EPAD 事業はコロナ対策の施策であり、ある程度多くの劇作家に対して戯曲提供料を支払う必要があった。これはアーカイブ対象選定の際の制限になる。たとえば、著名な劇作家の作品を 30 本揃えるといった方策は採りにくい。結論としては、2 方面に戯曲提供を依頼した。ひとつは、劇作家協会会員より戯曲提供を一作家あたり上限 2 点で募ること。もうひとつは、チーム内で 60 年代から現代までの期間を設定し、その中からアーカイブするべき戯曲を選定し、劇作家・権利者に提供を依頼すること。 これにより、広く劇作家に対し提供料を支払いつつ、 また協会内の多様な地域、世代、性別の劇作家の作品、 また協会外の劇作家の重要な戯曲を複数収集することが可能になった。当然ながら、後者の方がコストが掛かり、本数比率としては㧍よそ7:1 ほどとなった。 ## 2.5 戯曲データ収集 戯曲データを収集するためには、大きく分けて 3 種類のデータが必要になる。メインになる戯曲 PDFデー 夕、その戯曲のメタデータ、そして劇作家または著作権者のデータだ。後からシステムを変更せずにすむよう慎重に設計した。グーグルフォームを活用し、戯曲 PDF データとメタデータを同時に収集した。劇作家から提供されたメタデータは、全てグーグルスプレッドシートに収集されるため、その後の管理も容易である。戯曲デー夕収集はっ切を 3 回に分けて募った。初回収集の反応を見て、その後の告知やオファーに必要なリソースを割り出した。 ## 2.6 上演許諾申請、権利処理 活きたアーカイブとして活用されるためには、権利処理機能の充実は久かせない部分だ。理想としては、 システム上で権利処理が可能になり、ワンクリックで上演許諾が取れるようにしたい。しかし当時は期間やコストの観点から実現不可能だった。 結論としては、ウェブフォームを設置し上演希望者の依頼を促し、上演依頼をアーカイブ部がメール受信し、メールにて劇作家に連携し、劇作家から依頼者に条件をメールしてもらうと、人力で処理する形になった。それでも、上演依頼をする際、権利者になかなか繋がれない、時間が掛かる、返事が来ない、などの困りごとを多少は緩和できるのではないかと考えた末の妥協案である。 ## 3. 実働 本節では戯曲デジタルアーカイブを構築するにあたって、チームでの具体的な実働について記す。リリース前の戯曲デジタルアーカイブは、誰にとってもイメージできなかった。これは、劇作家協会会員も、戯曲提供を依頼した劇作家も、そしてプロジェクト チームさえそうだったと考えている。今はウェブサイトがあり、検索機能に触れ、戯曲 PDF デー夕を読むことで体験できる。しかし目に見えず体験もできないものは、いくら言葉を尽くしても、伝わらないものは伝わらない。一般に人間は、よく分からないものにはなかなか踏み込めないものであろう。他にも、無料公開への懸念、技術的にPDFデータが作成できないなど劇作家個別の事情もあって、収集活動は 1 次募集までは苦戦した。また、交涉の途中でいくつかの要因で、提供を辞退されることも何回かあった。存在しない新しいものを説明し、理解してもらうこと、また大切な作品を預かることの難しさを痛感した。 ## 3.1 劇作家、著作権者との折衝 チーム内でピックアップした戯曲の、作者や著作権者へのコンタクトは、担当メンバーの努力もあって比較的スムーズに進んだ。メンバーには様々な気苦労があったであろうと思う。 60 年代 -80 年代の戯曲については、戯曲データが無い場合が多くデータ化作業も多く発生した。また、デジタルアーカイブという概念を理解していたたくことへの苦労も多かった。 会員への戯曲募集でも、1 次募集段階では動きが少なく、2次募集 3 次募集に向けて改善を検討した。チー ムメンバーの劇作家・権利者への丁寧なコミュニケー ションが奏功し、結果的にはね切を前倒して収集できた。ただ予算が上限に達してしまったため、提供いただいたがアーカイブできなかった作品が残ることになり、反省点となった。 ## 3.2 戯曲データ収集 2020 年 12 月 3 日から戯曲デー夕収集を開始した。 2 ヶ月弱の間に数百本の戯曲 PDFデータをチェックした。人員はおよそ 20 人。一人あたり $20-30$ 本の戯曲をチェックすることになり、これは実働日が限られていることを考えれば、1日1本を越える状態と考えられる。簡単な誤字脱字のチェックと、著作権への抵触の確認のみだが、簡単ではない。プロジェクトの山場の一つであった。著作権については後述する。 ## 3.3 著作権にまつわる対応 劇作家は、その戯曲の著作権を持っている。プロジェクトとしてはその権利を守ることを意識した。たとえば、無断上演は著作権侵害にあたるため、注意喚起を目立たせるデザインをした。読むことは無料だが、上演は著作権者の許諾が必要であると分かりやすく伝えた。一方で、劇作家が他者の著作権に配慮する必要もある。たとえばミュージカルの台本で、ミュージカルナンバーがJASRAC に登録されている場合、著作権者がアーカイブ提供を許可しても、その戯曲データを公開する主体(戯曲デジタルアーカイブの場合は日本劇作家協会)が、JASRAC に利用料を支払う必要がある。作家自身が提供する戯曲の、作家自身が書いた歌詞について、外部に支払が発生するとは思いもよらず、勉強になった事例のひとつだ。 また、戯曲中に歌詞や詩、小説の引用がある場合も、場合によっては著作権侵害にあたる。戯曲 PDFデー夕を確認していると、かなりの戯曲が該当した。その際、 メンバーから劇作家に書き換えや修正を依頼して再提出してもらい、修正されたデータを確認し、収集した。劇作家は自身の権利を守ってもらう立場であり、他者の権利を守ることにもより意識的になる必要がある。 ## 4. 反応 戯曲デジタルアーカイブがリリースされてから、 2022 年 10 月 31 日で 1 年 7 ケ月になる。本節ではその間にいただいた応や数字などを記す。声は劇作家協会会報誌『下書き 67 号』[2]より引用する。 ## 4.1 集計 2021 年 2 月 28 日 2022 年 10 月 31 日の集計揭載戯曲上演依頼:226 件 戯曲揭載希望:52 件 2021 年 2 月 28 日より 1 年間の集計 トップ 60 戯曲ダウンロード総数:143,217 件 ## 4.2 利用者の声 「養成所の人数、男女比は年によって変動するので、 その度に作品選びに苦労する。今回は中間発表として、 1 時間程度で、台詞のやり取りが勉強になる作品、しかも若い女性 2 人という作品を探していた。まさにピッタリの作品が見つかって助かった。作者との連絡も、間に立ってくれた担当者の対応でスムーズに進んだ。今後もっと作品を増やしていただきたい。」 「教育現場でもっと活用されるべきサイトだと思います。」 「HP 上で戯曲が読めるため時間のかかる印刷作業を削減できた。」 「もう少し文字が大きければ助かります。」 ## 4.3 劇作家の声 「これまで使用申請が来たときは、有料/無料、高 校生/一般、客席のキャパシティなど公演規模から上演を概算してたが、コロナ禍を経て配信の有無、アー カイブの有無、その期間など使用の範囲がさらに広がったので、そのケースごとに規約をつくって迅速に対応できるようにした。」 「お目にかかったことのない遠隔地の演劇関係者から上演許可の执申し込みをいただき、とても思いがけないことではありましたが非常に嬉しく思いました。」 ## 5. 課題 本節では戯曲デジタルアーカイブの今後の課題を記す。 ## 5.1 劇作家の権利処理 DX 化 演劇を企画する立場から考えると、ワンクリックで上演許諾が得られれば利便性が高い。しかしそれを実装するためには課題が山積している。まず劇作家によって上演許諾の条件が多様であること。クリエイティブコモンズのように、いくつかの選択肢に落とし込むことが必要かもしれない。上演料のクレジットカード決済を実装するためには、セキュリティ強化も必要である。なにより日本劇作家協会として、劇作家が権利処理を委託したいと思えるような信頼関係を構築することが最重要課題になると考えている。そのために、まずヒアリングなど、丁寧なコミュニケーションを重ねている。 ## 5.2 掲載戯曲の追加 劇作家からも利用者からも求められている部分である。大きく二つの課題がある。ひとつは、クオリティコントロールについて。無作為に全ての戯曲を受け入れることは、たとえば国会図書館のようなモデルになる。しかし、戯曲デジタルアーカイブは、博物館美術館のように、収集品を選定するモデルでもいいかもしれない。しかし、その選定基準は課題である。もうひとつは、掲載戯曲のチェック体制。誤脱チェックはもとより、著作権のチェックは必要だか、そのためには相応の予算が必要だ。 ## 5.3 運営コスト 戯曲デジタルアーカイブは AWS というクラウドサービスを利用している。また、JASRAC に掲載戯曲の権利費用を支払っている。これらに毎年予算が必要だ。また、戯曲上演希望は、スタッフが手作業で対応し、劇作家につないでいる。現状、これらのコストを まかなう収入源はない。 ## 5.4 マネタイズ マネタイズの方法として出てきたアイディアはいくつかある。戯曲デジタルアーカイブ経由の上演申請への手数料徵収、戯曲販売など $\mathrm{E} コ$ コース実装、バナー 広告、クラウドファンディング、寄付、助成金申請、戯曲掲載への手数料課金、などだ。まだどれも検討段階だが、目的に鑑み自立した運営をしたいと考えている。個人的には、上演申請への手数料徴収を劇作家から受けるのが (それが運営コストに十分な額かどうかは別として)最も理にかなうと考えている。 ## 5.5 出版社との協力 戯曲デジタルアーカイブが誕生するためには、それまで劇作家と共に戯曲文化を支えてきた出版社の存在が必要だった。しかしプロジェクトチームは残念ながら、出版社との協力体制を築くアクションを总ってきた。これはリリース時のタイトスケジュールに由縁するが、いまからでも出版社と、未来の戯曲文化の継承と発展に向け、協力できる体制を探すべきだと考えている。 ## 6. おわりに 戯曲は文学の一形態であり、演劇の設計図である。文学を読むという行為は一人で行うが、演劇は複数人で声を出して行うことが一般的だ。戯曲という設計図はプロフェッショナルの上演のためだけに存在する物では無いはずだ。家族での読み合わせや、オンラインで友人同士で声に出してみるカラオケのような楽しみ方も可能である。 歴史上感染症の流行が終わらなかった例は無く、演劇公演もいずれはまた上演できることが当たり前になっていくだ万う。そのときに歔曲デジタルアーカイブが、戯曲を読むという形で演劇との出会いのきっかけとなり、レクリエーションとしての読み合わせを経て、上演申請機能が公演企画を促すような存在になれることを願っている。 ## 註・参考文献 [1] 戯曲デジタルアーカイブ. https://playtextdigitalarchive.com/ (参照 2022-10-31). [2]劇作家協会会報誌『卜書き67号』(2022年 3 月25日). http://www.jpwa.org/main/report/555 (参照 2022-10-31).
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# 沖縄県立図書館の移民関連事業と デジタルアーカイブ The World Uchinanchu Project and Digital Archive of the Okinawa Prefectural Library 原 裕昭 HARA Hiroaki 沖縄県立図書館 } 抄録:沖縄県立図書館では、2018 年度からルーツ調査、移民資料の調査・収集、企画展示などの沖縄県系移民に関する事業を実施 している。主な事業の対象は、北米や南米にある海外沖縄県人会及び県系人である。デジタルアーカイブを活用した「沖縄県系移民渡航記録データベース」「移民資料収集」の取り組みを紹介し、地理や言語の壁を越えそして過去と現在を繋ぎ、沖縄と世界の ウチナーネットワークの再構築を目指す当館の取り組みを紹介する。 Abstract: The Okinawa Prefectural Library has started the World Uchinanchu (Okinawan) Project since 2018 which includes providing a genealogical reference service with overseas Okinawan descendants, collecting documents and publications about Okinawan diaspora and holding exhibitions about it. This paper introduces the digital archive project, especially for Okinawa Migration Record Database and collecting resources on Okinawan migration, which aims to develop the World Uchinanchu network over geographical and linguistic barriers. キーワード:ルーツ調査、移民、沖縄、渡航記録、ウチナーンチュ、移民資料 Keywords: Library, Genealogy, Okinawa, Uchinanchu, Diaspora, Migration ## 1. はじめに 沖縄県立図書館(以後、「図書館」という。)では、 2018 年度からルーツ調查、移民資料の調査・収集、企画展示など本格的に沖縄県系移民に関する事業を実施している。その取り組みにおいて、デジタルアーカイブを活用し、地理や言語の壁を越え、過去と現在を繋ぎ世界のウチナーネットワークの再構築を目指す 「ルーツ調査」や「資料収集」の取り組みなどを紹介する。 ## 2. 沖縄と移民 ## 2.1 沖縄移民の歴史 沖縄県は全国でも有数の移民県、つまり移民を多く排出した県である。沖縄から海外への移民は、明治 32 年 (1899 年) ハワイへ渡航した 27 人からはじまり、昭和 13 年までの移住者数は 72,134 人にのぼる。これを昭和 15 年当時の沖縄県の人口で割ると沖縄県民の約 $12 \%$ が移住した計算になり、人口当たりの移民者数は全国で最も高い割合となる。矮小な土地と苛烈な自然環境に加え、沖縄戦による土地の荒廃、米軍による土地の強制接収、琉球政府による移住政策の推進等により、戦後も 17,726 人が政府の関与する移民として海を渡った ${ }^{[1]}$ 。 現在、最初の移民から 120 年以上が経過し、世代交代が進んでいる。沖縄から海外へ移民した沖縄県出身者(以後「移民一世」という。)の子孫、すなわち沖縄県系人(以後、「県系人」という。)は、現地の社会に溶け込み活躍する一方、移民一世などが組織した沖縄県人会を継承し、琉球・沖縄に関する文化活動や相互扶助、会員同士の交流、母県との連絡調整等を行っている。 ## 2.2 ルーツを探す沖縄県系人 しかしながら、世代交代が重なるにつれ、沖縄の親族と交流している県系人は少なくなり、沖縄との血縁的な繋がり、すなわちルーツを確認しづらくなっている。ルーツ調査は故国の人々とともに、あるいはそれ以上に出移民の子孫によって熱心に担われている状況にあり [2]、これは県系人にも当てはまる。けれども、海外から移民一世の出身地などを調べることは難しい状況である。現代を生きる沖縄県民にとっても、移民を身近に感じていた世代が減少し、県系人に対する関 心も薄れている。 ## 2.3 世界のウチナーンチュ大会におけるルーツ調査 沖縄県は、1990 年から約 5 年に 1 回のペースで世界のウチナーンチュ大会 (以後、「ウ大会」という。) を開催し、直近では、2022 年 10 月 31 日から 11 月 3 日まで第 7 回ウ大会が開催された。貴重な人的財産である世界各地の県系人の功績を称えるとともに、県民との交流を通してウチナーネットワークを拡大・発展させ、さらに母県である沖縄に集い、そのルーツゃアイデンティティーを確認し次世代へ継承していくことを目的としている。 図書館は、県系人の情報ニーズとウ大会の趣旨を踏まえ、2016 年の第 6 回ウ大会を契機に、所蔵資料を使って移民一世の出身地などの記録を探すルーツ調査を本格的に開始した。第 6 回ウ大会では、初日から最終日の終了時間まで調查依頼は途切れることがなく、 4 日間で 273 件の調査を受け付け、第 7 回ウ大会では、新型コロナウイルスの影響により海外からの参加者が大幅に減少したが、124 件の調査依頼を受け付けた。 図1 第7回ウチナーンチュ大会のルーツ調査ブース ## 2.4 ハワイにおけるルーツ調査 2016 年 10 月の第 6 回ウ大会以降も、県系人のニー ズに応えるため、図書館のウェブサイトなどでルーツ調査サービスを継続した。そのような中、ハワイ沖縄系図研究会 (Okinawan Genealogical Society of Hawaii:以後「OGSH」という。)と連携がはじまった。OGSH は、ハワイ沖縄連合会(51 のクラブからなり、合計 4 万人を超える会員を持つハワイの県系人の団体)の下部組織として、15 年以上にわたりハワイで県系人向けにルーツ調査を行っていた。言葉の壁を乗り越え、共同調査や資料交換等を通して連携を深めていった。 2017 年 9 月にはハワイ (オアフ島) のオキナワフェ ステイバルにおいて、OGSH と共同でルーツ調査を行った。ハワイでのルーツ調查も盛況で、2日間で 170 件の調査依頼を受け付けた。依頼者の年齢層は、 20 代から 80 代と幅広く、親子で訪問する人もいた。沖縄での第 6 回ウ大会と比較すると若年層からの依頼が多く、世代を超えて自身のルーツに関心を持っていることがわかった。この調査で初めて 1 世のルーツを知り、沖縄を訪問する動機になったケースもあった。依頼者からは「移民 1 世よりさらに遡った先祖について知りたい」「沖縄にいる親戚を訪問したい」「先祖のお墓参りがしたい」「沖縄県出身ではないが調査してもらえないか」という声も聞かれた。 さらに筆者が 2018 2020 年までハワイ大学(East West Center)へ留学する機会を得て、OGSH のメンバーとして活動したことで連携が更に深まった。 ## 3. ルーツ調査とデジタルアーカイブ ## 3.1 渡航記録のデータ化 ルーツ調査では、依頼者から提供される移民一世の氏名、移民国などをもとに出身地などを調査する。 ルーツ調査のために使用する基礎資料は、『沖縄県史』、『沖縄県史料』、各市町村史の移民編などに収録されている渡航記録である。原資料は、外務省外交史料館が所蔵している外務省記録で「海外旅券下付表」と呼ばれているものである。沖縄県史は、膨大な日本人の渡航記録の中から、本県出身者のみを抽出し、編纂して、 1900 年から 1926 年までの渡航記録を刊行した。 渡航記録は、氏名、生年月日、本籍地、渡航先、旅券発行日などが記されており、最初の手がかりとなる。当館では、まず戦前の渡航記録の半分以上をしめる刊行分の渡航記録を OCR 読み込みなどにより、日本語で検索できるようにテキスト化した。さらに、沖縄移民研究センターや県教育委員会文化財課史料編集班から、未刊行分の渡航記録を新たに提供してもらい、戦前に沖縄から海外へ渡った大部分の渡航記録を日本語で検索できるようにした。後者は手書きの原資料からマンパワーでテキスト化を行い、判読不能なものやそもそも誤記入と思われるものも多くあり、確認作業を含め、かなりの時間を要した。 OGSH との連携の中、渡航記録の日本語テキストをローマ字化するプロジェクトが始まった。OGSH の会員で元システムエンジニアだった方などを中心に、自動変換ソフトを使ってローマ字化を行った。旧漢字による表記に加え、沖縄固有の名字・名前、さらに、漢字の読み方の変更なども相まって、この作業にもかなりの時間と労力を費やした。 図2 日本帝国海外旅券(沖縄県出身ハワイ移民大城カメ)沖縄県立図書館所蔵 ## 3.2 渡航記録データベースの構築と公開 ローマ字化がある程度進んだ段階に差し掛かり、いつでもたれでもどこからでもアクセスできるオンライン公開についての検討が始まった。