Datasets:

Alsebay

/

JP-novel-selected-dataset

like 1

　とりあえず、その面白い冗談が書かれている紙を無視した智一は、一度タイツを着てみることにした。

トランクス一枚になって、黒いタイツに足を入れる。とても気持ちがいい肌触りで、思わずゾクッとするくらいだ。そのタイツに両足の指を重ねる様に入れ、腰まで引き上げる。

　ヌルッとした感触――と言うのが正しいか。ローションは塗っていないのに、まるでローションを塗っているかのような着心地だ。

「すごいな。体にフィットしてる」

　ウェットスーツに似た感覚で黒い全身タイツを着てゆく。両腕を通して五本の指を入れ、頭のマスクだけ被らず、前に付いているファスナーを上げた。 すると、そのファスナーがタイツの生地に溶け込むような形で消えてしまったのだ。

「うそだろ？　鉄製のファスナーが消えるなんて……」

　信じられないが、ファスナーのあった場所に継ぎ目らしきものが無くなっている。

「す、すげぇ……」

　只々、感心している智一は、首の後ろに付いているマスクを引っ張って被ってみた。生地の向こうに、うっすらと部屋が見える。息苦しいという感覚は全く無い。それに、首の所まで被ったマスクの継ぎ目が無くなっているのだ。

　手で首元を触り、継ぎ目がなくなっていることを確認する。

「どうなってるんだ？　このタイツは」

　黒い全身タイツを着たまま手や足を動かす。だぶついているところなんて全く無い。サイズが合っているというよりは、まるで智一専用にオーダーメイドされたタイツのように思えた。

「動きやすいよな。全然突っ張らないし」

　歩いてみたり座ってみたり――。

　他人が見れば非常に怪しい格好だが、智一はその全身タイツの着心地に満足していた。

「えっと、脱ぐ時は確か……」

　紙に書いてあったように胸元を掴んで左右に引っ張ると、先ほどまで消えていたファスナーが姿を現し、ジーッという音と共に開いた。そこから手を抜き、継ぎ目の現れたマスクを取って全てを脱ぐ。

　全く汗なんて掻いていない。蒸れると言う感じがしないのだ。

「この紙に書いてあったとおりだ」

　絨毯の上に落ちている紙を拾い上げて、その内容をもう一度読む。

「これって本当なのか？　それなら髪の毛を入れると、この黒い全身タイツが……」

　智一は紙を置くと、自分の髪の毛を一本抜いて、先ほど着ていたタイツの中に入れファスナーを閉じた。

　すると、ファスナーの継ぎ目が無くなり、マスクとタイツの境目がなくなってしまった。

「へぇ～、こんな風に繋がるのか」

　そう思いながらしばらく待っていると、黒かったタイツの色が薄くなり始めた。白色になるのかと思ったが、どうやら少し茶色い肌色へと変化しているようだ。そして、のっぺりとしていたタイツの表面が素肌のように変化し始める。

「うわっ。すげぇ……」

　まるで生き物のように変化する全身タイツ。指先には爪が生え、素肌のように変化したタイツの表面に産毛が生え始める。そして、少し筋肉質な感じに盛り上がってくると、タイツの股間には見たことのあるものが形成された。

「いっ……これってもしかして、俺のチンポ！？」

　そうとしか思えないものが出来上がっている。そしてマスクを見てみると、のっぺらぼうだった生地に目や鼻が付いている。髪の毛も生えてきて、耳や口まで現れた。

「ほ、ほんとかよ。これ……」

　驚いた表情で呟いた智一の目の前には、先ほどの黒いタイツの存在は無かった。その代わり、まるで智一の【抜け殻】のような皮があるのだ。 恐る恐る手にとってみる。その手触りは、本当に皮膚としか思えない。グロテスクな肉棒を掴んでみると、なんとも言えない感触がある。それが妙にリアルすぎて気持ち悪い。

「ほんとに俺が脱皮したみたいだ……」

　兎に角、その智一の姿になったタイツの胸元を掴んで左右に引っ張ってみた。すると、先ほどと同じようにファスナーが現れ、皮膚が左右に開いたのだ。

「すげぇ……」

　あまりにリアルなタイツなので、まるで自分の身体を裂いてしまったようで気分が悪い。

「これを着たら、俺になれるのか？」

　そう思いながら立ち上がってトランクスを脱ぎ、裸になった。 黒いタイツの時と同じように足を通し、下半身を入れ両腕も入れる。上半身を包み込んだあと、開いているファスナーを閉じると――。

「ほ、ほんとに着ているのか？　これ」

　自分でも分からない。確かにタイツを着ているはずなのだが、着ているという感覚がないのだ。特に、肉棒は二重になっているから妙な盛り上がっているはずなのにスッキリしている。

　智一はタイツの肉棒を掴んでみた。

「あっ！　な、何だよこれ。タイツなのに感覚がある」

　タイツの上から触っただけなのに、しっかりと掴まれた感覚があった。不思議な事に、タイツを抓ってみると痛いという感覚が伝わってくるし、足の裏をくすぐると、まるで自分の足の裏をくすぐられているような感覚が伝わってくるのだ。

　タイツが自分の皮膚とリンクしている感じ。

「おかしいって、絶対……」

　さっきつねった所が赤くなっている。タイツのはずなのに。本当に自分の肌になってしまったとしか思えない。

「これでマスクを被ったら、俺になるんだろうか」

　そう思いながらマスクを被る。目や鼻、口などをそれなりに合わせると、張り付くような感覚と共にピッタリとはまってしまった。首のところの継ぎ目もなくなっている。

「イテッ！」

　マスクの髪の毛を引っ張ってみると、自分の髪の毛を引っ張られる感じがした。感じがするというよりは、まさに自分の髪の毛なのだ。机の上に置いている手鏡で顔を映してみると、そこには自分の顔が映っている。

　マスクではなく、自分の顔が――。

「信じられないよな。俺にしか見えないよ。これでもタイツを着ているんだ……」

　全身を大きく動かしてみても、タイツを着ているという感覚なんて全く無い。自分の身体、そのものだ。

「すげぇ！　すげぇタイツだ。こんなのが世の中にあったんだ……」

　妙な胸騒ぎが心の底から湧き出てくる。

「俺の髪の毛じゃなくて、他人の髪の毛を入れたら他人になれるんだよな。他人……そうだよ。他人になれるんだ。髪の毛さえあれば」