背景には、アメリカの情報公開に関する考え方がある。アメリカでは、過去(1950 年まで)の国勢調査、乗船名簿、出生・婚姻証明書などが、オンラインで公開されており、無料で誰でも自由に閲覧することができる。また、ルー ツを調べるためのサイト (Ancestory.com FamilySearch. org)が充実し、氏名を入力するだけで、それらの記録を検索することができる。そのため、その人物の出生、死亡、居住地、職業、収入、家族の氏名などを容易に誰でも閲覧可能である。 オンラインでの公開に向けて議論になったのは、個人情報の問題である。検討した結果、下記の点を踏まえ、公開することを決めた。第一に、渡航記録の多くはすでに出版され、広く流布されている情報であること。未刊行の部分も外務省外交史料館、沖縄県公文書館、図書館などで全ての記録を誰でもアクセスできる状況である。第二に、移民一世は渡航年と当時の年齢を計算するとほとんど全ての方が亡くなっていると推察され、個人情報保護の対象外となる。また、渡航記録にある本籍地は戦前の渡航時のもので、沖縄戦や戦前戦後の区画整理などによる地番変更により、ほとんどが現在の地番と異なっている。そのため、渡航記録だけで、沖縄に残った親族を特定する(される)ことは難しい。 加えて、沖縄には日本本土と違う特別な事情がある。沖縄戦により、ほとんど全ての沖縄本島内市町村で作製されていた戸籍を焼失した。そのため、1953 年以降に生存する近親者の申し出などにより戸籍は再製されるが、40〜50 年前に海外へ渡った移民一世の記録が網羅されなかったケースも多い。沖縄戦により、当時の人口の約 4 人に 1 人が亡くなったことも影響して いるであ万う。そのため、海外からも所定の手続きを経れば、直径子孫は取得することができる古い戸籍 (改正原戸籍)にアクセスできない。取得できたとしても日本本土に現存する戸籍と比べ情報量が大幅に少ない。すなわち、移民一世について知ることができる唯一の記録が、渡航記録のみとなることが多い。 このような状況を鑑み、本人または子孫からの申請により記録を非公開に変更するオプトアウトを留保しつつ、最終的に沖縄県系移民渡航記録データベース (以後、「渡航記録 DB」という。) を 2022 年 7 月に公開した。OGSH がシステム開発と翻訳、琉球大学内にある沖縄移民研究センター及び図書館等が資料提供とテキスト化等をそれぞれ分担して行った。現在、 1900 年から 1944 年に沖縄から海外へ渡った約 6 万 2 千人分の渡航記録を収録している。渡航記録DBでは、移民一世の氏名から、本籍地・生年月日・渡航年などを検索することができ、日本語・英語・ポルトガル語・スペイン語のインターフェースがある。大きな特長は、ローマ字での検索が可能で、漢字がわからない県系人でも容易に検索できるようサポートする仕組みも取り入れられている。2022 年 7 月 22 日の公開から 2023 年 3 月末までの 8 カ月間で、約 1 万 6 千人がこの渡航記録 DB にアクセスし、約 20 万ぺージビュー の利用がされた。 図3 沖縄県系移民渡航記録データベース ## 4. 移民資料収集とデジタルアーカイブ \\ 4.1 琉球・沖縄資料の中核的図書館と移民資料 図書館は、琉球・沖縄研究の中核的な図書館を目指し、郷土資料を網羅的に収集してきた。県系移民資料も収集対象であり、以前から沖縄で出版される移民一世・県系人に関する資料を中心に収集していた。しかし、海外で刊行された資料の入手は困難であった。 海外で刊行される移民資料の特徴は、移民一世は日本語で記録を残し、二世以降では、現地の言語のみ、 または現地語と日本語併記で書かれる場合が多いことだ。また、資料の多くは、一般に流通するものではなく、県人会や市町村人会、県系人が会員などへ配布す る目的で作成される。そのため、現地の図書館や史料館などでも、移民資料を網羅的に収集しているところはない。 また初期の県人会は、記録を保存するよりも、移民一世たちが現地での生活を安定させるために注力してきた。第二次世界大戦時、移民先の国から敵性外国人とみなされた県系人 (日系人) は、日本語資料の破棄などを行ったといわれている。さらに、県系人が個人で所有していた資料は、所有者が日本語で書かれている資料の内容を読み取れず、廃棄や散逸の危機にあるという課題もある。当館は、ルーツ調査の実施により、海外県系人や県系団体との接点が生まれたことを活かし、移民母県の資料アーカイブ施設として、海外での資料収集を積極的に開始した。 ## 4.2 デジタルアーカイブによる共有 現地では、資料の書誌的事項の調査(タイトル、著者、発行年、サイズ、ページ数、内容、保存状況、所蔵者、寄贈者など)、資料撮影 (所蔵者等の同意確認、複製・デジタル公開等の可否、撮影方法確認など)を行う。原資料の管理保管方法に関する助言等を行うこともある。 現地での多くの時間は、資料撮影に費やす。ポータブルのオーバーヘッドスキャナーなど非接触型の撮影機材を持参し、優先順位を付けて撮影を行う。県人会や関係者と調整してから訪問するが、実際に訪れて新 たに資料が見つかることもある(逆も然り)。 撮影したデータは、整理してから複製を作製し、所蔵資料として公開する。著作権保護期間が満了しているものや著作者の許諾が得られているものは、当館のデジタルアーカイブに揭載している。寄贈された資料も当然、当館の所蔵資料として登録され、閲覧に供される。 それらの資料は、移民の調查研究に広く活用されるほか、県民が移民した親族を調べる重要な情報源となる。さらに、当館のルーツ調查の情報源となり、多くの依頼者へ還元される。また、それらの資料を使った企画展示を行い県民や県系人へ移民の歴史の継承に務めている。 ## 5. おわりに 現在、移民一世などの写真を収集し、渡航記録などともリンクした写真アーカイブの構築を検討している。デジタルアーカイブを活用して、今後も移民の歴史の継承とネットワークの再構築に貢献していきたい。 ## 註・参考文献 [1] 沖縄県統計課. 沖縄と移民の歴史. 平成28年11月号 (No. 457). https://www.pref.okinawa.jp/toukeika/so/topics/topics457.pdf (参照 2023-05-08). [2] 喜多祐子、山口覚. 現代スコットランドの先祖調査ブーム.人文地理. 2008, 60(1), p.20-41.
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# 「不屈館」の10年と沖縄の「民衆資料」 のいま ## Ten Years of the "Fukutsukan: Fortitude Museum" and Okinawa's "People's Archives" Today 不屈館:瀬長亀次郎と民衆資料 抄録:党派を超えて沖縄の民衆から愛された政治家、瀬長亀次郎(1907-2001)。彼が残した手記や文書など、膨大な資料の保存・公開活動を行う資料館「不屈館:瀬長亀次郎と民衆資料」の 10 年にわたる取り組みと「民衆資料」の重要性について、館長・内村千尋(亀次郎の次女)が語る。 Abstract: Kamejiro SENAGA (1907-2001) was a politician loved by the Okinawan people regardless of party affiliation. Chihiro Uchimura (Kamejiro's second daughter), the director of the museum, talks about the 10-year efforts of the museum, "Fukutsukan (The Museum of Fortitude): Kamejiro SENAGA and the People's Archives," which preserves and exhibits a vast collection of his memoirs, documents, and other materials, and the importance of the "people's archives". キーワード : 民衆資料、公文書と私文書、草の根の運営組織 Keywords: People's Archives, Public and private documents, grassroots organizations ## 1. はじめに 「カメジロー」「カメさん」と呼ばれ、党派を超えて沖縄の民衆から愛された瀬長亀次郎(1907~2001)。戦後、アメリカ統治下の沖縄で米当局の様々な弾圧や妨害に対して「不屈」の精神で米軍基地撤去と日本復帰を訴え、那覇市長や衆議院議員を務め、長きにわたり平和と民主主義の実現に尽くした沖縄のシンボル的政治家たっった。その瀬長が残した手記や文書など、膨大な資料の保存・公開活動を行う資料館が「不屈館:瀬長亀次郎と民衆資料」である。 2022 年 11 月の第 7 回デジタルアーカイブ学会企画セッション 3 「戦後文書資料と展示:一次資料保存と DA化の連動〜公文書館と民間資料施設の “復帰 50 年”」 では、沖縄県公文書館が行う『琉球政府文書』のデジタルアーカイブ化事業の報告と “対照”を成す存在として、あるいは草の根の資料施設の代表例として、この「不屈館」館長の内村千尋氏(瀬長亀次郎の次女) にプレゼンテーションをお願いした。以下のドキュメントは、そのプレゼンテーションに、その後 (2023 年 3 月 3 日)「不屈館」を訪問した際のインタビュー の内容を加え、水島久光が構成したものである。 図1 内村千尋氏インタビュー(3月3日) ## 2. 草の根の運営システム 不屈館ができたきっかけは、亀次郎が 2001 年に亡くなったあと、2007 年がちょうど生誕 100 年ということで那覇市のテンブス館で展示会を開催したときに遡ります。会場には沢山の、一日 500 人くらいの来場者が県内外から押しかけてきて、亀次郎が残した資料の量に驚かれたんですね。そのアンケートの中には、「常設の展示館をつくったらどうか」という意見が多かったんです。当日会場には二重三重に人がいて、全然資料が見れないということもあったからだと思いますが。とはいえ独自の資料館つくるというのはお金も時間もかかる。とりあえず資料の整理だけはやろうと、 ボランティアの人をあつめて始めたんです。そうしたら、龟次郎と䐅意にされていた資産家の方が、四階建てのマンションを建てるので「一階は資料館に使っていいですよ」というお話が舞い达んできて、お借りすることになりました。 資料館をつくるにあたっては、東京まで行って、小さな資料館を中心に「参考になるところはないか」と、入場料から展示の仕方まで見てきて、準備をしました。開館は 2013 年の 3 月 1 日。それからもう、今年で 10 年になります。マスコミも注目して、多くの人に歓迎されて、ともかくオープンできましたが、しかし毎日何名の人が来るのか、スタッフは何名にしたらいいのかとか、もうイチから考えなければならなかったので、大変でした。それが一年くらいして落ち着いてきたら、県外から団体さんの申し达みがたくさん来るようになったんですね。コロナの前までは7 割ぐらいが県外の団体でした。沖縄の方は「いつでもいける」と思っているからいですかね。 しかしコロナで、県外の団体さんが来れなくなって、 キャンセルが相次いで、休館せざるをえない状況にまで追い达まれました。不屈館はそもそも、行政からの資金をあてにせずに自力でやっていくというシステムで、会員制で支えています。会員はいま 2000 名近く、全国にいます。ですからコロナで窮地に至ったときも行政が支援をしたわけでなく、クラウドファンディングをやってみたりしました。その人たちに頼って、「今、危機的な状況である」ことを訴えてですね。 2020 年 6 月に始めて、一ヶ月で当初の目標の 500 万円を超え。3カ月半で次の目標の 800 万円も達成しました。運営資金だけじゃなく、年会費を納める封書に手紙が入って来るんですよね、「行けないけど応援します」という内容のものがたくさん来て、読んで、とても嬉しくて、励ましをうけました。 ## 3. 展示資料と活動の広がり 「不屈館」は小さいですけれど、すごく様々な資料があるんですね。だから時々展示を入れ替えながら、 みなさんに見ていただいています。最近は、本土復帰 50 年ということもあって、戦後の歴史を辿ったりすることが盛んになっていますが、「不屈館」にしかない資料というのもたくさんあります。戦後アメリカが、民衆の運動などに弾圧を加え、発刊禁止にした文書とかですね。特に龟次郎が委員長を務めた沖縄人民党が発行した文書。これらは全て、発刊禁止になったものです。 占領下の沖縄を一言で表すなら、「民主主義を広め るはずのアメリカが、言論の自由を封じた」という矛盾状態が続いたということになるでしょう。この特別な 27 年間の米軍統治下の歴史を切り捨てずに、見ていただく必要がある。なぜならそれはいまもつづいている、現在進行形で戦後が続いているわけですね。だから今起きていることも、記録として残しておかなければならない。「不屈館」に「瀬長龟次郎と民衆資料」 という名前をつけたのは、そういう民衆の目線で歴史に向き合うという思い、それ自体を伝えたいという考えがあるからです。 2019 年に、普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票がありました。結果、約 7 割が反対という結果だったのですけど、その活動をした若いメンバーの人たちが、資料を「終わったから処分する」っていうんですね。それを聞いて「立、それならうちで保存しますよ」って言って、使っていた署名用紙なども引き取って保存したんですよ。もしかして何年後には「県民投票の時の資料」ですよって、展示ができるのではないかと思って。このように現在進行形の民衆の戦いも、できるだけ保存するように心掛けています。 「不屈館」では現物資料も展示しています。たとえば地上戦で焼け野原になって、鍋釜食器から全部壊されてしまった中での民衆の生活の記録として、コカコーラの瓶を半分に切ってつくったコップとかですね。アメリカの飛行機の残骸で、急須とか鍋釜をつくるとかいう工夫もしていました。そういう現物も集めています。近くに若狭小学校があるんですけど、その小学生たちが「町探検」という活動をしています。いまの子どもたちにも、当時の暮らしを想像してもらえるように工夫しています。 ## 4. 公文書と私文書の交わり 県の公文書館とのかかわりも少なくありません。同じ「琉球政府の時代」の資料ですからね。龟次郎が弾 図2 亀次郎の書斎を再現したスペース (不屈館提供) 図3出獄時に着用していた白い服など(不屈館提供) 図4 発行禁止になった雑誌、裁判記録など貴重資料(不屈館提供) 圧されたのが、そういう時代、つまり米軍統治下だから。ここ数年そうした資料を公文書館は積極的に整理して公開してきました。一番はじめに私が公文書館とのかかわりで驚いたのは、ある人が「千尋さんのお姉さんの手紙が公文書館にあるよ」って教えてくれたことですね。「えっ、何であるの」と思って、見に行ったんです。そしたら、当時姉は東京にいたんですけど、 その東京から亀次郎宛に送った手紙を、米軍が没収して、アメリカに送られていた。それが沖縄に戻ってきて、公文書館で保存・展示されているという話だったんです。 その時は「これは私的な手紙だから非公開にした方がいいんじゃないか」と思ったりもしたんですけど、没収されたという事実自体が間違いなく弾圧の証拠ですからね。むしろ多くの人に見せた方がいいだろうと思って、現物は公文書館に預けっぱなしにしています。逆にその手紙をコピーして、不屈館に展示しているんですね。こういう時代があった、事実があったっていうことを公文書館がしっかり保存してくださるならいいな、と。これもある意味、公文書館の活用だと思っています。 「不屈館」では、ブックレットという形でまとまった冊子をこれまで三冊発行しています。最初は 2013 年の開館に合わせて作った「ガイドブック」。その後は主に大きな企画展にあわせてつくっています。2015年に「瀬長龟次郎と岩波書店」という展示に合わせ、図録としてつくりました。2016 年には、昆布という地区があるんですけど(食べる昆布じゃなくて地名です)、そこでの土地闘争について『一坪たりとも渡すまい』題名でブックレットをつくりました。1966 年から 5 年 7 カ月にわたる闘争を経て、ついにアメリカ軍の土地接収を諦めさせた集落があるんですね。 沖縄は(1950 年代の)「銃剣とブルドーザー」以降はひと坪も土地をとられてない。こういう戦いがあったからこそ、だからこの記録はいま辺野古で戦ってる人たちも含めて、原点というべきものなんですね。こうした記録は、さまざまな全国のメデイアでもとりあげられるようにもなりましたが、公文書館の資料と重ねてみることで、一層、亀次郎の生涯と沖縄の歴史の関係を深く知ることができると思います。また、「不屈館」には龟次郎のペーパーの資料たけけでなく、沖縄の工芸品 (紅型染、漆器、陶器などの寄贈品) も保管されています。このあたりも興味深いところです。 ## 5. 10 周年を迎えて 2023 年 3 月 4 日に、桜坂劇場というところで 10 周年のイベントを開催することになりましたが、こんなに大騒ぎになるとは思っていなかったんです。新聞各社が取り上げてから一特に琉球新報などは一面の記事ですよ(2月28日)。それから来館者も増えたし、 てんてこ舞いになりました。 その背景には、多くの人が不安を抱えている今の情勢の中で、亀次郎に対する期待が大きくなっているということがあるのだと思います。特に沖縄戦を体験してきた人たちが「また戦前みたいな雾囲気がする」と言われたり、こんなに自衛隊があちこち動いて、シェルターをつくったりとか、市役所が避難訓練をしたり 「こんなことまでやるのか」という気分になっている人たちが、龟次郎を思い出して元気をだそうという感じになっているように思います。そこに今回の 10 周年イベントが重なって、また映画 (『米軍が最も恐れた男その名は、カメジロー』)も上映するし、佐古忠彦監督も柳広司 (小説『南風 (まぜ) に乗る』の作者) さんの対談や「お笑い米軍基地」の公演もあってプログラムが良いから、すごい反響なんです。 「不屈館」が開館してから 10 年間、年に二回、会報誌『不屈館だより』は、一回も久かさず心掛けて発行しつづけてきました。最新の第 20 号 (2023年2月発行) に「特集」として「不屈館 10 年のあゆみ」をまとめてありますが、第 5 号以降過去 15 号にわたり、この 「特集」では所蔵資料を取り上げてきました。新しく 見つかった自筆原稿(19号)や、書簡、ノート、その他書類、新聞のスクラップなどを、テーマ別に紹介してきましたが、これがこれまでの「不屈館」の活動のアーカイブ的な役割を果たしています。 『不屈館だより』は、2000 人近い会員に全てにお届けしているので、これが公的資金に頼らず会費によって運営している「不屈館」の支えになっているという点は、今後のことを考えるうえでも重要だと思います。 ## 6. 記録を残すということについて 資料の整理は、この不屈館の開館の前から始めていましたが、当時から 10 名ほどのボランティアの方々が、入れ替わりでこつこつと今も続けています。その結果、未発表資料がしばしば見つかったりもしていますが、まだ山のように資料が残っていて、それをやらなければならないというのが大きな課題です。施設が狭いということもあって、資料がまだ自宅に眠っているんですよね。人手の問題もあるので、なかなか進まない。会員の対応などの事務仕事も 4 名でやっているので回らない。 会員の方には、そういう整理をやりたいという人はいるんですが、資料整理は誰かがきちんと指揮をしないとできないので、例えば公開していい資料なのか、 そうでないのか判断するのも難しくて、それが壁になっています。それから時間がかかる。資料は、一度開いたら面白くて読み达んでしまうんですよね。それ もまた悩みです。きちんと指示を出したら、黙々と作業してくれる人がいる、そういう体制がつくれたらいいのですが。 「不屈館」では、資料の保存・公開もしながら講演会なども開催していますが、建物が小さいということもあって、40 名がギリギリで入れないこともしばしばあります。そうすると「あの日の講演の記録はないか」ってこともあるので、プロのカメラなども入れて DVDに残すようにしています。施設を案内するホー ムページもありますが、デジタルという意味では、まだこのような段階です。文書や現物資料、そして講演やイベントなどの記録を残すということに関しては、将来は保存の仕方もかわっていくのだ万うなということは、感じています。 なによりも、時代がまた戻ってきて、今また亀次郎が語った言葉や、演説している姿が映った写真などが、多くの皆さんの勇気や希望になるようになってきている。佐古さんの映画も繰り返し見られていて、求められている。たからこそ、必要な資料が適切に取り出せるようにしたい。そこに新たに、現在進行形の市民運動の記録も加わっていくのですから。今もそうして、時間があるときに資料を選んだりしていますけど。まあともかくその時間がない。なんとかしたいとは思うけれど。 ともかくまずはこの 10 周年の節目を越えて、それから一つひとつ課題を整理していきたいと思います。
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# 失われた沖䋥の文化 「ハジチ (針突)」記憶の継承 Inheriting the Lost Okinawan Culture of Hajichi (Hari-Tsuki) 抄録:女性の手にイレズミを施し、それが、『女性のあこがれの象徴』だった。そんな普通の日々が、ある日を境に、 $180^{\circ}$ 逆転し、悪と化してしまった。入れているものは警察に検挙され、入れていることに耽ずかしさを感じるようになった。 1899 年 (明治 32 年) に禁止令が発令され、沖縄の女性の手からハジチが消滅した。その沖縄の失われた文化について、デジタルアーカイブの必要性を 考える。 Abstract: The women's hands were covered with "irezumi" or tatoo, which was "the symbol of women's longing. One day, such a normal day turned around $180^{\circ}$ and turned evil. Those who had it in their hands were arrested by the police, and they began to feel ashamed of having it in their hands. In 1899, a ban was issued and the "hajichi", a name for irezumi in Okinawa, disappeared from the hands of Okinawan women. This paper considers the need for a digital archive of this lost culture of Okinawa. キーワード : ハジチ、針突、小原一夫、南嶋入墨考、入墨禁止令、ハジチ展示会 Keywords: Hajichi, Hari-Tsuki, Kazuo Obara, Minamishima Irezumi-Ko, Irezumi Ban Order, Hajichi Exhibition ## 1. はじめに 筆者が、失われた沖縄の文化「ハジチ (針突)」と関わったのは、2019年 10 月に沖縄県立博物館・美術館において開催された特別企画展「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」に筆者の所属先である(秼)Nansei が都留文科大学の山本芳美教授とともに共催者として関わったのがきっかけであった。 企画内容については、山本氏が長年調査研究をしてきた中で収集してきた、資料が中心であった。 ただ、この企画展示会は独自開催のためすべて持ち出し・予算なしではじまり、開催費用の多くはクラウドファンディングを期待し、動き出したのが開催の半年前という何とも無謀な展示会としてプロジェクトが始まった。 幸いにも多くの人たちから 180 万円の寄付をいただき、また、協賛企業からも協力を得て、何とか開催することができた。 筆者自身は県外出身者であり、「ハジチ (針突) 」文化とはほぼ無縁だったが、長年アーカイブと関わってきた経験から、このような企画展を開催する機会を得て、はじめてハジチに向き合い、展示会を通してハジチの歴史と関わり、その文化を遺し、継承していかな ければという思いに駆られていた。 本稿に寄稿するにあたって、ハジチの概要・歴史・調查内容等については、山本氏の著書や企画展示で使用したパネルの内容を参考に、また、沖縄県教育委員会及び読谷村教育員会をはじめ、各市町村でハジチの調査記録をまとめ発刊された報告書を参照した ${ }^{[1-18]}$ 。 ## 2. ハジチとは ハジチ(針突)とは、16 世紀ごろより奄美諸島か 図1 展示会の風景 ら与那国島まで南洋の女性たちの手に突かれたイレズミのことであり、一般的にはハジチと呼ばれ、その呼び方は、地域によってさまざまである。 1980 年代の調查記録において、沖縄本島の女性たちの多くは、ハジチを突いた理由を「結婚の印」と語っているが、実際は 12、13 歳から施術をはじめ、結婚年齢に完成させている。 アイヌ女性たちの手やロへのイレズミ、日本女性のお歯黒、台湾や中国女性の緥足(てんそく)などと同じく、ハジチには成人儀礼の意味合いがあった。 図2 シリコン腕の写真 ## 3. ハジチの歴史 ## 3.1 年表 沖縄におけるハジチの歴史については、下記の歴史年表の通りである。 ## ……........ハジチの歴史年表- 1534 年中国浙江省出身の冊封正使陳㑆(ちんかん)が『陳㑆使録』で琉球女性の手にイレズミがあると報告。 1693 年琉球国王尚貞よりハジチ禁止を布告。たが、効力はなかった。 1872 年(明治 5 年) 琉球藩設置 ※東京で違式詿違条例【明治初年における軽微な犯罪を取り締まる単行の刑罰法】が施行された。 1879 年(明治 12 年)廃藩置県により沖縄県となる。 1894 頃からダンパチ(断髪)する人が増え始める。県に警察が設置される。 1886 年(明治 19 年)第 5 代県令(初代知事)の大迫貞清の命により沖縄本島にハジチがほとんど見られなくなったと、新聞が報じる。 1898 年(明治 31 年) 首里高等小学校の女学生八ジチを除去する。 1899 年(明治 32 年) 8 月沖縄初の女性教師久場ツ ルが、ハジチ除去で表彰される。 10 月沖縄にも違警罪(いけいざい)が適用され、 これが「ハジチ禁止令」の意味をもつ。 【旧刑法で、拘留・科料にあたる軽い罪の総称。明治 18 年(1885)の違警罪即決例により、正式裁判によらずに警察署長が即決処分によって罰することが認められていた。昭和 23 年 (1948) 軽犯罪法施行で失効。】 1900 年〜1905 年前後ハジチを理由とした女性の逮捕者 5 年間で 693 名、サトウキビ畑のなかで隠れて突くか、不完全でもハジチを試みる人が現れる。 1930 年代までハジチが続く。 1945 年(昭和 20 年)沖縄戦で多大な被害を受ける。 ハジチに関しての資料も失われる。 1980 年代読谷村を皮切りに、各市町村でハジチ調査がおこなわれる。 1990 年代半ばまで八ジチ調査がおこなわれ、報告書がまとめられる ${ }^{[2-18]}$ 日本では、1872(明治 5)年からイレズミの施術や彫師になることが、1948(昭和 23)年まで法的に規制された。 沖縄では習慣が異なっているという理由で、イレズミの禁止法令をふくめた諸制度や法律が 1899 (明治 32)年から導入された。 その以前から、これまでの習慣を見直す風俗改良運動は盛んになり、教育界でもハジチをやめさせようと働きかけをした。 こうしたハジチの見直しは、琉球弧の女性たちにさまざまな影響を与えた。 ## 3.2 ハジチ禁止後 ## 3.2.1 新聞記事より 二つの新聞記事を取り上げてみる。「入墨女」(琉球新報 1916 (大正 5) 年7月22日 3 面)という見出しで、3名の女性が、ハジチを入れていたことによりフィリピンから送還されたという記事がある。今までフィリピンに在住していた女性にはイレズミがある者がひとりもいなかったため、前途ある沖縄青年や本県人に䎵をかかせるのはしのびないとの理由からとしている。 別の記事、「刺文業者と刺文者」(琉球新報 1899(明治 32)年 10 月 25 日 3 面)には 2 名の女性がハジチを入れたため、いずれも処罰されたとある。 ## 3.2.2 警察による逮捕者数 当時の『沖縄県警察統計書』によると、検挙者数は、 以下の通り。 1899(明治 32)年女性 -223 名、男性 -10 名 1900(明治 33)年女性 -164 名 1901 (明治 34)年女性 -122 名 1902(明治 35)年女性-92 名 1903(明治 36)年女性-81名 上記期間の沖縄県における禁止政策検挙者数は、延べ人数で 692 名だが、同年間の東京府の検挙者数は 40 名であり、沖縄と東京とはおよそ 17 倍もの差があった。 東京府の検挙者は男性が多数だが、沖縄県は圧倒的に女性が占めている。 ## 4. ハジチの調査記録 ## 4.1 調査概要 ハジチの調查は、1981~1990 年前半に沖縄本島及び宮古・八重山で行われ、延べ 2,148 名の女姓におこない、調査内容としては、文様や施術理由、施術時の年齢、施術の回数、施術場所などである $[2-18]$ 。 調査に用いた調査カードの全 21 項目は、ハジチたけでなく伝統的なイレズミ調査をする際に重要な視点を網羅している。 ## 4.2 ハジチの文様について ハジチの文様は、奄美大島、沖縄本島、宮古島、八重山諸島で大きく分かれた。 1980 年代から 90 年代の調査で改めて確認できたのは、沖縄本島とその周辺離島で、ほぼ同じ図柄が突かれていたことである。 奄美や宮古諸島では女性ごとに図柄は異なっていたことと対照的である。 また、沖縄本島のみ図柄が同じなのは、首里や那覇、王朝由来の図柄に憧れがあったために、首里で好まれ 図3鎌倉芳太郎が描いた『沖縄・奄美の島々のハジチ』1921年(大正 10年) 頃 ※資料提供 (沖縄県立芸術大学附属図書-芸術資料館所蔵) ていた図柄が徐々に普及していったのではないかと考えられている。 ## 4.3 ハジチの施術理由 調査報告書より主な理由としては、下記の通りである。 (1)針突をしないと大和に連れて行かれる(外国に連れていかれる) $34.1 \%$ (2)後生にいけない(成仏できない) 21.3\% (3)慣習(身内の者が突いているところにいて、ついでにサービスで突いてもらった。みんなが突いていたから) $15.7 \%$ ※沖縄本島及び宮古・八重山の調査記録から施術理由の人数の合計より、それぞれの割合を算出した $[8][11]$ 。 ## 4.4 施術年齢 調査報告書において、最も早い人で 4 5 歳で、最も遅い人で 22~23 歳に施術をおこなっている[8][11]。 ## 4.5 ハジチの技法・施術 奄美諸島、沖縄諸島、八重山諸島においては、施術師が専門職として確立しており、男性もいたが、一般に女性がなるものとされていた。 沖縄諸島で施術師が用いたのは、墨と針と台であった。針の数は少なくとも 2 本から 3 本で、通常は 5 本か 6 本の針を人差し指大に束ねた組針を用いていた。多いものでは、 40 本や 50 本の針を束ねた組針もあったという。 施術中は、母や姉、オバなどの近親者や友人が苦痛に耐えるよう手首を押さえる場合もあった。ハジチ専用の香りの良い唐墨を濃く摺り、中指と薬指でしゃもじ形の小板の上に墨汁をすくい上げて、 14 本か 15 本ほど並べて束ねた組針につけながら突いたという。禁止されなかった時代は、女性たちは炒った米や大豆を食べて痛みをこらえました。互いにハジチ歌を唄って励まし合い、村内の男性たちが三線と唄で見舞いする例もあったという [8]。 ## 4.6 証言「女性たちの声」 ハジチが当然だった時代から、規制を経て人々のハジチに対する意識がどのように変わったのか、女性たちはどのような体験をしたのかについての貴重な証言を 2 例紹介する。 ## 4.6.1『手を布で隠して歩いた』(N・Mさん、水納島出身) 台湾の出稼ぎが原因となりハジチを消した。18〜19 歳の頃【1917(大正 6)年頃】に「台湾の鳥の島まで、 手袋をはめて行った」。雇い主は手を見て「はるちゃ几は馬鹿なことしたね、身体は健康で何も不足はないのに、どこに行っても良い人なのに、玉の傷」と繰り返し話しをした。 そのためハジチを醜く感じ、右腕に塩酸をかけて皮虐からハジチを焼きとりました。 戦後も「オバァ(自分)は、大阪や東京に家族で遊びに行ったことがあるけど、長い絹手袋して行った。電車に乗って吊革につかまったら、みんなが見るので恥ずかしかった」と話しながら、 $\mathrm{N}$ ・ $\mathrm{M}$ さんは泣き笑いのような顔になりました。 (1993 年 8 月、沖縄県北谷町の特別養護老人施設において、1898 年生の女性 $\mathrm{N} \cdot \mathrm{M}$ さんより、山本氏の聞取り記録) ## 4.6.2『病院で除去した』( $T \cdot S$ さん、1896 年生、今帰仁上運天村(当時)出身) ハジチ(針突)を7〜8歳の時に、他の家に 4、5 名集まって1回、左の薬指につ(丸い文様)を突きました。首里工芸学校に在学していたときに、ハジチを入れているのは自分だけだったので、那覇の元順病院で薬を使い消してもらったという [9]。 ## 5. ハジチ文化とデジタルアーカイブ 5.1 展示会の特徵 本企画展の特徴はハジチの原資料がほとんど存在しないため、パネルや報告書をメインに構成したところである。シリコン製の腕にハジチを彫ったレプリカが見た目の異様さと相まってインパクトが大きく展示会の目玉となった。パネル展示資料の一部は、ハジチ調查について統計的にまとめられた資料がなく、調查人数などは各報告書からそれぞれの集計結果をまとめた。そのほか、ハジチの調査をおこなった小原一夫が 1931 年に採譜した沖永良部の「ハジチ歌」を孫にあたる小原慶子さん (八重山古典音楽安室流協和会師範)に民族音楽学の手法により再現していただいた音源や、1984年ハジチ調查時の映像、ハジチを施した女性も描かれた『沖縄風俗絵巻』(熊本大学附属図書館所蔵)の複製巻物などの展示もおこなった。ほぼ原資料が存在しない展示会のため、アンケート内で受けた質問をリアルタイムでホームページや展示会入り口において回答、「ハジチの写真がご自宅に残っていませんか」という呼びかけを打こなうなどの来場者と双方向でやりとりをおこなうなどの工夫もおこなった。 ## 5.2 展示会アンケートより 展示期間中に入場者からいただいたアンケートの感想や質問についてその中の一部を紹介する。 (1)今までハジチのことを知らなかった。ここに来て初めて知った。 (2)この展示会に来て、展示物の報告書コピーを手に取り、自分の祖母が、そこにいたことに感動した。 (3)娘(大学 3 年)が卒論に「ハジチ」をと考えているようで資料などがどこで見ることができるのか知りたい。(女性 50 代宜野湾市) (4)ハジチの模様で身分や出身がわかったということですが、その資料はどこに行けばありますか?模様と分布図などあれば...(女性 20 代大阪府) (5)外国から八ジチが伝わったのか、日本から外国に伝わったのかを知りたいです。(女性 10 代宜野湾市) (6) ジチの文化は今も継承されているのですか? (女性 40 代大阪府) このように、筆者はこれらの展示会におけるアンケートや質問を通して、来場された方々やニュース番組を見ていただいた方々に、ハジチ文化について少しでも興味を持っていただき、昔の沖縄の女性がどのような思いでハジチを突いたのかを知っていただいたと考える。 ## 5.3 展示会後の反響 企画展示会については、展示期間が 1 カ月という短い期間であったが、入場料が無料ということ、沖縄県内のテレビ局において展示会場で中継されるなどニュース番組で取り上げられたということもあり、期間中に総入場者数が 8,000 名を超えるという、主催者側の予想をはるかに超えた入場者数となった。 期間後も本展示会をきっかけにハジチを取り上げる記事などが増之、反響があったとうかがえる。ネイルにハジチを模したデザインを取り入れたり、中にはハジチを「トライバルタトゥー」として復興させようという動きもあるようだ。 その後も本企画展で使用したハジチのシリコン腕の展示を東京や那覇、沖縄海洋公園内にある海洋館においても抗こなってきた。開催から 3 年が過ぎた 2022 年 3 月には沖縄県東村の主催で「令和 3 年度企画展ハジチに迄めたウチナー女性の想い」と題して開催された。 ## 6. おわりに 今回の寄稿であらためて、失われた沖縄の文化『八ジチ (針突)』を遺すことの大切さを再認識した。 当時は、企画展の開催・図録の作成目的で資料を収集し、集計データを視覚化するのに精一杯であったが、紙資料のデジタル化、また、統計資料についてのデー 夕化をおこなった。たた、それらについては公開目的でデータベース化をしていないため、改めて整理をしながら、将来的に『ハジチ(針突)アーカイブ』として、研究者だけでなく、一般の方々においても、気軽に知る機会を身近におけることを、具体的に考えていければと思う。 今後は、宮古・八重山の離島での展示会の開催、『八ジチ (針突) アーカイブ』の立ち上げを目指し、より多くの人に失われた沖縄の文化を知ってもらい、その継承に寄与できればと考える。 ## 註・参考文献 [1] 小原一夫. 南嶋入墨考. 筑摩書房版. 1962, 11, p.1-148. [2] 知花春美. 読谷村立歴史民俗資料館館報 2 号. 読谷村ハジ千調查報告書. 1977, 6, p.39-56. [3] 名嘉真武夫. 伊江島のパジチ調查報告. 伊江島のパジチ調査報告. 1978, 3, p.1-8. [4] 知花春美. 読谷村立歴史民俗資料館館報 4 号. 恩納村の針突. 1979, 12, p.25-56. [5] 名嘉真宜勝. 読谷村立歴史民俗資料館館報 4号. 与那国島の針突. 1979, 12, p.57-67. 6]恩納村教育委員会. 恩納村ハジチ調查報告書. 恩納村ハジチ調査報告書. 1980, 3, p.1-52. [7] 糸満市教育委員会. 糸満市のハジチ. 糸満市のハジチ. 1982, 3, p.1-26. [8] 読谷村立歴史民俗資料館. 沖縄の成女儀礼. 沖縄の成女儀礼. 1982, 3, p.1-176. [9] 名護市教育委員会. 名護市針突調查報告書. 名護市針突調査報告書. 1983, 3, p.1-155. [10] 今帰仁村教育委員会. 今帰仁の針突 (パジチ). 今帰仁の針突. 1983, 3, p.1-45. [11] 沖縄県教育庁文化課. 宮古・八重山の成女儀礼. I 沖縄の離島における針突、II「針突」考. 1983, 3, p.1-154. [12] 北谷町史編集事務局. 北谷町の針突. 北谷町の針突. 1985, 3, p.1-101. [13] 那覇市教育委員会社会教育課. 那覇市における針突習俗. 那覇市における針突習俗. 1983, 3, p.1-51. [14] 名嘉真宜勝. 南島入墨習俗の研究. 南島入墨習俗の研究. 1985, 12, p.1-164. [15] 沖縄市教育委員会文化課. 針突 - 美里地区 - 沖縄市文化財調査報告書第 8 集. 針突-美里地区一. 1987, 3, p.1-52. [16] 具志川市教育委員会. 具志川市の針突. 具志川市の針突. 1989, 7, p.1-111. [17] 沖縄市立郷土博物館. 針突-コザ地区 - 沖縄市文化財調査報告書第 8 集. 針突-コザ地区-. 1991, 3, p.1-77. [18] 宜野湾市史編集室. ぎのわんの針突. ぎのわんの針突. 1995, 3, p.1-116. [19] (株)Nansei.「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」展示図録. 2019, 12, p.22-30.
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# 初の国立自然史博物館を沖縄に: ## 琉球大学・西田睦学長インタビュー National History Museum to Okinawa: Interview with the President Mutsumi Nishida, the University of the Ryukyus 「日本学術会議」では、「自然史科学研究」を充実させるために「国立自然史博物館」の設立が急務であると提言しています。 特に、デジタルアーカイブ学会第7 回研究大会の会場となった琉球大学学長の西田睦さんが、その日本初の「国立自然史博物館」を沖縄に設立しようと中心メンバーの一人として活動をしています。 欧米の主要国には、古くから自然史科学の拠点としての「国立自然史博物館(英:The Natural History Museum、米:The National Museum of Natural History)」がありますが、日本にはまだありません。 そうした国々では、自然史博物館は資料の收集、保管、展示の重要な場であり、研究、教育の拠点となっています。生物多様性を背景に、なぜ自然史博物館が沖縄に作られるべきなのかを西田学長に伺いました。 (2023年3月9日、琉球大学学長室にて。聞き手:デジタルアーカイブ学会理事・宮本聖二、評議員・真喜屋力) 西田睦琉球大学学長東京大学名誉教授 1972 京都大学農学部水産学科卒業 1977 京都大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学 1980 琉球大学理学部海洋学科助手 1991 カリフォルニア大学バークレー校分子細胞生物学科客員研究員 1992 琉球大学理学部海洋学科講師 1996 福井県立大学生物資源学部教授 1999 東京大学海洋研究所教授 2007 東京大学海洋研究所所長 2013 琉球大学理事・副学長 2019 琉球大学第 17 代学長 なぜ今「国立自然史博物館」なのか (西田)名前に入っているタームはそれぞれが重要たと思います。「自然史」と「博物館」、そして「国立」 です。 まず、「自然史」。これはまさに自然の歴史と考えていただいていいです。 さまざまな地球環境問題を前に、我々は今の「自然」 を理解しなければなりませんが、「過去」があって現在に至っているわけで、そういう過去をあるいは起源をしっかり押さえないと「今」を十分理解できないということです。 さらに将来を考えようとすると、ますますそこが重要になってくる。歴史的に捉えないといけない。そういう自然史を研究する学問、自然史科学と呼んでいますけれども、これをもっともっと発展させていく必要がある。それを担う組織として、自然史博物館を考えます。欧米の自然史科学の発展を見てみますと、長い歴史 英$\cdot$自然史博物館(ロンドン・HPより) を持つ自然史博物館、それも国立のしっかりしたものがョーロッパ、アメリカにはあるんですね。 いわゆる先進国の都市であるロンドン、パリ、ワシントン D.C. あるいはニューヨークなどで、研究をし、 その研究のもとになる標本資料をしっかり収集して整理・管理し、その成果を展示し、あるいは教育に向けて普及していくということをやっています。 そこには、研究者も大勢いるんですね。日本で言えば教授、准教授に当たる人たちもいて、しっかり研究もしているのです。 つまりそこでは、いろいろなサポートがあって、手分けをして標本を収集・整理・管理が行われ、そして研究をし、普及していくという活動を多くの人が担っているんです。 日本を振り返った時に、そこが弱いのです。 我々が考えている国立自然史博物館に近いものはもち万んゼロではなくて、国立科学博物館があります。 ある程度この機能は担っているとは言えるのですが、欧米先進国と比べると、標本の量にしても、研究者の数にしても、サポートにしてもたいへん少ないです。 それを強化していかないといけないなというのが我々の考えているところです。 次に「博物館」ですが、この言葉、人によってはちょっと古臭い感じも受けるかなということがあるかもしれません。けれども歴史的に見るとどうでしょうか。 アレキサンダー大王の頃からしっかり博物館を充実させていましたね。図書館、美術館まで含んだ大きなコンセプトでやっていたようです。 確かに学問も含めて文化の殿堂として作られていたと思うのですけれども、そういうもののいいところを引き継ぐのだというふうに考えたいです。 欧米でのその自然史博物館の何が良かったかというと、18 世紀から 20 世紀に自然科学といろんなテクノロジーが急速に発展しますけれども、その大もとはそういう自然史博物館で収集し持っていた標本等とその研究が土台になっていたということです。 日本の場合、明治時代に科学と技術を欧米から導入 米$\cdot$自然史博物館(ワシントン・HPより) したときに、その基礎の部分をすっ飛ばして、応用の部分を中心に吸収してきた。大急ぎで近代国家を立ち上げないといけなかったので仕方なかったとも思いますけれど、その弱かったところを今しっかりと再構築する必要があると考えています。 それで最後に「国立」というタームです。お話ししたように、日本という国としてその部分をしっかり担わないといけないという意味を込めて、やっぱり国立でやるべきだというふうに思っています。 日本も発展した先進国になっているわけで、人類の知恵の重要な部分をしっかりと担っていく必要があって、それは応用分野だけではなくて基本のところもしっかりやるという必要がある。そういうことを担うのが国立自然史博物館です。 ## どこに設置すべきなのか (西田)国立自然史博物館のコンセプトは、日本学術会議でその必要性が長年議論されてきたのです。 議論がさらに高まり、「提言」として6 年ばかり前にまとまったんですけれども、見えてきたことは「どこに設置するのがいいか」ということです。その議論が深まった一つは、東日本大震災です。 震災では、東北地域の博物館が相当な被害を受けました。各地から、数多くの研究者が標本のレスキュー に行きました。大きな災害で標本などが大きなダメージを受けるということを、まざまざと経験したんですね。東京には国立科学博物館があるけれども、もし関東に大きな災害が来たときにどうなるのだろう、バックアップ機能が必要だなという議論になります。そうすると、国立自然史博物館を創設するという時に、やっぱり東京からは離れたところの方がいいんじゃない か、北海道だとか、あるいは沖縄だとか、いういろいろ議論をしました。そういう議論の結果、沖縄がいいだろうということになったんですね。 ## 沖縄〜生物多様性とアジアとの関係で〜 (西田)生物多様性は、そもそも日本は結構高く、中でも沖縄はたいへん高い地域です。 それはなぜかというと、東南アジアが地球上で最も生物多様性の高いところなんですが、沖縄はその範囲の北限なんですよ。それは陸上もそうですし、海中もそうです。 沖縄本島北部に広がる深い亜熱帯の森(設立準備委員会HPより) ですから、沖縄に国立自然史博物館を創ると、生物多様性のまっただ中にそれができることになる。先進国で国立自然史博物館がある場所がどうかというと、 ロンドンやパリ、ニューヨークの話をしましたが、こういうところは決して生物多様性が高いところではない。そのような現状の中で、最初から生物多様性のまっただ中に日本の国立自然史博物館ができることになると、その意義は非常に大きいと考えられます。現在、生物多様性のもっとも高い東南アジア・東アジアでは、急ピッチで開発が進んでいます。そこに標本を収集、管理、保管して研究をし普及をする拠点、開発のあり方を考える拠点があるかというと、まだまだです。 そうすると沖縄に日本の国立自然史博物館を創ると、アジアにおける拠点としてモデルの役割ができるということですね。 アジアの若い研究者の卵たちと一緒にやる。 日本の自然史博物館に来て一緒に研究して、その成果、知識・知恵をアジア全体で共有してもらうというふうにできる。そういう役割を果たせればいいなと思っています。これは日本全体の国際的役割ということを考えても大事なことになると思います。 ## では沖縄にとっての意義は (西田)今度は、沖縄側に視点を移します。沖縄では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの直前に、入域観光客数が 1,000 万人を超えたのですね。まだまだ伸びていくところだったんです。たた、滞在日数が必ずしも長くなく、観光コンテンツの質の向上が課題でした。 コロナ禍が落ち着くと、国内外の多くの人達が再び沖縄の自然や文化を求めて来られると思いますが、自然史博物館があれば、自然の現場を訪れる前や後にそこでしっかりと「予習」や「復習」ができる。質の高い旅行を実現する上で、そういう博物館の役割は極めて大きいです。 また、自然史博物館は、教育の面からも非常に重要です。先端的な自然史科学に触れる機会がどうしても少なくなる島嶼域の子どもたちに、その機会が提供できるということはもとより、さらに幅広いメリットがあります。それは、修学旅行です。 沖縄には日本全国から毎年約 45 万人の中学生・高校生が修学旅行で来てくれます。彼ら彼女らが沖縄に来て自然や文化に直接触れて楽しく学ぶことが大事ですが、同時に掘り下げて学ぶ場も大事です。その場を提供するという役割を自然史博物館は果たせます。 若い人たちが沖縄に来て、自然の多様性の学びをしてくれる。そして平和学習をしてくれる。そのいずれにとっても沖縄はたいへんいいところですので、そういう教育的機能も大きく果たせるということがあります。彼ら彼女らが 10 年後ぐらいに、今度は家族を連れて来てくれることを期待したいですね。これはひいては沖縄地域の観光産業を支えることになりますので、地域にとってもありがたいことです。 設立準備委員会によって周知と支援の活動が進められている ## 自然史博物館をいま創るなら (西田)では、いま国立自然史博物館を創るなら、ど んな博物館にしていったらいいのか。 先進国の国立の博物館はいずれも趣のある伝統的な古いタイプの立派な建物で、だいたい 19 世紀から 20 世紀の初めぐらいの間に創られたものです。21世紀に入ってもう 20 年以上となるこの時代に創るとなったら、ああいうものではないだろうと思います。 一つは、標本等を集めて管理し、研究するということは基本なのだけれども、もう 19 世紀とは違うのです。今は標本等を外国から勝手に集めて持って帰ってくることはできません。 それぞれの国や地域の生物とその標本、それらの遺伝情報、それらを活用するための伝統的な知恵や知識、 そしてそれらを活用する権利等を無視して、それらを国外に持ち出したり、かってに利用したりすることはやめようという国際的取り決めができています。共同して丁寧に一緒にやりながらということが必要です。 それから、もう一つは、情報を最大限公表し世界で共有することです。インターネットが高度に発展したという条件を積極的に生かし、世界の博物館、研究機関、教育機関とオンラインでつながった形で活動するということも、もう 19 世紀や 20 世紀とは全く違います。最初からこの条件を組み达んで、ビッグデー夕活用時代のデジタル自然史科学を確立し、発展させていきたいなと思っています。そこを担うような博物館でもありたいなということですね。 ## 課題は、広く知ってもらうこと (真喜屋)実現に向けてということになりますと、まだまだ知らない人もいます、機運が高まっていくために必要なことは何でしょうか。 (西田)自然史科学とその周辺の分野の研究者の集まり、学会だとか、学会連合ではしばしば話がなされており、幹部の皆さんには広がっています。それを踏まえて、研究者が中心に、国立沖縄自然史博物館設立準備委員会という一般社団法人が設立されています。これを軸に、沖縄や東京で一般公開のシンポジウムや展示会などを開催したり、『ナチュラルヒストリー ミュージアム』という機関誌を年 2 回、冊子版と電子版で出して、情報を全国に広げる活動がされています。沖縄県も活動を強めてきており、最近、(2023 年) 2 月ですかね、県庁の中で各部が連携をして行動し、国立自然史博物館誘致の県民会議を作ろうということを知事が公表しました。県議会の議員さんにも関心を持ってくれる人が増えていますし、強い関心を示して下さる県内の自治体の首長さんも多いです。 また、沖縄経済同友会など地域の経済界も大いに関心を持ち、研究会を開いたり、前へ進めるための要望を県に出したりしています。 しかし、県内そして全国で機運が盛り上がるというところまでは、まだまだですね。やはり基本は、もつともっと多くの方に、こうした構想があること、そしてそれを実現することに賛同してもらうことだと思います。そのために、さらに強く各方面に働きかけることが必要だと思います。 あと、沖縄に創るとして、沖縄のどこに創るのか。 そういう話も出てきます。 それで実はもう多くの地域・市町村から、創るなら是非うちにという風に、結構いろんな首長さんたちが言ってくれます。それぞれ、ああいいなという風に思えるんですけどもね。例えば、沖縄島の北部、いわゆる山原(やんばる)地域。そこには3つの村があるんですけれども、その3 村で誘致推進協議会を作って3 村長(宜野座、東、国頭)さんが来られたこともあります。あるいは石垣市長からは、ぜひ石垣島にと言われますし、宮古島市長はぜひ宮古島にと言われています。 沖縄本島北部に生息するヤンバルクイナ(設立準備委員会のnoteより) それぞれ重要です。 これは私が特に強く思っていることですが、全部捨てがたい。ということは、全部で担っていただく必要があるんじゃないか。沖縄県自身が島嶼県ですので、 その島嶼全体で担うような形で創っていくということが大事じゃないかなと思います。しかも県境も超えて。 (宮本)琉球弧という考え方ですか。 (西田)そう、琉球弧は奄美、屋久島へと続いている。 さらに北に伸ばすと九州から本州に行きますし、南に向かうと台湾、フィリピン、インドネシア、シンガポールと広がってきますね。そういう広がりの中で考えたいなと思っています。 ## 21 世紀に創る意義と意味 (西田)標本庫などは、やっぱりしっかりものをどこかに創られないといけませんけれども、欧米の19世紀につくられたような立派な建物が物理的にドンとあるというよりも、一カ所にだけでなくてもいいかなと思いますね。 インターネット(技術)はまだまだ進みますし、すでに6Gの研究もされていますよね。高速でかつ大容量の情報が即時で展開できるようになる。そうしたら、大きなパネルに、ホログラフィーのようなダイナミックな立体映像の映写もできるでしょう。 そういうものも活用して、リアル感たっぷりに地域を繋いでいく。例えば奄美にいても沖縄あるいは西表というのがすぐ感じられる、という風にするのはとても面白いんじゃないかと考えます。それから、ネットワークは組織的にもしっかり組んでおけば、次は西表にも飛んで見てみたいなとなった時に、すぐにそこは旅行的にアレンジができるとかですね。そんなものも十分ありでしょうし、何かそういう新しいタイプのものにできたらなと思います。 それからさっき言ったように、生物多様性のまっただ中にあるわけですから、古典的な博物館的な部分で実物の標本を見て感じたことを、 30 分、あるいは 1 時間、 1 時間半で行けるところに現場がありますから、 そこに行って「実際見てみよう」「さっき展示で見たものを試してみよう」ということができます。それが実現できるフィールドステーションまで含めた地域まるごと博物館という形を構想しています。 それから建物自体についてもいろい万議論しています。今、本学の建築の若手教員なんかも検討のチームに入ってくれていますけれども、こういう高温・多湿のところにふさわしい新しいタイプの建物をどうしたらいいかとかですね、新しいセンスで議論しています。 また、フレキシブルな建物っていいんじゃないかなという議論もしています。例えば 3 年ぐらいある特別展示をしてた場所は、 3 年経ったら次の形に変えて別の特別展示がなされる、とかですね。 リピーターはなんで行くのかというと、やっぱり全く同じだったら興味もちょっと薄れるが、また何か模様替えをしたとか、全く新たな展示があるらしいぞとか、そういうことがあると「じゃあ、また行ってみよう」ということになるみたいです。だから固定したものでなくて、何かどんどん変身していけるというのが重要なポイントで、それを実現してみたいですね。 今の美術館にしても色々な博物館、国立科学博物館もそうですけれど、常設展と特別展があるんですね。展示の一部を特別展とかで少しずつ変えて新鮮味を維持しています。でも、建物自体を大きく変えるというのは、なかなかないのではないでしょうか。 ふっと行ったら、あれっ?何か様子が変わってるぞ、 という演出というのは面白いと思います。多くの人が何度も行ってみようと思うのではないでしょうか。 (宮本)そうですね。先生が今、琉球大学の学長をされていて、総合大学の中でいろい万考えると、別に自然科学にとどまらず、さまざまなアイデアが出てきますね。 先の大戦でかろうじて残つた龍柱の頭部のレプリカと西田氏 (琉球大学学長室にて) (西田)夢をいっぱい語りましたけれども、現実に立ち戻ってみますと、実際にはどう予算を確保するのかとかいうのは、なかなか大変な事柄です。これを実現していくというのは、地道な努力を一歩一歩やることが基本だと思っています。そして県民、国民の皆さんがこういうものはぜひ必要だというふうになって、創立への熱意が高まってくることが実現の前提条件です。そこに向けて、新しいアイデアや夢を共有していく努力をもっとしないといけないと思っています。 ## デジタルアーカイブと自然史博物館 (西田)先ほど、ビッグデータを活用したデジタル自然史科学を発展させたいと言いましたけれども、そういう点はデジタルアーカイブ学会の関わっておられるところと極めて共通性があるところですね。さまざまな形の情報をしっかりキープし、研究し、広く共有できるようにし、それを発信するみたいなことは、おそらく共通ですよね。 私どもとしても(デジタルアーカイブ学会から)お知恵をいただきたいし、あるいはその部分でお力を貸していただいて、何か一緒に共同で発展できるような部分があればうれしいなと思います。今後とも、ぜひよろしくお願いします。 本日はありがとうございました。
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# 総論:遍在する沖縄とデジタルアー カイブの未来 Okinawa as an omnipresent entity and the future of digital archives 水島 久光 MIZUSHIMA Hisamitsu 東海大学 文化社会学部 } 抄録 : 第 7 巻 3 号特集「デジタルアーカイブの未来と沖縄」の企画主旨(昨年の大会との連続性)と問題提起、打よび各論の紹介。 Abstract: The main purpose of the special feature "The Future of Digital Archives and Okinawa" (in relation to last year's conference), the issues raised, and an introduction to each issue. キーワード : アーカイブの知、混在郷、沖縄を学びなおす Keywords: archival intelligence, mixed hometown, Okinawa as an object to relearn ## 1. はじめに 2021 年 12 月に開催したデジタルアーカイブ学会地域アーカイブ部会主催の「円卓会議」の企画段階から、 2022 年 11 月末の第 7 回大会の実施・総括作業を通じて、数多くの沖縄の「アーカイブ関係者」と出逢い、様々なことがらについて話し合ってきた。その中で、強く認識したのは、「デジタルアーカイブ」を巡る環境には多様な観点、立場があり、コミュニケーションの場はもとより、維持・発展の条件・課題を共有すること自体が並大抵ではない、という現実であった。 大会の基調講演で吉見俊哉会長は、2010 年に若くしてこの世を去った屋嘉比収の遺作『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす』(世織書房、2009年)の中に、アー カイブの㗢きそのものを問うヒントを見出すことができると語った一一体験者と異なる世代が記憶を共有し、分かち合う関係を築くこと/固有の出自ではなく 「多様な経験の束」として記憶を他者に開くこと/「大きな物語」に止まらず家族や個人の視点からの「小さな物語」をも同列に扱うこと一「沖縄」には、そうした思考の組み換えを促す、膨大な歴史の断片が蓄積されて続けているという視点から、呼びかけがなされた[1][2]。 しかし大会が終わってみれば、プレイベントからエクスカーションまでの 3 泊 4 日の枠だけでは、当然それらを拾いつくすことはできない——正直に言って、心残りは拭えなかった。そこで本特集では、改めて貴重講演での問題提起を手がかりに、大会では十分に紹介できなかった、アーカイブの可能性を論じるべき具体的事象をとりあげてみたいと考えた。それはいずれも制度・技術などの光が十分に届かず、デジタルアー カイブのかたちをなしていない、遍在する沖縄の記憶・経験・物語・表象の集積群である。 この学会誌で、これらを取り上げる意味は、まさに我々が学会発足以来議論を重ねてきた「アーカイブの知」なるものが、現実を前にしてその有効性をいかに発揮しうるかの試金石となるからである。ゆえにここでは、あれこれのシステムづくりのレベルにフォーカスを絞るまえに、まずは基調講演で示されたアーカイブの地層の最下位層 $=\lceil$ 混在郷」に強く結びつけられた大小の「原アーカイブ的」な情報の集合体とその担い手たちに、注目していきたい。 これらを「試金石」と呼んだのは、ここに上げた 5 つの事例には、「デジタルアーカイブ」としてのかたちが整えられているものはまだ一つとしてないからだ。 また、その「未然形」のあり方も様々である。これらが「デジタルアーカイブ」に近づいていき、そしてその未来においていかなる意味が発せられるのか——我々の現段階における想像力が試されるからである。 ## 2. 本特集の 5 つの事例について とはいえ、この5つの事例は、昨年の大会に現地で参加された方々にとっては、会場のどこかで視界の入った、あるいは近くですれ違ったであ万うものばかりであろう。中には展示や、企画セッションの話題、 エクスカーションの訪問地として、記憶に残っているという方も㧈らるかもしれない。実行委員の一人としては、これらを十分に紹介できなかった悔いが残っていた。というより、まさに沖縄を「学びなおし」、立体像を重ねる素材としての各々の視差を思うと、改めて取り上げる機会があるべきと考えてきた。 琉球大学西田睦学長から直に「国立自然史博物館」 の構想をお聞きしたのは、大会のプレイベント後の懇親会の席だった。当然、プログラムに加える時間はない。そこで改めて取材を申し达み、語っていただいた。「国立」「自然史」「博物館」それぞれの言葉の重さ、 さらにはそれがなぜ「沖縄」で作られるべきなのかについて。そしてその実現のためにデジタルアーカイブはどんな貢献ができるのか。ぜひ想像力を膨らませてみたい。 また今回大会のメイン会場となった琉大 50 周年のロビーには、「沖縄のハジチ(針突:女性の手の入れ墨)」の写真パネルが展示されていた。これもどれだけの人の目に留まっただろう。また、その記録に携わったアーカイブ支援企業(株式会社 Nansei)の名も。前年の円卓会議、二日目のセッションの会場にもなった県立図書館が力を入れる海外県系人(移民一世)の資料収集と活用の取り組みも、きちんと紹介できなかった。公文書館でのセッションにゲストとして来てくださった「不屈館:瀬長亀次郎と民衆資料」内村千尋館長の 10 年にわたる思いも、エクスカーションで真喜屋実行委員長が案内された「首里劇場」で進む調查の意義についても、もっと多くの方に聞いてほしかった。 もち万ん他にもたくさん「学びなおす」対象はある。 いずれもがそれを大切な記憶と考える人々の手によって、潜在的アーカイブとして、それぞれのかたちでなんとか存在をつなぎ今日に至っている。これらの資料はまさに「混在郷」として、多様な「記憶庫」「記録庫」 に遍在するように息をひそめていたのだ。そして我々に問うのだ。デジタルの機能は、ここでどのような力を発揮することができるのか、丁寧にそれらを掘り起こし、そこから網の目のような「つながり」を創発することはできるのか、と。 ## 3. 身近にある「小さな沖縄」 私(水島)は東京の狛江という小さな町に暮らしている。大会が終わり、その記録などの作文が一段落ついた頃、この足元の町に「小さな沖縄資料館 $]^{[3]}$ があることを知り、ふらっと訪ねた。そして仰天した。まず玄関に揭げられた「ライバルは公文書館」という文字に目がくぎ付けになる。ところせましと置かれた写真、年表、資料。部屋の真ん中には、ガジュマルを模した手づくりのモニュメント。 主催は俳優の高山正樹氏。 65 歳となった昨年末、余命半年のがんを宣告された。そして若い頃から、様々な芸能を介して出会った様々な地域の営みへの関心を「沖縄」一本に絞って、自身の事務所を資料館に 「改造」した。薩摩の琉球侵攻を起点に年代を追って無数の文脈の資料が壁を埋め尽くす。そこに報道写真家大城弘明氏・山城博明氏の作品、コザ事件や返還前後の新聞記事が重なる。まるでガジュマルの枝や根のように「リンク」が広がる ${ }^{[4]}$ 狛江はもともと、沖縄から上京してきた学生達の寮があった町。出身者も多く、2013年からコロナ禍前までの 6 年間、高山氏は「喜多見と狛江の小さな映画祭」を開いてきた。沖縄に関心を抱いた 20 代から集めた資料はおよそ 5000 点。どのように展示したらよいか、日々試行錯誤しているという。「沖縄出身以外の人間こそが、沖縄を知り、自分たちの問題として考えるべきだ」と高山氏は言う。ともかく勉強家だ。様々な文献から引き書き記したノートは、生半可な研究者のそれを凌ぐ密度だ。 何度か資料館を訪ね、高山氏と言葉を交わしているうちに、この空間が彼の脳内に築かれたアーカイブのほとばしるアウトプットであることに気づいた。そしてここに可視化された「リンク」は、本特集に寄稿していただいた様々な「混在郷」の記憶群と「つながり」 図1狛江市の住宅街の中にある「小さな沖縄資料館」1 図2「小さな沖緡資料館」2 展示は手作り。年表を軸に様々な資料がリンクする 図4「小さな沖縄資料館」資料を説明する高山正樹氏 を築いていく可能性をもっていることを。そして私は高山氏に提案してみた。「この資料群を、デジタルアー カイブ化してみませんか?」。 もち万ん、一気に「かたちあるもの」に持っていくことはできない。その骨組みの「さわり」を示すことに止まるかもしれない。でも、今回の特集に寄稿いただいたことがらがむすび付き、そこに肉付けされてい 図3「小さな沖縄資料館」3 く未来を夢見ることはできるだ万う。学生達や SIG で戦争資料に向き合ってきた共同研究者たちとも作戦は練った。アーカイブに関する研究と実践は常に動いている。そしておそらくそれが、我々が歴史の中でそれぞれの記憶を刻み、「生きていく」ということなのではないかと考えている。 ## 註・参考文献 [1] デジタルアーカイブ学会第 7 回(沖縄)大会の基調講演要旨は学会HPに揭載。 https://digitalarchivejapan.org/kenkyutaikai/7th/kicho/ (参照 2023-05-02). [2] 吉見会長と新城郁夫氏(琉球大学人文学部教授)との対談については沖縄タイムスが2023年 3 月 4 日に再構成しWeb 揭載した (「【特集】吉見俊哉 $\times$ 新城郁夫対談「沖縄を学びなおす——デジタルアーカイブに何ができるか」」)。「アーカイブの 4 層」についてもこの記事に説明がある。 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1110408 (参照 2023-05-02). [3] 「小さな沖縄資料館」: 東京都狛江市岩戸北4-10-7. [4]「余命宣告は『神様の贈り物』〜高山正樹さんの、残された時間の使い方」(Web『論座』2023年 3 月13日). https://webronza.asahi.com/national/articles/2023031300002.html (参照 2023-05-02).
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# デジタルアーカイブ憲章 デジタルアーカイブとは、人びとのさまざまな情報資産をデジタル媒体で保存し、共有し、活用する仕組 みの総体を指します。本憲章は、デジタルアーカイブ が社会にもたらしつつある変革が何を可能にするの か、またそのリスクはどこにあるのかを認識し、21 世紀のデジタルアーカイブが目指すべき理想の姿を提示した上で、その価値の浸透や実現に向けてわたした ちデジタルアーカイブ関係者が行うべきことを宣言す るものです。 ## 【前文】 ## (背景) いま、わたしたちはまさに人類の転換点にいます。 かつては権威的立場からのみ発信され、そこに集約されがちであった知識や情報が、いまでは誰もが創造し発信でき、かつ、多方面のルートから受信し、蓄積し、活用できるようになりました。ひとりひとりは地域性・分野性に特化しつつ、ネットワークを通じて世界市民ともいえる立場にすら立てるようになりました。 モノや情報を大量に消費する社会から、環境にやさしい循環型社会に移行し、デジタル技術を用いた情報資産の利用と再生産が促されることで、蓄積された歴史的記録も、これまでにない広がりと深さで活用できるようになりました。こうした変化が幸福をもたらすかどうかは、わたしたちのこれからの行動にかかっています。 ## (公共的知識基盤の必要性) わたしたちの生活は、長い歴史を通じ、過去の稌智や文化、情報を公共的知識として共有し、活用することで、進歩発展してきました。市民生活を豊かにする公共的知識基盤には、信頼性があり、知識や情報が構造化・体系化されており、ユニバーサル化により言語的・社会的障壁がなく、ネットワーク化により恒常的に効率よくアクセスできる仕組みが必要です。デジタルアーカイブは、情報技術の革新を取り込み、情報の提供者と活用者の双方向性を担保し、あらゆる情報資産を扱えることで、普遍的な公共的知識基盤として必要な仕組みを備えており、多様性のある市民生活を多面的かつ持続的に支えることができます。 ## (社会にとっての記憶する権利) そしてわたしたちは、そうした情報資産を得て活用することにより、仕事、趣味など日々の生活をより豊かにすることができます。こうした市民生活を支える公共的知識基盤を構築するには、デジタルアーカイブの技術要素に加えて、そもそも、過去及び現在の知識や情報を記録し、社会に遺し、未来に継承する仕組みが整っていなければなりません。プライバシーや知的財産権についても真摯な議論をしながら、一人ひとりの市民から地域社会、諸々の公的組織、国家までの記憶を社会の記憶として蓄積することができなければなりません。それはすなわち、社会にとっての“記憶する権利”、アーカイブ権ともいえるでしょう。蓄積される情報資産は公共財であり、この権利によって、公共財としてのデジタル知識基盤の構築と人びとへの適切な還元が保障されることになると考えます。 ## 【デジタルアーカイブの目的】 わたしたちは、デジタルアーカイブが、人びとの豊かな暮らしの実現と社会的課題の解決に資する公共的知識基盤として、次の役割を果たすことを目指します。 1 活動の基盤:豊富で多様な情報資産を永く保存し、情報資産の生産・活用・再生産の循環を促すことで、知の民主化をはかり、現在及び将来にわたり人びとのあらゆる活動の基盤となります。 2 アクセス保障:個人の身体的、地理的、時間的、経済的などの事情から発生するあらゆる情報格差を是正し、いつでも、どこからでも、誰でも平等に、情報資産にアクセスできるようにします。 3 文化:あらゆる人類の営みと世界の記録・記憶を知る機会を提供することで、多様な文化や歴史的事実の理解を助け、新たな創作活動の促進により文化の発展に寄与し、コミュニティを活性化させ、人びとの生活の質を向上させます。 4 学習: 多様な関心に応える学習者中心の学びの基盤を構築し、学習の質を高めると共に、人びとの情報リテラシーを向上させ、歴史的・国際的な視点を育みます。 5 経済活動:産業活動において多様な情報資産の保存と活用を可能とし、環境に配慮した産業技術の 進展を可能とし、時間・場所の制約がなく業務に最適化した新しい労働環境を構築します。 6 研究開発: 分野横断的な研究データの共有と活用の基盤構築を通じて、オープンサイエンスの実現に貢献し、人類や地球のための研究と開発を促進します。 7 防災: 過去の災害と復興の記録・記憶を将来に向けての教訓として活かし、防災・減災に寄与します。 8 国際化: 情報資産が国境を超えて流通・活用されることで、国際的な相互理解と文化交流の端緒を開くと共に、観光誘致や国際経済活動への貢献を行います。 ## 【行動指針】 わたしたちは、デジタルアーカイブの目的を実現できるよう、次の行動を行います。 ## (オープンな参加) 〉デジタルアーカイブが扱う情報資産の収集・保存・公開・活用等の全ての計画 ・実施局面において、その提供者と活用者を含む幅広い主体の声を聞き、主体的な参加を促します。 〉 誰もが豊かな情報資産にアクセスし、活用して多様な価値を生み出せる体験と創造のプロセスを実現するため、可能な限り情報資産をオンラインで公開し、再利用可能な利用条件を設定し、相互利用しやすい技術を用います。 ## (社会制度の整備) > 公共的知識基盤としてのデジタルアーカイブが有効かつ持続的に構築・維持できるよう、方針・計画の策定や見直しを相互に支援するほか、必要かつ適正な法整備と、財政的な措置が時宜を得てなされるよう働きかけます。 >著作権のほか、肖像権、パブリシティ権、プライバシー権等の諸権利の適正な保護と、公開・利用のバランスを実現します。 ## (信頼性の確保) > 情報資産に含まれるデータの信頼性を担保するため、データの由来や改変の履歴が把握できるよう、 トレーサビリティの仕組みやメタデータの充実などを促します。 (体系性の確保) > 国際的なデー夕共有の基準である FAIR(Findable, Accessible, Interoperable, Reusable)原則を念頭に、収集した情報資産を構造化・体系化し、誰でも利用しやすい形に整理して提供します。 アーカイブ機関が保有する情報資産に限らず、大学・研究機関、メデイア、民間事業者又は個人が保有する情報資産についても、可能な限り収集・保存し、構造化・体系化して公開します。 ## (恒常性の保障) >多様性のある情報・知識をデジタル形式で収集し、情報資産として可能な限り恒常的な保存とアクセスを保障します。 デジタル資源の長期保存・アクセス保障のためのコミュニテイ基盤を構築します。 ## (ユニバーサル化) >多言語による情報の発信や国際的な標準への対応を図り、グローバルに提供・活用できる情報資産を発信します。 〉心身の機能に不自由のある人々や高齢者など、様々なアクセス障壁のある人びとによる情報資産の更なる活用を促し、デジタル技術を用いて誰もが便利に享受できるようにします。 ## (ネットワーク構築) > 地域の個性と、各分野が有する専門性を相互に容易にやり取りできるよう、情報資産の横断的・国際的なネットワーク構築を図ります。 >未来に受け継がれるべきデジタルアーカイブの連携を促進するため、地域・分野・官民のセクター ごとの取組を横断的につなげる拠点を創ります。 ## (活用促進) >保存された情報資産を社会課題解決や技術革新に利用できるよう、研究者、エンジニア、企業等に対し、必要な情報を分かりやすく提供し、人と情報資産を結びつけます。 >学校教育やより幅広い生涯学習全般において、デジタルアーカイブの情報資産を率先して活用するとともに、それら活動の取組を支援します。 > 情報資産の提供者と活用者の両面における情報リテラシーの向上を図るため、あらゆる年代でデジタルアーカイブを用いた学習機会を増やします。 ## (人材養成) 〉 デジタルアーカイブの企画・構築、維持・管理、活用に関わる技術や情報、法制度、倫理等を学習する場を設け、デジタルアーカイブに関わる多様な見識を有する人材を創出します。 > 分野・地域・業種を超えた人材の交流を生み出し、知識の創発を促すとともに、適材適所で人材が活躍できる環境を構築します。 ## 【確認・更新】 3 年に一度、本憲章を見直すとともに、時宜に適った政策提言を作成し、公開します。 令和 5 年(2023 年)6月 6 日 $ \text { デジタルアーカイブ学会 } $
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# 吉見 俊哉 YOSHIMI Shunya デジタルアーカイブ学会 会長 デジタルアーカイブ学会において「デジタルアーカイ ブ憲章」を制定するにあたり、学会長として 3 点、学会員のみなさまにご説明しておきたいことがあります。 ## 「憲章」とは何か 第 1 は、このデジタルアーカイブ憲章の「憲章」とは何なのかという点です。憲章は、英語で言えば “Charter” で、その原点は「マグナカルタ」にまで遡ることができます。マグナカルタは、1215 年、英国のジョン王に対し、封建諸侯と都市の代表が共同して、王権を制限し、諸侯の既得権と都市の自由を認めさせたもので、英国憲法の根幹をなすとされています。ここで重要なのは、王が定めたのではなく、諸侯や都市民が王に認めさせたという点と、それがやがて憲法を構成していくという点です。「憲章」は、いわば下からの憲法なのです。 19 世紀以降、憲章制定の動きは広がります。 1830 年代にはチャーテイスト運動のなかで普通選挙を求める「人民憲章」が定められますが、そもそも「チャー ティスト運動」の「チャーティスト」は「憲章主義者」 の意味でした。 20 世紀には、第一次大戦後の労働運動の高揚のなかで「世界労働憲章」が定められ、同じ頃に有名な「オリンピック憲章」も定められました。戦後は、国連の「人権憲章」に始まり、環境保護を訴える「自然憲章」や政策決定への市民参加を要求する 「市民憲章」などまでが世界各地で定められていきます。政治的に大きな意味を持ったのは、チェコのハべル大統領が主導した「憲章 77」で、この憲章は独裁政権に抗するチェコの民主化運動を理念的にリードする役割を果たしました。 日本では、「憲章」概念のこうした歴史的背景がまるで理解されず、役所が「上から」住民を巻き込むた めの口実で「市民憲章」や「県民憲章」が定められることがありますが、その多くは偽物です。むしろ、日本の近代史において「憲章」に近い意味合いを持っていたのは、明治の自由民権運動のなかで定められていた「五日市憲法」や、戦後、高野岩三郎らの憲法研究会がまとめた「憲法草案要綱」だったと思います。そして、これらの民間発の憲法構想と同じように、民間発の法案構想があるべきだというのが私たちの考えです。 ## 記憶する権利について 第 2 に、今回の憲章の中心概念である「記憶する権利」について説明します。いうまでもなく、この権利は「忘れられる権利」と対をなします。忘れられる権利は、ネット社会におけるプライバシー権を含意しています。これが支持されるのは、際限なく情報を蓄積し、検索可能にしてしまうネット社会で個人のプライバシーが守られるには、プラットフォームのレベルで個人情報が保護されなければならないとの認識が広まっているからです。 このことにもち万ん異論はないのですが、同時に社会が過去を正確に記憶し続けていくことも、公共的な価値の維持にとって不可欠だというのが私たちの立場です。ですから未来のネット社会は、個人の情報を保護するのと同時に、公共的な立場から社会の様々な記録を保持し続ける仕組みを発達させなければなりません。ネット以前の社会では、上記の関係はしばしば 「プライバシー」と「情報公開」(知る権利) の関係として理解されてきました。しかしネット社会では、この双方が過去に向かって時間的に拡張するのです。 ですから、「記憶する権利」の拡張は、デジタルアー カイブの根本的な使命です。デジタルアーカイブとは、 ネット社会が「記憶する権利」を失わないための様々 な仕組みの総称なのだと言っても過言ではありませ几。そしてたしかに、多くの欧米社会は、21世紀に入ってこの両方の権利、つまり「忘れられる権利」と 「記憶する権利」を、市民社会的な原理に基づいて同時に拡張してきたと思います。野放しだったプラットフォームへの規制と公共的なデジタルアーカイブの拡充は、同じ考え方の表裏なのではないでしょうか。 ところが日本社会では、過去を記憶し続けなければならないという意識が極端に希薄です。日本人は何でも嫌なこと、失敗したことは忘れてしまいたいし、実際にすぐに何でも忘れてしまうのです。財務省の公文書改竄や裁判所の記録廃棄は一時期大いに話題になりましたが、その構造的な背景まで深掘りはされず、忘却の事実自体が忘却されていきます。私たちの「記憶する権利」は、そのような健忘症の日本社会への挑戦でもあります。 ## 学会の 3 つの社会的機能 最後に、なぜ本学会がこうした憲章制定をするのかを説明します。一般に「学会」は、少なくとも $3 つの ~$社会的機能を持ちます。第 1 に、学会は会員たちによる学術的な成果の発表と交流の場です。これは学会の最も根本的な機能で、この機能を果たせない学会は必ず衰退します。第 2 に、学会はその分野での新しい学術テーマを開拓し、推進する場です。そのために多くの学会で「部会」が組織され、部会ごとに新しいテー マが探究されていくのです。しかし第 3 に、学会には新しい社会的理念を提起し、危機に瀕する理念を擁護する使命もあります。諸学会が日本学術会議と結んで諸々の声明を出すのは主に後者であるのに対し、今回、私たちが「デジタルアーカイブ憲章」を制定するのはまさに前者のケースです。 たしかに学術界では、日本学術会議において多くの提言がなされてきました。一例を挙げるなら、「学術分野における男女共同参画促進のために」「新しい理工系大学院博士後期課程の構築に向けて」「学術統計の整備と活用に向けて」「アジア学術共同体の基盤形成をめざして」「オープンイノベーションに資するオープンサイエンスのあり方に関する提言」等々です。私たちもいずれ時期が来れば、政策的な目論見からこの種の提言を日本学術会議の場で策定する必要が生じるかもしれませんが、これらは草の根的なものとは言えません。デジタルアーカイブは大学研究者のためのものである以前に、一人ひとりの普通の市民のものです。ですから、私たちの理念の提起は、学術会議の「提言」とする以前に、まずは草の根的な「憲章」として、学会から新しい時代の理念として広く社会に発信すべきだというのが私たちの考えです。 以上でご説明したように、「憲章」とはいわば草の根からの法案構想であり、社会の「記憶する権利」はデジタルアーカイブにおいて実現されます。そして、 このような憲章を学会が制定していくのは、学会組織が新しい理念の提案機能を果たすためです。今回、憲章策定にあたり、法制度部会の方々に多大なご尽力をいただいたこと、また数度にわたる剆談会やシンポジウムで学会員のみなさまに活発なご議論をいただいたことに深く感謝します。
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# 『メティアとサバルタニティ:東日本大震災におけるる言説的弱者と 〈ぁわい〉。 \author{ 坂田 邦子著 \\ 出版社:明石書店 \\ 2022年 6 月 \\ 352 ページ 四六判 \\ ISBN 978-4-750-35416-3 \\ 本体 3,200 円税 本書は、2011年 3 月 11 日に発生した東日本大震災 を仙台在住の研究者であり一児の母として経験した著者が、自らの経験、理論的考察及び実践的研究に基づ き、言説的弱者となった被災者が語り出し、その記憶 が共有され歴史となっていく可能性を追い求めた渾身 の作である。 震災後の社会で、被災者が語ることができない、あ るいは語ってもその声が届かない状況を、著者は「サ バルタニティ」と呼び、検討にあたってサバルタン研究の知見を援用する。「間(あいた)」を意味する古語 である「あわい」を用いて主流の言説に回収されない 断片的で多様な語りが共存する空間を表現し、この 〈あわい〉が語らない被災者=サバルタンの語りを拓 く場になり得るという洞察に、著者の慧眼が伺える。本書は序章と終章を含め9つの章からなり、第 3 章 までに本書での議論の背景や目的、サバルタン研究の 諸理論、当事者一当事者性そのものも本書の議論の対象である一としての著者の視点から見た東日本大震災 の経験、被災者を対象とした調査に基づく問題意識等 が論じられる。展開部となる第 4 章では、サバルタン を含め誰もが語れる場所を作ることが可能であり、メ ディアという〈あわい〉にその場所が拓かれるという、本書の中心ともなる考え方が述べられる。続く5 章、 6 章では、震災後間もない時期に著者が関与して行わ れた 2 つの実践事例、『語りと記憶のプロジェクト』及び『Bridge! Media 311』について詳述することで、 サバルタン的な状況から脱して語り出すことを促す 〈あわい〉とそこを行き来する生きたメディアとして の人間の可能性が提示される。第 7 章以降では、〈あ わい〉としての媒体であるメディアを多角的に捉え直 し、サバルタンの声を歴史に反映させたいと願った本書の課題と限界について述べつつ、多声的なメディア のあり方を考えるというメディア論の 1 つの方向性を 示唆する。 東日本大震災当時の圧倒的な報道量に接し、被災者 を案じるとともに原子力災害の緊迫した状況に目を奪 われていた被災地の外側に居た人々にとって、被災者 が情報を伝えることができなかった、あるいは情報が 正しく伝わらなかったという実感はそしいかもしれな い。しかし、当時様々な被贸状況の人々が混在した被災地にあって、被害の程度がより軽いと感じた被災者 は自らの当事者性、語る資格ともいうべきものを問わ ざるを得ず、その結果語ることを躊躇った、と著者は 〈私〉的体験を開示し (第 2 章)、調査結果にもまとめ 上げられたドミナントストーリー(支配的言説)から 零れ落ちた語りきれぬことがあるという被災者の思い が現れる (第 3 章)。 断片的な記憶やエピソードに過ぎないとしてもそれ らをメディアが拾い上げることで、歴史に新たな視点 を加えると同時に、苦しい記憶をメディアに預けるこ とで個人がそれを乗り越えて生きていくことができる という捉え方は、当事者であり「語れない人」でも あった著者であればこその視座であろう。東日本大震災から 10 年以上の月日が流れ、記憶と教訓を後世に 伝えることが重要な課題となる現在、多くの方が本書 を手に取り未だ語られない記憶について考えていたた ければ幸いである。(国立国会図書館井上佐知子)
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# 『デジタルアーカイブ・ベーシックス:知識インフラの再設計』 \author{ 責任編集:数藤雅彦 \\ 出版社:勉誠出版 \\ 2022年11月 256ページ A5判 \\ ISBN 978-4-585-30301-5 \\ 本体 3,200 円税 } 本書は、2019 年から 2021 年に刊行された「デジタ ルアーカイブ・ベーシックス」第 1 期シリーズ(全 5 巻)の、続編(第 2 期)の初巻である。デジタルアー カイブ(以下「DA」)の各分野での事例に光を当てた 第 1 期では、ヒト・モノ・権利などの課題が言及され ているが、本書でもその課題意識を引き継ぎつつ、そ のうえで、分野を問わず、知識の生産・活用のサイク ルを持続可能にするため、DA 全般のインフラを支え る制度や仕組みの再検討をねらいにしている。 本書の序章で、吉見俊哉はアーカイブを「記憶の家」 とイメージさせながら、「家の躯体そのものに関与」 すべきと説く。躯体(土台や柱)と向き合い、考察な いし実践する 11 人による論考が、本編 3 部(全9章) で構成されている。 第 1 部 (1~3 章) は社会設計(ソーシャルデザイン) をテーマに、持続可能なインフラに関する理論や実例 を示し、制度と管理は、行政などだけに任せるのでは なく、ユーザーなど当事者コミュニティが主体的に参加できるよう設計することの効果を感じさせる。特に、知識コモンズ研究の成果を原則に据えた Europeana の 継続性(第 1 章)、OERに息づく創造性(第 3 章)は、共通点も多く、好例である。 第 1 部の知見は第 2 部(4~6章)にも引き継がれ、法制度設計の現実に即した論点が、実に明瞭に示され る。予算措置や法律制定をめぐる国会の内幕とそこで 得た知見を、国会議員秘書自らが詳述した第 4 章は圧巻である。ソフトローの意義と留意点、肖像権ガイド ラインの分析を通して、当事者コミュニティによる ルール設計が精緻に論じられ (第 5 章)、違法有害情報の法的検討では、文化の継承という、DAの意義に 立脚して権利制限の再設計が試みられる(第6章)。第 3 部の、経営(第 7 章)とネットワーク(第 9 章) でも、オープンな関係構築に向けた現場の具体論が展開する。注目すべきは第 8 章、デジタル経済の視点か らのDA 論である。文化・芸術を私的財と公共財の両方の性質を持つ「混合財」と位置づけ、DAの資金循環のために、市民参加のルートを示すなど、実に興味深い。 本書を通読して評者は、「連携」、そのための「合意」、 さらにそれを支える「信頼」という、3つのキーワー ドを思い浮かべた。 「連携」は、異分野との横断的連携はもとより、同 じ分野の機関同士の連携、市民・ユーザーとのオープ ンな協働、政府や自治体の理解と支援を得られる関係性など、ほぼすべての章で重視されている。 連携実現のためには「合意」が必要だが、本書では、多様な当事者ができるだけ納得できるものになるよ う、制度設計の具体的な知見が多い(特に 1 章、 3 章、 5 章)。さらに、その合意は、DAの価值を積極的に訴 え、広く共有されることの必要性を改めて感じさせる (6 章、 8 章。また、 2 章の行政・企業との認識の差異 を埋めるくだりなど)。 合意に不可欠なのが「信頼」の構築である。関係者全員に丁寧な説明をし、納得が得られるのは、聞き手 が話し手を信頼しているからである (4 章)。顔が見 える関係を作り、知見を共有し、ともに課題解決を目指すこと(7 章、9 章)など、いずれもアナログ的で、面倒たと敬遠されやすい。しかし、信頼を生み、持続可能な知識インフラを再構築するには、改めて、人間 の「アナログ性」に注目すべきであることを、自省さ せられた次第である。 (NHK 放送文化研究所 大高 崇)
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# 『デジタル時代のアーカイブ系譜学』 監修:柳与志夫 編集:加藤諭/宮本隆史 出版社:みすず書房 2022年12月1日 280ページ 四六判 ISBN 978-4-622-09555-2 本体 4,200 円 + 税 } 「デジタルアーカイブ」は、初めから学問的関心の 対象として措定された概念ではない。むしろ技術革新 の産物として「道具的」「手段的」に現れたものた 一一故に我々は、遡及的に「それは、いったい何もの か」を探求しようとする。そこから「どう活用するか」 という応用科学的演繹と、「どう基礎づけるか」の理論的帰納の営みが対となって、バランスをとりつつ領域を広がっていく。それは「新しい学問」が理想とす るプロセスである。 デジタルアーカイブ学会に集った若い研究者たち が、早くからその問題意識を持っていたことは僥倖で あった。しかも専門分野が異なるメンバーで研究会を 立ち上げ、「共通基盤」たる枠組みを模索し、継続的 に対話を開き、問うてきたことは、確実に学会そのも のの発展に寄与するものであった。そしてその最初の 成果がみすず書房から刊行された。学会創立から 5 年。 このタイミングも、出版社の選択もべストのもので あったと言えよう。 学問自体の輪郭を問う「メタ理論」は、その学問の 姿と相似形となる。その点でこの研究会が「系譜学」 という方法を掲げたことが、まさに決定的であった。 デジタル時代において「アーカイブ」という語が指し 示す領域に流れ达むものの多様性、異種混淆性への目配りを怠らないこと一その単一の起源や画一的な定義に拘泥することなく、現象そのものに光を当てるた めには、その理論自体が「デジタルアーカイブ」的で なくてはならない。 それは本書序章(p.11)における、ミシェル・フー コー「ニーチェ、系譜学、歴史」への言及をもって裏 づけられる。フーコーはニーチェを引き、それを「歴史」に批判的眼差しを促す方法として位置づける一「真の歷史的感覚は、われわれは始源的な目印も座標 もなしに、失われる無数の出来事の中で生きているの た、ということを認めるのである」[1]、而して「われ われを貫いているあらゆる不連続を現れ出でさせよう とするのである」[2]。 この小論では直接「史料体(アルシーヴ)」の問題 に踏み込まないが、『言葉と物』から『知の考古学』 で提起した「知」の力動性の延長線上にこの「系譜学」 の理念があることは間違いない。そう考えると、フー コーの時代には具現化されなかったこのシステムが、再帰的に自らの方法を問う手段として、デジタル技術 の後押しで徐々に形を成しはじめている現実に、感慨 と興奮を覚える。 編者の加藤諭は、第一章を「(我が国ではおよそ 30 年の間)デジタル技術や各専門分野のフィロソフィー を取り込みながら、定義は変化し続けており、その系譜そのものがデジタルアーカイブの概念を形成してい るのである」と締めくくる。そして第二章から第七章 まで、まさにそこに「取り込まれていく」各領域の動態の記述が、パラレルに地層を描きつつ重ねられる。 かつてなら決して一冊の本に収められることがなかつ た論考群が、である。 しかし、「系譜学」の眼差しは過去にのみ囚われる ことはない。もう一人の編者宮本隆史がタッグを組ん で事例に引き上げた第八、九章のプロジェクトは、デ ジタルアーカイブが史料批判やコミュニティへ向かう 人々の主体性を浮かび上がらせ、進行形の運動体とし て機能していることを明らかにした。まさにその現象 こそが「アーカイブのメディア性」であり、歴史学と ともに社会学のインフラとなりつつあるこの概念の現在地を示している。 これから書かれる様々な「アーカイブ論」が、決し て素通りすることができない一冊として、後世、おそ らく「アーカイブ」的に読まれるだろう予感がする。 (東海大学 水島久光) ## 参考文献 [1] 小林康夫ほか編『フーコー・コレクション3言説・表象』 ちくま学芸文庫, 2006, p. 372 [2] 小林康夫ほか編『フーコー・コレクション3言説・表象』 ちくま学芸文庫, 2006, p. 382
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# デジタルアーカイブ産業賞受賞 テーマ発表会講評 ## Comment on the DAPCON Industry Awards 2022 2022 デジタルアーカイブ産業賞受賞者 ビジネス賞 「ボリユメトリックビデオ技術の芸術・芸能分野における協業」 キヤノン株式会社/日本アイ・ビー・エム株式会社 「Startbahn Cert.」スタートバーン株式会社 技術賞 「8K文化財プロジェクトデジタル調査会(救世観音像)」日本放送協会 「FUJITSU Hybrid IT Service FJcloud-O, オブジェクトストレージサービス」富士通株式会社 貢献賞 「三次元計測分野における出張計測体制の整備と先端機材積極導入による高精度デー夕品質の維持」有限会社原製作所 「HON.jpを継承し、ニュースメディアとしての持続的展開を図る」特定非営利活動法人 HON.jp 「クラウド型収蔵品管理システム『I.B.MUSEUM SaaS』」早稲田システム開発株式会社 奨励賞 「オープンデータ構築基盤『Datashelf』」 インフォ・ラウンジ株式会社 「路上博物館」一般社団法人路上博物館 毎年感じるのですが、デジタルアーカイブが何かビジネスに繋がらないかという思いで集まった DAPCONというコミュニティーは、様々なバックグラウンドの方々が毎年加わって、大きく成長しています。受賞の方々のお話をうかがって、そういうアク ティビティーが国全体へ広がってきているのを感じました。 ビジネス賞「ボリュメトリックビデオ技術の芸術・芸能分野における協業」キヤノン株式会社 /日本アイ・ビー・エム株式会社 ${ }^{[1]}$ $4 \mathrm{D}$ カメラ 100 台からなる入力システムを使って 3D の動きのある状態を記録し、バーチャルに加工して再生しようというチャレンジです。 能楽「葵上」を記録したものがウェブに紹介されていますが 、将来的には、歌舞伎などさらに大きい空間を扱うことも視野に捉えているそうです。 ライブで見なければ意味がないような芸術をどうやって後世に残していくのか。それは、8Kで一発撮りすればいいじゃないかという立場ももち万んあるけれども、その現場で見た人の感動とか感覚を復元するには、3D 空間上で見る位置や視点を変えながら、そのとき空間で起きていたことを追体験したいという欲 望があるわけですけど、それに対する大きな挑戦だと思いました。 ## ビジネス賞「Startbahn Cert.」スタートバー ン株式会社 ${ ^{[2]}$} ここ数年話題になっている NFT (Non-fungible Token) を用いて鑑定書のようなもの、真贋を判定するための証明書 (Startbahn Cert., 現在 Startrail PORT に名称変更) をアート作品につけていくという事業です。 鑑定書とは、これまでだとオークションの会社が発行してその権威によって守られるということをしていたはずですが、ここでは証明書はマシンリーダブルでノン・ファンジブルですから、偽物はつくれない。その鑑定書自体が本物であることは自動的に確認できます。かつ、取引をすべて記録出来て、一次取引でも二次取引でも三次取引でも著作者に対してのレべニュー・シェアも可能になります。ここに注目したのはなかなか見識なのではないかと思います。 ## 技術賞「8K 文化財プロジェクト デジタル調査会 (救世観音像)」日本放送協会 ${ }^{[3]}$ これは3Dのオブジェクトをできるだけリアリティーが感じられる形で再現・再生・観察する環境を整える試みです。3D モデルは拡大・縮小や角度などをコントローラーで自由に操作でき、その操作情報を別会場でも同期することで $8 \mathrm{~K}$ 映像を“共有”できる仕組みとなっています。複数の研究者がモデルの細部について共同で観察・分析できます。あまり特別な機器を必要としない構成で、高精度のディスプレイとゲー ムパッドぐらいあれば、みんなが自由に使えるという形で、コンテンツのハイエンドの利用環境を考えたというのは良いチャレンジだと思います。 これが全国の教室とか普通の学校、あるいは、お話 ## NHK 放送持術研究所 木一ム研究内容刊行物技研とは 2021年6月30日 ## 「見たことのない文化財」 デジタル調査会を開催 にあったように、縄文の土器が出た場所の近くにこの装置を置いて、発掘された土器は東京の上野の博物館に保存されているけれど、それをもう一回元の場所に戻してあげる技術としてこれが生かされるとよいと感じました。 技術賞「FUJITSU Hybrid IT Service FJcloud-O、 オブジェクトストレージサービス」富士通株式会[4] デジタル化して保存するデータは、高品位の記録であればあるほど量が大きくなるので、それが消えたときのダメージは大きいわけです。それを何とか消さずに、かつ、可用性を維持した形で、どうやって安心安全に持ち続けていくのかという課題が、このサービスが賞を取った背景だと思います。 ともすればサービスは、検索だ、大きなディスプレーにきれいに映すとかいう、最後の届ける形のほうに注目が行きがちですけど、それを安定的に 10 年後も 100 年後も同じようなことができるということを保証していく技術として、いつもこういうプラットフォーム技術の大切さを忘れてはいけないと思います。 基幹システムのクラウド化を検討される全てのお客様が、安心してご利用頂ける信頼性とは何か ## 貢献賞「三次元計測分野における出張計測体制 の整備と先端機材積極導入による高精度データ 品質の維持」有限会社原製作所 ${ ^{[5]}$} 私は'80 年代から 20 年ほどメーカーで育てられた人間ですが、その頃の日本には世界のナンバーワン技術がたくさんあって、どんな生産技術でも突き詰めていくと日本のどこかの工場が一番凄いというような話をよく聞きました。今でも一部の技術についてはまだ健在なんだろうなと、原さんの招を聞いていて感じました。 日本の強みは、そういう尖った技術がどこかの大企業に全部を抱え込まれるのではなくて、ちゃんと外出しになっていて、その専業で勝負して世界に通じるという会社がこうやって現存していることにある思います。 貢献賞「HON.jpを継承し、ニュースメディアとしての持続的展開を図る」特定非営利活動法人 HON.jp ${ }^{[6]}$ 鷹野凌さんはずっと以前から日本におけるデジタル出版のトレンドや、そもそも出版産業がこの後どうなっていくのかなど、大きな時代の流れが出版や本の未来に、どう影響を及ぼしていくのかをずっと眺めておられる方です。私もいつも鷹野さんの記事を楽しみにしている一人です。地味でお金もないとおっしゃっていましたけれど、本当に一人でやられていることに敬意を表したいと思います。 週刊出版ニュースまとめ\&コラム 「2022年出版市場」「同音異義語」「Twitterの代替は?」「noteに広告?」「i2iのAIトレパク」など、週刊出版ニュー スまとめ \&コラム~ 556 (2023年1月22日~28日) ⑳23年1月30日 貢献賞「クラウド型収蔵品管理システム『I.B. MUSEUM SaaS』早稲田システム開発株式会社 ${ }^{[7]}$ 全国どこへ行っても、「何で早稲田システムを使っているの?」と私たちが疑問に思うぐらい、その浸透力は圧倒的です。今日はその秘密が幾つか明かされていたと思いますが、草の根というか本当に一番のフロンティアで頑張っておられます。海外では大きな美術館・博物館はみんな The Museum System (TMS) を使っているようですが、日本には早稲田システムがあると言えると思います。今後ジャパンサーチや文化遺産才ンラインなど、所在情報集約サービスとの連携を深める方向で協力関係ができればと思いました。 奨励賞「オープンデータ構築基盤『Datashelf』」 インフォ・ラウンジ株式会社 ${ }^{[8]}$ インフォ・ラウンジが扱っている情報というのは相当広いんですね。オープンデータももち万ん、自治体や政府機関が持っている業務データも含まれます。それらをどういうふうに扱うのかということを長くやられており、さらに最新の情報技術を使ってそこにアプローチしておられる。文化遺産オンラインもそうですし、図書館のシステムなどもそうですけれども、たいていのシステムは特定の業務についてだけうまくいけばいいという格好でデザインされていて、情報の成り立ちを考えてきれいに整理されているかというとかなり怪しいわけです。それに対して、特定ベンダーの特有のアプローチにロックインさせない仕組み、どちらかというと、世界のスタンダードにロックインさせるというアプローチが大切なのだと思います。このように世界の標準を常ににらみながらアプローチしていく目線を失わないことが重要だと感じました。 奨励賞「路上博物館」一般社団法人路上博物館 ${ }^{[9]}$ 森健人さんが、これだけ自分が萌えるのにみんなに伝わらないはずがないと信じて、こういう活動をされているというのはすごく面白いと思いました。 博物館は今コロナ禍でなかなか来館者数が伸びないので、急に手のひら返しのように新たなイベントとしてデジタル何とかと言い始めていますけれど、本当にやるべきことは博物館が大切にしてきた標本なり博物の価値を、森さんのように、もう少し建物の外に開いていくこと。教室に投げるとか、路上でやってみると ## 博物館の標本を使った標本観察入門キット「立体標本」の開発を開始しました かという、そういうことの中にひょっとすると本当に博物館を再定義するというものが見えてくるんじゃないかと思いました。 今日、受賞者の扮話を聞きながら、こうして皆さんがそれぞれの視点から取り組んでいる、個々にはきらりと光るかけらみたいな小さな取り組みを、お互いに交換したり組み合わせたりして、新しい別のものをつくれないだろうかと想像していました。二つのかけらをつなぐために別のピースを探したり、第三のものに出会うことを体験できれば、僕たちは俄然面白い文化や情報の世界にたどり着けるのではないでしょうか。 ここに世界の産業や技術でトップクラスの会社がたくさんある日本だからこそできることがきっとあります。世界水準の個々のピースを磨いて、それらをいくつか組み合わせて世界にアピールするフィギュアのような作品を作り、それを発信していくというアプロー チが有望だと感じました。皆様のますますのご発展を祈念いたします。 ## 註・参考文献 [1] キヤノンと日本IBMが芸術・芸能分野で協業開始ボリュメトリックビデオ技術の活用により芸術・芸能の新たな価值を創出. 2017-07-02. https://global.canon/ja/news/2021/20210702.html (参照 2023-02-05). [2] Startbahn. Startrail PORT, your access port to Startrail. https://startbahn.io/ja/startrail-port (参照 2023-02-05). [3] NHK放送技術研究所. 2021-06-30.「見たことのない文化財」 デジタル調査会を開催. https://www.nhk.or.jp/strl/news/2021/4.html (参照 2023-02-05). [4] FUJITSU Hybrid IT Service FJcloud-O. https://jp.fujitsu.com/ solutions/cloud/fjcloud/-o/ (参照 2023-02-05). [5] 有限会社原製作所. https://hara-sss.co.jp/ (参照 2023-02-05). [6] Hon.jp News Blog. https://hon.jp/news/ (参照 2023-02-05). [7] 早稲田システム株式会社. http://www.waseda.co.jp/ (参照 2023-02-05). [8] Datashelf. https://datashelf.jp/ (参照 2023-02-05). [9] 一般社団法人路上博物館. https://rojohaku.com/ (参照 2023-02-05).
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# 舞台芸術のデジタルアーカイブにおけ る将来の課題と展望 : Japan Digital Theatre Archivesへの歩み Challenges and Prospects facing Digital Archive of Performing Arts: Footsteps towards Japan Digital Theatre Archives 中西 智範 NAKANISHI Tomonori 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館デジタルアーカイブ室 } 抄録:近年、国内では舞台芸術分野のデジタルアーカイブへの注目が高まっている。本稿では、早稲田大学演劇博物館が 1990 年代から行ってきたデジタルアーカイブの活動から、Japan Digital Theatre Archives 公開までの過程を紹介するとともに、他のデジタル アーカイブとの比較を通じて、舞台芸術分野のデジタルアーカイブの課題や期待について展望する。 Abstract: Recent years, digital archive of performing arts have seen growing interest in Japan. This article overviews digital archive activities by the Tsubouchi Memorial Theatre Museum, Waseda University since 1990s up to the release of the Japan Digital Theatre Archives and discusses issues and expectations for digital archive of performing arts in comparison with that of other areas. キーワード : パフォーミングアート、舞台芸術、博物館、アーカイブ機関、視聴覚アーカイブ Keywords: performing art, theatrical art, museum, archival institution, audiovisual archiving ## 1. はじめに 本論では、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(以 下「当館」とする)における、デジタルアーカイブの活動を紹介するとともに、当館と諸外国のアーカイブ機関におけるデジタルアーカイブのサービスの比較を通じ、舞台芸術分野のデジタルアーカイブへの期待について展望する。 2. 演劇博物館のデジタルアーカイブの活動の経緯 当館がデジタルアーカイブの構築に向けた取り組みを開始したのは 1989 年に遡る。1995 年には当館ホー ムぺージ上で館所蔵の錦絵 61 点の画像掲載を行い、 1997 年には「錦絵検索システム」として検索機能を付与し公開した。2001 年には学内限定のデータベー スとして、演劇雑誌や現代演劇上演記録、貴重書、映画・舞台写真などの資料目録と画像の検索が可能な 「演劇博物館デジタル・アーカイブ・コレクション」 を作成した。2005 年には、データベースは Webアクセスが可能な第二期の活動へシフトし、2017 年 6 月にはこの仕組みを大学共通のプラットフォームへ移行し、学内の他文化機関の文化資源を横断的に検索可能な「早稲田大学文化資源データベース $]^{[1]}$ として、 ジャパンサーチへのデータ連携なども行い、広く演劇研究者や一般の方に利用されるサービスとなっている。近年では、これまでの活動の実績を踏まえ、公演記録映像と公演関連情報を扱う「Japan Digital Theatre Archives」を2020 年 2 月に公開した[2]。このように、当館ではデジタルアーカイブの可能性に早くから着目し、活動を行ってきた経緯がある。 2.1 演劇博物館デジタル・アーカイブ・コレクション館所蔵資料についての基本的な資料目録情報とともに、デジタル化された画像や映像、音声、 $3 \mathrm{D}$ などのデジタルコンテンツを、資料種別や年代などの目的ごとにサブデータベース化して公開するデジタルライブ ラリーである。2022 年 10 月現在、計 47 データベー ス・871,547 件の情報を公開している。 ## 3. Japan Digital Theatre Archives (JDTA) 3.1 概要 JDTA は演劇・舞踊・伝統芸能の 3 分野を対象とし、公演記録映像と公演関連情報を収集・アーカイブ化し、情報の検索が可能なデジタルアーカイブである。 2022 年 10 月現在、1,264 公演の情報がアーカイブされる。 ## 3.2 機能と特徵 公演の記録映像やチラシ・舞台写真の画像を主なコンテンツとし、公演タイトル・作品名・公演年・会場名のほか、劇団やカンパニー名、詳細な出演者やスタッフなどの組織・人名情報についての検索と閲覧機能を提供する。 そのほか、利用者にアーカイブをより親しみやすく感じてもらうとともに、既存の演劇ファンにとっては自身の関心エリアを広げ、新たな出会いの機会を提供するための工夫として、2つの特徴的な機能を提供している。ひとつは「キーワードから探す」機能である。公演情報には、例えば“野外劇” “ “妖怪” など、作品に共通する要素を夕グ情報として付与し、利用者が興味や関心のありそうなテーマをキーワードとして、検索画面上にランダムで表示させ、そこから公演情報へ誘導させるユーザーインターフェースを設けた。もうひとつは「画像イメージからの簡易アクセス」機能である。舞台写真や記録映像からキャプチャした舞台場面等の画像イメージには、文字情報にはない心理的効果を持つため、トップページでランダム(もしくは上述のキーワード検索に応じて)に表示させ、画像を入口として公演情報へ誘導するユーザーインターフェー スを設けた。 図1 JDTAトップページにてキーワード「野外劇」を絞り込み ## 4. 諸外国における Theatre Archives の事例 ここでは、諸外国における舞台芸術分野におけるデジタルアーカイブの事例として、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館と、ブロードウェイリーグを取り上げる。両者には、いわゆる伝統的なアーカイブと商業的なアーカイブという違いがあり、デジタルアー カイブのオンラインサービスにも特徴の違いが明確に表れている。 ## 4.1 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V\&A) イギリスの国立博物館である V\&A にはシアター\& パフォーマンス部門があり、演劇やダンス、オペラ、 サーカス、人形劇、コメディなどの舞台芸術に関する 大規模なアーカイブコレクションを持つ。 同館では、コレクションの情報検索のためのオンラインサービス「Search the Archives」[3] を提供しており、近年では新たな機能を加えたサービスのリプレイスにも取り組んでいる。2021年 2 月には「Explore the Collections $]^{[4]}$ としてべータ版が公開され、利用者の意見を取り入れながらアジャイル開発が進められておりその動向も注目したい[5][6]。 Search the Archivesでは、シアター\&パフォーマンス部門が管轄する 368 件のフォンド (同出所記録資料群) やコレクション情報が検索可能である(2022/09/21 時点)。情報は Encoded Archival Description(EAD)のメタデータ語彙により記述されており、階層的な表現が主体のため、個別資料単位では情報が扱われておらず、 デジタル画像などのコンテンッは別のアセット管理シ 図2V\&A Explore the Collectionsイメージ ステムで管理されている[7]。それに対し、Explore the Collectionsでは、資料単体情報へのアクセス機能に加え、カテゴリや人名、コレクション名、資料の形式.形態、技法などによるフィルタリング機能を設けることにより、高度な検索スキルがなくとも求める情報を容易に入手できるようインターフェース等の工夫がなされており、多くの資料に画像イメージを付与するなど、 ユーザー支援機能が強化されているのが特徴である。 ## 4.2 ブロードウェイリーグ ブロードウェイリーグは、ブロードウェイ産業のための全国的な業界団体として 1930 年に設立。広範なリサーチ・アーカイブとデータベースの管理、観客育成プログラムによる未来への投資、演劇界に貢献するチャリティ活動の支援サービスなども行っている。同団体が運営する Internet Broadway Database(以下「IBDB」) ${ }^{[8]}$ は、主に劇場プログラムから情報を収集し、新聞や雑誌、演劇書、関係者インタビューなどで補足されるブロードウェイ公演の情報を検索できるサービスである。演目 (Shows) $\cdot$ 人物 (People) $\cdot$ 劇場 (Theatres) $\cdot$受賞作 (Awards) の主要 4 カテゴリに加え、組織・シー ズン・登場人物・楽曲・統計などからの情報検索機能をもつ。例えば演目の検索トップ画面では、ニュー ヨーク公演中やッアー予定の作品、過去同日に初演となった作品の紹介など、より観客の興味を引き出すためのインターフェースの工夫がされており、商業的アーカイブの特徵が検索機能にも表れている。 ## 5. 舞台芸術分野におけるデジタルアーカイブの展望 ここまで、4つのデジタルアーカイブのサービスを取り上げてきたが、アーカイブ機関の事業内容やコレクションの収集方針などの違いが、デジタルアーカイ 図3 Internet Broadway Databaseイメージ ブが取り扱う情報のレベルに大きな影響を与えていることが推察できる。 V\&A と IBDB の両サービスの特徴における最大の違いは、前者が所蔵資料をフィジカルな対象物(アイテム)として扱うことに対し、後者は上演プログラムやチラシなどの対象物から公演や作品という内容を抽出・整理し、情報として取り扱う点にある。演劇博物館の 2 つのデジタルアーカイブのサービスを含め、主として取り扱う情報のレべルを一覧に示す。 表1各サービスにおける情報レベル } & \multirow{2}{*}{ A群 } & 演劇博物館デジタル・アーカイブ・コレクション \\ 例えば、(1)ある現代演劇の公演において、(2)舞台美術家が製作した舞台模型の資料がある場合、(1)と(2)の情報や資料がアーカイブ機関に収集される経緯や過程は別々なルートである(もしくはアーカイブされず、著作者が所有している場合など)ことが実際である。 さらには、(1)と(2)に対してその関係性の情報を付与する作業は、アーカイブの作業コストが高く、将来の資料研究やキュレーションの活動に委ねることが現実的な状況である。利活用の面では、表の A と B のサー ビス群が共通のプラットフォームとして提供される、 もしくはサービスが相互に連携されることで、(1)と (2) の資源が有機的に結びつき活用できる仕組みが求められる。このような利活用性の高い情報の提供までの過程では、V\&Aが志向したようなユーザーインター フェースの工夫などを始めとする、ユーザー支援機能の見直しや改善などによるサービス向上や、サービスの開発中に、利用者とコミュニケーションを取り、要望の収集やサービスの評価などのフィードバックを受けるなど、アジャイル開発の手法の導入を検討することも有効なアプローチとなるだろう。 ## 6. おわりに 本考察では、限られたデジタルアーカイブの事例からではあるが、アーカイブ機関のコレクション収集方針などの違いが、そのデジタルアーカイブのサービスに影響を与えうることの実例の紹介とともに、デジタルアーカイブの展望について考察した。 近年、国内では舞台芸術分野のデジタルアーカイブへの期待が高まっており、これを継続・発展させていくためには、サービスの利用者や舞台芸術の制作者、 アーカイブ機関などが相互に連携し、コミュニティや ネットワークを活用した取組みが重要となるだろう。 また、舞台上のパフォーマンスは、現在のデジタル技術では記録そのものが困難であるように、舞台芸術分野のデジタルアーカイブとして何を、どのように記録・保存し、将来の文化資産としてどんな活用ができるかといった視点で、アーカイブそのものの価値や方向性を捉え直し、共有することも重要となるだろう。上記のような課題解決のための取り組みにおいては、舞台芸術分野における専門のアーキビストの活躍も期待される。当館では、2022 年度より、舞台芸術のデジタルアーカイブの構築と利活用を担うアートマネジメント人材の育成を目的とした事業[9]も行っており、デジタルアーカイブの将来の発展を目指した、人的資源開発の活動にも取り組んでいる。 ## 註・参考文献 [1] 早稲田大学. 文化資源データベース. https://archive.waseda.jp/archive/index.html (参照 2022-10-27). [2] 早稲田大学演劇博物館. Japan Digital Theatre Archives. https://enpaku-jdta.jp/ (参照 2022-10-27). [3] Victoria and Albert Museum. Search the Archives. https://www.vam.ac.uk/archives/ (参照 2022-10-27). [4] Victoria and Albert Museum. Explore the Collections, January 29, 2021. https://collections.vam.ac.uk/search/ (参照 2022-10-27). [5] Victoria and Albert Museum, Sarah Purssell. V\&A Blog, Explore the Collections Beta - give us your feedback!, February 8, 2021. https://www.vam.ac.uk/blog/digital/explore-the-collections-betagive-us-your-feedback (参照 2022-10-27). [6] Victoria and Albert Museum, Kati Price. V\&A Blog, Announcing Explore the Collections. https://www.vam.ac.uk/blog/digital/ announcing-explore-the-collections (参照 2022-10-27). [7] Douglas Dodds. DIGITAL PIONEERS: COMPUTER-GENERATED ART FROM THE V\&A'S COLLECTIONS, February 2010. https://www.scienceopen.com/hosted-document?doi=10. 14236/ewic/CAT2010.2 (参照 2022-10-27). [8] Broadway League. Internet Broadway Database. https://www.ibdb.com/ (参照 2022-10-27). [9] 演劇博物館では、令和 4 年度文化芸術振興費補助金「大学における文化芸術推進事業」として、「舞台公演記録のアー カイブ化のためのモデル形成事業(通称ドーナツ・プロジェクト)」を実施。https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/ (参照 2022-10-27).
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# 総論:舞台芸術のデジタルアーカイブ Digital Archives of Performing Arts 岡室 美奈子 OKAMURO Minako 早稲田大学演劇博物館館長 } \begin{abstract} 抄録 : 舞台芸術アーカイブの最大の特徴かつ最大の困難は、完成された作品それ自体を保存することができないという事実である。 したがって舞台芸術アーカイブは、個々の上演というドーナツホールを囲む周辺の資料からなるドーナツであると言える。本稿で は、デジタル・ドーナツとも言える舞台芸術デジタルアーカイブの現状と課題について概観し、本特集に収録された各論について 簡単に紹介する。 Abstract: The greatest feature and greatest difficulty of a performing arts archive is the fact that it is impossible to preserve each performance itself. Therefore, it is a doughnut consisting of materials surrounding a doughnut hole of individual performances. This paper provides an overview of the current status and challenges of performing arts digital archives in Japan, which can be described as digital doughnuts, and briefly introduces each of the articles included in this special issue. \end{abstract} キーワード : 舞台芸術、演劇、ダンス、デジタルアーカイブ Keywords: Performing Arts, Theatre, Dance, Digital Archive ## 1. はじめに 舞台芸術アーカイブの最大の特徴かつ最大の困難は、完成された作品それ自体を保存することができないという事実である。舞台芸術が生身の俳優やダンサーなどパフォーマーが観客と時間と空間を観客と共有するという、「いま・ここ」にこそ成立するライブ芸術である以上、作品は幕が下りた瞬間に消えてなくなってしまうからだ。 言うまでもなく、これは舞台芸術の定義にかかわる問題である。コロナ禍で盛んになった公演映像の配信や高精細の 8K映像、インターネットや仮想空間を用いた新たな演劇的営みは視聴者に「演劇的」な体験をもたらすものであり、これらを含めて「演劇」と呼ぶことも可能かもしれない。すなわち、演劇をはじめとする舞台芸術とは何かという根本的な問いに、私たちはコロナ禍を機に改めて直面していると言える。とはいえ演劇とは何か、舞台芸術とは何か、という定義の更新をめぐる議論は今後じっくりと時間をかけてなされていくべき課題であるため、ここではひとまず「舞台芸術の作品自体は残らない」ということを前提として、舞台芸術のデジタルアーカイブについて考えてみたい。 ## 2. 舞台芸術アーカイブとは 筆者が館長を務める早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(以後「エンパク」) ${ }^{[1]}$ では、舞台芸術アーカイブは「ドーナツ」であると考えている。舞台上で繰り広げられる演劇やダンスやパフォーマンスは、それ自体を保存することができないという意味でドーナツホールであり、舞台芸術アーカイブは、不在の中心を囲む周辺の資料からなるドーナツであるという考え方である。そのドーナツを構成するのは多種多様な要素だ。たとえば戯曲・台本、舞台美術とその設計図、演出・照明・音響・舞台監督等のプラン、衣裳とそのデザイン画、小道具、䰋、仮面、香盤表等の現物や紙資料に加えて、上演や稽古を記録する舞台写真や映像ももちろん重要な要素だし、完成された作品のみならずそのプロセスもまた収集すべき要素である。また、チラシ、ポスター、ホームページ等の広告・宣伝媒体、新聞や雑誌、劇評やネット記事、さらに近年では、膨大な Twitter 等の SNS やブログ等における関係者や観客の記憶や感想をどう収集し保存するかも重要な課題となってきている。舞台芸術は総合芸術と言われ、企画から完成までにはさまざまな領域の専門家が関わるため、そのアーカイブはさながらキマイラのごとき様相を呈する(図1)。が、一つの公演をめぐる、こうした多種多様な資料をできる限り多く収集することで厚 みのある密度の濃いドーナツを形成することができるのである。 そしてデジタル・ドーナツ、すなわち舞台芸術デジタルアーカイブは、個々の作品の貴重な記録を未来に継承するだけではなく、たとえばアーカイブ映像の配信や教育利用など新たな利活用の道を開拓することで、生の舞台とは別の価値や利益を生み出す財産となりうる。さらに、時と場所を越えて、あらゆる時代、 あらゆる地域の人々が貴重な舞台の記録/記憶を文化的記憶として共有し、人類の共有財産とすることも可能になるのである。 デジタル・ドーナツとは、不在のドーナツホール、 すなわち既にない「いま・ここ」にのみ成立し消え去ってしまった作品をできる限り豊かに想像できるようにするための拠り所であり、作品を蘇らせ再生するための装置である。と同時に、演劇など舞台芸術が世界に対して揭げられた鏡であることに鑑みれば、一つの作品が映し出す、歴史には残らないかもしれない人びとの営みや感情や息づかいを生き生きと後世の人びとに伝えるための文化的実践でもあると言えるだ万う (図 2)。その意味でデジタル・ドーナツは、過去の資料を保存するにとどまらず、未来を志向するものである。舞台芸術アーカイブが未来のためのものであることは、本特集でも繰り返し強調されている。 次節では、舞台芸術デジタルアーカイブの主要要素である公演映像のアーカイブ化の現状について述べる。 図1 ドーナツの思想 図2 ドーナツが記録・記憶するものの広がり ## 3. 公演映像のデジタルアーカイブの現状 \\ 3.1 死蔵されてきた公演映像 舞台芸術アーカイブ、とりわけそのデジタルアーカイブにおいて、公演映像やメイキング映像が重要な要素であることは言を俟たない。が、それをいかに収集し保存するかは大きな課題である。 エンパクでは2017年に文化庁助成事業「舞台芸術・芸能関係映像のデジタル保存・活用に関する調査研究事業」の一環として、約 450 の関東近郊の劇団・劇場等文化施設に対して「舞台記録映像の保存状況に関するアンケート調査」を行なった $[2]$ 。その結果、有効回答数 169 件のうち 144 の劇団や施設が映像資料を持っていると答えたものの、その目録があるという回答は 39 件にとどまった。保存状態についても、「完全に整理された状態」という回答は「(まったく) 未整理の状態」の約半数であった。映像の内容は大半が公演記録映像であり、保存媒体としてはVHSがもっとも多かった。これらのアンケートの結果が示すのは、ほとんどの公演で記録映像は撮影されるものの、その多くが「撮りっぱなし」の状態で死蔵されているという事実だった。VHS の経年劣化も深刻な問題であり、これらの公演記録映像をいかにデジタル化しアーカイブするかが契緊の課題となった。 ## 3.2 EPAD と Japan Digital Theatre Archives (JDTA) コロナ禍により舞台芸術界が大打撃を受けた 2020 年度に、文化庁による救済策の一つ「芸術文化収益力強化事業」として寺田倉庫株式会社と緊急事態舞台芸術ネットワークによるEPAD が発足した。EPADについては本特集の三好佐智子氏の論考に詳述されているが、舞台公演の新規収録に加えて、既存の公演記録映像をデジタル化してそのコピーを収集し、権利対価を支払うことで現場を救済するとともに、著作権処理を行い配信可能にすることにより新たな収益化を図るいうスキームに特色があった。EPADで収集された公演映像のデジタルデータはすべてエンパクに寄贈され、 エンパクは公演映像の情報検索サイト Japan Digital Theatre Archives (JDTA) [3] を立ち上げた。加えて、事前予約制によりほとんどの映像を館内で視聴できるようにした。 EPAD が 2020 年度に収集した映像は約 1,300 本、 2022 年度にはさらに 430 本ほど追加される見込みであるが、全国のカンパニーや劇場等文化施設にはまだまた膨大な数の公演やメイキングの映像が眠っている。ようやくスタート地点に立った公演映像のアーカイブをさらに充実させ、利活用に繋げていくためには さまざまな課題をクリアする必要がある。次節では課題について簡単に触れておきたい。 ## 4. 舞台芸術デジタルアーカイブが抱える課題 個々のカンパニーや文化施設を超えた広範な公演映像の収集・保存・利活用に向けた取り組みはようやく始まったところだが、これを維持・存続させ、利活用に結びつけるためには、さまざまな問題がある。以下に主な問題点を列挙しておく。 ## 4.1 意識の向上と著作権処理 まず、舞台芸術界全体がまだまだアーカイブに対する意識が高いとは言えないことが最大の問題だろう。日々の稽古や公演のための準備に追われ、公演映像や貴重な資料を適正な形式で保存するところまで手が回らないカンパニーや劇場は多いのではないか。ましてや配信のための複雑な著作権処理はきわめてハードルが高い。本特集で著作権専門并護士の福井建策氏・田島佑規氏が指摘するように、上演の時点であらかじめ包括的に各権利者から同意を取得しておくことが重要であり、そのためにはアーカイブと著作権についてある程度の知識を身に着けておくことが必要である。 ## 4.2 財源 舞台芸術のみならずほとんどのデジタルアーカイブで財源をどう確保するかは大きな問題だろう。デジタルアーカイブの構築や維持には少なくない費用がかかるが、文化庁などの公的助成は基本的に単年度であり、助成期間終了後は自立的な運営が求められる。配信が収益化されることで経済が循環するシステムが構築されることが理想だか、現状では配信だけでは大きな収益にはなかなか繋がらない。さらなる収益化の道を開拓するとともに国の助成のあり方の抜本的改革も求めたいが、舞台芸術の文化的・教育的・社会的価値を広く周知することで、民間資本の導入も視野に入れるべきだろう。 ## 4.3 人材 日本には、舞台芸術専門のデジタルアーキビストはほとんど存在しない。デジタルアーカイブと舞台芸術両方の知識とスキルを有する人材の育成が急務である。エンパクでは、文化庁「令和 4 年度大学における文化芸術推進事業」として「舞台公演記録のアーカイブ化のためのモデル形成事業」(通称「ドーナツ・プロジェクト」が採択され、舞台芸術デジタルアーカイブに携わる人材育成に着手した。早期の専門家の育成が期待されるが、まずは各カンパニーや劇場の公演制作者が必要な知識とスキルを身につけ、アーカイブ化を視野に入れた作品制作を心がけることが重要であろう。 ## 4.4 舞台中継のテレビ映像 日本の舞台芸術デジタルアーカイブを充実させる上で無視できないのが、NHK「芸術劇場」などの舞台中継映像である。NHKでは本放送が始まった翌年の 1954年から舞台中継を開始しており[4]、これまでに放送された膨大な映像がNHKアーカイブズに収蔵されている。しかしながらこれらの貴重な映像はほとんど再放送されることもなく、学術利用トライアル以外で映像を利用するためには高額の料金を支払わなければならない。これらの映像が広く公開されれば舞台芸術研究に大きく寄与するのではないだろうか。 ## 4.5 教育利用などの利活用の拡大 演劇や舞踊など舞台芸術は身体表現であるため、小・中・高・大学において豊かな表現力や想像力を育むために、舞台芸術デジタルアーカイブの教育利用は有効であろう。しかしながらどのように活用できるかは、まだまだ未知数であり、今後さまざまな試行錯誤が期待される。それには舞台芸術についてある程度の知識のある指導者も必要であり、その仕組みを用意することも重要だ。教育利用だけではなく、さまざまな可能性を秘めた舞台芸術デジタルアーカイブをどう活用していくのかが、今後の大きな課題である。 ## 5. 本特集について 本特集では、舞台芸術デジタルアーカイブの現状と課題・展望について、演劇、ダンス、古典芸能、戯曲、 EPAD、著作権について、それぞれの専門家や実践者から寄稿してもらった。内容は大きく三つに分かれる。一つ目は国内外のアーカイブについてある程度俯瞰的に論じたもの、二つ目は実際にデジタルアーカイブ構築に関わる方がたによる実践的ドキュメントである。三つめは著作権法の専門家による舞台芸術アーカイブ特有の複雑な著作権についての解説である。いずれも具体的かつ詳細な論考や報告となっており、舞台芸術アーカイブの現在を伝えてくれるとともに、今後舞台芸術アーカイブを構築する方がたの指針ともなりえる内容となっている。以下にこの分類にしたがって簡単に紹介しておく。 ## 5.1 国内外の舞台芸術デジタルアーカイブの現状と課題 中西智範氏による論考「舞台芸術のデジタルアーカ イブにおける将来の課題と展望 : Japan Digital Theatre Archivesへの歩み」では、英国の国立博物館ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V\&A)の取り組みと、米国のブロードウェイリーグが運営する Internet Broadway Database(IBDB)との比較を通じて、舞台芸術分野のデジタルアーカイブの課題や期待について展望している。そしてエンパクが 1990 年代から行ってきたデジタルアーカイブの活動から、EPAD 事業の一環として開設したJDTA 公開までの過程を紹介するとともに、今年度から開始した舞台芸術デジタルアーカイブの人材育成事業「ドーナッ・プロジェクト」[2]についても言及しつつ、人材育成の重要性についても触れている。 中島那奈子氏の「ダンスのアーカイブ化とデジタルアーカイブの現状」は、踊るダンサーの身体そのものをアーカイブすることの不可能性を指摘した上で、何を、いかに残しうるかという問題に踏み达みつつ、国内外のダンス・アーカイブの現状についてまとめている。国内では、個人のコレクションが大学に寄贈され運営を任されるアーカイブとして、慶應義塾大学アー ト・センター土方巽アーカイブ等を紹介。海外については、ドイツのピナバウシュアーカイブやアメリカのニューヨーク公立図書館舞台芸術部門(とりわけジェローム・ロビンス・ダンス部門)の先進的な取組を紹介している。そしてアーカイブを用いたリエンアクトメントによって今を生きる舞踊家が過去を「生き直す」姿を通して歴史が継承される例として、大野一雄デジタルアーカイブと中島氏自身がかかわった「ダンス・ アーカイブの手法」プロジェクトに触れ、過去の遺物ではなく「生きたアーカイブ」の重要性を指摘する。 ## 5.2 舞台芸術デジタルアーカイブ構築の実践例 三好佐智子氏による「Emergency から Eternalへ EPAD 事業の取り組みと展望〜」は、EPAD 事業の詳細な報告である。EPAD は文化庁令和 2 年度「芸術文化収益力強化事業」として寺田倉庫株式会社と緊急事態舞台芸術ネットワークによって発足し、貴重な公演映像を中心に舞台芸術資料をデジタルデータとして収集 L、エンパク JDTA や国際交流基金「STAGE BRYONF BORDERS」と協働しつつ発進と利活用に結びつけてきた。 2022 年度にはアートキャラバン事業のひとつ 「コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業」として、収集対価と配信効果による経済支援を次なる創作につなぐ循環を目指し、配信可能化の権利処理や複数のイベントを実施するほか、簡素で一元的な権利処理をするための情報データベースの構築や、 $8 \mathrm{~K}$ 定点カ メラ+立体音響などの検証と収録を進めるなどインフラ整備にも注力しているという。三好氏は、権利者を整備し、収益配分できるインフラが整うことでつくる・のこす・利活用する、というエコシステムを確立し、業界全体の環境を向上していきたいと述べる。黒澤世莉氏による「『戯曲デジタルアーカイブ』リリースまでの記録と今後の課題」は、一般社団法人日本劇作家協会が企画・制作・運営し、黒澤氏自身が運営責任者を務める「戯曲デジタルアーカイブ」の公開 (2021 年 2 月)までの経緯とそれに対する反応、見えてきた課題を詳細に記述した貴重なドキュメントである。戯曲テキストを誰でも無料でダウンロードすることのできる画期的な「戯曲デジタルアーカイブ」は、劇作家協会の「演劇図書館」構想とEPADにより実現したが、システム設計から戯曲劇作家の選定、権利処理、劇作家や著作権者との折衝など気の遠くなるような作業を経てリリースされるまでのプロセスが、さまざまな選択をめぐる葛藤や決断を含めてリアルに再現されており、今後舞台芸術アーカイブの構築を志す人びとにとって、大いに参考になるだろう。 武藤祥子氏の「伝統芸能資料『竹本床本』のデジタルアーカイブの書誌について」も、松竹株式会社の松竹大谷図書館における竹本鏡太夫(1890-1969 年)が使用した床本のデジタル化事業のうち書誌データについての詳細なドキュメントである。床本とは、歌舞伎の義太夫狂言などで、浄瑠璃を語る竹本の太夫が公演の際に舞台上で使用する台本の一種で、貴重な書き込みのある唯一無二の資料である。経年劣化が危惧されていた床本をデジタル化して利用に供することで原物資料の保存をはかるとともに、検索閲覧システムの構築により実演家がデジタル画像を自由に閲覧可能とすることで歌舞伎の義太夫狂言の上演に貢献することを目的として、床本のデジタル撮影と書誌データの入力が行われた。この稿では、このうち書誌データについて、登録情報の入力作業・項目等について、事例を挙げながらきわめて具体的に詳述されている。こうした伝統芸能のデジタルアーカイブの構築と公開が、武藤氏が指摘するとおり、伝統芸能を活性化させ息の長いコンテンツとしてさらに次世代に引き継がれていく事を可能にするだ万う。 ## 5.3 著作権と権利処理 福井建策氏・田島佑規氏による「舞台芸術公演の著作権とアーカイブのための権利処理」は、著作権専門并護士である両氏が EPAD における権利処理の実践を踏まえて、舞台芸術デジタルアーカイブの、主として 公演映像にかかわる複雑な権利処理と諸問題について、わかりやすく解説したものである。舞台公演には劇作家、演出家、舞台美術・衣装・照明・音響など各種スタッフ、音楽家、振付家、俳優(実演家)など多くの者が関与し、著作権または著作隣接権等の権利を有している。公演映像にはさらに映像権利者も加わり、一つの舞台公演は「各人の権利の固まり」と言える。公演映像をアーカイブする場合、こうした権利処理が壁として立ちはだかるが、著作権法の例外規定や保護期間を知ることで乗り越えられる場合もある。何よりも重要なのは、上演時点であらかじめ公演映像等のアーカイブや配信といった将来予想される各種利用方法につき、包括的に各権利者から同意を取得しておくことだと両氏は指摘する。カンパニーや劇場の公演制作者にはぜひ読んでいただきたい。 ## 6. おわりに一舞台芸術デジタルアーカイブ の今後 これまで述べてきた以外にも舞台芸術デジタルアー カイブの構築やそれに関連する活動はさまざまな場所で行われてきたが、いまようやく大きなうねりとなりつつある。大切なのは、それが公的資金が獲得できたときだけの一過性のプロジェクトに終わらず、維持・継続され発展していくことである。そのためには財源の確保と人材育成が大きな課題である。個人や小さな団体でアーカイブを構築し維持していくことには限界があるが、団体や組織が構築するデジタルアーカイブであっても、個人の情熱と努力に負うところが大きいというのが実情ではないだろうか。団体や組織全体が、 ひいては社会全体が貴重な文化資源を未来に伝えることの重要性を理解しバックアップすることが重要であろう。 $ \text { デジタルアーカイブのメリットの一つは、データを } $ 共有することが容易であるということだ。それぞれのアーカイブが外部に開かれながら他と連携し、データだけでなくさまざまな知恵やスキル、人材の交流を図ることで、舞台芸術デジタルアーカイブは発展しうるのではないだろうが。 日本の豊かな舞台芸術を人類の共有財産として未来に継承しつつ広く活用していくために、デジタル・ドーナツが今後ますます普及し発展していくことを心から願っている。本特集がその一助となれば幸いである。 ## 註・参考文献 [1] 早稲田大学坪内記念演劇博物館は1928年に坪内覓遙によって設立され、早くから資料のデジタル化と公開に着手し、 2001年には「演劇博物館デジタル・アーカイブ・コレクション」を公開している。その後のデジタルアーカイブ事業については、本特集の中西智範氏の論考を参照されたい。 https://www.waseda.jp/enpaku/db/ (参照 2022-11-01). [2]この調査の報告書は「舞台記録映像保存・活用ハンドブック」とともにWEB上で公開されている。 https://www.waseda.jp/pri-stage-film/publication/ (参照 2022-11-01). [3]演劇博物館ドーナツ・プロジェクトについては、下記の WEBページを参照されたい。 https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/ (参照 2022-11-01). [4] 詳細は『NHKテレビ放送史』(日本放送協会、2022年)を参照されたい。 [5] エンパクは、ドーナツ・プロジェクトの一環として、アメリカ演劇研究拹会 (American Society for Theatre Research) が主導するアーキビストや研究者のネットワークATAP (American Theatre Archive Project) が公開している演劇アー カイブのマニュアル「演劇の遺産を保存する。劇団のためのアーカイビングマニュアル」(Preserving Theatrical Legacy: An Archiving Manual for Theatre Companies)の翻訳を進めており、公開する予定である。こうしたマニュアルを共有し、現在団体や組織ごとにばらばらに構築されている舞台芸術アーカイブがある程度統一的な構成を持つことで、連携はより容易になるだろう。
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